築いた幸せ
「ふぅ・・・俺もなかなか結構やるなぁ・・・」
森林の獣道を行く青年は名を、レイジという。髪は青く、瞳も似たような、しかしそれよりも透明感のある、青色。背に負う荷はなく、肩に担がれている袋のみ。その中に着替えの服や、食料、水、などが入っている。
彼は一年と九ヶ月ほど前に、住んでいた村から、親元を離れて、修行の旅をしている。
「村を出て、早速スライムと出くわし、それからラージマウスやらハニービーやら・・・いろいろ見て、戦ってきた・・・よく生きてるよな、俺・・・」
そんな事を口にしているが、もともと彼の戦闘能力値は高い。それにいろいろな魔物と出くわし、戦い、経験を積む事で、確実に力もつき、強くなっていっている。
しかし彼の腰には武器らしきものも見当たらない。彼が今まで素手で倒してきた、というのも変だ、と思う。スライムのような半液状のものには素手では戦えない。素手で戦うと、拳から徐々に彼女らの体が絡みついていき、完全に飲み込まれてしまう危険性があるからだ。
武器も買えない好戦的な男が素手で戦ってそうなったという実例もある。
担いでいる袋にあるのだろうか?
しかし、それもおかしい。魔物が、武器を出している間、待っていてくれてるとも思えない。彼女らは勇者や旅人などの前に突然現れ、襲い、犯(おそ)ってくる。そんな暇はない。
「・・・そういえば、ここらには戦いを挑んでくる「何か」がいるって聞いたが・・・」
ぶつぶつとつぶやきながら歩いていると、いつの間にか彼は森林の獣道を抜け、樹木とと岩壁に挟まれている道に出ていた。
ここでは、魔物か人かは定かになっていないが、戦いを挑んでくるものがいるらしい。あるものはドラゴンのようだと、あるものは巨大な大男だと、あるものは可愛らしい少女であると。その説は様々だ。
「!!」
レイジは背後に殺気を感じ、咄嗟にそれを避ける。
すると彼がいた所に、頭から切り裂くように、ガキンッと音を立てて剣が振り下ろされた。殺気に気づいていなければ、きっと彼は頭から噴水のように血を噴出していただろう。
「ほぉ。私の初撃をかわせるなんて、なかなかやるな。あまりいないんだが」
「誰だ!お前は・・・」
しかしそれを何も言わない。その相手は古いマントを身に纏い、フードを深くまで被っていて、顔が見えない。腕には緑色の鱗が生え、足には蜥蜴のような爪が生えている。それは振り下ろした剣を持ち上げ、構える。
それに応じるように、レイジも肩に担ぐ荷を降ろし、岩壁の方に投げ、どこからか取り出した武器、トンファーを手に持ち、構える。そして自らの名を名乗り、相手の名を問う。
「俺は、レイジだ。旅をしている。お前は?」
「ふんっ。私に勝てぬような奴に、教える名など、ないっ!」
相手は剣を構えた状態で突進するかのように走り、突っ込んできた。
その剣を再びレイジに向けて振り下ろす。それをトンファーで防ぎ、右から腹に向けて一発。だが地を蹴り、バックステップ。攻撃を避けられた。
「名は教えられなくとも、種はわかる。リザードマンだな?その腕に足、マントの下からは尾の先が見えている」
「ほぉ。この短時間で私の種を見破るとはな・・・。そうだ。私はリザードマン。だが、先に言ったとおり、名は教えん。知りたくば、私を倒して見せろ!」
身に纏っていたマントを脱ぎ捨て、全身を露にする。
レイジはその姿を見た刹那、頬を少し赤く染め、彼女に見惚れた。だがそれも一瞬、すぐに我に返り、トンファーを構えなおす。
リザードマンは今まで両手で持っていた剣を片手だけで持ち、空いた手で彼に掴みかかろうとしてくる。それを避け、背を取り、背中に向けてトンファーを突き出す。しかし彼女の持つしなやかで、硬く、丈夫な尾が鞭のようにしなり、彼の背を打ちつける。
「ぐはっ!」
「知らなかったか?私たちの尾は鞭のようなものだ。ひとつ、勉強になったな?」
「ちぃ・・・忘れてた・・・そうだったな・・・思い出したぜ・・・」
思い切り打たれた背に手の甲を当てながら、よろよろと立ち上がる。彼の口の端から血を流す。口に溜まった血を吐き出し、構えて、攻撃態勢に入る。
「まだだ」
「結構頑丈だな。それを食らってまで立ち上がる奴は、あまりいないんだがな」
「それは、どうも!」
今度はレイジの方から突っ込む。右に持つトンファーを突き出し、殴るが、それを簡単に避けられ、背に向けて剣を振り下ろす。が、それよりも速く、彼の脚が彼女の脇腹を捉え、蹴りが入った。
「うっ・・!なに・・・」
「そっちこそ、俺の手元ばかりに集中してんな。脚も出んだよ」
「ふ、ふふ・・・私にこんな一発を入れたのは、お前が初めてだ・・・」
「へぇ、初体験が出来てよかったな」
「そうだ、な!」
倒れた状態で、彼女は尾を巧みに使い、彼の足首にそれの先を絡ませ、引っ張る。
すると彼は尻餅をつくような倒れ方をして、後ろに倒れていく。その力を使って立ち上がり、腹に向かって切り込む。
それをギリギリトンファーで受け、手を地につけ、尾が絡まっていない、つま先で顎を狙い、蹴り上げる。リザードマンもそれをギリギリで避けると同時に、彼の足首に絡めていた尾が緩んでしまい、すり抜ける。
「人間の癖に、やりおる」
「これでも、結構経験を積んできたんでね」
互いに互いの武器で襲い掛かるが、それを互いに受けあい、避けあう。徐々に速度が増していき、その攻撃も少しずつ当たっている。それぞれが、それぞれの武器で、頬や腕、体を掠っていき、徐々にそれが各自のダメージになっていく。
「うっ」
「はあっ!」
リザードマンの攻撃でレイジはよろけ、倒れる。
待ってましたと言わんばかりに、思い切り剣を、彼の体に向かって、振り下ろす。
「終わりだぁ!」
「どうかな!?」
