The next days
―百年後の9月1日―
「無駄な抵抗は止めて早く出てこい!お前の身元は調べさせてもらったぞ!」
ある、晴れた日の朝。
数百人の教会兵士がある一軒の研究所を取り囲むように配置され大声で中にいるであろう人物に語りかけていた。
「世界に名を統べるほどの大発明家がよもや人魚の血をもってして不老長寿となろうとは、誰が予測できようか。さらに禁忌とされている生面倫理にまで手を染めるとはもはや・・・手遅れである。
もはやヤツは大発明家ではない、大犯罪者だ!」
教会兵士の中には数人の科学者や研究者らしき者の姿も見られ、どうやら研究所内部に潜んでいる人物のことを酷く蔑んでいるようであった。
どうやら彼らは研究所の内部に潜む人物を追い求めているようであり、その血相を変えた表情をみればどれほど必死になって探していたのかがわかる。
「今ここでヤツを逃がしたら次のチャンスはいつになるかわからない。よって今この瞬間がヤツを捕える最高の機会だ。どんな手を使っても構わない。絶対にヤツを逃がすな」
ザワザワと辺りがざわめく。
彼らはおもむろに武器や錠を取り出し、今か今かと突入の合図を待っていた。
その様子から事を穏便に済ませる気は毛頭ないと伺える。
「気をつけろォ。ヤツは発明家だ、どんな罠が仕掛けられているか見当も付かない」
―――――――――――――――――――
「えぇと・・・ここをこうして・・・と。こんなものか」
男の着るモノ、かつては白衣だったそれは黒く煤けており、白衣の面影は完全に消失してしまっている。数日間剃られていない無精ヒゲは彼の細く精悍な顔を一気にイメージダウンさせるようで無造作に生え散らかっていた。
そんな不潔の対象である男は今、一目見るだけでも複雑とわかる機器のパーツを組み立て何かをしているようだ。
「どれだけこの瞬間を待ちわびただろう。時は進めど、俺の時はあの日から一分たりとも進んでいないというのに」
ごくりと、そしてうっとりと息を漏らす。
彼の視線の先にはそれはそれは美しい一人の女性が立ち尽くしていた。
黄金色のきめ細かく腰まで伸びる髪。
それに沿うように伸びるぷっくらとして瑞々しい流曲線を描いた肌色の肌。
触るだけで弾けてしまいそうなほど弾力と質感に満ち溢れたその肌は確かにヒトの形を成していて、出る所は出、窪む所は窪みこれでもかというほどに美化されていた。
「お前を創り上げるためには圧倒的に時間が足りなかった。不老長寿となりヒトでなくなった俺をお前は愛してくれるだろうか」
彼はたった一人で創り上げたのだ。
学会で禁忌とされたホムンクルスに手を出し、生命倫理を逸脱したその技術で生命を作り出すことを。
ホムンクルスをベースにして創られた目の前の彼女【ゴーレム】はゴーレムと言われなければ気が付かないほど、限りなく人間の形をしていた。
見た目どころの話ではない。
質感や質量、体内の臓器にいたるまで極限まで再現性を求めほぼ人間といっても差し支えのないゴーレムを創り上げることができたのだ。
コア、彼女の核となる一番大切な中心部には見たところ小さな録音機器が埋め込まれているようである。
「ヒトに憧れたたった一人の私の恋人。やっと・・・やっと会うことができる」
すべての工程が終わったのだろう。
男は彼女から離れ、機器に繋がれたレバーを手にする。
「今こそ再開のとき。俺達の時はいまここから再び刻み始めるのだ」
彼がレバーを倒すと、彼女の両脇に置かれてある重苦しい機械が唸りをあげる。
ゴウンゴウンゴウン・・・
バリバリバリバリッ
機械から彼女へ繋がれているパイプ、チューブへ信号が流れたかと思うと彼女の体が二、三度跳ね上がり、体の接合部からは煙が上がりだした。
今にも動き出しそうな彼女はまるで操り人形かの如く踊り、四肢をあちらこちらへ動き出すとやがてピタッと動きを止めた。
彼はおずおずと彼女の方へ近寄り顔を見つめる。
「・・・どうだ」
「・・・・・・・・・だめ・・・か」
まるで陶磁器のように滑らかな素肌はただひたすらに沈黙を貫き通しそこにあるだけである。
今にも動き出してしまいそうな人形の彼女。
ドガァァァアアアン――!!
