キューピッドが愛を運んで来た
僕は誰にも話しかけられなかった。誰かに話しかけようとも思っていなかった。
僕は何の面白みもない人間であるからだ。人と話をしていてもいかにボロを出さないかばかりを考えていて、実際にボロを出して落ち込んでしまうと言う事ばかりが続いていた。その内誰も僕に話しかけてこなくなった。ちなみに家族とも会話は最低限である。
口を開けない日々が続いた事で僕は危機感を覚えた。正確に言うとそれ以外でも理由はあったのだが、最低限の会話だけは出来るようにしておこうと積極的な生徒を演じる事にした。積極的に質問し、回答を求められれば手を上げる。様々な雑学を知っていた事もあり、僕は周囲から寡黙な優等生として一目置かれる身となった。日常会話も、求められれば何とか出来るようにもなった。
僕にとっての学校生活は苦行である。しかし、これからも最低限の演技をしていかねばならない。そうすれば周りから価値のある人間として存在できるからだ。嫁を持たず、友人を持たずとも、充実した一生が送れるからだ。
体育館で学校の始業式が行われている。夏休みは独りで充実した日々を過ごした。独りには慣れてしまった。今では周囲に人が居る方が嫌な位だ。
「当校でも魔物を受け入れる事となりましたので――」
そんな夏休みの間世間を騒がせていたのは魔物の存在だった。異国どころではない未知の存在を政府は受け入れたのである。女性の個体が大半であり男性の個体は人間が変化した者しかいないと言われる未知の生物。それも大半が美人。
それはもう大変な騒ぎであったが僕には関係のないことだ。
どうせ誰とも親しくならずにに一生を過ごすに決まっている。と言うよりそうしなければならない。僕なんかに関わる人はさぞ悲しい人生を送るだろうからだ。
クラスに戻ると魔物の転入生の紹介が行われた。在校生も改めて自己紹介をした。席替えも同時に行われ、キュービッドと言われる種族の魔物が僕の隣に座る事になった。リリア・オルシアと名乗っていた。席に座る際、軽く会釈をすると向こうも会釈を返してくれた。見た感じ無口そうでありペースを乱されなさそうだ。僕に気を遣って話しかけたりもしなかった。一安心だ。
昼食の時間になり席を立つ。僕の食事場所は体育館裏である。人が誰も来ないため落ち着く。おにぎり二つを頬張り終え、教室に戻る。その途中、キュービッドを見かけた。空に飛んでいた。この学校に来たキュービッドは一人(と言うより一魔物と呼ぶべきだろうか)だけなので僕の隣にいる魔物であるだろう。
美しかった。この世の物とは思えないほど美しかった。何と表現したらいいのか分からなかった。よくアニメで表現されている天使の特殊効果がよりダイナミックで感動的になった。そうとしか表現できないのが辛いが、この世の者とは思えない(実際この世の者ではないのだが)キューピッドの飛行する姿に圧倒されていた。しばらく見惚れていた後、正気に戻り教室へと戻った。
それから毎日、外に出るとキューピッドを見かけた。名前の通り弓矢を持ち、思い出したようにに矢を放っていた。キューピッドなのだから当然であろう。
教室では3つのカップルが誕生した話題で持ち切りだった。サッカー部で人気のある部長と地味なテニス部の女子。学年一と噂される美人とお世辞にも容姿がいいとは言えない男子。他人に興味を示さなかった秀才とその幼馴染。
一見すると不釣り合いに見える為でもあったが話題はそれだけでもない。めでたく交際することになったカップルは皆異常なまで距離が近く、少し暇な時間があれば互いに口づけを交わしていたり互いの体をまさぐりあったり普通では考えられない行動をしていた。
当然話の真相は「キューピッドがその人たちを引き合わせていた」と言う事なのだが、それにしてはカップルが不釣り合いなため、男子グループを取り仕切っているリーダーがその事を質問をしに行った。
キューピッドはそれに、
「愛に釣り合いも不釣り合いもないでしょ?」
と短く返答し、読んでいた本に目を落とした。リーダーはそれに反論することもできなかった。美人に言い負かされたのが悔しいのか不服な顔を浮かべてその場から去って行った。
しばらくは平穏な日常であったが、ある日の朝より変化が生じる。学校についた時に重要な物を忘れていたのだ。その物体の名は消しゴム。家で使っている消しゴムがどっかに行ってしまったので学校で使う物を使った。そこまではよかったが、その後筆箱に戻すのを忘れてしまう大失態。今日は消しゴム無しでやり過ごさなければならない。
ノートのある程度の書き損じは致し方無い。普段ならそう思っていられるのだ。しかし、今日は三時間目に小テスト。消しゴム無しでやり抜かなければならない。
二時間目が終わり教室が慌ただしくなる。テスト勉強をしなかった人は大急ぎで勉強をしたり、友達同士で問題を出し合ったり。
僕も決意を新たに持とう。そう思った時急に隣の席から声がした。
「啓太君?」
キューピッドが僕を見てくる。しかも名前で呼んできた。僕はその顔をまじまじと見つめる。他の魔物がそうであるように彼女も美人だった。彼女の場合は切れ長な目が特徴的である。
「名前で呼ばれるのは恥ずかしいです…」
見惚れていたのがばれない様に目線を逸らす。その代り、キューピッドに自制を促した。
「あ、ごめんなさい。葛城君。消しゴム忘れてきたの?」
刹那、僕は気を失った様だった。ぞっとした。一番の関心事を彼女に言い当てられてしまったのだ。魔物は人間より五感が鋭かったり鋭くなかったりするらしいのだが、魔物の恐怖を今一度僕は感じた。
「忘れてきましたが、まあ大丈夫でしょう」
精一杯の返答をした。会話を、美人と行っているのだ。緊張しない男は相当女慣れしているだろう。だから僕のスキルの問題ではない筈だ。多分。
「でも困るでしょ?」
キューピッドは顔に僅かながらの戸惑いを見せた。声も男子グループのリーダーと接する時とは異なっていた。好意があるように見えた。それがまた僕の心を動揺させた。
「困らないように何とかします。大丈夫です」
僕はそう答え、顔を正面に戻した。僕なりの精一杯の拒絶の意志だ。
「消しゴム二つ持ってるのだから遠慮しなくてもいいのに…」
そう言うとキューピッドは消しゴムを僕の机に置いた。
「帰る時に私に返して。変な気は遣わなくていいから。」
僕はキューピッドの目を見ず、会釈をした。
昼食の時間になり体育館裏に行く。彼女の行動に疑問を浮かべながら。見ず知らずの人に消しゴムを渡すだなんて。僕なんて誰も気に留めない筈なのに。隣だからなのだろうか。だとしても人の消しゴムの有無まで気にするだろうか。魔物だからなのか。訳が分からない。
取り合えずおにぎりを二つ取り出す。遠くから人が近づいてくる。僕はまた驚愕した。
僕に消しゴムを渡したあのキューピッドが近づいてくる。
彼女は僕の目の前で止まる。
「あ、消しゴム…ありがとうございます。助かりました」
僕はそう言ってその場から去ろうとした。すぐに彼女に呼び止められたのだが。
「あの、そのお礼として、この世界の事を少し教えてもらえれば嬉しいのだけれど…」
思わぬ提案だった。魔物の倫理観はよく分からないが向こうもよく分かってない様である。そういう事だったのか。彼女はこの世界の事を誰かに教えてもらいたくて、僕に恩を売ったのだろう。実に回りくどい。しかし僕が向こうの世界に行ったとしても、同じような行動をとるだろう。気持ちはわかる。
「あ、はい。答えられる範囲ならいくらでも」
僕は笑みを浮かべた。
僕とキューピッドはコンクリートに腰を下ろした。距離が近いので離れたいが、いつもの癖で僕が隅っこに座ってしまった為逃げ場がない。しくじった。
そう考えているとキューピッドが口を開いた。
「リリア・オルシアです」
「葛城啓太です。自己紹介は前にしたかと思いますが」
「名前読んでくれないから忘れたのかと思った」
魔物はそんな事も気にするのだろうか。そんなのどうでもいいじゃないか。
「それはどうも失礼しました。オルシアさん」
「リリアって呼んでほしいのだけど…」
苗字呼びでさえ魔物は許してくれないのか。意外と気難し屋だ。
「申し訳ありません リリアさん」
「なんか他人行儀だし呼び捨てでもいいのに…」
不機嫌な表情を浮かべるキューピッド改めリリアさん。僕も苦労している。異文化交流の難しさを改めて思い知った。異文化の人でなければ僕に話しかけようとも思わなかっただろうに。
「これは僕の癖でして…こっちの世界の人でも僕みたいな人はあまりいませんがご容赦ください」
リリアさんは依然表情が硬かったが納得したようだ。納得してくれなきゃ困る。
二人は黙々と食べ始めた。二人の体が近いため僕は食べる事に集中した。僕の性欲が薄かったのが唯一の救いだ。食事の最中僕の物が起つ事はなかった。リリアさんは無表情で怪しげな果実を頬張っていた。魔界産フルーツと呼ばれるものだろう。様々な物があってどれもおいしいらしい。今は移住者のみに配られているそうなのだが、今後一般人にも安価で手に入る予定だそうだ。もっとも、僕は口に入れるつもりはないが。
やがて僕とリリアさんは食事を終えた。しばらく二人とも声を発しなかった。やがて、リリアさんが口を開いた。
「この世界の人って付き合う時に釣り合いとかを気にするの?」
男子グループのリーダーに言われた事が心に引っかかってたのだろう。僕としても周りの人々が考える事はよく分からないのだが、とりあえず一般論を返すことにする。
「考えるみたいです。収入が結婚するときの判断材料になったりします。肩書もそうですね。僕には関係の無い話ですが」
リリアさんは再び不服そうな顔になる。
「そんな事考えずに好きだと思うなら好きで結婚するべきだと私は――と言うより魔物や天使達は思うけど…葛城君はどう思ってるの?」
