青年領主と二人のメイド
『自分で出来る事は自分で出来るようになりなさい。やりたいと思う事があるのなら、命を賭けてやり遂げなさい』
それが唯一、父から教わった事でした
領主として民に尽くし、父として私を育ててくれた私の父は仕事人間で常に民の事を考えていました
寂しく思った事もありましたが、それでも、少ないながらもこうして私という人間の一部を形成するような言葉を贈ってくれた事に感謝しています
『無理に父の跡を継ぐ事はありません、貴方のやりたいように生きなさい。自分のやってきた事に誇りを持って死ねるのならば、私はそれだけで十分です』
それが幼い頃から母に言われ続けた事でした
力強くも優しかった母は、仕事で家を空ける事の多かった父に代わり様々な事を私に教えてくれました
料理の作り方、お茶の淹れ方、勉強、裁縫、剣術、馬術、農業、そして領主としての振る舞いや父の仕事
少々気分屋であった母ですが、こうして私が一人で生活出来るように育ててくれた事に感謝しています
今や私も家督を継いで領主となり、周りを冷や冷やとさせてしまう事もありますが何とか一人で生活しています
大きかった父の背中に追い付けるように、良い領主として民から愛されていた父の顔に泥を塗らないように、今日も民の為に尽くしましょう
朝、カーテンの隙間から射し込む太陽の光を恋しく思いながら私は目を覚ましました
私が治める領地を含む国が魔物の軍勢との戦いに敗れ夜の明けぬ魔界となって久しいですが、やはり見慣れた太陽を見られないというのは少し寂しいですね
「「＿＿＿＿＿おはようございます、旦那様」」
むくり、と
身体を起こしたところで聞き慣れない声を掛けられました
この家には私一人しか暮らしていませんから、私に声を掛ける人など居るはずありません
「……………魔物、ですか」
そう、私に声を掛けたのは魔物でした、それも二人
一人は本来午後用として使われる黒地のエプロンドレスを着込み、頭にはシニヨンキャップを被っています
特徴としては、髪から覗く犬のような垂れた耳に手首を覆う羽毛、そしてゆらゆらと揺れる獣の尻尾でしょうか
足元も靴とは違う鱗のようなものがスカートから覗いて見て取れます
柔和な優しげな笑みを浮かべ、私を見つめています
もう一人は先程の魔物とは意匠の違う濃紺のエプロンドレスを身に包み、頭には白のヘッドドレスを着けていますがそのどれもまるで洗濯したばかりのようにひたひたと粘液で湿られています
青白い肌に所々から覗く瞳のような模様、下半身はエプロンドレスが溶けてしまったかのように濃紺と紫が混ざったよう色の不定形な姿で、時折そこから触手が生えたかと思うと吸い寄せられるように不定形に近付き同化していきます
こちらは目を伏せながらも口元には笑みを浮かべ、伏し目がちに私の方を見つめていました
そのどちらも人を惑わすような美しい容姿であり、人外の魅力に溢れています
生憎私は未だ独身の身ではありますが、国を覆う魔物の魔力によって領内に暮らす女性は皆魔物の姿へと変わった為魔物への偏見はありません
元々この国は主神教団の教えが広まっており、私自身も主神教信者ではありましたが領民の半数以上が魔物へと姿を変えた為考えを改めたのです
何より、教団の教えとは違う人を愛する魔物達の姿に惹かれていったというのも大きな理由の一つではありますが
「初めまして、旦那様。本日より旦那様にお仕えさせていただきます、キキーモラのマリーと申します。至らぬ点もあるかとは思いますが、どうぞよろしくお願い致します」
獣の尻尾を持った魔物＿キキーモラのマリーさんはそう言って両手でスカートを軽くたくし上げお辞儀しました
その姿はまさに洗練された立ち振る舞いで、それを自然にやってのけるマリーさんは長年使用人として仕えているような雰囲気を醸し出します
「はじめまして、当主様。こちらのキキーモラと同じく、本日より当主様にお仕えする、ショゴス、ルルで御座います。
当主様のご命令なら、ペンにでも剣にでも盾にでも、何でもござれで御座います。よろしくお願いします」
不定形の下半身を持つ魔物＿ショゴスのルルさんは両手を臍辺りに組みお辞儀しました
透き通った声の中に何処か深い音を感じさせながら喋るルルさんは、不定形から生やした触手を同じようにお辞儀させわマリーさんと比べると若い使用人のような雰囲気を感じます
「……………お二人共、初めまして。ですが、私には使用人は必要ありませんよ。幼い頃から使用人に頼らずとも生きていけるようにと教育されていましたから」
「存じております、旦那様。しかしながらそのお望みは聞き入れる事は出来ません。私は旦那様の事をずっと拝見させて頂いておりますが、お一人ではキチンと栄養管理や体調管理が出来ておられないようです。お疲れなのが私でも分かってしまうほどに。
旦那様はいつも通りの生活を続けて頂いて構いません。どうか、旦那様にお仕えする事をお許しください」
