癒し舐める長き者
此処はある親魔物領の街で、通りのど真ん中。
今、私の周りには剣を持った男たちが取り囲んでいる。
「このアマ〜叩きのめしてやる!」
モヒカンの男がイラついて剣を振り回して威嚇してきた。なんて無駄のある動きだ。
「あらあら、おいたはいけませんよ〜」
私の隣にいるピンク色のプリンセスローブを着た女性がおっとりとした口調で注意を促す。
「うりゃあああ!!」
「あら、そうきます?」
「え?んぎぎぎぎぎ!?」
突然、斬り掛かった男が、隣の女性のスカートから生えた触手によって拘束された。そう、彼女はローパーのレリゼ。私の親友でもあるが、少し変わった感覚の持ち主でもある。
次々、レリゼに襲い掛かった男たちは触手で拘束されて、気絶するまで締め上げられていく。
「やろおおおおお!」
「アンタ、馬鹿じゃない?」
今度は私に向かってきた男がいたので、自身の尻尾で蠅のように地面へ叩き潰した。まともに喰らった男は痙攣しながら白目を剥いている。
「うわっ、ひっどい顔・・・」
「私の好みでもありませんね」
思わず愚痴ると、残った一人が逃げ出した。
「あっ、待ちなさい!」
「あら、私を置いてかないで〜」
「レリゼはこいつらを縛っていて!私はアイツを追うわ!」
「そんな〜」
不満の声を出す親友を置いて、私はすぐさま素早い蛇行で男を追いかけた。もう少しで追いつこうとした時、そいつは近くで歩いていた人間の少女を捕まえてナイフを突きつける。
「近寄んな!近寄れば、こいつを刺すぞ!」
「ひっ!」
悲鳴を上げる少女の声を聞いて、私のフラストレーションが一気に高まった。
「アンタ、そんなことして無事に助かるとでも思っているの?」
「へ?」
「その子に手を出せば、無事に済むと思ってんの!?」
「ひっ!?」
「無駄よ」
悲鳴を上げる男の目を見つめながら、自身の目に魔力を籠めて飛ばす。すると、男の身体は動かなくなり、声も出せなくなる。私はお構いなしに近づいて、少女を抱え上げた。
「もうこのおじさんは動けないから、大丈夫よ」
「あ、ありがとう・・・蛇のお姉ちゃん」
救い出した少女は感謝しながら、私の胸に抱きつく。
私の名はマミ。メドゥーサと言われる蛇の魔物だ。二つに縛った髪の先は複数の蛇となり、腰から下は巨大な蛇の尻尾となっている。そして、先程の男を金縛りにさせたのも、種族としての特技“石化の視線”生きてるものなら視線を合わせるだけで、運動神経を麻痺させる私の得意な技。
ここはこの街の警備や依頼された討伐などを行う者たちの自警団本部。私はここに所属するメンバーの一人である。主に治安活動や盗賊などの輩の制圧が日課となっていた。
「よう!お疲れ、マミ、レリゼ」
「お疲れ、おやっさん」
「お疲れ様です〜」
この中年の男性は、自警団のリーダーの一人で元は鍛冶屋だったのだが、今ではサイクロプスの女性と結婚。それでも鍛え上げられた筋力はミノタウロス並みだと言われている。どんな化け物よ・・・。
「相変わらず・・・レリゼは派手なローブを着てるな。がははははは!」
「本当に飽きないわね、あなた」
「だって、いつか来る王子様のために用意してるんですもの♪」
それは玉の輿を狙ってるんじゃなくて?まぁ、深く追求したら、ややこしそうなので聞かないことにする。服もただの生地ではない。ウエディングドレスなどを作ってくれる一流のアラクネ職人の逸品である。それならプリンセスローブじゃなくてウエディングドレスの方が手っ取り早く結婚できるじゃない。
「そうだ、お前さんたちに報告しなきゃいけないことがある」
「何?」
「お見合いですか!?」
あなた、何期待してるの?そんな彼女を無視して、おやっさんはある洋紙を取り出す。そこには重要依頼書と書かれていて、私たちを含めた自警団のメンバーの名前が複数書かれていた。
「明日、この付近に誘い込んだ奴隷商人の一行がやってくる。隣町の自警団、遠方のギルドの傭兵たちと共同で制圧する」
「いよいよ来たのね・・・」
「あらあら、どれだけお腹を膨らませたお人でしょうかね?」
この奴隷商人たちについては、私も噂で聞いたことがある。数々の村や旅人、行商人の団体などから略奪を繰り返し、そこから得た物や奴隷にした人たちで稼いできたらしい。非道的なことをし続けるこの者たちは、遂に賞金が賭けられることとなった。
奴らは腕のある傭兵などを雇うなどして、防衛力も身に付けている。そのため、奴らにスパイとして間者の傭兵を雇わせて、力を徐々に奪うことにした。今回、奴らは安全地帯の反魔物領へと移動中であったが、それも細工してこちらの用意した罠に誘い込んだのだ。
「奴らの中で一番腕のある奴がいたが、ついさっき暗殺に成功したと報告があった」
「なら、向こうは歯の抜けた犬同然ね」
「たぁぁぁっぷり可愛がれそうですね〜」
「どう可愛がるの?」
「殿方の不浄の穴に・・・私のぶっとい・・・ぽっ」
ある意味拷問ね、それ・・・。まぁ、私も奴らのやり方にイラついてるし・・・本気で痛めつけてやろうか。
当日の早朝、私たちは複数で待ち伏せを行い、例の商人たちを襲撃した。腕の立つ用心棒はほとんどおらず、しかもスパイの傭兵も多数いたので制圧は簡単だった。結果、呆気なく、首謀者含めて多数の輩を捕らえることに成功した。
「準備が良すぎたかもね」
「でもこれでようやく根源が潰せましたよ〜」
捕らえられた悪人たちは転移魔法で連れて行かれた。残った馬車の中にある私物や品物は、私たちで運ぶこととなる。その中には奴隷となった人間や魔物も複数いた。
「酷いものね・・・」
幼い子どもたちや、虐待された女性が複数目に入る。正直、見ていられなかった。彼らは控えていた救護メンバーに介抱される。
「・・・・・・!?」
もう、残っていないか馬車の中を確認していると、信じがたいものが私の目に入った。
「・・・」
「・・・男・・・の子?」
一番奥に小柄で歳は10歳にも満たしていない少年が座っていた。やせ細っていて、身体のあちこちは虐待を受けた傷が生々しく残っている。それよりも衝撃だったのは、まるで死人のような生気の無い瞳だった。
「大丈夫!?」
「・・・」
「ねえ、生きてる!?」
「・・・」
「!」
近寄って確認すると、微かに息をしていた。それでも何時消えてもおかしくない状態であることに変わりはない。私はすぐさま、その子を抱えて馬車から降りた。
「あら、どうし・・・」
「レリゼ!救護メンバーは!?」
「え、あっちにいるけど・・・って、マミちゃん!何処へ・・・」
親友の言葉を最後まで聞かず、私は急いで少年を運んだ。なんて軽いんだろう。とても普通とは言えない状態だった。
しばらくして、救護メンバーの医者である白衣を着た青年が少年を介抱してくれた。もう少し遅ければ、栄養失調で息絶える寸前だったらしい。小さすぎる命が救われ、私はそっと胸を撫で下ろす。
「でも、これはまずいかもしれない」
「え、どういうこと?」
白衣の青年の発言に疑問を抱いていると、彼は指先を魔力で光らせて、少年の顔の間近で左右に揺らす。少年はゆっくりとその光を目で追いかけるも、相変わらずの光の無い目をしていた。これは一体・・・。
