読切小説
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彼女は遠い町で暮らす
 暗くて重い。

 ベッドで寝ているはずなのだけど、柔らかい布の感触はなく、水に浸っているみたいだ。
 お父さんとお母さんがそばにいてくれているんだろうけど、もう姿も見えないし、声も聞こえなくなった。
 彼もまだそばにいるだろうか。いるだろう。いてくれたらいいと思う。
 ひどい顔を見せてしまうのは少し嫌だけど、それでも、最後だし。

 短い夢を見てはまた意識を取り戻す。それを繰り返していた。
 ほとんどは、この村で過ごした思い出だった。けれど、だんだん見たことのない景色が混ざり始める。
 みんなが乗っている馬車から私だけが降りて、みんな私に何か言っているけど、雨と雷の音で聞こえない。私も口を動かしたけど、聞こえただろうか。馬車は行ってしまって、その場に座り込んだ。
 突然景色が変わって、私は暗い穴に飛びこんでいく。穴ではなかった。真っ黒な水だ。底はない、となぜかわかる。
 ゆっくりと沈んでいって、本当に最後だと思った。

 さようなら、ありがとう、もう苦しくありません。

 上にある光が小さくなって、最後だけど、その光に祈らずにはいられなかった。

 もし、また目が覚めたら、あなたに―










 ―光が消えない。

 あれから長い時間が経つ。目をつむっても開いても、細い針で開けた穴のような光がいつまでもそこに残っていて、じっと見ていると、例えば星がそう見えるように、次第に大きくなっていくような錯覚に陥ってしまう。
 こうしていると、都合のいいことを考えてしまいそうになる。もしかしたら、本当に光は大きくなっているのでは、とか―
 そう思った瞬間、ずっと落ち着いていた心が動きだし、激しく波打つ。
 もし光が大きくなっていたなら。あれを掴めたなら。
 それでどうなるかもわからないのに、私の体はもがきながら、そこへ行こうとしていた。
 体にまとわりつく黒い水が行くな行くな、と手足に絡んでくるけれど、しゃにむに暴れているうちに、諦めたように言うことをきいてくれるようになった。
 泳ぐ速度が増し、私を包むくらいに光が大きくなって、力いっぱいに手を伸ばす。
 もしあれを掴めたら、もしまた目が覚めたら―

 柔らかくて冷たい手に、私の伸ばした手が握られる。

 瞼が開き、まず最初に目に入ったのは、ぞっとするくらいに綺麗な女の人の笑顔。
 艶々とした唇が開いた。

「おっす」

 ……おっす?

◆ ◆ ◆

「はあーいい天気……」
「ずっと夜ですけど……」

 私がそう言うと、む、とグロリアさんが顔をこちらに向ける。けれど、上半身はいまだべったりとカフェの丸テーブルに伏せたままだ。

「まだイヴは魔物の感性に慣れてないみたいだなあ、いかんなあ」

 そう言って彼女が人差し指を立てると、テーブルの真ん中に置かれた魔界の花が一段と放つ光を強める。他のテーブルを囲んでいるみんなからわあ、と黄色い声があがり、道を歩く人達も通りがけにこちらをちらりと見る。

「綺麗でしょ」
「綺麗……」
「よろしい」

 そう言って笑うとグロリアさんはさっきよりさらに力を抜き、テーブルの上でぐてっと伸びる、セシルさんがお盆を片手にやって来て「町長、イヴのコーヒー置けないよー」と苦情を出すが、「上に置いて……」と言い出すくらいの脱力ぶりだ。

「しょうがないなあ……」

 惜しげもなく晒されているグロリアさんの白い背中の上にコーヒーとケーキを並べていくセシルさん。

「ほんとに置くし!」
「魔力でぴったりくっつけてるからだいじょーぶー」
「だいぶ斜めになってますけど……」

 横のテーブルに視線を移すと、セシルさんがそちらに行き、同じくケーキとコーヒーを並べていく。店の外の小さなテーブル二つしか空いていなかったので、三人と二人で分かれたのだけど、あっちの三人がいるテーブルではちゃんと水平に物が置かれている。グロリアさんが寝ていないから。

「あっちのテーブルがよかったなあ……」
「むう、つれないこと言うなあ」

 怒ったようにそう言い頬を膨らますグロリアさん。くらくらするくらいに気品の漂うその顔が、それだけの動きで可愛い、という印象に早変わりする。
 この町にやって来てからしばらく経ってようやくわかったことだが、グロリアさんはワイトの中では変わり者の部類らしい。私は社交界なんかには縁がないので、他のワイトと出会う事は全くと言っていいくらいない。なので彼女達とはこういうものか、と思っていたのだけど、みんなが言うにはこんなにくだけた性格のワイトはほとんどいないとのことだ。確かにパーティーでお城に集まる―なんとなくのイメージだ―貴族がこんな性格の人たちばかりでは威厳も何も無くなってしまうだろう。
 グロリアさんが頬を膨らましたままこちらを見た。

「今なんか失礼なこと考えてなかった?」
「グロリアさんはみんなのお姉さんみたいで接しやすいなって」
「そ、そう? へへへ……」

 機嫌を直してくれたようでほっとする。とはいえ、今の言葉は誤魔化すために言ったわけではなく、私の本心だ。こんなにだらけにだらけた姿を見せても町の人達に慕われているのは、ひとえに彼女の人柄の為せるわざだろう。
 それにいつも、まあ、ほとんどこうだけど、それでもいつもこうなわけでもない。魔物になったばかりで混乱する私のそばで、それこそ優しい姉のように背中を撫で落ち着かせてくれたのは、他ならぬグロリアさんだ。

◆ ◆ ◆

 私の手を掴んでいる女の人は、「はあ疲れた」と言って空いている片方の手をぷらぷらと振っている。歳は二十をいくつか過ぎたくらい。朧げな金、と言えばいいのだろうか、生命感の無い、けれどそのためにとても美しい色の長い髪を後ろで束ね、村ではまずお目にかかることのないような高級そうなドレスからは、どこまでも白い肌が覗いている。
 ぼんやりとしていた頭がしだいに動きだして、彼女の体で唯一汚れた部分に目が行く。綺麗な両手に土が付いてしまっている。
 辺りを見回すと掘り返されたような土の山の上に、鉄のシャベルが突き立てられていた。これで彼女が土を掘ったのだろうか。あまり肉体労働に向いた格好ではないように思うけど。

「……」

 急に、首を動かすことすらひどく億劫になり、私はその土の山をぼんやりと見続けていた。夜の闇に佇む塊はまるでお墓のようで、夜、お墓。

「……」

 ようやく自分のいる時と場所がわかった。今は夜で、ここは村の外れにある墓地だ。なぜ自分はこんな所にいるのだろうと記憶をたどる。私はさっきまでベッドの上にいて、それから黒い水の中にいて、光を追って。