「テケリ、キキーモラの言う通り当主様はお疲れです。使用人の一人も居ないこのお屋敷では当主様の健康にも悪いと、僭越ながらご指摘させていただきます。
わたしとキキーモラが居れば当主様も安心してお仕事が出来るかと思います」
多くの場合、魔物は目を付けた男性から離れる事をしないという事を知っていました
どれだけ私が拒否しようとも、この二人の魔物は出ていく事をしないでしょう
「……………分かりました。それでは一週間の仮契約とさせてください。その後これから働いてもらうか判断したいと思います。お二人も、それで構いませんか」
「承知致しました。旦那様にご満足頂けますよう、誠心誠意尽くさせて頂きますので、よろしくお願い致します」
「テケリ・リ。それでは当主様、こちらが本日のお召し物となっております。朝食のオーダー等は御座いますでしょうか？」
「ありがとうございます。それなら簡単に摘める物をお願いします。今日はこれから暫くすると出ないといけないので」
「畏まりました。それでは早速作らせて頂きますね。ルルさん、こちらの事はお任せしても？」
「テケリ、任されました。では当主様、服の方、失礼いたします」
「それでは旦那様、失礼致します」
そう言ってマリーさんは扉の前で一礼し寝室から出ていくと、ルルさんがベッドへと近付き私の寝間着に手を掛けました
「あっ、いやルルさん。そこまでして頂かなくても結構ですよ。私もそういった事には慣れておりませんし、少し抵抗が」
「ルル、とお呼びください当主様。わたしは当主様にお仕えする使用人、謂わば当主様の物で御座います。物へは遠慮はいりません、どうぞお気になさらずに」
「いや、そういう訳にもいきませんってちょっと待っ！？」
結局、ルルさんは手を止めることなく私の着替えと触手から作られたブラシで髪のセット、同じく作り出された洗面器で顔を洗い歯磨きまでしてしまいました
仕えていただく事は嬉しく思いますが、少々強引な所もあるようです
「お待たせ致しました。ハムとチーズのサンドイッチ、コーヒー、サラダとなっております。お気に召して頂けたなら幸いです」
「こちらが本日の新聞です。しっかりとアイロンを掛けてありますので、ご安心ください」
「あ、あぁありがとうございます」
着替えと朝の支度をしていた短い時間の間にしっかりと朝食を作り終えていたマリーさんに関心しながらサンドイッチを一口
ハムとチーズの塩気が丁度良く、思わず一気に完食してしまう程でした
こんなに美味しいサンドイッチは食べた事がありません
思えば、しっかりと朝食を食べたのは何日ぶりでしょうか？
「本日のご予定は午前からアルトレン侯爵様との連絡会議と昼食会、午後から領地への視察と書類整理となっておりますが、お間違いなかったでしょうか？」
「え、えぇまぁ確かにその通りですが、何故マリーさんがその事を？」
「私の事はマリーとお呼びください。旦那様の使用人ですので、この位の事は把握していて当然でございます」
驚きました、まさか今日の予定まで把握しているとは
「そうですか、助かります。美味しい朝食をありがとうございました」
「いえ、完食していただき私も嬉しいです。そろそろアルトレン侯爵様のお屋敷へ行かれる時間では？」
「あっと、そうですね。それでは行ってきます、来客があれば名前を伺ってまた後程訪ねると伝えておいてください」
「畏まりました、お気をつけて行ってらっしゃいませ」
「お気をつけて、当主様」
二人の使用人に見送られながら、領地に設置された転移装置へと向かいます
「あぁ領主様、おはようございます。これからお仕事ですか？」
「はい、少し離れた街へ行ってきます」
「そうですか、お気をつけて。ところで領主様、お嫁さんが出来たんですか？仄かに魔物の匂いが」
「え、あぁ今朝から使用人として二人働いてもらっていますが妻ではありませんよ」
「はぁ、そうなんですか。それにしては随分と濃い匂いがしてますけど………」
「えぇと、匂いますかね？」
「いえ、私達魔物にしか分からない匂いですから差し障りはないと思いますよ」
朝早くから店を開けていた果実店を営むサキュバスとなった女性と話しながら、街を歩きます
常闇に暮れてしまったこの街ですが、今も昔も変わらず人々の活気に溢れた私の大好きな街です
父から受け継いだこの街と暮らす人々の為にも、今日も一日頑張らなくてはならないですね
「おうよく来たトーマ、久しいな。元気にしておったか？」
「お久しぶりです、アルトレン侯爵様。私の方は変わりなくやらせて頂いております。アルトレン侯爵様もお元気そうで何よりです」
「あぁ、前にも言ったがなトーマよ。陥落前ならいざ知らず、今となっては爵位等ほぼあってないような物だ。そう畏まらなくてもいいんだぞ。
この国を取り仕切っているもの半分は魔物なのだからな、こうやって今は混乱を避ける為に我々のような者が領地を任されているが、往く往くは民が等しく平等な国になる事だろう。
爵位を返還するのが少し先というだけなのだから、儂の事も友とでも思って気軽に接してくれ」
