連載小説
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ロクデナシと奇妙な箱 前編
――二週間後、大陸東の港湾部に位置する親魔物都市『アルパ』

「ぷっ、ぷぷっ…くくく……ダメだ、笑いすぎて死ぬ…」

 とある酒場に、男が一人と女性型の魔物が一人。一人は笑い疲れて机に突っ伏し、もう一人はその姿を不満そうに眺める。

「てんめえ、人事だと思って笑い飛ばしやがって…あの砂漠を抜けだすのがどんだけ大変だったか…」

「悪い悪い、もう笑わ…ぷぷっ」

「うっせ!笑うな!」

 サミュエルの怒りも何のその。エールをあおりながら思い出したように笑いをもらすのは、フリューテッドアーマーを着込み、紫がかった髪色を持つアマゾネス――フェベルだ。

 全身を覆う重鎧は、軽量鋼を使っているとしても軽く10kgを超える。加えて背中に背負っている大剣を合わせると、どれほどの負担がかかっているだろうか。

その実力は見た目に違わず、盗賊団の討伐や高難易度の護衛などの危険な仕事を主に請け負っている。自他共に認める一流の戦士であり、仕事も碌にせず宝探しに明け暮れるサミュエルとは対照的な存在であった。

 因みに、この酒場は彼女の夫が経営している。カウンターの向こうでグラスを磨く壮年の男――ヴァンとはもう20年の仲らしい。この酒場ではギルドからの依頼も紹介している為、ヴァンは危険な依頼を次々請け負ってしまう彼女の事を大層心配しているとか。

最も、サミュエルはそんな彼の姿を一度も見た事がないのだが。いつでも冷静沈着のナイスミドル…と言うのが彼を見た印象である。

「けどよ。一か月前に『金銀財宝をたっぷり持って帰って来るからな!見てろよ!』と息巻いてた男がボロ雑巾になって戻ってくりゃあなあ。これが笑わずにいれるかっての」

「う…それには深い訳があってだな…」

「深い訳ねえ。ただ単にドジ踏んでアヌビスに追いかけまわされてただけじゃねえか。帰ってこれただけマシだと思え。それとも、捕まったほうが良かったかもな?アヌビスならお前の性格も矯正してくれそうだしな、ガハハハハ!!」

「うぐぐ…」

 ぐうの音も出ない。彼はあの後アヌビス(&マミー軍団)に追われながら砂漠の中を三日三晩逃げまどい、昨日ようやく帰ってきたばかりなのである。

「んで、袋に穴が開いたのに気付かずお宝は殆ど砂の中に消え去った、と。お前、ホント間抜けだな…」

呆れたと言わんばかりの顔で、フェベルはサミュエルを見る。

「仕方ないだろ…追われてる最中にそこまで見てないって…気づいた時も真後ろにいたから庇ってる余裕なんてなかったし」

 彼にとって不運だったのは、逃げるのに精いっぱいで途中袋に穴が開いた事に気付かなかった事。そして、持ち運びに便利なよう小さな宝を主に入れていた事だろう。

 その結果、多くの宝は逃亡劇の最中に失われてしまった。100枚近くあった金貨と装飾品は殆どが失われ、残りはツケにしていた宿の宿泊費とここまでの帰還費に消えた。残ったのはそれなりの値段になりそうなネックレスが一つと、正体不明の箱が一つ。

「こいつは…誕生石に合わせた宝石の入ったネックレスか。それなりに価値はあるんじゃないか?」

「ほぼ唯一と言っていいほどの戦果だからな…俺には必要ないものだし、後で売り払う予定。次の旅への資金くらいにはなるといいんだけど」

 宝探しと言うものは、意外に金がかかる。宝の在処の情報に、遺跡探索の準備。場合によっては掘りだす為の人手と装備。人によっては古文書を漁って調べ上げたりもするのだが、今回サミュエルは情報屋に大枚はたいて遺跡の位置を教えてもらっていた。

 とは言え金貨10枚は流石に吹っかけすぎじゃないか…と彼は愚痴る。金貨一枚あれば、質素ながら成人男性が一月暮らせる程だ。遺跡の情報は確かだったし実際に大層なお宝はあったのだが、殆ど持って帰ってこれなかったとなれば愚痴りたくもなる。

