連載小説
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プロローグ
――
先日、我々の領土に対し貴国が攻撃を加えた件について、大変遺憾であります。
我々は対抗措置としてラーラ第一王女とその婚約者を「夫婦のダンジョン」にて預かっております。
ルーシア第四王女とメト第二近衛副隊長がダンジョンを攻略した際、彼らを返還致します。
なお、他の者がダンジョンに踏み入れた事が確認された場合、ルーシア第四王女とメト第二近衛副隊長が二人揃わなかった場合は、第一王女と婚約者をただちに別区域に転送致します。

魔界 ベルケット領
――



「クソ!」
現国王の声が響きわたる中、ローリア第二王女は考えを巡らせていた。



事の発端は、このバルベ国が近隣の魔界であるベルケット領に攻撃を行った事だった。

勇者として魔を払う使命を受けた第三王女、勇者では無いものの高い戦闘能力を誇る第四王女と、副隊長を勤めていたメト。
他にも優秀な兵士を揃え、勝算が見えた所でベルケット領の侵略を始めた、はずだった。
しかし、情報が筒抜けだったのか途中の森で奇襲攻撃を食らう。バルベ国は大量の男性兵士を失い、撤退を余儀なくされた。
第三王女も、第四王女も撤退に精一杯だった。彼女らの近衛師団兵士をいくらか失った。

敗戦に動揺を隠せないバルベ国を更なる悲劇が襲う。
ラーラ第一王女と、その執事であった男が突如行方不明になる。
そして、この手紙が届いた。



「国王陛下、指示通り、ルーシアと第二近衛副隊長を向かわせるべきです」
ローリア第二王女はそう進言する。

「なりません!これは罠に決まってます!ルーシア様まで失う訳にはいきません!」
クーラ第三王女が反論する。

しばらく二人の口論が続く。

実の所、ローリア第二王女は、第一王女と第四王女を嫌っていた。
彼女達はローリアから見ると「色恋沙汰に現を抜かしている」ように見えたからだ。

第一王女は彼女の幼馴染だった執事をやたらと気にかけていた。第四王女は、彼女の師団の副隊長に信頼を寄せていた。
ローリアは、そんな彼女たちを嫌っていた。王族たるもの、国家の道具であるべきだと、そう思っていた。

「自分は、諦めたのに」

ローリアだって、好きな男はいた。しかし、王族である以上、そんな私情を持ち込む事は許されない。

私は諦めたのに。ずるいよ。

そんな、本人ですら気付かない思いが、ローリアの中にくすぶっていた。



「書面の通り、ルーシアと副隊長をダンジョンに向かわせよう」
「国王陛下!」

国王の一声に、クーラ第三王女がやりきれないように声をあげる。



国王がこの決断をした理由は、ルーシアの立場が関係していた。
実の所、ルーシアは王妃との子では無かった。そのことは国民には隠されている。

国王が、城で働いていた女性と事に及び、そこで産まれた子供がルーシアだった。
その女性は、腹の中の子供を守る為に、妊娠の事実をギリギリまで隠していた。
国王は、しばらく思案した後に、その子供を王族にすることを決めた。事実が知れ渡ると、自身の身や国家の運営に影響を与えるかもしれない事。彼の子供に男性が一人もいなかった事が要因だった。
しかし、ルーシアは女性だった。約束を反故にすることも出来たが、国家の運営上出来なかった。当時は飢饉が起きていて、何で国が転覆するか分からなかったのだ。

ルーシアは、他の王族より劣悪な環境で育てられた。しかし、彼女の母親の愛情もあり、すくすくと育っていった。

彼女がどう扱われていたかは、メトが彼女の護衛となった事からもわかる。

メトは、若くして孤児院から引き取られた子だった。孤児だった彼は勇者候補として国に雇われたのだ。
しかし、彼は勇者となる事は出来なかった。国は彼の処遇をどうしようか悩んだ。

「同年代だし、第四王女の護衛にしてしまえ」

誰かがそういったのだろう。程なくして、彼は第四王女の護衛になった。

彼ら二人は、国内の様々な場所を巡り、民の不満や不安を聞いて回った。
税を減らすよう国王に進言した。土地が痩せていたら、精霊使いを向かわせた。
時に、ある村が山賊に悩まされていると聞けば、山賊の討伐に向かった。村を悩ませた窃盗団を一網打尽にした。

王族の中で地位が低かったのも動きやすさに影響したのだろうか、二人は活発に民の声を拾い上げた。
地位があるのにも関わらず、危険を顧みず、自分たちの声を拾い上げる王女と、平民、それも孤児であった彼女の護衛。
二人はいつしか「平民の味方」として三人の王女とは別種の人気を誇る事になる。

