遭遇と境遇 (前編)
○プロローグ○
人は、誰にもまねできない、ありえないことが出来る人間、イレギュラーな人間を見たらどうするだろうか。
天才として羨ましがるか。
神として崇めるか。
そして、悪魔として、鬼として化け物として怪物として……
恐れ、忌み嫌うか。
ここまで違いはあってそれでも、イレギュラーは生まれ、成長し、その才を遺憾なく発揮する。
それを役に立てようとする者、隠そうとする者、悪用するもの……様々に種類はあれど、ただひとついえることがある。
凡人はイレギュラーにはなれない。
だからみな努力しする。イレギュラーにもっとも近い人間は優秀という評価を受け、そうでない人間とは区別される。努力によって変えることが出来る、それが人間の、レギュラーの考え方だ。
しかし、イレギュラーはそうはいかない。生まれてすぐに、というわけにはいかないが、イレギュラー同士の差は年を重ねるごとに実感できる。
能力の差は一生埋まらない。
天才でも神でもあくまでも鬼でも化け物でも怪物でも。
限界はあるのだ。
1章
目の前には一枚の契約書があった。ただにひたすらに文字を書き連ねたような、見ていると眠くなるものだ。
無機質に見えるその文字は、書いた人間の思いを集約し、意味を成している――そう思えるのは俺の気のせいだろうか。
そしてこの文字には……。
「……全くもって面倒なことになりました……」
書いた人間のなんともやるせない感じが伝わってくるのだ。
「……何でこんなことになったんでしょう……」
人というのは面白い。たとえ隠そうとしても楽しさ、悲しさ、憤りが、言葉や文字、表情に雰囲気で伝わってくる。もしかしたら、後者の表情や雰囲気については動物にもいえるのかもしれない。
「……あの……」
そうなるとおもしろい。人は言葉があるから良いが、動物には無い。もしかしたらその機能が発達してテレパシーのようなことをしているのかも
「……聞いてますか……?」
……あ。
「はいはいもちろん!なにせ久しぶりの依頼ですからねぇ、ちょっと作戦考えてたんですよ。」
そう言って俺――デルト・クロイスは、依頼人――カーペンターさんに向かって笑った。
ここは俺の住んでいる家の中にある事務所だ。自分の前にはカーペンターさんとその人が座るソファ、テーブルの上に契約書。
「それでカーペンターさん、そちらとしては――」
「カーエンターです。カーペンターではありません」
「……ハッハッハいやだなぁ、僕はそんなこと言ってませんよ〜」
冷や汗が額に浮かぶ。出来るだけ顔を真面目にしなければ。
「……で、どういった措置をとればいいんですか?そのゴブリンに対して」
そう、ゴブリン。それがこのカーペン――失礼カーエンター、村長の悩みらしかった。
「具体的に……」
そう言うと、やはりカーペ――もういいや村長は黙り込んだ。
「出来れば話し合って」
「無理です」
俺はそう断言した。
「そういったことはもう実践されたんですよね。それで無理だから僕のところへ来た。……違いますか?」
「……はい。実は話し合っても話し合っても『そんなことは知らない』の一点張りで……」
このしょぼくれたオッサンとしか言いようのない村長を困らしている事件というのは、村の男たちが行方不明になっていることだった。被害者は二十四人。このままでは村の男手がいなくなってしまい、村の存続も怪しい。
関連性を探ろうにも若い(と入っても二十歳から四十歳まで幅広い)男達であること以外に共通点は無い。
村では、周りに住んでいるゴブリンたちがさらったのだ――という結論に達した。
しかしそれにしても……。
「妙ですね……」
「? 何がですか?」
「多すぎます」
そう、いくら若い男をさらうのがゴブリンといわれていても、短期間に十人以上の人間をさらうことはないはずである。
「ただ単にゴブリンの頭数が多いだけなのか……。それとも何か、別の理由があるのか……」
村長は黙り込む。そりゃそうだ。それもわからないからここに来ているのだから。
「まぁいいでしょう。では、今回はゴブリンの調査。調査方法は問わないと。それでいいですか?」
「……はい」
「調査費用はいくらほどで?」
「……銀貨二十枚。前金は三枚です。」
