読切小説
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托された羽の花
 私はある国の兵士だった。ある遠征で別の国との戦いがあり、私を含めた兵たちは敗れ去ってしまった。運よく私は生き延びたが、残党狩りもあったため、祖国へ帰るのは容易ではなかった。

 なんとか祖国へ辿り着くと、そこは廃墟と化していた。それを見た私は急いで自宅へ足を走らせた。そこには・・・私の大事な・・・・・・“妻と娘”が居たからだ。






 家は崩れていた。そして・・・・・・崩れた瓦礫の間から生えていた小さな手。私はその手を握り締めた。その手には小さな花の髪飾りが握られていた。



私が娘に挙げたもの


大切な贈りもの


愛しかった・・・







 あれから2年の歳月が過ぎ、私は祖国を失ったため、旅人として生きていた。以前の防具は胸当てと小手だけを残し、後は路銀として売った。自衛用のロングソードも手入れは怠らず、小さなナイフも隠し持った。

 道中では盗賊や魔物などが出てくる可能性があったが、今まで経験した剣術や体術が役立ったおかげで生き延びられた。思えば30の歳を過ぎてから2年の間、生き延びるのに必死だった。その日に寝泊まりするためのお金を稼ぐため、街での仕事や、依頼で盗賊退治、商人の護衛などをした。






 そんな日々が続いていた時、私はある山脈を越えた港町へ行こうと足を進めていた。その港町から船に乗り、気晴らしで別の大陸へ行くつもりだった。しばらくしてある一つの山を登っている最中に、何かの焼けた臭いが漂ってきたことに気付いた。

 慎重に進んで行くと、そこには以前見た光景があった。そこは小さな集落がある場所・・・いや、集落だった場所と言った方がいいだろう。家々は崩壊し、遺体がそこらに転がっていた。中には焼かれた遺体もあり、それが臭いの正体だった。

 そして、その集落で一番目に付いたのは・・・。

(翼・・・ハーピーか?)

 ハーピーと言われる鳥のような翼の腕と鳥の足を持つ魔物。彼女たちは山岳などの高い場所に住んでいることが多く、鳥と同じく空を飛ぶことが出来る。そんな彼女たちが名何故こんな目にあったのだろうか? 疑問はすぐに判明した。

 近くの崩壊した家に、血で描かれた十字の落書き。恐らく反魔物派の教団がやったのだろう。彼らは危害の無い大人しい魔物ですら、排除しようとする無差別な輩の集まり。私自身もあまり魔物に肩入れする訳ではないが、無抵抗なものまで排他する行動は同意できない。

 人としてやっていることが魔物以上に酷過ぎる。何故、それ程に奪うことしか出来ないのだろうか・・・。

「・・・?」

 ふと見ると、辛うじて崩れていない家が一軒あった。壊された玄関から入ると、すぐそばに血塗れの男の人間が倒れていた。恐らく、剣で切り殺されたのだろう。奥の方には、同じ手口で殺されたハーピーの女性が俯せに倒れている。その傍らには複数の割れた卵が転がっていた。

「これは・・・」

 割れた卵の中には人でいう赤ん坊ぐらいのハーピーの子どもが息絶えていた。こんな、こんなことまでするのか? いくらなんでも非人道的だ。まだ何もしていない、生まれて間もない赤子まで・・・。

「・・・!?」

 その時、私はあるものに気付いた。微かだが、寝息の音が聞こえる。その音はハーピーの女性の下から響いていた。彼女の翼を持ち上げて見ると、そこにも割れた卵があった。ただ他の卵と違い、その中には寝息を立てる赤子が入っていた。

「すぅ・・・すぅ・・・すぅ・・・」

 まるで周りのことなど気にせず眠っている。私はその子を卵の殻ごと抱え上げた。まだ赤子なのに容姿はハーピーそのものである。俯せになっていたハーピーの髪の色と同じく、金髪の可愛らしい女の子。よく生き延びていたものだ。

