永久の愛を、ここに誓う
町の近くにある森。自然の木々によって築き上げられた広大な緑の自然。
そこを一人の青年が訪れる。
彼はよく、ここに来ては絵を描き、自然に耳を傾け、堪能していく。
「……気持ちのいい日だ……」
空は快晴。太陽が照りつけるが、蒸し暑くなくて風が涼しい。
木陰に座り、幹に背を預けて、風に凪ぐ木の葉のさらさらという音に傾ける。
本当に気持ちのいい、心地のいい日。
手に持っている絵を描くのを一旦止め、目を閉じて聞き入る。
「――――――」
すると何か声が聞こえた気がした。
何だ、と思い、目を開いてあたりを見る。が、何もない。何もいない。
気のせいだなと勝手に解釈し、途中だった絵を描き上げる。
出来上がったのはそこから見える森の風景。木々がそびえ立ち、多種の花が咲き乱れ、優しく温かな光が木漏れ日として地面に降り注いでいる。そんな神秘的で幻想的な、美しい絵。
「……よし、出来た」
その一枚が仕上がると、また目を閉じて自然をもう少し堪能する。風を感じて、日を感じて、小鳥のさえずりを聞いて、木々の音を聞いて。
そして「よし」と小さく呟くと立ち上がり、道具を片付けて森を去る。
彼が立ち去った後、彼が背もたれにしていた木の上に、ひとつの影が。
「…………にんげん…………」
その声には憎しみを孕んでいて、影から除く双眸で去って行った方を睨み、歯を食いしばっていた。
――――――――――――――――――――
「ただいま」
あまり暗くなく、しかし明るくもない声で家に入る。
誰もいない、薄暗くて部屋もひとつしかない家。しかしそこにはたくさんの絵が飾られていて、明かりを灯せばそれらが笑顔のように明るく出迎える。
緑いっぱいの森の絵。天から降り注ぐ一筋の光の絵。穏やかに揺れる波の絵。楽しそうに賑わっている町の絵。闘技場で戦う戦士の絵。遊び疲れて眠っている子供たちの絵。澄み渡った空の絵。険しくも雄大な山岳の絵。愛し合っている恋人の絵…………本当にたくさんの絵が飾られている。
これらの絵は全てこの青年――シックが描いたものだ。大作から失敗作まで、全てで二百を超える。
彼は趣味で絵を描いている絵師だ。そしてたまにそれを露天として売りに出している。それが意外にも稼ぎになり、完売することもある。
炊事場に立ち、適当に料理を作ってそれを食べ、そして床についた。
これらが彼の普段の生活。朝起きては森や海といった自然の場所や町へ行って観察し、絵を描く。家に帰ってきたら今度は想像での絵を描くか、ぼーっとした後に料理をして食事を摂る。そして食べ終わるか夜になったら寝る。彼の生活の基本だ。
稀に絵を描かず散歩だけしたり、町へ出て買い物をしたり、露天で絵を売ったりとするが、それ以外はたいして行動は変わらない。
「…………明日は、どうしようかな…………」
明日のことを考えながら眠りの世界に飛び込み、そして夢の世界へと足を踏み入れた。
シックは一人っ子で、父と母は共に絵とは関係なかったのだが、どういうわけか昔から絵が好きな子だった。
だからといって軽蔑も差別も虐待もなく、むしろ両親は喜んで絵を描かせていた。
我が子が興味を持ち、才能が開花されることは嬉しく、喜ばしいことである、と。
そして彼は自然もこよなく愛していた。波の音を聞きに浜辺へ行き、木漏れ日を感じに森へ行き、雲を眺めるため宙を仰いでいた。それから人の動きも見るのが楽しくて、町へ出かけては見て回った。
絵を描くために、旅をしたこともある。ジパングへ行ったり、砂漠地帯へ行ったり、北の方へ向かったり……様々なことろで絵を描き、堪能してきた。
常に絵描きの道具を持ち歩いて、目にしたものは絵に残し、記憶に残してきた。
絵を描くのが楽しくて、それを両親に褒められるのが嬉しくて。そのおかげで彼の描画、図絵の技術はさらに増していき、子供のお絵かきから大人の絵画になっていった。
そんな両親も、彼がまだ十三の頃に亡くなってしまい、今は両親と共に暮らしたこの家に、ひとりで暮らしている。
『お父さん、お母さん。見て、森に行ったらこんなのが見れたよ!』
彼がまだ幼い頃。森に出かけてみると、とても綺麗な六色の虹が空にかかっていた。
それを子供ながらにうまく描き表している。
『あら、綺麗ね。でも雨なんて降ってたかしら……』
『いや、降ってはいなかったと思うが……それにしてもいい絵だな。うまいぞ、シック』
不思議に思われながらも、両親は彼の絵を褒めて、父は頭を撫でてくれた。
虹が見えたのは本当だ。彼自身も不思議だったのだが、それでも絵に残した。
陽の光で目が覚め、ゆっくりと目を開き、上半身を起こす。
「……また、懐かしい夢だな……」
自らの過去の夢。子供の頃に描いた、森にかかった不思議な虹の絵の夢。
あの時は、まだまだ幼稚でただ塗っただけの絵だった。
今なら、もっとあの虹を再現できるかもしれない。
そう思いながら、絵描き道具を準備して、室内で記憶を元に描き始める。
シックは時々、こうして思い出しては記憶を辿り、それを絵にする。
模写をすると、写真のように見たままを書く事もできるし、また幻想的に仕上げたり、全く別の絵に仕上げることもあり、応用もできる。
しかし記憶の描写となると応用は利かず、完成度はまちまちで、神秘的かつ幻想的に描き上げられることもあれば、描き始めから失敗することもある。
だから今までに何度もその『森の虹の絵』を描こうとしたのだが、なかなか納得のいく絵にはならない。
今回もまた一枚書き上げてみたが、どうも納得いかない。
「……違うかな……」
あの時に見た不思議な虹は、もっと美しく、儚く、それこそ本当に、幻想の世界の虹を見ているかのような。
しかしこの絵はどこか違う。
書いた本人としても完成度の高い、美しい作品に仕上がったと思う。ただこの虹はむしろ雄大で、堂々としている。
もっと儚くて、華奢な姿だったはずだ。
それを表現するのが、難しい。
「………………今日はやめよう…………」
虹の絵を書くのはそれ一枚で終了させ、道具をひとまとめにして町へと繰り出した。
本日はこの後、買い物をして終わりにするようだ。
――――――――――――――――――――
それからは数日とかけて森へ行き、海へ行き、町へ行き、山へ行き……様々な自然を描いて、堪能した。
この日、シックはいつもの通りに絵を描きに森へと出向く。
彼は森の絵を描く頻度が非常に高い。その理由は、森というものが一番広く、自宅からも近くて、描くものがとても多くて。
それから森が一番好きだからだ。
様々な種類の木々だけでなく、小鳥や小動物、昆虫に至るまで。それに時折見かける魔物も描くことができる。こんなのは他では滅多にない。
近くの町では、確かに魔物もいるが少数で、絵を描こうとするとその旦那にいろんな理由で「やめてくれ」と拒否される。嫁を他に見られたくないから、恥ずかしいから、見られていると萎えるから。などなどの理由だ。むしろ「一緒にヤろう」と誘ってくるのもいて、正直面倒だ。
海には多種存在するらしいが、水中では絵は描けない。
山も多くいるのに、あまり高くまで登るとその場に長くいられず、描ききれない。そのうえ、酸素が薄いのが理由かわからないが、なぜか画力が下がってしまう。絵師の絵が子供の絵になってしまうのだ。
森の空気は綺麗で、木漏れ日が気持ちよく、風も心地いい。洞窟なんかもあって、とても楽しいし、面白い。それに――これは彼の感覚だが――山よりも森の方が魔物の数が多い。眠っているものも、森を徘徊しているものも、風と戯れているものも。魔物は森で一番多く目にしている。といっても見る機会は少ないし、見た種類も少ないが。
ごくたまには、男性を森へと連れ去って性交をする魔物もいて、それを観察して描写することもできる。
それを見て彼の陰茎が勃起し、興奮を煽られるが、その艶かしい姿を描くことがまず脳裏に浮かび、描写に専念している。
ちなみにこの『魔物との性交』が一番高値で売れる。おおっぴらに売るわけではないが、男性に対して「こんなのもありますよ」と見せれば、十中八九買ってくれる。
女性には自然の神秘的な絵が絶大な人気だが、男性にははやり淫靡的で妖艶な絵のほうが人気だ。
「さてと……今日は何を描こうかな」
森の中に踏み入れると、いつかと同じように心地の良さそうな場所を探し、まず歩く。
森から見える空を描こうか。堂々たる木々を描こうか。木の上から見る地面を描こうか。大木のウロから覗く世界を書こうか。一本の大樹を描こうか。枝に止まる小鳥を描こうか。木々を伝う小動物を描こうか。
歩きながらその瞳に映る景色を観察し、何を描こうか思案する。
これも彼にとってはとても重要で、とても楽しい時間だ。こうして考えるのが楽しくて、面白くて。でも選択肢が多くて大変だ。
と見回していると、向こうで痛そうに座り込んでいる人影を見つけた。
その方に足を向けて小走りで近寄る。
「どうした? 大丈夫か?」
声をかけながら近づくと、そこに座り込んでいたのはマンティスと呼ばれる魔物だった。
容姿端麗でスタイルが良く、表情が薄いながらもとても美しく可憐な少女。布であろう濃い緑の裾の短い服の上には鎧のようなもので身を包み、両腕にはマンティスの最大の特徴と呼べるカマがある。その姿はどこか艶かしく、妖しい。だがそれもまた魅力的な少女だ。
彼女らは『森のアサシン』と呼ばれ、恐れられている。表情はなく、生きるために不必要なことには何に対しても関心を抱かず、魔物だというのに繁殖期以外では人間の男性にも興味を示さない魔物。
シックは以前にもこの魔物の別個体を見たことがある。その時はちょうど繁殖期だったようで、森の中で確保されてしまった男性と交わっている最中だった。ちなみにそれはバッチリと絵として記録し、即座に売れてしまった。過去最高金額だったという。
同じ種類でもやはり個体別で体のつくりは違うようで、このマンティスは少し胸が小さいようだ。というか全体に少し小さく、あの時に見た成体よりも若く、まだ未熟なのだろう。
そのマンティスは彼の姿を認識すると、表情が薄いながらも憎悪のような感情を表しているのをシックは感じた。こんなに感情を表に出すマンティスは珍しい。
彼女の感情に少し気圧されながらも、体をよく見ると膝に血が滲んでいる。怪我をしてしまったようだ。
「大丈夫か?」
心配してさらに近づこうと足を数歩進めると、
「来るな!」
距離は離れているが、カマを突きつけられ進行を制されてしまう。
彼女の声には怒りや憎しみのような感情が孕まれており、本当に近寄って欲しくないようだ。
「わたしは、にんげん、嫌いだ! それ以上、近づくな!」
薄い表情の中の憎悪は確かだった。
しかし彼はそんなこともお構いなしに、再び歩み寄る。
「来るな! にんげん!」
「怪我してるのにほっとけるか、馬鹿!」
突き立てられているカマを避けて、その綺麗な脚に触れる。
彼女からの文句を聞き入れることなく持っていた小袋をどこからか出し、中身を漁る。そして「あ」とこぼすと辺りを見回し、何かを発見するとそれを取り、また彼女のそばに寄った。
「何をする!」
「これは薬草だよ。ちょっと待って。足動かさないでね」
薬草を膝の傷に当てて落ちないように抑え、その上から包帯を巻きつける。
「…………お前、何者だ。何しに、ここ来た」
「僕はただの絵描きさ。森に来たのは絵を描くため」
短いやりとりをしている間も、彼は包帯を丁寧に巻く。
脚を動かすのに支障がない程度に、包帯をぐるぐるに巻きつけて留め具で固定する。
「よし、出来た」
傷の処置を終えると彼は立ち上がり彼女に笑いかけると、それ以外には何もすることなく、「じゃあな」と背を向けて立ち去ろうとする。
「…………礼は、言わない……!」
背中にそんな言葉を投げかけられるが、振り向くこともせずに後ろ手に手を振り、本当に去って行った。
シックが去った後、マンティスは彼がいなくなった方をずっと見つめていた。
しかしその眼差しにあるのは、惚れただ何だといった甘いものではなく、まるで親の敵を睨みつけるような、憎しみを孕んでいた。
「…………にんげん……許さない……」
口では怒り、目では敵意を表して、すでにその場にはいないシックを睨む。
だが彼女の手は、残された温もりを感じるように、彼が巻いてくれた包帯を、触れられた脚を、そっと触れて撫でていた。
――――――――――――――――――――
マンティスと話し別れてから、シックはまた森をさまよい、ようやく見つけたスポットで風や光、音を感じながらいつもどおりに絵を描いた。その絵が存外出来が良くて、さらに絵を数枚描き、それから森を後にした。
翌日には町へ繰り出し、描き上げた絵を露天のように売りに出す。
彼が描いた絵は、女性のみならず男性にも人気が高く、また子供にも喜ばれ、魔物にも買われていった。
様々な種類の絵があるのだが、やはり一番人気なのは自然を描いたもの。神秘的な森、幻想的な泉、神々しい光、美しい海、雄大な山。たくさんあったはずの絵はすぐに半分以下となってしまった。
男性客の場合は、向こう側から問われて、妖しくも艶かしく美しい魔物の絵を見せている。彼は基本的に同じ町でばかり売るので、だんだんと顧客がついてきていて、並べていないだけでその手の絵もあることは知っているようだ。
「な、なぁ兄ちゃん。今日もあれは……」
一人の男性が耳打ちのようにこっそりと、ひっそりと、周りには聞こえないように、密かに尋ねてくる。初めてエロ本を買うときの中坊のようだ。
「えっと……これらになりますね」
それにも笑顔で答え、まずは描いた対象のリストを見せる。
連なれている名前はアルラウネ、スライム、ドリアード、エルフ、フェアリー、リザードマンなどなど。よく目にする魔物から、普段はあまり姿を見せない魔物もいて、種類が多い。それにしてもよくこんなに描けた。
リストを見せてから、指定された魔物の絵を探し、その絵を見せる。
「ホント……好きですね」
呆れ半分に声に出し、束の中からそれの絵を取り出し、数枚を見せる。
男性が注文した魔物はアラウルネ。実は彼は所謂お得意様のようなもので、何度かこうしてシックの絵を買いに来ている。それも全て、植物型の魔物の絵を。
「奥さんだって、いるんでしょう? さっき、あなたが来てないかと聞かれましたよ」
「べ、別にいいだろ……これくらい……」
「襲われたい、って願望ですか?」
「な! ち、ちちち違うわい!」
焦りすぎである。
男性は彼から見せてもらった数枚あるアラウルネの淫靡な絵の中から一枚を代金と引き換えにもらい、こそこそと隠すように持っていった。
少し日が傾き、今度は貴婦人そうな女性が声をかけてきた。
「よろしいかしら」
「はい、何でしょうか」
「あなたは絵描きさんでいらっしゃるとか」
それはここに見せている絵を見ればわかると思うが、確認で聞いているのだろうか。絵師と販売人で別に行っていると思ったのだろう。
疑問符なしの質問に肯定の言葉を発すると、婦人は期待を込めたような声で注文をしてきた。
「サクラの絵はありますでしょうか?」
「桜、ですか?」
突然の注文に、少し面をくらってしまう。
「えぇ。一度見てみたいと思うのですが……あれはジパング特有の花。時間がなかなか取れないので、見に行けないのですよ」
片手を頬に当てて、困ったわと言いたげに片目を瞑る。
シックは笑顔で答え、「ちょっと待ってください」と絵の束を探り、パラパラと見る。
自然の絵、樹木の絵、山の絵、と順に束を見て探すが、なかなか見つからない。
過去にジパングに行った時、確かに彼は桜を見て、それを一枚の絵に仕上げた。小さく儚くて、それなのに雄大で、とても美しい大樹の桜。とても印象的で、神秘的で、幻想的で……感動した。
それに彼はジパングがよほど気に入ったようでしばらくそこの宿に滞在し、その国の風景をたくさん描き上げた。
こちらに戻ってからそのうちの数枚を露天で出してみると、即座になくなってしまったほどだ。
「すみません。桜はありませんね」
少しずつ小出しに売りに出していたのだが、もうなくなってしまっていたようだ。また今度、ジパングに訪れなければならない。というか彼が個人的に行きたい。
「あら、そうですか……残念ですわ」
「すみません。申し訳ないです」
「ないなら仕方ありませんわ。それではまたの機会に」
「次回までには、描いておきますね」
婦人は愛想よく頭を下げて「それでは」と立ち去った。
まさか桜を要求されるとは思わなかった。いや過去にも描き売っているのであって当然なのだが、これを欲しいと声に出されるとは思っていなかった。
「……桜、か……」
これを機に、またジパングに行って、その風景を描こう。
密かにそう誓った。
ジパングは特有の動植物が多い。特に植物に関しては色々な顔を見せてくれる。
たいていの国では紅葉が始まっても染まる色はだいたい一色だ。しかしジパングの山は赤に黄色にオレンジに、緑のままもあり、本当にたくさんの顔があり、それもまた美しく楽しい。
この国の特有の食べ物も美味しい。あんなに質素で厳かで少量なのに、なんであんなに美味しいのだろうか。今度ジパング人に教えてもらおうか。
あの着ている服にも興味津々だ。薄い生地の服を一枚羽織って大きなリボンで縛っているだけ。「ユカタ」といったか……。それに「ジンベイ」「ジュウニヒトエ」「ハカマ」……すべてを総称して「ワフク」や「キモノ」というらしいが、本当に興味深い。特にあの「ジンベイ」という服は着てみたい。機会があればいただこうかな。
また行きたいな、ジパング。
などと考えていると、いつの間にか客がやってきていた。
それから小動物の絵、町並みの絵、子供たちの絵、小鳥の絵……どんどんと品はなくなっていき、もう残りは少なくなった。
空を見ると、青かった空は赤から紫に変わろうとしていた。
「そろそろ帰ろうかな」
と出している品を片付け始めると、
「こんばんは」
声をかけられた。
しかしその近くに人はいない。姿はないのに、声は聞こえる。まさか透明人間か。
なんて冗談を考える。
「何でしょうか?」
すぐに彼の視界には入らなかったが、姿はすぐ近くにちゃんとあった。
相手は子供だったのだ。背が低くてすぐに目に入らなかった。
男の子はまだ出ている絵をキョロキョロと見ると、欲しいのがなかったのかシックに尋ねた。
「ことりさんのえ、ありますか!」
元気よく、なぜか不思議そうな顔をしての質問。
確かに小鳥を描いたものはすぐに見えるところにはない。そこにあるのは売れてしまったから。
児童くらいの少年に「ちょっと待って」と待機してもらい、探してみる。まだあっただろうか。
ありそうな束から順にパラパラと見るが、ない。全て売れてしまったのだろう。
「ごめんね。もうないみたいなんだ」
「……そっか〜……」
少年はがっくりと肩を落とし、残念そうに声を出す。
ないとわかっても諦めきれないのか、すぐにはその場を離れようとせず、少し留まっている。
「小鳥、好きなの?」
そんな少年に、シックは問う。
すると、俯いたままだが頷いた。特に理由はないが、その色や鳴き声が好きらしい。
「そっか。……じゃあ、ちょっと待ってて」
優しく微笑んでそう告げると、また何かを探し始めた。
探しているのはあの絵の束からではなく、何を探しているのだろうか。
「えーと……あ、あった」
少しすると探していたそれを少年に見せる。
はがきサイズの、小さな絵だった。
「……ないんじゃなかったの?」
「実はこれ、売り物じゃないんだ」
「そうなの?」
「でもあげるよ。お代はいらない」
「いいの?」
「うん。どうぞ」
「…………ありがとう!」
少年はそういうと、その絵を胸に抱いて、元気に走り去っていった。
あの絵はジパングで見たコルリを描いたものだ。初めて見て、その鮮やかな色に見蕩れ、描き上げたのだが、出来が良くて手元に置いておいた。
正直に言うなら別に売っても構わないのだが、二度見れるとも限らないと考えて、何となく所持していたに過ぎない。
「ちょっと残念だけど……喜んでくれてるし、いいかな」
そうこぼすと、シックは片付けを再開して家に帰っていった。
――――――――――――――――――――
ある日、また森へと足を運び、絵を楽しむ。
風を感じ、光を感じ、自然を感じて……心地のいい空気の中、絵を描いていく。
「にんげん」
書いていると、何か頭上から声がかけられた。この声は、あのマンティスだ。
「森から去れ。二度と来るな、にんげん」
「いきなりひどいこと言うな……何で?」
「わたしは、にんげん、嫌いだ」
「そんな私的な理由で来るななんて、ひどいな」
カラカラと笑いながら、絵を止めることなく会話する。
「言っとくけど、僕はまだ来るからね」
「なぜ」
「森が好きだから」
これ以上にない、簡潔でわかりやすい理由だった。
その目には嘘偽り、曇りひとつなく、純粋で真っ直ぐに、真摯な瞳だった。
「僕は自然が好きだ。それをこうして、絵に残すのが好きだ。だから僕はここに来て、絵を描くんだ」
嬉しそうに、楽しそうに、面白そうに、シックは告げる。たいして言葉が多いわけではない。理由は単純だ。それでも、心に染みるようだった。
「逆に聞くけど、君はどうしてそんなに人間を嫌うの?」
姿は見えないが頭上にいるのであろうマンティスに向けて問いかける。
それでも手を休めることはなく、絵を描き続けている。
「…………わたしの母上、にんげんに殺された」
少し言い淀んでから口が開かれて出てきた質問に対する答えに、流石にシックも手を止めて、上に目線をやった。
姿を捉えるとこは出来ないが、雰囲気から怒りと憎しみ、悲しみでいっぱいなのだろうことがわかる。
「母上、にんげんを糧として捕獲し、その精を受けて、わたしが生まれた。わたしを生んでからも、そのにんげんと関わり続け、共にわたしを育てた。それはいい。わたしも、いい思い出。
だがある日、別のにんげんが、我らの家を訪れ、父上を殺し、母上を陵辱した上で、殺した……!!
