ロクデナシと砂漠のお宝 ただし番人付き
「さて、ここからどうすべきか…」
大陸南部、砂漠地帯。昼は50度を超える猛暑が続き、逆に夜は0度以下の極寒となるこの地には、未だ数多くの財宝が眠っている。
そもそもこの辺り一帯は、旧魔王時代からの遺跡が数多く点在している。かつて砂漠地帯で栄華を誇ったファラオ達が、己の遺体を眠らせる場所として作り上げた墓所たちのなれの果てだ。
長い時の果てに遺跡の多くは砂に埋もれ、その形を崩している。形を残す遺跡群も副葬品目当ての盗掘者や冒険者達が蔓延り、金目のものは片っ端から盗み出されてしまっている。
しかし、かつての王達の栄華の残滓は年月や盗掘者による蹂躙を良しとしない。砂に埋もれつつも未だ手のつけられていない富を内包した遺跡や、強固な防衛システムにより不埒な盗掘者を撃退し続けてきた遺跡は未だ数多く存在する。
そして、彼――サミュエルが侵入しているのも、そう言った遺跡の一つであった。
「正面にマミーが2、後ろの通路にも1か。倒せない数じゃないとは言え、音は出したくないんだがなあ…」
通路の窪みに隠れながら、サミュエルは一人小声で愚痴る。内部に残る罠や見張りの数からして、この遺跡がまだ手のつけられていないものである確率は非常に高い。そして、遺跡の規模からしてここのファラオは生前相当の権勢を誇っていたはず。であれば、納められている埋葬品の数や質もその権勢に見合った物のはずだ。
情報屋に大枚はたいて買った情報だ。絶対に宝を持ち帰ってやる。そんな期待を抱きながら行く手に立ちふさがる罠やマミーの警戒を潜り抜けて、遂に見つからずに宝物庫の目の前まで達する事が出来た。しかし、世の中そう上手くはいかないらしい。
――ある程度予想はしていたが、やはり宝物庫の前には見張りがいた。全身に包帯を巻き、虚ろな目で目の前を見つめるマミーが二体。見つからないよう慌てて隠れたはいいが、今度は後ろからもう一体のマミーが近付いてくる始末。このまま隠れていてもすぐに見つかるし、生憎彼の武器は閉所での隠密行動向きではなかった。
「宝物庫はすぐ先だ…飛び出しざまに正面の二体、振り返って一体。マミーと番人が辿り着く前に片を付ける――よし!」
覚悟は決まった。後は実行に移すのみ。
腰に手をかけつつ、窪みから飛び出す。それまでぼーっと前を見つめるだけだった三体のマミーは、突如現れた侵入者を目にするや否や彼を捕まえようと前進する。
しかし、その動きは遅すぎた。マミーにしては素早い動きで彼へ駆けて行くものの、その距離約6メートル。
飛び出しざまに、彼はホルスターから銃を抜き撃つ。右手には銃身とストックが短くカットされた水平二連銃、左手には火打ち式の前装式単発銃。どちらも一発ずつしか撃てないが、殺傷力と言う点では既成の武器を大きく凌駕する。一撃必殺の、頼れる相棒。
――立て続けに、轟音が響く。右手に持った二連装銃が連続で火を噴き、宝物庫を守るマミー達の頭に大きな風穴を開ける。同時に左手に持った単発銃の引き金を絞り、通路から来るマミーを撃ち倒す。僅か二秒で、三つの屍体は物言わぬ躯と化した。
「……すまんね」
銃を下ろし、サミュエルは唇を噛み締める。彼自身、別に反魔物派と言うわけではない。生まれ育ちは教団の庇護下にある都市だが、冒険者として街を出て、旅をしていく最中で魔物がどういった存在であるかは身に染みて分かっていた。それでも尚自身の目的の為に殺した彼女たちの死に顔は、決して善人とは言えない彼にも一抹の罪悪感を抱かせるものだった。
とは言え、感傷に浸ってもいられない。黒色火薬特有の馬鹿デカい銃声は、恐らく遺跡中に響き渡ったはずだ。厄介なミイラや番人達がこれ以上現れる前に、とっとと宝物庫の中身を回収してずらかりたい所である。
「一々悩んでもいられない、ってね。さーて、お楽しみのお時間だ」
