暗く白き狂宴の森
秋、日の出より3時間。
普段は閑散としている、最寄りの村より十数kmほど離れたその街道は、今日に限っては盛り時の酒場のように喧しかった。
ガヤガヤと口やかましく喋りながらその街道をゆくのは、数百からなる武装した人間の一団。ある者は鞘に長剣を吊るし、またある者は槍を持ち、杖を抱えるものがいれば、まったくの無手でタバコを吹かせている者までいる混成部隊。
彼らのつける革鎧にはモル=カント聖王国に所属していることを表す印章が焼き付けられており、そして掲げられる旗から彼らが聖王国に雇われた傭兵であることが分かる。掲げられる旗は複数あり、その文様はそれぞれで異なっていた。
それはつまり、彼らが一塊の傭兵団ではなく、幾つもの傭兵団を集めて作られた部隊であることを示していた。そのためか、軍としての規律は・・・・世辞にも良いとは言えないことは、先の「喧しい」という表現からも分かってほしい。
「しっかし、辺境調査・・・・だっけか?
そんだけにこんな大部隊用意するたあ、ま、王国様はまた随分とお金持ちであらせられますなあ」
「ぼやくなよ。たったそんだけで、一人頭銀貨5枚だ。
とっとと終わらせて、美味い飯でもたらふく食おうや」
「酒〜」
「そんだけありゃあ足りるだろ」
「女!」
「そこらの魔物でも見つけて、ふん縛っとけ。あとでマワす」
「おいおい、この人数の相手させんのか? 順番待ちで日が暮れるぜ・・・・」
「なら、もう一匹捕まえりゃあいいだろ」
「・・・・おう、なるほど。頭いいなお前」
「手前がバカなんだろう」「んだとテメェ!?」
などと、戯言を言ってはガハハと粗野な笑い声が各所で上がる。
そんな、まあ、言ってしまえばありふれた傭兵の集団だった。
だがそこは流石に幾つもの戦場を渡ってきた者達。街のチンピラとも変わりないような言葉を交わしながら、それでいて行軍速度をまるで落とさず、辺りに気を巡らせている様子も見せている。
もしここで魔王軍の斥候隊と衝突したとしても、彼らはその本分をしっかりと果たすことだろう。彼らのこの態度は、不真面目ではあるが、確かな経験と実力に裏打ちされた余裕の上に成り立っているものでもあった。
そんな集団にあって、彼らの会話にも参加せず黙々と道を行く者がいた。列の最後尾、隊の殿を務める男だ。漆黒のコートに身を包んだ、黒髪黒瞳の男。
顔の下半分を覆う、夜の海のような深青色のスカーフによって表情は隠されており、年齢も正確な判断はつかない。外気に晒されている双眸も、まるで人形のように無感動な物だった。
若く見えるが、同時に壮年のような雰囲気を醸し出してもいる。
しかしそれらを差し置き、何よりも眼を引くのは、彼がその背に負っている得物であろう。
決して低くはない彼の背よりも、尚大きい、一振りの大剣。黒く重厚なソレは、一目して鉄であると知れる。
それは剣の形こそしているが、おおよそ刀剣としての用を成すとは思えない、『鉄塊』とでも呼ぶべき代物だった。
黒髪黒瞳。無感情な瞳。そして巨大な黒い剣。まるで死神を連想させるような黒ずくめの男。
彼はただの一言も発さず、その暗い目で周囲を見渡しながら、口喧しく進軍する荒くれどもの後ろを歩いて行く。
―――この物語に、主人公と呼べるものがいるのなら、それはきっとこの男の事なのだろう
