読切小説
[TOP]
封されし王の宿敵
 パチリと目を開ける。暗闇でも見える自身の眼に映ったのは、砂色の石壁だ。

「なんで開いてないのよ・・・」

 寝転がっている自身の周りも石壁で囲まれている。此処は石棺の中だ。そして、眠りから覚めたわたくしは、目の前の石蓋を両手で押し退ける。

 ズシンと左隣りへ落ちた石蓋を気にせず、ゆっくりと上半身を起こした。

「んぅぅぅぅ・・・よく寝ましたわ」

 シャラランと鳴る腕輪やネックレスなどのアクセサリーだけでなく、下半身から生えている漆黒の鱗を纏った蛇の尾もシュルルと鳴り響かせる。

 そう・・・わたくしはアポピスであり、名はクルスラ。砂漠の王に敵対する邪悪な蛇の魔物である。黒い蛇の尻尾や紫染みた肌に長い黒髪と、まさに太陽を汚す暗黒そのもの。無論、生まれ持った魔力は並の魔物以上。口内の毒牙は人間や魔物など関係なく、強烈な淫欲を与え、その者を支配する。

「このクルスラに敵う王なぞ・・・王・・・・・・あっ・・・」

 長い眠りから覚めたわたくしは、物忘れ防止のためにする自己紹介をしながらあることを思い出した。

 長年、闘い続けてきた宿敵ファラオの存在である。

「ラ・・・ラナンサ・・・・・・ラナンサァァァ!!」

 宿敵の名を叫びながら周りを見渡す。そこは狭い個室のような空間。四方八方が丈夫な石壁で出来ている。恐らくピラミッドの何処かにある場所だろう。しかし、こんな場所は見たことがなかった。

「もしや・・・わたくしを閉じ込めたつもりですの?」

 そう予測するも確信はないため、近くの壁へズリズリと移動する。何処にも入口らしき造りが見当たらない。それなのに窒息しないぐらいの呼吸は出来る。魔物としての驚異的な身体力もあるので、さほど気にはしないが・・・。

「生き埋め・・・にしても変ですわね・・・」

 何もない空間に、わたくしの寝床である石棺だけ置かれていた。どうやら眠っている間に運び出されたらしい。しかし、何故此処に運び込まれたのか、何故密室に入れられたのか。

「まったくもって理解できませんわ・・・」

 試しに魔力の籠った拳で石壁を殴ってみた。

「はあっ!」

 ズンッという音が鳴り、そのすぐ後に天井がグラグラと揺れ出す。これは・・・非常にまずい。慌てて両手で頭を抱え防ぐ。

「・・・・・・・・・・・・?」

 揺れていた天井が徐々に治まった。再び静寂が訪れたことで安堵の息が漏れる。助かった。でもこれで分かったことは最悪なこと。衝撃を与えれば間違いなく天井が崩れ、生き埋めにされる。魔法での脱出も不可能だ。

「どうしたものかしら・・・」

 開きっぱなしの石棺の横へとぐろを巻くように座り込む。此処から出る方法を模索するために・・・。





「また妾(わらわ)の勝ちじゃな」
「くぅぅぅぅぅ! あそこで魔力が尽きなければ勝てましたのに!」

 地面へうつ伏せるように倒れ、右手をドンドンと打ちつける。目の前でわたくしを見下ろすように立っている褐色肌の相手。所々に金のアクセサリーと包帯があり、金と青の縞模様をした杖を携える黒い長髪の女性。

「これで・・・・・・これで?・・・何勝目じゃったっけ?」
「だから覚えておきなさいよ! 934勝よ! 934勝!!」
「おおっ、そうじゃった」
「もう!」

 彼女こそ、わたくしの宿敵であり、倒すべき相手。ある砂漠のピラミッドと付近の町を治めるファラオのラナンサ。彼女の魔力はわたくしの魔力と五分五分のはずなのに、何故か・・・・・・勝てない。

 ぐるりと身体を横に回転させて、仰向けの状態になる。青空を眺めるその視界の上から彼女の顔が現れた。何者に対して微笑む爽やかな笑顔。そんな彼女が憎い。そもそも何故勝てないのだろうか?

「炎天下の場所で寝ると干からびてしまうぞ」
「誰のせいよ」

 杖を持たない左手を差し出してきたが、わたくしはそれを手に取らず、ゆっくりと身体を反り返るように起こした。そんな高慢な態度をされたことも気にせず、彼女は手招きしてくる。

「ほれ、運動の後のお約束じゃ。飲み物を馳走しよう」
「・・・・・・いただくわ」





「・・・・・・・・・・・・はっ!?」

 まるでその場に居たかのような感じだった。どうやら考え込んでいる内に眠ってしまったらしい。

「・・・寝たりないのかしら?」

 それでも不十分な感じはしなかったので、睡眠不足という訳でもないだろう。しかし、なんで今頃になってあんな夢を見たのだろうか。毎回毎回同じことを繰り返したせいかもしれない。

「そういえば・・・・・・」





「むぅぅぅぅぅ・・・」
「ほれ、お主の番じゃよ」
「分かってますわよ・・・ちょっとお待ちなさい」
「そう言って、20分くらい考え込んどるぞ」

 そんな言葉で焦らしてくるファラオ。それを無視して目の前のテーブルに置かれた物を見続ける。チェスという遊び道具で、彼女が行商人から譲り受けた物。縦横8マスずつ区切られた正方形が幾つもある盤に、様々な駒が置かれている。白と黒に分かれた駒、それらを使って、色違いの相手の駒を取るゲームだ。

