No.10 手駒
森林地帯を歩き進む5つの人影。
リリムのレンジェを先頭に、彼女の左側にシンヤと夢乃、右側にリトラとマニウスが歩いている。日はすでに正午を過ぎた辺り、彼女達は休憩を入れながらスリップス領へと向かっていた。
「そんなことが・・・」
「その・・・君は妖という輩を探すために、あの町へ?」
「ああ、放っておけば多くの犠牲が出るだろう」
「現に、私の屋敷に居た魔物の大半が操られました」
「あの短時間でセシウ殿やメイドを傀儡にした恐ろしい奴です」
レンジェ達はリトラとマニウスにスリップス領への潜入目的を説明する。
「それで・・・自分たちはどうやって目標を探せばいいのだ?」
「隠れることが得意だからな、早々は見つからん。直に探すしかないが、距離的に短ければ陰の気を感じ取れる」
「シンヤ君、他に探す方法はないのかい?」
「奴が動けばすぐに分かるが、その時はかなり厄介なことになる」
(そうですね。あの時は不利な状況に追いやられていましたから・・・)
レンジェがそう思うのも無理はない。妖が行動していた時、すでに彼女達は危機的状況へ陥れられていたからだ。それは彼女だけでなく、シンヤ自身も避けたいことである。
「町への潜入時に、私は自身の人化と皆さんの魔力の隠匿をします」
「自分も人化の術は知っているので、それで本当の姿を隠します」
「某も」
「僕はそのままの姿で、魔力の隠匿だけはお願いします」
「そういえば、会ってから気になっていたが・・・マニウス、君も人外なのか?」
シンヤは彼の何かが気になり、さりげなく質問した。
「僕はインキュバスになった人間です。魔物と交わると、魔物に適した身体になります。見た目は変わらず、精に秀でた魔人みたいな存在。よくお解りになりましたね?」
「常人より異質で魔物に近い力の波動を感じた」
「僕みたいな存在は魔物の伴侶として当然ですから・・・・・・一部例外もあります」
「例外?」
彼の言ったことに首を傾げるシンヤ。ふとここでリトラが話に加わり始める。
「自分も元は男だった」
「・・・どうみても女の魔物だが・・・どういうことだ?」
「リトラは男だった時、サキュバスに犯されたことがあります。その際、突然変異でサキュバス化し、女性へと変貌したそうです」
「リトラさん・・・それはまさか・・・」
「アルプ・・・サキュバスの一種で、非常に稀な個体だと聞いてます」
「男が性別転換して魔物化するのか・・・面妖な・・・」
「でも・・・今は幸せだと感じてる。自分を支えてくれる人がいるから・・・」
そう言って彼女は隣に居たマニウスへ寄り添った。その表情は恋する乙女のような赤らみの帯びた顔である。微笑ましい二人の様子に、レンジェ達も笑みが零れた。
「素敵な殿方を見つけたのですね♪」
「ぼ、僕が彼女を見つけました! 僕が助けなければ彼女はずっと一人でした。だから、この先は僕がリトラを支え続けます!」
「某もそんな伴侶が欲しいなぁ・・・」
「若造、花嫁を泣かすような真似はするなよ」
「わ、分かってます!」
しばらく歩き続けた彼女達はある場所で立ち止まる。どうやらそこから目的地は近いらしく、一行は潜入準備を始めた。
「では、魔術で身なりを整えてから行きましょう」
「姫様、魔力の隠匿をお願いします」
「そうだな・・・万物の式神でそれらしい服装をしてみるか」
「僕はそのままの服装で、魔力はお願いします」
「自分も人化を・・・・・・っ!?」
ある方向へ振り向いたリトラに、シンヤが不審に思って尋ねる。
「どうした?」
「・・・来る・・・・・・一人だけ」
「えっ、人でしょうか?」
(・・・この感覚・・・・・・・・・あいつか)
彼女達が見つめる先。スリップス領のある方向から、木々の間を通り抜けてやって来る1つの人影が見えてきた。やがてそれは彼女達から少し離れた場所で立ち止まる。
それは以前、シャインローズを襲撃した勇者レグア・ランバートだった。
「護衛のサキュバス2人とインキュバス・・・予想以上に仲間がいたのか」
「久しいな小僧。少しは出来るようになったか?」
「あなたのその挑発的な態度は一々癪に障ります」
少年勇者は鞘から光剣を抜いて構えた。レンジェ達も自身の得物を取り出そうと構える。その中でシンヤは何も出さずに彼女達の前へ出た。
「シンヤさん?」
「そのくらい冷静に対応できんのか? 力任せは己自身を傷付けるだけだぞ」
「うるさい! 今度は・・・僕があなたを叩きのめす!」
レグアがシンヤに向かって走り出す。シンヤは右手に青い光で鉄パイプを創り上げた。彼はその武器で大きく振りかぶって来た勇者の剣を受け止める。
ガキィィィィィィン!!
「まだ、僕を舐めているつもりか!?」
「お前にはこれぐらいが最適だと思ってな」
「ふざけるな!」
力任せに剣を振りかぶる少年に、シンヤは鉄パイプで攻撃を防いでいく。その最中、レンジェはある不自然なことに気付いた。
(・・・身体から白色の光が満ち始めている・・・・・・えっ!?)
レグアの身体には白い光が帯び始めていた。しかもそれだけでない。その光に交じってさらに微量の赤い光の粒が浮き上がっている。そのことにシンヤも気付き、相手から距離を離して問い質す。
「小僧! その力をどこで・・・」
「あなたを倒すために授かった力だ!」
「違う!! 誰にその術を施された!?」
(えっ!?)
レンジェはシンヤが焦るほどの何かがあることを知る。理由は恐らくあの赤い光だ。彼女自身もあの光に違和感を覚える。レグアは質問の意味が全く解らなかった。
「はぁ? 何を言っ・・・うっ! ぐっ!?」
「!」
(光が!?)
少年が苦しみ始めた瞬間、レンジェは彼の身体に帯びていた白い光が赤い光へ変わるのを目撃する。シンヤは急いで彼の元へ向かうが、少年の持つ剣で薙ぎ払われた。紙一重で避けたシンヤの元へレンジェ達が走り寄る。
「シンヤさん!」
「あの馬鹿が!」
「があああああああああ!!」
少年が剣を大地に叩きつけると、辺りに強烈な衝撃を撒き散らした。彼の瞳は赤く光り、シンヤに向かって走り出す。
「くっ!」
ガキイイイイイイイイイイイン!!
シンヤは両手で鉄パイプの左右端を持ち、彼の斬撃を止めた。その衝撃は凄まじく、鉄パイプの半分が切り刺さっている。さらに剣を斬り押してくる少年をシンヤは押さえ付けた。
「シンヤさん!」
「離れてろ!」
青年の指示で下がる4人。シンヤは少年を押し飛ばし、その左側にもう一人の自分を創り上げる。幻影のシンヤは鉄製のバットを構え、少年の腹目掛けてフルスイングした。見事に打ち飛ばされた少年は、クルリと宙返りして地上へ着地する。痛がることなく少年は立ち上がった。
「ちっ! はあああああ!!」
シンヤは両手を拡げ、レグアの周りに3つの自分自身を召喚。それぞれさっきの幻影が持つ金属バットを手にし、4人の“シンヤ”が少年を取り囲んだ。
「があああああああああ!!」
ブゥン! ブゥン! ブゥン!