天使ってなんだろうか。魔物とは違うのだろうか。
「僕はどうせ結婚できませんから。関係のないことです」
「どうせって何?先の事は誰にも分からないのに」
リリアさんは急に真面目な顔をしてそう言った。天使だか魔物だかは本当に分からない。
「僕なんか何の取り柄もないですし、付き合った人が不幸になると思いますよ」
「そんなに自分の事を卑下する必要はないんじゃない?」
「僕は単に事実を話しているだけです。それより天使ってなんでしょう?魔物なら僕もある程度分かるのですが」
リリアさんは悲しげな顔を一瞬だけして、それをすぐに引っ込めた。
「天使と魔物は違うよ。全く別物。少し説明は長くなるのだけれど――」
冷静な顔をして話すリリアさん。この顔が一番似合っている。
「天使と言っても仕えている神様によって違うの、魔物に批判的な神様もいるし協力的な神様もいる。私が仕えているのはエロスって言う女神様。愛情の神様で魔物には協力的。私達は世の中に幸せな愛を沢山作ろうと頑張ってるの」
「凄いですね」
非現実的ではあるがこれは現実なのだ。しかし改めて驚かされる。
「それでキューピッドの仕事は男女が結ばれるのを手伝う事、マンネリ化した夫婦を再び新婚時代のような関係に戻す事の二つだけどまあ説明は別にいいよね」
「まあ大体分かります」
僕の顔を見て説明を続けるリリアさん。僕はずっと伏し目がちで偶に顔を上に上げるのだが、必ず僕の方に顔を向けているのだ。そこまでしなくてもいいのに。何か他の事をしながら話しても罰は当たらないはずだ。
「まあ、それで私達も魔物になっちゃう事があるんだけどエロス様に仕えている天使の場合はそれほど変化しないらしいの。私も今は魔物になってないけど、今後ならないとは言えないの。」
「つまりそんな差はないと」
「そう。まあ天使の中でも魔物に敵対する子達なんかは魔物になると性格が真反対になっちゃうんだけどね。魔物と天使の差はこんな物かな」
「どうも、教えていただきありがとうございます」
「こちらこそありがとう」
再び静かな時間が訪れる。そろそろ予鈴が鳴る。教室に戻らなくてはならない。
「じゃあ、僕はこれで」
「葛城君!」
大きな声。おとなしめなリリアさんのイメージがぐらついた。
「なんでしょう」
「自分じゃ自分の魅力が分からなかったりするの。悪い所ばかり目がつくから。でも人間、必ずいい所はあるの」
急に説教をしてくるとは。僕の事は何もわからない癖して。
「僕の事ですか?僕にいい所があっても、それは誰もがどうでもいいと思っていることでしょう」
「そういう所も女の子はちゃんと見てたりするの」
「そんな人は誰にだって惚れるような女の子でしょうよ」
「……」
リリアさんが黙ったので僕はさっさとその場から離れる事にした。
それから時間が流れ、帰る時刻になった。軽くお礼を言い、リリアさんに消しゴムを返した僕は急いで家路につくことにした。道草を食いたかったが、酷く疲れていてそんな気分にもなれなかった。
――
支給されたアパートに帰った私は昼に話した男の子を思い返した。
葛城啓太君。感情を表に出さないような男の子。いつも本を読んでいる男の子。終始無表情で話しかけられると張り付いた笑みを浮かべる男の子。自分は愛されないと思っていて愛されるべきでないと思っている男の子。愛情の対極に生きている男の子。
私が入学した日、隣の席に座ろうとしたら会釈をしてくれた。拒絶の色を見せながら。
下手に話しかけると嫌われると思ったから、消しゴムを無くして困っていた所を助けた。それでも彼は心の底で私を拒絶していた。知り合ったサキュバスに言われた通りに私が彼に体を密着させても興奮すらしていなかったようだ。
きっと何かがあったのだろう。今も何かに苦しんでいるのかもしれない。誰かが助けなければいけない。そして幸せな人生を送ってもらわなければならない。そうしなければエロス様の名が穢れてしまう。
ベッドに横になりながら、明日以降彼と関わりを持つべく作戦を練った。
――
昨日はとても疲れた。見知らぬ天使と話すのがこれほど辛いとは思わなかった。途方もないエネルギーを彼女に分けた代わりに得られた収穫は魔物と天使の違いだけ。今日からはまた静かに暮らそう。
「葛城君…おはよう」
軽く会釈を返して席に座る。制服から本を取りだし読む。壁が作れれば問題なし。リリアさんを遠ざける事に成功した。
それから何事もなく昼食の時間に。席を立つ。体育館裏で食事だ。
「葛城君!」
呼び止められてしまった。リリアさんの声だ。
「今日も、お昼一緒に食べない?」
まさかの誘い。これは困った。しかも消しゴムの時とは違い教室中の男子に女子に魔物娘がこの二人の方を向いている。無理に断ったら人間たちの噂の的になるし、魔物に恨まれそう(流石の僕でも魔物が愛情と欲情の塊であると言う噂は知っている)だ。リリアさんは頬を少し染めて僕をジッと見てくる。断ったら僕の生活は無茶苦茶になってしまいそうだ。
「わかりました」
俯き加減で了承した。急ぎ足で教室を出る。リリアさんはそんな僕の一歩後ろをついてくる。
体育館裏の所定の位置に僕は腰かけ、リリアさんはその隣に座った。
「よかった。断られるかと思った。」
リリアさんはそう言いつつタッパーを開ける。例の果実が入っていた。
「今頃教室中の噂ですよ。僕たちは」
冗談を言いつつおにぎりを食べる。
相変わらずリリアさんは美人だ。多くの男性の理想ではないだろうか。僕には勿体無さすぎる。
「あの…」
リリアさんが口を開いた。
「なんでしょう?」
感情をこめずそう返した。
「あの…私に何か出来る事があれば…相談してね。フーリーの子達もいるし、キューピッドの仲間も一杯いるし、力になれると思う」
出会って一か月もたってないのに一体何を言い出すのか。
「そう言われましても、僕には悩みなんか――」
「悩みが無ければいいの、いいのよ。でも葛城君、相当疲れてるように見えるから…」
疲れている。僕は四六時中疲れているのだ。しかしそれは僕以外の人間がどうこう出来る話ではない。
「生まれた時からずっとこんな感じですよ。だから別に心配も何もいりません」
目を伏し、そう答えた。
「そう…ごめんね。急にこんな話ししちゃって」
リリアさんはまた落ち込み果実を食べ始める。
自分の悩みは自分で解決するほかないのだ。だって他人には人の悩みは分からないのだから。他人にとやかく文句は言われたくないし、言われる筋合いもない。
まあ冷たくあしらっていればいくらキューピッドと言えども遠ざける事が出来るだろう。
食事を食べ終わるとリリアさんが
「そうだ、葛城君に読んでほしい本があるのだけど」
と言ってきた。自己啓発書だろうか。
「こっちの世界のベストセラーの本なの。一応発売は決まってるのだけど私の知り合いの出版社社長の狸さんが『向こうの世界の反応が知りたい』って私達にくれたの。」
マーケティング位しっかりやっておいた方がいいのではないか狸さんよ。向こうの魔物は仕事が雑なのだろうか。
「わかりました。感想は何処に書けばいいでしょうか」
「書くんじゃなくて私に言ってくれればいいよ。私が狸さんに言うから」
全てが適当である。普通マーケティングと言う物は顧客を分類して色々する物ではないのだろうか。もしくはただ本当に反応が知りたいだけなのだろうか。よく分からない。
「分かりました。数日中に読んでおきます」
文庫本サイズのその本をポケットにしまおうとしたが、本が満杯であった。仕方なくそこから一冊取出し、
「これいります?社長さんにも地球人の本の好みは知りたいでしょう」
リリアさんに差し出した。リリアさんはそれを受け取って、
「多分狸さんは忙しくて読めないだろうから私が変わりに読むね」
と笑顔で答えた。
その後は散歩をした。リリアさんが一緒についてきて、この学校のカップル候補はあらかたくっ付けてしまったから暇だと言った事や、フーリーの事、二種類の矢の違いについて話してくれた。僕はほぼ聞き手だったが、天使の生体が知れてよかった。よかったに違いない。悪かったことと言えばリリアさんとの距離が近くなったのと、僕についての噂が教室を駆け巡っている事だ。
一人で家路につく。彼女を遠ざける方法を模索していた。しかし魔物に「お似合い」だのなんだの言われている現状をどう打開すべきであろうか。リリアさんは僕をどう思っているのだろう。誰か魔物があてがわれるのだろうか。そんな事は嫌だ。
早いうちに何とかしなければならない。
――
暗い話だった。報われない主人公を見たのは初めてだった。読後、涙が出た。私のキューピッドとしての本能がより一層私の心を蝕んだ。
「これは創作物」と自分を納得させた後、別の事実に気づいて再び暗い気持ちになった。
葛城君もこの主人公と自分を重ね合わせているのだろうか。葛城君も何をしても報われないと思っているのだろうか。自分の愛情を突き通せないと思っているのだろうか。もしかしたら死にたがっているのかもしれない。
何とかしないといけない。葛城君に愛情を届けなければいけない。
だって私はキューピッドだもの。
――
学校を出る。昨日の夜はいくら考えても打開策が見つからなかった。仕方なく考えるのをあきらめ、リリアさんが渡した小説を読むことにした。非現実的としか言いようがない代物だった。こちらの世界にもこのような小説はあるが、それらとの決定的な違いは魔物と人間がいちゃいちゃする事を主題に置いている点だろうか。恋愛やら結婚やら妊娠やら出産やらをやたらオーバーに描くコメディではあったが、それにしては性描写や主人公とヒロインのデートがやたらオーバーだった。事あるごとに愛を確かめ合っている。
そんな関係は向こうでは当たり前なのだろうか?