この方が『ハワード・オーガスティア様』、爵位名を『アルトレン侯爵』
まだ戦いが起こっていた時代、『獅子のハワード』という名で恐れられていた人物で父とは古い友人であるらしく、戦傷で戦場を退いた後にも良き領主として領地の開拓や治水工事、近隣諸国から食料品等を輸入し貧しい村々を支援したという話を母から聞いていました
色々な縁から良くしてもらっていて、私が尊敬し目標とする人物の一人でもあります
「お言葉ですがアルトレン侯爵様、貴方様はまだ爵位を返還なさっておりませんし、人々を救った英雄でもあります。そのような方に気軽に接するなど、私には恐れ多いですよ」
「……………昔はオッチャンオッチャンと懐いてきたのが懐かしいなぁ。子供のいなかった儂としても実の子供のように可愛がってきたというのに、時間というのは残酷だな」
「幼い頃は侯爵様の凄さを知らなかったのです、今となってはお恥ずかしい限りです」
「まぁいいさ、早速仕事に取り掛かろう。今度そっちで開催する収穫祭の事なんだが、準備の具合はどうだ？」
「えぇ、領民の皆さんが協力してくださってとても捗っています。資材等の手配をしてくださってとても助かりました」
「そんな事気にするな、この年寄りに出来ることなら何でも言ってくれて構わないからな」
「それでは、お言葉に甘えさせて頂きまして。ここの区画について少しご教授願えればと＿＿＿＿＿」
「で、トーマよ。お前もそろそろいい歳だろう、誰かイイ人は見つかったのか？」
「相変わらず独り身ですよ。ただ今日から、二人の魔物が使用人として働いてくれていまして。キキーモラとショゴスという魔物なのですが、お恥ずかしながらあまり魔物については詳しくなく。もし何か知っておられるならお教え頂ければと」
「うぅむ、キキーモラとショゴスか。確か魔物について書かれた図鑑があったはずた、それを貸してやろう。持って帰って調べてみるといい」
「ありがとうございます、助かります」
「で、そのどっちがお前のイイ人なんだ？ んん？ ずっと独り身を貫いてきたお前がようやく女を見つけたんだ、素直に話してみろ」
連絡会議も終わり、昼食会も終盤に差し掛かった頃
アルトレン侯爵様は突然私の女性事情について問い掛けていました
「からかうのは止してください、領主としての仕事に追われてそのような暇がなかっただけですよ。それに実際に会ったのも今日が初めてですし、そのような事を考えてはおりません」
「しかしな、魔物は自分の惚れた男にしか従わない女達だ。つまりお前は二人の女から言い寄られているようなものなのだぞ。それに答えてやらずに何が男か」
「……………ご勘弁ください、侯爵様。私はまだ誰かと婚姻するつもりはありませんよ。まだまだ学ぶ事も多いんですから」
「まぁ無理矢理どうこうしようとするような魔物ではないようだからな、多少様子を見ても問題はあるまい。いずれはその想いに答えに応えてやれよ」
「そう、ですね。諸々と落ち着いてから、になりそうですが」
私自身まだまだ若造というものありますが、実際に魔界となった領地の整備に魔物へと変わった方への保証、魔物と結ばれた領民への対応等色々と問題な山積みなのです
いくら魔物となった方は男性とそういった行為をしているだけで生きていけるとはいえ、それだけでは街は回りません
また、他国からやって来る方々への対応等にも時間を割かなければなりませんし、落ち着いて女性とお付き合いするなど今の私には考えられませんでした
「今は大変だろうが、その内ゆっくりと酒でも飲んで話をしようではないか。何、儂にもこうして時間が出来たのだ。いやはや、インキュバスとは随分と便利な身体なのだな。老害がこうして有り余る時間を過ごせるようになるとは」
「私としても嬉しく思いますよ。侯爵様はまだまだ現役でいてもらわなくてわ」
インキュバス
魔物と交わる事で限りなく魔物に近い存在となった男性の総称です
妻となった魔物の特性が反映されると聞きますが、侯爵様の妻である『エリザレア様』はワイトという不死性を持つアンデットの魔物となり、侯爵様にもその不死性が付与されました
「こんな老害もまだまだ頼りにされるだけマシというものだな。さて、あまり長く引き止めているわけにもいくまい。そろそろお開きとするか」
「はい、お気遣いありがとうございます。それでは戻らせていただきます、お邪魔いたしました」
「またいつでも来るがいい、その時は歓迎するぞ」
「＿＿＿＿＿ただいま戻りました」
「「お帰りなさいませ、旦那様」」
「おう戻ったか、我が息子よ。久しぶりだな、少し背が伸びたか？」
「アナタ、トーマもまだまだ成長期なのですから少し目を離せば背位伸びますよ。久しぶりですね、トーマ。いつの間にこんな可愛らしい彼女を見つけたのかしら？」
自宅へと戻ってくれば、庭先でお茶を飲みながら随分と懐かしい顔が出迎えてくれました
「……………父上、母上。いつお戻りに？」
