No.11 天使
城の正面入り口手前。
そこへ舞い降りたレンジェはシンヤとレグアを降ろし、彼らとともに内部の様子を伺う。
「やけに静かですね」
「衛兵がいるはずなのに・・・何処へ行った?」
「恐らく町へまともな人間を取り込みに行ったのだろう。内部には少数だが、陰の気配がする。気を抜くな」
レグアを先頭にレンジェとシンヤがその後ろへ付いて行く。
彼女達は城の中央ホールへと辿り着く。そこはかなり広く、目の前には大きな赤い階段があり、天井には蝋燭が無数にある巨大なシャンデリアが飾られていた。
「広いですね」
「天使が居る場所は?」
「この階段で上がって、それから・・・」
「レグア!!」
「「「!」」」
突如、響いてきた呼び声に3人は辺りを警戒した。すると、階段の上にある左の奥から黒い祭服を来た男性が現れる。彼は階段の上から見下ろすように、帰って来た少年へ声を上げた。
「貴様は何をやっとる!? この町に、いや、この城に! 魔王の娘であるリリムを連れ込むとはどういうことだ!?」
「アザミュウマ卿! 今はそれどころではな・・・」
「今はなんだと!? 魔物に加担するとは、どうりで勝てぬはずよ!」
「違う! そういう訳じゃな・・・」
「もうよい! その魔物共々、この私が直々に手を下してやる!」
そう言って彼は両手からバチバチと火花を散らし、黄色に輝く雷球を飛ばしてくる。レグアはすぐに剣を抜いて、その雷球を真っ二つに切り裂いた。二つに分かれた雷球は彼らの左右へ行き、床に当たって爆発する。
「お、おのれええ!」
「アザミュウマ卿! 何故、魔法が使えるのですか!?」
「これか? ある力を授かったおかげで・・・」
「誰にだぁぁぁ!?」
シンヤが凄い剣幕で怒鳴った。その形相に枢機卿も一瞬臆するが、再度偉そうな態度で答える。
「ふん、異教徒か? これはある女からい・・・」
「何を口にした!?」
「なっ! 何故、それを知っている!?」
「答えろ! 奴から何を受け取った!?」
「・・・む、紫色の球だ! それを飲み込んだら魔法が使えるようになった!」
「・・・」
その答えにシンヤは愕然としていた。質問の言葉に枢機卿も動揺し始める。
「シンヤさん?」
「シンヤ、何を・・・」
「おい! 一体なん・・・」
「愚か者ぉぉぉぉ!! それは“落とし子の卵”だ!! 中から喰い破られるぞ!!」
「「「!?」」」
驚愕の発言をした直後、枢機卿が胸を押さえて苦しみ出した。彼は目を血走らせ、口から泡を吹く。
「ぐ、がっ!? む・・・ねが! ぐるじい!!」
「アザミュウマ卿!?」
「っ!?」
「見るな!!」
シンヤに抱き寄せられたレンジェは、彼の胸元によって視界を遮られてしまう。その間、彼女の耳元には不快すぎる音が響き続けた。
「があああ!! あががが、ブシュウ!! ごがっ!! あ゛ぶぼっ!!」
肉が引き裂かれていき、それに伴って男の苦痛の声が漏れる。肉の中から這い出るような音が響き、次第に男の声が聞こえなくなった。
「そ、そんな・・・ア、アザミュウマ卿・・・」
「くっ・・・」
「・・・」
やがて不快な肉の音が無くなり、シンヤの手がレンジェから離れる。
「はっ!?」
次に彼女が見たものは、さっきの枢機卿と入れ替わるように立っていた化け物だった。紫色の触手で形成された身体は2m近くあり、手には大き目の鉤爪が出ている。猫背で顔に当たる部分は巨大な目玉がギョロつかせていた。怪物の足元には肉片と骨が散らばっている。
「そんな!? ひ、酷過ぎます!」
「術を使うことで成長し、宿主を喰らい尽くす陰の仔だ」
「よくも! 化け物がぁぁぁ!!」
「むおおおおおおおお!!」
怪物は雄叫びを上げて、彼女達に飛び掛かった。3人が散り散りに別れて避ける。彼らの居た場所が怪物の落ちてきた衝撃でめり込んだ。すかさず、怪物はその目玉の視線を右側に居るレンジェへ向ける。
「むおおお!!」
彼女に狙いを定めて走り向かう怪物。レンジェは魔刀を取り出して構えた。大振りの鉤爪を避けていく彼女は、隙をついて化け物の左手を切り落とす。
「おううううううう!?」
「うあああああああああ!!」
レグアは勢いをつけて怪物の背後から襲い、右腕を根元から切り落とした。さらに彼の背後からシンヤが両手で青白い光を持って飛び上がる。
「レンジェ! 小僧! 横に飛べ!」
青年の指示で自身の左側へ飛び避ける二人。彼は光で巨大な棒状の物体を創り上げた。それは灰色をした柱のような棒で、青年の手元近くに張り紙みたいな黒と黄色の縦の縞模様が付いている。彼はその巨大な柱で怪物を叩きつけた。
ドゴオオオオオオオオオオオオオン!!