「んむむむ・・・」

 ちなみにわたくしが悩む理由。それはこちら側である黒い駒が残り3個しかないからである。始めたときは相手と同じ数だったのに、白い駒によって一個ずつ減っていった。そして、残り少数となった黒が多数の白に囲まれている。

 ちなみに残った黒の中には絶対に取られてはならない駒がある。自身の分身とも言えるキングと言われる駒だ。これが取られればその場で敗北となる。ちなみに向こう側のキングはこちらより守りが多く、攻めてきた駒も多数。

 最早、特攻しかないと思い、一つの駒を進めた。

「ニヤリ・・・チェックメイトじゃ♪」
「えっ!?」

 わたくしが動かした直後、彼女はそう言って、動いたばかりの駒を取り上げる。よく見ると、その駒が取られたことによって、わたくしのキングが完全に包囲されていた。無論、逃げ道など無い。結局、動いたら終わりだったのだ。またしても敗北感を味わうことに・・・。

「また妾の・・・・・・え〜と・・・あれ?」
「・・・549勝・・・」
「はえ?」
「だから! 6549勝よ!! 記録の石版にも書いてあるでしょ!?」

 彼女は年寄りな口調をするが、それほど物覚えが悪いわけではない。だが、いつもわたくしとの勝負回数だけは忘れてしまう。嘘をついているようにも見えないが、都合が良過ぎて苛立たしい。

 彼女は隣で立っていたアヌビスの女性に声を掛ける。

「そうじゃったっけ?」
「はい。本日、魔力での戦闘及び、料理対決、くじ引き、じゃんけん、胸の大きさ、そして、只今のチェス勝負を含め・・・現在、ラナンサ様の6549勝0敗、引き分け無し」
「む、胸は余計なお世話よ!!」

 言っても欲しくないことを言われてさらにイラついてしまう。それにあと3センチあれば・・・。

「まぁまぁ・・・そろそろ日が暮れるじゃろ? 今夜は妾とともに夕食を食べぬか?」
「・・・・・・そうね・・・此処からわたくしの家は遠いし、夜は冷えるから・・・」
「豪華な食事と寝床は用意するから安心せい♪」
「クルスラ様、間違っても夜中にラナンサ様を・・・」
「そんな卑怯者みたいなことはしないって言ってるでしょ!? 失礼な!!」

 念を押すような注意を言うアヌビスに怒声を浴びせる。





「そんなことがあったわね・・・」

 思い出すだけで腹立たしいことだが、少し懐かしい感じがする。何故かは解らないが、今は此処から出る方法を探さないといけない。少々時間が掛かるかもしれないが、壁の何処かに隙間などがないか見て回ろう。

「なんでこんなことしなくちゃいけないのよ・・・」

 どうせ何処かで高みの見物でもしているのだろう。脱出したら一番に魔力で負かしてやる。そして、倒れたあいつに毒牙をおみまいしてやる。そうしてやらないとわたくしの気が済まない。





「・・・・・・・・・・・・・疲れた」

 あれから何時間、いや何日過ぎたのだろうか。未だに脱出する方法が解らない。仕方なく棺の中で寝転がることにした。

「もう・・・魔力は十分に溜まってるのに・・・・・・」

 これ以上寝たら干からびてしまう。本来わたくしが長期間眠りにつくのは、自身の魔力を増強させるためだ。長くて数十年。短くて数か月程度。それでもあのファラオには勝てなかった。

「・・・・・・あっちには・・・すでにアレもいますし・・・」





 今回も魔力での対決で敗れてしまい、彼女のピラミッドで泊まり込むこととなった。夕食を頂くわたくしの目の前では、ファラオとは違うもう一人の存在が居た。

「ほれ、口を開けるがよい」
「ラ、ラナンサ・・・」
「ん♪」
「あ、あぁ・・・・・・あむっ」
「・・・・・・仲良いわね、あなた達」

 彼女に口移しをされる白肌の男性。この地帯に住む黒肌の人間より珍しく、爽やかな金髪で蒼い瞳を持つ人種。なんでも考古学者の一人らしく、このピラミッドを調査しに来たときに、彼女が一目惚れしたのだと・・・。

「ほ、ほら、客人の前だし・・・もう少し抑えてくれないかな?」
「別に構わぬではないか。クナファだけでなく、クルスラも妾の家族じゃぞ?」
「ちょ、ちょっと! 何時わたくしがあなたの家族になりましたの!?」

 宿敵同士のはずが、向こうは勝手にわたくしのことを家族の一員にしていた。見せつけられていたことすら忘れるほど動揺してしまう。

「お主とは長い付き合いじゃからな。当然じゃろ?」
「い、意味が解らないわ! どうしてわたくしとあなたが・・・」

 気まずい雰囲気なって、その場から立ち上がり、夜風のある外へと向かうことにした。

「ごちそうさまよ!」



 夜空の星々が見える外。少し肌寒いが、怒りで熱された頭を冷やすにはちょうどいい。それにしても・・・どうして宿敵であるわたくしのことなんかを・・・。

「少しは冷めたかい?」
「・・・あなた・・・なんで・・・」

 声のした方向へ振り返ると、そこには王の大事な夫が一人で来ていた。あなたまで無防備に寄ってくるなんて・・・夫婦だからなのか?