「いやなに、近くを通り掛かったから寄ったまでだ。お前もなかなか上手くやっているようで安心したぞ」
「はい、まだまだ父上には敵いませんが良き領主となれるよう日々精進しています」
「いやぁ、貴方が領主となると言った時はどうなるかと思いましたが上手くやっているようで何よりです。私達には気を遣わず、自分の仕事をしてください」
「旦那様、大旦那様と奥様のお相手は私とルルさんにお任せください。後程紅茶をお持ちいたします」
「ご隠居様、こちら焼きたてのスコーンとタルトになります。ご賞味ください」
「ハハハ、よく出来た使用人達じゃないか。この二人なら息子を任せられるな」
「えぇ、本当に。まだまだ家を空けると思いますが、トーマの事をお願いしますね」
「はい、もとよりそのつもりでございます奥様。この身と心は旦那様へと捧げた物ですので」
「当主様のお世話はお任さ下さい。わたしとキキーモラ、共に当主様に尽くす所存で御座います」
国が魔界となり、母上がサキュバスとなって以来厳格だった父上も随分と丸くなってしまいました
それに、サキュバスとなった母は常に父の身体を求めています
見かねた私がこうやって父の跡を継いでいなければ、どうなっていた事か
私が領主として跡を継ぐと、古い者がいつまでも家に居続ける事は良くないと言って様々な国を巡る旅行を楽しんでいるようです
元々仕事ばかりしてきた父の母への罪滅ぼしのようなものらしいですが
「はい、ありがとうございます。折角帰って来られたのですから、ゆっくりしていってください」
私もまだ仕事も残っていますし、ゆっくりしている暇はありません
早速支度して現場へと向かいましょう
「＿＿＿＿＿はぁ、今日も一日色々とありましたね」
夜、赤い月明かりが怪しく煌めく空を眺めながら自室の椅子に背中を預け思わず呟きました
朝から見知らぬ魔物二人がやって来て、その事でからかわれ、家に帰れば久しぶりに両親が帰ってきていて
「……………そういえば、侯爵様に魔物の事を記した図鑑をお借りしたんでした。少しはマリーさんとルルさんの事を知っておかなくては」
テーブルの上にお借りした図鑑を開き、ランプに火を灯し目を通します
『キキーモラ』と『ショゴス』
共に積極的に人間を襲う事はなく、従順に主人と決めた男性に尽くし仕える魔物
ただ静かに従事するその姿に男性は自ずと手を出してしまう、ですか
確かにこの一日で目に付く限り掃除はキチンとされていますし、出される料理のどれも食した事のない程美味でしたし、部屋に置かれている家具も所々見たことのない質感に変わってしまっています
まだまだ若く、半人前の私のどこをお二人は気に入られたのでしょうか
「＿＿＿＿＿如何なさいましたか、旦那様？ そろそろお眠りにならなければ、明日のお仕事に差し支えてしまいますよ」
「当主様、お眠りになられないようならお茶をお持ちしましょうか？」
部屋に入ってきたお二人を見て、私は図鑑を閉じました
「いえ、少し考え事をしていました。お二人もお疲れ様です、今日はもう休んでくださって結構ですよ」
「いえ、そんな訳にも参りません。旦那様がお目覚めになられる前にお仕事を始め、旦那様がお眠りされるまでご奉仕する。それが使用人である私達の務めでございます」
「テケリ、その通りです。何かお悩みならわたし達にご相談ください。どのようなお悩みでも、出来る限りお答えいたします」
「……………何故、私なのですか？ 確かに私は領主として働いていますが、まだまだ誰かに助けて頂けなければならない程です。
お二人のような優秀な使用人など、私には勿体無いほどなのです。私の何処を気に入られて、仕えてくださるのですか？」
「そのような事、私等には勿体無きお言葉です。私はだだ旦那様にお仕えしたいと、そう感じただけにございます。例え旦那様が全てを投げ出してしまわれたとしても、私は旦那様にご奉仕致します」
「当主様だからで御座います。他の誰でもなく、トーマ・クロムウェル様だからこそ惹かれたので御座います。わたしの全てを当主様に捧げる為にたるのだと、わたしの本能が囁くのです。
願わくば、ずっとお傍に置かせてください。当主様のお許しさえあれば、わたしはどのような事でもいたしましょう。ペンにでも剣にでも盾にでも、ご要望があればどんな物でもなりましょう。
わたしをお使いください、わたしにご命令ください。そうすればどのようなご要望にもお答えいまします」
私が私だから仕えるのだと、お二人はそう言って微笑みました
その言葉に私は、どこか安心してしまったのです
誰かに甘えるという事をしてこなかった私にとって、その言葉は私の全てを受け入れてくれるような、そんな甘い言葉でした
「……………そう、ですか。ありがとうございます。そろそろ休ませてもらいますね。お二人共、また明日もよろしくお願いします」
「「はい、旦那様。お休みなさいませ」」
せめて、このお二人に相応しい主人に、男にならなければなりませんね
そう小さく誓いを立てて、まるで誰かの胸の中に包まれるような感覚を覚えながらベッドへと寝転がり眠りに落ちるのでした