XXX XXX XXX XXX XXX XXX
・・・・街道は少しずつ細くなり、今や馬車がすれ違うことが不可能なほどに道幅は狭い。その些か街道と呼ぶには頼りないその道の向こう、深い森が広がっていた。モル=カント国の「国境」に程近い位置に鬱蒼と広がるこの森が、彼ら傭兵たちに下された「辺境調査」の目的地だった。
傭兵の一人がやれやれと声を上げる。
「ああ、着いた着いた。さっさと終わらして酒飲みてぇ・・・・って、なんだ?」
男達が森に足を踏み入れた瞬間、急激に視界が悪化した。
森の内部は深い霧に包まれたように白く煙っており、数メートル先すらも見通せない。
森に入った瞬間より、まるで泥の海に沈んでいるかのような、酩酊してみる夢の様な、そんな不確かな視界となったのだ。
「なんだこりゃ・・・・朝霧か?」
「んな馬鹿な、今何時だと思ってるんだ」
「じゃあなんだって・・・・」
そう言った男の顔が、みるみる青ざめていく。
「全員、何かで口ぃ塞げ! この霧、全部マタンゴの胞子だ!!」
あらん限りの声量で放たれた叫び。しかし、残念ながら何もかもが手遅れだったようだ。
薄暗い森に漂う、明らかに水滴とは違う何か・・・・マタンゴの毒胞子。叫んだ直後、ソレは森の奥からさらに溢れ出た。まるで小麦粉を詰めた袋を爆散させたような、そんな一寸先すら見えないほどの霧――超高濃度のマタンゴの胞子だ。
彼らは既に、後戻りできないほどの量を吸い込んでしまった。
胞子の誘うまま、理性を失っていく傭兵たち。
少量ならば遅行性の胞子の毒素・・・・それが被害を広げる要因でもあるが、この場ではその例に漏れるようだ。あまりに高濃度の胞子は、一瞬にして彼等の理性を奪い去ってしまった。
その目は皆一様に虚ろで、「事」の妨げになるであろう衣類など誰もが脱ぎ捨ててしまっている。
ガランガランと鉄の武具が捨てられていく音を背後に、男達は胞子の主たるマタンゴを求め、さ迷う。その様子は、亡霊のそれと変わりない。・・・・もっとも、ギンギンに腰のモノを勃てた亡霊など、元気なことにも程があろうが。
マタンゴ達もまた、一刻も早く精を貪りたいと胞子をバラマク。
それに導かれるように男たちは歩みの方向を変え、その足取りを確固とした物へと換えていく。
そして最初にその欲望の渇きを満たすことに成功したのは、これはマタンゴの胞子だと叫んだ男であった。とっさに叫ぶ際に大きく息を吸い過ぎたのだろう、毒の回りも歩き出していったのも、彼が誰よりも早かった。
毒に侵された血走った目で、大きな木の影に、菌糸で木と結び付いていたマタンゴを見つける。
その顔は、ゾンビのような足取りの男たちと比べてすら締まりのない、情欲の熱に溶けきった女の顔をしていた。彼女の秘所は・・・・既に見るまでもない。前準備の必要など無かった。
入口に当てがい、秘裂を数度撫でつけ、そのまま彼女の内へと。鎚を下ろすような勢いで腰を叩き付ける。
断続的な肉の弾ける音、すぐに入り混じる淫らな水音。互いに待ち望んだ、極上の悦楽。そして男たち以上に待っていたであろう彼女は、その両の手を男の背へと回す。その手は白い糸を引き、その強い粘着力で男の身体を彼女に縫いつける。
――アあ、コレでもウ逃げラレなイよ
おら、イっちまえ!