「おかしいかい?」
「ええ、十分におかしいですわ。自ら人質にできる絶好の機会を作って・・・」
「そうするのかい?」
「・・・・・・」

 それは・・・するつもりはない。何故なら対等じゃないから・・・あいつとは同じ立場で闘いたいからだ。他の者がどう言おうが、卑怯な手で王を陥れることはしない。

「君は変わってるね」
「あなた達みたいな変人に言われたくないわ」
「ははっ、まぁ・・・そりゃそうだね」
「・・・・・・あいつは?」
「君の様子を見てきて欲しいと言われてね。此処には居ないよ」

 どうせ影から見ているんでしょ。

「そういえばさ・・・君は何故、ラナンサにこだわるんだい?」
「・・・」
「それも不意打ちなどせずに、真っ向からの勝負ばかり・・・どうしてだい?」

 わたくしが彼女にそうまでしてこだわる理由・・・それは・・・。

「わたくしの・・・この手で直接・・・打ち負かしたいからですわ」
「直接?」
「そう・・・確かに毒牙を使えば一瞬で終わりますわ。でも、そんなので勝っても嬉しくありませんわ」
「だから使わないのか・・・」
「ええ、それにわたくしのプライドが許しませんわ。そうね・・・本当に打ち負かした時に、毒牙を使わせてもらいますわ♪」

 その言葉を聞いた彼が微笑みを浮かべる。

「楽しみにしてるよ♪」
「・・・わたくしのこと、馬鹿にしてませんか?」

 やっぱり気に入らない。あの王も。この男も。でも・・・いつか二人ともわたくしの肉奴隷にして差し上げますわ♪

「お〜い。お主ら、そんなところに居たら凍えてしまうぞ」

 タイミングよくあいつがやって来た。彼女に付いて来た部下、マミーの二人が羽織を持って、わたくしと彼の背中から被せる。

「律義ですわね」
「夜の砂漠を侮るでないぞ。すでに湯浴みの準備はできておる」
「そう・・・じゃあ、わたくしは・・・」
「一緒に入るのじゃ♪」
「・・・なんでよ?」

 今日はやけにあいつからのスキンシップが多い気がする。わたくし自身、親しくしたつもりはないのに・・・。

「そろそろなのじゃろ?」
「そろそろって何よ?・・・・・・あっ、そういえばそうだったわ・・・」
「お主が眠りにつく時期じゃ」
「あっ、そうだったね。クルスラさんはもうじきで・・・」

 わたくしはある遺跡を住処にしている。このピラミッドより少し離れた場所にある地下遺跡。そこにはわたくし自身が眠りにつくための石棺だけが置かれていた。まぁ、少量だけ財宝も隠してあるけど・・・これは絶対誰にも教えない。

「なぁ、おぬ・・・いや・・・クルスラよ」
「えっ?」

 気の抜けた声を漏らしてしまった。無理もない。だって、彼女から名を呼ばれたのは数百年振り。わたくしからしてみれば不気味過ぎる不意打ちだ。

「お主さえよければ・・・妾達とともに国造りをせぬか?」

 これまた意外な申し出だった。何故今頃になって聞いてきたのか。理解できない。宿敵であるわたくしに・・・。

「・・・・・・わたくしのことを忘れましたの?」
「闇と混沌の象徴アポピスじゃろ?」
「そうですわ。ファラオに仇なす存在。そんなわたくしがあなたと手を取り合うとでも?」
「・・・やはり無理であるか?」

 無論である。わたくし自身の存在を否定するようなことだ。それだけは絶対に捻じ曲げるつもりはない。わたくしは羽織をマミーへ投げ返し、夜の砂漠へと身を向けた。

「今日は帰りますわ」
「っ・・・」
「クルスラさん、気を悪くしないでくれ。妻は・・・」
「ご心配なく! 次会うとき、その王座を奪い取りに来ますわ」

 わたくしはそう言って、その場を去りました。





「今思えば、誤魔化したような立ち去り方でしたわね」

 一眠りした後、無意識に呟いた。目の前には先程と変わらない石壁が映っている。この空間から出る方法。それを模索して、なかなか思いつかず、もう一度眠ってしまった。

「力尽くでいくしかないのかしら?」

 そう思い、少し気怠い身体を起こして、石壁に片手を置く。まずは空洞のある位置を特定しなければ・・・。

「・・・・・・」

 魔力による補助で五感の感覚を鋭くさせる。これで何処かの空洞音、または微かな音すら聞き逃すこともない。ゆっくりと動きながら壁の向こうを探っていった。

「・・・」

「・・・」

「・・・」

「・・・」

「・・・?」

 しばらくして、ある音が響いていることに気付いた。それは人間のように二足で歩く足音。革靴を履いているような音。人らしき者、あるいは魔物の類だろうか?

「近付いてくる・・・」

 もしや、クナファの足音? 彼は考古学者で探検用の装備をしていたし、あいつのピラミッドならその可能性は高い。そう思っている間に、音は大きくなり、遂にこの空間の手前辺りで止まった。

 チャンスだ。彼が此処を開ける気ならば、一気に飛び掛かって取り押さえる。わたくしをこんなところに閉じ込めたファラオに一矢報いなければ気が済まない。そうね・・・不本意だけど毒牙を使ってみようかしら? 今まで物好きなスフィンクスやマミーが噛み付いて欲しいと言って以来、長年使っていないし♪

ズズズズ・・・

 何かの駆動音が聞こえる。どうやら扉を開く仕掛けが動き出したのね。ゆっくりと目の前の壁の一部が下へと下がっていく。その向こうの空間に誰か居るのが分かった。左手に松明らしき熱も感じる。