脚を折り、膝で彼女の腹を突こうとする。
だがその思考を読まれたかのように、彼女に気づかれ、脚で防がれる。そのまま剣を振り下ろされる。
「よっ!」
その剣を避けて、トンファーでうまく地に押さえつける。
「何っ!!」
「俺の膝に気をとられて、一瞬隙が出来た。膝なんて気にしないで振り下ろせばよかったのに」
「・・・なるほど。どっちをとってもお前に攻撃される、と。攻撃を中止して、避けるのが正解。そういう事か?」
その問いに答えず、閉口した。
表情から察するに、そこまで考えてなかったのだろう。
「だが、これでお前は武器を失う!」
レイジは折っていた脚を伸ばし、彼女の手元に蹴りを入れる。
彼女は手を放そうとするが、時すでに遅し、すぐに手が離れない。
しかしその足は手ではなく、剣の刀身の根元に向かっていた。
―――パキィ・・ン。
鉄が砕ける音。彼女の持つ剣が使い物にならなくなった。
「お前の剣は、切っ先に行くほど太くなり、鍔に近い所が一番細い。その部分を一点集中して攻撃すれば、砕ける。・・はぁ!」
「っ!」
剣を砕くと、そのまま踏ん張り、喉に向けてトンファーの突先を突きつける。
だがその寸前で止める。
「・・・何故、止める・・・?」
「これで、俺の勝ちだろう?」
リザードマンは驚きの表情で、、下目使いで、彼を見下ろし、レイジは勝ち誇ったように口の端を吊り上げて、上目遣いで、彼女を見上げる。
しかし、彼と同様に、彼女も口の先を吊り上げる。それに異変を感じ、すぐに彼女から距離を取る。
「(なんだ・・?)」
彼が疑問を持ち、脳を回転し、思考を巡らせる前に、彼女は距離をつめ、拳を振るってきた。
「のわっ!」
ギリギリで避け、横に跳ぶ、いや、飛ばされた。
彼女の拳からは、まるで風が纏っているのではないか、と思えるほどの風圧を生み出していた。
「あれで勝ち、だと?私に勝ちたいのなら、この身を止めて見せろ!!」
「・・なぁる・・・なら、どちらかが動かなくなるまで、闘り合おうか!」
♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦
それからずっと、喧嘩のような殴り合いが続いている。
相手の拳を避けてはこちらから打ち出す。それを避けられたら次ぎは足を出し、蹴りあげようとする。それを受け止められ、腹に相手の拳がヒットし、体液に混じった血を吐き出す。逆に次にきた拳を必要最低限で、コンパクトに避け、わき腹を蹴り飛ばす。相手も血が口に溜まり、プッと飛ばす。
「なんて奴だ・・・」
「それは私の台詞だ。お前、本当に人間か?ここまで私に攻撃を入れた奴はいない。それに、私の拳は私の尾よりも重い。そんな攻撃をまともに食らって立ち上がった奴も、今までいなかった」
「はん。残念ながら、人間さ。これでも、鍛えてきたんでな」
再び二人は拳をぶつけ合う。
拳を拳で受け、蹴りを蹴りで受け、頭突きを頭突きで受ける。
レイジが放った拳が避けられ、再びリザードマンの背中を取る。後ろから彼女の首をつかもうとするが、また尾が鞭のように彼を叩く。それをうまい事腕で防ぎ、あまったもう一方の手を拳にし、背後から殴りかかる。だが受け止めた腕に尾が絡み、岩壁の方向に振り、投げ飛ばされる。
「うわっ!っぶねぇ・・・」
岩壁に思い切りぶつかりそうになったが、先に足で壁を蹴り、それがクッションとなってぶつからすにすんだ。
立ち上がり、彼女に向かい合おうとする。彼が立ち上がると、彼女の拳が目の前に迫っていた。
「ぐぅっ!!!!」
首を傾け、それを避ける。その拳が耳を掠り、血が滲み出ている。しかし痛くはない。痛みを感じる暇もなく、彼は驚いていた。
彼女の拳は岩壁にぶつかったが、その拳をそこから退けると、そこには罅が出来ていて、その中心には彼女の拳の跡がくっきりと残っていた。岩をも破壊する拳、だ。
「・・・・・マジ?」
「ふん。怖気づいたか?」
「・・まだまだ・・・ふんっ!」
リザードマンが油断している間に、レイジは彼女の額に向けて、思い切り頭突きを繰り出す。
二人とも額から血が滲んでいる。
彼女は不意の攻撃に苦虫を噛んだような表情で、彼の事を睨み付ける。がそれに対して彼は歯をニィッとだして笑い、彼女に接近する。
さっきよりも近い距離でもう一度頭突きをかます。その時、彼は自分の足を彼女の足に引っ掛けていて、盛大に後ろに転んでしまった。
「きゃっ!」
それを追うように、彼女の体の上に乗り、手足を押さえる。
彼は片手を余らせていて、拳を握り、彼女の顔面目掛けて振り下ろす。
目をギュッと瞑り、死を覚悟する。しかし彼はまた寸前で止めて、手を開き、彼女の頭をわしゃわしゃと撫でる。
その対応に驚き、目を見開いて、腕越しに彼の顔を見る。少しすると、彼は手を退ける。その彼の表情は穏やかで、優しく、暖かなものがある。しかしその表情はすぐに消え、にっと笑い、勝ち誇る。
「ふふん。俺の勝ちだな」
そのどちらの表情にも彼女の心臓はドキッと高鳴り、頬が薄く染まる。
しかし彼の発言でそれは薄まり、じたばたと暴れようとする。
「何を言ってる!私はまだ気絶をしていないそ!まだ終わってない!」
「ふん。俺は「気絶したら」とは言ってない。「動かなくなるまで」と言ったんだ」
そんな事は知っている!と唾が跳びそうなくらいの勢いで叫ぶ。彼女は猶も、小さくだが、暴れて彼の腕から逃れようとしている。しかし彼の手は緩まない。
「俺は今、お前を押さえつけている。これでも、動けるか?」
彼は現在、片手で彼女の両手首を掴み、彼女の脇に押さえつけ、両足それぞれで彼女の足と尾を押さえ込んでいる。それで彼女も踠き、動くが、それは鎖のように、枷のように、まったく外れない。動けない・・・!