「……」

 私は今は掘り起こされた棺の中に入っていて、さっきまで黒い水の中に、水の中に。

「……ぁ……」

 突然私の手が震えだしたことに気付いたのか、女の人の顔が気遣わしげなものに変わった。止めなきゃ、と思うものの、その気持ちに反するようにどんどん震えは大きくなってしまう。

「どうしたの? 喋れる?」
「……あ、……つ、め、あ……」
「落ち着いて、ゆっくりでいいから」
「……つ、め、た……!」

 きょとん、とした顔の女の人は、握っている自分の手を見て、「ああ」と言って苦笑いをする。

「ごめんね、ちょっと冷え性なの」

 そう言って離されそうになった手を、私は必死で掴んだ。ぶんぶんと首を振って何か言おうとするけれど、唇が凍りついてしまったように動かない。
せっかくあそこから戻ってこれたのに、黒い水はまだ私の体にまとわりついている。
それが本当に恐ろしくて、振り絞るように喉に力を込める。

「み、……ず……」
「水?」
「つめ、た……くろ……み、……ず……!」
「……」

 それを聞いた女の人は、空いている手を無造作にドレスの腰のあたりにごしごしと擦りつける。綺麗になった手で持ち替えるように私の手を握ってくれて、もう片方もさっきと同じように。
 濃い紫色のドレスがどんどん泥まみれになって、私の頭に残ったほんのひと欠片だけの冷静さが、それを見てああ、なんということを、なんて考える。

「大丈夫」

 元の純白を取り戻したその両手で、女の人は震えの止まらない私を抱き締めてくれた。背中を優しくさすりながら耳元で囁く。

「大丈夫……大丈夫よ……」
「あ……う……」
「その水はもう怖いものじゃないの、今はあなたの一部、手や足と一緒」
「……」
「冷たいのはきっとまだ慣れてないから、ゆっくり意識を向けてみて? きっと生きてた時よりも調子がいいくらいになるから」

 左腕でさきほどよりも強く、ぎゅっと抱き寄せられ、右手は私の瞼を下ろすように柔らかく当てられる。

「ひっ」
「大丈夫……もう暗くても怖くない……」
「あ、あ」
「夜はあなたの友達、周りの空気と、黒い水が混ざり合うのをイメージしてごらん?」
「……」

 優しい声に導かれて、自分の手足に絡みつく黒い水に集中する。水の一滴一滴が集まって、重力に従って体をなぞるように流れたり、かと思えば弾かれたようにバラバラになったり、動くきまりが掴めない。けれど、肌に走るその感触をあまり嫌なものだとは思わなくなってきて、心なしか、温度も暖かくなってきた気がする。

「ん……」

 私が集中するほど水の温度は上がり続けて、今では泡立つくらいになったけれど、不思議と熱くはなく、火傷をすることもなかった。液体だったそれが姿を変えて、空気に混じっていく。

「は、う、ふうう……」

 水がすべて蒸気になって、私の体を包んでいるのを感じる。手が離れた。

「目を開けてみて」

 言われた通りにゆっくりと瞼を開ける。辺りはさっきと変わらず暗闇に覆われているはずなのに、ずっと遠くまで見渡せる。近くの森が風でざわざわと揺れている、その葉のひとつひとつの動きまで。
 空を見上げると、いつもよりずっと多くの星々がそこにはあった。月も煌々と輝き、眩しく感じるくらいだ。

「……」

 思わず手をかざして、ああ、私は多分、人間じゃなくなってしまったんだということにやっと気付いた。だって、かざした自分の手がこんなにも赤い。

「……けひっ」

 咳き込むと、それまで喉につかえていたものがどこかに行った気がした。それを察したのか女の人が言う。

「自分の名前が言える?」
「イヴ」
「おはようイヴ。私はグロリア。不死者の町の町長よ」

 そう言って、彼女はにこりと笑った。

◆ ◆ ◆

「イヴ、あーんしてあーん」
「……あーん」

 チョコレートのケーキを小さく切り分けて、ぷるんとした唇に運ぶと、グロリアさんはくぅーと小さく喉を鳴らした。

「まったく動かないままかわいい女の子にケーキを食べさせてもらう、これぞ不死者の王。いやはやとんでもない権力を手に入れたものよ……」
「野心ないなあ」
「あーん」
「私が頼んだケーキなんだけどなあ……」

 そう言いつつもだんだん雛に餌をあげる親鳥のような気分になって、小分けにしたケーキを食べさせ続けていると、突然グロリアさんの体がピク、と微かに動き、勢いよく跳ね起きる。

「ケーキ! あぶない!」

 彼女の上に載せられていたものが落ちてしまうことを心配したが、どういうわけか、ケーキもコーヒーも体をすり抜けてテーブルの上に置かれていた。
 カフェが面しているやや細い道の向こうに、南北に走る大通りの景色が両端の建物に切り取られて長方形に覗く。そちらをじっと見ながらグロリアさんが言った。

「イヴ」
「え?」
「今、私にコーヒーが掛かっちゃう、とかより先にケーキの心配したでしょ」
「う」
「まったく……」

 じとっとこちらを見たけれど、彼女の視線はまたすぐに大通りの方に戻る。私も気になってそちらを見ていると、五秒、十秒が経ち、男の人が現れた。こちらに気付くと呆れた表情をしながら早足に向かって来る。
 グロリアさんの旦那さん兼、グロリアさんの秘書のルイスさんだ。グロリアさんの顔がぱっと明るくなって、ガタガタと席を立ち声を掛ける。

「ルイス、仕事終わったの?」

 それを聞いたルイスさんがテーブルの前に立って、呆れ顔を崩さないままに言う。

「その仕事に連れ戻しに来たんですが……」
「……」

 笑顔のまま凍りついたグロリアさんが、時間を巻き戻すようにまたガタガタと席に座った。私にコーヒーとケーキを持たせると、再びテーブルに体を預ける。

「今なんで座った?」

 真面目な性格らしく仕事中は敬語を使うルイスさんが、驚きのあまり普段の口調に戻っていた。明らかに自分が悪いのに、なぜか拗ねたような表情になっているグロリアさんが伏せたまま言い返す。

「仕事終わったら迎えに来て……」
「後は町長がいないと進まないものばかりですから、町長が来てくれないと終わりません。ほんっとにサボってばかりで……」

 小さな「っ」の辺りに苦労が滲み出ているな、と二人のやり取りを聞きながら思っていると、むくりと起きたグロリアさんが今まで静観していた三人のテーブルの方を向いて小首を傾げる。

「だって……ねー?」

 ゾンビのアンと、ゴーストのティナ、一度死んだとは思えないくらいに明るい二人が笑って「ねー」と首を傾げ、味方に回る。一拍遅れてスケルトンのリズが「ネー」と同じく首を傾げて、カタ、と小気味の良い音が鳴った。