宝物庫の前まで走り、扉に向けて解錠魔法をかける。魔法は苦手な部類に入るのだが、解錠や罠はずし等の探索系魔法だけは必死で覚えた甲斐があった。最も、これらの魔法が使えなければトレジャーハンターとしてとてもやっていけないのではあるが。
石同士がこすれあい、砂を落としながらゆっくりと扉が開く。中には照明がなく、真っ暗闇だった。
明りの魔法をつけ、中に踏み込む。踏み込んで…彼は、自分の目を疑った。
魔法の光が壁や床に反射し、部屋はきらきらと輝いている。いや、これは床ではない。――黄金だ。
「これが」
金、銀、貴金属、魔法鋼。
「これらが、これ全部が」
色とりどりの宝石を散りばめた装飾品。宝箱に収まりきらず、溢れだしている金貨。きれいに並べられ、背の高さほどに積まれた金塊。
「俺の」
魔法鋼で鍛えられた武具に、膨大な魔力を秘めたマジックアイテムの数々。
「宝っ!!!」
彼の目の前に広がるのは、正しく黄金郷。幅、奥行き凡そ10m程の空間に敷き詰められていたのは、部屋全体を埋め尽くすほどの宝の数々。
全て合わせれば、如何ほどの価値になるだろうか。全く想像がつかない。ヒトならば誰もが願ってやまない望みの一つ、『富』がそこにはあった。
「ふ、ふふ、ふはは、ははははは!」
自然と笑いが漏れる。無理もない、一生遊んでもあり余る富を手に入れたのだ。歓喜に打ち震えない者はいないだろう。
しかし、その瞬間彼は失念していた。ここが敵地のど真ん中であるという事を。先程立てた轟音の発信源へ向けて、魔物達が迫ってきているという事を。侵入者を察知した遺跡の番人がここへ向けて全速力で向かって来ているという事を。
そして何より、最後の最後でのちょっとした油断こそが最も危険な行為であるという事を、彼は一瞬忘れていた。その油断で、これまで幾人もの冒険者たちが悲惨な結末を迎えて行った事すらも。
吸い寄せられるように宝へ走り、サミュエルは革袋を取りだす。これだけの量、一度で全部持ちだすのはとてもじゃないが不可能だ。ならばまずは持ち出しやすい金貨や装飾品を回収し、大型の武具や金塊は後回しにすべき。そう考えたサミュエルは、まずは小物から取りかかる事にした。
彼は一心不乱に宝箱を開け、金貨を袋に流し込む。ひょっとしたらミミックだったかもしれないのに、今の彼には警戒心の欠片も存在しない。
次に石像の首に掛けられていた魔力の首輪を外し、革袋に詰める。その後は指輪、そしてまた金貨。徐々に重くなっていく革袋を見て隠しきれない笑みを浮かべていると、ふと一つの箱が目にとまった。
「これは…?」
奇妙な箱だった。大きさは50センチ四方、厚みは10センチほど。宝石箱にしてはでかすぎるし、周囲の宝箱に比べてもそこまで上質の箱ではない。
普通なら、他の宝を放り込むべきであろう。中身がさほど期待できそうにないし、もっと金になりそうなものがそこらに幾らでも転がっている。敢えてその箱を選ぶ理由はない。
しかし、彼はその箱を袋に入れた。何か言葉では言い表せない存在がその箱を選んだか、それとも運命を感じた、と言うべきか。理由はさておき、彼はその箱を選択した。
――次の瞬間、背後に殺気が奔る。
「くそっ!」
革袋を抱え、転がるように横に飛ぶ。一瞬遅れて、先ほどまで彼の居た位置に錫杖が振り下ろされた。
「意外とお早い到着で…ちょっと歓迎が手荒すぎないか?」
「手荒な歓迎、か。よくそんなセリフが言えたものだ、盗掘者よ」
左手は革袋を抱えたまま、右手を後ろに回しつつ振り返る。そこにいたのは、ピンと立った二つの黒い耳と柔らかそうな尻尾を生やした褐色の麗人。僅かに胸と腰を覆うだけの露出度の高い服を纏い、切れ長の目をこちらに向けるその姿は男なら誰もが求めるであろう美しい姿だ。
最も、その手足が黒い毛皮に覆われていなければ、の話だが。
「アヌビス…アンタ、この遺跡の番人か」
「いかにも。お主のように宝につられてやってきた愚かな盗掘者を捕獲し、王の墓を守る事が我が役目。大人しくするならば…悪いようにはせぬぞ?」