「これでどうだ。「動かなくなるまで」だろ?決着だ」
ふふん、と鼻を鳴らし、どうだ?と言わんばかりに口の端を吊り上げる。
「・・・確かに・・・私の、負けだ・・・」
「あぁ。じゃあ・・・」
彼女の上から退き、立ち上がって、いつの間にか手から離れていたトンファーを腰にさし、投げたまま放っておいた荷を肩に担ぎ、旅に出る準備をした。そして歩き出したところで・・・。
「あ、あの!」
さっきまで闘っていたリザードマンが彼の服を掴み、潤んだ瞳で彼を見つめていた。
なんとなく嫌な気がして、一刻もそこを離れたいのだが、掴まれていて歩けない。
「な、何か?」
「・・わ、私を、嫁として、もらってください、レイジ様!」
「さ、さま・・?」
「ダメですか?あ、あなたは私に勝ったのに、まだ名乗っていなったな!私はリザードマンのリアだ」
「それはいい!とりあえずいらん!」
「・・どうしてもか?」
頬を染め、上目遣いで彼を見つめ、問う。
そこで何故頬を染める・・?と疑問を抱きながらも、彼は、なぜか放されたから、スタスタと歩いていく。
なるべく彼女の事は何も考えないようにして、次の町に向かう。
しかしその後ろを、同じペースで、付いていく。
「悪いけど、俺は嫁とかまだいらん。とりあえず旅して、住むところを確保しないと」
「だ、大丈夫です!私、レイジ様と一緒なら、どこでも!」
「だいたい、さっき「あまりいないんだが」と言っていた。他にも数人、最低一人はいるんだろ?それはどうなんだ?」
それを尋ねると、リザードマン、リアは足を止め、少し不機嫌そうに頬を膨らまし、俯いた。
「確かに、いた。だが、そいつらはみんな、私を犯そうとしてきた!」
いきなりの告白に彼は頭にたくさんのはてなマークとびっくりマークが出てきた。「!!!!???!??!????」とこんなふうに。
「私の着てる物を破くように脱がそうとしてきたり、胸を揉みしだこうと手をわきわきしてきたり・・・動きは単調だし簡単に避けて、一発入れればすんだんだけど・・・・。・・でも、それとは違って、闘うだけの人もいたよ。けどやっぱり私よりも弱いし・・・」
「・・・・・・お前に勝ったからって、お前を嫁に、なんて出来るか・・・」
本当に小さな声でボソッと呟き、自分の背後に向けて指を向け、言い放つ。
「いいから、自分のもといた場所に戻れ。お前をもらうつもりはない。帰れ」
それは自らの子を突放すような言い方で、極地のように冷たく、厳しいものがあった。
「・・・そう、ですか・・・・・・わかった。またここを通るときは、よろしく・・・」
リアはとぼとぼと、寂しそうに戻っていった。その後姿はとても悲しそうで、弱弱しくみえた。
だがそれに後ろ髪を引かれる事なく、彼は歩みを進めた。
♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦
レイジが歩みを再び始めて少しすると、後方から悲鳴のようなものが聞こえた
「あの声・・・・」
彼はリアと闘っていた場所に向けて駆ける。
さっきの場所に戻ってみると、岩壁を背に、数人の男に囲まれている、しゃがみこんでいるリアの姿があった。
「な、なんだ、お前ら!」
「こいつ、リザードマンだぜ?飼いならしてペットにでもするか?」
「いやいや。まずは犯して躾だろ?」
「そうだな。じゃあ、脱ぎ脱ぎしましょうね」
男が四人がかりで彼女に襲い掛かろうとしている。
それを見て、彼の額には青筋が浮かび、今にもはち切れそうだった。
肩の荷をとりあえずその場に落とし、ズボンのポケットから取り出したグローブを手につけ、走り出した。少し離れたところで彼は飛び、男供に向けて飛び蹴りをかます。男たちは吹っ飛ばされ、土煙を上げながら後頭部をズザザザ・・と擦っていった。
「ったく・・・なにやってんだよ・・・」
「・・・・レイジ、さま・・・」
彼女は伏せていた顔を上げ、彼を見つめる。白馬の王子様が来た乙女のような眼差しで。
「お前なら、武器がなくてもこんな奴ら蹴散らせただろ?」
「・・ごめんなさい・・・あなたの事を考えてたら、いつの間にか・・・」
「・・はぁ・・・おいおい・・・・」
そこまで会話したところで、彼女を襲おうとしていた野郎共が戻ってきた。
「おい、テメェ!何し腐ってくれてんだ、あぁん!?」
「聞いてんのか!!」
その糞野郎共に耳を貸さず、身につけていた上着を脱ぎ、所々服が破けてしまっているリアに羽織らせる。
それが終わってから、彼はそれらに振り返り睨み付ける。その目はまるで、人ではない何かと対峙しているかのような恐怖心が感じられた。
「俺の連れに何してくれてんだテメェら、ア゛ぁ!!?」
「は、はっ!一人で六人を相手に使用ってのか?やってみやがれ!!」
一人の男が彼に向けて、手に持つ剣を振り上げて、襲い掛かってきた。
それを難なく避けると、回し蹴りをして、相手の背中を踵で蹴る。
―――ゴキィ!
彼の蹴りが当たるのと一緒に、何かが砕けたような、すごい音がした。その後に、その男の顔面が岩壁に叩きつけられ、その体勢のまま、ズリズリと顔面を擦り、地面に倒れこむ。その顔は「見せられないよ」となるくらいひどいものだ。
それとは違う方向に拳を振り下ろし、空を殴る。
しかし彼が殴った場所は、もう罅だとか拳の跡とかいう問題じゃない。彼の拳を中心にして、まるで隕石でも落ちてきたんじゃないかと言うくらいの、小規模のクレーターのようなものが出来上がっていた。
それを見た男どもは、倒れている者を連れて、我先にと逃げていった。
「大丈夫か?リア」
「あ、え、うん・・大丈夫・・・」
彼女は呆然と、何も口に出来ずただ呆然と、それを見た。
そこには何の仕掛けもない。確かに彼が殴っただけだ。だが人の力でこんな風になるわけがない。いったい何が・・・。
思考を巡らし考えるが、何もわからない。思いつかない。
「俺はもう行く。今度こそ、じゃあな」
立ち去ろうとするレイジに、リアは声をかけ呼び止める。そして疑問をぶつける。
「あの、これは、いったい・・・」
「ん?あぁ、それな。簡単だよ。このグローブ」
そう言って自分の手にはめられているグローブを突き出す。さっき地面を殴ったのとは違う方の手だ。
そのグローブがなんだと言うのだろう。
「こいつにはな、爆薬が仕掛けてあんだよ。その爆薬は思い切り、俺の渾身の力を込めて、何かを殴ると爆発する仕組みになってる。その威力も半端じゃない。お前の数十倍以上はある。その代わり、こっちの腕が負傷するから、諸刃の剣だがな」
ははは、と乾いた笑いをするが、それを聞き、リアは、突き出している手ではないもう片方の手を、彼のポケットから引っ張り出し、見る。
その手は、腕は、指先から手首辺りまでの、手のほぼすべてが、血の色に染まり、皮が捲れ、爛れていた。爪も剥がれ、本来曲がらない方向に曲がっている指もある。これは使い物にはならない。
彼女は一旦その場を離れたが、すぐに戻ってきて、彼の手に何かの葉を乗せ、自分のマントを破り、包帯の代わりに、彼の手に巻いた。
「この葉は傷の治癒を促す作用があります。しばらくこのままにして、この手はなるべく使わないようにしてください」
「・・・あぁ。ありがとう」
彼は違う手で彼女の頭を撫でて、立ち上がった。
出発するようだ。
「じゃあな」
♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦
