さみしいと、ぼくは言う
生まれてこのかた、物を大事にした事はない。
かといって、使い捨てるだの酷使するだのする訳でもない。
普通に使ってるだけだ。
そりゃ大事にするなんぞ言えるわけがない。
壊れたら、捨てる。買い過ぎたから、捨てる。
使わないから、捨てる。使えないから、捨てる。
現代人なら誰だってそうだろう?
親やら何やら、昔の人とは感覚が違う。
壊れたものを修理して、使えるようにする。
余ったものは、別の物の材料に……
そういう文化があったことは、知っている。
少ないものでやりくりする、生活の知恵だ。
素直に良いものだと思う。
けれど、実践はできない
今と昔は、違う。
何もなかった昔とは、違う。
この現代では、何もかもが溢れている。
どこもかしこも供給過多。
「やりくり」をする必要がない。
そんな世界なのだから、修理工も不要になった。
何もかもがあるこの世界。
物への愛着は無くなった。
物を慈しむ心は失われた。
何でも揃ったこの世界には、何もない。
物を大事にした覚えはない。
普通に使って、壊れたら捨てる。
そして新しいものを買って…その繰り返し。
必要になったら、買う。
必要じゃなくなったら、捨てる。
ただ、それだけ。
それだけのルーチンライフ。
……俺だけじゃない。
現代人なら、誰だってそうじゃないか。
けど
「さみしいよ……」
ひょっとして、そのせいなのか?
「お前のせいだ……
お前がぼくを捨てたんだ」
そのせいで、俺は
こんな、異常な事態に巻き込まれているのか?
機械文明真っ只中のこの時代に、こんな。
『怪奇現象』なんぞという、化石じみた事に……!
俺は、自室で眠っていた。
四畳一間、ワンルームマンション。
その夜は蒸し暑く、寝間着も掛け布団も無しだ。
それがいけない。
――さみしいよ…――
「ッ…!?」
一瞬、感電でもしたような衝撃があった。
そのハッとなるような痛みで覚醒する。
とっさに見た目覚まし時計の針は、午前二時を指していた。
(なん…だ? 体が、思うように……)
金縛り。
とっさに、その現象が思い浮かぶ。
肉体が眠っている状態で、脳のみが覚醒する現象。
けれど単なる生理現象と断じるには、それは余りにも……
――カタ―カタカタカタ―――
…夜風が、窓枠を鳴らす。
ただそれだけで、ゾクリと背に嫌な汗が吹き出た。
寒くもないのに鳥肌が立っている。
恐ろしかった。
これは…この状況は、
あまりにも『不吉』
<…見つけた…>
「!?」
声。幼い声。
けれど、暗い。
怨嗟に満ちた声。
幼い声が夜闇に響く。
冷たい。無機質な声だった。
――その矛盾が、恐怖を助長する
…亡…、と音がした。
俺は、いつの間にか動くようになった首で、
唯一動くようになった関節を使って、
よせばいいのに、音の方へと顔を向けてしまった。
そこにいたのは、子供。
ひとりの子供。ぼう、と宙に浮いていた。
その子の体には、炎が灯っている。
ゆらゆらと ぼうぼうと 燃えている。
蝋燭のような、赤い、紅い 炎。
亡霊、化物、怪物
そんな単語が次々と浮かんでは霧散する。
まさかそんな…、ありえない……
「見。つ。け。た…」
――俺は声にならない叫びを上げた――
「探してた。探してたんだ。
やっと見つけた…見つかった」
すぅ…と、浮かんでいた亡霊が降りてくる。
そして俺に馬乗りになると、ずい…と顔を近づける。
幼い顔。不釣合なほど冷たい、能面のような無表情。
冷たい、魚のような眼。
それが品定めするように俺を見ている。
恐怖に逆だった髪の先から、歯の根の合わない下顎まで
まるで俺の表情を伺っているように……いや、事実そうだ。
そいつは俺の、恐怖に染まりきった顔を見て、口の端を釣り上げた。
笑っている。
嘲笑っている。
哂っている。
…の、かも知れない。
表情の変化は僅かで、断言はできない。
それに、すぐ元の能面の無表情になってしまった。
「さみしいよ……」
耳元で、そう囁かれた。
幼くも、冷たい無機質の、
呟きのような、声。
「お前のせいだ……
お前がぼくを捨てたんだ」
声は少しずつ大きく、はっきりとしていく。
そして次第に、「怨嗟」を、含ませるようになっていった……
「お前のせいだぁ!」
「ッ…!?」」
突然の、叫び。
未だ自由にならない声帯から、奇妙な悲鳴が上がる。
「ずっと探してたんだ、 そしてやっと見つけた!
…報いを…受けろ……!!」
金切り声のような叫びが上がる。
そしてその子は、……どういう訳か。
パンツを、脱いだ。
「!??」
「へへ…ねえ、ほら。分かる?」
そう言って彼女(ようやくこの子の性別がわかった)
は、あらわになった割れ目を、下着越しに俺の股に擦りつける。
素股?
…いや、そうじゃなくって。
いやいや、素股なのは変わんないんだけど……って、だ〜〜〜!