「・・・」

 下半身の尾をバネのようにして身構えた。扉が完全に開ききったら彼に飛び掛かる。まずはそれで相手を拘束する。

ガコォォォォォン・・・

 扉が開ききった瞬間、わたくしは暗闇にいる人影に向かって飛び掛かった。予想通りに相手を床へ押さえ付けて、捕まえたそれに囁いた。

「よくもわたくしをこんな所に閉じ込めましたわね?」
「いたた・・・閉じ込め? 君は誰だい?」
「誰? 誰って・・・・・・っ!?」

 暗闇でも見える目に映ったのは予想外な人物。探検キャップからはみ出る金髪。綺麗な蒼色の瞳。けれども彼より若々しい見た目の男性。どう見てもファラオの夫ではなかった。慌てて彼から飛び離れ、魔法で辺りを照らす光球を浮かべる。

「あ、ああああなた! 誰よ!?」
「ちょ、ちょっと待ってくださいね・・・」

 埃を払いながら立ち上がった青年は冷静な態度で話してきた。

「僕はティルト。探検家をやっています」
「ティ、ティルトっていうのね・・・てっきりあいつかと思ったじゃないの」
「あいつ?」
「こっちの話ですわ。お気になさらないで・・・」
「ひょっとして・・・魔物さんですか?」
「そうよ。な、なによ?」

 わたくしを物珍しそうに見つめてくる彼。あまりの出来事に混乱しているため、冷静な対応が出来なかった。呼吸を整えて、気分を落ち着かせる。律義に待ってくれた彼が松明の炎を消し、こちらへ近寄って来た。

「あの〜・・・このピラミッドの持ち主ですか?」
「・・・違うわ。此処に閉じ込められてた魔物よ」

 やはり此処はピラミッドだった。なら、あいつのピラミッドで間違いなさそうだ・・・・・・・・・ん? 此処の持ち主?

「ちょっと待ちなさい。此処の持ち主って、どういうこと?」
「え〜とですね、このピラミッドは誰も住んでいなくて・・・ほとんど調査され尽くした後でして・・・」
「誰も・・・居ない?」
「好奇心で訪れた僕が偶然に此処を見つけたんですよ」

 あいつのピラミッド以外で無人な場所はなかったはず・・・別の場所へ移された?

「此処からピラミッドの出口は近いの?」
「えっ、は、はい。そうですが・・・」
「案内しなさい」

 彼にそう命令し、その後に付いて行く。何故だか知らないけど、この先にあるものを見るのが怖い感じがした。そう・・・この時はそれが気のせいで欲しかった。





「・・・・・・」
「・・・あ、あの・・・」
「・・・・・・そん・・・な・・・」

 太陽が昇る青空。そこは確かに見覚えがあった。朽ち果てた石柱に残る模様。そして、いつも出入りしていた時に景色が見えていた位置。間違いなく此処はあの場所だった。けれども見慣れないものがいくつか存在する。

「あれ・・・町ですの?」
「そうです・・・数百年前に教団が占領した町で、段々と発展して規模も・・・」
「占領された!? 数百年前に!?」
「は、はい」

 あの町はあいつが管理していた場所。そんな簡単に占領されるはずは・・・。

「待って。あの町が占領されたのなら、このピラミッドは?」
「確か・・・残ってた記録によると・・・同じ頃に・・・」

 ありえない。絶大な魔力を持って君臨していたはずのファラオ。それすら打ち破った者がいるとでも?

「あなたは・・・あの町の出身なの?」
「いえ・・・僕はもっと遠方の場所で育ちました。あの町へは寄り道程度に立ち寄っただけで・・・」
「そう・・・」
「それに、反魔物領であるあそこは居心地が良くないですし・・・」

 彼の仕草などを見る限り、嘘を言っているようには見えない。教団?とかの仲間かどうかもまだ分からない。

「あっ!」
「?」

 大事なことを忘れていた。あいつは・・・ファラオは!? わたくしは彼のことを放っておいて、ピラミッド内部のある場所へと急いだ。

「えっ!? 待って・・・」



 途中にあった部屋も軽く見たが、かなり荒らされた後だった。金品などを目当てに壊された家具が散乱し、破けた布も風化寸前。そして、何より酷かったのは・・・・・・・・・バラバラに散らかった無数の骨。

「っ!」

 思わず吐きそうになるが、なんとか堪えてその場を後にした。目指す場所は王の自室。いつもそこで小さな勝負や話などをしていた場所。せめて・・・・・・そこだけは・・・・・・。










「・・・・・・」

 何もなかった。

 彼女が寝ていた寝具。

 彼女が座っていた椅子。

 彼女とチェスをしていたテーブル。

 彼女の・・・夫すら・・・。

“全て無くなっていた”



「此処は・・・王の部屋・・・ですよね・・・?」

 息を切らしながら彼が尋ねる。間違いなどない。ここで過ごした日は鮮明に覚えている。何処に何があったか言えるぐらい・・・夫が出来てから物が増えたなどと言っていた。

「なんで・・・何もないのよ・・・」
「・・・」
「あいつは・・・あいつは何処に・・・何処に行ったのよ!!」

 彼に聞いているかのように叫ぶ。とにかく必要だった。あの王の所在が。何かにすがる勢いで情報が欲しかった。

「・・・・・・言っても・・・良いんですか?」
「えっ?」

 彼の口から思わぬ言葉が出た。けれども・・・その先が・・・・・・いや、聞かなければいけない。勇気を出して答えた。

「いいわ・・・聞かせて・・・」
「・・・・・・あの町での資料を見て知ったことですが、教団によって占領された際、多くの魔物が囚われて・・・その・・・」
「言って・・・」
「その・・・・・・・・・処刑・・・された、そうです」
「・・・そう・・・」

