連載小説
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〜イージーモード〜
 親の仕事の都合で引っ越しなんて、漫画やラノベの中だけだと思っていた。まさかオレがこんなイベントを引き当て、海を渡ってM県のE市とか言うド田舎に来ることになるなんて思いもしなかった。
 E市は県内随一の都会なだけあって、それなりに発展している。近隣の県にある市町村を含めても人口は最多で、日本最古の温泉や四〇〇年前から現在までその形を残す城もある歴史の深い土地。少し街を外れればそこには圧倒されるような自然と絶景が広がっている。
 そんな新天地でオレがスローライフを満喫する……わけもなかった。何だこの退屈な土地。遊ぶところなんてゲーセンかカラオケくらいしかないし、漫画は発売日に発売されない。新しいゲームはどこへ行っても入荷待ち。他県に行こうとしても新幹線すら通っていない。都心と田舎とでこんなにも差があるなんて思いもしなかった。そしてオレは今その田舎にいるのだと絶望するのだ。
 それでも希望はある日突然現れた。大規模な最新ゲームの発表会、『ザ・ゲームショウ』がE市で開催されるという情報を得たのだ。自分でもゲンキンだとは思うが、このE市も捨てた物じゃないと思えてきた。引っ越す前に散々“M県? 島流しだねー。あれ、島だっけ?”なんて煽っていた友人が毎日のようにSNSで僻んでくるのをが面白い。ざまあみろと言ってやりたい。

 ザ・ゲームショウ当日、会場の前は大渋滞。想定以上の集客にスタッフが慌ただしく走り回る。大変そうだなと思いながら悠々と入場。親父と朝五時に並んだかいがあったというものだ。もっとも一番の幸運は会場が家から歩いて五分という所にある。
 親父とは早々に離れ、気になるブースを物色。レトロゲームのリメイクやゲームアプリに実装される新キャラの発表。会場限定グッズの物販。まぁなかなか楽しめた。でもいかんせん都会でやっていたものより会場が狭いため、昼を回る頃にはだいたいのブースを見終わって手持ち無沙汰になってしまった。
 一回飯を食いに帰るか。そう思った矢先、きょろきょろと辺りを見回す……シスター? を見つけた。シスターの服って清楚に見えるものではなかったか、やけにその、胸とかお尻とか体のラインが出ていて目に留まる。まぁ、コスプレはこんなもんか? 鼻は高く、緑が勝った銀色の髪に桃色の瞳。あのレイヤー、いやコンパニオンか? もしかしたら有名なモデルなのかもしれないが、もしそうなら――いやそうでなくとも誰も気にしてないのが不自然だ。立ち尽くして見ていると、流石に気付かれたらしく、ひょいと手招きをされた。念のため辺りを見回して、オレの事を呼んでいるとを確認してから近づく。道にでも迷ったのだろうか。
「あの、すいません。突然」
 とてもきれいな音。透き通った声というのはこういうのを言うのだろう。よく聞くとぎこちない発音の日本語だが、それさえもチャームポイントに思えてくる。
「いえ、どうかしました?」
「あの、VRゲームに興味ありませんか?」
 おずおずと看板を胸の前に掲げるシスター。恥じらいが見えるあたり新米のコンパニオン、あるいはブースのスタッフの様だ。人手が足りず見栄えは十分とは言え場慣れしていないない彼女を矢面に一人で立たせるのは感心しない。さておき、VRゲームか。ハードが高くて手が出せずにいたけど、これはいい機会かもしれない。看板にはゲームのタイトルなのか、『HARDEST SABER EX 体感版』と書かれてあった。
「体感版?」
「ハイ! タイカンバンです! 因みにこれはカンバン」
 ……楽しそうに言っているが正直このお姉さんじゃなければ冷めて帰ってる所だ。ともかく、ハーデストセイバーとかいう聞いたこともないゲームが気になったのと、ブースの責任者に彼女について色々言いたいのもあって、オレはシスターの話に乗った。
 人混みをかき分けながら進む彼女の後ろに続くと、どうしても揺れるお尻が目につく。必死に目をそらすと、さっきまでの人混みが嘘のようにまばらになっていた。それほどお尻に夢中になっていたらしい。……バレてないといいけど。その後もお尻に目を留め顔を上げる度に周囲の人の数は減っており、辺りも会場から狭い通路に変わっていた。
「あの、どこまでいくんですか?」
 二人っきりで階段を上る。目と鼻の先にお尻が来るとなんだか逆に怖くて、意識をそらすために疑問を投げかけた。会話に集中すれば幾分マシな筈だ。