「この子は恐らく、精神的なショックが大き過ぎて、それに耐えられず、心を閉ざしてしまっている」
「そんな・・・」
「しかも・・・声が出ないようだ」
「・・・」
「!?」
彼の言ったことが信じられなかった。そこまでこの子の心は壊されてしまったの?すがる思いで彼に尋ねた。
「治る・・・の?」
「分からない。どれくらい傷ついているか、解らないじゃ・・・手の打ちようが・・・」
「・・・」
「何か・・・あるはずでしょ!?」
「すまない・・・こればっかりは・・・」
彼自身も悔しさの表情を浮かべているのが見えた。本当は助けたいのに、何もできないと後悔しているのだろう。
街に戻り、奴隷になっていた人たちをどうするか、皆で相談した。ほとんどが居場所を失った者たちであるため、自警団のメンバーで保護することに決まる。そんな中、私はあの少年のことが頭から離れなかった。
「この子は?」
「精神的に病んでいる少年だ」
「酷い状態だな」
「この子はどうす・・・」
「私が引き取る」
私自身でも信じられなかった。でも、思わず手を上げて名乗った時点で、後に戻ることはしたくなかった。
「本気か?」
「ええ、本気よ。おやっさん、いいわね?」
「マミがそう言うんなら仕方ないが・・・」
「マミちゃん、大丈夫?」
「心配しないで、レリゼ」
私は少年を抱きかかえて、立ち去ろうとした。途中で、さっき彼を助けてくれ医者が「もし、何かあれば治療に協力しよう」と申し出てくれた。他にも同じメンバーが手助けするなど言ってくれ、涙が出そうになる。
自宅に連れ帰り、まず風呂場で汚れた身体を洗ってあげて、貰った服を着せてベッドに寝かせる。未だに糸の切れたマリオネットのように座る少年。どうしたら、治せるのだろうか。取り敢えず、この子に向かって話しかけてみる。
「私はマミ。君の名前は?」
「・・・」
「痛いところとかない?」
「・・・」
「お腹空いてる?それとも眠い?」
「・・・」
他にも色々と何処に住んでたか、家族はいる?などを尋ねるが、何も言い返さず、微動だにしなかった。確か・・・声が出せなかったんだっけ?それもあるから仕方ないか。ちょうど昼前だし、スープでも作ってあげよう。
簡単にできたコーンスープを用意し、スプーンを使って口元に運んであげた。少年の口の中に注いであげると、吐き出したりもせずに飲み込んだ。私はここであることを確信する。
『この子はまだ生きようとしている』
そう思うと、希望が湧いてきた。この子はきっと元に戻れると・・・。
結局、一日中、この子の相手で日が暮れてしまった。どうしようか・・・。不意にあの子の様子を見てみると、眠そうな素振りを見せている。
「眠い?寝ていいのよ」
「・・・」
「寂しいの?」
「・・・」
程無くして、小さな寝息を立てながら少年は眠りについた。やせ細った頬ではあるが、その寝顔は愛らしかった。何故、この子がこれほど虐げられる必要があったのだろうか?行き場のない怒りが込み上げてくる。
「絶対、私が何とかしてみせる」
翌日、まさかオネショをされるとは予想してなかった。
それから毎日、外では自警団の活動し、家に帰ってはあの子の世話に付きっきり。食事はおろか、着替えやお風呂、トイレなどの身の回りの世話をすることに。正直、キツイと思ったが、今あの子を支えてやれるのは私しかいないと言い聞かせる。
周りの人たちも事情を知り、お裾分けなど気遣いをしてくれた。親友であるレリゼも、たまに私の替わりで世話をしてくれた時もあった。
「将来、いい王子様になりそうだし♪」
「この子は餌じゃない!」
「んもう、怒らないで。冗談よ」
親友のジョークに髪の蛇たちも威嚇し始める。一週間経っても、未だに自身で動くことをしない少年。このままでいいのだろうか不安になっていた時、ある出来事が起きる。
ある日の夜、私はちょっとした用事を終えて帰って来ると、テーブルの椅子にあの子が座っていた。出掛けるちょっと前に、あの子はベットで寝ていたはずだった。それが何故か、移動していた。
親友か誰かが訪れたのだろうかと思っていると、目の前で少年が立ち上がる。
「えっ?」
「・・・」
驚いてその子を見ていると、私に近づいて手を引っ張ったのだ。
「・・・」
「君・・・動け、るの?」
「・・・コク」
「!」
私の問いに少年は相槌で答えた。嬉しい気持ちで一杯だった。遂にこの子の自我が目を覚ましたのだと。この子は私の手を引っ張り、寝室に連れて行く。どうやら寝たいようだ。
「ん、どうしたの?」
「・・・」
「え、まさか・・・一緒に?」
「・・・コク」
予想外の誘いにビックリするが、まだ幼いから当たり前のことだと思った。私はこの子の隣へ横たわり、お互いが向き合うように寝そべる。この子の虚ろな瞳が私を逃さないよう見つめていた。私は思わず、微笑んでしまう。髪の蛇たちも喜びの鳴き声を上げる。
「・・・?」
あの子は不思議そうな顔で、私の髪の蛇にゆっくりと手で触れた。触れられた蛇はその子の手に頭を摺り寄せる。私はここであることを思いついた。
「君の名前・・・教えてくれる?」
「・・・ぶんぶん」
「!?」
「・・・ぶんぶん」
「そう・・・」
首を振って拒否する少年。何故、名前を教えてくれないのだろう。
「もしかして、思い出したくないの?」
「・・・ぶんぶん」
「それじゃあ・・・名前が解らないの?」
「・・・コク」
「!」
自身ですら覚えていないのだろうか?とにかく、どうしようか考えてみる。そこである考えをこの子に聞いてみた。
「私が名前を付けようか?」
「!・・・コク」
「じゃあね・・・そうだな・・・ん〜」
「・・・?」
いざ考えてみると、いい名前が思いつかない。咄嗟に考えた名前を聞いてみる。
「ごめんね、名付けは得意じゃなくて・・・カル・・・なんてどう?」
「・・・コク」
「え、ホントにいいの!?」
「・・・コク」
「じゃあ、今日から君の名前はカル。よろしくね、カル♪」
「・・・コク」
その日から、この子は・・・カルは普通の暮らしを徐々に取り戻していった。後日、親友や知り合いを含めた人たちがカルの様子を見て驚く。中でも以前、カルを助けてくれた医者の青年は「信じられない」と目を疑っていた。
「私が頑張った成果よ!」
「あらあら、すっかり自分のお手柄にしちゃって・・・それにしても可愛いわね♪」
「!」
「ああっ!?レリゼ!カルに触手を巻きつかせないで!」
「あら、ごめんなさいね」
冗談にしては胆が冷える行動だ。親友から奪い返し、抱きかかえたカルは少し怯えていた。
「今度やったら、三日間、石にするわよ!」
「うふふ、それはご遠慮するわ♪」
「全く・・・」
たまにちょっかいされながらも、あの子は普通の子どものような暮らしを取り戻しつつあった。ただ一つを除いて・・・。
いつものように医者の所へ通院する。あの子を別室で待たせて、医者の青年と話す。
「やっぱり・・・しゃべれないかい?」
「ええ、一言も・・・」
カルは未だに言葉を発しなかった。それは本人も望んでいないことである。実際、カルは必死になって口を開け、大声を出そうとしていた。それでも、その可愛らしい喉から少しも音は出なかった。
「でも、喉は潰れてないんでしょう?」
「身体的にはね・・・」
「身体的?」