学校につくとリリアさんはもう席に座っていた。
「葛城君、おはよう」
「おはようございます」
敬語で常に接していれば、周りも恋人ではないと分かってくれるはず。席に座って読みかけの本を読む。リリアさんも話しかけてこない。周囲は騒がしいが、勝手に騒いでればいい。そのうち飽きるはずだ。
昼食の時間になり、僕は席を立った。リリアさんもついてくる。
体育館裏の所定の位置。二人は静かに座り、静かに食べ始める。二人ともいつもの物を、いつも通りに食べていた。
食事を食べ終わり、僕は口を開く。
「あ、これありがとうございます」
「いいよ。持ってて。あ、これ。ありがとう」
狸さんの好意なのかリリアさんの好意なのか、二冊の本が手元に残った。幸いにも昨日制服に入っていた一冊を家に置いていったので、本は入りきった。
「今までにない切り口だと思います。恋愛小説でもこんな濃厚な物はありませんよ」
当たり障りのないように答える。
「狸さんが聞いたら喜ぶだろうな、で、葛城君自身はどう思った?」
何を言ってるのだろう。
「自身も何も僕の感想は――」
「本心じゃないでしょ?狸さんはともかく私は葛城君の本心が聞きたいの」
吸いこまれるような目だった。何もかも知られてしまうような気がした。
「夢物語ですよ。あんなの」
正直に答える。今の僕にとっては幸せな家族も、信用に値する友人も、何もかもが夢物語なのだ。
「でも私たちの世界じゃあんなの当たり前。まああんな不幸には見舞われないけどね」
そんな僕を知ってか知らずか、彼女はかすかに微笑んでいた。優しい目をしていた。全てを包み込むような表情であった。
「魔物はね、タイプの男の子を見つけるともう一直線なの。そしてその人を全力で幸せにするのよ」
僕に諭すように話しかける彼女はまさに天使であった。恋に落ちそうであった。彼女に甘えたくなってしまった。しかしそんな事をしたら僕の名が廃れてしまう。誰にも甘えずに僕はここまでやってきたのだ。
「天使もそう。フーリーもキューピッドも好きな人を見つけたら一直線」
僕は黙っていた。愛情を一手に受けるとなると、僕は…
いや、そうはならない。僕は魅力のない人間だからだ。何の面白みもない、くだらない人間であるからだ。くすの二文字に濁点を一つつけた人間でもあるし、二つ付けた人間でもあるからだ。
「だから、葛城君も――」
「愛情なんてまやかしですよ」
彼女の表情が凍りついた。僕は構わず話し続ける。
「人間なんて自分の事しか考えてない生き物です。魔物だって人間の精だかなんだかを取って生きているのでしょう?やむを得ないから人間を愛しているとも言えるじゃないですか。人間も人間で、美人だから魔物を愛しているってことじゃないですか。愛やらなんやら言っても蓋を開ければドロドロした――
「違う!」
リリアさんは涙を浮かべていた。やりきれないような表情をしている。
「違うも何も――」
「人間同士の恋でも『あの人と一生添い遂げたい』という思いは自然に出てくるの!人間と魔物だって同じ!私は愛を届けてるからわかるの!みんな幸せそうでしょ!私が引き合わせたカップルだってみんな幸せそうに過ごしているの!利害を通り越した無償の愛なの!」
その言葉が信じられなかった。無償の愛を注いでいる人なんか僕は見たことが無い。
「僕は信じられませんね」
目に涙を浮かべたリリアさんは何も言わずにこちらを睨んでいる。僕は黙って去って行った。これで嫌われる事に成功しただろう。完全犯罪だ。魔物にすら知られていない。
午後の授業にリリアさんは出なかった。早退したのだろう。
嫌われた。完全に。清々した。しかし後悔する気持ちは少なからずあった。やがて段々と強くなっていった。リリアさんなら僕の全てを愛してくれると思ってしまったのだ。
元からあった心の穴はどんどん膨らむばかり。家路につく間にも僕はリリアさんの事ばかりを考えていた。
――
嫌われてしまった。葛城君に嫌われてしまった。私のミスのせいで。
でも私は葛城君を諦める事は出来なかった。葛城君の心の闇を知りたい。全てを包み込んであげたい。彼を抱きしめてあげたい。話をするたびに私の心はときめいているのに、葛城君は私を迷惑がった。
葛城君の言うとおりかもしれない。愛情なんてまやかしで、私が葛城君と一緒になりたいから大義名分を掲げて彼に近づいていたのかもしれない。これまで誇りをもってこの仕事をやっていたのに。それらは全て自己満足だったかもしれない。
一息ついてベットに寝転がる。そばに置いてあった筆箱からスペアの消しゴムを取り出す。
私と葛城君の唯一の繋がり。二人の馴れ初め。
葛城君を感じていたかった。葛城君と一緒に居たかった。
制服を脱ぎ、ベルトを外し、下着も脱いだ。
「んっ…」
自慰なんてするのは生まれて初めて。サキュバスさんは四六時中やってるって言ってたっけ。
消しゴムを自分の性器に擦り付ける。感度が高まっていく。体が熱くなる。
「あっ…」
感度が足りない。葛城君を感じていたい。消しゴムを中に入れていく。
「ひっ//ああああっっっ///」
お構いなしに入れていく。中の締め付けは我ながらとてもいいはずだ。他の魔物にも負けてはいない。
「あああっ//♥だめっっっ//♥なんかくるっっっ////♥♥♥」
葛城君への愛情。爆発しそうな愛情。受け取って欲しい。二人で幸せになりたい。
「葛城くぅぅぅぅぅぅん〜〜〜//♥♥あああ〜〜〜〜っっっ//♥♥♥」
絶頂に達した。消しゴムを抜く。余韻に浸る。葛城君と一緒に過ごせれば、毎日これより多くの快楽が得られるのだろうか。
興奮も収まってきた。まだ心も体は疼いている。葛城君が欲しい。満足していない。葛城君と一緒にいなければ。一緒に色々な所に行って、一杯愛し合わないと満足しない。
しかし彼は遠くに行ってしまう。私が怒らせたから。
涙が出てきた。さっきとは比べ物にならなかった。
枯れ果てるほどの涙を流した。冷静になることが出来た。
冷静になったらやるべきことが見えてきた。
葛城君にに矢を放とう。
――
今日は学校が休みだ。外に出て本でも買おう。
あのキューピッド…リリアさんの事は気にしないことにした。気にしても戻ってくる訳ではない。縁がなかったのだ。
本屋に入り、本を眺めていたが、題名すら頭に入らない。本を読める気力すらなかった。
あれから大分精神が摩耗した。気力がなくなってしまった。僕の人生が無意味であることを再確認させられた。それなりに頑張っていた筈なのに。
仕方なく家に戻る。駅前はやたらと騒がしい。
もう一度魔界のベストセラー本でも読み返してみようか。
「やあ、葛城くん、久しぶりだねえ」
会いたくない人に出会ってしまった。思い出したくもない人に。
優等生。彼を一言で表すのならそう呼べるであろう。文武両道。顔もいい。彼は女子にモテた。そして僕を馬鹿にした。
嫌味を吐いた。笑いものにした。物を隠した。女子から僕に偽の告白をさせた。
優等生だから疑われることもなかった。誰も助けてくれないかった。僕が強くならなければならなかった。
吐き気が急にした。逃げ出したかった。しかし逃げ出すと笑われる。と言うよりは足が動かない。視点すら定まらない。頭も心もグチャグチャになっている。正常な判断が出来ない。
「ど、どうも。お久しぶりです」
精一杯の笑みを浮かべる。彼はニンマリして立っている。昔の事を思い出しているのだろう。僕の目には涙が浮かんでいる。癇癪をおこしてしまいたい。そこから立ち去りたい。でもそれが出来ない。
「ああ、そうだ。彼女が出来たんだ。俺」
うるさい。うるさい。幸福自慢か。僕を見下しているのだ。彼のキザな態度が許せない。許せないが…
「おお、おめでとうございます」
取りあえず祝っておく。怒ったって泣きわめいたって僕の心が救われるわけでもない。彼に一泡吹かせられるわけでもない。
「君は相変わらず一人なのかい?」
彼はそう言ってクスクス笑う。馬鹿にしに来たのだ。わざわざ。なんて嫌味ったらしい奴だ。どうせ僕が「彼女なんていらない」って言っても負け惜しみにしかとらえない癖に。クソ。クソ。クソ。
「あはは、まあ僕は――
適当に取り繕おうとした刹那、胸に痛みが走った。痛みはある。だが、どこか甘い。
次の瞬間、頭を駆け巡ったのは天使の囁きだった。
――
抱きしめたい。一緒にいたい。構ってほしい。甘えてほしい。甘えさせてほしい。葛城君の全てを知りたい。全てを愛したい。信頼してほしい。交わりたい
幸せな人生を私と一緒に送って欲しい。
――
天使の深い慈悲の心。情欲もあれば愛情もある優しい心。僕の冷え切ったその気持ちを温めてくれる。リリアさんの気持ちを知りえなかった僕を遠ざけてもいいのに。いや、彼女は僕の事が好きだったのだ。単純に幸せな人生を僕に送ってもらいたかったのだ。遠ざけてほしくなかったのだ。
「やあ、心配したんだよ。急にどっか行っちゃうんだもん」
僕の隣に降りてきたのはリリアさん。いつもとは違う立ち振る舞い。僕の天使は露出の多い格好をしていた。その割には威厳があるように見える。美人、としか認識していなかった僕の目が節穴に思えるくらい綺麗だった。
「あ、貴方は…」
彼は目を丸くしている。初めて優越感を覚えた。彼女なんていらないと思っていた僕を殴りたい。大切に思ってくれる人はすぐ近くにいたのだと。お節介でもなんでもなく、ただ単に僕の事を思っていてくれたのだと。
「私はオルシア。葛城君は私の彼氏だよ」
リリアさんはそう言うと僕を抱き寄せてニコッと微笑んだ。僕は頷いた。かわいい。女の子の笑っている姿がこんなにもかわいいだなんて。
対して彼は口をパクパクさせて、こうつぶやいた。
「俺の彼女よりきれいだ…」
僕は苦笑した。どう反応していいか分からなかったが彼が勝手に僕に劣等感を抱いている事だけは分かった。
リリアさんも不満げな顔をしていた。
「貴方の彼女には貴方の彼女なりの良さがあるの。それを見ないだなんて…」
そう言うと弓を構えた。鉛の矢を放とうとしている。彼は目を白くした。僕はすかさず言った。
「大丈夫ですよ。僕もさっき当たったけど全く痛くなかったですし」
矢が放たれる。あいつは苦しげな表情を一瞬だけ浮かべたが、すぐに立ち上がり、思い人の名前を叫びながら走り去っていった。
リリアさんはそれを満足げに見つめる。そして僕の方を向いた。
「さて、私たちも行こうか」
「どこにです?」
「私の家」
リリアさんの胸に埋もれる形で空を飛んだ。下を見るのは怖かったのでずっと胸の中から目線を離さなかった。彼女のいい匂いを嗅ぎながら、ただひたすらに飛んでいった。
そしてリリアさんはアパートの前でゆっくりと降下していった。
リリアさんに先導されて歩く。そして、彼女が暮らしている部屋についた。