「着きました。中へどうぞ」
 階段を上ってすぐ曲がったところの部屋。第三会議室と札には書いてある。促されるまま中に入ると、中には机とイスが一つずつ。その上にいろいろ並べられている、酷く小ざっぱりとした空間が広がっていた。とても催物会場とは思えない。
「ではこちらをお付けください」
 まず黄色いベルトを渡され、言われるがまま服の上から巻いた。続いて黒と紫のツートンカラーデザインのVRヘッドセットを被り電源を入れる。目の前にはヘッドセットカメラを通した部屋の中の様子が映し出され、シスターの方へ首を振ると彼女は小さく笑顔で手を振った。その後机の上からリモコンを手に取り、手渡してくれる。なんでも先端のボタンを押せばゲームが始まるらしい。
「ゲームを始める前に、お約束事が一つあります。今君が付けているベルト、そこにHARDEST SABER EXのソフトデータが入っています。なので、プレイ中は絶対に外さないよう、お願いしますね」
 ベルトとヘッドセットとリモコンがそれぞれ通信しあってるということか。ともかくオレは頷いて、リモコンの先端にあるボタンを押した。同時に視界が黒に染められる。
『ハーデストッセイバー! イーエーックス!』
 軽快な電子音とゲームのロゴ。タイトル画面だ。快活な女の子の声が響いたが、聞いたことのない声。新人声優だろうか。
『このゲームは音声認識機能が搭載されているよ! まずは難易度を選んでね!』
 目の前に浮かび上がるイージーとハードの文字。ここでイキがってハードを選ぶのは二流。そんなことをすれば操作に慣れることもなくコテンパンにされるのがオチ。そしてそんな二流がネットで口と主語を大きくしてゲームを叩くのだ。
「イージーで」
『オッケー! 次に、あなたの名前を教えてね!』
 名前を入力したところで、呼ばれるのは「勇者様」とか「マスター」だろう。つまりここで要求されるのは他プレイヤーとの識別用。ニックネーム。協力プレイやランキング機能の搭載予定があるのかもしれない。もっともこれは体験版。普段決まったニックネームを使っているわけでもないオレは、どうせ一回限りでデータ引継ぎもないとみて本名で行くことにした。
「ユウ、だ」
『ユウくん……勇者のユウ、だね!』
“この名前でよろしいですか?”ではない!? このナレーション、まるで本当に実態のある相手と話しているかのようだ。いや、そんなはずはない。これはゲーム。きっと人の呼び名の音声パターンが入っているのだろう。それでも十分すごいことだが。
『それじゃあ早速、剣と魔法の世界へ! レッツ・ゴー!』


 風が吹き、オレは謎の浮遊感に襲われた。タイトルロゴに飛び込んでいく感覚がとてもリアルで、気が付くと周りは薄暗い無機質な部屋に変わっていた。生温い風が肌を撫でるのがくすぐったい。体や服はそのままだが持っていたリモコンは剣に変わっている。それもなかなかの重みをもって本物の様だ。そして視界の端には自分のライフゲージが半透明で表示されている。
「おいユウ! ナニ突っ立ってんだよ。さっさとイこうぜ?」
 圧倒されていたオレは突然剣から聞こえた女性の声に飛び上がった。悪戯っぽい声音に何とも生意気な口調に少しムッとしたが、これはゲーム。怒ったって仕方がない。むしろ楽しむところだ。
「ああ。やってやろうじゃん。ええと――」
「あ? なんだよ。まさかここにきて私の名前忘れたってのか? グリンだよ。ここまでこのハーデストセイバーを通してサポートしてきたじゃねぇか。いよいよボスだってのにしっかりしてくれよな」
 なるほど、そういう設定か。体験版はボス戦だけ。よくあることだ。
「ほーら! 突っ立ってねぇで、さっさとイこうぜ?」
 グリンに促されて気づく。リモコンは剣になっていて、十字ボタンもアナログスティックも見えない。手さぐりに探してみるが、それらしきものも見当たらない。なんなんだこれは。
「まさか今度は歩き方まで忘れたなんて言わねぇだろうな?」
しかし実際その通り。(忘れたというより教えてもらってないのだが)肯定するとグリンはしばしの絶句の後、ため息をついた。
「わぁったよ。教えてやる……じゃあユウちゃんいいでちゅか? まず。みぎのあんよを前に出してくだちゃいね〜」
 幼児に教えるような言い方。馬鹿にされている。しかも足を前に出せだと? 現実のオレは会議室にいて、前にはイスとテーブルがあるんだ。普通に歩いたらぶつかるじゃないか。
