雨を求める渇望の瞳
ザァァァァァァァァァァァァァァァァァ・・・
全てを打ち付ける雨音・・・私の耳へ響いてきます。何者にも容赦なく打ち付ける音。その音で私はベットから起き上がりました。
「激しいですわね・・・」
ゆっくりと粘液となった足を床につけて、洋服ダンスに向かいます。背中から生える触手で扉を開けて、ハンガーにかけたピンクのローブを一着取り出す。他のローブも全てピンク色。これ以外の色は一切無いです。
身体のあちこちから触手を出し、着ていたネグリジェを脱いで、ローブを着ます。全て触手で行う作業。変な横着だと私のお友達は言いますが、王女さまだから当然だと言い返しました。
ローブを着終えた後、軽い朝食を済まして、扉の横に掛けていた大きな傘を触手で取ります。扉を開けると、目の前には土砂降りの雨が目に入りました。時刻も夜明け直前で真っ暗。
「さあ、出かけましょうか・・・」
私の名はレリゼ。ピンクのプリンセスローブが目印の長い金髪の女。私の新たな手足である触手はローパーと言われる魔物の証。自在に操るそれは、まるで私の従者たちの如く、世話をしてくれる。でも、結局動かしているのは私の意思に過ぎませんが・・・。
「ふぅ・・・」
この雨降る街の中、夜目の効く視界で街の通りを歩き進みます。触手を出して、自然の恵みを体内に吸収。ローパーである私自身の粘液を保つため、水分を補給する必要があるからです。スライムほど必要ではないが、それでも生きるためには不可欠。
「あら?」
突然、土砂降りだった雨が勢いを衰えさせていく。ふと見ると、空にあった雨雲が通り過ぎようとしていました。
「今日も美味しい雨でしたわ♪」
夜が明けて、雨も止んだ街へ朝日が照らされる。私は最低限の支度をして自警団の本部へ足を運びました。おやっさんと言われている隊長さんの元へ行くと、そこには隊長と怒ったマミちゃんが話していました。
「な、なんで私とカルのことを聞いてくるのよ!」
「いいじゃねえか・・・それで、どこまでいってるんだ?」
「だから、教えるわけないでしょう!!」
なるほどね。二人の愛について聞いたから、マミちゃんが怒っちゃったのね。二人に近づいて行くと、マミちゃんが私に気付いて話し掛けてきました。
「聞いてよ、レリゼ!この変態親父が私とカルのプライベートを覗いてきたの!」
「こら、人を変態呼ばわりするな!」
「あらあら・・・駄目ですよ、隊長さん」
「嬢ちゃんもかよ!?」
折角、進展したのにそれを覗き見たら無粋ですよ。それに・・・。
「後ろの方がお待ちかねですよ?」
「へ?後ろ・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
彼の後ろにいたのは奥さんであるサイクロプス。健気な一つ目で隊長さんを見つめていますね。
「お、おまえ!?」
「・・・浮気ですか?」
「ち、違う!そうじゃないんだ!これはだな・・・ってどこへ!?」
「私の愛が足りなかったようです。あちらでもっと愛を・・・」
「ちょ、こんな朝から!?」
結局、奥さんに嫉妬されて連れていかれましたね。マミさんが私を見て話しかけてきました。
「レリゼ、今日は買い物でもしようか?」
「そうしましょう。ちょうど洋服店にも用事がありますから」
「また、例のローブを作ったの?」
「いえ、お気に入りのものが破けてしまったので、その修繕をお願いしたのですよ」
「ああ、そういえばあの時・・・」
以前、奴隷商人の捕縛の際に少しだけ腕の立つ用心棒がいたので、その戦闘中に私の服が破けてしまいました。修繕には数か月掛かると言われ、それまで別の服で我慢することに。
「なんでお気に入りの服で戦いに行ったのよ?」
「それなりに動きやすい服ですよ?」
「どれも一緒に見えるんだけど・・・」
マミちゃんの髪の蛇たちも首を傾げています。親友と言えど、可愛いですね。
「ねえ、レリゼ」
「何ですか?」
「カルに合う服を一緒に探してくれる?」
「いいですよ〜♪」
やっぱりマミちゃんは可愛いです。年下であるあの子をこんなに慕っているのですから。私の行き付けの洋服店へ彼女と一緒に向かいました。店主のアラクネさんは綺麗な方で作る服のデザインも素晴らしいです。
「いらっしゃい、あら、今日はマミちゃんも一緒?」
「こ、こんにちは」
「こんにちは、依頼した服を受け取りに来ました」
「あ、そうだったわね。え―と・・・」
店主はそう言って、後ろの棚に置いてある包みを一つ取り出し、私に差し出しました。
「上等なものだから、もう破かないでね」
「善処します♪」
「はぁ・・・それで、マミちゃんは何の御用で?」
「カルに合う服を探しに・・・」
「それならこの棚に子どもサイズの服があるわ。じっくり見ていってね」
「マミちゃん、これなんかどうですか?」
そう言って、私は触手の一つである服を取って彼女に見せました。大きなハートマークの付いた服です。それを見たマミちゃんは恥ずかしそうに顔を赤らめます。
「レリゼ・・・そこまで強調されたのは無理」
「あら、そうでしょうか?」
仕方なく棚に戻し、マミちゃん自身で探すことになりました。しばらくして、まだ悩み続けるマミちゃんを見ていると、後ろから店主が声を掛けてきました。
「レリゼ、前から気になってたわ。どうして、プリンセスローブしか身に着けないの?」
「いつか来る王子さまのためです♪」
「その王子さまは・・・いえ、これ以上は無粋ね。ごめんなさい」
「気にしないでください♪」
最終的にマミちゃんはシンプルな子ども服を購入しました。私的にはあっちの方がよかったのに・・・。この後、食材を買ってからマミちゃんと別れました。
自宅に戻った私は早速、お気に入りの服へと着替えました。他のローブと変わらないピンク色のプリンセスのような衣服。一番気に入った服です。これを破かれた時、破いた張本人は私の触手で締め上げて、最後に一番大きな触手で殿方の初めての穴をいただきました。あの時の絶望した顔はとても面白かったです。
「当然の報いです・・・・・・当然の・・・」
食事を終えて、私は水浴びをした後、ネグリジェに着替えてベットへ横たわりました。触手でベットカバーを自身に被せて、そのまま・・・。
夢を見ました。
懐かしい夢。
昔、経験した。
嬉しかったとも忌まわしいとも言える夢。
私はある国の貴族の娘として生を受けました。裕福な家系であり、子どもは私だけでした。そんな中、私はあるものに憧れてしまいます。
ある貴族同士での集まりで、国を治める城で晩餐会があった時、私は見ました。その国を治める王族の血筋である王女。見事なほど綺麗なプリンセスドレスを纏い、他人に対して優しく接する態度は輝かしかったです。