 やはり・・・この母親らしきハーピーが必死で守ったおかげなのだろう。その親心で生き延びた赤子。だけども、守ってくれる親や知り合いはもういない。どうすれば・・・。

「すぅ・・・すぅ・・・?」
「!」

 突然、眠っていたはずの赤子が目を覚まし、抱きかかえている私の目を見つめた。

「あぁ、あぁあ♪」

 赤子は私を見て微笑んだ。私を親だと思っているのだろうか? だけども、私は・・・。

「あぁあ♪ あぁあ♪」
「・・・」

 この子を守る者はもういない。だからと言って見捨てることは、私には出来なかった。この子の母親がしたことを無駄にはしたくない。私がそれを引き継ごう。その前に此処の住人達を弔ってやらねば・・・。






 8年後、私はある山脈付近の森林奥で小屋を造り、そこで生活を送っていた。そして・・・

「パパ〜」

 赤子だったあのハーピーは、人間の子どもでいうと八歳くらいの大きさまで成長していた。手の翼や鳥の足だけでなく、輝く金色の髪も親にそっくりだった。今ではこの子の父親代わりとして、“パパ”と呼ばれている。

「薪、一杯拾ってきたよ」
「それじゃあ、飯にしようか」
「うん!」

 この子が拾い集めた薪で焚き火をして、私が近くの川で取って来た魚を串に刺して焼いた。焼き上がった魚を手渡すと美味しそうに頬張り始めた。

「美味しいか? エリカ」
「うん! 美味しいよ♪」

 嬉しそうな顔で答えるあの子。8年前のあの日、私はこの子に名前を付けた。本当の名前を付けられていたかもしれないが、すでに知る術はなかった。申し訳ない思いで付けたが、この子は意外にもその名前を気に入っていた。

 最初の1年くらいは赤子の世話には苦戦した。何せ娘の世話は妻に任せっきりで、父親である私は子どもの遊び相手ぐらいしかしていない。お乳に関しては、少し遠く離れた場所にある町で、ある酪農家へ牛乳を貰いに行った。食事とおしめ、特に大変だったのは寝かしつけるのに苦労した。夜泣きが続く日は寝不足が酷かった。



 そんな生活を数年続けている間、一つの悩みの種が出来ていた。今日も一緒に近くの丘の上まで登り、娘に声を掛けた。

「さあ、行きなさい!」
「はい! んしょ! んしょ!」
バサッ バサッ バサッ

 娘が必死に羽ばたきながら坂をかけ走る。しかし、娘の鳥足は地面から離れず、一向に宙へ飛ぶことができなかった。途中で何かに躓いてしまい、一回転して転がり倒れた。急いで娘の元へ向かい呼び掛けた。

「エリカ! 大丈夫か!?」
「ほえ〜平気〜☆」
「ふぅ、全く・・・」

 目を回す娘を私は胸に抱いて、その子の頭を撫でた。まだ、成熟とまではいかないが、今の状態でも飛ぶことは出来るはずだと思っている。数年前から始めた飛行訓練は、未だに成果がなかった。

 どうしてだ? あの子はハーピーと言われる鳥の存在でもあり、魔物特有の魔力でも飛べるはずなのに・・・。

「今日は此処までにしようか」
「もう一回! もう一回だけ!」
「仕方ないな・・・分かった、一回だけだぞ?」
「は〜い」

 再度、滑空して飛ぶため、娘は丘の上へと走り向かう。やはり、もう少し成長してからでないと無理なのだろうか?

バサッ バサッ バサッ
「んしょ! んしょ! わあっ!?」
ドスン!