それが唯一、父から教わった事でした
領主として民に尽くし、父として私を育ててくれた私の父は仕事人間で常に民の事を考えていました
寂しく思った事もありましたが、それでも、少ないながらもこうして私という人間の一部を形成するような言葉を贈ってくれた事に感謝しています
『無理に父の跡を継ぐ事はありません、貴方のやりたいように生きなさい。自分のやってきた事に誇りを持って死ねるのならば、私はそれだけで十分です』
それが幼い頃から母に言われ続けた事でした
力強くも優しかった母は、仕事で家を空ける事の多かった父に代わり様々な事を私に教えてくれました
料理の作り方、お茶の淹れ方、勉強、裁縫、剣術、馬術、農業、そして領主としての振る舞いや父の仕事
少々気分屋であった母ですが、こうして私が一人で生活出来るように育ててくれた事に感謝しています
今や私も家督を継いで領主となり、周りを冷や冷やとさせてしまう事もありますが何とか一人で生活しています
大きかった父の背中に追い付けるように、良い領主として民から愛されていた父の顔に泥を塗らないように、今日も民の為に尽くしましょう
朝、カーテンの隙間から射し込む太陽の光を恋しく思いながら私は目を覚ましました
私が治める領地を含む国が魔物の軍勢との戦いに敗れ夜の明けぬ魔界となって久しいですが、やはり見慣れた太陽を見られないというのは少し寂しいですね
「「＿＿＿＿＿おはようございます、旦那様」」
むくり、と
身体を起こしたところで聞き慣れない声を掛けられました
この家には私一人しか暮らしていませんから、私に声を掛ける人など居るはずありません
「……………魔物、ですか」
そう、私に声を掛けたのは魔物でした、それも二人
一人は本来午後用として使われる黒地のエプロンドレスを着込み、頭にはシニヨンキャップを被っています
特徴としては、髪から覗く犬のような垂れた耳に手首を覆う羽毛、そしてゆらゆらと揺れる獣の尻尾でしょうか
足元も靴とは違う鱗のようなものがスカートから覗いて見て取れます
柔和な優しげな笑みを浮かべ、私を見つめています
もう一人は先程の魔物とは意匠の違う濃紺のエプロンドレスを身に包み、頭には白のヘッドドレスを着けていますがそのどれもまるで洗濯したばかりのようにひたひたと粘液で湿られています
青白い肌に所々から覗く瞳のような模様、下半身はエプロンドレスが溶けてしまったかのように濃紺と紫が混ざったよう色の不定形な姿で、時折そこから触手が生えたかと思うと吸い寄せられるように不定形に近付き同化していきます
こちらは目を伏せながらも口元には笑みを浮かべ、伏し目がちに私の方を見つめていました
そのどちらも人を惑わすような美しい容姿であり、人外の魅力に溢れています
生憎私は未だ独身の身ではありますが、国を覆う魔物の魔力によって領内に暮らす女性は皆魔物の姿へと変わった為魔物への偏見はありません
元々この国は主神教団の教えが広まっており、私自身も主神教信者ではありましたが領民の半数以上が魔物へと姿を変えた為考えを改めたのです
何より、教団の教えとは違う人を愛する魔物達の姿に惹かれていったというのも大きな理由の一つではありますが
「初めまして、旦那様。本日より旦那様にお仕えさせていただきます、キキーモラのマリーと申します。至らぬ点もあるかとは思いますが、どうぞよろしくお願い致します」
獣の尻尾を持った魔物＿キキーモラのマリーさんはそう言って両手でスカートを軽くたくし上げお辞儀しました
その姿はまさに洗練された立ち振る舞いで、それを自然にやってのけるマリーさんは長年使用人として仕えているような雰囲気を醸し出します
「はじめまして、当主様。こちらのキキーモラと同じく、本日より当主様にお仕えする、ショゴス、ルルで御座います。
当主様のご命令なら、ペンにでも剣にでも盾にでも、何でもござれで御座います。よろしくお願いします」
不定形の下半身を持つ魔物＿ショゴスのルルさんは両手を臍辺りに組みお辞儀しました
透き通った声の中に何処か深い音を感じさせながら喋るルルさんは、不定形から生やした触手を同じようにお辞儀させわマリーさんと比べると若い使用人のような雰囲気を感じます
「……………お二人共、初めまして。ですが、私には使用人は必要ありませんよ。幼い頃から使用人に頼らずとも生きていけるようにと教育されていましたから」
「存じております、旦那様。しかしながらそのお望みは聞き入れる事は出来ません。私は旦那様の事をずっと拝見させて頂いておりますが、お一人ではキチンと栄養管理や体調管理が出来ておられないようです。お疲れなのが私でも分かってしまうほどに。
旦那様はいつも通りの生活を続けて頂いて構いません。どうか、旦那様にお仕えする事をお許しください」
「テケリ、キキーモラの言う通り当主様はお疲れです。使用人の一人も居ないこのお屋敷では当主様の健康にも悪いと、僭越ながらご指摘させていただきます。