わたしは外出していて、関わることはなかったが、帰ってきた時、母上が襲われ、殺された!!」
つまり、彼女が帰る少し前に陵辱による行為が終え、ちょうど殺されるシーンを目にしてしまったのだろう。
「わたしは憎しみに駆られ、その男を殺した……しかしそれでも、にんげんは……にんげんは…………母上を…………!!!」
その男を殺しても収まらない殺意。それが人間に対する彼女の気持ちの元なのだろう。
だが彼女自身も理解はしている。だからむやみに人は襲わないし、殺さない。
しかしこの森に関わって欲しくないことも事実で、こうして忠告をしに来たというわけだ。
「…………悪いけど、それはそちらの事情だ。僕には関係ない」
「! 貴様!!」
マンティスは衝動的にシックの首を狩ろうとする。だがそれはなされなかった。
それよりも先に、彼が言葉を紡いだからだ。
「君の親が殺されてしまったのは、確かに辛いことだ。でも、僕の行動とは関係ない」
それを聞いてカマを突きつけようとするが、なぜかバカバカしく思ってしまい、やめた。
「忠告はしたぞ、にんげん。次わたしが見つけるようなことがあれば……その時は、覚悟しろ」
言い終わると、マンティスの気配が消えた。木から木へと移ったのだろう。
気配がしていたその跡を見上げ、嘆息を漏らす。
「面倒臭いことになりそうだなぁ……」
気が削がれてしまい、描くのを中断して、この日は帰ることにした。
――――――――――――――――――――
また数日と過ぎて、シックはマンティスから警告を受けていたにもかかわらず、また森へと足を向けていた。
この日は木に登って枝に座っている。すぐ横に絵の道具も置いていて、ここで描くようだ。
やっぱり森は落ち着く。静かで、涼やかで、穏やかで、のどかで。
「気持ちいいなぁ……」
頬を撫でる風に、木の葉の音、木漏れ日。
絵もそっちのけにして、目を閉じて、心地いい自然を楽しむ。
本当に気持ちよくて、心地よくて、このまま寝てしまいそうだ。
「にんげん」
そこに殺気の込められた声が、今度は背後から。
「わたしは忠告したはずだ。二度と、踏み入れるなと」
「それはそっちの都合で、僕には関係ない、って言ったけど?」
「次に見つけたときは覚悟しろ、とも言った」
そう言えば言われてたな。思い出しながらこめかみに汗をにじませる。
あの後、帰ってから何もすることがなく、結局絵を描くことに夢中になり、その日にマンティスに言われたことを忘れてしまった。
だからといってそんなことを言ってしまえば、たぶん有無を言わさずに討たれる。
「覚悟、できているな?」
そんなこと言われても、ついさっきまで忘れていたのだから覚悟も何もない。
「覚悟なんてできてないよ。僕はまだ生きたい」
「ならばなぜ、忠告したにもかかわらず、ここへまた来た」
「森が好きだからね。この森が、絵を描くのに最適なんだ」
「絵を描く? そんな馬鹿げたことのためにか」
「絵はいいよ? 心が安らぐ」
明るく返しながらも、シックは悲しそうな目で告げる。
彼にとって絵には思い入れもあれば、愛着もあり、友でもある。
けなされて、怒りはしないが、悲しくは思う。
「それと、そんなに僕が気に入らないのなら、声をかけなければいいじゃないか」
「……何?」
「この森に入ってすら欲しくないって気持ちは、わかるつもりだよ。でも、人間が嫌いだって言うなら、無視してればいいじゃないか」
絵を描く道具の片付けを始めながら、マンティスに告げる。
「マンティスって、繁殖期以外は、生きるために必要ないことには興味を示さない魔物なんでしょ? なら、人間なんて無視して、繁殖期にのみどこかに閉じこもっちゃえば、人間とは触れなくてすむんじゃないかな?」
片付けを終えると、背後にいるのであろう彼女の方に顔を向けて告げる。
「だけど君は、むしろ興味津々で、だからこうして言葉を交わしたくなるんだ」
「な、何だと……!?」
マンティスは怒りに振え、拳を強く握る。殴ってやろうか、という勢いで。
「つまり……」
そんな状況の彼女に、シックは追い討ちをかける。
「君はむっつりだ」
笑顔で、衝撃的に告げる。
むっつり。つまり、むっつりスケベ。このマンティスは、興味がないふりをして、実はエロいことに興味津々である、と彼は指摘しているのだ。
それを聞いて、怒りに赤らんだ頬が顔全体に及び、無表情が通常のマンティスにはあるまじき怒りの形相だ。といっても顔を真っ赤にし、歯を食いしばり、眉間にしわを寄せているだけだが。
「にんげん!!」
怒りを抑えきれず、シックの首にカマを当てる。
とそこにいるはずの彼はいなくなっていて、カマは空を切っただけだった。
「……!?」
いつの間にかいなくなった影を探してあたりを見ると、その木の下を走っていた。
「なっ! いつの間に」
彼はこの森の、本当に様々な場所で絵を描いている。木の根のそばでも、地面でも、大樹のウロでも、木の上でも、大樹のてっぺんでも。そしてそれを一日のうちに何度も移動したりする。しかしいちいち幹や枝を伝って上り下りをしているのでは時間が無駄になる。そこで彼は思いついた。
降りるときは、飛び降りれば時間の短縮になるじゃないか。と。
それから彼は木に登って絵を描くたびに、下に降りるときは飛んで降りるようになった。そのおかげか、ある程度の高さからの飛び降りなら平然とやってのけるようになった。
つまり、さっきまでいた高さ程度ならどうってことなく飛び降りれるのだ。
そんなわけでその場から離脱したシックは、マンティスに向けて後ろ手に腕を振りながら走り去っていった。
「な、何なんだ……あのにんげん……」
それを見て心底衝撃的だったのか、マンティスは彼に向けた怒りを忘れて、無表情なりに驚愕を表していた。
「……………………」
そしていつしか、人間に対する憎しみが、彼に対しては薄らいでいるようだった。
シックが走り去った方を、彼女はいつまでも見続けていた。
森から一度離れると、息をついて「やれやれ」と漏らした。
「今度からは森の植物に擬態でもしようかな」
冗談のように呟いて彼は自宅に入ってしまう。
そして、帰ってから絵の道具を広げて、記憶をさかのぼり、思い出から絵を描くことにしたようだ。
「…………あのマンティス、どんな格好だったかな…………」
――――――――――――――――――――
それからも数ヶ月。一度はジパングへと旅に行って絵を描き、こちらに戻ってはそれを売って、そしてシックはまたいつものようにあの森へと足を踏み入れていた。
森に入っては自然を感じながら絵を描くのだが、かなりの確率で例のマンティスに見つかり、脅されたりからかったりしていた。
マンティスは彼を排除しようとしているようだが、シックはこの鬼ごっこのような関係を楽しんでいる節がある。彼女の方はあいも変わらず基本的に無表情を貫いているが、彼には笑顔が溢れることが多い。前から笑ってはいたのだが、最近は楽しげで嬉しそうな笑みが見てとれる。
そんな感じの付き合いになってからある日。
またいつものようにシックが森に絵を描きに来て、絵を描くポイントを探していると、
――――パァン……。
どこからか銃声が聞こえた。
すぐ近くで鳴らされたような音ではない。掠れるような、遠くからの音だった。
「何だ……?」
その音に何か嫌な予感がして、発生源であろう方へ走る。
自分の勘と、記憶している音の方角を頼りに、全力で走る。
障害になる木々を避け、鋭利な葉で腕や手に傷をつけながらも、足を休めることなく走る。
すると徐々に声が聞こえ始めた。
「――――だな、おい!」
「あぁ、いい獲物がかかったもんだ」
その声はどちらも男性のものだ。その声に、妙に気が逆撫でされる。何か、ムカつく。
相手の姿が見えるようになったところで、茂みに隠れた状態で身を隠す。銃声が聞こえたということは、相手は銃を所持している。むやみに飛び出しては突きつけられてしまうだけだ。
近くには男たちの味方らしき人の姿はなく、ふたりだけのようだ。
その二人の前にいるのは、あのマンティスだ。
「…………ッ!」
銃で撃たれたのだろう。膝を抑えて俯き、うずくまっている。
それを見て、シックに珍しく、歯を食いしばった。
表情に現れているのは怒り。完全に、男らに対しての敵意が感じられる。
しかしすぐには動こうとしない。彼は冷静だ。感情に流されるままに動こうとしていない。きちんと、状況を確認しようとしている。流されるままに動けばどうなるかは、わかっているのだろう。
「マンティスは、生きるために必要なこと以外には毛ほどの興味を持たない、森のアサシン……にもかかわらず何を考えてたのか、こんなところで惚けてやがった。仕留めるのは楽だったな」
「あぁ、全くだ。これなら、簡単に躾けられそうだ……」
ぐふふと下品な笑いを見せて、マンティスににじり寄っていく。
その行為に、それだけの行為に怒りがこみ上げて、視界を真っ赤に染め上げられそうだ。
これが、殺意。殺してやりたいという気持ちか……!
護身用に常に腰に携えているナイフ。それに手をかける。
だが手をかけるだけ。衝動のままに行動はしない。
怒りに満ち満ちているが、それでも冷静さを忘れてはいない。
「ふぅ…………」
一度息をついて、もう一度目の前の状況を確認する。
足を撃たれてうずくまっているマンティスに、あの男たち二人がにじり寄って、今にも触れそうなくらいだ。
……今なら、あちらに気を取られていて、こちらの動きには気づかないだろう。
だからといって早計に動けば、むしろ劣勢になってしまう。
「ぐふふ……動けない、いや動かないのか?」
「むしろ襲って欲しいとか……ぐふふふ」
下品に笑い、マンティスの足に触れて、無理矢理に開こうとする。
それを見て、シックの視界は真っ赤に染め上がった。
「ッ……!!!」
ナイフを抜き、男たちに向かって疾走して、マンティスに触れている男を横から回し蹴り飛ばす。
「何だ!」
そしてマンティスの前に立つと、ナイフを男たちに向けて突きつける。
するとそれだけで男たちは怯み、顔を歪ませる。
「な、何だ、貴様は!」
「何をしやがる!」
シックはそれに答えることなく睨みつけ、一度ナイフをおろしマンティスに近寄る。
「大丈夫か?」
綺麗な脚からは赤い筋がいくつも流れ、それが緑を赤へと染めていく。
マンティスの表情は読みづらいが、少なくとも体が若干震えていて、苦痛を味わっているということはわかる。
その様子を見て、再度男たちを睨みつけて、駆ける。
そして一人の片足をナイフにて切り裂き、自分も回転して足を引っ掛けて転ばせる。さらに足をバネにしてもう一人に向かって跳び、こちらは片腕を裂く。
そこまでするとまたマンティスの前に立ち、ナイフを構える。
「な、何なんだ……貴様……」
怯えた様子で再度問う。
それに対してシックは怒りを隠すことなく表情に出し、鬼眼の如き目で睨む。
「僕には殺しの技術はないが、お前らを殺すことはできるぞ……」
彼から感じるのは、純粋な殺意。
冷気を感じるほどに背筋が凍り、彼に対して恐怖を感じる。
本気で、怒りを感じているようだ。今までにないくらいに、激しく、荒々しく。
「……くっ……ずらかるぞ」
「ちっ……覚えてやがれ!」
シックのその殺意に恐怖を抱き、足を引きずりながら、肩を預けながら、男たちは去って行った。
しかしそれでは済まされなかった。
「何だ、あいつ……俺たちのやることに……」
「また機会がある……そん時には……」
「そんな機会? 何のことだ?」
どこからか聞こえる、笑っているような妖しい声。どこか艶かしいその声に、なぜか動きが止まる。
そして気配を感じてそちらの方にギギギと壊れたロボットのように首を向けると、妖しく光るものと目があった。
睨みつけるようにこちらを見ている、二つの目。その下にある口はニィっと笑い、舌なめずりしている。
「お前ら、男だな?」
徐々にこちらへ歩み寄ってきて、現れたその正体は、ワーウルフ。それも頬を赤らめていて息が荒い。
「ちょうどいい……今から人里に行こうとしていたところだ……ッ」
じゅるりと口の端から垂れるヨダレをすすると、二人に襲いかかった。
発情期に突入したワーウルフと出くわしてしまったらしい。
「う、うわーっ!」
難を逃れるため森を抜けようと、足に傷を負っている男を見捨てて逃げ出した。
背後では服が破れるような音がして、悲鳴のような声も聞こえた。
聞こえていたが振り返ってなどいられない。一目散に逃げようとする。
しかし逃げた先で、何か粉のようなものを大量に吸い込んでしまう。
「ぅっ……何だ……」
すると足取りがだんだんとのろくなっていき、意識は朦朧として、その足は一方へと向かい出す。
「あれぇ〜? 男だぁ」
その先にいたのはマタンゴ。男は彼女が発した胞子を吸い込んでしまったらしい。
「わ〜い。ご飯だぁ♪」
マタンゴはその男を捕獲すると、早速性交を始めた。
男たちは森の魔物に捕らえられてしまい、その後彼らがどうなったかは知らない。
男たちが向かった方から、悲鳴のような声が聞こえた気がするが、そんなことはどうでもよかった。
「マンティス!」
後ろでうずくまっている彼女のことが気になって、側に駆け寄る。
「大丈夫か?」
「……だい、じょうぶ……」
その声は大丈夫そうではなく、弱々しい。血を流しすぎたのだろうか。
マンティスは告げるとすぐに気絶してしまい、力が抜けてしまう。
それを見て心配になるが、とりあえずは気を失っただけ。まだ息もしているし、脈もある。だがその呼吸も徐々に荒くなっていて、一刻を争うのかもしれない。
何かに急かされてどうしたらいいのかがわからなくなる。
「ま、まずは止血を……」
茂みの中に置き去りになっている持ち物から傷口を塞ぐために応急道具を取り出して、包帯で固定させる。
しかしそれだけではまだ安心できない。
そこで彼は、一度自宅へと戻ることにした。
彼女を抱えて。
――――――――――――――――――――
目を覚ますと、そこは絵に囲まれた世界だった。
周りを見回すと、あるのは絵、絵、絵……。しかもそれは大樹であったり、海であったり、浜であったり、森であったり、平原であったり。内容は様々。
「ここ、は…………?」
上半身を起こし、自分に布がかけられていることに気づいた。そして脚に感じる痛みにそこに目をやると、また新たに包帯が巻かれている。治療が施されている。
「あ、起きた?」
ドアが開く音と少しずれて、声がかけられた。
「……にんげん……」
「あぁ、そういえば自己紹介はしてなかったね。……僕はシックっていうんだ」
今更すぎるし遅すぎる自己紹介をして、シックは外から汲んできたのであろう水を置く。
「君の名前は聞いてなかったね。何ていうの?」
笑顔と共に尋ねる。
すると思ってもみなかった反応をされてしまった。
「……わ、わたしは……カロン…………」
なぜかわからないが、彼女は無表情ながらもどこか恥ずかしがっているような、頬がほんのりと薄紅に染まっているようにも見える。
てっきり「にんげんに教える名などない」なんて言われると思っていたので、少し面をくらってしまった。
「…………そっか。カロンだね」
マンティス――カロンの名を復唱すると、相変わらず表情はないのだけど、なぜか知らないが、彼女は横を向いてしまう。恥ずかしがっているのだろうか。
「可愛い名前だね」
「……………………」
名前を褒めてみると、さらに顔を隠すように向こうをむいてしまった。
どうしたというのだろうか。
だがあまり触れると怒ってしまいそうなので、もう触れないようにする。
「傷は大丈夫? 痛くない?」
「……少し、痛むくらい。問題ない……」
「そ。よかった」
嬉しそうに微笑んで、何かの準備を始める。
いつの間にか用意していた食材と、汲んできた水を炊事場に準備して、料理をするようだ。
「ちょっと待ってね。ご飯の準備するから」
「ご飯……?」
疑問そうに言葉を漏らし、シックの方を見る。
狭く小さな炊事場で、どこか楽しそうに、弾む気持ちで料理をしている。
会話もなく、しかし鼻歌まじりに料理を続けて、実に楽しそう。
やがて料理ができると、画材道具ばかりのテーブルを片付けてそこに置き、食事の準備が完了する。
「さ、そっち座って。食べよう」
「………………」
促されるままにシックの正面にある椅子に座り、目の前に用意されている食事を見る。
タマゴにパン、サラダ、スープ。シンプルだが、どれも美味しそうで、温かい。温もりのある食事。
「それじゃ、食べようか」
シックは手を合わせてからそれらを頂いていく。
それと同じように、つられるようにして、食事に手をつける。
温かくて、美味しい。
彼女が今まで森の動物やその他の肉、最悪何も取れないときは果物を食べていた。それらはどれも冷たくて、温もりなどなかった。ただ一人で食べる、寂しい食事。しかし、今は違う。
「どうかな? おいしい?」
一人ではなく、冷たくも、寂しくもない。
心地よくて、温かい。
「……………………」
目の前にいるこの男の、嬉しそうな、楽しそうな笑み。前に会った人間とも、今度会った男たちとも違う。優しそうで、温かい。他の人間とは違う。
そう思うと頬が紅潮し、顔の熱が上がったことを察すると顔を伏せる。
――――ドクン、ドクン、ドクン……
心臓の鼓動が今まで感じたことのないくらいに脈をうっている。
なぜ、こんな時に不整脈に……!
