鬼ヶ島カラオケ
高2の夏、金曜の授業が全て終わり、俺は帰り支度をしている。
「おーい、タケルー!どっかメシでも食いに行かね?」
いつもつるんでいる友達から誘いを受ける。
「悪い、今日はちょっと用事あるんだ」
「そっか。あっ、もしかして彼女?」
「バカっ!ちげーよ!」
「またまた〜。俺らには内緒で誰かと付き合ってんだろ?みんな噂してるぜ」
このこの〜と肘でつつくジェスチャーをする。
男子共は何かにつけて女関連の話をしたがるから困る。
面倒なこと極まりない。
「だから、そんなんじゃないって!俺、もう行くからな!」
ニヤニヤするそいつを置いて、そそくさと学校を出た。
今年は猛暑で外はうだるような暑さだ。
ここは地方の田舎町で、俺が通っているのは町内に唯一ある高校だ。
この町の若者たちが遊ぶスポットは限られている。
一応、ゲーセンやバッティングセンターなどの娯楽施設もあるが、どれも規模は小さい。
電車一本で隣の都市部にも行けるので、学校帰りにそこまで繰り出す奴も少なくない。
だが、俺がこれから行く場所はそうした所ではない。
学校近くの本屋で立ち読みして、いくらか時間をつぶしてから、自転車で町のはずれの方へ行く。
やがて、いかにも場末の雰囲気がするスナックやバーなどが立ち並ぶ区画にある目的地にたどり着いた。
“鬼ヶ島カラオケ”
看板の文字は色あせしていて、外壁の塗装も所々ハゲている。
ここは町内にある数少ないカラオケ店だが、市街地には他にも全国チェーンの店が何軒かある上に、学校から結構な距離があるここまでわざわざ来る奴はそういない。
周囲に知っている奴がいないか一度確認してから中に入った。
店内に入るとカウンターの中から眼鏡をかけたアオオニの女性が一人出てきた。
「あら、タケル君いらっしゃい」
「こんにちは、アオイさん」
彼女は高校3年の先輩、アオイさんだ。
まさに鬼と聞いてイメージするような、トラ柄の布を胸と腰のみに着けている。
毎度のことながら、アオイさんのナイスボディを前に目のやり場に困る。
「相変わらずイケメン君ねぇ〜」
「からかわないでくださいよ」
「今、アカネ呼ぶからね」
「あ、別に呼ばなくても….」
「アカネちゃーん!タケル君来たわよー!」
「はーい!お、タケルン来たか!」
奥からガタイの大きなアカオニの女子が出てくる。
クラスメイトのアカネだ。
俺を見ると、屈託のない笑顔を見せた。
「ああ、今日お前バイトだから来てやったぞ」
アカネはこの店でバイトしていて、仕事が入った日にはいつも俺に来てくれと頼んでくる。
「そんなこと言って〜、ほんとはアタイのこの姿を拝みに来たんだろ?」
アカネがふざけてモデルの様なポーズをとってみせる。
彼女もアオイさんと同じ露出度の高い格好をしているが、その姿は完全な別物だ。
胸はアオイさんより大きいが、そのかわり腕や太ももは一回り以上太く、身長は俺よりわずかに高い。
一言でいえば体のあらゆるパーツが全てデカい。
俺はあまりアカネの体をはっきり見ないように視線をそらす。
「アオイさん、今日は2時間でお願いします。それと奥の部屋空いてますか?」
「ええ、空いているわよ。12番の部屋でいい?」
「はい、大丈夫です」
「わかったわ。そしたら、これ持って行ってね」
アオイさんから伝票とマイクの入ったカゴを受け取ると、さっさと部屋へ向かった。
「あっ!なんだよー!無視かよー!」
アカネが後ろで叫ぶが、俺は完全スルーで進んでいった。
部屋に入ると、壁の少々おどろおどろしい絵が目に入る。
手書き感満載の鬼ヶ島の鬼たちとそこに向かう桃太郎一行が描かれている。
テーブルとイス、そしてドアもゴツゴツとした岩を想わせる装飾が施されていて、店内の照明はほんのりと赤い。
色々と雰囲気は出そうと頑張っているのは伝わるが、何となく全体的に安っぽい。
(今日も客、全然いないみたいだな….)
部屋へと向かう途中で歌声は全く聞こえなかった。
俺は苦笑いしながら椅子に座り、とりあえずメニューを開いた。
プルルルル、プルルルル,,..
メニューを見ていると、部屋の受話器が鳴った。
ガチャ
受話器を取る。
「はい」
「つうれねぇーな、ハハハン!つうれねぇー..」
ガチャン
アカネの声だったので切った。
椅子に戻り、またメニューを見ることにした。
コンコン、ガチャ
その後、程なくしてノック音と共にドアが開き、アカネがお盆を持って入ってきた。
「ノリ悪いぞ、タケル〜ン。不機嫌なのか?」
アカネが不満そうな表情をしながら、水の入ったグラスとおしぼりをテーブルに置いた。
「別にそんなことねーよ。注文していいか?」
「あいよっ!」
アカネが尻の方からメモ帳を取り出す。
「どこから出してんだよ..」
「へへっ、これもサービスのひとつだよ」
「はいはい、そうですか。えーと、トマトジュースとガーリックライスときびだんご頼むわ」
「んーと..“地獄のマグマ!トマトジュース”と“戦支度だ!ガーリックライス”と“鬼にも食わせろ!きびだんご”ね」
この店の飲食物にはどれもこんな風な長ったらしい謳い文句がついている。
「その長いの必要なのか」
「まあ、店長のこだわりだからな」
「小賀(おが)さんか。今日も来てないのか?」
小賀さんはオーガでここの店長だ。
「ああ、たまにしか来ないな。基本的にアオイさんに任せっぱなしだよ」
「店長なのにほっぽらかしかよ」
「ま、それで何とか成り立ってるんだから、いいじゃんか。で、注文は以上でいいか?」
「ああ」
「それじゃ、ちょっと待っててな」
アカネがメモを手にして部屋を出て行った。
(とりあえず何か歌うか)
一曲目を選び、タブレットから機械に送信する。
チャ〜ララッラ、ラッララ〜〜…..
「僕が〜見つめる〜、景色の〜その中に….」
コンコン、ガチャ
「失礼しまーす」
歌っていると、アカネがお盆に料理を載せて入ってきた。
「持ってきたぞー」
「おう、サンキュー」
「ジュースとライスとだんごね」
料理をテーブルに移していく。
「I Love I Love….」
「……」
アカネは空になったお盆を脇に抱えたまま、俺が歌うのを眺めている。
体を揺らし、時折勝手にハモってくる。
「名前もな〜い夜が、更け〜ていく」
「おぉ〜」パチパチパチパチ
歌い終えるとアカネが感心した様子で拍手した。
「へぇー、前より上手くなってんじゃん?」
「おかげさまでな」
「ビブラートまで利かしちゃってさ〜」
「ま、まあな」
「ふぅ〜ん….」
アカネがテーブルの上のガーリックライスにふと目を向けた。
ホカホカと湯気を出して、出来立てなのがわかる。
「何見てんだ?」
「ちょっと腹減っちゃってさ….」
ぐぅ〜〜
アカネの腹が鳴る。
「お前、まさか..」
「いっただき〜!」
突然、スプーンを手に取りライスを一口食べた。
「おい!なに客のモン食ってんだ!?」
「はふはふ…んぐ。…..ぷはっ、ゴメンゴメン、あんまりウマそうだったからつい」
「本当にやりたい放題だな」
「あははっ!しっかし、やっぱウメーわ!アオイさんの手料理!」
「だろうな」
アオイさんは何でも器用にこなせてしまう人だ。
「ははっ….んぅ?おっ!?」
アカネが何かに気づいて驚いたような素振りを見せる。
「どうした?」
「はぁーはぁー」
口に手をやり、息を吐いている。
「何してんだ?」
「うはっ!?すげっ!一口だけしか食べてないのに、もう息臭せーわ!ほら、嗅いでみ。はぁ〜」
こちらに向かって大きく口を開けて息を吐いてきた。
「バカッ!何でお前のニンニク臭、嗅がなくちゃいけないんだよ!?」
文句を言いつつ、一呼吸だけ嗅いでみた。
「うわっ、臭え!」
「はははっ!じゃ、また来るからなー」
アカネが笑いながら部屋を出ていく。
「もう来るな!」
バタンっ
ドアが閉じた。
トットットットッ…..
