舞い降りた夜光
地平線の向こうから姿を現す太陽。その光は眠りについていた街とその傍らに佇む巨大船を照らし出す。
無機質な個室のベットに横たわる男性が目を覚まし、片手で頭を抱えながら上半身を起こす。すでに置時計の針は午前9時を超えていた。
(・・・痛い・・・酒飲みは久々だったからな・・・・・・)
「・・・二日酔いの薬が必要だ」
頭を抑えるブレードは、脱ぎ捨ててあった黒いシャツを着て、室内から出ていく。向かう先はドクターエスタの居る研究室だった。そんな彼の目の前に朝食のトレーを手にしたレックスがやって来る。
「おはようございます、ブレード」
「・・・ああ、おはよう、レックス」
「顔色が悪いですね?」
「・・・あまり飲まないアルコールを飲んだからな」
「そのようですね。昨日は夜中までパーティーが続きましたから・・・」
前日の防衛戦の後、戦闘の後片付けを終えて、ドラグーン隊は城へ招かれた。彼らは街の危機を防いだ英雄として称えられ、豪華な晩餐を頂くことになったのだ。部隊で唯一の成年であるブレードと隊長のイーグルは高級なワインを飲むことになり、その他の隊員は普段食べたことのない豪華な食事を頂いた。
「これをどうぞ」
「・・・?」
レックスがトレーに乗せてあったカプセル錠をブレードに手渡す。彼はそれが何の薬なのか瞬時に判別した。丁度彼が服用したかった二日酔い用の薬である。
「隊長も二日酔いらしく、念のため、もう一人分を用意しました」
「・・・察しがいいな」
彼は早速洗面所の水で飲もうと考え、自室に戻ろうとした。
(・・・ん?)
彼は開けっ放しにしていた自室の扉の奥から話し声が響いてくることに気付く。最初は警戒していた彼だが、はっきりと声が聞こえた時点でため息を吐いた。少し呆れた表情で何気なくドアを開けると、そこには見知った顔が二人も居た。
「「あっ・・・」」
「・・・何してる」
「あっ! いやっ・・・その・・・」
「これはだな!・・・あ、あんたが居なかったから心配で・・・なあ? リオ!」
「わ、私に振るな! ケイ!」
(・・・答えになっとらん)
慌てふためくリザードマンとアマゾネス。そんな彼女達を無視して彼はその場から立ち去り、彼女達もそれを見て追いかけた。
「あっ!? 師匠!」
「あんた!? 待って!」
「・・・」
「何だよ・・・さわが、じっ!?」
二人の騒ぎ声に気付いた寝起きのラキがドアを開けて顔を覗かせる。その際、通り過ぎるケイの大剣の柄が彼の顔に直撃した。こめかみに硬い物を当てられたラキは目を回しながらその場に倒れる。
「師匠〜!」
「あんた〜!」
「☆〜☆〜☆〜・・・ガクッ」
<都市アイビス 教会内部>
ベットで寝ていたインプのサリナがゆっくりと起き上がった。隣のベットには幼いゴブリンの少女ミーニがぐっすりと眠っている。少女を起こさないよう静かに立ち上がり、彼女は部屋から出ていった。
「すぅ〜ぴ〜」
「すぅ〜ぴ〜」
孤児院内の祭壇のある室内。並べてある長椅子に二人の少年が横に寝そべっていた。黒肌の同じ容姿を持つジェミニたち。ラートとレートは昨夜のパーティーで孤児院の子ども達と一緒に食事をし、先に疲れて寝てしまった子ども達を教会まで運ぶことになる。運び終えた二人はその疲労により、その場の椅子で寝ることにしたのだ。
「寝顔も一緒ね・・・」
サリナはハートの先端を持つ悪魔の尻尾でラートの頬をつつく。すると、ラートだけでなく、対称に寝ているレートまでビクリと反応した。
(そっか。感覚や思念を共有できるから・・・)
「サリナ、おはようございます」
「え? ああ、おはよう、ウィリエル」
サリナが声の響いてきた後ろを振り向くと、そこには純白の翼と輝く天輪を持つ天使ウィリエルが立っていた。彼女は双子の様子を見て微笑みながらサリナに話し掛ける。
「かなり疲れているようですね」
「昨日は色々ありましたから・・・」
「ええ、おかげで街の平穏も守られました。彼らという存在が居たおかげで・・・」
「ウィリエル・・・」
少ししんみりした表情をする天使に、インプの少女は慌てて別の話を挙げた。
「そ、そういえば! 今日は“あの日”でしょう?」
「あっ・・・そうでしたね」
「ウィリエルもあの隊長さんと一緒に見に行ってはどうですか?」
「え? でも、孤児院の・・・」
「私やアイカ達が居ますから、出かけても大丈夫ですよ」
「そうですか?・・・では、お願いします」
天使の少女は半ば不安になるも教会の玄関へと向かう。彼女が出ていくと同時に別のドアからダークプリーストのアイカが入って来た。彼女は双子の寝顔を見て心酔してしまう。
「あら、美味しそ・・・」
「ミーニの家族に手を出さないでね」
「あらあら、すでに味見されていたのですね。残念です♪」
(この闇修道女の毒牙に注意しないと・・・)
<コウノ城 個室>
城内のある個室で下着姿の女性が、丁寧に置かれていた黒鎧を身に付けていく。着終わった彼女は用意された朝食を食べながら今日の予定を考えた。
(ふむ・・・もう一度船に訪れてみるか。昨日は逃げ切られたからな・・・)
デュラハンであるニールは、昨日戦闘終了時にブレードによって本音を暴露してしまう。恥ずかしさの余り彼に掴みかかろうと追いかけたが、結局逃げ切られてしまう。その後、戦闘の後片付けやパーティーなどで彼と話し合う機会が無くなり、肉体も精神も使い果たしてしまった。
(何としても・・・)
食べ終えた彼女は、部屋から退出して城の出入り口に向かう。彼女は人気の少ない城の裏手へと向かうと、そこにはメイドと配達員が話していた。メイドは顔見知りのユリで配達員は最速の足を誇るコカトリスのワッコである。
「こ、これ、ジパングからの届け物です・・・」
「これは・・・あ、お母さんからだ」
「では、し、失礼します」
赤面するワッコは紙包みをユリに手渡し、すぐにその場から走り去った。ニールが気になってメイドの少女に話し掛ける。
「何が送られてきたのだ?」
「あっ、ニールさん。え―と・・・西瓜みたいです」
「1個にしては大きいな」
「メイドの皆さんと分けます。あとお兄ちゃんの分も・・・」
少女は微笑みながら小柄な悪魔羽を少し羽ばたいた。ニールは彼女の言った相手が誰なのかすぐに理解する。
「見かけたら城に立ち寄るよう声を掛けておく」
「えっ・・・あ、ありがとうございます!」
ユリと別れたニールは戦艦に向かうため、城の門へと歩き出した。
<コウノ城 レシィの自室>
仮眠用のベットに寝転がる角を生やし、獣のような手足をした幼女。街の司令官であるバフォメットのレシィは昨夜の晩餐を終えた後、魔力が尽きた反動で眠ってしまった。部下の魔女たちに介抱させられて、自室のベットに眠っていたが、ゆっくりと目を覚ます。
「むぅ・・・・・・」
手探りで近くに置かれていた緑色の石ころのようなもの“非常時用の供給魔石”を手に取り、口の中に放り込む。それは硬さに反してすぐに溶け消え、彼女の魔力が瞬時に回復した。少女は素早く飛び起きて背伸びをする。
「んぅ〜朝じゃのぉ・・・よし!」
彼女は姿勢を整えると、軽く詠唱をして足もとに転移魔法陣を創り上げた。
「今日も兄上のところへ、モーニングコールをしに行くのじゃ!」
光に包まれて視界に無機質の部屋が映り出す。辺りを見回すと端末デスクでうつ伏せに寝ている白衣の少年を発見した。少女は恐る恐る近づいて相手の寝顔を確認する。
「すぅ・・・すぅ・・・」
「♪」
彼女は少年の寝顔を見て何に興奮したのか、勢いをつけて口付けをしようと迫った。しかし、何かの悪寒に気付いた少年はすぐに目を覚まし、相手の顔を両手で掴み捕る。
ガシッ!
