クロとピンクが見た水
ある山の麓で多数の人影が集まっていた。
無精ひげを生やし、武士の甲冑を疎らに身に着けた男達。彼らは刀や槍などを手にして、その刃をある者に向けていた。
その者は、彼らと対立するように立っている。見た目は12歳程度の痩せた少年のようで、粗末な着物を纏っていた。しかし、少年の目は蛇のように鋭く、その場に居た男達を震え上がらせている。
「た、たかが童一人じゃねえか！」
「おめえら、何ビビッてやがる！？」
「餓鬼は餓鬼だろう！ やっちまえ！！」
男達の内3人が少年へ向かって襲い掛かった。斬り掛かる彼らに対し、少年は何かを呟く。すると、突然3人の一歩手前の地面から金剛杖のような木の棒が飛び出し、男達の腹に突き当たった。軽く後方へ突き飛ばされた彼らは内臓を潰されたのかのように、腹を抱えて呻き声を上げる。
「・・・」
「なっ、なんなんだ！？ てめえは！？」
「貴様らがあの村を略奪しようとするからだ」
「そ、それは・・・」
口ごもる男を見て、少年はさらに怒気の交じった言葉を続ける。
「生きるためか？ それは理に適っていることだ。だが、貴様らはどれだけ命を奪い尽くした？ それでどれだけ生き延びられた？ 全てがお前たちで成り立っていると思ったか？」
「「「っ！？」」」
「今まで生き延びられたのなら十分満足できたはず・・・なら、此処で朽ち果てても悔いは無かろう・・・」
少年が掌を下に向けながら両手を拡げた。それに合わせて地面から複数の何かが這い出てくる。それは白く、痩せたように細い身体を持つ者。武士の防具も装着されたそれは、手にした刀や槍を構えた。
「「「ひぃぃぃ！？」」」
「う、うあああ！！」
「ば、化け物だぁぁぁ！！」
男達がそれらを見て叫ぶ。ある者は腰を抜かし、またある者は武器を左右に振り回して後ろへ下がった。彼らが目にした者。それは武士の鎧を纏う“骸骨”である。それらはまるで亡霊のような存在だった。
「に、にげ・・・」
「逃さん」
逃亡すら予想していた少年は、彼らを取り囲むように新たな亡霊武者たちを出現させる。逃げ道を失った男達は残る勇気を振り絞って武器を構えた。そんな彼らへ少年は無表情で骸骨たちに指示を飛ばす。
「やれ」
その言葉を合図に亡霊武者たちは男達へ襲い掛かった。恐怖に駆られながらも男達は己が持つ武器で迎え撃つ。しかし、向かって来たそれは防具どころか、骸骨自体に触れることすら出来なかった。
「なっ！？ あぐっ！」
「えっ？ がぁ！？」
「当たらな・・・」
ザシュ！
攻撃を当てられず戸惑う男達の隙をついて、亡霊武者たちが反撃を行う。それらは男達の腹を刺し貫き、首を切り落とした。あっという間に半数以上が亡骸となる。残った男達は迫り来る亡霊武者たちに怯えることしか出来なかった。
「な、なんでだ！？」
「た、助けてくれ！！」
「死にたくない！ やめてくれええ！！」
「頼む、もう村を襲ったりしねえ！ この通りだ！！」
「・・・」
土下座する男の頼みを聞いた少年は何も言わなかった。そうしている間に亡霊武者たちは武器を振り上げて、残った男達を無慈悲に葬った。男達を骸の仲間入りにさせた骸骨達は、薄らと霧の如く消滅する。ただ一人立っていた少年は一呼吸して、ある方向へ言葉を飛ばした。
「いつまで隠れているつもりだ？」
「・・・・・・気付いていたか」
彼の見つめる先にある木の影から一人の女性が現れる。まるで花魁のような綺麗な着物を着た美女。彼女は人とは思えぬほどの妖美さと覇気を撒き散らす。
「ようやく見つけたぞ」
「やはり雑兵如きでは相手にならぬか・・・」
「臆病な輩を集めて何が出来る？」
「ふふふ・・・」
女は笑みを浮かべて、背後から紫色の触手を複数出現させた。
「今度こそ・・・我の手で滅してやる！！」
「ふっ・・・」
迫り来る触手を気にせず、少年は右腕を女の方へ向ける。その手には青い光球が輝き、細長い物体を形作る。長い銃のようなそれは手元の部分に火の付いた縄があり、火元は右側に付いている鉄製部分の穴に向けられていた。
「滅ぼされるのは貴様の方だ」
バアアアアアン！！
「ん・・・」
「やっと起きたか」
太陽が真上に昇る時間帯。黒鎧を纏う女性の呼び掛ける声で目を覚ます青年。視界に入って来たのは目の前を移動する風景。さらに移動する乗り物に乗っているようで、地面を走る際の振動と何かの駆動音を身体で感じ取る。彼は左側に居る女性騎士へ話し掛けた。
「もうすぐ着くのか？」
「ああ、あれから一時間も経っていない。信じがたい速さだ」
「そういう乗り物だからな・・・後ろは騒がしいな」
「子どもにとっては最高の眺めだろう。私も少々楽しませて貰っている」
「町に着くなら起きていよう・・・セシウ、後ろの方は任せたぞ」
「承知」
彼女はそう言って、後方にある多数の椅子に挟まれた通路を歩き始める。青年は目の前に見えてきた町の風景を眺めた。
（便利なものだ・・・）
彼らが乗っているもの。それは長方形の立方体に近い形をした乗り物。全長は9m近くあり、高さも2m以上もある。鉄製のボディを持ち、外の景色が見られるよう全方位にガラス窓が付いていた。内部はゆったりできるクッションで出来た椅子がいくつもある。そして、この巨体を支える下部には4つの黒い車輪があり、それらが回転することにより、高速で移動していた。
青年の持つ知識によると、多数の人を運搬させるための車の一種で“バス”というものらしい。
（トラックもそうだが、これだけの物体を式神で創れる自分が信じられん・・・）
彼はそう思いながら見えてきた町を見つめる。
青年の名は“玉川 シンヤ”今から約一か月前、現代世界から異世界へ転移してきた元高校生。彼は“妖”という物の怪と戦っている最中に、彼女の術によってこの世界へ訪れてしまった。運よく、この世界の住人と協力し合い、辛くも使命である妖の消滅に成功する。
現在、彼はこの世界である一人の女性とともに生きることを決めた。黒い学制服で隠れて見えないが、ネックレスに加工された指輪を首からかけている。婚姻の証である指輪だ。
彼が乗っている乗り物は、“万物の式神”という具現化の術である。見たものなら何でも本物のように複製することが出来る。今回、彼は大人数を乗せて移動する必要があったため、このような乗り物を創り上げたのだ。
「すご―い！」
「走れ♪ 走れ♪」
「こら、立ち上がると危ないぞ」
「・・・」
バスの後方では複数の魔物の子ども達が座りながらはしゃいでいる。セシウと呼ばれた女性騎士だけでなく、彼女と似たような女性騎士も座っていた。
数日前、彼が暮らす町“シャインローズ”にある情報が寄せられた。その内容というのが『多数の魔物の子どもが次々と誘拐されている』という情報である。子どもの親達が必死で探すも見つからなかった。
そんな中、もう一つの情報が入って来る。それが魔物狩りをする連中の存在だ。彼らがシャインローズから離れた位置にある反魔物領で取引をしていると聞きつける。恐らく彼らの仕業と見たシンヤは子ども達の救出を志願した。
同じように志願したデュラハンのセシウも部下の兵士とともに同行。魔物狩りのアジトへ潜入した彼らは不逞な輩達を黙らせて、捕らえられていた子ども達を全員救出した。
反魔物領の町から脱出する際、運悪く教団と鉢合わせしてしまい、追われる羽目となる。しかし、広い荒野地帯に着くと同時に、シンヤがバスを具現化。それに乗って無事に脱出することができた。
（・・・トラックだとデカすぎるからな・・・）
シャインローズの大きな通りでバスを停車させ、左側にあるスライドドアをスイッチで開ける。開いたドアからセシウや部下の兵士達が先導して、魔物の子ども達を降ろしていった。すでに待っていた親達が子どもの元へと向かう。
「ふぅ・・・」
最後に降りたシンヤは具現化させていたバスを消失させた。彼が子ども達と親の再会を眺めていると、上空から巫女服を纏うサキュバス少女が舞い降りてくる。彼女は地面へ着地し、青年の名を呼んだ。
「シンヤ殿！」
「夢乃か・・・全員救出した」
「ご無事で何よりです・・・それより、姫様がお呼びしております」
「すぐに向かおう」
そう言って彼は夢乃に何かを手渡す。太目の紐が結ばれている木の棒で、彼女はその棒を持ったまま飛び上がった。それに繋がれた紐は彼の右手の袖から伸び、一定の距離まで離れた直後に、彼の身体が空中へ引っ張られる。サキュバス少女に釣り上げられた青年はそのまま屋敷の方へと飛び去って行った。
屋敷の玄関近くに舞い降りたシンヤは、右手から出ていた紐を消失させる。続けて夢乃も降り立ち、彼とともに屋敷へと入って行った。建物内に入ると、中ではメイド達が右往左往に掃除や運搬で忙しく動き回っている。
「やけに慌ただしいな・・・」
「それがですね・・・」
「シンヤさ〜ん！！」
青年の右横から彼の名を呼ぶ声が響いてきた。彼がその方向へ振り向くと、一人の女性に抱き付かれる。
「っ！？」
彼女は白い長髪で、頭には黒角、腰からは悪魔のような翼と尻尾が生えていた。色気を際立たせる漆黒の黒衣に対し、露出した肌は輝くような白さである。顔の両脇には白い髪を束ねる黒の髪飾りが揺れていた。胸元にはシンヤと同じ指輪のネックレスが光っている。
彼女の名は“レンジェ”このシャインローズを総べる領主であり、魔王の娘リリムの一人だ。現在はシンヤの妻として、稲荷の紺から料理や茶道、華道などの修行をしている。その大半は彼女の趣味らしい。
「おかえりなさい、シンヤさん」
「ただいま・・・全員無事に連れ帰ったぞ」
「ありがとうございます・・・本当によかった・・・」
「・・・屋敷のメイド達が騒がしく動いているが、何かあったのか？」
「あっ！ そうでした！」
彼女は何かを思い出し、彼の手を引いて連れ出す。
「夢乃も急いでね！」
「承知！」
「レンジェ？」
「すみません。実はもうすぐある御方が訪れるので、屋敷内の掃除やお持て成しの準備をしていました」
「ある御方？」
普通の来客ではないと予測するシンヤ。彼の予想通りにレンジェはその人物の名を告げた。
「“フィオナ”っていうリリムです」
「姉妹が此処へ来るのか・・・それは大変だな」
「ええ、順的にはお姉さんだけど・・・同い年ぐらいに可愛い娘です」
「何故此処に？」
「あの娘も結婚して、ちょっとした旅行で訪れるらしいです。殿方ともう一人連れて参られます」
「3人か・・・まぁ、旅行だからそれくらいの人数だろう・・・」
少し気になるシンヤだったが、彼女の焦りように気が取られる。彼女に連れられて入った部屋は、様々な衣装が用意されていた。
「ここで好きな紳士服を選んで着てください」
「多いな・・・」
「じゃあ、私もそろそろ迎えに行ってきます」
「気を付けてな」
レンジェは軽く詠唱をし、魔法陣によって転移する。彼女自身、シンヤとの訓練や魔力供給により、魔法の技術が徐々に向上していった。転移魔法による長距離は不可能だが、50m近くの距離は容易である。本人曰く、『セシウの説教から逃げやすくなりました♪』とのこと。
「やれやれ・・・」
彼は目の前にある大量の衣装を見て、少しため息を吐いた。
「初めて見る代物ばかりだ」
屋敷の外へ転移したレンジェは、そのまま飛び上がって街へと向かう。彼女は翼をバタつかせて飛行し、町の方を見下ろした。その方向から彼女自身の感覚でも分かるリリムの波動が伝わってくる。すでに来客は到着済みのようだ。
（フィオナの魔力と・・・これは・・・サキュバス？ 少し違うような・・・それにもう一人のインキュバスも、違和感が・・・）
謎の波動すら感じ取るも、リリムと一緒なら問題ないと判断する。彼女はそれらが居る場所へと飛び向かった。
町の通りを歩く3人の姿。
その真ん中にはレンジェと同じ姿をした女性がいる。同じ存在であるリリムの一人。彼女がこの町へ旅行しに来た姉妹の一人である“フィオナ・ネイサン・ローランド”一時期魔界から行方不明となり、大騒ぎになったが、しばらくしてから無事に戻ったらしい。しかも帰って早々重婚をしたと聞き、レンジェ自身も耳を疑った。
彼女の左隣りにも女性が歩いている。彼女はリリムの服と似た白い服を纏い、黒髪のショートヘアーに白い角を生やしていた。ハート型の先端を持つ尻尾は普通だが、サキュバスとは思えない黒い鳥のような翼を持っている。一言で言い表せば、彼女の姿は“堕天使”だ。
そして、フィオナの右隣りにいる男性。それはシンヤと似た容姿を持つ青年。彼の着ていた黒い学生服と全く同じものを身に纏っている。黒髪も似ていて、ただ一つ違うと言えば、顔付きだ。しかもその顔は黒翼の女性と似ている。まるで双子のようだ。
彼女達の目の前でレンジェはふわりと降り立つ。
「レンジェ！」
「フィオナ、お久しぶりです」
「久しぶり〜♪」
ゆっくりと歩き寄るフィオナはレンジェに抱き付いた。彼女もその抱擁を受け止めて、フィオナの頭をやさしく撫でる。
「元気そうですね」
「ユウタからいっぱい貰ってるから♪」
「えっ？」
「おい！？ フィオナ！」
「ちょっと！ やっぱり朝の内に抜け駆けしてたんじゃない！」
フィオナの発言に青年は慌てて止めようとし、黒翼のサキュバスが少し怒りの交じった声を出す。そんな怒声を気にせず、フィオナは抱擁し続けていた。彼女らの発言から、レンジェは3人との関係を把握する。
「フィオナ、もしかしてこの御二方が？」
「そう。私の旦那様と妾（めかけ）様♪」
「誰が妾よ！ ゆうたの妻はあたしもでしょうが！！」
「落ち着けよ、あやか」
「冗談よ、冗談♪」
さらに怒りの声を上げるサキュバスを宥める青年。レンジェは若干彼を憐れむも、羨ましいと思ってしまう。フィオナの抱擁をゆっくりと解き、彼女は二人の前で、両手を自身の前で握り合い、深くお辞儀をする。
「初めまして、このシャインローズを治める領主、レンジェと申します。どうぞよろしくお願いします」
「ご丁寧にどうも、黒崎 ゆうたです。よろしく」
「え、え―と・・・黒崎 あやかよ。こ、こちらこそ、よろしく・・・」
「ゆうた様とあやか様ですね。少し遅れましたが、此度は私のお姉様とのご結婚おめでとうございます。フィオナお姉様のこと、この先もよろしくお願いしますね♪」
「「は、はい！」」
レンジェの丁寧な謝辞に、二人は照れた表情で返事をした。
「ず、随分と丁寧じゃないの・・・あたしの知り合いとは大違い」
「その知り合いってのは、私のことかしら？」
「二人ともやめろ・・・」
またも一触即発になりそうな雰囲気になるが、ゆうたがそれを抑えようと呼び掛ける。その様子を見ていたレンジェが微笑んだ。
「ふふふ、仲が良さそうですね。できれば結婚式を見たかったのですが・・・ごめんなさい」
「こっちこそ、あなたの結婚式に出られなくてごめんね。何せ色々とあったから・・・」
「それじゃあ、話の続きは私の屋敷でしましょう。ご案内します」
レンジェは3人を連れて、屋敷へと歩き出す。
「「「「フィオナ様、本日はようこそおいでくださいました！」」」」
屋敷内では多数のメイド達が左右へそれぞれ一列になって出迎えてくれた。秘書であるヴィーラも正装の赤黒いドレスで現れて、フィオナの前で跪く。
「お待ちしておりました。フィオナ・ネイサン・ローランド様、黒谷 ゆうた様、黒谷 あやか様。ようこそシャインローズへ」
「こちらこそよろしくね、ヴィーラ」
「クレマンティーヌ様から書状をいただいております。粗相の無いようにと・・・」
「相変わらずね、あの人は・・・楽に接してちょうだい」
「はっ！」
スッと立ち上がった彼女は、レンジェとともにフィオナ達を談話室まで案内した。
「お茶菓子などを担当の者に運ばせますので、しばしお待ちください」
「ありがとう、ヴィーラ」
「では、失礼します」
ヴァンパイアの秘書は一礼してから、部屋を立ち去る。あやかはフカフカなソファへと腰掛け、フィオナもその近くの椅子に座った。レンジェはまだ立っているゆうたに声を掛ける。
「ゆうた様もどうぞお座りください」
「あ、ああ、じゃあこっちの椅子に・・・・・・ところで、レンジェさん」
「はい、何か？」
「様付けは無しでお願いします」
「分かりました。では、ゆうたさんとお呼びしますね」
「ああ、それでいいよ」
「あたしも同じく」
あやかも手を挙げて、ゆうたと同じ要求をしてきた。見た感じ双子のような二人にレンジェは微笑み答える。
「ふふふ・・・では、こちらもあやかさんと呼びます」
「そうよ。あたしもレンジェって呼ぶわ」
「おい、あやか。此処のお偉いさんだぞ。少しは・・・」
「何よ？」
「何でも・・・」
彼女の蛇のような視線で、言葉使いに注意しようとしたゆうたが黙らされる。フィオナも笑い、レンジェにあることを尋ねた。
「そういえば、レンジェも結婚したのよね？」
「はい、とても良い御方ですよ」
「一体どんな人なの？」
「こちらへ連れて来るようメイドに伝えています。もうすぐ来られるかと・・・」
ガチャ
彼女の言う通り、扉から二人の人物が入って来る。一人は薄い青色の着物を着た稲荷の紺。緑茶とお茶菓子を木製のお盆に乗せて運んでいる。もう一人は呼び出したシンヤだ。
「あれっ？」
「？」
レンジェはあっけらかんな声を出してしまう。その理由はシンヤがいつもの学生服を着ていたからだ。
「シンヤさん、服は？」
「すまない。見たこともない服は着れん・・・というより、着方が分からん」
「もう・・・汚れたままの服ですよ？」
呆れるレンジェを余所に、シンヤは平然としていた。そんな中、シンヤの姿を見たフィオナ達が驚きの目を見張る。それもそのはず、シンヤと同じ学生服を着るゆうたの存在が居るからだ。そのことに気付いた紺は、お茶菓子をテーブルへ置きながら指摘するような言葉を発する。
「おや？ そちらの方もシンヤ殿と同じ服を着られておりますな」
「あっ、そういえば、ゆうたさんも・・・」
「ん？ なんだ、こっちの世界でもこの服が普及しているのか？」
稲荷の言葉に気付かされて、レンジェも思い出し、シンヤは物珍しそうに問い掛ける。驚いていた3人の内、ゆうたが彼に話し掛けた。
「あんた・・・」
「ん？」
「ひょっとして現代の日本からやって来たのか？」
「そうだが、それがどうした？」
「いや、その・・・オレ達もそうだから・・・」
「オレ達？」
状況を理解していないのか、シンヤは怪訝な顔をする。この光景を見て、レンジェとフィオナが互いに見つめ合い、軽く頷いた。
「シンヤさん、紹介しますね。この方が姉のフィオナと、その夫のゆうたさん。そして、ゆうたさんの姉である、サキュバスのあやかさんです」
「そうか、君たちが・・・玉川 シンヤだ。よろしく・・・」
軽く会釈をする彼に対し、3人も挨拶する。
「ああ、オレは黒崎 ゆうた。よろしく」
「あたしは双子の姉の黒崎 あやかよ」
「私はフィオナ・ネイサン・ローランド。フィオナと呼んでもいいわ」
「うむ、よろしく」
紺が部屋から退出するのをきっかけに、5人は互いの今までの経緯を話した。
夕日が差し込む頃、それぞれの事情を話し終える。
「そんなことが・・・レンジェ、あなた大丈夫なの？」
「ええ、シンヤさんのおかげで助かりました」
「なるほどな・・・リリムの魔力で転移したのか・・・」
「あんた凄い人だな・・・本当に学生か？」
「こんな超能力学生見たことも無いわよ・・・」
お茶菓子を頂きながら歓談する5人。話によると、黒崎家の二人は現代世界へやって来たフィオナと出会い、そこから3人で一緒に暮らすことを決めたらしい。そして、結婚式はリリムの故郷である魔界で挙げたとのこと。
「見せたかったな・・・私の結婚式・・・」
「ごめんなさい。その日はシャインローズが大変だったから・・・」
フィオナ達の結婚式が行われる数日前、シャインローズではある事件が起きていた。それが“妖”と呼ばれる者によるスリップス領の崩壊。その事件の後、レンジェ達は救助した人々の保護や受け入れ先の手続きをしていた。
「確かに・・・魔界の至る所で、新たな魔物娘やインキュバスが訪れるのを見ていたわ。あれだけの量じゃあ、無理もないわね」
「ええ・・・別の親魔物領へも移送手続き、精神治療や犠牲となった人の埋葬もありました」
「大変だったわね・・・」
ちなみにレンジェとシンヤの結婚式で、フィオナ達も魔界でのトラブルに直面していた。それが教団による侵攻である。しかし、連続で襲撃されたにも拘らず、たった3人の力によって追い返したとのこと。
「あの女勇者、ムッカついたわ・・・人のことを化け物ですって？ 見た目で判断して・・・」
「乱暴なところを・・・」
「ギロッ・・・」
「なんでもありません、すいませんでした、ごめんなさい」
「ははっ・・・娘子、いい視線だ。それなら並みの相手は怖気付かせられる」
「そ、そう？」
「それに君もなかなかの気の持ち主のようだ。常人なら相手にもなるまい」
「そ、そうか？」
シンヤは二人の持つ力の波動を感じ取っていた。彼は二人が若年でありながら人を超えた能力を持っていることに内心驚いている。魔物化による力もあるが、それよりも元となった部分が異常なくらいに思えた。
「・・・」
「どうした？ 娘子？」
「なんでもない・・・」
不意にシンヤはこちらを見つめ続けるあやかに気付く。変に思い、尋ねるも無視するような返事をしてきた。フィオナと話し続けていたレンジェが外の様子を見て、皆にあることを提案する。
「皆さん、日も落ち始めましたし、よろしければ温泉に行きませんか？」
「あれ？ レンジェ、この町に温泉なんて・・・」
「5日程前に屋敷近くの家屋で温泉が湧いたそうです。すぐにその場所へ温泉施設を作りましたので、快適に入れますよ」
「一番風呂は俺とレンジェで入った。いい湯だったぞ」
「じゃあ、入りに行きましょう。ゆうた♪」
「お、おう・・・」
「そうね。あたしも入りたくなったわ」
皆が立ち上がり、レンジェを先頭に部屋から出て行った。最後尾になったあやかはシンヤのことを先程のように見つめ続けていた。
「・・・」
「あやか、どうしたの？」
「・・・なんでもない・・・行こう、フィオナ」
シャインローズの屋敷から近い地域にある銭湯。歩いてやって来たその場所の玄関に、一人の女性が立っていた。
「ようこそ、『花びらの湯』へ」
彼女達を迎えてくれたのは葉っぱのような緑色の和服を着た女性。頭には三角の獣耳があり、腰の後ろから丸っこい縞模様のある茶色と黒の尻尾を生やしている。彼女はこの銭湯の経営者で“形部狸”と言われる魔物娘だ。
「女将のキヨと申します。本日は貸し切りにしておりますゆえ、どうぞごゆっくり」
「ありがとう、キヨさん」
彼女に案内されて、5人は男湯と女湯で別れて入る。広々とした露天風呂へやって来たシンヤとゆうたは、かけ湯をしてから風呂へ浸かった。ちなみに二人は下半身をタオルで隠している。
「おぉ・・・いい湯だな」
「この湯はちょうど龍脈の真上だから、その力も染み込んでくる」
「へぇ、そうなんだ」
「ユ〜ウ〜タ〜♪」「ゆ〜う〜た〜♪」
突然、女性達の声が聞こえてくる。どうやら、彼らの右側にある竹壁の向こうは女湯の露天風呂らしく、フィオナとあやかの声が響いてきた。
「そっちへ」
「行こうか？」
「その前に湯から上がるぞ」
「ふむ、妥当な考えだ」
「ちょっと、ユウタ！」
「あんたまでそんなこと言うの！？」
「フィオナ、あやかさん、混浴は別にありますよ？」
「レンジェ、なんでそれを先に言わないの！？」
「そうよ！ あんた謀ったわね！？」
「ち、違います！ そちらだとこの人数では入れないので・・・」
「お前ら・・・」
「風呂ぐらい静かに浸かれ」