「…………」
足音が遠のいていく….。
「………….」
「(………………もう行ったか?)」
耳を澄ませてアカネの足音が完全に聞こえなくなったのを確認する。
「(….よし、もう行ったな)」
「……………スゥー」
一度大きく息を吸う。
まだ残っていたニンニク臭の中に、かすかにアカネの匂いを感じた。
(あぁ….アカネの匂いだ)
「スゥー、ハァー….. スゥー、ハァー」
鼻孔内の匂いが奥まで広がるように、思いっきり吸い込む。
「スゥー、ハァー….. 」
「……..」
匂いを堪能しながら、テーブルの上に無造作に置かれたスプーンに目をやる。
「(……….アイツ、あのスプーン使ってたよな….)」
アカネがライスをつまみ食いする時、確かにスプーンに口が付いていた。
「…….ゴクッ」
俺はスプーンへと手を伸ばした….。
「夏のパッション、ペイ アテンション…」
俺はお気に入りの夏ソングを歌っていた。
「(ん?)」
ドアの外に人影が見える。
アカネだ。
「(アイツどんだけヒマなんだよ..)」
ドアのガラス部分に顔を押し付けてこちらをのぞき込んでいる。
「シッ!シッ!」
手で追い払う仕草をすると、黙って引き返していった。
「(一体なにがしたいんだ..)」
アカネのアホっぷりに困惑したが、気を取り直して歌い続けた。
「Wonderful time…」
もう少しでサビのパートだ。
気分が徐々に盛り上がってくる。
ダッダッダッダッダッダッ!
不意に、廊下から大きな足音が聞こえてきた。
「(….またアイツか?)」
性懲りもなくやってきたかと思っていたら、
バーン!
「イエェーイ!!YO!YO!」
ドアが勢いよく開き、ノリノリのアカネが踊りながら入ってきた。
「うわっ!アカネ!お前、何だその恰好は!?」
ド派手なアロハシャツを着て、サングラスをかけている。
手にはマイクも持っている。
「ヒュー!行くぜぇ!!」
手にしていたマイクをビュンと口元へ向けた。
「常夏のカラオケベイベー!アカオニのアカネだ、ベイベー!
シャイなタケルと朝まで Summer day Oh 好きな食いモン、ワンタン!たっまんねぇな!
Oh Yeah!Oh Yeah!Nyan♥Nyan♥」
「何が“Nyan♥Nyan♥”だよ!ふざけた替え歌、歌いやがって!」
「どうよ、アタイの即興替え歌。なかなかイケてたっしょ?」
アカネが得意げに笑う。
「まあ、即興にしてはな。てか、お前さっきから仕事はしてんのか?」
「それが、お客さんがタケルンしかいないから、もう好きにしてていいってアオイさんから言われてさ」
サングラスを頭にずらしながら、アカネが話す。
「大丈夫かよ、この店….。それで、その派手なアロハとグラサンはどうしたんだ?」
「ああ、これ?アオイさんからもらったモンだよ」
「え!?アオイさんの!?あの人、そんなの持ってるのか!?」
「あれ、知らなかった?普段はよく派手な柄モノばっか着てるよ」
「マジかよ….」
アオイさんに抱いていた洗練された大人のイメージが崩れていく。
「あっ、そうだ!今日はタケルンが来るから、いいモン用意してんだ!ちょっと待ってて!」
アカネが走って出ていく。
「(あいつの“いいモン”って大体ろくなものじゃないよな)」
過去の経験上、全く期待できない。
というより、いやな予感しかしない。
「お待たせー!」
アカネが学校の体育用カバンを手にして戻ってきた。
カバンをテーブルの方へ持っていく。
「う..結構重いな。ちょっと入れすぎたかな。おらっ!」
ゴン
カバンを置くと、何か硬い物が当たったような音がした。
「何入ってんだ?」
「へへへ〜、さて何でしょ〜?」
アカネが笑いながらファスナーを開いた。
俺は中を覗き込んだ。
「あっ!お前、これって…..」
「そう!お酒でーす!!家からかっぱらってきちゃった!」
中には缶ビールや缶酎ハイなどがぎっしりと詰められていた。
「いやいや、俺たちまだ未成年だろ!」
「大丈夫だって!ほかに誰もお客さんいないし、バレやしないって!」
「学校に知られたら大問題だぞ!」
「もーう、心配性だなぁ、タケルンは。ま、ま、一杯やっちゃおう!」
アカネが缶ビールを取り出し、俺と自分の方に1本ずつ置いた。
「ったく……ん?….なっ!!?」
ふとドアの方を見ると、俺はある恐ろしい存在に気づいてしまった。
「それじゃ、かんぱ..」
「おい!アカネ!!」
「ん?ビールより酎ハイの方がよかった?サワー系もあるよ」
「バカッ!ドア見ろ、ドア!」
「うん?….ハッ!?」
アカネがドアの方を見たままフリーズした。
そこにはアオイさんが立っていた。
無表情で据わった眼を俺たちに向けている。
無言だが凄まじい圧力を感じる。
俺は本当の鬼ヶ島に来た桃太郎の気分になっていた。
冷や汗が背中をゆっくりとつたう。
アオイさんは微動だにせず、俺たちをにらみ続けている。
「「「………..」」」
時が止まったかのように、3人とも無言のまま動きを止めていた。
地獄の時間がどれほど過ぎたことだろう。
アカネがおもむろに缶ビールを戻し始めたことにより時は動き始めた。
テーブルに出していた2本をカバンに入れ、静かにファスナーを閉め床に下ろすと、アカネは背筋をピンと伸ばした。
俺も真似して背筋を伸ばす。
それを見届けると、アオイさんは一言も喋らないまま去っていった。
「…….」
アオイさんが見えなくなった後も、俺とアカネはしばらく黙っていた。
「……ぷはぁ!」
やがて我慢できなくなったかのか、アカネが息継ぎするように大きく息を吸い込んだ。
「あぁー、死ぬかと思った!」
「ホントだよ!アオイさん、めちゃくちゃ怖かったな」
「ああ、先輩の中でも怒ると一番おっかねえんだ」
「やっぱ、鬼って伊達じゃないな。お前が酒なんか持ち込んだおかげで、とんだとばっちりだよ!」
「悪かったよ〜、ゴメス!!」
「少しは反省しろよ」
「ああ、本当に悪かった!この通りだ!」
アカネが手を合わせて頭を下げる。
「もういいよ。まあ、俺ももっとちゃんと止めるべきだったしな」
お調子者のアカネを止めるのが俺の役割だ。
彼女だけを責めることはできない。
「いや〜、緊張したら汗びっしょりかいちまった。あちぃ〜」
アカネが椅子にもたれかかり、股を広げて腰の布をつまんでパタパタする。
「お前は恥じらいというものがないのか..」
呆れながらもアカネの太ももに目が留まる。
「……」
アカネが布をめくりあげたので、股のきわどい部分まであらわになる。
汗が照明に照らされてテラテラとあやしく光る。
太ももの凹凸に合わせて模様のようになっている白い筋と、赤い肌のコントラストに俺は目を奪われた。
『魔物娘ってみんなかわいいけどさ….』
不意に学校での友達との会話が頭の中で聞こえてくる….