「くっ!もう嗅ぎつかれたか・・・」
男が後方に目を回すと、壁の一部分が崩され土ぼこりを上げていた。
その土ぼこりから現れてきたのは先ほどの教会兵士、そして科学者や研究者。
恐らく爆弾か何かで壊されたのだろう、壁の一部は跡形もなく吹き飛んでいる。
「見つけたぞエルリック=オドネア!人魚の血服用及び禁忌に手を染めた罪状で貴様を捕縛する!」
開いた穴からはぞろぞろと教会兵士が一人、また一人と研究所内部に侵入してくる。
どう見ても無事に済むわけがない。
エルリックと呼ばれた男は彼らの物々しい重装備を見てはそう思うのであった。
彼は部屋中に漂う土ぼこりを払い除けながら言う。
「生憎俺はこんなところで終わるわけにはいかない。まだ俺にはやるべきことが残っている」
「それが命の倫理を逸脱した禁じられた行為だとしてもか?有限の命を限りなく延ばし、なおかつ新たな命を創り出すことは主神の教えに背くことになりかねん」
「俺はハナから主神なんてくだらねぇものは信じちゃいないがな。罪のない魔物を殺めることのほうがよほど罪に思えてくる」
「貴ッ・・・様!!」
彼のその見下した態度に恐らく隊長格であろう男の額には青筋がピクピクと浮かび上がるのが見えた。
部下である兵士達も若干の苛立ちを覚えているようである。
またエルリックも同様にこの喜ばしくない状況にひたすら冷や汗を流すことしかできないでいた。
「命の有無は俺が責任取る。お前たちはただ目の前の犯罪者を狙い打てばいい。全体構え!!」
隊長格の男が部下に命令を下す。
数人の兵士が細長く強靭な弓をエルリックに向け引き始めている。
この狭い室内でも射ろうとするのだ、体のどこに当たってもおかしくない。
「もはやこれまで・・・か。夢半ばで潰えるとは、これも罪というものか」
彼は包囲され逃げ場などはとうの昔になくなっていた。
無慈悲にも矢尻がこちらを向けて冷たく反射している。
「不老長寿と言えどそれは寿命や病気に強くなるだけ。心臓を打ち抜かれた場合は無事ではすまないだろう・・・最期に一言言いたいことはないか?」
下卑た笑いをしながらも遺言だけは聞いてやろうというのか、余裕とも取れる表情で聞く。
「言いたいことか、最期に拝む顔がてめぇみてーなオッサンで最悪だ。吐き気しかしない」
「放てーい!!」
ついに怒りの頂点に達してしまったのか発射命令を下す。
と同時に放たれる矢。
「・・・せめて最期に・・・アイツともう一度会話がしたかったなぁ・・・」
エルリックは瞳を閉じ迫り来る矢を待つ。
一瞬で彼に届く距離なのだが、今の彼にはその一瞬がとてつもなく長い時間に感じ取れた。
一瞬の間に今まで自分が生きてきたことが脳裏に浮かび上がってくる。
彼は覚悟して思いっきり歯を食いしばった。
痛いのは一瞬だ、一瞬であの世へ行ける。
そう思ったその刹那―――
パシィッッッ!!
