ブレードの徘徊
<戦艦クリプト 訓練室 試合場>
午前6時。訓練場にて一人の男性が腕立てをしていた。
「・・・87、88、89」
ブレードは毎朝、トレーニングを欠かさず、自身を鍛えることに集中していた。
来るべき戦闘に備えて。
「・・・97、98、99、100」
腕立てを終え、肩をほぐしているとエスタから通信が入る。
『朝のラジオ体操でもしてる?ブレード』
「・・・ただのストレッチ。何の用だ?」
『さっき、隊長からの指示で今日は自由に行動していいって』
「・・・ふん、なら好きにさせて貰う」
『ちなみに出来る限り情報収集して来い、とも言ってたからサボらないでね』
「・・・・・・・・・了解」
通信を切り、不機嫌になるブレード。
(・・・変な命令だ・・・休憩しながら仕事しろと言っているようなもの・・・)
無言である武器を手に取る。
『RAY.STUN.ROD』
通称『RAY.S.R』 本来は暴徒鎮圧用に開発された物で生命体に対し、強力な麻痺性の電撃を帯びた実体光学刃を照射。斬撃性能は全く無いが、模擬戦や対人戦などで使用されることが多い。見た目や稼働時間は『RAY.EDGE』と変わっていないが、光学刃は黄色。各隊員に最低1本を所持することが義務付けられている。
右手に『RAY.S.R』を持ち、剣舞のような動きで素振りするブレード。途中で、指の間に3本挟んだ片手で3刀斬りを繰り出すなど技の鍛錬も行う。
ブレードが好んで使用する技の一つでこの3刀斬りは攻撃力が高いが、消費エネルギーも多い。そのため、一瞬で展開する技術が必要とされる。
続けて左右に一本ずつ『RAY.S.R』持っての二刀流や連携技の中に『L.B.H』の抜刀斬りも入れて自己鍛錬を行った。
しばらく経って、ある程度の訓練を終えた彼は自身の個室に戻り、シャワーを浴びる。
「・・・」
熱湯の飛沫を浴びながら自分の身体を見る。身体のあちこちに古い切り傷があった。汗を流し落とした後、身体を拭いて再び服を着る。
(・・・不本意だが・・・行くしかあるまい)
エスタから告げられた情報収集しながらの自由行動。不満になりながらも彼は戦艦から降りて街へ向かった。街に入る途中で、上空に2台のスカイチェイサーが飛んで行くのを目撃する。
(・・・双子も動いたか)
<都市アイビス 北エリア>
都市の北に位置する場所。此処は市場が賑わっていて、朝早くも住民たちが行き交っていた。ブレードは人や魔物とすれ違いながら歩き回る。
(・・・面倒な場所だ)
早くも断念し、中央広場に向かう。すると、彼の前に緑の鱗を持つ女性が立ちはだかった。手足は鱗に覆われ、腰の後ろには緑色の尻尾が付いている。
「・・・ん?」
「貴様、戦士だな?」
「・・・何?」
「見た目より目で解る。私と勝負しろ!」
「・・・は?」
突然、彼女はブレードを戦士と決めつけて腰からショートソードを抜き、彼に突き付ける。
「・・・意味が分からん。遊びなら他とやれ」
「遊びではない!これは真剣勝負だ!覚悟!」
そう宣言した彼女は言い終わると同時にブレードに斬り掛かる。だが、彼は難なく右に避け、右手だけで彼女の背中を軽く押した。
「え!?きゃん!!」
彼女はバランスを崩し、顔面から地面に激突する。そのまま気絶して起き上がらなくなった。周りにいた人達は一部始終を見て拍手する。
「・・・ふぅ、何だこいつは?」
「お前なかなかやるな!今度はアタイだ!」
「・・・またか」
次に話し掛けてきたのは褐色の肌と紫色の長髪の女性だ。背中には背丈と同じくらいの両刃剣を背負っている。
「アタイは誇り高きアマゾネズの戦士ケイ!お前の番となりし者!異論があるなら己の武器で挑んで来い!」
「・・・結構だ」
「なら、大人しくアタイの夫になれ!」
彼女は巨大な剣を両手で持ち、彼に向かって振り下ろす。今度は左に避けるも彼女が横薙ぎで襲い掛かり、彼はしゃがみ避けた後、バク転で距離を置いた。
「やるじゃないか」
「・・・本当に訳が解らん」
無視して後ろを向いて立ち去ろうとするブレード。そんな彼に彼女はお構いなしで襲い掛かる。
「後ろ見せるとは・・・」
「・・・愚かではない」
ブレードはすでに彼女の行動を読み、そのままの体勢で逆手に持った右手の『RAY.S.R』で彼女の剣を止めた。
「なっ!?」
「・・・ふっ!」