『でも、アカネはないよな〜。あのガタイは抱く気にはならねえな』
『ああ、制服のスカートがあんなに似合わねえ奴もいないな。あのパンパンな太ももと腕は女子プロレス並みだよな』
友達二人がアカネの方をちらっと見ながら話している。
アカネは何も知らず、女友達と無邪気に雑談を楽しんでいる。
俺は気まずくてしょうがない。
『そういや、タケルってどんな子が好みなんだ?』
『それ俺も興味ある!タケルって全然こういうトークに参加してこないよな』
友達二人が興味ありげに俺を見る。
『俺か?俺は..別に性格いい子だったら誰でも…』
何と答えたらいいかわからず、適当にはぐらかす
『ふ〜ん、見た目とかそんなに気にしない感じ?』
『ああ…..そこまで見た目は...いいかな』
『そっか〜』
友達は今一つ納得いっていない様子だ。
『でも、それだったら誰かと付き合ってても良くね?』
『だよな。タケルくらい見た目良くて、勉強もスポーツも出来るんだったら絶対モテてるはずだよな。魔物娘の方から告られたりしないの?』
『いや、してないよ』
『何でタケルを放っておくんだろう…..。なあ、本当はもう彼女いるんじゃないの?』
『それとも女の子に興味ないの?….もしかしてゲイ?』
友達が畳みかけてくる。
『いや、ゲイじゃねーよ!色々かわいい子が多すぎて、どの子か決められないだけだよ!』
『そうなのか〜。じゃあさ、練習でアカネに告ってみるのはどう?』
『何でそうなるんだよ!?』
話が急に変な方向にいき始めた。
『それいいな。アカネだったら緊張もしないしな。つーか、アカネってタケルの幼馴染なんだっけ?』
『まあ..そうだな』
アカネとは幼稚園からの腐れ縁だ。
『だったら、なおさらやりやすいじゃん!やってみろよ!』
『いやいや、さすがにアカネに悪いだろ』
『アイツだったら謝りゃ許してくれるだろ』
アカネの方を見る。
スカートの下から見える足が一瞬目に映る。
『軽―い気持ちでやって、その後すぐ“冗談だ、ゴメン”って言えば大丈夫だって!』
(やばい….どうしよう…..)
この場をどう切り抜けようか俺の頭がぐるぐる回る….
「タケル〜ン、どした〜?おーい?」
「え!?」
我に返ると、目の前に俺の顔をのぞき込んでいるアカネがいた。
「あ、アカネか!?」
「どうした、具合でも悪いのか?なんか急にボーっとしちゃって」
「ああ、すまん。ちょっと考え事してた」
「ふぅん….もしかして、アタイに見惚れてた?」
アカネがニヤリとする。
「!?」
正直否定できないので一瞬言葉に詰まる。
「そ、そんなわけねーだろ!」
「はははっ、冗談、冗談!よしっ!気分直しにデュエット曲でも一緒に歌うか!?」
「おう、いいぞ」
残りの時間はアカネと歌って過ごした。
壁についている時計を見ると、もう終了時間5分前頃だった。
「そろそろ部屋を出た方がよさそうだな」
「そうだな。あのさ、タケルン。今日この後ウチ来ない?」
「え?」
“アカネの家”それを聞くだけで心臓の鼓動がわずかに早くなる。
「もう少しでテストじゃん?このままだとまた赤点取っちゃいそうだから、勉強教えてくれない?」
「ああ….勉強ね」
「ん?今、何か想像してた?」
アカネがニヤっと俺を見る。
「な、何もしてねーよ!さっさと会計済ませるぞ!」
「ははは!タケルン、今日はアタイが払うよ」
アカネが伝票を俺から取り上げた。
「え?どういう風の吹き回しだよ」
「タケルンにはいつも世話になってるしさ。それに今日は迷惑もかけちゃったから、そのお詫びってことで」
「そうか、悪いな。そしたら頼むわ」
「ああ、任かしとけ!」
アカネはこぶしをドンと自分の胸に当てた。
「アオイさーん、すいませーん。会計お願いしまーす!」
アカネがカウンターで大声で呼ぶと、奥からアオイさんが出てきた。
「あら、もう帰っちゃうの?お客さんいないから、ちょっとくらい延長しても良かったのに」
「いやー、実はこの後タケルンと予定があって….」
アカネが内緒話をするような口ぶりで話す。
「えぇ!?これからデート!?」
アオイさんが俺とアカネを交互に見て、“キャー”とはしゃぐ。
「ち、違いますよ!テスト近いから、アカネの家で勉強会するだけですよ!!」
「あら、そうなの。ふふふ….ならそういうことにしておきましょうか」
「変な想像しないでください!」
「はいはい」
なんか適当にあしらわれているようだ。
「それで、今日はアタイが払いますんで」
アカネがドヤ顔を決めながら伝票を出す。
「彼氏にカッコつけたいのね?うふふ、会計は現金かしら?それともカード?」
「あー、今日は財布忘れちゃったんで、アタイの給料から引いておいてもらえますか?」
「あら、そう?そうすると….」
アオイさんが帳簿らしきものを取り出した。
「また引くとなると、アカネちゃんの今月の給料はナシになるわね」
「えぇ!?」
「アカネちゃん、何回もバイトサボっているし、私からもお金借りているでしょう?そのお金を返してもらうことも考えると….これで今月分は丸々ゼロになるわね」
「そ、そんな….じゃあ、実質、今月はタダ働きってことですか?」
「まあ、考えようによってはそうなるわね」
「ガクッ」
アカネががっくりと肩を落とす。
「やっぱり俺が払いますよ。元々俺が遊んでたわけだし」
財布を取り出して料金を払う。
「タケルン〜、ゴメ〜ン!かたじけない!」
アカネが手を合わせて頭を下げる。
今日2度目の光景だ。
「はい、確かにいただきました。あとはお二人で楽しんでいらっしゃ〜い」
「だから、何もありませんってば!」
微笑むアオイさんに別れを告げ、アカネと店を出た。
「お前、結局その恰好のままかよ」
アカネはアロハシャツを着てサングラスを頭にかけ、トラ縞パンをはいたままだ。
二人とも並んで自分の自転車を押して歩いている。
もう外は暗いのでライトは点灯させている。
「え?似合ってないか?」
「そういう問題じゃねえよ!人に見られたらハズいだろ!」
「大丈夫だって!この時間にここら辺通る人、もうそんなにいないから」
「だとしてもだな..」
「もうウチも近いしさ。あっ、そういえばさっき言い忘れてたんだけど….」
アカネが意味ありげに俺を見る。
「今日、親いないんだ」
「…!!」
アカネの目に情熱が宿ったように見えた。
「今日は、またあの夜みたいに..な?」
「あの夜….」
あの夜……….