「あの人みたいになってみたい」
当時、幼かった私にそんな望みが芽生えました。しかし、所詮私自身は貴族の一人でしかない。そのため、私に出来る事といえば、服装をそれらしくするのと、あの優しそうな振る舞いをすることぐらいです。
14歳に達した私はある男性と出会いました。同じ歳で兵士見習い、名はシャラギ。彼は私の屋敷で警護の研修生としてやって来ました。意外と剣技より、従者の仕事が得意の様です。自ら屋敷の掃除をし、お茶の入れ方も上手でした。
「何で従者にならないの?」
「なりたくてもなれない事情があります」
彼自身も夢があったそうです。王女さまに仕える従者という夢を・・・。そうして、私は似た者同士ということで仲良くなりました。勿論、彼にも私の夢を教えました。その時の私たちはまるで夢見る子どものような姿だったと思います。
さらに2年過ぎた頃、私たちはあることに気付き、お互いにその思いを伝えました。
「君のことが好きだ」
「私も・・・好きです」
お互いに相思相愛だったこと。そして、それを打ち明けた夜、私たちは隠れて愛し合いました。それはとても甘く、知られてはならない愛だと・・・。私は貴族の一人娘。只の兵士見習いと結ばれることは無いのだろうと思っていました。けれど、それだけは夢にしたくありませんでした。
何とか彼と結ばれないか、思考錯誤していると、ある日、彼は姿を消しました。両親に尋ねたところ、国の遠征が間近に迫っており、彼はその徴兵の一人として連れて行かれたと。だけど、私には分かっていました。両親が私と彼との間の恋仲を知って、それを無理やり引き裂こうとしたことを・・・。
間もなくある国との戦争のため、徴兵された兵士たちは国から離れて行きました。何のために争うのだろうと、行き場のない怒りを抑えながら・・・。
そうして、半年が過ぎた頃、遠征した兵士たちが敗走して戻って来たことを知りました。彼は生きて帰って来たのだろうか?期待を胸に秘めながら、必死に彼を探しました。ある兵士の話を聞くまで・・・。
彼は戦死を遂げていました。もとから彼は剣技が得意ではありません。そんな半端な彼が生きて帰れるはずもない。不思議と、私の目から涙が流れませんでした。愛する彼が亡くなったのに・・・一滴も・・・。
悲しむこともできない私に両親はあることを告げました。今回の戦争で負けたこの国はある国に従うことになったのです。その国の王族はこちらの国に対し、賠償として貴族の娘を差し出せとのこと。私もその一人だと言われました。
その時、行き場の無かった怒りがある方向へ向かいました。彼を死なせ、私をよこせと要求した国へと・・・。
他の貴族の娘たちとやって来た大国。要求してきた者はこの国を治める国王でした。この国王は伴侶はおらず、唯一の肉親は我儘な王子だけ。私たちは彼らの慰め者として連れてこられたのだと悟りました。
こんな奴らのせいで・・・彼は・・・私は・・・。
次々と彼らによって穢されていく娘たち。遂に私の番が回ってきた時、私は内心喜びました。彼らが私の手の届く範囲に来たことを・・・。
「なかなか綺麗なお嬢さんだ」
相手は国王でした。彼は私を引き寄せて、服を脱がし、ベットへ押し倒す。欲望のままに彼は私の身体を舐め回し、遂にあの人以外のものを受け入れました。私が非処女と知っても、彼はお構いなしに貪る。
「こんなに綺麗でも好きものらしいな。気に入ったぞ!」
あなたの好みなんて知りません。あることが成就するまで、私は穢されることを耐えました。もうすぐ、もうすぐで・・・。
「くっ!いくぞ!」
国王がそう宣言すると、私の中に汚らわしい精が放たれる。あの人以外の精を・・・。私の怒りが高ぶると同時に、私自身の身体に変化が訪れます。
「ん?何だ?」
それは私の身体を突き破るように出現しました。ピンク色をした長い物体。それらは身体の至る所から突き破り、姿を現す。
「なっ!?むぐっ!」
その内の一本が国王の顔に巻きついて口を塞ぎました。さらにもう一本が彼の身体を縛り、身動きを封じます。
「むぐぅぅぅぅ!」
「信じられないって顔ですね。でも、半分はあなたのせいですよ。私に精を注いだ・・・」
私はこの国へ連れてこられる前に、ある行商人を使ってあるものを取り寄せました。
『ローパーの卵』
私は国王に抱かれる数分前、自身の胎内に卵を埋め込んだのです。この卵は男の精を養分として発芽し、苗床となった女性は触手を生やす魔物へと変異してしまいます。そう、私はこの国の国王へ復讐するため、自ら魔物化することを望みました。
「ぐむぅぅぅぅ!」
「安心しなさい。あなたの一人息子も同じ運命を辿らせます。苦しんで殺される運命を・・・」
声を出させず、腕を、足を、ついでに穴をほじくり、最後に動かなくなるまで締め上げました。白目を剥いて動かない国王だったものをベットに寝かせ、脱ぎ捨てられた服を触手で拾い上げます。
「・・・」
初めて扱う触手を動かして、まるで従者によって着せられるかのように服を着る。不意にあの人の面影が触手と重なりました。でも、私には次にやらなければならないことが・・・。
我儘な王子も同じく抱いている最中に、締め上げて絶命させました。これでこの国は支えを失い終わるでしょう。私は何事も無かったかのように、この国を去りました。風の噂で知りましたが、あの後、王族が居なくなったことをきっかけに、別の国が占領し、私の故郷の国と同盟を結んだそうです。
でも、最早、私にとってどうでもいい話でした。あれは私個人がやった小さな八つ当たりにしか過ぎません。やり遂げた感覚すら、虚しかったからです。
ザァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ・・・
また、雨の降る音で私は目覚め、上半身を起こします。日もまだ暗い夜明け前、今日も雨が降り続けています。ベットから降りて、洋服ダンスからあのお気に入りのローブを取り出しました。
あの頃、私が気に入っていた服と似ているデザインのプリンセスローブ。アラクネの店主と話し合って、作って貰ったオーダーメイドの服です。
あの頃、王女さまに憧れて作って貰った服は、故郷を出る前に焼却処分しました。名残惜しくもありません。もう、見てくれる人はいないのですから・・・。
服を着替え、いつものように傘を持って外に出ます。そういえば、雨の日の思い出がありました。この街に来る前・・・。