 夜になり、一つのベットで娘と一緒に横になる。娘も当然のように私の身体へ肌を寄せた。

「パパ・・・」
「ん、 どうした? 寒いのか?」
「うん・・・」
「ほら、こっちへおいで」
「♪」

 娘が横になった私の胸元へうずくまって身を寄せると、羽毛を持つ手に温もりを感じた。あの懐かしかった温もりが蘇り、私の心に苦痛の記憶が突き刺さった。しかし、その感情に流されまいと、娘に悟られぬよう歯を食いしばる。

「あったかい・・・」
「・・・」
「パパ、大好き♪」
「そうか・・・パパもエリカのことが好きだよ」
「えへへ♪」

 無邪気に笑うその可愛らしい顔が、私にとっての大切なものとなっていた。





 ある晴れた日、私は酪農家の元で食糧を貰いに街へ向かった。娘は家で留守番をさせている。この辺りの人間は魔物に対してよくない印象を持っているため、出来る限り娘を公に出さないようにしていた。おかげでこの8年間は何事もなく過ごせている。



 しばらく街の中を歩き、酪農家である老年の女性と話し、山で採った薬草や川魚を差し出す。気前の良さそうな彼女は洋紙に包んだチーズと小さな牛乳瓶をくれた。

「いつもすまないねぇ」
「いえいえ、こちらこそあなたのおかげで助かっています」
「ホント、私の息子に似ているわ。ここに住んでもいいのに・・・」
「それは・・・事情があって・・・」
「ふふ、いつもそれねぇ。まぁ、深い事情があるのなら仕方ないわ。皆それぞれ理由があって生きているんですもの」
「ええ・・・」

 初めて会った時、彼女から同居の許しをもらっていたが、あの子の姿をさらしてしまう危険があった。それはあの子だけでなく、この女性にも迷惑をかけてしまう。なので、彼女のご厚意は丁寧に断った。

「そうそう、あなた聞いたかしら?」
「何でしょうか?」
「最近、この辺りの森で魔物が出たんですって」
(!)

 彼女の言葉に内心驚くが、表面に出さないよう冷静な態度で聞き返す。

「魔物が?」
「ええ、なんでも近所に住む子どもたちが森へ遊びに行ったとき、見つけたそうなの」
「子どもが見つけた?」
「幸い小さかったから、襲われる心配が無かったらしいけど・・・役場の人が教団へ依頼しに行ったそうよ」
「何時依頼しに行かれたのですか?」
「今朝方行ったそうよ。もう向こうへ着いてるかも・・・」
「そうですか・・・」

 私は急かす気持ちを抑えながら、話を切り終えて立ち去ろうとした。その時、彼女が私を呼び止めてきた。

「これを持って行きなさい」
「これは?」
「ビスケット。よかったら食べてね」
「ありがとうございます」

 手渡された小袋を手にして、私はゆっくりとその場から立ち去った。

 彼女の呟いた言葉を聞き取らずに・・・。



「あなたも、私の息子と同じ目をしていたわ。旅立つ硬い意志を・・・」





 街から離れて森に入った瞬間、私は一目散に我が家へと走り向かった。急いで辿り着き、小屋に入ると、いつもと変わらないあの子の姿を見て安心した。娘はキョトンとした顔で私を見つめていた。

「どうしたの? パパ」
「エリカ、すぐに此処から離れよう」
「え、どうして?」
「訳は後で話す。すぐに荷物をまとめるんだ」

 最低限の荷物だけを二つのリュックに入れて、私たちは住み慣れた家から立ち去った。念のため、旅支度の防具と剣を装備。向かう先は別大陸へ行ける港町だ。そこから船に乗ってより遠くへと逃げる。今の私にはそれしか道は無かった。





 歩き慣れない山道を進む私と娘。元々、大空を飛んで移動する種族であるハーピーにとって地上を歩くことは少なく、長時間の歩きは不慣れである。それでも、娘はまだ飛べないため、地上を歩かせるしかなかった。

「パパ・・・疲れたよ〜」
「もう少し歩いたところで休憩しようか」

 度々立ち止まって休憩をとり、娘のペースに合わせて移動した。

「ねぇ、パパ」
「ん?」
「その・・・怖い人達って、私たちをどうするつもりなの?」
「・・・パパたちを捕まえて痛めつけるかもしれない」

 そのことを聞いた途端、娘は私の胸に飛び込んでくる。身体が小刻みに震えていた。無理もない。まだ幼いこの娘にとってその行為は恐ろしいことだ。私は娘を落ち着かせるため、強く抱きしめた。

