連載小説
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出会い
始まりは長い事会っていない兄からの電話だった。
「もしもし。兄さん、急にどうした。何か用事でも?」
「悪いな、務。少々頼みたい事があってな。」
大学から帰り、日当たりが悪く広さと立地の割には安いマンションの一室で、一息ついていると珍しい電話がかかってきた。
7つ離れた兄、「朝霧 学」に関して僕「朝霧 務」が知っていることは多分少ない。小さな頃から活発で高校生で上京し、そこで運命の出会いをしたと興奮しながら実家に結婚の報告に来たのが、10年前。父さんと兄が大喧嘩して、それきり兄は家に戻る事はなかった。その後はどうやらお金持ちらしい相手の実家で暮らし始めたから、直接会ったのはその時が最後で、今どこに住んでいるのかすら知らなかった。…そんな事もあり兄からの電話は少し嬉しかった。だから頼み事と聞いて若干面倒だと思いながらも、出来る限り協力してあげようと思ったのだが、兄が告げた内容はそんな思いも吹き飛ばす物だった。

「単刀直入に言うぞ。俺の娘の面倒を見てくれないか?」

「はいっ!?ごめん、ちょっと待って?」


…これが今から1ヶ月前の話だ。今思い出しても酷い話だと思う。何が一番酷いかと言えば、兄に子供がいるという事を知ったのがこの時であったという事だと思う。
この後、兄は悪戯に成功した子供のように笑いながら「日本を離れて遠いところに行く事になったが、小学五年生の娘に友達と別れたくないと反対された。」と理由を説明し、「普段はお手伝いさんがいるから問題はない、しかし、自分の代わりに頼れる保護者がいる」という話から、僕に白羽の矢がブスりと突き刺さったという訳だ。
偶然にも今僕が住んでいる場所から娘さんが通う学校は近いらしく、帰りに寄るには便利らしい。僕は娘の学校での出来事や悩みを聞くだけでいいからと電話越しに拝み倒され、聞き入れる事になるのだった。

「断り切れなかった僕も悪いとはいえ、子供を置いて行くってどういう神経をしてるんだよ。全く。」
そして、今ぶつくさと兄に言いそびれた文句をぼやきつつ、僕はその兄の娘を家の近くの喫茶店で待っている。今日は土曜の昼間という事もあり20席程のテーブルは8割ほど埋まっていた。暇を持て余したおばさま方やカップル達が話に花を咲かせ静謐とは程遠い空間の中で、僕は席の一つ入り口がよく見える窓際の席に着いていた。読みかけの小説(大学生の男が好奇心旺盛な後輩に初恋をして振り回されるという最近流行りの小説)を机に置き、冷めかけの紅茶を飲みながら時計を確認する。…あと五分で待ち合わせの時間になる。
兄の娘(名を確か「朝霧 アリス」といった筈だ。)は兄曰く見れば一目で解るらしい。しかし、僕としては、名前だけを知っている、写真ですら見たことがない人間を本人と断定するのは不可能だと思う。…そもそも、この喫茶店が解らず迷子になっているかも知れない。その時は一体どうしろというのか。しっかり者だとは聞いているが相手は小学生だ。一体何があるかわからない。兄はその辺り、軽々しく考え過ぎなのだ。等々とアリスという子への心配と兄への怨み事を胸中で呟き続けていると、カランコロンという来客を知らせるベルトともに人の話し声の絶えない店が微かな騒めきと共に静まり返っていく。
「嘘っ。凄い綺麗な子。お人形さんみたい。」「ハーフなのかな?あのブロンドの髪触ってみたい。」
僕の前のボックス席の二人組の女性が何やら呆然といやうっとりしたように小さく呟くと入り口のほうを見つめ始める。どうやら、今入ってきたお客さんに関する話らしい。そこで入口のほうへ目を向けるとそこには…天使がいた。
 140pに満たない位の華奢な体躯にきちんと整えられたセーラー服。3月とはいえ今日は暖かく日差しの中を歩いて来たのだろう、人形のように白く透き通る肌は頬だけが天使が精巧な芸術品ではなく血の通った存在であることを知らせるように薄っすらと赤らんでいた。そして何よりも目を引くのが背の中ほどまで伸ばされたブロンドで、遠目でもシルクのような艶としなやかさを持っていることがわかる、成程あの髪に触れ顔を埋めればどれほど心地よいだろうかと見る者すべてに思わせる、正に魔性と言えるほどの輝きを放ち、事実その時店内にいる者全てが時を忘れ見惚れていた。
 少女はそんな店内の様子に見向きもせずに辺りを見渡し、そして探し物を見つけたかのようにゆっくりとしかし、真っすぐに静止した店内を歩き、僕の前まで来て、
 「こんにちわ。朝霧アリスです。えっと、朝霧務さんですよね。これからよろしくお願いします。」
 と僕にペコリとお辞儀をした。
19/05/23 14:00更新 / エルドブルー
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■作者メッセージ
物語は始まったばかりで、まだ、序章で御座います。若輩者の私ですが精一杯書いて行きますのでそれこそ、親戚の子供を見るような温かい目で見守っていただければ幸いです。

感想・指摘のほう御座いましたら是非コメント欄にお願いします。

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