それが故に、国王は悩みを抱える事になる。もし、彼女が人気を集めてしまったら。王位継承してしまったら。国民がそれを望んでしまったら。
第一王女か第二王女に国を継がせたいと思っていた国王は悩んだ。それもルーシアは、本流ではない家系だ。

ルーシアとの結婚を望む貴族は多かった。平民の味方として人気を集める彼女の事だ。もしかしたら彼らは王位を狙っているのかもしれない。
そう思ってしまうととてもゴーサインは出せなかった。ルーシア自身もそういった話を嫌がっているように思えた。
それなら適当な国と政略結婚をすればいいと思ったが、今やこの地域の反魔物領はこのバルベ国だけだった。
中立の立場を貫く国々も、何故かルーシアの婚姻話を嫌がっていたのだ。

そんなこんなで面倒な人間だったルーシア。ラーラ第一王女が帰ってくればそれでいいし、仮にルーシアとメトが帰ってこなくても、それはそれで良い。
国王はそう考えていたのだった。



――



メトの部屋に、ノックの音が響く。

「メト君、入るよ」
「近衛副隊長とお呼びください」

少し残念そうな顔をしながら、ルーシアはメトの部屋に入る。彼女の金色の長い髪と豊満な胸は、彼女の気品を更に際立たせていた。
メトはルーシアと比べて背が低かった。そして彼の目は、どこか虚ろな物であった。そして、ルーシアに目線を合わせる事もなくどこか遠くを見つめていた。

「副隊長、ラーラ様の件についてです」
メトは目を見開く。観念したのか気を入れ直したのか、ルーシアの方を向いた。

「ラーラ様が攫われた件について、相手は私と副隊長がダンジョンを攻略した際に解放すると言っているようです」
「ダンジョン?」
「そこにラーラ様が囚われているそうです」

メトはため息をつく。厄介事だ。それも碌でもないほどに厄介な物事。

「どこの情報ですか?」
「主犯のベルケット領が、そう手紙に書いてきました」
「僕達が行くのですか?」
「そう手紙に指定されていたそうです。他の人間は来てはダメだと言うことも」
「僕一人ではダメですか?」
「手紙には二人で来いと指定されていました」

メトは再びため息をつく。自分はどれだけ危険な目に遭っても良い。しかし、このルーシア王女を危険に晒す事だけは避けたかった。
ルーシアは危険な事も行ってきたが、我が身を投げ打つ覚悟で自分は彼女を守った。そして現に守りきれた。しかし、今回の相手は魔物だ。ただでさえ、先の戦いで逃げ帰っているのに。
その撤退戦だって、自分やルーシアは精一杯戦ったが、それでも敵わなかった。魔物はルーシアを執拗に狙ってきて、自分は彼女らを追い払う事しかできなかった。

「そして国王陛下が、私達に、その『夫婦のダンジョン』に向かえと」

メトは全てを理解した。自分たちは捨て駒にされたのだと。
自分たちがやってきた事が国王に疎まれている事は薄々気づいていた。ルーシアが、彼女自身の婚姻話や、メト以外の人間を近衛副隊長に据える事を嫌がっていたのも風の噂で聞いていた。
だからだろうか、王族である彼女は死地へと赴くことになってしまった。
ルーシアが素直に婚姻話を受け、自分以外の誰かを副隊長に据えたのなら、彼女はこうならなかったかもしれないとメトは思う。
しかし、ルーシアも理由があってそうしたのかもしれない。自分がその決断を責める事はできない。それに、結局の所自分はルーシアにその命を捧げる事こそ人生の目的なのだ。

「わかりました。出発はいつですか」
「明日すぐに行けと国王陛下が」
「わかりました」

メトは、ルーシアの声が震えている事に気づいた。当然だろう。死ぬかもしれない。そんな恐怖。
自分にはどうする事もできないのではないか。そう感じた。何が何でもルーシアを守らなければいけない立場なのに。
ルーシアを守りきれる確証がない、それが何よりも辛かった。



――



目的の「夫婦のダンジョン」に向かう馬車に二人は揺られていた。そんな二人は鎧を着込み、立派な剣を携えていた。
御者をしているメトはいつものように虚ろな目をしていて、ルーシアはいつもより緊張した面持ちであった。

「ねえ、メト君」
「近衛副隊長とお呼びください」

昨日のようなやり取り。まだメトに「第二近衛副隊長」の肩書がなく、ただルーシアの護衛だった頃、彼女は親しみを込めて「メト君」と呼んでいた。
第二近衛隊が創設され、二人がそこに配属されると、メトは「近衛副隊長」と呼ぶように求めた。
メトはルーシアと距離を離したがっていた。「自分は護衛に過ぎない」「ルーシア様の捨て駒に過ぎない」「自分を見捨てて貴方は生き延びてくれ」出会った時から今までで何回もメトはルーシアに言った。
ルーシアは、そんなメトを複雑な心境で見ていた。自分と同年代、世間的には遊びたい盛りの年齢なのに、メトは自分の人生を達観したような、諦めたような態度を取る。
実際、メトが身を挺してルーシアを守ってくれた事も何回もある。それほどの忠誠を誓われた事は嬉しい、のだが。同時に彼の態度に対して、不気味さ、不思議さ、そして何より、「幸せになってほしい」という感情を抱いていた。

