ゴースティング・ゴールイン
彼は私を見てくれない。
私は彼が好きなのに。
彼が好きなのは、人間じゃない。
スライム、ドラゴン、ラミア、サキュバス―挙げればキリがない。いわゆる”魔物”と呼ばれる奴らだ。
彼は私を見ていない。私が人間で、彼が彼だからだ。
私は魔物が嫌いだ。
あんな化物のどこがいいのか、サッパリ理解できない。理解しようと努力もしたけど、やっぱり分からない。それは私が女だからなのか。
分かっているのは、幼馴染に恋をする一人の少女がいて、その恋心は決して報われないだろうということだけだ。
私は何故、彼が好きなんだろう。いっそ諦めてしまえば楽なのに。
そばにいられるだけで幸せだと。近くにいるだけで満足だと。
それ以上は望めないとしても、彼の良き友人でいられる現状で納得しろと。
「ちょっと散歩してくる」
彼はそう言って、いつものように飛び出していく。
それが単なる散歩などではない事を、私は知っている。
彼は私に極力悟られないようにしているらしいが、十何年も一緒にいるのだから、嘘を見破るのも簡単だ。
つまり、彼は襲われようとしているのだ。魔物に襲われて、一つになりたいと。
でも、私はそれを止めようとはしない。
彼が誰と結ばれようと、それは彼の自由だ。彼に振り向いて欲しいというのは私のワガママで、そんな事で人を束縛するのは許されざる行為だ。
「いってらっしゃい。暗くなる前に戻ってきてね」
だから、私は薄っぺらい作り笑いを浮かべて、鈍感な幼馴染を送り出す。
もう帰ってこないかもしれない、そんな可能性は考えないようにして、彼の背中が見えなくなるまで手を振る。
どうしたら、この気持ちを分かってもらえるだろう?
繰り返される思考の中、私も外を歩いていた。
用事があったわけじゃない。
ただ、歩きたくなっただけだ。ここのところ雨が続いていて家の中に篭もりっきりだったので、少し運動したかったというのもあるかもしれない。
ぬかるんだ崖際を歩いていた。
私の左には深い谷が口を開けていた。落ちれば確実に命を落とすだろう。だが、私の意識はそこにはなかった。
空は綺麗な蒼が染めていたし、遠くに見える山には、深緑の中に微かに黄色が混じり始めていた。
景色に見蕩れていた。
それが悪かったのか。
トンと押されるような、そんな感覚。
思わず踏ん張り、踏ん張った足がずるっと滑る感触をブーツ越しに感じた後。
「ぇ……?」
ふと気付いたときには、何故か私の身体は宙に浮いており、
私は、谷底に叩きつけられて―。
「………ッ?」
目が覚めると、そこは墓地だった。
……あれ? どうして墓地に? 私、崖に落ちたような……?
もしかして、夢?
しかし、夢にしてはあまりにもリアルだった。
谷底へ落ちていく光景をまだ鮮明に思い出せるし、地面に激突して自分の頭が割れた感覚すらある。足の裏に残る泥の感触だって……
あれ?
足がない?
というか私、透けてる?
というか―浮いてる?
背後で、ドサッ、と何かが落ちた音がして、振り向く。
そこにいたのは、彼だった。足元には花束が転がっていた。さっきの音は、あの花束が落下した音だろう。
「ゴー、スト……?」
彼は信じられないものを見るような目で私を見ていた。そうしてしばらく立ち竦んだあと、恐る恐るといった風に近寄る。
私の手が届くほどの距離まで接近したところで、彼はもう一度驚いた。
「もしかして、君なのか?」
声が出るかも分からなかったので、私はコクコクと首を縦に振った。
すると彼は、顔に喜びの色を浮かべながら、
「そんな、まさか、本当に……!?」
黙って頷く。
彼は突然、腕を大きく広げて私に駆け寄った。だがそれは叶わず、抱擁は空を切った。
「あ、そうか。生まれたてのゴーストには触れないんだっけ……」
……すり抜けた、らしい。どうやら私は死んで、ゴーストという魔物になってしまったようだった。
魔物嫌いの私が魔物になってしまうなんて、なんとも皮肉な話だ。
「と、とりあえず、家に戻ろう。これからの事は、これから考えればいいんだから」
彼は花束を拾って歩き出す。
まぁ、いっか。
これで彼に見てもらえる。相手にしてもらえる。
愛してもらえる。
それが嬉しくて、死んでしまった悲しみなんてどこかに吹き飛んでしまっていた。
何より、溢れる妄想を押さえ込むのに精一杯で悲しむ暇なんてなかった。
「どうしたんだい。行くよ」
彼が振り向いて私を見る。私は慌てて歩き出した、といっても足はないのだけれど。
そろそろ朝日が昇る。
その太陽は、私たちのこれからを暗示するかのように輝いていた。
〜〜〜
やった、成功した!