「むぐぅ!?」
「そう易々とキスされないよ」
「ん〜♪」
「おねだりしてもしない!」
「いけずじゃ〜!」
遂に無理にでも接吻をしようと掴みかかるレシィ。エスタはあらん限りの力で押さえつけた。
「あ〜に〜う〜え〜」
「や〜め〜・・・」
「ドクター、おはようござい・・・?」
「「!?」」
突然聞こえた声に二人がその方向へ振り向くと、そこには朝食のトレーを手に持つレックスが扉の前で立っていた。時間が止まったかのように動かなくなる3人。
「・・・」
「・・・」
「・・・」
そんな中、先に動いたのはレックスだった。彼は端末デスクにトレーを置いて部屋から立ち去る。
「では、ごゆっくり」
「えっ!? ちょっと! レックス!?」
「ほほぅ、機械のくせになかなか気が利くではないか♪」
(絶対おかしい・・・あんな人間臭い行動をロボットがするわけない)
「ところで兄上」
「何?」
「今夜は二人っきりで夜景を観ぬか?」
「夜景?」
<戦艦クリプト 甲板>
戦艦の甲板で佇む一つの影。それは片手で頭を抑えながら街の風景を眺めている。
「ふぅ・・・大分治まって来たな」
二日酔いによって頭痛に悩まされるイーグルは、外の空気に当たって気分を良くしていた。そんな時、彼の視界に複数の白い羽根が舞い散る。彼はその出来事にはっとするが、すぐに冷静さを取り戻して状況を確認した。
「おはようございます、イーグルさん」
「おはよう、ウィリエル」
彼は声の聞こえた上空を見上げると、そこには天使の少女ウィリエルが浮かんでいた。彼女はゆっくりと甲板に降りてお辞儀をする。
「すみません、驚かせてしまったでしょうか?」
「いや、なに・・・兵士としての感が働いただけだ。気にしないで欲しい」
「大丈夫ですか?」
「あぁ・・・」
天使の少女はふわりと甲板へ足をつけて着地した。彼は深呼吸をして話し始める。
「今日は孤児院の方はいいのか?」
「はい。サリナ達に任せて欲しいと言われまして・・・そういえば、そちらの双子さんもこちらで・・・」
「何っ?」
「あっ、でも迷惑は掛けていませんよ。子ども達が寝ちゃったので送って貰ったついでに・・・」
「そうか・・・まぁ、兵士といっても子どもだからな・・・無理もない」
やれやれといった表情で悩んでしまうイーグル。彼はすぐに別の話題へ話を勧めた。
「それで・・・ウィリエルは何故此処に?」
「ええと、ですね・・・ご迷惑でなければ、今日一日・・・イーグルさんとご一緒してもよろしいでしょうか?」
「あ、ああ・・・別に構わないが・・・」
「では、よろしくお願いします♪」
彼女の積極的な要望に応えた彼は、少女を連れて艦内を案内する。二人が艦内の通路を歩いている際、あるドアから気合いの入った掛け声が響いてきた。
「な、何っ?」
「此処は訓練室・・・簡単に説明すれば、幻で出来た相手と戦える稽古場だ」
「幻で出来た、相手?」
「実際に見てみようか」
二人がそこへ入室すると、端末の前にレックスが腕のプラグを刺していて、目の前のガラス越しにある空間が見える。その中には、二人の女性が互いに背を向けあって、剣を構えていた。
「レックス」
「あっ、隊長。それにそちらの方は・・・」
「あぁ、すまない。こちらは孤児院に住むエンジェルのウィリエルだ」
「初めまして、ウィリエルです」
「そうですか、申し遅れました。ドクターの助手であり、特攻隊員のレックスです。以後、お見知りおきを」
「ど、どうも、ご丁寧に・・・」
(あれ? この人は・・・)
少し疑問に思う彼女を余所に、イーグルはレックスに対し、剣を持つ彼女達について聞いた。
「ブレードを追っかけている二人だな」
「ええ、ブレードが提案した訓練内容を実地してもらっているところです」
「あの・・・リザードマンとアマゾネスの方は・・・」
「以前、君に助けてもらった時に出会った傷だらけの隊員。彼を好きになった魔物娘だそうだ。鱗の女性がリオ、褐色肌がケイと言っていた」
「あの方の・・・」
一方のリオとケイは、突然現れた異形者リッパーの群れに突撃していた。切り裂かれたリッパーは霧のように消滅していく。
「一体何の訓練内容だ?」
「一人辺り40体のリッパーを無傷で倒すという課題です」
「何ともキツイ課題だな・・・あいつらしい」
「そんなことをしたら・・・」
「心配ない。見てみろ」
不安な彼女はイーグルの指差した方向を見つめると、ケイの後ろから襲い掛かるリッパーの刃物腕が彼女の身体を透き通るように貫いた。しかし、出血もなくリッパー自体が消失してしまう。貫かれた彼女に外傷は全くなかった。
「えっ、どういうこと?」
「あれは立体映像。光で作らせた幻影だ。よって、攻撃されてもかすり傷すら付かない」
「ケイ様、やり直しです」
『またかよ! これで3回目だぜ!』
『修行不足だ、ケイ』
ケイを軽く蔑むリオにも、横手から飛び掛かって来たリッパーが襲い掛かり、その体当たりをまともに受けてしまう。
『リオ様もやり直しです』
『しまった!』
『おめえもじゃねえか!』
『私はこれで2回目だ!』
彼女たちの口喧嘩に、観戦していた3人は呆れてしまった。
「な、仲が良さそうですね・・・」
「まぁ、程々にしてやれ」
「了解」
<戦艦クリプト 個室>
一人の男性が汗を流すためにシャワーを浴びていた。彼の身体には無数の古傷があり、最近できた傷すらどれなのか判別がしにくい。浴び終えた彼は、近くに掛けてあったバスタオルを持って身体を拭く。
「・・・?」
その時、彼は室内に何者かが居ることに気付き、腰にバスタオルを巻いた。彼は隠し置かれていたRAY.EDGEを右手に取り、左手で風呂場のドアに手を掛ける。
「・・・!」
バンッ!
「!」
「・・・」
勢いをつけて侵入者と対峙するブレード。そこに居たのは、彼がよく会う首無し騎士ニールだった。しばらく見つめ合う二人。室内に沈黙が流れる。
「・・・」
「・・・」
「・・・・・・いい身体をしてるな」
「・・・勝手に侵入して第一声がそれか」
彼は光学刃をそのまま持って、洗濯した戦闘服を着始める。
「・・・で、何の用だ?」
「実はな、今日一日私と一緒に行動しないか?」
「・・・」
無言になるブレードに、彼女は慌てて理由を述べた。
「べ、別にお前を襲うという訳ではないぞ! 私はこれでも誇り高い騎士。他の種族より理性は強い」
「・・・どうだか」
「くぅ・・・」
服を着終えたブレードは無言のままドアへと向かうが、一度そこで立ち止まって一言呟いた。
「・・・好きにしろ」
「!」
了承を得たニールは、内心喜びながら冷静な態度で彼の後に付いて行く。途中、ドアから首を出すかのように気絶しているラキを見つけた。彼女はあることを思い出し、座り込んでラキの頬をぺちぺちと叩く。
「ラキ、起きろ」
「いて、いて、いて・・・はぁ? 此処は!?」
「ラキ、城でユリが待ってるぞ」
「ユリ・・・マジで!?」
完全に目を覚ましたラキは、自室に戻ってドタバタと準備をし始めた。
「さて、我々も行こうか」
「・・・ふん」
<南エリア 孤児院内>
「「・・・・・・ん・・・」」
長椅子で寝ていた二人の黒肌の少年が目を覚ました。双子の如く同時に目覚めた彼らは、両手を上げて背伸びをする。
「「ん〜んぅ!」」
「あっ、起きたみたいね」
「「!」」
二人が声のする方向へ目を向けると、両手に湯気の立つマグカップを持ったサリナの姿があった。彼女はそれを一つずつ彼らに手渡す。中には温かい牛乳が入れられていた。
「ホットミルクよ。お目覚めにはちょうどいいでしょ? もうすぐで昼だけど・・・」
「おお! サリナ!」
「ありがとう!」
二人はゆっくりとミルクを啜り始める。その最中、サリナは彼らに話し掛けた。
「今日はあなた達、予定ある?」
「んぅ?」
「無いけど?」
「そう・・・よかったら今日私たちと一緒に過ごさない?」
「「!?」」
双子は少しミルクを噴き出しそうになるが、なんとか堪えて理由を尋ねる。
「また、今日も」
「宴会か何か?」
「そうじゃないわ。勿論、あなた達を襲うっていう訳でもないの」
「「そうなの?」」
「うん。取り敢えず、食材を買いに行きたいのだけれど・・・手伝ってくれる?」
「「いいよ〜」」
飲み終えた二人は、小悪魔の少女とともに外へと向かった。
広場まで歩いて来た3人は、空中を飛び交う二つの影を見つける。一つはチェイサーに乗ったラキ。そして、もう一つは・・・両手が鳥の翼、足の膝から鳥足の顔を赤らめた女性。それはハーピーと言われる魔物の一種である。
「上に行っても襲われるのかよ!?」
「私の番になってぇぇぇぇぇぇ!!」
「誰が卵の父親になるかぁぁぁ!!」
「「ぷはっははははは!!」」
「難儀ね。発情したハーピーに襲われるなんて・・・」
サリナはため息を吐き、双子は腹を抱えて笑い出した。改めて市場に向けて歩き出す3人。そんな中、双子はあることに目が入る。
「「・・・・・・?」」
普段からカップルが多い街だと認識していたのだが、今日は何時にも増してカップルが多かった。