「大丈夫だよ。絶対にエリカには手を出させない。パパが約束するよ」
「パパ・・・」

 涙目の娘を宥めて出発しようとした瞬間、私は何かの音に気付いて娘を抱え走った。私たちの居たところに複数の矢が突き刺さる。それは明らかに私たちへ向けて放った矢だった。飛んできた方向の草むらから複数の男たちが現れる。

 兵士としては標準的な身なりで、腰にショートソードと手に弓を持っていた。その内の一人は立派な騎士のようなマント付きの鎧を着て、他の兵士とは違い兜は付けていない。そして、今気付いた。彼らの胸当てに十字がついていることを。その男は私たちに向かって喋り掛けてきた。

「なかなか鋭いな・・・元傭兵かな?」
「只の旅人に矢を放って謝罪もしないとは何様だ?」

 私が冷静な態度で相手に尋ねると、その男は口元を手で押さえながら笑う。

「くくく、魔物を飼っている異端が只の旅人と言えるのか?」
「・・・」
「まぁ、どうでもいいことだ。異端共々にその魔物も浄化しよう」

 彼が言い終えると同時に、男たちが弓を構えた。私は懐に入れていた煙幕の小袋を目の前に投げ付けた。辺りが白い煙で覆われ、急いで娘を抱きかかえて走り出す。

「!?」

 走っている最中に左肩に激痛が走る。それは何かが刺さった痛みだった。今は痛みに堪えて走るしかない。その場から逃げ去る際、あの男の怒鳴り声を耳にする。

「捜せ! そう遠くには逃げられん! 草の根を分けてでも捜すのだ!」






 山の中を必死になって走る。怯える娘を落とすまいとしっかり抱えて走った。かなりの距離を走ったところでようやく立ち止まる。息を整えていたら娘が心配そうに話し掛けてきた。

「パパ・・・大丈夫?」
「はぁ・・・はぁ・・・大丈夫だよ」
「でも、痛そうなのが背中に刺さってるよ」
「これか?」

 首を回して確認すると、兵士の放った矢が左肩に突き刺さっていた。先程の痛みの原因はこれだ。だが、引き抜いている暇もない。もう一度山の奥へと走り進んだ。



 しばらくして私たちはある山の坑道を見つけた。そこはすでに打ち捨てられた鉱山跡らしく、錆びついたスコップやピッケルなどの道具が無造作に落ちていた。私は躊躇いもせず、坑道へと入って行く。

「パパ・・・」
「心配ない。この中に隠れてやり過ごそう」
「でも・・・」

 何か言いたげそうな顔をする娘を余所に、私はまだ使えるランプを片手に暗闇の奥へと進む。中はかなり入り組んでいて、道が次々と別れている。それでも感を頼りに足を動かした。

 そうこうして辿り着いた場所は、少し開けた空間のある行き止まりだった。仕方なく私は戻ろうと向きを変えた時、身体に異変が訪れた。身体が少し痺れた感覚で、ふらつき倒れてしまう。咄嗟に娘を庇って倒れたので、娘には傷一つ与えることは無かった。

「パパ!」
「くっ・・・」
「パパ・・・パパ、大丈夫!?」
「ああ、大丈夫だよ・・・」
「でも、さっきから顔色悪いよ」
「!」

 自分では気が付かなかった。ふと、先程の矢を思い出し、右手で引き抜いた。矢から何か嗅いだことのない匂いがした。まずい、毒か何かが塗られていたのかもしれない。急いでリュックの中にある毒消しの飲み薬を取り出す。苦い味を耐えて一口飲み込んだ。娘は羽の先にある鳥爪の手で肩の傷に包帯を巻く。

「はぁ・・・はぁ・・・」
「パパ・・・」
「大丈夫。こんなに奥まで逃げれば見つからないだろう」
「でも、怖いよ・・・」

 未だに震えている娘を落ち着かせるようとした瞬間、私たちの耳にカコ―ンと何かが坑道内に響き渡る音が入る。それは明らかに私たち以外の存在がこの坑道内にいる証拠であった。恐らくあの兵士たちで間違いないだろう。でも、今の状況は最悪だった。戻れば彼らと鉢合わせになる。それに毒で満足に動けない私では、娘を守り切れるかどうか・・・。

「パパ・・・」
「エリカ・・・」

 最早、打つ手はないのだろうか・・・

 また、何も守れずに・・・

 ・・・

 ・・・?