私が魔物化して間もない頃、当てもなく彷徨っていると、雨の匂いがしました。ゆっくりとその場所へ向かうと、ちょうど雨が降っているこの街へ辿り着いたのです。ちょうど、喉を潤したかったので、触手を出せるだけ出して、水分を吸収していました。
「・・・・・・おいしい」
身体に直接当たる雨も、普通に飲む水より美味しかったです。口元に滴る雨水を舌で舐めとっていましたら、不意に後ろから声を掛けられました。
「あなた、大丈夫?」
「・・・?」
振り返って見ると、そこにいたのが、傘を差した蛇の女性マミちゃんでした。この辺では見られないローパーの存在を、不思議に思った彼女が思わず声を掛けたそうです。その後、事情を知るべく、マミちゃんの自宅へ連れて行かれました。
「あなた、名前は?」
「名前・・・そうですね。何にしましょうか?」
「えっ、名前無いの?」
その時の私は正直、昔の名前を捨てたかったです。そこで私は思いつきで考え、レリゼと名乗りました。
「ふぅん、じゃあ、私はマミ。よろしくね、レリゼ」
「はい、マミちゃん♪」
「ちゃ、ちゃん付けは・・・ちょっと・・・」
彼女と出会い、その紹介で自警団の隊長さんと出会い、洋服店のアラクネさんと出会い、様々な出会いをしたおかげで、私はこの街に滞在しています。
「今日もおいしい雨ですね〜」
傘を差して、スカートの隙間から、いくつか触手を出して水分を吸収。この地域は数週間に連続で雨が降る時期があります。しかも、夜明け前に高い確率で降ることが多い。スライムなどの魔物にとって、これほど恵まれた土地は珍しいです。
「・・・・・・」
ある街の通りで私は足を止めました。ここは以前、私が雨の散歩中にマミちゃんが泣き崩れていた場所。彼女は大切に介抱していた少年を傷付けてしまったと嘆いていました。ですが、あの少年は彼女を探し、精一杯の力で声を出せるようになったのです。
あの子は私たちが思っていた以上に強い子でした。あの時、私は少年が羨ましかったです。私にも・・・あれほど強い意志があれば・・・あの時・・・。
似た者同士の彼と出会い、隠れて愛し合っていた頃、ある草原で彼と一緒に散策していました。途中、予期せぬ通り雨に遭い、近くの大木で雨宿りすることに。
「酷い雨ですね」
「スカートが泥だらけです・・・帰ったら着替えませんと・・・」
あの時の雨はおいしくありませんでした。ですが、二人だけの時間を作ってくれた嬉しい雨でもあり、私はあることを彼に話しました。
「私と一緒に別の場所で暮らしませんか?」
「お嬢様・・・」
「両親には内緒で抜け出して、何処か静かな場所で暮らしましょう」
「しかし・・・」
「王女さまになることが私の夢でしたが、今はあなたと一緒になることが・・・」
「だめです、お嬢様」
拒否の言葉に私は驚き、言葉を失いました。
「あなたの夢は僕の夢でもあります。ですから、簡単に夢を諦めないでください。王女さまになって、その従者になるのが僕の夢です」
「でも、このままだと・・・私も・・・あなたも・・・」
「僕もあなたのことが好きです。でも、夢を見続けている姿を失わないでください」
「夢の・・・私の・・・姿?」
「夢を見続けている姿は輝かしく、どんな王女さまよりも美しいです。そんな王女さまに仕えることが僕の夢。いつまでも輝いていて欲しい」
嬉しかった。私の夢を。周りは子どもらしい理由だと言うが、彼だけは私を解ってくれた。私の憧れを応援してくれる。でも・・・気が付かない内に雨が止んでいた。
「お嬢様、行きましょう。濡れた服を着替えませんと・・・」
この後、彼と屋敷まで帰り、着替えていつも通りの日常を過ごしました。そして、就寝の際、付き添ってくれた彼が、私が見た彼の最後の姿でした。
「・・・・・・」
あの雨の日、もっと強く一緒に居たいと彼に言っていれば、今の私はいなかったでしょう。ですが、嬉しさともどかしさで言えませんでした。
「そう、あの子のように強くはなかったです」
涙が出ない。まるで喉が渇いているかのように、出せなかった。彼が亡くなったとき、両親に売られたとき、国王に犯されたとき、魔物化したとき、その国王と王子を殺したとき、虚しくなったとき、雨を身体に染み込ませても、出ることはありませんでした。
「私の代わりに誰か泣いているのでしょうか?」
遠くの空を見ると薄らとしか明かりがなく、日の出までもうしばらく時間があるようです。
「もうしばらく歩きましょう」
その場から再び歩き続けようと一歩踏み出した瞬間、向こうから何かがやって来ることに気付きました。
「?」
その足音は何か硬いもので歩いているような音です。稀にこの街の魔物の住人と出会うことがありましたが、大抵がスライム種なので音が全く違います。一体何でしょう?
「・・・」
「・・・」
現れたのはショートカットの女性の姿。違う、よく見ると、それは手足と顔の右半分が骨でした。
スケルトン。亡くなった女性が魔力によって魔物化したアンデットの一種だそうです。この辺りでは見かけることのない存在なので、珍しいですね。
「こんばんは、見かけない方ですね」
「・・・」
「あの・・・どうかされましたか?」
「・・・」
スケルトンの女性は私をじっと見つめ続けていました。その視線はまるで何かを見つけたような目。彼女はゆっくりと口を開いて、しゃべり始めました。
「ヒメサマ・・・」
「えっ!?」
「ヒメサマ・・・オクレテ、モウシワケアリマセンデシタ」
「ど、どういうこと?あなた・・・一体・・・」
彼女の言ったこと。姫様?どういうことでしょうか?初めて出会うはずのこの魔物は・・・まるで私のことを知っているような・・・。
「キガツイタラ、センジョウノ、シタイオキバニイマシタ。オキアガッテ、ヒメサマノヤシキヘイキマシタガ、ベツノクニヘムカワレタトキキマシタ」
「えっ、それって・・・」
「ソノクニヘイキ、コンドハヒメサマガコクオウヲサツガイシ、スガタヲケシタトオシエラレ、ソコカラアテモナク、サガシツヅケマシタ」
国王を殺したことまで!?これは紛れもなく私のことを指しています。
「あなた・・・あなたは、もしかして・・・」
「ヒメサマ、ズットサガシツヅケテイマシタ」
「・・・」
彼女は私のことを知っていた。そして、私も彼女のことを知っていた。綺麗に整った女の顔でしたが、はっきりと彼の顔が浮かび上がります。二度と見られないと思っていた面影。
「随分と痩せましたね」
「ホネデスカラ・・・」
「記憶は大丈夫ですか?」
「ナマエイガイハ、ナントカオボエテイマス」
私も昔の自身の名前はすでに忘れてしまいました。彼の名前は覚えていますが、伝えるべきでしょうか?