「何でこんなに」
「多いんだろう?」
「そうだったわ。あなた達には解らない光景よね」
「お祭りか」
「何かあるの?」
「そうね・・・・・・今日は特別な日だから」
「「特別な日?」」
<戦艦クリプト 訓練室>
二人の女性が仰向けに倒れている。リオとケイはブレードの課題に悪戦苦闘し、結局達成できずに力尽きてしまう。レックスはスポーツドリンクを用意して、それを紙コップに注いで彼女たちに配った。
「お疲れ様です」
「ありがたい・・・」
「んぐ、んぐ、んぐ、ぷはぁぁぁ・・・うめえな、これ」
「疲労時に飲むと良い機能性飲料です。もう一杯いかがですか?」
「いや、私はもういい」
「アタイにもう一杯!」
「どうぞ」
ケイのコップにドリンクを注いでいる途中で、リオが彼に尋ねる。
「師匠は何処へ?」
「少々、お待ちください・・・・・・・・・艦内には、居ませんね」
「「何っ!?」」
「恐らく街に向かわれたと思います」
「師匠!」
「あっ、ゴクッ、ゴクッ、待て! リオ!」
いきなりその場から飛び出したリオを、ケイも慌ててドリンクを飲み干して追い掛けた。残されたレックスはその場の後片付けをして試合場から出ていく。彼はある程度の艦内の仕事を終えて、街へ向かおうと艦から降りた。
人型機械は市場を色々見回り、しばらくして中央広場に辿りつく。噴水を眺めていると、彼の視界に表示されるレーダーにある反応が映った。それは人や魔物などを現す熱源で、その内の一つが異常な速さで移動しているのだ。
(これは・・・)
その熱源は自身と一定距離を保ちながら、建物から建物へと移動する。まるでレックスを監視するかのような動きである。しかも彼はこの尋常じゃない速度に見覚えがあった。
「ふむ・・・どうやって声を掛けましょうか・・・」
移動し続けるそれの行動パターンを監視しながら、彼は最善な対応を試行錯誤し始める。そうこうしている内に、熱源がこちらに向かって来ることに気付き、彼はその方向へと振り向いた。そこに現れたのは、赤い帽子を被ったコカトリスの少女ワッコだった。
「こ、こここんにちは! レックスさん!」
「こんにちは、ワッコさん」
俊足鳥の少女は挨拶をした後、可愛らしい顔を赤らめてしまう。そんな彼女の態度にレックスは首を傾げた。
「?」
「れ、れ、レックスさん!」
「はい」
「きょ、今日! 夜までご一緒しても・・・よ、よろしいですか?」
「特にこれといった任務はありませんので、よろしいですよ」
「ほ、本当に!? あ、ありがとうございます!」
唐突のお誘いに、流石の人型兵器も戸惑いを見せてしまう。そこで彼は疑問に思っている事を彼女に尋ねた。
「何故、夜までご一緒する必要があるのですか?」
「え、ええっ!? そ、その・・・」
彼の質問に少女は涙目を浮かべるが、素早く彼が言い方を変える。
「ちなみに拒否しているのではありません。その理由が知りたいのです」
「あ・・・そ、そうでした。レックスさん達は、きょ、今日が何の日か知らないのでしたね」
「何か特別なイベントでしょうか?」
「そ、それはですね・・・今日が夜になったら、わ、解ります」
「夜に?」
<コウノ城 城内>
バンダナを付けた黒服の青年が息を切らしながら歩いていた。
「あ・・・あそこで急降下しなかったら・・・終わってた」
発情したハーピーの執拗な追跡に、ラキは街の下を通ってやり過ごそうとした。その時、偶然通りかかった見知らぬ青年がハーピーと激突。これをきっかけに彼は追跡から逃れられた。
(とはいえ、青年Dよ・・・その身を挺してくれたことに感謝する・・・)
そんな彼の姿に、ある少女が彼に向かって走って来る。可愛らしい悪魔のような角、羽、尻尾を付け、メイド服を着た黒い長髪の少女ユリである。
「あっ、お兄ちゃ〜ん!」
「それ未だに慣れないんですけど・・・」
「お兄ちゃん、大丈夫?」
「あ、ああ・・・ちょっと鬼ごっこして疲れただけ・・・」
「そうなんだ。じゃあ、私の部屋に招待するね♪」
「お、おう」
少女の部屋に案内され、彼はバルコニーのテーブルの横にある椅子へ座り込む。
「気の休める場所といったら此処しかないな・・・」
(戦艦に居たら掃除させられそうだし・・・でも、魔物に追っかけられるのも・・・あれ?)
彼はこの時、少女も魔物であることを思い出す。
「ユリって、確かアリスっていう魔物の一種だったよな?」
「うん、そうだよ」
「成長しない以外は、どんな特徴があるんだ?」
「え―とね・・・」
少女も彼と対面するように椅子へ座り、少し考え込んでからしゃべり始める。
「レシィ様から聞かされたのだと、私は純粋なサキュバスより大人しく、性行為をしても純潔は再生するんだって・・・」
「大人しい・・・ぶっ!? 純潔って、しょ、しょ・・・」
「うん。永遠に処女だって♪」
(変態が喜びそうな特性だな・・・)
「それと性行為をしちゃったら、その時の記憶を忘れちゃうんだって」
(誰が得するんだよ・・・それ・・・)
開いた口が塞がらなくなるラキ。少女はさりげなく話を進めた。
「そうだ。今日、お兄ちゃん予定はある?」
「いや、フリーだけど・・・」
「じゃあ、今晩此処で食事しよう♪」
「晩飯か? 今日は何かな〜?」
「晩御飯もあるけど・・・夜にいいものが見られるよ♪」
「いいもの?」
ドラグーン隊の全員がそれぞれ知り合った者たちと時を過ごした。彼らは時間を潰すかのように過ごし、そうこうしている内に夕暮れが訪れる。
戦艦の甲板で佇む長髪の隊長と金髪の天使。彼らは砂漠へと沈む夕日を眺めていた。
「真っ赤な夕焼けだ・・・」
「もうすぐですね・・・」
「もうすぐ?」
「日が落ちたら、その時が来ます」
(何が来るのだろうか?)
イーグルは内心落ち着かず、収納された主砲近くの段差に腰を掛けた。天使の少女はずっと闇に満ちる空を見つめている。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・来ました」
「!」
彼は少女の言葉にいち早く反応して立ち上がり、暗闇の夜空へ目を向けた。完全に日が落ちた地平線の向こうから、キラキラと無数の光りが飛んで来るのが見える。それは段々とこちらにある街に向かって来た。
「あれは一体・・・」
「私も聞いた話なのですが・・・この街に魔物が住むようになってから数年後、毎年の夏にあれが訪れるようになったそうです」
「訪れるとは・・・」
「・・・“魔光蝶”(マコウチョウ)です」
この日、街を照らしていた魔力で光る街灯や建物の窓からの光は消され、暗闇と化した街が空からやって来た“緑色の光”によって照らされ始める。無数に光るそれはゆっくりと街へ降りていった。至る所にそれは降り立ち、辺りを小さく照らし出す。
噴水の近くに居たレックスは、手に止まったそれの一匹を見つめていた。隣には同じように、複数のそれを翼の手に止まらせているワッコも居る。
『スキャン開始。対象:昆虫類の蝶に酷似。本体・羽・鱗粉にエネルギーを感知。このエネルギーは魔物が持つ魔力と言われるエネルギーと一致』
「不思議な生物ですね」
「い、いつも凄いです。こ、この蝶・・・」
手に止まるそれは、全体がやさしい緑色で光っていた。
一方、研究開発室では、レシィはエスタに街へ降り立つ蝶について説明していた。
「正式名称は“マジクマダラ”別名“魔光蝶”と言われることが多い。本来、魔界に住んでいたが・・・」
「こっちでも見られるぐらい増えたわけね」
「その通りじゃ。こやつはワシらと同じ魔力を宿し、通常の蝶より生命力も高い。よって、魔力供給源の材料にもなっとる」
「この街に降り立つ理由は休憩・・・いや、同じってことは・・・」
「察しの通り、魔力を持つ魔物に魅かれてしまうのじゃ。しかし、害は全くないので安全じゃ」
「ふ〜ん」
戦艦の外部カメラで蝶を座りながら確認するエスタ。そんな彼の手をいきなり掴んだレシィは短い詠唱を唱えて魔法陣を展開させる。
「兄上、ゆくぞ!」
「えっ? ゆくって何処へ!?」
「街の空から蝶を見に行くのじゃ! 心配ない。ワシと一緒にいれば空も飛べる」
「ちょっ!? 空って、まっ・・・」
異論を唱える暇もなく、少年は少女とともに姿を消した。
孤児院の中庭では、ジェミニとミーニを含めた子ども達がはしゃいでいた。彼らはアラクネの子どもリーデが作ってくれた即席の虫網を使って、虫かご一杯に魔光蝶を捕まえる。その様子をカフェテラスで見守るインプのサリナ。彼女は紅茶を飲みながら近くに止まる蝶へ目を向ける。
「いつもの如く多いわね」
「お姉ちゃ〜ん!」
「は〜い?」
彼女が呼ばれた方向を見ると、ゴブリンのミーニが沢山の蝶を入れた虫かごを見せに来た。
「一杯捕まえたよ!」
「凄いわね、ミーニ。でも、後でちゃんと帰してあげなさい」
「うん!」
ジェミニもお互いに虫網で何匹捕れるか競い合っていた。しばらくして、今度はラートがデジカメを取り出して写真を撮り始める。レートはミーニや子ども達と話し合うなどをしていた。
「楽しそうね・・・」
パシャ!