少年が片手で剣を乱暴に振り回して、幻影の“シンヤ”に襲い掛かる。その間にシンヤ本人はレンジェ達へあることを頼み込んだ。
「説明は後だ! 奴の動きを止めてくれ!」
「分かりました! 皆さん!」
「「「はっ!」」」
レンジェの掛け声で3人が応じて、それぞれ剣を構えて走る。幻影たちと入れ替わりに、夢乃、リトラ、マニウスが少年に挑んだ。彼女達は強烈な斬撃を避けて、素早い斬撃や蹴りなどの打撃で牽制する。
レンジェとシンヤはどちらも目を瞑り、集中しながら魔法陣を展開した。数秒後、レンジェの桃色の魔法陣から黒い触手が数本出現する。
「行きなさい!」
黒い触手がレグアの身体へ巻き付いて、身動きを止めた。それに合わせて、囮役の3人がその場から離れる。シンヤの方も青い魔法陣を輝かせて、左手に全長2m近くの和弓、右手に青い炎を纏う矢を創り上げた。彼は弓矢を構えて、狙いを少年の心臓に向ける。
「世話の掛かる小僧め」
「シンヤさん、それは・・・」
「心配するな。射抜くのは・・・楔(くさび)だけだ」
風を切るように放たれた矢は、少年の右胸に突き刺さった。その瞬間、青白い五芒星の魔法陣が彼の足元に浮かび上がり、その身体を光で包み込む。ガラスの割れるような音とともに光が治まって、少年はうつ伏せに地面へと倒れた。
「・・・・・・ぅ・・・うう・・・」
「気が付かれましたか?」
「・・・リリム!?・・・くっ、うっ!」
仰向けに寝ていたレグアが起き上がろうとするも、身体のあちこちに起きた痛みで起き上がれなかった。横たわる彼の右横で座っていたレンジェが慌てて抑える。
「起き上がっては駄目です。でないと、あなたの筋肉がぼろぼろになりますよ」
「これぐらい・・・ぐっ!」
「強がるな、小僧。一時的な筋肉痛みたいなものだ。しばらくすれば元通りになる」
「・・・」
相変わらずの鋭い目で睨みつける少年に、シンヤはしゃがんで彼に問い掛ける。
「小僧、もう一度聞く。あの術を誰に施された?」
「・・・・・・言う必要があるのですか?」
「大いにあるな。お前を狂い死にさせる術だぞ?」
「「「「!?」」」」
術の正体を告げられた少年だけでなく、周りに居たレンジェ達も言葉を失う。
「そ、そんな馬鹿な!? メイヤがそんなことをするはずが・・・」
「メイヤ? お前の知り合いか?」
「教会屈指の術者であるシスターだ。彼女がそんな術を使うはずがない! 大体そんな術なんて・・・」
「俺はその術を見たことがある。それを施術された奴は怒り狂うかのよう暴れ、最終的に息絶えた。施された直後は普通より動き易くなるらしいが、違うか?」
「そ、それは・・・」
「そして・・・それは人外が扱う禁忌の術。例外を除いて、その術の使い手はこの世にいない」
「例外とは・・・もしかして・・・」
レンジェの言い掛けたこと。それを予想していたシンヤが先に答えた。
「術の使い手を喰らった奴・・・“妖”が使ったのだろう」
「え? でも、先程シスターさんがその術を使ったと言いましたが・・・」
「なら、そいつは妖の傀儡となっている。それなら別の身体を通してでも術が使える」
「さっきからアヤカシと言っているが、何のことだ?」
「俺の追っている敵だ。他の者を操り、力を奪い取る物の怪。そいつを探しに来た」
「他の者を操るだと・・・・・・まさか! メイヤが!?」
「これで確定したな・・・あの町に奴がいる」
彼がそう宣言した直後、不気味な響きとともに、晴れていた空が赤黒く染まり始める。
オオオオオオオオオオオオオオオオオオ・・・・・・
「何事!?」
「「!?」」
「な、何が起こってるんだよ!?」
「シンヤさん、これは・・・」
「・・・」
(・・・・・・・・・・・・先に動かれたか・・・)
スリップス領の城内にある祈りの間。空間の中央で佇んでいたリリエルは、城を中心に町が禍々しい気で覆い隠されていくのを感じ取った。
「これは・・・魔力?・・・・・・いえ、それよりもっと邪悪な・・・」
神聖な気で満ちていた町が穢されていき、天使の浄化すら受け付けなくなる。焦った彼女は念話でメイヤに話し掛けた。
『メイヤ、すぐにこちらへ来てください』
『はっ、御使い様』
ズズズズズ・・・
「?」
そのやり取りから数秒も経たない内に少女はやって来る。意外な速さに、リリエルは少し不審に思った。
「随分と速いですね・・・メイヤ、実は・・・・・・はっ!?」
「?」
「メイヤ・・・あなた・・・」
「・・・」
天使の少女はその異常にいち早く気付く。普段と変わらない表情と仕草で立っている修道服の少女。しかし、瞳は曇っていて、彼女自身が持つ力とは別の気配が漂っていた。その異様な存在にリリエルは警戒し、メイヤに向かって叫ぶ。
「何者ですか!? 出て来なさい!!」
「は? 御使い様、何を言って・・・」
「とぼけても無駄です。メイヤの身体から邪悪な気を感じます。姿を現しなさい!」
「・・・・・・・・・・・・くくく、あはははははははは!! 流石、神の使い! 我の気に気付くとは・・・」
メイヤとは思えない口調でしゃべる何か。彼女の背後から赤い五芒星の魔法陣が浮かび上がり、黒い長髪の女性が現れた。
「初めまして・・・天より遣わされし者よ」
(人?・・・違う、人に何か・・・別の何かが・・・・・・それにこのような穢れは見たことが無い)
「さて、あの小童が不甲斐なく倒されたから、少々時間が惜しいのでな・・・」
「こわっぱ?・・・あなた、レグアに何をしたの!?」
「施した術がかき消されて使えなくなっただけよ・・・・・・もっとも、その小童より使える存在が目の前にいるがな」
「!?」
女がそう告げ終えると、大量の触手が彼女の背後から出現する。それらは全て弧を描いて、天使の少女に襲い掛かった。
バチィ! バチバチィィ! バチィィィィ!