女の子の部屋だった。と言うか殆どピンク色だった。ピンク色ではない物を数えたほうが早いくらいだ。
ピンク一色の中で目立つ四角い木の机と椅子。彼女はそこに腰掛けると、僕にどうぞと促してくる。
促されたまま座る。リリアさんは僕に紅茶を淹れてくれた。そして
「大丈夫ならでいいのだけれど、私に葛城君の事を色々教えてほしいな」
と言った。
僕は過去の事を全て話した。さっきの男の正体。家族は僕の味方にならなかった事。女性に暴言を吐かれたせいで創作物でしか欲情を吐きだせなくなった事。
これら全てをリリアさんは神妙な顔をして聞いていた。
「――という訳で僕は一人で生きていこうと決心したわけです…んっ!」
僕が話終わるのを待ってたのか、キスをされてしまった。それもとても濃厚に。じゅぱじゅぱといやらしい音を立てているリリアさんの顔はとても真剣であるがどこか儚げ。
「ちょっ…リリア…さんっ!!!」
「ん…♥ちゅぱ…♥リリアって……じゅるっ…♥呼んで………//♥♥」
もう恋人同士。もう一人じゃない。言葉にしなくてもリリアがそう思っている事くらいわかる。しかし、それよりも僕の関心事は股間だ。これまで女性恐怖症と性的嫌悪でロクに起たなかった僕のモノが唸りを上げているのだ。
「り、リリアっ…んぅ……むぅ………//♥」
「じゅぱ…れろ…//♥れろ……///♥♥」
リリアはそんな僕を知ってか知らずか終いには舌を口の中に入れてきた。濃厚なキス。人と舌を絡ませ合っているのに恥じらいは一切感じなかった。神聖な様に思えた。リリアは真剣な眼差しだった。しかしさっきに比べて顔が蕩けてるように感じた。
二人の顔が離れた。お互いの唇から糸が引かれている。
「大好き」
僕を見つめてリリアが言った。
「僕も大好きです……えっ!♥」
リリアは僕を抱きしめた。と言うより胸に僕の頭を押し付けた。
「これから葛城君にどんな事があっても…私がずーっと守るからね。だから葛城君も甘えてね。甘えてくれなくても無理やり甘えさせるから覚悟してね。それくらい私は葛城君の事を好きになったんだから」
リリアはそう言い終わると胸をさらに押し当てた。僕は多幸感に包まれた。色々な出来事が頭の中でぐるぐる回って。そして不意に涙が出てしまった。
「葛城君…」
リリアが頭を撫でてくれた。今まで抱えていたものが出てきてしまう。こらえても。こらえても。
「よく頑張ったね…」
目の前にいるキューピッドは全てを受け入れてくれる。僕のあらゆる面を受け入れてくれる。誰にも受け入れられなかった僕が受け入れられる。溜め込んできた物が全て出てきた。
「り、リリアぁ…ごめん…」
「私は大丈夫だから…思う存分泣いていいから…」
よしよしと頭を撫でられ続けて。しばらく泣いた後、眠りに落ちてしまった。
――
葛城君が寝た。
もうそろそろだ…
もうそろそろ…
ベッドに移して…それから…フェラで起こして…
えへへ…
――
「じゅる…じゅぱ…」
生々しい音が半覚醒状態の僕の耳に入った。どうやら僕はベッドに寝かせられたようだ。それも全裸で。薄く目を開ける。全裸の女の子が僕のモノを咥えている。
「ふぁ、おふぁふょ」
そこには全裸のリリアが。僕のモノを嬉しそうな顔をして咥えている。快感が快感を呼び起こしている。
リリアの顔はもう蕩けきっていて、それは僕が忘れかけていた性的欲求を呼び戻すような顔。彼女はやはり天使なのだろうか。しかし僕にも理性と言う物がある。僕は反射的に離れようとした。
「ふぁなれふぁらふぁめ!!!」
手で制されてしまった。リリアは僕を求めている。そう理解した途端離れる気がしなくなった。
「り、リリア…」
「じゅるる〜///♥♥ちゅぱぁ〜///♥♥」
性的体験が全くない僕にとってフェラチオと言う物は凄い物であった。女の子が自分のモノを顔を紅潮させて咥えていると言うだけで背徳感に包まれる。
モノが吸い上げられるだけで快感が湧きあがってくる。その時に生じる音も汚い音と言うよりは性的な音と僕の脳が捉えている。性に対する嫌悪感が全くなくなったという訳だ。
トドメとばかりに裏筋を舌で舐められる。ゾクっとして血と精液が集まってくる。興奮してしまう。溜め込んでいる事もあってか達しそうになる。
「あ、あぁ…出る…」
「ふぁふぃて!ふぇんふぉふぁくふぁふぃふぇ!!!」
よく聞き取れなかったが拒絶しているようではなかったので出す。と言うより我慢が出来なかった。
びゅるるると射精音が僕の中で響いた。とても勢いが良かった。物凄い量が出た。今まで自慰をしていてもこんな量は出なかった。
まあ最近は自慰も夢精もご無沙汰だったからだと言うのもあるのだろうが…それ以上にリリアの存在は大きい。身も心も溶かされてしまったのだ。
ふと目をリリアの方に向けると何かを飲み込んでいる。おそらく僕の精子を。そして
「はぁ…おいしかった///♥」
と一言。僕も顔が赤くなってしまった。
魔物は精が大好物で、精液を美味しいと感じたり、子供もできにくいので中に出される事を喜ぶという話があったがどうやら本当のようだった。
そんな事を考えているとさっき出したばかりだと言うのに僕のモノはまたガチガチにかたまった。
「えへへ…今度は私のおまんこに入れてほしいな」
リリアの一言が非現実的に思えた。こんな美人がはしたない、エロい言葉を使っていて、そんな美人と快楽の果てにイくと言う事実がまだ呑み込めない。呑み込めないからこそ
「よろしくお願いします…」
と返事をしてしまった。正しい判断かは分からないが、今はただ快楽と愛情が欲しい。リリアが欲しい。
「私が上に乗っかるね、動かなくても大丈夫」
リリアは僕を寝かせると、そう言って上に跨った。全てがとんとんと進み、ついには自分の初めてを迎えるということに僕は少しドキドキしていた。
緊張と興奮で呼吸が荒くなる。ふわふわとした幸福感の中、僕はただリリアを見つめていた。
「よいしょ…っ」
腰がゆっくりと下に降りていく。そしてあてがわれる。どことは言うまい。
ぬぷぬぷと入っていく。温かい。リリアの息も荒くなっていく。
優しく締め付けられて、気持ちよくて、幸せで、敏感になってた僕はすぐ絶頂に達しそうになる。
「あっ」
と言った時にはもう遅かった。びゅくびゅくと精子が出ていく。その刹那、
「いっぱいきたああああああああぁっっっっっ////♥♥♥♥♥♥」
絶叫するリリア、それと同時に締め付けが強くなる彼女のナカ。ガクンと動いて重心が前に、なんとかぶつからないように両手でリリアの肩を支える。ビクビクと体が痙攣していた。
自分の全てが絞り取られるような気がした。こんな快楽を今までに味わった事が無かった。僕を愛してくれた人、僕が信じた人、その本人がこんな淫らで、全てを搾り取って、お互いに快楽の海に溺れていく。
絶頂は突発的であったのに、それは永続に続く気がした。初めての経験だからかもしれない。幸福だって絶頂なのだから、それを永遠に味わっていたいと思うのが人間の性なのだろう。
頭の中はぼんやりとして、それでいてピンク色だった。その快楽を僕はただただ感じ取っていた。
それが一通り済んだ頃、僕はリリアの目を見た。トロンとした目はそれは彼女も言葉にならない幸福を味わっていた事を物語っていた。
彼女はずっと僕の方を見ていたようだった。そしていつもしている様に笑みを浮かべた。そのどこかには淫らな一面が見えた気がした。
そうしてリリアの顔を見ていると、僕のモノが再び血が集まってふっくらとしてくる。何故だろう。こんなに僕は絶倫だっただろうか。
それを感じ取ったのか、再び彼女のナカが優しく動き出した。絶頂を促す様に、優しく、刺激をし始める。
「まだ足りないでしょ…?私も足りないから…ね?」
淫らに微笑んだリリアに僕もまた微笑んだ。僕も欲望にまみれたはしたない笑みを浮かべていたのだろう。
「動くよ?」
リリアはそう言うと、ゆっくりと上下運動を始める。馬に乗るように動く彼女と連動するように快楽が伝わってくる。
最初は徐々にゆっくり、慣らしていくような動きだったのが、段々と速くなっていく。
「あっ♥んっ♥はぁっ♥」
リリアの吐息が艶っぽくなる。ナカの動きも、段々と激しくなっていく。お互いに同時に達せそうだった。
段々と耐えられなくなってくる。すぐに出してしまうよりは、なるべく我慢して長く楽しみたかったのだが、暴発してしまった身でどこまで耐えられるのか分からなかった。
「ほらっ、がまんはいけないよぉ」
いつものリリアとは違った、だらけた口調。何かを期待するような、そんなとろけた笑み。幸せ、快楽、二人だけの空間、全てに溺れてしまいそうだ。
尚も快楽は蓄積され、限界は近づいてくる。
「かつ、らぎ、くぅん、だい、すき、だよぉ」
動きに合わせてリリアは僕に対しての言葉を紡ぐ。僕の胸も温かくなる。こんなに快楽に溺れながら、僕に対しての愛情が先に立つというのが何より嬉しかった。付き合って当日なのに、決して僕を裏切らないのだと心の底から信じる事ができた。
あんな灰色の人生を送っていた僕が、そんな事を思えるようになったという事が感慨深かった。嬉しかった。
だから、快楽に呑まれる前に伝えたかった。
「リリア、僕も大好きだよ」
そして、さっきより物凄い勢いで締め付けられて、
「あああああっ♥」
「っっっっっっぅぅぅううううぅっっ/////♥♥♥」
言葉にならない声を挙げて僕たちは絶頂に達した。リリアは今度はバランスを崩さずに、余韻を味わうかのような表情を浮かべていた。
「大好きって言われたぁ…葛城君に大好きって言われたぁ…」
僕が大好きって言うだけで、ここまで感じてくれて、ここまで幸福に感じる人なんて、今後の人生で現れる事は無いだろう。僕は幸せ者だった。疑いようもなく幸せだった。
「ああっ…よかった…よかったよぅ…」
うわ言のように、そうリリアが呟いていた。安堵の表情を浮かべ、感極まっていた。
リリアはゆっくりと僕から降りて、寝っ転がって、そして抱きついて来た。
「大好きっ、二人ともお互いの事が大好きっ、幸せぇ、幸せぇ、幸せぇぇっ♥」
そんな事を言いながらリリアは泣き出してしまった。
「怖かったよぉ…嫌われてるんじゃないかって、心のどこかで思って…」
先程と逆の立場。僕はしっかりとリリアを抱きしめて、頭を撫でた。
きっとこの天使となら、どんな苦難も乗り越えられるんじゃないかと、こんな幸せを噛み締めながら生きていけるんじゃないかと思いながら。
今はただ静かにリリアの頭を撫でていた。
――
本当に幸せだった。
葛城君と繋がって、初めてをもらって、捧げて、あんなに濃厚で。
何もかもが幸せだった。心の底から繋がっているんだって思えた。
私は葛城君に嫌われているんじゃないかと思っていた。矢を放っても不安は消えなかった。