『はぁ…..はぁ……タケル…!』
『アカネぇ!アカネぇ!』
記憶の底に封じ込めていたあの日の光景がよみがえる。
そうだ、あの日、あれも金曜日だった。
アカネの両親はいない。
俺はアカネの部屋で二人、ベッドの上にいた。
『はぁ…..はぁ……気持ちいいか、タケル?』
『あぁ..気持ちいいよ』
アカネは仰向けの俺の上で体を波打たせるように腰を打ち付けていた。
『きつかったらすぐに言うんだぞ』
『うん….』
アカネは覆いかぶさるようにして俺を強く抱きしめ、ゆっくりと、しかし、深く腰を下ろす。
パチュ….パチュ….
『あっ…あっ…』
腰がぶつかるたびに声が漏れ出てしまう。
汗ばんだ彼女の体は、やはり明かりに照らされ光沢を帯びていた。
大柄で筋肉質だが、表面の肌は弾力があって柔らかい。
そして、なめらかで手触りが良かった。
手のひらと足の裏以外、一切のムラもなく均一に赤いその肌は、芸術品のように美しい。
その完璧な肌が俺の肌と触れ合うたびに、接吻するかのように吸い付いてくる。
俺の体はより大きなアカネの肉体にすっぽりと収まっていた。
俺はひたすら彼女の体にしがみついて、押し寄せる快感に抗おうとしていた。
だが、実際にはされるがまま、完全にアカネに身を任せている。
アカネは俺をいたわるように、あせらず少しずつ快感をもたらしてきた。
彼女の膣は手で撫でさするように、俺の分身を優しく確実に追い詰めていく。
『アカネ!俺….おかしくなりそうだ』
オナニーでは決して感じることのなかった感覚に俺は戸惑っていた。
『はぁ..はぁ..何も怖くないからな。アタイがいるから、なんも怖くないぞ』
しかし、アカネの声を聴くだけで乱れた心はたやすく鎮まる。
パチュ….パチュ….
じっくりと時間をかける快楽の輸送に身も心も浸りきる。
『あっ....あっ….もう..イキそうかも..』
少しでも長くこの時は味わっていたい。
その想いで俺は絶頂がくるのを必死に食い止めようとしていたが、それももう限界になろうとしていた。
『ふぅ…我慢する必要ないぞ。イキたくなったら好きなだけイケばいい。気持ちよくてこらえられなくなったら、アタイの体に力いっぱいしがみつけ』
『ああ…..』
『そぅれ、いくぞ…!ふぅー…!ふぅー…!』
アカネが一段と強く腰を打ち付けてくる。
俺の弱々しい抵抗に最後の一撃を加えようとしている。
パチュン….パチュン….パチュン….パチュン….
はぁ….はぁ….はぁ…..はぁ…..
一定のリズムでぶつかり合う肉の音と二人の呼吸以外、聞こえるものは何もない。
俺とアカネは互いに相手が吐き出した息を吸い込み、そして、またそれを吐き出し続けた。
俺とアカネ以外の全ての物はみんな溶けてしまって、世界に残されているのはここにいる二人だけのように感じられた。
見えるのは、俺だけを一心に見つめるアカネの姿
聞こえるのは、ぶつかり合う肉の音と呼吸音
鼻孔に入るのは、アカネの汗と彼女自身の匂い
舌に感じるのは、少ししょっぱいアカネの汗と肌の味
触れるのは、大きくてあたたかなアカネの体と彼女の吐息
五感に感じるもの全てがアカネで埋め尽くされていた。
それが俺の世界の全てだった。
“アカネはないよな〜”
“あのパンパンな太ももと腕は女子プロレス並みだよな”
友達が歯牙にもかけなかったアカネの肉体に、俺は骨の髄まで溺れきっている。
彼女と俺の心はつながり、二人だけの世界を生み出している。
外界から隔絶されたその世界の中で、俺とアカネはただ互いの存在のみを感じていた。
『あぁ….あぁ……』
俺はもう防ぐことのできない絶頂への期待と、そこへと向かうこのひと時が終わることへの名残惜しさの間で揺れ動いていた。
『あぁ…もう..終わる』
『んぅ…何が終わるんだ?』
『この時が…俺がイッたら終わってしまう..』
『はは..終わるもんか!アタイが何度だって、タケルを気持ちよくさせてやる。だから、安心してイッていいんだ、タケルぅ!』
パチュン!
アカネの言葉とひときわ深い腰の打ち付けに、絶頂を阻む最後の枷は外された。
『アカネぇ!…..あっ!?あああぁぁ!!』
俺はついに果てた。
押し寄せる強烈な快楽に頭が弾け飛ぶ。
ため込んでいた精液が洪水のように尿道を通る。
その精液を一滴残らず放出し、彼女に注ぎこもうと俺の分身が激しく脈動する。
それと同時に、俺の体もいまだ感じたことのない快感に貫かれ、発作を起こしたかのように震える。
『タケル….全部受け止めるぞ!』
アカネは震える俺の体をより力強く抱きしめる。
彼女の膣も俺の欲望を全て受け止めるように包み込む。
『アカネぇぇーー!!』
筋肉で盛り上がった背中に腕を回し、岩のようにどっしりとした腰に足を回し、俺は全力で彼女に抱きついた。
アカネを心の底から求める本能のままに、全身の肌と肌を少しも余すことがないように密着させる。
『タケルぅぅーー!!』
ぎしぃ…ぎしぃ…
一体化した俺とアカネの体が何度か揺れ、やがて絶頂は収まった。
だが、二人の固い抱擁は解かれない。
「はぁ..はぁ..アカネ…..」
息も絶え絶えにアカネを見つめた。
アカネも息を切らし俺を見つめている。
「アカネ….好きだ♥」
「アタイもだ。世界で一番タケルが好きだ♥」
互いの体に顔をうずめる。
アカネの腕の中で全てを出し切った満足感と心地よい倦怠感にしばし浸る。
「んちゅ….ちゅぱ…ん..ちゅぷ..」
アカネに抱かれすっかり安心しきった俺は、赤ん坊のように彼女の豊かな乳房にしゃぶりついていた。
母乳を求める赤ん坊のように夢中で吸い付く。
「ふふ…甘えん坊だな、タケルは」
アカネは愛おしそうに俺の頬をなでた……
「……..」
走馬灯のようにあの夜の光景が流れ終わり、意識が現在に戻る。
俺は、あのとき体験したあまりに強すぎた快楽と、我を失った自分が恐ろしくなり、あの日のことを思い出さないようにしていた。
そして、学校で自分に向けられる目も恐れていた。
アカネと性交したことが明るみになったらどうなるか。
小さな高校だから、噂なんてすぐに広まり、全学生が知ることになるだろう。
そうなったら、あの友達はどんな目で俺を見るのか。
俺はあの体験と引き換えに今までの自分を失ったのだ。
そう思って休日明けにおびえながら学校に行ったが、何も起こらなかった。
友達の様子は変わることがなく、アカネも友達とバカ笑いをしながら話している。
ただ、魔物娘たちの俺への接し方だけは“何か”が違ったような気がした。
その“何か”はわからなかったが、俺の疑心暗鬼な心による勘違いだろうと結論付けた。
あの日のことは、俺とアカネだけが知っている…..
俺はこの秘密を守り続けると誓った。
だが、本当はいつもアカネのことをずっと意識し続けていた….
「…..」
今日、これからまたあの続きが始まる。
ドクッ、ドクッ….