もう少しで届きそうなところで触手は見えない壁にぶつかり、触れた先端が焼け焦げていく。少女を守るかのようにドーム状の光の壁が張られていた。
「何人たりとも、私に触れることはできません」
「ほほう、なかなかやるよのう・・・メイヤ」
女がそう呟き、それに反応して修道服の少女が走り出す。彼女は両手に持った十字架を光の壁に突き刺した。バチバチと火花を大きく散らし、その壁を無理やりこじ開けようとする。
「メイヤ! 止めなさい!」
リリエルは麻痺性の小さな魔法球を少女に向けて飛ばした。命中したメイヤはバチリと衝撃を受けて、立ったまま動かなくなる。その光景を女は表情を変えずに見ていた。
「ふふふ、この程度では取り込めぬか・・・」
「あなたやメイヤでは、私の光の盾は破れません」
「ふん・・・なら、役立たずは葬るまで・・・」
「!?」
動かなくなったはずのメイヤが懐からナイフを取り出す。逆手に持ったその刃先を自身の喉元へ向けていた。その行動を見ていたリリエルに戦慄が走る。
「メイヤ・・・もう、用は・・・」
「やめてえええええ!!」
「・・・ふふ・・・ふふふ・・・」
「やめて・・・ください・・・」
彼女の悲痛の叫びに、自害しようとした少女の動きが止まった。女は狂喜の顔を浮かべ、天使の少女に語り掛ける。
「なら、どうすべきか・・・分かるな?」
「・・・・・・はい・・・」
リリエルは悔しさで握った右手を解き、白い光球を出して詠唱した。彼女を守っていた光の壁が無くなった途端、メイヤの背後から紫色の触手が複数現れた。それらは天使の少女を横から巻き付くように縛り付ける。女は捕らえた獲物へ喜びながら近付いて行った。
「ぐぅ!・・・くっ!・・・」
「先に言っておこう。この者の命は指一本動かすだけで息の根を止められる。無駄に抗おうとするな」
「こ、この・・・卑怯な・・・」
「くっくっく・・・すまぬな。我にも時が迫っている。早々に事を終わらせなければならない」
「事?」
天使の目の前まで来た女は彼女の顎を掴み、自身の顔を近付けていく。
「そのためには、そなたの力が必要・・・」
「むぅ!?」
左目にある斜めの古傷が目立つ顔の女は、無情にリリエルの唇を奪った。彼女達の周りに赤いオーラが漂い始める。
(・・・レグ・・・ア・・・・・・・・・・・・)
スリップス領の町が一望できる場所。レンジェ達はそこで眺めた町の異常な光景に驚愕する。町全体を囲むように、赤い五芒星の魔法陣が出来上がっていたのだ。一緒に来たレグアが目の前の惨状に目を疑う。
「そんな・・・リリエル様の加護を受けた町が!」
「こんな大規模な術式は見たことがありません」
「・・・」
「シンヤさん?」
目の前の光景に青年は冷や汗を掻きながら眺めていた。それは只ならぬことであるとレンジェは確信する。
「・・・またこれを見ることになるとは・・・」
「見たことがある? シンヤ殿、一体・・・」
「かつて強大な力を持つ妖狐が存在した。だが、それは妖によって喰らい尽くされ、都すら飲み込む程の勢いで、辺り一帯の生命を吸収しようと企んだ」
「生命を吸収!? そんな非道な魔術まで・・・」
「そのための準備を行う術式だ・・・急いで阻止しないと手遅れになる。行くぞ!」
「待て!」
一行が走り出そうとした瞬間、後ろからレグアに呼び止められた。
「お前たちはこれを止めるつもりなのか?」
「やらねば、大勢が死ぬことになる」
「なら、僕も行きます!」
「足手まといなら置いて行くぞ」
「・・・・・・意地でも付いて行ってみせる!」
「シンヤ殿、いいのですか?」
「言い争いの暇はない。それに小僧の方が町に詳しいだろう」
青年は特に気にもせず、少年との同行を承諾する。彼の容態はすっかり回復したらしく、少し剣を振り回し、準備運動をしていた。
「レグアさん、天使が居る場所まで案内してください」
「何故、リリムなんかに・・・」
「妖の狙いは彼女です。急がないと彼女が取り込まれてしまいます」
「くっ・・・分かったよ」
不服そうに言う少年の後ろへ、レンジェ達は付いて行く。
一行の視界に町の入口が見えてくる。いつもなら門番である衛兵が複数立っているはずが、誰一人見当たらなかった。ここでマニウスが周りを見てあることに気付く。
「植物が・・・枯れてる・・・?」
「小さすぎる命はすぐに吸収されやすい。残念だが、この土地は荒れ果てる」
「そんな! 止める方法は!?」
「諦めろ小僧。まだ人に影響がないだけマシと思え」
「・・・」
「・・・・・・っ!? 構えて!」
リトラの警告に合わせて、レンジェ達も只ならぬ気配を感じ取った。目の前の門の足元に赤い魔法陣が出現し、黒い人影が姿を現す。やがてはっきり見えるようになると、レグアがその正体にいち早く気付いた。
「メイヤ!?」
「例の術者か?」
「ああ、でも・・・」
少年は少女の異常な出現の仕方に疑問を抱く。それは転移してきたような術らしく、教会の者でそのような術を扱える者はいないからだ。彼は現れた少女に叫び尋ねる。
「メイヤ! どうやってここまで来た!? それにこの町はどうなっている!?」
「・・・」
「メイヤ! 聞いているのか!? メイヤ!」
「・・・」
声を掛けられた少女は目元が見えぬぐらいに俯いていた。しばらくして、彼女が顔を上げる。その瞳は少し赤みを帯び、意志のない濁った瞳をしていた。彼女は微笑みながらしゃべり始める。
「術式を破壊されたようですね・・・あのまま死んでくれればいいものを・・・」
「・・・メイヤ?・・・何を言って・・・」
「使えない男・・・もう用はありません。ここで朽ち果ててもらいます」
「な、何故・・・メイヤ!」
「理解できないのですか? なら、教えてあげましょう。私はあなたをずっと慕っていました。けれどもあなたが見ているのは御使い様ばかり・・・」
「そ、それは・・・」
口ごもるレグアを余所に少女は話し続けた。
「あなたのために、私は御使い様専属の術士になりました。それでもあなたは私を見てくれません。だけど気付きました」
「気付いた?」
「私を見てくれる方法・・・それは・・・・・・御使い様が居なければいい」
「まさか・・・リリエル様に何をした!?」
声を上げる少年をメイヤはあざ笑う。
「ふふふ・・・あの御方のいい肥やしになりました。これであなたは私を見てくれるはずです」
「肥やし? 小娘、まさか妖の餌にしたのか!?」
「なっ!? メイヤ! お前、なんて事を!」
「あの御方の許しもいただきました。勇者様・・・」
「!?」
少女は恍惚とした表情で、右手に十字架を取り出した。その長い部分を両手で持ち、彼女はまるで剣を構えるような仕草をする。
「私と一緒に・・・死にましょう!!」
彼女はそう叫んで走り出した。十字架の青い水晶部分が赤く光ると、持っていない上部から赤い気の刃が飛び出る。少女は大きく振りかぶって、レグアに気の刃を斬り付けようとした。
バチィィィィィ!!
「!?」
いつの間にか少年を庇うかのように、シンヤが青い光を纏う竹刀で少女の気の刃を受け止めていた。
「本当に手間のかかる小僧だな。言葉に惑わされてどうする!?」
彼は相手を押し出して、竹刀による連撃を行う。その間にレンジェが少年と対等に向き合い、彼の両肩を掴んだ。
「リ、リリエル様が・・・メイヤまで・・・」
「まだ、死んだと決まっていません! 落ち着きなさい!」
「そんな、そんな・・・」
パァァァン!
唐突にレンジェが彼の頬を叩いた。弾かれた左頬が赤みを増していく。
「しっかりしなさい! それでも勇者なの!?」
「!?」
「目の前の女の子すら救えないのなら、勇者の名を語る資格なんてありません!」
「う・・・」
その言葉にレグアは自身が何者であるか、改めて思い出す。
(僕は・・・僕は!)
操られた修道女と戦うシンヤ。彼は戦いながら少女の体内にある陰の元を探っていた。
(随分濃く染められている・・・いや、これはこの娘自体の負の感情か?)
「邪魔をするなああああああああ!!」
「伝えられぬ思いを利用されたのだな・・・」
「あああああああああああ!!」
少女は右側から大きく刃を振りかぶる。それを受け止めようと構えたシンヤの前に、光剣を輝かせたレグアが現れた。彼は少女の斬撃を受け止める。
バチィィィィィ!!
「!」
「メイヤ! 正気に戻れ!」
「勇者様ああああああああ!!」
ブシュ! ブシュ! ブシュゥゥゥゥ!