「……あれ? 不味かったのかな……」
彼女の反応にシックは全く違うことを心配する。
味見をするようにスープを掬って再度口をつけて、確認する。
やっぱり、上手くいってる。うまいじゃないか。
出来が良かったことに自賛し、満足気な表情になる。だからこそ、不思議そうにカロンを見る。
魔物と人間では、味覚が違うのだろうか……?
違うことを心配していると、急にカロンが食べる速度を速めた。
彼女の急な行動に驚き、目を白黒させていると、すぐに立ち上がってドアに向かって歩き出した。
「え、ちょ、どうしたの?」
彼自身は驚きから身動きも取れぬままだが、声はかける。
するとドアは開いた状態で、振り向きもせずに口を開いた。
「……今日は……助かった……」
どこか恥ずかしそうに、彼女は告げた。
初めは人間が嫌いで、礼も告げたくなかったというのに、今は告げられている。
「けど……二度と、森には来るな」
それでも、やはり人間は嫌いなのか、鋭い眼光を見せて「来るな」と警告される。
だが、
「………………」
鋭い眼光を見せてすぐに、その目は潤みを持ち、そこから見える表情は怒りや憎しみではなく、羞恥と悲しみの類。
「……もう、来るなぁぁーー!」
そしてなぜか叫びながら逃げるように走り去っていった。
様々なことにあっけを取られてしまい、口をぽかんと開けたまま、開きっぱなしのドアの向こうを見る。
「な、何……?」
驚きを隠せない。全くもって無理だ。
恥ずかしがっているかと思ったら、何かに対して驚いたような雰囲気になり、素直に礼を告げたと思ったら、急に食事をかきこんで立ち上がり、睨まれたかと思うとその目は潤んで、叫びながら逃げるように去って行った。
全くわけがわからない。
食事を中断して立ち上がり、開け放たれているドアを閉めて振り返ると、小さく驚きの声が漏れた。
「……あ」
テーブルを見ると、自分の分の食事が残っている。それは当然だ。中断してドアを閉めたのだから。彼が驚いたのは、その向こうの食器。
そこには何も、なんの欠片も残されていない、その食器を見たからだ。
「……そっか。気に入ってもらえたのかな」
何も残されていない。それはつまり、スープの一滴も残さずに、すべてを食してくれたということ。それはきっと、用意した食事を美味しいと感じてもらえたということだ。
そう思うと、シックは嬉しくて、自然と表情がほころび、にんまりと笑みになった。
自分も食事を再開させ、それを全部食べ終えると片付けをし、いつもの通りに絵の準備を始める。
「今日は、何を描こうかな……」
そう言いながら、絵を描き始めて、それを背景に、そこに人物が描き足される。
――――――――――――――――――――
またいつものように、絵を描くために森へと出向く。
そしてまたポイントを決めて、準備をして。
「……気持ちのいい日だ……」
今日は木の上。そこから見える、木の葉の間から漏れ見える空を描こうとしているようだ。
ふと下を見てみると、なぜか頬をほんのりと染めて歩いているマンティス――カロンを見つけた。
「おーい、カローン!」
声には気づいたようで彼女はあたりをきょろきょろと見回し、その延長線で視線がこちらに向いた。
存在を気づかれて手を振ってみると、
「…………ッ……」
口をパクパクとした後に顔を伏せて、走り去ってしまった。
彼女の行動にシックは動きを止めてしまい、疑問と謎に満ちた表情になった。
「…………えー……?」
何でだろう。そう言いたげな声を出して、悲しそうに手をおろした。
――――――――――――――――――――
それからしばらく、二人はそんな感じに接していた。
カロンから話しかけるようなことはもうなく、見かけたらシックの方から声をかけるようになった。
しかし彼の姿を見るか、彼が声をかけるたびに彼女は逃げてしまい、会話に発展することはない。
そんな彼女を追いかけるような真似はしないが、それでも話せないのは何かモヤモヤする。
そう感じ、彼はひとつ作戦を練った。
カロンには、森を巡回する時間がある。巡回といっても決まったコースがなく、警備的なものではない、ただ散歩のようにして見て回るだけだが。
森を回ることで、シックと同じように、風を感じ、木の葉の音を聞き、日を感じ、自然を感じる。それが彼女の日課。
そして途中で獲物に出会えばそれを狩り、食事とする。
そんな彼女が、毎回必ず訪れる場所がある。
「……………………」
一番奥まったところにあり、森で開けている場所。木々が立っておらず、草原のようになっている空間。そこにカロンは毎回訪れている。
何をしているのかはわからないが、地に座り、目を閉じて、気持ちを落ち着かせている。瞑想でもしているのだろうか。
その間、彼女にはスキができる。いや、きっと気配にはむしろ敏感になっているだろう。それでも、速度にものを言わせれば。
「…………ッ」
茂みから気配を感じ、そちらへ顔を向け、カマを突き立てようとする。
がそれよりも早く、捕らえられてしまった。
「捕まえた!」
聞いたことのある声。嗅いだことのある匂い。感じたことのある温もり。
「シック……!」
その正体はシック。彼がカロンに後ろから腹を抱えて抱きつき、動きを制限した。
彼が練った作戦。それは単に彼女を捕らえ、なぜ自分から逃げるのかを聞き出す。ただそれだけだ。
「は、離せ!」
カロンは彼の腕から逃れようともがくが、力がなかなか強くて、すぐにははがせそうにない。一体どこにこんな力があるというのだろうか。
それにしても。と彼女は思考を巡らせてしまう。
顔が近い。息が頬に当たる。腕が体に触れてる。ギュッと抱きしめられてる。温かい。何か気持ちいい。ドキドキする。不整脈。男の匂い。体が火照る。
そんなことをぐるぐると考えてしまい、そしてだんだんと思考力が低下してきて、クラクラしてきた。
「は・な・せ!」
本能的にか理性的にか、これ以上はまずいと感じ取り、シックの腕を掴んで無理矢理に自分からはがし、放り投げる。
「うわっ!」
投げられた先は安全な草の絨毯。仰向けになって、頭をカロンの方に向けて、倒れていた。
彼を投げ飛ばした本人は、体全体を向こうに向けて、こちらには背中を見せている。
「何するんだよ……」
「そ、それはこっちのセリフ……急に何を……そんなまだ……!」
何か戸惑っているような、焦っているような、慌てているような。そんな声と雰囲気を感じる。カロンの態度と喋りに、シックはそう捉えた。
それに対してカロンは、自分の胸を、手を握った状態で抑えて、息を荒くし、頬を紅潮させて、目を潤ませている。
背後にいる彼に視線を向けようとするが、出来ない。すぐに足元に戻し、赤くなっている頬を両手で抑える。
疑問符を浮かべた頭で彼女の後ろ姿を見て、首を傾げる。
「な、何だ……何なんだ……お前は……! 近頃、やたら声をかけてくる……何をしたい……!」
「え? そりゃ、仲良くなったんだから、見かけたら声をかけるよ」
「な、仲良く……なんて……」
「それに僕は君と話したいのに、全然構ってくれないから……」
「は、はな、はなし、たい……?」
「もっと仲良くしたいし、もっと仲良くなりたいと思ってるよ」
「もっと……な、仲良く……」
シックが彼女に言葉を投げかけるたびに、カロンは節々に反応を示して、嬉しそうに、恥ずかしそうに復唱する。
彼は言葉を紡ぎながら起き上がり、さらに言葉をかける。
「それにしても君は、変なとこで恥ずかしがったり、慌てたりして、可愛いね」
「かっ、かわ……!」
何の前触れもなく唐突に彼が告げた。
その言葉を聞いて、カロンの頭で何かが『プツン』と切れる音がした。
「え? うわっ!」
急に振り向き、電光石火の如くシックに近寄ったと思うと、せっかく起き上がったのにまた押し倒されてしまう。驚きのあまりに目を閉じてしまった。
柔らかな草に後頭部を打ち付けられると、間髪いれずに唇に柔らかくて温かく、甘いものが押し付けられた。
「!?」
急なことに驚き、目を開けるとすぐ目の前にカロンの顔があり、甘く蕩けきった、いつもの無表情からは想像つかない、女の顔をしていた。そして自分が彼女にキスされていることに気づいた。
「ん……んんっ……」
長く、長くキスをされ、唇を割って舌が侵入してきた。
シックはそれに驚き、戸惑いつつも、彼女の行動を受け入れる。
柔らかな舌が口内に侵入し、掻き回されて、舐め回されて、すごく気持ちがいい。
それに対抗し、お返しと言わんばかりに彼もカロンの口内に舌を入れ、同じことをする。
それによって舌同士が絡まり、互いの唾液が混じり合って。艶かしくて心地よく、このまま身も心も捧げたくなる。ずっとこうしていたいと感じる。
流石に息が続かなくなり顔を離すと、舌と舌とが唾液の糸で繋がれ、プツンと切れた。
シックの表情も、カロンの表情も、興奮からか顔が火照っていて紅潮し、気持ちよさから蕩けたような顔になっている。
少し見つめ合ったあと、先に口を開いたのはカロンだった。
「お、お前が悪んだ……」
「……へ?」
「わたしは、来るなといった……しかしお前は来て……逃げても話しかけてきて…………」
恥ずかしそうに顔を赤くして、目を潤ませる。
「こんな……発情したメスの顔……見せたくなかった……」
興奮して紅潮した頬、男を求めて蕩けきった目、快感を欲して歪む口、息は荒く、全体が火照っている。ように感じるが、やっぱり無表情だ。
繁殖期。彼女はその時期に突入していた。
「カロン……」
本能的に人間の男性を襲い、繁殖のためにと性交をし、一度その快感を感じるとそれに魅了され、後は快楽を悦びを幸福を得るために魔物の本能が男を求め続けるようになる。
そんな本能の姿を、彼女は見られたくなくて、シックを避けていた。
「……だが、もう止められない……」
表情をさらに歪ませて、睨むように彼を見ると、カマを煌めかせて、器用に服だけを全て切り裂き、シックを生まれたままの姿にする。
彼の上にまたがり、表情がないというのにも艶かしい表情に見える。
「え、か、カロン……?」
「もう止められないぞ……わたしは、お前を、襲う」
そう言って、さっきのキスでギンギンに勃起している彼の陰茎をつかみ、軽く上下にこする。
少し腰を浮かせて自分の脚を開き、自らの秘所を彼に見えるようにする。
「見ろ……ここがお前のこれを欲しているぞ……」
ぷっくりと膨れていて、割れ目からはテラテラと愛液がいやらしく光り、腿を伝っていた。それを見てしまい、熱く固くなっている陰茎がさらに固く大きくなる。
それを嬉しそうに、ハァハァと荒い息のままに体勢を変えて、割れ目に亀頭をあてがう。
「ちょ、ちょっと……カロン!?」
声でその行動を制して、動きを止めさせる。
カロンがこちらに目を向けると、説得をしようと言葉を紡ぐ。
「あのさ、繁殖期なのはわかったけど、こういうのは互いの気持ちが大事というか……もっと親密になってからというか……だから……」
「こんなに大きくして、先から先走りの液を出して、何を言う……」
「いや、そうだけど……でも……」
「問答無用……ッ」
カロンはクチュクチュと腰を少し動かして、一気に腰を下ろした。シックの肉棒が彼女の膣内に侵入し、体を貫く。
「んっ……ぁ……挿入、ったぁ……♪」
「ぁっ……カロン……」
彼女は、今までに感じたことのない快感に、とうとう無表情が崩れ、甘く蕩けきった艶かしく淫らな表情になった。
そしてシックは、初めて異性と交わることの快感、それが魔物であることの背徳感、相手が彼女であることの幸福感。色々な感情が入り混じり、総合して悦びとなって、興奮が加速し、また陰茎を大きくさせた。
しかし行動はそれだけで、カロンは疲れてしまったかのようにシックの胸に自分の胸を押し付けて倒れる。
「か、カロン……?」
心配になって声をかけてみる。彼女の表情は快楽で満たされていて紅潮し、口は開きっぱなしで、荒く熱い息をハァハァと吐き出している。
「だめ……気持ち、いい……♪」
予想以上の快感に力が抜けてしまったようだ。
「そ、それなら今度でも……」
何となく彼女の気持ちを察して、中止して次にしようと提案するのだが、彼のその対応にムッとしたカロンは、意地になって続けることを宣言する。
「動け、なくても……ッ」
「ぁ……!」
膣に力を入れて、彼の肉棒を締め付け、刺激する。それもどうやっているのか絶妙で、亀頭部、サオ、付け根の部分と部位的にいぢってくる。
「んッ……んんッ……!」
そうする事で自身も感じているのだろう、カロンも気持ちよさそうに声を漏らし、その行為を続ける。
彼女がしていることを止めようと思うのに、体は快感を欲して動こうとしない。
そのまま溺れてしまいそうになって、それを別の力が拒み、シックを突き動かす。
「カロン……ッ!」
横移動の力で上下を入れ替え、今度はシックがカロンを押し倒したような体勢になる。
「……シック……?」
「カロン、ごめん……」
そう言うと挿入っている肉棒をゆっくりと引き抜いていく。
「えっ……!」
その言葉と行動を彼からの拒絶と感じ、それを阻止しようともっと締め付けるが、一瞬止まっただけで、なおも抜かれていく。
絶望。それが彼女が感じた感情。
他の人間には感じなかった気持ちを感じれる相手に拒絶され、ひどく悲しく思い、締め付ける力もなくなって。
もう彼女の中に挿入っているのは亀頭だけ。あと少し引き抜いてしまえば、彼女を快楽という世界に突き落としたものが、全て無くなってしまう。光も失い、感情も消えてしまいそう。
「そっちがその気なら、こっちだって」
「んあッ!」
ズン、と腹の奥に衝撃が走った。
一度は引き抜いていた陰茎を、また中へと押し込んだのだ。それも一気に、子宮口に突き刺すような勢いで。
急な快感の刺激に、カロンはつい声を漏らしてしまう。
「動けないからって、そっちばっか気持ちいいのは、ずるい!」
「何を……んっ」
体を前に倒して、唇を合わせる。舌を入れ、絡ませて、相手を味わう。
それと同じくして腰を動かし、パンパンと打ち付ける。最初に引き抜いたようにゆっくりとではなく、激しく大胆に。
息が続かなくなってさっきよりも短くキスを終える。舌と舌とが艶かしく糸を引き、声が漏れる。
「そ、んな……急に……激しッ……ふぁっ……」
「締められるだけも、気持ちいいけど……生殺し状態なんだよ、ねッ」
「んあっ! シック……そんな……んん!」
「悪いけど、我慢できない、からね!」
そう言ってズンズンと子宮口を激しく突き、腰を打ち付ける。
片手を彼女の胸に運び、その服装のままの胸を揉む。
「やっぱ、これの上からじゃわかりづらいな……」
「んっ……ちょっと、待って……」
シックに手をどかすように、行動で示して、少し止めるように口で言う。それから目を閉じるようにと。
それに従い、少しだけ動きを止めて、でもゆっくりと腰を動かして、目を閉じる。
そして許可を得て目を開けると、目の前にいたのは裸になったカロン。ただし腕にはカマがある。
「あ、あまり、見る、キャッ!」
その姿を見て、さっきまで緩めていた速度をいきなり上げて激しく打ち付ける。
さらに露わになったカロンの胸に触れ、揉む。
「シック……そんな……あっ……んん……ひゃあ……」
何も発することなく、荒々しく呼吸を乱して、ただ求めるように、欲するままに犯す。
乳首をクリクリとつまみ、時々強くギュッとつまんでいぢめる。
「あっ! いたっ……んんぁ……ああっ!」
背中を丸めて胸に顔を近づけ、ペロペロと舐めて、そして赤ん坊のように吸い付き、甘噛みをして味わう。
「やっ……んぁあ! シック! んぅ……んん!」
「カロン……可愛いよ……」
腰をなおも打ち付けながら、彼女の胸をいぢり、その口を首筋へと移動して舐める。
「ひゃんっ……あっあぁ! ん……もう……ぅああん!」
とうとう涙目になり、でもその快楽に溺れ、快感を求める。
脚を彼の腰に絡ませて、背中と後頭部に手を回し、全身で抱きつく。
「あッ……シッ、ク……んん……きもち、いい……♡」
「カロンの中も、すごく、気持ちいいよ……ッ」
抱きついてきた彼女を持ち上げ、今度は膝に乗せて座るような体勢になる。
シックの陰茎がさらに奥まで届き、子宮口を少しこじ開けられているような感覚になる。
「あっ……これ、しゅごいぃ……奥まで……届くぅ! んぁあっ!」
じゅぷじゅぷといやらしい音を立てて、淫らで艶かしい声を出して、五感の全てで快感を感じる。
気持ちよくて、何も考えられなくなってしまう。この快感だけを感じていたい。この悦びだけを噛み締めていたい。もっともっと、気持ちよくなりたい。
そんな欲求ばかりが頭を支配していく。
「カロン……もう、射精そう……!」
「あっ……んん! わたし、もっ……イきそっうんっ!」
激しかった動きがさらに激しくなり、ずちゅずちゅと音が大きくなる。
「は、離して……外で……」
「あっらめっ! 中で、中でぇ! シックの子種、子宮にちょうらぃぃ!」
「で、でも……っ」
「いいのっ! ちょうらい! 子種、子宮にっ!」
カロンは抱きしめている力をもっと強くし、絶対に離さないように、抜いてしまわないようにする。
「孕むからっ……シックの、赤ちゃん、孕むから! 孕ませてぇっ!」
淫れる艶かしい声に、はっきりとわかる彼女の体つきに、刺激を与えられる膣に。カロンの全てに体が反応し、陰茎も限界まで固く大きく熱くなる。
もういつ暴発してもおかしくない。
でもまだこの刺激を感じていたくて、ギリギリまで射精すのを我慢する。
「シック……しっくぅ! あっ……んぁあ!」
「カロン、気持ちいい……気持ちいいよ……」
辛そうに顔を歪めながらも、動きを一切止めず、激しいままに続ける。
出したい。カロンの中に、ぶちまけたい。欲のままに、快感のままに。でもこのまま出してしまえば、この快感は味わえなくなるかもしれない。
そんなことを考えてしまう。
だが彼の考えとは裏腹に、カロンは膣に力を入れてギュウギュウに締め付けてくる。
「出して、中にっ! 熱いの、いっぱい、ちょうらひぃ!」
「……もう、ダメだ……我慢、出来ない……ッ」
「あっ、んん! 来て! 中に、いっぱい……いっぱい!」
動きがラストスパートに入る。
もっと激しく、いやらしい音が反響し、森全体に響いてるのではないかというくらいに、大きな音になる。
「ひぃ、ィく! イっちゃう……んぁあ! ああっ!」
「出る……もう出る……カロンッ!」
「あっ、ああん! んん! んぁ! ちょうらい、子種っ……わたしの、子宮にっ、注いでぇぇぇ!」
ドクドク、ドピュッ、ビュルルッ……。
子宮を突き上げるように陰茎を押し込み、我慢していたものを全てぶちまける。
「あぁ……出てる……シックの、セーエキ……熱いの、いっぱい……」
「ッ……カロン、あんま、絞らないで……」
精液を全て出したと思ったのだが、カロンが陰茎を締め付けてきて、まだ絞り出される。
「んんっ……気持ちいいよぉ……」
恍惚に満ちた表情で、シックをギュッと抱きしめる。
「シックぅ……」
「……カロン……」