そう思うだけで心臓の鼓動が早まり、呼吸が荒くなる。
「タケル」
まじめな声でアカネが呼んだ。
彼女の方を向く。
アカネが俺の目を見つめ口を開いた。
「アタイと二人きりの時は何も恥ずかしいことはないからな。何も」
「…ああ」
アカネの家はもう目の前だった。
「おーい、タケルー!どっかメシでも食いに行かね?」
いつもつるんでいる友達から誘いを受ける。
「悪い、今日はちょっと用事あるんだ」
「そっか。あっ、もしかして彼女?」
「バカっ!ちげーよ!」
「またまた〜。俺らには内緒で誰かと付き合ってんだろ?みんな噂してるぜ」
このこの〜と肘でつつくジェスチャーをする。
男子共は何かにつけて女関連の話をしたがるから困る。
面倒なこと極まりない。
「だから、そんなんじゃないって!俺、もう行くからな!」
ニヤニヤするそいつを置いて、そそくさと学校を出た。
今年は猛暑で外はうだるような暑さだ。
ここは地方の田舎町で、俺が通っているのは町内に唯一ある高校だ。
この町の若者たちが遊ぶスポットは限られている。
一応、ゲーセンやバッティングセンターなどの娯楽施設もあるが、どれも規模は小さい。
電車一本で隣の都市部にも行けるので、学校帰りにそこまで繰り出す奴も少なくない。
だが、俺がこれから行く場所はそうした所ではない。
学校近くの本屋で立ち読みして、いくらか時間をつぶしてから、自転車で町のはずれの方へ行く。
やがて、いかにも場末の雰囲気がするスナックやバーなどが立ち並ぶ区画にある目的地にたどり着いた。
“鬼ヶ島カラオケ”
看板の文字は色あせしていて、外壁の塗装も所々ハゲている。
ここは町内にある数少ないカラオケ店だが、市街地には他にも全国チェーンの店が何軒かある上に、学校から結構な距離があるここまでわざわざ来る奴はそういない。
周囲に知っている奴がいないか一度確認してから中に入った。
店内に入るとカウンターの中から眼鏡をかけたアオオニの女性が一人出てきた。
「あら、タケル君いらっしゃい」
「こんにちは、アオイさん」
彼女は高校3年の先輩、アオイさんだ。
まさに鬼と聞いてイメージするような、トラ柄の布を胸と腰のみに着けている。
毎度のことながら、アオイさんのナイスボディを前に目のやり場に困る。
「相変わらずイケメン君ねぇ〜」
「からかわないでくださいよ」
「今、アカネ呼ぶからね」
「あ、別に呼ばなくても….」
「アカネちゃーん!タケル君来たわよー!」
「はーい!お、タケルン来たか!」
奥からガタイの大きなアカオニの女子が出てくる。
クラスメイトのアカネだ。
俺を見ると、屈託のない笑顔を見せた。
「ああ、今日お前バイトだから来てやったぞ」
アカネはこの店でバイトしていて、仕事が入った日にはいつも俺に来てくれと頼んでくる。
「そんなこと言って〜、ほんとはアタイのこの姿を拝みに来たんだろ?」
アカネがふざけてモデルの様なポーズをとってみせる。
彼女もアオイさんと同じ露出度の高い格好をしているが、その姿は完全な別物だ。
胸はアオイさんより大きいが、そのかわり腕や太ももは一回り以上太く、身長は俺よりわずかに高い。
一言でいえば体のあらゆるパーツが全てデカい。
俺はあまりアカネの体をはっきり見ないように視線をそらす。
「アオイさん、今日は2時間でお願いします。それと奥の部屋空いてますか?」
「ええ、空いているわよ。12番の部屋でいい?」
「はい、大丈夫です」
「わかったわ。そしたら、これ持って行ってね」
アオイさんから伝票とマイクの入ったカゴを受け取ると、さっさと部屋へ向かった。
「あっ!なんだよー!無視かよー!」
アカネが後ろで叫ぶが、俺は完全スルーで進んでいった。
部屋に入ると、壁の少々おどろおどろしい絵が目に入る。
手書き感満載の鬼ヶ島の鬼たちとそこに向かう桃太郎一行が描かれている。
テーブルとイス、そしてドアもゴツゴツとした岩を想わせる装飾が施されていて、店内の照明はほんのりと赤い。
色々と雰囲気は出そうと頑張っているのは伝わるが、何となく全体的に安っぽい。
(今日も客、全然いないみたいだな….)
部屋へと向かう途中で歌声は全く聞こえなかった。
俺は苦笑いしながら椅子に座り、とりあえずメニューを開いた。
プルルルル、プルルルル,,..
メニューを見ていると、部屋の受話器が鳴った。
ガチャ
受話器を取る。
「はい」
「つうれねぇーな、ハハハン!つうれねぇー..」
ガチャン
アカネの声だったので切った。
椅子に戻り、またメニューを見ることにした。
コンコン、ガチャ
その後、程なくしてノック音と共にドアが開き、アカネがお盆を持って入ってきた。
「ノリ悪いぞ、タケル〜ン。不機嫌なのか?」
アカネが不満そうな表情をしながら、水の入ったグラスとおしぼりをテーブルに置いた。
「別にそんなことねーよ。注文していいか?」
「あいよっ!」
アカネが尻の方からメモ帳を取り出す。
「どこから出してんだよ..」
「へへっ、これもサービスのひとつだよ」
「はいはい、そうですか。えーと、トマトジュースとガーリックライスときびだんご頼むわ」
「んーと..“地獄のマグマ!トマトジュース”と“戦支度だ!ガーリックライス”と“鬼にも食わせろ!きびだんご”ね」
この店の飲食物にはどれもこんな風な長ったらしい謳い文句がついている。
「その長いの必要なのか」
「まあ、店長のこだわりだからな」
「小賀(おが)さんか。今日も来てないのか?」
小賀さんはオーガでここの店長だ。
「ああ、たまにしか来ないな。基本的にアオイさんに任せっぱなしだよ」
「店長なのにほっぽらかしかよ」
「ま、それで何とか成り立ってるんだから、いいじゃんか。で、注文は以上でいいか?」
「ああ」
「それじゃ、ちょっと待っててな」
アカネがメモを手にして部屋を出て行った。
(とりあえず何か歌うか)
一曲目を選び、タブレットから機械に送信する。
チャ〜ララッラ、ラッララ〜〜…..
「僕が〜見つめる〜、景色の〜その中に….」
コンコン、ガチャ
「失礼しまーす」
歌っていると、アカネがお盆に料理を載せて入ってきた。
「持ってきたぞー」
「おう、サンキュー」
「ジュースとライスとだんごね」
料理をテーブルに移していく。
「I Love I Love….」
「……」
アカネは空になったお盆を脇に抱えたまま、俺が歌うのを眺めている。
体を揺らし、時折勝手にハモってくる。
「名前もな〜い夜が、更け〜ていく」
「おぉ〜」パチパチパチパチ
歌い終えるとアカネが感心した様子で拍手した。
「へぇー、前より上手くなってんじゃん?」
「おかげさまでな」
「ビブラートまで利かしちゃってさ〜」
「ま、まあな」
「ふぅ〜ん….」
アカネがテーブルの上のガーリックライスにふと目を向けた。
ホカホカと湯気を出して、出来立てなのがわかる。
「何見てんだ?」
「ちょっと腹減っちゃってさ….」
ぐぅ〜〜
アカネの腹が鳴る。
「お前、まさか..」
「いっただき〜!」
突然、スプーンを手に取りライスを一口食べた。
「おい!なに客のモン食ってんだ!?」
「はふはふ…んぐ。…..ぷはっ、ゴメンゴメン、あんまりウマそうだったからつい」
「本当にやりたい放題だな」
「あははっ!しっかし、やっぱウメーわ!アオイさんの手料理!」
「だろうな」
アオイさんは何でも器用にこなせてしまう人だ。
「ははっ….んぅ?おっ!?」
アカネが何かに気づいて驚いたような素振りを見せる。
「どうした?」
「はぁーはぁー」
口に手をやり、息を吐いている。
「何してんだ?」
「うはっ!?すげっ!一口だけしか食べてないのに、もう息臭せーわ!ほら、嗅いでみ。はぁ〜」
こちらに向かって大きく口を開けて息を吐いてきた。
「バカッ!何でお前のニンニク臭、嗅がなくちゃいけないんだよ!?」
文句を言いつつ、一呼吸だけ嗅いでみた。
「うわっ、臭え!」
「はははっ!じゃ、また来るからなー」
アカネが笑いながら部屋を出ていく。
「もう来るな!」
バタンっ
ドアが閉じた。
トットットットッ…..