 話の流れから大体予想はできていた。当然だ。町が占領され、住処は誰一人いない廃墟とかしている。人間に侵略され・・・その末路は・・・決まっている。

「・・・無様ね・・・人間にやられるなんて・・・」
「記述で見ただけですが、僕は・・・此処のファラオは・・・王として・・・最後まで戦ったと思っています」
「あいつのことを言ってませんわ」
「えっ?」
「わたくしのことよ・・・人間に出し抜かれるなんて・・・無様過ぎますわ」

 いつかあのファラオを倒し、此処をわたくしの王国にするつもりだった。それが人間の手によって打ち砕かれた。対立する相手を失った途端、わたくしは何かが抜け落ちたかのように崩れ倒れた。

「だ、大丈夫ですか!?」
「一人にして・・・」
「けど・・・」
「・・・お願いよ」

 誰かに邪魔されずに一人で居たかった。情けない声で彼に懇願した。しばらくして彼が遠ざかっていく足音がした。一人きりになったところで、わたくしはあいつの寝具があった床へとぐろを巻いて眠りについた。










「小さ過ぎる町ですわね」
「確かにのぉ。この辺りの土地は余程の魔力がない限り、潤すことは難しい」
「そんな土地に君臨した王であるなんて・・・不運ですわね」
「しかし、妾は諦めぬぞ」
「諦めない?」
「そうじゃ。太陽神の力で蘇った王の一人として、緑豊かな王国を築き上げる。王家の意地というものじゃ」
「王家の意地ねぇ・・・」
「お主とて同じであろう?」
「な、何がよ!?」
「妾を倒し、同じように王国を築くことがお主の悲願であろう?」
「そ、そうよ! わたくしはファラオに仇なす存在! あなたを倒し、わたくしが真の王になる!」
「ふふふ、お主が妾を倒すその日を待っておるぞ♪」
「くぅぅぅ、今に見てなさいよ!」










 懐かしい。あれは確か、まだ発展できてない町について語り合っていた頃。なかなか上手くいかないとぼやいていたけど、夫が出来た直後に魔力が高まったと喜んでいましたわね。おかげでわたくしの魔力すら届かない程、強くなって・・・。



「・・・・・・・・・・・・ん?」
「あっ、起きましたか?」
「あなた・・・」

 目を覚ましたわたくしの目の前に居たのは、あの探検家ティルトだった。彼はランプを照らし、干し肉を食べていました。

「君も食べるかい?」
「・・・・・・いただくわ」

 彼は袋からもう一つの干し肉を取り出し、こちらに手渡した。久々の食べるという感覚。あの頃は贅沢品を食べていたけど、これもこれで美味しい。

「ずっと此処にいましたの?」
「少し時間が経ってから、此処に戻ってきました。外は夜なので・・・」
「夜・・・か・・・」
「ええ・・・冷える外より、この遺跡の中の方が安全ですから」

 誤魔化しながら帰ったあの夜。住処へ辿り着いた頃には、頭から尻尾の先まで冷え切っていた。魔力で暖を取り、一人静かに眠っていた記憶が蘇る。

「あの・・・」
「なんですの?」
「此処のファラオとは、親しかったのですか」
「・・・・・・只の腐れ縁よ。倒すべき相手だったわ」
「そう・・・ですか・・・」

 悲しげな表情になる彼。別に同情してもらいたい訳でもない。そんな彼の姿が少しイラつく。

「何か文句でも?」
「いえ! べ、別に・・・ただ・・・」
「ただ?」
「友達思いな魔物がいた王が、どんな方だったかな・・・って・・・」
「はぁ!? 誰が友達思いよ!」
「す、すみません!」

 彼の呟いた言葉に腹を立ててしまう。

「いつもいつもわたくしを敗北させた包帯女なんて、心配するわけないじゃない!!」
「え〜と、君の話を聞く限り・・・悪友みたいな関係だったのかな?」
「そうじゃないわよ!」

 さらに怒りが湧き上がってしまい、彼に飛び掛かる。しかし、彼も瞬時に対応して、右側へ飛び避けた。

「わわっ!? な、何するんですか!?」
「変なこと言い続けるから、お仕置きよ」
「ぐ、具体的にどんな?」
「ご心配なく、毒牙は使いませんわ。代わりに気絶するぐらい尾で締め上げて差し上げますわ♪」
「・・・え、遠慮します」
「拒否させませんわ!!」

 再度飛び掛かって、彼を捕まえようとした。けれどもまたも避けられ、彼の後ろにあった石壁に顔から突っ込んでしまう。

「あっ」

 ゴツン!と鈍い音が鳴り、痛みで気絶しそうになる。

「大丈夫ですか!?」
「だ、大丈夫じゃないわよ・・・」

 彼が近寄ってくる音が聞こえ、チャンスだと思って身構えた。再び相手の姿を確認すると、彼はある方向へ目を向けていたことに気付く。

「ど、何処見てるのよ?」
「この壁・・・少し、へこんでいませんか?」
「えっ?」

 そこはたった今、わたくしの顔をぶつけた石壁の場所。確かに不自然な隙間が出来て、一部が少しずれているようになっている。二人で一緒に手で触って確認した。

「これ・・・何かあるわね」
「恐らく、さっきの衝撃で動いたと思います」
「ちょっと待ちなさい」

 魔力で高めた五感で、その先の何かを感じ取ってみる。空洞らしきものを感じ取る。隠し部屋か何かがあるのだろうか?