少女が叫ぶと同時に、彼女の背中から複数の触手が飛び出した。それらが少年に向かうと予測したシンヤは、左手で取り出した鉄製の大きい釘を数本投げつける。
「ぐううううう!?」
少年に襲い掛かった触手全てに釘が一本ずつ刺さり、怯んだその隙をついて、シンヤは左手の掌打で少女を突き飛ばした。吹き飛んだ少女は地面へと転がり倒れる。
「な、何をす・・・」
「そこで見ていろ」
言葉を遮られた少年は倒れた少女に目を向ける。すると、彼女は普通の起き上がりとは思えぬ、ぎこちない動きで上半身を起こした。
「くははははははは♪」
「メイヤ・・・」
「心配ない。お前のおかげで捕縛できた」
「は?」
よく見ると、多数の触手に突き刺さった釘の内、5本の触手がそれぞれ地面の5か所へ突き刺さっている。それらが青く光り始め、五芒星の魔法陣を創り上げた。
「なっ!? あの時に!?」
「浄化結界! はああああああああ!!」
キィィィィィ・・・バシュウウウウウウウウウウウウ!!
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
光の柱に包まれた少女が絶叫し、少女の体内にあった赤い光の球が口から飛び出る。
「レンジェ! あれを斬れ!」
「はい!」
青年の指示で彼女は魔刀を取り出し、赤い球に向かって飛んで行く。それに接近したレンジェは魔刀を上から大きく振り下ろし、赤い球を一刀両断にした。
パキィィィィ・・・ガシャアアアアアン!!
二つに分かれた玉はガラスが割れるような音を立てて、粉々に砕け散った。元凶らしきものを破壊した途端、メイヤはその場に倒れ込む。レグアに続いてレンジェ達もその場へ走り寄った。
「メイヤ! しっかりしろ! メイヤ!」
「かなり精神力を奪われたようだが・・・」
「っ!?」
「落ち着いて・・・大丈夫、意識がないだけで生命はご無事ですよ」
レンジェが魔法で軽く診断し、結果を少年に報告した。その容態に彼は安堵の息を漏らす。ここでリトラが語るように尋ねた。
「この少女はどうする? 置いて行くか?」
「放っておけば再度依代にされる。だが、連れて行く余裕すらないな」
「そうですね・・・・・・夢乃!」
「はい!」
「彼女を連れてシャインローズまで戻りなさい」
「はっ!?」
レンジェの指示に素っ頓狂な声を出す夢乃。無論、レグアもそれに反対した。
「待て! メイヤをどうするつもりだ!?」
「姫様! 某は姫様の護衛に・・・」
「落ち着きなさい、二人とも・・・何も考えなしに言った訳じゃないわ」
「「はぁ?」」
「夢乃、彼女を連れ帰った後、すぐに援軍を寄越しなさい。その間に私たちは中枢と思われる場所へ向かいます」
「で、でも・・・」
「護衛ならリトラさんやマニウスさんと、ここの勇者のレグアさん。それに、シンヤさんもいますから♪」
今一納得のいかないサキュバス侍。それでもリリムである彼女の指示に従うしかないと判断した。
「レグアさん、安心してください。怪我人を魔物化させるほど無茶なことはしません。彼女に任せていただけませんか?」
「・・・・・・メイヤに何かあったら、あなたを斬ります!」
「そうしてくれても構いません。それと・・・覚悟もしておいてください」
「覚悟?」
疑問に思う少年を余所に、夢乃が少女を横抱きして翼を羽ばたかせる。
「すぐに応援を呼んで参ります!」
「無理に飛ばないでください! メイヤさんの身を優先に!」
「承知!」
レンジェの忠告を聞いた彼女は空高く上がり、東へと飛び去って行った。
「行くぞ。町に入ったら油断するな」
「はい!」
「「はっ!」」
「言われなくても!」
5人は門を潜って街へと入って行く。
『・・・来たか・・・・・・あの程度では止まらぬ輩よ・・・』
『・・・さて・・・仕上げようか・・・・・・』
『・・・それまで・・・邪魔をさせるな・・・』
「・・・はい・・・・・・主(しゅ)よ・・・」
荒れていく大地を走って行く5人。その行く先はスリップス領の居城である。
「あそこにエンジェルがいらっしゃるので?」
「御使い“リリエル”様がいる場所だ! その妖とやらがそこにいるのか!?」
「あの少女の言う通りなら間違いない! 急ぐぞ!」
そんな彼らに2人の修道女が行く手を塞いだ。
「「あはぁぁぁぁぁぁ・・・」」
彼女達の背中から複数の触手が現れ、レンジェ達に襲い掛かる。
「シンヤさん!」
「この女子たちもか、援護しろ!」
シンヤは術で創った刀を手に取り、レンジェ達も剣を取り出して触手を切り落としていった。新たな触手が出る前に、シンヤは上着の右ポケットから札を2枚取り出し、修道女たちに投げ飛ばす。青い光を帯びた札は1人に1枚ずつ張り付いた。
キィィィィ・・・バシュウウウウウウ!!
「「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」」
札が青く輝き、修道女たちの触手が焦げ落ちていく。光が治まると、彼女たちは力なく倒れていった。レグアは札について青年へ質問する。
「それはなんだ?」
「紺という稲荷から頂いた。あの程度の陰の気ならこの札で浄化できる」
「紺さん、いつの間に?」
「恐らくこれを想定していたのだろう・・・」
「・・・まだ、来るよ!」
リトラの言う通り、彼らの行く先や後方からも人影がゆっくりと近付いてきた。その中には触手だらけの人型の化け物も交じっている。
「ちぃ! 落とし子までいるか!」
「落とし子? シンヤさん、それは・・・」
「操人が産み落とした陰の物の怪だ! 思った以上に数がいるな・・・」
徐々に囲まれていく5人。その時、リトラがあることを申し出た。
「・・・行ってください!」
「リトラさん?」
「む?」
「ここは自分とマニウスが引き受けます。あなた方は城の方へ!」
彼女だけでなく、マニウス自身もそのつもりだと頷く。それを見た青年は上着のポケットに入っていた札の束を彼女達に1つずつ手渡した。
「操人を救う手段はこれだけだ。落とし子は切り倒せ」
「助かる」
「御二人とも・・・危険になったら撤退してください」
「心配ご無用です。光剣使いである我々の意地、見せつけてやります」
リトラのその発言に、レグアは耳を疑う。それは自分と同じ光剣を所持していたからだ。
「光剣!? そういえば、あなたたちは・・・」
「先輩である自分達に任せろ」
「レンジェ様とシンヤ君を頼むぞ、後輩」
「飛び上がりますので、少し我慢していてください」
「頼む」
「ちょ、ちょっと!?」
レンジェは右脇にシンヤ、左脇にレグアを抱えてその場から羽ばたき上がる。彼女たちはそのまま城のある方向へ素早く飛び向かった。残された2人は互いに背中を合わせて、光剣を構える。
「行ったな・・・」
「彼を見ていると、若い頃の僕達を思い出すね」
「あんな熱心な奴ではなかった」
「そうだね。リトラは・・・あっ、ごめん」
「気にしてない。それより・・・」
2人の周りに触手の化け物と操人となった女性達が集まり出した。
「覚悟はいい?」
「ああ、絶対死なない。君も絶対守る」