「…………」
足音が遠のいていく….。
「………….」
「(………………もう行ったか?)」
耳を澄ませてアカネの足音が完全に聞こえなくなったのを確認する。
「(….よし、もう行ったな)」
「……………スゥー」
一度大きく息を吸う。
まだ残っていたニンニク臭の中に、かすかにアカネの匂いを感じた。
(あぁ….アカネの匂いだ)
「スゥー、ハァー….. スゥー、ハァー」
鼻孔内の匂いが奥まで広がるように、思いっきり吸い込む。
「スゥー、ハァー….. 」
「……..」
匂いを堪能しながら、テーブルの上に無造作に置かれたスプーンに目をやる。
「(……….アイツ、あのスプーン使ってたよな….)」
アカネがライスをつまみ食いする時、確かにスプーンに口が付いていた。
「…….ゴクッ」
俺はスプーンへと手を伸ばした….。
「夏のパッション、ペイ アテンション…」
俺はお気に入りの夏ソングを歌っていた。
「(ん?)」
ドアの外に人影が見える。
アカネだ。
「(アイツどんだけヒマなんだよ..)」
ドアのガラス部分に顔を押し付けてこちらをのぞき込んでいる。
「シッ!シッ!」
手で追い払う仕草をすると、黙って引き返していった。
「(一体なにがしたいんだ..)」
アカネのアホっぷりに困惑したが、気を取り直して歌い続けた。
「Wonderful time…」
もう少しでサビのパートだ。
気分が徐々に盛り上がってくる。
ダッダッダッダッダッダッ!
不意に、廊下から大きな足音が聞こえてきた。
「(….またアイツか?)」
性懲りもなくやってきたかと思っていたら、
バーン!
「イエェーイ!!YO!YO!」
ドアが勢いよく開き、ノリノリのアカネが踊りながら入ってきた。
「うわっ!アカネ!お前、何だその恰好は!?」
ド派手なアロハシャツを着て、サングラスをかけている。
手にはマイクも持っている。
「ヒュー!行くぜぇ!!」
手にしていたマイクをビュンと口元へ向けた。
「常夏のカラオケベイベー!アカオニのアカネだ、ベイベー!
シャイなタケルと朝まで Summer day Oh 好きな食いモン、ワンタン!たっまんねぇな!
Oh Yeah!Oh Yeah!Nyan♥Nyan♥」
「何が“Nyan♥Nyan♥”だよ!ふざけた替え歌、歌いやがって!」
「どうよ、アタイの即興替え歌。なかなかイケてたっしょ?」
アカネが得意げに笑う。
「まあ、即興にしてはな。てか、お前さっきから仕事はしてんのか?」
「それが、お客さんがタケルンしかいないから、もう好きにしてていいってアオイさんから言われてさ」
サングラスを頭にずらしながら、アカネが話す。
「大丈夫かよ、この店….。それで、その派手なアロハとグラサンはどうしたんだ?」
「ああ、これ?アオイさんからもらったモンだよ」
「え!?アオイさんの!?あの人、そんなの持ってるのか!?」
「あれ、知らなかった?普段はよく派手な柄モノばっか着てるよ」
「マジかよ….」
アオイさんに抱いていた洗練された大人のイメージが崩れていく。
「あっ、そうだ!今日はタケルンが来るから、いいモン用意してんだ!ちょっと待ってて!」
アカネが走って出ていく。
「(あいつの“いいモン”って大体ろくなものじゃないよな)」
過去の経験上、全く期待できない。
というより、いやな予感しかしない。
「お待たせー!」
アカネが学校の体育用カバンを手にして戻ってきた。
カバンをテーブルの方へ持っていく。
「う..結構重いな。ちょっと入れすぎたかな。おらっ!」
ゴン
カバンを置くと、何か硬い物が当たったような音がした。
「何入ってんだ?」
「へへへ〜、さて何でしょ〜?」
アカネが笑いながらファスナーを開いた。
俺は中を覗き込んだ。
「あっ!お前、これって…..」
「そう!お酒でーす!!家からかっぱらってきちゃった!」
中には缶ビールや缶酎ハイなどがぎっしりと詰められていた。
「いやいや、俺たちまだ未成年だろ!」
「大丈夫だって!ほかに誰もお客さんいないし、バレやしないって!」
「学校に知られたら大問題だぞ!」
「もーう、心配性だなぁ、タケルンは。ま、ま、一杯やっちゃおう!」
アカネが缶ビールを取り出し、俺と自分の方に1本ずつ置いた。
「ったく……ん?….なっ!!?」
ふとドアの方を見ると、俺はある恐ろしい存在に気づいてしまった。
「それじゃ、かんぱ..」
「おい!アカネ!!」
「ん?ビールより酎ハイの方がよかった?サワー系もあるよ」
「バカッ!ドア見ろ、ドア!」
「うん?….ハッ!?」
アカネがドアの方を見たままフリーズした。
そこにはアオイさんが立っていた。
無表情で据わった眼を俺たちに向けている。
無言だが凄まじい圧力を感じる。
俺は本当の鬼ヶ島に来た桃太郎の気分になっていた。
冷や汗が背中をゆっくりとつたう。
アオイさんは微動だにせず、俺たちをにらみ続けている。
「「「………..」」」
時が止まったかのように、3人とも無言のまま動きを止めていた。
地獄の時間がどれほど過ぎたことだろう。
アカネがおもむろに缶ビールを戻し始めたことにより時は動き始めた。
テーブルに出していた2本をカバンに入れ、静かにファスナーを閉め床に下ろすと、アカネは背筋をピンと伸ばした。
俺も真似して背筋を伸ばす。
それを見届けると、アオイさんは一言も喋らないまま去っていった。
「…….」
アオイさんが見えなくなった後も、俺とアカネはしばらく黙っていた。
「……ぷはぁ!」
やがて我慢できなくなったかのか、アカネが息継ぎするように大きく息を吸い込んだ。
「あぁー、死ぬかと思った!」
「ホントだよ!アオイさん、めちゃくちゃ怖かったな」
「ああ、先輩の中でも怒ると一番おっかねえんだ」
「やっぱ、鬼って伊達じゃないな。お前が酒なんか持ち込んだおかげで、とんだとばっちりだよ!」
「悪かったよ〜、ゴメス!!」
「少しは反省しろよ」
「ああ、本当に悪かった!この通りだ!」
アカネが手を合わせて頭を下げる。
「もういいよ。まあ、俺ももっとちゃんと止めるべきだったしな」
お調子者のアカネを止めるのが俺の役割だ。
彼女だけを責めることはできない。
「いや〜、緊張したら汗びっしょりかいちまった。あちぃ〜」
アカネが椅子にもたれかかり、股を広げて腰の布をつまんでパタパタする。
「お前は恥じらいというものがないのか..」
呆れながらもアカネの太ももに目が留まる。
「……」
アカネが布をめくりあげたので、股のきわどい部分まであらわになる。
汗が照明に照らされてテラテラとあやしく光る。
太ももの凹凸に合わせて模様のようになっている白い筋と、赤い肌のコントラストに俺は目を奪われた。
『魔物娘ってみんなかわいいけどさ….』
不意に学校での友達との会話が頭の中で聞こえてくる….