「・・・?」
何かを掴む音。そしてそれを投げ捨てる音。
彼の目の前に何者かが立ちふさがる。
彼は何者かと考えた、今のこの場で自分を守る存在など誰一人もいない。
そう思い先ほど彼女を固定してあった壁を見ると―
彼女がいた部分だけすっぽりともぬけの殻となっていた。
まさか―
まさか本当に―
彼は驚愕し口を呆けていると、目の前の存在がこちらを振り向き語りかけてくる。
忘れもしないあの時のままの声で。
【諦めるとはマスターらしくない。諦めないことの大事さを教えてくれたのはマスター、貴方ではありませんか】
二度と会えぬと思っていた彼女の動く姿を。
百年の歳月を越え、再び合間見える忘れもしない恋人の姿を。
その光景は彼が百年の間待ち望み続けていたものであった。
【さあ、もう一度私の名を呼んでください。貴女が愛したゴーレムの名を呼んでください。それで私は戻ってこれる】
「お、おかえり。おかえり・・・!ユミル」
【ただいま、マスター。随分と待たせてしまいましたね】
彼女はまるで天使のようであった。
その髪はまるで黄金の川を髣髴とさせるかのごとく煌びやかに美しく流れる。
肉体の素晴らしさは完璧に息をしており、溢れんばかりの生命力が満ち溢れている。
「おぉなんということだ、禁じられた叡智が今ここに完成してしまった。神よ・・・」
後方では科学者達が恐れ戦慄している様子がはっきりと見えた。
中には胸で十字を切り何かに祈りを捧げている者もいるようだ。
そんな科学者達を足蹴に教会兵士達は突如現れた彼女を物珍しそうな様子で伺っている。
「あの本数の矢を一度に全て掴むだと・・・信じられん!第二陣放てッッー!!」
再び四方八方から放たれる夥しい数の矢。
だが彼女はそれを朝飯前とでも言うかのように目にも留まらぬスピードで一本ずつ手掴みすると、次の瞬間には束に重ねてしまっていた。
彼女の驚異的な能力に思わず後ずさりする兵士達。
バキバキ・・・と集めた矢を手で粉砕するユミル。
【マスターを敵視する者はたとえ魔王様であっても私は許さない。貴様らもここの矢のように粉砕してやろうか?】
「ヒ、ヒィィッ!!」
後ずさりする兵士達。
「どうやら俺は二度もお前に救われてしまったようだ。お前は本当によくできたゴーレムだよ」
【いえ、私ほどの大馬鹿者なゴーレムはおりません。ですのでこれから私は貴方に精一杯ご恩を返し汚名返上するつもりですよ】
「これから・・・か。そうだな、これからだよな。俺達にはこんなにも明るい未来が待っているんだ」
【ええ、ですからマスターご命令を。今はこの状況を打破しなければなりません】
「あぁ。よし、右手を上にかざしてくれ」
そう言うと彼女はその細くしなやかな腕を天に仰ぎ真っ直ぐと立ち尽くしている。
兵士達はもはや矢を放つ仕草もせず、ただ様子をうかがうことしかできなかった。
うかつに近づけば間違いなくやられる――彼らの直感がそう叫んでいるのだろう。
「よし今だ。発射!!」
エルリックがそう叫ぶや否や、彼女の手の平から小さな穴が開き真っ黒な煙幕がこんこんと吹き出てきた。
煙幕は視界をたちどころに包み研究所内を暗黒に仕立て上げる。
「くっくそ!!目くらましか!逃がすな、絶対に今ここで捉えてやるぞ!!」
慌てふためく奴等を尻目に二人は丁度足元にある地下通路への入り口を開き脱出しているところであった。
誰に気づかれもせず二人は無事に脱出を果たせたのである。
―
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「いつでも脱出できたんだがお前を残して一人逃げる気にはなれなかった。許してくれ」
【それは私の台詞です。私がもっと早く目覚めていたらこんな危険な目には合わずに済んだでしょうから】
「お前を残していくくらいなら、俺はお前と一緒に死ぬ道を選ぶ。ただそれだけさ」
【はぅ・・・・・・極めて感動いたしました。しかし、不思議でなりません。マスターはなぜ私を再び記憶を保持したまま創り上げることができたのですか】
