連載小説
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No.08 教会
 シャインローズ襲撃から翌日の朝。



 自然に囲まれた大きな町。その町を見下ろすかのように、巨大な城が丘の上に建っていた。

 ここは教会勢力が治める“スリップス領”と言われる反魔物領の町である。





「くそっ!」

 城内にある個室で一人の少年が壁に拳を打ち付けていた。彼の名はレグア・ランバート。このスリップス領で“勇者”の称号を持つ若年剣士である。まだ幼く見える顔とショートカットの金髪だが、身体は白い鎧で少し覆われていた。

(あの“タマガワシンヤ”・・・人でも魔物でもない・・・・・・なんなのだ?)
「失礼します、レグア・ランバート殿」

 突然、個室の扉から男の声が響いてくる。それは城を警備する兵士の声であり、少年は彼が来た理由を先に予測した。

「ご用件は?」
「枢機卿があなた様をお呼びです。すぐにこちらの元へ来るようにと・・・」
「すぐに参りますと伝えてください」
「はっ」

 少年は兵士が去っていくのを確認し、落ち込むような仕草でため息を吐く。それは今から会いに行く人物が苦手だからだ。それでも上からの命令である以上、会いに行かなければならない。彼は身なりを整えてから部屋を出る。



 執務室にやって来た少年は、そこで待っていた黒い聖職者の服を着る男性の目の前に跪いた。その男性は40代前後らしく、少し老けて見えるような厳つい顔をしている。彼は怒ったような表情で少年を見つめた。

「レグア・・・色々聞きたいことがあるが・・・・・・まずは、無事に帰還できてよかった・・・」
「アザミュウマ卿・・・申し訳ありません」

 この男性の名は“アザミュウマ”このスリップス領とそこに属する教団を統治する枢機卿。現在、この町の最高責任者は例外を除いて彼一人である。

「他の騎士たちから事情は聴いているが、お前からも報告を聞いておこう・・・」
「申し訳ありません・・・シャインローズに居る魔王の娘リリムの連行に失敗しました」
「またか・・・・・・今回は御使い様から光剣を授けられたはず・・・それでもあのリリムに勝てないのか?」
「あのリリムと一対一で交戦し、勝機が見えたところで乱入者が現れました」
「乱入者だと?」

 その言葉に枢機卿が反応し、少年はしゃべり続けた。

「妙な黒服を着たジパングの男です。そいつは見たこともない魔法を使い、仲間の4人を触れずに倒しました」
「なんだと・・・」
「最初は異教徒(インキュバス)かと思いました。ですが、それとは違う何か別の・・・自分の力や光剣でも歯が立たない相手でした」
「・・・・・・」

 少年の報告に枢機卿は右横にある窓へ向かい、何かを考えながら黙り込んでしまう。

(・・・勇者の力を持つレグアと光剣が効かなかった!?・・・もしや、相手は元勇者なのか?・・・だとしたら、厄介な・・・)
「アザミュウマ卿! もう一度、そいつとリリムを・・・」
「待て! いくら加護を受けているとはいえ、続けて奴らと接触すれば、魔物に穢されやすくなる。洗礼し終わってからにしろ」
「・・・っ!」
「それに、此度の件について・・・不甲斐なかったお前に対する処罰も決めなければならない。その決定が下されるまで・・・」
「失礼します!」
「「!」」

 枢機卿の厳しい命令が言い終わる途中で、扉の方から可愛らしい少女の声が響いてきた。彼はため息を吐いて入室の許可を出す。

「入れ」

 扉から入って来たのは、修道服を着た少女。彼女は一礼してから少年にあること告げた。

「勇者様、お迎えに上がりました」
「何用だ? 今は大事な話をしている最中だぞ。シスターメイヤ」
「御使い様からのご指示です。勇者様を祈りの間へお連れするようにと」
「!?」

 少女の発言に枢機卿が言葉を失う。

「それでは、お呼びされましたので・・・これにて失礼します」
「・・・くっ、もうよい」

 少年は少女の元へ行き、彼女とともに部屋から退出した。



 廊下を歩く少年と少女。少女の名はメイヤ・リヤーズ。教会の修道女で、その中でも戦闘の補助が出来る術者として、優秀な存在である。また、数少ない御使い様の従者でもあり、御使い様の伝言役などをしている。