「あなたは離れていて」
「あっ、はい」

 彼が離れたのを確認してから、両手に魔力を込める。その紫色に輝くその手で、勢いよく壁に突き刺した。

「はあっ!!」

 いとも簡単に突き刺せた壁。今度はそのまま後ろへと下がりながら、ゆっくりと壁の一部を引き抜いた。

「おおお・・・!?」
「ふぬぅぅぅ・・・!!」

 少し分厚い壁を引き抜き、それを右横へ置いた。彼がランプを手に持ってきて、隠された空間を照らした。

「これは・・・」
「隠し部屋っぽいわね」

 そこは王の部屋より小さい部屋。人が二人くらいしか入れない場所。そして、そこには宝箱らしき小さな箱があった。

「ミ、ミミックかな?」
「魔力などの気配が全然ないから、違いますわ」

 わたくしは迷いなくその箱の蓋を開けた。そこには巻物と粘土板が数個、小さなアクセサリーがいくつか入っていた。

「驚きました。遺跡のほとんどが調べ尽くされていたのに・・・」
「こんな巧妙に隠されていたのですもの。見つからないのは当然ですわ」

 中身を確認するため、箱ごと元の部屋に持っていった。彼と一緒に座り、中の物を手に取って調べる。

「あの〜・・・」
「あなたはダメ」
「ですよね・・・」

 彼も触りたがっていたが、赤の他人に過ぎない。わたくし以外に触れさせるつもりはなかった。最初に手に取ったのは巻物。広げてみると、それは彼女が夢見ていた王国の未来図だった。町だけでなく、緑化必須な場所まで事細かに書かれている。

「それは?」
「あいつの夢」
「夢?」
「叶う前に潰えましたけどね・・・」

 次に手にした物は、粘土で作られた文書板。少し丸みの帯びた石鹸ぐらいの大きさと形をしている。何も書かれていないと思ったら、『子どもが出来たら』という一言が書かれていた。少し揺さぶると、コトコトと中で何かが響いた。

「それだけしか書かれてないのですか?」
「粘土板文書よ。これは外側。本命の文書は中に入っていて、割ってから見るのよ」
「そんな古代の文書があったなんて・・・」
「でも、これは割らないでね」
「何故ですか?」

 他人の子ども・・・ましてや、あいつの考えた子どもの名前。せっかく考えた命名を盗み見るつもりはない。その文書版を箱に戻し、次の粘土板を取り出す。

「次は・・・・・・えっ?」
「どうしたのですか?」

 手に取った文書板。それに刻まれた言葉に驚きが隠せなかった。



『親愛なる妾の宿敵へ』



 躊躇なくそれを床に叩きつけて、外側の部分を割り砕いた。

「うわっ!? なんでいきなり・・・」

 突然のことで彼が狼狽えるが、わたくしは無視して、中の文書を拾い上げた。

「・・・・・・」

 彼女が書いた文書。それをゆっくりと読み始める。



お主がこれを見ている頃には、妾はもうこの世にはおらぬだろう

お主が眠りについた直後、この付近に教団とやらが攻めて来ることが分かった

それもこちらより大勢であり、強力な勇者もいるとのこと

多勢に無勢ではあるが、妾とて一国の王として立ち向かわなければならない

万が一のことを考え、勝手ではあるが、お主を石棺ごと移動させた

このピラミッドの最深部“王の眠る間”なら安全じゃろう

外側からしか開かないが、邪な輩には絶対開けられん



 続けて、ひっくり返して裏側の文書も読んだ。



もしお主が目覚め、これを見ているのなら、妾から頼みがある

妾の夢である王国建造を引き継いでほしい

無論、お主好みで黒く染めても構わぬ

できればお主とともに歩んでいきたかった

頑固者であるお主には無理な話じゃろうが、妾の望みの一つでもあった

お主との勝負ごとに明け暮れる日は、妾がもっとも楽しめた時間じゃ

心から感謝するぞ

お主に良い日々が訪れるよう祈っておる


太陽を焦がす闇の蛇アポピスである“クルスラ”よ


ちなみに、あの石版を失くしてしもうた。妾の勝ちはいくつじゃったっけ?



「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・あの・・・」
「・・・・・・」
「クルスラって・・・あなたのことですか?」
「・・・そうよ・・・」
「この文書を書いた王と、知り合いで・・・」
「・・・そうよ・・・」
「・・・・・・」
「・・・クルスラさん・・・」
「・・・・・・きなさいよ・・・」
「えっ?」
「・・・ちゃんと、覚えておきなさいって、いつも言ったでしょ・・・ラナンサ・・・」
「っ!?」

 わたくしの身体が震え始める。湧き上がる衝動が止められなかった。目が霞みそうなほど涙が溢れ出す。そして、あることを呟いた。

「・・・・・・9999勝よ・・・・・・けど・・・次であなたが居ないから・・・不戦勝で・・・ようやく・・・・・・わたくしの勝ちね・・・」
「クルスラさん・・・」
「っ!」

 何かに縋り付かないと耐えられなかった。

 傍に居た彼の胸に抱き付く。

 一番出したい感情を思いっきり出した。

 それは悲しみ。


 対立する相手が居なくなったからではない。

 ファラオが居なくなったからではない。

 宿敵が居なくなったからではない。

 わたくしの目的が失ったからでもない。


 ただ一つの理由・・・。

 それは・・・。



“友を失ったこと”



 誰もいなくなったこの廃墟で、わたくしは・・・彼に縋り付きながら泣き続けた。










 落ち着きを取り戻したわたくしに、彼は優しく頭を撫でてくれた。彼は何も言わずに、左手でポケットから何かを取り出した。

「これに何か・・・見覚えはありませんか?」
「?」

 差し出されたそれに目を向ける。何処かで見たような太陽の形をしたネックレス。何処かで?