わたしとキキーモラが居れば当主様も安心してお仕事が出来るかと思います」
多くの場合、魔物は目を付けた男性から離れる事をしないという事を知っていました
どれだけ私が拒否しようとも、この二人の魔物は出ていく事をしないでしょう
「……………分かりました。それでは一週間の仮契約とさせてください。その後これから働いてもらうか判断したいと思います。お二人も、それで構いませんか」
「承知致しました。旦那様にご満足頂けますよう、誠心誠意尽くさせて頂きますので、よろしくお願い致します」
「テケリ・リ。それでは当主様、こちらが本日のお召し物となっております。朝食のオーダー等は御座いますでしょうか？」
「ありがとうございます。それなら簡単に摘める物をお願いします。今日はこれから暫くすると出ないといけないので」
「畏まりました。それでは早速作らせて頂きますね。ルルさん、こちらの事はお任せしても？」
「テケリ、任されました。では当主様、服の方、失礼いたします」
「それでは旦那様、失礼致します」
そう言ってマリーさんは扉の前で一礼し寝室から出ていくと、ルルさんがベッドへと近付き私の寝間着に手を掛けました
「あっ、いやルルさん。そこまでして頂かなくても結構ですよ。私もそういった事には慣れておりませんし、少し抵抗が」
「ルル、とお呼びください当主様。わたしは当主様にお仕えする使用人、謂わば当主様の物で御座います。物へは遠慮はいりません、どうぞお気になさらずに」
「いや、そういう訳にもいきませんってちょっと待っ！？」
結局、ルルさんは手を止めることなく私の着替えと触手から作られたブラシで髪のセット、同じく作り出された洗面器で顔を洗い歯磨きまでしてしまいました
仕えていただく事は嬉しく思いますが、少々強引な所もあるようです
「お待たせ致しました。ハムとチーズのサンドイッチ、コーヒー、サラダとなっております。お気に召して頂けたなら幸いです」
「こちらが本日の新聞です。しっかりとアイロンを掛けてありますので、ご安心ください」
「あ、あぁありがとうございます」
着替えと朝の支度をしていた短い時間の間にしっかりと朝食を作り終えていたマリーさんに関心しながらサンドイッチを一口
ハムとチーズの塩気が丁度良く、思わず一気に完食してしまう程でした
こんなに美味しいサンドイッチは食べた事がありません
思えば、しっかりと朝食を食べたのは何日ぶりでしょうか？
「本日のご予定は午前からアルトレン侯爵様との連絡会議と昼食会、午後から領地への視察と書類整理となっておりますが、お間違いなかったでしょうか？」
「え、えぇまぁ確かにその通りですが、何故マリーさんがその事を？」
「私の事はマリーとお呼びください。旦那様の使用人ですので、この位の事は把握していて当然でございます」
驚きました、まさか今日の予定まで把握しているとは
「そうですか、助かります。美味しい朝食をありがとうございました」
「いえ、完食していただき私も嬉しいです。そろそろアルトレン侯爵様のお屋敷へ行かれる時間では？」
「あっと、そうですね。それでは行ってきます、来客があれば名前を伺ってまた後程訪ねると伝えておいてください」
「畏まりました、お気をつけて行ってらっしゃいませ」
「お気をつけて、当主様」
二人の使用人に見送られながら、領地に設置された転移装置へと向かいます
「あぁ領主様、おはようございます。これからお仕事ですか？」
「はい、少し離れた街へ行ってきます」
「そうですか、お気をつけて。ところで領主様、お嫁さんが出来たんですか？仄かに魔物の匂いが」
「え、あぁ今朝から使用人として二人働いてもらっていますが妻ではありませんよ」
「はぁ、そうなんですか。それにしては随分と濃い匂いがしてますけど………」
「えぇと、匂いますかね？」
「いえ、私達魔物にしか分からない匂いですから差し障りはないと思いますよ」
朝早くから店を開けていた果実店を営むサキュバスとなった女性と話しながら、街を歩きます
常闇に暮れてしまったこの街ですが、今も昔も変わらず人々の活気に溢れた私の大好きな街です
父から受け継いだこの街と暮らす人々の為にも、今日も一日頑張らなくてはならないですね
「おうよく来たトーマ、久しいな。元気にしておったか？」
「お久しぶりです、アルトレン侯爵様。私の方は変わりなくやらせて頂いております。アルトレン侯爵様もお元気そうで何よりです」
「あぁ、前にも言ったがなトーマよ。陥落前ならいざ知らず、今となっては爵位等ほぼあってないような物だ。そう畏まらなくてもいいんだぞ。
この国を取り仕切っているもの半分は魔物なのだからな、こうやって今は混乱を避ける為に我々のような者が領地を任されているが、往く往くは民が等しく平等な国になる事だろう。
爵位を返還するのが少し先というだけなのだから、儂の事も友とでも思って気軽に接してくれ」
この方が『ハワード・オーガスティア様』、爵位名を『アルトレン侯爵』