「ヨロシケレバ、ヒメサマガワタシヲ、ナヅケテイタダイテモヨロシイデショウカ?」
私が彼女の名前を決める?
そうだ。
私は・・・。
彼女は・・・。
昔の自分自身を失った。
なら、彼女に与えるべきものは・・・。
「分かりました。あなたの名前は・・・」
ある日の朝、私はベットから起き上がり、窓に目を向けます。すでに朝を迎え、晴れた日差しが眩しかったです。
「おはようございます。姫様」
「おはよう、シャラ」
隣で立っていたのは侍女服を着たスケルトンの女性。彼女は礼儀正しく、私に挨拶しました。私がベットから立ち上がると、彼女は素早く洋服ダンスへと向かいます。
「今日のお召し物は?」
「いつもの服で」
「かしこまりました」
そう言って、彼女は私のお気に入りのプリンセスローブを手に取り、私はネグリジェを脱ぎ始めます。彼女に服を着せられながら、今日の予定を尋ねました。
「シャラ、今日は何を?」
「今日、姫様は非番の日でございます。ですので、ご自宅でお茶をされるか、街を散策されてはいかがでしょう?」
「ん〜どうしましょう・・・」
しばらく考え込んでから、私はあることを彼女に提案しました。
「それじゃあ、買い物に行きましょう」
「えっ?ですが、食材などの雑務は・・・」
「ついでに洋服店も行きます。買い物くらい一緒にいいでしょう?」
「・・・分かりました。お供させていただきます」
朝食を食べて、彼女と一緒に出掛けました。その途中、マミちゃんとカル君に遭遇。若妻のように可愛らしいマミちゃん。初めて会ったときより、逞しくなった目を持つカル君。羨ましいカップルですね。
「おはようございます。マミちゃん♪カル君♪」
「お、おはよう、レリゼ、シャル」
「レリゼお姉さん、シャラお姉さん、おはよう」
「おはようございます。マミ様、カル様」
「お二人も買い物ですか?」
「うん!マミが、ハンバーグ作ってくれる!」
あれから、カル君も元気よく話せるようになりましたね。こういう男の子が私の相手だったら・・・。
「レリゼ・・・」
おっと、いけません。マミちゃんの嫉妬光線がじりじりと熱いです。流石、ラミアの上位種、油断できませんね。
「マミ、どうしたの?」
「な、何でもないわ、カル」
「ふふっ、そんな可愛らしい目で見なくとも、カル君を取ったりしませんよ?」
「うっさい!ちょっと、只ならぬ雰囲気があったから・・・」
困っているマミちゃんは本当に可愛らしいです。
「レリゼとシャラも買い物なの?」
「そうですよ、一緒に行きましょうか?」
「そ、それは・・・ちょっと・・・」
「マミ、みんな一緒がいい。だめ?」
「うっ、カル・・・」
あらあら、カル君につぶらな瞳で見つめられ、お願いされるなんて。髪の蛇たちもたじろいでいますね。結局、彼女はカル君の頼みを断れず、私たちと一緒に買い物へ向かいました。
「ところでマミちゃん。カル君と授乳プレイをしていると聞きましたが・・・」
「何で知ってるの!?」
「シャラがカル君から聞いて、それを知ったシャラから♪」
「ちょっと、カル!何で教えるのよ!?」
「どうやったら、お乳出るか、聞いたの」
「まさか・・・」
「赤ちゃん、作ろう、マミ♪」
にっこり笑うカル君を余所に、マミちゃんは顔を赤くして湯気が立ってしまいます。
食材を市場で選んでいる最中に、マミちゃんが話し掛けてきました。
「レリゼ、あのスケルトンのシャラって、あんたの何なの?」
「私の従者ですよ?」
当然のように答えるも、納得いかない表情で品定めしているシャルを見つめるマミちゃん。
「突然、やって来て、あなたの身の回りの世話までしてくれるなんて、只の知り合いとは思えないんだけど・・・」
「昔、似たような夢を持つ者同士でした」
「それって、王子さまと添い遂げること?」
「いいえ、違います♪」
「どういうことよ?」
私の否定に対し、彼女はさらに困惑してしまいます。
「でも、素敵な王子さまがやって来ることは、シャラと一緒に望んでいますよ」
「そうなんだ」
「それまでシャラの身体で堪能させて貰っています♪」
「・・・何してるの?」
恐る恐る聞いてくるマミちゃん。
「私の触手でシャラの身体を縛り、彼女の胎内に卵を産み付けます。その後、シャラの産卵を間近で鑑賞・・・」
「もういい、聞きたくないわ」
私たちの秘め事はマミちゃんには、少し刺激が強すぎたようです。真っ赤になった彼女は野菜を見に行きました。近くにいたカル君が近寄ってきて、私に話し掛けてきます。
「レリゼお姉さん、お姫様の恰好、綺麗だよ」
「あら、ありがとう、カル君」
「シャラお姉さんは、お姫様の恰好、しないの?」
「ああ・・・シャラはね・・・」
彼女を眺めながら、私はカル君に答えます。
「あの恰好になることを望んでいたのですよ」
「望んで?」
「そう、私もお姫様になることを望んで・・・この恰好をしています」
「そうなの?」
「ああ―!レリゼ!また、カルに!」
私たちが話し合っていることに気付いたマミちゃんが、尻尾でカル君を捕らえて引き寄せてしまいました。そんなに警戒しなくても・・・ちょっと悲しいですね。
「・・・・・流れませんね、こんなことでも涙が・・・」
渇き続けている私の涙腺。また、雨で潤してみましょう。
“私たちの夢”ですか・・・。
それは・・・。
「もう、すでに叶えましたから・・・」
全てを打ち付ける雨音・・・私の耳へ響いてきます。何者にも容赦なく打ち付ける音。その音で私はベットから起き上がりました。
「激しいですわね・・・」
ゆっくりと粘液となった足を床につけて、洋服ダンスに向かいます。背中から生える触手で扉を開けて、ハンガーにかけたピンクのローブを一着取り出す。他のローブも全てピンク色。これ以外の色は一切無いです。
身体のあちこちから触手を出し、着ていたネグリジェを脱いで、ローブを着ます。全て触手で行う作業。変な横着だと私のお友達は言いますが、王女さまだから当然だと言い返しました。
ローブを着終えた後、軽い朝食を済まして、扉の横に掛けていた大きな傘を触手で取ります。扉を開けると、目の前には土砂降りの雨が目に入りました。時刻も夜明け直前で真っ暗。
「さあ、出かけましょうか・・・」