断末魔を上げることなく、怪物は血を吹き出しながら潰れた。レンジェとレグアはカエルのように潰された怪物へゆっくりと近寄る。
「し、死んだのか?」
「・・・」
・・・シュルルルルルル・・・
「!」
その時、切り落とされた怪物の右腕から一本の触手が、無言で近付くレンジェの足元へ向かった。彼女の足に巻き付く寸前、いつの間にかやって来たシンヤがそれを手斧で切り落とす。
「あっ・・・」
「電柱で潰したのにしぶといな」
「あ、ありがとうございます」
「いや、仕留めてなかった俺が悪い。気にするな」
キィィィ・・・バシュウウウウウウウウ!!
青年が右腕を上げると、巨大な棒と一緒に怪物が青い光によって消え去った。
「枢機卿まで・・・」
「レグアさん・・・」
「嘆いても仕方ない。小僧、急ぐぞ。これ以上犠牲を出す前に・・・」
「・・・・・・付いて来い」
3人は階段を上がり、奥の通路へと進んでいく。
「ここだ」
白く巨大な扉の前にやって来たレンジェ達。そこは御使いリリエルが居る祈りの間である。門番の騎士たちはおらず、レグアが扉を押し開けた。
「リリエル様!!」
彼が叫んで中に入り、レンジェとシンヤも続いて入る。いつものように変わらず、天使の少女は両手を組み、3人に背を向けて立っていた。
「「「・・・」」」
誰が見てもそれは異常な光景だった。
天使の目の前にあるもの。それは肉塊とも言える巨大な物体。上部は卵のような形をした紫色の物体。その下を支える肉塊は脈を打つかのように蠢いている。そんな異様な物体の前で祈る少女が手を下ろした。
「駄目じゃないですか、レグア。主の前で騒いではいけませんよ」
「リ、リリエル様? 何を言って・・・」
「小僧、耳を貸すな。彼女は・・・」
「うるさい! リリエル様! それは一体何ですか!?」
「これですか? これは・・・私たちを救って下さる救世主(メシア)です」
「救世・・・主?」
天使の少女は振り返って、曇った目で3人を見つめる。彼女の首下近くの胸元には紅い宝石のような球が埋め込まれていた。
「まだ完全ではありません。もう少し経てば、その御姿が見られますよ」
「残念だが、そうすることはできない」
「あら、何故です?」
「そいつは破滅をもたらすだけの存在“陰の権化”だ」
「破滅ではありません。主がもたらすものは全てを平等にする力、皆を一つにする力です。あなたにはそれが解らないのですか?」
少女の問いにシンヤは答えず、小さなため息を吐く。
「傀儡の言うことなぞ、当てにはできんな・・・」
「私自ら望んでいる事です。この御方こそ、この世を救う主なる存在」
「リリエル様!」
「そして、私はこの御方の子を産み落とす純潔の器。完全体となった主へ捧げる母体として・・・」
「ふざけるなあああああああ!!」
ついに耐え切れなくなったレグアが叫んだ。彼は光剣を抜いて構える。
「これ以上、リリエル様の身体を弄ぶな!」
「あっ! 待って!」
「待て! 小僧!」
二人の静止の言葉を聞かず、少年は天使の少女の元へと走り出す。あと5、6歩のところで辿り着く際、彼は何かによって吹き飛ばされた。
「ぐうっ!?」
「主に指一本触れさせはしません」
天使の少女の背中から6本の黄色に輝く触手が出ている。少年はその内の一本で弾かれたのだ。転がり倒れた少年の元へ、レンジェとシンヤが駆け寄る。
「大丈夫ですか!?」
「考えずに突っ込んでどうする?」
「う、うるさい! なら、どうしろってんだよ!?」
少年を立ち上がらせたシンヤは、天使の少女を見ながら考え込む。彼が一番気になった部分は少女の胸元にある紅い球だ。青年は無言で右手に青銅で出来た両刃剣を創り上げる。
「胸の球を破壊するしかないな」
「あれをでしょうか?」
「だが、隙をついて破壊するには難しいな・・・小僧」
「な、なんだ?」
「お前があれを破壊しろ」
「はぁ!?」
青年の指示に素っ頓狂な声を出してしまうレグア。しかし、シンヤは真面目な顔で話した。
「お前の方が適任だ」
「だ、だけど・・・僕じゃ、リリエル様を傷付けてしまうかもしれない!」
「すでに傷付いている娘になんの心配をしている?」
「そ、それは・・・」
「なら、見殺しにしていいのか?」
「っ!?」
