連載小説
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ロクデナシと奇妙な箱 後編
「先代魔王の頃…人と魔物が争い、憎み合い、殺し合っていた遥か昔。ある文献に、とある富豪の話が載っていた」

 箱に描かれた文字を柔らかな指で撫でつつ、イネスは語り出す。

「『我が手に入らぬものはなし』――金の力を使って物を買い、人を買い、そしてその想いすらも買った男、バビロン。正確な年代こそ不明なものの、当時最大の富と権力を持っていた富豪であることは間違いない。そして、古今東西の珍品の収集家でもあった彼は、晩年から妙なものを収集し始めていたのじゃ」

「それが、異世界からの漂流物?」

「そうじゃ。国家が傾くほどの途方もない金を使い、彼は見慣れぬ珍品を――漂流物と思われる品を世界中から集め、自らの城へと集めさせていた。勿論そのうちの幾つかは偽物であったし、大半は役に立たないガラクタや何の変哲もない日用品の類であったという。じゃが…その中には計り知れない力を持った本物の漂流物――『オーパーツ』と呼ばれる品が存在していたのは確かじゃ」

「『オーパーツ』――力を持った謎の武具や道具、ですか」

「その通り。あくまで噂じゃが、バビロンはそういったオーパーツの力で不老不死すら得ていたと言われていた…ま、流石にそれは創作だろうと思うがのう」

「不老不死…」

 魔術の発展した現代においても、不老不死は人類の夢である。単に寿命を延ばすだけならば『人魚の血』等を飲んだり、膨大な魔力によって延ばすという手があるにはある。

しかし、それは不老ではあるが不死ではない。人が数百年生きる事が出来るというだけでも非常に目覚ましい進化だが、世の術師達はそれでは満足しきれないのだ。

 だがもし、オーパーツの力があれば。人の枠を超えて不老不死の存在となる事も、不可能ではないのかもしれない。

「まあ、当の本人が住んでいた家ごと謎の消滅を遂げた以上、確かな事は何も分からんのじゃがな。お主も聞いたことくらいあるじゃろう、『バビロンの塔』の話は」

「小さい頃、教会で聞いた事があります。その強欲ゆえ自らの身を滅ぼした大富豪の話として、ですが。神の教えに従って清貧たれと言う教育の反面教師にはちょうどいいおとぎ話でした」

 バビロンの塔。聖王国に住む人々であれば、子供のころに一度は聞くおとぎ話である。

世界一の大富豪がその財力を駆使して大量の奴隷を使い、天まで届こうかという巨大な塔を建設する。しかしその強欲さは神の怒りを買い、塔は『神の雷』によって瓦礫の山と化し、大富豪は地獄へ落ちる。行きすぎた欲望は身を破滅させるという、何処にでもあるおとぎ話だ。

 しかし、まさか塔が実在するとは思わなかった。それほどの大富豪でありながら歴史書に記されておらず、恐らく殆どの人が只のおとぎ話だとしか思っていないだろう。彼自身も、この話を聞くまで単なるおとぎ話としか捉えていなかった。

「伝わり方に多少の違いはあれど、バビロンの塔は実在したのじゃよ。そして、ある日塔は全壊し、瓦礫の山と化した。教団は『神の雷』等と呼んでいるが、実際は保管されていたオーパーツの暴走じゃ。おとぎ話となったのは、ある種のカモフラージュじゃろうな」

「カモフラージュ?」

「そう。教団――正確には異端審問局の連中が流した偽情報じゃ。強大な力を持つ武具の仕業にするよりも、神の力としてしまったほうが都合がいい、と言う事じゃよ。特にその力を求める者にとってはな」

 ゆっくりと進めていた歩みを止めて、サミュエルの方に振り向く。にやりとイネスは嗤った。

「これは、間違いなく力を持ったオーパーツの一つじゃ。バビロンと共に世界各地に消え、今も教団が探し求める力の一端。この箱を開けてその力を手に入れる事は容易い、じゃがこれを開ければお主はこれまでのような生活は送れぬかもしれん。それでも開けるか?お主にその覚悟はあるか?」