「・・・あっ! そ、それ! “クナファ”のネックレス!?」
「やはり・・・」

 ラナンサの夫である考古学者だったクナファが持っていた物。王である彼女から婚姻と同時に手渡されたものが、何故、探検家である彼の手に・・・。

「実は僕の一族で先祖に“クナファ”という名が記録で残っています」
「!?」
「遠い親戚になりますが、一応血は繋がっています。それと・・・このネックレスなんですが・・・」
「何処で・・・」
「解りません。ただ、僕が生まれる前から一族の家宝としてありました」
「家宝?」
「でも、調べてみたらラナンサという名の人から送られてきたと・・・」

 彼女が夫にあげたはずのこれを・・・彼の一族に送った? 何故そんなことを・・・。

「それと・・・クルスラさん」
「えっ? な、何?」
「あなたが眠っていた場所・・・あそこを開けるカギはこのネックレスでした」
「ネックレスが?」
「これが無ければあなたを出すことはできませんでした」

 あれがカギでしたの? そうすると彼女の言っていた“邪な輩には絶対開けられん”とはこのこと!? いくら夫の血縁とはいえ、人間である彼らにカギを託すなんて・・・・・・いや、もしかしたら選択の余地はなかったのかもしれません。

「正直・・・驚きの連続ですわね」
「すみません。僕自身も知りたかった事実ですので・・・」
「いいわよ・・・変に知らない方がすっきりしないわ。おかげでわたくし自身久々に大泣きしましたわ」
「大丈夫ですか?」
「もう平気ですわ」

 本当はまだ落ち着かない部分もあったが、気丈に振る舞う姿勢で誤魔化した。

「そういえば・・・あなたはどうして此処に来ましたの?」
「僕の先祖であるクナファの手掛かりが気になったもので・・・ちょっとした冒険心で来ました」
「よくお一人で此処まで無事に辿り着けましたわね」
「魔物とは疎遠な場所で生活してましたから・・・それと、多少窮屈でしたが、反魔物領にも居ました」
「反魔物領・・・あの町ね」

 ラナンサを葬った奴らが占領した町。今すぐにでも襲いたい衝動に駆られるが、神の力を持つファラオである彼女を倒した輩。下手に襲えば返り討ちにされるだろう。十分に準備してからだ。

「襲うつもりですか?」
「そのつもりよ。今すぐではないけど、元はラナンサの町・・・返してもらうわ」
「・・・あの・・・」
「何?」
「もしよろしければ・・・僕も手伝います!」

 王とともに滅されたクナファの子孫。無関係とも言えないが、人間に往復することに手を貸すと申し出た。

「敵討ちのつもり?」
「それもありますが・・・あそこで教団のやり方にも腹が立ちました」
「教団の?」
「はっきり言えば、使い捨てが酷いです。貴族連中の贅沢から出来たゴミを砂漠へ放置し、貧困や奴隷となった人は見捨てる・・・魔物に対して徹底管理はしているのに、その他はおろそかなやり方ですよ」

 なるほど、それは聞き捨てならないことだ。奪っただけでなく、その土地を汚している。わたくし色に染めようとした土地を許可なく汚すとは・・・。

「確かに酷過ぎますわね」
「微力ながらですが、僕もあなたに付いていきます」
「!」

 不意打ちのような言い方だった。でも、その言葉がわたくし自身の内に眠る本能に火を点けた。ゆっくりと彼の両肩を掴み、逃さぬよう尾も回り込ませる。

「えっ? あの・・・?」
「その言葉に偽りは・・・ない?」
「も、勿論です! 多少ですが、情報収集など・・・」
「それはしなくても大丈夫ですわ」
「えっ? どうし・・・」

 しゃべる途中で彼の唇を奪った。これまで、わたくし自身味わったことのない快感。けれども本能はそれを待ち望んでいた。長い濃厚な接吻を続けて、堪能し終えたところで唇を離す。

「ぷはぁ・・・いきなりですか?」
「びっくりした?」
「そうなるんじゃないかって、思ってましたけど・・・でも・・・」
「でも?」
「何故しなくていいんですか? それと僕なんかで・・・よろしいのでしょうか?」

 謙遜する彼の姿が可愛らしかった。彼の腰に尾を絡めて、さらに身を寄せる。

「わたくしは魔物。それなら力を高める手っ取り早い方法といえば、これが一番。それに・・・」
「それに?」
「わたくしに付いていきますって、告白したあなたを拒む理由なんてありませんわ」
「あっ、あれって、そういう意味に聞こえたんだ・・・」
「それとも、わたくしのような女はお嫌いで?」
「それ・・・絶対に嫌なんて言えないじゃないですか・・・」
「うふふ♪」

 意地悪そうに微笑み、彼は困った顔をしてしまう。すると、観念したかのように首を振って、真っ直ぐな目でこちらを見つめてきました。

「分かりました。君の望む王国造り・・・君の隣で手伝わせてください」
「喜んで・・・」



 それからわたくしとティルトは、二人だけしかいないピラミッド内部で交わり続けた。わたくしの魔力を浴びたせいか、数分もしない内に処女を喪失され、そのまま3回も精を吐き出された。