そう言って、左手に持った錫杖を掲げて唇を舐める。恐らく、この遺跡には彼以外訪れた男はいなかったのであろう。頬はやや紅潮し、脚は獲物を捉えんと跳躍態勢に入る。
「ハハ、アヌビスか…。悪くない…って言いたいけど、そうもいかなくてね。抵抗させてもらうよ」
言い終わると同時に、右後ろのホルスターから銃を抜きだす。サイクロプス製の四連装回転式拳銃『ペッパーボックス』。知己のサイクロプスが作り出した、4つの銃身が特徴的な手動回転式拳銃だ。
抜き撃ちの要領で引き金を絞り、弾丸が発射される。しかし、先ほどの轟音から既に予期されていたのか、身を低くして前進したアヌビスには当たらない。
「さっきの音でもしやとは思ったが、やはり銃を使うか!くくっ、危ない危ない!」
アヌビスが笑いながら肉薄し、錫杖を振り回す。迫り食る錫杖をしゃがんで避けると、サミュエルは銃身を横に咥えて銃把を回す。
――ガキン
銃身が回転し、次弾がセットされる。ペッパーボックスは連装銃の倍の装弾数を誇るが、銃身は自分で回転させる必要がある。基本は前装式の単発銃と変わらない為、銃身一本一本に入っている弾を撃発させるには撃鉄の位置まで弾の入った銃身を回転させる必要があるのだ。
そのまま後ろに飛んで下がり、二発目を撃発する。狙いは彼女自身。しかし、弾丸は防ぐように突き出された錫杖の中心部に命中し、そのまま貫通。錫杖を二つにへし折った。
――マズった。彼は心の中で舌打ちする。しかし、それを悟られるわけにはいかない。
「ははっ!やりおるな、お主!我の錫杖を折るとは!」
「…敵を褒めてる余裕があるのかい?これでアンタは武器を失ったぜ」
銃口を向けつつ、サミュエルは革袋を抱え直す。軽口をたたいてはいるが、余裕がないのは彼の方だ。
今の銃身の弾丸はすでに発射してしまった。新たに撃つには、三発目に回転させる必要がある。しかし、左手に革袋を抱えているこの状態では彼女に向けている銃口を逸らさず銃身を回転させることは不可能だ。
そして、口で咥えて無理やり回転させようにも彼女がその隙を許すはずがない。たとえ素手でも相手は魔物、身体能力では人間であるサミュエルが敵うはずがなかった。それは彼女も十分わかっている。
なのに、彼女は此方に対して更なる攻撃をかけようとしない。銃口から弾が出てこないのは既に分かっている。今襲えば確実に殺せる。なのに、彼女はゆっくりと言葉を紡ぐ。
「最早武器など要らぬ。我は、お主の事が気に入ったのだ…自らが窮地にあって尚その余裕、活路を見出さんとするその胆力。お主こそ、我が夫となるに相応しい」
彼我の距離、約3メートル。先程よりも更に顔を紅潮させ、アヌビスはゆっくりとサミュエルに近づいていく。
「それは、また何とも。男としては嬉しいけども、生憎まだやり残したことがいっぱいあってね。アンタの願いは叶えられそうにない」
ジリジリと近づいてくるアヌビスと、それに合わせてゆっくりと距離を取るサミュエル。しかし、彼の背中が壁に当たる事によって短くゆったりとした追いかけっこは幕を閉じる。
「忘れたか?我は魔物だ。欲しいものは実力で手に入れる。『秩序の番人』アヌビスがお主の全てを管理し、支配してやろう」
彼我の距離が、1メートルを切る。彼に既に退路はなく、極上の獲物にして夫候補を前にして、彼女は更に紅潮を笑みを深くする。
「くくっ、怖がるな…お主はすべて我に任せればいい…」
いつの間にか、銃口は下ろされていた。彼女は左手でサミュエルの頬に触れ、その首筋に熱い吐息を吹きかける。
「くっ…分かった。じゃあ夫として一つお願いだ。いいかな?」
「…なんだ?」
「――目を閉じて。最初のキスくらい、俺から奪いたい」
「…ん」
銃をしまい、右手で彼女の頬に触れる。最高級のシルクのように柔らかい彼女の頬を撫で、顎に手をあてる。
顎を持ちあげて此方を向かせると、彼女は素直にゆっくりと目を閉じた。互いの唇が、ゆっくりと近づく。