まだ戦いが起こっていた時代、『獅子のハワード』という名で恐れられていた人物で父とは古い友人であるらしく、戦傷で戦場を退いた後にも良き領主として領地の開拓や治水工事、近隣諸国から食料品等を輸入し貧しい村々を支援したという話を母から聞いていました
色々な縁から良くしてもらっていて、私が尊敬し目標とする人物の一人でもあります
「お言葉ですがアルトレン侯爵様、貴方様はまだ爵位を返還なさっておりませんし、人々を救った英雄でもあります。そのような方に気軽に接するなど、私には恐れ多いですよ」
「……………昔はオッチャンオッチャンと懐いてきたのが懐かしいなぁ。子供のいなかった儂としても実の子供のように可愛がってきたというのに、時間というのは残酷だな」
「幼い頃は侯爵様の凄さを知らなかったのです、今となってはお恥ずかしい限りです」
「まぁいいさ、早速仕事に取り掛かろう。今度そっちで開催する収穫祭の事なんだが、準備の具合はどうだ？」
「えぇ、領民の皆さんが協力してくださってとても捗っています。資材等の手配をしてくださってとても助かりました」
「そんな事気にするな、この年寄りに出来ることなら何でも言ってくれて構わないからな」
「それでは、お言葉に甘えさせて頂きまして。ここの区画について少しご教授願えればと＿＿＿＿＿」
「で、トーマよ。お前もそろそろいい歳だろう、誰かイイ人は見つかったのか？」
「相変わらず独り身ですよ。ただ今日から、二人の魔物が使用人として働いてくれていまして。キキーモラとショゴスという魔物なのですが、お恥ずかしながらあまり魔物については詳しくなく。もし何か知っておられるならお教え頂ければと」
「うぅむ、キキーモラとショゴスか。確か魔物について書かれた図鑑があったはずた、それを貸してやろう。持って帰って調べてみるといい」
「ありがとうございます、助かります」
「で、そのどっちがお前のイイ人なんだ？ んん？ ずっと独り身を貫いてきたお前がようやく女を見つけたんだ、素直に話してみろ」
連絡会議も終わり、昼食会も終盤に差し掛かった頃
アルトレン侯爵様は突然私の女性事情について問い掛けていました
「からかうのは止してください、領主としての仕事に追われてそのような暇がなかっただけですよ。それに実際に会ったのも今日が初めてですし、そのような事を考えてはおりません」
「しかしな、魔物は自分の惚れた男にしか従わない女達だ。つまりお前は二人の女から言い寄られているようなものなのだぞ。それに答えてやらずに何が男か」
「……………ご勘弁ください、侯爵様。私はまだ誰かと婚姻するつもりはありませんよ。まだまだ学ぶ事も多いんですから」
「まぁ無理矢理どうこうしようとするような魔物ではないようだからな、多少様子を見ても問題はあるまい。いずれはその想いに答えに応えてやれよ」
「そう、ですね。諸々と落ち着いてから、になりそうですが」
私自身まだまだ若造というものありますが、実際に魔界となった領地の整備に魔物へと変わった方への保証、魔物と結ばれた領民への対応等色々と問題な山積みなのです
いくら魔物となった方は男性とそういった行為をしているだけで生きていけるとはいえ、それだけでは街は回りません
また、他国からやって来る方々への対応等にも時間を割かなければなりませんし、落ち着いて女性とお付き合いするなど今の私には考えられませんでした
「今は大変だろうが、その内ゆっくりと酒でも飲んで話をしようではないか。何、儂にもこうして時間が出来たのだ。いやはや、インキュバスとは随分と便利な身体なのだな。老害がこうして有り余る時間を過ごせるようになるとは」
「私としても嬉しく思いますよ。侯爵様はまだまだ現役でいてもらわなくてわ」
インキュバス
魔物と交わる事で限りなく魔物に近い存在となった男性の総称です
妻となった魔物の特性が反映されると聞きますが、侯爵様の妻である『エリザレア様』はワイトという不死性を持つアンデットの魔物となり、侯爵様にもその不死性が付与されました
「こんな老害もまだまだ頼りにされるだけマシというものだな。さて、あまり長く引き止めているわけにもいくまい。そろそろお開きとするか」
「はい、お気遣いありがとうございます。それでは戻らせていただきます、お邪魔いたしました」
「またいつでも来るがいい、その時は歓迎するぞ」
「＿＿＿＿＿ただいま戻りました」
「「お帰りなさいませ、旦那様」」
「おう戻ったか、我が息子よ。久しぶりだな、少し背が伸びたか？」
「アナタ、トーマもまだまだ成長期なのですから少し目を離せば背位伸びますよ。久しぶりですね、トーマ。いつの間にこんな可愛らしい彼女を見つけたのかしら？」
自宅へと戻ってくれば、庭先でお茶を飲みながら随分と懐かしい顔が出迎えてくれました
「……………父上、母上。いつお戻りに？」
「いやなに、近くを通り掛かったから寄ったまでだ。お前もなかなか上手くやっているようで安心したぞ」
