連載小説
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遠目の視野
<戦艦クリプト 個室>

 1人の男性がベットから起き上がった。その男はすぐさま洗面所に向かい、水で顔を洗って目を覚ます。タオルを手に取って顔を拭いた後、ハンガーにかけてあった黒いジャケットを羽織った。そして、立てかけてあった長身の光学銃を背負い、部屋から退室した。

 彼の名はイーグル。強襲部隊ドラグーンの唯一の狙撃隊員であり、部隊を指揮する隊長でもある。

 右手で自身の長い髪を整えていると、近くの個室に目が入った。そこはある人物の自室でもある部屋。その部屋の扉がゆっくりと音を立てずに開こうとしていた。

「・・・・・・追加で明日い・・・」
バタンッ!!

 彼が言い終わる前に扉は音を立てて閉まった。呆れながら彼はその場を立ち去る。

(タイミングが悪すぎだ・・・破るのならもう少し考えろ)

 先程の部屋の主は遊撃隊員のラキ。謹慎処分を受けて、今日1日は部屋から出てはならないのだ。罰を受けた理由は独断で危険地帯の調査をし、そのことを隊長であるイーグルに知らせなかったこと。

(まぁ、被害がそんなに無かっただけ、マシだからいいが・・・慎重に行動することが欠けているあいつにはいいクスリだ)


<戦艦クリプト 試合場>

 イーグルが試合場を観覧できる展望ガラスを除くと、その向こうの空間に多数の人影が見えた。空間の中央にはいつもの如く、ブレードが『RAY.S.R』を両手に構えている。彼の周りに居たのは刃物腕を持つ異形リッパー。約20体以上のリッパーが彼を囲むように立っていた。

(またか・・・)

 イーグルがそう思った瞬間、異形たちがブレード目掛けて一斉に襲い掛かる。それを待っていたかのように、ブレードの両手から黄色の光学刃が出現。目の前の異形を素早く斬りつけて、横から来る攻撃を避ける。後ろから来た異形の攻撃も避けて、すれ違いざまに斬り倒した。斬りつけられた異形たちは幻の如く消失する。

 ブレードに襲い掛かる異形は光で作られた立体の映像。本物のような動きであるが実体はない。それでもブレードは本物と戦うかのように全ての攻撃を避けて虚像を斬り伏せる。

「少しは休息を入れろ」
『・・・身体を鈍らせるつもりはない』

 無線越しに意見を言うも、ブレードは自身の低下を防ぐことだと強調した。戦闘中に無線でのやり取りができるほどの余裕である。それを見たイーグルはフッと笑いながら立ち去った。

(あの程度なら問題あるまい・・・)

 彼は戦艦から降りるため、出入り口ハッチに向かいながら、エスタに無線を入れる。

「ドクター、起きたか?」
『ちょ、だからやめ・・・』
『なんでじゃ?兄上、目覚めの接吻は妹のつとめ・・・』
『そんな淫らな規則は・・・って、あっ!』
『はっ!』
「・・・・・・失敬」
『ちょ、待って、イー・・・』

 イーグルは状況を察して、すぐに無線を切った。

「・・・・・・若いな」


<都市アイビス 北エリア>

 いつもの如く活気溢れる市場を歩き進むイーグル。そんな人混みを掻き分けて進む途中、見知った2人の女性と出会う。

「君らは・・・」
「ブレードの上司である、竜の隊長だな?」
「へぇ、なかなかいい顔してんじゃん♪」

 ブレードに好意を抱いているリザードマンの戦士リオとアマゾネスの戦士ケイである。2人は彼の道を塞ぐかのように立ってしゃべりだした。

「単刀直入に申・・・」
「あいつが何処にいるかだろう?」
「!?」
「なんだ、わかってんじゃん」
「今はトレーニング中だ。邪魔はしてやるな」
「そうはいかん」
「あの首なしの餌食にさせないためにアタイたちで・・・」

 彼女たちの話に首をかしげるイーグル。

(首なし?・・・ああ、ニールのことか・・・)
「例の鉄の船にいるのだな?」
「待て、許可なしに入れる訳には・・・」
「へ?だけど、ちっこくてメガネかけた坊主が入れるようにしてくれたぜ」
(・・・・・・あのガキ・・・)