 試すように、見透かすようにイネスはサミュエルを見る。その目に、サミュエルは一瞬戸惑う。

開けないほうがいいのではないか。この箱を開ければ、きっと何かが変わってしまう。

 こんな事になるなんて、彼は露ほども思っていなかった。中に入っているのは少々特殊なお宝で、その為に厳重な鍵が掛けられていた――その程度の認識でここに来たのだ。

 それが、蓋を開けてみればこうである。入っているのは得体の知れないオーパーツで、悪名高い異端審問局が狙う品の一つ。どう転んでも、将来碌な結果になりそうにない。

 で、あれば。開けずに封印したほうがいいのではないか。最悪、鍵が掛ったままでも宝石と一緒に売れば多少の値段にはなる。そう、わざわざリスクを負う必要はない。

「…開けて下さい」

「ほう、意外じゃな。てっきり開けぬのかと思っておった。良いのか?これの存在が異端審問局にバレれば、着け狙われるのは間違いないじゃろう」

「お宝を前に尻込みしてちゃ、トレジャーハンターの名が廃るってね。それに、腐っても冒険者の端くれです。リスクを恐れちゃ成功はない」

 そう、怖がって逃げているばかりじゃ成功は訪れない。それに、目の前には苦労して手に入れたお宝があるのだ。苦労した以上、ここで逃げるわけにはいかなかった。

「良かろう。では、開錠するとしよう」

 満足げに頷くと、イネスは箱に手を伸ばして呪文を唱える。周囲の空気がざわめき、机上の本のページがめくれ上がる。

室内だと言うのに、緩やかな風が発生している。その中心にいるのはイネスであり、呪文を唱えた彼女は静かに呟き、鍵へと触れる。

「――古の王の名において命ずる。開け」

 カチリと音がして、鍵が外れる。

封印は、解かれた。








一週間後 『サバト』アルパ支部前

あれから一週間の時が経ち、再びサミュエルはここに訪れていた。今度は、約束していた品を受け取る為である。

支部の門をくぐりながら、彼は一週間前の事を思い出す。封印を解き、箱を開けた時の事を。



「これは…銃?」

 中に収められていたのは、まるで長銃の様な長い銃身を持つ銃だった。とは言え、普段から銃を扱うものでなければそれが銃だとは一目で分からないだろう。彼自身、撃鉄と引き金、銃身を見て辛うじて銃の一種ではないかと判別がついた程度だ。それほどに異様な武器である。

 一般的に、銃は鉄の機関部と木製のストックからなる。しかし、それは殆どが鉄で作られており、唯一銃把のみが木で製作されている。

 違いはそれだけではない。銃の中心部にはペッパーボックスの四連銃身を小型化したような蓮根型のシリンダーがあるが、不思議な事に銃身は一本のみだ。更には火打ち式銃に備えてある火皿や火蓋は存在せず、見てとれるのは撃鉄だけであった。

 そして、極めつけは40cmに達しようかというその全長である。銃身長は30cmにもなるが、ストックがない事から恐らく拳銃であろう。その長い銃身が、銃のアンバランスさを際立たせていた。
 
 右手で持ち上げて、そのまま水平に構える。重量は1kg強と言ったところだ。長い銃身のせいでお世辞にもバランスがいいとは言えないが、実用上は問題ないレベルだろう。銃身の先と後部に固定式の簡易照準器があるが、これで狙いをつけるのだろうか。

 そのまま銃の各部を弄り、サミュエルは未知の武器の観察を続ける。一見してこれまでの銃とは運用も扱いも全く異なるものだと分かるが、幸いにもかけ離れているという程ではない。稼働するパーツも少なく、むしろこれまでの銃より扱いが簡単な位であった。