少し暴走気味な二人を抑える3人。静かになったところで、ゆうたがシンヤにあることを尋ねる。
「シンヤってさぁ・・・」
「んぅ？」
「長い年月を生きてきたんだよな？」
「正確には幾人もの人の一生を味わったと言えよう・・・時代の移り変わりを体験するほどな・・・」
「へぇ・・・じゃあさ、誰か歴史上の人物や事件を見たことがある？」
「ふむ・・・そうだな・・・」
彼は考え込み、しばらくしてから答えた。
「恐らく無いだろうな・・・」
「無い？」
「あったとしても、それが歴史に関わることなのかは解らん。唯一解るのは陰陽師ぐらいだろう」
「あぁ、そういえば、あんたの正体や術の名を付けたのも・・・」
「彼らだ。名無しである自分を名付けてくれた親でもある」
「実際の陰陽師って凄いんだな・・・」
彼の話に興味を示すゆうた。シンヤも彼にあることを聞いた。
「凄いと言えば、君や彼女達もなかなかの腕前を持っているらしいな？」
「あ、ああ・・・魔界を侵略しようとした奴らが居たからな。俺とあやかとフィオナで追い返してやった」
「勇者は女だけか？ 他には？」
「いや、その一人だけだった」
「そうか・・・俺は二人程見かけたな」
「二人も？」
「一人はさっき話した事件で知り合い、こちら側で保護された。もう一人は・・・」
「もう一人は？」
「異世界から来た人間」
その言葉にゆうたは衝撃を受ける。彼はすかさず、シンヤからそれについて詳細を求めた。
「オレら以外の奴が居たのか？」
「本人がそう言っていたからな。嘘を言っているようにも見えなかった」
「そいつは？」
「一週間前に、此処を襲撃しようとした教団の騎士達とやって来た」
一週間前、シャインローズから離れた草原地帯。
そこでは多数の騎士達と対面するシンヤの姿があった。すでに騎士達は膝をつく程傷だらけで、剣や槍などの武器が叩き折られている。
「くっ・・・何故です・・・」
シンヤの目の前には、金色の鎧を着た青年が剣を構えていた。見た目は彼と同じくらいの歳で、くすんだ黒髪に細い糸目をしている。
「さっさと立ち去れ・・・でなければ、命を取ることはしない」
「何故、魔物に味方するのですか！？」
「理解できないのなら、武力を持つな。青二才が・・・」
「誰が青二才です！？」
剣で斬り掛かる青年。シンヤはそれを素手で受け止めた。その右手には凝縮させた力を纏わせ、刃すら通らない状態である。
「なっ！？」
「ふんっ・・・勇者か。あの小僧の方がまだマシだな」
ギシギシギシ・・・パキィィィン！！
「っ！？」
彼が剣を握り締めると、剣がいとも簡単に弾き折れてしまう。得物を折られた青年の顔に、彼は躊躇なく左手による正拳を当てた。その拳の指には鉄のリングが付いている。それは握って扱うナックルダスターと言われる凶器。まともに受けてしまった青年は鼻血を出しながら顔を手で押さえる。
「ぐぅぅ・・・よくもボクの顔を・・・」
「すぐに再生する身体なのだろう？ 今更顔如きで狼狽えてどうする？」
「気付いていましたか・・・」
「白々しいな、若造」
彼は垂れ流す鼻血を左手で拭い、鋭い視線でシンヤを睨んだ。
「同じ世界の人間・・・いい仲間になってくれると思っていたのですが・・・」
「なんの話だ？」
「あなたは高校生でしょう！」
「あぁ、そういうことか・・・・・・確かにお前と同じ世界から来た者だ」
「なら！・・・」
「初対面で上から見る若造の言うことなぞ、誰が聞くか」
シンヤのその発言に反応して、彼は咄嗟に相手の方へ右手を向ける。その瞬間、シンヤの周りで円柱の壁が青く光り、その壁に斜めの斬撃が入った。その衝撃はシンヤ自身には通じず、不可視の斬撃を放った青年は面を食らう。
「ば、馬鹿な・・・そんな馬鹿な！？」
「どうした？ そんなか細いものしか放てんのか？」
「これならどうです！」
次に彼が放ったのは黄色く迸る雷撃。それもシンヤの障壁に当たり、まるで吸収するかのように消滅した。そのことに未だ信じられないのか、彼は雷撃、火球、不可視の斬撃などを放ち続ける。
「やれやれ・・・石ころのように投げ付けるしかできんのか・・・」
シンヤは障壁で青年の攻撃を防ぎつつ、青い光球を持つ左手を掲げた。すると、青年の真上に青い光が何かを形作り、それは8mぐらいの巨大な物体となる。以前、物理的な攻撃として使用した異世界の乗り物“トラック”だ。
「落ちろ」
「っ！？」
真横に倒れるそれは、真っ直ぐ青年の居る地上へと落ちていく。気付くのが遅かった青年はその乗り物の下敷きになってしまう。
ドオオオオオオン！！
「がはあああ！！」
腹這いで押し潰された彼は吐血と苦痛を漏らす。その状態の彼にシンヤは歩き寄った。
「案ずるな。まだ、全ての重量は掛けていない。今はな・・・」
「ぎ、ぎざま・・・」
シンヤは相手を見下ろしながら腕を組む。
「常人より力はあるようだが・・・力や知識の使い方が餓鬼そのものだな」
「うるさいぃぃ！！」
「少し話してやろう・・・確かに俺はこの世界の者ではない」
「ぐっ・・・」
「だが、お前の知る高校生ではない」
「な、にっ！？」
吐血する青年に彼は続けて話した。
「身体はお前と同じ若造・・・だが、魂は違う。そうだな・・・高校生を知っているのなら、歴史の教科書ぐらいも知っているだろう。俺はそこに描かれている古の時代を生きてきた」
「！？」
「簡単に言えば、お前より年上だってことだ。知識や経験もお前より上・・・身の程を知れ」
青年に冷たい視線を浴びせ、彼はトラックをさらに地面へとめり込ませる。徐々に押し潰されていく青年は、自身の中でバキバキと骨が折れていくのを聞き取った。
「ぐがっ！ あがあああああ！！」
「息も出来ないだろう・・・圧迫された状態では再生も不可能だ」
「がっ！ ぐっ！ あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛・・・が・・・ぅ・・・・・・」
悲痛の叫びを上げる青年はやがて意識を失う。シンヤは完全に気絶したことを確認し、トラックを光に変えて四散させた。
「・・・ふぅ・・・」
「それで・・・どうしたんだよ？」
「面倒だから、他の若造らに連れ帰らせた」
「内蔵を破裂させるって・・・いくらなんでもやり過ぎじゃあ・・・」
「それぐらいしないと奴は何度でも起き上がる。以前の小僧より厄介だからな」
二人が話している間、女湯の方でも彼女らが話し合っていた。
「こうして見ると、同じリリム同士なのに、フィオナとレンジェが違って見えるわね」
「そうなの？」
「そうでしょうか？」
「顔も似てそうなのに・・・そうね。雰囲気が違って見える」
「ふふん、私が可愛らしい姉に見えるのは当然でしょ♪」
「レンジェの方がお淑やかなお姉さんに見えるのよ」
「ええっ！？」
「わ、私は妹の方ですよ・・・」
「そうよ！ 姉より優れた妹なんていないわよ！！」
少しムキになるフィオナを宥めるレンジェ。あやかはフィオナに一矢を報いて、ご機嫌な顔をしていた。
「むぅぅぅぅ！ あやか〜！」
「何よ、やる気？」
「え？ ちょっと、御二人共！」
遂に二人の間の均衡が崩れたのか、互いの胸を狙って揉み始める。止めようとするレンジェも巻き添えになった。
「このぉ！」
「ひゃあ！？ やるわね、あやか・・・だけど！」
「ふあっ！？ フィオナ〜！」
「止めてください！ フィオナ！ あやかさん！」
「「邪魔！」」
「ひあっ！？」
その争いの声を聞いていたゆうたは呆れて首を振る。
「何やってんだ、あいつら・・・」
「ふっ、なかなか元気のいい娘子たちじゃないか」
「いや、お宅のリリムさんも巻き込まれているんですけど・・・」
「そう平然としても・・・あの声に反応しているようだな？」
その時、シンヤは左手でゆうたの股へと手を突っ込んだ。
「●▲■×！？」
「ふむ、若者でありながら立派だな」
素早く手を引っ込めたシンヤに対し、ゆうたは顔を赤くして怒りの言葉を投げかける。
「ちょ、ちょちょちょあんた！！ 何しやがんだよ！？」
「ただの確認だ。心配するな、俺にそっちの趣味はない」
「だからって・・・」
「そう逆上せるな・・・さて、そろそろ上がるとするか」
「あ、おい！」
平然と湯から上がる青年の後を、ゆうたは追うように風呂から上がった。
5人が着ていた服はキヨの手配で洗濯され、乾燥でき次第屋敷まで送り届けると言われた。シンヤとゆうたは、用意された浴衣を羽織って、残りの3人を待つ間に銭湯の外で涼しんでいた。
「やっぱ風呂上りの牛乳は美味いな。シンヤも飲むか？」
「俺は外の空気だけで十分だ」
「おやおや、水分は取っておかないと脱水症状を起こすよ？」
「あっ！」
「・・・？」
外の空気を吸っていた二人の前に、同じ浴衣を着た女性が現れる。彼女は灰色の長髪をし、リリムにも負けない程の美貌であった。彼女を見たゆうたが驚きの声を出す。
「な、なんで此処にまで来るんですか！？」
「ユウタがこっちへ遊びに来ているって聞いたから♪」
「知られないようにしたはずなんですけど・・・」
「自分だけ仲間外れにするなんて酷いよ♪」
二人の会話から、シンヤはこの女性が彼の知り合いであると認識した。
「知り合いか」
「そ、そうだな・・・師匠って呼んでる人だよ」
「師匠？ 人？」
「んもう、こんな素敵な愛人を置いていくだなんて♪」
「愛人なんていません。嘘言わないでください・・・それより、師匠」
「何？ 口移しでもしてくれるの？」
「違います。早く姿を隠してください。フィオナとあやかがもうすぐ来ますので・・・」
どうやら彼女はゆうた達にとっては芳しくない関係のようだ。しかし、彼女はゆうたの忠告を聞かないかのように突っ立っている。彼女の視線の先にはシンヤの姿があった。
「師匠？」
「・・・」
「・・・俺に何か用か？」
「ふ〜ん・・・」
「・・・」
「・・・んふ♪」
ヒュッ！
彼女が笑い声を漏らした直後、その姿が消失する。ゆうたが驚いている間に、彼女はすでにシンヤの足元へと屈みながら移動していた。
「っ！？」
シンヤがそれに気付いた時、彼女は右の拳を打ち上げるかのように振り上げていた。それはシンヤの顎の下を狙い、当たる寸前で止まる。寸止めをされた彼は平然と彼女を見つめていた。
「師匠！？」
「・・・」
「・・・」
「・・・ふっ」
またも一瞬だけ笑いの声を洩らした彼女は、拳を離してからシンヤの前で普通の体勢に戻る。
「威嚇か、遊びのつもりか？」
「どっちもかな？」
「仮に手を出せば、俺以外の者を敵に回すことになる」
「それもそうだね・・・そうそう、それと・・・」
「・・・」
「ユウタのものを勝手に触った罰だよ♪」
「えっ！？」
「！」
「自分もまだ直に触ったことがないからねぇ♪」
「し、師匠？」
「・・・」
彼女はそう言って、後ろへ振り返ってから歩き始めた。立ち去る彼女の背後を二人は眺める。
「な、何考えてんだ？ あの人は・・・」
「彼女・・・何者だ？」
「それが・・・・・・すまん。オレにも分かんねぇ」
「そうか・・・」
シンヤは彼女が姿を消した方向をずっと見つめていた。
（あのとき、男の風呂場には誰も居なかったはず・・・何時、何処から覗いていた？・・・全く気配もなかった・・・それに・・・）
「シンヤ、大丈夫か？」
（あの素早さ・・・何時、真下へ来た？ 何時、拳を振った？・・・まるで獣のような速さだ・・・）
「シンヤ？」
「・・・なんでもない」
それから数分後、風呂から上がった3人と合流し、彼らは夜の町を歩いて行った。
今日は街の通りでは夜店が立ち並び、5人はそれらを遊び回っていく。
始めの輪投げでは、あやかが風魔法で反則しようとして、ゆうたから説教を喰らっていた。
「お前な・・・そんなことしたら店に迷惑だろ？」
「だって、なかなか入らないんだもん」
金魚すくいでは、レンジェとゆうたは見事に掬っていたが、フィオナ、あやか、シンヤは一回でポイを破いてしまう。
「もう！」
「なんで破けるのよ！」
「むぅ・・・」
くじ引きでは、ゆうたが卑猥なこけしを引いたことで、フィオナとあやかが謎の会議を始める。
「あんなことや・・・」
「こんなことに・・・」
「なに話してんだよ・・・」
動き回った後、5人はそれぞれ串付きソーセージを手にして、人気の少ない神社へと移動した。建物の段差のある場所へ座り、彼女らは夜空を見上げる。
「んちゅ・・・ぴちゅ・・・」
「はむ・・・レロッ・・・」
約2名、ソーセージを頬張り、舐め回していた。呆れて見ていたゆうたが二人に尋ねる。
「何やってんだよ・・・」
「今夜することの予習」
「あたしも胸以外で勝負するつもりよ」
「こんなところでやるな」
同じように見ていたレンジェも、顔を赤らめながら彼女達に声を掛ける。
「お、御二人共・・・せめて人の居ないところでしてください」
「レンジェもした方がいいよ。男性を喜ばすにはこれが一番♪」
「わ、私はご遠慮させていただきます・・・」
「フィオナ、レンジェを見習えよ」
フィオナが注意を受ける最中、あやかはシンヤに目を向けていた。それに気付いた彼が視線を向ける理由を聞く。
「どうした？ 俺の顔に何か付いているのか？」
「あんたさぁ、いろんな人の記憶を持ってるのよね？」
「そうだ」
「じゃあ、その身体の記憶は知ってるの？」
「・・・」
その問いに彼はしばらく黙り込んだ。突然、立ち上がった彼はソーセージを全て食し、彼女らと対面するよう立ち尽くす。
「シンヤである過去の記憶・・・俺の口から出すことはできん」
「えっ？ シンヤさん・・・それって・・・」
「というより、その記憶自体無いからな・・・」
「「「「！？」」」」
理解できぬ答えに4人全員が言葉を失った。彼はそのことについて詳しく話す。
「人によっては、思い出したくない過去や経験が存在する。そんなものを見ている俺自身も耐えかねないぐらいにな・・・」
「トラウマ的なこと？」
「その通りだ、黒翼の娘子。そのような見られたくない過去は出来る限り、封印している。それでも見なければ判断できんという矛盾があるがな・・・」
「どんなものかは覚えているの？」
フィオナがそう尋ねると、彼は何も言わず、左腕に鳩を召喚させる。それは右手に持っていた串を咥え、夜空へと飛び去って行った。
「多少だが、鮮明には覚えていない・・・・・・そうだな。レンジェにも言ってなかったことを教えよう」
「えっ、私にも言ってなかったこと？」
「・・・俺は相手からの承諾で肉体を得ていたが・・・ただ、肉体を貰うだけで済まないときもあった」
「それって・・・もしかして・・・」
「・・・その者が望んだ最後の願いを成し遂げる・・・」
レンジェにとって、それは驚きの事実でもあったが、同時に合理的なことであると気付く。人としての全てを捧げる覚悟があるなら、最後に何かを望む可能性は高い。しかし、彼女にはそれより気になったことがあった。
「どんな・・・お願いごとでしたか？」
「・・・・・・その者の場合、非業の死を迎えようとしていた」
「！」
「あとは・・・分かるな？」
レンジェだけでなく、他の3人もその意味を理解する。彼女達の返事を聞かずに、彼は背を向けて歩き始めた。慌ててレンジェが彼を呼び止める。
「どちらへ行かれるのですか？」
「先に屋敷へ戻る。今日は力を多く使ったからな・・・」
「あ、そうでした・・・お疲れ様です」
「身内との話もあるだろう・・・ゆっくりしていけ」
再び歩き始めたシンヤは町の中へと姿を消していった。神社に残った4人はソーセージを食べながら話し続ける。
「レンジェ、彼・・・何かしてきたの？」
「フィオナ達が来る前に、誘拐された魔物の子ども達を救出していました」
「あたしらが来る前に？」
「昼過ぎた辺りに全員連れて帰ったそうです」
「あの人色々と凄いな・・・」
「・・・」
感心するゆうたの横であやかは何かを考え込んでいた。不思議に思ったフィオナが彼女に話し掛ける。
「あやか、どうしたの？」
「・・・う〜ん。面倒くさい」
「？」
（あいつ・・・どっかで・・・）
4人が屋敷へ戻る最中、彼女らは街中である人物と遭遇した。それはレンジェの顔見知りである呉服店の店主“ジョロウグモ”の糸美だ。彼女は紫の風呂敷包みを手に持っている。
「あら、姫さん」
「糸美さん、こんばんは」
「おろ？ そちらの御方達は・・・」
「私の姉であるフィオナと、夫のゆうたさん。それと、ゆうたさんの姉のあやかさんです」
「これは失礼しました。呉服店を経営する糸美と申します」
彼女の挨拶に3人も軽く会釈をした。レンジェは彼女の持つ包みについて尋ねた。
「糸美さん、それは？」
「ああ、これは玉川殿の私物になります」
「シンヤさんの私物？」
「実は玉川殿の服を修繕する際、ポケットなどに収納されていた小物がありまして・・・うっかりそれをお返しするのを忘れていました」
「そうでしたか・・・」
話をしていた糸美が何かを思いつき、手にしていた包みをレンジェへ差し出す。
「姫さん、よろしかったら玉川殿に直接手渡していただけませんか？」
「え？ 私が？」
「夫の物でしたら、妻である姫さんから渡された方がいいですよ」
「わ、分かりました」
受け取った彼女は包みを両手で抱えて、フィオナ達とともにその場を後にした。
屋敷へ戻った4人。レンジェはフィオナ達をある部屋へと案内する。そこは巨大なベッドがあり、客間にしては大き過ぎる部屋だった。
「大きいわね」
「デカいわね」
「凄い部屋だ」
「いつか訪れる姉妹専用の寝室です。勿論、殿方とも夜伽ができるよう大きいベッドを用意しました」
「じゃあ、私が一番乗り〜♪」
フィオナは巨大ベッドに思い切り跳躍して飛び込む。
「凄〜い！ ほら、ユウタもアヤカも早く！」
「急かすなよ・・・洗面所とトイレは？」
「そこの扉にあります」
「ぶ〜っ！ 早く〜！」
ゆうたはレンジェの差した方向へ歩いて行った。あやかは左手でお腹を押さえながらレンジェにあることを要求する。
「ねぇ、レンジェ。寝る前に何か食べたい」
「それでしたら厨房へ案内します」
「アヤカ、食べて寝たら・・・」
「うっさい！！」
あやかは右手で白く光る光弾を出し、余計な事を呟こうとしたフィオナに放った。だが、彼女は左手でそれを受け止め、握り潰すように消滅させる。
「もう・・・注意しただけなのに・・・」
「余計なお世話よ」
「御二人共・・・程々にお願いします」
レンジェは風呂敷包みを持ったまま、あやかと一緒に廊下を並び歩く。その途中でレンジェは、あやかが気難しそうな顔をしていることに気付いた。
「あやかさん、どうかされましたか？」
「どっかで見たことあるのよねぇ・・・」
「何がでしょうか？」
「気にしないで・・・」
その時、レンジェは片足を滑らせてしまい、その場で転んでしまった。
「きゃ！？」
「っ！？」
彼女は転んだ拍子に持っていた風呂敷を落とし、その中身を床へとばら撒いてしまう。
「もう・・・何やってるのよ・・・」
「すみません・・・」
「ほら、手伝ってあげ・・・・・・っ！？」
「あやかさん？」
ばら撒かれた小物を拾おうとしたあやかは、あるものに目が離せなくなる。それは手帳のような物だった。即座にそれ拾った彼女はあることを思い出す。
「これ・・・生徒手帳・・・・・・」
「えっ？」
「思い出した・・・あいつは、シンヤは・・・・・・あたし達と同じ学校の生徒・・・」
「！？」
思わぬ事実を告げられ、レンジェはそのことに驚いた。
「確かなのですか？」
「ええ、これはうちの学校の生徒手帳・・・それと・・・」
「それと？」
「別のクラスであいつの顔を見たことがある・・・噂と一緒にね・・・」
「噂・・・とは？」
「・・・」
あやかは言いたくなさそうに黙り込む。その様子に察したレンジェだが、覚悟を決めて彼女へ相槌をした。
「・・・・・・分かった」
「すみません」
「いいのよ。あいつの妻なら、本当の事は知るべきでしょう・・・」
「はい・・・」
「・・・・・・シンヤはね・・・・・・いじめられてた生徒なの」
「！？」
「そのクラスではある女子グループが一人の男子を虐げる問題が起きてた」
「その男子というのが・・・・・・シンヤさん・・・」
レンジェ自身、陽なる存在になる前のシンヤが自害しようとしていたのは知っていた。しかし、その理由がどんなものなのかは分からなかった。あやかの言う通りであれば、彼の過去も紛れもない事実である。
「そうよ。最初はそれ程話題にはならなかった・・・ところが日々事にその話が増えていって・・・あたしやゆうたが卒業する前に行方不明事件が起きた」
「その行方不明もシンヤさん？」
「ええ・・・それも友達から聞いた話だと、女子グループも登校拒否になってたわ。それも理由が分からずじまい・・・」
彼女は話しながら生徒手帳の中身を確認した。一枚一枚めくっていくと、そこにはマジックペンやボールペンによる暴言が書かれている。これは彼自身に対する嫌がらせであると二人は確信した。途中であやかは見るのを止め、その手帳を静かに閉じる。
「幼稚なやり方ね・・・」
「・・・・・・あら？ これは何でしょうか？」
レンジェはばら撒かれた小物からある物を手に取った。それは銀色の板と黒色の板を合わせたような物体。下側にある黒色の板の左端には丸くなった棒の先端のような部分が付いている。あやかはそれをそっとレンジェから取り上げて、それが何なのかを確認した。
「これは・・・」
「あやかさん、それを知っているのですか？」
「携帯・・・同じような物があればそれで連絡し合える道具よ」
「つまり・・・伝達用の道具？」
「そうよ。随分と古い型を使ってたのね・・・P5003is・・・電源は、ギリギリ使える」
彼女は携帯をコンパクトミラーのように開けて、黒色の板にある多数のスイッチボタンを押し始める。その様子を見ていたレンジェは不思議そうに見つめていた。
「何が見えるのですか？」
「残っているメールと着信を探しているの」
「めーる？ チャクシン？」
「知り合いから伝言や連絡を受け取っているかの記録よ」
「知り合い・・・・・・あっ！」
彼女はある言葉を思い出す。それは以前、シンヤが言っていたことだった。
「母親の・・・シンヤさんのお母さんから何かありませんか？」
「母親？ ちょっと待ってて・・・」
あやかはボタンを操作し、調べたい内容を探した。彼女がそれを見つけた瞬間、ボタンを押すことを止める。
「・・・」
「あやかさん？」
「・・・どういうことよ」
「えっ・・・」
彼女はただ俯いたまま携帯を持っていた。気になったレンジェが携帯の光る画面を覗き込む。そこには“玉川 奈々子”と“着信拒否”と書かれた表示が多数存在した。
「え―と・・・どう読むのでしょうか？」
「玉川、ななこ」
「玉川・・・ナナコ・・・さん？・・・・・・これは・・・」
「一日だけじゃない」
「えっ？」
「何度もこちらから連絡しているの・・・少なくとも二週間以上は連絡が取れていないわ」
「二週間も！？」
声を上げたレンジェはもう一つ思い出した。シンヤが『離婚した母と一緒だったが・・・居なくなった』と告げたことである。
「もしかして・・・これは失踪したときの・・・」
「母親が居なくなったっていう話よね？」
「ええ・・・」
「この着信の日付・・・いじめが噂される前から始まってる」
「・・・」
二人は言葉を失い、次第に携帯の表示が薄れていった。完全に光を失ったそれは動かなくなり、おもむろにあやかはそれを閉じる。
「・・・」
「・・・」
しばらく無言が続いた後、レンジェは散らばった小物を拾い集めた。ハンカチやちり紙の入った透明袋、ペン数本を風呂敷へと置く。あやかが持っていた手帳や携帯も手に取り、それらを全て風呂敷で包み込んだ。