「何がねーなんですか」
「お仕事めんどくさいからサボってもしょうがないよねー、の、ねー」
「その理由でよくしょうがないと思えましたね……ほら! 行くぞ!」
「横暴だー! 上の者を呼べ!」
「町長の言うとおりだー!」
「そーだそーだ!」
「ソーダソーダ」
「上の者ってグロリアさんなんじゃ……」

 他のお客さんの迷惑になってしまうのでは、と思うくらいに騒がしい二つのテーブルに、結局行くの行かないの、という困ったような声が掛けられる。セシルさんだ。私と同じくグールなのだけど、その特徴たる赤い手足は白いブラウスと黒の腰下エプロンで今はほとんど隠れている。

「町長のケーキ持ってきたんだけど」
「あ、じゃあみんなで分けよう」
「町長お仕事がんばって!」
「ガンバッテ」
「……あれー?」

 町民の裏切りにあい、訝しげな表情のままグロリアさんが引きずられていく。二人が角を曲がり見えなくなるまでそれを見送っていた私の服がくいと引っ張られた。

「イヴ、アーン」
「……あーん」

 リズの差し出したフォークには生クリームとスポンジと、親魔物国家から輸入したのだろうか、鮮やかな色のドライオレンジが乗せられていて、思わず口を開く。
 少しかわいそうだとも思うけど、私はグールなので食欲には勝てない。

◆ ◆ ◆

 ぴん、とおでこを指で弾かれて我に返った。

「あたっ」
「私の話、聞いてた?」
「ごめんなさい……」

 グロリアさんは気持ちを落ち着かせるようにまだ私を抱き締めてくれているのだけど、女の私でもドキドキしてしまうような綺麗な人に抱き締められている、それが原因でぽーっとしてしまっていたとはさすがに言えなかった。
 彼女はもう、と笑って再び説明のために口を開いてくれた。

「まあ、聞かなきゃいけないことはそんなに多くないわ。あなたは死んでしまって、グールという魔物になりました」
「……はい」
「だから、あなたや私みたいな魔物がたくさん住んでる町に引っ越したほうが暮らしやすいよ、って話」
「……」
「私が誘ってるのはあくまで移住で、その人の意思次第だから、無理にとは言わないけど……どうする?」
「……行き、ます」

 私の住んでいる村は大きな街道の外れに位置している。だから親魔物国家から商人さんがたまにやって来て、魔物は人間に害する者ではないと知っているのだけど、それを知らない人も当たり前に街道を使う。
 一度だけ何かの理由で村にやって来た、教団の人達の顔を思い出す。礼儀正しく、物腰の柔らかい人達ばかりだったけど、魔物を匿っていると知った時、その表情はどんな風に変わってしまうだろう。
 村に迷惑をかけてしまわないよう、その町に行く他ない、けれど。
 煮えきらない態度の私に何かを感じたのか、グロリアさんが私の顔を覗きこんで尋ねる。

「……もしかして、村に好きな人がいる、とか」

 鋭いその言葉に、もう止まっているはずの心臓が跳ねた気がした。
 ロバートの顔が鮮明に思い浮かぶ、茶色の柔らかな髪。他の部分は整っているのに目が少しくりくりとしていて、そのせいで格好いい、という印象にはあまりならない。けれど私にとっては素敵な顔だ。
 歳はひとつ上で、子供が少ないこの村で私達はいつも一緒だった。しっかりとした性格なのにずぼらな部分もあって、私が元気な時はそれでお説教もしたりした。
 ずっと、それこそ、私の最後の時までずっとそばにいてくれたのに、お互いに好きだと言えなかった。
 だけど、ずっと前から、読み書きもできない幼い時からわかっていたことだ。私は―

「その人がいないと嫌?」
「はい」
「……その人とずっと一緒にいたい?」
「はい……」

 たたっ、と太ももに水滴が落ちて、自分が涙を流している事に気付いた。なんとなく死人は涙を流さないものと思っていたから、少し驚いてしまう。
 グロリアさんが親指で頬を拭ってくれた。

「ごめんね、泣かせるつもりじゃなかったんだけど……」
「ごめんなさ……」

 私の涙が止まるまで頬に手を添えてくれていた彼女が、しんとした空気を払うように言った。

「……行きましょうか」
「……え?」
「彼のところ」

 そう言ってグロリアさんは立ち上がり、私の手を引っ張りあげる。バランスを崩しかけて足を一歩踏み出し、目覚めてから初めて棺の外に出た。

「で、でも」
「もちろんどうなるかなんて、わからない」
「……」
「この辺りに魔物はいないみたいだから、もしかしたら、得体の知れない化け物扱いされるかも、町についてきてくれないかも」
「……」
「それでも」
「会いたい」
「そっか」

 それじゃあおめかししないとね、と言って、グロリアさんが指をパチンと鳴らす。
 飾り気のない白いワンピースから土の汚れが取り除かれる。その代わりにきれいな花のようなデザインが、裾のあたりに控えめに、するすると描かれていく。

「うん、可愛い、似合ってる」
「……」

 グロリアさんのような綺麗な人にそう言ってもらえるのは嬉しい。けれど私は率直な褒め言葉を受け取り慣れていなくて、話を逸らすように尋ねた。

「私が引っ越す町は何て名前なんですか?」

 よくぞ聞いてくれました、というようにグロリアさんの声が弾む。

「フェアウェルタウンよ。町は『あなた達』を歓迎します」

 私はその名前を反芻する。フェアウェルタウン。告別の町。別れの町。

「どう、いい名前でしょ」
「……」
「あれ……」
「えっ、あっ、ごめんなさい」

 鈍い反応に予想外に落ち込んだグロリアさんにあわあわしながらも、私達は村への道を歩き出した。

◆ ◆ ◆

 みんなとはほぼ毎日会っているのに、お喋りの話題はなぜか尽きない。けれどそれぞれの旦那様が帰って来る時間になり、そろそろお開きということになった。

「じゃーねー」
「バイバイ」
「ほんじゃねー」
「またね」

 大通りに出て、アンとリズが北に、私とティナが南に別れる。大通りに沿って町の真ん中には色々なお店が立ち並び、そこから離れるにつれぽつりぽつりと住居が増えてくる。もう町とは言えないくらいに規模が大きくなっていると思うのだけど、グロリアさんはタウンという響きまで含めてこの町の名前を気に入っているらしい。これからどれだけ大きくなっても、ここはフェアウェルタウンと呼ばれるそうだ。
 「イヴ髪伸びたねえ」「もっと伸ばすの、セシルさんくらい」「ふうん」などと、他愛のないお喋りをしながら帰り道を歩いていると、段々と坂が増えてくる。大きな地図でここを見ると、南側には、円状に広がる町をせき止めるように標高の高い山々があって、私やティナが住んでいる場所はそのふもとに食い込んでいるからだ。
 私とティナはご近所さんだ。急な斜面にたくさんの家が建っていて、ジグザグに敷かれた石畳の坂を行ったり来たり、三回登ったあたりがティナの家。最後まで坂を登り切り、おまけに階段を登ると私の家に着く。
 その坂を登りながら「私の家ももっと上の方がよかったなあ」と言うティナのその言葉に聞き捨てならず、「えー」と言い返した。