一緒に箱に入っていた金属製の細長い筒、これは恐らく弾丸だろう。火打ち式銃には火薬と弾を包んだペーパーカートリッジというものが存在するが、それの改良型の類である事は想像がついた。太さは11mmほどで、金属カートリッジの先端には半円状の鉛弾頭が装着されている。

 長さは、蓮根型のシリンダーとほぼ一緒だ。と言う事は、ここに弾丸を装填するのだろう。パーツには穴が6つ空いており、この銃が六連発銃であるという事が分かる。

 撃鉄を起こし、引き金を引く。起こすと同時にシリンダーが反時計回りに回転し、引き金を引くと撃鉄が落ちる。弾丸が入っていれば、これで一発発射できるのだろう。

彼の所持しているペッパーボックスではここから次の弾丸を発射する為に手動で銃身を回転させる必要があるが、この銃は撃鉄とシリンダーが連動しているので段違いの速度で連射ができる。

 加えて、金属弾丸は装填が非常に用意だ。銃後部から一発ずつの装填だが、弾丸と火薬、起爆剤が一つに収められている為簡単に装填できる。非常に画期的なシステムを持つ銃であった。

「どうじゃ?バビロンの遺産、オーパーツは。気に入ったか?」

「気に入ったも何も…最高ですよ、こいつは」

 光に照らされて、Buntline Specialと銘打たれた黒い銃身が妖しく輝く。まるでそれは、新たな持ち主の興奮に応えるかのようであった。



「いらっしゃいませ、サミュエルさん。バフォメット様がお待ちですよ。支部長室へ案内しますね」

「ああ、ありがとう。案内お願いします」

受付にいたミナと話して手続きを済ませ、支部長室へと向かう。興奮ゆえか、サミュエルの足取りはやや早い。

一週間の間、銃はサバトの研究所に預けられていた。開錠の代価として短期間かつ非破壊実験に限るという条件付きで預けたのだが、如何せん出所不明のオーパーツである。魔力テスト等の実験台にされて壊されてはいないかとヒヤヒヤしっ放しであった。

「バフォメット様、サミュエルさんが到着しました。入ってもよろしいでしょうか?」

「うむ、入れ」

 中に入ると、相変わらずの本と書類の山が彼を出迎える。前と違うのは、机の上に置かれている二挺の銃と箱詰めの弾丸位か。

「…二挺?」

「うむ。お主から預かった銃を分解した所、思いのほか構造が単純でな。これは、サイクロプス達が試作型として複製したものじゃ。オリジナルとの違いは素材と銃身の長さくらいじゃが、中々の一品じゃぞ」

「そんなに早く複製品を作れるとは…」

 恐るべし、サバト研究所。流石魔王軍の一角に名を連ねるだけの事はある。

「試作品とは言え、実地試験はすでに済ませてある。問題なく使用できるから安心せい。弾丸もコピー品を量産したが、こちらは余り捗っているとは言えんな。起爆剤となる部品の複製が出来なかったので撃火石を代用で用いているのじゃが、これがまた加工が困難での。取り敢えず、試作で100発と言った所じゃ」

 そう言って差し出されたサイクロプス製の複製銃は、銃身が3分の2ほどにカットされたショートモデルとでも言うべきものだった。バランスも取れており、魔法鋼のお陰で強度も問題ない。

 二挺の新型銃と、100発の弾丸。団員でもないサミュエルに対して異例ともいえる厚遇だが、はたして見返りはいかほどのものか。因みにネックレスは既に金に替えてしまっており、彼の手元には支払えそうなものは既にない。