聞こえた声に対する答えは、ただシンプルに快楽を望むもの。会話になどなっていない。
だが、彼女らにはそれで十分だ。満足そうに目を細めて、自らもまた快楽を貪るために腰を捻るように振っていく。
肉杭が叩き付けられる度に、グチュヌチュと粘性の高い水音が滴る。淫音の元はここばかりでは無い。既にそこかしこで同じ様に情欲の打音が引き鳴らされていた。
マタンゴの秘所には独特の粘性が有る。魔物としての体質的名器に加え、彼女等の持つ粘性の高い菌糸は膣壁にも現れている。肉襞の一枚一枚が、まさしく肉棒に絡み付いて絞りとらんとするのだ。
その人外の悦楽はほんの二十秒とすら経たぬ内に彼女らの結合部から白濁した精液をしたたらせるに至っていた。泡を立てながら内腿を伝い落ちる粘液を、しかし意にも介さず、一度は果てたであろう男の動きはなんの変わりもない。
彼女もまだ満足には程遠いようだ。細かな絶頂に身を震わせながら、より淫らな腰使いで男を責め立てる。
欲望の宴が始まった。
見れば、ここは正しくマタンゴの森・・・・辺りに見える木という木にはマタンゴがセットになっている。
男達は我先と群がり、その努張を彼女等の膣へと収めていく。
収めては精を吐き出し、その頃には背に回された腕で拘束されている。
マタンゴ達は一際大きく声を上げ、絶頂すると同時にボフンと胞子が吐き出される。
白霧は濃度を上げていく・・・・
さて、更に一つ茂みを越えた先で、少しだけ他とは毛色の違うマタンゴ達がいた。既に衣類も何もかなぐり捨てて分かりもしないが、彼女らは夫婦の行商人だった。
彼らは、傭兵たちが来るそのずっと昔から睦事を続けている。
そもそも、この森がマタンゴに覆いつくされようとしている原因は彼女らにあった。魔術の触媒だと言われて運んでいた積荷の一つが、密閉容器に入れられたマタンゴの切れ端だったのだ。
それを手違いで開いてしまい、今のこの有様が形作られたという次第。この森にいるマタンゴ達は皆、彼らの娘なのである。
そんな事は別として、今も彼らは愛しあい続けている。
互いにしっかりと抱き合い、舌をすすり合うかのようなディープキス。
腰使いは背後の傭兵たちのような荒々しいものではなく、絡みつきながらどこまでも高みへ向かうようなネットリとしたラブセックス。
既に言葉もない。息が続かなくなって視界が薄ぼんやりと揺らいだところで、止める気にすらなりもしない。互いに一匹の獣となって快楽を求め合う『魔物』の姿がそこにあった。
だが、そんな事情を果たして傭兵たちが知っていようか?
当然、答えは否である。
「てめぇバッカ楽しんでんじゃねぇぞ! …ッラァ!!」
傭兵の誰かが怒号を放った。瞬間、ブシァッ!っと音を立て、白霧が血煙へと姿を変えた。
漂う胞子が血液を吸い、鮮やかな色彩変化を遂げて重力に従って落ちる。
対面立位のままマタンゴと交わっていた男は、背に回されたマタンゴの腕ごと切り裂かれ、ヒラキにされてしまった。
返り血に染まった自身の武具を乱暴に投げ捨てて、一刀両断に屠った男に取って代わる襲撃者。
その光景の理解が及ぶよりも先に、彼女は男に犯された。叫ぶ口すら塞がれる。それも、また別の男によって。
他の各所でも同じ様な事がされているのか、白い視界の中で次々と赤い花が開いていく。
傭兵たちの数が多すぎるのだ。マタンゴ一人に対して、膣の他に口や胸、尻などと何人もの男が代わる代わる別の場所を犯しているが、それでもなお飽和している。
そもそも、元々からして荒くれ者で、それも理性を失うほど性を渇望する男たちにとってすれば、その「順番待ち」すらも待っていられる物ではない。
「死ねぉら!」
「犯させろ!!」
「俺が先だ!!!」
「コイツは俺んだ!」
男たちのうち早く快楽を得ようと引き裂くように服を脱いだ者・・・・武器を手放した者達は後悔していた。
ああ、自分たちもああやって横入りすれば良かったな、と。
だが、そんな後悔などしているだけ無駄だったとすぐにさとる。彼らの一人が辺りにある適当な石を得物にまた血花を一つ咲かせたのだ。
これはいい、と次々に順番待ちの男たちが武器を手に取っていく。
「んぅ…あっは♪ 誰でも良いよぅ・・・・だから早くぅ!