「それに、私、一応料理とか掃除とか、いろいろ、嫁として出来ますから。それに、ゆくゆくは、こ、子供、とか・・きゃっ♪」
「そうか、じゃあな」
「あ、レイジ様は何がお好きですか?私、作りますよ」
「シチューとかかな。じゃあな」
「あの、呼び方とか、好きな呼ばれ方はありますか?ないなら自分で・・・」
「レイジでいい。じゃあな」
「あ、じゃあ、あなたと話すのは、どうすればいい?」
「敬語はやめろ。じゃあな」
さっきの場所で別れたはずなのに、リアは延々と付いてくる。「じゃあな」といい、別れようとしているのに、ずっと付いてきている。
「・・・・・・・・・なぁ、お前、いつまで付いてくるんだよ」
さすがにそのまま流すのは難しいと考え、直球に尋ねる。
すると、困ったような笑い顔をして、平然と答えた。
「レイジさ・・レイジはさっき、私を連れって言ってくれた。もう一緒にいてもいいんでしょ?」
「あ、あれは、その場の雰囲気と言うか・・流れと言うか・・・忘れろ!」
「無理だ。もう聞いちゃったし」
はあぁ、と深く重いため息をつく。きっと過去の自分を殴ってやりたいような心境なのだろう。
彼はため息混じりの声で問う。
「だいたい、何で俺なんだ?他にもいい奴ぁごろごろいるだろ?」
「知らないのか?私たちは、私たちよりも強い男を夫にする。そういう習性がある」
「・・・なら、なおさらだな。お前に勝ったからって嫁にはできねぇ。お前は、自分が惚れて、心から「この人のものになりたい」と思える相手に告れ。そしてそいつに尽くせ」
「・・なら、問題ない」
は?と疑問を投げかける。
リアは可愛らしく微笑み、彼との距離をつめる。
「私は、レイジが大好きだ。心からあなたのものになりたいと思っている。あなたに私の全てを捧げ、尽くしたいと思っている。それに、あなたはいい人だ。本来なら私のような魔物に使うべきものを、同じ種の人間に使った。それも魔物である私を守るために」
「あれは仕方ねぇだろ?」
「そんな重傷を負うのに、だぞ?一匹のねずみを守るのに大砲を使うようなものじゃないか?」
「ちょっと違う気はするが・・・」
「それに、もし本当に私が嫌いで、心の底から嫁にほしくないと言うのなら、何故私を守る?何故私にこの上着を着せる?・・何故私の問いにすべて答える?」
うっ、と零し、「しまった」と言い出しそうな顔になる。
確かに、本当に嫌いで一緒にいたくないのなら、彼女に関する全てを無視すればいい。問いも、格好も、存在も、全て。しかし、出来ない。
彼は咄嗟に、「無意識にしている事だ」と答える。しかしすぐに反撃のように言われる。
「あと、私の歩みが少しでも遅くなると自分もそれに合わせるように遅くしてる。喉が渇いたと言ったわけではないのに水を私に差し出した。転びそうになった時はそっと私を受け止めてくれた。これらは無意識では無理だと思うが?」
確かに全て事実。そしてその全てを彼は意識して、自らの判断で行った。
そういう事をしているうちに、彼は恥ずかしさから俯き、頬を染めていた。
「どうだ?これでも、私に帰れと言うか?」
彼は、心の中で、頭を抱えて悩んだ。
確かに彼は彼女に惹かれている。一緒にいたいとも思う。
しかし、今まで恋人はいないし、恋なんてした事がなかった。だから彼自身が、自分のこの想いがわからなくて、恋ではないかもしれない。なのに嫁になんて出来ない、と考えているのだ。彼女にとって人生の分かれ道になるかもしれないこんなときに、恋「かもしれない」、なんて不安定な状態で「いいよ」なんて言えない。
彼は彼女を嫌ってではなく、自身を見つめなおし、彼女に対する気持ちを確かめるために、帰れと言っている。
だが今度それを言ってしまったらきっと、もう二度と会えないかもしれない。そんな恐怖も混じり、なかなか口を開く事が出来ない。
とうとう彼は立ち止まり、思考を巡らせた。
しかしどう考えても、恋や愛がわからない。
「レイジ、お前は、私と一緒にいたいのか?」
彼女は彼を悩ませるような問いを出した。しかしその問いが、一筋の光が差したような気持ちにした。
そうだ。答えは単純だった。
いたいのは「恋」、いたくないのは「違う」。ただそれだけの事だった。
「俺は・・・リアと一緒にいたい・・。これからも、ずっと」
「・・うん」
「好きだ、リア」
「私もだぞ、レイジ」
二人は自らの恋を確かめるかのように、唇と唇を合わせた。
子供のような、ただ合わせるだけのキス。でも彼は、彼女は、それだけで満足だった。
♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦
「やぁ!」
二人がそれぞれの気持ちを知り、共に歩む事になったあの日から、もう十年の年月が過ぎた。
「はぁ!とぉ!」
二人は共に同じギルドに入り、魔物の退治や、荷馬車の護衛、特定の物の採取などをし、金を稼ぎ、家を買った。場所はギルドのある町の外れだが、静かで、景色のいいところだ。二人で住むには少し広い、大き目の家だが、三人だとちょうどいいのかもしれない。
「お、ステラ。何だ、剣の練習か?」
「あ、お父様。うん、早くお父様とお母様と一緒に仕事に行きたいから」
「まだ先だろ?」
「でも、今しといても、困らないでしょ?」
「まぁ、そうだけど・・・・・ほどほどにな。やりすぎも体には毒だ」
「はい!」
レイジとリアが結婚したのは、あの後のすぐだ。
それから旅を続けて、この町に来て、ギルドに入ってから三年―――今からだと六年前―――リアの腹に彼らの子が宿った。それが剣、のつもりで木の棒、を振るっているこの少女、ステラだ。彼女は二人のバトルセンス、レイジの戦闘能力とリアの力、を受け継いだ。それでも二人には劣るが。
「あ、レイジ。お帰りなさい」
「ただいま、リア」
レイジは帰ってくるとリアの方へ行き、彼女は皿洗いを中断し、キスする。行ってきますのキスとお帰りなさいのキス、最近ではこれが日課になっている。
最近はリアはギルドにあまり行かない。やはりステラの事があるからだろう。彼女はまだ六歳で、身の回りの事を覚え始める歳だ。日中はレイジがギルドにいき、仕事を受け、リアはステラに家事や剣を教える。そして彼が帰ってくると、食事をし、終えてから彼が魔物について教える。これがこの一家の生活。大変そうだが、とても暖かい、いい家庭を築いた。
この家族が未来永劫、幸せであり続けますよう・・・
fin
森林の獣道を行く青年は名を、レイジという。髪は青く、瞳も似たような、しかしそれよりも透明感のある、青色。背に負う荷はなく、肩に担がれている袋のみ。その中に着替えの服や、食料、水、などが入っている。
彼は一年と九ヶ月ほど前に、住んでいた村から、親元を離れて、修行の旅をしている。
「村を出て、早速スライムと出くわし、それからラージマウスやらハニービーやら・・・いろいろ見て、戦ってきた・・・よく生きてるよな、俺・・・」
そんな事を口にしているが、もともと彼の戦闘能力値は高い。それにいろいろな魔物と出くわし、戦い、経験を積む事で、確実に力もつき、強くなっていっている。
しかし彼の腰には武器らしきものも見当たらない。彼が今まで素手で倒してきた、というのも変だ、と思う。スライムのような半液状のものには素手では戦えない。素手で戦うと、拳から徐々に彼女らの体が絡みついていき、完全に飲み込まれてしまう危険性があるからだ。
武器も買えない好戦的な男が素手で戦ってそうなったという実例もある。
担いでいる袋にあるのだろうか?