「けっこう大変だよ? 買い物袋持ってる時とか途中で休んじゃう」
「でも眺めが綺麗じゃない?」
「うーん」

 そう言われて町の方を振り返る。話しているうちにちょうど分かれ道まで来ていたようだ。まっすぐ進むとティナの家へ、坂を登ると私の家へ。
 ここから見る町の景色はいつもきらきらと輝いていて―

「ここからでも十分綺麗だと思うけどなあ」
「えー?」

 ティナが横に立って同じ景色を見る。
 転落防止のために胸の高さまで積まれた赤レンガに手を置き、しばらく二人とも無言で町を見ていたけど、「綺麗だねえ」という私の言葉にティナも「そうだねえ」と頷いてくれた。
 魔物になってからしばらくの間、よく夜空を見上げていた。視力がうんと良くなったのかなんなのか、人間の時では見ることのできなかった遠い星も見ることができるようになって、空にはこんなに星があったのかと何度でも新鮮に驚くことができたからだ。
 ここから見下ろす町の景色は、まるでその星空を鏡に映したようだ。道では街灯と数多く植えられた魔灯花の白い光が混じり、並ぶ建物の窓からはオレンジの光がこぼれ落ちている。それぞれの灯りの中で、町の人達が、それぞれの暮らしを送っている。
 その光を見つめながらティナがぽつりと呟く。

「よかったね」
「ん?」

 ティナが笑いながらこちらを見る。目尻に溜まる涙が、道とレンガの縁に咲く魔灯花の光を反射してきらめいた。

「生き直せて」
「……」

 私の視線に気付いたのか、ティナが慌てたように涙を拭った。

「ご、ごめんね! なんか急に……」
「ううん……私も泣いちゃうことある」
「そっか……」

 ぐしぐしと涙を拭いたティナの顔が、いつもの抜けるような笑顔に戻った。

「じゃあまたね、イヴ」
「うん、またね、ティナ」

 別れた私達は、それぞれの家へと歩いて行く。私はもう一度振り返り、町を見渡してから、坂を登り始めた。
 急な坂でも、彼が待っていると思うとこんなにも足取りが軽い。

◆ ◆ ◆

 彼の家に近付くにつれ、少しずつ足取りが重くなっていく。今から十分も経たないうちに、私の運命は彼の返事によって大きく変わってしまう。
 会いたいけれど、不安で胸がいっぱいになっているけれど、村はあまりに小さい。
 とうとうたどり着いてしまった。
 グロリアさんが小さく囁くと、カタ、と鍵の開く音がして、迎え入れるように玄関の扉が開く。そっと背中を押してくれる彼女を振り返る私の顔は、きっと不安げなものなのだろう。

「グロリアさん」
「ん?」
「私、かわいいですか」
「とっても可愛い、ショートもいいけど、長い髪も似合うと思う」
「伸ばしてみようかな」
「うんうん」

 なんてことはない会話で、少し勇気が湧いてきた。グロリアさんは優しくて、綺麗で、時々かわいくて―

「お姉ちゃんみたい」
「お姉ちゃん?」
「私、ひとりっ子だから憧れてたんです」
「そうなんだ」

 クスリと笑ったグロリアさんは、なぜか一歩後ろに下がり、私の背中に回って、両肩を持つ。その手にだんだん力が込められている気がする。

「お姉ちゃんが保証してあげる」
「へ?」
「あなたは絶対幸せになれる。だからドーンと行ってきなさい!」
「うわわ!」

 文字通りドンと背中を押され、一歩、二歩とよろけて家の中に入ってしまう。後ろでパタンと扉が閉まった。

「……おじゃまします」

 ロバートはもう寝ているのだろう。家の中は暗く、生きていた時の目ではこうして見渡すのは難しかっただろうと思うくらいだ。
 彼のお父さんは腕の立つ修理工だ。今はその技術を買われて、奥さんと一緒にここから離れた大きな街に住み、そこの技術学校で後進の育成に当たっている。
 一人この村に残ったロバートにもその血が濃く受け継がれたのか、彼もとても手先が器用だ。畑仕事の傍ら、村のみんなから色々な器具の修理をよく頼まれていて、そのせいで家には雑多に道具が置かれ、私が片付けようとすると場所が分からなくなる、と不満げに言ったりしていた。

「……」

 けれど、久しぶりに入る彼の家は記憶と違って、整然と片付いていた。ごちゃごちゃとしていたテーブルや棚の上には物が一つもない。台所にも水気はなく、乾ききっていて、これでは片付いているというより、生活の跡が―
 そんなことを考えてきょろきょろと動いていた私の視線が、一点に縛られる。物音を不審に思ったのだろう、寝室に続く右側の扉がゆっくりと開き、ランプの光が覗く。
 ロバートだ。

「ロバート……」

 声に気付いたロバートがこちらを見る。手足が真っ赤なこんな姿になってしまったけど、私だと気付いてくれるだろうか。
 私だと気付いてくれたとして、ロバートは私が戻ってきたことを喜んでくれるだろうか。気持ち悪いと思われない? そもそも気持ちは通じていると思っていたけど、彼は本当に私のことが好き? ただの勘違いだったらどうしよう。
 ぐるぐると考える私の姿を見て、審判を下すように、彼の口がゆっくりと開き―

「げ」
「は!?」

 思わぬ反応にそれまでの不安も忘れ、幼なじみが戻ってきたのに、げ、とはなんだ、と掴みかかろうとしたが、次の言葉でそんな気持ちはどこかに行ってしまった。

「とうとう気が狂ったか……」
「……」

 ふらふらと覚束ない足取りでテーブルにランプを置き、椅子を引き、腰掛けるロバート。グロリアさんから聞いた今日の日付を考えると、私がいなくなってから数日しか経っていない。なのに、少し頬がこけたように見える。
 彼はテーブルに肘をつき、両手で顔を覆って、その手が髪をかきあげる、手が動いたのではなく、そこからずり落ちるように深く俯いたからだ。

「幻なんか見ても苦しいだけだよなあ」
「ロバー……」

 ロバートが首を捻って、困ったようにこちらに笑いかける。

「なあ、イヴ」
「……!」

 いつもの調子で私の名を呼ぶロバートを、気づけば後ろから強く抱き締めていた。
 彼の体があり得ない、と思っていたものに触れて大きく震える。

「ロバート……ロバート……」
「触れるタイプの幻か……」
「違うよ!」
「うわっ!」
「幻じゃないよ……戻ってきたよ……」
「……」

 恐る恐る確かめるように、彼が私の腕に触れて、私の腕に水滴が当たる。いつも事あるごとに泣くのは私で、ロバートは私を慰める役だったのに、彼も私もずいぶん泣き虫になってしまったみたいだ。