少年は反論の言葉を飲み込んでしまう。大切なものを守るという思いを嘘にしたくないからだ。真っ直ぐな目で彼はシンヤに告げる。
「僕が、僕がやります!」
「いい返事だ」
青年は彼の肩を叩き、天使の少女へ目を向けた。レンジェも魔刀を取り出し、戦闘態勢に入る。
「シンヤさん、その策でよろしいのでしょうか?」
「あまり時間を掛けたくはない。小僧、やれるな?」
「無論です」
「・・・行くぞ!」
シンヤの掛け声とともに、レンジェとレグアも剣を構えて駆け出した。向かって来る3人を天使は動かずに待ち構える。
「ふふふ♪」
「っ!? 止まれ!」
「「!」」
何かに気付いて立ち止まるシンヤの静止の声で、レンジェとレグアもすぐに立ち止まった。よく見ると、天使の少女を囲むかのように薄いガラスの壁がいくつも存在した。青年の指示がなければ、彼女達はその壁に激突していた。
「いつの間に!?」
「これじゃ、リリエルさんの元へすら行きにくいです」
「ちっ、一瞬でこれだけの障壁を展開したのか・・・」
「来ないのですか? こちらは受け止める準備はできていますよ? それなら・・・」
天使の触手の先が黄色く輝き、高速の光弾が放たれる。レンジェは飛び上がって回避し、シンヤとレグアは剣で弾き落とした。物足りないと感じた天使は光弾の雨を3人へ浴びせ続ける。
「心配入りません。痺れるだけの魔法ですよ」
「麻痺魔法をこんな連続に・・・エンジェルの域を超えています」
「このおおおおお!」
「熱くなるな、小僧!」
「うるさい! 光剣よ!」
レグアは剣の刃を白く輝かせて、リリエルに向かって走り出した。行く手を阻む壁を思い切り叩き斬ると、それはガラスのように砕け散る。障壁を切り砕いて進む少年。そんな彼を見つめる天使は手を合わせる仕草をした。
「潰されなさい」
「はっ!?」
少年が気付いた時はすでに遅く、天使の手の動きに合わせて光の壁が彼の左右から挟み込む。挟み捕らわれた少年に、天使は追い打ちで全ての触手の光弾を彼に向けて放った。
「氷結の壁よ!」
レンジェが左手に桃色の魔力球を浮かべると、捕らわれた少年と天使の間に氷塊の壁が出現する。それは少年に向かう光弾を防いだ。続けてシンヤが少年の挟み込む壁を銅剣で切り砕く。
「情けないな」
「だ、黙れ!」
青年に悪態をつかれる少年。レンジェは魔力球を手にしたまま、詠唱をし始めた。彼女の周りに氷の棘が多数出現し、それらは弧を描くかのように回転する。
「氷の魔射!」
氷の棘は拡散しながら天使に向かって、連続で発射されていく。天使を守る光の壁に棘が複数刺さると砕き壊せたが、少数刺さった光の壁は壊せずに修復されてしまう。
「随分と硬いですね」
「微量では破壊できんということか・・・」
「私の壁は誰一人通すつもりはありません」
天使の少女は左手を前にかざして、シンヤとレグアに光弾を放った。彼らは後ろへ飛び退いて、光弾を回避する。後退した2人の元へレンジェが舞い降りた。
「多数の壁に触手からの魔弾・・・厄介な力です」
「これ程とはな・・・奴が欲しがるのも無理はない」
「くっ!」
一瞬だけ少年に視線を向けたシンヤはあることを二人に話す。
「小僧」
「なんだ?」
「今度は俺とレンジェで援護する。お前は壁や触手を気にせず向かえ」
「「!」」
「レンジェ、上から触手を狙えるか?」
「え? は、はい、魔法でなら可能です」
「よし小僧、しくじるなよ?」
「そっちこそ!」
威勢よく答えた少年が走り出した。それに合わせてレンジェも飛び上がり、シンヤは自身の周りに多数の青い光の球を出現させる。光の球は鳥の形へと変わり、青い光を纏うツバメになった。
「いけ!」
出現したツバメ達は高速で飛行して、先に走り出した少年を追い越す。それらは天使の障壁に向かって激突し、それを粉々に打ち砕いた。次々と現れるツバメ達は少年の行く手を阻む光の壁を壊していく。
「雷蛇、伸び喰らえ!」
レンジェは両手に黄色い電撃を纏わせて、変則的な射線を描く雷撃を6つ放った。それは天使の背中から生えた6本の触手を一瞬で焼き焦がす。
(・・・意外と呆気ないです・・・何故?・・・・・・)
レンジェが疑問を抱いている同じ頃、シンヤにも疑問が生じていた。
(・・・そういえば・・・これほどの力を持った存在・・・何故、奴は自身に取り込まなかった?)