「して、見返りじゃが…」

「やっぱり、無報酬でという訳には…」

「そんなうまい話があるわけないじゃろう。ま、儂も鬼ではないし金を取ろうとはおもっとりゃあせんよ。ただ、ちょっと働いてもらうだけじゃ」

「…働く?」

 ニヤニヤと笑うイネスを見ていると嫌な予感しかしない。

「何、お主がいつもやってる事じゃよ。只の宝探しじゃ」

「宝…探し?」

「そう。世界中に散っているオーパーツを集めてきてもらおうかと思っての。なに、一人で行けとは言わぬさ。そうさな――ミナ。お主、こいつに着いていけ」

「え…えええ!?ホントですか!?」

 突然の宣告に、目を丸くして驚くミナ。次の瞬間、見開いた目を輝かせてサミュエルに突撃する。

「やったあ!これからお願いします、お兄ちゃん!」

 腰に抱きついて、ミナは彼を見上げる。妹にするならば何とも愛くるしい少女だが、相棒にするなら話は別だ。何より、遠距離型が二人と言うのは何ともバランスが悪い。

「因みに、断ったら?」

「ここから生きて帰れると思うかの?」

 そう答えるイネスの顔には、満面の笑み。しかし、その目は全く笑っていない。ここで彼がNOと答えようものなら、間違いなく消し炭にされるだろう。

「その武器は、何ら魔術的な物ではない。つまり、誰でも扱える強力な武器と言う事じゃ。そんなものを量産した所で、儂らに不利になるだけじゃからの。お主の分だけでも作り続けてやると言うのじゃから、感謝してほしいくらいじゃ」

「…確かに」

 元から強大な魔術を使える魔物にとって、人が扱う新たな武器は天敵だ。しかもそれが魔術の優位性を脅かすものであれば、闇に葬られてもおかしくはない。

 今自身が生きていて、これから先も生きていける。面倒なお使いが増えたとはいえ、消されなかっただけマシと言うものである。

「元の生活には戻れない、か。確かに、言われたとおりになったな…」

 要は、イネスは飼い殺しにする気なのだ。この技術とそれを扱う彼自身を。

「そう悲観するでない。情報はこちらで集めるし、オーパーツ以外のお宝はお主の好きにしてよい。どうじゃ、悪い話ではないじゃろう?」

「まあ、そうですけど…ちょ、おい、纏わりつくなって!」

「因みに、契約は自由じゃからの。互いが望むなら存分にヤるがよい。入会はいつでも歓迎じゃぞ?」

「俺はロリコンじゃねえ!」

「えへへ、お兄ちゃんが出来たー!」

「俺は巨乳派だ!」

 狭い室内に悲鳴と嬌声、笑い声が響きわたる。こうして、一人の銃士と魔女のコンビが誕生したのである。









 『オーパーツ回収報告書』
 記 魔王軍魔術部隊 遺物探索課第八支部 局長 イネス・デ・カストーリャ
 宛 魔王軍魔術部隊 遺物探索課 局長殿


 回収物件:後装回転式六連発拳銃(非魔導武器)
      金属製カートリッジ12発
 
 魔力測定結果:全測定において反応なし。完全な非魔導物であることを確認

 性能:距離30mより射撃を行った結果、クラスUBの魔防鎧を完全に貫通
    高い連射能力を持ち、非常に危険

 所見:魔力を持たない人間用の非魔導武器。しかしながらその威力はそれなり以上の脅威であり、量産化も比較的容易い。教団への漏洩を防ぐためにも情報封鎖の要あり
    現在、複製試作品1が存在。局長判断によりオリジナルと共に探索協力者へ供与
 
 処分結果:現存中

 備考:第八支部遺物探索協力者 サミュエル・ブラウン
    上記の者を遺物探索協力者として信任する
    担当補佐官 ミナ・ハーカー(第八支部所属魔女見習い)
11/02/01 09:59更新 / ディタ
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■作者メッセージ
色々あって少々遅れました、後編です。今回もバトルなしな上にマニアックすぎる説明がおおいですがご了承下さい。
やっと地盤が整ってきました。次回から本格的に冒険が始まる…予定です。

恒例の用語説明

撃火石:魔界で取れ、衝撃で発火する鉱石。今作では複製品の弾丸で雷管の代わりとして加工使用しています。

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