「!?」
突然のフラッシュにサリナは戸惑うが、それはラートの道具が光ったものだと知って落ち着く。
「何なの? それ・・・」
「その場に映る人や風景を記録して、映像や写真として残せる道具だよ」
「記録して・・・残す道具?」
「こういう風に」
彼は先程撮ったサリナの姿をデジカメの背部に映して見せた。
「へぇ、便利な道具ね。こんなに綺麗に映せるなんて・・・」
「エスタに頼めば、これを紙に描けるよ」
「異世界の技術って凄いのね」
「やり過ぎると怖いけど・・・」
「?」
意味ありげなラートの言葉に、彼女は首を傾ける。そこへミーニとレートがやって来て、二人に話し掛けてきた。
「お姉ちゃんもこっちで見ようよ!」
「ラート、みんなで写真撮ろうぜ!」
「はいはい、慌てないでミーニ」
「おっしゃあ! じゃあ、セルフタイマーでまとめて撮ろう!」
アイビスの訓練所内の野外稽古場で四人が蝶たちに囲まれていた。
「凄い・・・噂に聞いていたが・・・」
「こんなの多すぎて数えらんねぇよ」
「この街の自慢できる光景だからな」
「・・・確かに綺麗だ」
ブレードだけでなく、リオやケイもこの光景を見るのは初めてらしい。ニールは当然のように蝶と戯れる。すでに魔物である彼女達3人の身体に多数の蝶が群れて止まっていた。アマゾネスとリザードマンの彼女達はそれぞれ持つ尻尾で蝶を振り払うも、再度群がられてしまう。
「だぁ〜振っても、振っても付いてきやがる!」
「この鱗粉、私にはちょっと・・・くしゅん!」
「・・・相変わらず忍耐力が低いな」
「全くだ」
「「なんだと!?」」
ブレードとニールの挑発するような発言に二人は声を上げる。
「だったら!」
「アタイ達の我慢強さ!」
「「見せてやる!!」」
そう言って、リオとケイは振り払うこと止めて、身動き一つしなくなった。その行動にブレードとニールはため息を吐く。
「何も我慢しろと言っているのではないのだが・・・」
「・・・放っておけ。どうせすぐ飽きるだろう」
彼は右胸に止まる一匹の蝶に目をやる。無防備に止まっている蝶に対し、彼は何も考えず見続けた。
「・・・」
ふと彼はニールの方に目を向けると、彼女は腕を伸ばしてさらに複数の蝶を止まらせていた。その光景に何故か少し見とれてしまうも、彼は一瞬で目を逸らす。
「どうした?」
「・・・何でもない」
城のあるバルコニーでは、青年と少女が椅子に座って切り分けられた西瓜を食べていた。先割れスプーンで掬い取り、蝶の光に照らされる街を眺めている。
「すげえ・・・ホタル以上の光量だな」
「故郷で、この蝶を灯り替わりにする遊びもあるよ」
「えっ? ジパングにも居るのかい?」
「ううん。この蝶は西からジパングまで飛んで来るの。そこからまた世界を一周してる、って噂を聞いたんだよ」
「そんなに飛ぶのか・・・」
二人がそう話している最中も、ユリの周りに蝶が集まってきた。その光景を不思議そうに見つめるラキ。
「わらわらと集まるな、こいつら」
「魔物や魔力を持った人に集まりやすいよ」
「仲間と勘違いしてるのかな? って、そんなにたかられて大丈夫か?」
「よく小さい時に遊んでもらったし、平気だよ♪」
(蜜をたかりに来たってレベルじゃねえぞ)
内心不安になる青年だが、少女の喜びに満ちた顔を見て安心する。
(まぁ、いいか・・・)
彼は再度スプーンで西瓜を掬おうとし、その西瓜に集まる蝶たちが目に映った。
「・・・・・・俺の西瓜にたかるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
戦艦の甲板にも蝶たちが徐々に集まり始める。すでに天使の少女の周りには、複数の蝶たちが止まっていた。イーグルも左腕に止まった蝶を無視して、少女とともに照らされる街を眺める。
「・・・・・・」
「アイカさんから聞いたのですが、思い人と一緒にこの光景を見ると、その二人は結ばれるという迷信があるそうですよ」
「恋人と一緒に見る光景としては、まさにぴったりだな」
(ということは・・・あいつらも誘われているな・・・)
二人が眺めている最中、イーグルは街の上空で妙な飛行をする蝶の群れを発見した。彼はおもむろに取り出した双眼鏡で確認すると、蝶の群れの先頭にエスタと手を繋ぐレシィを見つける。レシィ達は街の上空をゆっくりと飛行し、その後を追うように蝶の群れが追いかけていた。
(そういう楽しみ方もあるのか・・・ドクターの顔が強張っていたが・・・)
「どうされましたか?」
「いや、何でもない」
彼は双眼鏡を仕舞い込んで再び街を眺める。ここでウィリエルが何かを思い切って彼にあることを話し出す。
「あの・・・イーグルさん」
「ん?」
「今、此処であなたに・・・天使の加護を与えてもよろしいでしょうか?」
「天使の・・・加護?」
「それ程強力ではありませんが・・・お守り程度の加護を授けるぐらいはできます」
「いいのか? 君自身に影響は?」
「少し魔力を消費するだけですけど、この子たちも手伝ってくれます」
「分かった。無茶をしない程度で頼もう」
「はい!」
少女は頷いた後、甲板から少し浮き上がって、胸に両手を当てた。次第に彼女の身体が薄く輝き始め、透き通るような声で歌い始める。その歌は、人間では聞き取れない言葉で紡がれていて、常識を超えているような歌だった。彼女はやさしく踊るように、腕を振り、その場で蝶とともにゆっくりと舞う。
「・・・・・・」
彼はその光景から目が離せなかった。彼女の歌と踊りに呼応するかの如く、魔光蝶たちも舞い飛ぶ。その幻想的な光景は、彼にとって今までにない美しさを秘めていた。彼は天使の少女が披露する神秘的な歌を聞き続ける。
(そうだな・・・願わくは、人類が生き残れるヒントが見つかることを・・・)
竜の隊員たちは、それぞれを慕う相手とともに静かな一時を過ごした。それは彼らにとって、一時の安らぎと思える程のものであった。
<2002/08/13 10:14:59 アンノウンランド上空>
普段は砂嵐で視界が見えない謎の大陸。この日に限って、いつもの砂嵐は弱まり、ある程度の距離まで視界が届いていた。
バラララララララララ!!
その嵐の中、一つの影が大きな音を立てて飛んでいた。それは左右に長い主翼を持ち、その外側の端には巨大な三枚のプロペラを付けたエンジンが目立っている。回るプロペラは上空に向けて回転していたが、それはいきなり前方へと向きを変えた。
回るプロペラが真上から前方へと変わった瞬間、飛んでいたその物体の移動速度が速まった。それの内部には人影が複数動いている。
「隊長、この方角で合ってるのでしょうか?」
「GPSどころか、磁石が使えないのでは、勘を頼りに進むしかない」
サングラスをかける男性がヘルメットを被る男性にそう指示を出す。彼らは灰色に近い迷彩柄の戦闘服を身に纏っていた。ヘルメットの男性は乗り物を操縦しているらしく、ハンドルを両手で持って操作している。隊長と呼ばれた男が後方を見ると、そこには同じ戦闘服を身に纏う5人の男たちが居た。どうやら彼らは兵士らしい。
「繋がったか?」
「駄目です。磁気による障害で本部と連絡が取れません」
「こんな時に限って・・・」
5人の内、一人は手で抱えられる小さな端末を操作し、隊長の男に状況を知らせる。他の男たちも不安な表情で座っていた。端末を操作していた兵士が隊長にあることを尋ねる。
「隊長、先程の撮影データですが・・・」
「送信できたか?」
「いえ、これも依然として送れない状態で、衛星との交信もオフラインです」
「・・・・・・」
「隊長?」
「撮影したデータを寄越せ」
「少々お待ちを・・・」
兵士がそう言うと、端末の横に付いていた小さなカードを取り出し、隊長に差し出した。彼は受け取ったカードを近くの鉄製のBOXに入れて保管し、それを壁の網ネットにしっかりと縛り付けて固定する。
「我々に何かあっても、誰かに見つけてもらう可能性は残すべきだ」
「しかし、誰かと言っても・・・近くに友軍が居るのでしょうか?」
「分からん。だが、今そう言っている暇は・・・」
「隊長! 敵の反応が!!」
突然、操縦している兵士がそう叫び、その場で聞いていた全員に緊張が走った。慌てて彼の元へ隊長が近づいてくる。操縦する兵士の付近にある計器の内、自分たちの周りを映し出すレーダーに多数の光が接近しようとしていた。
「総員迎撃態勢を取れ!」
彼の指示で後方に居た5人がゴーグルを付け、黒いアサルトライフルを手に取る。銃撃準備を整えた彼らの内、二人は左右にある非常用ハッチ扉を開けた。その扉からさらに二人が顔を覗かせ、飛び続ける自分たちの後方の空を確認する。その空からコウモリのような翼を生やした大きな蛇が飛んでいた。
「目視しました! 敵はクアトル! 多数接近!」
「撃ち落とせ! 交戦開始!」
外へ通じる左右の扉にそれぞれ一人ずつ、少し上半身を出すかのように身を出して片手で小銃を発砲した。次々と襲い掛かってくる怪物を彼らは撃ち落としていく。一方の機体操縦する兵士は焦り始めていた。彼はレーダーに信じがたいくらいの光の数が迫ってきていることに気付いたからだ。
「隊長! 数が、数が多すぎます!」
「諦めるな! 何としても振りきれ!」
「このやろおおおおおおお!!」
交代して銃撃を行う兵士たちの内、右側の一人がそう叫んで撃っていると、後方から迫る蛇の怪物が彼に向けて何かを吐きつけた。それは彼の小銃を持った右腕に当たり、銃ごと腕が煙を上げる。
「ぎ、ぎゃああああああああ!! う、腕がぁぁぁ!?」
よく見ると、銃はバターのように溶けていき、彼の右腕も皮膚が焼け爛れていた。怯んだ彼の隙をついて、一匹の蛇がドアから鎌首を覗かせ、負傷した兵士の右肩に噛みつく。そのまま彼を咥えて蛇は嵐の空へと消えていった。
「リィィィィィック!!」
「化け物が! よくもリックを!!」
ゴォォォォォォォォン!!