二人がそう思い悩んでいる内に、少年は剣を両手で構えて、握った手を自身の右脇へと引く。そして、剣の切っ先は天使の胸元にある紅い球へと向けられた。後5、6歩で届くところで、少年の走る速度が上がる。
(・・・空気が・・・いえ、これは・・・・・・何処に向かって・・・)
ここでレンジェはよどんだ空気に交じる力を感じ取った。それらは何処かへ吸い寄せられるように移動している。シンヤはあることを思い出す。
『完全体となった主へ・・・』
(あの天使はそう告げた・・・まさか!?)
二人の視線が同時にある方向へ向けられた。
レンジェとシンヤが見つめるその先。
そこにあるものは・・・。
“天使の紅い球”
「小僧おおおおおおおおお!!」
「それに触れてはだめええええええええ!!」
「えっ!?」
「・・・ニヤッ♪」
二人が叫ぶも時すでに遅く、レグアの光剣の切っ先は少女の胸元の紅い球へ突き刺さった。
キィィン・・・バシュウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!!
「なっ!?」
「これは・・・精力・・・いえ、生命力!?」
ひび割れた球からおびただしい量の赤く輝いたオーラが溢れ出す。それらは一気に天使の背後にあった肉塊の卵へと吸収されていった。ひび割れた球が粉々に砕け散ると、天使の少女が力なく横に倒れる。少年が慌てて駆け寄り、彼女の身体を抱き支えた。
「リリエル様!」
「レグアさん!」
「下がれ! 早く!」
二人の呼び掛けに応じて、少年は天使を抱え込んだままその場から離れる。彼女達が集まった時、突然地震が起きたかのような震動が起き始めた。床の所々にヒビが入り、天井のガラスが割れ落ちてくる。
「障壁結界!」
シンヤは他の3人も入るように、自身の周りへ四角錐の形をした青い光の壁を創り出した。その光の結界によって4人は落下物から守られる
ピシピシ・・・
卵がひび割れて、その隙間から赤い光線が天に向かって伸びた。周りの壁や柱が崩れていき、僅かに残った床を支えるのは卵のものと同じ肉塊である。遮られていたものが無くなり、赤黒い空が見えた。
操人や落とし子と戦うリトラとマニウスは城から飛び出る赤い光を目撃する。それは禍々しい何かが訪れたような感覚だった。それに呼応するかのように周りの敵が雄叫びを上げ始める。
「・・・間に合わなかった?」
「そんな・・・レンジェ様、シンヤ君・・・」
それは辺りに漂っていた生命力を吸収して現れた。
その全てを吸収したそれは強大な力を手にし、レンジェ達の前に姿を現す。
以前の人の姿の面影はない。
真っ赤な髪は左右斜め下と真下の三つに分かれ、その先には鋭利な刃物となった硬質なV字型の物体。
手足は空と同じく染まるように赤黒くなり、指は鉤爪のように鋭くなっている。
手足以外の肌は露出し、見たこともない呪文のような紅いタトゥーが施されていた。
瞳は紅く染まり、妖美な顔はさらなる美しさを秘めている。
最早、それは人間、いや、物の怪とも言い難い存在だった。
「くふふふふ・・・あはははははははははははははははははははははははは!!」
そこへ舞い降りたレンジェはシンヤとレグアを降ろし、彼らとともに内部の様子を伺う。
「やけに静かですね」
「衛兵がいるはずなのに・・・何処へ行った?」
「恐らく町へまともな人間を取り込みに行ったのだろう。内部には少数だが、陰の気配がする。気を抜くな」
レグアを先頭にレンジェとシンヤがその後ろへ付いて行く。
彼女達は城の中央ホールへと辿り着く。そこはかなり広く、目の前には大きな赤い階段があり、天井には蝋燭が無数にある巨大なシャンデリアが飾られていた。
「広いですね」
「天使が居る場所は?」
「この階段で上がって、それから・・・」
「レグア!!」
「「「!」」」