「自分もそのつもり・・・あの子のためにも・・・」
「そうだったね・・・生き残らないと・・・」
「・・・ユナ・・・待っていて、絶対に帰るから・・・」
リリムのレンジェを先頭に、彼女の左側にシンヤと夢乃、右側にリトラとマニウスが歩いている。日はすでに正午を過ぎた辺り、彼女達は休憩を入れながらスリップス領へと向かっていた。
「そんなことが・・・」
「その・・・君は妖という輩を探すために、あの町へ?」
「ああ、放っておけば多くの犠牲が出るだろう」
「現に、私の屋敷に居た魔物の大半が操られました」
「あの短時間でセシウ殿やメイドを傀儡にした恐ろしい奴です」
レンジェ達はリトラとマニウスにスリップス領への潜入目的を説明する。
「それで・・・自分たちはどうやって目標を探せばいいのだ?」
「隠れることが得意だからな、早々は見つからん。直に探すしかないが、距離的に短ければ陰の気を感じ取れる」
「シンヤ君、他に探す方法はないのかい?」
「奴が動けばすぐに分かるが、その時はかなり厄介なことになる」
(そうですね。あの時は不利な状況に追いやられていましたから・・・)
レンジェがそう思うのも無理はない。妖が行動していた時、すでに彼女達は危機的状況へ陥れられていたからだ。それは彼女だけでなく、シンヤ自身も避けたいことである。
「町への潜入時に、私は自身の人化と皆さんの魔力の隠匿をします」
「自分も人化の術は知っているので、それで本当の姿を隠します」
「某も」
「僕はそのままの姿で、魔力の隠匿だけはお願いします」
「そういえば、会ってから気になっていたが・・・マニウス、君も人外なのか?」
シンヤは彼の何かが気になり、さりげなく質問した。
「僕はインキュバスになった人間です。魔物と交わると、魔物に適した身体になります。見た目は変わらず、精に秀でた魔人みたいな存在。よくお解りになりましたね?」
「常人より異質で魔物に近い力の波動を感じた」
「僕みたいな存在は魔物の伴侶として当然ですから・・・・・・一部例外もあります」
「例外?」
彼の言ったことに首を傾げるシンヤ。ふとここでリトラが話に加わり始める。
「自分も元は男だった」
「・・・どうみても女の魔物だが・・・どういうことだ?」
「リトラは男だった時、サキュバスに犯されたことがあります。その際、突然変異でサキュバス化し、女性へと変貌したそうです」
「リトラさん・・・それはまさか・・・」
「アルプ・・・サキュバスの一種で、非常に稀な個体だと聞いてます」
「男が性別転換して魔物化するのか・・・面妖な・・・」
「でも・・・今は幸せだと感じてる。自分を支えてくれる人がいるから・・・」
そう言って彼女は隣に居たマニウスへ寄り添った。その表情は恋する乙女のような赤らみの帯びた顔である。微笑ましい二人の様子に、レンジェ達も笑みが零れた。
「素敵な殿方を見つけたのですね♪」
「ぼ、僕が彼女を見つけました! 僕が助けなければ彼女はずっと一人でした。だから、この先は僕がリトラを支え続けます!」
「某もそんな伴侶が欲しいなぁ・・・」
「若造、花嫁を泣かすような真似はするなよ」
「わ、分かってます!」
しばらく歩き続けた彼女達はある場所で立ち止まる。どうやらそこから目的地は近いらしく、一行は潜入準備を始めた。
「では、魔術で身なりを整えてから行きましょう」
「姫様、魔力の隠匿をお願いします」
「そうだな・・・万物の式神でそれらしい服装をしてみるか」
「僕はそのままの服装で、魔力はお願いします」
「自分も人化を・・・・・・っ!?」
ある方向へ振り向いたリトラに、シンヤが不審に思って尋ねる。
「どうした?」
「・・・来る・・・・・・一人だけ」
「えっ、人でしょうか?」
(・・・この感覚・・・・・・・・・あいつか)
彼女達が見つめる先。スリップス領のある方向から、木々の間を通り抜けてやって来る1つの人影が見えてきた。やがてそれは彼女達から少し離れた場所で立ち止まる。
それは以前、シャインローズを襲撃した勇者レグア・ランバートだった。
「護衛のサキュバス2人とインキュバス・・・予想以上に仲間がいたのか」
「久しいな小僧。少しは出来るようになったか?」
「あなたのその挑発的な態度は一々癪に障ります」
少年勇者は鞘から光剣を抜いて構えた。レンジェ達も自身の得物を取り出そうと構える。その中でシンヤは何も出さずに彼女達の前へ出た。
「シンヤさん?」
「そのくらい冷静に対応できんのか? 力任せは己自身を傷付けるだけだぞ」
「うるさい! 今度は・・・僕があなたを叩きのめす!」
レグアがシンヤに向かって走り出す。シンヤは右手に青い光で鉄パイプを創り上げた。彼はその武器で大きく振りかぶって来た勇者の剣を受け止める。
ガキィィィィィィン!!
「まだ、僕を舐めているつもりか!?」
「お前にはこれぐらいが最適だと思ってな」
「ふざけるな!」
力任せに剣を振りかぶる少年に、シンヤは鉄パイプで攻撃を防いでいく。その最中、レンジェはある不自然なことに気付いた。
(・・・身体から白色の光が満ち始めている・・・・・・えっ!?)
レグアの身体には白い光が帯び始めていた。しかもそれだけでない。その光に交じってさらに微量の赤い光の粒が浮き上がっている。そのことにシンヤも気付き、相手から距離を離して問い質す。
「小僧! その力をどこで・・・」
「あなたを倒すために授かった力だ!」
「違う!! 誰にその術を施された!?」
(えっ!?)
レンジェはシンヤが焦るほどの何かがあることを知る。理由は恐らくあの赤い光だ。彼女自身もあの光に違和感を覚える。レグアは質問の意味が全く解らなかった。
「はぁ? 何を言っ・・・うっ! ぐっ!?」
「!」
(光が!?)
少年が苦しみ始めた瞬間、レンジェは彼の身体に帯びていた白い光が赤い光へ変わるのを目撃する。シンヤは急いで彼の元へ向かうが、少年の持つ剣で薙ぎ払われた。紙一重で避けたシンヤの元へレンジェ達が走り寄る。
「シンヤさん!」
「あの馬鹿が!」
「があああああああああ!!」
少年が剣を大地に叩きつけると、辺りに強烈な衝撃を撒き散らした。彼の瞳は赤く光り、シンヤに向かって走り出す。
「くっ!」
ガキイイイイイイイイイイイン!!
シンヤは両手で鉄パイプの左右端を持ち、彼の斬撃を止めた。その衝撃は凄まじく、鉄パイプの半分が切り刺さっている。さらに剣を斬り押してくる少年をシンヤは押さえ付けた。
「シンヤさん!」
「離れてろ!」
青年の指示で下がる4人。シンヤは少年を押し飛ばし、その左側にもう一人の自分を創り上げる。幻影のシンヤは鉄製のバットを構え、少年の腹目掛けてフルスイングした。見事に打ち飛ばされた少年は、クルリと宙返りして地上へ着地する。痛がることなく少年は立ち上がった。
「ちっ! はあああああ!!」
シンヤは両手を拡げ、レグアの周りに3つの自分自身を召喚。それぞれさっきの幻影が持つ金属バットを手にし、4人の“シンヤ”が少年を取り囲んだ。
「があああああああああ!!」
ブゥン! ブゥン! ブゥン!