彼女の腹目掛けて強烈な右後ろ蹴りを繰り出す。まともに受けた彼女は吹き飛ばされ、地面に転がり倒れた。歓声が上がり、周りは慌ただしくなる。
邪魔者が居なくなったことを確認すると彼はその場から立ち去ろうとした。2、3歩歩くと彼の目の前に先程気絶した鱗の女性が現れる。
「私の目に狂いはなかった!」
「・・・?」
「お前こそ、この私の夫に相応しい男だ」
「・・・勝手に決めるな」
「私はリオ・カルディス!リザードマンの戦士の一人!お前の名・・・」
「アタイの物だああ!」
後ろからの声に気付いて反射的に右へ飛び避けると、ケイと名乗った女性がリザードマンの女性に突っ込んで行った。見事に激突して転がり倒れる二人。
「・・・面倒だ」
彼は波乱の予感を察知し、その場を走り去った。
「貴様!邪魔をする、あ、あいつは!?」
「アタイの夫がぁ!」
二人が争う隙をついて逃走するブレード。しかし、市場とは違う居住区に入ったらしく、道に迷ってしまう。
「・・・何処だ、ここは?」
「どこにいったぁ!!」
「アタイの夫!!どこだ!?」
「・・・ちっ」
2方向から追跡者の声が聞こえ、やむを得ず、彼は忍び足で慣れない場所を突き進む。しばらくして、ある程度離れたらしく、周りに気配も感じられなくなった。少し、落ち着いてポケットから携帯食料のカロリーサプリを1錠取り出し、口に放り込む。
「・・・撒いたか?・・・!?」
早足でこちらに向かってくる気配に気付き、警戒するブレード。目の前、左側の曲がり角からそれは現れた。
「・・・お前か」
「お困りのようですね。ブレード」
見慣れた隊員仲間のレックスだった。彼は近づいてブレードに話し掛ける。
「現在、半径20m以内に高速で移動中の生体反応が2つ。内1つがこちらに接近しつつあります」
「・・・ご丁寧にどうも」
「私が囮になりますので、此処から南東に向かって下さい。そちらに市場がありますのでその隙に」
「・・・礼を言う」
レックスと別れた後、ブレードは早足で指差した方向へ走った。見慣れた人混みの中に紛れて歩き始める。
(・・・レックスもいたのか・・・あの引き籠りは何を・・・!?)
考え込みながら歩いていると、目の前に新たな者が立ち塞がる。
「やはりな。さっきの騒ぎ、お前だったか」
「・・・好きでしたんじゃない」
黒鎧を着たデュラハンのニールだ。
「お前のことだ。喧嘩を吹っ掛けられるのは目に見えている」
「・・・皮肉を言いに来たのか?」
「此処では難だ。私が少しマシな場所に連れてってやろう」
「・・・」
「心配するな。私は好色な連中とは違う。娶ろうなどと考えたりはしない」
半ば信頼していない彼だったが、先程の二人とは違う雰囲気であるため、彼女について行くことにした。二人は中央広場まで歩くと、西の方面に足を進める。
「リザードマンとアマゾネスに目を付けられたらしいな。どちらも執念深い奴らだ」
「・・・悪いが俺は他人の勝手なルールには従わん」
「だろうな。だが、奴らも諦めが悪い。覚悟はしとくのだな」
「・・・ふん」
街の正面入口の区域に当たる西エリア。そこは主に兵士達の訓練所や兵舎があった。二人はその訓練所に入る。そこでは訓練に励む大勢の兵士がいた。
「・・・かなりいるな」
「魔物は確かに多いが、危害は加えん。私が保証する」
「・・・」
先程見たトカゲのような女性と似た種族もいれば、ニールと同じデュラハンの者もいた。しかし、皆、真剣な表情で素振りや試合をしている。
「お前たちも訓練はしているのか?」
「・・・俺ぐらいだ。他は遊びでしかやらん」
「そうか・・・」
「あ、ニール隊長!」
「隊長!?」
「ニール隊長!」
彼女の存在に気付き、集まりだす兵士たち。どうやら彼女はかなり慕われているようだ。そんな中、数人の兵士がブレードに気付く。
「あれ、あんたは・・・」
「隊長、この人は?」
「彼はブレード。異世界から来た戦士の一人だ」
「へえ、あんたが・・・」
「あのロクデナシ教会を倒したってのは本当かい?」
「見た感じ、歴戦の兵士って感じがするね」
「・・・」
いつもの如く、黙っている彼を見て、彼女があることを提案した。
「ブレード、手合わせ願えないか?」
「・・・何?」
「ちょっとした腕試しだ。特に深い意味は無い」
「・・・いいだろう」
試合可能な広場に向かい、互いに向き合う二人。ニールはすでに剣を抜いて戦闘態勢に入る。対するブレードは何も構えず、立ち尽くす。
「武器と時間は制限なし。一撃を当てたら終了だ」