「まぁそれも踏まえて説明しようと思ったんだが、もっと落ち着いてから話そうと思う」
【それもそうですね。しかしマスター、これからアテはあるのでしょうか。先ほどの様子から察するに貴方はもはや世界的に指名手配されているような気がしますが】
「『この世界では』な。俺らはこれから魔界に行こうと思っている」
【魔界ですか。私は一向に構いませんが・・・マスターは】
「俺のことなら心配するな。母さんと妹はもう先に魔界で生活しているからな。当分はそこに住ましてもらおう」
【母様と妹様もですか!あぁ百年ぶりです、お変わりないでしょうか】
「妹はもとからサキュバスだし母さんもいつのまにかワーシープになっちまったもんで余計若返ってしまったよ。」
【なんと・・・ようやく魔物娘ライフが充実できますね!】
「まぁそうだな・・・でだな・・・その・・・俺は、ただ人魚の血飲んだだけでただの人間なんだ。だから・・・その・・・夜の方はまぁ、よろしく頼む」
【!!!!すいません嬉しすぎて鼻血と気絶を交互に繰り返しています】
「しっかりしろ!まぁそのなんだ、いずれ俺もインキュバスってやつになっちまうかも知れないがよ、俺はこの先どんなことがあってもユミル。お前を愛し続ける」
【・・・ふふっ。私はなんて幸せ者なゴーレムでしょうか。貴方のような人に創られて本当に良かった】
「もう絶対に、どんなことがあってもこの手を離しはしない。お前を一人ぼっちにさせない。永遠に誓おう」
【私も、マスターの為に生きマスターだけを愛しマスターと共に一生寄り添います。永久に誓います】
「・・・・・・なんか結婚式みたいになってしまったな。式は向こうについてからでも遅くないだろう。
さて、長い旅になるぞユミル。覚悟はいいな」
【はい。マスターとならば私はどんなところでも付いて行きます。】
「よし行くぞ!ユミル!」
【はい!マスター・・・いえ、エル!!】
かくして、この日を境に世界的に有名な発明家の発明品は新たに出ることはなかった。
だがそれ以降というもの、魔界ではそれらに類似した品々が急激に普及し始めているという。事の真相は発明家のみぞ知る真実であるが、その発明家の消息は誰一人として知らない。
噂によれば魔界の偏狭でそれはそれは美しいゴーレムと仲睦まじく暮らしているのだとか――
―TrueEND―
「無駄な抵抗は止めて早く出てこい!お前の身元は調べさせてもらったぞ!」
ある、晴れた日の朝。
数百人の教会兵士がある一軒の研究所を取り囲むように配置され大声で中にいるであろう人物に語りかけていた。
「世界に名を統べるほどの大発明家がよもや人魚の血をもってして不老長寿となろうとは、誰が予測できようか。さらに禁忌とされている生面倫理にまで手を染めるとはもはや・・・手遅れである。
もはやヤツは大発明家ではない、大犯罪者だ!」
教会兵士の中には数人の科学者や研究者らしき者の姿も見られ、どうやら研究所内部に潜んでいる人物のことを酷く蔑んでいるようであった。
どうやら彼らは研究所の内部に潜む人物を追い求めているようであり、その血相を変えた表情をみればどれほど必死になって探していたのかがわかる。
「今ここでヤツを逃がしたら次のチャンスはいつになるかわからない。よって今この瞬間がヤツを捕える最高の機会だ。どんな手を使っても構わない。絶対にヤツを逃がすな」
ザワザワと辺りがざわめく。
彼らはおもむろに武器や錠を取り出し、今か今かと突入の合図を待っていた。
その様子から事を穏便に済ませる気は毛頭ないと伺える。
「気をつけろォ。ヤツは発明家だ、どんな罠が仕掛けられているか見当も付かない」
―――――――――――――――――――
「えぇと・・・ここをこうして・・・と。こんなものか」
男の着るモノ、かつては白衣だったそれは黒く煤けており、白衣の面影は完全に消失してしまっている。数日間剃られていない無精ヒゲは彼の細く精悍な顔を一気にイメージダウンさせるようで無造作に生え散らかっていた。