彼我の距離、後一寸。互いの唇が触れる直前に、そっと彼が囁いた。
「――テレポート」
唐突に、アヌビスの腕の中から彼の姿が消え失せる。一瞬触れた温かな唇の感触と、直後に消えたその温もりに呆然とするアヌビス。
「…………え?え?」
目を開ける。彼がいない。部屋を見渡す。彼はいない。宝物庫を出て通路を見る。いるのは頭を撃ち抜かれて機能停止に陥ったマミーの姿のみ。
『テレポート』、そう彼は呟いた。もしその言葉が魔力を持っていたならば、彼は今何処にいる?…外だ、外に逃げたのだ。
彼は、最初からこうするつもりでいたのだ。アヌビスと対峙した時点で、普通に戦っていても一目散に逃げていてもとても逃げ切れないと判断した。だから、極限まで油断させておいてギリギリのところで魔符を使い、遺跡を脱出したのだ。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!」
やられた。まんまとやられた。一杯食わされた。怒りと恥ずかしさと悲しみがない交ぜになり、声にならない悲鳴が上がる。
数十秒後。ひとしきり叫び終わると、彼女は遺跡内のすべてのマミーに魔力を送り、最優先で指示を与えた。
「あの男を追え……絶対に……絶対に逃がさんぞっ!!!!!」
「大、成、功!」
ラクダに乗り、真昼の砂漠を全速力で駆ける男が一人。手には財宝入りの革袋を抱え、満面の笑みを浮かべながら砂漠を駆け抜ける。
「いやー、入口にポータル用意しておいてよかった〜。移動魔符分の出費はあったけど、財宝売れば大幅黒字…いやはや備えあって憂いなし!」
男の名前はサミュエル・ブラウン。自称『流離いのトレジャーハンター』。
「金貨だけで100枚近く、加えてマジックアイテムに装飾品。城が建つ…って程じゃないけど、しばらく遊んで暮らすには十分!HAHAHAHAHA!」
聖王国出身、歳は23歳。職業柄、単独行動を好む。愛用武器は前装式銃とマチェット。冒険者だが近接戦闘は専門ではなく、銃を用いた長距離戦が得意。
「うーん、しかしあのアヌビスの娘、美人だったなあ。こういう状況じゃなければ大歓迎なんだが…うむ」
通称、『ロクデナシのガンスリンガー』。
「ん?何かここら辺あちこち地面が盛り上がって……んああああああっ!?」
知り合い曰く、『腕は悪くないが詰めが甘い』。
「いってえ…何だって……だ……」
――そう。最後の瞬間のちょっとした油断によって、幾多の冒険者が悲惨な結末を迎えたのだ。
「くくっ……久し振りだな……」
砂漠の日差しをバックに、砂丘に立つ女性が一人。手足、そして耳と尻尾が黒い毛皮に覆われてはいるが、胸と腰だけを覆う大胆な衣装とスレンダーながら出る所が出たボディ、そして何より褐色の肌に覆われたその端正な顔は、正に南国の麗人。男なら誰もが一目惚れしてもおかしくはないだろう。
その額に浮かぶ青筋と、背後に見えるどす黒いオーラがなければ、の話だが。
「よ、よぉ…数時間ぶり…かな?」
「2時間と18分15秒振りだ、正確にはな」
立ち上がり、引き攣りながらも何とか笑顔を浮かべるサミュエル。どす黒いオーラはそのままに、ゆっくりと彼に近づくアヌビス。
命か、それとも精か。どちらかが尽きるまで、彼を搾り尽くすつもりである事は明らかだった。
「……そ」
「そ?」
「それだけは勘弁っ!」
周囲には、地面の底から出現したマミーが多数。それでも、正面のアヌビスを突破するよりかはマシだ。
迫りくるアヌビスに背を向け、マミーの間を縫って倒されたラクダを引き起こす。そのまま勢いに任せて飛び乗り、マミーの間を一気に駆け抜ける。
「ちょ、待て!」
「待てと言われて待つ奴が居る訳ないだろ!」
「うるさい!我が待てと言っているのだ!おい待て!待たんかゴラアアアアアアアアアアア!!!!」
大陸南部、砂漠地帯。50度を超える猛暑の中、一人の男と一体の魔物による追いかけっこが開始された。