突如、響いてきた呼び声に3人は辺りを警戒した。すると、階段の上にある左の奥から黒い祭服を来た男性が現れる。彼は階段の上から見下ろすように、帰って来た少年へ声を上げた。
「貴様は何をやっとる!? この町に、いや、この城に! 魔王の娘であるリリムを連れ込むとはどういうことだ!?」
「アザミュウマ卿! 今はそれどころではな・・・」
「今はなんだと!? 魔物に加担するとは、どうりで勝てぬはずよ!」
「違う! そういう訳じゃな・・・」
「もうよい! その魔物共々、この私が直々に手を下してやる!」
そう言って彼は両手からバチバチと火花を散らし、黄色に輝く雷球を飛ばしてくる。レグアはすぐに剣を抜いて、その雷球を真っ二つに切り裂いた。二つに分かれた雷球は彼らの左右へ行き、床に当たって爆発する。
「お、おのれええ!」
「アザミュウマ卿! 何故、魔法が使えるのですか!?」
「これか? ある力を授かったおかげで・・・」
「誰にだぁぁぁ!?」
シンヤが凄い剣幕で怒鳴った。その形相に枢機卿も一瞬臆するが、再度偉そうな態度で答える。
「ふん、異教徒か? これはある女からい・・・」
「何を口にした!?」
「なっ! 何故、それを知っている!?」
「答えろ! 奴から何を受け取った!?」
「・・・む、紫色の球だ! それを飲み込んだら魔法が使えるようになった!」
「・・・」
その答えにシンヤは愕然としていた。質問の言葉に枢機卿も動揺し始める。
「シンヤさん?」
「シンヤ、何を・・・」
「おい! 一体なん・・・」
「愚か者ぉぉぉぉ!! それは“落とし子の卵”だ!! 中から喰い破られるぞ!!」
「「「!?」」」
驚愕の発言をした直後、枢機卿が胸を押さえて苦しみ出した。彼は目を血走らせ、口から泡を吹く。
「ぐ、がっ!? む・・・ねが! ぐるじい!!」
「アザミュウマ卿!?」
「っ!?」
「見るな!!」
シンヤに抱き寄せられたレンジェは、彼の胸元によって視界を遮られてしまう。その間、彼女の耳元には不快すぎる音が響き続けた。
「があああ!! あががが、ブシュウ!! ごがっ!! あ゛ぶぼっ!!」
肉が引き裂かれていき、それに伴って男の苦痛の声が漏れる。肉の中から這い出るような音が響き、次第に男の声が聞こえなくなった。
「そ、そんな・・・ア、アザミュウマ卿・・・」
「くっ・・・」
「・・・」
やがて不快な肉の音が無くなり、シンヤの手がレンジェから離れる。
「はっ!?」
次に彼女が見たものは、さっきの枢機卿と入れ替わるように立っていた化け物だった。紫色の触手で形成された身体は2m近くあり、手には大き目の鉤爪が出ている。猫背で顔に当たる部分は巨大な目玉がギョロつかせていた。怪物の足元には肉片と骨が散らばっている。
「そんな!? ひ、酷過ぎます!」
「術を使うことで成長し、宿主を喰らい尽くす陰の仔だ」
「よくも! 化け物がぁぁぁ!!」
「むおおおおおおおお!!」
怪物は雄叫びを上げて、彼女達に飛び掛かった。3人が散り散りに別れて避ける。彼らの居た場所が怪物の落ちてきた衝撃でめり込んだ。すかさず、怪物はその目玉の視線を右側に居るレンジェへ向ける。
「むおおお!!」
彼女に狙いを定めて走り向かう怪物。レンジェは魔刀を取り出して構えた。大振りの鉤爪を避けていく彼女は、隙をついて化け物の左手を切り落とす。
「おううううううう!?」
「うあああああああああ!!」
レグアは勢いをつけて怪物の背後から襲い、右腕を根元から切り落とした。さらに彼の背後からシンヤが両手で青白い光を持って飛び上がる。
「レンジェ! 小僧! 横に飛べ!」
青年の指示で自身の左側へ飛び避ける二人。彼は光で巨大な棒状の物体を創り上げた。それは灰色をした柱のような棒で、青年の手元近くに張り紙みたいな黒と黄色の縦の縞模様が付いている。彼はその巨大な柱で怪物を叩きつけた。
ドゴオオオオオオオオオオオオオン!!
