なりぞこないと教団員試験
残念。グリネの人生はここで終わってしまった――
反魔物姿勢を掲げるネーベガルフの街には教団が運営する養護施設があり、グリネは物心ついた頃からの多くの時間をそこで過ごしてきた。彼は両親の顔を知らない。包み込むような優しい顔が印象的なシスターと、穏やかな神父の分け隔てない愛情を受けて育ち、彼はもうすぐ九歳の誕生日を迎えることとなった。
誕生日と言っても、本当の誕生日ではない。施設の前に捨てられシスターに拾われた日。言うなれば入所日。便宜上の誕生日。しかしそんなことなどグリネ自身気にしたこともなかったし、さらに言えば彼は今誕生日どころではなかった。明日に控える教団員試験に向けて、勉強と鍛錬の真っ最中なのだ。
「グリネー! あそぼーぜー!」
「やめとけよ。あんなつまんない奴」
庭で剣の素振りをしているグリネに、通りがかった男の子達が去っていく。彼らも同じ孤児だが、少年時代を少年らしく謳歌しているという点でグリネとは大きく異なっていた。他の誰かと遊ぶことのないグリネに彼らは様々な陰口を叩いたが、そんなものに耳を貸さない技術はとうに身に着けている。
教団員になって両親の仇を取る。それがグリネの夢だった。神父様の言葉は絶対。グリネの両親は魔物に襲われ、最後の力を振り絞って彼を守ったという神父の話を信じ、魔物への復讐の念を練り続けてきた。しかし彼は魔物を見たことはない。神父に聞いても具体的な話はなく、書庫の文献には旧魔王時代の魔物の情報こそ載っているものの挿絵はなく、少年の想像は愛玩動物と昆虫を混ぜ合わせ邪悪に歪めた姿を魔物と仮定するしかなかった。心の中に浮かべる神父の話。顔も分からない父と母が、猫か豚かわからない架空の魔物から幼いグリネを逃がす様子はいつしか彼自身が経験した記憶として焼き付いていた。
日が落ちかける頃になって武術の鍛錬を終えたグリネは自室に戻り、用意された夕食をとった。トレイに乗せられたパン、チーズ、サラダ、ミルクに向かい、頭の中で祈りを捧げてから一つ一つ平らげていく。やがて食事を終えると本棚から魔物図鑑を取り出し、古の魔物たちの特徴と立ち回り方を復習した。
不意に部屋の扉が開いた。シスターがトレイを下げに来たのだ。修道衣に身を包んだ彼女はスラリと背が高く端正な顔立ちで、偉大な芸術家が造りあげた彫刻のように美しい身なりをしていた。その頃のグリネは不思議と彼女に甘えたくなる気持ちが体の中心からふつふつと湧き上がってくるのを感じていたが、彼にはそれが教団の一員として恥ずべきことであり皆に幻滅される要因と考え、それを知られぬようぐっと抑えて隠さなければならなかった。
「グリネさん。いよいよ明日が教団員試験本番です。準備はできていますね?」
シスターの透き通った声に頷き、本を棚へと戻す。それを見たシスターは躊躇いがちに一度俯き、程なくして頭を起こしてグリネを見つめた。
「念のため、試験の内容をもう一度確認しますね。グリネさんは私と一緒に街の外の森へ入って、一人で魔物を退治する。その証として、魔物から切り取った体の一部を用意した袋に入れて持ち帰る」
旧魔王時代ならいざ知らず、魔物=魔物娘となった今の時代では野蛮なしきたりだが、この施設は依然旧体制で動いていた。むしろ魔物娘となったことで純粋な人間の数が減っていくとのことで、必要以上に魔物娘を敵視している。どの組織にも過激派というのは存在するのだ。
現代の魔物を全く知らないグリネは力強く頷いた。鳶色の瞳には決意の炎が揺れている。シスターが去り際に残した表情はどこか不安げだったが、彼は気にせず箪笥の中から明日使う道具を取り出し点検しはじめた。身軽な軽装の鎧に敵を叩き切る本物の剣。温度調節用のローブに魔物の体を入れる袋。その他の道具を一つ一つ手にとっては、布で几帳面に磨き上げていった。