大陸南部、砂漠地帯。昼は50度を超える猛暑が続き、逆に夜は0度以下の極寒となるこの地には、未だ数多くの財宝が眠っている。
そもそもこの辺り一帯は、旧魔王時代からの遺跡が数多く点在している。かつて砂漠地帯で栄華を誇ったファラオ達が、己の遺体を眠らせる場所として作り上げた墓所たちのなれの果てだ。
長い時の果てに遺跡の多くは砂に埋もれ、その形を崩している。形を残す遺跡群も副葬品目当ての盗掘者や冒険者達が蔓延り、金目のものは片っ端から盗み出されてしまっている。
しかし、かつての王達の栄華の残滓は年月や盗掘者による蹂躙を良しとしない。砂に埋もれつつも未だ手のつけられていない富を内包した遺跡や、強固な防衛システムにより不埒な盗掘者を撃退し続けてきた遺跡は未だ数多く存在する。
そして、彼――サミュエルが侵入しているのも、そう言った遺跡の一つであった。
「正面にマミーが2、後ろの通路にも1か。倒せない数じゃないとは言え、音は出したくないんだがなあ…」
通路の窪みに隠れながら、サミュエルは一人小声で愚痴る。内部に残る罠や見張りの数からして、この遺跡がまだ手のつけられていないものである確率は非常に高い。そして、遺跡の規模からしてここのファラオは生前相当の権勢を誇っていたはず。であれば、納められている埋葬品の数や質もその権勢に見合った物のはずだ。
情報屋に大枚はたいて買った情報だ。絶対に宝を持ち帰ってやる。そんな期待を抱きながら行く手に立ちふさがる罠やマミーの警戒を潜り抜けて、遂に見つからずに宝物庫の目の前まで達する事が出来た。しかし、世の中そう上手くはいかないらしい。
――ある程度予想はしていたが、やはり宝物庫の前には見張りがいた。全身に包帯を巻き、虚ろな目で目の前を見つめるマミーが二体。見つからないよう慌てて隠れたはいいが、今度は後ろからもう一体のマミーが近付いてくる始末。このまま隠れていてもすぐに見つかるし、生憎彼の武器は閉所での隠密行動向きではなかった。
「宝物庫はすぐ先だ…飛び出しざまに正面の二体、振り返って一体。マミーと番人が辿り着く前に片を付ける――よし!」
覚悟は決まった。後は実行に移すのみ。
腰に手をかけつつ、窪みから飛び出す。それまでぼーっと前を見つめるだけだった三体のマミーは、突如現れた侵入者を目にするや否や彼を捕まえようと前進する。
しかし、その動きは遅すぎた。マミーにしては素早い動きで彼へ駆けて行くものの、その距離約6メートル。
飛び出しざまに、彼はホルスターから銃を抜き撃つ。右手には銃身とストックが短くカットされた水平二連銃、左手には火打ち式の前装式単発銃。どちらも一発ずつしか撃てないが、殺傷力と言う点では既成の武器を大きく凌駕する。一撃必殺の、頼れる相棒。
――立て続けに、轟音が響く。右手に持った二連装銃が連続で火を噴き、宝物庫を守るマミー達の頭に大きな風穴を開ける。同時に左手に持った単発銃の引き金を絞り、通路から来るマミーを撃ち倒す。僅か二秒で、三つの屍体は物言わぬ躯と化した。
「……すまんね」
銃を下ろし、サミュエルは唇を噛み締める。彼自身、別に反魔物派と言うわけではない。生まれ育ちは教団の庇護下にある都市だが、冒険者として街を出て、旅をしていく最中で魔物がどういった存在であるかは身に染みて分かっていた。それでも尚自身の目的の為に殺した彼女たちの死に顔は、決して善人とは言えない彼にも一抹の罪悪感を抱かせるものだった。
とは言え、感傷に浸ってもいられない。黒色火薬特有の馬鹿デカい銃声は、恐らく遺跡中に響き渡ったはずだ。厄介なミイラや番人達がこれ以上現れる前に、とっとと宝物庫の中身を回収してずらかりたい所である。
「一々悩んでもいられない、ってね。さーて、お楽しみのお時間だ」
宝物庫の前まで走り、扉に向けて解錠魔法をかける。魔法は苦手な部類に入るのだが、解錠や罠はずし等の探索系魔法だけは必死で覚えた甲斐があった。最も、これらの魔法が使えなければトレジャーハンターとしてとてもやっていけないのではあるが。