互いに抱きしめ合い、横に倒れる。
そのまま少し時間を過ごし、顔を見つめ合って、触れるだけのキスをする。
「カロン、そろそろ……」
離れるように促し、腕と脚から開放してもらおうとする。
それに応えるように力を緩め、下の口で咥えているものを抜こうとする。
しかし、
「まだ……」
また力を加えられて、押し込められてしまう。
「か、カロン……?」
「まだ、大きいままだ……まだ、イける……!」
そして横になったまま、今度はカロンが腰を動かして刺激を与える。
「え、ちょ、それって……」
「もっと、満たしてもらう……♪」
第二回戦、開始。
――――――――――――――――――――
やっと開放してもらえたのは、六度目の射精を終えてからだった。
疲れてしまい、流石にしぼんでしまった陰茎を引き抜くと、カロンの膣内から多量の白濁した液がドロドロと流れ出てくる。
三度目あたりまでは彼女にされるがままに犯され、膣内射精をしていたが、途中からはもうやけくそになって、獣のように欲求のままに、様々な体位で犯していた。
そして彼女がようやく疲れてまどろみ、薄い眠りの世界に踏み入れたところで、解放された。
「……つ、疲れた……」
若干貧血気味にフラフラと立ち上がり、横になっているカロンを見下ろす。
横になっているその姿は、美しくて、可愛くて、艶かしく、淫らで、魅力的で。
精力が尽きたかと思っていたが、それを見てしまうとまた陰茎が勃起してしまう。
が、今までにも色々な魔物の淫らな姿を見てきている彼の理性は強くたくましい。すぐにまた襲いかかるようなことはしない。
その代わりに、何かを思いついたようだ。
少しその場を離れて、隠れていた茂みに向かい、何かを持って戻ってくると、近くに腰を下ろした。
しばらくしてカロンは浅い眠りから目を覚まし、腕の中を見る。
そこには誰もいなくて、いるはずの人を探してあたりを見回す。
「……シック?」
あたりを見ても、その近くには誰もいない。声もしない。気配もない。
「……シック……?」
その場にいないその人の名前を口にして、もう一度見てみる。
でもやはり、そこには誰もいなくて。
「…………シックぅ…………」
だんだん悲しくなってきて、表情は薄いながらも、目に涙をためて、迷子の子供のように幼い声を出す。
「あれ、カロン。起きたんだ」
すると背後から求めた人の声がした。
弾かれるように振り向くと、生まれたままの姿ではない、服を着たシックが何か手に持って姿を現した。
「………………シックぅ!」
彼を見るなり跳ねるように立ち上がり、裸のまま飛びついた。
「わっ! おっとと……」
その衝撃でぐらつき、転びそうになってしまうが、それを堪える。
「ど、どうしたの?」
「……な、何でもない……」
無表情にも頬を染め、ギュっと抱きついたままはぐらかそうとする。
その目には涙がうっすらと溜まっており、彼の肩をほんの少し濡らせる。とそれよりも、彼女の秘所から流れ出ている精液が彼の太腿を汚していく。
「何で、いなかったの……?」
拗ねた子供のように口を尖らせて、側にいなかった理由を問う。それも抱きついたまま。
「いや、いつまでも裸なのは流石に寒いし。お腹すいちゃって……」
そう言うと手にあるものを持ち上げて、笑いかける。同時に腹の虫が鳴き、空腹を主張する。
いなかった理由がそんなことで、安心してさらにもっとギューっと抱きしめる
「もしかして寂しかった?」
「なっ……そ、そんなこと……ッ!」
彼の言葉には否定しながらも、やはりまだ抱きしめたまま。説得力はない。
それが嬉しくて、頬を薄紅に染めて微笑む。
「とりあえず離して。ご飯にしよう」
「……うん」
一旦離してもらい、また草の絨毯に腰をかける。
そのすぐ近くにカロンも座るのだが、距離が近すぎる。
何だかな、と思いながらそれを受け入れて、そのままの距離を保つ。
シックが作ってきた料理を、並んで食べようとするのだが、
「……………………」
カロンの距離が近すぎでちょっと食べづらい。
「あの、カロン……?」
「な、何だ……ッ」
名前を呼ばれると、びくんと体を跳ねらせて、尻尾を振って喜びを表している犬のように、無表情の中に目を輝かせる。
「ち、近すぎないかなぁ……なんて」
そう言うと彼女は一気に悲しそうな顔になって、目を伏せてシュンとなる。
「あ、いや、別に近いのがイヤとかじゃなくて……」
そんな悲しそうな表情になられると、シックも困ってしまう。
慌てて先の発言を否定する。
「そ、そうか……」
しかし否定すると今度はもっとくっついてきて、しなだれてくる。
これは何を言ってもダメんだなろうな、と諦めてそれを受け入れる。
少し食べづらいままに食事を続けていると、カロンがちらちらとこちらを盗み見てきていることに気づいた。
「な、何……?」
「え、あ、いや……」
シックが尋ねると頬を若干染めて、顔を背ける。
やはり無表情なのだが、それはまるで恋する乙女のようで、いつもの彼女とは態度が違う。
顔を背けたと思ったら、またこちらをのぞき見て、様子を伺ってくる。
何をしたいのかさっぱりわからないが、とりあえずやりたいようにさせておこう。
そう決めて、彼女の行動を受け入れておく。
食事を終えると、放置したままの絵の道具を回収し片付け始めた。
「……何か、描いてた?」
「ん? まぁね」
片付けを続けたまま答える。
すると興味があるようで、無言ながら何を描いたのかを尋ねてくる。
だがそれは内緒だとはぐらかして、見せてくれない。
カロンは膨れて、可愛らしく拗ねる。
片付けを終えるとシックは立ち上がって、帰ることを告げる。
「じゃあ、僕は帰るね」
「…………ダメっ」
彼の裾をつかみ、動きを制する。
「ここ、留まる……一緒に暮らす……!」
「無茶なこと言わないでよ……」
「無茶じゃない! わたしが守る! 獲物も捕まえる! 不自由じゃない!」
「でも出来ないんだ」
「何で……!」
突き放されたような気がして、寂しくなり、泣きそうになってしまう。
でも彼はイヤだからそう言っているわけではない。理由はちゃんとあるのだ。
「僕は、絵を描いてる。それはカロンも知ってるでしょ? その絵はいろんな町に行って、売ってるんだ。だからここに留まってることはできないんだ」
「それは……ここに住んでても……」
「違うんだよ。僕は絵をいろんなところに行って描いてる。当然ここもだけど、ここだけじゃない。海辺やジパング、砂漠地帯にも、火山地帯にも、北にも南にも……旅をして、何泊も外出して絵を描くんだ。それを待っててくれてる人達がいる。だから、ここにずっと留まって、一緒にいることはできないんだ」
「でも……でもぉ……」
カロンは彼と一緒にいたいという。それはきっと、四六時中という意味でなのだろう。たまに会うような時間ではなく、常に一緒にいたいということだ。
しかしそれは彼にとってはできないこと。理由は彼が口にしたように、様々なところへ旅に出て、絵を描き、待っている人に売るためだ。
絵を描くのにも何日も出かけて帰ってこないこともある。ここだけに留まってはいられないのだ。
それに彼自身の気持ちとして、様々な景色を見て、音を聞いて、自然を感じたいという思いもある。
「でも……シック……」
どんどんと辛そうな表情になっていく。
それが可哀想になっていき、同時にいとしく、愛らしく思えてきて。
「カロンは、僕と一緒がいいんだね?」
「…………ッ」
言葉にはせず、俯いた状態で首肯する。
「でも僕はここにはいれないんだ……だから」
彼女の頬に触れて顔を上げ、優しく微笑み、告げる。
「じゃあうちに来てよ。僕も、一緒がいいな」
「……わたしが……?」
「うん。それで、一緒にいろんなとこに行こう。いろんな景色を見よう。そしたら、ずっと一緒だ」
ニカッと笑って、彼女に告げる。
これは紛れもない告白……プロポーズだ。ずっと一緒にいて欲しい、結婚しようと言っているのだ。
その言葉を受けて、無表情が崩れてしまい、一筋の涙が流れる。
そして言葉の代わりに、行動で答えを示す。
「……んッ」
キス。ただ触れるだけの、優しいキス。
それはカロンがシックの告白を受けたことを示していた。
顔を離すと、顔を見つめ合って、抱きしめ合う。
「カロン、愛してるよ」
「シック、大好き……♪」
――――――――――――――――――――
それから二人は、シックの家で一緒に暮らすようになった。
昼間は二人で様々なところへ行き、シックが絵を描いている間カロンは隣で彼を見つめ、絵を売るときはその町で魔物に教えてもらい、花嫁修業のように料理や家事も徐々に覚えていった。
そして夜には毎日のようにシックを求め、快感を欲して交わり、楽しんだ。
またある日。
この日は外出はせず、家の中で絵を描いていた。
シックが絵を描いている間、カロンは彼の作品を眺めたり、掃除をしたり、食事を作ったり。愛する人のために働く。
そんな中で、ある一枚を目にして動きが止まる。
「シック……これ」
そこに描かれていたのは、森の中でひとり、目尻を下げて口角をほんの少し上げて、こちらに向かって微笑んでいる、カロンの絵。
今までに見たことはなかった、笑顔のカロンだ。
「あら、見つけちゃったか」
「これ、わたし……?」
「そうだよ。それだけじゃなくて……ほら」
彼が取り出したのは、様々なカロンの絵。森で笑みを浮かべている絵。町で買い物をしている絵。草原で昼寝をしている絵。不思議そうにしている絵。ムッとしている絵。それから、艶かしい官能的な絵。
「全部カロン」
それを聞いて、それらを見て、恥ずかしくなったのか頬を染めて俯いてしまう。
そしてチラ見で今描いているものも見て、顔がさらに紅潮する。
今描いているのは、まさしく昨夜の淫れたカロンの姿。シックにまたがり、自ら腰を動かして快感を楽しんでいる裸体のカロンだ。
昨晩もお楽しみだったようだ。
「し、シック……」
「え、あぁ。昨日も可愛かったよ」
微笑んでそう告げてくる言葉に、ボンと音を立てて頭から煙を上げる。
目線を少し下げると、彼の股間部が膨張し、興奮していることに気づいた。
その背後から抱きつき、膨らんでいるところをさする。
「か、カロン……?」
「シックの、エロ……」
「男だもん」
毎晩求めてくるのはそっちのくせに、こういった時だけ彼を責める。
ズボンから熱く大きく反り勃った陰茎を出すと、優しく触り、上下にこする。
「あの、ね? 今僕、絵を……」
「でも気持ちいいでしょ?」
優しい手つきがだんだんと激しくなっていき、亀頭の先から先走り液が漏れ出る。
「ねぇ、これも、売るの……?」
「う、売らないよ……カロンのこんな姿、見ていいのは、僕だけ……ッ」
そう言われて恥ずかしくも嬉しくて、さらに手の動きを激しくする。
「あっ……カロン、もう、ダメ……」
「出そう? いいよ、出して」
「でも、このままだと……」
今描いている絵が汚れてしまう。そう思っているようだ。
このままだと絵にかかってしまう。すると絵は失敗してしまう。この絵は、カロンの絵は失敗したくない。
そう思っていて、汚したくない。
でも、この刺激には、快楽には抗えない。
射精したい。ぶちまけたいっ。
「……ッ……カロン、手で、手で受け止めて……ッ」
「うん……わたしの手に出して……いっぱい、熱いの」
カロンは片手で彼の亀頭を包み込み、サオを刺激している手と一緒に亀頭にも刺激を与える。
「出る……もう、出るぅ……!」
ビュクビュクとカロンの手を白濁液が汚す。
出している間にも刺激を与え、今出せる分を全て絞り出す。
一通り出しきると、カロンはドロドロになった手を口元に持って行き、ペロッと舐めた。
「精液でドロドロ……手を、犯されちゃった……♪」
「…………カロン……!」
絵の道具を手放して、背後にいるカロンに襲いかかる。
彼女を押し倒し、唇を奪って舌を侵入させ、秘所に手をやり、指を入れる。
「んっ……っ……んん……」
「ん……ここ濡れてる……カロンのエッチ」
仕返しと言わんばかりに半目になっていたずらっぽく言う。
「……いぢわる……」
「可愛い♪」
嬉しそうに笑みを浮かべて、秘所に入れてる指を増やし、膣壁をひっかくように指を立てて出し入れして刺激を与える。
その快感に、気持ちよさそうな、艶かしい声を出して、身をよじる。
「シック……もぅ、ダメ……はぅぅ……」
「イきそう? 舐めてあげる」
体をずらし、カロンの股間に顔を埋めて舌で割れ目をなぞる。
「ひゃん!」
「あ、カロンってそんな声も出すんだ……」
愛する人の新たな一面を知り、さらに興奮するシック。
なぞるだけだった舌を中に入れて、くちゅくちゅと動かす。
「ああっ……シック、らめ……ひゃあっ」
次第に声はもっと淫れ、艶かしくなり、熱く甘い吐息が漏れるようになって。
「も、らめ……イく……イくぅぅぅ!」
プシャァァァと潮を吹き、シックの顔を濡らす。
それが止まると、今度は口全体で秘書を包み込み、チューっと吸い舐める。
「あ、いや……やめっ……あっ、ひぅ……」
「ッ……カロン……いい?」
彼の問いかけに、目を背けたまま、何も言わずに首肯する。
いつもはカロンが先制をし、何度目かからシックが攻めに転じることが多いのだが、今回は彼から犯すようだ。
亀頭を割れ目にあてがい、一度彼女を見てから、思い切りブチ込む。
「くぁぁ……そんな……急に……ッ」
そして一拍の休みもなく激しく腰を動かす。
こうしてこの日は、まだ日もあるうちから交わり、体力が尽きるまで互いを求め合った。
長い月日が流れて、二人は貯まった金で森の中にログハウスを建てた。二人が出会ったあの森だ。
あの家も適度に狭くてよかったのだが、それでも二人で暮らすには少し狭い。それにシックが描いた絵がたまりにたまって、だんだんと生活スペースが侵食されてしまった。
カロンはもっとくっついていれるのでそれでも良かったのだが、シックとしては描く場所がなくなるのはイヤだったらしい。
「シック、わたしとくっつくの、イヤ……?」
「そうじゃなくて、描くのに狭いのはちょっと……」
「それってくっつくのがイヤなんじゃ……」
甘えん坊で淋しがりで少し面倒臭い彼女を説得するのは時間がかかった。でもそこも可愛くて好きなのだが。
説得される代わりに彼は一日中カロンに犯されて、危うく魂が抜けかけた。
一応前の家は今まで描いてきた絵の保存庫として使っている。
引越しを終えると、まずはそのログハウスを描き上げた。
その絵は生涯、二人の幸せの象徴として飾られ、宝のように大切にされたという。
――――――――――――――――――――
とある森に建てられたログハウス。
その中には美しいマンティスと、その側には小さなマンティスが暮らしていた。
父親となる男性は現在、仕事のために外出をしていて、今はいない。きっと夕飯の頃には帰ってくるだろう。
ひとりでも、絵を描いて楽しく遊んでいる少女は、ふと家に飾られている一枚の絵を見て、そう言えばと不思議そうに首をかしげ、昼食を作っている母親に尋ねた。
「ねぇ、お母さん。この絵の人って、だあれ?」
子供の声に反応して料理を一時中断し、振り向いてその指が差している絵を見ると、にこやかに答えた。
「うふふ。それはね、わたしのお婆さまとお爺さまよ」
「へー……これがひいおばあちゃんとひいおじいちゃん……。なんか、幸せそうだねっ」
「えぇ、そうね。すごく、幸せだったそうよ」
そこに描かれているのは、森に建てられた一件のログハウス。そしてそこに住む幸せなマンティスと人間の夫婦の姿。片方の手を繋いだまま、男は彼女の肩を抱き、女は彼にしなだれていて、とても幸せそうに微笑んでいる。
この二人は生涯を共にし、この世を去るときも側を離れなかったらしい。
それ程までに相手を想い、愛していた。
「ほら、ご飯よ」
「は〜い」
母に呼ばれて子供はテーブルにつき、食事となった。
その姿を、絵から二人が見守っている。
「あ、お母さん。あれ、何が書かれてるの?」
少女はまた絵を見て、その端を指差した。
「……あれにはね、お爺さまとお婆さまの約束の言葉が書かれてるの」
「約束?」
「そうよ。うふふ」
母は薄い表情の中で、とても楽しそうに、嬉しそうに笑う。
その絵の端に、小さく書かれていたのは―――………
おわり
そこを一人の青年が訪れる。
彼はよく、ここに来ては絵を描き、自然に耳を傾け、堪能していく。
「……気持ちのいい日だ……」
空は快晴。太陽が照りつけるが、蒸し暑くなくて風が涼しい。
木陰に座り、幹に背を預けて、風に凪ぐ木の葉のさらさらという音に傾ける。
本当に気持ちのいい、心地のいい日。
手に持っている絵を描くのを一旦止め、目を閉じて聞き入る。
「――――――」
すると何か声が聞こえた気がした。
何だ、と思い、目を開いてあたりを見る。が、何もない。何もいない。
気のせいだなと勝手に解釈し、途中だった絵を描き上げる。
出来上がったのはそこから見える森の風景。木々がそびえ立ち、多種の花が咲き乱れ、優しく温かな光が木漏れ日として地面に降り注いでいる。そんな神秘的で幻想的な、美しい絵。
「……よし、出来た」
その一枚が仕上がると、また目を閉じて自然をもう少し堪能する。風を感じて、日を感じて、小鳥のさえずりを聞いて、木々の音を聞いて。
そして「よし」と小さく呟くと立ち上がり、道具を片付けて森を去る。
彼が立ち去った後、彼が背もたれにしていた木の上に、ひとつの影が。
「…………にんげん…………」
その声には憎しみを孕んでいて、影から除く双眸で去って行った方を睨み、歯を食いしばっていた。
――――――――――――――――――――
「ただいま」
あまり暗くなく、しかし明るくもない声で家に入る。
誰もいない、薄暗くて部屋もひとつしかない家。しかしそこにはたくさんの絵が飾られていて、明かりを灯せばそれらが笑顔のように明るく出迎える。
緑いっぱいの森の絵。天から降り注ぐ一筋の光の絵。穏やかに揺れる波の絵。楽しそうに賑わっている町の絵。闘技場で戦う戦士の絵。遊び疲れて眠っている子供たちの絵。澄み渡った空の絵。険しくも雄大な山岳の絵。愛し合っている恋人の絵…………本当にたくさんの絵が飾られている。
これらの絵は全てこの青年――シックが描いたものだ。大作から失敗作まで、全てで二百を超える。
彼は趣味で絵を描いている絵師だ。そしてたまにそれを露天として売りに出している。それが意外にも稼ぎになり、完売することもある。
炊事場に立ち、適当に料理を作ってそれを食べ、そして床についた。
これらが彼の普段の生活。朝起きては森や海といった自然の場所や町へ行って観察し、絵を描く。家に帰ってきたら今度は想像での絵を描くか、ぼーっとした後に料理をして食事を摂る。そして食べ終わるか夜になったら寝る。彼の生活の基本だ。
稀に絵を描かず散歩だけしたり、町へ出て買い物をしたり、露天で絵を売ったりとするが、それ以外はたいして行動は変わらない。
「…………明日は、どうしようかな…………」
明日のことを考えながら眠りの世界に飛び込み、そして夢の世界へと足を踏み入れた。