「勇者様・・・大丈夫ですか?」
「身体は問題ない」
「いえ・・・あの・・・枢機卿に何か言われましたか?」
「・・・・・・そんなに小言は言われてない」

 心配する少女を余所に、少年は当たり前のように答えた。素っ気ない態度に少し俯く少女。それでも少年はまるで気付いていない様子で歩き続ける。



 そこは限られた者しか立ち入ることのできない城の最奥に位置する神聖な場所。真っ白で3mぐらいある巨大な両開きの扉。その左右の脇には門番として、二人の白い女騎士が立っていた。修道服の少女が彼女たちに声を掛ける。

「御使い様のご指示により、勇者様をお連れしました」
「はっ!」
「どうぞ、お入りください!」
「それでは、勇者様・・・ここから先は・・・」
「一人で行く」
「では・・・失礼します」

 普段通りに少年は扉を両手で開き、その中へと入っていった。扉の向こうには、巨大な空間が広がり、天井は日が差し込むほど大きなガラス張りとなっている。そして、空間の真ん中には大き目の円台があり、それを囲むように清水が流れていた。

「お帰りなさい、レグア」

 円台の上には、白い服を着た金髪のショートヘアの少女が立っている。その少女の背中に白い鳥のような羽が一対。頭の上には黄色に輝く天輪が浮いていた。少年は彼女の目の前に行き、顔を俯かせて跪く。

「ただいま戻りました、リリエル様」

 彼女はこのスリップス領に舞い降りたエンジェルの一人。名はリリエル。主神の使いとしてやって来た御使いで、現在はこの祈りの間で瞑想し、この町に清浄な気を保たせている。

「少々、穢れていますね・・・じっとしていてください」
キィィィィ・・・

 御使いがそう言って少年の頭に手を当てて、白い光を彼の身体に纏わせた。しばらくして光が治まり、彼女は少年の頭から手を離す。

「これで洗礼は終わりました。お顔を上げてもいいですよ」
「リリエル様・・・僕は・・・」
「大体の話はメイヤからお聞きしています。そんなに気を落とさないでください」
「ですが・・・あのリリムに勝てるはずだったのに・・・あいつが・・・」

 少年は悔やむ思いで再度俯いてしまう。そんな彼を見て、天使の少女はしゃがんで相手の両肩を手で掴み、少年の目を見つめた。

「レグア、教えてください。あなたと対峙したその人について・・・」
「最初は、幻影魔法を使う魔術師だと・・・けど、違う・・・見たことの無い刀剣を創って・・・僕の剣術では歯が立たなかった・・・」
「・・・」
「あいつは・・・僕の力を帯びた・・・リリエル様の光剣すら防いだ。魔力すら斬り避ける剣をさらに強化したにも拘らず・・・」
「!」

 その報告に天使は目を見開く。魔を切り裂くために創られた剣とそれを扱う勇者の力。その両方が効かない相手が存在するのだ。彼女が驚くのも無理はない。

「そんな魔物やインキュバスはいない・・・もしそうなら、考えられるのは・・・」
「相手があなたと同じ力を持つ者だと?」
「あいつは・・・信じられない光で物や人の幻影を創り上げていた。ただの魔法なら切れるはずなのに・・・・・・」
「まだ、そうと決まった訳でありません」

 天使はそう言って少年を落ち着かせた。

「いくら魔力を切り払えるといっても・・・包み込む程の力なら、わたくしの浄化の力でも敵いません」
「そんな・・・それじゃあ・・・」
「ですが、それならその力に打ち勝つほどの力で挑めばいいのです」
「打ち勝つほどの力?」
「簡単です。今以上の力で戦いなさい」
「!?」

 レグアは驚いて彼女の目から離せなくなる。彼はその言葉の意味を知っているからだ。

「そ、それは・・・」
「それと・・・メイヤの補助魔法を断ったそうですね? 何故です?」
「彼女の負担を増やしたくなかったからです・・・」
「あの娘は戦う覚悟で付き添ったはずです。彼女の覚悟を無駄にするつもりですか?」
「・・・申し訳ありません」
「謝罪はあの娘にしてあげてください。いいですね?」
「はい・・・」