石同士がこすれあい、砂を落としながらゆっくりと扉が開く。中には照明がなく、真っ暗闇だった。
明りの魔法をつけ、中に踏み込む。踏み込んで…彼は、自分の目を疑った。
魔法の光が壁や床に反射し、部屋はきらきらと輝いている。いや、これは床ではない。――黄金だ。
「これが」
金、銀、貴金属、魔法鋼。
「これらが、これ全部が」
色とりどりの宝石を散りばめた装飾品。宝箱に収まりきらず、溢れだしている金貨。きれいに並べられ、背の高さほどに積まれた金塊。
「俺の」
魔法鋼で鍛えられた武具に、膨大な魔力を秘めたマジックアイテムの数々。
「宝っ!!!」
彼の目の前に広がるのは、正しく黄金郷。幅、奥行き凡そ10m程の空間に敷き詰められていたのは、部屋全体を埋め尽くすほどの宝の数々。
全て合わせれば、如何ほどの価値になるだろうか。全く想像がつかない。ヒトならば誰もが願ってやまない望みの一つ、『富』がそこにはあった。
「ふ、ふふ、ふはは、ははははは!」
自然と笑いが漏れる。無理もない、一生遊んでもあり余る富を手に入れたのだ。歓喜に打ち震えない者はいないだろう。
しかし、その瞬間彼は失念していた。ここが敵地のど真ん中であるという事を。先程立てた轟音の発信源へ向けて、魔物達が迫ってきているという事を。侵入者を察知した遺跡の番人がここへ向けて全速力で向かって来ているという事を。
そして何より、最後の最後でのちょっとした油断こそが最も危険な行為であるという事を、彼は一瞬忘れていた。その油断で、これまで幾人もの冒険者たちが悲惨な結末を迎えて行った事すらも。
吸い寄せられるように宝へ走り、サミュエルは革袋を取りだす。これだけの量、一度で全部持ちだすのはとてもじゃないが不可能だ。ならばまずは持ち出しやすい金貨や装飾品を回収し、大型の武具や金塊は後回しにすべき。そう考えたサミュエルは、まずは小物から取りかかる事にした。
彼は一心不乱に宝箱を開け、金貨を袋に流し込む。ひょっとしたらミミックだったかもしれないのに、今の彼には警戒心の欠片も存在しない。
次に石像の首に掛けられていた魔力の首輪を外し、革袋に詰める。その後は指輪、そしてまた金貨。徐々に重くなっていく革袋を見て隠しきれない笑みを浮かべていると、ふと一つの箱が目にとまった。
「これは…?」
奇妙な箱だった。大きさは50センチ四方、厚みは10センチほど。宝石箱にしてはでかすぎるし、周囲の宝箱に比べてもそこまで上質の箱ではない。
普通なら、他の宝を放り込むべきであろう。中身がさほど期待できそうにないし、もっと金になりそうなものがそこらに幾らでも転がっている。敢えてその箱を選ぶ理由はない。
しかし、彼はその箱を袋に入れた。何か言葉では言い表せない存在がその箱を選んだか、それとも運命を感じた、と言うべきか。理由はさておき、彼はその箱を選択した。
――次の瞬間、背後に殺気が奔る。
「くそっ!」
革袋を抱え、転がるように横に飛ぶ。一瞬遅れて、先ほどまで彼の居た位置に錫杖が振り下ろされた。
「意外とお早い到着で…ちょっと歓迎が手荒すぎないか?」
「手荒な歓迎、か。よくそんなセリフが言えたものだ、盗掘者よ」
左手は革袋を抱えたまま、右手を後ろに回しつつ振り返る。そこにいたのは、ピンと立った二つの黒い耳と柔らかそうな尻尾を生やした褐色の麗人。僅かに胸と腰を覆うだけの露出度の高い服を纏い、切れ長の目をこちらに向けるその姿は男なら誰もが求めるであろう美しい姿だ。
最も、その手足が黒い毛皮に覆われていなければ、の話だが。
「アヌビス…アンタ、この遺跡の番人か」
「いかにも。お主のように宝につられてやってきた愚かな盗掘者を捕獲し、王の墓を守る事が我が役目。大人しくするならば…悪いようにはせぬぞ?」
そう言って、左手に持った錫杖を掲げて唇を舐める。恐らく、この遺跡には彼以外訪れた男はいなかったのであろう。頬はやや紅潮し、脚は獲物を捉えんと跳躍態勢に入る。