「おまえ、冷たいぞ」
「ごめんね、ちょっと冷え性になっちゃった」
「そうか……」

 体を回した彼が、背もたれごしに私の体を強く抱き締める。座っているロバートと立っている私との差で、彼の頭を胸に抱くような形になる。

「冷たくても、腕が、赤くても、なんでもいいから」
「うん」
「もう、どこにもいく、なよ」
「うん…」

 それを境に私達は意味のある言葉が言えなくなったしまった。流れる涙もそのままに、お互いの名前を呼ぶだけの時間が続く。

「イヴ……よかった……本当に……」
「ロバート……いなくなって、ごめ、ごめんね……!」

 彼の体の暖かさを感じて、ああ、私は帰ってきたんだ、と思った。





 しばらくお互いにわんわん泣いて、ようやく一息ついた私は体を起こし、ロバートの両肩を持ちながら言った。

「……ね、ロバート、私言わなきゃいけないことがあるの」

 私より少し遅れて嗚咽がおさまった彼が、ぐず、と鼻を鳴らしながら言う。

「……うん」
「私ね……」
「うん」
「……」
「……」
「……足も赤くて……」
「……あ、へえ……」

 彼が座ったまま覗きこむように体を傾げた。

「ほんとだ」
「うん」
「……」
「……」

 それきり黙っていると、え! とロバートが目を見開く。

「終わり?」
「あ、ううん、今のはついでっていうか……」

 ここまで来て話を逸らしてしまう自分が情けなくなり、ぴしゃぴしゃと頬を叩いていると、子供の時からずっと見てきた表情に彼の顔が変わる。
 ロバートの笑顔をひさしぶりに見た。

「びっくりするくらい変わらないなお前」
「あはは……」

 その笑顔を見て、魔物になってしまった私をこんなにすんなりと受け入れてくれる彼に、安心感と、ああ、やっぱりあなたの事が好き、という気持ちを抱く。
 勇気を出してもう一度彼の肩にそっと手を置く。

「私ね、こんな体になっちゃったから、魔物の町に引っ越ししないといけないの」
「魔物の……」
「それで……」
「……」
「それで、ね……」

 ぎゅっと目をつむり、意を決して口を開く私を、しかしロバートの言葉が遮った。

「連れてってくれ」
「……え?」
「俺もそこに行きたい、お前と離れたくない」
「……」

 ロバートは私の顔を真っ直ぐに見上げている。こんなに近くで彼の顔を見るのは、よく考えると初めてかもしれない。私の腕を握った彼の手に、く、と力が入る。

「……生きてるうちに言えなかったのをほんとに、何度も後悔してた」
「……」
「お前が好きだ、イヴ」
「……!」

 その言葉を聞いた瞬間、生まれ変わった私の体が抗い難い衝動に襲われた。

「そこって死なないと行けないのか? さすがに怖いけど、まあでもしょうがない……おい?」
「……ふぅ、んっ……」

 様子のおかしい私の事を気遣う彼の言葉に、応えられるような余裕はもうなかった。
 お腹の下の方から熱い何かがこみあげて、私の体を巡る。頭がくらくらして、ロバートの事しか考えられなくなってしまう。
 私と離れたくないんだって、私のことが好きなんだって、言ってくれた。私と一緒にいるためなら死んでもいいんだって。
 私もおんなじ、大好きだよ、ああ、なんて愛しくて、

 おいしそう。

◆ ◆ ◆

 玄関は開いていた。廊下を通り、もうひとつ扉を開けると、ダイニングテーブルの椅子にぐたっと座ったロバートの後ろ姿が目に入る。彼が私の足音に気付いて振り返った。

「おお、おかえり、ただい……んむぅっ」
「んっ、むぅ、ちゅぅっ……」

 鞄を床に置いて、彼の頬を両の手のひらで包み口づけをする。途端に蕩けてしまうようなおいしさと気持ちよさが触れているところから伝わってきて、体に染み渡っていく。ロバートも始めは目を白黒させていたけど、そのうちに自分から舌を差し出して、前よりも少しだけ長くなった私の髪を梳くように撫でてくれた。
 長くなったと言えば、私の舌も生きていた時よりずっと長くなった。にゅるにゅると彼の舌に巻きつけてしごくように動かすこともできるくらいで、そうしてあげるとロバートはとても気持ちよさそうな顔を見せてくれる。
 私と彼が立てるぴちゃぴちゃという水音を聞きながら、足りなかったものが埋まっていく感覚にしばらく浸る。ケーキもコーヒーもおいしいけれど、ロバートの味にはとても敵わない。

「……ぷはっ! お、まえ、いきなり」
「ただいま、おかえり」
「……うん」

 何か言おうとしていたみたいだけど、私の目に何かを感じ取って、言っても無駄だと思ったのだろうか、ロバートがそれを引っ込める。
 以前アンに言われたことなのだけど、私はロバートと接する時と他の人と接する時とで少し性格が変わるらしい。なんでも、彼に対してだけ少しわがままになっている、とのことだ。
 確かに、グロリアさん達には振り回されてしまうことのほうが多いけど、ロバートと私の関係に限っては、私が彼を振り回すのが常のような気がする。私と彼は村にいた時からそんな感じだったのだけど、魔物になってからは他の人にわかるくらいにその色が濃くなっているのかも、とも思う。
 彼といるとどうしても疼いてしまう魔物の体も、その関係づくりに一役買っているのかもしれない。始めはいやらしくなってしまった私に戸惑うことも多かったみたいだけど、それでも彼はいつも私の体を慰めてくれた。慣れない場所で疲れることもあるはずなのに、文句の一つも言わないで。
 自分のせいなのだけど、それでも最初は少し心配になるくらい大変そうだったので、彼がインキュバスになってよかったと思う。思う存分愛しあうことも、できるし。
 そんなこともあって、彼がどんな自分でも受け入れてくれるとわかっているから、甘えてしまうところがあるのかもしれない。
 ごめんね、と思いながら、それでもお腹の下のあたりがどうしようもなくうずうずして、いつもの言葉を言ってしまう。

「ね、えっちしよっか、明日はお休みだから、いっぱいできるね?」
「いやー君、こんな時間から……」
「えー?」

 私から目を逸らす彼にそう言って、手をズボンの膨らみまで滑らせる。少し硬くなっているそれを形を確かめるように握ってあげると、彼の体がぴくんと震えた。その小さな震えが無性に嬉しくて、思わず顔が綻んでしまう。彼の耳元に唇を寄せてこしょこしょと囁いた。