「問題は精神的な傷。恐らく、目の前で信じがたいものを見てしまったかも知れない」
「それって・・・」
「例えば、自身の親を殺され・・・その記憶を消すかのように自身が何者なのか、忘れてしまう症状などある」
「そんな・・・」
ありえる話だ。現にあの子は名前を覚えていない。それほど信じがたいことをされたのは間違いないだろう。
「治すにはそれ相応のショックを与える方法もある」
「それって・・・だめ!それはできない!」
「そうだな。あんな幼い子にそれをする訳にはいかないな」
そこまでして助けるにはリスクが大き過ぎる。それはもう一度、虐待を受けろというようなものだ。折角、幸せに生きているのに、そんなことは出来るはずはない。
「私はあの子を守っていきたい。だから、傷付けるようなことは・・・」
「そうだね・・・でも、気を付けてくれ」
「え、どういうこと?」
「ショックのきっかけはいつ来るか分からないからだ」
「・・・」
そうだ。日常でも何があるか分からない。注意して行動しないと・・・。
ある日、自警団本部である話をおやっさんから聞いた。
「あの奴隷商人たちがどうなったか、教えてやろう」
「どうなったの?」
「恐らく、廃人決定だろうな」
「どういうこと?」
詳しく聞くと、まず人魚の血で延命させて、次に私たちメドゥーサやコカトリスなどの石化能力で、意識を保ったまま石にする。その後、雪山の奥深くに幽閉放置。人魚の血で数百年は生きられるが、長年動けず寒い場所で放置されたら・・・。
「いい気味ね」
「えげつねえやり方だが・・・」
「当然のことよ・・・カルを廃人化させようとした罰よ。あいつらもそれを味わえばいい」
「余程、あの坊主のことを気に入ったみたいじゃねえか?でも、気を付けろよ」
「何によ?」
「お前さんが魔物であることだよ」
「・・・」
その日、私はカルと夕飯を食べながら考えていた。おやっさんの言ったこと。魔物である私。それは男であるカルを襲うかもしれないことだ。最初は馬鹿馬鹿しいと思っていた。その時までは・・・。
カルを保護してから一年が経とうとしていた。相変わらずしゃべれないが、幼き瞳には力強い光が宿っていた。そう、声が出ない以外は普通の子どもとして生活できるようになったのだ。
「・・・♪」
「凄く懐いてますね」
「当然、お姉ちゃんとしての教育がいいからよ!」
買い物途中で出会った親友へ、得意気に威張って見せた。親友は呆れてため息を吐くけど、私は気にしない。最早、当たり前のできごとだから。
「マミちゃん・・・」
「何?レリゼ」
「普段からずっと一緒なの?」
「ええ、そうだけど・・・どうしたの?」
普段見ない親友の変わった態度に、私はなんとなく不快を感じた。
「一度開けてしまったら塞げなくなる。それだけは気を付けてね」
「へ?レリゼ。何を・・・」
意味不明なことを言い残し、親友はその場を立ち去る。
「・・・?」
「な、何でもないわ。大丈夫よ、カル」
不安な表情をするカルの頭を撫でて、私たちは家に帰宅した。
カルが食器を洗っている際、私は洗濯物を洗い始める。その作業中、私はカルのパンツを手に取った。昨日履いていたパンツで臭いが漂っている。
「さて、これもあ・・・」
水桶に入れて洗おうとした瞬間、私の鼻に得体の知れない感覚が伝わる。嗅いだことのない香ばしい臭い。洗うのには勿体なさ過ぎる臭い。
「・・・これから?」
手にしたカルのパンツを顔に近づけると臭いが増してくる。パンツを裏返して見ると、そこには白い液体が付いていた痕があった。すでに乾いているが、臭いの元はこれだと確信する。
「ぁ・・・」
気付けばそれを舐めようと舌を伸ばしていた。慌てて止めようとするが、どうしても味わいたい思いが強まる。とうとう我慢できず、私はそれをぴちゃぴちゃと舐めてしまう。髪の蛇たちも我先にと群がって舐めようとした。
「・・・」
「・・・ん?・・・わあああ!!」
後ろの気配に気付いて振り向くと、カルが私の背後で立っていた。さっきの行為を見てしまったのだろうか?
「・・・?」
よく見ると、不思議そうな顔をして私を見ていた。ひょっとして、解っていないのだろうか。何にせよ、うやむやした方がよさそうだ。
「カ、カル・・・食器は洗ったの?」
「・・・コク」
「そ、そう・・・じゃあ、そこの洗った洗濯物を干してくれる?」
「・・・コク」
素直に返事して洗濯物を干し始めるカル。なんで私はあんなことをしたのだろうか。疑問に思いながらも、さっきのパンツを洗うことにした。
その日の夜、いつもの如くカルと一緒にベットで寝ていた。何事もなく寝れるはずだった。
「な、なんで?」
何故か、カルから目が離せなかった。そればかりか、カル自体がいつもより愛らしく見えてしまう。髪の蛇たちが擦り寄ろうと首を伸ばしている。
「だ、ダメよ・・・カルが起きちゃう」
両手を使って蛇たちを抑える。それでも蛇たちは諦めきれず、必死になってカルに向かった。仕方なく、カルから少し離れる。自身の心臓の鼓動が耳に響いてくる。私はそっとベットから降りて、台所へ水を飲みに行った。
「はぁ、はぁ、はぁ・・・ごくん」
少しだけ治まり、今日はテーブルでうつ伏せになって寝ることにした。
その日から毎日、カルのことが気になり始め、寝るときは必ず思いっきり抱きしめたくなるほど鼓動が激しくなる。どうしようもならないくらい身体が熱くなってしまう。
私は知り合いに頼んでベットをもう一つ仕入れた。そして、ベットの届いたその日から、カルに別々で寝ようと告げる。唐突の離れて寝ることに、カルは首を振って反対した。
「カル・・・一緒に寝るのはいいけど、一人でいなきゃいけない時が来る。それが何時かは分からない。だから、今のうちに慣れていて欲しいの」
「・・・」
「私も嫌だけど・・・あなたにはもっと強く生きて欲しいの。だから・・・お願い」
「・・・コク」
何とか説得に成功するも、少し胸が苦しかった。けれども、そうするしかなかった。私が過ちを犯さないためにも・・・。
数日後、喉の渇きのような飢餓感が私を苦しめた。何とか抑えようと、水を飲んだりして治そうとする。知り合いの魔法に詳しいイグニス使いに頼んで、欲求を抑える薬を処方して貰った。
それでも・・・私は胸が苦しかった。
「・・・」
「カル・・・ごめんね・・・ちょっと病気になっちゃって」
「・・・」
「あっ・・・」
カルは私に抱きついて泣き始めた。カルには分かっていたのだろう。すでに私の髪の蛇たちは元気なく垂れ下がって寝ているのだから・・・。親友や知り合いも心配してくれたが、これは私自身の戦いでもある。この子のためなら・・・例え・・・。
あれから数週間経ったある夜、私はあまりの暑さに起きてしまう。頭が回らない。何だろう。身体全体が熱い。ふと窓を見ると、大粒の雨が降り続けていた。
「そうだ・・・この雨で少し冷やそう・・・」
ベットから降りて外に向かうため、ドアを開けて部屋を出る。その時、香ばしい匂いが私の鼻に入って来た。何だろう、これ?ちょっと吸っただけで暑さがマシになる。こっちの部屋から漂ってくる。この部屋はカルの寝ている場所だ。
「ちょっとお邪魔するね」
ゆっくりドアを開くと、私の身体に衝撃が走った。