まだ満足出来ないのぉ…」
そう潤んだ声で叫んだのは、娘のマタンゴのうちの一人。母と違ってまだ愛というものを知らない彼女にとってすれば、そんな物だろう。
彼女の声と共に、ボフンとまた多量の胞子が放たれる。それを吸い込んだ傭兵たちはハッとした。「こんな事をしている場合ではない、早く彼女らを犯してやらねば」と。
そしてまた各所で肉を打つ音と、淫らな水音とが奏でられていく。
「ギアッ!?」
そんな中、どこかで男の叫びが聞こえた。
また誰かが入れ代わったのだろうか?
「キャアァァ!」
直後にまた悲鳴。
・・・・これは女の声だ。
新たに宙に咲く花。
再び悲鳴。また男と女の一対。
「吹き荒れよ炎、ファイアストーム!」
よく通る声が響いた。それと共にゴウ、と爆炎が巻き起こる。
その高熱の爆風が吹く中心に立つのは、一振りの剣を掲げる若い男。まるで彼の周りだけが別の空間であるかのように、彼を中心とした数メートル四方は何事も無かったかのように凪いでいる。
彼の放った魔術によって引き起こされた熱風は、木々を、胞子を、そしてマタンゴ達を焼き殺す。
起こる爆炎は一つではない。
彼が見慣れぬ言葉で何かを口走る度に、次々と魔術が発動し、マタンゴの天敵とも言える炎の風が辺りを吹き払う。
「ぎャ!」
「ヒァッ!」
「ぐあぁ!?」
炎の届かぬ霧の中から、断末魔が上がっていく。次々と、次々と・・・・まるで死が風となって吹き抜けていくように。
白い霧の失楽園を切り破り、死屍累々の地獄を作るのは一人の男。きつく巻かれたスカーフから、その表情を伺えない。
それはあの、黒コートの奇妙な傭兵だった。手にした規格外に巨大な剣をもって、ただ黙々と死体を生み出していくその姿・・・・まるで古き時代の魔物を見ているかのような錯覚に陥る。
自身の体躯を大きく上回る大きさのプレートソード。巨大な刀身とその質量は、刀剣よりも鈍器といった方が似合っている。だが彼の扱うそれは、確かに刀剣だった。
総重量が何十キロに及ぶかも分からないソレを軽々と持ち上げ、羽でも扱うかのように振り回す。その速度が生みだす遠心力は、肉欲の獣と化した者達をことごとく両断していった。
赤い花はもう咲かない。
炎に包まれ、胞子が焼き落とされ、既に霧は晴れている。
胴薙ぎに両断された死体は黒々と炭と消え、欲望の宴は終焉を迎えていた。
剣を鞘に収め、魔術師の男がもう一人に声をかける。
「無事なのは、僕とあんただけかな?」
「そのようだ」
答えたのは、傭兵達の最後を歩んでいたあの男。
炭化した切り株に座り、傍らに血の付いた剣を突き刺している。
「そういやアンタ、よく無事だったな?」
「砂漠の民が砂嵐の中でも肺を患わぬようにと作られた防塵布だ。
それに、魔術文字が刺繍されてある。マタンゴの胞子程度なら、問題無く遮断できるそうだ」
自身の口を覆うスカーフを指し示して彼が答える。
「へ〜、便利なもんがあるもんだ。
ちなみに、僕の方も魔法だよ。なんかあの霧、よくないモノっぽかったから魔術で壁を作ったんだけど・・・・他の人に伝える前にドーンってね。
そうだ、名前を聞かせてくれないか? 僕はハールリア。ハールリア・クドゥンだ」
「・・・・フェムノス・ルーブ」
フェムノスは、ぶっきらぼうに答え、ハールリアに手を差し出す。
一瞬なにかと思ったハールリアだが、すぐに握手を求めていることに気付き、その手を取った。
XXX XXX XXX XXX XXX
これが彼ら二人の出会い。
そして物語は始まります。
カラカラと、糸紡ぎが回るように・・・・
普段は閑散としている、最寄りの村より十数kmほど離れたその街道は、今日に限っては盛り時の酒場のように喧しかった。
ガヤガヤと口やかましく喋りながらその街道をゆくのは、数百からなる武装した人間の一団。ある者は鞘に長剣を吊るし、またある者は槍を持ち、杖を抱えるものがいれば、まったくの無手でタバコを吹かせている者までいる混成部隊。
彼らのつける革鎧にはモル=カント聖王国に所属していることを表す印章が焼き付けられており、そして掲げられる旗から彼らが聖王国に雇われた傭兵であることが分かる。掲げられる旗は複数あり、その文様はそれぞれで異なっていた。
それはつまり、彼らが一塊の傭兵団ではなく、幾つもの傭兵団を集めて作られた部隊であることを示していた。そのためか、軍としての規律は・・・・世辞にも良いとは言えないことは、先の「喧しい」という表現からも分かってほしい。
「しっかし、辺境調査・・・・だっけか?