少年が片手で剣を乱暴に振り回して、幻影の“シンヤ”に襲い掛かる。その間にシンヤ本人はレンジェ達へあることを頼み込んだ。
「説明は後だ! 奴の動きを止めてくれ!」
「分かりました! 皆さん!」
「「「はっ!」」」
レンジェの掛け声で3人が応じて、それぞれ剣を構えて走る。幻影たちと入れ替わりに、夢乃、リトラ、マニウスが少年に挑んだ。彼女達は強烈な斬撃を避けて、素早い斬撃や蹴りなどの打撃で牽制する。
レンジェとシンヤはどちらも目を瞑り、集中しながら魔法陣を展開した。数秒後、レンジェの桃色の魔法陣から黒い触手が数本出現する。
「行きなさい!」
黒い触手がレグアの身体へ巻き付いて、身動きを止めた。それに合わせて、囮役の3人がその場から離れる。シンヤの方も青い魔法陣を輝かせて、左手に全長2m近くの和弓、右手に青い炎を纏う矢を創り上げた。彼は弓矢を構えて、狙いを少年の心臓に向ける。
「世話の掛かる小僧め」
「シンヤさん、それは・・・」
「心配するな。射抜くのは・・・楔(くさび)だけだ」
風を切るように放たれた矢は、少年の右胸に突き刺さった。その瞬間、青白い五芒星の魔法陣が彼の足元に浮かび上がり、その身体を光で包み込む。ガラスの割れるような音とともに光が治まって、少年はうつ伏せに地面へと倒れた。
「・・・・・・ぅ・・・うう・・・」
「気が付かれましたか?」
「・・・リリム!?・・・くっ、うっ!」
仰向けに寝ていたレグアが起き上がろうとするも、身体のあちこちに起きた痛みで起き上がれなかった。横たわる彼の右横で座っていたレンジェが慌てて抑える。
「起き上がっては駄目です。でないと、あなたの筋肉がぼろぼろになりますよ」
「これぐらい・・・ぐっ!」
「強がるな、小僧。一時的な筋肉痛みたいなものだ。しばらくすれば元通りになる」
「・・・」
相変わらずの鋭い目で睨みつける少年に、シンヤはしゃがんで彼に問い掛ける。
「小僧、もう一度聞く。あの術を誰に施された?」
「・・・・・・言う必要があるのですか?」
「大いにあるな。お前を狂い死にさせる術だぞ?」
「「「「!?」」」」
術の正体を告げられた少年だけでなく、周りに居たレンジェ達も言葉を失う。
「そ、そんな馬鹿な!? メイヤがそんなことをするはずが・・・」
「メイヤ? お前の知り合いか?」
「教会屈指の術者であるシスターだ。彼女がそんな術を使うはずがない! 大体そんな術なんて・・・」
「俺はその術を見たことがある。それを施術された奴は怒り狂うかのよう暴れ、最終的に息絶えた。施された直後は普通より動き易くなるらしいが、違うか?」
「そ、それは・・・」
「そして・・・それは人外が扱う禁忌の術。例外を除いて、その術の使い手はこの世にいない」
「例外とは・・・もしかして・・・」
レンジェの言い掛けたこと。それを予想していたシンヤが先に答えた。
「術の使い手を喰らった奴・・・“妖”が使ったのだろう」
「え? でも、先程シスターさんがその術を使ったと言いましたが・・・」
「なら、そいつは妖の傀儡となっている。それなら別の身体を通してでも術が使える」
「さっきからアヤカシと言っているが、何のことだ?」
「俺の追っている敵だ。他の者を操り、力を奪い取る物の怪。そいつを探しに来た」
「他の者を操るだと・・・・・・まさか! メイヤが!?」
「これで確定したな・・・あの町に奴がいる」
彼がそう宣言した直後、不気味な響きとともに、晴れていた空が赤黒く染まり始める。
オオオオオオオオオオオオオオオオオオ・・・・・・
「何事!?」
「「!?」」
「な、何が起こってるんだよ!?」
「シンヤさん、これは・・・」
「・・・」
(・・・・・・・・・・・・先に動かれたか・・・)
スリップス領の城内にある祈りの間。空間の中央で佇んでいたリリエルは、城を中心に町が禍々しい気で覆い隠されていくのを感じ取った。
「これは・・・魔力?・・・・・・いえ、それよりもっと邪悪な・・・」
神聖な気で満ちていた町が穢されていき、天使の浄化すら受け付けなくなる。焦った彼女は念話でメイヤに話し掛けた。
『メイヤ、すぐにこちらへ来てください』
『はっ、御使い様』
ズズズズズ・・・
「?」
そのやり取りから数秒も経たない内に少女はやって来る。意外な速さに、リリエルは少し不審に思った。
「随分と速いですね・・・メイヤ、実は・・・・・・はっ!?」
「?」
「メイヤ・・・あなた・・・」
「・・・」
天使の少女はその異常にいち早く気付く。普段と変わらない表情と仕草で立っている修道服の少女。しかし、瞳は曇っていて、彼女自身が持つ力とは別の気配が漂っていた。その異様な存在にリリエルは警戒し、メイヤに向かって叫ぶ。
「何者ですか!? 出て来なさい!!」
「は? 御使い様、何を言って・・・」
「とぼけても無駄です。メイヤの身体から邪悪な気を感じます。姿を現しなさい!」
「・・・・・・・・・・・・くくく、あはははははははは!! 流石、神の使い! 我の気に気付くとは・・・」
メイヤとは思えない口調でしゃべる何か。彼女の背後から赤い五芒星の魔法陣が浮かび上がり、黒い長髪の女性が現れた。
「初めまして・・・天より遣わされし者よ」
(人?・・・違う、人に何か・・・別の何かが・・・・・・それにこのような穢れは見たことが無い)
「さて、あの小童が不甲斐なく倒されたから、少々時間が惜しいのでな・・・」
「こわっぱ?・・・あなた、レグアに何をしたの!?」
「施した術がかき消されて使えなくなっただけよ・・・・・・もっとも、その小童より使える存在が目の前にいるがな」
「!?」
女がそう告げ終えると、大量の触手が彼女の背後から出現する。それらは全て弧を描いて、天使の少女に襲い掛かった。
バチィ! バチバチィィ! バチィィィィ!