「あやかさん・・・」
「・・・なに？」
「ありがとうございます」
「あ、あたしは何もしてないわよ？」
「私にも知らなかった彼の素性をお教え下さったことです」
「・・・別に・・・あたしも気になってただけだから・・・・・・どうするつもり？」
「彼から直接聞こうと思います・・・」
「待って！」
その場を立ち去ろうとしたレンジェの肩をあやかが右手で掴み止める。
「あいつの言ったことを忘れたの？」
「・・・」
「あいつは・・・“見られたくない過去は封印している”って・・・」
「でも・・・それでも・・・知りたいのです・・・」
「本気なの？」
「あの人は・・・いえ、“玉川 シンヤ”の心は癒されていないと思います。そんな彼を放ってはおけないです」
「はぁ・・・」
あやかはため息を吐き、彼女の肩から手を離した。
「分かったわ・・・少し付き合ってあげる」
「え・・・で、でも・・・」
「あいつの記憶を見るんでしょう？ 同じ世界に住んでた人の知識も必要になるかもしれないわ」
「あやかさん・・・」
「行きましょう」
レンジェとシンヤが使う寝室。浴衣姿のシンヤは仰向けになったまま寝ていた。無表情で眠る彼の左側へレンジェとあやかは見つめるように寄り添う。
「で・・・夢の中へ入ってみるのね？」
「はい。以前、シンヤさんを呼び戻すために魂へ直接入り込んだ方法で・・・」
「それってドッペルゲンガーの能力？」
「似ていますけど・・・シンヤさんの魂は記憶そのものでもあると言っていました」
「ふ〜ん」
興味無さげな声を出すあやかに、レンジェは左手で彼女の右手を握った。
「準備はいいですか？」
「当然、行くわよ」
レンジェは右手をシンヤの胸にかざし、ピンク色の光で辺りを輝かせる。
キイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン！！
「・・・ん・・・」
「・・・う・・・」
「え・・・」
「あ、あれっ？」
二人は透き通る青色の空間に浮かんでいた。そこはまるで水の中にいるような感覚で地面どころか足場が一つも無い。
「な、何よ？ 此処は？」
「私も初めて見る光景です」
「えっ、あんたは前に見たんでしょ？」
「あの時は、この人の視界を見るような感覚で覗いていました。でも、これは・・・」
そんな二人の周りに丸く青白い光がいくつも漂っていた。
「この球体、何よ？」
あやかがそれに触れた瞬間、周りの景色が一瞬にして真っ白に輝く。
「きゃあ！？」
「ひゃあ！？」
余りの眩しさに二人は目を閉じた。しばらくして彼女らが目を開けると、そこは自然に溢れた山々を見下ろせる空中だった。特に重力もなく、二人は浮かんだ状態である。
「ここは・・・何処でしょうか？」
「・・・あっ、あれは？」
「えっ？」
あやかが地上の何かに気付き、レンジェは指を差す方向へ目をやる。
「人・・・でしょうか？」
「そうみたいね。もう少し近付いてみる？」
「ええ、気付かれないよう遠くから見に行きましょう」
二人はゆっくりと飛行して、その場所へ向かった。遠目から見ると、そこには武装した男達が一人の少年を囲んでいる。彼らはじりじりと少年へ近付いていった。
「あれって、野伏せり（のぶせり）？」
「ノブセリ？」
「戦国時代で武士紛いの恰好をした盗賊みたいな奴らよ」
「そ、それじゃあ、あの子が・・・」
「待って、何か様子がおかしい」
あやかがそう言っている間に、3人の男達が少年へ走り向かう。それでも少年は動かず、何かを呟いた。その瞬間、彼らは地面から飛び出した太い木の棒によって吹き飛ばされた。
「なに？ 何が・・・」
「今のは・・・万物の式神！」
「えっ・・・ってことは、あれ！ あいつなの！？」
少年の動きでレンジェは彼の正体が“陽なる存在”であると確信する。
「これは・・・間違いなくあの人が見た記憶です」
「此処って戦国時代？・・・信長とか正宗とかいないのかしら？」
「ノブナガ？ マサムネ？」
「あ〜要するに何百年も前の時代よ！ 此処！」
彼女らが話す中、少年がゆっくりと両手を拡げた。その直後、少年と男達の間の地面から多数の何かが這い出てくる。それは武者鎧を纏う多数の骸骨だった。
「スケルトン？」
「違うと思う。武者の亡霊でも想像したんじゃない？」
「サムライのゴースト？」
「簡単に言えばそうね」
怖気付いた男達が逃亡を図るも、囲い込むように骸骨武者たちが次々と出現する。退路を塞がれた男達は最後の抵抗を試みようと武器を構えた。
「まさか・・・だ・・・」
「レンジェ」
「はい？」
「これは記憶なのよね？ だったら・・・あたし達が手を出すことはできない」
彼女がそう告げると同時に、骸骨たちが虐殺を開始する。為す術もなく地面へ倒れていく男達の姿を、彼女らは眺めることしかできなかった。最後に命乞いをする男達も無慈悲に刃の餌食となる。
「・・・」
「・・・容赦なくやるわね」
男達が息絶えた後、少年の見つめる先に一人の女性が現れた。上等な着物を着た妖美な女性。それを見たレンジェは一目でその正体に気付く。
「あれは・・・妖・・・」
「妖？ 妖って・・・あいつの言ってた化け物のこと？」
「姿は違いますが・・・あの雰囲気、似ています」
対面で話し合う少年と女性を眺める二人。話し終えた女が背後から紫色の触手を多数出現させて、少年に襲い掛かった。対する少年は右手に長い道具を取り出し、その先端を女に向ける。
「火縄銃・・・」
「ヒナワジュウ？」
「大昔に使われていた遠距離用の武器よ。火薬を使って鉄の球を飛ばすの」
「初めて見ました」
「この世界にはまだ無いのね」
バアアアアアン！！
乾いた音が響いた瞬間、またも彼女らは視界が真っ白に覆われてしまう。
キイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン！！
「えっ？」
「また！？」
再び視界が開けると、彼女らはさっき居た青色の空間を漂っていた。どうやら元の場所へと戻ってきたようだ。
「戻って来た？」
「さっきのが・・・記憶の一部？」
「そうかもね。あの青い球が普通の記憶じゃない？」
「でしたら・・・封印された記憶は、何処に・・・」
二人がキョロキョロと見回し、少し離れた場所に青白い光が集まっているのを発見する。
「あそこを見てみましょう」
「ちょ、ちょっと！ 待ちなさいよ！」
レンジェの後をあやかは慌てて追いかけた。二人がやって来た場所。そこは先程の青白い光の球が八面体の青い結晶に包まれている。その数は見るだけで百近くありそうだ。
「これも・・・記憶の一部？」
「解りませんけど・・・それらしい感じがします」
レンジェは一つの結晶を素早く手に取り、眩しさを防ぐように目を閉じた。しかし、何時まで経っても景色は変わらず、静寂だけが過ぎ去っていく。
「・・・・・・あれ？」
「封印されているからじゃない？」
「あっ、そうでした」
「レンジェって、リリムなのに意外と抜けてるわね」
あやかもその結晶を手に取って、色々な角度から眺めてみた。どうやら触れているだけでは中身を見られないようだ。
「ん〜・・・」
彼女は思い切って、結晶を額にくっ付ける。すると、彼女の視界が真っ白に染まった。
「！？」
シュウウウウウウウウウウ！！
見えてきた視界は他人の視界らしく、それはうつ伏せに倒れた状態で少女の遺体を見ていた。その少女は頭から血を流し、見ているだけでも息がないことが解る。
（な、なんなのよ、これ・・・）
『・・・みお・・・・・・』
（！）
視界を見る本人の声らしく、少女に向かって名を呟いた。少女を掴もうと伸ばした彼の手は血塗れである。その様子からあやかは視界の主が重傷を負っていると予想した。
『・・・・・・許さない・・・あいつら・・・・・・・・・絶対に！！』
『・・・少年・・・』
『！？・・・誰だ？』
謎の声に彼は辺りを見回す。しかし、周りには誰の姿もなかった。それでも尚、声が響いてくる。
『吾は陽なる者・・・魂だけの存在だ・・・』
『魂だけの？』
『吾は使命のため・・・人である肉体が必要・・・・・・』
『・・・・・・僕の身体が欲しいのか？』
『瀕死から救うこともできる・・・ただし、お前の意志は吾に吸収される・・・無理に奪うつもりはない・・・お前が“身体を差し出す”と望まぬ限り・・・』
しばらく地面を見つめていた視界が上を向いた。
『身体を・・・差し出すよ・・・・・・その代わりに・・・』
『む？』
『僕からの・・・願いを聞いてくれないか？』
『・・・願いとは？』
『僕を・・・みおを・・・殺した奴らに・・・・・・・・・“復讐”を！！』
『・・・・・・その願い・・・確かに聞き取った』
『頼む・・・』
『吾がその願いを成就させよう・・・』
シュウウウウウウウウウウ！！
再び視界が真っ白になり、次にあやかが見たものは林の中だった。そして、その所々に白い布を頭に被った黒服の男達が血を流して倒れている。
（あれって・・・弁慶みたいな服装・・・僧兵ってやつ？）
倒れている以外の僧兵は薙刀を構えていた。どうやら相手は視界の者のようだ。
『この小僧がああああああ！！』
一人の僧兵がそう叫びながら突っ込んで来る。視界の主は右手に小振りの鎌を創り上げて、迫って来る僧兵に投げ付けた。投擲された鎌の刃が彼の額に突き刺さり、そのまま地面へ倒れ込む。それを見ていた男達の中で叫び声が上がった。
『あ、兄者あああああ！！』
『貴様あああ！！』
『かああああああああああつっ！！！』
男達の声の中から老人の声が響く。それは皆を静まりかえすための言葉だった。男達の中から白い装束を纏い、三角の笠を被る老人が姿を現す。老人は右手に持っていた錫杖をこちらに向けた。
『お主はなんの意図があって、我らの宗派に仇名す？』
『吾はお前らに怨恨などない・・・・・・』
『！？』
驚く老人へ少年はさらに言葉を紡ぐ。
『もとより、これは貴様らが招いたことではないのか』
『な、なにを・・・』
『この少年とその妹を使って、貴様らの利になることさせた。そして、口封じに殺した。ならこの者に恨まれるのも道理・・・』
『な、なら！ 縁のないお主は何故・・・』
『肉体を得るために契りを交わした・・・身体を差し出す代わりに貴様らを滅ぼせと・・・』
『そ、それは・・・』
『自らの罪を隠す輩に言っても、念仏にすらならんがな・・・』
視界に映った少年の左手が上がると同時に、男達の周りに巨漢の鬼が複数出現した。老人は歯を食い縛って一言呟く。
『化け物め・・・』
『・・・悪いが、人の皮を被った化け物は何度も見ている。吾から見れば、お前たちもそれとなんら変わりない』
シュウウウウウウウウウウ！！
「・・・っ！・・・やかさ・・・・・・あやかさん！！」
「はっ！？」
気が付いたあやかはレンジェに揺さぶられていた。彼女は手にしていた結晶を見つめながら尋ねる。
「レンジェ？・・・あたし・・・何があったの？」
「結晶を額に当てた途端、まるで意識を失ったかの状態に・・・何度か呼び掛けましたが・・・」
「そう、なの？」
あやかは頭を軽く振り、先程の光景をレンジェに説明した。
「そんなことが・・・」
「あんたの言った通り、あいつの視界から覗けたわ。目を背けたくなる光景だけど・・・」
「・・・」
「それでも見るつもり？」
その問いにレンジェは少し俯いた後、決心して返事をする。
「はい」
「はぁ・・・じゃあ、この中から覗いて探すしかないわね・・・」
「あやかさん、すみません」
ため息を吐くあやかにレンジェは謝罪した。
「気にしないで・・・さっさと探すわよ」
「はい」
二人はそれぞれ結晶を手にし、額に当てて封印された記憶を覗き込む。目的の記憶“シンヤの過去”を求めて・・・。
数十分後、レンジェとあやかはある結晶を見つめていた。それはあやかが見つけたもので、それこそ二人が探し求めていた“シンヤの記憶”である。
「これが・・・」
「玉川 シンヤだったときの記憶で間違いないわ」
「あの・・・どんなもの・・・でしたか？」
レンジェの問いにあやかは気難しそうに答えた。
「それが・・・・・・ちょっとしか見ていない」
「？」
「あたし達の世界、それに時代も合ってるけど・・・途中で・・・くなって・・・・・・」
「・・・」
あやかの言葉が段々と小さくなっていく。レンジェは彼女が少し震えていることに気付き、その身体を抱き寄せた。
「！」
「無理させてごめんなさい・・・」
「あ、あたしは・・・その・・・」
「もう少し・・・もう少しだけ、私の我儘に付き合ってくれませんか？」
「・・・うん」
二人は目的の結晶を握り合い、封じられた記憶へと足を踏み込んだ。
「ん・・・！？・・・ここは！？」
「あっ、あやかさん、気が付かれましたか？」
あやかが目を覚ますと、そこには地面に倒れている自身へ寄り添うレンジェの姿があった。彼女は慌てて起き上がる。
「これ・・・どうなってるの？」
「結晶へ入り込むよう術式を組んでみました。これなら、見やすいと思いまして・・・」
「・・・・・・そういうことは早く言ってよね」
そう言って立ち上がったあやかは辺りを見回す。そこは自身が居た世界で、住宅街の道路の真ん中だった。すぐ近くには5階建ての居住施設がある。
「ここは何処でしょう・・・」
「多分、うちの家が近い」
「あやかさんの家が近いのですか？」
「多分よ。でも・・・ここはあんまり通らないわ」
「あの大きな建物は？」
「マンションね。一部屋に一家族が住んでる住居よ」
二人が話しながら眺めていると、その住居の一階にある一つの扉が開いた。中から出てきたのは黒い学生服を着た青年。彼女らは急いで物陰に隠れて様子を伺った。
「シンヤ、さん？」
「・・・あいつじゃなくて、本人の方よね？」
「恐らく・・・」
その青年は部屋の奥に居る女性と話している。
『行って来るよ。寄り道もしないから』
『気を付けてね。私もお父さんが帰って来たら一緒に準備するわ』
『今夜が楽しみだな♪』
青年は嬉しそうな顔で歩き始めた。そんな彼に一人の女性が話し掛けてくる。白いカーディガンに短めのスカートを履いた黒い長髪の女子。年齢は彼と一緒ぐらいだと思われる。
「・・・こ、こいび・・・」
「違うわ・・・あれよ。幼馴染ってやつよ、きっと・・・」
「そ、そうですよね・・・」
少し動揺するレンジェにあやかがフォローの言葉を掛けた。ここで場面が切り替わるように周りの風景が変わり始める。
「「！？」」
今度はある建物内のリビングらしき室内だった。二人は目の前のテーブルの椅子に座る青年を見ていた。その様子は暗く、テーブルには置手紙のような紙が一枚置かれている。その紙には『何もかも疲れました 探さないでください 母より』と書かれていた。
「これって・・・」
「シンヤさんの母親が失踪したときの・・・」
落ち込む青年は左手でテーブルをドンッと叩く。
『なんで・・・なんでなんだよ・・・・・・母さん・・・』
「シンヤさん・・・」
「・・・」
再び風景が変わり、二人は多数の机と椅子が並ぶ広い部屋にいた。
「ここ・・・うちの学校・・・」
「えっ・・・ということは・・・」
『ふざけんなよ！！』
「「！」」
部屋の外から怒鳴り声が響き、彼女達は開いたドアから外を覗いた。そこには長い廊下の真ん中で4人の女子生徒が尻餅をついた男子を睨んでいる。ツインテールの金髪をした女子が怒鳴った。
『注文した昼飯買ってこいって言ったでしょ！！』
『・・・購買にはもう無かった』
『そこはあんたがなんとかするんでしょうが！！』
「なっ・・・あそこまで酷く言うことは・・・」
「そういう無茶な言い方をするのよ。イジメをする奴らは・・・」
「そこまでするなんて・・・」
二人が話している内に、女子の中で短髪の女子が男子の胸倉を掴み上げる。
『さっさとコンビニでも行って買ってこいよ！』
『・・・』
『返事は！？』
『・・・・・・はい』
力なく返事をした男子はその場で立ち上がり、女子達とは反対方向を向いて歩き出した。その男子こそシンヤであり、顔の左頬が腫れ上がっている。
「あいつら・・・」
「知っている方ですか？」
「あのツインテールが高飛車でいいとこのお嬢様・・・うちのクラスでも噂になってたイジメグループのリーダーよ」
「あの娘が・・・」
「それに周りのつ・・・・・・」
「？」
あやかの言葉が途中で途切れた。不審に思ったレンジェが彼女の視線を辿り、その理由を理解する。イジメグループの中に先程見かけたシンヤの幼馴染が居たからだ。彼女は戸惑うような表情で彼を見つめている。
「そんな・・・」
「そういうものよ。シンヤを庇えば、今度は自分がイジメのターゲットにされてしまうから・・・単なる臆病者ね」
「・・・」
シンヤが目の前を通り過ぎる寸前で風景が変化した。
青空が見える建物の屋上らしき場所。あやかはここが何処なのかすぐに分かった。
「学校の屋上・・・」
「眺めが・・・綺麗な場所ですね」
ガチャ
「「！」」
二人の後方でドアノブの音が響く。彼女らがその方向へ振り向くと同時に、扉から男子の姿が現れた。
「・・・シンヤ、さん・・・」
「・・・」
彼は無言のまま、彼女らに目もくれず、外側に貼られたフェンスへと向かう。その先の行動を二人はいち早く予想した。
「まさか・・・」
「・・・何故です・・・・・・彼が、何をしたのですか・・・」
涙を流すレンジェを余所に、シンヤはフェンスを登り超える。彼の向かう先は・・・高所から地上への飛び降りだった。
『・・・母さん・・・僕が邪魔なら言ってくれればいいのに・・・』
「！」
「や、やめて・・・」
『そしたら、僕も・・・母さんも・・・他の皆も、苦しまずに済んだのに・・・』
「・・・」
「お願い・・・そんなことを言わないで！」
『ごめんね・・・何も役に立てな・・・』
「止めてください！！ シンヤさん！！」
「レンジェ・・・」
彼の呟きにレンジェが悲痛の叫びを上げる。またも此処で風景が変化した。
「此処は？」
「知らない場所けど・・・学校が見えるから近いわね」
夕暮れ時の空。大きな黒い地面で出来た通りの左右に、巨大な立法体の建物が次々と並んでいた。
「レンジェ・・・大丈夫？」
「・・・すみません。取り乱してしまって・・・」
「いいのよ。あたしもちょっと見てて、気分が悪かったし・・・」
あやかの気遣いで、レンジェは落ち着きを取り戻す。彼女を宥めていたあやかの視界に歩道を歩くシンヤの姿が映った。
「あっ・・・いた」
「えっ？」
学生服を纏う青年。その雰囲気はさっきまで見た彼とは違い、まるで狩人のような視線を放っていた。それこそ、今のシンヤとなった“陽なる存在”である。彼は人気のない通りの歩道を物静かに歩いていた。
「・・・あの人になった後の？」
「見た感じ・・・そうみたいね・・・」
彼女らは青年を見下ろせる位置で飛行する。何気なく歩く彼は何かを探している感じだった。
『・・・この辺りでもないか・・・残留思念らしきものを感じ取ったが・・・・とんだ見当違いだったようだ』
「例の化け物女を？」
「恐らく・・・それを追っているのでしょう」
青年はすぐ横に止まっていたトラックを過ぎた辺りで、建物の物陰から誰かに手を掴まれる。引っ張られた彼を追い、二人も建物の路地へと飛び向かった。
「「！」」
そこには学校で見たイジメグループの女子達が居た。ただ、今回はメンバーの中に幼馴染の女子は居なかった。その代わりにシンヤの腕を掴んだ者は、彼より一回り大きい身体を持つ不良のような金髪男子だった。
『よう・・・見つけたぜ、シン坊』
『今まで何処にいたのよ・・・そんなに私のことが嫌なの？』
ツインテールの女子も苛立つように話し掛けてくる。しかし、そんな彼らに対し、シンヤは無表情で尋ねた。
『お前ら誰だ？』
『『『『はぁ？』』』』
その問いに4人は間の抜けた声が出てしまう。ツインテールの女子が少し怒り口調で青年に聞いた。
『あんた・・・何を言って・・・』
『悪いが吾は、お前らを知らない』
『ふざけんじゃないわよ！！』
『ふざけてなどいない。人違いならもう行くぞ？ お前たちに構うほど暇ではない』
『待ちな』
短髪の女子が行く手を塞ぐように彼の前へ立ちはだかる。
『お前は玉川 シンヤだろ？ 記憶喪失にでもなったつもりか？』
『事実を言ったまでだ。知らんものは知らん』
『瓜二つの人間が居るわけないだろう？』
『そうだぜ。とぼけてんじゃねえよ』
シンヤの後ろに居た不良が彼の肩を掴み、建物の壁に押し付けた。
『この数日間、行方を眩ましてたおかげで見つけるのに骨が折れたぜ』
『用意は出来てるんでしょうね？』
『用意？ 何の話だ？』
その言葉にツインテールの女子がさらに怒り出す。
『いつまですっとぼけてんのよ！？ 五十万用意しろって言ったでしょ！？』
『その五十万を用意してどうするのだ？』
『私達に手渡すために決まってるんでしょうが！！！』
声を上げる彼女にシンヤは無表情で呟いた。
『訳が分からん』
『・・・はぁ？』
『見ず知らずの者達に、何故お金を手渡す必要がある？』
『あんたさぁ・・・本気で言ってるの？』
『さっきから言っているだろうが・・・知らんものは知らん』
『もういいぜ、安奈（あんな）・・・俺に任せな』
不良の男子がそう言って、右腕の拳を構える。
『言っても分からないようなら、身体で分からしてやらぁ』
『・・・』
彼が拳を振りかざした瞬間、シンヤはその拳を左手で受け止めた。
『なっ！？』
驚く不良男子に対し、シンヤは右手で彼の首元を掴む。体格差をものともせず、彼の身体が地面から離れた。シンヤは片腕だけで相手の身体を持ち上げている。
『ぐがっ！ がぁ！？』
『餓鬼が・・・』
彼はそう呟いて、向こう側の建物の壁に不良男子を投げ飛ばした。
『ぐあっ！！』
『隆（たかし）！？』
安奈と呼ばれたツインテールの女子が不良男子の名を呼ぶ。彼はよろけながら、手元に転がっていた鉄パイプを手に取った。
『なめんじゃねぇぞこらああああ！！』
不良男子は威勢よく声を上げながら鉄パイプを振りかぶろうとする。パイプがシンヤの頭に当たる直前で、彼はそれすら素手の右手で受け止めた。
『っ！？』
『若造如きで付け上がるな』
鉄パイプを掴む手だけで、その硬い金属を徐々に折れ曲がらせる。傍から見ても常人とは思えない力で折り曲げられているように見えた。それで一番恐怖に煽られたのは、鉄パイプを持つ隆と呼ばれた不良男子だった。
『ひっ！？』
『ふんっ！！』
怖気付く彼の隙をついて、シンヤが彼の腹目掛けて蹴りを入れる。その瞬間、不良男子は鉄パイプから手を離し、再び壁へと叩きつけられた。
ヒュン！ ズガッ！！
シンヤは相手の右肩に浮いた制服目掛けて、手にした鉄パイプを投げ刺す。幸い彼の身体には刺さらなかったが、服を貫くパイプは建物の壁に深く刺さってしまい、張り付けられてしまった。
『ひぃ、ひいいいいいい！？』
『・・・』
『ちょ、なんなのよ・・・一体なんなのよ！？』
『・・・』
『ちぃ！ 夏子（なつこ）！ 栄子（えいこ）！ さっさとこいつをとっちめなさい！！』
安奈が残る二人の女子に指示を飛ばす。しかし、夏子と呼ばれた短髪の女子は尻餅をつきながら震えていて、栄子と呼ばれたポニーテールの女子も足を震わせていた。
「まぁ、こうなるわね」
「幾度も死線を越えた存在・・・普通の方なら逃げ出します。ですが・・・」
「あのお嬢様は毛の生えた心臓を持ってるんじゃない？」
「でしたら、魔物化はお淑やかな“ぬれおなご”がピッタリですね♪」