断末魔を上げることなく、怪物は血を吹き出しながら潰れた。レンジェとレグアはカエルのように潰された怪物へゆっくりと近寄る。
「し、死んだのか?」
「・・・」
・・・シュルルルルルル・・・
「!」
その時、切り落とされた怪物の右腕から一本の触手が、無言で近付くレンジェの足元へ向かった。彼女の足に巻き付く寸前、いつの間にかやって来たシンヤがそれを手斧で切り落とす。
「あっ・・・」
「電柱で潰したのにしぶといな」
「あ、ありがとうございます」
「いや、仕留めてなかった俺が悪い。気にするな」
キィィィ・・・バシュウウウウウウウウ!!
青年が右腕を上げると、巨大な棒と一緒に怪物が青い光によって消え去った。
「枢機卿まで・・・」
「レグアさん・・・」
「嘆いても仕方ない。小僧、急ぐぞ。これ以上犠牲を出す前に・・・」
「・・・・・・付いて来い」
3人は階段を上がり、奥の通路へと進んでいく。
「ここだ」
白く巨大な扉の前にやって来たレンジェ達。そこは御使いリリエルが居る祈りの間である。門番の騎士たちはおらず、レグアが扉を押し開けた。
「リリエル様!!」
彼が叫んで中に入り、レンジェとシンヤも続いて入る。いつものように変わらず、天使の少女は両手を組み、3人に背を向けて立っていた。
「「「・・・」」」
誰が見てもそれは異常な光景だった。
天使の目の前にあるもの。それは肉塊とも言える巨大な物体。上部は卵のような形をした紫色の物体。その下を支える肉塊は脈を打つかのように蠢いている。そんな異様な物体の前で祈る少女が手を下ろした。
「駄目じゃないですか、レグア。主の前で騒いではいけませんよ」
「リ、リリエル様? 何を言って・・・」
「小僧、耳を貸すな。彼女は・・・」
「うるさい! リリエル様! それは一体何ですか!?」
「これですか? これは・・・私たちを救って下さる救世主(メシア)です」
「救世・・・主?」
天使の少女は振り返って、曇った目で3人を見つめる。彼女の首下近くの胸元には紅い宝石のような球が埋め込まれていた。
「まだ完全ではありません。もう少し経てば、その御姿が見られますよ」
「残念だが、そうすることはできない」
「あら、何故です?」
「そいつは破滅をもたらすだけの存在“陰の権化”だ」
「破滅ではありません。主がもたらすものは全てを平等にする力、皆を一つにする力です。あなたにはそれが解らないのですか?」
少女の問いにシンヤは答えず、小さなため息を吐く。
「傀儡の言うことなぞ、当てにはできんな・・・」
「私自ら望んでいる事です。この御方こそ、この世を救う主なる存在」
「リリエル様!」
「そして、私はこの御方の子を産み落とす純潔の器。完全体となった主へ捧げる母体として・・・」
「ふざけるなあああああああ!!」
ついに耐え切れなくなったレグアが叫んだ。彼は光剣を抜いて構える。
「これ以上、リリエル様の身体を弄ぶな!」
「あっ! 待って!」
「待て! 小僧!」
二人の静止の言葉を聞かず、少年は天使の少女の元へと走り出す。あと5、6歩のところで辿り着く際、彼は何かによって吹き飛ばされた。
「ぐうっ!?」
「主に指一本触れさせはしません」
天使の少女の背中から6本の黄色に輝く触手が出ている。少年はその内の一本で弾かれたのだ。転がり倒れた少年の元へ、レンジェとシンヤが駆け寄る。
「大丈夫ですか!?」
「考えずに突っ込んでどうする?」
「う、うるさい! なら、どうしろってんだよ!?」
少年を立ち上がらせたシンヤは、天使の少女を見ながら考え込む。彼が一番気になった部分は少女の胸元にある紅い球だ。青年は無言で右手に青銅で出来た両刃剣を創り上げる。
「胸の球を破壊するしかないな」
「あれをでしょうか?」
「だが、隙をついて破壊するには難しいな・・・小僧」
「な、なんだ?」
「お前があれを破壊しろ」
「はぁ!?」
青年の指示に素っ頓狂な声を出してしまうレグア。しかし、シンヤは真面目な顔で話した。
「お前の方が適任だ」
「だ、だけど・・・僕じゃ、リリエル様を傷付けてしまうかもしれない!」
「すでに傷付いている娘になんの心配をしている?」
「そ、それは・・・」
「なら、見殺しにしていいのか?」
「っ!?」