そんだけにこんな大部隊用意するたあ、ま、王国様はまた随分とお金持ちであらせられますなあ」
「ぼやくなよ。たったそんだけで、一人頭銀貨5枚だ。
とっとと終わらせて、美味い飯でもたらふく食おうや」
「酒〜」
「そんだけありゃあ足りるだろ」
「女!」
「そこらの魔物でも見つけて、ふん縛っとけ。あとでマワす」
「おいおい、この人数の相手させんのか? 順番待ちで日が暮れるぜ・・・・」
「なら、もう一匹捕まえりゃあいいだろ」
「・・・・おう、なるほど。頭いいなお前」
「手前がバカなんだろう」「んだとテメェ!?」
などと、戯言を言ってはガハハと粗野な笑い声が各所で上がる。
そんな、まあ、言ってしまえばありふれた傭兵の集団だった。
だがそこは流石に幾つもの戦場を渡ってきた者達。街のチンピラとも変わりないような言葉を交わしながら、それでいて行軍速度をまるで落とさず、辺りに気を巡らせている様子も見せている。
もしここで魔王軍の斥候隊と衝突したとしても、彼らはその本分をしっかりと果たすことだろう。彼らのこの態度は、不真面目ではあるが、確かな経験と実力に裏打ちされた余裕の上に成り立っているものでもあった。
そんな集団にあって、彼らの会話にも参加せず黙々と道を行く者がいた。列の最後尾、隊の殿を務める男だ。漆黒のコートに身を包んだ、黒髪黒瞳の男。
顔の下半分を覆う、夜の海のような深青色のスカーフによって表情は隠されており、年齢も正確な判断はつかない。外気に晒されている双眸も、まるで人形のように無感動な物だった。
若く見えるが、同時に壮年のような雰囲気を醸し出してもいる。
しかしそれらを差し置き、何よりも眼を引くのは、彼がその背に負っている得物であろう。
決して低くはない彼の背よりも、尚大きい、一振りの大剣。黒く重厚なソレは、一目して鉄であると知れる。
それは剣の形こそしているが、おおよそ刀剣としての用を成すとは思えない、『鉄塊』とでも呼ぶべき代物だった。
黒髪黒瞳。無感情な瞳。そして巨大な黒い剣。まるで死神を連想させるような黒ずくめの男。
彼はただの一言も発さず、その暗い目で周囲を見渡しながら、口喧しく進軍する荒くれどもの後ろを歩いて行く。
―――この物語に、主人公と呼べるものがいるのなら、それはきっとこの男の事なのだろう
XXX XXX XXX XXX XXX XXX
・・・・街道は少しずつ細くなり、今や馬車がすれ違うことが不可能なほどに道幅は狭い。その些か街道と呼ぶには頼りないその道の向こう、深い森が広がっていた。モル=カント国の「国境」に程近い位置に鬱蒼と広がるこの森が、彼ら傭兵たちに下された「辺境調査」の目的地だった。
傭兵の一人がやれやれと声を上げる。
「ああ、着いた着いた。さっさと終わらして酒飲みてぇ・・・・って、なんだ?」