さも当然そうに、その光景を見つめるレンジェとあやか。業を煮やしたのか、安奈が右ポケットからカッターナイフを取り出し、その刃をチキチキと展開した。
『この・・・ふざけんじゃないわよおおお！！』
『・・・ふん』
彼女はカッターナイフでシンヤの顔を斬り付けようとする。その刃が頬に当たる寸前で、彼は左手で彼女の右腕を掴んだ。
『あっ！？』
『小娘。気取るのはいいが、それは他人だけでなく、己自身も傷付けることだと覚えておけ』
『あ・・・あ・・・』
硬直した安奈の頭の両脇に、宙に浮いた小太刀が出現する。それは彼女のツインテールを切り裂いた。
『ひっ・・・』
トレードマークだった髪が切り落とされ、彼女はその場でショートカットの髪型にされてしまう。一瞬の出来事に、彼女は刃物を落とし、腰を抜かすようにへたり込む。数秒後、水音とともに彼女のスカートがじんわりと湿り出した。
「あっ、洩らしちゃいました・・・」
「ぷっ！ いいざまね」
見物する二人。レンジェは気の毒そうに呟き、あやかは面白そうに笑った。恐怖で動かなくなった彼女にシンヤが語り掛ける。
『小娘、火遊びは程々にしろ。でなければ・・・次はこんな火傷で済むと思うな』
『あぅ・・・あ・・・ひっ・・・』
最早普通にしゃべることすらできない少女に、シンヤは一瞥してからその場を立ち去った。遅れて二人も路地から出て、彼の後を追い始める。
（こういうことね・・・あの女子達が登校拒否をし始めた理由は・・・）
「・・・あ」
「ん？ どうし・・・！」
あやかはレンジェが見つめる方向へ目を向ける。そこには、シンヤと対面する幼馴染の女子が立っていた。彼女は両手を握ったまま彼に話し掛ける。
『シンヤ君・・・』
『・・・』
『・・・その・・・・・・ごめんなさい』
『何故、謝る？』
『私・・・ずっと、あなたのことを・・・見捨てていました』
「はぁ！？ 何よ！ 今ご・・・」
「あやかさん、待って！」
レンジェは怒鳴り散らそうとするあやかを抑えた。
『こんなことを言える資格はないと思うけど・・・』
『・・・』
『どうしても謝っておきたいの・・・』
『・・・』
『勿論、許してほしいなんて言わない』
『・・・』
『本当に・・・・・・ごめんなさい・・・』
シンヤは彼女の言葉を聞いている間も黙り続ける。なかなか返事が来ないことに、彼女は不審に思って彼の名を呼んだ。
『シンヤ君？』
『・・・さっきの小娘達といい・・・面倒事が多いな』
『えっ？』
『悪いが・・・人違いだ。そういうことは本人の前で言え』
『で、でも！』
彼女が取り出した携帯電話を操作すると、シンヤのポケットから音が鳴り出した。彼がその音の元である携帯電話を取り出す。携帯の画面には“七井 舞”（なない まい）と表示されていた。
『それはシンヤ君の携帯でしょ？ なら・・・』
『それでも君のことは知らない』
『！？』
理解できない彼女の横をシンヤが通り過ぎようする。しかし、彼は彼女の斜め後ろで立ち止まり、ゆっくりと口を開いた。
『・・・謝るぐらいなら、何故今まで放って置いた？』
『そ、それは・・・』
『そんなことをしなければ、この青年が自殺することもなかった』
『え・・・』
『吾・・・いや・・・“俺”は・・・“シンヤ”ではない』
衝撃の言葉をいくつか聞いた彼女は、慌てて彼の方へ向く。
『自殺って・・・』
『学校の屋上から飛び降りようとした』
『そ、そんな・・・』
『そこで彼と話した。捨てるのなら、その身体を使わせてくれと・・・』
『ど、どういう・・・』
『俺は人ではない存在だ・・・解り易く言えば、幽霊に近いもの』
『ゆう・・・れ、い？・・・・・・う、嘘よね？』
彼は何も答えず、頭だけ動かして彼女の方へ向いた。そこで彼女はあることに気付く。青年の目つきが自分の知る者でないことを・・・。
『・・・・・・シンヤ、くんは・・・何処に・・・』
『・・・自らの身体を差し出すと言い、俺と同化した。もうシンヤの意識はない』
『・・・』
『どっちにしろ・・・今の時点で手遅れだ。俺が手を出さずとも、彼は自らの命を捨てていた。もっと早く来るべきだったな』
『・・・・・・ぁ・・・あぁ・・・』
『此処に居るのは“シンヤ”の身体を持つ別人だということ・・・それが事実だ』
シンヤは前を向いて歩き出した。後方では、彼女のすすり泣く声が聞こえてくる。
「自業自得ね」
「・・・」
「レンジェ、気にしない方がいいわ。あいつの言う通り、今更来ても遅すぎるのよ」
「・・・・・・ええ・・・」
彼の後を追いながら、レンジェは泣き続ける少女に視線を向けていた。しばらくして、ずっと歩き続けていた青年が急に立ち止まる。彼は右手で顔の目元を拭った。その手には汗とは違う水が付いている。
『・・・・・・これは・・・・・・・・・気のせいか？』
「「・・・」」
その仕草に見惚れる二人の周りが真っ白に染まっていった。
精神世界から現実の寝室へと戻ったレンジェとあやか。お互い何もしゃべらず、未だに眠り続けるシンヤの顔を眺める。不意にあやかがあることを呟いた。
「・・・お腹すいた」
「あっ、すみません。厨房に連れて行く途中で・・・」
「いいのよ。あたしも興味本位で首を突っ込んだことだし・・・」
「・・・・・・そういえば・・・」
レンジェはベッド近くにある小棚の引き出しから、紙包みを取り出す。その中には鯛のような形をした砂糖菓子が2つ入っていた。
「昨日、ウシオニの松さんから頂いた“金花糖”と言われるお菓子です。よろしかったらどうぞ」
「ありがとう、レンジェ」
「私も、あなたに感謝しています」
「い、いいわよ、別に感謝しなくても・・・」
顔を赤らめるあやかは、レンジェから砂糖菓子を受け取り、早足で部屋の扉へと向かう。彼女は退出する間際に、ある言葉を口にした。
「・・・ここから先、頑張ってね」
「はい♪」
あやかが静かに去った後、レンジェはシンヤの方へ向き直した。彼女は履物を脱いで、ベッドに身を乗り出す。眠り続ける彼に覆い被さった彼女は、無防備な唇を奪った。
「んちゅ・・・」
「・・・・・・・・・・・・ん・・・・・・んぅ？」
口を貪られる感覚でシンヤが目を覚ます。彼は目の前の状況を見て、いつも通りレンジェが性行為を求めてきたと判断した。
「・・・ぷはっ・・・・・・すまない、先に寝付いてしまって・・・」
「あっ・・・そ、その・・・そうではなくて・・・」
「？」
いつもと様子の違う雰囲気に、彼は少し首を傾ける。彼女は勇気を振り出して、彼に話し始めた。
「実はシンヤさんの・・・あなたになる前の過去を見させて貰いました」
「・・・・・・そうか・・・見たのか・・・」
「すみません・・・けれど、どうしても知りたかった・・・」
「玉川シンヤを・・・か・・・」
彼は一呼吸してから口を開く。
「彼の過去・・・今の俺には・・・」
「関係あります。彼の肉体と魂・・・それらを手にしている時点で・・・」
「・・・そうだな」
「それに・・・彼を・・・絶望から救ったのなら・・・」
彼女は以前に見たシンヤと彼のやり取りを思い出し、そのことを口にした。
「あなたは昔から・・・あらゆる人を助け・・・今まで生きてきた」
「・・・あぁ」
「そして、あの人も・・・絶望の淵にいたシンヤさんも・・・」
「そうだな・・・」
「だからこそ、彼をそこまで追い詰めた理由を知りたかった・・・」
「何故だ？」
彼に質問されたレンジェは静かに答える。
「私も・・・・・・あなたの・・・シンヤさんのことを救いたいからです・・・」
「・・・彼は・・・」
「まだ、悲しみで泣き続けています」
「悲しみ？」
「全ての人に捨て去られたことは、優しさを持つあの人には耐えがたい苦痛です。他の人が求めないのであれば・・・私があなたを求めます」
「レンジェ・・・」
「出してください・・・あの人の記憶をもとに・・・・・・“シンヤ”を・・・」
彼女の願いに、青年はゆっくりと目を閉じ、しばらくしてからその目を開けた。
「レンジェ・・・さん・・・」
「シンヤさん・・・」
いつもの鋭い目と大人びた雰囲気を纏った青年は、一瞬にして、穏やかな顔になり、少し気弱な声で彼女の名を呼ぶ。レンジェはその様子に見覚えがあった。彼の封印された記憶の一つに存在した過去の“玉川 シンヤ”の姿である。
「僕は・・・」
「分かっています。あなたがどれほど寂しかったか・・・どれほど温もりが恋しかったか・・・」
「レンジェさん・・・」
「私が・・・その冷めてしまった心を暖めてあげます」
彼女は再び口付けをし、青年の身体を強く抱き締めた。彼も受け止めるように両手で彼女の両肩を掴む。
「んむ・・・・・・ん・・・」
レンジェは声を洩らしながら青年の口を味わった。彼はいつもとは違う雰囲気で彼女の愛を受け止める。
「・・・んぅ・・・」
不意に彼女の右手が青年の股を弄り、彼は呻き声を漏らした。その手は滑るように浴衣から下着の中へと入っていく。手で握られたそれは次第に膨張していき、ほんのりと熱を帯び始めた。
「ふ・・・ぅ・・・・・・っはぁ・・・」
レンジェの唇が彼の唇から離れると、互いの口元を繋ぐ唾液の糸が滴り落ちる。彼女の左手が彼の浴衣の帯を緩め、青年の下半身を露出させた。
「・・・」
「先にこちらから・・・・・・レロッ・・・」
「！」
青年の股座に顔を寄せた彼女が彼の一物を丁寧に舐める。すでに大きく反り上がったそれが反応するように脈を打った。
「くっ・・・・・・あぅ・・・っ！・・・」
「・・・んんぅ」
レンジェは十分な硬さだと判断し、それを口で優しく咥え込む。彼女の口内では舌が動き回って、青年のものへ刺激を与え続けた。少し堪えてしまう青年の表情を上目使いで見つめるレンジェ。それから彼女は頭を上下に動かし始める。
「んっ、んっ、んぅ、ん・・・」
ゆったりと上下運動をする彼女に、青年は両手でシーツを強く握った。その仕草は普段見せない行動だった。
（そう・・・この内気な雰囲気・・・・・・あの光景で見た彼・・・）
彼女の口淫が少しずつ速まり、青年の快感も増していく。
「レン・・・ジェさ・・・・・・も、もう・・・」
「んぅ？・・・んっ、んっ・・・」
彼は射精しそうな衝動を抑えていた。レンジェはそれを気にせず、与える快感を強める。その快感に堪えられず、青年は精を解き放った。
「うあっ！」
「んぶぅ！？」
ドクドクと脈を打ちながら、レンジェの口内に白濁液が溜まっていく。彼女は迷わず溢れ出さないよう飲み込んでいった。
「ごきゅっ、ごくっ、ごくっ・・・」
一滴も垂れ落ちずに飲み干すレンジェ。ちゅぽんと彼のものから口を離し、口の中の精も舌で綺麗に舐め落とす。
「んく・・・・・・はぁ・・・美味しい・・・」
「う・・・」
彼女は上半身を起こし、帯を解いてから浴衣をするりと脱ぎ下ろした。下着も転移魔法で消失させ、すでに愛液が垂れている秘唇をそそり立つ陰茎の先に当てる。
「んぅぅぅぅ・・・ああっ！」
「うぐっ・・・」
レンジェは体重を掛けて、自らの蜜壺に青年のものを突き入れた。ゆっくりと挿入されたそれは根元まで入り、その先端は彼女の子宮口と接触。その感触にお互い、痺れる程度の快感が走る。
「はぁ・・・ぁ・・・うっ・・・」
「・・・くぅぅ・・・っ・・・」
普段ならこの時に青年の方から動くことが多かった。しかし、今回は初めてを捧げた男子のように、余りの快感で動きづらくなった姿勢を見せる。その様子にレンジェは微笑み、自身から腰を動かし始めた。
「うん・・・んっ・・・あぁ・・・」
彼女は騎乗位の体勢でリズミカルに動いていく。毎回交わっているとはいえ、魔物の頂点であるリリム。その快楽は慣れている者ですら蕩ける程凄まじい。青年の味わう快感が一気に駆け上っていった。
「あぁ、あっ、あっ、うあっ・・・」
「ふぅ、ふぅ、くぅ、うっ・・・」
ここで青年の上半身がゆっくりと上がり、レンジェの身体をやさしく抱き締めた。突然のことに彼女が驚くも、続けて彼はその唇を奪う。
「んぅ！？ ん・・・」
「ちゅ・・・ぴちゅ・・・」
「んっ、んっ、んっ・・・」
口での貪り合いとともに、お互いの腰の動きもそれとシンクロする。
「んっ、ぁあ、んぅ、んっ・・・」
徐々に速まる下の動きで、レンジェ自身耐え切れないのか、くっ付いていた口を度々離してしまう。一方の青年は少し荒い感じで腰を動かしていた。まるで初めて性を味わった男性のように・・・。
「ん、はぁ、はぁ、はぁ・・・」
「うっ、あぁ、あっ、あっ、あっ・・・」
二人の快感が最高潮へと高まっていき、青年が彼女へあることを告げる。
「はぁ！ はぁ！ レン、ジェさぁ！ で、出る！」
「あっ！ く、ください！ 中に！ いっぱい！ あっ！」
まもなく訪れる精の放出を求めるレンジェ。そんな彼女の要求に応えるべく、青年は達した直後に、己の分身を思い切り突き入れた。
「ふあっ！？・・・ああぁぁぁ！！ あっ！ あっ・・・あっ・・・」
力強い脈動が波打つように蠢き、それによって多量の精液が彼女の胎内へ注がれる。彼の陽の力を帯びたそれは、彼女にとって極上の精。すぐさま魔力へと変換され、レンジェの全身がピンク色に輝き出す。
「はぁ・・・はぁ・・・」
「ふぅ・・・う・・・・・・温かい・・・」
余韻に浸る彼女は青年の顔を真正面から見つめた。息を整えるそれは数多の記憶の一部として存在した穏やかなあの青年。封じられた記憶を元に演じているようだが、あの頃の“玉川 シンヤ”だと彼女は確信した。
「レンジェさん・・・」
「・・・」
「僕は・・・僕は・・・・・・」
「言わなくても大丈夫です」
レンジェはそう言って、彼の背中へ両手を回す。抱き締められた青年も彼女の後ろ腰へ同じく手を回した。
「私はあなたの全てを受け止めます。絶対に捨てたりはしません」
「あ・・・あ・・・・・・」
「もっと見せてください・・・あなたが抱えているものを・・・」
「・・・・・・はい・・・」
レンジェを見送ったあやかは屋敷の廊下を歩きながら、先程貰った砂糖菓子を食べていた。
「・・・」
先刻まで見ていた光景を思い返す。彼女から見れば“玉川 シンヤ”は“同じ学校の生徒”知り合いになった“リリムの夫”でもある。それでも過去の彼の境遇は余りにも酷過ぎるものだった。
（・・・青春ドラマや漫画とかで見たけど・・・実際見てみると吐き気がする）
彼女は最後に残った菓子の一欠けらを見つめ、それを一気に口の中へ放り込む。
（・・・・・・でも・・・今はあの娘がいるんだし・・・あたしの手助けはもうない・・・）
ボリボリと菓子をかみ砕く彼女は、フィオナとゆうたが居る部屋のドアを開けた。
「はぁ・・・はぁ・・・ゆう、た♪・・・」
「ふぅ・・・・・・あ・・・」
「・・・」
あやかの目に映ったもの。それは、はだけた浴衣から陰部を晒す二人の姿。
フィオナはお腹を両手で抑えながら仰向けになっていた。
その隣で、ゆうたは横向きで寝そべって息を整えている。
そして、すでに行為を終えたらしく、フィオナの秘裂からコポリと白濁液が垂れ落ちる。
ジト目で見るあやかにゆうたが少し慌てしまう。
「あ、あやか・・・これは・・・」
「別に・・・」
「へ？」
「別にフィオナとやるな・・・なんて言ってない」
「そ、それじゃあ・・・」
「でも・・・」
「でも？」
「あたし抜きでしてんじゃないわよ〜！！」
そう叫んだ彼女は翼で飛行し、ゆうたのもとへ突っ込んでいく。突然のことに彼は無抵抗のまま組み伏せられた。
「何回やったの？」
「え、え〜と・・・」
「何回？」
「ご・・・五回・・・」
「・・・・・・ばい・・・」
「えっ？」
「その2倍くらい相手して」
「おまっ、それは・・・」
「文句は？」
「ありません」
彼女の要求にゆうたは拒否をすることができなかった。
もうすぐ夜が明ける時刻。
領主の寝室では、青年に寄り添うように寝ていたレンジェが目を覚ます。遅れて彼も目を覚まし、上半身を起こした。
「・・・」
「シンヤさん？」
彼女は青年の様子がおかしいことに気付く。声を掛けられた彼は右手で頭を抱え、何か考え事をするような姿勢をとった。
「・・・・・・」
「？」
「こんな感覚は初めてだ・・・」
「えっ？」
レンジェが起き上がると同時に、右手を降ろした彼が語るように話し始める。
「まるで元からこの身体だったみたいな・・・そうだな・・・」
「そ、それは・・・もしかして・・・」
青年は右隣に居るレンジェの方へ顔を向けた。
「恐らくだが・・・これまで人の身体を入手する際、完全に同化できていなかったのだろう」
「まさか、不完全に・・・今は？」
「うむ・・・生まれた日、両親のこと、学校での生活・・・そして、もう一人の自分が自殺を止めてくれたことを・・・全て自身の経験だと認識している」
「！？」
「ふっ・・・もう一人の自分か・・・・・・妙な言い方をしてしまうが・・・その方がいいかもしれん」
自身の発言に鼻で笑う青年。それに釣られてレンジェもクスッと笑う。
「あなた達らしいです」
「・・・さて、朝食を頂きに行こうか。昨日はいつも以上だったような気がするのでな」
「っ！？・・・もう！ 言わないでください！」
はだけた浴衣を整えて、青年がベッドから立ち上がった。レンジェも脱ぎ捨てていた浴衣を纏い、彼とともに寝室から出ようと扉の方へ向かう。
「レンジェ」
「はい、シンヤさん」
「・・・・・・ありがとう」
「どういたしまして♪」
日が昇り始めた頃に、フィオナ達も目を覚まし、レンジェ達と一緒に朝食を取った。食事を終えた後、フィオナ達一行は魔界へ帰る準備をし始める。レンジェとシンヤも彼女らを見送るために、浴衣から普段着へと着替えに戻った。
屋敷から出てすぐの玄関前。
3人を見送る二人以外の者達も集まっていた。多数のメイド達が整列し、側近であるセシウとともにお辞儀をする。
「また、いつでもお越し下さいませ」
「お、おう・・・」
「また遊びに来ます♪」
「暇があれば来るわ」
紺は二つの青い風呂敷包みをゆうたに手渡した。
「朝食時に頼まれたジパングの品から取り寄せた魚と山菜です。どうぞ」
「助かります。魔界だとなかなか手に入らなくて・・・」
「よろしければ、ジパングと繋がっているミミックの運送屋を紹介しましょうか？」
「そんなものがあるんですか？」
ヴィーラは一枚の封書を取り出し、フィオナに差し出す。
「フィオナ様、不躾ながらお願いがあるのですが・・・この書状をクレマンティーヌ様へ手渡して頂けないでしょうか？」
「別に構わないけど・・・これは？」
「向こうへのご返事とご報告でございます。あなた方をいかにお持て成ししたかを・・・」
「律儀ねぇ・・・」
あやかはレンジェと向き合い、彼女の右側にいる青年へ目を向けた。
「・・・」
「どうした？」
「昔のことなんて気にしない方がいいわよ」
「む？・・・もしやイジメのことか？」
「えっ？ どうして・・・知ってるの？」
不意に答えられた言葉に動揺するあやか。そんな彼女にレンジェが説明する。
「あやかさん、大丈夫です。彼は全てを受け入れました。シンヤさんの過去も・・・」
「それって・・・どういうことよ？」
「つまりは俺自身でも経験した人生・・・“玉川 シンヤ”と完全に同化したと言えよう」
「そう・・・なの・・・」
「左様・・・君も同じ学年に居たとはいえ、俺のことについては気にしなくていい」
「！・・・あんた・・・」
彼女は何かを言い掛けようとするが、敢えてその言葉を出さなかった。
「・・・面倒になるなら言わないわ」
「それでも構わない。ただ一つだけ、言わせてくれ」
「何？」
「レンジェを導いてくれたことに感謝する・・・」
「・・・あたしは興味があっただけ・・・あとは良心に従っただけよ」
照れるように彼女はそっぽを向く。その仕草を見た二人から笑みがこぼれた。
「な、なによ！？」
「なんでもありません♪」
「それでいい。君自身が正しいと思えば、その通りにすればいい」
「ふんっ！」
「あやか、何怒ってんだよ？」
「怒ってないわよ！」
バシッ！
「い゛っ！？」
ゆうたが声を上げるあやかに話し掛けるも、彼女の尻尾が彼の足へと叩きつけられた。まるで余計なお世話だと言わんばかりに叩かれ、彼は歯を食い縛って痛みに耐える。レンジェは背を向けるあやかを静めに行き、シンヤは叩かれたゆうたへ心配そうに近寄った。
「あ、あやかさん・・・」
「大丈夫か？」
「こ、これくらい・・・昨日のよりはマシだな」
「むっ？」
シンヤは苦笑いする彼を見て、少し元気のない様子に気付く。
「昨夜は大分頑張ったようだな？」
「あ、ああ・・・特にあやかが、フィオナより多くて・・・12回も・・・」
「その割には、普通に立って動けているようだが？」
「まぁ、ちょっとは慣れた」
「意外と丈夫そうだな」
「うぅ・・・あんたは？」
「俺も人外である以上、彼女が満足するまでやる」
率直な答えにゆうたが目を丸くした。その時、彼はシンヤの雰囲気に違和感を感じ取る。昨日、初めて会ったときの長寿者である大人に、優しげのある青年の面影が重なっているように見えた。
「シンヤ・・・？」
「どうした？」
「・・・い、いや、なんでもない」
「ユウタ〜！」
「あんただけ置いていくわよ〜！」
「ちょ！ 待てって！」
フィオナが転移魔法陣を展開し、あやかは身内の青年に呼び掛ける。早足で彼女達のもとへ駆け寄るゆうた。シンヤは魔法陣の外側にいるレンジェの傍へ歩き寄った。
「それじゃあ、世話になったわ。レンジェ」
「ええ、またいらしてください♪」
「暇があったらね」
「あやか、そういうこと言うなよ・・・シンヤも元気でな」
「ああ、またいつか来い」
桃色の光が魔法陣を輝かせ、その光とともにフィオナ一行は姿を消した。残された二人は彼らの居た場所をしばらく見つめ続ける。
「なかなか面白い姉だったな」
「ええ、久しぶりに出会えてよかった・・・」
「あの姉弟もな・・・」
「・・・」
レンジェは無言で左隣りに居るシンヤの顔へ目を向けた。
そこに居るのは、昨日までの大人びた青年の姿だけではなかった。
その容姿に合う好青年のような男子の面影。
彼女からは、まるで二人の男が綺麗に重なっているように見えた。
それは“長年の時を生きた存在”であり、記憶の空間で見た“捨て去られた青年”
彼女は両方の彼を救い、彼らも彼女を受け入れた。
「シンヤさん」
「ん？」
「魔術の研究でもしませんか？」
「どうしてだ？」
「昨日、フィオナが言っていた自身の力で異世界へ転移したこと・・・それについて・・・」
「それとどういう関係が・・・」
レンジェの言ったことに、疑問を抱くシンヤ。彼女は続けて答える。
「行ってみたいです・・・」
「・・・・・・あの世界に？ 観光か？」
「それもありますけど・・・・・・ある人に会ってみたいのです」
「ある人？」
「・・・・・・あなたを一度見捨てて・・・そして、もう一度手を差し伸べたあの方に・・・」
「・・・“彼女”か？」
名前が出なくともシンヤは誰なのかすぐに理解した。
「もう終わったこ・・・」
「話を聞きたいのです。彼女の・・・手を差し伸べた理由を・・・」
「・・・」
「そのためにはまず・・・異世界への転移魔法を会得する必要があります」
彼女は真っ直ぐな目で彼を見つめる。レンジェは決めていた。あの世界で彼を救おうとした女子。ただ理由を聞きたいがために・・・。軽くため息を吐いたシンヤは目を瞑り、再度見開いてから口を開けた。
「分かった・・・俺自身も把握できていない術式だ。出来ればあの3人から聞きたかったが・・・」
「大丈夫です。他の知り合いでそれに詳しい人が何人かいますから♪」
「そうか・・・・・・」
二人は手を取り合い、屋敷へと引き返した。
（私が叶えてあげます・・・あなたが残した向こうでの願いを・・・）