「n、な、なな、何、で……?」
まだ殆ど使えない舌で、尋ねた。
答えは無い。ついでに俺の口が塞がれる。
主に、彼女の唇、及び舌によって
「ん!? ッ〜〜!!」
「ふぁ…ぅ、ん、……ぷは」
抗議の声すら上げられない。
対して彼女は、満悦そうな吐息を漏らした。
それと同時に、彼女は股間へと手を伸ばす。
伸ばされた手はそのまま俺のトランクスをずり下げる。
ぼろん、と外に出た男根を子供らしいぷっくりとした指が撫でている。
「ちっちゃいままだね、そんなに怖かったの?」
くすくす…と、彼女は笑う。
「けど、そんなの関係ないや」
悪戯っぽい声。
悪寒を感じ、何をする気だ、と叫ぶよりも先。
突然性器を掴まれ、無理やり彼女の膣内に押し込まれた。
「…こうすれば、一緒だもん」
「ッ!」
彼女のナカは既に温かくぬめっていた。
先ほど言われた通り、小さいままだった陰茎だ
何の抵抗も感じさせずに、ぬるり…と入っていく。
そのまま彼女は肩越しに確認しながら根元まで咥え込ませた。
「ねえ、分かるでしょ?
おちんちんの先っぽが、ぼくの火に当たってチリチリ…ってなってるの……
「なん…ッ!?」
彼女の膣内に入れられ、体内に灯っていた火に亀頭が触れた。
その瞬間、今まで萎縮していたのが嘘のようにペニスが膨れ上がる。
まるで彼女の炎が俺に引火したかのように、熱い、燃え滾るような劣情が俺の中に灯った。
その様子に、少女は再び口角を釣り上げる。
今度はそれを隠そうともせず、満足気な顔のままでいる。
先ほどまでの無機質で冷め切った無表情は、もはや影も無い。
「ねえ、ぼくの中気持ちいい? ねえ、今どんな気持ち?
こんなちっちゃい女の子に騎乗位でおちんちん食べられて。さ!」
「う、お、おおオォお!?」
叫び、彼女は腰を揺すり始める。
主導権を握っているのは自分だ、と
幼い少女は顔を上気させながら、おおよそ少女らしくない猥語と共に叫ぶのだ。
それに何事も感じない等という筈が無い。
そして何より、
彼女の膣はとんでもない名器だ。
奥にゆくほど深くなる無数の肉襞。
そして、その体躯故のきつい締め付け。
まるで無数の指になでられ、四八方から舌で舐め上げられているような感覚。
痛いほどに締めあげられているのに、伝わってくるのは柔らかな快楽……
「ぐ、ぁ……もう、出る!」
「あっは! 出しちゃいなよ
ぼくのに絞られて、イっちゃいなよ!
どうせ、ん…♪ これから何度も、何度も絞られるんだからさ!!」
我慢など、まるで出来なかった。
気絶しそうなほど激烈な快楽が脊髄を貫く。
一気に湧き立つ射精感が、焦らしも何もなく第一射へ至らせる。
ビュル、ビュルル、と音まで立つ。
ドロリとした濃厚な精液が彼女の奥底に放たれた。
背骨の中身が引き摺り出されたような感覚。
独特の奇妙な開放感。……そして倦怠。
「…ぐっ、く…お前は、一体?
俺が捨てた…って、一体どういう意味だ」
「はぁ、はぁ、は……。分かんない?
分かんないだろうね、この人でなし…
お前なんかに、捨てられた道具の思いが分かってたまるか!」
道具?
「だから、どういう事……どぁ!?」
「うるさい、人間! ぼくは忘れもしなかった!」
ぐちゅ…ぐちゃ、と音が立つ。
再び、彼女が腰を振り始めたのだ。
しかし先程のような揺するだけの小さな動きではない。
荒々しい、扱き上げるような上下運動だ。
射精直後の敏感になった陰茎に、この刺激は……ッ!