シックは一人っ子で、父と母は共に絵とは関係なかったのだが、どういうわけか昔から絵が好きな子だった。
だからといって軽蔑も差別も虐待もなく、むしろ両親は喜んで絵を描かせていた。
我が子が興味を持ち、才能が開花されることは嬉しく、喜ばしいことである、と。
そして彼は自然もこよなく愛していた。波の音を聞きに浜辺へ行き、木漏れ日を感じに森へ行き、雲を眺めるため宙を仰いでいた。それから人の動きも見るのが楽しくて、町へ出かけては見て回った。
絵を描くために、旅をしたこともある。ジパングへ行ったり、砂漠地帯へ行ったり、北の方へ向かったり……様々なことろで絵を描き、堪能してきた。
常に絵描きの道具を持ち歩いて、目にしたものは絵に残し、記憶に残してきた。
絵を描くのが楽しくて、それを両親に褒められるのが嬉しくて。そのおかげで彼の描画、図絵の技術はさらに増していき、子供のお絵かきから大人の絵画になっていった。
そんな両親も、彼がまだ十三の頃に亡くなってしまい、今は両親と共に暮らしたこの家に、ひとりで暮らしている。
『お父さん、お母さん。見て、森に行ったらこんなのが見れたよ!』
彼がまだ幼い頃。森に出かけてみると、とても綺麗な六色の虹が空にかかっていた。
それを子供ながらにうまく描き表している。
『あら、綺麗ね。でも雨なんて降ってたかしら……』
『いや、降ってはいなかったと思うが……それにしてもいい絵だな。うまいぞ、シック』
不思議に思われながらも、両親は彼の絵を褒めて、父は頭を撫でてくれた。
虹が見えたのは本当だ。彼自身も不思議だったのだが、それでも絵に残した。
陽の光で目が覚め、ゆっくりと目を開き、上半身を起こす。
「……また、懐かしい夢だな……」
自らの過去の夢。子供の頃に描いた、森にかかった不思議な虹の絵の夢。
あの時は、まだまだ幼稚でただ塗っただけの絵だった。
今なら、もっとあの虹を再現できるかもしれない。
そう思いながら、絵描き道具を準備して、室内で記憶を元に描き始める。
シックは時々、こうして思い出しては記憶を辿り、それを絵にする。
模写をすると、写真のように見たままを書く事もできるし、また幻想的に仕上げたり、全く別の絵に仕上げることもあり、応用もできる。
しかし記憶の描写となると応用は利かず、完成度はまちまちで、神秘的かつ幻想的に描き上げられることもあれば、描き始めから失敗することもある。
だから今までに何度もその『森の虹の絵』を描こうとしたのだが、なかなか納得のいく絵にはならない。
今回もまた一枚書き上げてみたが、どうも納得いかない。
「……違うかな……」
あの時に見た不思議な虹は、もっと美しく、儚く、それこそ本当に、幻想の世界の虹を見ているかのような。
しかしこの絵はどこか違う。
書いた本人としても完成度の高い、美しい作品に仕上がったと思う。ただこの虹はむしろ雄大で、堂々としている。
もっと儚くて、華奢な姿だったはずだ。
それを表現するのが、難しい。
「………………今日はやめよう…………」
虹の絵を書くのはそれ一枚で終了させ、道具をひとまとめにして町へと繰り出した。
本日はこの後、買い物をして終わりにするようだ。
――――――――――――――――――――
それからは数日とかけて森へ行き、海へ行き、町へ行き、山へ行き……様々な自然を描いて、堪能した。
この日、シックはいつもの通りに絵を描きに森へと出向く。
彼は森の絵を描く頻度が非常に高い。その理由は、森というものが一番広く、自宅からも近くて、描くものがとても多くて。
それから森が一番好きだからだ。
様々な種類の木々だけでなく、小鳥や小動物、昆虫に至るまで。それに時折見かける魔物も描くことができる。こんなのは他では滅多にない。
近くの町では、確かに魔物もいるが少数で、絵を描こうとするとその旦那にいろんな理由で「やめてくれ」と拒否される。嫁を他に見られたくないから、恥ずかしいから、見られていると萎えるから。などなどの理由だ。むしろ「一緒にヤろう」と誘ってくるのもいて、正直面倒だ。
海には多種存在するらしいが、水中では絵は描けない。
山も多くいるのに、あまり高くまで登るとその場に長くいられず、描ききれない。そのうえ、酸素が薄いのが理由かわからないが、なぜか画力が下がってしまう。絵師の絵が子供の絵になってしまうのだ。
森の空気は綺麗で、木漏れ日が気持ちよく、風も心地いい。洞窟なんかもあって、とても楽しいし、面白い。それに――これは彼の感覚だが――山よりも森の方が魔物の数が多い。眠っているものも、森を徘徊しているものも、風と戯れているものも。魔物は森で一番多く目にしている。といっても見る機会は少ないし、見た種類も少ないが。
ごくたまには、男性を森へと連れ去って性交をする魔物もいて、それを観察して描写することもできる。
それを見て彼の陰茎が勃起し、興奮を煽られるが、その艶かしい姿を描くことがまず脳裏に浮かび、描写に専念している。
ちなみにこの『魔物との性交』が一番高値で売れる。おおっぴらに売るわけではないが、男性に対して「こんなのもありますよ」と見せれば、十中八九買ってくれる。
女性には自然の神秘的な絵が絶大な人気だが、男性にははやり淫靡的で妖艶な絵のほうが人気だ。
「さてと……今日は何を描こうかな」
森の中に踏み入れると、いつかと同じように心地の良さそうな場所を探し、まず歩く。
森から見える空を描こうか。堂々たる木々を描こうか。木の上から見る地面を描こうか。大木のウロから覗く世界を書こうか。一本の大樹を描こうか。枝に止まる小鳥を描こうか。木々を伝う小動物を描こうか。
歩きながらその瞳に映る景色を観察し、何を描こうか思案する。
これも彼にとってはとても重要で、とても楽しい時間だ。こうして考えるのが楽しくて、面白くて。でも選択肢が多くて大変だ。
と見回していると、向こうで痛そうに座り込んでいる人影を見つけた。
その方に足を向けて小走りで近寄る。
「どうした? 大丈夫か?」
声をかけながら近づくと、そこに座り込んでいたのはマンティスと呼ばれる魔物だった。
容姿端麗でスタイルが良く、表情が薄いながらもとても美しく可憐な少女。布であろう濃い緑の裾の短い服の上には鎧のようなもので身を包み、両腕にはマンティスの最大の特徴と呼べるカマがある。その姿はどこか艶かしく、妖しい。だがそれもまた魅力的な少女だ。
彼女らは『森のアサシン』と呼ばれ、恐れられている。表情はなく、生きるために不必要なことには何に対しても関心を抱かず、魔物だというのに繁殖期以外では人間の男性にも興味を示さない魔物。
シックは以前にもこの魔物の別個体を見たことがある。その時はちょうど繁殖期だったようで、森の中で確保されてしまった男性と交わっている最中だった。ちなみにそれはバッチリと絵として記録し、即座に売れてしまった。過去最高金額だったという。
同じ種類でもやはり個体別で体のつくりは違うようで、このマンティスは少し胸が小さいようだ。というか全体に少し小さく、あの時に見た成体よりも若く、まだ未熟なのだろう。
そのマンティスは彼の姿を認識すると、表情が薄いながらも憎悪のような感情を表しているのをシックは感じた。こんなに感情を表に出すマンティスは珍しい。
彼女の感情に少し気圧されながらも、体をよく見ると膝に血が滲んでいる。怪我をしてしまったようだ。
「大丈夫か?」
心配してさらに近づこうと足を数歩進めると、
「来るな!」
距離は離れているが、カマを突きつけられ進行を制されてしまう。
彼女の声には怒りや憎しみのような感情が孕まれており、本当に近寄って欲しくないようだ。
「わたしは、にんげん、嫌いだ! それ以上、近づくな!」
薄い表情の中の憎悪は確かだった。
しかし彼はそんなこともお構いなしに、再び歩み寄る。
「来るな! にんげん!」
「怪我してるのにほっとけるか、馬鹿!」
突き立てられているカマを避けて、その綺麗な脚に触れる。
彼女からの文句を聞き入れることなく持っていた小袋をどこからか出し、中身を漁る。そして「あ」とこぼすと辺りを見回し、何かを発見するとそれを取り、また彼女のそばに寄った。
「何をする!」
「これは薬草だよ。ちょっと待って。足動かさないでね」
薬草を膝の傷に当てて落ちないように抑え、その上から包帯を巻きつける。
「…………お前、何者だ。何しに、ここ来た」
「僕はただの絵描きさ。森に来たのは絵を描くため」
短いやりとりをしている間も、彼は包帯を丁寧に巻く。
脚を動かすのに支障がない程度に、包帯をぐるぐるに巻きつけて留め具で固定する。
「よし、出来た」
傷の処置を終えると彼は立ち上がり彼女に笑いかけると、それ以外には何もすることなく、「じゃあな」と背を向けて立ち去ろうとする。
「…………礼は、言わない……!」
背中にそんな言葉を投げかけられるが、振り向くこともせずに後ろ手に手を振り、本当に去って行った。
シックが去った後、マンティスは彼がいなくなった方をずっと見つめていた。
しかしその眼差しにあるのは、惚れただ何だといった甘いものではなく、まるで親の敵を睨みつけるような、憎しみを孕んでいた。
「…………にんげん……許さない……」
口では怒り、目では敵意を表して、すでにその場にはいないシックを睨む。
だが彼女の手は、残された温もりを感じるように、彼が巻いてくれた包帯を、触れられた脚を、そっと触れて撫でていた。
――――――――――――――――――――
マンティスと話し別れてから、シックはまた森をさまよい、ようやく見つけたスポットで風や光、音を感じながらいつもどおりに絵を描いた。その絵が存外出来が良くて、さらに絵を数枚描き、それから森を後にした。
翌日には町へ繰り出し、描き上げた絵を露天のように売りに出す。
彼が描いた絵は、女性のみならず男性にも人気が高く、また子供にも喜ばれ、魔物にも買われていった。
様々な種類の絵があるのだが、やはり一番人気なのは自然を描いたもの。神秘的な森、幻想的な泉、神々しい光、美しい海、雄大な山。たくさんあったはずの絵はすぐに半分以下となってしまった。
男性客の場合は、向こう側から問われて、妖しくも艶かしく美しい魔物の絵を見せている。彼は基本的に同じ町でばかり売るので、だんだんと顧客がついてきていて、並べていないだけでその手の絵もあることは知っているようだ。
「な、なぁ兄ちゃん。今日もあれは……」
一人の男性が耳打ちのようにこっそりと、ひっそりと、周りには聞こえないように、密かに尋ねてくる。初めてエロ本を買うときの中坊のようだ。
「えっと……これらになりますね」
それにも笑顔で答え、まずは描いた対象のリストを見せる。
連なれている名前はアルラウネ、スライム、ドリアード、エルフ、フェアリー、リザードマンなどなど。よく目にする魔物から、普段はあまり姿を見せない魔物もいて、種類が多い。それにしてもよくこんなに描けた。
リストを見せてから、指定された魔物の絵を探し、その絵を見せる。
「ホント……好きですね」
呆れ半分に声に出し、束の中からそれの絵を取り出し、数枚を見せる。
男性が注文した魔物はアラウルネ。実は彼は所謂お得意様のようなもので、何度かこうしてシックの絵を買いに来ている。それも全て、植物型の魔物の絵を。
「奥さんだって、いるんでしょう? さっき、あなたが来てないかと聞かれましたよ」
「べ、別にいいだろ……これくらい……」
「襲われたい、って願望ですか?」
「な! ち、ちちち違うわい!」
焦りすぎである。
男性は彼から見せてもらった数枚あるアラウルネの淫靡な絵の中から一枚を代金と引き換えにもらい、こそこそと隠すように持っていった。
少し日が傾き、今度は貴婦人そうな女性が声をかけてきた。
「よろしいかしら」
「はい、何でしょうか」
「あなたは絵描きさんでいらっしゃるとか」
それはここに見せている絵を見ればわかると思うが、確認で聞いているのだろうか。絵師と販売人で別に行っていると思ったのだろう。
疑問符なしの質問に肯定の言葉を発すると、婦人は期待を込めたような声で注文をしてきた。
「サクラの絵はありますでしょうか?」
「桜、ですか?」
突然の注文に、少し面をくらってしまう。
「えぇ。一度見てみたいと思うのですが……あれはジパング特有の花。時間がなかなか取れないので、見に行けないのですよ」
片手を頬に当てて、困ったわと言いたげに片目を瞑る。
シックは笑顔で答え、「ちょっと待ってください」と絵の束を探り、パラパラと見る。
自然の絵、樹木の絵、山の絵、と順に束を見て探すが、なかなか見つからない。
過去にジパングに行った時、確かに彼は桜を見て、それを一枚の絵に仕上げた。小さく儚くて、それなのに雄大で、とても美しい大樹の桜。とても印象的で、神秘的で、幻想的で……感動した。
それに彼はジパングがよほど気に入ったようでしばらくそこの宿に滞在し、その国の風景をたくさん描き上げた。
こちらに戻ってからそのうちの数枚を露天で出してみると、即座になくなってしまったほどだ。
「すみません。桜はありませんね」
少しずつ小出しに売りに出していたのだが、もうなくなってしまっていたようだ。また今度、ジパングに訪れなければならない。というか彼が個人的に行きたい。
「あら、そうですか……残念ですわ」
「すみません。申し訳ないです」
「ないなら仕方ありませんわ。それではまたの機会に」
「次回までには、描いておきますね」
婦人は愛想よく頭を下げて「それでは」と立ち去った。
まさか桜を要求されるとは思わなかった。いや過去にも描き売っているのであって当然なのだが、これを欲しいと声に出されるとは思っていなかった。
「……桜、か……」
これを機に、またジパングに行って、その風景を描こう。
密かにそう誓った。
ジパングは特有の動植物が多い。特に植物に関しては色々な顔を見せてくれる。
たいていの国では紅葉が始まっても染まる色はだいたい一色だ。しかしジパングの山は赤に黄色にオレンジに、緑のままもあり、本当にたくさんの顔があり、それもまた美しく楽しい。
この国の特有の食べ物も美味しい。あんなに質素で厳かで少量なのに、なんであんなに美味しいのだろうか。今度ジパング人に教えてもらおうか。
あの着ている服にも興味津々だ。薄い生地の服を一枚羽織って大きなリボンで縛っているだけ。「ユカタ」といったか……。それに「ジンベイ」「ジュウニヒトエ」「ハカマ」……すべてを総称して「ワフク」や「キモノ」というらしいが、本当に興味深い。特にあの「ジンベイ」という服は着てみたい。機会があればいただこうかな。
また行きたいな、ジパング。
などと考えていると、いつの間にか客がやってきていた。
それから小動物の絵、町並みの絵、子供たちの絵、小鳥の絵……どんどんと品はなくなっていき、もう残りは少なくなった。
空を見ると、青かった空は赤から紫に変わろうとしていた。
「そろそろ帰ろうかな」
と出している品を片付け始めると、
「こんばんは」
声をかけられた。
しかしその近くに人はいない。姿はないのに、声は聞こえる。まさか透明人間か。
なんて冗談を考える。
「何でしょうか?」
すぐに彼の視界には入らなかったが、姿はすぐ近くにちゃんとあった。
相手は子供だったのだ。背が低くてすぐに目に入らなかった。
男の子はまだ出ている絵をキョロキョロと見ると、欲しいのがなかったのかシックに尋ねた。
「ことりさんのえ、ありますか!」
元気よく、なぜか不思議そうな顔をしての質問。
確かに小鳥を描いたものはすぐに見えるところにはない。そこにあるのは売れてしまったから。
児童くらいの少年に「ちょっと待って」と待機してもらい、探してみる。まだあっただろうか。
ありそうな束から順にパラパラと見るが、ない。全て売れてしまったのだろう。
「ごめんね。もうないみたいなんだ」
「……そっか〜……」
少年はがっくりと肩を落とし、残念そうに声を出す。
ないとわかっても諦めきれないのか、すぐにはその場を離れようとせず、少し留まっている。
「小鳥、好きなの?」
そんな少年に、シックは問う。
すると、俯いたままだが頷いた。特に理由はないが、その色や鳴き声が好きらしい。
「そっか。……じゃあ、ちょっと待ってて」
優しく微笑んでそう告げると、また何かを探し始めた。
探しているのはあの絵の束からではなく、何を探しているのだろうか。
「えーと……あ、あった」
少しすると探していたそれを少年に見せる。
はがきサイズの、小さな絵だった。
「……ないんじゃなかったの?」
「実はこれ、売り物じゃないんだ」
「そうなの?」
「でもあげるよ。お代はいらない」
「いいの?」
「うん。どうぞ」
「…………ありがとう!」
少年はそういうと、その絵を胸に抱いて、元気に走り去っていった。
あの絵はジパングで見たコルリを描いたものだ。初めて見て、その鮮やかな色に見蕩れ、描き上げたのだが、出来が良くて手元に置いておいた。
正直に言うなら別に売っても構わないのだが、二度見れるとも限らないと考えて、何となく所持していたに過ぎない。
「ちょっと残念だけど……喜んでくれてるし、いいかな」
そうこぼすと、シックは片付けを再開して家に帰っていった。
――――――――――――――――――――
ある日、また森へと足を運び、絵を楽しむ。
風を感じ、光を感じ、自然を感じて……心地のいい空気の中、絵を描いていく。
「にんげん」
書いていると、何か頭上から声がかけられた。この声は、あのマンティスだ。
「森から去れ。二度と来るな、にんげん」
「いきなりひどいこと言うな……何で?」
「わたしは、にんげん、嫌いだ」
「そんな私的な理由で来るななんて、ひどいな」
カラカラと笑いながら、絵を止めることなく会話する。
「言っとくけど、僕はまだ来るからね」
「なぜ」
「森が好きだから」
これ以上にない、簡潔でわかりやすい理由だった。
その目には嘘偽り、曇りひとつなく、純粋で真っ直ぐに、真摯な瞳だった。
「僕は自然が好きだ。それをこうして、絵に残すのが好きだ。だから僕はここに来て、絵を描くんだ」
嬉しそうに、楽しそうに、面白そうに、シックは告げる。たいして言葉が多いわけではない。理由は単純だ。それでも、心に染みるようだった。
「逆に聞くけど、君はどうしてそんなに人間を嫌うの?」
姿は見えないが頭上にいるのであろうマンティスに向けて問いかける。
それでも手を休めることはなく、絵を描き続けている。
「…………わたしの母上、にんげんに殺された」
少し言い淀んでから口が開かれて出てきた質問に対する答えに、流石にシックも手を止めて、上に目線をやった。
姿を捉えるとこは出来ないが、雰囲気から怒りと憎しみ、悲しみでいっぱいなのだろうことがわかる。
「母上、にんげんを糧として捕獲し、その精を受けて、わたしが生まれた。わたしを生んでからも、そのにんげんと関わり続け、共にわたしを育てた。それはいい。わたしも、いい思い出。
だがある日、別のにんげんが、我らの家を訪れ、父上を殺し、母上を陵辱した上で、殺した……!!