彼は私の欲望を見抜いて、軽蔑したのでは無いかと思っていた。
でもそんな事は無かった。葛城君は、私の全てを受け入れてくれた。
だから、私も葛城君の全てを受け入れなければならない。大好きな人の全てを受け入れる事はとても幸せだった。
そして、私達は毎日毎日幸せな日常を送っていけるのだと心の底から思えた。
そんな楽しく、淫らな日々を送れるとは、なんて私は幸せ者なのだろうか。
――
お互いに落ち着いた頃、すっかり暗くなってしまったことに気づいてしまった。僕は慌てて帰り支度をする。リリアからは泊まっていかないかとの誘いも受けたが、流石に急すぎるし、リリアに悪いと固辞した。
「恋人なんだし、別に気を遣わなくたっていいのに…」
と話すリリアの表情はどこか拗ねていた。
「また機会があれば、泊まりに行くよ」
「絶対だよ?それと今度二人でデート行こうよ。遊園地とか楽しいだろうし、公園で風景を見るのもいいかも…」
そういうリリアの目は先程とは打って変わって輝きだした。そうだ。相思相愛の恋人なのだから、デートを重ねるのも当然なのだ。
「二人でただ静かに本を読むのもいいかも」
「読書デートも中々楽しそう。そして、最後には二人で身体を重ね合わせて…」
流石魔界の出身。人間同士のカップルも度々そうであるように、デートだって壮大な前戯の一部でしかない。
そうしてカップルは、お互いが同じ風景を見て、同じ体験をして、お互いの理解を深めていくのだろう。
「じゃあ、また連絡を取り合って…」
リリアはそういうと急に何かに思い当たったようだった。
「そう言えば連絡先交換してなかったじゃない!」
彼女の、今まで聞いた中で一番大きな声だった。
別れ際、お互いに再びキスをした。名残惜しいという気持ちもあるが、学校ではいつでも会えるのだ。
そうして、いつか同棲することになって、結婚をして、何人か子供もできるのかもしれない。
そうして僕達は、幸せな日常をずっと、ずっと過ごしていくのだろう。
僕は何の面白みもない人間であるからだ。人と話をしていてもいかにボロを出さないかばかりを考えていて、実際にボロを出して落ち込んでしまうと言う事ばかりが続いていた。その内誰も僕に話しかけてこなくなった。ちなみに家族とも会話は最低限である。
口を開けない日々が続いた事で僕は危機感を覚えた。正確に言うとそれ以外でも理由はあったのだが、最低限の会話だけは出来るようにしておこうと積極的な生徒を演じる事にした。積極的に質問し、回答を求められれば手を上げる。様々な雑学を知っていた事もあり、僕は周囲から寡黙な優等生として一目置かれる身となった。日常会話も、求められれば何とか出来るようにもなった。
僕にとっての学校生活は苦行である。しかし、これからも最低限の演技をしていかねばならない。そうすれば周りから価値のある人間として存在できるからだ。嫁を持たず、友人を持たずとも、充実した一生が送れるからだ。
体育館で学校の始業式が行われている。夏休みは独りで充実した日々を過ごした。独りには慣れてしまった。今では周囲に人が居る方が嫌な位だ。
「当校でも魔物を受け入れる事となりましたので――」
そんな夏休みの間世間を騒がせていたのは魔物の存在だった。異国どころではない未知の存在を政府は受け入れたのである。女性の個体が大半であり男性の個体は人間が変化した者しかいないと言われる未知の生物。それも大半が美人。
それはもう大変な騒ぎであったが僕には関係のないことだ。
どうせ誰とも親しくならずにに一生を過ごすに決まっている。と言うよりそうしなければならない。僕なんかに関わる人はさぞ悲しい人生を送るだろうからだ。
クラスに戻ると魔物の転入生の紹介が行われた。在校生も改めて自己紹介をした。席替えも同時に行われ、キュービッドと言われる種族の魔物が僕の隣に座る事になった。リリア・オルシアと名乗っていた。席に座る際、軽く会釈をすると向こうも会釈を返してくれた。見た感じ無口そうでありペースを乱されなさそうだ。僕に気を遣って話しかけたりもしなかった。一安心だ。
昼食の時間になり席を立つ。僕の食事場所は体育館裏である。人が誰も来ないため落ち着く。おにぎり二つを頬張り終え、教室に戻る。その途中、キュービッドを見かけた。空に飛んでいた。この学校に来たキュービッドは一人(と言うより一魔物と呼ぶべきだろうか)だけなので僕の隣にいる魔物であるだろう。
美しかった。この世の物とは思えないほど美しかった。何と表現したらいいのか分からなかった。よくアニメで表現されている天使の特殊効果がよりダイナミックで感動的になった。そうとしか表現できないのが辛いが、この世の者とは思えない(実際この世の者ではないのだが)キューピッドの飛行する姿に圧倒されていた。しばらく見惚れていた後、正気に戻り教室へと戻った。
それから毎日、外に出るとキューピッドを見かけた。名前の通り弓矢を持ち、思い出したようにに矢を放っていた。キューピッドなのだから当然であろう。
教室では3つのカップルが誕生した話題で持ち切りだった。サッカー部で人気のある部長と地味なテニス部の女子。学年一と噂される美人とお世辞にも容姿がいいとは言えない男子。他人に興味を示さなかった秀才とその幼馴染。
一見すると不釣り合いに見える為でもあったが話題はそれだけでもない。めでたく交際することになったカップルは皆異常なまで距離が近く、少し暇な時間があれば互いに口づけを交わしていたり互いの体をまさぐりあったり普通では考えられない行動をしていた。
当然話の真相は「キューピッドがその人たちを引き合わせていた」と言う事なのだが、それにしてはカップルが不釣り合いなため、男子グループを取り仕切っているリーダーがその事を質問をしに行った。
キューピッドはそれに、
「愛に釣り合いも不釣り合いもないでしょ?」
と短く返答し、読んでいた本に目を落とした。リーダーはそれに反論することもできなかった。美人に言い負かされたのが悔しいのか不服な顔を浮かべてその場から去って行った。
しばらくは平穏な日常であったが、ある日の朝より変化が生じる。学校についた時に重要な物を忘れていたのだ。その物体の名は消しゴム。家で使っている消しゴムがどっかに行ってしまったので学校で使う物を使った。そこまではよかったが、その後筆箱に戻すのを忘れてしまう大失態。今日は消しゴム無しでやり過ごさなければならない。
ノートのある程度の書き損じは致し方無い。普段ならそう思っていられるのだ。しかし、今日は三時間目に小テスト。消しゴム無しでやり抜かなければならない。
二時間目が終わり教室が慌ただしくなる。テスト勉強をしなかった人は大急ぎで勉強をしたり、友達同士で問題を出し合ったり。
僕も決意を新たに持とう。そう思った時急に隣の席から声がした。
「啓太君?」
キューピッドが僕を見てくる。しかも名前で呼んできた。僕はその顔をまじまじと見つめる。他の魔物がそうであるように彼女も美人だった。彼女の場合は切れ長な目が特徴的である。
「名前で呼ばれるのは恥ずかしいです…」
見惚れていたのがばれない様に目線を逸らす。その代り、キューピッドに自制を促した。
「あ、ごめんなさい。葛城君。消しゴム忘れてきたの?」
刹那、僕は気を失った様だった。ぞっとした。一番の関心事を彼女に言い当てられてしまったのだ。魔物は人間より五感が鋭かったり鋭くなかったりするらしいのだが、魔物の恐怖を今一度僕は感じた。
「忘れてきましたが、まあ大丈夫でしょう」
精一杯の返答をした。会話を、美人と行っているのだ。緊張しない男は相当女慣れしているだろう。だから僕のスキルの問題ではない筈だ。多分。
「でも困るでしょ?」
キューピッドは顔に僅かながらの戸惑いを見せた。声も男子グループのリーダーと接する時とは異なっていた。好意があるように見えた。それがまた僕の心を動揺させた。
「困らないように何とかします。大丈夫です」
僕はそう答え、顔を正面に戻した。僕なりの精一杯の拒絶の意志だ。
「消しゴム二つ持ってるのだから遠慮しなくてもいいのに…」
そう言うとキューピッドは消しゴムを僕の机に置いた。
「帰る時に私に返して。変な気は遣わなくていいから。」
僕はキューピッドの目を見ず、会釈をした。
昼食の時間になり体育館裏に行く。彼女の行動に疑問を浮かべながら。見ず知らずの人に消しゴムを渡すだなんて。僕なんて誰も気に留めない筈なのに。隣だからなのだろうか。だとしても人の消しゴムの有無まで気にするだろうか。魔物だからなのか。訳が分からない。
取り合えずおにぎりを二つ取り出す。遠くから人が近づいてくる。僕はまた驚愕した。
僕に消しゴムを渡したあのキューピッドが近づいてくる。
彼女は僕の目の前で止まる。
「あ、消しゴム…ありがとうございます。助かりました」
僕はそう言ってその場から去ろうとした。すぐに彼女に呼び止められたのだが。
「あの、そのお礼として、この世界の事を少し教えてもらえれば嬉しいのだけれど…」
思わぬ提案だった。魔物の倫理観はよく分からないが向こうもよく分かってない様である。そういう事だったのか。彼女はこの世界の事を誰かに教えてもらいたくて、僕に恩を売ったのだろう。実に回りくどい。しかし僕が向こうの世界に行ったとしても、同じような行動をとるだろう。気持ちはわかる。
「あ、はい。答えられる範囲ならいくらでも」
僕は笑みを浮かべた。
僕とキューピッドはコンクリートに腰を下ろした。距離が近いので離れたいが、いつもの癖で僕が隅っこに座ってしまった為逃げ場がない。しくじった。
そう考えているとキューピッドが口を開いた。
「リリア・オルシアです」
「葛城啓太です。自己紹介は前にしたかと思いますが」
「名前読んでくれないから忘れたのかと思った」
魔物はそんな事も気にするのだろうか。そんなのどうでもいいじゃないか。
「それはどうも失礼しました。オルシアさん」
「リリアって呼んでほしいのだけど…」
苗字呼びでさえ魔物は許してくれないのか。意外と気難し屋だ。
「申し訳ありません リリアさん」
「なんか他人行儀だし呼び捨てでもいいのに…」
不機嫌な表情を浮かべるキューピッド改めリリアさん。僕も苦労している。異文化交流の難しさを改めて思い知った。異文化の人でなければ僕に話しかけようとも思わなかっただろうに。
「これは僕の癖でして…こっちの世界の人でも僕みたいな人はあまりいませんがご容赦ください」
リリアさんは依然表情が硬かったが納得したようだ。納得してくれなきゃ困る。
