小料理屋『縁』
日も陰り、紫と橙の混じった空に薄く星が輝き出した頃
肌を撫でるような緩やかな風と共に、優しくも深い出汁の匂いに誘われてアナタは一軒の小料理屋の暖簾を潜りました
「_____あらあら、ようこそいらっしゃいました。まだまだ他のお客様はいらっしゃっておりませんし、お好きなお席へどうぞ」
つけ場越しに出迎えたのは美人な女性
この地方では珍しい黄金色の艷やかな髪に、ピンッと立った三角耳
白い『カッポウギ』と呼ばれるジパング伝統のエプロンの一種から覗く、淡い青のこれまたジパング伝統の『キモノ』と呼ばれる服に身を包み、その臀部からは髪と同じ黄金色に先が薄い白をした触れれば柔らかそうな六本の尻尾
そう、その女性は人間ではなく『稲荷』と呼ばれる、ジパング特有の魔物娘
アナタは女性に引き寄せられるようにつけ前の席に腰を降ろし、出されたお冷を一口口に含み飲み込みます
____コトッ
まだ注文もしていないのに、女性は黒い何かと人参、豆を煮た物を乗せた小鉢をアナタの前へと置きました
アナタは女性にまだ注文していない事を告げようと口を開く前に、女性は言います
「旅の御方ですよね? これはお通しと言って、ジパングのおもてなしの一つです。ご注文されてからお料理をお出しするには少し時間も掛かりますから、それまでのお酒の肴としての繋ぎの役目もあります。
今日はひじきの煮物になっています、お口に合えばよろしいのですけど」
柔和な笑顔を浮かべながら、女性は『オトーシ』について教えてくれました
「今日は少し暖かかったですから、冷たいお酒で宜しかったですか?」
確かに今日船でジパングへと降り立ち、軽くキョウの街を見て回って汗をかいてしまったアナタは頷きます
「外国では果実酒が主流のようですが、ジパングではお米から作った清酒が主流ですね。初めての方は好き嫌いが別れてしまうかもしれませんが、よかったら試してみてください」
そう言って女性は小さなオチョコよ呼ばれる器に酒を注ぎます
その酒を見たアナタは驚いた事でしょう
普段から口にしている果実酒とは違い、セイシュは水のように透明でオチョコの白を透き通して見る事が出来るのですから
そしてアナタは疑います
この女性、酒と言って水を出したに違いないと
そうして疑ったアナタはスンスンとセイシュの香り嗅ぐ、すると鼻を通り抜けるツンとした酒の匂いとほのかに薫る花のような甘い匂い
これは水ではない、内心女性を疑ってしまった事を心の中で謝りながらクイッと煽るようにオチョコに傾けセイシュを口にする
普段口にする果実酒と比べ甘さはそれほど強くなく、鼻から抜ける爽やかな香りと喉を軽く刺激する辛み
今まで口にしたこともない味わいにアナタは驚いたように目を煌めき、もう一杯と女性にオチョコを差し出します
「うふふ、喜んでいただけて嬉しいです。その前に、ご注文は何になさいますか?」
そういえばまだ何も注文していなかった事に軽く苦笑いを浮かべながら、アナタはつけ前に立てられた品書きに目を通します
刺し身、山菜の天麩羅、寿司、唐揚げ
アナタの見た事もない品に首を傾げ、そんな様子を見た稲荷の女性はある提案をしました
「どんなものなのか分からずに困っているようですね。それならお任せというのはいかがでしょう? お客様のお腹とお財布の具合を言っていただければ、板前が好きなように作らせていただきます」
お任せ、そういった物もあるのか
試しにヒジキノヒモノを一口
適度に甘く、それでいて酒が進む味だ、はっきり言って美味い
こんな料理を作るシェフならば、任せても良さそうだ
そう判断したアナタは女性の提案に同意しお任せを注文しました
「ありがとうございます。見たところ今日は沢山歩き回られたようですし、お腹に溜まるようなものを作らせますね。
貴方、お任せでよろしいそうですからよろしくお願いします」
「へい、女将。それならまずは軽く摘める物から」