「まあ、そっちはいいとしてだ。この箱は何なんだ?宝石箱にしちゃでかいし…」

「うーん、それが分からないんだよな。鍵が掛ってるから解除魔法試したんだが、どうやら掛かってる魔法が特殊な物らしくて…俺じゃ歯が立たないんだよ」

 そう言って、箱を持つ。持った感じ、重さは2〜3kgくらいであろうか。もしかしたら装飾用の短剣等が収められている箱なのかもしれないが、開かないのでは調べようもないし売りようもない。

「ふーむ。普通の魔法が効かない、ねぇ…なあヴァン、何か知らないか?」

 振り返り、彼女はカウンターにいる夫に声をかける。

「見つけた場所からして、恐らく古代にかけられた別系統の魔法だと思うが…私も魔法は専門分野じゃないからね。教団か『サバト』の魔術師ならば何か分かると思うが」

 グラスを磨く手を止め、ヴァンは返答する。

「教団か、サバトか…どちらも気軽に頼めるような組織じゃないよなあ。そもそも教団の支部はここにはないし」

「アタシは教団なんざお断りだね…ま、サバトがいいかって言われたら微妙だけどさ」

 教団という名前に苦虫を噛み潰したような顔をしながら、フェベルは呟く。

異教者や魔物達にとって、神の名のもとに異端者狩りを行う教団は正に天敵だ。幸いこの街は親魔物を謳っており、教団支部も存在しない為表立って迫害される事はない。それでも、大陸全土に影響を及ぼす教団の存在は魔物や彼女らと共存を目指す人々とって目の上のたんこぶであった。

 仮にも聖王国出身の人物であれば門前払いと言う事はないだろうが、何かと黒い噂の絶えない組織である。彼としても、出来ればあまり関わりたくなかった。

「なら、サバトの支部に行くかい?丁度いい、届けてほしいものがあるんだ。ついでに頼むよ」

「まだ行くって決めたわけじゃないんだが…まあここにいても仕方ないか。代わりに今日の飲み代はチャラにしてくれよ」

「仕方ないな…ほれ、こいつが荷物だ。途中でサボるなよ」

「せいぜいロリコンになるなよー。ロクデナシのロリコンじゃ救いがねえぞ」

「ならんわ!」

 失礼な言葉を投げかける二人に見送られ、サミュエルは酒場を出た。









「サバト、ねえ…」

 『サバト』。魔王軍幹部バフォメットの一族によって結成され、親魔物都市の奥に拠点を構える宗教団体。

 その教義は、快楽に忠実になる事。加えて、幼い少女達…即ち『ロリっ娘』を愛でる事。まあ、要するにロリとロリコンからなる、ある種の人々にとっての聖地である。

 魔術に優れるバフォメットや魔女が多数存在するだけあって、世界中の優秀な魔術師を擁しているのも特徴的だ。一般人への布教活動も熱心に行っており、支部がある都市ではパンフレットの配布や勧誘を行う幼い魔女の姿をよく見る事が出来る。

 魔術に造詣が深い者であれば大なり小なり関わりのある組織ではあるが、魔術が苦手な彼は直接的に関わった事はない。魔法は昨今の戦闘において遠距離攻撃、範囲攻撃の雄となる強力な術だが、如何せん個人の才能や努力と言ったものが如実に反映される世界である。そう言った才能のない人物は、剣や弓を取るか魔符に頼るしかない。

 そして、彼は魔術の才能を殆ど持っていなかった。全く使えないという訳ではないので宝探しに必須な解錠魔法や罠外し、照明や軽傷回復等の補助魔法は何とか習得したが、攻撃魔法や移動魔法等となると自力ではお手上げ状態であり、魔符に頼るしかない。

 そもそも、持っている武器からして彼は非常に変わっていた。火打ち式の単発拳銃が一挺、水平に二本の銃身が並び、銃身とストックを切り詰めた二連装のソウドオフが一挺。そして、回転する四本の銃身を持つペッパーボックスが一挺。一応緊急用にマチェットを持ってはいるが、近接戦闘にはからきし自信がないと彼は言う。