「はい、まだまだ父上には敵いませんが良き領主となれるよう日々精進しています」
「いやぁ、貴方が領主となると言った時はどうなるかと思いましたが上手くやっているようで何よりです。私達には気を遣わず、自分の仕事をしてください」
「旦那様、大旦那様と奥様のお相手は私とルルさんにお任せください。後程紅茶をお持ちいたします」
「ご隠居様、こちら焼きたてのスコーンとタルトになります。ご賞味ください」
「ハハハ、よく出来た使用人達じゃないか。この二人なら息子を任せられるな」
「えぇ、本当に。まだまだ家を空けると思いますが、トーマの事をお願いしますね」
「はい、もとよりそのつもりでございます奥様。この身と心は旦那様へと捧げた物ですので」
「当主様のお世話はお任さ下さい。わたしとキキーモラ、共に当主様に尽くす所存で御座います」
国が魔界となり、母上がサキュバスとなって以来厳格だった父上も随分と丸くなってしまいました
それに、サキュバスとなった母は常に父の身体を求めています
見かねた私がこうやって父の跡を継いでいなければ、どうなっていた事か
私が領主として跡を継ぐと、古い者がいつまでも家に居続ける事は良くないと言って様々な国を巡る旅行を楽しんでいるようです
元々仕事ばかりしてきた父の母への罪滅ぼしのようなものらしいですが
「はい、ありがとうございます。折角帰って来られたのですから、ゆっくりしていってください」
私もまだ仕事も残っていますし、ゆっくりしている暇はありません
早速支度して現場へと向かいましょう
「＿＿＿＿＿はぁ、今日も一日色々とありましたね」
夜、赤い月明かりが怪しく煌めく空を眺めながら自室の椅子に背中を預け思わず呟きました
朝から見知らぬ魔物二人がやって来て、その事でからかわれ、家に帰れば久しぶりに両親が帰ってきていて
「……………そういえば、侯爵様に魔物の事を記した図鑑をお借りしたんでした。少しはマリーさんとルルさんの事を知っておかなくては」
テーブルの上にお借りした図鑑を開き、ランプに火を灯し目を通します
『キキーモラ』と『ショゴス』
共に積極的に人間を襲う事はなく、従順に主人と決めた男性に尽くし仕える魔物
ただ静かに従事するその姿に男性は自ずと手を出してしまう、ですか
確かにこの一日で目に付く限り掃除はキチンとされていますし、出される料理のどれも食した事のない程美味でしたし、部屋に置かれている家具も所々見たことのない質感に変わってしまっています
まだまだ若く、半人前の私のどこをお二人は気に入られたのでしょうか
「＿＿＿＿＿如何なさいましたか、旦那様？ そろそろお眠りにならなければ、明日のお仕事に差し支えてしまいますよ」
「当主様、お眠りになられないようならお茶をお持ちしましょうか？」
部屋に入ってきたお二人を見て、私は図鑑を閉じました
「いえ、少し考え事をしていました。お二人もお疲れ様です、今日はもう休んでくださって結構ですよ」
「いえ、そんな訳にも参りません。旦那様がお目覚めになられる前にお仕事を始め、旦那様がお眠りされるまでご奉仕する。それが使用人である私達の務めでございます」
「テケリ、その通りです。何かお悩みならわたし達にご相談ください。どのようなお悩みでも、出来る限りお答えいたします」
「……………何故、私なのですか？ 確かに私は領主として働いていますが、まだまだ誰かに助けて頂けなければならない程です。
お二人のような優秀な使用人など、私には勿体無いほどなのです。私の何処を気に入られて、仕えてくださるのですか？」
「そのような事、私等には勿体無きお言葉です。私はだだ旦那様にお仕えしたいと、そう感じただけにございます。例え旦那様が全てを投げ出してしまわれたとしても、私は旦那様にご奉仕致します」
「当主様だからで御座います。他の誰でもなく、トーマ・クロムウェル様だからこそ惹かれたので御座います。わたしの全てを当主様に捧げる為にたるのだと、わたしの本能が囁くのです。
願わくば、ずっとお傍に置かせてください。当主様のお許しさえあれば、わたしはどのような事でもいたしましょう。ペンにでも剣にでも盾にでも、ご要望があればどんな物でもなりましょう。
わたしをお使いください、わたしにご命令ください。そうすればどのようなご要望にもお答えいまします」
私が私だから仕えるのだと、お二人はそう言って微笑みました
その言葉に私は、どこか安心してしまったのです
誰かに甘えるという事をしてこなかった私にとって、その言葉は私の全てを受け入れてくれるような、そんな甘い言葉でした
「……………そう、ですか。ありがとうございます。そろそろ休ませてもらいますね。お二人共、また明日もよろしくお願いします」
「「はい、旦那様。お休みなさいませ」」
せめて、このお二人に相応しい主人に、男にならなければなりませんね
そう小さく誓いを立てて、まるで誰かの胸の中に包まれるような感覚を覚えながらベッドへと寝転がり眠りに落ちるのでした
16/04/07 10:58更新 / 左右反転