読切小説
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この身は水となりぬれど
 雨が降っている。
ここのところ毎日だ。
もう七月も半ばだというのに、しばらくお天道様を拝んでいない。

 まあ、うだるように暑いよりは、こちらの方が余程いい。
あまり長続きすると、今度は作物が悪くなるが……
雨とて、そう嫌いではない。


 雨が降っている。霖(ながあめ)だ。
おれは縁側に座り、一つ煙管をくゆらせている。
雨とタバコにけぶった景色も、これはこれで風情がある。

 古い武家筋の、我が実家。
庭は、「いわゆる」日本庭園。
池あり、石あり、瓦屋根には雨漏りあり。

風情を楽しむのに、これ以上のモンは知らんね。



  ――ポツン、
      タン――


 雨垂れの音。


  ――ポツン、
      タン――
 ―タタン――


 さあさあ降りの霧雨でも、
こう長く降れば雨垂れの一つも起こるのか……


  ――ポツン、
      タン――


この音を聞いていると、

  ――ポツン、
      タン――
 ―タタン――

なんだか眠くなっていく。

  ――ポツン、
      タン――


……昼寝でもしてみるか?
こんな雨の日だ。
なにやら面白い夢の一つも見れそうではないか


  ――ポツン、
      タン――
 ―タタン――


 そうと決まれば、話は早い。
前は雀に耳をつつかれたが、今度はどうかな…?


      タン――!


 ああ、分かってる…今、寝るさ。



 xxx xxx xxx xxx xxx


          サァーー………

  ――ポツン、
      タン――

  ――ポツン、
      タン――
 ―タタン――


 わたしは川でした
 わたしは海でした
 わたしは空で、雲でした
 わたしは雨となりました

 わたしは水でした

       タユタ
 私は海を揺蕩いました
 私は空に浮いていました
 私は雨となり降り注ぎました
 私は大地に溶け込みました

 私は水でした


 わたしは水
 わたしは川を下ります
 わたしは海に溶けます
 わたしは雲となり、空を行きます
 そして今、わたしは雨です



 私は水
 私は川
 私は海
 そして空

 私は水
 私は雨
 私は川
 私は……


 わたしは貴方です
 …いま、会いにゆけます




   ――― …ピチョン… ―――




 大きく水の滴る音。目が覚める。
ふと庭を見れば、池の傍らに立つ椿の葉から雫が垂れていた。
今のはその音だろうか…?


   ――― …ピチョン… ―――


 ……おかしい。
なにか、よくは分からない何かが、違うと言っている。
おかしい。何かがおかしかった。…けれど何が?

 …そうだ、椿…
アレは、もう、何年も前に枯れてしまったではないか。
おれがこの家に戻ってきた時には、もう影すら残っていなかったのに……
じゃあ、あれは一体…?



「なあ、お前……」

「ええ、解ってますよ」


 あれは…おれ?
いや、違う。そんな筈はない。
あんな古くさい、時代劇の様な服、おれは知らない。
それに隣にいるあの女は…誰だ?


「……すまない。
 だが、親族連中を納得させるには……もう俺には、こうするしか…!」

「…ええ、わかっています。 世継ぎ様がお生まれになられたのですもの。
 男児も産めない女を、いつまでも正室に置く道理はありませんわ。
 それもこんな…バケモノ女を、ね?」


 あれは、あの男は…おれの先祖か何かなのだろうか?
ならあの女は?それに、バケモノ…?
……よく見れば、女の服が…妙に濡れているような


「だが俺は!」

「いいんです。私、知ってますから。
 なんとか私を許させようと奔走してくれた事。
 それも叶わぬと、私を逃がす手引きをしてくれた事。
 ……貴方が、本当に私を思っていてくれた事」