 少年の返事を聞き、天使は立ち上がって背を向けた。

「行きなさい・・・愛しい我が子よ。あなたに祝福があらんことを・・・」
「・・・必ず・・・必ず使命を成し遂げます!」

 レグアはそう告げて、その場から立ち去る。残された天使の少女は、手を組んで祈りを捧げる体勢で目を瞑った。

(同じ力・・・この付近に元勇者が現れたという情報は入っていない・・・それに、テムズ士官から手渡った光剣の持ち主もここにいないはず・・・)
「いえ、それより今は・・・」

 彼女は今までのことを思い返す。

 主神から与えられた使命で舞い降りた下界。女神伝いから教えられたその使命とは、穢され続ける土地の浄化である。その浄化の最中に出会った幼子。それがレグアだった。リリエルは、孤児である彼の生まれながら持っていた勇者の力に気付く。

 彼女によって育てられた少年は逞しくなり、そこらの魔物にすら負けないこの土地一番の剣士になった。だが、浄化目標であるシャインローズのリリムには勝てないままだった。魔王の娘だけあって、勇者の力でもなかなか越えられない壁となっている。


 その打開策として、天使の少女は一振りの剣を創り上げた。それが“光剣”だ。


 限られた者にしか授けられず、彼女が過去に創り上げたその剣は片手で数える程度である。数年前、テムズという士官から依頼があり、それを2本創り上げたことがあった。優秀な剣士へ手渡されたのだが、その剣士は突然行方不明となっている。

(あの方が期待していた剣士・・・可能性はありますが・・・メイヤはジパング人だと言っていました。その時点で違うとすれば・・・一体何者?)

 彼女は思い悩むも、すぐに首を振って大切なことを考え始めた。

(とにかく・・・わたくしは浄化のために瞑想を・・・それと・・・)
「あの子たちが無事に使命を果たすことを祈り続けなければ・・・レグア・・・」





 昼を過ぎた時刻。

 ある城の部屋では、一人の修道女が机で書物をしていた。ふと少女は羽ペンで書く手を止め、窓の向こうを見つめる。

(勇者様・・・)

 シスターであるメイヤ。彼女は幼い頃から、この城で教会の教えの元に育ってきた。その最中、少女は御使い様の世話係をするときにレグアと出会う。

 彼女から見て、いずれ勇者となるその少年は憧れの存在となっていた。そして、少女は彼のために役立ちたいと必死に魔法などの術を修行した。そのおかげで彼女は、補助魔法による騎士たちのサポートができる優秀な術士として認められた。

 無論、勇者である少年とも関わるようになったが、彼には補助魔法どころか治癒魔法すらかけたことが未だにない。機会のある際、いつも『平気だ』『いらない』の一点張りである。

(自分は・・・必要とされていないのでしょうか・・・)

 何処か悲しげな表情で物思いにふけてしまうメイヤ。


 そんな彼女を見つめる1つの視線が窓の外からあった。





 夕闇が訪れた時刻。

 執務室で椅子に座り、手を組んだ腕の肘を机に置くアザミュウマ卿。彼はシャインローズへの勇者派遣の結果に悩まされていた。今度こそ勝てると言い放った勇者が、思わぬ乱入者に邪魔されたからだ。しかも何者か解らない以上、下手に兵を派遣できない。

「ともあれ・・・何か別の手段を考えねば・・・・・」
『その手段を教えようか?』
「!?・・・誰だ!?」

 突如、響いてきた女性の声に彼は声を上げた。それは明らかに人が出せるような声ではなかった。彼が周りを見渡すも、その声の主は見当たらない。すると、彼の目の前にある床から赤い五芒星の魔法陣が出来上がる。

キィィィィィ・・・
「!」

 その赤い光とともに黒い長髪の女性が現れた。前髪によって目はほとんど見えず、赤いロングスカートに白い長そでのセーターを着た奇妙な格好の女。いきなり現れた侵入者に、枢機卿は慌てながら尋ねる。