 扱いが簡単な上に威力は一撃必殺級の武器…とサミュエルは思っているのだが、これまで銃に対して好意的な評価を聞いた試しがない。せいぜい4~50mまでしか当たらない上に装填の手間が面倒な銃を使うなら、遠距離魔法や弓の方が良い…と言うのが主な理由だ。

「そう簡単に魔術が使えりゃ苦労しないっての」

 重い鎧を着込んで大剣を振り回すのは性に合わないしそんな筋肉もない。とは言え、短剣ではいささか心もとない。弓は習熟に時間がかかるし、魔術は碌に使えない。そんな彼が選んだ武器が、銃であった。

 何とも消極的な理由だが、何度も危機を救われているのは事実だ。火薬や硝石等維持費はかかるが、今更他の武器に乗り換えるつもりもなかった。

「サバトいかかですかー?今入会すると『秘薬:ワカガエリX』を無償で一本ご提供!さあ、貴方も私たちのお兄ちゃんになりませんかー?」

 どうやら、いつの間にかサバト支部の前まで来ていたらしい。そこでは、いつものように幼い姿の魔女が元気に勧誘を行っていた。ていうか、ワカガエリXってなんだよ。怪しすぎるだろ…

 そんな事を思いながら、彼はサバト支部の扉を開ける。一階は見学者向けに一般開放されているようで、希望者はガイドの案内があれば支部の中を見て回れるらしい。とは言え今回の目的は見学ではないので、彼は素直に正面受付に回る。

「すみませーん。ヴァン・キッシュの酒場から届け物なんですけども」

「あ、はいはい!少々お待ちを〜」

 呼び声に応えて彼の方へ歩いてくる姿を音で表すならば、とてとてと言う擬音が最適だろうか。

赤いジャケットに白のプリッツスカート、肩まで伸びた金髪。愛嬌のある青い目がこちらを見つめ、頭には山羊の髑髏が着いた赤いマジックハット。その手の性癖がなくとも思わず笑いかけたくなる、可愛らしい魔女だった。

「えーっと、酒場から荷物がお一つですよね。それでは、此方にサインお願いします」

「ここと、ここで…よし。これでいいですか?」

「はい、これで大丈夫です。いつもありがとうございます」

 此方に向けられる笑顔が眩しい。サミュエルは、ロリコンに走る人々の考えが少し分かったような気がした。

「あ、あと一つ。ちょっと相談があるんですけど…」

「はい、何でしょう?因みに、入会の申請でしたらいつでも承ってます!素直で可愛い少女たちが集うサバト、今なら『秘薬:ワカガエリX』であなたの身も心も若かったあの頃にカムバック!さあ、貴方も是非サバトに入会して私達と身も心も甘い性活をエンジョイしませんか!?…あ、そう言えば自己紹介もまだでしたね!私ミナって言うんですけど、先月からサバトに入ってまだ理想のお兄ちゃんに出会えてなくて、今私のお兄ちゃんになってくれる人を絶賛募集中な感じ――」

「ストップストップ!入会とかそういうのじゃないから!」

 ヒートアップして止まりそうになかったので、慌ててストップをかける。このまま放っておいたらいつの間にか入会させられそうだ。

「――なんですけどそうですか入会希望者じゃないんですか。ちぇー…」

 帽子がショボンと垂れ下がり、目を潤ませてミナは彼を見る。別にやましい事をしたつもりはないのに、幼い(見た目の)少女の涙目と言うのはここまで破壊力があるものなのだろうか。俺はロリコンじゃないロリコンじゃないと心の中で唱え、思わず抱きしめたくなる衝動を抑える。数秒たって両者落ち着いた後、サミュエルは件の箱を取り出した。

「入会の話は置いておくとして…とある遺跡で奇妙な箱を見つけたんですが、どうやら特殊な魔法が掛っているらしくて解錠魔法で開かないんですよ。此方の魔術師の方なら開ける方法をご存知かと思ったんですが…」

 丁寧な口調で簡単に説明し、箱を見せる。涙を拭いて箱を受け取ると、事務口調に戻ったミナが難しい顔をした。

「特殊な魔法、ですか…うーん、私じゃちょっと分からないです。バフォメット様なら分かるかも…少々お待ち下さい、見てもらえないか話してきます。箱を少々お預かりしても大丈夫ですか?」