「思い出して……んっ、…みろ!」
パチン、と肉の弾ける音。
ぶつかり合ったのは体だけではない。
彼女の体内に燃える炎に、また包み込まれていた。
炎は、いつの間にか激しさを増していた。
チロチロと燃えていた火は、ゴウゴウと唸りを上げている。
自然、大きさも増えており、俺のも大きくなっていた事も相まって、亀頭に触れるだけだった火はペニス全体を包み込んでいた。
流れこんでくる感覚も、先ほどの比ではない。
陰茎は今までになく勃起し、性欲は持て余してしまうほどだ。
もはや引火などという表現では追いつかない。
俺自身が、彼女という炉にくべられた燃料になったような物だ。
俺が彼女の炎と同一になって、滾るような彼女の感情の何もかもを共有しているのだ。
感情の、共有。
(ああ…そうか)
そこで俺は、
ようやく、彼女の正体に気付けた
xxx xxx xxx xxx xxx
昔の話だ。
もう、十年くらいか。
当時、俺は小学生。
一人称も「ぼく」の、ぴっちぴちのショタっ子だ。
その日は、年に一度のお祭りがあった。
普段は車の行き交う音ぐらいしか無い静かな街も、
祭りの日だけは何処も彼処も賑やいでいた。
それこそ、街中お祭り騒ぎに酔っ払ったみたいだった。
そんな特別な賑やかさに、俺もしっかりと酔っていた。
俺は、親から貰った千円札二枚を握りしめて、祭りの本会場に行った。
綿アメやら何やらの食い物屋の屋台に、まるで当たらないくじ引き。
射的はカラキシで縁が無かった。型抜きは最初っから割れてたりもした。
そんな定番な店が並ぶ中に、珍しいのもある。
例えば、そう…
古道具屋、とか
祭りは、フリーマーケットを兼ねていた。
その為のエリアが取られていて、衣類から玩具から色々なものを売っていた。
そんな所に当時流行りのトレカ目的に顔を出していた俺は、妙なものを見つけた。
手下げ提灯だ。
何故それが目に入ったのかは分からない。
けど、一目で俺はそれに惚れ込んだ。
今思い出しても理由はわからない。
強いて挙げるなら、丁度クラスの悪友が扇子に凝りだしたせいかもしれない。
ともかく俺は、その提灯がひどく気に入った。
けど、それは当時小学生の俺にはおいそれと手が出せないような価格だ。
しかし、一念岩をも通すとは良く言った物。
出店者は普段骨董品屋をやっているのだとかいう婆さん。
数十分に渡って値下げ交渉を重ね、俺は遂にその提灯を手にしたのだった。
それから俺は、その提灯を大層大事にしていた。
祭りのあった三日間は何処に行くんでも持っていたし、
それが過ぎても事有る毎に提灯を持って出かけていた。
付いたアダ名が「昼行灯」。……大石内蔵助かっての
時代錯誤と馬鹿にされることもあった。
門限が厳しくて、実際に蝋燭を入れて持ち歩いてやれたのは、ほんの数回だ。
けど、それで良かった。
どうして欲しがったのか、なんてどうでもいい。
苦労して手に入れた、いつも一緒の相棒。
俺にとってのその提灯は、何時しかそういうモノになっていた。
半年ぐらい経った、冬休みのある日の事だ。
俺はちょっとした不手際で、提灯を破いてしまった。
転んだ拍子に筆箱の中身を撒き散らしてしまし、ボールペンの一本が提灯に深々と突き刺さったのだ。
0.25mmなんて使うもんじゃない。
俺は焦った。
どうすれば良いのか、としばらく考えて、ひらめく。
そして、自転車に乗って街へとこぎ出した。
目的地は、あの婆さんの骨董品屋。
修理できる人を知っているだろうと、期待したのだ。
……が、結果はある意味期待ハズレ。
婆さんが俺に教えたのは、修理を頼むべき達人の名ではなく、
提灯他、和紙製品を修理する基礎的な方法と、それに使う道具の値段。
結局、俺は小遣いで修理に使う油紙やら糊やらを買って、何日か婆さんの所で練習しただけだった。
けど…いざ修理しようとした時、既に提灯は無かった。
『ああ、あの提灯? 随分経ってたし破けてたから、捨てちゃったわよ。
何で捨てたかって? あんたの部屋掃除すんのに邪魔だったのよ。
そういうのが嫌なら、毎日まめに掃除なさい!……って、ちょっと。何処行くの?
もうゴミ出ちゃってるわよ?』
母(もとい、クソババア)の言葉だ。
救いがあるとすれば、ズボラな母が「燃えないゴミ」で提灯を出したこと。
少なくとも燃やされて灰になったことはない、と希望を胸に、俺はゴミ処理場まで収集車を追いかけたり、ゴミ捨て場を一日中探しまわったりしていた。
けど結局、提灯は見つからなかった。
思えば、俺が物をぞんざいに…
「普通に」扱うようになったのも、その日がきっかけだった。
しかしここで一つ、補足しなければならない。
蛇足にすぎないのだけれど、言わなければならない。
悪いのは母ではない、全ては、俺の自業自得だ。
俺は、母に……というか、誰にも。
提灯を買ったときの居座古座、武勇伝を語っていないのだ。
当時の俺には「値切る」という行為が、なんだかズルのような卑怯な手段に思えていた。
だから、黙っていた。子供らしく、怒られると思う事を隠していたのだ。
つまり、他人から見た俺の行動は、あくまで
「お祭りで手に入れた提灯を、妙に大事にしている」程度の物でしか無い。
提灯という物も悪かった。時代錯誤な剽軽さが、くじ引きか何かのハズレ商品とすら思われていたかも知れない。
そう、悪いのは俺だ……
だから「彼女」は、こうして責めているんだ。
自分を捨てた持ち主を、自分を裏切った相棒を、
あまつさえ、全てを忘れていた、俺を……
xxx xxx xxx xxx xxx
意識が、『今』に戻ってくる。
「ん、ふ…っ、……ははっ、これで抜かずの三発目だ!
身動きとれないまま、良いように…んッ、されるのは、どう?」
強気な態度で彼女が言う。
髪の間からのぞく耳は、茹で上がったように真っ赤だ。
言葉の端々で、上がりそうになる喘ぎ声を隠していた。
彼女は、俺に覆いかぶさるようになっている。
ちょうど鎖骨辺りに頭のてっぺんがあった。
こちらも押し隠しているが、肩で息をするほど疲れているようだ。
……今なら、言い出せる。
「思い出した」
「…え?」
突然俺が口を開いた事で、彼女が顔をあげる。
思っていた通り彼女の顔も真っ赤で、発情したように目がトロンとなっている。
余裕ぶった口調とは裏腹な様子にも、驚かない。
炎を通じて知っていたことだから。
「お前、あの提灯だろう。
十年くらい前のお祭りで、俺が買った」
「……ッ!