「・・・」
「出さないのか?」
「・・・構わん」
「なら、行くぞ!」
一気に間合いを詰めて斬り掛かる。彼女は左横薙ぎを繰り出すが、彼の横で剣は止まった。
「!?」
「おい、あれなんだ!?」
観戦している兵士の一人が叫ぶ。ブレードはいつの間にか、『RAY.S.R』を右手に持って彼女の剣撃を受け止めていた。
「ほう、昨日見た青い刃では無いな」
「・・・これは演習用だ。斬れはしないが、触れれば強烈な麻痺に至る」
「面白い!」
互いに器用な手捌きで剣と光学剣の弾き合いが始まる。観戦している兵士たちは驚きの声を上げた。
「ニール隊長と互角で戦っている!?」
「何なの?あの黄色に輝く武器は?」
「すげ―!今度は俺も戦ってみて―!」
「いいぞ!」
剣の弾き合う中、ブレードが隙をつき、左手で大振りの3刀斬りを振り下ろす。しかし、ニールはすかさず見切り、後方へステップして回避する。黄色の3つ爪は地面すれすれに止まった。直立体制に戻りながら、左手の『RAY.S.R』をしまうブレード。
「・・・ふぅ」
「今のは危ないな。少しでも遅れたら当たっていた」
「・・・今のは本気ではない」
「ならば、見せろ!お前の本気を!」
彼の力の解放を要求し、突っ込んでくるニール。彼は右手の『RAY.S.R』の刃を失くし、右腰に構える体制になる。
二人がすれ違って斬り合う瞬間、見ていた兵士全員は何が起きたのか解らなかった。
「「・・・」」
互いに背を向けて斬り上げる体制で静止し続ける二人。しばらくしてお互い同時に動き、武器をしまう。決着がついたのか解らないまま、二人は見つめ合った。
「何故、刃を収めたまま、私の剣撃を避けて斬る振りを?」
「・・・」
「何故、本気を見せない?昨日のマガイモノに挑む気迫を。なぜ?」
「・・・此処は本物の戦場ではない・・・それだけだ」
最後のすれ違いの勝負は彼の勝利で間違いない。だが、彼は敢えて刃があったと仮定しての攻撃をして、相手である彼女には一切危害を加えなかった。ニールにとって彼の行動は理解しがたいことである。
「・・・武器は敵を殲滅させるためのもの」
「模擬戦だろうとあの時の私は敵であろう!」
「・・・俺の敵は異形者だ。教会とかいうくだらん奴らですら、あいつらの足元にも及ばない」
「お前・・・」
「・・・奴らは殺す価値もない。滅ぼすべき敵は人類を殲滅しようとする奴らだ」
彼の答えにニールは言葉が出なかった。その後、彼と戦いたいという兵士が多数現れる。彼は拒まず了承し、彼らと試合した。希望者の9割は魔物だったが、全てブレードの圧勝に終わる。
「凄いですね。あいつ」
「隊長もよくあいつと互角で戦えましたね」
「・・・」
「ニール隊長?」
彼女はまだ、彼の言葉を理解できなかった。ずっと思い返しながら言葉の意味を深く考える。
(滅ぼすべき敵・・・マガイモノのことだろうが・・・なぜ、そこまで・・・あいつの過去に何かあるのだろか?)
「隊長、そろそろ昼です。料理長がすでに飯を用意していますよ?」
「ん?ああ、そうか。もう、そんな時間か」
(まあ、いつか問いただしてみるか)
「今日は乳印の牛乳を使ったクリームソーススパゲッティらしいですよ」
訓練所の食堂へと向かう兵士たち。ブレードも招待され、ニールと同じ席に座る。出された食事を頂きながら彼女が話し掛けた。
「私の部隊の大半を相手にしたらしいな。大丈夫か?」
「・・・訓練としては悪くない」
「本気を出さないほど余裕という訳か・・・」
「・・・教会の騎士ほど弱くない。この部隊なら十分に街を防衛できる」
「ふふ、そう言ってくれると助かる」
「・・・本音を言ったまでだ。嘘はつかん」
食べ終えると、彼女は『付き添いだけでいいからある場所に付いて来て欲しい』と頼んできた。彼は無言で頷き、彼女の後ろに付いて歩く。
訓練所から出て市場に向かうと、髪の毛が葉のような少女が店主の花屋で花束を1つ購入した。その花束を持ち、彼女が向かった先はコウノ城の左側にある墓地だった。墓地入口の小屋で、墓守の男性に一言挨拶して二人は入って行く。
いくつもある墓の内、ある一列に彼女は花を1本ずつ置いて行く。
「数十年前、この街の防衛のために命を落とした、私の上司たちの眠る場所だ」
「・・・親の墓参りという訳ではないか」
「私の両親は魔界でよろしくやっている」
「・・・恩師たる者たちの寝床か」