「ハハ、アヌビスか…。悪くない…って言いたいけど、そうもいかなくてね。抵抗させてもらうよ」
言い終わると同時に、右後ろのホルスターから銃を抜きだす。サイクロプス製の四連装回転式拳銃『ペッパーボックス』。知己のサイクロプスが作り出した、4つの銃身が特徴的な手動回転式拳銃だ。
抜き撃ちの要領で引き金を絞り、弾丸が発射される。しかし、先ほどの轟音から既に予期されていたのか、身を低くして前進したアヌビスには当たらない。
「さっきの音でもしやとは思ったが、やはり銃を使うか!くくっ、危ない危ない!」
アヌビスが笑いながら肉薄し、錫杖を振り回す。迫り食る錫杖をしゃがんで避けると、サミュエルは銃身を横に咥えて銃把を回す。
――ガキン
銃身が回転し、次弾がセットされる。ペッパーボックスは連装銃の倍の装弾数を誇るが、銃身は自分で回転させる必要がある。基本は前装式の単発銃と変わらない為、銃身一本一本に入っている弾を撃発させるには撃鉄の位置まで弾の入った銃身を回転させる必要があるのだ。
そのまま後ろに飛んで下がり、二発目を撃発する。狙いは彼女自身。しかし、弾丸は防ぐように突き出された錫杖の中心部に命中し、そのまま貫通。錫杖を二つにへし折った。
――マズった。彼は心の中で舌打ちする。しかし、それを悟られるわけにはいかない。
「ははっ!やりおるな、お主!我の錫杖を折るとは!」
「…敵を褒めてる余裕があるのかい?これでアンタは武器を失ったぜ」
銃口を向けつつ、サミュエルは革袋を抱え直す。軽口をたたいてはいるが、余裕がないのは彼の方だ。
今の銃身の弾丸はすでに発射してしまった。新たに撃つには、三発目に回転させる必要がある。しかし、左手に革袋を抱えているこの状態では彼女に向けている銃口を逸らさず銃身を回転させることは不可能だ。
そして、口で咥えて無理やり回転させようにも彼女がその隙を許すはずがない。たとえ素手でも相手は魔物、身体能力では人間であるサミュエルが敵うはずがなかった。それは彼女も十分わかっている。
なのに、彼女は此方に対して更なる攻撃をかけようとしない。銃口から弾が出てこないのは既に分かっている。今襲えば確実に殺せる。なのに、彼女はゆっくりと言葉を紡ぐ。
「最早武器など要らぬ。我は、お主の事が気に入ったのだ…自らが窮地にあって尚その余裕、活路を見出さんとするその胆力。お主こそ、我が夫となるに相応しい」
彼我の距離、約3メートル。先程よりも更に顔を紅潮させ、アヌビスはゆっくりとサミュエルに近づいていく。
「それは、また何とも。男としては嬉しいけども、生憎まだやり残したことがいっぱいあってね。アンタの願いは叶えられそうにない」
ジリジリと近づいてくるアヌビスと、それに合わせてゆっくりと距離を取るサミュエル。しかし、彼の背中が壁に当たる事によって短くゆったりとした追いかけっこは幕を閉じる。
「忘れたか?我は魔物だ。欲しいものは実力で手に入れる。『秩序の番人』アヌビスがお主の全てを管理し、支配してやろう」
彼我の距離が、1メートルを切る。彼に既に退路はなく、極上の獲物にして夫候補を前にして、彼女は更に紅潮を笑みを深くする。
「くくっ、怖がるな…お主はすべて我に任せればいい…」
いつの間にか、銃口は下ろされていた。彼女は左手でサミュエルの頬に触れ、その首筋に熱い吐息を吹きかける。
「くっ…分かった。じゃあ夫として一つお願いだ。いいかな?」
「…なんだ?」
「――目を閉じて。最初のキスくらい、俺から奪いたい」
「…ん」
銃をしまい、右手で彼女の頬に触れる。最高級のシルクのように柔らかい彼女の頬を撫で、顎に手をあてる。
顎を持ちあげて此方を向かせると、彼女は素直にゆっくりと目を閉じた。互いの唇が、ゆっくりと近づく。
彼我の距離、後一寸。互いの唇が触れる直前に、そっと彼が囁いた。
「――テレポート」