だから…だったら、何だって言うんだ!!
忘れてたくせに、ぼくを捨てたくせに、裏切ったくせに!!!
いまさら、今更そんな事言い出して、何だって言うんだよ…!!!」
俺は言葉を続ける。
すると彼女は、キッと目を鋭くして怒号をあげた。
さっきまでの疲れなどまるで見えない。
…それほど、俺が憎いのだろう。
知っている。だから、怯まない。
「お前なんかに分かるわけがない……
ぼくがどんなに辛かったか!ぼくがどんなに悲しかったか!!ぼくがどんな気持ちでいたのか!!!
ぼくが…、ぼくが、どんなに…怒って、怒って…いるのか…!!!!」
彼女は叫び続ける。
辛い、と。悲しい、と。
拳を作った彼女の手が、ドンドンと胸板を叩く。
怒りを顕に、その激情を溢れさせている。
「お前なんか、お前なんかぁ!」
「…なあ」
「!?」
そうだ、俺は知っている。
お前の炎に照らされた、お前の顔。
お前の炎から伝わってくる思いで、全部、知っているんだ。
「だったらお前。どうして、そんな風に泣いてるんだ…?」
…だからもう、やせ我慢はよせ……
「ッ!?」
俺の指摘で、ハッとしたように目元を拭う。
彼女の涙は、涙の伝うその表情は、怒りでは無い。
もっと違う、もっと静かな感情の物だ。
そう、悲しさよりも、もっと静かな……
「辛かったよなぁ…悲しかったろうな。
……怒ってるだろうな。だって、悪いの全部俺じゃねぇか」
言葉と共に、泣いてる女の子を抱き寄せる。
ふわっとして軽い、小さな…本当に小さな女の子だ。
ん?……あ、いつの間にか、金縛りが解けてら。
「けど、そうじゃねぇだろ?
少なくとも、その涙は違うはずだ」
「っ……お前に、何が…!」
分かるんだ、俺には。
お前の炎にくべられた俺には。
それに……
「分かるさ。
最初に、言ってたじゃないか。
お前は――」
――寂しかったんだ――
「ッ……」
「?」
腕の中の彼女が、ビクッと、一度大きく震えた。
そして、最初は息をこらえるような不規則な呼吸音。
次にすするような音が聞こえ、ギュッと彼女の手が俺を掴むと……
「ああぁぁぁ…、あ、うわああああああ、ぁあああ、あ!
わああああああああああああ、うわ、あぁぁ、うわあああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ………!!!」
堰を切って、彼女は泣きだした。
子供のように…いや、本当に子供だったんだ。
「こどもらしく」、彼女は泣いた。
俺はそれを、腕の中の彼女が泣き止むまで……ずっと、抱き続けていた。
俺が昔、悲しくて、寂しくて、涙を流した時、誰かにそうされたように。
泣きわめく声が小さくなって、すすり泣く声が消えるまで、ずっと……
涙と共に、思いが流れ落ちていくのが分かる。
怒りも、悲しみも、何もかも流されていった。
残されたのは、もうあと二つだけ。
「さみしい。寂しいよ…さびしかったんだ
ぼくはずっと…ずっと!」
「ああ。ごめんな…悪いのは俺だ」
涙声の独白。
思いを伝える本音の言葉。
演技も、強がりも、虚飾も無い。
「ようやく…とうとう見つけたんだ。やっと会えたんだ!
それなのに、君は、ぼくの事……」
「…ごめん。 でも、もう忘れないから」
仮面を外した、嘘のない思い。
今度こそ正真正銘の再開の言葉。
真っ直ぐな思い。真っ直ぐな言葉。
まるで火のような思い。
煮えたぎる怒りは涙と消えた。
燃え盛るような苦しみは、今ここに晴れた。
あとに残るのは、温かい嬉しさ。
そして火を見るように明らかな、純情な恋心。
「……ううん、謝らないで?
ぼくね、とっても嬉しいんだ。
こうしてまた、君のそばにいられる……
それが、何よりも、どんな事より…幸せだから」
返答はしないで、ただ彼女の頭を撫でる。
彼女は俺の腕の中、居心地良さそうに、目を細めて笑った。
それを見て、俺も笑う。
十年ぶりくらいに、心から笑えた。
「はは、あはは、……っふあ!?
もう…君の、ぼくの中でおっきくなってるよ?」
などと和んでいた所で、台無しなことをしてしまう。
それは彼女も感じたことらしく、多少膨れた様子で文句を言われた。
空気は一気に淫らな感じに逆戻りだ。
「ああ、悪い。今の状況思い出して、つい。
……もう一回、今度はこっちから。いいか?」
「もう…。ぼくがダメ、って言えないの。分かってるでしょ?」
「あ、バレた?」
「むぅ…!」
こんな他愛もない会話が、ひどく楽しい。
十年ぶりの相棒は、随分可愛らしくなっていて、
随分お喋りになっていて、ちょっとエッチで……
(ああ、そうか)
本当に寂しいのは、俺の方だったんだ
かといって、使い捨てるだの酷使するだのする訳でもない。
普通に使ってるだけだ。
そりゃ大事にするなんぞ言えるわけがない。
壊れたら、捨てる。買い過ぎたから、捨てる。
使わないから、捨てる。使えないから、捨てる。
現代人なら誰だってそうだろう?