無精ひげを生やし、武士の甲冑を疎らに身に着けた男達。彼らは刀や槍などを手にして、その刃をある者に向けていた。
その者は、彼らと対立するように立っている。見た目は12歳程度の痩せた少年のようで、粗末な着物を纏っていた。しかし、少年の目は蛇のように鋭く、その場に居た男達を震え上がらせている。
「た、たかが童一人じゃねえか！」
「おめえら、何ビビッてやがる！？」
「餓鬼は餓鬼だろう！ やっちまえ！！」
男達の内3人が少年へ向かって襲い掛かった。斬り掛かる彼らに対し、少年は何かを呟く。すると、突然3人の一歩手前の地面から金剛杖のような木の棒が飛び出し、男達の腹に突き当たった。軽く後方へ突き飛ばされた彼らは内臓を潰されたのかのように、腹を抱えて呻き声を上げる。
「・・・」
「なっ、なんなんだ！？ てめえは！？」
「貴様らがあの村を略奪しようとするからだ」
「そ、それは・・・」
口ごもる男を見て、少年はさらに怒気の交じった言葉を続ける。
「生きるためか？ それは理に適っていることだ。だが、貴様らはどれだけ命を奪い尽くした？ それでどれだけ生き延びられた？ 全てがお前たちで成り立っていると思ったか？」
「「「っ！？」」」
「今まで生き延びられたのなら十分満足できたはず・・・なら、此処で朽ち果てても悔いは無かろう・・・」
少年が掌を下に向けながら両手を拡げた。それに合わせて地面から複数の何かが這い出てくる。それは白く、痩せたように細い身体を持つ者。武士の防具も装着されたそれは、手にした刀や槍を構えた。
「「「ひぃぃぃ！？」」」
「う、うあああ！！」
「ば、化け物だぁぁぁ！！」
男達がそれらを見て叫ぶ。ある者は腰を抜かし、またある者は武器を左右に振り回して後ろへ下がった。彼らが目にした者。それは武士の鎧を纏う“骸骨”である。それらはまるで亡霊のような存在だった。
「に、にげ・・・」
「逃さん」
逃亡すら予想していた少年は、彼らを取り囲むように新たな亡霊武者たちを出現させる。逃げ道を失った男達は残る勇気を振り絞って武器を構えた。そんな彼らへ少年は無表情で骸骨たちに指示を飛ばす。
「やれ」
その言葉を合図に亡霊武者たちは男達へ襲い掛かった。恐怖に駆られながらも男達は己が持つ武器で迎え撃つ。しかし、向かって来たそれは防具どころか、骸骨自体に触れることすら出来なかった。
「なっ！？ あぐっ！」
「えっ？ がぁ！？」
「当たらな・・・」
ザシュ！
攻撃を当てられず戸惑う男達の隙をついて、亡霊武者たちが反撃を行う。それらは男達の腹を刺し貫き、首を切り落とした。あっという間に半数以上が亡骸となる。残った男達は迫り来る亡霊武者たちに怯えることしか出来なかった。
「な、なんでだ！？」
「た、助けてくれ！！」
「死にたくない！ やめてくれええ！！」
「頼む、もう村を襲ったりしねえ！ この通りだ！！」
「・・・」
土下座する男の頼みを聞いた少年は何も言わなかった。そうしている間に亡霊武者たちは武器を振り上げて、残った男達を無慈悲に葬った。男達を骸の仲間入りにさせた骸骨達は、薄らと霧の如く消滅する。ただ一人立っていた少年は一呼吸して、ある方向へ言葉を飛ばした。
「いつまで隠れているつもりだ？」
「・・・・・・気付いていたか」
彼の見つめる先にある木の影から一人の女性が現れる。まるで花魁のような綺麗な着物を着た美女。彼女は人とは思えぬほどの妖美さと覇気を撒き散らす。
「ようやく見つけたぞ」
「やはり雑兵如きでは相手にならぬか・・・」
「臆病な輩を集めて何が出来る？」
「ふふふ・・・」
女は笑みを浮かべて、背後から紫色の触手を複数出現させた。
「今度こそ・・・我の手で滅してやる！！」
「ふっ・・・」
迫り来る触手を気にせず、少年は右腕を女の方へ向ける。その手には青い光球が輝き、細長い物体を形作る。長い銃のようなそれは手元の部分に火の付いた縄があり、火元は右側に付いている鉄製部分の穴に向けられていた。
「滅ぼされるのは貴様の方だ」
バアアアアアン！！
「ん・・・」
「やっと起きたか」
太陽が真上に昇る時間帯。黒鎧を纏う女性の呼び掛ける声で目を覚ます青年。視界に入って来たのは目の前を移動する風景。さらに移動する乗り物に乗っているようで、地面を走る際の振動と何かの駆動音を身体で感じ取る。彼は左側に居る女性騎士へ話し掛けた。
「もうすぐ着くのか？」
「ああ、あれから一時間も経っていない。信じがたい速さだ」
「そういう乗り物だからな・・・後ろは騒がしいな」
「子どもにとっては最高の眺めだろう。私も少々楽しませて貰っている」
「町に着くなら起きていよう・・・セシウ、後ろの方は任せたぞ」
「承知」
彼女はそう言って、後方にある多数の椅子に挟まれた通路を歩き始める。青年は目の前に見えてきた町の風景を眺めた。
（便利なものだ・・・）
彼らが乗っているもの。それは長方形の立方体に近い形をした乗り物。全長は9m近くあり、高さも2m以上もある。鉄製のボディを持ち、外の景色が見られるよう全方位にガラス窓が付いていた。内部はゆったりできるクッションで出来た椅子がいくつもある。そして、この巨体を支える下部には4つの黒い車輪があり、それらが回転することにより、高速で移動していた。
青年の持つ知識によると、多数の人を運搬させるための車の一種で“バス”というものらしい。
（トラックもそうだが、これだけの物体を式神で創れる自分が信じられん・・・）
彼はそう思いながら見えてきた町を見つめる。
青年の名は“玉川 シンヤ”今から約一か月前、現代世界から異世界へ転移してきた元高校生。彼は“妖”という物の怪と戦っている最中に、彼女の術によってこの世界へ訪れてしまった。運よく、この世界の住人と協力し合い、辛くも使命である妖の消滅に成功する。
現在、彼はこの世界である一人の女性とともに生きることを決めた。黒い学制服で隠れて見えないが、ネックレスに加工された指輪を首からかけている。婚姻の証である指輪だ。
彼が乗っている乗り物は、“万物の式神”という具現化の術である。見たものなら何でも本物のように複製することが出来る。今回、彼は大人数を乗せて移動する必要があったため、このような乗り物を創り上げたのだ。
「すご―い！」
「走れ♪ 走れ♪」
「こら、立ち上がると危ないぞ」
「・・・」
バスの後方では複数の魔物の子ども達が座りながらはしゃいでいる。セシウと呼ばれた女性騎士だけでなく、彼女と似たような女性騎士も座っていた。
数日前、彼が暮らす町“シャインローズ”にある情報が寄せられた。その内容というのが『多数の魔物の子どもが次々と誘拐されている』という情報である。子どもの親達が必死で探すも見つからなかった。
そんな中、もう一つの情報が入って来る。それが魔物狩りをする連中の存在だ。彼らがシャインローズから離れた位置にある反魔物領で取引をしていると聞きつける。恐らく彼らの仕業と見たシンヤは子ども達の救出を志願した。
同じように志願したデュラハンのセシウも部下の兵士とともに同行。魔物狩りのアジトへ潜入した彼らは不逞な輩達を黙らせて、捕らえられていた子ども達を全員救出した。
反魔物領の町から脱出する際、運悪く教団と鉢合わせしてしまい、追われる羽目となる。しかし、広い荒野地帯に着くと同時に、シンヤがバスを具現化。それに乗って無事に脱出することができた。
（・・・トラックだとデカすぎるからな・・・）
シャインローズの大きな通りでバスを停車させ、左側にあるスライドドアをスイッチで開ける。開いたドアからセシウや部下の兵士達が先導して、魔物の子ども達を降ろしていった。すでに待っていた親達が子どもの元へと向かう。
「ふぅ・・・」
最後に降りたシンヤは具現化させていたバスを消失させた。彼が子ども達と親の再会を眺めていると、上空から巫女服を纏うサキュバス少女が舞い降りてくる。彼女は地面へ着地し、青年の名を呼んだ。
「シンヤ殿！」
「夢乃か・・・全員救出した」
「ご無事で何よりです・・・それより、姫様がお呼びしております」
「すぐに向かおう」
そう言って彼は夢乃に何かを手渡す。太目の紐が結ばれている木の棒で、彼女はその棒を持ったまま飛び上がった。それに繋がれた紐は彼の右手の袖から伸び、一定の距離まで離れた直後に、彼の身体が空中へ引っ張られる。サキュバス少女に釣り上げられた青年はそのまま屋敷の方へと飛び去って行った。
屋敷の玄関近くに舞い降りたシンヤは、右手から出ていた紐を消失させる。続けて夢乃も降り立ち、彼とともに屋敷へと入って行った。建物内に入ると、中ではメイド達が右往左往に掃除や運搬で忙しく動き回っている。
「やけに慌ただしいな・・・」
「それがですね・・・」
「シンヤさ〜ん！！」
青年の右横から彼の名を呼ぶ声が響いてきた。彼がその方向へ振り向くと、一人の女性に抱き付かれる。
「っ！？」
彼女は白い長髪で、頭には黒角、腰からは悪魔のような翼と尻尾が生えていた。色気を際立たせる漆黒の黒衣に対し、露出した肌は輝くような白さである。顔の両脇には白い髪を束ねる黒の髪飾りが揺れていた。胸元にはシンヤと同じ指輪のネックレスが光っている。
彼女の名は“レンジェ”このシャインローズを総べる領主であり、魔王の娘リリムの一人だ。現在はシンヤの妻として、稲荷の紺から料理や茶道、華道などの修行をしている。その大半は彼女の趣味らしい。
「おかえりなさい、シンヤさん」
「ただいま・・・全員無事に連れ帰ったぞ」
「ありがとうございます・・・本当によかった・・・」
「・・・屋敷のメイド達が騒がしく動いているが、何かあったのか？」
「あっ！ そうでした！」
彼女は何かを思い出し、彼の手を引いて連れ出す。
「夢乃も急いでね！」
「承知！」
「レンジェ？」
「すみません。実はもうすぐある御方が訪れるので、屋敷内の掃除やお持て成しの準備をしていました」
「ある御方？」
普通の来客ではないと予測するシンヤ。彼の予想通りにレンジェはその人物の名を告げた。
「“フィオナ”っていうリリムです」
「姉妹が此処へ来るのか・・・それは大変だな」
「ええ、順的にはお姉さんだけど・・・同い年ぐらいに可愛い娘です」
「何故此処に？」
「あの娘も結婚して、ちょっとした旅行で訪れるらしいです。殿方ともう一人連れて参られます」
「3人か・・・まぁ、旅行だからそれくらいの人数だろう・・・」
少し気になるシンヤだったが、彼女の焦りように気が取られる。彼女に連れられて入った部屋は、様々な衣装が用意されていた。
「ここで好きな紳士服を選んで着てください」
「多いな・・・」
「じゃあ、私もそろそろ迎えに行ってきます」
「気を付けてな」
レンジェは軽く詠唱をし、魔法陣によって転移する。彼女自身、シンヤとの訓練や魔力供給により、魔法の技術が徐々に向上していった。転移魔法による長距離は不可能だが、50m近くの距離は容易である。本人曰く、『セシウの説教から逃げやすくなりました♪』とのこと。
「やれやれ・・・」
彼は目の前にある大量の衣装を見て、少しため息を吐いた。
「初めて見る代物ばかりだ」
屋敷の外へ転移したレンジェは、そのまま飛び上がって街へと向かう。彼女は翼をバタつかせて飛行し、町の方を見下ろした。その方向から彼女自身の感覚でも分かるリリムの波動が伝わってくる。すでに来客は到着済みのようだ。
（フィオナの魔力と・・・これは・・・サキュバス？ 少し違うような・・・それにもう一人のインキュバスも、違和感が・・・）
謎の波動すら感じ取るも、リリムと一緒なら問題ないと判断する。彼女はそれらが居る場所へと飛び向かった。
町の通りを歩く3人の姿。
その真ん中にはレンジェと同じ姿をした女性がいる。同じ存在であるリリムの一人。彼女がこの町へ旅行しに来た姉妹の一人である“フィオナ・ネイサン・ローランド”一時期魔界から行方不明となり、大騒ぎになったが、しばらくしてから無事に戻ったらしい。しかも帰って早々重婚をしたと聞き、レンジェ自身も耳を疑った。
彼女の左隣りにも女性が歩いている。彼女はリリムの服と似た白い服を纏い、黒髪のショートヘアーに白い角を生やしていた。ハート型の先端を持つ尻尾は普通だが、サキュバスとは思えない黒い鳥のような翼を持っている。一言で言い表せば、彼女の姿は“堕天使”だ。
そして、フィオナの右隣りにいる男性。それはシンヤと似た容姿を持つ青年。彼の着ていた黒い学生服と全く同じものを身に纏っている。黒髪も似ていて、ただ一つ違うと言えば、顔付きだ。しかもその顔は黒翼の女性と似ている。まるで双子のようだ。
彼女達の目の前でレンジェはふわりと降り立つ。
「レンジェ！」
「フィオナ、お久しぶりです」
「久しぶり〜♪」
ゆっくりと歩き寄るフィオナはレンジェに抱き付いた。彼女もその抱擁を受け止めて、フィオナの頭をやさしく撫でる。
「元気そうですね」
「ユウタからいっぱい貰ってるから♪」
「えっ？」
「おい！？ フィオナ！」
「ちょっと！ やっぱり朝の内に抜け駆けしてたんじゃない！」
フィオナの発言に青年は慌てて止めようとし、黒翼のサキュバスが少し怒りの交じった声を出す。そんな怒声を気にせず、フィオナは抱擁し続けていた。彼女らの発言から、レンジェは3人との関係を把握する。
「フィオナ、もしかしてこの御二方が？」
「そう。私の旦那様と妾（めかけ）様♪」
「誰が妾よ！ ゆうたの妻はあたしもでしょうが！！」
「落ち着けよ、あやか」
「冗談よ、冗談♪」
さらに怒りの声を上げるサキュバスを宥める青年。レンジェは若干彼を憐れむも、羨ましいと思ってしまう。フィオナの抱擁をゆっくりと解き、彼女は二人の前で、両手を自身の前で握り合い、深くお辞儀をする。
「初めまして、このシャインローズを治める領主、レンジェと申します。どうぞよろしくお願いします」
「ご丁寧にどうも、黒崎 ゆうたです。よろしく」
「え、え―と・・・黒崎 あやかよ。こ、こちらこそ、よろしく・・・」
「ゆうた様とあやか様ですね。少し遅れましたが、此度は私のお姉様とのご結婚おめでとうございます。フィオナお姉様のこと、この先もよろしくお願いしますね♪」
「「は、はい！」」
レンジェの丁寧な謝辞に、二人は照れた表情で返事をした。
「ず、随分と丁寧じゃないの・・・あたしの知り合いとは大違い」
「その知り合いってのは、私のことかしら？」
「二人ともやめろ・・・」
またも一触即発になりそうな雰囲気になるが、ゆうたがそれを抑えようと呼び掛ける。その様子を見ていたレンジェが微笑んだ。
「ふふふ、仲が良さそうですね。できれば結婚式を見たかったのですが・・・ごめんなさい」
「こっちこそ、あなたの結婚式に出られなくてごめんね。何せ色々とあったから・・・」
「それじゃあ、話の続きは私の屋敷でしましょう。ご案内します」
レンジェは3人を連れて、屋敷へと歩き出す。
「「「「フィオナ様、本日はようこそおいでくださいました！」」」」
屋敷内では多数のメイド達が左右へそれぞれ一列になって出迎えてくれた。秘書であるヴィーラも正装の赤黒いドレスで現れて、フィオナの前で跪く。
「お待ちしておりました。フィオナ・ネイサン・ローランド様、黒谷 ゆうた様、黒谷 あやか様。ようこそシャインローズへ」
「こちらこそよろしくね、ヴィーラ」
「クレマンティーヌ様から書状をいただいております。粗相の無いようにと・・・」
「相変わらずね、あの人は・・・楽に接してちょうだい」
「はっ！」
スッと立ち上がった彼女は、レンジェとともにフィオナ達を談話室まで案内した。
「お茶菓子などを担当の者に運ばせますので、しばしお待ちください」
「ありがとう、ヴィーラ」
「では、失礼します」
ヴァンパイアの秘書は一礼してから、部屋を立ち去る。あやかはフカフカなソファへと腰掛け、フィオナもその近くの椅子に座った。レンジェはまだ立っているゆうたに声を掛ける。
「ゆうた様もどうぞお座りください」
「あ、ああ、じゃあこっちの椅子に・・・・・・ところで、レンジェさん」
「はい、何か？」
「様付けは無しでお願いします」
「分かりました。では、ゆうたさんとお呼びしますね」
「ああ、それでいいよ」
「あたしも同じく」
あやかも手を挙げて、ゆうたと同じ要求をしてきた。見た感じ双子のような二人にレンジェは微笑み答える。
「ふふふ・・・では、こちらもあやかさんと呼びます」
「そうよ。あたしもレンジェって呼ぶわ」
「おい、あやか。此処のお偉いさんだぞ。少しは・・・」
「何よ？」
「何でも・・・」
彼女の蛇のような視線で、言葉使いに注意しようとしたゆうたが黙らされる。フィオナも笑い、レンジェにあることを尋ねた。
「そういえば、レンジェも結婚したのよね？」
「はい、とても良い御方ですよ」
「一体どんな人なの？」
「こちらへ連れて来るようメイドに伝えています。もうすぐ来られるかと・・・」
ガチャ
彼女の言う通り、扉から二人の人物が入って来る。一人は薄い青色の着物を着た稲荷の紺。緑茶とお茶菓子を木製のお盆に乗せて運んでいる。もう一人は呼び出したシンヤだ。
「あれっ？」
「？」
レンジェはあっけらかんな声を出してしまう。その理由はシンヤがいつもの学生服を着ていたからだ。
「シンヤさん、服は？」
「すまない。見たこともない服は着れん・・・というより、着方が分からん」
「もう・・・汚れたままの服ですよ？」
呆れるレンジェを余所に、シンヤは平然としていた。そんな中、シンヤの姿を見たフィオナ達が驚きの目を見張る。それもそのはず、シンヤと同じ学生服を着るゆうたの存在が居るからだ。そのことに気付いた紺は、お茶菓子をテーブルへ置きながら指摘するような言葉を発する。
「おや？ そちらの方もシンヤ殿と同じ服を着られておりますな」
「あっ、そういえば、ゆうたさんも・・・」
「ん？ なんだ、こっちの世界でもこの服が普及しているのか？」
稲荷の言葉に気付かされて、レンジェも思い出し、シンヤは物珍しそうに問い掛ける。驚いていた3人の内、ゆうたが彼に話し掛けた。
「あんた・・・」
「ん？」
「ひょっとして現代の日本からやって来たのか？」
「そうだが、それがどうした？」
「いや、その・・・オレ達もそうだから・・・」
「オレ達？」
状況を理解していないのか、シンヤは怪訝な顔をする。この光景を見て、レンジェとフィオナが互いに見つめ合い、軽く頷いた。
「シンヤさん、紹介しますね。この方が姉のフィオナと、その夫のゆうたさん。そして、ゆうたさんの姉である、サキュバスのあやかさんです」
「そうか、君たちが・・・玉川 シンヤだ。よろしく・・・」
軽く会釈をする彼に対し、3人も挨拶する。
「ああ、オレは黒崎 ゆうた。よろしく」
「あたしは双子の姉の黒崎 あやかよ」
「私はフィオナ・ネイサン・ローランド。フィオナと呼んでもいいわ」
「うむ、よろしく」
紺が部屋から退出するのをきっかけに、5人は互いの今までの経緯を話した。
夕日が差し込む頃、それぞれの事情を話し終える。
「そんなことが・・・レンジェ、あなた大丈夫なの？」
「ええ、シンヤさんのおかげで助かりました」
「なるほどな・・・リリムの魔力で転移したのか・・・」
「あんた凄い人だな・・・本当に学生か？」
「こんな超能力学生見たことも無いわよ・・・」
お茶菓子を頂きながら歓談する5人。話によると、黒崎家の二人は現代世界へやって来たフィオナと出会い、そこから3人で一緒に暮らすことを決めたらしい。そして、結婚式はリリムの故郷である魔界で挙げたとのこと。
「見せたかったな・・・私の結婚式・・・」
「ごめんなさい。その日はシャインローズが大変だったから・・・」
フィオナ達の結婚式が行われる数日前、シャインローズではある事件が起きていた。それが“妖”と呼ばれる者によるスリップス領の崩壊。その事件の後、レンジェ達は救助した人々の保護や受け入れ先の手続きをしていた。
「確かに・・・魔界の至る所で、新たな魔物娘やインキュバスが訪れるのを見ていたわ。あれだけの量じゃあ、無理もないわね」
「ええ・・・別の親魔物領へも移送手続き、精神治療や犠牲となった人の埋葬もありました」
「大変だったわね・・・」
ちなみにレンジェとシンヤの結婚式で、フィオナ達も魔界でのトラブルに直面していた。それが教団による侵攻である。しかし、連続で襲撃されたにも拘らず、たった3人の力によって追い返したとのこと。
「あの女勇者、ムッカついたわ・・・人のことを化け物ですって？ 見た目で判断して・・・」
「乱暴なところを・・・」
「ギロッ・・・」
「なんでもありません、すいませんでした、ごめんなさい」
「ははっ・・・娘子、いい視線だ。それなら並みの相手は怖気付かせられる」
「そ、そう？」
「それに君もなかなかの気の持ち主のようだ。常人なら相手にもなるまい」
「そ、そうか？」
シンヤは二人の持つ力の波動を感じ取っていた。彼は二人が若年でありながら人を超えた能力を持っていることに内心驚いている。魔物化による力もあるが、それよりも元となった部分が異常なくらいに思えた。
「・・・」
「どうした？ 娘子？」
「なんでもない・・・」
不意にシンヤはこちらを見つめ続けるあやかに気付く。変に思い、尋ねるも無視するような返事をしてきた。フィオナと話し続けていたレンジェが外の様子を見て、皆にあることを提案する。
「皆さん、日も落ち始めましたし、よろしければ温泉に行きませんか？」
「あれ？ レンジェ、この町に温泉なんて・・・」
「5日程前に屋敷近くの家屋で温泉が湧いたそうです。すぐにその場所へ温泉施設を作りましたので、快適に入れますよ」
「一番風呂は俺とレンジェで入った。いい湯だったぞ」
「じゃあ、入りに行きましょう。ゆうた♪」
「お、おう・・・」
「そうね。あたしも入りたくなったわ」
皆が立ち上がり、レンジェを先頭に部屋から出て行った。最後尾になったあやかはシンヤのことを先程のように見つめ続けていた。
「・・・」
「あやか、どうしたの？」
「・・・なんでもない・・・行こう、フィオナ」
シャインローズの屋敷から近い地域にある銭湯。歩いてやって来たその場所の玄関に、一人の女性が立っていた。
「ようこそ、『花びらの湯』へ」
彼女達を迎えてくれたのは葉っぱのような緑色の和服を着た女性。頭には三角の獣耳があり、腰の後ろから丸っこい縞模様のある茶色と黒の尻尾を生やしている。彼女はこの銭湯の経営者で“形部狸”と言われる魔物娘だ。
「女将のキヨと申します。本日は貸し切りにしておりますゆえ、どうぞごゆっくり」
「ありがとう、キヨさん」
彼女に案内されて、5人は男湯と女湯で別れて入る。広々とした露天風呂へやって来たシンヤとゆうたは、かけ湯をしてから風呂へ浸かった。ちなみに二人は下半身をタオルで隠している。
「おぉ・・・いい湯だな」
「この湯はちょうど龍脈の真上だから、その力も染み込んでくる」
「へぇ、そうなんだ」
「ユ〜ウ〜タ〜♪」「ゆ〜う〜た〜♪」
突然、女性達の声が聞こえてくる。どうやら、彼らの右側にある竹壁の向こうは女湯の露天風呂らしく、フィオナとあやかの声が響いてきた。
「そっちへ」
「行こうか？」
「その前に湯から上がるぞ」
「ふむ、妥当な考えだ」
「ちょっと、ユウタ！」
「あんたまでそんなこと言うの！？」
「フィオナ、あやかさん、混浴は別にありますよ？」
「レンジェ、なんでそれを先に言わないの！？」
「そうよ！ あんた謀ったわね！？」
「ち、違います！ そちらだとこの人数では入れないので・・・」
「お前ら・・・」
「風呂ぐらい静かに浸かれ」
少し暴走気味な二人を抑える3人。静かになったところで、ゆうたがシンヤにあることを尋ねる。