「カル・・・」
目の前に寝ているカル。それが信じられないほど美味しそうなごちそうに見えた。躊躇せず、私はカルに覆い被さった。
「はぁ、はぁ、はぁ・・・んむぅ」
「・・・!?」
すかさず、カルの唇を奪う。美味しい、美味しすぎるその接吻に夢中になってしまう。髪の蛇たちもカルの頭にキスし続ける。
「ぴちゅ、んぅ、んむう!」
「!?・・・!・・・!」
カルは突然の出来事に目を丸くする。私はお構いなしに、右手でカルのズボンをパンツごと脱がす。
「!?」
裸にされた下半身には可愛らしい生殖器があった。私はそれを手で擦り始める。
「!・・・!・・・!」
「ふぅ・・・おっきくなったね」
それが膨張しきったことを確認して、私の秘穴を覆っている腰の前掛け外す。もう我慢出来なかった。
「くぅ!あっ!ああ・・・」
「!・・・」
自ら腰を落として、カルの怒張で私の純潔の秘穴を貫いた。処女の証である鮮血が私とカルの繋がった隙間から流れ出る。痛みは一瞬で、あとは蕩けそうな快感だけだった。
「ああ、あぅ、はあっ!」
「!・・・!・・・!」
腰を揺さぶり快感を味わう。無意識に私の尻尾がカルの上半身へ巻きつく。今まで苦しかった胸の痛みが無かったかのように、気持ちよかった。
「あっ!あっ!ふぁ!」
「!・・・!・・・!」
カルのものが痙攣し始める。私も限界が訪れようとしていた。今まで味わったことが無い快感が全身に行き渡った時、カルのものから熱い何かが放出される。
「あはぁぁぁぁぁ・・・」
「・・・」
お腹の辺りに熱を感じ取り、右手で撫でまわす。だけど・・・まだ、満たされない感覚だった。再び、腰を上下に動かし始める。
「!?・・・!・・・!」
「もっと、もっと、頂戴!」
窓から聞こえる雨音で目を覚ます。何だろう・・・今までの気だるさが全くない。これなら薬を飲まなくても・・・。
「・・・!?」
私は身体を起こして目を開けた瞬間、背筋が凍りついた。
「う、嘘・・・そんな・・・」
私はカルのベットで寝ていた。そして、カルも私も下半身が露出している。慌てて、近くに落ちてた腰の前掛けを手に取って付けた。
「カ、カル・・・!?」
カルの顔には涙の流れた跡があった。それを見た瞬間、昨夜の出来事が脳裏に浮かぶ。
「わ、私・・・カルを・・・この手で・・・」
犯した。しかも何度も・・・あの子の限界も知らず。犯している間、あの子は涙を流していた。まるで、昔の虐待を受けていたかのような悲痛の涙。それは、奴隷商人たちのやっていたことと同じ。“あの子を虐げた”のを自分もしたのだと・・・。
「!」
私はすぐに部屋から出て、家から飛び出した。飛び出さずにはいられなかった。降り続ける雨の中、私は濡れるのも構わず走った。只ひたすら走った。
「私は・・・私は・・・」
まだ、薄暗い日の出前。暗闇の街を走り続け、当てもなく走り続けた。やがて、力が入らなくなり、その場で止まる。
「・・・・・・カル・・・ごめんなさい・・・」
降りしきる雨が容赦なく私を打ち続けた。俯いて自身のお腹を見つめる。その時、正面から何者かが近づいてきた。
「こんな雨の中、傘も差さずにいたら、風邪をひきますよ?」
「レ・・・リゼ・・・」
スカートから触手を一本出して、その触手で大き目の傘を支える親友だった。
「どうしたのです?こんな夜明け前に・・・」
「レリゼ・・・私は・・・私は、取り返しのつかないことを・・・」
「マミちゃん・・・まさか・・・」
「カルを・・・あの子を・・・この手で、犯した・・・」
全てを悟った親友は私を傘の中に入れる。
「私は馬鹿だ。あいつらみたいにあの子を・・・」
「マミちゃん、自身を責めないで」
「レリゼ・・・」
「私たちは魔物・・・どうあがいても本能を抑えることはできませんわ」
「・・・」
「むしろ、ここまで抑えたマミちゃんは凄いと思うわ」
「でも・・・私は癒されかけていたあの子を傷付けてしまった」
「マミちゃん・・・」
本能と言えども、そんな自分勝手なことであの子を傷付けた。また、動かぬ人形のようになってしまうかもしれないあの子を・・・カルを・・・。
「本当に傷つけたの?」
「ああ、あの子は泣いていた・・・痛々しい涙を・・・」
「そう・・・なら・・・向こうで見ている子は誰かしら?」
「えっ!?」
親友の言葉に反応して後ろを向いた。するとそこには小柄な少年が立っていた。息を切らしながらこちらを見つめている。ついさっきまで見ていた・・・。
「カ・・・ル・・・・・・」
「・・・」
私を追ってきた?何故?もしかして、私を・・・。
「・・・・・・ぃ・・・」
「えっ?」
「・・・マ・・・・・・ぃ・・・」
「今のは・・・」
「マ・・・ミ・・・・・・」
「「!?」」
カル・・・あなた、声が、声が出てる?しゃべったの?そんな、まさか・・・。
「マミ・・・・・・マミ!・・・」
「カル・・・カル!」
次の瞬間、私とカルはお互いに向かって走った。手を拡げて抱きしめ合う。
「マミ、マミ、マミ・・・」
「カル!声が、声が出てるよ!あなたの声が!」
「マミ!マミ!」
「そうよ!私の名前!私の名前を言えてる!」
「マミ!!」
「カル!!」
カルも私も涙を流した。雨ですぐ洗い落とされるけど、それでも流さずにはいられなかった。カルがしゃべった。私の名前を。私の名前だけを口にしてしゃべった。
「カル・・・ごめんなさい。あなたを傷付けてしまって・・・」
「ぶんぶん・・・マミ・・・ぶんぶん」
「えっ・・・違うの?」
「コク・・・マミ・・・」
「それじゃあ、どうして・・・」
「マミ・・・」
カルの瞳には私のせいじゃないと、そう言い聞かせるような力強い意志が目に映った。
「マミ!」
「カル・・・」
私の・・・おかげ?そう言いたいの?
「コク・・・マミ!!」
「カル!!」
再び、カルの身体を抱きしめた。
髪の蛇たちも、私の尻尾も、私自身も喜びに満ちていた。
消えかけていた命を。
消えかけていた心を。
消えかけていた声を。
消えかけていた全てがこの瞬間、取り戻せた。
私が・・・全身全霊を込めて支えた小さな存在。
私の一番大切な家族だと言える存在。
私の愛しい・・・カル・・・。
きがつけば、かみのけとあしがへびのおねえちゃんがめにはいった。
ごはんやおふろ、といれ、おねむをさせてくれた。
うごきたい。そうおもったら、うごけた。
なまえがわからない。おねえちゃんがなまえをつけてくれた。
おれいがいいたい。でも、こえがでない。だしたいのにだせない。
なぜ?そういえば、ぼくのめのまえでなにかがなくなった。
ぱぱ、まま、がいなくなったひ。
へびのおねえちゃんはぼくをたすけてくれた。
でも、しばらくしてぼくをさけるようになった。
なぜ?おひめさまみたいなひとがおしえてくれた。まものだからと。
ぼくをきずつけたくないといっていた。おねえちゃんがぼくをきずつける?
どういうことだろう?でも、ぼくはしんじてる。
よる、おねえちゃんがきすしてきた。そこからぼくのおまたであそびはじめた。
つらかった。けど、おねえちゃんだからゆるせる。
だいじょうぶ、おねえちゃん。つらいけど、ぼくはがまんする。
おきたら、おねえちゃんがいなかった。なんで?どうして?