わたしは外出していて、関わることはなかったが、帰ってきた時、母上が襲われ、殺された!!」
つまり、彼女が帰る少し前に陵辱による行為が終え、ちょうど殺されるシーンを目にしてしまったのだろう。
「わたしは憎しみに駆られ、その男を殺した……しかしそれでも、にんげんは……にんげんは…………母上を…………!!!」
その男を殺しても収まらない殺意。それが人間に対する彼女の気持ちの元なのだろう。
だが彼女自身も理解はしている。だからむやみに人は襲わないし、殺さない。
しかしこの森に関わって欲しくないことも事実で、こうして忠告をしに来たというわけだ。
「…………悪いけど、それはそちらの事情だ。僕には関係ない」
「! 貴様!!」
マンティスは衝動的にシックの首を狩ろうとする。だがそれはなされなかった。
それよりも先に、彼が言葉を紡いだからだ。
「君の親が殺されてしまったのは、確かに辛いことだ。でも、僕の行動とは関係ない」
それを聞いてカマを突きつけようとするが、なぜかバカバカしく思ってしまい、やめた。
「忠告はしたぞ、にんげん。次わたしが見つけるようなことがあれば……その時は、覚悟しろ」
言い終わると、マンティスの気配が消えた。木から木へと移ったのだろう。
気配がしていたその跡を見上げ、嘆息を漏らす。
「面倒臭いことになりそうだなぁ……」
気が削がれてしまい、描くのを中断して、この日は帰ることにした。
――――――――――――――――――――
また数日と過ぎて、シックはマンティスから警告を受けていたにもかかわらず、また森へと足を向けていた。
この日は木に登って枝に座っている。すぐ横に絵の道具も置いていて、ここで描くようだ。
やっぱり森は落ち着く。静かで、涼やかで、穏やかで、のどかで。
「気持ちいいなぁ……」
頬を撫でる風に、木の葉の音、木漏れ日。
絵もそっちのけにして、目を閉じて、心地いい自然を楽しむ。
本当に気持ちよくて、心地よくて、このまま寝てしまいそうだ。
「にんげん」
そこに殺気の込められた声が、今度は背後から。
「わたしは忠告したはずだ。二度と、踏み入れるなと」
「それはそっちの都合で、僕には関係ない、って言ったけど?」
「次に見つけたときは覚悟しろ、とも言った」
そう言えば言われてたな。思い出しながらこめかみに汗をにじませる。
あの後、帰ってから何もすることがなく、結局絵を描くことに夢中になり、その日にマンティスに言われたことを忘れてしまった。
だからといってそんなことを言ってしまえば、たぶん有無を言わさずに討たれる。
「覚悟、できているな?」
そんなこと言われても、ついさっきまで忘れていたのだから覚悟も何もない。
「覚悟なんてできてないよ。僕はまだ生きたい」
「ならばなぜ、忠告したにもかかわらず、ここへまた来た」
「森が好きだからね。この森が、絵を描くのに最適なんだ」
「絵を描く? そんな馬鹿げたことのためにか」
「絵はいいよ? 心が安らぐ」
明るく返しながらも、シックは悲しそうな目で告げる。
彼にとって絵には思い入れもあれば、愛着もあり、友でもある。
けなされて、怒りはしないが、悲しくは思う。
「それと、そんなに僕が気に入らないのなら、声をかけなければいいじゃないか」
「……何?」
「この森に入ってすら欲しくないって気持ちは、わかるつもりだよ。でも、人間が嫌いだって言うなら、無視してればいいじゃないか」
絵を描く道具の片付けを始めながら、マンティスに告げる。
「マンティスって、繁殖期以外は、生きるために必要ないことには興味を示さない魔物なんでしょ? なら、人間なんて無視して、繁殖期にのみどこかに閉じこもっちゃえば、人間とは触れなくてすむんじゃないかな?」
片付けを終えると、背後にいるのであろう彼女の方に顔を向けて告げる。
「だけど君は、むしろ興味津々で、だからこうして言葉を交わしたくなるんだ」
「な、何だと……!?」
マンティスは怒りに振え、拳を強く握る。殴ってやろうか、という勢いで。
「つまり……」
そんな状況の彼女に、シックは追い討ちをかける。
「君はむっつりだ」
笑顔で、衝撃的に告げる。
むっつり。つまり、むっつりスケベ。このマンティスは、興味がないふりをして、実はエロいことに興味津々である、と彼は指摘しているのだ。
それを聞いて、怒りに赤らんだ頬が顔全体に及び、無表情が通常のマンティスにはあるまじき怒りの形相だ。といっても顔を真っ赤にし、歯を食いしばり、眉間にしわを寄せているだけだが。
「にんげん!!」
怒りを抑えきれず、シックの首にカマを当てる。
とそこにいるはずの彼はいなくなっていて、カマは空を切っただけだった。
「……!?」
いつの間にかいなくなった影を探してあたりを見ると、その木の下を走っていた。
「なっ! いつの間に」
彼はこの森の、本当に様々な場所で絵を描いている。木の根のそばでも、地面でも、大樹のウロでも、木の上でも、大樹のてっぺんでも。そしてそれを一日のうちに何度も移動したりする。しかしいちいち幹や枝を伝って上り下りをしているのでは時間が無駄になる。そこで彼は思いついた。
降りるときは、飛び降りれば時間の短縮になるじゃないか。と。
それから彼は木に登って絵を描くたびに、下に降りるときは飛んで降りるようになった。そのおかげか、ある程度の高さからの飛び降りなら平然とやってのけるようになった。
つまり、さっきまでいた高さ程度ならどうってことなく飛び降りれるのだ。
そんなわけでその場から離脱したシックは、マンティスに向けて後ろ手に腕を振りながら走り去っていった。
「な、何なんだ……あのにんげん……」
それを見て心底衝撃的だったのか、マンティスは彼に向けた怒りを忘れて、無表情なりに驚愕を表していた。
「……………………」
そしていつしか、人間に対する憎しみが、彼に対しては薄らいでいるようだった。
シックが走り去った方を、彼女はいつまでも見続けていた。
森から一度離れると、息をついて「やれやれ」と漏らした。
「今度からは森の植物に擬態でもしようかな」
冗談のように呟いて彼は自宅に入ってしまう。
そして、帰ってから絵の道具を広げて、記憶をさかのぼり、思い出から絵を描くことにしたようだ。
「…………あのマンティス、どんな格好だったかな…………」
――――――――――――――――――――
それからも数ヶ月。一度はジパングへと旅に行って絵を描き、こちらに戻ってはそれを売って、そしてシックはまたいつものようにあの森へと足を踏み入れていた。
森に入っては自然を感じながら絵を描くのだが、かなりの確率で例のマンティスに見つかり、脅されたりからかったりしていた。
マンティスは彼を排除しようとしているようだが、シックはこの鬼ごっこのような関係を楽しんでいる節がある。彼女の方はあいも変わらず基本的に無表情を貫いているが、彼には笑顔が溢れることが多い。前から笑ってはいたのだが、最近は楽しげで嬉しそうな笑みが見てとれる。
そんな感じの付き合いになってからある日。
またいつものようにシックが森に絵を描きに来て、絵を描くポイントを探していると、
――――パァン……。
どこからか銃声が聞こえた。
すぐ近くで鳴らされたような音ではない。掠れるような、遠くからの音だった。
「何だ……?」
その音に何か嫌な予感がして、発生源であろう方へ走る。
自分の勘と、記憶している音の方角を頼りに、全力で走る。
障害になる木々を避け、鋭利な葉で腕や手に傷をつけながらも、足を休めることなく走る。
すると徐々に声が聞こえ始めた。
「――――だな、おい!」
「あぁ、いい獲物がかかったもんだ」
その声はどちらも男性のものだ。その声に、妙に気が逆撫でされる。何か、ムカつく。
相手の姿が見えるようになったところで、茂みに隠れた状態で身を隠す。銃声が聞こえたということは、相手は銃を所持している。むやみに飛び出しては突きつけられてしまうだけだ。
近くには男たちの味方らしき人の姿はなく、ふたりだけのようだ。
その二人の前にいるのは、あのマンティスだ。
「…………ッ!」
銃で撃たれたのだろう。膝を抑えて俯き、うずくまっている。
それを見て、シックに珍しく、歯を食いしばった。
表情に現れているのは怒り。完全に、男らに対しての敵意が感じられる。
しかしすぐには動こうとしない。彼は冷静だ。感情に流されるままに動こうとしていない。きちんと、状況を確認しようとしている。流されるままに動けばどうなるかは、わかっているのだろう。
「マンティスは、生きるために必要なこと以外には毛ほどの興味を持たない、森のアサシン……にもかかわらず何を考えてたのか、こんなところで惚けてやがった。仕留めるのは楽だったな」
「あぁ、全くだ。これなら、簡単に躾けられそうだ……」
ぐふふと下品な笑いを見せて、マンティスににじり寄っていく。
その行為に、それだけの行為に怒りがこみ上げて、視界を真っ赤に染め上げられそうだ。
これが、殺意。殺してやりたいという気持ちか……!
護身用に常に腰に携えているナイフ。それに手をかける。
だが手をかけるだけ。衝動のままに行動はしない。
怒りに満ち満ちているが、それでも冷静さを忘れてはいない。
「ふぅ…………」
一度息をついて、もう一度目の前の状況を確認する。
足を撃たれてうずくまっているマンティスに、あの男たち二人がにじり寄って、今にも触れそうなくらいだ。
……今なら、あちらに気を取られていて、こちらの動きには気づかないだろう。
だからといって早計に動けば、むしろ劣勢になってしまう。
「ぐふふ……動けない、いや動かないのか?」
「むしろ襲って欲しいとか……ぐふふふ」
下品に笑い、マンティスの足に触れて、無理矢理に開こうとする。
それを見て、シックの視界は真っ赤に染め上がった。
「ッ……!!!」
ナイフを抜き、男たちに向かって疾走して、マンティスに触れている男を横から回し蹴り飛ばす。
「何だ!」
そしてマンティスの前に立つと、ナイフを男たちに向けて突きつける。
するとそれだけで男たちは怯み、顔を歪ませる。
「な、何だ、貴様は!」
「何をしやがる!」
シックはそれに答えることなく睨みつけ、一度ナイフをおろしマンティスに近寄る。
「大丈夫か?」
綺麗な脚からは赤い筋がいくつも流れ、それが緑を赤へと染めていく。
マンティスの表情は読みづらいが、少なくとも体が若干震えていて、苦痛を味わっているということはわかる。
その様子を見て、再度男たちを睨みつけて、駆ける。
そして一人の片足をナイフにて切り裂き、自分も回転して足を引っ掛けて転ばせる。さらに足をバネにしてもう一人に向かって跳び、こちらは片腕を裂く。
そこまでするとまたマンティスの前に立ち、ナイフを構える。
「な、何なんだ……貴様……」
怯えた様子で再度問う。
それに対してシックは怒りを隠すことなく表情に出し、鬼眼の如き目で睨む。
「僕には殺しの技術はないが、お前らを殺すことはできるぞ……」
彼から感じるのは、純粋な殺意。
冷気を感じるほどに背筋が凍り、彼に対して恐怖を感じる。
本気で、怒りを感じているようだ。今までにないくらいに、激しく、荒々しく。
「……くっ……ずらかるぞ」
「ちっ……覚えてやがれ!」
シックのその殺意に恐怖を抱き、足を引きずりながら、肩を預けながら、男たちは去って行った。
しかしそれでは済まされなかった。
「何だ、あいつ……俺たちのやることに……」
「また機会がある……そん時には……」
「そんな機会? 何のことだ?」
どこからか聞こえる、笑っているような妖しい声。どこか艶かしいその声に、なぜか動きが止まる。
そして気配を感じてそちらの方にギギギと壊れたロボットのように首を向けると、妖しく光るものと目があった。
睨みつけるようにこちらを見ている、二つの目。その下にある口はニィっと笑い、舌なめずりしている。
「お前ら、男だな?」
徐々にこちらへ歩み寄ってきて、現れたその正体は、ワーウルフ。それも頬を赤らめていて息が荒い。
「ちょうどいい……今から人里に行こうとしていたところだ……ッ」
じゅるりと口の端から垂れるヨダレをすすると、二人に襲いかかった。
発情期に突入したワーウルフと出くわしてしまったらしい。
「う、うわーっ!」
難を逃れるため森を抜けようと、足に傷を負っている男を見捨てて逃げ出した。
背後では服が破れるような音がして、悲鳴のような声も聞こえた。
聞こえていたが振り返ってなどいられない。一目散に逃げようとする。
しかし逃げた先で、何か粉のようなものを大量に吸い込んでしまう。
「ぅっ……何だ……」
すると足取りがだんだんとのろくなっていき、意識は朦朧として、その足は一方へと向かい出す。
「あれぇ〜? 男だぁ」
その先にいたのはマタンゴ。男は彼女が発した胞子を吸い込んでしまったらしい。
「わ〜い。ご飯だぁ♪」
マタンゴはその男を捕獲すると、早速性交を始めた。
男たちは森の魔物に捕らえられてしまい、その後彼らがどうなったかは知らない。
男たちが向かった方から、悲鳴のような声が聞こえた気がするが、そんなことはどうでもよかった。
「マンティス!」
後ろでうずくまっている彼女のことが気になって、側に駆け寄る。
「大丈夫か?」
「……だい、じょうぶ……」
その声は大丈夫そうではなく、弱々しい。血を流しすぎたのだろうか。
マンティスは告げるとすぐに気絶してしまい、力が抜けてしまう。
それを見て心配になるが、とりあえずは気を失っただけ。まだ息もしているし、脈もある。だがその呼吸も徐々に荒くなっていて、一刻を争うのかもしれない。
何かに急かされてどうしたらいいのかがわからなくなる。
「ま、まずは止血を……」
茂みの中に置き去りになっている持ち物から傷口を塞ぐために応急道具を取り出して、包帯で固定させる。
しかしそれだけではまだ安心できない。
そこで彼は、一度自宅へと戻ることにした。
彼女を抱えて。
――――――――――――――――――――
目を覚ますと、そこは絵に囲まれた世界だった。
周りを見回すと、あるのは絵、絵、絵……。しかもそれは大樹であったり、海であったり、浜であったり、森であったり、平原であったり。内容は様々。
「ここ、は…………?」
上半身を起こし、自分に布がかけられていることに気づいた。そして脚に感じる痛みにそこに目をやると、また新たに包帯が巻かれている。治療が施されている。
「あ、起きた?」
ドアが開く音と少しずれて、声がかけられた。
「……にんげん……」
「あぁ、そういえば自己紹介はしてなかったね。……僕はシックっていうんだ」
今更すぎるし遅すぎる自己紹介をして、シックは外から汲んできたのであろう水を置く。
「君の名前は聞いてなかったね。何ていうの?」
笑顔と共に尋ねる。
すると思ってもみなかった反応をされてしまった。
「……わ、わたしは……カロン…………」
なぜかわからないが、彼女は無表情ながらもどこか恥ずかしがっているような、頬がほんのりと薄紅に染まっているようにも見える。
てっきり「にんげんに教える名などない」なんて言われると思っていたので、少し面をくらってしまった。
「…………そっか。カロンだね」
マンティス――カロンの名を復唱すると、相変わらず表情はないのだけど、なぜか知らないが、彼女は横を向いてしまう。恥ずかしがっているのだろうか。
「可愛い名前だね」
「……………………」
名前を褒めてみると、さらに顔を隠すように向こうをむいてしまった。
どうしたというのだろうか。
だがあまり触れると怒ってしまいそうなので、もう触れないようにする。
「傷は大丈夫? 痛くない?」
「……少し、痛むくらい。問題ない……」
「そ。よかった」
嬉しそうに微笑んで、何かの準備を始める。
いつの間にか用意していた食材と、汲んできた水を炊事場に準備して、料理をするようだ。
「ちょっと待ってね。ご飯の準備するから」
「ご飯……?」
疑問そうに言葉を漏らし、シックの方を見る。
狭く小さな炊事場で、どこか楽しそうに、弾む気持ちで料理をしている。
会話もなく、しかし鼻歌まじりに料理を続けて、実に楽しそう。
やがて料理ができると、画材道具ばかりのテーブルを片付けてそこに置き、食事の準備が完了する。
「さ、そっち座って。食べよう」
「………………」
促されるままにシックの正面にある椅子に座り、目の前に用意されている食事を見る。
タマゴにパン、サラダ、スープ。シンプルだが、どれも美味しそうで、温かい。温もりのある食事。
「それじゃ、食べようか」
シックは手を合わせてからそれらを頂いていく。
それと同じように、つられるようにして、食事に手をつける。
温かくて、美味しい。
彼女が今まで森の動物やその他の肉、最悪何も取れないときは果物を食べていた。それらはどれも冷たくて、温もりなどなかった。ただ一人で食べる、寂しい食事。しかし、今は違う。
「どうかな? おいしい?」
一人ではなく、冷たくも、寂しくもない。
心地よくて、温かい。
「……………………」
目の前にいるこの男の、嬉しそうな、楽しそうな笑み。前に会った人間とも、今度会った男たちとも違う。優しそうで、温かい。他の人間とは違う。
そう思うと頬が紅潮し、顔の熱が上がったことを察すると顔を伏せる。
――――ドクン、ドクン、ドクン……
心臓の鼓動が今まで感じたことのないくらいに脈をうっている。
なぜ、こんな時に不整脈に……!