計画通り、彼女はゴーストになった。
わざわざ魔力の濃い土地にある墓地を買った甲斐があったというものだ。
一番の難関は、彼女に気付かれず彼女を殺すことだったけれど、上手く崖際を歩いてくれて助かった。長雨で地面がぬかるんでいたのも幸を奏した。
彼女が僕を想ってくれているのは知っていた。
僕も彼女を愛していた。
しかし、彼女は人間だった。
それさえなければ、彼女は最高の女性だったのに!
僕は考えた。どうすれば僕たちの愛は成就するのか。
簡単だった。彼女が魔物でないのなら、してしまえばいい。
そして僕の計画に従い、彼女は魔物になった。
僕らは結ばれた。
こんな話を誰かにすれば、狂っていると言われるだろう。おかしい、人として間違っていると。
僕はそれでも構わない。
自分がまともな神経をしていないなんて、ずっと前から分かっている。
何が悪い?
結果として、誰も損はしていない。むしろ得たものの方がずっと多い。
彼女は真実を知らない。
その方がいい。知る必要はない。
真実は、僕が墓まで持っていく。
文句は誰にも言わせない。
何故なら僕たちは今、幸せなのだから。
私は彼が好きなのに。
彼が好きなのは、人間じゃない。
スライム、ドラゴン、ラミア、サキュバス―挙げればキリがない。いわゆる”魔物”と呼ばれる奴らだ。
彼は私を見ていない。私が人間で、彼が彼だからだ。
私は魔物が嫌いだ。
あんな化物のどこがいいのか、サッパリ理解できない。理解しようと努力もしたけど、やっぱり分からない。それは私が女だからなのか。
分かっているのは、幼馴染に恋をする一人の少女がいて、その恋心は決して報われないだろうということだけだ。
私は何故、彼が好きなんだろう。いっそ諦めてしまえば楽なのに。
そばにいられるだけで幸せだと。近くにいるだけで満足だと。
それ以上は望めないとしても、彼の良き友人でいられる現状で納得しろと。
「ちょっと散歩してくる」
彼はそう言って、いつものように飛び出していく。
それが単なる散歩などではない事を、私は知っている。
彼は私に極力悟られないようにしているらしいが、十何年も一緒にいるのだから、嘘を見破るのも簡単だ。
つまり、彼は襲われようとしているのだ。魔物に襲われて、一つになりたいと。
でも、私はそれを止めようとはしない。
彼が誰と結ばれようと、それは彼の自由だ。彼に振り向いて欲しいというのは私のワガママで、そんな事で人を束縛するのは許されざる行為だ。
「いってらっしゃい。暗くなる前に戻ってきてね」
だから、私は薄っぺらい作り笑いを浮かべて、鈍感な幼馴染を送り出す。
もう帰ってこないかもしれない、そんな可能性は考えないようにして、彼の背中が見えなくなるまで手を振る。
どうしたら、この気持ちを分かってもらえるだろう?