はしってさがした。おねえちゃん、おねえちゃん、おねえちゃん。
いた、おねえちゃん。えっと、なまえを、なまえをよびたい。
さけんでみた。でそうだった。もうすこし、もうすこし。
マミ
今、私の周りには剣を持った男たちが取り囲んでいる。
「このアマ〜叩きのめしてやる!」
モヒカンの男がイラついて剣を振り回して威嚇してきた。なんて無駄のある動きだ。
「あらあら、おいたはいけませんよ〜」
私の隣にいるピンク色のプリンセスローブを着た女性がおっとりとした口調で注意を促す。
「うりゃあああ!!」
「あら、そうきます?」
「え?んぎぎぎぎぎ!?」
突然、斬り掛かった男が、隣の女性のスカートから生えた触手によって拘束された。そう、彼女はローパーのレリゼ。私の親友でもあるが、少し変わった感覚の持ち主でもある。
次々、レリゼに襲い掛かった男たちは触手で拘束されて、気絶するまで締め上げられていく。
「やろおおおおお!」
「アンタ、馬鹿じゃない?」
今度は私に向かってきた男がいたので、自身の尻尾で蠅のように地面へ叩き潰した。まともに喰らった男は痙攣しながら白目を剥いている。
「うわっ、ひっどい顔・・・」
「私の好みでもありませんね」
思わず愚痴ると、残った一人が逃げ出した。
「あっ、待ちなさい!」
「あら、私を置いてかないで〜」
「レリゼはこいつらを縛っていて!私はアイツを追うわ!」
「そんな〜」
不満の声を出す親友を置いて、私はすぐさま素早い蛇行で男を追いかけた。もう少しで追いつこうとした時、そいつは近くで歩いていた人間の少女を捕まえてナイフを突きつける。
「近寄んな!近寄れば、こいつを刺すぞ!」
「ひっ!」
悲鳴を上げる少女の声を聞いて、私のフラストレーションが一気に高まった。
「アンタ、そんなことして無事に助かるとでも思っているの?」
「へ?」
「その子に手を出せば、無事に済むと思ってんの!?」
「ひっ!?」
「無駄よ」
悲鳴を上げる男の目を見つめながら、自身の目に魔力を籠めて飛ばす。すると、男の身体は動かなくなり、声も出せなくなる。私はお構いなしに近づいて、少女を抱え上げた。
「もうこのおじさんは動けないから、大丈夫よ」
「あ、ありがとう・・・蛇のお姉ちゃん」
救い出した少女は感謝しながら、私の胸に抱きつく。
私の名はマミ。メドゥーサと言われる蛇の魔物だ。二つに縛った髪の先は複数の蛇となり、腰から下は巨大な蛇の尻尾となっている。そして、先程の男を金縛りにさせたのも、種族としての特技“石化の視線”生きてるものなら視線を合わせるだけで、運動神経を麻痺させる私の得意な技。
ここはこの街の警備や依頼された討伐などを行う者たちの自警団本部。私はここに所属するメンバーの一人である。主に治安活動や盗賊などの輩の制圧が日課となっていた。
「よう!お疲れ、マミ、レリゼ」
「お疲れ、おやっさん」
「お疲れ様です〜」
この中年の男性は、自警団のリーダーの一人で元は鍛冶屋だったのだが、今ではサイクロプスの女性と結婚。それでも鍛え上げられた筋力はミノタウロス並みだと言われている。どんな化け物よ・・・。
「相変わらず・・・レリゼは派手なローブを着てるな。がははははは!」
「本当に飽きないわね、あなた」
「だって、いつか来る王子様のために用意してるんですもの♪」
それは玉の輿を狙ってるんじゃなくて?まぁ、深く追求したら、ややこしそうなので聞かないことにする。服もただの生地ではない。ウエディングドレスなどを作ってくれる一流のアラクネ職人の逸品である。それならプリンセスローブじゃなくてウエディングドレスの方が手っ取り早く結婚できるじゃない。
「そうだ、お前さんたちに報告しなきゃいけないことがある」
「何?」
「お見合いですか!?」
あなた、何期待してるの?そんな彼女を無視して、おやっさんはある洋紙を取り出す。そこには重要依頼書と書かれていて、私たちを含めた自警団のメンバーの名前が複数書かれていた。
「明日、この付近に誘い込んだ奴隷商人の一行がやってくる。隣町の自警団、遠方のギルドの傭兵たちと共同で制圧する」
「いよいよ来たのね・・・」
「あらあら、どれだけお腹を膨らませたお人でしょうかね?」
この奴隷商人たちについては、私も噂で聞いたことがある。数々の村や旅人、行商人の団体などから略奪を繰り返し、そこから得た物や奴隷にした人たちで稼いできたらしい。非道的なことをし続けるこの者たちは、遂に賞金が賭けられることとなった。
奴らは腕のある傭兵などを雇うなどして、防衛力も身に付けている。そのため、奴らにスパイとして間者の傭兵を雇わせて、力を徐々に奪うことにした。今回、奴らは安全地帯の反魔物領へと移動中であったが、それも細工してこちらの用意した罠に誘い込んだのだ。
「奴らの中で一番腕のある奴がいたが、ついさっき暗殺に成功したと報告があった」
「なら、向こうは歯の抜けた犬同然ね」
「たぁぁぁっぷり可愛がれそうですね〜」
「どう可愛がるの?」
「殿方の不浄の穴に・・・私のぶっとい・・・ぽっ」
ある意味拷問ね、それ・・・。まぁ、私も奴らのやり方にイラついてるし・・・本気で痛めつけてやろうか。
当日の早朝、私たちは複数で待ち伏せを行い、例の商人たちを襲撃した。腕の立つ用心棒はほとんどおらず、しかもスパイの傭兵も多数いたので制圧は簡単だった。結果、呆気なく、首謀者含めて多数の輩を捕らえることに成功した。
「準備が良すぎたかもね」
「でもこれでようやく根源が潰せましたよ〜」
捕らえられた悪人たちは転移魔法で連れて行かれた。残った馬車の中にある私物や品物は、私たちで運ぶこととなる。その中には奴隷となった人間や魔物も複数いた。
「酷いものね・・・」
幼い子どもたちや、虐待された女性が複数目に入る。正直、見ていられなかった。彼らは控えていた救護メンバーに介抱される。
「・・・・・・!?」
もう、残っていないか馬車の中を確認していると、信じがたいものが私の目に入った。
「・・・」
「・・・男・・・の子?」
一番奥に小柄で歳は10歳にも満たしていない少年が座っていた。やせ細っていて、身体のあちこちは虐待を受けた傷が生々しく残っている。それよりも衝撃だったのは、まるで死人のような生気の無い瞳だった。
「大丈夫!?」
「・・・」
「ねえ、生きてる!?」
「・・・」
「!」
近寄って確認すると、微かに息をしていた。それでも何時消えてもおかしくない状態であることに変わりはない。私はすぐさま、その子を抱えて馬車から降りた。
「あら、どうし・・・」
「レリゼ!救護メンバーは!?」
「え、あっちにいるけど・・・って、マミちゃん!何処へ・・・」
親友の言葉を最後まで聞かず、私は急いで少年を運んだ。なんて軽いんだろう。とても普通とは言えない状態だった。
しばらくして、救護メンバーの医者である白衣を着た青年が少年を介抱してくれた。もう少し遅ければ、栄養失調で息絶える寸前だったらしい。小さすぎる命が救われ、私はそっと胸を撫で下ろす。
「でも、これはまずいかもしれない」
「え、どういうこと?」
白衣の青年の発言に疑問を抱いていると、彼は指先を魔力で光らせて、少年の顔の間近で左右に揺らす。少年はゆっくりとその光を目で追いかけるも、相変わらずの光の無い目をしていた。これは一体・・・。