「……あれ? 不味かったのかな……」
彼女の反応にシックは全く違うことを心配する。
味見をするようにスープを掬って再度口をつけて、確認する。
やっぱり、上手くいってる。うまいじゃないか。
出来が良かったことに自賛し、満足気な表情になる。だからこそ、不思議そうにカロンを見る。
魔物と人間では、味覚が違うのだろうか……?
違うことを心配していると、急にカロンが食べる速度を速めた。
彼女の急な行動に驚き、目を白黒させていると、すぐに立ち上がってドアに向かって歩き出した。
「え、ちょ、どうしたの?」
彼自身は驚きから身動きも取れぬままだが、声はかける。
するとドアは開いた状態で、振り向きもせずに口を開いた。
「……今日は……助かった……」
どこか恥ずかしそうに、彼女は告げた。
初めは人間が嫌いで、礼も告げたくなかったというのに、今は告げられている。
「けど……二度と、森には来るな」
それでも、やはり人間は嫌いなのか、鋭い眼光を見せて「来るな」と警告される。
だが、
「………………」
鋭い眼光を見せてすぐに、その目は潤みを持ち、そこから見える表情は怒りや憎しみではなく、羞恥と悲しみの類。
「……もう、来るなぁぁーー!」
そしてなぜか叫びながら逃げるように走り去っていった。
様々なことにあっけを取られてしまい、口をぽかんと開けたまま、開きっぱなしのドアの向こうを見る。
「な、何……?」
驚きを隠せない。全くもって無理だ。
恥ずかしがっているかと思ったら、何かに対して驚いたような雰囲気になり、素直に礼を告げたと思ったら、急に食事をかきこんで立ち上がり、睨まれたかと思うとその目は潤んで、叫びながら逃げるように去って行った。
全くわけがわからない。
食事を中断して立ち上がり、開け放たれているドアを閉めて振り返ると、小さく驚きの声が漏れた。
「……あ」
テーブルを見ると、自分の分の食事が残っている。それは当然だ。中断してドアを閉めたのだから。彼が驚いたのは、その向こうの食器。
そこには何も、なんの欠片も残されていない、その食器を見たからだ。
「……そっか。気に入ってもらえたのかな」
何も残されていない。それはつまり、スープの一滴も残さずに、すべてを食してくれたということ。それはきっと、用意した食事を美味しいと感じてもらえたということだ。
そう思うと、シックは嬉しくて、自然と表情がほころび、にんまりと笑みになった。
自分も食事を再開させ、それを全部食べ終えると片付けをし、いつもの通りに絵の準備を始める。
「今日は、何を描こうかな……」
そう言いながら、絵を描き始めて、それを背景に、そこに人物が描き足される。
――――――――――――――――――――
またいつものように、絵を描くために森へと出向く。
そしてまたポイントを決めて、準備をして。
「……気持ちのいい日だ……」
今日は木の上。そこから見える、木の葉の間から漏れ見える空を描こうとしているようだ。
ふと下を見てみると、なぜか頬をほんのりと染めて歩いているマンティス――カロンを見つけた。
「おーい、カローン!」
声には気づいたようで彼女はあたりをきょろきょろと見回し、その延長線で視線がこちらに向いた。
存在を気づかれて手を振ってみると、
「…………ッ……」
口をパクパクとした後に顔を伏せて、走り去ってしまった。
彼女の行動にシックは動きを止めてしまい、疑問と謎に満ちた表情になった。
「…………えー……?」
何でだろう。そう言いたげな声を出して、悲しそうに手をおろした。
――――――――――――――――――――
それからしばらく、二人はそんな感じに接していた。
カロンから話しかけるようなことはもうなく、見かけたらシックの方から声をかけるようになった。
しかし彼の姿を見るか、彼が声をかけるたびに彼女は逃げてしまい、会話に発展することはない。
そんな彼女を追いかけるような真似はしないが、それでも話せないのは何かモヤモヤする。
そう感じ、彼はひとつ作戦を練った。
カロンには、森を巡回する時間がある。巡回といっても決まったコースがなく、警備的なものではない、ただ散歩のようにして見て回るだけだが。
森を回ることで、シックと同じように、風を感じ、木の葉の音を聞き、日を感じ、自然を感じる。それが彼女の日課。
そして途中で獲物に出会えばそれを狩り、食事とする。
そんな彼女が、毎回必ず訪れる場所がある。
「……………………」
一番奥まったところにあり、森で開けている場所。木々が立っておらず、草原のようになっている空間。そこにカロンは毎回訪れている。
何をしているのかはわからないが、地に座り、目を閉じて、気持ちを落ち着かせている。瞑想でもしているのだろうか。
その間、彼女にはスキができる。いや、きっと気配にはむしろ敏感になっているだろう。それでも、速度にものを言わせれば。
「…………ッ」
茂みから気配を感じ、そちらへ顔を向け、カマを突き立てようとする。
がそれよりも早く、捕らえられてしまった。
「捕まえた!」
聞いたことのある声。嗅いだことのある匂い。感じたことのある温もり。
「シック……!」
その正体はシック。彼がカロンに後ろから腹を抱えて抱きつき、動きを制限した。
彼が練った作戦。それは単に彼女を捕らえ、なぜ自分から逃げるのかを聞き出す。ただそれだけだ。
「は、離せ!」
カロンは彼の腕から逃れようともがくが、力がなかなか強くて、すぐにははがせそうにない。一体どこにこんな力があるというのだろうか。
それにしても。と彼女は思考を巡らせてしまう。
顔が近い。息が頬に当たる。腕が体に触れてる。ギュッと抱きしめられてる。温かい。何か気持ちいい。ドキドキする。不整脈。男の匂い。体が火照る。
そんなことをぐるぐると考えてしまい、そしてだんだんと思考力が低下してきて、クラクラしてきた。
「は・な・せ!」
本能的にか理性的にか、これ以上はまずいと感じ取り、シックの腕を掴んで無理矢理に自分からはがし、放り投げる。
「うわっ!」
投げられた先は安全な草の絨毯。仰向けになって、頭をカロンの方に向けて、倒れていた。
彼を投げ飛ばした本人は、体全体を向こうに向けて、こちらには背中を見せている。
「何するんだよ……」
「そ、それはこっちのセリフ……急に何を……そんなまだ……!」
何か戸惑っているような、焦っているような、慌てているような。そんな声と雰囲気を感じる。カロンの態度と喋りに、シックはそう捉えた。
それに対してカロンは、自分の胸を、手を握った状態で抑えて、息を荒くし、頬を紅潮させて、目を潤ませている。
背後にいる彼に視線を向けようとするが、出来ない。すぐに足元に戻し、赤くなっている頬を両手で抑える。
疑問符を浮かべた頭で彼女の後ろ姿を見て、首を傾げる。
「な、何だ……何なんだ……お前は……! 近頃、やたら声をかけてくる……何をしたい……!」
「え? そりゃ、仲良くなったんだから、見かけたら声をかけるよ」
「な、仲良く……なんて……」
「それに僕は君と話したいのに、全然構ってくれないから……」
「は、はな、はなし、たい……?」
「もっと仲良くしたいし、もっと仲良くなりたいと思ってるよ」
「もっと……な、仲良く……」
シックが彼女に言葉を投げかけるたびに、カロンは節々に反応を示して、嬉しそうに、恥ずかしそうに復唱する。
彼は言葉を紡ぎながら起き上がり、さらに言葉をかける。
「それにしても君は、変なとこで恥ずかしがったり、慌てたりして、可愛いね」
「かっ、かわ……!」
何の前触れもなく唐突に彼が告げた。
その言葉を聞いて、カロンの頭で何かが『プツン』と切れる音がした。
「え? うわっ!」
急に振り向き、電光石火の如くシックに近寄ったと思うと、せっかく起き上がったのにまた押し倒されてしまう。驚きのあまりに目を閉じてしまった。
柔らかな草に後頭部を打ち付けられると、間髪いれずに唇に柔らかくて温かく、甘いものが押し付けられた。
「!?」
急なことに驚き、目を開けるとすぐ目の前にカロンの顔があり、甘く蕩けきった、いつもの無表情からは想像つかない、女の顔をしていた。そして自分が彼女にキスされていることに気づいた。
「ん……んんっ……」
長く、長くキスをされ、唇を割って舌が侵入してきた。
シックはそれに驚き、戸惑いつつも、彼女の行動を受け入れる。
柔らかな舌が口内に侵入し、掻き回されて、舐め回されて、すごく気持ちがいい。
それに対抗し、お返しと言わんばかりに彼もカロンの口内に舌を入れ、同じことをする。
それによって舌同士が絡まり、互いの唾液が混じり合って。艶かしくて心地よく、このまま身も心も捧げたくなる。ずっとこうしていたいと感じる。
流石に息が続かなくなり顔を離すと、舌と舌とが唾液の糸で繋がれ、プツンと切れた。
シックの表情も、カロンの表情も、興奮からか顔が火照っていて紅潮し、気持ちよさから蕩けたような顔になっている。
少し見つめ合ったあと、先に口を開いたのはカロンだった。
「お、お前が悪んだ……」
「……へ?」
「わたしは、来るなといった……しかしお前は来て……逃げても話しかけてきて…………」
恥ずかしそうに顔を赤くして、目を潤ませる。
「こんな……発情したメスの顔……見せたくなかった……」
興奮して紅潮した頬、男を求めて蕩けきった目、快感を欲して歪む口、息は荒く、全体が火照っている。ように感じるが、やっぱり無表情だ。
繁殖期。彼女はその時期に突入していた。
「カロン……」
本能的に人間の男性を襲い、繁殖のためにと性交をし、一度その快感を感じるとそれに魅了され、後は快楽を悦びを幸福を得るために魔物の本能が男を求め続けるようになる。
そんな本能の姿を、彼女は見られたくなくて、シックを避けていた。
「……だが、もう止められない……」
表情をさらに歪ませて、睨むように彼を見ると、カマを煌めかせて、器用に服だけを全て切り裂き、シックを生まれたままの姿にする。
彼の上にまたがり、表情がないというのにも艶かしい表情に見える。
「え、か、カロン……?」
「もう止められないぞ……わたしは、お前を、襲う」
そう言って、さっきのキスでギンギンに勃起している彼の陰茎をつかみ、軽く上下にこする。
少し腰を浮かせて自分の脚を開き、自らの秘所を彼に見えるようにする。
「見ろ……ここがお前のこれを欲しているぞ……」
ぷっくりと膨れていて、割れ目からはテラテラと愛液がいやらしく光り、腿を伝っていた。それを見てしまい、熱く固くなっている陰茎がさらに固く大きくなる。
それを嬉しそうに、ハァハァと荒い息のままに体勢を変えて、割れ目に亀頭をあてがう。
「ちょ、ちょっと……カロン!?」
声でその行動を制して、動きを止めさせる。
カロンがこちらに目を向けると、説得をしようと言葉を紡ぐ。
「あのさ、繁殖期なのはわかったけど、こういうのは互いの気持ちが大事というか……もっと親密になってからというか……だから……」
「こんなに大きくして、先から先走りの液を出して、何を言う……」
「いや、そうだけど……でも……」
「問答無用……ッ」
カロンはクチュクチュと腰を少し動かして、一気に腰を下ろした。シックの肉棒が彼女の膣内に侵入し、体を貫く。
「んっ……ぁ……挿入、ったぁ……♪」
「ぁっ……カロン……」
彼女は、今までに感じたことのない快感に、とうとう無表情が崩れ、甘く蕩けきった艶かしく淫らな表情になった。
そしてシックは、初めて異性と交わることの快感、それが魔物であることの背徳感、相手が彼女であることの幸福感。色々な感情が入り混じり、総合して悦びとなって、興奮が加速し、また陰茎を大きくさせた。
しかし行動はそれだけで、カロンは疲れてしまったかのようにシックの胸に自分の胸を押し付けて倒れる。
「か、カロン……?」
心配になって声をかけてみる。彼女の表情は快楽で満たされていて紅潮し、口は開きっぱなしで、荒く熱い息をハァハァと吐き出している。
「だめ……気持ち、いい……♪」
予想以上の快感に力が抜けてしまったようだ。
「そ、それなら今度でも……」
何となく彼女の気持ちを察して、中止して次にしようと提案するのだが、彼のその対応にムッとしたカロンは、意地になって続けることを宣言する。
「動け、なくても……ッ」
「ぁ……!」
膣に力を入れて、彼の肉棒を締め付け、刺激する。それもどうやっているのか絶妙で、亀頭部、サオ、付け根の部分と部位的にいぢってくる。
「んッ……んんッ……!」
そうする事で自身も感じているのだろう、カロンも気持ちよさそうに声を漏らし、その行為を続ける。
彼女がしていることを止めようと思うのに、体は快感を欲して動こうとしない。
そのまま溺れてしまいそうになって、それを別の力が拒み、シックを突き動かす。
「カロン……ッ!」
横移動の力で上下を入れ替え、今度はシックがカロンを押し倒したような体勢になる。
「……シック……?」
「カロン、ごめん……」
そう言うと挿入っている肉棒をゆっくりと引き抜いていく。
「えっ……!」
その言葉と行動を彼からの拒絶と感じ、それを阻止しようともっと締め付けるが、一瞬止まっただけで、なおも抜かれていく。
絶望。それが彼女が感じた感情。
他の人間には感じなかった気持ちを感じれる相手に拒絶され、ひどく悲しく思い、締め付ける力もなくなって。
もう彼女の中に挿入っているのは亀頭だけ。あと少し引き抜いてしまえば、彼女を快楽という世界に突き落としたものが、全て無くなってしまう。光も失い、感情も消えてしまいそう。
「そっちがその気なら、こっちだって」
「んあッ!」
ズン、と腹の奥に衝撃が走った。
一度は引き抜いていた陰茎を、また中へと押し込んだのだ。それも一気に、子宮口に突き刺すような勢いで。
急な快感の刺激に、カロンはつい声を漏らしてしまう。
「動けないからって、そっちばっか気持ちいいのは、ずるい!」
「何を……んっ」
体を前に倒して、唇を合わせる。舌を入れ、絡ませて、相手を味わう。
それと同じくして腰を動かし、パンパンと打ち付ける。最初に引き抜いたようにゆっくりとではなく、激しく大胆に。
息が続かなくなってさっきよりも短くキスを終える。舌と舌とが艶かしく糸を引き、声が漏れる。
「そ、んな……急に……激しッ……ふぁっ……」
「締められるだけも、気持ちいいけど……生殺し状態なんだよ、ねッ」
「んあっ! シック……そんな……んん!」
「悪いけど、我慢できない、からね!」
そう言ってズンズンと子宮口を激しく突き、腰を打ち付ける。
片手を彼女の胸に運び、その服装のままの胸を揉む。
「やっぱ、これの上からじゃわかりづらいな……」
「んっ……ちょっと、待って……」
シックに手をどかすように、行動で示して、少し止めるように口で言う。それから目を閉じるようにと。
それに従い、少しだけ動きを止めて、でもゆっくりと腰を動かして、目を閉じる。
そして許可を得て目を開けると、目の前にいたのは裸になったカロン。ただし腕にはカマがある。
「あ、あまり、見る、キャッ!」
その姿を見て、さっきまで緩めていた速度をいきなり上げて激しく打ち付ける。
さらに露わになったカロンの胸に触れ、揉む。
「シック……そんな……あっ……んん……ひゃあ……」
何も発することなく、荒々しく呼吸を乱して、ただ求めるように、欲するままに犯す。
乳首をクリクリとつまみ、時々強くギュッとつまんでいぢめる。
「あっ! いたっ……んんぁ……ああっ!」
背中を丸めて胸に顔を近づけ、ペロペロと舐めて、そして赤ん坊のように吸い付き、甘噛みをして味わう。
「やっ……んぁあ! シック! んぅ……んん!」
「カロン……可愛いよ……」
腰をなおも打ち付けながら、彼女の胸をいぢり、その口を首筋へと移動して舐める。
「ひゃんっ……あっあぁ! ん……もう……ぅああん!」
とうとう涙目になり、でもその快楽に溺れ、快感を求める。
脚を彼の腰に絡ませて、背中と後頭部に手を回し、全身で抱きつく。
「あッ……シッ、ク……んん……きもち、いい……♡」
「カロンの中も、すごく、気持ちいいよ……ッ」
抱きついてきた彼女を持ち上げ、今度は膝に乗せて座るような体勢になる。
シックの陰茎がさらに奥まで届き、子宮口を少しこじ開けられているような感覚になる。
「あっ……これ、しゅごいぃ……奥まで……届くぅ! んぁあっ!」
じゅぷじゅぷといやらしい音を立てて、淫らで艶かしい声を出して、五感の全てで快感を感じる。
気持ちよくて、何も考えられなくなってしまう。この快感だけを感じていたい。この悦びだけを噛み締めていたい。もっともっと、気持ちよくなりたい。
そんな欲求ばかりが頭を支配していく。
「カロン……もう、射精そう……!」
「あっ……んん! わたし、もっ……イきそっうんっ!」
激しかった動きがさらに激しくなり、ずちゅずちゅと音が大きくなる。
「は、離して……外で……」
「あっらめっ! 中で、中でぇ! シックの子種、子宮にちょうらぃぃ!」
「で、でも……っ」
「いいのっ! ちょうらい! 子種、子宮にっ!」
カロンは抱きしめている力をもっと強くし、絶対に離さないように、抜いてしまわないようにする。
「孕むからっ……シックの、赤ちゃん、孕むから! 孕ませてぇっ!」
淫れる艶かしい声に、はっきりとわかる彼女の体つきに、刺激を与えられる膣に。カロンの全てに体が反応し、陰茎も限界まで固く大きく熱くなる。
もういつ暴発してもおかしくない。
でもまだこの刺激を感じていたくて、ギリギリまで射精すのを我慢する。
「シック……しっくぅ! あっ……んぁあ!」
「カロン、気持ちいい……気持ちいいよ……」
辛そうに顔を歪めながらも、動きを一切止めず、激しいままに続ける。