「あれれ〜? ユウくんどうしたんでちゅか〜? もしかしてボスが怖くて時間稼ぎしてる〜?」
 ええい、もう知るか。ぶつかったってこの会議室を用意したスタッフのせいだ。進んでやる。右足を上げて、下ろす。すると現実のように一歩前に進んだ。続いて左足。ゆっくり前へ歩いていくが、いくら進んでも何にもぶつからない。
「どうなってるんだ、これ」
「あーんよーがじょーうず♪ あーんよーがじょーうず♪」
 ……ナビゲートキャラは選べるほうがいいな。しかし部屋の奥に進んだところにある扉に手をかけても、それさえ感触がある。一体どんな技術を使っているんだ。
 次の部屋は玉座。RPGでよく見る造りだが、実際目の当たりにすると息を呑むほど豪華で禍々しく、気を抜いたらそのまま飲まれてしまいそうな程空気が重い。
「よくここまで来た……なんてセリフはもう古臭いな。今から始まるのはまさしく“児戯”でしかない。せいぜい、楽しませてくれよ?」
 玉座から立ち上がったのは見るからにボスキャラ。しかも表のラスボスと言った風格を漂わせる女形の悪魔。艶やかな青い肌に深紫色の髪。悪魔らしいセクシーな衣装と翼と尻尾を持ち、そのアシストを活かす豊満な身体。それでいて女騎士がプライドを保ったまま悪落ちしたような風格。これは人気が出そうだ。相手の頭上にあらわれたゲージのさらに上には“デーモン”と書かれている。
「さぁ、剣を構えろユウ。落ち着いて狙ってけ。と言っても相手は格上。真正面からじゃまず無理だ。だから――」
 グリンの言葉が終わる前に、悪魔が手に生み出した黒球を飛ばしてくる! その衝撃をもろに食らい、身体が仰け反る。嘘だろ? ガチで痛いぞこれ!? ただのVRじゃない!?
 視界の端ではダメージを受けた分ゲージが減っている。そして痛みもある。でも同時に血が沸き立つのを感じる。ゲームで人体に影響があるほどの刺激を与えるとクレームが来ると考えて別の刺激を流しているのだろうか。あるいはあまりにリアルな戦闘表現に生存の本能が目覚めたのかもしれない。とにかく今、オレの身体には力がみなぎっていた。
「大丈夫か? ボスだけあって容赦ねぇなぁ。いいか? ハーデストセイバーであのマギスフィアを弾き返すんだ。運がよけりゃそれで倒せる」
 グリンの人ごとの様な助言を受け、試しに飛んできた黒球を打ち返す。するとうまくデーモンの頭に当たりフラフラとよろめいた。相手のゲージも少し減っている。
「少しはやるようだな。それともその武器のおかげか?」
 その赤い瞳を携えた目は俺をあざけっているようで、跪きたくなるような強い力がある。Mは勿論、Sも屈服させたくなるキャラクター。モデリングも実在するかのようなリアル感。改めてこのゲームに感服していると、デーモンがまた黒球を飛ばしてくる。
「そらっ!」
 剣で弾き返して同じようにダメージを、と思ったら向こうも弾き返してきた。まるでテニスのラリーだ。
「このままじゃ埒が明かねぇなぁ。ユウ! ちょっとずつ近づけるか?」
「えっ、でも近づくほど打ち返すペースが」
「馬鹿正直に全部打ち返す必要ねぇだろ? 避けたり遠くに飛ばしたり、とにかく直接叩かないとジリ貧だぞ!」
 口の悪いサポートキャラに言われるがまま、飛んでくる黒球に対処しつつ距離を縮めていく。何度かうまく弾き当てられたおかげで相手も息が上がっている。ゲージを見るに剣ならあと一撃。そして届く距離まであと一歩。
「ほらあとちょっと前だ! あーんよーがじょーうず♪」
 グリンの一言に気が散った、その隙を狙われた。デーモンのしなやかな足がハーデストソードを持つ手をはじく。まずい。ボスを目の前に唯一の対抗手段を失った。もうどうしようもない。
 がしり。悪魔は俺の腕を掴んで引き寄せる。掴む? どうしてVRのキャラが俺に触れるんだ? 頭の中がクエスチョンマークの反響する箱と化す。
「おい、いったいなにが」
 言葉は悪魔の口の中へと溶けていく。柔らかい唇の感触。頭の中に甘い香りが充満していく。なんだ、これ、すごい。
「はぁ、ウォーミングアップは終わりだ。本番といこうじゃないか」
 耳にかかる吐息がくすぐったい。もう一方の腕でお尻を抱えられるのをなんとか抜け出そうともがくも、全然敵わない。
「な、なにを」
「何をだと? わかっている筈だ」
 子供のように抱っこされて、デーモンの大きな胸が服越しに触れる。柔らかい感触の中にコリっと一部固くなっているものが……今気づいたがもしかしてエロゲーかこれ!? 