親やら何やら、昔の人とは感覚が違う。
壊れたものを修理して、使えるようにする。
余ったものは、別の物の材料に……
そういう文化があったことは、知っている。
少ないものでやりくりする、生活の知恵だ。
素直に良いものだと思う。
けれど、実践はできない
今と昔は、違う。
何もなかった昔とは、違う。
この現代では、何もかもが溢れている。
どこもかしこも供給過多。
「やりくり」をする必要がない。
そんな世界なのだから、修理工も不要になった。
何もかもがあるこの世界。
物への愛着は無くなった。
物を慈しむ心は失われた。
何でも揃ったこの世界には、何もない。
物を大事にした覚えはない。
普通に使って、壊れたら捨てる。
そして新しいものを買って…その繰り返し。
必要になったら、買う。
必要じゃなくなったら、捨てる。
ただ、それだけ。
それだけのルーチンライフ。
……俺だけじゃない。
現代人なら、誰だってそうじゃないか。
けど
「さみしいよ……」
ひょっとして、そのせいなのか?
「お前のせいだ……
お前がぼくを捨てたんだ」
そのせいで、俺は
こんな、異常な事態に巻き込まれているのか?
機械文明真っ只中のこの時代に、こんな。
『怪奇現象』なんぞという、化石じみた事に……!
俺は、自室で眠っていた。
四畳一間、ワンルームマンション。
その夜は蒸し暑く、寝間着も掛け布団も無しだ。
それがいけない。
――さみしいよ…――
「ッ…!?」
一瞬、感電でもしたような衝撃があった。
そのハッとなるような痛みで覚醒する。
とっさに見た目覚まし時計の針は、午前二時を指していた。
(なん…だ? 体が、思うように……)
金縛り。
とっさに、その現象が思い浮かぶ。
肉体が眠っている状態で、脳のみが覚醒する現象。
けれど単なる生理現象と断じるには、それは余りにも……
――カタ―カタカタカタ―――
…夜風が、窓枠を鳴らす。
ただそれだけで、ゾクリと背に嫌な汗が吹き出た。
寒くもないのに鳥肌が立っている。
恐ろしかった。
これは…この状況は、
あまりにも『不吉』
<…見つけた…>
「!?」
声。幼い声。
けれど、暗い。
怨嗟に満ちた声。
幼い声が夜闇に響く。
冷たい。無機質な声だった。
――その矛盾が、恐怖を助長する
…亡…、と音がした。
俺は、いつの間にか動くようになった首で、
唯一動くようになった関節を使って、
よせばいいのに、音の方へと顔を向けてしまった。
そこにいたのは、子供。
ひとりの子供。ぼう、と宙に浮いていた。
その子の体には、炎が灯っている。
ゆらゆらと ぼうぼうと 燃えている。
蝋燭のような、赤い、紅い 炎。
亡霊、化物、怪物
そんな単語が次々と浮かんでは霧散する。
まさかそんな…、ありえない……
「見。つ。け。た…」
――俺は声にならない叫びを上げた――
「探してた。探してたんだ。
やっと見つけた…見つかった」
すぅ…と、浮かんでいた亡霊が降りてくる。
そして俺に馬乗りになると、ずい…と顔を近づける。
幼い顔。不釣合なほど冷たい、能面のような無表情。
冷たい、魚のような眼。
それが品定めするように俺を見ている。
恐怖に逆だった髪の先から、歯の根の合わない下顎まで
まるで俺の表情を伺っているように……いや、事実そうだ。
そいつは俺の、恐怖に染まりきった顔を見て、口の端を釣り上げた。
笑っている。
嘲笑っている。
哂っている。
…の、かも知れない。
表情の変化は僅かで、断言はできない。
それに、すぐ元の能面の無表情になってしまった。
「さみしいよ……」
耳元で、そう囁かれた。
幼くも、冷たい無機質の、
呟きのような、声。
「お前のせいだ……
お前がぼくを捨てたんだ」
声は少しずつ大きく、はっきりとしていく。
そして次第に、「怨嗟」を、含ませるようになっていった……
「お前のせいだぁ!」
「ッ…!?」」
突然の、叫び。
未だ自由にならない声帯から、奇妙な悲鳴が上がる。
「ずっと探してたんだ、 そしてやっと見つけた!
…報いを…受けろ……!!」
金切り声のような叫びが上がる。
そしてその子は、……どういう訳か。
パンツを、脱いだ。
「!??」
「へへ…ねえ、ほら。分かる?」
そう言って彼女(ようやくこの子の性別がわかった)
は、あらわになった割れ目を、下着越しに俺の股に擦りつける。
素股?
…いや、そうじゃなくって。
いやいや、素股なのは変わんないんだけど……って、だ〜〜〜!