 初めて男性の精を受け、それで変換された魔力に驚いた。気を抜けば爆発しそうなほどの密度だった。しかし、放出するにはまだ早過ぎる。もう少ししたい気持ちを抑えながら、わたくしは彼とともに行動を開始しました。




















「・・・・・・きて・・・」
「・・・・・・」
「・・・お・・・て・・・」
「・・・・・・」
「・・・加減・・・起きてください!!」
「はやっ!?」

 耳をつんざくほどの大声に飛び起きてしまう。声のした方向へ向くと、ベッドの横で見下ろしている黒毛の犬耳を持つ女性がいた。わたくしの側近であるアヌビスのネフィだ。彼女は別の場所でファラオを失い、たまたま此処へ流れ着いたのだ。

「まったく・・・主であるあなた様が昼まで眠るなんて・・・」
「だ、だって、昨日は魔力を多く使ったのですから・・・その補給で・・・」
「すでに旦那様は朝一番に起床されております。クルスラ様も同じ時間帯に起きてくださいませ」
「は、はい・・・」

 彼女が退室した後、少し背伸びしてから身支度を整える。長い髪の寝癖を直し、“王の部屋”から出た。



 ピラミッド内部は“包帯だらけの女性”と“下半身が蛇の女性”が多数動き回っていた。前者は先程のアヌビスが呪いで魔物化させた者。後者はわたくしの毒牙で魔物化した者だ。主に侵入者退治や家事労働をしてくれている。

「ちょっといいかしら?」
「はい?」

 近くに居たラミアの一人に尋ねた。

「ティルトは何処?」
「ティルト様でしたら、展望台に行かれました」
「そう、ありがとう」

 展望台ね。ピラミッドのすぐ隣に建造した塔。町を見渡すために造られ、そこでの眺めはお気に入りの一つだ。



 塔の頂上に辿りつくと、そこには金の刺繍がされた布の服を纏った青年が居た。わたくしの夫であるティルト。こちらに振り返った彼の胸元には、あの太陽のネックレスがキラリと輝いている。

「ようやく起きたみたいだね」
「むぅぅ、寝坊して悪い?」
「ははは、悪くないよ。昨日もあんなに頑張ってくれたのだから・・・」

 彼の隣へと向かい、そこから見える風景を一緒に眺めた。緑豊かな土地に囲まれたピラミッド。町もそれに囲まれ、果実などの実りのある作物が溢れていた。


 彼との出会いから数百年の時が過ぎた。

 最初は近くに潜む魔物達を探し始めた。

 幸い砂漠の奥深くに、サソリや砂虫といった彼女達を見つけ、協力を要請した。

 彼女達を使って、情報収集や囮役をしてもらい、町の様子を探った。

 結果、あの町には貴族を含め、かつての王を滅ぼした勇者の子孫が暮らしていた。

 ちょうどその頃に、はぐれとなったアヌビスのネフィがやってくる。

 十分な戦力を整え、入念な策で町への強襲を敢行した。

 町の住人達を魔物化させていき、最後に勇者の子孫である男性を捕らえた。

 彼に毒牙で毒を注入させると、すぐに婚約者の女性へと襲いかかった。

 後から聞いた話だと、サキュバス化した婚約者と何処かへ行ってしまったらしい。


 そして、邪魔者が居なくなってからが大変だった。


 町の汚れを皆で綺麗に片付け、その土地にわたくしの魔力を注ぎ込む。

 僅かながらに芽生えた植物を黒く穢さないように。

 町とピラミッド周辺にオアシス程度の緑を生やすのに、約50年以上も掛かった。

 魔力に詳しい人にアドバイスを貰い、暗黒な土地を作らないやり方を学んだ。

 それでも真っ黒な場所が出来てしまい、慌ててやり直すことも多々あった。

 やがて・・・3ケタの年数を超えて、ようやく安易に緑化させられるようになった。

 今ではピラミッドや町を覆い尽くすほどの緑の植物でいっぱいだが・・・。

 まだ足りないと感じていた。


「もう十分じゃないのかい?」
「いいえ、まだまだ拡げないと気が済みませんわ」
「それだったら・・・何故、暗黒魔界にしないんだい?」
「そ、それは・・・」

 彼の言った暗黒魔界は、闇の力を得意とする魔物により、闇の魔力で土地を黒い魔界へと変貌させた土地である。

「わ、わたくしにはそれなりの考えがあって・・・も、元々はあいつの国を乗っ取っとるつもりでしたから・・・まずはあいつの国を造ってからですわ!」
「そうだったね♪」
「もう、からかってるおつもり?」

 未だに慣れない彼のからかい。気を紛らわすため、わたくしは景色を再度眺めた。


「一応、あなたの頼みぐらい聞いてあげますわ・・・・・・ラナンサ・・・」


 亡き宿敵であり、友であった王へ聞かせるかのように、小声でそう呟いた。
13/07/28 23:03更新 / 『エックス』

■作者メッセージ
長らく投稿せずにいたので、リハビリも兼ねて短編を書きました。
今回は最近登場したばかりのアポピスが主人公の物語。
対立し合う二人の内、一人が居なくなったら? というテーマで想像しました。
ちなみにキャラクター達の名前は、『○は赤い河○ほとり』という漫画のキャラの名前を使いました。なかなかオリジナルで思いつかなかったので、全て一文字ぐらい変化させて使っています。
連載も進めるつもりですが、読み切りなどもなんとか投稿していこうと思います。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

TOP | 感想 | RSS | メール登録

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33