少年は反論の言葉を飲み込んでしまう。大切なものを守るという思いを嘘にしたくないからだ。真っ直ぐな目で彼はシンヤに告げる。
「僕が、僕がやります!」
「いい返事だ」
青年は彼の肩を叩き、天使の少女へ目を向けた。レンジェも魔刀を取り出し、戦闘態勢に入る。
「シンヤさん、その策でよろしいのでしょうか?」
「あまり時間を掛けたくはない。小僧、やれるな?」
「無論です」
「・・・行くぞ!」
シンヤの掛け声とともに、レンジェとレグアも剣を構えて駆け出した。向かって来る3人を天使は動かずに待ち構える。
「ふふふ♪」
「っ!? 止まれ!」
「「!」」
何かに気付いて立ち止まるシンヤの静止の声で、レンジェとレグアもすぐに立ち止まった。よく見ると、天使の少女を囲むかのように薄いガラスの壁がいくつも存在した。青年の指示がなければ、彼女達はその壁に激突していた。
「いつの間に!?」
「これじゃ、リリエルさんの元へすら行きにくいです」
「ちっ、一瞬でこれだけの障壁を展開したのか・・・」
「来ないのですか? こちらは受け止める準備はできていますよ? それなら・・・」
天使の触手の先が黄色く輝き、高速の光弾が放たれる。レンジェは飛び上がって回避し、シンヤとレグアは剣で弾き落とした。物足りないと感じた天使は光弾の雨を3人へ浴びせ続ける。
「心配入りません。痺れるだけの魔法ですよ」
「麻痺魔法をこんな連続に・・・エンジェルの域を超えています」
「このおおおおお!」
「熱くなるな、小僧!」
「うるさい! 光剣よ!」
レグアは剣の刃を白く輝かせて、リリエルに向かって走り出した。行く手を阻む壁を思い切り叩き斬ると、それはガラスのように砕け散る。障壁を切り砕いて進む少年。そんな彼を見つめる天使は手を合わせる仕草をした。
「潰されなさい」
「はっ!?」
少年が気付いた時はすでに遅く、天使の手の動きに合わせて光の壁が彼の左右から挟み込む。挟み捕らわれた少年に、天使は追い打ちで全ての触手の光弾を彼に向けて放った。
「氷結の壁よ!」
レンジェが左手に桃色の魔力球を浮かべると、捕らわれた少年と天使の間に氷塊の壁が出現する。それは少年に向かう光弾を防いだ。続けてシンヤが少年の挟み込む壁を銅剣で切り砕く。
「情けないな」
「だ、黙れ!」
青年に悪態をつかれる少年。レンジェは魔力球を手にしたまま、詠唱をし始めた。彼女の周りに氷の棘が多数出現し、それらは弧を描くかのように回転する。
「氷の魔射!」
氷の棘は拡散しながら天使に向かって、連続で発射されていく。天使を守る光の壁に棘が複数刺さると砕き壊せたが、少数刺さった光の壁は壊せずに修復されてしまう。
「随分と硬いですね」
「微量では破壊できんということか・・・」
「私の壁は誰一人通すつもりはありません」
天使の少女は左手を前にかざして、シンヤとレグアに光弾を放った。彼らは後ろへ飛び退いて、光弾を回避する。後退した2人の元へレンジェが舞い降りた。
「多数の壁に触手からの魔弾・・・厄介な力です」
「これ程とはな・・・奴が欲しがるのも無理はない」
「くっ!」
一瞬だけ少年に視線を向けたシンヤはあることを二人に話す。
「小僧」
「なんだ?」
「今度は俺とレンジェで援護する。お前は壁や触手を気にせず向かえ」
「「!」」
「レンジェ、上から触手を狙えるか?」
「え? は、はい、魔法でなら可能です」
「よし小僧、しくじるなよ?」
「そっちこそ!」
威勢よく答えた少年が走り出した。それに合わせてレンジェも飛び上がり、シンヤは自身の周りに多数の青い光の球を出現させる。光の球は鳥の形へと変わり、青い光を纏うツバメになった。
「いけ!」
出現したツバメ達は高速で飛行して、先に走り出した少年を追い越す。それらは天使の障壁に向かって激突し、それを粉々に打ち砕いた。次々と現れるツバメ達は少年の行く手を阻む光の壁を壊していく。
「雷蛇、伸び喰らえ!」
レンジェは両手に黄色い電撃を纏わせて、変則的な射線を描く雷撃を6つ放った。それは天使の背中から生えた6本の触手を一瞬で焼き焦がす。
(・・・意外と呆気ないです・・・何故?・・・・・・)
レンジェが疑問を抱いている同じ頃、シンヤにも疑問が生じていた。
(・・・そういえば・・・これほどの力を持った存在・・・何故、奴は自身に取り込まなかった?)