出したい。カロンの中に、ぶちまけたい。欲のままに、快感のままに。でもこのまま出してしまえば、この快感は味わえなくなるかもしれない。
そんなことを考えてしまう。
だが彼の考えとは裏腹に、カロンは膣に力を入れてギュウギュウに締め付けてくる。
「出して、中にっ! 熱いの、いっぱい、ちょうらひぃ!」
「……もう、ダメだ……我慢、出来ない……ッ」
「あっ、んん! 来て! 中に、いっぱい……いっぱい!」
動きがラストスパートに入る。
もっと激しく、いやらしい音が反響し、森全体に響いてるのではないかというくらいに、大きな音になる。
「ひぃ、ィく! イっちゃう……んぁあ! ああっ!」
「出る……もう出る……カロンッ!」
「あっ、ああん! んん! んぁ! ちょうらい、子種っ……わたしの、子宮にっ、注いでぇぇぇ!」
ドクドク、ドピュッ、ビュルルッ……。
子宮を突き上げるように陰茎を押し込み、我慢していたものを全てぶちまける。
「あぁ……出てる……シックの、セーエキ……熱いの、いっぱい……」
「ッ……カロン、あんま、絞らないで……」
精液を全て出したと思ったのだが、カロンが陰茎を締め付けてきて、まだ絞り出される。
「んんっ……気持ちいいよぉ……」
恍惚に満ちた表情で、シックをギュッと抱きしめる。
「シックぅ……」
「……カロン……」
互いに抱きしめ合い、横に倒れる。
そのまま少し時間を過ごし、顔を見つめ合って、触れるだけのキスをする。
「カロン、そろそろ……」
離れるように促し、腕と脚から開放してもらおうとする。
それに応えるように力を緩め、下の口で咥えているものを抜こうとする。
しかし、
「まだ……」
また力を加えられて、押し込められてしまう。
「か、カロン……?」
「まだ、大きいままだ……まだ、イける……!」
そして横になったまま、今度はカロンが腰を動かして刺激を与える。
「え、ちょ、それって……」
「もっと、満たしてもらう……♪」
第二回戦、開始。
――――――――――――――――――――
やっと開放してもらえたのは、六度目の射精を終えてからだった。
疲れてしまい、流石にしぼんでしまった陰茎を引き抜くと、カロンの膣内から多量の白濁した液がドロドロと流れ出てくる。
三度目あたりまでは彼女にされるがままに犯され、膣内射精をしていたが、途中からはもうやけくそになって、獣のように欲求のままに、様々な体位で犯していた。
そして彼女がようやく疲れてまどろみ、薄い眠りの世界に踏み入れたところで、解放された。
「……つ、疲れた……」
若干貧血気味にフラフラと立ち上がり、横になっているカロンを見下ろす。
横になっているその姿は、美しくて、可愛くて、艶かしく、淫らで、魅力的で。
精力が尽きたかと思っていたが、それを見てしまうとまた陰茎が勃起してしまう。
が、今までにも色々な魔物の淫らな姿を見てきている彼の理性は強くたくましい。すぐにまた襲いかかるようなことはしない。
その代わりに、何かを思いついたようだ。
少しその場を離れて、隠れていた茂みに向かい、何かを持って戻ってくると、近くに腰を下ろした。
しばらくしてカロンは浅い眠りから目を覚まし、腕の中を見る。
そこには誰もいなくて、いるはずの人を探してあたりを見回す。
「……シック?」
あたりを見ても、その近くには誰もいない。声もしない。気配もない。
「……シック……?」
その場にいないその人の名前を口にして、もう一度見てみる。
でもやはり、そこには誰もいなくて。
「…………シックぅ…………」
だんだん悲しくなってきて、表情は薄いながらも、目に涙をためて、迷子の子供のように幼い声を出す。
「あれ、カロン。起きたんだ」
すると背後から求めた人の声がした。
弾かれるように振り向くと、生まれたままの姿ではない、服を着たシックが何か手に持って姿を現した。
「………………シックぅ!」
彼を見るなり跳ねるように立ち上がり、裸のまま飛びついた。
「わっ! おっとと……」
その衝撃でぐらつき、転びそうになってしまうが、それを堪える。
「ど、どうしたの?」
「……な、何でもない……」
無表情にも頬を染め、ギュっと抱きついたままはぐらかそうとする。
その目には涙がうっすらと溜まっており、彼の肩をほんの少し濡らせる。とそれよりも、彼女の秘所から流れ出ている精液が彼の太腿を汚していく。
「何で、いなかったの……?」
拗ねた子供のように口を尖らせて、側にいなかった理由を問う。それも抱きついたまま。
「いや、いつまでも裸なのは流石に寒いし。お腹すいちゃって……」
そう言うと手にあるものを持ち上げて、笑いかける。同時に腹の虫が鳴き、空腹を主張する。
いなかった理由がそんなことで、安心してさらにもっとギューっと抱きしめる
「もしかして寂しかった?」
「なっ……そ、そんなこと……ッ!」
彼の言葉には否定しながらも、やはりまだ抱きしめたまま。説得力はない。
それが嬉しくて、頬を薄紅に染めて微笑む。
「とりあえず離して。ご飯にしよう」
「……うん」
一旦離してもらい、また草の絨毯に腰をかける。
そのすぐ近くにカロンも座るのだが、距離が近すぎる。
何だかな、と思いながらそれを受け入れて、そのままの距離を保つ。
シックが作ってきた料理を、並んで食べようとするのだが、
「……………………」
カロンの距離が近すぎでちょっと食べづらい。
「あの、カロン……?」
「な、何だ……ッ」
名前を呼ばれると、びくんと体を跳ねらせて、尻尾を振って喜びを表している犬のように、無表情の中に目を輝かせる。
「ち、近すぎないかなぁ……なんて」
そう言うと彼女は一気に悲しそうな顔になって、目を伏せてシュンとなる。
「あ、いや、別に近いのがイヤとかじゃなくて……」
そんな悲しそうな表情になられると、シックも困ってしまう。
慌てて先の発言を否定する。
「そ、そうか……」
しかし否定すると今度はもっとくっついてきて、しなだれてくる。
これは何を言ってもダメんだなろうな、と諦めてそれを受け入れる。
少し食べづらいままに食事を続けていると、カロンがちらちらとこちらを盗み見てきていることに気づいた。
「な、何……?」
「え、あ、いや……」
シックが尋ねると頬を若干染めて、顔を背ける。
やはり無表情なのだが、それはまるで恋する乙女のようで、いつもの彼女とは態度が違う。
顔を背けたと思ったら、またこちらをのぞき見て、様子を伺ってくる。
何をしたいのかさっぱりわからないが、とりあえずやりたいようにさせておこう。
そう決めて、彼女の行動を受け入れておく。
食事を終えると、放置したままの絵の道具を回収し片付け始めた。
「……何か、描いてた?」
「ん? まぁね」
片付けを続けたまま答える。
すると興味があるようで、無言ながら何を描いたのかを尋ねてくる。
だがそれは内緒だとはぐらかして、見せてくれない。
カロンは膨れて、可愛らしく拗ねる。
片付けを終えるとシックは立ち上がって、帰ることを告げる。
「じゃあ、僕は帰るね」
「…………ダメっ」
彼の裾をつかみ、動きを制する。
「ここ、留まる……一緒に暮らす……!」
「無茶なこと言わないでよ……」
「無茶じゃない! わたしが守る! 獲物も捕まえる! 不自由じゃない!」
「でも出来ないんだ」
「何で……!」
突き放されたような気がして、寂しくなり、泣きそうになってしまう。
でも彼はイヤだからそう言っているわけではない。理由はちゃんとあるのだ。
「僕は、絵を描いてる。それはカロンも知ってるでしょ? その絵はいろんな町に行って、売ってるんだ。だからここに留まってることはできないんだ」
「それは……ここに住んでても……」
「違うんだよ。僕は絵をいろんなところに行って描いてる。当然ここもだけど、ここだけじゃない。海辺やジパング、砂漠地帯にも、火山地帯にも、北にも南にも……旅をして、何泊も外出して絵を描くんだ。それを待っててくれてる人達がいる。だから、ここにずっと留まって、一緒にいることはできないんだ」
「でも……でもぉ……」
カロンは彼と一緒にいたいという。それはきっと、四六時中という意味でなのだろう。たまに会うような時間ではなく、常に一緒にいたいということだ。
しかしそれは彼にとってはできないこと。理由は彼が口にしたように、様々なところへ旅に出て、絵を描き、待っている人に売るためだ。
絵を描くのにも何日も出かけて帰ってこないこともある。ここだけに留まってはいられないのだ。
それに彼自身の気持ちとして、様々な景色を見て、音を聞いて、自然を感じたいという思いもある。
「でも……シック……」
どんどんと辛そうな表情になっていく。
それが可哀想になっていき、同時にいとしく、愛らしく思えてきて。
「カロンは、僕と一緒がいいんだね?」
「…………ッ」
言葉にはせず、俯いた状態で首肯する。
「でも僕はここにはいれないんだ……だから」
彼女の頬に触れて顔を上げ、優しく微笑み、告げる。
「じゃあうちに来てよ。僕も、一緒がいいな」
「……わたしが……?」
「うん。それで、一緒にいろんなとこに行こう。いろんな景色を見よう。そしたら、ずっと一緒だ」
ニカッと笑って、彼女に告げる。
これは紛れもない告白……プロポーズだ。ずっと一緒にいて欲しい、結婚しようと言っているのだ。
その言葉を受けて、無表情が崩れてしまい、一筋の涙が流れる。
そして言葉の代わりに、行動で答えを示す。
「……んッ」
キス。ただ触れるだけの、優しいキス。
それはカロンがシックの告白を受けたことを示していた。
顔を離すと、顔を見つめ合って、抱きしめ合う。
「カロン、愛してるよ」
「シック、大好き……♪」
――――――――――――――――――――
それから二人は、シックの家で一緒に暮らすようになった。
昼間は二人で様々なところへ行き、シックが絵を描いている間カロンは隣で彼を見つめ、絵を売るときはその町で魔物に教えてもらい、花嫁修業のように料理や家事も徐々に覚えていった。
そして夜には毎日のようにシックを求め、快感を欲して交わり、楽しんだ。
またある日。
この日は外出はせず、家の中で絵を描いていた。
シックが絵を描いている間、カロンは彼の作品を眺めたり、掃除をしたり、食事を作ったり。愛する人のために働く。
そんな中で、ある一枚を目にして動きが止まる。
「シック……これ」
そこに描かれていたのは、森の中でひとり、目尻を下げて口角をほんの少し上げて、こちらに向かって微笑んでいる、カロンの絵。
今までに見たことはなかった、笑顔のカロンだ。
「あら、見つけちゃったか」
「これ、わたし……?」
「そうだよ。それだけじゃなくて……ほら」
彼が取り出したのは、様々なカロンの絵。森で笑みを浮かべている絵。町で買い物をしている絵。草原で昼寝をしている絵。不思議そうにしている絵。ムッとしている絵。それから、艶かしい官能的な絵。
「全部カロン」
それを聞いて、それらを見て、恥ずかしくなったのか頬を染めて俯いてしまう。
そしてチラ見で今描いているものも見て、顔がさらに紅潮する。
今描いているのは、まさしく昨夜の淫れたカロンの姿。シックにまたがり、自ら腰を動かして快感を楽しんでいる裸体のカロンだ。
昨晩もお楽しみだったようだ。
「し、シック……」
「え、あぁ。昨日も可愛かったよ」
微笑んでそう告げてくる言葉に、ボンと音を立てて頭から煙を上げる。
目線を少し下げると、彼の股間部が膨張し、興奮していることに気づいた。
その背後から抱きつき、膨らんでいるところをさする。
「か、カロン……?」
「シックの、エロ……」
「男だもん」
毎晩求めてくるのはそっちのくせに、こういった時だけ彼を責める。
ズボンから熱く大きく反り勃った陰茎を出すと、優しく触り、上下にこする。
「あの、ね? 今僕、絵を……」
「でも気持ちいいでしょ?」
優しい手つきがだんだんと激しくなっていき、亀頭の先から先走り液が漏れ出る。
「ねぇ、これも、売るの……?」
「う、売らないよ……カロンのこんな姿、見ていいのは、僕だけ……ッ」
そう言われて恥ずかしくも嬉しくて、さらに手の動きを激しくする。
「あっ……カロン、もう、ダメ……」
「出そう? いいよ、出して」
「でも、このままだと……」
今描いている絵が汚れてしまう。そう思っているようだ。
このままだと絵にかかってしまう。すると絵は失敗してしまう。この絵は、カロンの絵は失敗したくない。
そう思っていて、汚したくない。
でも、この刺激には、快楽には抗えない。
射精したい。ぶちまけたいっ。
「……ッ……カロン、手で、手で受け止めて……ッ」
「うん……わたしの手に出して……いっぱい、熱いの」
カロンは片手で彼の亀頭を包み込み、サオを刺激している手と一緒に亀頭にも刺激を与える。
「出る……もう、出るぅ……!」
ビュクビュクとカロンの手を白濁液が汚す。
出している間にも刺激を与え、今出せる分を全て絞り出す。
一通り出しきると、カロンはドロドロになった手を口元に持って行き、ペロッと舐めた。
「精液でドロドロ……手を、犯されちゃった……♪」
「…………カロン……!」
絵の道具を手放して、背後にいるカロンに襲いかかる。
彼女を押し倒し、唇を奪って舌を侵入させ、秘所に手をやり、指を入れる。
「んっ……っ……んん……」
「ん……ここ濡れてる……カロンのエッチ」
仕返しと言わんばかりに半目になっていたずらっぽく言う。
「……いぢわる……」
「可愛い♪」
嬉しそうに笑みを浮かべて、秘所に入れてる指を増やし、膣壁をひっかくように指を立てて出し入れして刺激を与える。
その快感に、気持ちよさそうな、艶かしい声を出して、身をよじる。
「シック……もぅ、ダメ……はぅぅ……」
「イきそう? 舐めてあげる」
体をずらし、カロンの股間に顔を埋めて舌で割れ目をなぞる。
「ひゃん!」
「あ、カロンってそんな声も出すんだ……」
愛する人の新たな一面を知り、さらに興奮するシック。
なぞるだけだった舌を中に入れて、くちゅくちゅと動かす。
「ああっ……シック、らめ……ひゃあっ」
次第に声はもっと淫れ、艶かしくなり、熱く甘い吐息が漏れるようになって。
「も、らめ……イく……イくぅぅぅ!」
プシャァァァと潮を吹き、シックの顔を濡らす。
それが止まると、今度は口全体で秘書を包み込み、チューっと吸い舐める。
「あ、いや……やめっ……あっ、ひぅ……」
「ッ……カロン……いい?」
彼の問いかけに、目を背けたまま、何も言わずに首肯する。
いつもはカロンが先制をし、何度目かからシックが攻めに転じることが多いのだが、今回は彼から犯すようだ。
亀頭を割れ目にあてがい、一度彼女を見てから、思い切りブチ込む。
「くぁぁ……そんな……急に……ッ」
そして一拍の休みもなく激しく腰を動かす。
こうしてこの日は、まだ日もあるうちから交わり、体力が尽きるまで互いを求め合った。
長い月日が流れて、二人は貯まった金で森の中にログハウスを建てた。二人が出会ったあの森だ。
あの家も適度に狭くてよかったのだが、それでも二人で暮らすには少し狭い。それにシックが描いた絵がたまりにたまって、だんだんと生活スペースが侵食されてしまった。
カロンはもっとくっついていれるのでそれでも良かったのだが、シックとしては描く場所がなくなるのはイヤだったらしい。
「シック、わたしとくっつくの、イヤ……?」
「そうじゃなくて、描くのに狭いのはちょっと……」
「それってくっつくのがイヤなんじゃ……」
甘えん坊で淋しがりで少し面倒臭い彼女を説得するのは時間がかかった。でもそこも可愛くて好きなのだが。
説得される代わりに彼は一日中カロンに犯されて、危うく魂が抜けかけた。
一応前の家は今まで描いてきた絵の保存庫として使っている。
引越しを終えると、まずはそのログハウスを描き上げた。
その絵は生涯、二人の幸せの象徴として飾られ、宝のように大切にされたという。
――――――――――――――――――――
とある森に建てられたログハウス。
その中には美しいマンティスと、その側には小さなマンティスが暮らしていた。
父親となる男性は現在、仕事のために外出をしていて、今はいない。きっと夕飯の頃には帰ってくるだろう。
ひとりでも、絵を描いて楽しく遊んでいる少女は、ふと家に飾られている一枚の絵を見て、そう言えばと不思議そうに首をかしげ、昼食を作っている母親に尋ねた。
「ねぇ、お母さん。この絵の人って、だあれ?」
子供の声に反応して料理を一時中断し、振り向いてその指が差している絵を見ると、にこやかに答えた。
「うふふ。それはね、わたしのお婆さまとお爺さまよ」
「へー……これがひいおばあちゃんとひいおじいちゃん……。なんか、幸せそうだねっ」
「えぇ、そうね。すごく、幸せだったそうよ」
そこに描かれているのは、森に建てられた一件のログハウス。そしてそこに住む幸せなマンティスと人間の夫婦の姿。片方の手を繋いだまま、男は彼女の肩を抱き、女は彼にしなだれていて、とても幸せそうに微笑んでいる。
この二人は生涯を共にし、この世を去るときも側を離れなかったらしい。
それ程までに相手を想い、愛していた。
「ほら、ご飯よ」
「は〜い」
母に呼ばれて子供はテーブルにつき、食事となった。
その姿を、絵から二人が見守っている。
「あ、お母さん。あれ、何が書かれてるの?」
少女はまた絵を見て、その端を指差した。
「……あれにはね、お爺さまとお婆さまの約束の言葉が書かれてるの」
「約束?」
「そうよ。うふふ」
母は薄い表情の中で、とても楽しそうに、嬉しそうに笑う。
その絵の端に、小さく書かれていたのは―――………
おわり
14/03/16 22:08更新 / 理樹