「n、な、なな、何、で……?」
まだ殆ど使えない舌で、尋ねた。
答えは無い。ついでに俺の口が塞がれる。
主に、彼女の唇、及び舌によって
「ん!? ッ〜〜!!」
「ふぁ…ぅ、ん、……ぷは」
抗議の声すら上げられない。
対して彼女は、満悦そうな吐息を漏らした。
それと同時に、彼女は股間へと手を伸ばす。
伸ばされた手はそのまま俺のトランクスをずり下げる。
ぼろん、と外に出た男根を子供らしいぷっくりとした指が撫でている。
「ちっちゃいままだね、そんなに怖かったの?」
くすくす…と、彼女は笑う。
「けど、そんなの関係ないや」
悪戯っぽい声。
悪寒を感じ、何をする気だ、と叫ぶよりも先。
突然性器を掴まれ、無理やり彼女の膣内に押し込まれた。
「…こうすれば、一緒だもん」
「ッ!」
彼女のナカは既に温かくぬめっていた。
先ほど言われた通り、小さいままだった陰茎だ
何の抵抗も感じさせずに、ぬるり…と入っていく。
そのまま彼女は肩越しに確認しながら根元まで咥え込ませた。
「ねえ、分かるでしょ?
おちんちんの先っぽが、ぼくの火に当たってチリチリ…ってなってるの……
「なん…ッ!?」
彼女の膣内に入れられ、体内に灯っていた火に亀頭が触れた。
その瞬間、今まで萎縮していたのが嘘のようにペニスが膨れ上がる。
まるで彼女の炎が俺に引火したかのように、熱い、燃え滾るような劣情が俺の中に灯った。
その様子に、少女は再び口角を釣り上げる。
今度はそれを隠そうともせず、満足気な顔のままでいる。
先ほどまでの無機質で冷め切った無表情は、もはや影も無い。
「ねえ、ぼくの中気持ちいい? ねえ、今どんな気持ち?
こんなちっちゃい女の子に騎乗位でおちんちん食べられて。さ!」
「う、お、おおオォお!?」
叫び、彼女は腰を揺すり始める。
主導権を握っているのは自分だ、と
幼い少女は顔を上気させながら、おおよそ少女らしくない猥語と共に叫ぶのだ。
それに何事も感じない等という筈が無い。
そして何より、
彼女の膣はとんでもない名器だ。
奥にゆくほど深くなる無数の肉襞。
そして、その体躯故のきつい締め付け。
まるで無数の指になでられ、四八方から舌で舐め上げられているような感覚。
痛いほどに締めあげられているのに、伝わってくるのは柔らかな快楽……
「ぐ、ぁ……もう、出る!」
「あっは! 出しちゃいなよ
ぼくのに絞られて、イっちゃいなよ!
どうせ、ん…♪ これから何度も、何度も絞られるんだからさ!!」
我慢など、まるで出来なかった。
気絶しそうなほど激烈な快楽が脊髄を貫く。
一気に湧き立つ射精感が、焦らしも何もなく第一射へ至らせる。
ビュル、ビュルル、と音まで立つ。
ドロリとした濃厚な精液が彼女の奥底に放たれた。
背骨の中身が引き摺り出されたような感覚。
独特の奇妙な開放感。……そして倦怠。
「…ぐっ、く…お前は、一体?
俺が捨てた…って、一体どういう意味だ」
「はぁ、はぁ、は……。分かんない?
分かんないだろうね、この人でなし…
お前なんかに、捨てられた道具の思いが分かってたまるか!」
道具?
「だから、どういう事……どぁ!?」
「うるさい、人間! ぼくは忘れもしなかった!」
ぐちゅ…ぐちゃ、と音が立つ。
再び、彼女が腰を振り始めたのだ。
しかし先程のような揺するだけの小さな動きではない。
荒々しい、扱き上げるような上下運動だ。
射精直後の敏感になった陰茎に、この刺激は……ッ!