「さぁ、装備を外して大人しくしろ。もうあの剣もないのだからな」
 間違いない。息が上がっているように見えたのは興奮していただけだ。あの黒球は媚薬的なそういうアレだったのか? だとしたら最初に食らった時に力がみなぎってきたのも説明が付く。
「ほう、まだ我が腹に剣を突き立てる気力があるか。面白い」
 言われて気づく。オレの股間のモノがズボン越しに大きく硬くなって、相手の腹に密着していることに。
「もう一本の最も堅き剣、なるほど。これがハーデストセイバーEXということか。面白い」
 デーモンはオレを抱きかかえたまま上下に揺らし始める。綺麗な腹部と布越しに擦れて、痺れるような快感が亀頭から全身へと走り出す。いつしかオレはおかしくなりそうなほどの刺激に耐えようと、必死になってデーモンの肩にしがみついていた。
「どうした? ンッ、随分苦しそうじゃないか。 フッ、このままじゃ、負けるぞ?」
 デーモンはオレを下ろすと、腰を下ろして誘うように股を開いた。蠱惑的な体つきからは目が離せない。やがて彼女は纏っていた衣類を脱ぎ始め、綺麗なアソコを指で開いて見せた。
「ほら、真剣勝負。本番だ。貴様も早く剣を抜け。ただし、よく狙え。我のオマンコはここだ」
 彼女の全てにオレは圧倒されていた。ズボンの上からでもわかるほどに膨れ上がったオレのあそこは先端から我慢汁を漏らして染みを作っている。下手に動けばイってしまいそうだ。
“ピンポーン、ピンポーン”
 部屋中に気の抜けたアラーム音が響く。するとデーモンはすっと立ち上がり、さっとマントを羽織った。
「残念だったな。時間切れだ。次会う時を、楽しみにしているぞ」
 彼女の声を最後に、意識が遠くなっていく。目の前に浮かび上がるタイムオーバーの文字。それさえもかすれて、最後は闇だけが残った。


 目が覚めると、窓の外は既に夕暮れに差し掛かっていた。オレは会議室の椅子に座っている。少し呆然としていたが、ハッと気づいてズボンを確認する。よかった。何も異常はない。
「お目覚めですか?」
 振り返れば案内役のシスターが心配そうな顔をしてオレの様子を窺っていた。黙って頷くと、彼女はほっと胸をなでおろした。
「よかった。体験版プログラムが終わった後、よほど体力を使われたのかお眠りになられて」
「えっ、じゃあずっとここでみていてくれたんですか?」
「はい。あと、途中でお父様が見えられました。でもその時ユウさんはまだぐっすり眠っておられたので、私が見ておくと言ったら“先に帰っておく”と伝えておいてほしいと言われました」
 起こしてくれてもよかったのに……あれ、なんで親父、オレがここにいるってわかったんだ? いやそれもだけど、何か違和感がある。シスターのさっきの言葉、何かおかしいような……。
「それで、体験版の方はいかがでしたでしょうか?」
 そうだった。オレはゲームの感想について素直に答えた。まるで本当にゲームの中に入り込んだようなリアリティ。どんな技術が使われているのか分からないが、作り込みが丁寧で今までのゲームとは一線を画す代物だ。
「でもまさかその、大人向けのゲームだなんて思いませんでしたよ」
 キョトンとしたシスターはすぐさま顔を赤くして、両手を手で覆った。
「まあ、どうしましょう! 間違えてアダルト版を起動してしまうなんて! どうしよう……」
 慌てふためくシスターはゆっくりVRヘッドセットを手に取ると、一つ大きく頷いた。
「あの、このデータが今ここにあると私とってもまずいので、貰ってくれませんか?」
「えっ、いいんですか? 無くなったほうが問題だと思いますけど」
「お詫びの印です。上には、お客様が非常に気に入られてその場で買い取られたと言っておきます!」
 かなり無理がある気がするが、このままでは彼女がかわいそうだ。そして何よりタダでVRゲーム機一式が貰えるんだから、こっちとしては文句はない。オレはこのゲームについて一切口外しないことを約束し、ゲーム機一式の入ったバッグを受け取った。
 その後シスターは会場の出口まで見送りに来てくれた。ハーデストセイバーEX。体験版とはいえその自由度は他とは比べ物にならない。これからこのレベルのモノが出てくると思うと、帰りの足もなんだか軽やかになるのだった。


 HARDEST SABER EX 体験版 EASYモード -GAME CLEAR-
17/08/08 21:19更新 / 小浦すてぃ
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