もう少しで届きそうなところで触手は見えない壁にぶつかり、触れた先端が焼け焦げていく。少女を守るかのようにドーム状の光の壁が張られていた。
「何人たりとも、私に触れることはできません」
「ほほう、なかなかやるよのう・・・メイヤ」
女がそう呟き、それに反応して修道服の少女が走り出す。彼女は両手に持った十字架を光の壁に突き刺した。バチバチと火花を大きく散らし、その壁を無理やりこじ開けようとする。
「メイヤ! 止めなさい!」
リリエルは麻痺性の小さな魔法球を少女に向けて飛ばした。命中したメイヤはバチリと衝撃を受けて、立ったまま動かなくなる。その光景を女は表情を変えずに見ていた。
「ふふふ、この程度では取り込めぬか・・・」
「あなたやメイヤでは、私の光の盾は破れません」
「ふん・・・なら、役立たずは葬るまで・・・」
「!?」
動かなくなったはずのメイヤが懐からナイフを取り出す。逆手に持ったその刃先を自身の喉元へ向けていた。その行動を見ていたリリエルに戦慄が走る。
「メイヤ・・・もう、用は・・・」
「やめてえええええ!!」
「・・・ふふ・・・ふふふ・・・」
「やめて・・・ください・・・」
彼女の悲痛の叫びに、自害しようとした少女の動きが止まった。女は狂喜の顔を浮かべ、天使の少女に語り掛ける。
「なら、どうすべきか・・・分かるな?」
「・・・・・・はい・・・」
リリエルは悔しさで握った右手を解き、白い光球を出して詠唱した。彼女を守っていた光の壁が無くなった途端、メイヤの背後から紫色の触手が複数現れた。それらは天使の少女を横から巻き付くように縛り付ける。女は捕らえた獲物へ喜びながら近付いて行った。
「ぐぅ!・・・くっ!・・・」
「先に言っておこう。この者の命は指一本動かすだけで息の根を止められる。無駄に抗おうとするな」
「こ、この・・・卑怯な・・・」
「くっくっく・・・すまぬな。我にも時が迫っている。早々に事を終わらせなければならない」
「事?」
天使の目の前まで来た女は彼女の顎を掴み、自身の顔を近付けていく。
「そのためには、そなたの力が必要・・・」
「むぅ!?」
左目にある斜めの古傷が目立つ顔の女は、無情にリリエルの唇を奪った。彼女達の周りに赤いオーラが漂い始める。
(・・・レグ・・・ア・・・・・・・・・・・・)
スリップス領の町が一望できる場所。レンジェ達はそこで眺めた町の異常な光景に驚愕する。町全体を囲むように、赤い五芒星の魔法陣が出来上がっていたのだ。一緒に来たレグアが目の前の惨状に目を疑う。
「そんな・・・リリエル様の加護を受けた町が!」
「こんな大規模な術式は見たことがありません」
「・・・」
「シンヤさん?」
目の前の光景に青年は冷や汗を掻きながら眺めていた。それは只ならぬことであるとレンジェは確信する。
「・・・またこれを見ることになるとは・・・」
「見たことがある? シンヤ殿、一体・・・」
「かつて強大な力を持つ妖狐が存在した。だが、それは妖によって喰らい尽くされ、都すら飲み込む程の勢いで、辺り一帯の生命を吸収しようと企んだ」
「生命を吸収!? そんな非道な魔術まで・・・」
「そのための準備を行う術式だ・・・急いで阻止しないと手遅れになる。行くぞ!」
「待て!」
一行が走り出そうとした瞬間、後ろからレグアに呼び止められた。
「お前たちはこれを止めるつもりなのか?」
「やらねば、大勢が死ぬことになる」
「なら、僕も行きます!」
「足手まといなら置いて行くぞ」
「・・・・・・意地でも付いて行ってみせる!」
「シンヤ殿、いいのですか?」
「言い争いの暇はない。それに小僧の方が町に詳しいだろう」
青年は特に気にもせず、少年との同行を承諾する。彼の容態はすっかり回復したらしく、少し剣を振り回し、準備運動をしていた。
「レグアさん、天使が居る場所まで案内してください」
「何故、リリムなんかに・・・」
「妖の狙いは彼女です。急がないと彼女が取り込まれてしまいます」
「くっ・・・分かったよ」
不服そうに言う少年の後ろへ、レンジェ達は付いて行く。
一行の視界に町の入口が見えてくる。いつもなら門番である衛兵が複数立っているはずが、誰一人見当たらなかった。ここでマニウスが周りを見てあることに気付く。
「植物が・・・枯れてる・・・?」
「小さすぎる命はすぐに吸収されやすい。残念だが、この土地は荒れ果てる」
「そんな! 止める方法は!?」
「諦めろ小僧。まだ人に影響がないだけマシと思え」
「・・・」
「・・・・・・っ!? 構えて!」
リトラの警告に合わせて、レンジェ達も只ならぬ気配を感じ取った。目の前の門の足元に赤い魔法陣が出現し、黒い人影が姿を現す。やがてはっきり見えるようになると、レグアがその正体にいち早く気付いた。
「メイヤ!?」
「例の術者か?」
「ああ、でも・・・」
少年は少女の異常な出現の仕方に疑問を抱く。それは転移してきたような術らしく、教会の者でそのような術を扱える者はいないからだ。彼は現れた少女に叫び尋ねる。
「メイヤ! どうやってここまで来た!? それにこの町はどうなっている!?」
「・・・」
「メイヤ! 聞いているのか!? メイヤ!」
「・・・」
声を掛けられた少女は目元が見えぬぐらいに俯いていた。しばらくして、彼女が顔を上げる。その瞳は少し赤みを帯び、意志のない濁った瞳をしていた。彼女は微笑みながらしゃべり始める。
「術式を破壊されたようですね・・・あのまま死んでくれればいいものを・・・」
「・・・メイヤ?・・・何を言って・・・」
「使えない男・・・もう用はありません。ここで朽ち果ててもらいます」
「な、何故・・・メイヤ!」
「理解できないのですか? なら、教えてあげましょう。私はあなたをずっと慕っていました。けれどもあなたが見ているのは御使い様ばかり・・・」
「そ、それは・・・」
口ごもるレグアを余所に少女は話し続けた。
「あなたのために、私は御使い様専属の術士になりました。それでもあなたは私を見てくれません。だけど気付きました」
「気付いた?」
「私を見てくれる方法・・・それは・・・・・・御使い様が居なければいい」
「まさか・・・リリエル様に何をした!?」
声を上げる少年をメイヤはあざ笑う。
「ふふふ・・・あの御方のいい肥やしになりました。これであなたは私を見てくれるはずです」
「肥やし? 小娘、まさか妖の餌にしたのか!?」
「なっ!? メイヤ! お前、なんて事を!」
「あの御方の許しもいただきました。勇者様・・・」
「!?」
少女は恍惚とした表情で、右手に十字架を取り出した。その長い部分を両手で持ち、彼女はまるで剣を構えるような仕草をする。
「私と一緒に・・・死にましょう!!」
彼女はそう叫んで走り出した。十字架の青い水晶部分が赤く光ると、持っていない上部から赤い気の刃が飛び出る。少女は大きく振りかぶって、レグアに気の刃を斬り付けようとした。
バチィィィィィ!!
「!?」
いつの間にか少年を庇うかのように、シンヤが青い光を纏う竹刀で少女の気の刃を受け止めていた。
「本当に手間のかかる小僧だな。言葉に惑わされてどうする!?」
彼は相手を押し出して、竹刀による連撃を行う。その間にレンジェが少年と対等に向き合い、彼の両肩を掴んだ。
「リ、リリエル様が・・・メイヤまで・・・」
「まだ、死んだと決まっていません! 落ち着きなさい!」
「そんな、そんな・・・」
パァァァン!
唐突にレンジェが彼の頬を叩いた。弾かれた左頬が赤みを増していく。
「しっかりしなさい! それでも勇者なの!?」
「!?」
「目の前の女の子すら救えないのなら、勇者の名を語る資格なんてありません!」
「う・・・」
その言葉にレグアは自身が何者であるか、改めて思い出す。
(僕は・・・僕は!)
操られた修道女と戦うシンヤ。彼は戦いながら少女の体内にある陰の元を探っていた。
(随分濃く染められている・・・いや、これはこの娘自体の負の感情か?)
「邪魔をするなああああああああ!!」
「伝えられぬ思いを利用されたのだな・・・」
「あああああああああああ!!」
少女は右側から大きく刃を振りかぶる。それを受け止めようと構えたシンヤの前に、光剣を輝かせたレグアが現れた。彼は少女の斬撃を受け止める。
バチィィィィィ!!
「!」
「メイヤ! 正気に戻れ!」
「勇者様ああああああああ!!」
ブシュ! ブシュ! ブシュゥゥゥゥ!