「この子は恐らく、精神的なショックが大き過ぎて、それに耐えられず、心を閉ざしてしまっている」
「そんな・・・」
「しかも・・・声が出ないようだ」
「・・・」
「!?」
彼の言ったことが信じられなかった。そこまでこの子の心は壊されてしまったの?すがる思いで彼に尋ねた。
「治る・・・の?」
「分からない。どれくらい傷ついているか、解らないじゃ・・・手の打ちようが・・・」
「・・・」
「何か・・・あるはずでしょ!?」
「すまない・・・こればっかりは・・・」
彼自身も悔しさの表情を浮かべているのが見えた。本当は助けたいのに、何もできないと後悔しているのだろう。
街に戻り、奴隷になっていた人たちをどうするか、皆で相談した。ほとんどが居場所を失った者たちであるため、自警団のメンバーで保護することに決まる。そんな中、私はあの少年のことが頭から離れなかった。
「この子は?」
「精神的に病んでいる少年だ」
「酷い状態だな」
「この子はどうす・・・」
「私が引き取る」
私自身でも信じられなかった。でも、思わず手を上げて名乗った時点で、後に戻ることはしたくなかった。
「本気か?」
「ええ、本気よ。おやっさん、いいわね?」
「マミがそう言うんなら仕方ないが・・・」
「マミちゃん、大丈夫?」
「心配しないで、レリゼ」
私は少年を抱きかかえて、立ち去ろうとした。途中で、さっき彼を助けてくれ医者が「もし、何かあれば治療に協力しよう」と申し出てくれた。他にも同じメンバーが手助けするなど言ってくれ、涙が出そうになる。
自宅に連れ帰り、まず風呂場で汚れた身体を洗ってあげて、貰った服を着せてベッドに寝かせる。未だに糸の切れたマリオネットのように座る少年。どうしたら、治せるのだろうか。取り敢えず、この子に向かって話しかけてみる。
「私はマミ。君の名前は?」
「・・・」
「痛いところとかない?」
「・・・」
「お腹空いてる?それとも眠い?」
「・・・」
他にも色々と何処に住んでたか、家族はいる?などを尋ねるが、何も言い返さず、微動だにしなかった。確か・・・声が出せなかったんだっけ?それもあるから仕方ないか。ちょうど昼前だし、スープでも作ってあげよう。
簡単にできたコーンスープを用意し、スプーンを使って口元に運んであげた。少年の口の中に注いであげると、吐き出したりもせずに飲み込んだ。私はここであることを確信する。
『この子はまだ生きようとしている』
そう思うと、希望が湧いてきた。この子はきっと元に戻れると・・・。
結局、一日中、この子の相手で日が暮れてしまった。どうしようか・・・。不意にあの子の様子を見てみると、眠そうな素振りを見せている。
「眠い?寝ていいのよ」
「・・・」
「寂しいの?」
「・・・」
程無くして、小さな寝息を立てながら少年は眠りについた。やせ細った頬ではあるが、その寝顔は愛らしかった。何故、この子がこれほど虐げられる必要があったのだろうか?行き場のない怒りが込み上げてくる。
「絶対、私が何とかしてみせる」
翌日、まさかオネショをされるとは予想してなかった。
それから毎日、外では自警団の活動し、家に帰ってはあの子の世話に付きっきり。食事はおろか、着替えやお風呂、トイレなどの身の回りの世話をすることに。正直、キツイと思ったが、今あの子を支えてやれるのは私しかいないと言い聞かせる。
周りの人たちも事情を知り、お裾分けなど気遣いをしてくれた。親友であるレリゼも、たまに私の替わりで世話をしてくれた時もあった。
「将来、いい王子様になりそうだし♪」
「この子は餌じゃない!」
「んもう、怒らないで。冗談よ」
親友のジョークに髪の蛇たちも威嚇し始める。一週間経っても、未だに自身で動くことをしない少年。このままでいいのだろうか不安になっていた時、ある出来事が起きる。
ある日の夜、私はちょっとした用事を終えて帰って来ると、テーブルの椅子にあの子が座っていた。出掛けるちょっと前に、あの子はベットで寝ていたはずだった。それが何故か、移動していた。
親友か誰かが訪れたのだろうかと思っていると、目の前で少年が立ち上がる。
「えっ?」
「・・・」
驚いてその子を見ていると、私に近づいて手を引っ張ったのだ。
「・・・」
「君・・・動け、るの?」
「・・・コク」
「!」
私の問いに少年は相槌で答えた。嬉しい気持ちで一杯だった。遂にこの子の自我が目を覚ましたのだと。この子は私の手を引っ張り、寝室に連れて行く。どうやら寝たいようだ。
「ん、どうしたの?」
「・・・」
「え、まさか・・・一緒に?」
「・・・コク」
予想外の誘いにビックリするが、まだ幼いから当たり前のことだと思った。私はこの子の隣へ横たわり、お互いが向き合うように寝そべる。この子の虚ろな瞳が私を逃さないよう見つめていた。私は思わず、微笑んでしまう。髪の蛇たちも喜びの鳴き声を上げる。
「・・・?」
あの子は不思議そうな顔で、私の髪の蛇にゆっくりと手で触れた。触れられた蛇はその子の手に頭を摺り寄せる。私はここであることを思いついた。
「君の名前・・・教えてくれる?」
「・・・ぶんぶん」
「!?」
「・・・ぶんぶん」
「そう・・・」
首を振って拒否する少年。何故、名前を教えてくれないのだろう。
「もしかして、思い出したくないの?」
「・・・ぶんぶん」
「それじゃあ・・・名前が解らないの?」
「・・・コク」
「!」
自身ですら覚えていないのだろうか?とにかく、どうしようか考えてみる。そこである考えをこの子に聞いてみた。
「私が名前を付けようか?」
「!・・・コク」
「じゃあね・・・そうだな・・・ん〜」
「・・・?」
いざ考えてみると、いい名前が思いつかない。咄嗟に考えた名前を聞いてみる。
「ごめんね、名付けは得意じゃなくて・・・カル・・・なんてどう?」
「・・・コク」
「え、ホントにいいの!?」
「・・・コク」
「じゃあ、今日から君の名前はカル。よろしくね、カル♪」
「・・・コク」
その日から、この子は・・・カルは普通の暮らしを徐々に取り戻していった。後日、親友や知り合いを含めた人たちがカルの様子を見て驚く。中でも以前、カルを助けてくれた医者の青年は「信じられない」と目を疑っていた。
「私が頑張った成果よ!」
「あらあら、すっかり自分のお手柄にしちゃって・・・それにしても可愛いわね♪」
「!」
「ああっ!?レリゼ!カルに触手を巻きつかせないで!」
「あら、ごめんなさいね」
冗談にしては胆が冷える行動だ。親友から奪い返し、抱きかかえたカルは少し怯えていた。
「今度やったら、三日間、石にするわよ!」
「うふふ、それはご遠慮するわ♪」
「全く・・・」
たまにちょっかいされながらも、あの子は普通の子どものような暮らしを取り戻しつつあった。ただ一つを除いて・・・。
いつものように医者の所へ通院する。あの子を別室で待たせて、医者の青年と話す。
「やっぱり・・・しゃべれないかい?」
「ええ、一言も・・・」
カルは未だに言葉を発しなかった。それは本人も望んでいないことである。実際、カルは必死になって口を開け、大声を出そうとしていた。それでも、その可愛らしい喉から少しも音は出なかった。
「でも、喉は潰れてないんでしょう?」
「身体的にはね・・・」
「身体的?」
「問題は精神的な傷。恐らく、目の前で信じがたいものを見てしまったかも知れない」