質素に暮らせば、しばらくは生活に困らない額。村としても死活問題なのだろう。
「いいでしょう。ではこちらを」
俺はそういうと、目の前にあった契約書を手に取り、半分に破った。
ビリィッ
「そちらが書いた依頼内容と調査費用の契約は両方に書かれているので問題ありません。それでは受け取ってください」
俺はそう言って破った紙の半分を村長に渡す。これで契約は成立だ。
「……どうか、よろしくお願いします……」
さて、1週間くらいで終わるといいけど――。
――そう簡単にはいかないか……。
俺は今、村長の言っていた、ゴブリンの集落は、
「これじゃ瓦礫の山だな……」
見事に無くなり、瓦礫しか残っていなかった。
……ここで何かあったのは間違いないが……。
集落、正確に言うなら集落跡に足を踏み入れ、何か手がかりが無いか探すしかない。
「はぁ……めんどくさい」
一時間後。
「……何も無い……?」
そう、何も無い。この破壊を行った人物につながるものは、ひとつも。
同族内での抗争なら、もっと何かが残っているはず。
別の種族と争ったにしてもおかしい。火薬の匂いがする。
「だとすると……」
これは、人為的なものなのだろうか……。
なぜこんなことをする必要があったのか、村人の失踪事件と関連があるのだろうか、と考えても、何も思いつかなかった。
……とりあえず家に戻ろう。
――と家に戻ったはいいけど。
ドアが何かで叩き壊され、部屋が荒らされていた。
「……………」
とりあえず、今の自分には3つの選択肢がある。
その1、役人に通報。
その2、とりあえず片付ける。
その3………。
「……今も荒らし続けている間抜けな犯人を捕まえる……」
うん、なんだか見ているこっちがすがすがしくなるほど破壊し続けているんだよね、目の前で。
迷わず3を選択。とりあえず――。
ダッ!
ズガッ!
跳び膝蹴りで。
「あわわわわゎゎぁぁ!!!」
犯人、転がりながら本棚に
ゴツッ
衝突。
「……………」
すさまじく軽い………。そして小さい。
「えーっとその……」
動かない。
……………………あ。
「死んだか」
「死んでたまりますかっ!」
生きてた。
「何だ、生きてたのか」
「何だ、って何なんですか!?」
うるさかった。
「まぁいいや、とりあえず遺書書いて死んでくれ」
「ひどすぎるです!」
文句が多かった。
見た目は12歳くらいだろうか。小柄な少女である。が、それは免罪符にはならない。服、というより布を着て(かぶって)いる。
「………え………もしや………」
どうやら、俺が誰か気がついたらしい。
「なぁーにしてんのかなぁ……俺の家で」
「すいませんでしたっ!!」
土下座。謝んの速っ。
「実はうちは父が死んでから貧乏で貧乏で……」
「嘘だろ」
「それで仕方なく……って何でですかっ。信用してくださいっ」
「今頃そんなベタな展開があるわけない」
「ベタって何ですか、人が一生懸命考えたのに――」
「……………」
「……………」
「……嘘じゃねーか」
「はぅっ!」
かなりの馬鹿だった。
「そ、それはともかく」
「いや話題変えようとすんな。無理やりすぎるだろ」
「うううぅぅぅぅぅ」
「うめいても何にもならんぞ」
そこで少女は何か考える素振りを見せた。そしておずおずと口を開く。
「……実は……」
「実は?」
「私は……ゴブリンなんです!」
そういうと、かぶっていた布を脱ぎ、ゴブリンの体を見せつけてきた。
……………あぁ。
「………そうか」
「いやちょっと!冷めすぎですよっ!」
「じゃあ死刑で」
「理不尽すぎます!ここは『そ……そんな馬鹿な!』とか『嘘……だろ……』とか『ぜ……全然気付かなかった……!』って返してくださいよ」
「本当にそんなリアクションする奴いねーだろ」
「いますよっここに!」
なぜ胸を張る。大して無いくせに。
「というか、ゴブリンがここにくることは予想してたからな……」
そう、村が万事屋に依頼したことをゴブリンが知っていたら、話し合いにしろ武力で解決するにしろ、ここへくる可能性があることは分かっていた。ただの馬鹿力の魔物ではない。知能が発達しているのがゴブリンなのだ。
「でもでもっゴブリンだってことは特定できないはずですっ。なんたって布で体を隠してましたからっ」