突如、彼らの乗る機体が揺れ始め、警告音が鳴り響く。
「レフトエンジンが!」
「くっ! 掴まれ!!」
隊長の指示した直後、機体が激しく回り始め、兵士たちは振り回されないよう周りの何かにしがみ付いた。
左右のプロペラの内、左にあるプロペラが回らずに煙を上げている。それにより、バランスを失った機体はくるくると回転し、地上へと落ちていく。まもなく不時着すると思われた瞬間、それはいきなり起きた。
落ちていくコースの先に・・・。
彼らを乗せた機体を包み込む程の・・・。
“白い輝きを放つ巨大な光”
無機質な個室のベットに横たわる男性が目を覚まし、片手で頭を抱えながら上半身を起こす。すでに置時計の針は午前9時を超えていた。
(・・・痛い・・・酒飲みは久々だったからな・・・・・・)
「・・・二日酔いの薬が必要だ」
頭を抑えるブレードは、脱ぎ捨ててあった黒いシャツを着て、室内から出ていく。向かう先はドクターエスタの居る研究室だった。そんな彼の目の前に朝食のトレーを手にしたレックスがやって来る。
「おはようございます、ブレード」
「・・・ああ、おはよう、レックス」
「顔色が悪いですね?」
「・・・あまり飲まないアルコールを飲んだからな」
「そのようですね。昨日は夜中までパーティーが続きましたから・・・」
前日の防衛戦の後、戦闘の後片付けを終えて、ドラグーン隊は城へ招かれた。彼らは街の危機を防いだ英雄として称えられ、豪華な晩餐を頂くことになったのだ。部隊で唯一の成年であるブレードと隊長のイーグルは高級なワインを飲むことになり、その他の隊員は普段食べたことのない豪華な食事を頂いた。
「これをどうぞ」
「・・・?」
レックスがトレーに乗せてあったカプセル錠をブレードに手渡す。彼はそれが何の薬なのか瞬時に判別した。丁度彼が服用したかった二日酔い用の薬である。
「隊長も二日酔いらしく、念のため、もう一人分を用意しました」
「・・・察しがいいな」
彼は早速洗面所の水で飲もうと考え、自室に戻ろうとした。
(・・・ん?)
彼は開けっ放しにしていた自室の扉の奥から話し声が響いてくることに気付く。最初は警戒していた彼だが、はっきりと声が聞こえた時点でため息を吐いた。少し呆れた表情で何気なくドアを開けると、そこには見知った顔が二人も居た。
「「あっ・・・」」
「・・・何してる」
「あっ! いやっ・・・その・・・」
「これはだな!・・・あ、あんたが居なかったから心配で・・・なあ? リオ!」
「わ、私に振るな! ケイ!」
(・・・答えになっとらん)
慌てふためくリザードマンとアマゾネス。そんな彼女達を無視して彼はその場から立ち去り、彼女達もそれを見て追いかけた。
「あっ!? 師匠!」
「あんた!? 待って!」
「・・・」
「何だよ・・・さわが、じっ!?」
二人の騒ぎ声に気付いた寝起きのラキがドアを開けて顔を覗かせる。その際、通り過ぎるケイの大剣の柄が彼の顔に直撃した。こめかみに硬い物を当てられたラキは目を回しながらその場に倒れる。
「師匠〜!」
「あんた〜!」
「☆〜☆〜☆〜・・・ガクッ」
<都市アイビス 教会内部>
ベットで寝ていたインプのサリナがゆっくりと起き上がった。隣のベットには幼いゴブリンの少女ミーニがぐっすりと眠っている。少女を起こさないよう静かに立ち上がり、彼女は部屋から出ていった。
「すぅ〜ぴ〜」
「すぅ〜ぴ〜」
孤児院内の祭壇のある室内。並べてある長椅子に二人の少年が横に寝そべっていた。黒肌の同じ容姿を持つジェミニたち。ラートとレートは昨夜のパーティーで孤児院の子ども達と一緒に食事をし、先に疲れて寝てしまった子ども達を教会まで運ぶことになる。運び終えた二人はその疲労により、その場の椅子で寝ることにしたのだ。
「寝顔も一緒ね・・・」
サリナはハートの先端を持つ悪魔の尻尾でラートの頬をつつく。すると、ラートだけでなく、対称に寝ているレートまでビクリと反応した。
(そっか。感覚や思念を共有できるから・・・)
「サリナ、おはようございます」
「え? ああ、おはよう、ウィリエル」
サリナが声の響いてきた後ろを振り向くと、そこには純白の翼と輝く天輪を持つ天使ウィリエルが立っていた。彼女は双子の様子を見て微笑みながらサリナに話し掛ける。
「かなり疲れているようですね」
「昨日は色々ありましたから・・・」
「ええ、おかげで街の平穏も守られました。彼らという存在が居たおかげで・・・」
「ウィリエル・・・」
少ししんみりした表情をする天使に、インプの少女は慌てて別の話を挙げた。
「そ、そういえば! 今日は“あの日”でしょう?」
「あっ・・・そうでしたね」
「ウィリエルもあの隊長さんと一緒に見に行ってはどうですか?」
「え? でも、孤児院の・・・」
「私やアイカ達が居ますから、出かけても大丈夫ですよ」
「そうですか?・・・では、お願いします」
天使の少女は半ば不安になるも教会の玄関へと向かう。彼女が出ていくと同時に別のドアからダークプリーストのアイカが入って来た。彼女は双子の寝顔を見て心酔してしまう。
「あら、美味しそ・・・」
「ミーニの家族に手を出さないでね」
「あらあら、すでに味見されていたのですね。残念です♪」
(この闇修道女の毒牙に注意しないと・・・)
<コウノ城 個室>
城内のある個室で下着姿の女性が、丁寧に置かれていた黒鎧を身に付けていく。着終わった彼女は用意された朝食を食べながら今日の予定を考えた。
(ふむ・・・もう一度船に訪れてみるか。昨日は逃げ切られたからな・・・)
デュラハンであるニールは、昨日戦闘終了時にブレードによって本音を暴露してしまう。恥ずかしさの余り彼に掴みかかろうと追いかけたが、結局逃げ切られてしまう。その後、戦闘の後片付けやパーティーなどで彼と話し合う機会が無くなり、肉体も精神も使い果たしてしまった。
(何としても・・・)
食べ終えた彼女は、部屋から退出して城の出入り口に向かう。彼女は人気の少ない城の裏手へと向かうと、そこにはメイドと配達員が話していた。メイドは顔見知りのユリで配達員は最速の足を誇るコカトリスのワッコである。
「こ、これ、ジパングからの届け物です・・・」
「これは・・・あ、お母さんからだ」
「では、し、失礼します」
赤面するワッコは紙包みをユリに手渡し、すぐにその場から走り去った。ニールが気になってメイドの少女に話し掛ける。
「何が送られてきたのだ?」
「あっ、ニールさん。え―と・・・西瓜みたいです」
「1個にしては大きいな」
「メイドの皆さんと分けます。あとお兄ちゃんの分も・・・」
少女は微笑みながら小柄な悪魔羽を少し羽ばたいた。ニールは彼女の言った相手が誰なのかすぐに理解する。
「見かけたら城に立ち寄るよう声を掛けておく」
「えっ・・・あ、ありがとうございます!」
ユリと別れたニールは戦艦に向かうため、城の門へと歩き出した。
<コウノ城 レシィの自室>
仮眠用のベットに寝転がる角を生やし、獣のような手足をした幼女。街の司令官であるバフォメットのレシィは昨夜の晩餐を終えた後、魔力が尽きた反動で眠ってしまった。部下の魔女たちに介抱させられて、自室のベットに眠っていたが、ゆっくりと目を覚ます。
「むぅ・・・・・・」
手探りで近くに置かれていた緑色の石ころのようなもの“非常時用の供給魔石”を手に取り、口の中に放り込む。それは硬さに反してすぐに溶け消え、彼女の魔力が瞬時に回復した。少女は素早く飛び起きて背伸びをする。
「んぅ〜朝じゃのぉ・・・よし!」
彼女は姿勢を整えると、軽く詠唱をして足もとに転移魔法陣を創り上げた。
「今日も兄上のところへ、モーニングコールをしに行くのじゃ!」
光に包まれて視界に無機質の部屋が映り出す。辺りを見回すと端末デスクでうつ伏せに寝ている白衣の少年を発見した。少女は恐る恐る近づいて相手の寝顔を確認する。
「すぅ・・・すぅ・・・」
「♪」
彼女は少年の寝顔を見て何に興奮したのか、勢いをつけて口付けをしようと迫った。しかし、何かの悪寒に気付いた少年はすぐに目を覚まし、相手の顔を両手で掴み捕る。
ガシッ!