「・・・」
「どうしたの?」

 娘の言葉を無視して、私はこの空間の端へと向かう。そこには埃まみれの大樽が置かれていた。

「これは・・・」






 部下とともにハーピーを連れた男を捜索。幸い部下の放った矢が当たったらしく、血痕が手掛かりとなった。これであの魔物と異端者を逃さずに済みそうだ。かなり距離を取られたが、どうやら廃坑へ逃げ込んだらしい。これで袋のネズミだ。さっき部下が朽ちたスコップを倒した音に気付かれていなければいいが・・・。



 部下たちに松明を任せ、血痕を頼りに進んでいくと、少し開けた行き止まりにあの男が居た。あの魔物は見当たらなかったが、どうせ近くに隠れているのだろう。



「どうやら、此処までの様だな?」
「・・・」
「小鳥は隠したのか・・・まぁ、いい」
「・・・」
「満足に動けまい。遅行性の毒だからな」

 見下した態度でしゃべり続けるリーダー格の男。私はロングソードを引き抜いて構えた。薬のおかげでさっきよりはマシに動ける。

「ほう、まだそんなに動けるか・・・よかろう」

 男が腕を上げて無言の指示を出す。それに反応した兵士たちが、私を取り囲んで剣を抜いた。

「まだ、殺すな。以前のハーピーの村と同様、いたぶってからだ」
「!」
「精々足掻くがいい・・・」
(まさか・・・こいつらがエリカの居た村を・・・・・・そうか・・・)



 結果は目に見えていた。向こうの兵士を3人亡き者にしたが、多勢に無勢だった。不意を突かれ、斬り付けられた手足は動けなくなる。這いつくばった状態の私に、リーダー各の男は面白くなさそうな顔で話し始めた。

「なかなかやるようだが、呆気なかったな・・・さて、何処に居るかな?」
「・・・」

 男は剣を抜いて辺りを見回した。その視線はある方向を捕らえた。この空間の端に置かれた大樽である。男がニヤリと笑い、その樽へと近づいて行く。

「やめろ! やめてくれ!」
「そこで絶望しながら、目に焼き付けておけ!」
「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 男が剣の切っ先を樽に向けて突き刺した。

 あの樽には・・・。



「くっくっく・・・」
「・・・」
「くっくっく・・・ん?」
「・・・」

 かかった。

「何だ? 手応えが無いぞ・・・これは・・・」

 男が慌てて樽の蓋を開けて中を確認する。

 中には・・・

“エリカは入っていない”

 樽の中には・・・

 ぎっしりと詰まった“爆薬”だけである。

シュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ・・・

「なっ!? 貴様ぁぁぁ!?」

 無論、導火線に火を灯してある。

 彼らが来る直前に・・・

「正気か!? この坑道内で・・・」

「娘には指一本触れさせん!!」

「くそっ! こん・・・」

 男が導火線を消そうとするが、間に合わず・・・

 耳をつんざく程の衝撃音が響き渡り、辺り一帯が光に包まれた。









「いや、いやだよ・・・パパ・・・」
「エリカ・・・」
「パパと離れるなんていや!」

 私は娘に一人で逃げるよう説得していた。

 絶望に瀕していた私が見つけたもの。

 一つは大樽に入っていた坑道で使っていたと思われる爆薬。

 そして、もう一つは・・・・・・樽の向こうにある抜け道である。

「エリカ・・・この穴は小柄な君にしか通れない。私も行きたいのだが・・・」
「じゃあ・・・」
「でも、行けない。無理には通れないし、追いかけてくるあいつらを食い止めなければ・・・」
「そんな・・・」