二人がそう思い悩んでいる内に、少年は剣を両手で構えて、握った手を自身の右脇へと引く。そして、剣の切っ先は天使の胸元にある紅い球へと向けられた。後5、6歩で届くところで、少年の走る速度が上がる。
(・・・空気が・・・いえ、これは・・・・・・何処に向かって・・・)
ここでレンジェはよどんだ空気に交じる力を感じ取った。それらは何処かへ吸い寄せられるように移動している。シンヤはあることを思い出す。
『完全体となった主へ・・・』
(あの天使はそう告げた・・・まさか!?)
二人の視線が同時にある方向へ向けられた。
レンジェとシンヤが見つめるその先。
そこにあるものは・・・。
“天使の紅い球”
「小僧おおおおおおおおお!!」
「それに触れてはだめええええええええ!!」
「えっ!?」
「・・・ニヤッ♪」
二人が叫ぶも時すでに遅く、レグアの光剣の切っ先は少女の胸元の紅い球へ突き刺さった。
キィィン・・・バシュウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!!
「なっ!?」
「これは・・・精力・・・いえ、生命力!?」
ひび割れた球からおびただしい量の赤く輝いたオーラが溢れ出す。それらは一気に天使の背後にあった肉塊の卵へと吸収されていった。ひび割れた球が粉々に砕け散ると、天使の少女が力なく横に倒れる。少年が慌てて駆け寄り、彼女の身体を抱き支えた。
「リリエル様!」
「レグアさん!」
「下がれ! 早く!」
二人の呼び掛けに応じて、少年は天使を抱え込んだままその場から離れる。彼女達が集まった時、突然地震が起きたかのような震動が起き始めた。床の所々にヒビが入り、天井のガラスが割れ落ちてくる。
「障壁結界!」
シンヤは他の3人も入るように、自身の周りへ四角錐の形をした青い光の壁を創り出した。その光の結界によって4人は落下物から守られる
ピシピシ・・・
卵がひび割れて、その隙間から赤い光線が天に向かって伸びた。周りの壁や柱が崩れていき、僅かに残った床を支えるのは卵のものと同じ肉塊である。遮られていたものが無くなり、赤黒い空が見えた。
操人や落とし子と戦うリトラとマニウスは城から飛び出る赤い光を目撃する。それは禍々しい何かが訪れたような感覚だった。それに呼応するかのように周りの敵が雄叫びを上げ始める。
「・・・間に合わなかった?」
「そんな・・・レンジェ様、シンヤ君・・・」
それは辺りに漂っていた生命力を吸収して現れた。
その全てを吸収したそれは強大な力を手にし、レンジェ達の前に姿を現す。
以前の人の姿の面影はない。
真っ赤な髪は左右斜め下と真下の三つに分かれ、その先には鋭利な刃物となった硬質なV字型の物体。
手足は空と同じく染まるように赤黒くなり、指は鉤爪のように鋭くなっている。
手足以外の肌は露出し、見たこともない呪文のような紅いタトゥーが施されていた。
瞳は紅く染まり、妖美な顔はさらなる美しさを秘めている。
最早、それは人間、いや、物の怪とも言い難い存在だった。
「くふふふふ・・・あはははははははははははははははははははははははは!!」
12/07/01 08:20更新 / 『エックス』
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