「簡単に言えばそうなる」
二人が話していると横から手足が骨になっている女性が手桶を持ち通り過ぎる。彼は特に驚きもせず、その女性に小さく会釈する。
「お前にも親がいるのか?」
「・・・記憶に無い」
「どういうことだ?」
「・・・居なかったも同然だ」
「つまり・・・」
「・・・戦争孤児だ」
彼の出した言葉に少し反応するニール。
「・・・物心付いたらガキだらけの集団にいた。それしか覚えが無い」
「昔の種族争いの戦争か・・・」
「・・・馬鹿げた争いに巻き込まれた奴の一人だ」
「互いの誇りを賭けた戦いなのだろう?」
「こっちの世界の争いと一緒にするな」
今までの雰囲気とは違う彼の態度に彼女が驚く。
「世界全体を巻き込んだ戦争は下らない意地のせいで、多くの命が失われ、多くの悲しみを生み出した。終わってから数十年で皆、癒されたと思っているが、それは大きな勘違いだ。どんなに慰められても切り裂かれた傷は塞がりやしない」
「ブレード・・・」
「・・・この世界も同じ道に向かおうとする十字がいるようだが、共存を望んでいるお前たちなら問題あるまい。いずれは奴らも自業自得を経験する」
「そうだな・・・すまない」
「・・・謝罪はいらん」
彼自身の本音が少し見えたことに少し喜ぶニール。そんな彼女を無視して彼は空に向かってきつい視線を飛ばす。
「どうした?」
「・・・」
「誰か見ていたのか?」
「・・・気のせいだ」
「そうか・・・ここにはゴーストやゾンビ、さっきのスケルトンなどの魔物が徘徊していることもある。恐らく彼女たちだろう」
「・・・だといいがな」
「???」
彼は視線を戻し、歩き出す。彼女もブレードの後に続いて歩く。
「もう、行くのか?」
「・・・城の手前にあいつらのチェイサーもあるはずだ。乗って帰る」
「もし居なければ私の部下に送らせよう」
「・・・無ければ自力で帰るまで」
「ふふ、無理はするな。折角の傷が開いて復帰できなくなるぞ」
「・・・いらぬ世話だ」
少し不機嫌になりながら墓地を後にしようと、入口に向かう。が、途中で彼は歩くのを止めた。
「・・・?」
「どうした?・・・!?」
「ようやく・・・」
「見つけた!!」
墓地の入口に二人の女性が息を切らしながら立っていた。リザードマンのリオとアマゾネスのケイである。
「言った通りだろう?」
「・・・うっとおしい」
「大人しく・・・」
「アタイの・・・」
「「夫となれ!!」」
「・・・ニール、目を閉じろ」
「何?」
ニールが慌てて目を閉じると、彼は拳くらいの物を追跡者たちに投げつけた。
バシュウウ!!
「「うわっ!?」」
「今の爆発は、昨日の!?」
「く、何だ!?」
「め、目が!?」
ブレードは素早くスタングレネードを投げて二人の視界を麻痺させたのだ。
「・・・すぐに回復する」
「あ、ブレード!」
走り出す彼にニールも後を追う。入口を抜け、城の手前近くに来ると、ジェミニとイーグルがすでに上空へ上がっている最中だった。すぐに通信を入れるブレード。
「・・・ラート!降下して回収しろ!」
『え!?ブレード?どうしたの?』
「・・・早くしろ!」
通信で怒鳴る彼に驚き、急いで向かうラート。そうしている間に追跡者たちが迫っていた。それを見てブレードは構える。その時、ニールは彼の前に立ちはだかるように剣を構えた。
「・・・!?」
「借りはまだ十分に返せていない」
「・・・ふっ・・・好きにしろ」
追いついた彼女達も剣を抜いて襲い掛かるが、ニールの剣捌きで吹き飛ばされる。
「お前!?あの時の女!」
「やっぱり、その男を匿ってたのか!?」
「何のことだ?お前達とは初対面のはずだが?」
ニールが足止めをしている隙に、ブレードはラートのチェイサーに乗って上昇した。
「「ああ!?」」
「・・・礼を言う」
「ふふ」
「ええい!必ず、必ずううう!!」
「ちきしょうおおお!!」
彼女達の悔しさの叫びが響く。上空待機しているイーグルのもとに行くと、いつの間にかレートはラキを乗せてこちらに接近してくる。
「ラキ、やっぱり・・・」
「レート、それ以上言ったら叩き落とすぞ」
「ブレード、ニールさんとあの人達、何かあったの?」
「・・・知らん」
「相変わらずお前たちは・・・帰還するぞ」
イーグルの指示を受け、3台が前進し始める。ブレードは右手で左肩を撫でる。
(・・・誇りを賭けた戦いか・・・・・・ある意味そうかもしれん)