「もう、ちょっとおっきいよ? もっとおっきくしてあげよっか」
「いや、これは」
「ながぁいベロで耳をぺろぺろ舐めてぇ、お手てでおちんちんシコシコしてあげる。好きだよね? 耳舐められるの」
「……」

 時々耳たぶをぺろ、と舐めながらそう言うと、ロバートは椅子を引いて、体をテーブルの下から出してくれた。彼の心が快楽に折れて、欲望を私に向けてくれる喜びにはいつまで経っても慣れない。飛び跳ねたいくらいの気持ちを抑えて、彼のズボンに親指を掛ける。

「いっぱい気持よくしてあげるね。お耳も、おちんちんも、ぐちゅぐちゅにしてあげる」
「お手柔らかに……」

 そう言って彼が腰を浮かせてくれたのに合わせて、下着ごとズボンを引き下ろす。バネ仕掛けのように硬くなったアソコが跳ね上がった。男の人のモノが大きくなっていくさまはいつ見ても不思議だ。

「ひゃっ跳ねた」
「……」
「跳ねたよ」
「言わなくていいから……」
「ふふふ」

 やんわりと左手をあてがい、小指から順に、さっきよりも大きくなったアソコを握る。ロバートの口から「っ」と小さな声が漏れて、もしかしたら冷たかったかなと心配したけれど、紅潮していく顔を見るとどうやらそういうわけでもなさそうだ。私の視線に気付いたのか彼はぷいと顔を背けて、でも、その目に期待の色が浮かんでいるのを確かに見た。
 私に気持ちよくして欲しいんだ? と、ぞくぞくするような興奮に体が震えてしまって、だけど、それを言うのは少しいじわるすぎる気がしたのでやめておいた。
 その代わり、その期待に応えてあげるね、という意味を込めて、唇で彼の左耳を挟む。

「はむっ」
「おわっ」
「んぅ……ちゅっ、ちゅぷ……」
「……くっ、はっ……」

 口に入れた耳の外側の部分をなぞるように舌で転がすと、つぷ、と彼のアソコから透明の液体が出てきて、人差し指でそれをこねこねといじる。グールの唾液には男の人の快感を高める成分が含まれているそうで、これだけでも相当気持ちよくなってくれているみたいだ。その気になればキスだけでイカせてあげることもできるのだけど、「なんだか情けなくなるからやめて」と言われてからはしていない。
 もう先っぽをまんべんなく濡らすくらいにお汁が出ているけど、まだ擦ってあげずに時折く、く、と軽く手に力を込めるだけにとどめておく。
 しばらくそうして軽い愛撫を続け、指が先走りでぬとつくくらいになってから、少し名残惜しいけれど、一旦手と口を彼から離した。
 怪訝そうな、少し残念そうな顔でロバートがこちらを見る。彼から見る私の笑顔は、きっと魔物そのもの、といった感じなのだろう。

「……?」
「べー」

 からかうように舌を見せ、口元に持ってきた左手に伸ばす。

「……! お前……」
「れろぉっ、れろんっ、ちゅぱっ、ちゅ、ふぅ、んっ、……おいひ、ちゅぅっ……」

 指にわずかについた薄い精を舐めただけで、ショーツの意味がなくなってしまうくらいにアソコが濡れていくのがわかる。
 太ももに垂れてきてぞくりとするけれど、今はその感覚を押しやって、彼に見せつけるように左手をしゃぶっていく。
 親指から小指から、手のひらまで、彼の目を見ながら念入りに舐めて、ついでに指の股にまで舌を這わせる。何をされるかわかったのだろう、少し怯えた顔の彼に唾液でぬらぬらになった手のひらを見せてあげた。
 安心させてあげるように、まあできないかもしれないけど、彼の頬にちゅっと軽くキスをして、再び囁く。

「いくね」
「ちょっと」
「ぐちゅっ」

「ちょっと待った」と言いたかったのだろうけれど、すぼめた舌を耳に入れられたロバートには喋る余裕もなさそうなので、続きは聞けない。聞いたら待つか、と言われたら待たないのだけど。

「じゅ、じゅぱっ、ずちゅぐっちゅ、くぷっ」
「は、あ……っ!」

 あん、と大きく開けた口に耳をできるだけ入れ、わざと水音を響かせるように舌を大きく動かす。
 痙攣するみたいに大きく震えた彼の体を右腕で抱きすくめて、暖かい液体でぬるぬるになった左手で彼のアソコを握る。硬くて熱くて、先走りと私の唾液で滑りのよくなったそれをゆっくりと擦ってあげた。

「ちゅ、くちゅ……んぅ、じゅっ、じゅうっ」

 私の手の中をぬるりと押しやって進んでくる彼のモノの感触にドキドキしてしまう。舌を動かすのも忘れずに、いつもより少し強めに握った手を上下に動かす。今日はなんだか、我を忘れてしまうくらい彼に気持ちよくなってほしい気分だった。
 彼が言うには「どこを舐められてもアソコを舐められてるみたいに感じる」そうで、耳とアソコを同時にされるとそれはもう気持ちいいのだろう、私の願いどおり、ロバートの顔がどんどんだらしなく、可愛くなっていく。
 私で気持ちよくなってくれている、というそのはっきりとした証拠にどうしようもなく昂って、気付くと私の体は、彼を使ってひとりでするみたいに、胸を擦りつけるように勝手に動いていた。

「んぅ……ちゃぷっ、んっ……んっ、くちゅ、ぺちゃっ」
「く、うっ……」

 お互いに少しずつ高まっていき、ロバートのアソコが今までと違う脈打ちかたをした。精液の、私の一番のごちそうが出る前兆を感じて期待で胸が一杯になり、思わず口を離す。

「ねっ、きもち、いい? 精液でちゃう?」
「……っ」
「きもち、いいよね、えっちになった幼なじみにえっちなことされるの、好きなんだもんねっ?」
「な……!」

 荒い息で小刻みになった言葉だけれど、ちゃんと伝わったようだ。何か言いたそうな目をして、それでも快感のせいなのか喋ることのできない彼の頬に何度もキスをした。

「いい、よっ、私えっちだから、精液、だして、いっぱい飲ませてっ!」

 手の筒をきゅうと狭くして細かく擦ると、彼の体がびくりと動き、一瞬止まる。
 それを合図にして、座っている彼の足の間に跪いて、口いっぱいにアソコを頬張った。

「で、るっ……!」
「んっ!……んぐ、ごく、んっ、んっ……ん……」

 待ちわびた精を受け入れるように、喉は意識しなくても勝手に動き、とろとろとした液体を飲み下していく。ロバートに抱きつくように手を回すと、自然に頭が彼の体に近づき、喉奥のあたりにまで来たアソコが時折脈打つのが気持ちいい。
 もう数え切れないくらい口で彼の精液を飲んでいるけれど、まるで飽きることがない。味も、受け入れる度に体に走る快感も、回数を重ねるごとに僅かずつ増していっているみたいだ。
 つまり、どういうことかというと、