「むぐぅ!?」
「そう易々とキスされないよ」
「ん〜♪」
「おねだりしてもしない!」
「いけずじゃ〜!」
遂に無理にでも接吻をしようと掴みかかるレシィ。エスタはあらん限りの力で押さえつけた。
「あ〜に〜う〜え〜」
「や〜め〜・・・」
「ドクター、おはようござい・・・?」
「「!?」」
突然聞こえた声に二人がその方向へ振り向くと、そこには朝食のトレーを手に持つレックスが扉の前で立っていた。時間が止まったかのように動かなくなる3人。
「・・・」
「・・・」
「・・・」
そんな中、先に動いたのはレックスだった。彼は端末デスクにトレーを置いて部屋から立ち去る。
「では、ごゆっくり」
「えっ!? ちょっと! レックス!?」
「ほほぅ、機械のくせになかなか気が利くではないか♪」
(絶対おかしい・・・あんな人間臭い行動をロボットがするわけない)
「ところで兄上」
「何?」
「今夜は二人っきりで夜景を観ぬか?」
「夜景?」
<戦艦クリプト 甲板>
戦艦の甲板で佇む一つの影。それは片手で頭を抑えながら街の風景を眺めている。
「ふぅ・・・大分治まって来たな」
二日酔いによって頭痛に悩まされるイーグルは、外の空気に当たって気分を良くしていた。そんな時、彼の視界に複数の白い羽根が舞い散る。彼はその出来事にはっとするが、すぐに冷静さを取り戻して状況を確認した。
「おはようございます、イーグルさん」
「おはよう、ウィリエル」
彼は声の聞こえた上空を見上げると、そこには天使の少女ウィリエルが浮かんでいた。彼女はゆっくりと甲板に降りてお辞儀をする。
「すみません、驚かせてしまったでしょうか?」
「いや、なに・・・兵士としての感が働いただけだ。気にしないで欲しい」
「大丈夫ですか?」
「あぁ・・・」
天使の少女はふわりと甲板へ足をつけて着地した。彼は深呼吸をして話し始める。
「今日は孤児院の方はいいのか?」
「はい。サリナ達に任せて欲しいと言われまして・・・そういえば、そちらの双子さんもこちらで・・・」
「何っ?」
「あっ、でも迷惑は掛けていませんよ。子ども達が寝ちゃったので送って貰ったついでに・・・」
「そうか・・・まぁ、兵士といっても子どもだからな・・・無理もない」
やれやれといった表情で悩んでしまうイーグル。彼はすぐに別の話題へ話を勧めた。
「それで・・・ウィリエルは何故此処に?」
「ええと、ですね・・・ご迷惑でなければ、今日一日・・・イーグルさんとご一緒してもよろしいでしょうか?」
「あ、ああ・・・別に構わないが・・・」
「では、よろしくお願いします♪」
彼女の積極的な要望に応えた彼は、少女を連れて艦内を案内する。二人が艦内の通路を歩いている際、あるドアから気合いの入った掛け声が響いてきた。
「な、何っ?」
「此処は訓練室・・・簡単に説明すれば、幻で出来た相手と戦える稽古場だ」
「幻で出来た、相手?」
「実際に見てみようか」
二人がそこへ入室すると、端末の前にレックスが腕のプラグを刺していて、目の前のガラス越しにある空間が見える。その中には、二人の女性が互いに背を向けあって、剣を構えていた。
「レックス」
「あっ、隊長。それにそちらの方は・・・」
「あぁ、すまない。こちらは孤児院に住むエンジェルのウィリエルだ」
「初めまして、ウィリエルです」
「そうですか、申し遅れました。ドクターの助手であり、特攻隊員のレックスです。以後、お見知りおきを」
「ど、どうも、ご丁寧に・・・」
(あれ? この人は・・・)
少し疑問に思う彼女を余所に、イーグルはレックスに対し、剣を持つ彼女達について聞いた。
「ブレードを追っかけている二人だな」
「ええ、ブレードが提案した訓練内容を実地してもらっているところです」
「あの・・・リザードマンとアマゾネスの方は・・・」
「以前、君に助けてもらった時に出会った傷だらけの隊員。彼を好きになった魔物娘だそうだ。鱗の女性がリオ、褐色肌がケイと言っていた」
「あの方の・・・」
一方のリオとケイは、突然現れた異形者リッパーの群れに突撃していた。切り裂かれたリッパーは霧のように消滅していく。
「一体何の訓練内容だ?」
「一人辺り40体のリッパーを無傷で倒すという課題です」
「何ともキツイ課題だな・・・あいつらしい」
「そんなことをしたら・・・」
「心配ない。見てみろ」
不安な彼女はイーグルの指差した方向を見つめると、ケイの後ろから襲い掛かるリッパーの刃物腕が彼女の身体を透き通るように貫いた。しかし、出血もなくリッパー自体が消失してしまう。貫かれた彼女に外傷は全くなかった。
「えっ、どういうこと?」
「あれは立体映像。光で作らせた幻影だ。よって、攻撃されてもかすり傷すら付かない」
「ケイ様、やり直しです」
『またかよ! これで3回目だぜ!』
『修行不足だ、ケイ』
ケイを軽く蔑むリオにも、横手から飛び掛かって来たリッパーが襲い掛かり、その体当たりをまともに受けてしまう。
『リオ様もやり直しです』
『しまった!』
『おめえもじゃねえか!』
『私はこれで2回目だ!』
彼女たちの口喧嘩に、観戦していた3人は呆れてしまった。
「な、仲が良さそうですね・・・」
「まぁ、程々にしてやれ」
「了解」
<戦艦クリプト 個室>
一人の男性が汗を流すためにシャワーを浴びていた。彼の身体には無数の古傷があり、最近できた傷すらどれなのか判別がしにくい。浴び終えた彼は、近くに掛けてあったバスタオルを持って身体を拭く。
「・・・?」
その時、彼は室内に何者かが居ることに気付き、腰にバスタオルを巻いた。彼は隠し置かれていたRAY.EDGEを右手に取り、左手で風呂場のドアに手を掛ける。
「・・・!」
バンッ!
「!」
「・・・」
勢いをつけて侵入者と対峙するブレード。そこに居たのは、彼がよく会う首無し騎士ニールだった。しばらく見つめ合う二人。室内に沈黙が流れる。
「・・・」
「・・・」
「・・・・・・いい身体をしてるな」
「・・・勝手に侵入して第一声がそれか」
彼は光学刃をそのまま持って、洗濯した戦闘服を着始める。
「・・・で、何の用だ?」
「実はな、今日一日私と一緒に行動しないか?」
「・・・」
無言になるブレードに、彼女は慌てて理由を述べた。
「べ、別にお前を襲うという訳ではないぞ! 私はこれでも誇り高い騎士。他の種族より理性は強い」
「・・・どうだか」
「くぅ・・・」
服を着終えたブレードは無言のままドアへと向かうが、一度そこで立ち止まって一言呟いた。
「・・・好きにしろ」
「!」
了承を得たニールは、内心喜びながら冷静な態度で彼の後に付いて行く。途中、ドアから首を出すかのように気絶しているラキを見つけた。彼女はあることを思い出し、座り込んでラキの頬をぺちぺちと叩く。
「ラキ、起きろ」
「いて、いて、いて・・・はぁ? 此処は!?」
「ラキ、城でユリが待ってるぞ」
「ユリ・・・マジで!?」
完全に目を覚ましたラキは、自室に戻ってドタバタと準備をし始めた。
「さて、我々も行こうか」
「・・・ふん」
<南エリア 孤児院内>
「「・・・・・・ん・・・」」
長椅子で寝ていた二人の黒肌の少年が目を覚ました。双子の如く同時に目覚めた彼らは、両手を上げて背伸びをする。
「「ん〜んぅ!」」
「あっ、起きたみたいね」
「「!」」
二人が声のする方向へ目を向けると、両手に湯気の立つマグカップを持ったサリナの姿があった。彼女はそれを一つずつ彼らに手渡す。中には温かい牛乳が入れられていた。
「ホットミルクよ。お目覚めにはちょうどいいでしょ? もうすぐで昼だけど・・・」
「おお! サリナ!」
「ありがとう!」
二人はゆっくりとミルクを啜り始める。その最中、サリナは彼らに話し掛けた。
「今日はあなた達、予定ある?」
「んぅ?」
「無いけど?」
「そう・・・よかったら今日私たちと一緒に過ごさない?」
「「!?」」
双子は少しミルクを噴き出しそうになるが、なんとか堪えて理由を尋ねる。
「また、今日も」
「宴会か何か?」
「そうじゃないわ。勿論、あなた達を襲うっていう訳でもないの」
「「そうなの?」」
「うん。取り敢えず、食材を買いに行きたいのだけれど・・・手伝ってくれる?」
「「いいよ〜」」
飲み終えた二人は、小悪魔の少女とともに外へと向かった。
広場まで歩いて来た3人は、空中を飛び交う二つの影を見つける。一つはチェイサーに乗ったラキ。そして、もう一つは・・・両手が鳥の翼、足の膝から鳥足の顔を赤らめた女性。それはハーピーと言われる魔物の一種である。
「上に行っても襲われるのかよ!?」
「私の番になってぇぇぇぇぇぇ!!」
「誰が卵の父親になるかぁぁぁ!!」
「「ぷはっははははは!!」」
「難儀ね。発情したハーピーに襲われるなんて・・・」
サリナはため息を吐き、双子は腹を抱えて笑い出した。改めて市場に向けて歩き出す3人。そんな中、双子はあることに目が入る。
「「・・・・・・?」」
普段からカップルが多い街だと認識していたのだが、今日は何時にも増してカップルが多かった。