「き、貴様! 何者だ!? どうやって此処に・・・」
「此処は澄みきった空気よ・・・それに紛れるよう自身を変えたまで・・・」
「何が目的だ!?」
「そう声を上げるでない・・・野望を持つ者よ・・・」
「!?」

 彼は女が言ったことにピクリと眉を動かした。男の小さな反応を見て、女はニヤリと笑う。

「この私が野望を持っていると? 何を根拠に言っているのかね?」
「我にはお見通しよ。主(ヌシ)の身体にある黒く渦巻いた憤りなる感情が・・・」
「私が怒りを抑えてるだけだろう」
「それが、あることを成し遂げられん怒りであろう?」
「・・・・・・」

 図星を突かれたのか、枢機卿は睨みながら黙ってしまう。

「そう邪険にするな。我が主の手助けをしてやろうというのに・・・」
「何処の輩かもしれぬ奴に、手を貸される理由はない」
「まぁ、信用されぬのも無理はない。ただ・・・」
「ただ?」
「我と主の目的は同じであるぞ?」

 彼は無表情のまま女に聞き返した。

「魔物を滅ぼすことが同じだと?」
「左様・・・あやつらは我にとっていい駒となり、糧にもなる。そして、あの・・・白雪の姫君“リリム”とやらも・・・あと一歩で傀儡にできてものを・・・」
「なっ!? 貴様、リリムを!?」
「そうさ、邪魔が入らなければものに出来た。出来ぬのなら・・・喰らい尽くすか消すまでよ」
「ど、どうやってそんなことが・・・」

 話に食いつく男に、女は左手を横に挙げて、先程の魔法陣を二つ創り上げる。出現した魔法陣の上に、紫色の触手で覆われた何かが現れた。その光景に男は目を見開く程驚く。

「こ、これは!?」

 そこに居たのは、触手に絡まれた二人の魔物娘。1人は緑色の肌で角を持った“オーガ”と言われる怪力を持つ魔物。もう1人は翼や尻尾を持つ“ドラゴン”という魔物の中で最上位の種族。どっちも強大な力を持つ魔物だが、触手に捕らえられた彼女たちは意志の無い目をしている。

「この羽トカゲの女は少々手こずったが、なかなか美味な力だった」
「上位の魔物であるドラゴンだぞ!? そんな奴を・・・」
「まだ、こやつらの力でも足りぬ・・・」
「なに?」
「我を退けたあの白雪の姫君・・・あやつを貪るのには、まだ力が足りぬのよ。そのために・・・」
「私と手を組む必要があると?」

 彼がそう言うと、待っていたかのよう女が不気味に微笑んだ。

「そうさ・・・我が主らに代わってあやつらを貪ろうぞ。その代わり、主らも我に手を貸せ。さすれば、あの都を滅ぼした後、主らは勝手に金や鉄を掘りつくせばよかろう・・・」
「なっ!? 私や教会本部しか知らない情報を何処で!?」
「先程告げたはずよ・・・主の野望、我にはお見通しよと・・・」
「・・・・・・」

 女の発言に枢機卿は机から立ち上がって驚愕する。それは御使いにも話していない教会本部からの機密事項だったからだ。そして、この町で唯一それ知っている人間は“アザミュウマ”のみである。

『シャインローズには豊富な資源となる鉱石がある。すみやかに魔物や人間を排除し、占領後、魔物との戦争に必要な武器の資源を確保せよ』

 これが彼のみが知る機密事項である。しかし、目の前の女はそれを知っており、さらに魔物を捕らえる技量を持っていた。彼は、不審ではあるが、この女を上手く扱えば例の町の占領が容易になると考える。

「そ、それで・・・今の君では、まだ力が足りないと言ったな?」
「ああ、足りぬ。全く足りぬのぉ・・・」
「なら・・・何が必要なのだ?」
「ふふふふ・・・」

 含み笑いをしながら女は隠していた赤い瞳を光らせた。



「・・・簡単なことだ。ここの女子を“贄”として差し出すがよい・・・」
12/06/16 17:52更新 / 『エックス』
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