 エスタの手際の良さに、彼は心の中で悪態をついてしまう。仕方なく、彼女たちが暴れ出さないよう警告を促す。

「我が部隊の戦艦に入るのはいいが、壊されては困るものが多い。乱暴又は勝手な行動は慎んでもらいたい。破った場合は即退去させる」
「わ、わかった・・・」
「お、おう・・・」

 意外と素直な態度の2人を見て、少し不思議がるイーグル。そんな彼を無視して彼女らはそそくさとその場を立ち去った。

「・・・・・・ふぅ・・・今日は特別にやることが無いな・・・」


<都市アイビス 中央広場>

 休憩のため、噴水の縁に座り込むイーグル。周りを見渡しながら佇んでいると、ジェミニたちの姿が目に入る。2人は前後に車輪が付いた乗り物『自転車』に乗り、後部にインプのサリナとゴブリンのミーニを乗せて走っていた。

「また、私物を持ち出して・・・・・・まぁ、軍の備品ではないからいいだろう・・・」

 戦闘ばかりの日常を過ごしてきた彼にとって異常に見える光景だったが、微笑ましく、彼自身も体験したい日常でもあった。

「・・・・・・」

 彼の目はその光景が眩しく見えてしまい、静かに目を閉じた。しばらくすると、閉じているはずの彼の目に見慣れた惨状の光景が映る。

 荒廃化した巨大な都市。辺りは何者かに壊された物や建物しか見当たらず、人の気配すらしない。そんな中、銃撃音と獣のような雄叫びが聞こえた。迷彩服を着た兵士たちが黒い小銃を構えて銃口から弾丸を放ち続ける。そして、彼らに対して走り向かう異形の姿の者たち。リッパーの集団が銃弾をものともせず、兵士に接近して切り裂く。切り裂いた兵士の死体を彼らは豪快に貪った。

 そんな光景の中、彼はスコープで覗いていたその光景から目を離す。その時の彼では異形者に対してあまりにも不利な状況だった。助けられたかもしれない兵士たち。だが・・・悔いている暇もなかった。

(・・・)
「・・・ぅ・・さん・・・」
(・・・?)
「イーグルさん!」
「!?」

 突然の呼びかけに彼は慌てて目を開ける。目の前に映ったのは、純白の服に白い翼と光輪を持つエンジェルの少女ウィリエルだ。彼女は心配した表情で彼を見ている。

「ごきげんよう、ウィリエル」
「あ、はい、ごきげんよう、イーグルさん。あの・・・大丈夫ですか?」
「ん、ああ、心配ない・・・少し考え事をしていただけだ」
「そうですか・・」

 彼はやれやれと思いながら目の前の少女と話す。

「今日は孤児院の方はいいのか?」
「あ、大丈夫です。それに・・・そちらの双子さんのおかげで、子ども達の世話も楽になりました」
「世話というより、ただ遊びに行っているようなものだが・・・」
「うふふ、でも、子どもの遊び相手は体力がいりますよ」
「それは言えてるな。現に今の隊で未成年の隊員の扱いに困るほど精神も疲労した。戦闘では頼りになるが・・・」
「お仲間さんとはどういった経緯で知り合ったのですか?」

 質問しながら彼の左側に座るウィリエル。イーグルは少し考え込んで語り始めた。

「寒すぎる惨状を迎えた年にあいつらと会った。正直、あの状況で生き残った兵士自体に驚いたが・・・」
「それって・・・例の出現した日、ですか?」
「そうだ。生き残りは他にもいたが、数える程度しかいなかった。後の戦場で命を落とした奴もいる」
「それほど、酷かったのですね・・・まるで・・・」
「君が今見ている戦いとは違う」
「え?」

 イーグルの遮るような言葉に、少女は驚いて彼を見つめる。

「君たちの種族関係はまだ間に合う。我々の汚れた歴史のような道に行かせたくない」
「イーグルさん・・・」
「まぁ・・・種族に関してとやかく言ってる奴がまだいるがね」
「でも、見習うべきことだと思います」
「参考程度にしてくれ。何も我々の歴史が正しいことだと決まっていない。自身で正しいことを探すんだ」
「自身で・・・探す・・・」

 彼の話を真剣になって聞くウィリエル。そんな彼女を見てイーグルは空を見上げた。

「肩の力を落とせ。君はちょっと張りつめ過ぎだと思うぞ」
「え、ええ!?そう、ですか?」
「隊長兼狙撃兵としてのアドバイスだ。何事も力みすぎるな」
「・・・・・・はい」