二人は黙々と食べ始めた。二人の体が近いため僕は食べる事に集中した。僕の性欲が薄かったのが唯一の救いだ。食事の最中僕の物が起つ事はなかった。リリアさんは無表情で怪しげな果実を頬張っていた。魔界産フルーツと呼ばれるものだろう。様々な物があってどれもおいしいらしい。今は移住者のみに配られているそうなのだが、今後一般人にも安価で手に入る予定だそうだ。もっとも、僕は口に入れるつもりはないが。
やがて僕とリリアさんは食事を終えた。しばらく二人とも声を発しなかった。やがて、リリアさんが口を開いた。
「この世界の人って付き合う時に釣り合いとかを気にするの?」
男子グループのリーダーに言われた事が心に引っかかってたのだろう。僕としても周りの人々が考える事はよく分からないのだが、とりあえず一般論を返すことにする。
「考えるみたいです。収入が結婚するときの判断材料になったりします。肩書もそうですね。僕には関係の無い話ですが」
リリアさんは再び不服そうな顔になる。
「そんな事考えずに好きだと思うなら好きで結婚するべきだと私は――と言うより魔物や天使達は思うけど…葛城君はどう思ってるの?」
天使ってなんだろうか。魔物とは違うのだろうか。
「僕はどうせ結婚できませんから。関係のないことです」
「どうせって何?先の事は誰にも分からないのに」
リリアさんは急に真面目な顔をしてそう言った。天使だか魔物だかは本当に分からない。
「僕なんか何の取り柄もないですし、付き合った人が不幸になると思いますよ」
「そんなに自分の事を卑下する必要はないんじゃない?」
「僕は単に事実を話しているだけです。それより天使ってなんでしょう?魔物なら僕もある程度分かるのですが」
リリアさんは悲しげな顔を一瞬だけして、それをすぐに引っ込めた。
「天使と魔物は違うよ。全く別物。少し説明は長くなるのだけれど――」
冷静な顔をして話すリリアさん。この顔が一番似合っている。
「天使と言っても仕えている神様によって違うの、魔物に批判的な神様もいるし協力的な神様もいる。私が仕えているのはエロスって言う女神様。愛情の神様で魔物には協力的。私達は世の中に幸せな愛を沢山作ろうと頑張ってるの」
「凄いですね」
非現実的ではあるがこれは現実なのだ。しかし改めて驚かされる。
「それでキューピッドの仕事は男女が結ばれるのを手伝う事、マンネリ化した夫婦を再び新婚時代のような関係に戻す事の二つだけどまあ説明は別にいいよね」
「まあ大体分かります」
僕の顔を見て説明を続けるリリアさん。僕はずっと伏し目がちで偶に顔を上に上げるのだが、必ず僕の方に顔を向けているのだ。そこまでしなくてもいいのに。何か他の事をしながら話しても罰は当たらないはずだ。
「まあ、それで私達も魔物になっちゃう事があるんだけどエロス様に仕えている天使の場合はそれほど変化しないらしいの。私も今は魔物になってないけど、今後ならないとは言えないの。」
「つまりそんな差はないと」
「そう。まあ天使の中でも魔物に敵対する子達なんかは魔物になると性格が真反対になっちゃうんだけどね。魔物と天使の差はこんな物かな」
「どうも、教えていただきありがとうございます」
「こちらこそありがとう」
再び静かな時間が訪れる。そろそろ予鈴が鳴る。教室に戻らなくてはならない。
「じゃあ、僕はこれで」
「葛城君!」
大きな声。おとなしめなリリアさんのイメージがぐらついた。
「なんでしょう」
「自分じゃ自分の魅力が分からなかったりするの。悪い所ばかり目がつくから。でも人間、必ずいい所はあるの」
急に説教をしてくるとは。僕の事は何もわからない癖して。
「僕の事ですか?僕にいい所があっても、それは誰もがどうでもいいと思っていることでしょう」
「そういう所も女の子はちゃんと見てたりするの」
「そんな人は誰にだって惚れるような女の子でしょうよ」
「……」
リリアさんが黙ったので僕はさっさとその場から離れる事にした。
それから時間が流れ、帰る時刻になった。軽くお礼を言い、リリアさんに消しゴムを返した僕は急いで家路につくことにした。道草を食いたかったが、酷く疲れていてそんな気分にもなれなかった。
――
支給されたアパートに帰った私は昼に話した男の子を思い返した。
葛城啓太君。感情を表に出さないような男の子。いつも本を読んでいる男の子。終始無表情で話しかけられると張り付いた笑みを浮かべる男の子。自分は愛されないと思っていて愛されるべきでないと思っている男の子。愛情の対極に生きている男の子。
私が入学した日、隣の席に座ろうとしたら会釈をしてくれた。拒絶の色を見せながら。
下手に話しかけると嫌われると思ったから、消しゴムを無くして困っていた所を助けた。それでも彼は心の底で私を拒絶していた。知り合ったサキュバスに言われた通りに私が彼に体を密着させても興奮すらしていなかったようだ。
きっと何かがあったのだろう。今も何かに苦しんでいるのかもしれない。誰かが助けなければいけない。そして幸せな人生を送ってもらわなければならない。そうしなければエロス様の名が穢れてしまう。
ベッドに横になりながら、明日以降彼と関わりを持つべく作戦を練った。
――
昨日はとても疲れた。見知らぬ天使と話すのがこれほど辛いとは思わなかった。途方もないエネルギーを彼女に分けた代わりに得られた収穫は魔物と天使の違いだけ。今日からはまた静かに暮らそう。
「葛城君…おはよう」
軽く会釈を返して席に座る。制服から本を取りだし読む。壁が作れれば問題なし。リリアさんを遠ざける事に成功した。
それから何事もなく昼食の時間に。席を立つ。体育館裏で食事だ。
「葛城君!」
呼び止められてしまった。リリアさんの声だ。
「今日も、お昼一緒に食べない?」
まさかの誘い。これは困った。しかも消しゴムの時とは違い教室中の男子に女子に魔物娘がこの二人の方を向いている。無理に断ったら人間たちの噂の的になるし、魔物に恨まれそう(流石の僕でも魔物が愛情と欲情の塊であると言う噂は知っている)だ。リリアさんは頬を少し染めて僕をジッと見てくる。断ったら僕の生活は無茶苦茶になってしまいそうだ。
「わかりました」
俯き加減で了承した。急ぎ足で教室を出る。リリアさんはそんな僕の一歩後ろをついてくる。
体育館裏の所定の位置に僕は腰かけ、リリアさんはその隣に座った。
「よかった。断られるかと思った。」
リリアさんはそう言いつつタッパーを開ける。例の果実が入っていた。
「今頃教室中の噂ですよ。僕たちは」
冗談を言いつつおにぎりを食べる。
相変わらずリリアさんは美人だ。多くの男性の理想ではないだろうか。僕には勿体無さすぎる。
「あの…」
リリアさんが口を開いた。
「なんでしょう?」
感情をこめずそう返した。
「あの…私に何か出来る事があれば…相談してね。フーリーの子達もいるし、キューピッドの仲間も一杯いるし、力になれると思う」
出会って一か月もたってないのに一体何を言い出すのか。
「そう言われましても、僕には悩みなんか――」
「悩みが無ければいいの、いいのよ。でも葛城君、相当疲れてるように見えるから…」
疲れている。僕は四六時中疲れているのだ。しかしそれは僕以外の人間がどうこう出来る話ではない。
「生まれた時からずっとこんな感じですよ。だから別に心配も何もいりません」
目を伏し、そう答えた。
「そう…ごめんね。急にこんな話ししちゃって」
リリアさんはまた落ち込み果実を食べ始める。
自分の悩みは自分で解決するほかないのだ。だって他人には人の悩みは分からないのだから。他人にとやかく文句は言われたくないし、言われる筋合いもない。
まあ冷たくあしらっていればいくらキューピッドと言えども遠ざける事が出来るだろう。
食事を食べ終わるとリリアさんが
「そうだ、葛城君に読んでほしい本があるのだけど」
と言ってきた。自己啓発書だろうか。
「こっちの世界のベストセラーの本なの。一応発売は決まってるのだけど私の知り合いの出版社社長の狸さんが『向こうの世界の反応が知りたい』って私達にくれたの。」
マーケティング位しっかりやっておいた方がいいのではないか狸さんよ。向こうの魔物は仕事が雑なのだろうか。
「わかりました。感想は何処に書けばいいでしょうか」
「書くんじゃなくて私に言ってくれればいいよ。私が狸さんに言うから」
全てが適当である。普通マーケティングと言う物は顧客を分類して色々する物ではないのだろうか。もしくはただ本当に反応が知りたいだけなのだろうか。よく分からない。
「分かりました。数日中に読んでおきます」
文庫本サイズのその本をポケットにしまおうとしたが、本が満杯であった。仕方なくそこから一冊取出し、
「これいります?社長さんにも地球人の本の好みは知りたいでしょう」
リリアさんに差し出した。リリアさんはそれを受け取って、
「多分狸さんは忙しくて読めないだろうから私が変わりに読むね」
と笑顔で答えた。
その後は散歩をした。リリアさんが一緒についてきて、この学校のカップル候補はあらかたくっ付けてしまったから暇だと言った事や、フーリーの事、二種類の矢の違いについて話してくれた。僕はほぼ聞き手だったが、天使の生体が知れてよかった。よかったに違いない。悪かったことと言えばリリアさんとの距離が近くなったのと、僕についての噂が教室を駆け巡っている事だ。
一人で家路につく。彼女を遠ざける方法を模索していた。しかし魔物に「お似合い」だのなんだの言われている現状をどう打開すべきであろうか。リリアさんは僕をどう思っているのだろう。誰か魔物があてがわれるのだろうか。そんな事は嫌だ。
早いうちに何とかしなければならない。
――
暗い話だった。報われない主人公を見たのは初めてだった。読後、涙が出た。私のキューピッドとしての本能がより一層私の心を蝕んだ。
「これは創作物」と自分を納得させた後、別の事実に気づいて再び暗い気持ちになった。
葛城君もこの主人公と自分を重ね合わせているのだろうか。葛城君も何をしても報われないと思っているのだろうか。自分の愛情を突き通せないと思っているのだろうか。もしかしたら死にたがっているのかもしれない。
何とかしないといけない。葛城君に愛情を届けなければいけない。
だって私はキューピッドだもの。
――
学校を出る。昨日の夜はいくら考えても打開策が見つからなかった。仕方なく考えるのをあきらめ、リリアさんが渡した小説を読むことにした。非現実的としか言いようがない代物だった。こちらの世界にもこのような小説はあるが、それらとの決定的な違いは魔物と人間がいちゃいちゃする事を主題に置いている点だろうか。恋愛やら結婚やら妊娠やら出産やらをやたらオーバーに描くコメディではあったが、それにしては性描写や主人公とヒロインのデートがやたらオーバーだった。事あるごとに愛を確かめ合っている。
そんな関係は向こうでは当たり前なのだろうか?