「隠す必要がある時点で人間である可能性は減るし、人間だったらその体格でドアを壊すことはできない。つまり――」
そう言って少女を指で指した。
「お前はゴブリンである」
「おおお……探偵さんみたいですっ。」
「はっはっは。褒め言葉と受け取っておこう」
「じゃあ、そういうことで」
ダッ(少女が駆け出す音)
ガシッ(俺が髪を引っ掴む音)
「どういうことだ」
「うううぅぅ……許してくださいよぉ」
「無理だ。さっさと本名と年齢とスリーサイズと住所と親の名前と所属している組織を言え」
「……エリル・スカール、十四歳です……。スリーサイズは――ってなんで教えなきゃいけないんですか!」
「お前が捕虜だからだ」
「捕虜の人権は!?」
「知るか。というか『人権』て……。お前、ゴブリンじゃねーか」
「じゃ、じゃあゴブリン権で!」
「弱そうだなその剣」
「権利です!」
「……よし、一応言っとこう。俺は実は
人を 虐げるのが 大好き
なんだ。そこんとこよろしく。」
「最低すぎます!」
閑話休題。
「さあて、なぜここに来た? と聞きたい所だが……それは言えないんだったか?」
「……実は、私たちの里に情報が入ったんです。里をつぶそうとする人がいるって……」
どうやら、村付近にあった集落とは別のところから来たらしい。
「やけに素直だな。これじゃあ拷問ができないじゃないか」
「何を言っているんですか!?」
ごちゃごちゃ言うエリル。
「まぁいいや、とりあえずこの件はゴブリンがらみってのも怪しくなってきたし、これからどうするか……」
俺は、今後の行動を考える。
1、村長にこれはゴブリンがらみでないと報告してみる。
2、そのまま調査する
3、情報が足りなすぎるので、目の前の幼女から情報を聞きだす
4、最終手段。知り合いの情報屋に意見を聞く。
「……………」
1…報告する→契約を取り消される可能性大→却下。
2…そのまま調査→先ほどと同じように痕跡がない→効果なし→却下。
3…更なる情報を聞く→子供だしゴブリン自体関わっているか不明→却下。
4…聞きにいく→情報ゲット→解決――
「――する気がしねぇ……」
というか、できれば関わりたくない。
そこで、俺は考えこんだが、良い案はまったく見つからない。
「しょうがないか……」
俺はポケットから縄を出し、エリルの腕を縛った。
「……!まさかあなたそんな性癖が……!いやぁぁぁ!!」
「俺は変態じゃねぇ」
とりあえず、俺は騒ぎ立てるエリルを引っ張ってアイツの家に向かった。
到着。
途中、通報された。
幼女を縛り付けて連れまわしたらそうなるかもしれないが、唐突過ぎだろ。
そいつは昼間から酒を飲んでいた。
「どうした、そんな幼女連れて……まさかお前、ロリコ」
「ちげぇよ」
「へんた」
「ちげぇよ」
「人身ばいば」
「お前は俺のことどんだけ貶めたいんだ!?」
「地獄の底まで……かな」
「何を愁いを帯びた表情で言ってんだお前!?」
「よし覚えておこう。お前が最低だと。」
「その記憶いますぐ消し去れぇぇええ!!!」
息を荒くする俺と対照的に、そいつはニヤニヤしながらこちらを見る。
「いやいや久しいなデルト・クロイス。三ヶ月ぶり……だな。さてさて本日はどのようなご用件で?まさかと思うが私との愛を語ろうしているのなら甘んじて受け入れようとする心構えが私にはあるが、いささか唐突だという点は否めんな」
これがこの町で五本の指に入る情報屋、ラミア・シェラミスだと思うと泣けてくる。ちなみに名前のとおり性別は女。しかしながら男に間違われることもある。幼児体型とはいえないスレンダーな体型は、初めて見たときは魅力的だったが……。
「どうした?さっさとしろ。通報されたくなかったらな」
性格、災厄(誤変換でない)
そう、もはや天災のような中身を持ち合わせているため、異性というより腐れ縁、友達以上恋人未満どころか友達としてみてくれているかも不明。
「違うって。俺は情報聞きに来ただけだ。マルド村、知ってるか?」
「……ああ、確かそこで何かトラブルが起こっているらしいな」
さすがに耳が早い。
やはりラミアは情報屋としては一流だ。
「すなわち悪口羅刹のデルト・クロイスによって起こされる犯罪が!!」
「ちげぇ!!」
のっけから何をぬかすんだこの女!?