「それって・・・」
「例えば、自身の親を殺され・・・その記憶を消すかのように自身が何者なのか、忘れてしまう症状などある」
「そんな・・・」
ありえる話だ。現にあの子は名前を覚えていない。それほど信じがたいことをされたのは間違いないだろう。
「治すにはそれ相応のショックを与える方法もある」
「それって・・・だめ!それはできない!」
「そうだな。あんな幼い子にそれをする訳にはいかないな」
そこまでして助けるにはリスクが大き過ぎる。それはもう一度、虐待を受けろというようなものだ。折角、幸せに生きているのに、そんなことは出来るはずはない。
「私はあの子を守っていきたい。だから、傷付けるようなことは・・・」
「そうだね・・・でも、気を付けてくれ」
「え、どういうこと?」
「ショックのきっかけはいつ来るか分からないからだ」
「・・・」
そうだ。日常でも何があるか分からない。注意して行動しないと・・・。
ある日、自警団本部である話をおやっさんから聞いた。
「あの奴隷商人たちがどうなったか、教えてやろう」
「どうなったの?」
「恐らく、廃人決定だろうな」
「どういうこと?」
詳しく聞くと、まず人魚の血で延命させて、次に私たちメドゥーサやコカトリスなどの石化能力で、意識を保ったまま石にする。その後、雪山の奥深くに幽閉放置。人魚の血で数百年は生きられるが、長年動けず寒い場所で放置されたら・・・。
「いい気味ね」
「えげつねえやり方だが・・・」
「当然のことよ・・・カルを廃人化させようとした罰よ。あいつらもそれを味わえばいい」
「余程、あの坊主のことを気に入ったみたいじゃねえか?でも、気を付けろよ」
「何によ?」
「お前さんが魔物であることだよ」
「・・・」
その日、私はカルと夕飯を食べながら考えていた。おやっさんの言ったこと。魔物である私。それは男であるカルを襲うかもしれないことだ。最初は馬鹿馬鹿しいと思っていた。その時までは・・・。
カルを保護してから一年が経とうとしていた。相変わらずしゃべれないが、幼き瞳には力強い光が宿っていた。そう、声が出ない以外は普通の子どもとして生活できるようになったのだ。
「・・・♪」
「凄く懐いてますね」
「当然、お姉ちゃんとしての教育がいいからよ!」
買い物途中で出会った親友へ、得意気に威張って見せた。親友は呆れてため息を吐くけど、私は気にしない。最早、当たり前のできごとだから。
「マミちゃん・・・」
「何?レリゼ」
「普段からずっと一緒なの?」
「ええ、そうだけど・・・どうしたの?」
普段見ない親友の変わった態度に、私はなんとなく不快を感じた。
「一度開けてしまったら塞げなくなる。それだけは気を付けてね」
「へ?レリゼ。何を・・・」
意味不明なことを言い残し、親友はその場を立ち去る。
「・・・?」
「な、何でもないわ。大丈夫よ、カル」
不安な表情をするカルの頭を撫でて、私たちは家に帰宅した。
カルが食器を洗っている際、私は洗濯物を洗い始める。その作業中、私はカルのパンツを手に取った。昨日履いていたパンツで臭いが漂っている。
「さて、これもあ・・・」
水桶に入れて洗おうとした瞬間、私の鼻に得体の知れない感覚が伝わる。嗅いだことのない香ばしい臭い。洗うのには勿体なさ過ぎる臭い。
「・・・これから?」
手にしたカルのパンツを顔に近づけると臭いが増してくる。パンツを裏返して見ると、そこには白い液体が付いていた痕があった。すでに乾いているが、臭いの元はこれだと確信する。
「ぁ・・・」
気付けばそれを舐めようと舌を伸ばしていた。慌てて止めようとするが、どうしても味わいたい思いが強まる。とうとう我慢できず、私はそれをぴちゃぴちゃと舐めてしまう。髪の蛇たちも我先にと群がって舐めようとした。
「・・・」
「・・・ん?・・・わあああ!!」
後ろの気配に気付いて振り向くと、カルが私の背後で立っていた。さっきの行為を見てしまったのだろうか?
「・・・?」
よく見ると、不思議そうな顔をして私を見ていた。ひょっとして、解っていないのだろうか。何にせよ、うやむやした方がよさそうだ。
「カ、カル・・・食器は洗ったの?」
「・・・コク」
「そ、そう・・・じゃあ、そこの洗った洗濯物を干してくれる?」
「・・・コク」
素直に返事して洗濯物を干し始めるカル。なんで私はあんなことをしたのだろうか。疑問に思いながらも、さっきのパンツを洗うことにした。
その日の夜、いつもの如くカルと一緒にベットで寝ていた。何事もなく寝れるはずだった。
「な、なんで?」
何故か、カルから目が離せなかった。そればかりか、カル自体がいつもより愛らしく見えてしまう。髪の蛇たちが擦り寄ろうと首を伸ばしている。
「だ、ダメよ・・・カルが起きちゃう」
両手を使って蛇たちを抑える。それでも蛇たちは諦めきれず、必死になってカルに向かった。仕方なく、カルから少し離れる。自身の心臓の鼓動が耳に響いてくる。私はそっとベットから降りて、台所へ水を飲みに行った。
「はぁ、はぁ、はぁ・・・ごくん」
少しだけ治まり、今日はテーブルでうつ伏せになって寝ることにした。
その日から毎日、カルのことが気になり始め、寝るときは必ず思いっきり抱きしめたくなるほど鼓動が激しくなる。どうしようもならないくらい身体が熱くなってしまう。
私は知り合いに頼んでベットをもう一つ仕入れた。そして、ベットの届いたその日から、カルに別々で寝ようと告げる。唐突の離れて寝ることに、カルは首を振って反対した。
「カル・・・一緒に寝るのはいいけど、一人でいなきゃいけない時が来る。それが何時かは分からない。だから、今のうちに慣れていて欲しいの」
「・・・」
「私も嫌だけど・・・あなたにはもっと強く生きて欲しいの。だから・・・お願い」
「・・・コク」
何とか説得に成功するも、少し胸が苦しかった。けれども、そうするしかなかった。私が過ちを犯さないためにも・・・。
数日後、喉の渇きのような飢餓感が私を苦しめた。何とか抑えようと、水を飲んだりして治そうとする。知り合いの魔法に詳しいイグニス使いに頼んで、欲求を抑える薬を処方して貰った。
それでも・・・私は胸が苦しかった。
「・・・」
「カル・・・ごめんね・・・ちょっと病気になっちゃって」
「・・・」
「あっ・・・」
カルは私に抱きついて泣き始めた。カルには分かっていたのだろう。すでに私の髪の蛇たちは元気なく垂れ下がって寝ているのだから・・・。親友や知り合いも心配してくれたが、これは私自身の戦いでもある。この子のためなら・・・例え・・・。
あれから数週間経ったある夜、私はあまりの暑さに起きてしまう。頭が回らない。何だろう。身体全体が熱い。ふと窓を見ると、大粒の雨が降り続けていた。
「そうだ・・・この雨で少し冷やそう・・・」
ベットから降りて外に向かうため、ドアを開けて部屋を出る。その時、香ばしい匂いが私の鼻に入って来た。何だろう、これ?ちょっと吸っただけで暑さがマシになる。こっちの部屋から漂ってくる。この部屋はカルの寝ている場所だ。
「ちょっとお邪魔するね」
ゆっくりドアを開くと、私の身体に衝撃が走った。
「カル・・・」
目の前に寝ているカル。それが信じられないほど美味しそうなごちそうに見えた。躊躇せず、私はカルに覆い被さった。