しかし、それもおかしい。魔物が、武器を出している間、待っていてくれてるとも思えない。彼女らは勇者や旅人などの前に突然現れ、襲い、犯(おそ)ってくる。そんな暇はない。
「・・・そういえば、ここらには戦いを挑んでくる「何か」がいるって聞いたが・・・」
ぶつぶつとつぶやきながら歩いていると、いつの間にか彼は森林の獣道を抜け、樹木とと岩壁に挟まれている道に出ていた。
ここでは、魔物か人かは定かになっていないが、戦いを挑んでくるものがいるらしい。あるものはドラゴンのようだと、あるものは巨大な大男だと、あるものは可愛らしい少女であると。その説は様々だ。
「!!」
レイジは背後に殺気を感じ、咄嗟にそれを避ける。
すると彼がいた所に、頭から切り裂くように、ガキンッと音を立てて剣が振り下ろされた。殺気に気づいていなければ、きっと彼は頭から噴水のように血を噴出していただろう。
「ほぉ。私の初撃をかわせるなんて、なかなかやるな。あまりいないんだが」
「誰だ!お前は・・・」
しかしそれを何も言わない。その相手は古いマントを身に纏い、フードを深くまで被っていて、顔が見えない。腕には緑色の鱗が生え、足には蜥蜴のような爪が生えている。それは振り下ろした剣を持ち上げ、構える。
それに応じるように、レイジも肩に担ぐ荷を降ろし、岩壁の方に投げ、どこからか取り出した武器、トンファーを手に持ち、構える。そして自らの名を名乗り、相手の名を問う。
「俺は、レイジだ。旅をしている。お前は?」
「ふんっ。私に勝てぬような奴に、教える名など、ないっ!」
相手は剣を構えた状態で突進するかのように走り、突っ込んできた。
その剣を再びレイジに向けて振り下ろす。それをトンファーで防ぎ、右から腹に向けて一発。だが地を蹴り、バックステップ。攻撃を避けられた。
「名は教えられなくとも、種はわかる。リザードマンだな?その腕に足、マントの下からは尾の先が見えている」
「ほぉ。この短時間で私の種を見破るとはな・・・。そうだ。私はリザードマン。だが、先に言ったとおり、名は教えん。知りたくば、私を倒して見せろ!」
身に纏っていたマントを脱ぎ捨て、全身を露にする。
レイジはその姿を見た刹那、頬を少し赤く染め、彼女に見惚れた。だがそれも一瞬、すぐに我に返り、トンファーを構えなおす。
リザードマンは今まで両手で持っていた剣を片手だけで持ち、空いた手で彼に掴みかかろうとしてくる。それを避け、背を取り、背中に向けてトンファーを突き出す。しかし彼女の持つしなやかで、硬く、丈夫な尾が鞭のようにしなり、彼の背を打ちつける。
「ぐはっ!」
「知らなかったか?私たちの尾は鞭のようなものだ。ひとつ、勉強になったな?」
「ちぃ・・・忘れてた・・・そうだったな・・・思い出したぜ・・・」
思い切り打たれた背に手の甲を当てながら、よろよろと立ち上がる。彼の口の端から血を流す。口に溜まった血を吐き出し、構えて、攻撃態勢に入る。
「まだだ」
「結構頑丈だな。それを食らってまで立ち上がる奴は、あまりいないんだがな」
「それは、どうも!」
今度はレイジの方から突っ込む。右に持つトンファーを突き出し、殴るが、それを簡単に避けられ、背に向けて剣を振り下ろす。が、それよりも速く、彼の脚が彼女の脇腹を捉え、蹴りが入った。
「うっ・・!なに・・・」
「そっちこそ、俺の手元ばかりに集中してんな。脚も出んだよ」
「ふ、ふふ・・・私にこんな一発を入れたのは、お前が初めてだ・・・」
「へぇ、初体験が出来てよかったな」
「そうだ、な!」
倒れた状態で、彼女は尾を巧みに使い、彼の足首にそれの先を絡ませ、引っ張る。
すると彼は尻餅をつくような倒れ方をして、後ろに倒れていく。その力を使って立ち上がり、腹に向かって切り込む。
それをギリギリトンファーで受け、手を地につけ、尾が絡まっていない、つま先で顎を狙い、蹴り上げる。リザードマンもそれをギリギリで避けると同時に、彼の足首に絡めていた尾が緩んでしまい、すり抜ける。
「人間の癖に、やりおる」
「これでも、結構経験を積んできたんでね」
互いに互いの武器で襲い掛かるが、それを互いに受けあい、避けあう。徐々に速度が増していき、その攻撃も少しずつ当たっている。それぞれが、それぞれの武器で、頬や腕、体を掠っていき、徐々にそれが各自のダメージになっていく。
「うっ」
「はあっ!」
リザードマンの攻撃でレイジはよろけ、倒れる。
待ってましたと言わんばかりに、思い切り剣を、彼の体に向かって、振り下ろす。
「終わりだぁ!」
「どうかな!?」
脚を折り、膝で彼女の腹を突こうとする。
だがその思考を読まれたかのように、彼女に気づかれ、脚で防がれる。そのまま剣を振り下ろされる。
「よっ!」
その剣を避けて、トンファーでうまく地に押さえつける。
「何っ!!」
「俺の膝に気をとられて、一瞬隙が出来た。膝なんて気にしないで振り下ろせばよかったのに」
「・・・なるほど。どっちをとってもお前に攻撃される、と。攻撃を中止して、避けるのが正解。そういう事か?」
その問いに答えず、閉口した。
表情から察するに、そこまで考えてなかったのだろう。