「昼間から酒を飲み、女をさらい、酒池肉林の限りを尽くしたというあの!!」「昼間から酒飲んでんのはおめぇだろ!?」
「安心しろ、十中八九冗談だ」
「残りの一、二割もちがうからな!?」
閑話休題。
「さてお前の悪事は」
「まだ続くの!?」
閑話休題。
「さて本題だ。連れ去り事件についてだが」
「……はぁ。疲れた」
「喜べ」
「?」
「私はとても楽しかった」
「人として思うことはねぇのかよ!?」
「はっはっは、私は魔物だぞ」
そうだった。こいつは隠してはいるがサキュバスらしい。半年前に打ち明けられたときは驚いたが……。
すると、突然エリルが口を開いた。
「えっ、そうだったんですか!?気づきませんでした……」
どうやら魔物にとっても分からない魔法でカモフラージュしていたらしい。
「……フッ。改めて言おう。マルド村の件だったな。一言で言うなら、関わらないほうが良い。」
「何でだ?」
「……貴族が絡んでいる」
その言葉に、一瞬俺の動きは硬直した。
そうか……だとするなら……。
「ラミア、どこの貴族だ?多すぎて検討がつかねぇ」
「……!……まさか……行く気なのか!?」
そう、普通なら正気じゃない。一便利屋としてはリスクが高すぎる。
それでも、行かなくてはならない。
連続失踪と貴族。魔物。これは、俺が五年前に見た悪夢と似過ぎている。
もし‘そう’ならば……
決着をつけなければ。
人は、誰にもまねできない、ありえないことが出来る人間、イレギュラーな人間を見たらどうするだろうか。
天才として羨ましがるか。
神として崇めるか。
そして、悪魔として、鬼として化け物として怪物として……
恐れ、忌み嫌うか。
ここまで違いはあってそれでも、イレギュラーは生まれ、成長し、その才を遺憾なく発揮する。
それを役に立てようとする者、隠そうとする者、悪用するもの……様々に種類はあれど、ただひとついえることがある。
凡人はイレギュラーにはなれない。
だからみな努力しする。イレギュラーにもっとも近い人間は優秀という評価を受け、そうでない人間とは区別される。努力によって変えることが出来る、それが人間の、レギュラーの考え方だ。
しかし、イレギュラーはそうはいかない。生まれてすぐに、というわけにはいかないが、イレギュラー同士の差は年を重ねるごとに実感できる。
能力の差は一生埋まらない。
天才でも神でもあくまでも鬼でも化け物でも怪物でも。
限界はあるのだ。
1章
目の前には一枚の契約書があった。ただにひたすらに文字を書き連ねたような、見ていると眠くなるものだ。
無機質に見えるその文字は、書いた人間の思いを集約し、意味を成している――そう思えるのは俺の気のせいだろうか。
そしてこの文字には……。
「……全くもって面倒なことになりました……」
書いた人間のなんともやるせない感じが伝わってくるのだ。
「……何でこんなことになったんでしょう……」
人というのは面白い。たとえ隠そうとしても楽しさ、悲しさ、憤りが、言葉や文字、表情に雰囲気で伝わってくる。もしかしたら、後者の表情や雰囲気については動物にもいえるのかもしれない。
「……あの……」
そうなるとおもしろい。人は言葉があるから良いが、動物には無い。もしかしたらその機能が発達してテレパシーのようなことをしているのかも
「……聞いてますか……?」
……あ。
「はいはいもちろん!なにせ久しぶりの依頼ですからねぇ、ちょっと作戦考えてたんですよ。」
そう言って俺――デルト・クロイスは、依頼人――カーペンターさんに向かって笑った。
ここは俺の住んでいる家の中にある事務所だ。自分の前にはカーペンターさんとその人が座るソファ、テーブルの上に契約書。
「それでカーペンターさん、そちらとしては――」