男達が森に足を踏み入れた瞬間、急激に視界が悪化した。
森の内部は深い霧に包まれたように白く煙っており、数メートル先すらも見通せない。
森に入った瞬間より、まるで泥の海に沈んでいるかのような、酩酊してみる夢の様な、そんな不確かな視界となったのだ。
「なんだこりゃ・・・・朝霧か?」
「んな馬鹿な、今何時だと思ってるんだ」
「じゃあなんだって・・・・」
そう言った男の顔が、みるみる青ざめていく。
「全員、何かで口ぃ塞げ! この霧、全部マタンゴの胞子だ!!」
あらん限りの声量で放たれた叫び。しかし、残念ながら何もかもが手遅れだったようだ。
薄暗い森に漂う、明らかに水滴とは違う何か・・・・マタンゴの毒胞子。叫んだ直後、ソレは森の奥からさらに溢れ出た。まるで小麦粉を詰めた袋を爆散させたような、そんな一寸先すら見えないほどの霧――超高濃度のマタンゴの胞子だ。
彼らは既に、後戻りできないほどの量を吸い込んでしまった。
胞子の誘うまま、理性を失っていく傭兵たち。
少量ならば遅行性の胞子の毒素・・・・それが被害を広げる要因でもあるが、この場ではその例に漏れるようだ。あまりに高濃度の胞子は、一瞬にして彼等の理性を奪い去ってしまった。
その目は皆一様に虚ろで、「事」の妨げになるであろう衣類など誰もが脱ぎ捨ててしまっている。
ガランガランと鉄の武具が捨てられていく音を背後に、男達は胞子の主たるマタンゴを求め、さ迷う。その様子は、亡霊のそれと変わりない。・・・・もっとも、ギンギンに腰のモノを勃てた亡霊など、元気なことにも程があろうが。
マタンゴ達もまた、一刻も早く精を貪りたいと胞子をバラマク。
それに導かれるように男たちは歩みの方向を変え、その足取りを確固とした物へと換えていく。
そして最初にその欲望の渇きを満たすことに成功したのは、これはマタンゴの胞子だと叫んだ男であった。とっさに叫ぶ際に大きく息を吸い過ぎたのだろう、毒の回りも歩き出していったのも、彼が誰よりも早かった。
毒に侵された血走った目で、大きな木の影に、菌糸で木と結び付いていたマタンゴを見つける。
その顔は、ゾンビのような足取りの男たちと比べてすら締まりのない、情欲の熱に溶けきった女の顔をしていた。彼女の秘所は・・・・既に見るまでもない。前準備の必要など無かった。
入口に当てがい、秘裂を数度撫でつけ、そのまま彼女の内へと。鎚を下ろすような勢いで腰を叩き付ける。
断続的な肉の弾ける音、すぐに入り混じる淫らな水音。互いに待ち望んだ、極上の悦楽。そして男たち以上に待っていたであろう彼女は、その両の手を男の背へと回す。その手は白い糸を引き、その強い粘着力で男の身体を彼女に縫いつける。
――アあ、コレでもウ逃げラレなイよ
おら、イっちまえ!