「シンヤってさぁ・・・」
「んぅ？」
「長い年月を生きてきたんだよな？」
「正確には幾人もの人の一生を味わったと言えよう・・・時代の移り変わりを体験するほどな・・・」
「へぇ・・・じゃあさ、誰か歴史上の人物や事件を見たことがある？」
「ふむ・・・そうだな・・・」
彼は考え込み、しばらくしてから答えた。
「恐らく無いだろうな・・・」
「無い？」
「あったとしても、それが歴史に関わることなのかは解らん。唯一解るのは陰陽師ぐらいだろう」
「あぁ、そういえば、あんたの正体や術の名を付けたのも・・・」
「彼らだ。名無しである自分を名付けてくれた親でもある」
「実際の陰陽師って凄いんだな・・・」
彼の話に興味を示すゆうた。シンヤも彼にあることを聞いた。
「凄いと言えば、君や彼女達もなかなかの腕前を持っているらしいな？」
「あ、ああ・・・魔界を侵略しようとした奴らが居たからな。俺とあやかとフィオナで追い返してやった」
「勇者は女だけか？ 他には？」
「いや、その一人だけだった」
「そうか・・・俺は二人程見かけたな」
「二人も？」
「一人はさっき話した事件で知り合い、こちら側で保護された。もう一人は・・・」
「もう一人は？」
「異世界から来た人間」
その言葉にゆうたは衝撃を受ける。彼はすかさず、シンヤからそれについて詳細を求めた。
「オレら以外の奴が居たのか？」
「本人がそう言っていたからな。嘘を言っているようにも見えなかった」
「そいつは？」
「一週間前に、此処を襲撃しようとした教団の騎士達とやって来た」
一週間前、シャインローズから離れた草原地帯。
そこでは多数の騎士達と対面するシンヤの姿があった。すでに騎士達は膝をつく程傷だらけで、剣や槍などの武器が叩き折られている。
「くっ・・・何故です・・・」
シンヤの目の前には、金色の鎧を着た青年が剣を構えていた。見た目は彼と同じくらいの歳で、くすんだ黒髪に細い糸目をしている。
「さっさと立ち去れ・・・でなければ、命を取ることはしない」
「何故、魔物に味方するのですか！？」
「理解できないのなら、武力を持つな。青二才が・・・」
「誰が青二才です！？」
剣で斬り掛かる青年。シンヤはそれを素手で受け止めた。その右手には凝縮させた力を纏わせ、刃すら通らない状態である。
「なっ！？」
「ふんっ・・・勇者か。あの小僧の方がまだマシだな」
ギシギシギシ・・・パキィィィン！！
「っ！？」
彼が剣を握り締めると、剣がいとも簡単に弾き折れてしまう。得物を折られた青年の顔に、彼は躊躇なく左手による正拳を当てた。その拳の指には鉄のリングが付いている。それは握って扱うナックルダスターと言われる凶器。まともに受けてしまった青年は鼻血を出しながら顔を手で押さえる。
「ぐぅぅ・・・よくもボクの顔を・・・」
「すぐに再生する身体なのだろう？ 今更顔如きで狼狽えてどうする？」
「気付いていましたか・・・」
「白々しいな、若造」
彼は垂れ流す鼻血を左手で拭い、鋭い視線でシンヤを睨んだ。
「同じ世界の人間・・・いい仲間になってくれると思っていたのですが・・・」
「なんの話だ？」
「あなたは高校生でしょう！」
「あぁ、そういうことか・・・・・・確かにお前と同じ世界から来た者だ」
「なら！・・・」
「初対面で上から見る若造の言うことなぞ、誰が聞くか」
シンヤのその発言に反応して、彼は咄嗟に相手の方へ右手を向ける。その瞬間、シンヤの周りで円柱の壁が青く光り、その壁に斜めの斬撃が入った。その衝撃はシンヤ自身には通じず、不可視の斬撃を放った青年は面を食らう。
「ば、馬鹿な・・・そんな馬鹿な！？」
「どうした？ そんなか細いものしか放てんのか？」
「これならどうです！」
次に彼が放ったのは黄色く迸る雷撃。それもシンヤの障壁に当たり、まるで吸収するかのように消滅した。そのことに未だ信じられないのか、彼は雷撃、火球、不可視の斬撃などを放ち続ける。
「やれやれ・・・石ころのように投げ付けるしかできんのか・・・」
シンヤは障壁で青年の攻撃を防ぎつつ、青い光球を持つ左手を掲げた。すると、青年の真上に青い光が何かを形作り、それは8mぐらいの巨大な物体となる。以前、物理的な攻撃として使用した異世界の乗り物“トラック”だ。
「落ちろ」
「っ！？」
真横に倒れるそれは、真っ直ぐ青年の居る地上へと落ちていく。気付くのが遅かった青年はその乗り物の下敷きになってしまう。
ドオオオオオオン！！
「がはあああ！！」
腹這いで押し潰された彼は吐血と苦痛を漏らす。その状態の彼にシンヤは歩き寄った。
「案ずるな。まだ、全ての重量は掛けていない。今はな・・・」
「ぎ、ぎざま・・・」
シンヤは相手を見下ろしながら腕を組む。
「常人より力はあるようだが・・・力や知識の使い方が餓鬼そのものだな」
「うるさいぃぃ！！」
「少し話してやろう・・・確かに俺はこの世界の者ではない」
「ぐっ・・・」
「だが、お前の知る高校生ではない」
「な、にっ！？」
吐血する青年に彼は続けて話した。
「身体はお前と同じ若造・・・だが、魂は違う。そうだな・・・高校生を知っているのなら、歴史の教科書ぐらいも知っているだろう。俺はそこに描かれている古の時代を生きてきた」
「！？」
「簡単に言えば、お前より年上だってことだ。知識や経験もお前より上・・・身の程を知れ」
青年に冷たい視線を浴びせ、彼はトラックをさらに地面へとめり込ませる。徐々に押し潰されていく青年は、自身の中でバキバキと骨が折れていくのを聞き取った。
「ぐがっ！ あがあああああ！！」
「息も出来ないだろう・・・圧迫された状態では再生も不可能だ」
「がっ！ ぐっ！ あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛・・・が・・・ぅ・・・・・・」
悲痛の叫びを上げる青年はやがて意識を失う。シンヤは完全に気絶したことを確認し、トラックを光に変えて四散させた。
「・・・ふぅ・・・」
「それで・・・どうしたんだよ？」
「面倒だから、他の若造らに連れ帰らせた」
「内蔵を破裂させるって・・・いくらなんでもやり過ぎじゃあ・・・」
「それぐらいしないと奴は何度でも起き上がる。以前の小僧より厄介だからな」
二人が話している間、女湯の方でも彼女らが話し合っていた。
「こうして見ると、同じリリム同士なのに、フィオナとレンジェが違って見えるわね」
「そうなの？」
「そうでしょうか？」
「顔も似てそうなのに・・・そうね。雰囲気が違って見える」
「ふふん、私が可愛らしい姉に見えるのは当然でしょ♪」
「レンジェの方がお淑やかなお姉さんに見えるのよ」
「ええっ！？」
「わ、私は妹の方ですよ・・・」
「そうよ！ 姉より優れた妹なんていないわよ！！」
少しムキになるフィオナを宥めるレンジェ。あやかはフィオナに一矢を報いて、ご機嫌な顔をしていた。
「むぅぅぅぅ！ あやか〜！」
「何よ、やる気？」
「え？ ちょっと、御二人共！」
遂に二人の間の均衡が崩れたのか、互いの胸を狙って揉み始める。止めようとするレンジェも巻き添えになった。
「このぉ！」
「ひゃあ！？ やるわね、あやか・・・だけど！」
「ふあっ！？ フィオナ〜！」
「止めてください！ フィオナ！ あやかさん！」
「「邪魔！」」
「ひあっ！？」
その争いの声を聞いていたゆうたは呆れて首を振る。
「何やってんだ、あいつら・・・」
「ふっ、なかなか元気のいい娘子たちじゃないか」
「いや、お宅のリリムさんも巻き込まれているんですけど・・・」
「そう平然としても・・・あの声に反応しているようだな？」
その時、シンヤは左手でゆうたの股へと手を突っ込んだ。
「●▲■×！？」
「ふむ、若者でありながら立派だな」
素早く手を引っ込めたシンヤに対し、ゆうたは顔を赤くして怒りの言葉を投げかける。
「ちょ、ちょちょちょあんた！！ 何しやがんだよ！？」
「ただの確認だ。心配するな、俺にそっちの趣味はない」
「だからって・・・」
「そう逆上せるな・・・さて、そろそろ上がるとするか」
「あ、おい！」
平然と湯から上がる青年の後を、ゆうたは追うように風呂から上がった。
5人が着ていた服はキヨの手配で洗濯され、乾燥でき次第屋敷まで送り届けると言われた。シンヤとゆうたは、用意された浴衣を羽織って、残りの3人を待つ間に銭湯の外で涼しんでいた。
「やっぱ風呂上りの牛乳は美味いな。シンヤも飲むか？」
「俺は外の空気だけで十分だ」
「おやおや、水分は取っておかないと脱水症状を起こすよ？」
「あっ！」
「・・・？」
外の空気を吸っていた二人の前に、同じ浴衣を着た女性が現れる。彼女は灰色の長髪をし、リリムにも負けない程の美貌であった。彼女を見たゆうたが驚きの声を出す。
「な、なんで此処にまで来るんですか！？」
「ユウタがこっちへ遊びに来ているって聞いたから♪」
「知られないようにしたはずなんですけど・・・」
「自分だけ仲間外れにするなんて酷いよ♪」
二人の会話から、シンヤはこの女性が彼の知り合いであると認識した。
「知り合いか」
「そ、そうだな・・・師匠って呼んでる人だよ」
「師匠？ 人？」
「んもう、こんな素敵な愛人を置いていくだなんて♪」
「愛人なんていません。嘘言わないでください・・・それより、師匠」
「何？ 口移しでもしてくれるの？」
「違います。早く姿を隠してください。フィオナとあやかがもうすぐ来ますので・・・」
どうやら彼女はゆうた達にとっては芳しくない関係のようだ。しかし、彼女はゆうたの忠告を聞かないかのように突っ立っている。彼女の視線の先にはシンヤの姿があった。
「師匠？」
「・・・」
「・・・俺に何か用か？」
「ふ〜ん・・・」
「・・・」
「・・・んふ♪」
ヒュッ！
彼女が笑い声を漏らした直後、その姿が消失する。ゆうたが驚いている間に、彼女はすでにシンヤの足元へと屈みながら移動していた。
「っ！？」
シンヤがそれに気付いた時、彼女は右の拳を打ち上げるかのように振り上げていた。それはシンヤの顎の下を狙い、当たる寸前で止まる。寸止めをされた彼は平然と彼女を見つめていた。
「師匠！？」
「・・・」
「・・・」
「・・・ふっ」
またも一瞬だけ笑いの声を洩らした彼女は、拳を離してからシンヤの前で普通の体勢に戻る。
「威嚇か、遊びのつもりか？」
「どっちもかな？」
「仮に手を出せば、俺以外の者を敵に回すことになる」
「それもそうだね・・・そうそう、それと・・・」
「・・・」
「ユウタのものを勝手に触った罰だよ♪」
「えっ！？」
「！」
「自分もまだ直に触ったことがないからねぇ♪」
「し、師匠？」
「・・・」
彼女はそう言って、後ろへ振り返ってから歩き始めた。立ち去る彼女の背後を二人は眺める。
「な、何考えてんだ？ あの人は・・・」
「彼女・・・何者だ？」
「それが・・・・・・すまん。オレにも分かんねぇ」
「そうか・・・」
シンヤは彼女が姿を消した方向をずっと見つめていた。
（あのとき、男の風呂場には誰も居なかったはず・・・何時、何処から覗いていた？・・・全く気配もなかった・・・それに・・・）
「シンヤ、大丈夫か？」
（あの素早さ・・・何時、真下へ来た？ 何時、拳を振った？・・・まるで獣のような速さだ・・・）
「シンヤ？」
「・・・なんでもない」
それから数分後、風呂から上がった3人と合流し、彼らは夜の町を歩いて行った。
今日は街の通りでは夜店が立ち並び、5人はそれらを遊び回っていく。
始めの輪投げでは、あやかが風魔法で反則しようとして、ゆうたから説教を喰らっていた。
「お前な・・・そんなことしたら店に迷惑だろ？」
「だって、なかなか入らないんだもん」
金魚すくいでは、レンジェとゆうたは見事に掬っていたが、フィオナ、あやか、シンヤは一回でポイを破いてしまう。
「もう！」
「なんで破けるのよ！」
「むぅ・・・」
くじ引きでは、ゆうたが卑猥なこけしを引いたことで、フィオナとあやかが謎の会議を始める。
「あんなことや・・・」
「こんなことに・・・」
「なに話してんだよ・・・」
動き回った後、5人はそれぞれ串付きソーセージを手にして、人気の少ない神社へと移動した。建物の段差のある場所へ座り、彼女らは夜空を見上げる。
「んちゅ・・・ぴちゅ・・・」
「はむ・・・レロッ・・・」
約2名、ソーセージを頬張り、舐め回していた。呆れて見ていたゆうたが二人に尋ねる。
「何やってんだよ・・・」
「今夜することの予習」
「あたしも胸以外で勝負するつもりよ」
「こんなところでやるな」
同じように見ていたレンジェも、顔を赤らめながら彼女達に声を掛ける。
「お、御二人共・・・せめて人の居ないところでしてください」
「レンジェもした方がいいよ。男性を喜ばすにはこれが一番♪」
「わ、私はご遠慮させていただきます・・・」
「フィオナ、レンジェを見習えよ」
フィオナが注意を受ける最中、あやかはシンヤに目を向けていた。それに気付いた彼が視線を向ける理由を聞く。
「どうした？ 俺の顔に何か付いているのか？」
「あんたさぁ、いろんな人の記憶を持ってるのよね？」
「そうだ」
「じゃあ、その身体の記憶は知ってるの？」
「・・・」
その問いに彼はしばらく黙り込んだ。突然、立ち上がった彼はソーセージを全て食し、彼女らと対面するよう立ち尽くす。
「シンヤである過去の記憶・・・俺の口から出すことはできん」
「えっ？ シンヤさん・・・それって・・・」
「というより、その記憶自体無いからな・・・」
「「「「！？」」」」
理解できぬ答えに4人全員が言葉を失った。彼はそのことについて詳しく話す。
「人によっては、思い出したくない過去や経験が存在する。そんなものを見ている俺自身も耐えかねないぐらいにな・・・」
「トラウマ的なこと？」
「その通りだ、黒翼の娘子。そのような見られたくない過去は出来る限り、封印している。それでも見なければ判断できんという矛盾があるがな・・・」
「どんなものかは覚えているの？」
フィオナがそう尋ねると、彼は何も言わず、左腕に鳩を召喚させる。それは右手に持っていた串を咥え、夜空へと飛び去って行った。
「多少だが、鮮明には覚えていない・・・・・・そうだな。レンジェにも言ってなかったことを教えよう」
「えっ、私にも言ってなかったこと？」
「・・・俺は相手からの承諾で肉体を得ていたが・・・ただ、肉体を貰うだけで済まないときもあった」
「それって・・・もしかして・・・」
「・・・その者が望んだ最後の願いを成し遂げる・・・」
レンジェにとって、それは驚きの事実でもあったが、同時に合理的なことであると気付く。人としての全てを捧げる覚悟があるなら、最後に何かを望む可能性は高い。しかし、彼女にはそれより気になったことがあった。
「どんな・・・お願いごとでしたか？」
「・・・・・・その者の場合、非業の死を迎えようとしていた」
「！」
「あとは・・・分かるな？」
レンジェだけでなく、他の3人もその意味を理解する。彼女達の返事を聞かずに、彼は背を向けて歩き始めた。慌ててレンジェが彼を呼び止める。
「どちらへ行かれるのですか？」
「先に屋敷へ戻る。今日は力を多く使ったからな・・・」
「あ、そうでした・・・お疲れ様です」
「身内との話もあるだろう・・・ゆっくりしていけ」
再び歩き始めたシンヤは町の中へと姿を消していった。神社に残った4人はソーセージを食べながら話し続ける。
「レンジェ、彼・・・何かしてきたの？」
「フィオナ達が来る前に、誘拐された魔物の子ども達を救出していました」
「あたしらが来る前に？」
「昼過ぎた辺りに全員連れて帰ったそうです」
「あの人色々と凄いな・・・」
「・・・」
感心するゆうたの横であやかは何かを考え込んでいた。不思議に思ったフィオナが彼女に話し掛ける。
「あやか、どうしたの？」
「・・・う〜ん。面倒くさい」
「？」
（あいつ・・・どっかで・・・）
4人が屋敷へ戻る最中、彼女らは街中である人物と遭遇した。それはレンジェの顔見知りである呉服店の店主“ジョロウグモ”の糸美だ。彼女は紫の風呂敷包みを手に持っている。
「あら、姫さん」
「糸美さん、こんばんは」
「おろ？ そちらの御方達は・・・」
「私の姉であるフィオナと、夫のゆうたさん。それと、ゆうたさんの姉のあやかさんです」
「これは失礼しました。呉服店を経営する糸美と申します」
彼女の挨拶に3人も軽く会釈をした。レンジェは彼女の持つ包みについて尋ねた。
「糸美さん、それは？」
「ああ、これは玉川殿の私物になります」
「シンヤさんの私物？」
「実は玉川殿の服を修繕する際、ポケットなどに収納されていた小物がありまして・・・うっかりそれをお返しするのを忘れていました」
「そうでしたか・・・」
話をしていた糸美が何かを思いつき、手にしていた包みをレンジェへ差し出す。
「姫さん、よろしかったら玉川殿に直接手渡していただけませんか？」
「え？ 私が？」
「夫の物でしたら、妻である姫さんから渡された方がいいですよ」
「わ、分かりました」
受け取った彼女は包みを両手で抱えて、フィオナ達とともにその場を後にした。
屋敷へ戻った4人。レンジェはフィオナ達をある部屋へと案内する。そこは巨大なベッドがあり、客間にしては大き過ぎる部屋だった。
「大きいわね」
「デカいわね」
「凄い部屋だ」
「いつか訪れる姉妹専用の寝室です。勿論、殿方とも夜伽ができるよう大きいベッドを用意しました」
「じゃあ、私が一番乗り〜♪」
フィオナは巨大ベッドに思い切り跳躍して飛び込む。
「凄〜い！ ほら、ユウタもアヤカも早く！」
「急かすなよ・・・洗面所とトイレは？」
「そこの扉にあります」
「ぶ〜っ！ 早く〜！」
ゆうたはレンジェの差した方向へ歩いて行った。あやかは左手でお腹を押さえながらレンジェにあることを要求する。
「ねぇ、レンジェ。寝る前に何か食べたい」
「それでしたら厨房へ案内します」
「アヤカ、食べて寝たら・・・」
「うっさい！！」
あやかは右手で白く光る光弾を出し、余計な事を呟こうとしたフィオナに放った。だが、彼女は左手でそれを受け止め、握り潰すように消滅させる。
「もう・・・注意しただけなのに・・・」
「余計なお世話よ」
「御二人共・・・程々にお願いします」
レンジェは風呂敷包みを持ったまま、あやかと一緒に廊下を並び歩く。その途中でレンジェは、あやかが気難しそうな顔をしていることに気付いた。
「あやかさん、どうかされましたか？」
「どっかで見たことあるのよねぇ・・・」
「何がでしょうか？」
「気にしないで・・・」
その時、レンジェは片足を滑らせてしまい、その場で転んでしまった。
「きゃ！？」
「っ！？」
彼女は転んだ拍子に持っていた風呂敷を落とし、その中身を床へとばら撒いてしまう。
「もう・・・何やってるのよ・・・」
「すみません・・・」
「ほら、手伝ってあげ・・・・・・っ！？」
「あやかさん？」
ばら撒かれた小物を拾おうとしたあやかは、あるものに目が離せなくなる。それは手帳のような物だった。即座にそれ拾った彼女はあることを思い出す。
「これ・・・生徒手帳・・・・・・」
「えっ？」
「思い出した・・・あいつは、シンヤは・・・・・・あたし達と同じ学校の生徒・・・」
「！？」
思わぬ事実を告げられ、レンジェはそのことに驚いた。
「確かなのですか？」
「ええ、これはうちの学校の生徒手帳・・・それと・・・」
「それと？」
「別のクラスであいつの顔を見たことがある・・・噂と一緒にね・・・」
「噂・・・とは？」
「・・・」
あやかは言いたくなさそうに黙り込む。その様子に察したレンジェだが、覚悟を決めて彼女へ相槌をした。
「・・・・・・分かった」
「すみません」
「いいのよ。あいつの妻なら、本当の事は知るべきでしょう・・・」
「はい・・・」
「・・・・・・シンヤはね・・・・・・いじめられてた生徒なの」
「！？」
「そのクラスではある女子グループが一人の男子を虐げる問題が起きてた」
「その男子というのが・・・・・・シンヤさん・・・」
レンジェ自身、陽なる存在になる前のシンヤが自害しようとしていたのは知っていた。しかし、その理由がどんなものなのかは分からなかった。あやかの言う通りであれば、彼の過去も紛れもない事実である。
「そうよ。最初はそれ程話題にはならなかった・・・ところが日々事にその話が増えていって・・・あたしやゆうたが卒業する前に行方不明事件が起きた」
「その行方不明もシンヤさん？」
「ええ・・・それも友達から聞いた話だと、女子グループも登校拒否になってたわ。それも理由が分からずじまい・・・」
彼女は話しながら生徒手帳の中身を確認した。一枚一枚めくっていくと、そこにはマジックペンやボールペンによる暴言が書かれている。これは彼自身に対する嫌がらせであると二人は確信した。途中であやかは見るのを止め、その手帳を静かに閉じる。
「幼稚なやり方ね・・・」
「・・・・・・あら？ これは何でしょうか？」
レンジェはばら撒かれた小物からある物を手に取った。それは銀色の板と黒色の板を合わせたような物体。下側にある黒色の板の左端には丸くなった棒の先端のような部分が付いている。あやかはそれをそっとレンジェから取り上げて、それが何なのかを確認した。
「これは・・・」
「あやかさん、それを知っているのですか？」
「携帯・・・同じような物があればそれで連絡し合える道具よ」
「つまり・・・伝達用の道具？」
「そうよ。随分と古い型を使ってたのね・・・P5003is・・・電源は、ギリギリ使える」
彼女は携帯をコンパクトミラーのように開けて、黒色の板にある多数のスイッチボタンを押し始める。その様子を見ていたレンジェは不思議そうに見つめていた。
「何が見えるのですか？」
「残っているメールと着信を探しているの」
「めーる？ チャクシン？」
「知り合いから伝言や連絡を受け取っているかの記録よ」
「知り合い・・・・・・あっ！」
彼女はある言葉を思い出す。それは以前、シンヤが言っていたことだった。
「母親の・・・シンヤさんのお母さんから何かありませんか？」
「母親？ ちょっと待ってて・・・」
あやかはボタンを操作し、調べたい内容を探した。彼女がそれを見つけた瞬間、ボタンを押すことを止める。
「・・・」
「あやかさん？」
「・・・どういうことよ」
「えっ・・・」
彼女はただ俯いたまま携帯を持っていた。気になったレンジェが携帯の光る画面を覗き込む。そこには“玉川 奈々子”と“着信拒否”と書かれた表示が多数存在した。
「え―と・・・どう読むのでしょうか？」
「玉川、ななこ」
「玉川・・・ナナコ・・・さん？・・・・・・これは・・・」
「一日だけじゃない」
「えっ？」
「何度もこちらから連絡しているの・・・少なくとも二週間以上は連絡が取れていないわ」
「二週間も！？」
声を上げたレンジェはもう一つ思い出した。シンヤが『離婚した母と一緒だったが・・・居なくなった』と告げたことである。
「もしかして・・・これは失踪したときの・・・」
「母親が居なくなったっていう話よね？」
「ええ・・・」
「この着信の日付・・・いじめが噂される前から始まってる」
「・・・」
二人は言葉を失い、次第に携帯の表示が薄れていった。完全に光を失ったそれは動かなくなり、おもむろにあやかはそれを閉じる。
「・・・」
「・・・」
しばらく無言が続いた後、レンジェは散らばった小物を拾い集めた。ハンカチやちり紙の入った透明袋、ペン数本を風呂敷へと置く。あやかが持っていた手帳や携帯も手に取り、それらを全て風呂敷で包み込んだ。