「カーエンターです。カーペンターではありません」
「……ハッハッハいやだなぁ、僕はそんなこと言ってませんよ〜」
冷や汗が額に浮かぶ。出来るだけ顔を真面目にしなければ。
「……で、どういった措置をとればいいんですか?そのゴブリンに対して」
そう、ゴブリン。それがこのカーペン――失礼カーエンター、村長の悩みらしかった。
「具体的に……」
そう言うと、やはりカーペ――もういいや村長は黙り込んだ。
「出来れば話し合って」
「無理です」
俺はそう断言した。
「そういったことはもう実践されたんですよね。それで無理だから僕のところへ来た。……違いますか?」
「……はい。実は話し合っても話し合っても『そんなことは知らない』の一点張りで……」
このしょぼくれたオッサンとしか言いようのない村長を困らしている事件というのは、村の男たちが行方不明になっていることだった。被害者は二十四人。このままでは村の男手がいなくなってしまい、村の存続も怪しい。
関連性を探ろうにも若い(と入っても二十歳から四十歳まで幅広い)男達であること以外に共通点は無い。
村では、周りに住んでいるゴブリンたちがさらったのだ――という結論に達した。
しかしそれにしても……。
「妙ですね……」
「? 何がですか?」
「多すぎます」
そう、いくら若い男をさらうのがゴブリンといわれていても、短期間に十人以上の人間をさらうことはないはずである。
「ただ単にゴブリンの頭数が多いだけなのか……。それとも何か、別の理由があるのか……」
村長は黙り込む。そりゃそうだ。それもわからないからここに来ているのだから。
「まぁいいでしょう。では、今回はゴブリンの調査。調査方法は問わないと。それでいいですか?」
「……はい」
「調査費用はいくらほどで?」
「……銀貨二十枚。前金は三枚です。」
質素に暮らせば、しばらくは生活に困らない額。村としても死活問題なのだろう。
「いいでしょう。ではこちらを」
俺はそういうと、目の前にあった契約書を手に取り、半分に破った。
ビリィッ
「そちらが書いた依頼内容と調査費用の契約は両方に書かれているので問題ありません。それでは受け取ってください」
俺はそう言って破った紙の半分を村長に渡す。これで契約は成立だ。
「……どうか、よろしくお願いします……」
さて、1週間くらいで終わるといいけど――。
――そう簡単にはいかないか……。
俺は今、村長の言っていた、ゴブリンの集落は、
「これじゃ瓦礫の山だな……」
見事に無くなり、瓦礫しか残っていなかった。
……ここで何かあったのは間違いないが……。
集落、正確に言うなら集落跡に足を踏み入れ、何か手がかりが無いか探すしかない。
「はぁ……めんどくさい」
一時間後。
「……何も無い……?」
そう、何も無い。この破壊を行った人物につながるものは、ひとつも。
同族内での抗争なら、もっと何かが残っているはず。
別の種族と争ったにしてもおかしい。火薬の匂いがする。
「だとすると……」
これは、人為的なものなのだろうか……。
なぜこんなことをする必要があったのか、村人の失踪事件と関連があるのだろうか、と考えても、何も思いつかなかった。
……とりあえず家に戻ろう。
――と家に戻ったはいいけど。
ドアが何かで叩き壊され、部屋が荒らされていた。
「……………」
とりあえず、今の自分には3つの選択肢がある。
その1、役人に通報。
その2、とりあえず片付ける。
その3………。
「……今も荒らし続けている間抜けな犯人を捕まえる……」
うん、なんだか見ているこっちがすがすがしくなるほど破壊し続けているんだよね、目の前で。
迷わず3を選択。とりあえず――。
ダッ!
ズガッ!