繰り返される思考の中、私も外を歩いていた。
用事があったわけじゃない。
ただ、歩きたくなっただけだ。ここのところ雨が続いていて家の中に篭もりっきりだったので、少し運動したかったというのもあるかもしれない。
ぬかるんだ崖際を歩いていた。
私の左には深い谷が口を開けていた。落ちれば確実に命を落とすだろう。だが、私の意識はそこにはなかった。
空は綺麗な蒼が染めていたし、遠くに見える山には、深緑の中に微かに黄色が混じり始めていた。
景色に見蕩れていた。
それが悪かったのか。
トンと押されるような、そんな感覚。
思わず踏ん張り、踏ん張った足がずるっと滑る感触をブーツ越しに感じた後。
「ぇ……?」
ふと気付いたときには、何故か私の身体は宙に浮いており、
私は、谷底に叩きつけられて―。
「………ッ?」
目が覚めると、そこは墓地だった。
……あれ? どうして墓地に? 私、崖に落ちたような……?
もしかして、夢?
しかし、夢にしてはあまりにもリアルだった。
谷底へ落ちていく光景をまだ鮮明に思い出せるし、地面に激突して自分の頭が割れた感覚すらある。足の裏に残る泥の感触だって……
あれ?
足がない?
というか私、透けてる?
というか―浮いてる?
背後で、ドサッ、と何かが落ちた音がして、振り向く。
そこにいたのは、彼だった。足元には花束が転がっていた。さっきの音は、あの花束が落下した音だろう。
「ゴー、スト……?」
彼は信じられないものを見るような目で私を見ていた。そうしてしばらく立ち竦んだあと、恐る恐るといった風に近寄る。
私の手が届くほどの距離まで接近したところで、彼はもう一度驚いた。
「もしかして、君なのか?」
声が出るかも分からなかったので、私はコクコクと首を縦に振った。
すると彼は、顔に喜びの色を浮かべながら、
「そんな、まさか、本当に……!?」
黙って頷く。
彼は突然、腕を大きく広げて私に駆け寄った。だがそれは叶わず、抱擁は空を切った。
「あ、そうか。生まれたてのゴーストには触れないんだっけ……」
……すり抜けた、らしい。どうやら私は死んで、ゴーストという魔物になってしまったようだった。
魔物嫌いの私が魔物になってしまうなんて、なんとも皮肉な話だ。
「と、とりあえず、家に戻ろう。これからの事は、これから考えればいいんだから」
彼は花束を拾って歩き出す。
まぁ、いっか。
これで彼に見てもらえる。相手にしてもらえる。
愛してもらえる。
それが嬉しくて、死んでしまった悲しみなんてどこかに吹き飛んでしまっていた。
何より、溢れる妄想を押さえ込むのに精一杯で悲しむ暇なんてなかった。
「どうしたんだい。行くよ」
彼が振り向いて私を見る。私は慌てて歩き出した、といっても足はないのだけれど。
そろそろ朝日が昇る。
その太陽は、私たちのこれからを暗示するかのように輝いていた。
〜〜〜
やった、成功した!
計画通り、彼女はゴーストになった。
わざわざ魔力の濃い土地にある墓地を買った甲斐があったというものだ。
一番の難関は、彼女に気付かれず彼女を殺すことだったけれど、上手く崖際を歩いてくれて助かった。長雨で地面がぬかるんでいたのも幸を奏した。
彼女が僕を想ってくれているのは知っていた。
僕も彼女を愛していた。
しかし、彼女は人間だった。
それさえなければ、彼女は最高の女性だったのに!
僕は考えた。どうすれば僕たちの愛は成就するのか。
簡単だった。彼女が魔物でないのなら、してしまえばいい。
そして僕の計画に従い、彼女は魔物になった。
僕らは結ばれた。
こんな話を誰かにすれば、狂っていると言われるだろう。おかしい、人として間違っていると。
僕はそれでも構わない。
自分がまともな神経をしていないなんて、ずっと前から分かっている。
何が悪い?
結果として、誰も損はしていない。むしろ得たものの方がずっと多い。
彼女は真実を知らない。
その方がいい。知る必要はない。
真実は、僕が墓まで持っていく。
文句は誰にも言わせない。
何故なら僕たちは今、幸せなのだから。
14/04/07 23:25更新 / シフ