私の名はレリゼ。ピンクのプリンセスローブが目印の長い金髪の女。私の新たな手足である触手はローパーと言われる魔物の証。自在に操るそれは、まるで私の従者たちの如く、世話をしてくれる。でも、結局動かしているのは私の意思に過ぎませんが・・・。
「ふぅ・・・」
この雨降る街の中、夜目の効く視界で街の通りを歩き進みます。触手を出して、自然の恵みを体内に吸収。ローパーである私自身の粘液を保つため、水分を補給する必要があるからです。スライムほど必要ではないが、それでも生きるためには不可欠。
「あら?」
突然、土砂降りだった雨が勢いを衰えさせていく。ふと見ると、空にあった雨雲が通り過ぎようとしていました。
「今日も美味しい雨でしたわ♪」
夜が明けて、雨も止んだ街へ朝日が照らされる。私は最低限の支度をして自警団の本部へ足を運びました。おやっさんと言われている隊長さんの元へ行くと、そこには隊長と怒ったマミちゃんが話していました。
「な、なんで私とカルのことを聞いてくるのよ!」
「いいじゃねえか・・・それで、どこまでいってるんだ?」
「だから、教えるわけないでしょう!!」
なるほどね。二人の愛について聞いたから、マミちゃんが怒っちゃったのね。二人に近づいて行くと、マミちゃんが私に気付いて話し掛けてきました。
「聞いてよ、レリゼ!この変態親父が私とカルのプライベートを覗いてきたの!」
「こら、人を変態呼ばわりするな!」
「あらあら・・・駄目ですよ、隊長さん」
「嬢ちゃんもかよ!?」
折角、進展したのにそれを覗き見たら無粋ですよ。それに・・・。
「後ろの方がお待ちかねですよ?」
「へ?後ろ・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
彼の後ろにいたのは奥さんであるサイクロプス。健気な一つ目で隊長さんを見つめていますね。
「お、おまえ!?」
「・・・浮気ですか?」
「ち、違う!そうじゃないんだ!これはだな・・・ってどこへ!?」
「私の愛が足りなかったようです。あちらでもっと愛を・・・」
「ちょ、こんな朝から!?」
結局、奥さんに嫉妬されて連れていかれましたね。マミさんが私を見て話しかけてきました。
「レリゼ、今日は買い物でもしようか?」
「そうしましょう。ちょうど洋服店にも用事がありますから」
「また、例のローブを作ったの?」
「いえ、お気に入りのものが破けてしまったので、その修繕をお願いしたのですよ」
「ああ、そういえばあの時・・・」
以前、奴隷商人の捕縛の際に少しだけ腕の立つ用心棒がいたので、その戦闘中に私の服が破けてしまいました。修繕には数か月掛かると言われ、それまで別の服で我慢することに。
「なんでお気に入りの服で戦いに行ったのよ?」
「それなりに動きやすい服ですよ?」
「どれも一緒に見えるんだけど・・・」
マミちゃんの髪の蛇たちも首を傾げています。親友と言えど、可愛いですね。
「ねえ、レリゼ」
「何ですか?」
「カルに合う服を一緒に探してくれる?」
「いいですよ〜♪」
やっぱりマミちゃんは可愛いです。年下であるあの子をこんなに慕っているのですから。私の行き付けの洋服店へ彼女と一緒に向かいました。店主のアラクネさんは綺麗な方で作る服のデザインも素晴らしいです。
「いらっしゃい、あら、今日はマミちゃんも一緒?」
「こ、こんにちは」
「こんにちは、依頼した服を受け取りに来ました」
「あ、そうだったわね。え―と・・・」
店主はそう言って、後ろの棚に置いてある包みを一つ取り出し、私に差し出しました。
「上等なものだから、もう破かないでね」
「善処します♪」
「はぁ・・・それで、マミちゃんは何の御用で?」
「カルに合う服を探しに・・・」
「それならこの棚に子どもサイズの服があるわ。じっくり見ていってね」
「マミちゃん、これなんかどうですか?」
そう言って、私は触手の一つである服を取って彼女に見せました。大きなハートマークの付いた服です。それを見たマミちゃんは恥ずかしそうに顔を赤らめます。
「レリゼ・・・そこまで強調されたのは無理」
「あら、そうでしょうか?」
仕方なく棚に戻し、マミちゃん自身で探すことになりました。しばらくして、まだ悩み続けるマミちゃんを見ていると、後ろから店主が声を掛けてきました。
「レリゼ、前から気になってたわ。どうして、プリンセスローブしか身に着けないの?」
「いつか来る王子さまのためです♪」
「その王子さまは・・・いえ、これ以上は無粋ね。ごめんなさい」
「気にしないでください♪」
最終的にマミちゃんはシンプルな子ども服を購入しました。私的にはあっちの方がよかったのに・・・。この後、食材を買ってからマミちゃんと別れました。
自宅に戻った私は早速、お気に入りの服へと着替えました。他のローブと変わらないピンク色のプリンセスのような衣服。一番気に入った服です。これを破かれた時、破いた張本人は私の触手で締め上げて、最後に一番大きな触手で殿方の初めての穴をいただきました。あの時の絶望した顔はとても面白かったです。
「当然の報いです・・・・・・当然の・・・」
食事を終えて、私は水浴びをした後、ネグリジェに着替えてベットへ横たわりました。触手でベットカバーを自身に被せて、そのまま・・・。
夢を見ました。
懐かしい夢。
昔、経験した。
嬉しかったとも忌まわしいとも言える夢。
私はある国の貴族の娘として生を受けました。裕福な家系であり、子どもは私だけでした。そんな中、私はあるものに憧れてしまいます。
ある貴族同士での集まりで、国を治める城で晩餐会があった時、私は見ました。その国を治める王族の血筋である王女。見事なほど綺麗なプリンセスドレスを纏い、他人に対して優しく接する態度は輝かしかったです。
「あの人みたいになってみたい」
当時、幼かった私にそんな望みが芽生えました。しかし、所詮私自身は貴族の一人でしかない。そのため、私に出来る事といえば、服装をそれらしくするのと、あの優しそうな振る舞いをすることぐらいです。
14歳に達した私はある男性と出会いました。同じ歳で兵士見習い、名はシャラギ。彼は私の屋敷で警護の研修生としてやって来ました。意外と剣技より、従者の仕事が得意の様です。自ら屋敷の掃除をし、お茶の入れ方も上手でした。
「何で従者にならないの?」