「あやかさん・・・」
「・・・なに？」
「ありがとうございます」
「あ、あたしは何もしてないわよ？」
「私にも知らなかった彼の素性をお教え下さったことです」
「・・・別に・・・あたしも気になってただけだから・・・・・・どうするつもり？」
「彼から直接聞こうと思います・・・」
「待って！」
その場を立ち去ろうとしたレンジェの肩をあやかが右手で掴み止める。
「あいつの言ったことを忘れたの？」
「・・・」
「あいつは・・・“見られたくない過去は封印している”って・・・」
「でも・・・それでも・・・知りたいのです・・・」
「本気なの？」
「あの人は・・・いえ、“玉川 シンヤ”の心は癒されていないと思います。そんな彼を放ってはおけないです」
「はぁ・・・」
あやかはため息を吐き、彼女の肩から手を離した。
「分かったわ・・・少し付き合ってあげる」
「え・・・で、でも・・・」
「あいつの記憶を見るんでしょう？ 同じ世界に住んでた人の知識も必要になるかもしれないわ」
「あやかさん・・・」
「行きましょう」
レンジェとシンヤが使う寝室。浴衣姿のシンヤは仰向けになったまま寝ていた。無表情で眠る彼の左側へレンジェとあやかは見つめるように寄り添う。
「で・・・夢の中へ入ってみるのね？」
「はい。以前、シンヤさんを呼び戻すために魂へ直接入り込んだ方法で・・・」
「それってドッペルゲンガーの能力？」
「似ていますけど・・・シンヤさんの魂は記憶そのものでもあると言っていました」
「ふ〜ん」
興味無さげな声を出すあやかに、レンジェは左手で彼女の右手を握った。
「準備はいいですか？」
「当然、行くわよ」
レンジェは右手をシンヤの胸にかざし、ピンク色の光で辺りを輝かせる。
キイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン！！
「・・・ん・・・」
「・・・う・・・」
「え・・・」
「あ、あれっ？」
二人は透き通る青色の空間に浮かんでいた。そこはまるで水の中にいるような感覚で地面どころか足場が一つも無い。
「な、何よ？ 此処は？」
「私も初めて見る光景です」
「えっ、あんたは前に見たんでしょ？」
「あの時は、この人の視界を見るような感覚で覗いていました。でも、これは・・・」
そんな二人の周りに丸く青白い光がいくつも漂っていた。
「この球体、何よ？」
あやかがそれに触れた瞬間、周りの景色が一瞬にして真っ白に輝く。
「きゃあ！？」
「ひゃあ！？」
余りの眩しさに二人は目を閉じた。しばらくして彼女らが目を開けると、そこは自然に溢れた山々を見下ろせる空中だった。特に重力もなく、二人は浮かんだ状態である。
「ここは・・・何処でしょうか？」
「・・・あっ、あれは？」
「えっ？」
あやかが地上の何かに気付き、レンジェは指を差す方向へ目をやる。
「人・・・でしょうか？」
「そうみたいね。もう少し近付いてみる？」
「ええ、気付かれないよう遠くから見に行きましょう」
二人はゆっくりと飛行して、その場所へ向かった。遠目から見ると、そこには武装した男達が一人の少年を囲んでいる。彼らはじりじりと少年へ近付いていった。
「あれって、野伏せり（のぶせり）？」
「ノブセリ？」
「戦国時代で武士紛いの恰好をした盗賊みたいな奴らよ」
「そ、それじゃあ、あの子が・・・」
「待って、何か様子がおかしい」
あやかがそう言っている間に、3人の男達が少年へ走り向かう。それでも少年は動かず、何かを呟いた。その瞬間、彼らは地面から飛び出した太い木の棒によって吹き飛ばされた。
「なに？ 何が・・・」
「今のは・・・万物の式神！」
「えっ・・・ってことは、あれ！ あいつなの！？」
少年の動きでレンジェは彼の正体が“陽なる存在”であると確信する。
「これは・・・間違いなくあの人が見た記憶です」
「此処って戦国時代？・・・信長とか正宗とかいないのかしら？」
「ノブナガ？ マサムネ？」
「あ〜要するに何百年も前の時代よ！ 此処！」
彼女らが話す中、少年がゆっくりと両手を拡げた。その直後、少年と男達の間の地面から多数の何かが這い出てくる。それは武者鎧を纏う多数の骸骨だった。
「スケルトン？」
「違うと思う。武者の亡霊でも想像したんじゃない？」
「サムライのゴースト？」
「簡単に言えばそうね」
怖気付いた男達が逃亡を図るも、囲い込むように骸骨武者たちが次々と出現する。退路を塞がれた男達は最後の抵抗を試みようと武器を構えた。
「まさか・・・だ・・・」
「レンジェ」
「はい？」
「これは記憶なのよね？ だったら・・・あたし達が手を出すことはできない」
彼女がそう告げると同時に、骸骨たちが虐殺を開始する。為す術もなく地面へ倒れていく男達の姿を、彼女らは眺めることしかできなかった。最後に命乞いをする男達も無慈悲に刃の餌食となる。
「・・・」
「・・・容赦なくやるわね」
男達が息絶えた後、少年の見つめる先に一人の女性が現れた。上等な着物を着た妖美な女性。それを見たレンジェは一目でその正体に気付く。
「あれは・・・妖・・・」
「妖？ 妖って・・・あいつの言ってた化け物のこと？」
「姿は違いますが・・・あの雰囲気、似ています」
対面で話し合う少年と女性を眺める二人。話し終えた女が背後から紫色の触手を多数出現させて、少年に襲い掛かった。対する少年は右手に長い道具を取り出し、その先端を女に向ける。
「火縄銃・・・」
「ヒナワジュウ？」
「大昔に使われていた遠距離用の武器よ。火薬を使って鉄の球を飛ばすの」
「初めて見ました」
「この世界にはまだ無いのね」
バアアアアアン！！
乾いた音が響いた瞬間、またも彼女らは視界が真っ白に覆われてしまう。
キイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン！！
「えっ？」
「また！？」
再び視界が開けると、彼女らはさっき居た青色の空間を漂っていた。どうやら元の場所へと戻ってきたようだ。
「戻って来た？」
「さっきのが・・・記憶の一部？」
「そうかもね。あの青い球が普通の記憶じゃない？」
「でしたら・・・封印された記憶は、何処に・・・」
二人がキョロキョロと見回し、少し離れた場所に青白い光が集まっているのを発見する。
「あそこを見てみましょう」
「ちょ、ちょっと！ 待ちなさいよ！」
レンジェの後をあやかは慌てて追いかけた。二人がやって来た場所。そこは先程の青白い光の球が八面体の青い結晶に包まれている。その数は見るだけで百近くありそうだ。
「これも・・・記憶の一部？」
「解りませんけど・・・それらしい感じがします」
レンジェは一つの結晶を素早く手に取り、眩しさを防ぐように目を閉じた。しかし、何時まで経っても景色は変わらず、静寂だけが過ぎ去っていく。
「・・・・・・あれ？」
「封印されているからじゃない？」
「あっ、そうでした」
「レンジェって、リリムなのに意外と抜けてるわね」
あやかもその結晶を手に取って、色々な角度から眺めてみた。どうやら触れているだけでは中身を見られないようだ。
「ん〜・・・」
彼女は思い切って、結晶を額にくっ付ける。すると、彼女の視界が真っ白に染まった。
「！？」
シュウウウウウウウウウウ！！
見えてきた視界は他人の視界らしく、それはうつ伏せに倒れた状態で少女の遺体を見ていた。その少女は頭から血を流し、見ているだけでも息がないことが解る。
（な、なんなのよ、これ・・・）
『・・・みお・・・・・・』
（！）
視界を見る本人の声らしく、少女に向かって名を呟いた。少女を掴もうと伸ばした彼の手は血塗れである。その様子からあやかは視界の主が重傷を負っていると予想した。
『・・・・・・許さない・・・あいつら・・・・・・・・・絶対に！！』
『・・・少年・・・』
『！？・・・誰だ？』
謎の声に彼は辺りを見回す。しかし、周りには誰の姿もなかった。それでも尚、声が響いてくる。
『吾は陽なる者・・・魂だけの存在だ・・・』
『魂だけの？』
『吾は使命のため・・・人である肉体が必要・・・・・・』
『・・・・・・僕の身体が欲しいのか？』
『瀕死から救うこともできる・・・ただし、お前の意志は吾に吸収される・・・無理に奪うつもりはない・・・お前が“身体を差し出す”と望まぬ限り・・・』
しばらく地面を見つめていた視界が上を向いた。
『身体を・・・差し出すよ・・・・・・その代わりに・・・』
『む？』
『僕からの・・・願いを聞いてくれないか？』
『・・・願いとは？』
『僕を・・・みおを・・・殺した奴らに・・・・・・・・・“復讐”を！！』
『・・・・・・その願い・・・確かに聞き取った』
『頼む・・・』
『吾がその願いを成就させよう・・・』
シュウウウウウウウウウウ！！
再び視界が真っ白になり、次にあやかが見たものは林の中だった。そして、その所々に白い布を頭に被った黒服の男達が血を流して倒れている。
（あれって・・・弁慶みたいな服装・・・僧兵ってやつ？）
倒れている以外の僧兵は薙刀を構えていた。どうやら相手は視界の者のようだ。
『この小僧がああああああ！！』
一人の僧兵がそう叫びながら突っ込んで来る。視界の主は右手に小振りの鎌を創り上げて、迫って来る僧兵に投げ付けた。投擲された鎌の刃が彼の額に突き刺さり、そのまま地面へ倒れ込む。それを見ていた男達の中で叫び声が上がった。
『あ、兄者あああああ！！』
『貴様あああ！！』
『かああああああああああつっ！！！』
男達の声の中から老人の声が響く。それは皆を静まりかえすための言葉だった。男達の中から白い装束を纏い、三角の笠を被る老人が姿を現す。老人は右手に持っていた錫杖をこちらに向けた。
『お主はなんの意図があって、我らの宗派に仇名す？』
『吾はお前らに怨恨などない・・・・・・』
『！？』
驚く老人へ少年はさらに言葉を紡ぐ。
『もとより、これは貴様らが招いたことではないのか』
『な、なにを・・・』
『この少年とその妹を使って、貴様らの利になることさせた。そして、口封じに殺した。ならこの者に恨まれるのも道理・・・』
『な、なら！ 縁のないお主は何故・・・』
『肉体を得るために契りを交わした・・・身体を差し出す代わりに貴様らを滅ぼせと・・・』
『そ、それは・・・』
『自らの罪を隠す輩に言っても、念仏にすらならんがな・・・』
視界に映った少年の左手が上がると同時に、男達の周りに巨漢の鬼が複数出現した。老人は歯を食い縛って一言呟く。
『化け物め・・・』
『・・・悪いが、人の皮を被った化け物は何度も見ている。吾から見れば、お前たちもそれとなんら変わりない』
シュウウウウウウウウウウ！！
「・・・っ！・・・やかさ・・・・・・あやかさん！！」
「はっ！？」
気が付いたあやかはレンジェに揺さぶられていた。彼女は手にしていた結晶を見つめながら尋ねる。
「レンジェ？・・・あたし・・・何があったの？」
「結晶を額に当てた途端、まるで意識を失ったかの状態に・・・何度か呼び掛けましたが・・・」
「そう、なの？」
あやかは頭を軽く振り、先程の光景をレンジェに説明した。
「そんなことが・・・」
「あんたの言った通り、あいつの視界から覗けたわ。目を背けたくなる光景だけど・・・」
「・・・」
「それでも見るつもり？」
その問いにレンジェは少し俯いた後、決心して返事をする。
「はい」
「はぁ・・・じゃあ、この中から覗いて探すしかないわね・・・」
「あやかさん、すみません」
ため息を吐くあやかにレンジェは謝罪した。
「気にしないで・・・さっさと探すわよ」
「はい」
二人はそれぞれ結晶を手にし、額に当てて封印された記憶を覗き込む。目的の記憶“シンヤの過去”を求めて・・・。
数十分後、レンジェとあやかはある結晶を見つめていた。それはあやかが見つけたもので、それこそ二人が探し求めていた“シンヤの記憶”である。
「これが・・・」
「玉川 シンヤだったときの記憶で間違いないわ」
「あの・・・どんなもの・・・でしたか？」
レンジェの問いにあやかは気難しそうに答えた。
「それが・・・・・・ちょっとしか見ていない」
「？」
「あたし達の世界、それに時代も合ってるけど・・・途中で・・・くなって・・・・・・」
「・・・」
あやかの言葉が段々と小さくなっていく。レンジェは彼女が少し震えていることに気付き、その身体を抱き寄せた。
「！」
「無理させてごめんなさい・・・」
「あ、あたしは・・・その・・・」
「もう少し・・・もう少しだけ、私の我儘に付き合ってくれませんか？」
「・・・うん」
二人は目的の結晶を握り合い、封じられた記憶へと足を踏み込んだ。
「ん・・・！？・・・ここは！？」
「あっ、あやかさん、気が付かれましたか？」
あやかが目を覚ますと、そこには地面に倒れている自身へ寄り添うレンジェの姿があった。彼女は慌てて起き上がる。
「これ・・・どうなってるの？」
「結晶へ入り込むよう術式を組んでみました。これなら、見やすいと思いまして・・・」
「・・・・・・そういうことは早く言ってよね」
そう言って立ち上がったあやかは辺りを見回す。そこは自身が居た世界で、住宅街の道路の真ん中だった。すぐ近くには5階建ての居住施設がある。
「ここは何処でしょう・・・」
「多分、うちの家が近い」
「あやかさんの家が近いのですか？」
「多分よ。でも・・・ここはあんまり通らないわ」
「あの大きな建物は？」
「マンションね。一部屋に一家族が住んでる住居よ」
二人が話しながら眺めていると、その住居の一階にある一つの扉が開いた。中から出てきたのは黒い学生服を着た青年。彼女らは急いで物陰に隠れて様子を伺った。
「シンヤ、さん？」
「・・・あいつじゃなくて、本人の方よね？」
「恐らく・・・」
その青年は部屋の奥に居る女性と話している。
『行って来るよ。寄り道もしないから』
『気を付けてね。私もお父さんが帰って来たら一緒に準備するわ』
『今夜が楽しみだな♪』
青年は嬉しそうな顔で歩き始めた。そんな彼に一人の女性が話し掛けてくる。白いカーディガンに短めのスカートを履いた黒い長髪の女子。年齢は彼と一緒ぐらいだと思われる。
「・・・こ、こいび・・・」
「違うわ・・・あれよ。幼馴染ってやつよ、きっと・・・」
「そ、そうですよね・・・」
少し動揺するレンジェにあやかがフォローの言葉を掛けた。ここで場面が切り替わるように周りの風景が変わり始める。
「「！？」」
今度はある建物内のリビングらしき室内だった。二人は目の前のテーブルの椅子に座る青年を見ていた。その様子は暗く、テーブルには置手紙のような紙が一枚置かれている。その紙には『何もかも疲れました 探さないでください 母より』と書かれていた。
「これって・・・」
「シンヤさんの母親が失踪したときの・・・」
落ち込む青年は左手でテーブルをドンッと叩く。
『なんで・・・なんでなんだよ・・・・・・母さん・・・』
「シンヤさん・・・」
「・・・」
再び風景が変わり、二人は多数の机と椅子が並ぶ広い部屋にいた。
「ここ・・・うちの学校・・・」
「えっ・・・ということは・・・」
『ふざけんなよ！！』
「「！」」
部屋の外から怒鳴り声が響き、彼女達は開いたドアから外を覗いた。そこには長い廊下の真ん中で4人の女子生徒が尻餅をついた男子を睨んでいる。ツインテールの金髪をした女子が怒鳴った。
『注文した昼飯買ってこいって言ったでしょ！！』
『・・・購買にはもう無かった』
『そこはあんたがなんとかするんでしょうが！！』
「なっ・・・あそこまで酷く言うことは・・・」
「そういう無茶な言い方をするのよ。イジメをする奴らは・・・」
「そこまでするなんて・・・」
二人が話している内に、女子の中で短髪の女子が男子の胸倉を掴み上げる。
『さっさとコンビニでも行って買ってこいよ！』
『・・・』
『返事は！？』
『・・・・・・はい』
力なく返事をした男子はその場で立ち上がり、女子達とは反対方向を向いて歩き出した。その男子こそシンヤであり、顔の左頬が腫れ上がっている。
「あいつら・・・」
「知っている方ですか？」
「あのツインテールが高飛車でいいとこのお嬢様・・・うちのクラスでも噂になってたイジメグループのリーダーよ」
「あの娘が・・・」
「それに周りのつ・・・・・・」
「？」
あやかの言葉が途中で途切れた。不審に思ったレンジェが彼女の視線を辿り、その理由を理解する。イジメグループの中に先程見かけたシンヤの幼馴染が居たからだ。彼女は戸惑うような表情で彼を見つめている。
「そんな・・・」
「そういうものよ。シンヤを庇えば、今度は自分がイジメのターゲットにされてしまうから・・・単なる臆病者ね」
「・・・」
シンヤが目の前を通り過ぎる寸前で風景が変化した。
青空が見える建物の屋上らしき場所。あやかはここが何処なのかすぐに分かった。
「学校の屋上・・・」
「眺めが・・・綺麗な場所ですね」
ガチャ
「「！」」
二人の後方でドアノブの音が響く。彼女らがその方向へ振り向くと同時に、扉から男子の姿が現れた。
「・・・シンヤ、さん・・・」
「・・・」
彼は無言のまま、彼女らに目もくれず、外側に貼られたフェンスへと向かう。その先の行動を二人はいち早く予想した。
「まさか・・・」
「・・・何故です・・・・・・彼が、何をしたのですか・・・」
涙を流すレンジェを余所に、シンヤはフェンスを登り超える。彼の向かう先は・・・高所から地上への飛び降りだった。
『・・・母さん・・・僕が邪魔なら言ってくれればいいのに・・・』
「！」
「や、やめて・・・」
『そしたら、僕も・・・母さんも・・・他の皆も、苦しまずに済んだのに・・・』
「・・・」
「お願い・・・そんなことを言わないで！」
『ごめんね・・・何も役に立てな・・・』
「止めてください！！ シンヤさん！！」
「レンジェ・・・」
彼の呟きにレンジェが悲痛の叫びを上げる。またも此処で風景が変化した。
「此処は？」
「知らない場所けど・・・学校が見えるから近いわね」
夕暮れ時の空。大きな黒い地面で出来た通りの左右に、巨大な立法体の建物が次々と並んでいた。
「レンジェ・・・大丈夫？」
「・・・すみません。取り乱してしまって・・・」
「いいのよ。あたしもちょっと見てて、気分が悪かったし・・・」
あやかの気遣いで、レンジェは落ち着きを取り戻す。彼女を宥めていたあやかの視界に歩道を歩くシンヤの姿が映った。
「あっ・・・いた」
「えっ？」
学生服を纏う青年。その雰囲気はさっきまで見た彼とは違い、まるで狩人のような視線を放っていた。それこそ、今のシンヤとなった“陽なる存在”である。彼は人気のない通りの歩道を物静かに歩いていた。
「・・・あの人になった後の？」
「見た感じ・・・そうみたいね・・・」
彼女らは青年を見下ろせる位置で飛行する。何気なく歩く彼は何かを探している感じだった。
『・・・この辺りでもないか・・・残留思念らしきものを感じ取ったが・・・・とんだ見当違いだったようだ』
「例の化け物女を？」
「恐らく・・・それを追っているのでしょう」
青年はすぐ横に止まっていたトラックを過ぎた辺りで、建物の物陰から誰かに手を掴まれる。引っ張られた彼を追い、二人も建物の路地へと飛び向かった。
「「！」」
そこには学校で見たイジメグループの女子達が居た。ただ、今回はメンバーの中に幼馴染の女子は居なかった。その代わりにシンヤの腕を掴んだ者は、彼より一回り大きい身体を持つ不良のような金髪男子だった。
『よう・・・見つけたぜ、シン坊』
『今まで何処にいたのよ・・・そんなに私のことが嫌なの？』
ツインテールの女子も苛立つように話し掛けてくる。しかし、そんな彼らに対し、シンヤは無表情で尋ねた。
『お前ら誰だ？』
『『『『はぁ？』』』』
その問いに4人は間の抜けた声が出てしまう。ツインテールの女子が少し怒り口調で青年に聞いた。
『あんた・・・何を言って・・・』
『悪いが吾は、お前らを知らない』
『ふざけんじゃないわよ！！』
『ふざけてなどいない。人違いならもう行くぞ？ お前たちに構うほど暇ではない』
『待ちな』
短髪の女子が行く手を塞ぐように彼の前へ立ちはだかる。
『お前は玉川 シンヤだろ？ 記憶喪失にでもなったつもりか？』
『事実を言ったまでだ。知らんものは知らん』
『瓜二つの人間が居るわけないだろう？』
『そうだぜ。とぼけてんじゃねえよ』
シンヤの後ろに居た不良が彼の肩を掴み、建物の壁に押し付けた。
『この数日間、行方を眩ましてたおかげで見つけるのに骨が折れたぜ』
『用意は出来てるんでしょうね？』
『用意？ 何の話だ？』
その言葉にツインテールの女子がさらに怒り出す。
『いつまですっとぼけてんのよ！？ 五十万用意しろって言ったでしょ！？』
『その五十万を用意してどうするのだ？』
『私達に手渡すために決まってるんでしょうが！！！』
声を上げる彼女にシンヤは無表情で呟いた。
『訳が分からん』
『・・・はぁ？』
『見ず知らずの者達に、何故お金を手渡す必要がある？』
『あんたさぁ・・・本気で言ってるの？』
『さっきから言っているだろうが・・・知らんものは知らん』
『もういいぜ、安奈（あんな）・・・俺に任せな』
不良の男子がそう言って、右腕の拳を構える。
『言っても分からないようなら、身体で分からしてやらぁ』
『・・・』
彼が拳を振りかざした瞬間、シンヤはその拳を左手で受け止めた。
『なっ！？』
驚く不良男子に対し、シンヤは右手で彼の首元を掴む。体格差をものともせず、彼の身体が地面から離れた。シンヤは片腕だけで相手の身体を持ち上げている。
『ぐがっ！ がぁ！？』
『餓鬼が・・・』
彼はそう呟いて、向こう側の建物の壁に不良男子を投げ飛ばした。
『ぐあっ！！』
『隆（たかし）！？』
安奈と呼ばれたツインテールの女子が不良男子の名を呼ぶ。彼はよろけながら、手元に転がっていた鉄パイプを手に取った。
『なめんじゃねぇぞこらああああ！！』
不良男子は威勢よく声を上げながら鉄パイプを振りかぶろうとする。パイプがシンヤの頭に当たる直前で、彼はそれすら素手の右手で受け止めた。
『っ！？』
『若造如きで付け上がるな』
鉄パイプを掴む手だけで、その硬い金属を徐々に折れ曲がらせる。傍から見ても常人とは思えない力で折り曲げられているように見えた。それで一番恐怖に煽られたのは、鉄パイプを持つ隆と呼ばれた不良男子だった。
『ひっ！？』
『ふんっ！！』
怖気付く彼の隙をついて、シンヤが彼の腹目掛けて蹴りを入れる。その瞬間、不良男子は鉄パイプから手を離し、再び壁へと叩きつけられた。
ヒュン！ ズガッ！！
シンヤは相手の右肩に浮いた制服目掛けて、手にした鉄パイプを投げ刺す。幸い彼の身体には刺さらなかったが、服を貫くパイプは建物の壁に深く刺さってしまい、張り付けられてしまった。
『ひぃ、ひいいいいいい！？』
『・・・』
『ちょ、なんなのよ・・・一体なんなのよ！？』
『・・・』
『ちぃ！ 夏子（なつこ）！ 栄子（えいこ）！ さっさとこいつをとっちめなさい！！』
安奈が残る二人の女子に指示を飛ばす。しかし、夏子と呼ばれた短髪の女子は尻餅をつきながら震えていて、栄子と呼ばれたポニーテールの女子も足を震わせていた。
「まぁ、こうなるわね」
「幾度も死線を越えた存在・・・普通の方なら逃げ出します。ですが・・・」
「あのお嬢様は毛の生えた心臓を持ってるんじゃない？」
「でしたら、魔物化はお淑やかな“ぬれおなご”がピッタリですね♪」
さも当然そうに、その光景を見つめるレンジェとあやか。業を煮やしたのか、安奈が右ポケットからカッターナイフを取り出し、その刃をチキチキと展開した。