学校につくとリリアさんはもう席に座っていた。
「葛城君、おはよう」
「おはようございます」
敬語で常に接していれば、周りも恋人ではないと分かってくれるはず。席に座って読みかけの本を読む。リリアさんも話しかけてこない。周囲は騒がしいが、勝手に騒いでればいい。そのうち飽きるはずだ。
昼食の時間になり、僕は席を立った。リリアさんもついてくる。
体育館裏の所定の位置。二人は静かに座り、静かに食べ始める。二人ともいつもの物を、いつも通りに食べていた。
食事を食べ終わり、僕は口を開く。
「あ、これありがとうございます」
「いいよ。持ってて。あ、これ。ありがとう」
狸さんの好意なのかリリアさんの好意なのか、二冊の本が手元に残った。幸いにも昨日制服に入っていた一冊を家に置いていったので、本は入りきった。
「今までにない切り口だと思います。恋愛小説でもこんな濃厚な物はありませんよ」
当たり障りのないように答える。
「狸さんが聞いたら喜ぶだろうな、で、葛城君自身はどう思った?」
何を言ってるのだろう。
「自身も何も僕の感想は――」
「本心じゃないでしょ?狸さんはともかく私は葛城君の本心が聞きたいの」
吸いこまれるような目だった。何もかも知られてしまうような気がした。
「夢物語ですよ。あんなの」
正直に答える。今の僕にとっては幸せな家族も、信用に値する友人も、何もかもが夢物語なのだ。
「でも私たちの世界じゃあんなの当たり前。まああんな不幸には見舞われないけどね」
そんな僕を知ってか知らずか、彼女はかすかに微笑んでいた。優しい目をしていた。全てを包み込むような表情であった。
「魔物はね、タイプの男の子を見つけるともう一直線なの。そしてその人を全力で幸せにするのよ」
僕に諭すように話しかける彼女はまさに天使であった。恋に落ちそうであった。彼女に甘えたくなってしまった。しかしそんな事をしたら僕の名が廃れてしまう。誰にも甘えずに僕はここまでやってきたのだ。
「天使もそう。フーリーもキューピッドも好きな人を見つけたら一直線」
僕は黙っていた。愛情を一手に受けるとなると、僕は…
いや、そうはならない。僕は魅力のない人間だからだ。何の面白みもない、くだらない人間であるからだ。くすの二文字に濁点を一つつけた人間でもあるし、二つ付けた人間でもあるからだ。
「だから、葛城君も――」
「愛情なんてまやかしですよ」
彼女の表情が凍りついた。僕は構わず話し続ける。
「人間なんて自分の事しか考えてない生き物です。魔物だって人間の精だかなんだかを取って生きているのでしょう?やむを得ないから人間を愛しているとも言えるじゃないですか。人間も人間で、美人だから魔物を愛しているってことじゃないですか。愛やらなんやら言っても蓋を開ければドロドロした――
「違う!」
リリアさんは涙を浮かべていた。やりきれないような表情をしている。
「違うも何も――」
「人間同士の恋でも『あの人と一生添い遂げたい』という思いは自然に出てくるの!人間と魔物だって同じ!私は愛を届けてるからわかるの!みんな幸せそうでしょ!私が引き合わせたカップルだってみんな幸せそうに過ごしているの!利害を通り越した無償の愛なの!」
その言葉が信じられなかった。無償の愛を注いでいる人なんか僕は見たことが無い。
「僕は信じられませんね」
目に涙を浮かべたリリアさんは何も言わずにこちらを睨んでいる。僕は黙って去って行った。これで嫌われる事に成功しただろう。完全犯罪だ。魔物にすら知られていない。
午後の授業にリリアさんは出なかった。早退したのだろう。
嫌われた。完全に。清々した。しかし後悔する気持ちは少なからずあった。やがて段々と強くなっていった。リリアさんなら僕の全てを愛してくれると思ってしまったのだ。
元からあった心の穴はどんどん膨らむばかり。家路につく間にも僕はリリアさんの事ばかりを考えていた。
――
嫌われてしまった。葛城君に嫌われてしまった。私のミスのせいで。
でも私は葛城君を諦める事は出来なかった。葛城君の心の闇を知りたい。全てを包み込んであげたい。彼を抱きしめてあげたい。話をするたびに私の心はときめいているのに、葛城君は私を迷惑がった。
葛城君の言うとおりかもしれない。愛情なんてまやかしで、私が葛城君と一緒になりたいから大義名分を掲げて彼に近づいていたのかもしれない。これまで誇りをもってこの仕事をやっていたのに。それらは全て自己満足だったかもしれない。
一息ついてベットに寝転がる。そばに置いてあった筆箱からスペアの消しゴムを取り出す。
私と葛城君の唯一の繋がり。二人の馴れ初め。
葛城君を感じていたかった。葛城君と一緒に居たかった。
制服を脱ぎ、ベルトを外し、下着も脱いだ。
「んっ…」
自慰なんてするのは生まれて初めて。サキュバスさんは四六時中やってるって言ってたっけ。
消しゴムを自分の性器に擦り付ける。感度が高まっていく。体が熱くなる。
「あっ…」
感度が足りない。葛城君を感じていたい。消しゴムを中に入れていく。
「ひっ//ああああっっっ///」
お構いなしに入れていく。中の締め付けは我ながらとてもいいはずだ。他の魔物にも負けてはいない。
「あああっ//♥だめっっっ//♥なんかくるっっっ////♥♥♥」
葛城君への愛情。爆発しそうな愛情。受け取って欲しい。二人で幸せになりたい。
「葛城くぅぅぅぅぅぅん〜〜〜//♥♥あああ〜〜〜〜っっっ//♥♥♥」
絶頂に達した。消しゴムを抜く。余韻に浸る。葛城君と一緒に過ごせれば、毎日これより多くの快楽が得られるのだろうか。
興奮も収まってきた。まだ心も体は疼いている。葛城君が欲しい。満足していない。葛城君と一緒にいなければ。一緒に色々な所に行って、一杯愛し合わないと満足しない。
しかし彼は遠くに行ってしまう。私が怒らせたから。
涙が出てきた。さっきとは比べ物にならなかった。
枯れ果てるほどの涙を流した。冷静になることが出来た。
冷静になったらやるべきことが見えてきた。
葛城君にに矢を放とう。
――
今日は学校が休みだ。外に出て本でも買おう。
あのキューピッド…リリアさんの事は気にしないことにした。気にしても戻ってくる訳ではない。縁がなかったのだ。
本屋に入り、本を眺めていたが、題名すら頭に入らない。本を読める気力すらなかった。
あれから大分精神が摩耗した。気力がなくなってしまった。僕の人生が無意味であることを再確認させられた。それなりに頑張っていた筈なのに。
仕方なく家に戻る。駅前はやたらと騒がしい。
もう一度魔界のベストセラー本でも読み返してみようか。
「やあ、葛城くん、久しぶりだねえ」
会いたくない人に出会ってしまった。思い出したくもない人に。
優等生。彼を一言で表すのならそう呼べるであろう。文武両道。顔もいい。彼は女子にモテた。そして僕を馬鹿にした。
嫌味を吐いた。笑いものにした。物を隠した。女子から僕に偽の告白をさせた。
優等生だから疑われることもなかった。誰も助けてくれないかった。僕が強くならなければならなかった。
吐き気が急にした。逃げ出したかった。しかし逃げ出すと笑われる。と言うよりは足が動かない。視点すら定まらない。頭も心もグチャグチャになっている。正常な判断が出来ない。
「ど、どうも。お久しぶりです」
精一杯の笑みを浮かべる。彼はニンマリして立っている。昔の事を思い出しているのだろう。僕の目には涙が浮かんでいる。癇癪をおこしてしまいたい。そこから立ち去りたい。でもそれが出来ない。
「ああ、そうだ。彼女が出来たんだ。俺」
うるさい。うるさい。幸福自慢か。僕を見下しているのだ。彼のキザな態度が許せない。許せないが…
「おお、おめでとうございます」
取りあえず祝っておく。怒ったって泣きわめいたって僕の心が救われるわけでもない。彼に一泡吹かせられるわけでもない。
「君は相変わらず一人なのかい?」
彼はそう言ってクスクス笑う。馬鹿にしに来たのだ。わざわざ。なんて嫌味ったらしい奴だ。どうせ僕が「彼女なんていらない」って言っても負け惜しみにしかとらえない癖に。クソ。クソ。クソ。
「あはは、まあ僕は――
適当に取り繕おうとした刹那、胸に痛みが走った。痛みはある。だが、どこか甘い。
次の瞬間、頭を駆け巡ったのは天使の囁きだった。
――
抱きしめたい。一緒にいたい。構ってほしい。甘えてほしい。甘えさせてほしい。葛城君の全てを知りたい。全てを愛したい。信頼してほしい。交わりたい
幸せな人生を私と一緒に送って欲しい。
――
天使の深い慈悲の心。情欲もあれば愛情もある優しい心。僕の冷え切ったその気持ちを温めてくれる。リリアさんの気持ちを知りえなかった僕を遠ざけてもいいのに。いや、彼女は僕の事が好きだったのだ。単純に幸せな人生を僕に送ってもらいたかったのだ。遠ざけてほしくなかったのだ。
「やあ、心配したんだよ。急にどっか行っちゃうんだもん」
僕の隣に降りてきたのはリリアさん。いつもとは違う立ち振る舞い。僕の天使は露出の多い格好をしていた。その割には威厳があるように見える。美人、としか認識していなかった僕の目が節穴に思えるくらい綺麗だった。
「あ、貴方は…」
彼は目を丸くしている。初めて優越感を覚えた。彼女なんていらないと思っていた僕を殴りたい。大切に思ってくれる人はすぐ近くにいたのだと。お節介でもなんでもなく、ただ単に僕の事を思っていてくれたのだと。
「私はオルシア。葛城君は私の彼氏だよ」
リリアさんはそう言うと僕を抱き寄せてニコッと微笑んだ。僕は頷いた。かわいい。女の子の笑っている姿がこんなにもかわいいだなんて。
対して彼は口をパクパクさせて、こうつぶやいた。
「俺の彼女よりきれいだ…」
僕は苦笑した。どう反応していいか分からなかったが彼が勝手に僕に劣等感を抱いている事だけは分かった。
リリアさんも不満げな顔をしていた。
「貴方の彼女には貴方の彼女なりの良さがあるの。それを見ないだなんて…」
そう言うと弓を構えた。鉛の矢を放とうとしている。彼は目を白くした。僕はすかさず言った。
「大丈夫ですよ。僕もさっき当たったけど全く痛くなかったですし」
矢が放たれる。あいつは苦しげな表情を一瞬だけ浮かべたが、すぐに立ち上がり、思い人の名前を叫びながら走り去っていった。
リリアさんはそれを満足げに見つめる。そして僕の方を向いた。
「さて、私たちも行こうか」
「どこにです?」
「私の家」
リリアさんの胸に埋もれる形で空を飛んだ。下を見るのは怖かったのでずっと胸の中から目線を離さなかった。彼女のいい匂いを嗅ぎながら、ただひたすらに飛んでいった。
そしてリリアさんはアパートの前でゆっくりと降下していった。
リリアさんに先導されて歩く。そして、彼女が暮らしている部屋についた。
女の子の部屋だった。と言うか殆どピンク色だった。ピンク色ではない物を数えたほうが早いくらいだ。
ピンク一色の中で目立つ四角い木の机と椅子。彼女はそこに腰掛けると、僕にどうぞと促してくる。
促されたまま座る。リリアさんは僕に紅茶を淹れてくれた。そして
「大丈夫ならでいいのだけれど、私に葛城君の事を色々教えてほしいな」
と言った。
僕は過去の事を全て話した。さっきの男の正体。家族は僕の味方にならなかった事。女性に暴言を吐かれたせいで創作物でしか欲情を吐きだせなくなった事。
これら全てをリリアさんは神妙な顔をして聞いていた。
「――という訳で僕は一人で生きていこうと決心したわけです…んっ!」
僕が話終わるのを待ってたのか、キスをされてしまった。それもとても濃厚に。じゅぱじゅぱといやらしい音を立てているリリアさんの顔はとても真剣であるがどこか儚げ。
「ちょっ…リリア…さんっ!!!」
「ん…♥ちゅぱ…♥リリアって……じゅるっ…♥呼んで………//♥♥」