「思い出して……んっ、…みろ!」
パチン、と肉の弾ける音。
ぶつかり合ったのは体だけではない。
彼女の体内に燃える炎に、また包み込まれていた。
炎は、いつの間にか激しさを増していた。
チロチロと燃えていた火は、ゴウゴウと唸りを上げている。
自然、大きさも増えており、俺のも大きくなっていた事も相まって、亀頭に触れるだけだった火はペニス全体を包み込んでいた。
流れこんでくる感覚も、先ほどの比ではない。
陰茎は今までになく勃起し、性欲は持て余してしまうほどだ。
もはや引火などという表現では追いつかない。
俺自身が、彼女という炉にくべられた燃料になったような物だ。
俺が彼女の炎と同一になって、滾るような彼女の感情の何もかもを共有しているのだ。
感情の、共有。
(ああ…そうか)
そこで俺は、
ようやく、彼女の正体に気付けた
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昔の話だ。
もう、十年くらいか。
当時、俺は小学生。
一人称も「ぼく」の、ぴっちぴちのショタっ子だ。
その日は、年に一度のお祭りがあった。
普段は車の行き交う音ぐらいしか無い静かな街も、
祭りの日だけは何処も彼処も賑やいでいた。
それこそ、街中お祭り騒ぎに酔っ払ったみたいだった。
そんな特別な賑やかさに、俺もしっかりと酔っていた。
俺は、親から貰った千円札二枚を握りしめて、祭りの本会場に行った。
綿アメやら何やらの食い物屋の屋台に、まるで当たらないくじ引き。
射的はカラキシで縁が無かった。型抜きは最初っから割れてたりもした。
そんな定番な店が並ぶ中に、珍しいのもある。
例えば、そう…
古道具屋、とか
祭りは、フリーマーケットを兼ねていた。
その為のエリアが取られていて、衣類から玩具から色々なものを売っていた。
そんな所に当時流行りのトレカ目的に顔を出していた俺は、妙なものを見つけた。
手下げ提灯だ。
何故それが目に入ったのかは分からない。
けど、一目で俺はそれに惚れ込んだ。
今思い出しても理由はわからない。
強いて挙げるなら、丁度クラスの悪友が扇子に凝りだしたせいかもしれない。
ともかく俺は、その提灯がひどく気に入った。
けど、それは当時小学生の俺にはおいそれと手が出せないような価格だ。
しかし、一念岩をも通すとは良く言った物。
出店者は普段骨董品屋をやっているのだとかいう婆さん。
数十分に渡って値下げ交渉を重ね、俺は遂にその提灯を手にしたのだった。
それから俺は、その提灯を大層大事にしていた。
祭りのあった三日間は何処に行くんでも持っていたし、
それが過ぎても事有る毎に提灯を持って出かけていた。
付いたアダ名が「昼行灯」。……大石内蔵助かっての
時代錯誤と馬鹿にされることもあった。
門限が厳しくて、実際に蝋燭を入れて持ち歩いてやれたのは、ほんの数回だ。
けど、それで良かった。
どうして欲しがったのか、なんてどうでもいい。
苦労して手に入れた、いつも一緒の相棒。
俺にとってのその提灯は、何時しかそういうモノになっていた。
半年ぐらい経った、冬休みのある日の事だ。
俺はちょっとした不手際で、提灯を破いてしまった。
転んだ拍子に筆箱の中身を撒き散らしてしまし、ボールペンの一本が提灯に深々と突き刺さったのだ。
0.25mmなんて使うもんじゃない。
俺は焦った。
どうすれば良いのか、としばらく考えて、ひらめく。
そして、自転車に乗って街へとこぎ出した。
目的地は、あの婆さんの骨董品屋。
修理できる人を知っているだろうと、期待したのだ。
……が、結果はある意味期待ハズレ。
婆さんが俺に教えたのは、修理を頼むべき達人の名ではなく、
提灯他、和紙製品を修理する基礎的な方法と、それに使う道具の値段。
結局、俺は小遣いで修理に使う油紙やら糊やらを買って、何日か婆さんの所で練習しただけだった。
けど…いざ修理しようとした時、既に提灯は無かった。
『ああ、あの提灯? 随分経ってたし破けてたから、捨てちゃったわよ。
何で捨てたかって? あんたの部屋掃除すんのに邪魔だったのよ。
そういうのが嫌なら、毎日まめに掃除なさい!……って、ちょっと。何処行くの?
もうゴミ出ちゃってるわよ?』
母(もとい、クソババア)の言葉だ。
救いがあるとすれば、ズボラな母が「燃えないゴミ」で提灯を出したこと。
少なくとも燃やされて灰になったことはない、と希望を胸に、俺はゴミ処理場まで収集車を追いかけたり、ゴミ捨て場を一日中探しまわったりしていた。
けど結局、提灯は見つからなかった。
思えば、俺が物をぞんざいに…
「普通に」扱うようになったのも、その日がきっかけだった。
しかしここで一つ、補足しなければならない。
蛇足にすぎないのだけれど、言わなければならない。
悪いのは母ではない、全ては、俺の自業自得だ。
俺は、母に……というか、誰にも。
提灯を買ったときの居座古座、武勇伝を語っていないのだ。
当時の俺には「値切る」という行為が、なんだかズルのような卑怯な手段に思えていた。
だから、黙っていた。子供らしく、怒られると思う事を隠していたのだ。
つまり、他人から見た俺の行動は、あくまで
「お祭りで手に入れた提灯を、妙に大事にしている」程度の物でしか無い。
提灯という物も悪かった。時代錯誤な剽軽さが、くじ引きか何かのハズレ商品とすら思われていたかも知れない。
そう、悪いのは俺だ……
だから「彼女」は、こうして責めているんだ。
自分を捨てた持ち主を、自分を裏切った相棒を、
あまつさえ、全てを忘れていた、俺を……
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意識が、『今』に戻ってくる。
「ん、ふ…っ、……ははっ、これで抜かずの三発目だ!
身動きとれないまま、良いように…んッ、されるのは、どう?」
強気な態度で彼女が言う。
髪の間からのぞく耳は、茹で上がったように真っ赤だ。
言葉の端々で、上がりそうになる喘ぎ声を隠していた。
彼女は、俺に覆いかぶさるようになっている。
ちょうど鎖骨辺りに頭のてっぺんがあった。
こちらも押し隠しているが、肩で息をするほど疲れているようだ。
……今なら、言い出せる。
「思い出した」
「…え?」
突然俺が口を開いた事で、彼女が顔をあげる。
思っていた通り彼女の顔も真っ赤で、発情したように目がトロンとなっている。
余裕ぶった口調とは裏腹な様子にも、驚かない。
炎を通じて知っていたことだから。
「お前、あの提灯だろう。
十年くらい前のお祭りで、俺が買った」
「……ッ!