翌日、すっかり戦士の装いをしたグリネは、シスターとともに街はずれの森へと入った。二人は一切口を開くことなく、目で合図を送りあいながら森の奥へと進んでいく。普段人の通らない道は綺麗とは言い難く、途中蜘蛛の巣が張ってある箇所などは避けて通らなければならなかった。そして二人は、ようやく魔物と対面した。
「?」
そのあどけない顔の少女は、一糸纏わぬあられもない姿で穢れを知らない純粋な目を二人に向けており、グリネは目を覆いながらも指の隙間から目を離さずにはいられなかった。自分と同じ年頃の女の子が裸でいるというのも衝撃だがその娘こそ、緑色の肌に桃色の髪を持ち、大きな白い花の中から様子を窺っているその娘こそ、アルラウネという魔物なのだ。
「気を付けて。魔物は姿を私達に似せて油断させようとする。決して気を抜いちゃダメ」
グリネは初めて見る魔物の異形さに、そして不自然なまでに人間に近い外見に戸惑いながらも、シスターの言葉に頷いて剣を構えた。対するアルラウネの少女は花の蜜がついた指を咥えながら首をかしげている。こんな幼気な少女に剣を向けることにグリネ自身罪悪感を感じなかったわけはなく、むしろ施設にいた同年代の女の子と姿が被ってやりにくいことこの上なかったが、彼は意を決して剣を振りかぶって少女の下へと駆けた。
ずるっと、グリネの足が引っ張られ、彼は勢いよく顔を地面にぶつけた。どうやら植物のツタに躓いてしまったらしい。しかしいくら人の通りが少ないとはいえ通り道にいるのだ。ツタなど何処にも這っていなかったし、仮に張っていたとしてグリネが見逃すはずはない。
立ち上がろうとするグリネが支えにしようとした木には既に、先ほどまではなかったはずのツタが巻き付けられていた。ツタはグリネの手首をつかむとするりと持ち上げ、太い枝から宙ぶらりんにつりさげたその様子を見てアルラウネの少女はケラケラと笑っている。
しかしグリネが耐えられないのは、鎧や顔についた土の汚れだった。彼は自由な方の腕でポケットからハンカチを取り出すと、不安定に揺れながら汚れを拭った。それは突然のことで混乱のあまり行動の優先順位が前後したと言ってもいいかもしれない。ただ、とにかく彼には身の汚れというものが気になって仕方がなかった。死に物狂いで胸当てを拭う間にも、下から伸びてくるツタは彼の足首を捉えた。
「うっ」
少年は、ズボンの裾から己の脚を蛇のように這うツタの感触に思わず声を上げる。ゾゾゾとした感触が彼に今まで感じたことのない刺激を与える。それは教団員ならば“気持ち悪い”“汚らわしい”という言葉で表現されるべきもので、彼もその言葉は知っている。しかし初めての感触はそういった知識とは簡単に結びつかなかった。
「この『ツタ』、アイツが!」
気づいたところで、剣は転んだときに既に手元から離れてどうしようもない。足を這っていたツタがズボンを内側から突き破り、もがく少年の腰へと徐々に延びていく。そして――ツルンっ。まるでブドウの皮をむくようにズボンがズリ降ろされ、グリネの股間が露わになる。
恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にしてもがくグリネだったが、諦めたような顔でこちらを見るシスターに気づいてしまったからには顔から血の気が引いていかずにはいられなかった。いままで家族のように育ててくれた彼女の恩に報いるためにも、自分は立派な教団員にならなければならない。今日の試験はその初めの一歩でしかないというのに、そこでみっともない姿を見られているのだ。