「何でこんなに」
「多いんだろう?」
「そうだったわ。あなた達には解らない光景よね」
「お祭りか」
「何かあるの?」
「そうね・・・・・・今日は特別な日だから」
「「特別な日?」」
<戦艦クリプト 訓練室>
二人の女性が仰向けに倒れている。リオとケイはブレードの課題に悪戦苦闘し、結局達成できずに力尽きてしまう。レックスはスポーツドリンクを用意して、それを紙コップに注いで彼女たちに配った。
「お疲れ様です」
「ありがたい・・・」
「んぐ、んぐ、んぐ、ぷはぁぁぁ・・・うめえな、これ」
「疲労時に飲むと良い機能性飲料です。もう一杯いかがですか?」
「いや、私はもういい」
「アタイにもう一杯!」
「どうぞ」
ケイのコップにドリンクを注いでいる途中で、リオが彼に尋ねる。
「師匠は何処へ?」
「少々、お待ちください・・・・・・・・・艦内には、居ませんね」
「「何っ!?」」
「恐らく街に向かわれたと思います」
「師匠!」
「あっ、ゴクッ、ゴクッ、待て! リオ!」
いきなりその場から飛び出したリオを、ケイも慌ててドリンクを飲み干して追い掛けた。残されたレックスはその場の後片付けをして試合場から出ていく。彼はある程度の艦内の仕事を終えて、街へ向かおうと艦から降りた。
人型機械は市場を色々見回り、しばらくして中央広場に辿りつく。噴水を眺めていると、彼の視界に表示されるレーダーにある反応が映った。それは人や魔物などを現す熱源で、その内の一つが異常な速さで移動しているのだ。
(これは・・・)
その熱源は自身と一定距離を保ちながら、建物から建物へと移動する。まるでレックスを監視するかのような動きである。しかも彼はこの尋常じゃない速度に見覚えがあった。
「ふむ・・・どうやって声を掛けましょうか・・・」
移動し続けるそれの行動パターンを監視しながら、彼は最善な対応を試行錯誤し始める。そうこうしている内に、熱源がこちらに向かって来ることに気付き、彼はその方向へと振り向いた。そこに現れたのは、赤い帽子を被ったコカトリスの少女ワッコだった。
「こ、こここんにちは! レックスさん!」
「こんにちは、ワッコさん」
俊足鳥の少女は挨拶をした後、可愛らしい顔を赤らめてしまう。そんな彼女の態度にレックスは首を傾げた。
「?」
「れ、れ、レックスさん!」
「はい」
「きょ、今日! 夜までご一緒しても・・・よ、よろしいですか?」
「特にこれといった任務はありませんので、よろしいですよ」
「ほ、本当に!? あ、ありがとうございます!」
唐突のお誘いに、流石の人型兵器も戸惑いを見せてしまう。そこで彼は疑問に思っている事を彼女に尋ねた。
「何故、夜までご一緒する必要があるのですか?」
「え、ええっ!? そ、その・・・」
彼の質問に少女は涙目を浮かべるが、素早く彼が言い方を変える。
「ちなみに拒否しているのではありません。その理由が知りたいのです」
「あ・・・そ、そうでした。レックスさん達は、きょ、今日が何の日か知らないのでしたね」
「何か特別なイベントでしょうか?」
「そ、それはですね・・・今日が夜になったら、わ、解ります」
「夜に?」
<コウノ城 城内>
バンダナを付けた黒服の青年が息を切らしながら歩いていた。
「あ・・・あそこで急降下しなかったら・・・終わってた」
発情したハーピーの執拗な追跡に、ラキは街の下を通ってやり過ごそうとした。その時、偶然通りかかった見知らぬ青年がハーピーと激突。これをきっかけに彼は追跡から逃れられた。
(とはいえ、青年Dよ・・・その身を挺してくれたことに感謝する・・・)
そんな彼の姿に、ある少女が彼に向かって走って来る。可愛らしい悪魔のような角、羽、尻尾を付け、メイド服を着た黒い長髪の少女ユリである。
「あっ、お兄ちゃ〜ん!」
「それ未だに慣れないんですけど・・・」
「お兄ちゃん、大丈夫?」
「あ、ああ・・・ちょっと鬼ごっこして疲れただけ・・・」
「そうなんだ。じゃあ、私の部屋に招待するね♪」
「お、おう」
少女の部屋に案内され、彼はバルコニーのテーブルの横にある椅子へ座り込む。
「気の休める場所といったら此処しかないな・・・」
(戦艦に居たら掃除させられそうだし・・・でも、魔物に追っかけられるのも・・・あれ?)
彼はこの時、少女も魔物であることを思い出す。
「ユリって、確かアリスっていう魔物の一種だったよな?」
「うん、そうだよ」
「成長しない以外は、どんな特徴があるんだ?」
「え―とね・・・」
少女も彼と対面するように椅子へ座り、少し考え込んでからしゃべり始める。
「レシィ様から聞かされたのだと、私は純粋なサキュバスより大人しく、性行為をしても純潔は再生するんだって・・・」
「大人しい・・・ぶっ!? 純潔って、しょ、しょ・・・」
「うん。永遠に処女だって♪」
(変態が喜びそうな特性だな・・・)
「それと性行為をしちゃったら、その時の記憶を忘れちゃうんだって」
(誰が得するんだよ・・・それ・・・)
開いた口が塞がらなくなるラキ。少女はさりげなく話を進めた。
「そうだ。今日、お兄ちゃん予定はある?」
「いや、フリーだけど・・・」
「じゃあ、今晩此処で食事しよう♪」
「晩飯か? 今日は何かな〜?」
「晩御飯もあるけど・・・夜にいいものが見られるよ♪」
「いいもの?」
ドラグーン隊の全員がそれぞれ知り合った者たちと時を過ごした。彼らは時間を潰すかのように過ごし、そうこうしている内に夕暮れが訪れる。
戦艦の甲板で佇む長髪の隊長と金髪の天使。彼らは砂漠へと沈む夕日を眺めていた。
「真っ赤な夕焼けだ・・・」
「もうすぐですね・・・」
「もうすぐ?」
「日が落ちたら、その時が来ます」
(何が来るのだろうか?)
イーグルは内心落ち着かず、収納された主砲近くの段差に腰を掛けた。天使の少女はずっと闇に満ちる空を見つめている。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・来ました」
「!」
彼は少女の言葉にいち早く反応して立ち上がり、暗闇の夜空へ目を向けた。完全に日が落ちた地平線の向こうから、キラキラと無数の光りが飛んで来るのが見える。それは段々とこちらにある街に向かって来た。
「あれは一体・・・」
「私も聞いた話なのですが・・・この街に魔物が住むようになってから数年後、毎年の夏にあれが訪れるようになったそうです」
「訪れるとは・・・」
「・・・“魔光蝶”(マコウチョウ)です」
この日、街を照らしていた魔力で光る街灯や建物の窓からの光は消され、暗闇と化した街が空からやって来た“緑色の光”によって照らされ始める。無数に光るそれはゆっくりと街へ降りていった。至る所にそれは降り立ち、辺りを小さく照らし出す。
噴水の近くに居たレックスは、手に止まったそれの一匹を見つめていた。隣には同じように、複数のそれを翼の手に止まらせているワッコも居る。
『スキャン開始。対象:昆虫類の蝶に酷似。本体・羽・鱗粉にエネルギーを感知。このエネルギーは魔物が持つ魔力と言われるエネルギーと一致』
「不思議な生物ですね」
「い、いつも凄いです。こ、この蝶・・・」
手に止まるそれは、全体がやさしい緑色で光っていた。
一方、研究開発室では、レシィはエスタに街へ降り立つ蝶について説明していた。
「正式名称は“マジクマダラ”別名“魔光蝶”と言われることが多い。本来、魔界に住んでいたが・・・」
「こっちでも見られるぐらい増えたわけね」
「その通りじゃ。こやつはワシらと同じ魔力を宿し、通常の蝶より生命力も高い。よって、魔力供給源の材料にもなっとる」
「この街に降り立つ理由は休憩・・・いや、同じってことは・・・」
「察しの通り、魔力を持つ魔物に魅かれてしまうのじゃ。しかし、害は全くないので安全じゃ」
「ふ〜ん」
戦艦の外部カメラで蝶を座りながら確認するエスタ。そんな彼の手をいきなり掴んだレシィは短い詠唱を唱えて魔法陣を展開させる。
「兄上、ゆくぞ!」
「えっ? ゆくって何処へ!?」
「街の空から蝶を見に行くのじゃ! 心配ない。ワシと一緒にいれば空も飛べる」
「ちょっ!? 空って、まっ・・・」
異論を唱える暇もなく、少年は少女とともに姿を消した。
孤児院の中庭では、ジェミニとミーニを含めた子ども達がはしゃいでいた。彼らはアラクネの子どもリーデが作ってくれた即席の虫網を使って、虫かご一杯に魔光蝶を捕まえる。その様子をカフェテラスで見守るインプのサリナ。彼女は紅茶を飲みながら近くに止まる蝶へ目を向ける。
「いつもの如く多いわね」
「お姉ちゃ〜ん!」
「は〜い?」
彼女が呼ばれた方向を見ると、ゴブリンのミーニが沢山の蝶を入れた虫かごを見せに来た。
「一杯捕まえたよ!」
「凄いわね、ミーニ。でも、後でちゃんと帰してあげなさい」
「うん!」
ジェミニもお互いに虫網で何匹捕れるか競い合っていた。しばらくして、今度はラートがデジカメを取り出して写真を撮り始める。レートはミーニや子ども達と話し合うなどをしていた。
「楽しそうね・・・」
パシャ!