女性の言葉に今まで黙って料理を作っていた男は短いながらもハッキリとした返事を返して何かを器へとよそぎました
「まずは山芋の煮っころがしです。良い山芋が入ったので、きっと美味しいですよ」
セイシュを注いでもらい、初めて見る料理に期待と驚きを秘めつつ慣れないハシと格闘しヤマイモノニッコロガシに舌鼓を打ちアナタの夜は更けていきます
「_____ユカリー、何個かおにぎり作ってくれよー!!」
次々と出されるジパング料理と清酒を楽しんでいれば、いつしかアナタしか居なかった店内はワイワイと賑わいを増していき、笑い声と活気が飛び交っていました
「はいはい、ちょっと待ってちょうだいねシズクちゃん。ごめんなさいね、急にお客様が入ってきてしまって。騒がしくはないですか?」
シズクと呼ばれた牛鬼という魔物娘の注文を受けつつ、活気溢れる店に女性―ユカリと呼ばれていた―はアナタに話し掛けます
「何を言っているのユカリ、騒がしいのはいつもの事でしょう? 旅人さんも気にしていませんよねぇ?」
「そうだにゃあ、ユカリさん。きっと旅人さんも気にしてにゃいよ」
両隣に座る白蛇と猫又に肩を抱かれながら、アナタは苦笑いを浮かべつつ気にしていない事をユカリに伝えます
「それならよろしいんですけどね。それよりもコハクさんとスズナさん、あまり他のお客様に絡まないでくださいね、旅人さんも困っていますよ。
それに、ジパングの魔物娘が見境なく男性を襲うと勘違いされてしまうかもしれませんし、あまり絡み酒が過ぎるようなら追い出してしまいますからね」
アナタに気を使うユカリに、アナタは心をときめいてしまいます
「旅人さん、ユカリには旦那様がいるから恋をしてはいけませんよ。するなら私等いかがでしょう?」
「あーコハクさん抜け駆けはダメダメにゃあ。私なんかもオススメしますにゃ、旅人さんっ」
そうして、ジパングの少し騒がしくも楽しい夜は更けていくのでした
肌を撫でるような緩やかな風と共に、優しくも深い出汁の匂いに誘われてアナタは一軒の小料理屋の暖簾を潜りました
「_____あらあら、ようこそいらっしゃいました。まだまだ他のお客様はいらっしゃっておりませんし、お好きなお席へどうぞ」
つけ場越しに出迎えたのは美人な女性
この地方では珍しい黄金色の艷やかな髪に、ピンッと立った三角耳
白い『カッポウギ』と呼ばれるジパング伝統のエプロンの一種から覗く、淡い青のこれまたジパング伝統の『キモノ』と呼ばれる服に身を包み、その臀部からは髪と同じ黄金色に先が薄い白をした触れれば柔らかそうな六本の尻尾
そう、その女性は人間ではなく『稲荷』と呼ばれる、ジパング特有の魔物娘
アナタは女性に引き寄せられるようにつけ前の席に腰を降ろし、出されたお冷を一口口に含み飲み込みます
____コトッ
まだ注文もしていないのに、女性は黒い何かと人参、豆を煮た物を乗せた小鉢をアナタの前へと置きました
アナタは女性にまだ注文していない事を告げようと口を開く前に、女性は言います
「旅の御方ですよね? これはお通しと言って、ジパングのおもてなしの一つです。ご注文されてからお料理をお出しするには少し時間も掛かりますから、それまでのお酒の肴としての繋ぎの役目もあります。
今日はひじきの煮物になっています、お口に合えばよろしいのですけど」
柔和な笑顔を浮かべながら、女性は『オトーシ』について教えてくれました
「今日は少し暖かかったですから、冷たいお酒で宜しかったですか?」
確かに今日船でジパングへと降り立ち、軽くキョウの街を見て回って汗をかいてしまったアナタは頷きます
「外国では果実酒が主流のようですが、ジパングではお米から作った清酒が主流ですね。初めての方は好き嫌いが別れてしまうかもしれませんが、よかったら試してみてください」
そう言って女性は小さなオチョコよ呼ばれる器に酒を注ぎます