ふいと去っていくシスターの背中を必死に呼び止める彼は涙を流しながらもがき続ける。しかしその様は腰回りの感触に身悶えているようにも見えて、その下でアルラウネの少女は楽しそうに笑って見上げている。幼さゆえの無邪気あるいは知的好奇心が少女に嗜虐の扉を開かせてしまったのかもしれない。彼女の笑みにはそんな意地悪さが宿っていた。
少年は息を荒げながらぶるっと体を震わせた。それは絶え間ない刺激がようやく“快感”として認識されたという合図でもあった。力の抜けた彼の手からひらりと落ちるハンカチ。それをパッと受け止めた少女は興味深そうに眺めて、一瞬だけツタの力を緩めた。今しかない。グリネはツタの拘束を振りほどき地面に尻もちをつくと、一目散に森の中へと逃げ出した。勝てる相手ではない。再び挑んでも拘束されるのは目に見えている。剣もズボンもハンカチも、もう構ってなどいられなかった。背後に聞こえる草のざわめきはツタが追ってきていることを意味し、その音が徐々に距離を詰めていることに背筋の寒気を感じながら、ただただ走り続けて――
彼の脚は土を蹴って、その体は宙を舞った。地面まではるか十数メートル。彼は意図せず崖から飛び出してしまったのだ。ああ残念。グリネの冒険はここで終わってしまった――
しかしグリネは生きていた。身体中に痛みを感じるものの、特に傷などは見当たらない。彼は安堵の笑みを浮かべたが、それもつかの間。みるみる恐怖に顔を歪めていった。彼が落ちたのは茶褐色のぬるぬるとした軟泥の中。うまくクッションになってくれたようだが、その汚れは彼にとって到底許容できないものであった。
グリネは必死になって体の泥を払おうとしたが、すればするほど泥を塗りたくっていく形になって余計に汚れてしまい、彼はついに泣き出してしまった。泥の中にいることが耐えられないのもそうだが、泣けば泣くほどシスターに見放されたことやツタに襲われたことなどの記憶がよぎり、悲しみを増幅させた。そして何より、彼はもう教団員の一員になって両親の仇を取ることも出来なければ、一目散に逃げ崖から降りたために施設へ帰る道も分からない。万事休すとはまさにこのことだ。
「そう。もっともがいて。もがけばもがくほど、私の中に沈んでこれるよ」
その声は、彼の背後から聞こえた。そして彼は悟った。コイツも魔物だ。しかも泥の魔物。人間の真似をして油断させようとしているんだ。やがて彼の背後に大きな泥の塊が現れた。グリネの体の両脇から巨大な泥の手が伸び、軽装鎧を泥に染める。突然のことに喚いてもがくグリネはしかし、包み込むような泥の柔らかさに言葉を失った。
「泣かないで。私がついててあげるからぁ」
彼は混乱する頭を無理に回転させて考えた。声は言っていた。“もがけばもがくほど沈む”しかしじっとしていてもじわじわ沈んでいく。動くなら効率よく動かなくては。そして彼は先ほどのアルラウネとの戦闘を思い出した。ひらひらと落ちたハンカチ、あれに気を取られ一瞬ツタの拘束が緩んだことを。
彼はローブや軽装鎧を脱ぐと、それを自らの目の前、泥沼の表面に置いた。背後の泥の塊に動きがないところから察するに、相手は突然の行動で戸惑っているようだ。その間に彼は鎧とローブの上を這うことで辛くも泥に呑まれることなく、普通の地面に足をつけることができた。
「はぁ、やっと、これで」
振り向けば、そこにいたのは彼の想像通り、泥の魔物がいた。しかしその姿は立ち去ったシスターを彷彿とさせる包み込むような、それでいて蕩けるような笑みの女性だった。胸は大きく、艶やかな太ももはむっちりとしてその表面を伝う泥がなんともいやらしい。少したるんだお腹は見ているだけでもクッションのように柔らかいであろうことがわかる。そして驚くべきはその体全てが泥でできていることだ。グリネはシスターの修道衣の下を見たことはないが、決してこういう身体ではないと確信を持てる。しかしもし仮にシスターがこういう身体だったならと思うと、何だか胸がドキドキしてくるのであった。