「!?」
突然のフラッシュにサリナは戸惑うが、それはラートの道具が光ったものだと知って落ち着く。
「何なの? それ・・・」
「その場に映る人や風景を記録して、映像や写真として残せる道具だよ」
「記録して・・・残す道具?」
「こういう風に」
彼は先程撮ったサリナの姿をデジカメの背部に映して見せた。
「へぇ、便利な道具ね。こんなに綺麗に映せるなんて・・・」
「エスタに頼めば、これを紙に描けるよ」
「異世界の技術って凄いのね」
「やり過ぎると怖いけど・・・」
「?」
意味ありげなラートの言葉に、彼女は首を傾ける。そこへミーニとレートがやって来て、二人に話し掛けてきた。
「お姉ちゃんもこっちで見ようよ!」
「ラート、みんなで写真撮ろうぜ!」
「はいはい、慌てないでミーニ」
「おっしゃあ! じゃあ、セルフタイマーでまとめて撮ろう!」
アイビスの訓練所内の野外稽古場で四人が蝶たちに囲まれていた。
「凄い・・・噂に聞いていたが・・・」
「こんなの多すぎて数えらんねぇよ」
「この街の自慢できる光景だからな」
「・・・確かに綺麗だ」
ブレードだけでなく、リオやケイもこの光景を見るのは初めてらしい。ニールは当然のように蝶と戯れる。すでに魔物である彼女達3人の身体に多数の蝶が群れて止まっていた。アマゾネスとリザードマンの彼女達はそれぞれ持つ尻尾で蝶を振り払うも、再度群がられてしまう。
「だぁ〜振っても、振っても付いてきやがる!」
「この鱗粉、私にはちょっと・・・くしゅん!」
「・・・相変わらず忍耐力が低いな」
「全くだ」
「「なんだと!?」」
ブレードとニールの挑発するような発言に二人は声を上げる。
「だったら!」
「アタイ達の我慢強さ!」
「「見せてやる!!」」
そう言って、リオとケイは振り払うこと止めて、身動き一つしなくなった。その行動にブレードとニールはため息を吐く。
「何も我慢しろと言っているのではないのだが・・・」
「・・・放っておけ。どうせすぐ飽きるだろう」
彼は右胸に止まる一匹の蝶に目をやる。無防備に止まっている蝶に対し、彼は何も考えず見続けた。
「・・・」
ふと彼はニールの方に目を向けると、彼女は腕を伸ばしてさらに複数の蝶を止まらせていた。その光景に何故か少し見とれてしまうも、彼は一瞬で目を逸らす。
「どうした?」
「・・・何でもない」
城のあるバルコニーでは、青年と少女が椅子に座って切り分けられた西瓜を食べていた。先割れスプーンで掬い取り、蝶の光に照らされる街を眺めている。
「すげえ・・・ホタル以上の光量だな」
「故郷で、この蝶を灯り替わりにする遊びもあるよ」
「えっ? ジパングにも居るのかい?」
「ううん。この蝶は西からジパングまで飛んで来るの。そこからまた世界を一周してる、って噂を聞いたんだよ」
「そんなに飛ぶのか・・・」
二人がそう話している最中も、ユリの周りに蝶が集まってきた。その光景を不思議そうに見つめるラキ。
「わらわらと集まるな、こいつら」
「魔物や魔力を持った人に集まりやすいよ」
「仲間と勘違いしてるのかな? って、そんなにたかられて大丈夫か?」
「よく小さい時に遊んでもらったし、平気だよ♪」
(蜜をたかりに来たってレベルじゃねえぞ)
内心不安になる青年だが、少女の喜びに満ちた顔を見て安心する。
(まぁ、いいか・・・)
彼は再度スプーンで西瓜を掬おうとし、その西瓜に集まる蝶たちが目に映った。
「・・・・・・俺の西瓜にたかるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
戦艦の甲板にも蝶たちが徐々に集まり始める。すでに天使の少女の周りには、複数の蝶たちが止まっていた。イーグルも左腕に止まった蝶を無視して、少女とともに照らされる街を眺める。
「・・・・・・」
「アイカさんから聞いたのですが、思い人と一緒にこの光景を見ると、その二人は結ばれるという迷信があるそうですよ」
「恋人と一緒に見る光景としては、まさにぴったりだな」
(ということは・・・あいつらも誘われているな・・・)
二人が眺めている最中、イーグルは街の上空で妙な飛行をする蝶の群れを発見した。彼はおもむろに取り出した双眼鏡で確認すると、蝶の群れの先頭にエスタと手を繋ぐレシィを見つける。レシィ達は街の上空をゆっくりと飛行し、その後を追うように蝶の群れが追いかけていた。
(そういう楽しみ方もあるのか・・・ドクターの顔が強張っていたが・・・)
「どうされましたか?」
「いや、何でもない」
彼は双眼鏡を仕舞い込んで再び街を眺める。ここでウィリエルが何かを思い切って彼にあることを話し出す。
「あの・・・イーグルさん」
「ん?」
「今、此処であなたに・・・天使の加護を与えてもよろしいでしょうか?」
「天使の・・・加護?」
「それ程強力ではありませんが・・・お守り程度の加護を授けるぐらいはできます」
「いいのか? 君自身に影響は?」
「少し魔力を消費するだけですけど、この子たちも手伝ってくれます」
「分かった。無茶をしない程度で頼もう」
「はい!」
少女は頷いた後、甲板から少し浮き上がって、胸に両手を当てた。次第に彼女の身体が薄く輝き始め、透き通るような声で歌い始める。その歌は、人間では聞き取れない言葉で紡がれていて、常識を超えているような歌だった。彼女はやさしく踊るように、腕を振り、その場で蝶とともにゆっくりと舞う。
「・・・・・・」
彼はその光景から目が離せなかった。彼女の歌と踊りに呼応するかの如く、魔光蝶たちも舞い飛ぶ。その幻想的な光景は、彼にとって今までにない美しさを秘めていた。彼は天使の少女が披露する神秘的な歌を聞き続ける。
(そうだな・・・願わくは、人類が生き残れるヒントが見つかることを・・・)
竜の隊員たちは、それぞれを慕う相手とともに静かな一時を過ごした。それは彼らにとって、一時の安らぎと思える程のものであった。
<2002/08/13 10:14:59 アンノウンランド上空>
普段は砂嵐で視界が見えない謎の大陸。この日に限って、いつもの砂嵐は弱まり、ある程度の距離まで視界が届いていた。
バラララララララララ!!
その嵐の中、一つの影が大きな音を立てて飛んでいた。それは左右に長い主翼を持ち、その外側の端には巨大な三枚のプロペラを付けたエンジンが目立っている。回るプロペラは上空に向けて回転していたが、それはいきなり前方へと向きを変えた。
回るプロペラが真上から前方へと変わった瞬間、飛んでいたその物体の移動速度が速まった。それの内部には人影が複数動いている。
「隊長、この方角で合ってるのでしょうか?」
「GPSどころか、磁石が使えないのでは、勘を頼りに進むしかない」
サングラスをかける男性がヘルメットを被る男性にそう指示を出す。彼らは灰色に近い迷彩柄の戦闘服を身に纏っていた。ヘルメットの男性は乗り物を操縦しているらしく、ハンドルを両手で持って操作している。隊長と呼ばれた男が後方を見ると、そこには同じ戦闘服を身に纏う5人の男たちが居た。どうやら彼らは兵士らしい。
「繋がったか?」
「駄目です。磁気による障害で本部と連絡が取れません」
「こんな時に限って・・・」
5人の内、一人は手で抱えられる小さな端末を操作し、隊長の男に状況を知らせる。他の男たちも不安な表情で座っていた。端末を操作していた兵士が隊長にあることを尋ねる。
「隊長、先程の撮影データですが・・・」
「送信できたか?」
「いえ、これも依然として送れない状態で、衛星との交信もオフラインです」
「・・・・・・」
「隊長?」
「撮影したデータを寄越せ」
「少々お待ちを・・・」
兵士がそう言うと、端末の横に付いていた小さなカードを取り出し、隊長に差し出した。彼は受け取ったカードを近くの鉄製のBOXに入れて保管し、それを壁の網ネットにしっかりと縛り付けて固定する。
「我々に何かあっても、誰かに見つけてもらう可能性は残すべきだ」
「しかし、誰かと言っても・・・近くに友軍が居るのでしょうか?」
「分からん。だが、今そう言っている暇は・・・」
「隊長! 敵の反応が!!」
突然、操縦している兵士がそう叫び、その場で聞いていた全員に緊張が走った。慌てて彼の元へ隊長が近づいてくる。操縦する兵士の付近にある計器の内、自分たちの周りを映し出すレーダーに多数の光が接近しようとしていた。
「総員迎撃態勢を取れ!」
彼の指示で後方に居た5人がゴーグルを付け、黒いアサルトライフルを手に取る。銃撃準備を整えた彼らの内、二人は左右にある非常用ハッチ扉を開けた。その扉からさらに二人が顔を覗かせ、飛び続ける自分たちの後方の空を確認する。その空からコウモリのような翼を生やした大きな蛇が飛んでいた。
「目視しました! 敵はクアトル! 多数接近!」
「撃ち落とせ! 交戦開始!」
外へ通じる左右の扉にそれぞれ一人ずつ、少し上半身を出すかのように身を出して片手で小銃を発砲した。次々と襲い掛かってくる怪物を彼らは撃ち落としていく。一方の機体操縦する兵士は焦り始めていた。彼はレーダーに信じがたいくらいの光の数が迫ってきていることに気付いたからだ。
「隊長! 数が、数が多すぎます!」
「諦めるな! 何としても振りきれ!」
「このやろおおおおおおお!!」
交代して銃撃を行う兵士たちの内、右側の一人がそう叫んで撃っていると、後方から迫る蛇の怪物が彼に向けて何かを吐きつけた。それは彼の小銃を持った右腕に当たり、銃ごと腕が煙を上げる。
「ぎ、ぎゃああああああああ!! う、腕がぁぁぁ!?」
よく見ると、銃はバターのように溶けていき、彼の右腕も皮膚が焼け爛れていた。怯んだ彼の隙をついて、一匹の蛇がドアから鎌首を覗かせ、負傷した兵士の右肩に噛みつく。そのまま彼を咥えて蛇は嵐の空へと消えていった。
「リィィィィィック!!」
「化け物が! よくもリックを!!」
ゴォォォォォォォォン!!
突如、彼らの乗る機体が揺れ始め、警告音が鳴り響く。
「レフトエンジンが!」
「くっ! 掴まれ!!」
隊長の指示した直後、機体が激しく回り始め、兵士たちは振り回されないよう周りの何かにしがみ付いた。
左右のプロペラの内、左にあるプロペラが回らずに煙を上げている。それにより、バランスを失った機体はくるくると回転し、地上へと落ちていく。まもなく不時着すると思われた瞬間、それはいきなり起きた。
落ちていくコースの先に・・・。
彼らを乗せた機体を包み込む程の・・・。
“白い輝きを放つ巨大な光”
12/04/01 06:12更新 / 『エックス』
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