午前6時。訓練場にて一人の男性が腕立てをしていた。
「・・・87、88、89」
ブレードは毎朝、トレーニングを欠かさず、自身を鍛えることに集中していた。
来るべき戦闘に備えて。
「・・・97、98、99、100」
腕立てを終え、肩をほぐしているとエスタから通信が入る。
『朝のラジオ体操でもしてる?ブレード』
「・・・ただのストレッチ。何の用だ?」
『さっき、隊長からの指示で今日は自由に行動していいって』
「・・・ふん、なら好きにさせて貰う」
『ちなみに出来る限り情報収集して来い、とも言ってたからサボらないでね』
「・・・・・・・・・了解」
通信を切り、不機嫌になるブレード。
(・・・変な命令だ・・・休憩しながら仕事しろと言っているようなもの・・・)
無言である武器を手に取る。
『RAY.STUN.ROD』
通称『RAY.S.R』 本来は暴徒鎮圧用に開発された物で生命体に対し、強力な麻痺性の電撃を帯びた実体光学刃を照射。斬撃性能は全く無いが、模擬戦や対人戦などで使用されることが多い。見た目や稼働時間は『RAY.EDGE』と変わっていないが、光学刃は黄色。各隊員に最低1本を所持することが義務付けられている。
右手に『RAY.S.R』を持ち、剣舞のような動きで素振りするブレード。途中で、指の間に3本挟んだ片手で3刀斬りを繰り出すなど技の鍛錬も行う。
ブレードが好んで使用する技の一つでこの3刀斬りは攻撃力が高いが、消費エネルギーも多い。そのため、一瞬で展開する技術が必要とされる。
続けて左右に一本ずつ『RAY.S.R』持っての二刀流や連携技の中に『L.B.H』の抜刀斬りも入れて自己鍛錬を行った。
しばらく経って、ある程度の訓練を終えた彼は自身の個室に戻り、シャワーを浴びる。
「・・・」
熱湯の飛沫を浴びながら自分の身体を見る。身体のあちこちに古い切り傷があった。汗を流し落とした後、身体を拭いて再び服を着る。
(・・・不本意だが・・・行くしかあるまい)
エスタから告げられた情報収集しながらの自由行動。不満になりながらも彼は戦艦から降りて街へ向かった。街に入る途中で、上空に2台のスカイチェイサーが飛んで行くのを目撃する。
(・・・双子も動いたか)
<都市アイビス 北エリア>
都市の北に位置する場所。此処は市場が賑わっていて、朝早くも住民たちが行き交っていた。ブレードは人や魔物とすれ違いながら歩き回る。
(・・・面倒な場所だ)
早くも断念し、中央広場に向かう。すると、彼の前に緑の鱗を持つ女性が立ちはだかった。手足は鱗に覆われ、腰の後ろには緑色の尻尾が付いている。
「・・・ん?」
「貴様、戦士だな?」
「・・・何?」
「見た目より目で解る。私と勝負しろ!」
「・・・は?」
突然、彼女はブレードを戦士と決めつけて腰からショートソードを抜き、彼に突き付ける。
「・・・意味が分からん。遊びなら他とやれ」
「遊びではない!これは真剣勝負だ!覚悟!」
そう宣言した彼女は言い終わると同時にブレードに斬り掛かる。だが、彼は難なく右に避け、右手だけで彼女の背中を軽く押した。
「え!?きゃん!!」
彼女はバランスを崩し、顔面から地面に激突する。そのまま気絶して起き上がらなくなった。周りにいた人達は一部始終を見て拍手する。
「・・・ふぅ、何だこいつは?」
「お前なかなかやるな!今度はアタイだ!」
「・・・またか」
次に話し掛けてきたのは褐色の肌と紫色の長髪の女性だ。背中には背丈と同じくらいの両刃剣を背負っている。
「アタイは誇り高きアマゾネズの戦士ケイ!お前の番となりし者!異論があるなら己の武器で挑んで来い!」
「・・・結構だ」
「なら、大人しくアタイの夫になれ!」
彼女は巨大な剣を両手で持ち、彼に向かって振り下ろす。今度は左に避けるも彼女が横薙ぎで襲い掛かり、彼はしゃがみ避けた後、バク転で距離を置いた。
「やるじゃないか」
「・・・本当に訳が解らん」
無視して後ろを向いて立ち去ろうとするブレード。そんな彼に彼女はお構いなしで襲い掛かる。
「後ろ見せるとは・・・」
「・・・愚かではない」
ブレードはすでに彼女の行動を読み、そのままの体勢で逆手に持った右手の『RAY.S.R』で彼女の剣を止めた。
「なっ!?」
「・・・ふっ!」
彼女の腹目掛けて強烈な右後ろ蹴りを繰り出す。まともに受けた彼女は吹き飛ばされ、地面に転がり倒れた。歓声が上がり、周りは慌ただしくなる。