少女が叫ぶと同時に、彼女の背中から複数の触手が飛び出した。それらが少年に向かうと予測したシンヤは、左手で取り出した鉄製の大きい釘を数本投げつける。
「ぐううううう!?」
少年に襲い掛かった触手全てに釘が一本ずつ刺さり、怯んだその隙をついて、シンヤは左手の掌打で少女を突き飛ばした。吹き飛んだ少女は地面へと転がり倒れる。
「な、何をす・・・」
「そこで見ていろ」
言葉を遮られた少年は倒れた少女に目を向ける。すると、彼女は普通の起き上がりとは思えぬ、ぎこちない動きで上半身を起こした。
「くははははははは♪」
「メイヤ・・・」
「心配ない。お前のおかげで捕縛できた」
「は?」
よく見ると、多数の触手に突き刺さった釘の内、5本の触手がそれぞれ地面の5か所へ突き刺さっている。それらが青く光り始め、五芒星の魔法陣を創り上げた。
「なっ!? あの時に!?」
「浄化結界! はああああああああ!!」
キィィィィィ・・・バシュウウウウウウウウウウウウ!!
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
光の柱に包まれた少女が絶叫し、少女の体内にあった赤い光の球が口から飛び出る。
「レンジェ! あれを斬れ!」
「はい!」
青年の指示で彼女は魔刀を取り出し、赤い球に向かって飛んで行く。それに接近したレンジェは魔刀を上から大きく振り下ろし、赤い球を一刀両断にした。
パキィィィィ・・・ガシャアアアアアン!!
二つに分かれた玉はガラスが割れるような音を立てて、粉々に砕け散った。元凶らしきものを破壊した途端、メイヤはその場に倒れ込む。レグアに続いてレンジェ達もその場へ走り寄った。
「メイヤ! しっかりしろ! メイヤ!」
「かなり精神力を奪われたようだが・・・」
「っ!?」
「落ち着いて・・・大丈夫、意識がないだけで生命はご無事ですよ」
レンジェが魔法で軽く診断し、結果を少年に報告した。その容態に彼は安堵の息を漏らす。ここでリトラが語るように尋ねた。
「この少女はどうする? 置いて行くか?」
「放っておけば再度依代にされる。だが、連れて行く余裕すらないな」
「そうですね・・・・・・夢乃!」
「はい!」
「彼女を連れてシャインローズまで戻りなさい」
「はっ!?」
レンジェの指示に素っ頓狂な声を出す夢乃。無論、レグアもそれに反対した。
「待て! メイヤをどうするつもりだ!?」
「姫様! 某は姫様の護衛に・・・」
「落ち着きなさい、二人とも・・・何も考えなしに言った訳じゃないわ」
「「はぁ?」」
「夢乃、彼女を連れ帰った後、すぐに援軍を寄越しなさい。その間に私たちは中枢と思われる場所へ向かいます」
「で、でも・・・」
「護衛ならリトラさんやマニウスさんと、ここの勇者のレグアさん。それに、シンヤさんもいますから♪」
今一納得のいかないサキュバス侍。それでもリリムである彼女の指示に従うしかないと判断した。
「レグアさん、安心してください。怪我人を魔物化させるほど無茶なことはしません。彼女に任せていただけませんか?」
「・・・・・・メイヤに何かあったら、あなたを斬ります!」
「そうしてくれても構いません。それと・・・覚悟もしておいてください」
「覚悟?」
疑問に思う少年を余所に、夢乃が少女を横抱きして翼を羽ばたかせる。
「すぐに応援を呼んで参ります!」
「無理に飛ばないでください! メイヤさんの身を優先に!」
「承知!」
レンジェの忠告を聞いた彼女は空高く上がり、東へと飛び去って行った。
「行くぞ。町に入ったら油断するな」
「はい!」
「「はっ!」」
「言われなくても!」
5人は門を潜って街へと入って行く。
『・・・来たか・・・・・・あの程度では止まらぬ輩よ・・・』
『・・・さて・・・仕上げようか・・・・・・』
『・・・それまで・・・邪魔をさせるな・・・』
「・・・はい・・・・・・主(しゅ)よ・・・」
荒れていく大地を走って行く5人。その行く先はスリップス領の居城である。
「あそこにエンジェルがいらっしゃるので?」
「御使い“リリエル”様がいる場所だ! その妖とやらがそこにいるのか!?」
「あの少女の言う通りなら間違いない! 急ぐぞ!」
そんな彼らに2人の修道女が行く手を塞いだ。
「「あはぁぁぁぁぁぁ・・・」」
彼女達の背中から複数の触手が現れ、レンジェ達に襲い掛かる。
「シンヤさん!」
「この女子たちもか、援護しろ!」
シンヤは術で創った刀を手に取り、レンジェ達も剣を取り出して触手を切り落としていった。新たな触手が出る前に、シンヤは上着の右ポケットから札を2枚取り出し、修道女たちに投げ飛ばす。青い光を帯びた札は1人に1枚ずつ張り付いた。
キィィィィ・・・バシュウウウウウウ!!
「「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」」
札が青く輝き、修道女たちの触手が焦げ落ちていく。光が治まると、彼女たちは力なく倒れていった。レグアは札について青年へ質問する。
「それはなんだ?」
「紺という稲荷から頂いた。あの程度の陰の気ならこの札で浄化できる」
「紺さん、いつの間に?」
「恐らくこれを想定していたのだろう・・・」
「・・・まだ、来るよ!」
リトラの言う通り、彼らの行く先や後方からも人影がゆっくりと近付いてきた。その中には触手だらけの人型の化け物も交じっている。
「ちぃ! 落とし子までいるか!」
「落とし子? シンヤさん、それは・・・」
「操人が産み落とした陰の物の怪だ! 思った以上に数がいるな・・・」
徐々に囲まれていく5人。その時、リトラがあることを申し出た。
「・・・行ってください!」
「リトラさん?」
「む?」
「ここは自分とマニウスが引き受けます。あなた方は城の方へ!」
彼女だけでなく、マニウス自身もそのつもりだと頷く。それを見た青年は上着のポケットに入っていた札の束を彼女達に1つずつ手渡した。
「操人を救う手段はこれだけだ。落とし子は切り倒せ」
「助かる」
「御二人とも・・・危険になったら撤退してください」
「心配ご無用です。光剣使いである我々の意地、見せつけてやります」
リトラのその発言に、レグアは耳を疑う。それは自分と同じ光剣を所持していたからだ。
「光剣!? そういえば、あなたたちは・・・」
「先輩である自分達に任せろ」
「レンジェ様とシンヤ君を頼むぞ、後輩」
「飛び上がりますので、少し我慢していてください」
「頼む」
「ちょ、ちょっと!?」
レンジェは右脇にシンヤ、左脇にレグアを抱えてその場から羽ばたき上がる。彼女たちはそのまま城のある方向へ素早く飛び向かった。残された2人は互いに背中を合わせて、光剣を構える。
「行ったな・・・」
「彼を見ていると、若い頃の僕達を思い出すね」
「あんな熱心な奴ではなかった」
「そうだね。リトラは・・・あっ、ごめん」
「気にしてない。それより・・・」
2人の周りに触手の化け物と操人となった女性達が集まり出した。
「覚悟はいい?」
「ああ、絶対死なない。君も絶対守る」
「自分もそのつもり・・・あの子のためにも・・・」
「そうだったね・・・生き残らないと・・・」
「・・・ユナ・・・待っていて、絶対に帰るから・・・」
12/06/23 22:07更新 / 『エックス』
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