だから…だったら、何だって言うんだ!!
忘れてたくせに、ぼくを捨てたくせに、裏切ったくせに!!!
いまさら、今更そんな事言い出して、何だって言うんだよ…!!!」
俺は言葉を続ける。
すると彼女は、キッと目を鋭くして怒号をあげた。
さっきまでの疲れなどまるで見えない。
…それほど、俺が憎いのだろう。
知っている。だから、怯まない。
「お前なんかに分かるわけがない……
ぼくがどんなに辛かったか!ぼくがどんなに悲しかったか!!ぼくがどんな気持ちでいたのか!!!
ぼくが…、ぼくが、どんなに…怒って、怒って…いるのか…!!!!」
彼女は叫び続ける。
辛い、と。悲しい、と。
拳を作った彼女の手が、ドンドンと胸板を叩く。
怒りを顕に、その激情を溢れさせている。
「お前なんか、お前なんかぁ!」
「…なあ」
「!?」
そうだ、俺は知っている。
お前の炎に照らされた、お前の顔。
お前の炎から伝わってくる思いで、全部、知っているんだ。
「だったらお前。どうして、そんな風に泣いてるんだ…?」
…だからもう、やせ我慢はよせ……
「ッ!?」
俺の指摘で、ハッとしたように目元を拭う。
彼女の涙は、涙の伝うその表情は、怒りでは無い。
もっと違う、もっと静かな感情の物だ。
そう、悲しさよりも、もっと静かな……
「辛かったよなぁ…悲しかったろうな。
……怒ってるだろうな。だって、悪いの全部俺じゃねぇか」
言葉と共に、泣いてる女の子を抱き寄せる。
ふわっとして軽い、小さな…本当に小さな女の子だ。
ん?……あ、いつの間にか、金縛りが解けてら。
「けど、そうじゃねぇだろ?
少なくとも、その涙は違うはずだ」
「っ……お前に、何が…!」
分かるんだ、俺には。
お前の炎にくべられた俺には。
それに……
「分かるさ。
最初に、言ってたじゃないか。
お前は――」
――寂しかったんだ――
「ッ……」
「?」
腕の中の彼女が、ビクッと、一度大きく震えた。
そして、最初は息をこらえるような不規則な呼吸音。
次にすするような音が聞こえ、ギュッと彼女の手が俺を掴むと……
「ああぁぁぁ…、あ、うわああああああ、ぁあああ、あ!
わああああああああああああ、うわ、あぁぁ、うわあああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ………!!!」
堰を切って、彼女は泣きだした。
子供のように…いや、本当に子供だったんだ。
「こどもらしく」、彼女は泣いた。
俺はそれを、腕の中の彼女が泣き止むまで……ずっと、抱き続けていた。
俺が昔、悲しくて、寂しくて、涙を流した時、誰かにそうされたように。
泣きわめく声が小さくなって、すすり泣く声が消えるまで、ずっと……
涙と共に、思いが流れ落ちていくのが分かる。
怒りも、悲しみも、何もかも流されていった。
残されたのは、もうあと二つだけ。
「さみしい。寂しいよ…さびしかったんだ
ぼくはずっと…ずっと!」
「ああ。ごめんな…悪いのは俺だ」
涙声の独白。
思いを伝える本音の言葉。
演技も、強がりも、虚飾も無い。
「ようやく…とうとう見つけたんだ。やっと会えたんだ!
それなのに、君は、ぼくの事……」
「…ごめん。 でも、もう忘れないから」
仮面を外した、嘘のない思い。
今度こそ正真正銘の再開の言葉。
真っ直ぐな思い。真っ直ぐな言葉。
まるで火のような思い。
煮えたぎる怒りは涙と消えた。
燃え盛るような苦しみは、今ここに晴れた。
あとに残るのは、温かい嬉しさ。
そして火を見るように明らかな、純情な恋心。
「……ううん、謝らないで?
ぼくね、とっても嬉しいんだ。
こうしてまた、君のそばにいられる……
それが、何よりも、どんな事より…幸せだから」
返答はしないで、ただ彼女の頭を撫でる。
彼女は俺の腕の中、居心地良さそうに、目を細めて笑った。
それを見て、俺も笑う。
十年ぶりくらいに、心から笑えた。
「はは、あはは、……っふあ!?
もう…君の、ぼくの中でおっきくなってるよ?」
などと和んでいた所で、台無しなことをしてしまう。
それは彼女も感じたことらしく、多少膨れた様子で文句を言われた。
空気は一気に淫らな感じに逆戻りだ。
「ああ、悪い。今の状況思い出して、つい。
……もう一回、今度はこっちから。いいか?」
「もう…。ぼくがダメ、って言えないの。分かってるでしょ?」
「あ、バレた?」
「むぅ…!」
こんな他愛もない会話が、ひどく楽しい。
十年ぶりの相棒は、随分可愛らしくなっていて、
随分お喋りになっていて、ちょっとエッチで……
(ああ、そうか)
本当に寂しいのは、俺の方だったんだ
11/08/08 03:08更新 / 夢見月