「有難い。お願いします」

 どうやら、支部長に話を持って行ってくれるらしい。確かに、ファラオ時代に掛けられた魔法ともなればバフォメット等の上位クラスでなければ解錠できないだろう。

 受付前で待っていると、やがてミナが戻ってきた。持っていたはずの箱は持っていない。

 奇妙に思った彼が問いただす前に、ミナは口を開いた。

「先程の箱の件でバフォメット様がお会いしたいそうです。ご案内しますので来ていただけますか?」

「…分かりました」









「会うのは初めてじゃな。儂の名はイネス・デ・カストーリャ、見ての通りバフォメットじゃ」

「はあ、どうも…トレジャーハンターのサミュエル・ブラウンです」

 バフォメット。サバトの首魁であり、最高峰の魔力を持つ魔物。
 
魔術師としての能力は超一流。見た目は幼い少女ながら、そこらの魔術師等足元にも及ばぬ力を持っている…と言うのが一般的な見解だ。

サバトで支部長の座にいると言う事は、このバフォメットもそれ相応の力を持っているのだろう。だが、見た目だけなら幼い少女だからか、どうにもサミュエルには目の前の少女がそんな強大な存在だとは思えなかった。

「さて、この箱を持ってきたのはおぬしじゃな?一体どこから持ってきたのじゃ?」

 挨拶もそこそこに、本題に入るイネス。書類や書物がうずたかく積まれた支部長室の机の上に、問題の箱は置かれている。

「南部砂漠の遺跡、宝物庫で発見しました。通常の解錠魔法が効かないので、古代の魔術の類ではないかと思うんですが…」

「なるほどな。確かに、掛けられている魔法はファラオ時代の施錠魔術の類じゃ。儂ならば解錠する事はそう難しいことではない。だが、問題はそこではないのじゃ」

「と、言うと?」

「この箱に書かれている文字じゃ。おぬし、これが読めるか?」

 箱の表面を指でつつき、イネスは彼に問いかける。箱の文字など今まで気にした事もなかったが、何か意味があるのだろうか。

 近づいて文字を眺めるが、何と書いてあるのか分からない。職業柄多少の古代文字を読む事位は出来るが、ここに書いてある文字は彼の記憶しているものと全く似つかないものだった。

「いえ、分かりません…何と書いてあるので?」

「さあな。儂にも分からん」

 彼の質問に、あっさり返すイネス。

「分からん、て…」

「分からんから問題なのじゃ。長き時を生き多くの書物を読んできたが、これはファラオ時代のどの国家の文字とも一致しない…それどころか、今に至るまでこのような文字を見た事がないのじゃ」

 目を細めて、イネスは語る。見た事がないとはどういうことなのか。では、これはいったい何だというのだろうか。目で疑問を問いかけると、彼女は椅子に座って腕を組みながら話し始める。

「…この世界には、時に妙な物が流れ着く事がある。召喚魔術の失敗か、或いは魔界に溢れる魔力の暴走か…原因は特定できんが、稀に『他の世界』からの漂流物が現れるらしいのじゃ」

「らしい、ですか」

「直接その光景を見たわけではないからな。ともかく、そう言った漂流物は物によっては世界に大きな影響を与え、出所不明の強大な力として扱われるようになった。過去における大きな技術発展や強大な力を持った武具の中には、未だ出所不明な物も多い。異世界からの漂流物だったかもしれん」

「…この箱が、異世界からの漂流物だって言うんですか?」

「――あくまで可能性、じゃがな」

 言葉を切って、イネスは箱を見つめる。つられるように、サミュエルも箱に目を向けた。彼らには読める由もないが、そこには流麗な文字でこう刻まれていた。

 『This Buntline special is present to Wyatt Berry Stapp Earp and four other western lawmen.――Dear Sir Earp, from Ned Buntline』

11/01/19 10:04更新 / ディタ
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■作者メッセージ
続きまして、第二話前編です。長くなりそうだったので前後編に分ける事にしました。舞台が街なので、しばらくはバトルとかもなく平和?な予感。
多分この先どんどん趣味に走って行きそうな気がします。

因みに、港湾都市アルパの由来はルーマニア語で『水』を意味する語をちょっともじって付けました。個人的なイメージとしてはOblivionと言うゲームのAnvilという港町…って言っても分かりませんよね…

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