そんな不潔の対象である男は今、一目見るだけでも複雑とわかる機器のパーツを組み立て何かをしているようだ。
「どれだけこの瞬間を待ちわびただろう。時は進めど、俺の時はあの日から一分たりとも進んでいないというのに」
ごくりと、そしてうっとりと息を漏らす。
彼の視線の先にはそれはそれは美しい一人の女性が立ち尽くしていた。
黄金色のきめ細かく腰まで伸びる髪。
それに沿うように伸びるぷっくらとして瑞々しい流曲線を描いた肌色の肌。
触るだけで弾けてしまいそうなほど弾力と質感に満ち溢れたその肌は確かにヒトの形を成していて、出る所は出、窪む所は窪みこれでもかというほどに美化されていた。
「お前を創り上げるためには圧倒的に時間が足りなかった。不老長寿となりヒトでなくなった俺をお前は愛してくれるだろうか」
彼はたった一人で創り上げたのだ。
学会で禁忌とされたホムンクルスに手を出し、生命倫理を逸脱したその技術で生命を作り出すことを。
ホムンクルスをベースにして創られた目の前の彼女【ゴーレム】はゴーレムと言われなければ気が付かないほど、限りなく人間の形をしていた。
見た目どころの話ではない。
質感や質量、体内の臓器にいたるまで極限まで再現性を求めほぼ人間といっても差し支えのないゴーレムを創り上げることができたのだ。
コア、彼女の核となる一番大切な中心部には見たところ小さな録音機器が埋め込まれているようである。
「ヒトに憧れたたった一人の私の恋人。やっと・・・やっと会うことができる」
すべての工程が終わったのだろう。
男は彼女から離れ、機器に繋がれたレバーを手にする。
「今こそ再開のとき。俺達の時はいまここから再び刻み始めるのだ」
彼がレバーを倒すと、彼女の両脇に置かれてある重苦しい機械が唸りをあげる。
ゴウンゴウンゴウン・・・
バリバリバリバリッ
機械から彼女へ繋がれているパイプ、チューブへ信号が流れたかと思うと彼女の体が二、三度跳ね上がり、体の接合部からは煙が上がりだした。
今にも動き出しそうな彼女はまるで操り人形かの如く踊り、四肢をあちらこちらへ動き出すとやがてピタッと動きを止めた。
彼はおずおずと彼女の方へ近寄り顔を見つめる。
「・・・どうだ」
「・・・・・・・・・だめ・・・か」
まるで陶磁器のように滑らかな素肌はただひたすらに沈黙を貫き通しそこにあるだけである。
今にも動き出してしまいそうな人形の彼女。
ドガァァァアアアン――!!
「くっ!もう嗅ぎつかれたか・・・」
男が後方に目を回すと、壁の一部分が崩され土ぼこりを上げていた。
その土ぼこりから現れてきたのは先ほどの教会兵士、そして科学者や研究者。
恐らく爆弾か何かで壊されたのだろう、壁の一部は跡形もなく吹き飛んでいる。
「見つけたぞエルリック=オドネア!人魚の血服用及び禁忌に手を染めた罪状で貴様を捕縛する!」
開いた穴からはぞろぞろと教会兵士が一人、また一人と研究所内部に侵入してくる。
どう見ても無事に済むわけがない。
エルリックと呼ばれた男は彼らの物々しい重装備を見てはそう思うのであった。
彼は部屋中に漂う土ぼこりを払い除けながら言う。
「生憎俺はこんなところで終わるわけにはいかない。まだ俺にはやるべきことが残っている」
「それが命の倫理を逸脱した禁じられた行為だとしてもか?有限の命を限りなく延ばし、なおかつ新たな命を創り出すことは主神の教えに背くことになりかねん」
「俺はハナから主神なんてくだらねぇものは信じちゃいないがな。罪のない魔物を殺めることのほうがよほど罪に思えてくる」
「貴ッ・・・様!!」
彼のその見下した態度に恐らく隊長格であろう男の額には青筋がピクピクと浮かび上がるのが見えた。
部下である兵士達も若干の苛立ちを覚えているようである。
またエルリックも同様にこの喜ばしくない状況にひたすら冷や汗を流すことしかできないでいた。
「命の有無は俺が責任取る。お前たちはただ目の前の犯罪者を狙い打てばいい。全体構え!!」