「はぁ、はぁ、はぁ・・・んむぅ」
「・・・!?」
すかさず、カルの唇を奪う。美味しい、美味しすぎるその接吻に夢中になってしまう。髪の蛇たちもカルの頭にキスし続ける。
「ぴちゅ、んぅ、んむう!」
「!?・・・!・・・!」
カルは突然の出来事に目を丸くする。私はお構いなしに、右手でカルのズボンをパンツごと脱がす。
「!?」
裸にされた下半身には可愛らしい生殖器があった。私はそれを手で擦り始める。
「!・・・!・・・!」
「ふぅ・・・おっきくなったね」
それが膨張しきったことを確認して、私の秘穴を覆っている腰の前掛け外す。もう我慢出来なかった。
「くぅ!あっ!ああ・・・」
「!・・・」
自ら腰を落として、カルの怒張で私の純潔の秘穴を貫いた。処女の証である鮮血が私とカルの繋がった隙間から流れ出る。痛みは一瞬で、あとは蕩けそうな快感だけだった。
「ああ、あぅ、はあっ!」
「!・・・!・・・!」
腰を揺さぶり快感を味わう。無意識に私の尻尾がカルの上半身へ巻きつく。今まで苦しかった胸の痛みが無かったかのように、気持ちよかった。
「あっ!あっ!ふぁ!」
「!・・・!・・・!」
カルのものが痙攣し始める。私も限界が訪れようとしていた。今まで味わったことが無い快感が全身に行き渡った時、カルのものから熱い何かが放出される。
「あはぁぁぁぁぁ・・・」
「・・・」
お腹の辺りに熱を感じ取り、右手で撫でまわす。だけど・・・まだ、満たされない感覚だった。再び、腰を上下に動かし始める。
「!?・・・!・・・!」
「もっと、もっと、頂戴!」
窓から聞こえる雨音で目を覚ます。何だろう・・・今までの気だるさが全くない。これなら薬を飲まなくても・・・。
「・・・!?」
私は身体を起こして目を開けた瞬間、背筋が凍りついた。
「う、嘘・・・そんな・・・」
私はカルのベットで寝ていた。そして、カルも私も下半身が露出している。慌てて、近くに落ちてた腰の前掛けを手に取って付けた。
「カ、カル・・・!?」
カルの顔には涙の流れた跡があった。それを見た瞬間、昨夜の出来事が脳裏に浮かぶ。
「わ、私・・・カルを・・・この手で・・・」
犯した。しかも何度も・・・あの子の限界も知らず。犯している間、あの子は涙を流していた。まるで、昔の虐待を受けていたかのような悲痛の涙。それは、奴隷商人たちのやっていたことと同じ。“あの子を虐げた”のを自分もしたのだと・・・。
「!」
私はすぐに部屋から出て、家から飛び出した。飛び出さずにはいられなかった。降り続ける雨の中、私は濡れるのも構わず走った。只ひたすら走った。
「私は・・・私は・・・」
まだ、薄暗い日の出前。暗闇の街を走り続け、当てもなく走り続けた。やがて、力が入らなくなり、その場で止まる。
「・・・・・・カル・・・ごめんなさい・・・」
降りしきる雨が容赦なく私を打ち続けた。俯いて自身のお腹を見つめる。その時、正面から何者かが近づいてきた。
「こんな雨の中、傘も差さずにいたら、風邪をひきますよ?」
「レ・・・リゼ・・・」
スカートから触手を一本出して、その触手で大き目の傘を支える親友だった。
「どうしたのです?こんな夜明け前に・・・」
「レリゼ・・・私は・・・私は、取り返しのつかないことを・・・」
「マミちゃん・・・まさか・・・」
「カルを・・・あの子を・・・この手で、犯した・・・」
全てを悟った親友は私を傘の中に入れる。
「私は馬鹿だ。あいつらみたいにあの子を・・・」
「マミちゃん、自身を責めないで」
「レリゼ・・・」
「私たちは魔物・・・どうあがいても本能を抑えることはできませんわ」
「・・・」
「むしろ、ここまで抑えたマミちゃんは凄いと思うわ」
「でも・・・私は癒されかけていたあの子を傷付けてしまった」
「マミちゃん・・・」
本能と言えども、そんな自分勝手なことであの子を傷付けた。また、動かぬ人形のようになってしまうかもしれないあの子を・・・カルを・・・。
「本当に傷つけたの?」
「ああ、あの子は泣いていた・・・痛々しい涙を・・・」
「そう・・・なら・・・向こうで見ている子は誰かしら?」
「えっ!?」
親友の言葉に反応して後ろを向いた。するとそこには小柄な少年が立っていた。息を切らしながらこちらを見つめている。ついさっきまで見ていた・・・。
「カ・・・ル・・・・・・」
「・・・」
私を追ってきた?何故?もしかして、私を・・・。
「・・・・・・ぃ・・・」
「えっ?」
「・・・マ・・・・・・ぃ・・・」
「今のは・・・」
「マ・・・ミ・・・・・・」
「「!?」」
カル・・・あなた、声が、声が出てる?しゃべったの?そんな、まさか・・・。
「マミ・・・・・・マミ!・・・」
「カル・・・カル!」
次の瞬間、私とカルはお互いに向かって走った。手を拡げて抱きしめ合う。
「マミ、マミ、マミ・・・」
「カル!声が、声が出てるよ!あなたの声が!」
「マミ!マミ!」
「そうよ!私の名前!私の名前を言えてる!」
「マミ!!」
「カル!!」
カルも私も涙を流した。雨ですぐ洗い落とされるけど、それでも流さずにはいられなかった。カルがしゃべった。私の名前を。私の名前だけを口にしてしゃべった。
「カル・・・ごめんなさい。あなたを傷付けてしまって・・・」
「ぶんぶん・・・マミ・・・ぶんぶん」
「えっ・・・違うの?」
「コク・・・マミ・・・」
「それじゃあ、どうして・・・」
「マミ・・・」
カルの瞳には私のせいじゃないと、そう言い聞かせるような力強い意志が目に映った。
「マミ!」
「カル・・・」
私の・・・おかげ?そう言いたいの?
「コク・・・マミ!!」
「カル!!」
再び、カルの身体を抱きしめた。
髪の蛇たちも、私の尻尾も、私自身も喜びに満ちていた。
消えかけていた命を。
消えかけていた心を。
消えかけていた声を。
消えかけていた全てがこの瞬間、取り戻せた。
私が・・・全身全霊を込めて支えた小さな存在。
私の一番大切な家族だと言える存在。
私の愛しい・・・カル・・・。
きがつけば、かみのけとあしがへびのおねえちゃんがめにはいった。
ごはんやおふろ、といれ、おねむをさせてくれた。
うごきたい。そうおもったら、うごけた。
なまえがわからない。おねえちゃんがなまえをつけてくれた。
おれいがいいたい。でも、こえがでない。だしたいのにだせない。
なぜ?そういえば、ぼくのめのまえでなにかがなくなった。
ぱぱ、まま、がいなくなったひ。
へびのおねえちゃんはぼくをたすけてくれた。
でも、しばらくしてぼくをさけるようになった。
なぜ?おひめさまみたいなひとがおしえてくれた。まものだからと。
ぼくをきずつけたくないといっていた。おねえちゃんがぼくをきずつける?
どういうことだろう?でも、ぼくはしんじてる。
よる、おねえちゃんがきすしてきた。そこからぼくのおまたであそびはじめた。
つらかった。けど、おねえちゃんだからゆるせる。
だいじょうぶ、おねえちゃん。つらいけど、ぼくはがまんする。
おきたら、おねえちゃんがいなかった。なんで?どうして?
はしってさがした。おねえちゃん、おねえちゃん、おねえちゃん。
いた、おねえちゃん。えっと、なまえを、なまえをよびたい。
さけんでみた。でそうだった。もうすこし、もうすこし。
マミ
12/03/25 15:41更新 / 『エックス』