「だが、これでお前は武器を失う!」
レイジは折っていた脚を伸ばし、彼女の手元に蹴りを入れる。
彼女は手を放そうとするが、時すでに遅し、すぐに手が離れない。
しかしその足は手ではなく、剣の刀身の根元に向かっていた。
―――パキィ・・ン。
鉄が砕ける音。彼女の持つ剣が使い物にならなくなった。
「お前の剣は、切っ先に行くほど太くなり、鍔に近い所が一番細い。その部分を一点集中して攻撃すれば、砕ける。・・はぁ!」
「っ!」
剣を砕くと、そのまま踏ん張り、喉に向けてトンファーの突先を突きつける。
だがその寸前で止める。
「・・・何故、止める・・・?」
「これで、俺の勝ちだろう?」
リザードマンは驚きの表情で、、下目使いで、彼を見下ろし、レイジは勝ち誇ったように口の端を吊り上げて、上目遣いで、彼女を見上げる。
しかし、彼と同様に、彼女も口の先を吊り上げる。それに異変を感じ、すぐに彼女から距離を取る。
「(なんだ・・?)」
彼が疑問を持ち、脳を回転し、思考を巡らせる前に、彼女は距離をつめ、拳を振るってきた。
「のわっ!」
ギリギリで避け、横に跳ぶ、いや、飛ばされた。
彼女の拳からは、まるで風が纏っているのではないか、と思えるほどの風圧を生み出していた。
「あれで勝ち、だと?私に勝ちたいのなら、この身を止めて見せろ!!」
「・・なぁる・・・なら、どちらかが動かなくなるまで、闘り合おうか!」
♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦
それからずっと、喧嘩のような殴り合いが続いている。
相手の拳を避けてはこちらから打ち出す。それを避けられたら次ぎは足を出し、蹴りあげようとする。それを受け止められ、腹に相手の拳がヒットし、体液に混じった血を吐き出す。逆に次にきた拳を必要最低限で、コンパクトに避け、わき腹を蹴り飛ばす。相手も血が口に溜まり、プッと飛ばす。
「なんて奴だ・・・」
「それは私の台詞だ。お前、本当に人間か?ここまで私に攻撃を入れた奴はいない。それに、私の拳は私の尾よりも重い。そんな攻撃をまともに食らって立ち上がった奴も、今までいなかった」
「はん。残念ながら、人間さ。これでも、鍛えてきたんでな」
再び二人は拳をぶつけ合う。
拳を拳で受け、蹴りを蹴りで受け、頭突きを頭突きで受ける。
レイジが放った拳が避けられ、再びリザードマンの背中を取る。後ろから彼女の首をつかもうとするが、また尾が鞭のように彼を叩く。それをうまい事腕で防ぎ、あまったもう一方の手を拳にし、背後から殴りかかる。だが受け止めた腕に尾が絡み、岩壁の方向に振り、投げ飛ばされる。
「うわっ!っぶねぇ・・・」
岩壁に思い切りぶつかりそうになったが、先に足で壁を蹴り、それがクッションとなってぶつからすにすんだ。
立ち上がり、彼女に向かい合おうとする。彼が立ち上がると、彼女の拳が目の前に迫っていた。
「ぐぅっ!!!!」
首を傾け、それを避ける。その拳が耳を掠り、血が滲み出ている。しかし痛くはない。痛みを感じる暇もなく、彼は驚いていた。
彼女の拳は岩壁にぶつかったが、その拳をそこから退けると、そこには罅が出来ていて、その中心には彼女の拳の跡がくっきりと残っていた。岩をも破壊する拳、だ。
「・・・・・マジ?」
「ふん。怖気づいたか?」
「・・まだまだ・・・ふんっ!」
リザードマンが油断している間に、レイジは彼女の額に向けて、思い切り頭突きを繰り出す。
二人とも額から血が滲んでいる。
彼女は不意の攻撃に苦虫を噛んだような表情で、彼の事を睨み付ける。がそれに対して彼は歯をニィッとだして笑い、彼女に接近する。
さっきよりも近い距離でもう一度頭突きをかます。その時、彼は自分の足を彼女の足に引っ掛けていて、盛大に後ろに転んでしまった。
「きゃっ!」
それを追うように、彼女の体の上に乗り、手足を押さえる。
彼は片手を余らせていて、拳を握り、彼女の顔面目掛けて振り下ろす。
目をギュッと瞑り、死を覚悟する。しかし彼はまた寸前で止めて、手を開き、彼女の頭をわしゃわしゃと撫でる。
その対応に驚き、目を見開いて、腕越しに彼の顔を見る。少しすると、彼は手を退ける。その彼の表情は穏やかで、優しく、暖かなものがある。しかしその表情はすぐに消え、にっと笑い、勝ち誇る。
「ふふん。俺の勝ちだな」
そのどちらの表情にも彼女の心臓はドキッと高鳴り、頬が薄く染まる。
しかし彼の発言でそれは薄まり、じたばたと暴れようとする。
「何を言ってる!私はまだ気絶をしていないそ!まだ終わってない!」
「ふん。俺は「気絶したら」とは言ってない。「動かなくなるまで」と言ったんだ」
そんな事は知っている!と唾が跳びそうなくらいの勢いで叫ぶ。彼女は猶も、小さくだが、暴れて彼の腕から逃れようとしている。しかし彼の手は緩まない。
「俺は今、お前を押さえつけている。これでも、動けるか?」
彼は現在、片手で彼女の両手首を掴み、彼女の脇に押さえつけ、両足それぞれで彼女の足と尾を押さえ込んでいる。それで彼女も踠き、動くが、それは鎖のように、枷のように、まったく外れない。動けない・・・!