もう恋人同士。もう一人じゃない。言葉にしなくてもリリアがそう思っている事くらいわかる。しかし、それよりも僕の関心事は股間だ。これまで女性恐怖症と性的嫌悪でロクに起たなかった僕のモノが唸りを上げているのだ。
「り、リリアっ…んぅ……むぅ………//♥」
「じゅぱ…れろ…//♥れろ……///♥♥」
リリアはそんな僕を知ってか知らずか終いには舌を口の中に入れてきた。濃厚なキス。人と舌を絡ませ合っているのに恥じらいは一切感じなかった。神聖な様に思えた。リリアは真剣な眼差しだった。しかしさっきに比べて顔が蕩けてるように感じた。
二人の顔が離れた。お互いの唇から糸が引かれている。
「大好き」
僕を見つめてリリアが言った。
「僕も大好きです……えっ!♥」
リリアは僕を抱きしめた。と言うより胸に僕の頭を押し付けた。
「これから葛城君にどんな事があっても…私がずーっと守るからね。だから葛城君も甘えてね。甘えてくれなくても無理やり甘えさせるから覚悟してね。それくらい私は葛城君の事を好きになったんだから」
リリアはそう言い終わると胸をさらに押し当てた。僕は多幸感に包まれた。色々な出来事が頭の中でぐるぐる回って。そして不意に涙が出てしまった。
「葛城君…」
リリアが頭を撫でてくれた。今まで抱えていたものが出てきてしまう。こらえても。こらえても。
「よく頑張ったね…」
目の前にいるキューピッドは全てを受け入れてくれる。僕のあらゆる面を受け入れてくれる。誰にも受け入れられなかった僕が受け入れられる。溜め込んできた物が全て出てきた。
「り、リリアぁ…ごめん…」
「私は大丈夫だから…思う存分泣いていいから…」
よしよしと頭を撫でられ続けて。しばらく泣いた後、眠りに落ちてしまった。
――
葛城君が寝た。
もうそろそろだ…
もうそろそろ…
ベッドに移して…それから…フェラで起こして…
えへへ…
――
「じゅる…じゅぱ…」
生々しい音が半覚醒状態の僕の耳に入った。どうやら僕はベッドに寝かせられたようだ。それも全裸で。薄く目を開ける。全裸の女の子が僕のモノを咥えている。
「ふぁ、おふぁふょ」
そこには全裸のリリアが。僕のモノを嬉しそうな顔をして咥えている。快感が快感を呼び起こしている。
リリアの顔はもう蕩けきっていて、それは僕が忘れかけていた性的欲求を呼び戻すような顔。彼女はやはり天使なのだろうか。しかし僕にも理性と言う物がある。僕は反射的に離れようとした。
「ふぁなれふぁらふぁめ!!!」
手で制されてしまった。リリアは僕を求めている。そう理解した途端離れる気がしなくなった。
「り、リリア…」
「じゅるる〜///♥♥ちゅぱぁ〜///♥♥」
性的体験が全くない僕にとってフェラチオと言う物は凄い物であった。女の子が自分のモノを顔を紅潮させて咥えていると言うだけで背徳感に包まれる。
モノが吸い上げられるだけで快感が湧きあがってくる。その時に生じる音も汚い音と言うよりは性的な音と僕の脳が捉えている。性に対する嫌悪感が全くなくなったという訳だ。
トドメとばかりに裏筋を舌で舐められる。ゾクっとして血と精液が集まってくる。興奮してしまう。溜め込んでいる事もあってか達しそうになる。
「あ、あぁ…出る…」
「ふぁふぃて!ふぇんふぉふぁくふぁふぃふぇ!!!」
よく聞き取れなかったが拒絶しているようではなかったので出す。と言うより我慢が出来なかった。
びゅるるると射精音が僕の中で響いた。とても勢いが良かった。物凄い量が出た。今まで自慰をしていてもこんな量は出なかった。
まあ最近は自慰も夢精もご無沙汰だったからだと言うのもあるのだろうが…それ以上にリリアの存在は大きい。身も心も溶かされてしまったのだ。
ふと目をリリアの方に向けると何かを飲み込んでいる。おそらく僕の精子を。そして
「はぁ…おいしかった///♥」
と一言。僕も顔が赤くなってしまった。
魔物は精が大好物で、精液を美味しいと感じたり、子供もできにくいので中に出される事を喜ぶという話があったがどうやら本当のようだった。
そんな事を考えているとさっき出したばかりだと言うのに僕のモノはまたガチガチにかたまった。
「えへへ…今度は私のおまんこに入れてほしいな」
リリアの一言が非現実的に思えた。こんな美人がはしたない、エロい言葉を使っていて、そんな美人と快楽の果てにイくと言う事実がまだ呑み込めない。呑み込めないからこそ
「よろしくお願いします…」
と返事をしてしまった。正しい判断かは分からないが、今はただ快楽と愛情が欲しい。リリアが欲しい。
「私が上に乗っかるね、動かなくても大丈夫」
リリアは僕を寝かせると、そう言って上に跨った。全てがとんとんと進み、ついには自分の初めてを迎えるということに僕は少しドキドキしていた。
緊張と興奮で呼吸が荒くなる。ふわふわとした幸福感の中、僕はただリリアを見つめていた。
「よいしょ…っ」
腰がゆっくりと下に降りていく。そしてあてがわれる。どことは言うまい。
ぬぷぬぷと入っていく。温かい。リリアの息も荒くなっていく。
優しく締め付けられて、気持ちよくて、幸せで、敏感になってた僕はすぐ絶頂に達しそうになる。
「あっ」
と言った時にはもう遅かった。びゅくびゅくと精子が出ていく。その刹那、
「いっぱいきたああああああああぁっっっっっ////♥♥♥♥♥♥」
絶叫するリリア、それと同時に締め付けが強くなる彼女のナカ。ガクンと動いて重心が前に、なんとかぶつからないように両手でリリアの肩を支える。ビクビクと体が痙攣していた。
自分の全てが絞り取られるような気がした。こんな快楽を今までに味わった事が無かった。僕を愛してくれた人、僕が信じた人、その本人がこんな淫らで、全てを搾り取って、お互いに快楽の海に溺れていく。
絶頂は突発的であったのに、それは永続に続く気がした。初めての経験だからかもしれない。幸福だって絶頂なのだから、それを永遠に味わっていたいと思うのが人間の性なのだろう。
頭の中はぼんやりとして、それでいてピンク色だった。その快楽を僕はただただ感じ取っていた。
それが一通り済んだ頃、僕はリリアの目を見た。トロンとした目はそれは彼女も言葉にならない幸福を味わっていた事を物語っていた。
彼女はずっと僕の方を見ていたようだった。そしていつもしている様に笑みを浮かべた。そのどこかには淫らな一面が見えた気がした。
そうしてリリアの顔を見ていると、僕のモノが再び血が集まってふっくらとしてくる。何故だろう。こんなに僕は絶倫だっただろうか。
それを感じ取ったのか、再び彼女のナカが優しく動き出した。絶頂を促す様に、優しく、刺激をし始める。
「まだ足りないでしょ…?私も足りないから…ね?」
淫らに微笑んだリリアに僕もまた微笑んだ。僕も欲望にまみれたはしたない笑みを浮かべていたのだろう。
「動くよ?」
リリアはそう言うと、ゆっくりと上下運動を始める。馬に乗るように動く彼女と連動するように快楽が伝わってくる。
最初は徐々にゆっくり、慣らしていくような動きだったのが、段々と速くなっていく。
「あっ♥んっ♥はぁっ♥」
リリアの吐息が艶っぽくなる。ナカの動きも、段々と激しくなっていく。お互いに同時に達せそうだった。
段々と耐えられなくなってくる。すぐに出してしまうよりは、なるべく我慢して長く楽しみたかったのだが、暴発してしまった身でどこまで耐えられるのか分からなかった。
「ほらっ、がまんはいけないよぉ」
いつものリリアとは違った、だらけた口調。何かを期待するような、そんなとろけた笑み。幸せ、快楽、二人だけの空間、全てに溺れてしまいそうだ。
尚も快楽は蓄積され、限界は近づいてくる。
「かつ、らぎ、くぅん、だい、すき、だよぉ」
動きに合わせてリリアは僕に対しての言葉を紡ぐ。僕の胸も温かくなる。こんなに快楽に溺れながら、僕に対しての愛情が先に立つというのが何より嬉しかった。付き合って当日なのに、決して僕を裏切らないのだと心の底から信じる事ができた。
あんな灰色の人生を送っていた僕が、そんな事を思えるようになったという事が感慨深かった。嬉しかった。
だから、快楽に呑まれる前に伝えたかった。
「リリア、僕も大好きだよ」
そして、さっきより物凄い勢いで締め付けられて、
「あああああっ♥」
「っっっっっっぅぅぅううううぅっっ/////♥♥♥」
言葉にならない声を挙げて僕たちは絶頂に達した。リリアは今度はバランスを崩さずに、余韻を味わうかのような表情を浮かべていた。
「大好きって言われたぁ…葛城君に大好きって言われたぁ…」
僕が大好きって言うだけで、ここまで感じてくれて、ここまで幸福に感じる人なんて、今後の人生で現れる事は無いだろう。僕は幸せ者だった。疑いようもなく幸せだった。
「ああっ…よかった…よかったよぅ…」
うわ言のように、そうリリアが呟いていた。安堵の表情を浮かべ、感極まっていた。
リリアはゆっくりと僕から降りて、寝っ転がって、そして抱きついて来た。
「大好きっ、二人ともお互いの事が大好きっ、幸せぇ、幸せぇ、幸せぇぇっ♥」
そんな事を言いながらリリアは泣き出してしまった。
「怖かったよぉ…嫌われてるんじゃないかって、心のどこかで思って…」
先程と逆の立場。僕はしっかりとリリアを抱きしめて、頭を撫でた。
きっとこの天使となら、どんな苦難も乗り越えられるんじゃないかと、こんな幸せを噛み締めながら生きていけるんじゃないかと思いながら。
今はただ静かにリリアの頭を撫でていた。
――
本当に幸せだった。
葛城君と繋がって、初めてをもらって、捧げて、あんなに濃厚で。
何もかもが幸せだった。心の底から繋がっているんだって思えた。
私は葛城君に嫌われているんじゃないかと思っていた。矢を放っても不安は消えなかった。
彼は私の欲望を見抜いて、軽蔑したのでは無いかと思っていた。
でもそんな事は無かった。葛城君は、私の全てを受け入れてくれた。
だから、私も葛城君の全てを受け入れなければならない。大好きな人の全てを受け入れる事はとても幸せだった。
そして、私達は毎日毎日幸せな日常を送っていけるのだと心の底から思えた。
そんな楽しく、淫らな日々を送れるとは、なんて私は幸せ者なのだろうか。
――
お互いに落ち着いた頃、すっかり暗くなってしまったことに気づいてしまった。僕は慌てて帰り支度をする。リリアからは泊まっていかないかとの誘いも受けたが、流石に急すぎるし、リリアに悪いと固辞した。
「恋人なんだし、別に気を遣わなくたっていいのに…」
と話すリリアの表情はどこか拗ねていた。
「また機会があれば、泊まりに行くよ」
「絶対だよ?それと今度二人でデート行こうよ。遊園地とか楽しいだろうし、公園で風景を見るのもいいかも…」
そういうリリアの目は先程とは打って変わって輝きだした。そうだ。相思相愛の恋人なのだから、デートを重ねるのも当然なのだ。
「二人でただ静かに本を読むのもいいかも」
「読書デートも中々楽しそう。そして、最後には二人で身体を重ね合わせて…」
流石魔界の出身。人間同士のカップルも度々そうであるように、デートだって壮大な前戯の一部でしかない。
そうしてカップルは、お互いが同じ風景を見て、同じ体験をして、お互いの理解を深めていくのだろう。
「じゃあ、また連絡を取り合って…」
リリアはそういうと急に何かに思い当たったようだった。
「そう言えば連絡先交換してなかったじゃない!」
彼女の、今まで聞いた中で一番大きな声だった。
別れ際、お互いに再びキスをした。名残惜しいという気持ちもあるが、学校ではいつでも会えるのだ。
そうして、いつか同棲することになって、結婚をして、何人か子供もできるのかもしれない。
そうして僕達は、幸せな日常をずっと、ずっと過ごしていくのだろう。
19/02/24 21:21更新 / 千年間熱愛