 樽を見つけた際、私はあることに気付いていた。

「いいかい? この先は恐らく海だ」
「海?」
「果てしなく広がる水だらけの草原。その海を渡って別の大陸へ逃げなさい」
「でも・・・私は・・・」
「絶対に飛べる」

 娘の頭を撫でてそう宣言する。娘は涙目で目を丸くした。

「今までの練習でもう飛べるはずだ。自分を信じなさい」
「パパ・・・」
「エリカ・・・」

 なかなか決心のつかない娘に、私は強く抱きしめて耳元で語り始める。

「この際に全部話しておこう。私は・・・私は本当のパパじゃない」
「えっ・・・パパ、何を言って・・・」
「君のパパやママはもう死んでいた。そして、君はまだ生まれたての赤ん坊としてママに守られながら生きていた」
「ママが?」
「君と同じ髪の色をしていた。綺麗な金髪だったよ・・・」

 髪を撫でながらさらに話し続けた。

「パパはね・・・10年前にある国の兵士だった」
「兵士・・・」
「ある戦争で遠くに行った時、パパの国は無くなっていた」
「国が無くなる?」
「全て失ってしまった・・・・・・妻や娘も・・・」
「!」

 私の話を理解した途端、娘は驚愕する。

「あの頃の私は何も出来なかった・・・国を守るどころか・・・家族すら・・・」
「パパ・・・」
「同じ思いはしたくない・・・エリカ・・・頼む・・・」
「・・・」

 悲痛な思いで、私は今までこの娘に隠してきたことを告げた。この子にとっても辛いことだが、真実だけはどうしても伝えたかった。不意に娘が翼の手で抱きついてくる。

「パパ・・・私のために・・・」
「エリカ・・・」
「・・・・・・行く」
「あぁ、無事に行けると信じてる」

 互いの抱擁を解いた後、ランプを手渡し、娘は小さな穴へと向かう。その時、あることを思い出し、娘を呼び止めた。

「エリカ、待ちなさい」
「?」
「これを・・・」

 私は胸元に仕舞っていたある物を取り出した。それをあの子の髪に飾り付ける。

白い小さな花の髪飾り・・・

「これは?」
「私の娘にプレゼントした髪飾りだ」
「え・・・」
「もう私には必要のない物だ」
「・・・」
「さぁ、行きなさい」

 娘は名残惜しそうにこちらを見つめて最後に呟いた。

「パパ・・・今まで・・・ありがとう・・・」

 そう言って娘は暗い穴へと入り、その姿を消していった。

「エリカ・・・娘の名を継ぐ者よ・・・必ず生き延びてくれ・・・」






ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォォン・・・

 凄い音が後ろの方で鳴り響いた。それはパパと別れたあの場所だった方向から・・・。

「・・・」

 何が起こったのか簡単に思いつく。でも・・・立ち止まっていられない。すぐに足を動かした。

「・・・・・・!」

 真っ暗な道の先に何か小さな光が目に映った。

「外・・・なの?」

 その光に向かって足を速める。その途中、あるものに気付いた。

「これは・・・何の匂い?」

 塩のようなしょっぱい匂い・・・パパは海があると言っていた。この先にその海というものがあるのだろうか。徐々に光に近付き、私はその光の向こうへと辿り着いた。

「わぁ・・・」

 そこは青色の水が一杯広がっていた。

「これが・・・海・・・」

 凄く広い場所だった。下を見るともの凄く高く、下はあの大きな海。とてもじゃないけど、高すぎて降りられない。

「どうしたら・・・」

 此処で私は自分の翼を見つめた。でも、不安だった。

飛べるのだろうか・・・。

「・・・よし!」

 ランプを消してリュックに入れ、私は助走を付けるため、後ろへ下がった。

バサッバサッ
「・・・」

 数回羽ばたいて、飛び立つ準備をする。後は・・・飛び立つ勇気だけ。