「なりたくてもなれない事情があります」
彼自身も夢があったそうです。王女さまに仕える従者という夢を・・・。そうして、私は似た者同士ということで仲良くなりました。勿論、彼にも私の夢を教えました。その時の私たちはまるで夢見る子どものような姿だったと思います。
さらに2年過ぎた頃、私たちはあることに気付き、お互いにその思いを伝えました。
「君のことが好きだ」
「私も・・・好きです」
お互いに相思相愛だったこと。そして、それを打ち明けた夜、私たちは隠れて愛し合いました。それはとても甘く、知られてはならない愛だと・・・。私は貴族の一人娘。只の兵士見習いと結ばれることは無いのだろうと思っていました。けれど、それだけは夢にしたくありませんでした。
何とか彼と結ばれないか、思考錯誤していると、ある日、彼は姿を消しました。両親に尋ねたところ、国の遠征が間近に迫っており、彼はその徴兵の一人として連れて行かれたと。だけど、私には分かっていました。両親が私と彼との間の恋仲を知って、それを無理やり引き裂こうとしたことを・・・。
間もなくある国との戦争のため、徴兵された兵士たちは国から離れて行きました。何のために争うのだろうと、行き場のない怒りを抑えながら・・・。
そうして、半年が過ぎた頃、遠征した兵士たちが敗走して戻って来たことを知りました。彼は生きて帰って来たのだろうか?期待を胸に秘めながら、必死に彼を探しました。ある兵士の話を聞くまで・・・。
彼は戦死を遂げていました。もとから彼は剣技が得意ではありません。そんな半端な彼が生きて帰れるはずもない。不思議と、私の目から涙が流れませんでした。愛する彼が亡くなったのに・・・一滴も・・・。
悲しむこともできない私に両親はあることを告げました。今回の戦争で負けたこの国はある国に従うことになったのです。その国の王族はこちらの国に対し、賠償として貴族の娘を差し出せとのこと。私もその一人だと言われました。
その時、行き場の無かった怒りがある方向へ向かいました。彼を死なせ、私をよこせと要求した国へと・・・。
他の貴族の娘たちとやって来た大国。要求してきた者はこの国を治める国王でした。この国王は伴侶はおらず、唯一の肉親は我儘な王子だけ。私たちは彼らの慰め者として連れてこられたのだと悟りました。
こんな奴らのせいで・・・彼は・・・私は・・・。
次々と彼らによって穢されていく娘たち。遂に私の番が回ってきた時、私は内心喜びました。彼らが私の手の届く範囲に来たことを・・・。
「なかなか綺麗なお嬢さんだ」
相手は国王でした。彼は私を引き寄せて、服を脱がし、ベットへ押し倒す。欲望のままに彼は私の身体を舐め回し、遂にあの人以外のものを受け入れました。私が非処女と知っても、彼はお構いなしに貪る。
「こんなに綺麗でも好きものらしいな。気に入ったぞ!」
あなたの好みなんて知りません。あることが成就するまで、私は穢されることを耐えました。もうすぐ、もうすぐで・・・。
「くっ!いくぞ!」
国王がそう宣言すると、私の中に汚らわしい精が放たれる。あの人以外の精を・・・。私の怒りが高ぶると同時に、私自身の身体に変化が訪れます。
「ん?何だ?」
それは私の身体を突き破るように出現しました。ピンク色をした長い物体。それらは身体の至る所から突き破り、姿を現す。
「なっ!?むぐっ!」
その内の一本が国王の顔に巻きついて口を塞ぎました。さらにもう一本が彼の身体を縛り、身動きを封じます。
「むぐぅぅぅぅ!」
「信じられないって顔ですね。でも、半分はあなたのせいですよ。私に精を注いだ・・・」
私はこの国へ連れてこられる前に、ある行商人を使ってあるものを取り寄せました。
『ローパーの卵』
私は国王に抱かれる数分前、自身の胎内に卵を埋め込んだのです。この卵は男の精を養分として発芽し、苗床となった女性は触手を生やす魔物へと変異してしまいます。そう、私はこの国の国王へ復讐するため、自ら魔物化することを望みました。
「ぐむぅぅぅぅ!」
「安心しなさい。あなたの一人息子も同じ運命を辿らせます。苦しんで殺される運命を・・・」
声を出させず、腕を、足を、ついでに穴をほじくり、最後に動かなくなるまで締め上げました。白目を剥いて動かない国王だったものをベットに寝かせ、脱ぎ捨てられた服を触手で拾い上げます。
「・・・」
初めて扱う触手を動かして、まるで従者によって着せられるかのように服を着る。不意にあの人の面影が触手と重なりました。でも、私には次にやらなければならないことが・・・。
我儘な王子も同じく抱いている最中に、締め上げて絶命させました。これでこの国は支えを失い終わるでしょう。私は何事も無かったかのように、この国を去りました。風の噂で知りましたが、あの後、王族が居なくなったことをきっかけに、別の国が占領し、私の故郷の国と同盟を結んだそうです。
でも、最早、私にとってどうでもいい話でした。あれは私個人がやった小さな八つ当たりにしか過ぎません。やり遂げた感覚すら、虚しかったからです。
ザァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ・・・
また、雨の降る音で私は目覚め、上半身を起こします。日もまだ暗い夜明け前、今日も雨が降り続けています。ベットから降りて、洋服ダンスからあのお気に入りのローブを取り出しました。
あの頃、私が気に入っていた服と似ているデザインのプリンセスローブ。アラクネの店主と話し合って、作って貰ったオーダーメイドの服です。
あの頃、王女さまに憧れて作って貰った服は、故郷を出る前に焼却処分しました。名残惜しくもありません。もう、見てくれる人はいないのですから・・・。
服を着替え、いつものように傘を持って外に出ます。そういえば、雨の日の思い出がありました。この街に来る前・・・。
私が魔物化して間もない頃、当てもなく彷徨っていると、雨の匂いがしました。ゆっくりとその場所へ向かうと、ちょうど雨が降っているこの街へ辿り着いたのです。ちょうど、喉を潤したかったので、触手を出せるだけ出して、水分を吸収していました。
「・・・・・・おいしい」
身体に直接当たる雨も、普通に飲む水より美味しかったです。口元に滴る雨水を舌で舐めとっていましたら、不意に後ろから声を掛けられました。