邪魔者が居なくなったことを確認すると彼はその場から立ち去ろうとした。2、3歩歩くと彼の目の前に先程気絶した鱗の女性が現れる。
「私の目に狂いはなかった!」
「・・・?」
「お前こそ、この私の夫に相応しい男だ」
「・・・勝手に決めるな」
「私はリオ・カルディス!リザードマンの戦士の一人!お前の名・・・」
「アタイの物だああ!」
後ろからの声に気付いて反射的に右へ飛び避けると、ケイと名乗った女性がリザードマンの女性に突っ込んで行った。見事に激突して転がり倒れる二人。
「・・・面倒だ」
彼は波乱の予感を察知し、その場を走り去った。
「貴様!邪魔をする、あ、あいつは!?」
「アタイの夫がぁ!」
二人が争う隙をついて逃走するブレード。しかし、市場とは違う居住区に入ったらしく、道に迷ってしまう。
「・・・何処だ、ここは?」
「どこにいったぁ!!」
「アタイの夫!!どこだ!?」
「・・・ちっ」
2方向から追跡者の声が聞こえ、やむを得ず、彼は忍び足で慣れない場所を突き進む。しばらくして、ある程度離れたらしく、周りに気配も感じられなくなった。少し、落ち着いてポケットから携帯食料のカロリーサプリを1錠取り出し、口に放り込む。
「・・・撒いたか?・・・!?」
早足でこちらに向かってくる気配に気付き、警戒するブレード。目の前、左側の曲がり角からそれは現れた。
「・・・お前か」
「お困りのようですね。ブレード」
見慣れた隊員仲間のレックスだった。彼は近づいてブレードに話し掛ける。
「現在、半径20m以内に高速で移動中の生体反応が2つ。内1つがこちらに接近しつつあります」
「・・・ご丁寧にどうも」
「私が囮になりますので、此処から南東に向かって下さい。そちらに市場がありますのでその隙に」
「・・・礼を言う」
レックスと別れた後、ブレードは早足で指差した方向へ走った。見慣れた人混みの中に紛れて歩き始める。
(・・・レックスもいたのか・・・あの引き籠りは何を・・・!?)
考え込みながら歩いていると、目の前に新たな者が立ち塞がる。
「やはりな。さっきの騒ぎ、お前だったか」
「・・・好きでしたんじゃない」
黒鎧を着たデュラハンのニールだ。
「お前のことだ。喧嘩を吹っ掛けられるのは目に見えている」
「・・・皮肉を言いに来たのか?」
「此処では難だ。私が少しマシな場所に連れてってやろう」
「・・・」
「心配するな。私は好色な連中とは違う。娶ろうなどと考えたりはしない」
半ば信頼していない彼だったが、先程の二人とは違う雰囲気であるため、彼女について行くことにした。二人は中央広場まで歩くと、西の方面に足を進める。
「リザードマンとアマゾネスに目を付けられたらしいな。どちらも執念深い奴らだ」
「・・・悪いが俺は他人の勝手なルールには従わん」
「だろうな。だが、奴らも諦めが悪い。覚悟はしとくのだな」
「・・・ふん」
街の正面入口の区域に当たる西エリア。そこは主に兵士達の訓練所や兵舎があった。二人はその訓練所に入る。そこでは訓練に励む大勢の兵士がいた。
「・・・かなりいるな」
「魔物は確かに多いが、危害は加えん。私が保証する」
「・・・」
先程見たトカゲのような女性と似た種族もいれば、ニールと同じデュラハンの者もいた。しかし、皆、真剣な表情で素振りや試合をしている。
「お前たちも訓練はしているのか?」
「・・・俺ぐらいだ。他は遊びでしかやらん」
「そうか・・・」
「あ、ニール隊長!」
「隊長!?」
「ニール隊長!」
彼女の存在に気付き、集まりだす兵士たち。どうやら彼女はかなり慕われているようだ。そんな中、数人の兵士がブレードに気付く。
「あれ、あんたは・・・」
「隊長、この人は?」
「彼はブレード。異世界から来た戦士の一人だ」
「へえ、あんたが・・・」
「あのロクデナシ教会を倒したってのは本当かい?」
「見た感じ、歴戦の兵士って感じがするね」
「・・・」
いつもの如く、黙っている彼を見て、彼女があることを提案した。
「ブレード、手合わせ願えないか?」
「・・・何?」
「ちょっとした腕試しだ。特に深い意味は無い」
「・・・いいだろう」
試合可能な広場に向かい、互いに向き合う二人。ニールはすでに剣を抜いて戦闘態勢に入る。対するブレードは何も構えず、立ち尽くす。
「武器と時間は制限なし。一撃を当てたら終了だ」
「・・・」
「出さないのか?」