「貴方は私の護衛に就いた事について、どう感じていますか?」
「職務を全うするだけです。ルーシア様の事は全力でお守り致します」

それとなくメトに聞いても、はぐらかされてしまう。そんなメトに、ルーシアはいつしか思いを寄せるようになった。

山賊や窃盗団の退治と言う一国の王女がやるべきでない事を進んで行ったのは、民の為と言う事もあったが、メトを英雄に仕立て上げる為であった。
民衆や国にメトの功績を知らしめれば、彼を貴族にする話が生まれ、自分と婚約する事になるかもしれない。そんな、馬鹿馬鹿しい仮説。
でも、身分差がある以上、馬鹿馬鹿しい手段でも、危険な行為でも、一筋でも可能性があるなら、行わなければいけなかった。

ルーシア自身「いてもいなくてもいい王女」と言うような扱いを受けていたのが原因か、荒事を行う事についてはほとんど何も言われなかった。
彼女を叱ったのは第三王女のみで、第一王女のラーラに至っては「頑張ってね」と応援をされる始末。

メト自身は、自分の指示に文句一つ言わなかったし、宣言通りルーシアを守ってくれた。
メトも勇者を目指していた身であり、ルーシアも魔法に剣にと戦闘については英才教育を受けていた。一般の人々に遅れを取る訳にもいかなかった。
敵は当然ルーシアを狙ってくるし、メトはそんな敵の動きを予測して戦った。時には囮にもなった。
メトは、護衛としての職務を全うしていたのだった。



――



「メト君、二人で生きて帰ろうね」
「ルーシア様、近衛副隊長とお呼びください。私自身の命に変えてでも、ルーシア様をお守り致します」

いつものようなやり取り。しかし、ルーシアが「二人で生きて帰ろう」と言った事は、これが初めての事であった。

「メト君が山賊に捕まっちゃった時にさ、私達の部隊が助けに行った時があったよね」

ルーシアは思い出話を始める。メトは、彼女が「メト君」呼びを改める気がない事に気づき、ため息をついた後黙り込んでいた。

「私がメト君が捕まえられてた部屋に行って助けた時にさ、メト君怒ってたよね。『仮にも王族がこんな危険を犯すべきではない』って」

メトがルーシアを逃す為に囮になった時の話だ。メトが捕らえられた後、ルーシアは部隊を再編し、彼を救いに行ったのだ。

「それを聞いて思ったんだよ、それなら、山賊退治をするって段階で言わないとってさ」
「僕がルーシア様をお守りするのであって…」
「メト君が死んじゃっても、私だけは守ってくれるって事を言いたいんだよね」

その時、「自分を見捨てるべきだ」と進言したメトをルーシアは叱りつけた。「私がわがままなのが悪いけれど、自分の命を軽視するような発言はやめてほしい」と言ったのだ。それを聞いたメトは黙り込んでいた。
その後ルーシアは自身の軽率な行動により彼に危険が及ぶかもしれない事を反省し、それ以降更に細心の注意を払うようになった。
良いこともあった。怪我の功名なのか、「自身の身を投げ打って主君を救う護衛と、それを恩にきり彼を助けに行く王女」のエピソードが広まり、二人の名声は更に高まった。吟遊詩人はこぞって二人の話を語り、民はそれに歓喜した。

「だからこそ…二人で一緒に帰ろうね、近衛副隊長様」

今回の件だって成功さえすれば、結婚に一歩近づくかもしれない。でも、彼が死んじゃったら、自分は今まで何をやってきていたのだろうか。なんのために頑張ってきたのだろうか。
ルーシアはそんな複雑な思いを抱いていた。だからこその念押し、約束。
急に「近衛副隊長」と言われたメトは少しびっくりした様子を見せ、ルーシアはそれを見てクスっと笑った。



バルベ国とベルケット領の国境付近、荒野が広がり誰も住んでいない地帯。そこに「夫婦のダンジョン」は存在した。
地下に続く石のトンネルであり、上部に「夫婦のダンジョン」と彫られている。

メトとルーシアは荷物を持ち、地下に降りていく。

ダンジョン攻略が、今始まる。
21/12/25 09:41更新 / 千年間熱愛
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■作者メッセージ
金髪巨乳の王女様でネタを書きたくなったので、発作的に書いてみました。
国絡みの設定がガバガバかもしれませんが、ご容赦ください。

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