「んく……ぱぁっ、ふあ、あっ、んっ、ふぅぅ……!」

 今では、こくこくと精液が喉を通る感触だけで背筋がのけぞって、その後体の力が抜けてしまう。

「……」
「……ん……」

 くたりと床に仰向けになり、言うことをきかない体をなだめるように深く息を吐いた。もう呼吸をしなくても生きていけるのだけど、生きていた時の名残で自然にそうしてしまう。横向きになっていた顔を起こすと、射精の快感から戻ってきたロバートと視線が合う。
 しばらく黙って見つめあっていたけれど、目を逸らして、膝を立てて、震える手でするするとワンピースをたくしあげた。彼が椅子から立ってこちらに近付いて来て、二人とも喋らないまま、でもそういうことをするためにどちらも動いているのがなんだかいやらしい。
 覆いかぶさるように私の脇の下に手をついたロバートを見上げて言った。

「ご、ごめんね、ベッド行くの、むり」
「いや、俺も、無理……」
「あ、は、よかった……」
「……」

 お腹のあたりにまで捲りあがっていた服の裾をロバートが持って、それに合わせて両手を上げた。少しずつ持ち上がっていく服が胸の当たりで引っかかり、頂点を越えると見せつけるように大きく揺れて少し恥ずかしい。服を脱ぎ、ブラをずらすと、赤い胸が外に出て、彼に見られただけで先が少しずつ硬くなっていく。
 彼の手がそこに伸びて、敏感な部分を転がすように触られる。自分でしてもなんともないのに、彼のゴツゴツした手だとどこに触れられてもよじるように体が動く。

「んっ、おっぱい、きもち……んむっ」

 右手で優しく胸を触りながら、彼がキスをしてくれた。いつもする前にキスをするのは、しながらだとお互いに長くもたないからで、しょうがないといえばしょうがないのだけれど時々物足りない気分になったりもする。
 けれどそんな不満も、再び大きくなった彼のアソコが太ももに擦れた感触でどこかに行ってしまった。
 彼のモノが近づいて、入ってくる瞬間は、いまだに少し緊張してしまう。怖いのではなく、気持ちよすぎて、入っただけでどうにかなってしまいそうだから。唇を離したロバートの目を見て、こくりと頷いた。

「いい、よ、いれ、て、あ、は、あああっ!」

 はいって、きた。ショーツをずらして、どろどろになったアソコを掻きわけて、ロバートを受け入れるためだけにある場所が、役目を果たせることを喜ぶようにひくひくと震える。敏感なひだのひとつひとつから気を失ってしまうくらいの快感が伝わってきて、呼吸がうまくできなくなってしまう。

「あ、や! あああっ、ぐりぐり、だめ、だめぇっ!」

 アソコがゆっくりと擦れるたびに自然と大きな声が漏れる。さっきまでは少し責めるみたいにしていたけれど、彼が中に入ってくると私は感じすぎてしまって、なにもできなくなる。ただ彼の体にしがみついて恥ずかしい声を漏らすことしかできない。
 お互いに指を絡ませあうと、なじませるようにゆっくりと動いていたモノがだんだん早く、強くなっていって、肌がぶつかるパン、という音が聞えるくらいに大きくなった。
 彼以外の誰かの声が聞こえる、と、とろとろになった頭で思ったけれど、それは快楽を夢中で味わう自分の声だった。いつもこんなことを思っている気がする。

「ひ、あああっ、きも、ち、きもちいいっ! すき、ろばーと、すきぃっ!」
「俺も、好き、だっ」

 その言葉を聞いただけで、にへ、と自分の頬が緩んでしまうのがわかる。きっと今私は、涙と涎でぐちゃぐちゃで、恥ずかしい顔をしているのだろう。でも、ロバートにならそんな顔も、恥ずかしいところもぜんぶ見せられる。
 けだものみたいな自分の喘ぎ声を聞きながら、頭のどこかでぼんやりと考えていた。この町でずっとロバートと暮らして、これからもたくさんえっちして、その先のこと。
 いつも当たり前に中に出してもらっているけれど、言っていない言葉があった。ひきつったようにうまく動かない喉をなんとか動かす。

「……し、て」

 彼が耳を近づけてくれて、その耳にどうにか囁いた。

「せーえきっ、なか、らして、わたし、ろばーとのあかちゃ、ほし……」
「……!」
「なか……ろばーと、あかちゃ、んっ! んんー!」

 自然にぽろぽろと溢れる言葉を受け止めるように、彼が私に口付けをする。ゆっくりとするための動きじゃなく、すぐそこの頂点に駆け上がるような動きになって、奥がごつごつと叩かれて、骨まで蕩けていくような感覚に襲われる。
 中に出してくれる、二人の赤ちゃんを作るために。その嬉しさだけが心の中にあって、すき、すき、と思いながら彼の手を思いっきり握った。

「んむっ! はっ、んっ、んむぅ、ちゅ、ん! ん!んんー!……んぅ……ん……」

 びゅく、びゅく、と中で熱いどろどろの塊が迸り、気持ちのいいところをすべて撫でていく。口と、アソコ、両方から押し寄せる快感と愛しい彼の味に、私の意識は高く高く飛ばされてしまった。

◆ ◆ ◆

「ロバート、いいの?」

 三人で村の入り口に立っている。初めて彼とそういうことをした直後で、話すのが少し気恥ずかしいけれど、今はそんなことを言っている場合でもない。確かめるようにロバートにそう問いかけた。彼は笑って首を振る。

「いいさ、心配なのは誰が修理屋をやるかってことくらいだけど、まあ、丸々道具を置いていくんだから必要に駆られた奴がやるだろ」
「……」

 彼は恐らく突然失踪した青年、というような扱いを受けてしまうだろう。村で騒ぎが起きてしまうだろうことを申し訳なく思う。けれど、ロバートと離れることはもう私には考えられない。
 ロバートに告白されてから起こった事は、正直に言うとよく覚えていない。身を焦がすような足りない、という気持ちに襲われ、気がつくと彼を押し倒していた。
 あまりに遅いと思ったのか、様子を見にきたグロリアさんが止めてくれなければ今でも彼の精を絞っていたことだろう。
 なんでも、目覚めたばかりの魔物はみんなそうなってしまうらしいのだけど、グールが感じるその飢餓感のようなものは一際強烈なのだそうだ。
 憔悴した顔でそれでも笑うロバートに少しの後ろめたさと、体に収まらないくらいの愛しさを覚え、支えるようにすぐ隣に立つ。そっと背中に手を当てると、こちらを見て彼が「お前こそ」と言った。