 少女の返事を聞いて、彼は立ち上がる。

(さて、どうするか・・・ギルド辺りで話でも聞こうか・・・)
「あの・・・イーグルさん」
「ん、どうした?」

 呼びかけに応じて振り向くイーグル。

「よろしければ、私とお散歩でもしませんか?」
「あ、ああ・・・別に構わないが・・・」
「それじゃあ、一緒に行きましょう♪」
(・・・天使ってこんなものなのか?・・・いや、此処は神がいる世界だ・・・我々の世界の神のイメージ通りというわけでもないか・・・)

 少し戸惑うも断るのは失礼だと思い、彼女に付き添って歩き出す。

「それで・・・何処に向かう?」
「お散歩ですから決まっていませんよ」
「そうか・・・」


<都市アイビス 南の森>

 街からでた2人はある丘の頂上に辿り着く。頂上付近からは街を見下ろすことができ、さらにドラグーン隊の戦艦も佇んでいるのが見えた。

「こうして見ると、あなた方の船、大きいですね」
「実戦に投入された兵器としては珍しく巨大ではあるが、乗組員が少数というのも珍しい」
「そういえば、7人しか乗っていないと聞きました」
「そうだ・・・正確には6人と1台だ・・・まぁ、気にすることでもないが・・・」

 少し面倒くさそうに言い、イーグルはその場に仰向けで寝転がる。それを見てウィリエルは彼の右隣に座り込んだ。

「澄んだ空気だな・・・」
「ええ、そちらの世界では?」
「限られた場所にしかないな・・・加えて私自身がそこへ行く機会もまずない」
「あるのに・・・行けないのですか?」

 天使の少女がそう尋ねると、彼は顔だけ少女の方へ向けて答える。

「軍人、いや、兵士として市民の安全を守る義務についていた。休日でも出動できるよう準備は怠らず・・・遠出するわけにもいかない」
「そうですか・・・なんだか、最初の私と同じ・・・」
「?」

 少女の暗い表情に少し不安になるイーグル。彼女は続けてしゃべる。

「私も、この下界に来てすぐ、街からでることができませんでした。理由はお使い様として魔物に穢されないため・・・」
「神の使いだから大事にされた・・・ということか・・・だが、それは隔離しているにすぎない」
「はい・・・そして、自身で本当のことを知るのに時間が掛かりました」
「魔物が害を与えず、共存を望んでいる種族だと・・・」

 彼の答えに彼女は顔を俯ける。

「最初は何故魔物の浄化を見せないかに・・・次に私の役目が何なのか・・・そして、見てしまったのです」
「残酷な、光景をか・・・」
「・・・・・・そうです・・・幼い魔物たちが慈悲もなく処罰されることを・・・私は悔やみました。何もせず、どれだけ時を過ごしたのか」
「だが、それが君自身を動かしたのであろう」
「はい、ただ祀りたてられるために、私は下界へ降りたのではありません」
「それなら、もう君は我々と同じではない。いい意味でな」
「え?」

 驚いた彼女は寝そべっている彼の顔を見た。彼は上半身だけ起こして街を眺める。

「君は以前、希望を与えに来たのに何もできないと言った。だが、君にはちゃんと自立心がある。兵士のように命令がないと動けぬ人形ではない」
「え、で、でも・・・」
「自身の意思を埋もれさせるな。私自身から言えるのはそれくらいだ」
「本当にイーグルさんは凄い方ですね」
「普通の人間として言わせてもらっただけだ。気にするな」
「うふふ」

 元気を取り戻して笑う少女を見て、彼は微笑みを浮かべた。

(これが本当の、天使の笑顔か・・・・・・まさか、軍に入った私がそれを見てしまうとは・・・やはり運命の悪戯か?)
「どうされましたか?」
「いや、何でもない」

 おもむろに携帯双眼鏡を取り出して戦艦を眺める。ふと見ると、甲板に人影があることに気付き、そこに向けて視野をズームアップさせた。

(・・・なにやっとる)

 甲板に居たのは来る途中で出会った2人の魔物リオとケイ。そして、顔見知りの隊員であるブレード。何かを話しているらしく、3人とも武器を手にしていない。

「何を見ているのですか?」

 不思議に思ったウィリエルが声を掛けた。イーグルは双眼鏡を覗きながらしゃべる。

「ああ、戦艦の上でうちの隊員と魔物のお嬢さん方が話しているようだ。あの堅物のどこに魅かれたのか見当がつかんが・・・」
「え、そんなに遠くのものが見えるのですか?」