跳び膝蹴りで。
「あわわわわゎゎぁぁ!!!」
犯人、転がりながら本棚に
ゴツッ
衝突。
「……………」
すさまじく軽い………。そして小さい。
「えーっとその……」
動かない。
……………………あ。
「死んだか」
「死んでたまりますかっ!」
生きてた。
「何だ、生きてたのか」
「何だ、って何なんですか!?」
うるさかった。
「まぁいいや、とりあえず遺書書いて死んでくれ」
「ひどすぎるです!」
文句が多かった。
見た目は12歳くらいだろうか。小柄な少女である。が、それは免罪符にはならない。服、というより布を着て(かぶって)いる。
「………え………もしや………」
どうやら、俺が誰か気がついたらしい。
「なぁーにしてんのかなぁ……俺の家で」
「すいませんでしたっ!!」
土下座。謝んの速っ。
「実はうちは父が死んでから貧乏で貧乏で……」
「嘘だろ」
「それで仕方なく……って何でですかっ。信用してくださいっ」
「今頃そんなベタな展開があるわけない」
「ベタって何ですか、人が一生懸命考えたのに――」
「……………」
「……………」
「……嘘じゃねーか」
「はぅっ!」
かなりの馬鹿だった。
「そ、それはともかく」
「いや話題変えようとすんな。無理やりすぎるだろ」
「うううぅぅぅぅぅ」
「うめいても何にもならんぞ」
そこで少女は何か考える素振りを見せた。そしておずおずと口を開く。
「……実は……」
「実は?」
「私は……ゴブリンなんです!」
そういうと、かぶっていた布を脱ぎ、ゴブリンの体を見せつけてきた。
……………あぁ。
「………そうか」
「いやちょっと!冷めすぎですよっ!」
「じゃあ死刑で」
「理不尽すぎます!ここは『そ……そんな馬鹿な!』とか『嘘……だろ……』とか『ぜ……全然気付かなかった……!』って返してくださいよ」
「本当にそんなリアクションする奴いねーだろ」
「いますよっここに!」
なぜ胸を張る。大して無いくせに。
「というか、ゴブリンがここにくることは予想してたからな……」
そう、村が万事屋に依頼したことをゴブリンが知っていたら、話し合いにしろ武力で解決するにしろ、ここへくる可能性があることは分かっていた。ただの馬鹿力の魔物ではない。知能が発達しているのがゴブリンなのだ。
「でもでもっゴブリンだってことは特定できないはずですっ。なんたって布で体を隠してましたからっ」
「隠す必要がある時点で人間である可能性は減るし、人間だったらその体格でドアを壊すことはできない。つまり――」
そう言って少女を指で指した。
「お前はゴブリンである」
「おおお……探偵さんみたいですっ。」
「はっはっは。褒め言葉と受け取っておこう」
「じゃあ、そういうことで」
ダッ(少女が駆け出す音)
ガシッ(俺が髪を引っ掴む音)
「どういうことだ」
「うううぅぅ……許してくださいよぉ」
「無理だ。さっさと本名と年齢とスリーサイズと住所と親の名前と所属している組織を言え」
「……エリル・スカール、十四歳です……。スリーサイズは――ってなんで教えなきゃいけないんですか!」
「お前が捕虜だからだ」
「捕虜の人権は!?」
「知るか。というか『人権』て……。お前、ゴブリンじゃねーか」
「じゃ、じゃあゴブリン権で!」
「弱そうだなその剣」
「権利です!」
「……よし、一応言っとこう。俺は実は
人を 虐げるのが 大好き
なんだ。そこんとこよろしく。」
「最低すぎます!」
閑話休題。
「さあて、なぜここに来た? と聞きたい所だが……それは言えないんだったか?」
「……実は、私たちの里に情報が入ったんです。里をつぶそうとする人がいるって……」
どうやら、村付近にあった集落とは別のところから来たらしい。
「やけに素直だな。これじゃあ拷問ができないじゃないか」
「何を言っているんですか!?」
ごちゃごちゃ言うエリル。
「まぁいいや、とりあえずこの件はゴブリンがらみってのも怪しくなってきたし、これからどうするか……」
俺は、今後の行動を考える。
1、村長にこれはゴブリンがらみでないと報告してみる。
2、そのまま調査する
3、情報が足りなすぎるので、目の前の幼女から情報を聞きだす