「これでどうだ。「動かなくなるまで」だろ?決着だ」
ふふん、と鼻を鳴らし、どうだ?と言わんばかりに口の端を吊り上げる。
「・・・確かに・・・私の、負けだ・・・」
「あぁ。じゃあ・・・」
彼女の上から退き、立ち上がって、いつの間にか手から離れていたトンファーを腰にさし、投げたまま放っておいた荷を肩に担ぎ、旅に出る準備をした。そして歩き出したところで・・・。
「あ、あの!」
さっきまで闘っていたリザードマンが彼の服を掴み、潤んだ瞳で彼を見つめていた。
なんとなく嫌な気がして、一刻もそこを離れたいのだが、掴まれていて歩けない。
「な、何か?」
「・・わ、私を、嫁として、もらってください、レイジ様!」
「さ、さま・・?」
「ダメですか?あ、あなたは私に勝ったのに、まだ名乗っていなったな!私はリザードマンのリアだ」
「それはいい!とりあえずいらん!」
「・・どうしてもか?」
頬を染め、上目遣いで彼を見つめ、問う。
そこで何故頬を染める・・?と疑問を抱きながらも、彼は、なぜか放されたから、スタスタと歩いていく。
なるべく彼女の事は何も考えないようにして、次の町に向かう。
しかしその後ろを、同じペースで、付いていく。
「悪いけど、俺は嫁とかまだいらん。とりあえず旅して、住むところを確保しないと」
「だ、大丈夫です!私、レイジ様と一緒なら、どこでも!」
「だいたい、さっき「あまりいないんだが」と言っていた。他にも数人、最低一人はいるんだろ?それはどうなんだ?」
それを尋ねると、リザードマン、リアは足を止め、少し不機嫌そうに頬を膨らまし、俯いた。
「確かに、いた。だが、そいつらはみんな、私を犯そうとしてきた!」
いきなりの告白に彼は頭にたくさんのはてなマークとびっくりマークが出てきた。「!!!!???!??!????」とこんなふうに。
「私の着てる物を破くように脱がそうとしてきたり、胸を揉みしだこうと手をわきわきしてきたり・・・動きは単調だし簡単に避けて、一発入れればすんだんだけど・・・・。・・でも、それとは違って、闘うだけの人もいたよ。けどやっぱり私よりも弱いし・・・」
「・・・・・・お前に勝ったからって、お前を嫁に、なんて出来るか・・・」
本当に小さな声でボソッと呟き、自分の背後に向けて指を向け、言い放つ。
「いいから、自分のもといた場所に戻れ。お前をもらうつもりはない。帰れ」
それは自らの子を突放すような言い方で、極地のように冷たく、厳しいものがあった。
「・・・そう、ですか・・・・・・わかった。またここを通るときは、よろしく・・・」
リアはとぼとぼと、寂しそうに戻っていった。その後姿はとても悲しそうで、弱弱しくみえた。
だがそれに後ろ髪を引かれる事なく、彼は歩みを進めた。
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レイジが歩みを再び始めて少しすると、後方から悲鳴のようなものが聞こえた
「あの声・・・・」
彼はリアと闘っていた場所に向けて駆ける。
さっきの場所に戻ってみると、岩壁を背に、数人の男に囲まれている、しゃがみこんでいるリアの姿があった。
「な、なんだ、お前ら!」
「こいつ、リザードマンだぜ?飼いならしてペットにでもするか?」
「いやいや。まずは犯して躾だろ?」
「そうだな。じゃあ、脱ぎ脱ぎしましょうね」
男が四人がかりで彼女に襲い掛かろうとしている。
それを見て、彼の額には青筋が浮かび、今にもはち切れそうだった。
肩の荷をとりあえずその場に落とし、ズボンのポケットから取り出したグローブを手につけ、走り出した。少し離れたところで彼は飛び、男供に向けて飛び蹴りをかます。男たちは吹っ飛ばされ、土煙を上げながら後頭部をズザザザ・・と擦っていった。
「ったく・・・なにやってんだよ・・・」
「・・・・レイジ、さま・・・」
彼女は伏せていた顔を上げ、彼を見つめる。白馬の王子様が来た乙女のような眼差しで。
「お前なら、武器がなくてもこんな奴ら蹴散らせただろ?」
「・・ごめんなさい・・・あなたの事を考えてたら、いつの間にか・・・」
「・・はぁ・・・おいおい・・・・」
そこまで会話したところで、彼女を襲おうとしていた野郎共が戻ってきた。
「おい、テメェ!何し腐ってくれてんだ、あぁん!?」
「聞いてんのか!!」
その糞野郎共に耳を貸さず、身につけていた上着を脱ぎ、所々服が破けてしまっているリアに羽織らせる。
それが終わってから、彼はそれらに振り返り睨み付ける。その目はまるで、人ではない何かと対峙しているかのような恐怖心が感じられた。
「俺の連れに何してくれてんだテメェら、ア゛ぁ!!?」
「は、はっ!一人で六人を相手に使用ってのか?やってみやがれ!!」
一人の男が彼に向けて、手に持つ剣を振り上げて、襲い掛かってきた。
それを難なく避けると、回し蹴りをして、相手の背中を踵で蹴る。
―――ゴキィ!
彼の蹴りが当たるのと一緒に、何かが砕けたような、すごい音がした。その後に、その男の顔面が岩壁に叩きつけられ、その体勢のまま、ズリズリと顔面を擦り、地面に倒れこむ。その顔は「見せられないよ」となるくらいひどいものだ。
それとは違う方向に拳を振り下ろし、空を殴る。
しかし彼が殴った場所は、もう罅だとか拳の跡とかいう問題じゃない。彼の拳を中心にして、まるで隕石でも落ちてきたんじゃないかと言うくらいの、小規模のクレーターのようなものが出来上がっていた。
それを見た男どもは、倒れている者を連れて、我先にと逃げていった。
「大丈夫か?リア」
「あ、え、うん・・大丈夫・・・」
彼女は呆然と、何も口に出来ずただ呆然と、それを見た。
そこには何の仕掛けもない。確かに彼が殴っただけだ。だが人の力でこんな風になるわけがない。いったい何が・・・。
思考を巡らし考えるが、何もわからない。思いつかない。
「俺はもう行く。今度こそ、じゃあな」
立ち去ろうとするレイジに、リアは声をかけ呼び止める。そして疑問をぶつける。
「あの、これは、いったい・・・」
「ん?あぁ、それな。簡単だよ。このグローブ」
そう言って自分の手にはめられているグローブを突き出す。さっき地面を殴ったのとは違う方の手だ。
そのグローブがなんだと言うのだろう。
「こいつにはな、爆薬が仕掛けてあんだよ。その爆薬は思い切り、俺の渾身の力を込めて、何かを殴ると爆発する仕組みになってる。その威力も半端じゃない。お前の数十倍以上はある。その代わり、こっちの腕が負傷するから、諸刃の剣だがな」
ははは、と乾いた笑いをするが、それを聞き、リアは、突き出している手ではないもう片方の手を、彼のポケットから引っ張り出し、見る。
その手は、腕は、指先から手首辺りまでの、手のほぼすべてが、血の色に染まり、皮が捲れ、爛れていた。爪も剥がれ、本来曲がらない方向に曲がっている指もある。これは使い物にはならない。