『でも、アカネはないよな〜。あのガタイは抱く気にはならねえな』
『ああ、制服のスカートがあんなに似合わねえ奴もいないな。あのパンパンな太ももと腕は女子プロレス並みだよな』
友達二人がアカネの方をちらっと見ながら話している。
アカネは何も知らず、女友達と無邪気に雑談を楽しんでいる。
俺は気まずくてしょうがない。
『そういや、タケルってどんな子が好みなんだ?』
『それ俺も興味ある!タケルって全然こういうトークに参加してこないよな』
友達二人が興味ありげに俺を見る。
『俺か?俺は..別に性格いい子だったら誰でも…』
何と答えたらいいかわからず、適当にはぐらかす
『ふ〜ん、見た目とかそんなに気にしない感じ?』
『ああ…..そこまで見た目は...いいかな』
『そっか〜』
友達は今一つ納得いっていない様子だ。
『でも、それだったら誰かと付き合ってても良くね?』
『だよな。タケルくらい見た目良くて、勉強もスポーツも出来るんだったら絶対モテてるはずだよな。魔物娘の方から告られたりしないの?』
『いや、してないよ』
『何でタケルを放っておくんだろう…..。なあ、本当はもう彼女いるんじゃないの?』
『それとも女の子に興味ないの?….もしかしてゲイ?』
友達が畳みかけてくる。
『いや、ゲイじゃねーよ!色々かわいい子が多すぎて、どの子か決められないだけだよ!』
『そうなのか〜。じゃあさ、練習でアカネに告ってみるのはどう?』
『何でそうなるんだよ!?』
話が急に変な方向にいき始めた。
『それいいな。アカネだったら緊張もしないしな。つーか、アカネってタケルの幼馴染なんだっけ?』
『まあ..そうだな』
アカネとは幼稚園からの腐れ縁だ。
『だったら、なおさらやりやすいじゃん!やってみろよ!』
『いやいや、さすがにアカネに悪いだろ』
『アイツだったら謝りゃ許してくれるだろ』
アカネの方を見る。
スカートの下から見える足が一瞬目に映る。
『軽―い気持ちでやって、その後すぐ“冗談だ、ゴメン”って言えば大丈夫だって!』
(やばい….どうしよう…..)
この場をどう切り抜けようか俺の頭がぐるぐる回る….
「タケル〜ン、どした〜?おーい?」
「え!?」
我に返ると、目の前に俺の顔をのぞき込んでいるアカネがいた。
「あ、アカネか!?」
「どうした、具合でも悪いのか?なんか急にボーっとしちゃって」
「ああ、すまん。ちょっと考え事してた」
「ふぅん….もしかして、アタイに見惚れてた?」
アカネがニヤリとする。
「!?」
正直否定できないので一瞬言葉に詰まる。
「そ、そんなわけねーだろ!」
「はははっ、冗談、冗談!よしっ!気分直しにデュエット曲でも一緒に歌うか!?」
「おう、いいぞ」
残りの時間はアカネと歌って過ごした。
壁についている時計を見ると、もう終了時間5分前頃だった。
「そろそろ部屋を出た方がよさそうだな」
「そうだな。あのさ、タケルン。今日この後ウチ来ない?」
「え?」
“アカネの家”それを聞くだけで心臓の鼓動がわずかに早くなる。
「もう少しでテストじゃん?このままだとまた赤点取っちゃいそうだから、勉強教えてくれない?」
「ああ….勉強ね」
「ん?今、何か想像してた?」
アカネがニヤっと俺を見る。
「な、何もしてねーよ!さっさと会計済ませるぞ!」
「ははは!タケルン、今日はアタイが払うよ」
アカネが伝票を俺から取り上げた。
「え?どういう風の吹き回しだよ」
「タケルンにはいつも世話になってるしさ。それに今日は迷惑もかけちゃったから、そのお詫びってことで」
「そうか、悪いな。そしたら頼むわ」
「ああ、任かしとけ!」
アカネはこぶしをドンと自分の胸に当てた。
「アオイさーん、すいませーん。会計お願いしまーす!」
アカネがカウンターで大声で呼ぶと、奥からアオイさんが出てきた。
「あら、もう帰っちゃうの?お客さんいないから、ちょっとくらい延長しても良かったのに」
「いやー、実はこの後タケルンと予定があって….」
アカネが内緒話をするような口ぶりで話す。
「えぇ!?これからデート!?」
アオイさんが俺とアカネを交互に見て、“キャー”とはしゃぐ。
「ち、違いますよ!テスト近いから、アカネの家で勉強会するだけですよ!!」
「あら、そうなの。ふふふ….ならそういうことにしておきましょうか」
「変な想像しないでください!」
「はいはい」
なんか適当にあしらわれているようだ。
「それで、今日はアタイが払いますんで」
アカネがドヤ顔を決めながら伝票を出す。
「彼氏にカッコつけたいのね?うふふ、会計は現金かしら?それともカード?」
「あー、今日は財布忘れちゃったんで、アタイの給料から引いておいてもらえますか?」
「あら、そう?そうすると….」
アオイさんが帳簿らしきものを取り出した。
「また引くとなると、アカネちゃんの今月の給料はナシになるわね」
「えぇ!?」
「アカネちゃん、何回もバイトサボっているし、私からもお金借りているでしょう?そのお金を返してもらうことも考えると….これで今月分は丸々ゼロになるわね」
「そ、そんな….じゃあ、実質、今月はタダ働きってことですか?」
「まあ、考えようによってはそうなるわね」
「ガクッ」
アカネががっくりと肩を落とす。
「やっぱり俺が払いますよ。元々俺が遊んでたわけだし」
財布を取り出して料金を払う。
「タケルン〜、ゴメ〜ン!かたじけない!」
アカネが手を合わせて頭を下げる。
今日2度目の光景だ。
「はい、確かにいただきました。あとはお二人で楽しんでいらっしゃ〜い」
「だから、何もありませんってば!」
微笑むアオイさんに別れを告げ、アカネと店を出た。
「お前、結局その恰好のままかよ」
アカネはアロハシャツを着てサングラスを頭にかけ、トラ縞パンをはいたままだ。
二人とも並んで自分の自転車を押して歩いている。
もう外は暗いのでライトは点灯させている。
「え?似合ってないか?」
「そういう問題じゃねえよ!人に見られたらハズいだろ!」
「大丈夫だって!この時間にここら辺通る人、もうそんなにいないから」
「だとしてもだな..」
「もうウチも近いしさ。あっ、そういえばさっき言い忘れてたんだけど….」
アカネが意味ありげに俺を見る。
「今日、親いないんだ」
「…!!」
アカネの目に情熱が宿ったように見えた。
「今日は、またあの夜みたいに..な?」
「あの夜….」
あの夜……….