「・・・構わん」
「なら、行くぞ!」
一気に間合いを詰めて斬り掛かる。彼女は左横薙ぎを繰り出すが、彼の横で剣は止まった。
「!?」
「おい、あれなんだ!?」
観戦している兵士の一人が叫ぶ。ブレードはいつの間にか、『RAY.S.R』を右手に持って彼女の剣撃を受け止めていた。
「ほう、昨日見た青い刃では無いな」
「・・・これは演習用だ。斬れはしないが、触れれば強烈な麻痺に至る」
「面白い!」
互いに器用な手捌きで剣と光学剣の弾き合いが始まる。観戦している兵士たちは驚きの声を上げた。
「ニール隊長と互角で戦っている!?」
「何なの?あの黄色に輝く武器は?」
「すげ―!今度は俺も戦ってみて―!」
「いいぞ!」
剣の弾き合う中、ブレードが隙をつき、左手で大振りの3刀斬りを振り下ろす。しかし、ニールはすかさず見切り、後方へステップして回避する。黄色の3つ爪は地面すれすれに止まった。直立体制に戻りながら、左手の『RAY.S.R』をしまうブレード。
「・・・ふぅ」
「今のは危ないな。少しでも遅れたら当たっていた」
「・・・今のは本気ではない」
「ならば、見せろ!お前の本気を!」
彼の力の解放を要求し、突っ込んでくるニール。彼は右手の『RAY.S.R』の刃を失くし、右腰に構える体制になる。
二人がすれ違って斬り合う瞬間、見ていた兵士全員は何が起きたのか解らなかった。
「「・・・」」
互いに背を向けて斬り上げる体制で静止し続ける二人。しばらくしてお互い同時に動き、武器をしまう。決着がついたのか解らないまま、二人は見つめ合った。
「何故、刃を収めたまま、私の剣撃を避けて斬る振りを?」
「・・・」
「何故、本気を見せない?昨日のマガイモノに挑む気迫を。なぜ?」
「・・・此処は本物の戦場ではない・・・それだけだ」
最後のすれ違いの勝負は彼の勝利で間違いない。だが、彼は敢えて刃があったと仮定しての攻撃をして、相手である彼女には一切危害を加えなかった。ニールにとって彼の行動は理解しがたいことである。
「・・・武器は敵を殲滅させるためのもの」
「模擬戦だろうとあの時の私は敵であろう!」
「・・・俺の敵は異形者だ。教会とかいうくだらん奴らですら、あいつらの足元にも及ばない」
「お前・・・」
「・・・奴らは殺す価値もない。滅ぼすべき敵は人類を殲滅しようとする奴らだ」
彼の答えにニールは言葉が出なかった。その後、彼と戦いたいという兵士が多数現れる。彼は拒まず了承し、彼らと試合した。希望者の9割は魔物だったが、全てブレードの圧勝に終わる。
「凄いですね。あいつ」
「隊長もよくあいつと互角で戦えましたね」
「・・・」
「ニール隊長?」
彼女はまだ、彼の言葉を理解できなかった。ずっと思い返しながら言葉の意味を深く考える。
(滅ぼすべき敵・・・マガイモノのことだろうが・・・なぜ、そこまで・・・あいつの過去に何かあるのだろか?)
「隊長、そろそろ昼です。料理長がすでに飯を用意していますよ?」
「ん?ああ、そうか。もう、そんな時間か」
(まあ、いつか問いただしてみるか)
「今日は乳印の牛乳を使ったクリームソーススパゲッティらしいですよ」
訓練所の食堂へと向かう兵士たち。ブレードも招待され、ニールと同じ席に座る。出された食事を頂きながら彼女が話し掛けた。
「私の部隊の大半を相手にしたらしいな。大丈夫か?」
「・・・訓練としては悪くない」
「本気を出さないほど余裕という訳か・・・」
「・・・教会の騎士ほど弱くない。この部隊なら十分に街を防衛できる」
「ふふ、そう言ってくれると助かる」
「・・・本音を言ったまでだ。嘘はつかん」
食べ終えると、彼女は『付き添いだけでいいからある場所に付いて来て欲しい』と頼んできた。彼は無言で頷き、彼女の後ろに付いて歩く。
訓練所から出て市場に向かうと、髪の毛が葉のような少女が店主の花屋で花束を1つ購入した。その花束を持ち、彼女が向かった先はコウノ城の左側にある墓地だった。墓地入口の小屋で、墓守の男性に一言挨拶して二人は入って行く。
いくつもある墓の内、ある一列に彼女は花を1本ずつ置いて行く。
「数十年前、この街の防衛のために命を落とした、私の上司たちの眠る場所だ」
「・・・親の墓参りという訳ではないか」
「私の両親は魔界でよろしくやっている」
「・・・恩師たる者たちの寝床か」
「簡単に言えばそうなる」