その酒を見たアナタは驚いた事でしょう
普段から口にしている果実酒とは違い、セイシュは水のように透明でオチョコの白を透き通して見る事が出来るのですから
そしてアナタは疑います
この女性、酒と言って水を出したに違いないと
そうして疑ったアナタはスンスンとセイシュの香り嗅ぐ、すると鼻を通り抜けるツンとした酒の匂いとほのかに薫る花のような甘い匂い
これは水ではない、内心女性を疑ってしまった事を心の中で謝りながらクイッと煽るようにオチョコに傾けセイシュを口にする
普段口にする果実酒と比べ甘さはそれほど強くなく、鼻から抜ける爽やかな香りと喉を軽く刺激する辛み
今まで口にしたこともない味わいにアナタは驚いたように目を煌めき、もう一杯と女性にオチョコを差し出します
「うふふ、喜んでいただけて嬉しいです。その前に、ご注文は何になさいますか?」
そういえばまだ何も注文していなかった事に軽く苦笑いを浮かべながら、アナタはつけ前に立てられた品書きに目を通します
刺し身、山菜の天麩羅、寿司、唐揚げ
アナタの見た事もない品に首を傾げ、そんな様子を見た稲荷の女性はある提案をしました
「どんなものなのか分からずに困っているようですね。それならお任せというのはいかがでしょう? お客様のお腹とお財布の具合を言っていただければ、板前が好きなように作らせていただきます」
お任せ、そういった物もあるのか
試しにヒジキノヒモノを一口
適度に甘く、それでいて酒が進む味だ、はっきり言って美味い
こんな料理を作るシェフならば、任せても良さそうだ
そう判断したアナタは女性の提案に同意しお任せを注文しました
「ありがとうございます。見たところ今日は沢山歩き回られたようですし、お腹に溜まるようなものを作らせますね。
貴方、お任せでよろしいそうですからよろしくお願いします」
「へい、女将。それならまずは軽く摘める物から」
女性の言葉に今まで黙って料理を作っていた男は短いながらもハッキリとした返事を返して何かを器へとよそぎました
「まずは山芋の煮っころがしです。良い山芋が入ったので、きっと美味しいですよ」
セイシュを注いでもらい、初めて見る料理に期待と驚きを秘めつつ慣れないハシと格闘しヤマイモノニッコロガシに舌鼓を打ちアナタの夜は更けていきます
「_____ユカリー、何個かおにぎり作ってくれよー!!」
次々と出されるジパング料理と清酒を楽しんでいれば、いつしかアナタしか居なかった店内はワイワイと賑わいを増していき、笑い声と活気が飛び交っていました
「はいはい、ちょっと待ってちょうだいねシズクちゃん。ごめんなさいね、急にお客様が入ってきてしまって。騒がしくはないですか?」
シズクと呼ばれた牛鬼という魔物娘の注文を受けつつ、活気溢れる店に女性―ユカリと呼ばれていた―はアナタに話し掛けます
「何を言っているのユカリ、騒がしいのはいつもの事でしょう? 旅人さんも気にしていませんよねぇ?」
「そうだにゃあ、ユカリさん。きっと旅人さんも気にしてにゃいよ」
両隣に座る白蛇と猫又に肩を抱かれながら、アナタは苦笑いを浮かべつつ気にしていない事をユカリに伝えます
「それならよろしいんですけどね。それよりもコハクさんとスズナさん、あまり他のお客様に絡まないでくださいね、旅人さんも困っていますよ。
それに、ジパングの魔物娘が見境なく男性を襲うと勘違いされてしまうかもしれませんし、あまり絡み酒が過ぎるようなら追い出してしまいますからね」
アナタに気を使うユカリに、アナタは心をときめいてしまいます
「旅人さん、ユカリには旦那様がいるから恋をしてはいけませんよ。するなら私等いかがでしょう?」
「あーコハクさん抜け駆けはダメダメにゃあ。私なんかもオススメしますにゃ、旅人さんっ」
そうして、ジパングの少し騒がしくも楽しい夜は更けていくのでした
16/04/05 14:10更新 / 左右反転