聞こえた声に対する答えは、ただシンプルに快楽を望むもの。会話になどなっていない。
だが、彼女らにはそれで十分だ。満足そうに目を細めて、自らもまた快楽を貪るために腰を捻るように振っていく。
肉杭が叩き付けられる度に、グチュヌチュと粘性の高い水音が滴る。淫音の元はここばかりでは無い。既にそこかしこで同じ様に情欲の打音が引き鳴らされていた。
マタンゴの秘所には独特の粘性が有る。魔物としての体質的名器に加え、彼女等の持つ粘性の高い菌糸は膣壁にも現れている。肉襞の一枚一枚が、まさしく肉棒に絡み付いて絞りとらんとするのだ。
その人外の悦楽はほんの二十秒とすら経たぬ内に彼女らの結合部から白濁した精液をしたたらせるに至っていた。泡を立てながら内腿を伝い落ちる粘液を、しかし意にも介さず、一度は果てたであろう男の動きはなんの変わりもない。
彼女もまだ満足には程遠いようだ。細かな絶頂に身を震わせながら、より淫らな腰使いで男を責め立てる。
欲望の宴が始まった。
見れば、ここは正しくマタンゴの森・・・・辺りに見える木という木にはマタンゴがセットになっている。
男達は我先と群がり、その努張を彼女等の膣へと収めていく。
収めては精を吐き出し、その頃には背に回された腕で拘束されている。
マタンゴ達は一際大きく声を上げ、絶頂すると同時にボフンと胞子が吐き出される。
白霧は濃度を上げていく・・・・
さて、更に一つ茂みを越えた先で、少しだけ他とは毛色の違うマタンゴ達がいた。既に衣類も何もかなぐり捨てて分かりもしないが、彼女らは夫婦の行商人だった。
彼らは、傭兵たちが来るそのずっと昔から睦事を続けている。
そもそも、この森がマタンゴに覆いつくされようとしている原因は彼女らにあった。魔術の触媒だと言われて運んでいた積荷の一つが、密閉容器に入れられたマタンゴの切れ端だったのだ。
それを手違いで開いてしまい、今のこの有様が形作られたという次第。この森にいるマタンゴ達は皆、彼らの娘なのである。
そんな事は別として、今も彼らは愛しあい続けている。
互いにしっかりと抱き合い、舌をすすり合うかのようなディープキス。
腰使いは背後の傭兵たちのような荒々しいものではなく、絡みつきながらどこまでも高みへ向かうようなネットリとしたラブセックス。
既に言葉もない。息が続かなくなって視界が薄ぼんやりと揺らいだところで、止める気にすらなりもしない。互いに一匹の獣となって快楽を求め合う『魔物』の姿がそこにあった。
だが、そんな事情を果たして傭兵たちが知っていようか?
当然、答えは否である。
「てめぇバッカ楽しんでんじゃねぇぞ! …ッラァ!!」
傭兵の誰かが怒号を放った。瞬間、ブシァッ!っと音を立て、白霧が血煙へと姿を変えた。
漂う胞子が血液を吸い、鮮やかな色彩変化を遂げて重力に従って落ちる。
対面立位のままマタンゴと交わっていた男は、背に回されたマタンゴの腕ごと切り裂かれ、ヒラキにされてしまった。
返り血に染まった自身の武具を乱暴に投げ捨てて、一刀両断に屠った男に取って代わる襲撃者。
その光景の理解が及ぶよりも先に、彼女は男に犯された。叫ぶ口すら塞がれる。それも、また別の男によって。
他の各所でも同じ様な事がされているのか、白い視界の中で次々と赤い花が開いていく。
傭兵たちの数が多すぎるのだ。マタンゴ一人に対して、膣の他に口や胸、尻などと何人もの男が代わる代わる別の場所を犯しているが、それでもなお飽和している。
そもそも、元々からして荒くれ者で、それも理性を失うほど性を渇望する男たちにとってすれば、その「順番待ち」すらも待っていられる物ではない。
「死ねぉら!」
「犯させろ!!」
「俺が先だ!!!」
「コイツは俺んだ!」
男たちのうち早く快楽を得ようと引き裂くように服を脱いだ者・・・・武器を手放した者達は後悔していた。
ああ、自分たちもああやって横入りすれば良かったな、と。
だが、そんな後悔などしているだけ無駄だったとすぐにさとる。彼らの一人が辺りにある適当な石を得物にまた血花を一つ咲かせたのだ。
これはいい、と次々に順番待ちの男たちが武器を手に取っていく。
「んぅ…あっは♪ 誰でも良いよぅ・・・・だから早くぅ!