隊長格の男が部下に命令を下す。
数人の兵士が細長く強靭な弓をエルリックに向け引き始めている。
この狭い室内でも射ろうとするのだ、体のどこに当たってもおかしくない。
「もはやこれまで・・・か。夢半ばで潰えるとは、これも罪というものか」
彼は包囲され逃げ場などはとうの昔になくなっていた。
無慈悲にも矢尻がこちらを向けて冷たく反射している。
「不老長寿と言えどそれは寿命や病気に強くなるだけ。心臓を打ち抜かれた場合は無事ではすまないだろう・・・最期に一言言いたいことはないか?」
下卑た笑いをしながらも遺言だけは聞いてやろうというのか、余裕とも取れる表情で聞く。
「言いたいことか、最期に拝む顔がてめぇみてーなオッサンで最悪だ。吐き気しかしない」
「放てーい!!」
ついに怒りの頂点に達してしまったのか発射命令を下す。
と同時に放たれる矢。
「・・・せめて最期に・・・アイツともう一度会話がしたかったなぁ・・・」
エルリックは瞳を閉じ迫り来る矢を待つ。
一瞬で彼に届く距離なのだが、今の彼にはその一瞬がとてつもなく長い時間に感じ取れた。
一瞬の間に今まで自分が生きてきたことが脳裏に浮かび上がってくる。
彼は覚悟して思いっきり歯を食いしばった。
痛いのは一瞬だ、一瞬であの世へ行ける。
そう思ったその刹那―――
パシィッッッ!!
「・・・?」
何かを掴む音。そしてそれを投げ捨てる音。
彼の目の前に何者かが立ちふさがる。
彼は何者かと考えた、今のこの場で自分を守る存在など誰一人もいない。
そう思い先ほど彼女を固定してあった壁を見ると―
彼女がいた部分だけすっぽりともぬけの殻となっていた。
まさか―
まさか本当に―
彼は驚愕し口を呆けていると、目の前の存在がこちらを振り向き語りかけてくる。
忘れもしないあの時のままの声で。
【諦めるとはマスターらしくない。諦めないことの大事さを教えてくれたのはマスター、貴方ではありませんか】
二度と会えぬと思っていた彼女の動く姿を。
百年の歳月を越え、再び合間見える忘れもしない恋人の姿を。
その光景は彼が百年の間待ち望み続けていたものであった。
【さあ、もう一度私の名を呼んでください。貴女が愛したゴーレムの名を呼んでください。それで私は戻ってこれる】
「お、おかえり。おかえり・・・!ユミル」
【ただいま、マスター。随分と待たせてしまいましたね】
彼女はまるで天使のようであった。
その髪はまるで黄金の川を髣髴とさせるかのごとく煌びやかに美しく流れる。
肉体の素晴らしさは完璧に息をしており、溢れんばかりの生命力が満ち溢れている。
「おぉなんということだ、禁じられた叡智が今ここに完成してしまった。神よ・・・」
後方では科学者達が恐れ戦慄している様子がはっきりと見えた。
中には胸で十字を切り何かに祈りを捧げている者もいるようだ。
そんな科学者達を足蹴に教会兵士達は突如現れた彼女を物珍しそうな様子で伺っている。
「あの本数の矢を一度に全て掴むだと・・・信じられん!第二陣放てッッー!!」
再び四方八方から放たれる夥しい数の矢。
だが彼女はそれを朝飯前とでも言うかのように目にも留まらぬスピードで一本ずつ手掴みすると、次の瞬間には束に重ねてしまっていた。
彼女の驚異的な能力に思わず後ずさりする兵士達。
バキバキ・・・と集めた矢を手で粉砕するユミル。
【マスターを敵視する者はたとえ魔王様であっても私は許さない。貴様らもここの矢のように粉砕してやろうか?】
「ヒ、ヒィィッ!!」
後ずさりする兵士達。
「どうやら俺は二度もお前に救われてしまったようだ。お前は本当によくできたゴーレムだよ」
【いえ、私ほどの大馬鹿者なゴーレムはおりません。ですのでこれから私は貴方に精一杯ご恩を返し汚名返上するつもりですよ】
「これから・・・か。そうだな、これからだよな。俺達にはこんなにも明るい未来が待っているんだ」
【ええ、ですからマスターご命令を。今はこの状況を打破しなければなりません】