唐突に、アヌビスの腕の中から彼の姿が消え失せる。一瞬触れた温かな唇の感触と、直後に消えたその温もりに呆然とするアヌビス。
「…………え?え?」
目を開ける。彼がいない。部屋を見渡す。彼はいない。宝物庫を出て通路を見る。いるのは頭を撃ち抜かれて機能停止に陥ったマミーの姿のみ。
『テレポート』、そう彼は呟いた。もしその言葉が魔力を持っていたならば、彼は今何処にいる?…外だ、外に逃げたのだ。
彼は、最初からこうするつもりでいたのだ。アヌビスと対峙した時点で、普通に戦っていても一目散に逃げていてもとても逃げ切れないと判断した。だから、極限まで油断させておいてギリギリのところで魔符を使い、遺跡を脱出したのだ。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!」
やられた。まんまとやられた。一杯食わされた。怒りと恥ずかしさと悲しみがない交ぜになり、声にならない悲鳴が上がる。
数十秒後。ひとしきり叫び終わると、彼女は遺跡内のすべてのマミーに魔力を送り、最優先で指示を与えた。
「あの男を追え……絶対に……絶対に逃がさんぞっ!!!!!」
「大、成、功!」
ラクダに乗り、真昼の砂漠を全速力で駆ける男が一人。手には財宝入りの革袋を抱え、満面の笑みを浮かべながら砂漠を駆け抜ける。
「いやー、入口にポータル用意しておいてよかった〜。移動魔符分の出費はあったけど、財宝売れば大幅黒字…いやはや備えあって憂いなし!」
男の名前はサミュエル・ブラウン。自称『流離いのトレジャーハンター』。
「金貨だけで100枚近く、加えてマジックアイテムに装飾品。城が建つ…って程じゃないけど、しばらく遊んで暮らすには十分!HAHAHAHAHA!」
聖王国出身、歳は23歳。職業柄、単独行動を好む。愛用武器は前装式銃とマチェット。冒険者だが近接戦闘は専門ではなく、銃を用いた長距離戦が得意。
「うーん、しかしあのアヌビスの娘、美人だったなあ。こういう状況じゃなければ大歓迎なんだが…うむ」
通称、『ロクデナシのガンスリンガー』。
「ん?何かここら辺あちこち地面が盛り上がって……んああああああっ!?」
知り合い曰く、『腕は悪くないが詰めが甘い』。
「いってえ…何だって……だ……」
――そう。最後の瞬間のちょっとした油断によって、幾多の冒険者が悲惨な結末を迎えたのだ。
「くくっ……久し振りだな……」
砂漠の日差しをバックに、砂丘に立つ女性が一人。手足、そして耳と尻尾が黒い毛皮に覆われてはいるが、胸と腰だけを覆う大胆な衣装とスレンダーながら出る所が出たボディ、そして何より褐色の肌に覆われたその端正な顔は、正に南国の麗人。男なら誰もが一目惚れしてもおかしくはないだろう。
その額に浮かぶ青筋と、背後に見えるどす黒いオーラがなければ、の話だが。
「よ、よぉ…数時間ぶり…かな?」
「2時間と18分15秒振りだ、正確にはな」
立ち上がり、引き攣りながらも何とか笑顔を浮かべるサミュエル。どす黒いオーラはそのままに、ゆっくりと彼に近づくアヌビス。
命か、それとも精か。どちらかが尽きるまで、彼を搾り尽くすつもりである事は明らかだった。
「……そ」
「そ?」
「それだけは勘弁っ!」
周囲には、地面の底から出現したマミーが多数。それでも、正面のアヌビスを突破するよりかはマシだ。
迫りくるアヌビスに背を向け、マミーの間を縫って倒されたラクダを引き起こす。そのまま勢いに任せて飛び乗り、マミーの間を一気に駆け抜ける。
「ちょ、待て!」
「待てと言われて待つ奴が居る訳ないだろ!」
「うるさい!我が待てと言っているのだ!おい待て!待たんかゴラアアアアアアアアアアア!!!!」
大陸南部、砂漠地帯。50度を超える猛暑の中、一人の男と一体の魔物による追いかけっこが開始された。
11/01/18 19:12更新 / ディタ
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