「・・・・・・・・・・・・ふぅ・・・・・・!」

 両手の翼を横に広げ、勢いをつけて走り出す。もうすぐで外だ。

「はぁぁぁぁぁ!!」

 外へと飛び出し、身体が浮いた・・・感じだった。

「あれ?・・・きゃ、きゃああああああ!!」

 飛んだのかなと思ったら、飛べてなかった。私はそのまま下の海へと落っこちた。やっぱり、飛べなかった。このままじゃあ・・・パパ・・・。

『大丈夫だよ』
「!?」
『絶対に飛べる』
「パパ!」
『自分を信じなさい、エリカ』
「うん!」

 身体を動かし、翼をさらに広げた。なんだろう・・・風が身体に乗った気がする。

「!」

 一回羽ばたくと身体が浮かんだ。そのまま下に降りながら海をすれすれに飛ぶ。

『さぁ、行きなさい』

 もう一度羽ばたくと、下の海から少し遠くなる。続けて羽ばたくと私は高い場所を飛んでいた。

「飛べた・・・飛べたよ・・・パパ! 飛べたよ!」

 嬉しかった。空を飛ぶその感じは、今までにない喜びを感じた。夕日の光が眩しく、遠くの海は真っ暗だった。それでも、私はその真っ暗な先へと向かう。

パパの言ってた別の大陸を目指して・・・。











 夕方の海沿いのある小屋で二つの荒い息が響く。

一つは若い男。もう一つは若い女の・・・。

「はぁ、はぁ、はぁ・・・」
「ひぁ、あっ、あぅ・・・」

 木の板の床に敷かれた布団の上に、金色の長髪の女性。可愛らしい顔だが、腕は翼があり、鳥のような足をしている。よく見ると、彼女のお腹はぽっこりと膨らんでいた。

 彼女に覆い被さる男は、青年より若干若く、少し長い髪を後ろに縛っている。彼は自身の雄の象徴を彼女の秘穴に突き刺していた。

「あっ、あぁ、もう、いっ、ちゃ・・・」
「僕も、はぁ、はぁ、果て・・・」

 二人の限界はすぐに達し、男は仔の宿る彼女の胎内へ精を放った。

「あぁ・・・いっぱい・・・あっついのぉ・・・」



 ハーピーのエリカは広い海を飛び続けた。途中で小さな孤島や魔物も乗る船で休憩しながら真っ直ぐ飛んだ。辿り着いた先はジパングと言われる大陸で、彼女はその海岸近くで暮らすことにした。

 そして、たまたまそこで出会った漁をする少年と知り合い、仲の良い夫婦となる。あれから7年が経ち、彼女のお腹には待望の赤子が出来ていた。交わりを終えて、青年の方は夕飯の支度をする。エリカはジパング特有の着物を着て、外へ出ようとした。

「エリカ、外は寒いよ?」
「大丈夫、伊助。すぐに戻るから・・・」

 彼女は小屋から少し離れた場所の海が見える高台へと足を運んだ。仔を宿している状態では飛ぶことはできない。辿り着いた彼女は夕日が沈む海を眺め続ける。

「パパ・・・」

 彼女は思い出す。

 生まれたての自分を死ぬまで守ってくれた母の意思を継いだ存在。

 血は繋がっていないが必死で支え続けてくれた父親と言える存在。

 飛べると信じてくれた力強い存在。

 その存在が居てくれたおかげで・・・彼女は今幸せに満ちている。



 彼女は涙を流しながら感謝した。





「幸せな愛をくれて・・・・・・ありがとう・・・」
12/03/18 14:48更新 / 『エックス』

■作者メッセージ
連載がなかなか進まないので、新作の読み切りを集中して創りました。
これはどうだろう・・・感動のために創ったのだが、魔物が目立ってないような・・・。
今回のえっちぃ度はかなり少ないです。エロ期待の人には申し訳ないです。

追伸:LANケーブルの回線不具合により、投稿が遅れました。ごめんなさい。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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