「あなた、大丈夫?」
「・・・?」
振り返って見ると、そこにいたのが、傘を差した蛇の女性マミちゃんでした。この辺では見られないローパーの存在を、不思議に思った彼女が思わず声を掛けたそうです。その後、事情を知るべく、マミちゃんの自宅へ連れて行かれました。
「あなた、名前は?」
「名前・・・そうですね。何にしましょうか?」
「えっ、名前無いの?」
その時の私は正直、昔の名前を捨てたかったです。そこで私は思いつきで考え、レリゼと名乗りました。
「ふぅん、じゃあ、私はマミ。よろしくね、レリゼ」
「はい、マミちゃん♪」
「ちゃ、ちゃん付けは・・・ちょっと・・・」
彼女と出会い、その紹介で自警団の隊長さんと出会い、洋服店のアラクネさんと出会い、様々な出会いをしたおかげで、私はこの街に滞在しています。
「今日もおいしい雨ですね〜」
傘を差して、スカートの隙間から、いくつか触手を出して水分を吸収。この地域は数週間に連続で雨が降る時期があります。しかも、夜明け前に高い確率で降ることが多い。スライムなどの魔物にとって、これほど恵まれた土地は珍しいです。
「・・・・・・」
ある街の通りで私は足を止めました。ここは以前、私が雨の散歩中にマミちゃんが泣き崩れていた場所。彼女は大切に介抱していた少年を傷付けてしまったと嘆いていました。ですが、あの少年は彼女を探し、精一杯の力で声を出せるようになったのです。
あの子は私たちが思っていた以上に強い子でした。あの時、私は少年が羨ましかったです。私にも・・・あれほど強い意志があれば・・・あの時・・・。
似た者同士の彼と出会い、隠れて愛し合っていた頃、ある草原で彼と一緒に散策していました。途中、予期せぬ通り雨に遭い、近くの大木で雨宿りすることに。
「酷い雨ですね」
「スカートが泥だらけです・・・帰ったら着替えませんと・・・」
あの時の雨はおいしくありませんでした。ですが、二人だけの時間を作ってくれた嬉しい雨でもあり、私はあることを彼に話しました。
「私と一緒に別の場所で暮らしませんか?」
「お嬢様・・・」
「両親には内緒で抜け出して、何処か静かな場所で暮らしましょう」
「しかし・・・」
「王女さまになることが私の夢でしたが、今はあなたと一緒になることが・・・」
「だめです、お嬢様」
拒否の言葉に私は驚き、言葉を失いました。
「あなたの夢は僕の夢でもあります。ですから、簡単に夢を諦めないでください。王女さまになって、その従者になるのが僕の夢です」
「でも、このままだと・・・私も・・・あなたも・・・」
「僕もあなたのことが好きです。でも、夢を見続けている姿を失わないでください」
「夢の・・・私の・・・姿?」
「夢を見続けている姿は輝かしく、どんな王女さまよりも美しいです。そんな王女さまに仕えることが僕の夢。いつまでも輝いていて欲しい」
嬉しかった。私の夢を。周りは子どもらしい理由だと言うが、彼だけは私を解ってくれた。私の憧れを応援してくれる。でも・・・気が付かない内に雨が止んでいた。
「お嬢様、行きましょう。濡れた服を着替えませんと・・・」
この後、彼と屋敷まで帰り、着替えていつも通りの日常を過ごしました。そして、就寝の際、付き添ってくれた彼が、私が見た彼の最後の姿でした。
「・・・・・・」
あの雨の日、もっと強く一緒に居たいと彼に言っていれば、今の私はいなかったでしょう。ですが、嬉しさともどかしさで言えませんでした。
「そう、あの子のように強くはなかったです」
涙が出ない。まるで喉が渇いているかのように、出せなかった。彼が亡くなったとき、両親に売られたとき、国王に犯されたとき、魔物化したとき、その国王と王子を殺したとき、虚しくなったとき、雨を身体に染み込ませても、出ることはありませんでした。
「私の代わりに誰か泣いているのでしょうか?」
遠くの空を見ると薄らとしか明かりがなく、日の出までもうしばらく時間があるようです。
「もうしばらく歩きましょう」
その場から再び歩き続けようと一歩踏み出した瞬間、向こうから何かがやって来ることに気付きました。
「?」
その足音は何か硬いもので歩いているような音です。稀にこの街の魔物の住人と出会うことがありましたが、大抵がスライム種なので音が全く違います。一体何でしょう?
「・・・」
「・・・」
現れたのはショートカットの女性の姿。違う、よく見ると、それは手足と顔の右半分が骨でした。
スケルトン。亡くなった女性が魔力によって魔物化したアンデットの一種だそうです。この辺りでは見かけることのない存在なので、珍しいですね。
「こんばんは、見かけない方ですね」
「・・・」
「あの・・・どうかされましたか?」
「・・・」
スケルトンの女性は私をじっと見つめ続けていました。その視線はまるで何かを見つけたような目。彼女はゆっくりと口を開いて、しゃべり始めました。
「ヒメサマ・・・」
「えっ!?」
「ヒメサマ・・・オクレテ、モウシワケアリマセンデシタ」
「ど、どういうこと?あなた・・・一体・・・」
彼女の言ったこと。姫様?どういうことでしょうか?初めて出会うはずのこの魔物は・・・まるで私のことを知っているような・・・。
「キガツイタラ、センジョウノ、シタイオキバニイマシタ。オキアガッテ、ヒメサマノヤシキヘイキマシタガ、ベツノクニヘムカワレタトキキマシタ」
「えっ、それって・・・」
「ソノクニヘイキ、コンドハヒメサマガコクオウヲサツガイシ、スガタヲケシタトオシエラレ、ソコカラアテモナク、サガシツヅケマシタ」
国王を殺したことまで!?これは紛れもなく私のことを指しています。
「あなた・・・あなたは、もしかして・・・」
「ヒメサマ、ズットサガシツヅケテイマシタ」
「・・・」
彼女は私のことを知っていた。そして、私も彼女のことを知っていた。綺麗に整った女の顔でしたが、はっきりと彼の顔が浮かび上がります。二度と見られないと思っていた面影。
「随分と痩せましたね」
「ホネデスカラ・・・」
「記憶は大丈夫ですか?」
「ナマエイガイハ、ナントカオボエテイマス」
私も昔の自身の名前はすでに忘れてしまいました。彼の名前は覚えていますが、伝えるべきでしょうか?