まだ満足出来ないのぉ…」
そう潤んだ声で叫んだのは、娘のマタンゴのうちの一人。母と違ってまだ愛というものを知らない彼女にとってすれば、そんな物だろう。
彼女の声と共に、ボフンとまた多量の胞子が放たれる。それを吸い込んだ傭兵たちはハッとした。「こんな事をしている場合ではない、早く彼女らを犯してやらねば」と。
そしてまた各所で肉を打つ音と、淫らな水音とが奏でられていく。
「ギアッ!?」
そんな中、どこかで男の叫びが聞こえた。
また誰かが入れ代わったのだろうか?
「キャアァァ!」
直後にまた悲鳴。
・・・・これは女の声だ。
新たに宙に咲く花。
再び悲鳴。また男と女の一対。
「吹き荒れよ炎、ファイアストーム!」
よく通る声が響いた。それと共にゴウ、と爆炎が巻き起こる。
その高熱の爆風が吹く中心に立つのは、一振りの剣を掲げる若い男。まるで彼の周りだけが別の空間であるかのように、彼を中心とした数メートル四方は何事も無かったかのように凪いでいる。
彼の放った魔術によって引き起こされた熱風は、木々を、胞子を、そしてマタンゴ達を焼き殺す。
起こる爆炎は一つではない。
彼が見慣れぬ言葉で何かを口走る度に、次々と魔術が発動し、マタンゴの天敵とも言える炎の風が辺りを吹き払う。
「ぎャ!」
「ヒァッ!」
「ぐあぁ!?」
炎の届かぬ霧の中から、断末魔が上がっていく。次々と、次々と・・・・まるで死が風となって吹き抜けていくように。
白い霧の失楽園を切り破り、死屍累々の地獄を作るのは一人の男。きつく巻かれたスカーフから、その表情を伺えない。
それはあの、黒コートの奇妙な傭兵だった。手にした規格外に巨大な剣をもって、ただ黙々と死体を生み出していくその姿・・・・まるで古き時代の魔物を見ているかのような錯覚に陥る。
自身の体躯を大きく上回る大きさのプレートソード。巨大な刀身とその質量は、刀剣よりも鈍器といった方が似合っている。だが彼の扱うそれは、確かに刀剣だった。
総重量が何十キロに及ぶかも分からないソレを軽々と持ち上げ、羽でも扱うかのように振り回す。その速度が生みだす遠心力は、肉欲の獣と化した者達をことごとく両断していった。
赤い花はもう咲かない。
炎に包まれ、胞子が焼き落とされ、既に霧は晴れている。
胴薙ぎに両断された死体は黒々と炭と消え、欲望の宴は終焉を迎えていた。
剣を鞘に収め、魔術師の男がもう一人に声をかける。
「無事なのは、僕とあんただけかな?」
「そのようだ」
答えたのは、傭兵達の最後を歩んでいたあの男。
炭化した切り株に座り、傍らに血の付いた剣を突き刺している。
「そういやアンタ、よく無事だったな?」
「砂漠の民が砂嵐の中でも肺を患わぬようにと作られた防塵布だ。
それに、魔術文字が刺繍されてある。マタンゴの胞子程度なら、問題無く遮断できるそうだ」
自身の口を覆うスカーフを指し示して彼が答える。
「へ〜、便利なもんがあるもんだ。
ちなみに、僕の方も魔法だよ。なんかあの霧、よくないモノっぽかったから魔術で壁を作ったんだけど・・・・他の人に伝える前にドーンってね。
そうだ、名前を聞かせてくれないか? 僕はハールリア。ハールリア・クドゥンだ」
「・・・・フェムノス・ルーブ」
フェムノスは、ぶっきらぼうに答え、ハールリアに手を差し出す。
一瞬なにかと思ったハールリアだが、すぐに握手を求めていることに気付き、その手を取った。
XXX XXX XXX XXX XXX
これが彼ら二人の出会い。
そして物語は始まります。
カラカラと、糸紡ぎが回るように・・・・
14/03/15 00:08更新 / 夢見月
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