『この・・・ふざけんじゃないわよおおお！！』
『・・・ふん』
彼女はカッターナイフでシンヤの顔を斬り付けようとする。その刃が頬に当たる寸前で、彼は左手で彼女の右腕を掴んだ。
『あっ！？』
『小娘。気取るのはいいが、それは他人だけでなく、己自身も傷付けることだと覚えておけ』
『あ・・・あ・・・』
硬直した安奈の頭の両脇に、宙に浮いた小太刀が出現する。それは彼女のツインテールを切り裂いた。
『ひっ・・・』
トレードマークだった髪が切り落とされ、彼女はその場でショートカットの髪型にされてしまう。一瞬の出来事に、彼女は刃物を落とし、腰を抜かすようにへたり込む。数秒後、水音とともに彼女のスカートがじんわりと湿り出した。
「あっ、洩らしちゃいました・・・」
「ぷっ！ いいざまね」
見物する二人。レンジェは気の毒そうに呟き、あやかは面白そうに笑った。恐怖で動かなくなった彼女にシンヤが語り掛ける。
『小娘、火遊びは程々にしろ。でなければ・・・次はこんな火傷で済むと思うな』
『あぅ・・・あ・・・ひっ・・・』
最早普通にしゃべることすらできない少女に、シンヤは一瞥してからその場を立ち去った。遅れて二人も路地から出て、彼の後を追い始める。
（こういうことね・・・あの女子達が登校拒否をし始めた理由は・・・）
「・・・あ」
「ん？ どうし・・・！」
あやかはレンジェが見つめる方向へ目を向ける。そこには、シンヤと対面する幼馴染の女子が立っていた。彼女は両手を握ったまま彼に話し掛ける。
『シンヤ君・・・』
『・・・』
『・・・その・・・・・・ごめんなさい』
『何故、謝る？』
『私・・・ずっと、あなたのことを・・・見捨てていました』
「はぁ！？ 何よ！ 今ご・・・」
「あやかさん、待って！」
レンジェは怒鳴り散らそうとするあやかを抑えた。
『こんなことを言える資格はないと思うけど・・・』
『・・・』
『どうしても謝っておきたいの・・・』
『・・・』
『勿論、許してほしいなんて言わない』
『・・・』
『本当に・・・・・・ごめんなさい・・・』
シンヤは彼女の言葉を聞いている間も黙り続ける。なかなか返事が来ないことに、彼女は不審に思って彼の名を呼んだ。
『シンヤ君？』
『・・・さっきの小娘達といい・・・面倒事が多いな』
『えっ？』
『悪いが・・・人違いだ。そういうことは本人の前で言え』
『で、でも！』
彼女が取り出した携帯電話を操作すると、シンヤのポケットから音が鳴り出した。彼がその音の元である携帯電話を取り出す。携帯の画面には“七井 舞”（なない まい）と表示されていた。
『それはシンヤ君の携帯でしょ？ なら・・・』
『それでも君のことは知らない』
『！？』
理解できない彼女の横をシンヤが通り過ぎようする。しかし、彼は彼女の斜め後ろで立ち止まり、ゆっくりと口を開いた。
『・・・謝るぐらいなら、何故今まで放って置いた？』
『そ、それは・・・』
『そんなことをしなければ、この青年が自殺することもなかった』
『え・・・』
『吾・・・いや・・・“俺”は・・・“シンヤ”ではない』
衝撃の言葉をいくつか聞いた彼女は、慌てて彼の方へ向く。
『自殺って・・・』
『学校の屋上から飛び降りようとした』
『そ、そんな・・・』
『そこで彼と話した。捨てるのなら、その身体を使わせてくれと・・・』
『ど、どういう・・・』
『俺は人ではない存在だ・・・解り易く言えば、幽霊に近いもの』
『ゆう・・・れ、い？・・・・・・う、嘘よね？』
彼は何も答えず、頭だけ動かして彼女の方へ向いた。そこで彼女はあることに気付く。青年の目つきが自分の知る者でないことを・・・。
『・・・・・・シンヤ、くんは・・・何処に・・・』
『・・・自らの身体を差し出すと言い、俺と同化した。もうシンヤの意識はない』
『・・・』
『どっちにしろ・・・今の時点で手遅れだ。俺が手を出さずとも、彼は自らの命を捨てていた。もっと早く来るべきだったな』
『・・・・・・ぁ・・・あぁ・・・』
『此処に居るのは“シンヤ”の身体を持つ別人だということ・・・それが事実だ』
シンヤは前を向いて歩き出した。後方では、彼女のすすり泣く声が聞こえてくる。
「自業自得ね」
「・・・」
「レンジェ、気にしない方がいいわ。あいつの言う通り、今更来ても遅すぎるのよ」
「・・・・・・ええ・・・」
彼の後を追いながら、レンジェは泣き続ける少女に視線を向けていた。しばらくして、ずっと歩き続けていた青年が急に立ち止まる。彼は右手で顔の目元を拭った。その手には汗とは違う水が付いている。
『・・・・・・これは・・・・・・・・・気のせいか？』
「「・・・」」
その仕草に見惚れる二人の周りが真っ白に染まっていった。
精神世界から現実の寝室へと戻ったレンジェとあやか。お互い何もしゃべらず、未だに眠り続けるシンヤの顔を眺める。不意にあやかがあることを呟いた。
「・・・お腹すいた」
「あっ、すみません。厨房に連れて行く途中で・・・」
「いいのよ。あたしも興味本位で首を突っ込んだことだし・・・」
「・・・・・・そういえば・・・」
レンジェはベッド近くにある小棚の引き出しから、紙包みを取り出す。その中には鯛のような形をした砂糖菓子が2つ入っていた。
「昨日、ウシオニの松さんから頂いた“金花糖”と言われるお菓子です。よろしかったらどうぞ」
「ありがとう、レンジェ」
「私も、あなたに感謝しています」
「い、いいわよ、別に感謝しなくても・・・」
顔を赤らめるあやかは、レンジェから砂糖菓子を受け取り、早足で部屋の扉へと向かう。彼女は退出する間際に、ある言葉を口にした。
「・・・ここから先、頑張ってね」
「はい♪」
あやかが静かに去った後、レンジェはシンヤの方へ向き直した。彼女は履物を脱いで、ベッドに身を乗り出す。眠り続ける彼に覆い被さった彼女は、無防備な唇を奪った。
「んちゅ・・・」
「・・・・・・・・・・・・ん・・・・・・んぅ？」
口を貪られる感覚でシンヤが目を覚ます。彼は目の前の状況を見て、いつも通りレンジェが性行為を求めてきたと判断した。
「・・・ぷはっ・・・・・・すまない、先に寝付いてしまって・・・」
「あっ・・・そ、その・・・そうではなくて・・・」
「？」
いつもと様子の違う雰囲気に、彼は少し首を傾ける。彼女は勇気を振り出して、彼に話し始めた。
「実はシンヤさんの・・・あなたになる前の過去を見させて貰いました」
「・・・・・・そうか・・・見たのか・・・」
「すみません・・・けれど、どうしても知りたかった・・・」
「玉川シンヤを・・・か・・・」
彼は一呼吸してから口を開く。
「彼の過去・・・今の俺には・・・」
「関係あります。彼の肉体と魂・・・それらを手にしている時点で・・・」
「・・・そうだな」
「それに・・・彼を・・・絶望から救ったのなら・・・」
彼女は以前に見たシンヤと彼のやり取りを思い出し、そのことを口にした。
「あなたは昔から・・・あらゆる人を助け・・・今まで生きてきた」
「・・・あぁ」
「そして、あの人も・・・絶望の淵にいたシンヤさんも・・・」
「そうだな・・・」
「だからこそ、彼をそこまで追い詰めた理由を知りたかった・・・」
「何故だ？」
彼に質問されたレンジェは静かに答える。
「私も・・・・・・あなたの・・・シンヤさんのことを救いたいからです・・・」
「・・・彼は・・・」
「まだ、悲しみで泣き続けています」
「悲しみ？」
「全ての人に捨て去られたことは、優しさを持つあの人には耐えがたい苦痛です。他の人が求めないのであれば・・・私があなたを求めます」
「レンジェ・・・」
「出してください・・・あの人の記憶をもとに・・・・・・“シンヤ”を・・・」
彼女の願いに、青年はゆっくりと目を閉じ、しばらくしてからその目を開けた。
「レンジェ・・・さん・・・」
「シンヤさん・・・」
いつもの鋭い目と大人びた雰囲気を纏った青年は、一瞬にして、穏やかな顔になり、少し気弱な声で彼女の名を呼ぶ。レンジェはその様子に見覚えがあった。彼の封印された記憶の一つに存在した過去の“玉川 シンヤ”の姿である。
「僕は・・・」
「分かっています。あなたがどれほど寂しかったか・・・どれほど温もりが恋しかったか・・・」
「レンジェさん・・・」
「私が・・・その冷めてしまった心を暖めてあげます」
彼女は再び口付けをし、青年の身体を強く抱き締めた。彼も受け止めるように両手で彼女の両肩を掴む。
「んむ・・・・・・ん・・・」
レンジェは声を洩らしながら青年の口を味わった。彼はいつもとは違う雰囲気で彼女の愛を受け止める。
「・・・んぅ・・・」
不意に彼女の右手が青年の股を弄り、彼は呻き声を漏らした。その手は滑るように浴衣から下着の中へと入っていく。手で握られたそれは次第に膨張していき、ほんのりと熱を帯び始めた。
「ふ・・・ぅ・・・・・・っはぁ・・・」
レンジェの唇が彼の唇から離れると、互いの口元を繋ぐ唾液の糸が滴り落ちる。彼女の左手が彼の浴衣の帯を緩め、青年の下半身を露出させた。
「・・・」
「先にこちらから・・・・・・レロッ・・・」
「！」
青年の股座に顔を寄せた彼女が彼の一物を丁寧に舐める。すでに大きく反り上がったそれが反応するように脈を打った。
「くっ・・・・・・あぅ・・・っ！・・・」
「・・・んんぅ」
レンジェは十分な硬さだと判断し、それを口で優しく咥え込む。彼女の口内では舌が動き回って、青年のものへ刺激を与え続けた。少し堪えてしまう青年の表情を上目使いで見つめるレンジェ。それから彼女は頭を上下に動かし始める。
「んっ、んっ、んぅ、ん・・・」
ゆったりと上下運動をする彼女に、青年は両手でシーツを強く握った。その仕草は普段見せない行動だった。
（そう・・・この内気な雰囲気・・・・・・あの光景で見た彼・・・）
彼女の口淫が少しずつ速まり、青年の快感も増していく。
「レン・・・ジェさ・・・・・・も、もう・・・」
「んぅ？・・・んっ、んっ・・・」
彼は射精しそうな衝動を抑えていた。レンジェはそれを気にせず、与える快感を強める。その快感に堪えられず、青年は精を解き放った。
「うあっ！」
「んぶぅ！？」
ドクドクと脈を打ちながら、レンジェの口内に白濁液が溜まっていく。彼女は迷わず溢れ出さないよう飲み込んでいった。
「ごきゅっ、ごくっ、ごくっ・・・」
一滴も垂れ落ちずに飲み干すレンジェ。ちゅぽんと彼のものから口を離し、口の中の精も舌で綺麗に舐め落とす。
「んく・・・・・・はぁ・・・美味しい・・・」
「う・・・」
彼女は上半身を起こし、帯を解いてから浴衣をするりと脱ぎ下ろした。下着も転移魔法で消失させ、すでに愛液が垂れている秘唇をそそり立つ陰茎の先に当てる。
「んぅぅぅぅ・・・ああっ！」
「うぐっ・・・」
レンジェは体重を掛けて、自らの蜜壺に青年のものを突き入れた。ゆっくりと挿入されたそれは根元まで入り、その先端は彼女の子宮口と接触。その感触にお互い、痺れる程度の快感が走る。
「はぁ・・・ぁ・・・うっ・・・」
「・・・くぅぅ・・・っ・・・」
普段ならこの時に青年の方から動くことが多かった。しかし、今回は初めてを捧げた男子のように、余りの快感で動きづらくなった姿勢を見せる。その様子にレンジェは微笑み、自身から腰を動かし始めた。
「うん・・・んっ・・・あぁ・・・」
彼女は騎乗位の体勢でリズミカルに動いていく。毎回交わっているとはいえ、魔物の頂点であるリリム。その快楽は慣れている者ですら蕩ける程凄まじい。青年の味わう快感が一気に駆け上っていった。
「あぁ、あっ、あっ、うあっ・・・」
「ふぅ、ふぅ、くぅ、うっ・・・」
ここで青年の上半身がゆっくりと上がり、レンジェの身体をやさしく抱き締めた。突然のことに彼女が驚くも、続けて彼はその唇を奪う。
「んぅ！？ ん・・・」
「ちゅ・・・ぴちゅ・・・」
「んっ、んっ、んっ・・・」
口での貪り合いとともに、お互いの腰の動きもそれとシンクロする。
「んっ、ぁあ、んぅ、んっ・・・」
徐々に速まる下の動きで、レンジェ自身耐え切れないのか、くっ付いていた口を度々離してしまう。一方の青年は少し荒い感じで腰を動かしていた。まるで初めて性を味わった男性のように・・・。
「ん、はぁ、はぁ、はぁ・・・」
「うっ、あぁ、あっ、あっ、あっ・・・」
二人の快感が最高潮へと高まっていき、青年が彼女へあることを告げる。
「はぁ！ はぁ！ レン、ジェさぁ！ で、出る！」
「あっ！ く、ください！ 中に！ いっぱい！ あっ！」
まもなく訪れる精の放出を求めるレンジェ。そんな彼女の要求に応えるべく、青年は達した直後に、己の分身を思い切り突き入れた。
「ふあっ！？・・・ああぁぁぁ！！ あっ！ あっ・・・あっ・・・」
力強い脈動が波打つように蠢き、それによって多量の精液が彼女の胎内へ注がれる。彼の陽の力を帯びたそれは、彼女にとって極上の精。すぐさま魔力へと変換され、レンジェの全身がピンク色に輝き出す。
「はぁ・・・はぁ・・・」
「ふぅ・・・う・・・・・・温かい・・・」
余韻に浸る彼女は青年の顔を真正面から見つめた。息を整えるそれは数多の記憶の一部として存在した穏やかなあの青年。封じられた記憶を元に演じているようだが、あの頃の“玉川 シンヤ”だと彼女は確信した。
「レンジェさん・・・」
「・・・」
「僕は・・・僕は・・・・・・」
「言わなくても大丈夫です」
レンジェはそう言って、彼の背中へ両手を回す。抱き締められた青年も彼女の後ろ腰へ同じく手を回した。
「私はあなたの全てを受け止めます。絶対に捨てたりはしません」
「あ・・・あ・・・・・・」
「もっと見せてください・・・あなたが抱えているものを・・・」
「・・・・・・はい・・・」
レンジェを見送ったあやかは屋敷の廊下を歩きながら、先程貰った砂糖菓子を食べていた。
「・・・」
先刻まで見ていた光景を思い返す。彼女から見れば“玉川 シンヤ”は“同じ学校の生徒”知り合いになった“リリムの夫”でもある。それでも過去の彼の境遇は余りにも酷過ぎるものだった。
（・・・青春ドラマや漫画とかで見たけど・・・実際見てみると吐き気がする）
彼女は最後に残った菓子の一欠けらを見つめ、それを一気に口の中へ放り込む。
（・・・・・・でも・・・今はあの娘がいるんだし・・・あたしの手助けはもうない・・・）
ボリボリと菓子をかみ砕く彼女は、フィオナとゆうたが居る部屋のドアを開けた。
「はぁ・・・はぁ・・・ゆう、た♪・・・」
「ふぅ・・・・・・あ・・・」
「・・・」
あやかの目に映ったもの。それは、はだけた浴衣から陰部を晒す二人の姿。
フィオナはお腹を両手で抑えながら仰向けになっていた。
その隣で、ゆうたは横向きで寝そべって息を整えている。
そして、すでに行為を終えたらしく、フィオナの秘裂からコポリと白濁液が垂れ落ちる。
ジト目で見るあやかにゆうたが少し慌てしまう。
「あ、あやか・・・これは・・・」
「別に・・・」
「へ？」
「別にフィオナとやるな・・・なんて言ってない」
「そ、それじゃあ・・・」
「でも・・・」
「でも？」
「あたし抜きでしてんじゃないわよ〜！！」
そう叫んだ彼女は翼で飛行し、ゆうたのもとへ突っ込んでいく。突然のことに彼は無抵抗のまま組み伏せられた。
「何回やったの？」
「え、え〜と・・・」
「何回？」
「ご・・・五回・・・」
「・・・・・・ばい・・・」
「えっ？」
「その2倍くらい相手して」
「おまっ、それは・・・」
「文句は？」
「ありません」
彼女の要求にゆうたは拒否をすることができなかった。
もうすぐ夜が明ける時刻。
領主の寝室では、青年に寄り添うように寝ていたレンジェが目を覚ます。遅れて彼も目を覚まし、上半身を起こした。
「・・・」
「シンヤさん？」
彼女は青年の様子がおかしいことに気付く。声を掛けられた彼は右手で頭を抱え、何か考え事をするような姿勢をとった。
「・・・・・・」
「？」
「こんな感覚は初めてだ・・・」
「えっ？」
レンジェが起き上がると同時に、右手を降ろした彼が語るように話し始める。
「まるで元からこの身体だったみたいな・・・そうだな・・・」
「そ、それは・・・もしかして・・・」
青年は右隣に居るレンジェの方へ顔を向けた。
「恐らくだが・・・これまで人の身体を入手する際、完全に同化できていなかったのだろう」
「まさか、不完全に・・・今は？」
「うむ・・・生まれた日、両親のこと、学校での生活・・・そして、もう一人の自分が自殺を止めてくれたことを・・・全て自身の経験だと認識している」
「！？」
「ふっ・・・もう一人の自分か・・・・・・妙な言い方をしてしまうが・・・その方がいいかもしれん」
自身の発言に鼻で笑う青年。それに釣られてレンジェもクスッと笑う。
「あなた達らしいです」
「・・・さて、朝食を頂きに行こうか。昨日はいつも以上だったような気がするのでな」
「っ！？・・・もう！ 言わないでください！」
はだけた浴衣を整えて、青年がベッドから立ち上がった。レンジェも脱ぎ捨てていた浴衣を纏い、彼とともに寝室から出ようと扉の方へ向かう。
「レンジェ」
「はい、シンヤさん」
「・・・・・・ありがとう」
「どういたしまして♪」
日が昇り始めた頃に、フィオナ達も目を覚まし、レンジェ達と一緒に朝食を取った。食事を終えた後、フィオナ達一行は魔界へ帰る準備をし始める。レンジェとシンヤも彼女らを見送るために、浴衣から普段着へと着替えに戻った。
屋敷から出てすぐの玄関前。
3人を見送る二人以外の者達も集まっていた。多数のメイド達が整列し、側近であるセシウとともにお辞儀をする。
「また、いつでもお越し下さいませ」
「お、おう・・・」
「また遊びに来ます♪」
「暇があれば来るわ」
紺は二つの青い風呂敷包みをゆうたに手渡した。
「朝食時に頼まれたジパングの品から取り寄せた魚と山菜です。どうぞ」
「助かります。魔界だとなかなか手に入らなくて・・・」
「よろしければ、ジパングと繋がっているミミックの運送屋を紹介しましょうか？」
「そんなものがあるんですか？」
ヴィーラは一枚の封書を取り出し、フィオナに差し出す。
「フィオナ様、不躾ながらお願いがあるのですが・・・この書状をクレマンティーヌ様へ手渡して頂けないでしょうか？」
「別に構わないけど・・・これは？」
「向こうへのご返事とご報告でございます。あなた方をいかにお持て成ししたかを・・・」
「律儀ねぇ・・・」
あやかはレンジェと向き合い、彼女の右側にいる青年へ目を向けた。
「・・・」
「どうした？」
「昔のことなんて気にしない方がいいわよ」
「む？・・・もしやイジメのことか？」
「えっ？ どうして・・・知ってるの？」
不意に答えられた言葉に動揺するあやか。そんな彼女にレンジェが説明する。
「あやかさん、大丈夫です。彼は全てを受け入れました。シンヤさんの過去も・・・」
「それって・・・どういうことよ？」
「つまりは俺自身でも経験した人生・・・“玉川 シンヤ”と完全に同化したと言えよう」
「そう・・・なの・・・」
「左様・・・君も同じ学年に居たとはいえ、俺のことについては気にしなくていい」
「！・・・あんた・・・」
彼女は何かを言い掛けようとするが、敢えてその言葉を出さなかった。
「・・・面倒になるなら言わないわ」
「それでも構わない。ただ一つだけ、言わせてくれ」
「何？」
「レンジェを導いてくれたことに感謝する・・・」
「・・・あたしは興味があっただけ・・・あとは良心に従っただけよ」
照れるように彼女はそっぽを向く。その仕草を見た二人から笑みがこぼれた。
「な、なによ！？」
「なんでもありません♪」
「それでいい。君自身が正しいと思えば、その通りにすればいい」
「ふんっ！」
「あやか、何怒ってんだよ？」
「怒ってないわよ！」
バシッ！
「い゛っ！？」
ゆうたが声を上げるあやかに話し掛けるも、彼女の尻尾が彼の足へと叩きつけられた。まるで余計なお世話だと言わんばかりに叩かれ、彼は歯を食い縛って痛みに耐える。レンジェは背を向けるあやかを静めに行き、シンヤは叩かれたゆうたへ心配そうに近寄った。
「あ、あやかさん・・・」
「大丈夫か？」
「こ、これくらい・・・昨日のよりはマシだな」
「むっ？」
シンヤは苦笑いする彼を見て、少し元気のない様子に気付く。
「昨夜は大分頑張ったようだな？」
「あ、ああ・・・特にあやかが、フィオナより多くて・・・12回も・・・」
「その割には、普通に立って動けているようだが？」
「まぁ、ちょっとは慣れた」
「意外と丈夫そうだな」
「うぅ・・・あんたは？」
「俺も人外である以上、彼女が満足するまでやる」
率直な答えにゆうたが目を丸くした。その時、彼はシンヤの雰囲気に違和感を感じ取る。昨日、初めて会ったときの長寿者である大人に、優しげのある青年の面影が重なっているように見えた。
「シンヤ・・・？」
「どうした？」
「・・・い、いや、なんでもない」
「ユウタ〜！」
「あんただけ置いていくわよ〜！」
「ちょ！ 待てって！」
フィオナが転移魔法陣を展開し、あやかは身内の青年に呼び掛ける。早足で彼女達のもとへ駆け寄るゆうた。シンヤは魔法陣の外側にいるレンジェの傍へ歩き寄った。
「それじゃあ、世話になったわ。レンジェ」
「ええ、またいらしてください♪」
「暇があったらね」
「あやか、そういうこと言うなよ・・・シンヤも元気でな」
「ああ、またいつか来い」
桃色の光が魔法陣を輝かせ、その光とともにフィオナ一行は姿を消した。残された二人は彼らの居た場所をしばらく見つめ続ける。
「なかなか面白い姉だったな」
「ええ、久しぶりに出会えてよかった・・・」
「あの姉弟もな・・・」
「・・・」
レンジェは無言で左隣りに居るシンヤの顔へ目を向けた。
そこに居るのは、昨日までの大人びた青年の姿だけではなかった。
その容姿に合う好青年のような男子の面影。
彼女からは、まるで二人の男が綺麗に重なっているように見えた。
それは“長年の時を生きた存在”であり、記憶の空間で見た“捨て去られた青年”
彼女は両方の彼を救い、彼らも彼女を受け入れた。
「シンヤさん」
「ん？」
「魔術の研究でもしませんか？」
「どうしてだ？」
「昨日、フィオナが言っていた自身の力で異世界へ転移したこと・・・それについて・・・」
「それとどういう関係が・・・」
レンジェの言ったことに、疑問を抱くシンヤ。彼女は続けて答える。
「行ってみたいです・・・」
「・・・・・・あの世界に？ 観光か？」
「それもありますけど・・・・・・ある人に会ってみたいのです」
「ある人？」
「・・・・・・あなたを一度見捨てて・・・そして、もう一度手を差し伸べたあの方に・・・」
「・・・“彼女”か？」
名前が出なくともシンヤは誰なのかすぐに理解した。
「もう終わったこ・・・」
「話を聞きたいのです。彼女の・・・手を差し伸べた理由を・・・」
「・・・」
「そのためにはまず・・・異世界への転移魔法を会得する必要があります」
彼女は真っ直ぐな目で彼を見つめる。レンジェは決めていた。あの世界で彼を救おうとした女子。ただ理由を聞きたいがために・・・。軽くため息を吐いたシンヤは目を瞑り、再度見開いてから口を開けた。
「分かった・・・俺自身も把握できていない術式だ。出来ればあの3人から聞きたかったが・・・」
「大丈夫です。他の知り合いでそれに詳しい人が何人かいますから♪」
「そうか・・・・・・」
二人は手を取り合い、屋敷へと引き返した。
（私が叶えてあげます・・・あなたが残した向こうでの願いを・・・）
12/10/26 17:29更新 / 『エックス』