「あぁ。よし、右手を上にかざしてくれ」
そう言うと彼女はその細くしなやかな腕を天に仰ぎ真っ直ぐと立ち尽くしている。
兵士達はもはや矢を放つ仕草もせず、ただ様子をうかがうことしかできなかった。
うかつに近づけば間違いなくやられる――彼らの直感がそう叫んでいるのだろう。
「よし今だ。発射!!」
エルリックがそう叫ぶや否や、彼女の手の平から小さな穴が開き真っ黒な煙幕がこんこんと吹き出てきた。
煙幕は視界をたちどころに包み研究所内を暗黒に仕立て上げる。
「くっくそ!!目くらましか!逃がすな、絶対に今ここで捉えてやるぞ!!」
慌てふためく奴等を尻目に二人は丁度足元にある地下通路への入り口を開き脱出しているところであった。
誰に気づかれもせず二人は無事に脱出を果たせたのである。
―
―
―
―
―
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―
「いつでも脱出できたんだがお前を残して一人逃げる気にはなれなかった。許してくれ」
【それは私の台詞です。私がもっと早く目覚めていたらこんな危険な目には合わずに済んだでしょうから】
「お前を残していくくらいなら、俺はお前と一緒に死ぬ道を選ぶ。ただそれだけさ」
【はぅ・・・・・・極めて感動いたしました。しかし、不思議でなりません。マスターはなぜ私を再び記憶を保持したまま創り上げることができたのですか】
「まぁそれも踏まえて説明しようと思ったんだが、もっと落ち着いてから話そうと思う」
【それもそうですね。しかしマスター、これからアテはあるのでしょうか。先ほどの様子から察するに貴方はもはや世界的に指名手配されているような気がしますが】
「『この世界では』な。俺らはこれから魔界に行こうと思っている」
【魔界ですか。私は一向に構いませんが・・・マスターは】
「俺のことなら心配するな。母さんと妹はもう先に魔界で生活しているからな。当分はそこに住ましてもらおう」
【母様と妹様もですか!あぁ百年ぶりです、お変わりないでしょうか】
「妹はもとからサキュバスだし母さんもいつのまにかワーシープになっちまったもんで余計若返ってしまったよ。」
【なんと・・・ようやく魔物娘ライフが充実できますね!】
「まぁそうだな・・・でだな・・・その・・・俺は、ただ人魚の血飲んだだけでただの人間なんだ。だから・・・その・・・夜の方はまぁ、よろしく頼む」
【!!!!すいません嬉しすぎて鼻血と気絶を交互に繰り返しています】
「しっかりしろ!まぁそのなんだ、いずれ俺もインキュバスってやつになっちまうかも知れないがよ、俺はこの先どんなことがあってもユミル。お前を愛し続ける」
【・・・ふふっ。私はなんて幸せ者なゴーレムでしょうか。貴方のような人に創られて本当に良かった】
「もう絶対に、どんなことがあってもこの手を離しはしない。お前を一人ぼっちにさせない。永遠に誓おう」
【私も、マスターの為に生きマスターだけを愛しマスターと共に一生寄り添います。永久に誓います】
「・・・・・・なんか結婚式みたいになってしまったな。式は向こうについてからでも遅くないだろう。
さて、長い旅になるぞユミル。覚悟はいいな」
【はい。マスターとならば私はどんなところでも付いて行きます。】
「よし行くぞ!ユミル!」
【はい!マスター・・・いえ、エル!!】
かくして、この日を境に世界的に有名な発明家の発明品は新たに出ることはなかった。
だがそれ以降というもの、魔界ではそれらに類似した品々が急激に普及し始めているという。事の真相は発明家のみぞ知る真実であるが、その発明家の消息は誰一人として知らない。
噂によれば魔界の偏狭でそれはそれは美しいゴーレムと仲睦まじく暮らしているのだとか――
―TrueEND―
13/05/03 16:16更新 / ゆず胡椒
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