 少女は彼の持っている双眼鏡に興味が湧いたようだ。彼もそれに気付いて右手で双眼鏡を彼女に差し出す。

「え?」
「使い方は見たい場所に向けて覗くだけだ。ただし、太陽に向けて見るな。目が潰れるぞ」
「は、はい・・・」

 渡された双眼鏡をぎこちない動きで覗く少女。すると、彼女は子どものようにはしゃいぎだした。

「凄いです!こんなに遠く離れているのに、顔までちゃんと見えるなんて・・・」

 その様子を見て彼は頭を掻き始める。

(まぁ・・・いいか・・・)

 天使の少女は街の方にも向けて覗いていると、突然、顔を赤らめて視線を逸らした。不審に思っていた彼だが、その様子を見て何かを悟る。

(どうやら、見てはいけない恥ずかしいものでも見たらしいな・・・)
「ひ、日が出ているのにあんなことをしているなんて・・・」

 案の定だった。

(やっぱり・・・)

 視線を逸らした先に、彼と顔を合わせた少女は顔をさらに赤くして俯く。半ば呆れながら彼は空を再度見上げた。

「覗き見はほどほどにした方がいい・・・」
「わ、私は・・・覗いてなんかいません!」
「すまない・・・少しからかっただけだ」
「もう!」

 頬を膨らませて怒る天使の少女。再び、双眼鏡を使ってコウノ城より、さらに東側にある方向を眺め始める。彼はお構いなしに目を閉じて、今までの出来事を思い返した。

(異常過ぎる転移事故から一週間も過ぎた・・・異世界の住人と関わりを持ち・・・僅かではあるが異形者の手掛かりを発見・・・だが、この世界の種族争いにまで首を突っ込んでしまった・・・)

 現在、ドラグーン隊は多くの問題事に悩んでいた。任務復帰のため、元の世界の帰還方法を捜索するも難航。異世界にて異形者と遭遇、しかし、その根源についても一切不明である。また、この世界の種族争いの組織勢力と交戦したため、任務の障害になる恐れもあった。

(それに・・・それ以外の問題も・・・)
「あ・・・あれは何でしょう?」

 突如、少女の疑問の声にイーグルは反応した。

「どうした?」
「あのですね。この先の方向に何か、魔物でも鳥でもないものが飛んでいます」
「どれ・・・」

 彼女が指差した方向、都市アイビスから離れた東側に、彼は愛用の長身光学銃『C.R』を構える。狙撃用のスコープで目的の場所を覗くと、確かに何か小さく見える影が複数飛んでいた。

「んん?」
「イーグルさん?」

 彼は何かに感づいてスコープの倍率を上げる。その瞬間、彼の身体に緊張が走った。

「どうされましたか?」

 少女が尋ねるも彼は微動だにせず、唐突に無線へ手を伸ばす。

「ブレード、聞こえるか?」
『・・・何用だ?』
「クアトルを発見した。位置は街の外の東側だ。すぐにチェイサーに乗って南の森に来い!」
『・・・了解した』

 あまりの突然の行動にウィリエルは困惑してしまう。

「あの、クアトルとは?」
「我々の敵、異形者の一種だ。街とは反対方向へ向かっているが、放ってはおけん」
「戦う、のですか?」
「我々の為すべきことだ。その望遠鏡で見てくれても構わない」

 2人が話し合う中、耳鳴りのような音が聞こえてきた。街の方からチェイサーに乗ったブレードが、こちらに向かって高速で飛んでくる。彼らの付近に近づくと、速度を落としてゆっくりと地上に降りた。

「早かったな」
「・・・気のせいだ」
「あの2人から逃げるために、偶然乗っていたのであろう?」
「・・・知らん」
「まぁ、いい。行くぞ、目標はかなり高度を取って飛行している」
「・・・了解」

 イーグルがチェイサーの後部に乗るのを確認したブレードは、機体を浮上させる。

「イーグルさん!」
「?」
「無茶は・・・しないでください!」
「可能なら」
「・・・行くぞ」

 軽いジェットの風圧を辺りに撒き散らすと同時に、2人を乗せたチェイサーは飛び去った。残された天使の少女は不安な表情で見送る。

「・・・」

 握りしめた携帯双眼鏡を手に、ウィリエルは白き翼でその場から飛び立った。
11/09/17 10:15更新 / 『エックス』
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