「いいのか?」
「……うん」

 寝顔を見るくらい、という意味なのだろうけど、きっと別れが辛くなってしまう。その言葉を聞いたグロリアさんが考え込むように俯き、すぐに顔を上げて私に尋ねる。

「ご両親は、嘘が上手?」
「……」

 一瞬戸惑ったけれど、質問の意味を理解して無言で首を振る。グロリアさんの顔がわずかに曇った。そういった事とはまるで無縁の、素朴な生活を送ってきた人達だ。万が一、何かの理由で教団の人がこの村にやって来た時、動揺から良くない事態を招いてしまうことだってあるだろう。
 本当に低い確率だとは思うけど、それを考えると会う気にはなれなかった。

「そう、ごめんね……」
「ううん、いいんです。ありがとうございます」

 自分の事のように落ち込んでくれるグロリアさんと私の間に、線のようなものが上から落ちてきた。
 下を向くと地面に濡れた点があり、ぽつ、ぽつ、とそれが増えていく。
 私の顔にも水滴が当たって、空を見上げると、遠くの方に大きな雨雲があった。これから本降りになるのだろうか。

「……そろそろ行きましょうか」

 グロリアさんがそう言うと、どう表現すればいいのか、誰かが空白のページに書き込んだように、何もない空間から突然馬車が現れた。村にやって来る粗雑な造りの乗合馬車と違い、外にはきらびやかな装飾が施され、嵌め殺しのガラス窓―大きな街の教会以外でガラスを見るのはこれが初めてだった―から覗く内装も、赤を基調にした絨毯が敷かれた過ごしやすそうなものだ。

「御者はいないけど、ちゃんと走るから安心してね」

 そう言ったグロリアさんに先に乗るように促され、より近くにいたロバートが乗り込む。

「……」

 段々と雨脚が強くなり、私も馬車に乗ろうとしたけれど、あ、と思い、立ち止まった。雨と、馬車。
 妙な符号の一致に足が竦んでしまって、夢に見た光景をありありと思い出していた。
 みんなが乗っている馬車から私だけが降りて、みんなが私に何か言っているけれど―

「イヴ」

 私の名前を呼ぶロバートの声にはっとする。見ると、彼は馬車の中から私に手を差し出してくれていた。

「……? ほら、手」
「……うん」

 私はその手をしっかりと掴み、馬車に乗り込んだ。

◆ ◆ ◆

 眠ってしまっていたようだ。寝ぼけていたせいもあって、起きると景色が変わっていたことに混乱したけれど、すぐに寝室のベッドの上だとわかった。ロバートが運んでくれたのだろう。
 体を起こすと、そのロバートが両手にカップを持って部屋に入ってきた。足で扉をゆっくり開けて、少しお行儀が悪い。
 中身が溢れないように手元に注意を払っていた彼が、起きている私に気付く。

「おはよう」
「大好き」
「なんだよ起き抜けに……」
「だぁって」
「だって?」
「……ううん、なんでもない」
「ふうん?」

 まあいいや、と言ってロバートは再び手元に目をやり、右手に持ったカップを軽く上げる。

「コーヒー淹れたけど、飲むか?」
「コーヒー……」
「そうか、田舎者だからコーヒーは初めて見るか……」
「同じ村の出だよっ」

 彼の淹れてくれたコーヒーはお店に負けないくらいおいしくて、熱が引くにつれて柑橘のような、咲いたばかりの花のような匂いが濃く香るようになる。
 私がやってもこうはいかないので、淹れてくれたのはとても嬉しい、のだけど。

「嬉しいけど、カフェでいっぱい飲んじゃってお腹たぷたぷなんだよね……」
「げ」

 じゃあ俺が二杯飲むか、とカップを傾けた彼を慌てて止める。

「だめだめ、後で温め直して飲むから置いといて」
「いやー、温め直すと味がなあ、俺だけ美味いのを飲むのも」

 その言葉にぴんと思いついて、掛け布団をめくりぽふぽふと叩く。

「じゃあ一緒に寝よう? 後で一緒においしくないの飲もうよ」
「なんでそうなった?」
「だめ?」
「別にいいけど……」

 サイドテーブルにカップを置き、「ほんとに美味しくないぞ?」と言いながらベッドに入るロバート。私はその言葉に反応せず、まくっていた掛け布団を元に戻す。あなたと一緒なら冷めたコーヒーでもおいしい、とはさすがに恥ずかしくて言えなかった。
 ロバートの腕にぎゅうと抱きついて、今から言う言葉ももしかしたら同じくらい恥ずかしいのかもしれないけど、これは言わずにはいられない。

「ロバート」
「うん?」
「大好き」
「俺も好きだよ」
「へー」
「へーっつったかお前」
「ふふふ」

 ベッドの中にこもった彼の匂いをいっぱいに吸い込んで目をつむる。立ち昇るコーヒーの香りと彼の匂いに意識を向けているうちに、薄れていた眠気が次第に強くなっていった。

◆ ◆ ◆

 カク、と視界が揺れ、自分が眠っていたことに気付いた。向かいに座るグロリアさんが「眠っててもいいわよ」と言う。

「魔法で距離を縮めながらだけど、それでも時間かかるから」
「はい……」

 ロバートが「肩使えよ」と言ってくれて、お礼を言ったけれど、私はぼんやりと窓の外を見続けていた。始めのうちは見知った景色が流れていた。夜が明けて、今では目に映るのは馴染みのないものばかりだ。ガラス窓に水滴が張り付き流れ、森の近くを通っているのか、外の緑色が滲む。
 ふと前に視線を戻すと、私の事を見ていたのかグロリアさんと目が合った。そのうちね、と唇が開く。

「え?」
「そう遠くないそのうち、よ。魔物と人間が、どんな場所でも仲良く暮らせる時が来る」
「……」

 彼女が柔らかく微笑んだ。

「その時になったら、この馬車でお父様とお母様に会いに行きましょう」
「……はい」

 隣に座るロバートと少し距離を詰め、頭を彼の肩に預ける。

「肩貸してね」
「ああ」

 目をつむると、冗談めかしたような、けれど不安げな彼の声が聞こえた。

「……今度は起きてくれよ」
「……」

 彼の肩にぐりぐりとこすりつけるように頭を動かす。

「ぜったい起きる」
「そうか」
「うん」

 かたかたと揺れる馬車のリズムに誘われて眠りに落ちていく。遠く離れていく故郷に思う。

 さようなら、ありがとう、もう苦しくありません。
 私は遠い町で幸せに暮らします。またいつか、きっと会いましょう。

 目が覚めたら、隣にいるあなたに好きだ、愛していると何度だって言おう。
14/01/28 06:25更新 / コモン

■作者メッセージ
三人称の作品に行き詰まり、気分転換に一人称の話を書き始めたら一人称も難しく、しかしこちらの方が先に完成してしまった、という作品。
なかなかエロにたどりつかなくて申し訳ありません。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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