 懐かしそうに、女が語る。
その口調は、楽しげに思い出しているようでいて
今にも泣き出しそうな、震えた声にも聞こえる。

 ――気丈な、女なのだろう――

なんとなく、そう思った。
けれど、そう意地を張ってもいれなかったらしい…


「わた…、私、おぼえてます……!
 貴方が、手を差し伸べてくれた日を、
 この冷たい躰を抱いてくれたあの時を……!
 だから…だから、私は!」


 女が、堰を切ったように涙を流す。
声は上擦り、悲鳴のようで……
けれど美しい、歌のようでもあった


「……すまない」


 男が俯いて、搾り出すような声で言った。
こちらも声が震えている。…泣いているのかもしれない。

  カチャ…

 男が、腰の物に手をかける。
鞘が払われ、白銀の刃が抜身の姿を見せる。
女はそれを見て涙をぬぐい、す…と目を閉じた。


「…やって下さい。
 ころされるなら、貴方がいい」


「すまない…ッ!」


 ザシュッ…などという、予想していた音はなかった。
ただ、ドプ…と、沼に足を踏み入れたような水音がした。
女の姿が、刃に合わせて歪み、そして「弾けた」

 あの死に様は知っている。スライム種だ。
バケモノとは、そういう意味だったのか……。

 男は、刃を振り下ろしたまま、ぴくりとも動かない。
悔いているのだろうか。恐れているのだろうか。
涙を流しているのだろうか。 それとも……?

ざぁざぁと土砂降りの雨の音が、哀しく何時までも響いていた。



 xxx xxx xxx xxx xxx



   ――― …ピチョン… ―――


 まただ。
また、あの水音がする。
一体なんなんだ。これは夢なのか?
だとすれば、このベッタリと濡れた感覚は……?


「あ、目が覚めたんですね?」


 目の前に、女がいる。
おれは仰向けに寝ていたはずだ。
ならばなぜ真正面の、こんな近くに女の顔が?

 ああ、そうか。
跨られてるのか。
…………んッ!?


「なかなか起きないから…チョットだけ、勝手させてもらいました…♪」


 なにか楽しそうに女が言う。
ふと気がつくと、おれの服は実に大胆にハダケていた。
何やら肌寒いと思ったらこれのせいか……って、いやいやいや


「初めまして!…それと母さんから、『ただいま』って♪」


 よく見れば、女は頭から水をかぶったようにビショ濡れだ。
そう、ちょうどさっき見た夢のような……アレ、どんな夢だったっけ
たしか、こんな感じの顔の女が出てきて――


「んぅ…まだ寝ぼけてますか? それじゃあ早速、目覚めのキッスを〜〜」

「ま、待て! まった、タンマ!落ち着いて!
 嫁入り前の女の子がそんなハシタナイ事をしちゃあいけない!!」


 我ながら昭和オヤジのような事を言う。
むしろ、おれこそ落ち着けと。


「大丈夫ですよ〜」

 ……なにが?

「貴方と婚約しましたもん〜♪ 今ですけど」

「今って何だぁ〜〜〜!!」


 思わず叫んだが、どこ吹く風。
けっきょく口付けは持っていかれた。
ファーストキスだったってのに…くそう


「これから。よろしくお願いしますね、旦那様♪」


 惚れ惚れするよなイイ笑顔。
冷たく濡れた柔らかな感触と、
ほんの少しだけ向こうが透けるその体。
…その時おれは、彼女が「濡れ女子」だと確信した

11/07/12 21:20更新 / 夢見月

■作者メッセージ
今日は雨が降りました。
こんな日は、ふとした風に筆が進みます。

そんなこんなで、書きました。
発想構成おおよそ2分。執筆時間は半時間。
ヤマも無ければオチも無し。特にオチなし、意味も無し。
只あるは、今でも続く雨の足音。

何だかんだで満足しつつ、投下しました。


一日遅れて、解説(?)コーナー

本作はよくよく見かける、「死んだら水になる」&「だから何時でも会えますよ」を基板として、どこまでも一途に追いかけてくるヌレオナゴの性質を合わせた結果に出来たものです。……ちゃんと書けたかどうかはスゴク微妙

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