不幸福
俺の人生は、多分客観的に見ても、不幸の連続で、諦めの連続でもあった 家族のことはあまり思い出に残っていない。姉に憧れて剣を握り始めたのが五歳だったか。その翌年に両親は魔物に食い殺された。五つ上の姉貴は復讐に突き動かされ魔物を殺しに街をでた。 数日後には、騎士団のおっちゃんが姉の剣の鞘を泣きはらした顔で俺に届けにきた。 孤児院は貧乏だったから、騎士団のおっちゃんに頼んで、家の一切合財を売り払って足しにしたいと相談した。手元には姉の鞘だけを残して、あとは全部金にした。孤児院はちょっと楽になった。 院長のばあちゃんは俺を泣きながら抱きしめた。俺自身にもわからない悲しみに泣いたのだ。やさしいばあちゃんだった。 11になるころにばあちゃんは死んだ。バカみたいに泣いた。ガキどももバカみたいに泣いた。 おれは一番年上だったからしっかりしなきゃと思って料理を勉強した。 12になったころ孤児院は灰になった。気の狂った放火魔の放った火が、おれの右目とたった一人を除いたガキ達、そして四年を過ごした家を焼いた。 その放火魔が捕まったと聞いて広場にいく。放火魔は騎士団のおっちゃんの前でケタケタと笑っていた。おっちゃんは体を震わせていた。 おっちゃんが面倒を見ると言って俺と残ったガキのフランはおっちゃんの子供になった。おっちゃんは優しかった。助けになりたいとおもって料理の腕を磨いた。おっちゃんに憧れて剣を振った。フランは掃除が得意だった。 14になるころおっちゃんの騎士団の人が泣きはらした顔で来た。おっちゃんは森の魔物討伐でワーウルフに殺されたそうだ。血に塗れた傷だらけの盾を震える手で渡された。 フランは病気になった。譲り受けたおっちゃんの家で、治すてだてもなく、苦しんで息を引き取った。死ぬ間際に一際強く俺の手を握って、泣きながら死んだ。 15になった時国を捨てた。死の記憶にこれ以上怯えたくなかった。 姉の鞘、ばあちゃんのペンダント、おっちゃんの盾、フランの髪飾り。思い出を支えにしてただ一人放浪した。 人も魔物も全部が嫌いだった。半分に割れた世界を憎み朝も夜もなく歩いた その年に魔物が変わって…もう八年になるか。 「ふむ、ではここで粘ってもろくな情報はないか」 「すまないね、旅人さん。ま、せめて酒でも飲んで疲れとイラつきを抜いていきな」 「商売がうまいね」 予想通りの期待はずれに柔らかな銀髪をサラリと揺らし、肩をガクリと落としたエミリエは皮肉な笑みを浮かべながら席に腰をおろした。 「風変わりな旅人さんにはちょうどいいだろう?なにがいい。ビールが冷えてるよ」 「赤ワインある?」 「オシャレだね、最近の若者はビール離れが激しくて」 ブツブツと呟くマスターはその粗野な見かけと言葉使いと裏腹に華麗な手つきでワインをグラスに注ぎ、音もなくエミリエの前に置いた。 「ありがと、あとチーズ」 「はいはい」 エミリエはゆっくりと量産もののワインを飲み、渋みを堪能したあとにカクンとうな垂れた。 「やっぱむりかな〜、こんな情報だけの探し物なんて」 「はいよ、チーズ…しかし旅人さん。こんな夜更けに、おまけに、傷だらけの男探しなんてね、無理があるよ」 「むー、だって会いたいんだもーん」 唇を尖らせるエミリエを微笑ましげに眺めマスターはコップを過剰なほど綺麗に磨く。 「情報ってのはさ、朝の人通りが多い場所で虱潰しにやるもんさ、ま、旅人さんには無理かもしれんがね」 「わかってるなら言わないでよー」 ブーブーと不満を垂れる口をいよいよもって開こうと、仄かに赤い頬のエミリエはマスターに首を向けた、そのちょうど コンコン 「…」 コトリ、と手に持ったコップを棚におき、マスターはカウンターを抜けて店のドアを開けた 「誰だい、こんな時間に」 「夜分遅くに、申し訳ない…」 白いサーコートに身を包んだ痩せた騎士が、品定めをする目でマスターを見据えた 「今日、魔物と思しきものが国に侵入してな。虱潰しに聞いて回っているのだよ。店内を改めさせてもらっていいかね?」 「そりゃ大変だ。どうぞ中へ」 「申し訳ない、二、三分でカタがつきますので」 店に踏み入った騎士は、埃一つない狭い店内をぐるりと見回し、カウンターの裏を覗いた。 「…ッチ、ここもハズレか」 「そりゃそうですよ。今日はロクに客がこなくてね」 「…ふむ」 客がこない、その言葉にギョロリと目を動かした騎士はツカツカとカウンターの端に歩み寄った 「…このワイングラスは?まだ、中身もある」 「もう客がこないと思ってね、一人で飲んでたんだ」 「…ルージュがついているが」 「昔から紫唇がコンプレックスでね」 「…そうかね、邪魔をした」 ツカツカと店の出入り口から外に出る騎士。扉を閉めようとノブに手をかけ… 「マスター」 「はい?」 「月夜ばかりと思うなよ」 血走った目でギロリとにらみ 「そちらこそ、曇り空ばかりと思わぬことだ」 騎士の本日の記憶はここで途絶えた 「冷や汗ものだったよ」 「フフッ、悪いねマスター。なにせ、反魔物体制の国じゃあなたみたいのがいないとロクに身動きも取れないんだ」 「それに、こういうところにいる半端者はやっかいごとにまきこまれるものさ」 「違いない、ダンピール」 ハットを深く被り唇をにやりとゆがませたエミリエは引き抜いた細剣をゆっくりと鞘に収めた、白銀を保った刀身は血が一滴も付着していない 「…エストックはそんな風に使うものじゃないぜ」 「殺す気はサラサラないからね」 「そうかい…ほれ」 マスターは懐から一枚紙を引き抜きエミリエに差し出した 「これは?」 「夜の情報集めに向いてるとこだ」 「ありがと」 紙を受け取ろうとしたエミリエの手をパチンとはたき落とし 「ワインとチーズのお代は?」 「…締まらないなぁ」 倒れた騎士の前で酒とつまみの代金の支払い、領収書は情報のための情報。 奇妙なことで… 「じゃあ、また。マスター」 「あぁ、また」 夜の闇に赤黒いマントを羽織ったエミリエは溶けてゆく。 夜目のきかないマスターは騎士を引きずって店内に入り…その直前に、ドアに掛けた札をカタリと回した 『本日閉店』 |
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