二人が話していると横から手足が骨になっている女性が手桶を持ち通り過ぎる。彼は特に驚きもせず、その女性に小さく会釈する。
「お前にも親がいるのか?」
「・・・記憶に無い」
「どういうことだ?」
「・・・居なかったも同然だ」
「つまり・・・」
「・・・戦争孤児だ」
彼の出した言葉に少し反応するニール。
「・・・物心付いたらガキだらけの集団にいた。それしか覚えが無い」
「昔の種族争いの戦争か・・・」
「・・・馬鹿げた争いに巻き込まれた奴の一人だ」
「互いの誇りを賭けた戦いなのだろう?」
「こっちの世界の争いと一緒にするな」
今までの雰囲気とは違う彼の態度に彼女が驚く。
「世界全体を巻き込んだ戦争は下らない意地のせいで、多くの命が失われ、多くの悲しみを生み出した。終わってから数十年で皆、癒されたと思っているが、それは大きな勘違いだ。どんなに慰められても切り裂かれた傷は塞がりやしない」
「ブレード・・・」
「・・・この世界も同じ道に向かおうとする十字がいるようだが、共存を望んでいるお前たちなら問題あるまい。いずれは奴らも自業自得を経験する」
「そうだな・・・すまない」
「・・・謝罪はいらん」
彼自身の本音が少し見えたことに少し喜ぶニール。そんな彼女を無視して彼は空に向かってきつい視線を飛ばす。
「どうした?」
「・・・」
「誰か見ていたのか?」
「・・・気のせいだ」
「そうか・・・ここにはゴーストやゾンビ、さっきのスケルトンなどの魔物が徘徊していることもある。恐らく彼女たちだろう」
「・・・だといいがな」
「???」
彼は視線を戻し、歩き出す。彼女もブレードの後に続いて歩く。
「もう、行くのか?」
「・・・城の手前にあいつらのチェイサーもあるはずだ。乗って帰る」
「もし居なければ私の部下に送らせよう」
「・・・無ければ自力で帰るまで」
「ふふ、無理はするな。折角の傷が開いて復帰できなくなるぞ」
「・・・いらぬ世話だ」
少し不機嫌になりながら墓地を後にしようと、入口に向かう。が、途中で彼は歩くのを止めた。
「・・・?」
「どうした?・・・!?」
「ようやく・・・」
「見つけた!!」
墓地の入口に二人の女性が息を切らしながら立っていた。リザードマンのリオとアマゾネスのケイである。
「言った通りだろう?」
「・・・うっとおしい」
「大人しく・・・」
「アタイの・・・」
「「夫となれ!!」」
「・・・ニール、目を閉じろ」
「何?」
ニールが慌てて目を閉じると、彼は拳くらいの物を追跡者たちに投げつけた。
バシュウウ!!
「「うわっ!?」」
「今の爆発は、昨日の!?」
「く、何だ!?」
「め、目が!?」
ブレードは素早くスタングレネードを投げて二人の視界を麻痺させたのだ。
「・・・すぐに回復する」
「あ、ブレード!」
走り出す彼にニールも後を追う。入口を抜け、城の手前近くに来ると、ジェミニとイーグルがすでに上空へ上がっている最中だった。すぐに通信を入れるブレード。
「・・・ラート!降下して回収しろ!」
『え!?ブレード?どうしたの?』
「・・・早くしろ!」
通信で怒鳴る彼に驚き、急いで向かうラート。そうしている間に追跡者たちが迫っていた。それを見てブレードは構える。その時、ニールは彼の前に立ちはだかるように剣を構えた。
「・・・!?」
「借りはまだ十分に返せていない」
「・・・ふっ・・・好きにしろ」
追いついた彼女達も剣を抜いて襲い掛かるが、ニールの剣捌きで吹き飛ばされる。
「お前!?あの時の女!」
「やっぱり、その男を匿ってたのか!?」
「何のことだ?お前達とは初対面のはずだが?」
ニールが足止めをしている隙に、ブレードはラートのチェイサーに乗って上昇した。
「「ああ!?」」
「・・・礼を言う」
「ふふ」
「ええい!必ず、必ずううう!!」
「ちきしょうおおお!!」
彼女達の悔しさの叫びが響く。上空待機しているイーグルのもとに行くと、いつの間にかレートはラキを乗せてこちらに接近してくる。
「ラキ、やっぱり・・・」
「レート、それ以上言ったら叩き落とすぞ」
「ブレード、ニールさんとあの人達、何かあったの?」
「・・・知らん」
「相変わらずお前たちは・・・帰還するぞ」
イーグルの指示を受け、3台が前進し始める。ブレードは右手で左肩を撫でる。
(・・・誇りを賭けた戦いか・・・・・・ある意味そうかもしれん)
11/08/26 18:11更新 / 『エックス』
戻る
次へ