「ヨロシケレバ、ヒメサマガワタシヲ、ナヅケテイタダイテモヨロシイデショウカ?」
私が彼女の名前を決める?
そうだ。
私は・・・。
彼女は・・・。
昔の自分自身を失った。
なら、彼女に与えるべきものは・・・。
「分かりました。あなたの名前は・・・」
ある日の朝、私はベットから起き上がり、窓に目を向けます。すでに朝を迎え、晴れた日差しが眩しかったです。
「おはようございます。姫様」
「おはよう、シャラ」
隣で立っていたのは侍女服を着たスケルトンの女性。彼女は礼儀正しく、私に挨拶しました。私がベットから立ち上がると、彼女は素早く洋服ダンスへと向かいます。
「今日のお召し物は?」
「いつもの服で」
「かしこまりました」
そう言って、彼女は私のお気に入りのプリンセスローブを手に取り、私はネグリジェを脱ぎ始めます。彼女に服を着せられながら、今日の予定を尋ねました。
「シャラ、今日は何を?」
「今日、姫様は非番の日でございます。ですので、ご自宅でお茶をされるか、街を散策されてはいかがでしょう?」
「ん〜どうしましょう・・・」
しばらく考え込んでから、私はあることを彼女に提案しました。
「それじゃあ、買い物に行きましょう」
「えっ?ですが、食材などの雑務は・・・」
「ついでに洋服店も行きます。買い物くらい一緒にいいでしょう?」
「・・・分かりました。お供させていただきます」
朝食を食べて、彼女と一緒に出掛けました。その途中、マミちゃんとカル君に遭遇。若妻のように可愛らしいマミちゃん。初めて会ったときより、逞しくなった目を持つカル君。羨ましいカップルですね。
「おはようございます。マミちゃん♪カル君♪」
「お、おはよう、レリゼ、シャル」
「レリゼお姉さん、シャラお姉さん、おはよう」
「おはようございます。マミ様、カル様」
「お二人も買い物ですか?」
「うん!マミが、ハンバーグ作ってくれる!」
あれから、カル君も元気よく話せるようになりましたね。こういう男の子が私の相手だったら・・・。
「レリゼ・・・」
おっと、いけません。マミちゃんの嫉妬光線がじりじりと熱いです。流石、ラミアの上位種、油断できませんね。
「マミ、どうしたの?」
「な、何でもないわ、カル」
「ふふっ、そんな可愛らしい目で見なくとも、カル君を取ったりしませんよ?」
「うっさい!ちょっと、只ならぬ雰囲気があったから・・・」
困っているマミちゃんは本当に可愛らしいです。
「レリゼとシャラも買い物なの?」
「そうですよ、一緒に行きましょうか?」
「そ、それは・・・ちょっと・・・」
「マミ、みんな一緒がいい。だめ?」
「うっ、カル・・・」
あらあら、カル君につぶらな瞳で見つめられ、お願いされるなんて。髪の蛇たちもたじろいでいますね。結局、彼女はカル君の頼みを断れず、私たちと一緒に買い物へ向かいました。
「ところでマミちゃん。カル君と授乳プレイをしていると聞きましたが・・・」
「何で知ってるの!?」
「シャラがカル君から聞いて、それを知ったシャラから♪」
「ちょっと、カル!何で教えるのよ!?」
「どうやったら、お乳出るか、聞いたの」
「まさか・・・」
「赤ちゃん、作ろう、マミ♪」
にっこり笑うカル君を余所に、マミちゃんは顔を赤くして湯気が立ってしまいます。
食材を市場で選んでいる最中に、マミちゃんが話し掛けてきました。
「レリゼ、あのスケルトンのシャラって、あんたの何なの?」
「私の従者ですよ?」
当然のように答えるも、納得いかない表情で品定めしているシャルを見つめるマミちゃん。
「突然、やって来て、あなたの身の回りの世話までしてくれるなんて、只の知り合いとは思えないんだけど・・・」
「昔、似たような夢を持つ者同士でした」
「それって、王子さまと添い遂げること?」
「いいえ、違います♪」
「どういうことよ?」
私の否定に対し、彼女はさらに困惑してしまいます。
「でも、素敵な王子さまがやって来ることは、シャラと一緒に望んでいますよ」
「そうなんだ」
「それまでシャラの身体で堪能させて貰っています♪」
「・・・何してるの?」
恐る恐る聞いてくるマミちゃん。
「私の触手でシャラの身体を縛り、彼女の胎内に卵を産み付けます。その後、シャラの産卵を間近で鑑賞・・・」
「もういい、聞きたくないわ」
私たちの秘め事はマミちゃんには、少し刺激が強すぎたようです。真っ赤になった彼女は野菜を見に行きました。近くにいたカル君が近寄ってきて、私に話し掛けてきます。
「レリゼお姉さん、お姫様の恰好、綺麗だよ」
「あら、ありがとう、カル君」
「シャラお姉さんは、お姫様の恰好、しないの?」
「ああ・・・シャラはね・・・」
彼女を眺めながら、私はカル君に答えます。
「あの恰好になることを望んでいたのですよ」
「望んで?」
「そう、私もお姫様になることを望んで・・・この恰好をしています」
「そうなの?」
「ああ―!レリゼ!また、カルに!」
私たちが話し合っていることに気付いたマミちゃんが、尻尾でカル君を捕らえて引き寄せてしまいました。そんなに警戒しなくても・・・ちょっと悲しいですね。
「・・・・・流れませんね、こんなことでも涙が・・・」
渇き続けている私の涙腺。また、雨で潤してみましょう。
“私たちの夢”ですか・・・。
それは・・・。
「もう、すでに叶えましたから・・・」
11/11/23 21:23更新 / 『エックス』