彼女は一旦その場を離れたが、すぐに戻ってきて、彼の手に何かの葉を乗せ、自分のマントを破り、包帯の代わりに、彼の手に巻いた。
「この葉は傷の治癒を促す作用があります。しばらくこのままにして、この手はなるべく使わないようにしてください」
「・・・あぁ。ありがとう」
彼は違う手で彼女の頭を撫でて、立ち上がった。
出発するようだ。
「じゃあな」
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「それに、私、一応料理とか掃除とか、いろいろ、嫁として出来ますから。それに、ゆくゆくは、こ、子供、とか・・きゃっ♪」
「そうか、じゃあな」
「あ、レイジ様は何がお好きですか?私、作りますよ」
「シチューとかかな。じゃあな」
「あの、呼び方とか、好きな呼ばれ方はありますか?ないなら自分で・・・」
「レイジでいい。じゃあな」
「あ、じゃあ、あなたと話すのは、どうすればいい?」
「敬語はやめろ。じゃあな」
さっきの場所で別れたはずなのに、リアは延々と付いてくる。「じゃあな」といい、別れようとしているのに、ずっと付いてきている。
「・・・・・・・・・なぁ、お前、いつまで付いてくるんだよ」
さすがにそのまま流すのは難しいと考え、直球に尋ねる。
すると、困ったような笑い顔をして、平然と答えた。
「レイジさ・・レイジはさっき、私を連れって言ってくれた。もう一緒にいてもいいんでしょ?」
「あ、あれは、その場の雰囲気と言うか・・流れと言うか・・・忘れろ!」
「無理だ。もう聞いちゃったし」
はあぁ、と深く重いため息をつく。きっと過去の自分を殴ってやりたいような心境なのだろう。
彼はため息混じりの声で問う。
「だいたい、何で俺なんだ?他にもいい奴ぁごろごろいるだろ?」
「知らないのか?私たちは、私たちよりも強い男を夫にする。そういう習性がある」
「・・・なら、なおさらだな。お前に勝ったからって嫁にはできねぇ。お前は、自分が惚れて、心から「この人のものになりたい」と思える相手に告れ。そしてそいつに尽くせ」
「・・なら、問題ない」
は?と疑問を投げかける。
リアは可愛らしく微笑み、彼との距離をつめる。
「私は、レイジが大好きだ。心からあなたのものになりたいと思っている。あなたに私の全てを捧げ、尽くしたいと思っている。それに、あなたはいい人だ。本来なら私のような魔物に使うべきものを、同じ種の人間に使った。それも魔物である私を守るために」
「あれは仕方ねぇだろ?」
「そんな重傷を負うのに、だぞ?一匹のねずみを守るのに大砲を使うようなものじゃないか?」
「ちょっと違う気はするが・・・」
「それに、もし本当に私が嫌いで、心の底から嫁にほしくないと言うのなら、何故私を守る?何故私にこの上着を着せる?・・何故私の問いにすべて答える?」
うっ、と零し、「しまった」と言い出しそうな顔になる。
確かに、本当に嫌いで一緒にいたくないのなら、彼女に関する全てを無視すればいい。問いも、格好も、存在も、全て。しかし、出来ない。
彼は咄嗟に、「無意識にしている事だ」と答える。しかしすぐに反撃のように言われる。
「あと、私の歩みが少しでも遅くなると自分もそれに合わせるように遅くしてる。喉が渇いたと言ったわけではないのに水を私に差し出した。転びそうになった時はそっと私を受け止めてくれた。これらは無意識では無理だと思うが?」
確かに全て事実。そしてその全てを彼は意識して、自らの判断で行った。
そういう事をしているうちに、彼は恥ずかしさから俯き、頬を染めていた。
「どうだ?これでも、私に帰れと言うか?」
彼は、心の中で、頭を抱えて悩んだ。
確かに彼は彼女に惹かれている。一緒にいたいとも思う。
しかし、今まで恋人はいないし、恋なんてした事がなかった。だから彼自身が、自分のこの想いがわからなくて、恋ではないかもしれない。なのに嫁になんて出来ない、と考えているのだ。彼女にとって人生の分かれ道になるかもしれないこんなときに、恋「かもしれない」、なんて不安定な状態で「いいよ」なんて言えない。
彼は彼女を嫌ってではなく、自身を見つめなおし、彼女に対する気持ちを確かめるために、帰れと言っている。
だが今度それを言ってしまったらきっと、もう二度と会えないかもしれない。そんな恐怖も混じり、なかなか口を開く事が出来ない。
とうとう彼は立ち止まり、思考を巡らせた。
しかしどう考えても、恋や愛がわからない。
「レイジ、お前は、私と一緒にいたいのか?」
彼女は彼を悩ませるような問いを出した。しかしその問いが、一筋の光が差したような気持ちにした。
そうだ。答えは単純だった。
いたいのは「恋」、いたくないのは「違う」。ただそれだけの事だった。
「俺は・・・リアと一緒にいたい・・。これからも、ずっと」
「・・うん」
「好きだ、リア」
「私もだぞ、レイジ」
二人は自らの恋を確かめるかのように、唇と唇を合わせた。
子供のような、ただ合わせるだけのキス。でも彼は、彼女は、それだけで満足だった。
♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦
「やぁ!」
二人がそれぞれの気持ちを知り、共に歩む事になったあの日から、もう十年の年月が過ぎた。
「はぁ!とぉ!」
二人は共に同じギルドに入り、魔物の退治や、荷馬車の護衛、特定の物の採取などをし、金を稼ぎ、家を買った。場所はギルドのある町の外れだが、静かで、景色のいいところだ。二人で住むには少し広い、大き目の家だが、三人だとちょうどいいのかもしれない。
「お、ステラ。何だ、剣の練習か?」
「あ、お父様。うん、早くお父様とお母様と一緒に仕事に行きたいから」
「まだ先だろ?」
「でも、今しといても、困らないでしょ?」
「まぁ、そうだけど・・・・・ほどほどにな。やりすぎも体には毒だ」
「はい!」
レイジとリアが結婚したのは、あの後のすぐだ。
それから旅を続けて、この町に来て、ギルドに入ってから三年―――今からだと六年前―――リアの腹に彼らの子が宿った。それが剣、のつもりで木の棒、を振るっているこの少女、ステラだ。彼女は二人のバトルセンス、レイジの戦闘能力とリアの力、を受け継いだ。それでも二人には劣るが。
「あ、レイジ。お帰りなさい」
「ただいま、リア」
レイジは帰ってくるとリアの方へ行き、彼女は皿洗いを中断し、キスする。行ってきますのキスとお帰りなさいのキス、最近ではこれが日課になっている。
最近はリアはギルドにあまり行かない。やはりステラの事があるからだろう。彼女はまだ六歳で、身の回りの事を覚え始める歳だ。日中はレイジがギルドにいき、仕事を受け、リアはステラに家事や剣を教える。そして彼が帰ってくると、食事をし、終えてから彼が魔物について教える。これがこの一家の生活。大変そうだが、とても暖かい、いい家庭を築いた。
この家族が未来永劫、幸せであり続けますよう・・・
fin
12/02/17 11:52更新 / 理樹