4、最終手段。知り合いの情報屋に意見を聞く。
「……………」
1…報告する→契約を取り消される可能性大→却下。
2…そのまま調査→先ほどと同じように痕跡がない→効果なし→却下。
3…更なる情報を聞く→子供だしゴブリン自体関わっているか不明→却下。
4…聞きにいく→情報ゲット→解決――
「――する気がしねぇ……」
というか、できれば関わりたくない。
そこで、俺は考えこんだが、良い案はまったく見つからない。
「しょうがないか……」
俺はポケットから縄を出し、エリルの腕を縛った。
「……!まさかあなたそんな性癖が……!いやぁぁぁ!!」
「俺は変態じゃねぇ」
とりあえず、俺は騒ぎ立てるエリルを引っ張ってアイツの家に向かった。
到着。
途中、通報された。
幼女を縛り付けて連れまわしたらそうなるかもしれないが、唐突過ぎだろ。
そいつは昼間から酒を飲んでいた。
「どうした、そんな幼女連れて……まさかお前、ロリコ」
「ちげぇよ」
「へんた」
「ちげぇよ」
「人身ばいば」
「お前は俺のことどんだけ貶めたいんだ!?」
「地獄の底まで……かな」
「何を愁いを帯びた表情で言ってんだお前!?」
「よし覚えておこう。お前が最低だと。」
「その記憶いますぐ消し去れぇぇええ!!!」
息を荒くする俺と対照的に、そいつはニヤニヤしながらこちらを見る。
「いやいや久しいなデルト・クロイス。三ヶ月ぶり……だな。さてさて本日はどのようなご用件で?まさかと思うが私との愛を語ろうしているのなら甘んじて受け入れようとする心構えが私にはあるが、いささか唐突だという点は否めんな」
これがこの町で五本の指に入る情報屋、ラミア・シェラミスだと思うと泣けてくる。ちなみに名前のとおり性別は女。しかしながら男に間違われることもある。幼児体型とはいえないスレンダーな体型は、初めて見たときは魅力的だったが……。
「どうした?さっさとしろ。通報されたくなかったらな」
性格、災厄(誤変換でない)
そう、もはや天災のような中身を持ち合わせているため、異性というより腐れ縁、友達以上恋人未満どころか友達としてみてくれているかも不明。
「違うって。俺は情報聞きに来ただけだ。マルド村、知ってるか?」
「……ああ、確かそこで何かトラブルが起こっているらしいな」
さすがに耳が早い。
やはりラミアは情報屋としては一流だ。
「すなわち悪口羅刹のデルト・クロイスによって起こされる犯罪が!!」
「ちげぇ!!」
のっけから何をぬかすんだこの女!?
「昼間から酒を飲み、女をさらい、酒池肉林の限りを尽くしたというあの!!」「昼間から酒飲んでんのはおめぇだろ!?」
「安心しろ、十中八九冗談だ」
「残りの一、二割もちがうからな!?」
閑話休題。
「さてお前の悪事は」
「まだ続くの!?」
閑話休題。
「さて本題だ。連れ去り事件についてだが」
「……はぁ。疲れた」
「喜べ」
「?」
「私はとても楽しかった」
「人として思うことはねぇのかよ!?」
「はっはっは、私は魔物だぞ」
そうだった。こいつは隠してはいるがサキュバスらしい。半年前に打ち明けられたときは驚いたが……。
すると、突然エリルが口を開いた。
「えっ、そうだったんですか!?気づきませんでした……」
どうやら魔物にとっても分からない魔法でカモフラージュしていたらしい。
「……フッ。改めて言おう。マルド村の件だったな。一言で言うなら、関わらないほうが良い。」
「何でだ?」
「……貴族が絡んでいる」
その言葉に、一瞬俺の動きは硬直した。
そうか……だとするなら……。
「ラミア、どこの貴族だ?多すぎて検討がつかねぇ」
「……!……まさか……行く気なのか!?」
そう、普通なら正気じゃない。一便利屋としてはリスクが高すぎる。
それでも、行かなくてはならない。
連続失踪と貴族。魔物。これは、俺が五年前に見た悪夢と似過ぎている。
もし‘そう’ならば……
決着をつけなければ。
10/03/12 12:07更新 / ダイス
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