『はぁ…..はぁ……タケル…!』
『アカネぇ!アカネぇ!』
記憶の底に封じ込めていたあの日の光景がよみがえる。
そうだ、あの日、あれも金曜日だった。
アカネの両親はいない。
俺はアカネの部屋で二人、ベッドの上にいた。
『はぁ…..はぁ……気持ちいいか、タケル?』
『あぁ..気持ちいいよ』
アカネは仰向けの俺の上で体を波打たせるように腰を打ち付けていた。
『きつかったらすぐに言うんだぞ』
『うん….』
アカネは覆いかぶさるようにして俺を強く抱きしめ、ゆっくりと、しかし、深く腰を下ろす。
パチュ….パチュ….
『あっ…あっ…』
腰がぶつかるたびに声が漏れ出てしまう。
汗ばんだ彼女の体は、やはり明かりに照らされ光沢を帯びていた。
大柄で筋肉質だが、表面の肌は弾力があって柔らかい。
そして、なめらかで手触りが良かった。
手のひらと足の裏以外、一切のムラもなく均一に赤いその肌は、芸術品のように美しい。
その完璧な肌が俺の肌と触れ合うたびに、接吻するかのように吸い付いてくる。
俺の体はより大きなアカネの肉体にすっぽりと収まっていた。
俺はひたすら彼女の体にしがみついて、押し寄せる快感に抗おうとしていた。
だが、実際にはされるがまま、完全にアカネに身を任せている。
アカネは俺をいたわるように、あせらず少しずつ快感をもたらしてきた。
彼女の膣は手で撫でさするように、俺の分身を優しく確実に追い詰めていく。
『アカネ!俺….おかしくなりそうだ』
オナニーでは決して感じることのなかった感覚に俺は戸惑っていた。
『はぁ..はぁ..何も怖くないからな。アタイがいるから、なんも怖くないぞ』
しかし、アカネの声を聴くだけで乱れた心はたやすく鎮まる。
パチュ….パチュ….
じっくりと時間をかける快楽の輸送に身も心も浸りきる。
『あっ....あっ….もう..イキそうかも..』
少しでも長くこの時は味わっていたい。
その想いで俺は絶頂がくるのを必死に食い止めようとしていたが、それももう限界になろうとしていた。
『ふぅ…我慢する必要ないぞ。イキたくなったら好きなだけイケばいい。気持ちよくてこらえられなくなったら、アタイの体に力いっぱいしがみつけ』
『ああ…..』
『そぅれ、いくぞ…!ふぅー…!ふぅー…!』
アカネが一段と強く腰を打ち付けてくる。
俺の弱々しい抵抗に最後の一撃を加えようとしている。
パチュン….パチュン….パチュン….パチュン….
はぁ….はぁ….はぁ…..はぁ…..
一定のリズムでぶつかり合う肉の音と二人の呼吸以外、聞こえるものは何もない。
俺とアカネは互いに相手が吐き出した息を吸い込み、そして、またそれを吐き出し続けた。
俺とアカネ以外の全ての物はみんな溶けてしまって、世界に残されているのはここにいる二人だけのように感じられた。
見えるのは、俺だけを一心に見つめるアカネの姿
聞こえるのは、ぶつかり合う肉の音と呼吸音
鼻孔に入るのは、アカネの汗と彼女自身の匂い
舌に感じるのは、少ししょっぱいアカネの汗と肌の味
触れるのは、大きくてあたたかなアカネの体と彼女の吐息
五感に感じるもの全てがアカネで埋め尽くされていた。
それが俺の世界の全てだった。
“アカネはないよな〜”
“あのパンパンな太ももと腕は女子プロレス並みだよな”
友達が歯牙にもかけなかったアカネの肉体に、俺は骨の髄まで溺れきっている。
彼女と俺の心はつながり、二人だけの世界を生み出している。
外界から隔絶されたその世界の中で、俺とアカネはただ互いの存在のみを感じていた。
『あぁ….あぁ……』
俺はもう防ぐことのできない絶頂への期待と、そこへと向かうこのひと時が終わることへの名残惜しさの間で揺れ動いていた。
『あぁ…もう..終わる』
『んぅ…何が終わるんだ?』
『この時が…俺がイッたら終わってしまう..』
『はは..終わるもんか!アタイが何度だって、タケルを気持ちよくさせてやる。だから、安心してイッていいんだ、タケルぅ!』
パチュン!
アカネの言葉とひときわ深い腰の打ち付けに、絶頂を阻む最後の枷は外された。
『アカネぇ!…..あっ!?あああぁぁ!!』
俺はついに果てた。
押し寄せる強烈な快楽に頭が弾け飛ぶ。
ため込んでいた精液が洪水のように尿道を通る。
その精液を一滴残らず放出し、彼女に注ぎこもうと俺の分身が激しく脈動する。
それと同時に、俺の体もいまだ感じたことのない快感に貫かれ、発作を起こしたかのように震える。
『タケル….全部受け止めるぞ!』
アカネは震える俺の体をより力強く抱きしめる。
彼女の膣も俺の欲望を全て受け止めるように包み込む。
『アカネぇぇーー!!』
筋肉で盛り上がった背中に腕を回し、岩のようにどっしりとした腰に足を回し、俺は全力で彼女に抱きついた。
アカネを心の底から求める本能のままに、全身の肌と肌を少しも余すことがないように密着させる。
『タケルぅぅーー!!』
ぎしぃ…ぎしぃ…
一体化した俺とアカネの体が何度か揺れ、やがて絶頂は収まった。
だが、二人の固い抱擁は解かれない。
「はぁ..はぁ..アカネ…..」
息も絶え絶えにアカネを見つめた。
アカネも息を切らし俺を見つめている。
「アカネ….好きだ♥」
「アタイもだ。世界で一番タケルが好きだ♥」
互いの体に顔をうずめる。
アカネの腕の中で全てを出し切った満足感と心地よい倦怠感にしばし浸る。
「んちゅ….ちゅぱ…ん..ちゅぷ..」
アカネに抱かれすっかり安心しきった俺は、赤ん坊のように彼女の豊かな乳房にしゃぶりついていた。
母乳を求める赤ん坊のように夢中で吸い付く。
「ふふ…甘えん坊だな、タケルは」
アカネは愛おしそうに俺の頬をなでた……
「……..」
走馬灯のようにあの夜の光景が流れ終わり、意識が現在に戻る。
俺は、あのとき体験したあまりに強すぎた快楽と、我を失った自分が恐ろしくなり、あの日のことを思い出さないようにしていた。
そして、学校で自分に向けられる目も恐れていた。
アカネと性交したことが明るみになったらどうなるか。
小さな高校だから、噂なんてすぐに広まり、全学生が知ることになるだろう。
そうなったら、あの友達はどんな目で俺を見るのか。
俺はあの体験と引き換えに今までの自分を失ったのだ。
そう思って休日明けにおびえながら学校に行ったが、何も起こらなかった。
友達の様子は変わることがなく、アカネも友達とバカ笑いをしながら話している。
ただ、魔物娘たちの俺への接し方だけは“何か”が違ったような気がした。
その“何か”はわからなかったが、俺の疑心暗鬼な心による勘違いだろうと結論付けた。
あの日のことは、俺とアカネだけが知っている…..
俺はこの秘密を守り続けると誓った。
だが、本当はいつもアカネのことをずっと意識し続けていた….
「…..」
今日、これからまたあの続きが始まる。
ドクッ、ドクッ….
そう思うだけで心臓の鼓動が早まり、呼吸が荒くなる。
「タケル」
まじめな声でアカネが呼んだ。
彼女の方を向く。
アカネが俺の目を見つめ口を開いた。
「アタイと二人きりの時は何も恥ずかしいことはないからな。何も」
「…ああ」
アカネの家はもう目の前だった。
20/10/09 20:22更新 / 犬派