その魔物はローブを泥の中に飲み込むと、本体であろう女体に羽織って見せた。子供用のそれは彼女には少し小さく、主張の大きい胸は収まりきらない。やがてローブをマフラーのように首に巻くと鼻まで覆い、クンクンと匂いを嗅いで幸せそうに目を細めた。
肌着一枚のグリネは困惑しきりだった。目の前の魔物は敵を前にしながら、脱ぎ捨てた装備品に夢中になっている。倒すなら――あるいは逃げるなら今を逃さない手はない。しかし眼前の初めて見る隠微な光景に、彼は硬直していた。女の人の体ってこうなってるんだ等と呑気なことを考えていたのか、彼が立っていた足場が泥に変わるまで全く動かなかった。
「つーかまえたぁ」
彼の足が泥に沈む。驚き尻もちをつけばその勢いと重みでお尻も泥にはまっていく。立ち上がろうと泥に手をつけばそのまま飲み込まれてしまう。泥沼自体が移動していると気づいた頃には彼はその中心にいて、自分から股間を彼女に晒してしまっていた。
「だいじょうぶ。心配しなくていいから、ね?」
その女体は少年の体に覆いかぶさるように伸び、放漫な胸を少年の顔の前に近づけた。今グリネの頭の中では汚い泥に塗れて嫌だという思いが少なからず渦巻いていたが、それを凌駕する勢いで“この胸に触ってみたい”という思いが溢れていた。それを証明するように、彼の股間のモノは硬直したままだ。
「えへへ……興奮、してくれてるんだね。嬉し」
彼女の太ももが剥けたばかりの亀頭に触れる。強すぎる快感に頭を仰け反らせ、頭を起こせばより近づいていた胸に顔を埋めてしまう。美しい泥の女体に抱き込まれながら、グリネは泥沼の中に姿を消してしまった。
一切光の差し込まない泥の中にいて、グリネは彼女の姿を“見る”ことができた。着ていた肌着はドロドロだが、全身泥に塗れてしまった今ではもう気にならなくなっていた。ぬるぬるとした不思議な感触の中で、彼女が体を撫でる度にびりびりとした電気のようなものが身体中を駆け巡る。ドキドキしながらもまったりと心は落ち着いて、まるで心まで泥になって蕩けていくような気持ちよさ。声を上げるしかない彼の体に、彼女が跨る。ちょうどグリネのおちんちんが彼女の股の間に呑み込まれる。残念。グリネの貞操はここで終わってしまった――
「君、なまえは?」
「……グリネ」
彼の瞳に燃えていた炎は生温く柔らかい泥を被せられ消えている。蕩けた顔で名前を言うと、彼女は更に蕩けるような表情を浮かべた。
「グリネちゃん。えへへ、私のグリネちゃん」
彼女が身をよじるたび、彼に新たな快感が迫る。やがて彼女が本格的に腰を動かせば、脳天を突き抜ける快楽が彼の神経を支配する。
「あっ、ああっ! なに、これっ、ふあっ」
「グリネちゃん、もっと、モット気持ちよくなろうねぇ、あんっ」
息を荒げながら、時として呼吸困難に陥りそうになりながらも、少年と泥の彼女は快楽を貪り続ける。
「やっ、だめっ、何かへんっ、おちんちん変なのっ、くるっ」
「いいよぉ、きて。たくさんきてぇ。出しちゃっていいよぉ。お姉ちゃんにぜーんぶ、んはぁっ、出してぇ」
茶褐色の泥の中に、白く濁った微量の液体が放出される。それは泥とは異なったぬめりをもって、彼女の体の内側を登っていく。やがて胸元の宝石のような部分に到達すると、彼女は艶やかな絶頂の嬌声を上げて少年の体の上に倒れ伏した。
「そっか。君も教団の子なんだね」
グリネが落ちた場所で、彼女はグリネの体を赤子のように抱きかかえ、グリネは赤ん坊のように彼女の胸に顔を埋めて頷いた。
「この季節になると、子供が私たちを襲うようになるの。だから私達もずっと備えていたんだけど、原因がわかれば後はどうとでもなるわ。ありがと」
彼女は少年の体を普通の地面の上に戻し、装備品も彼の足元へ返した。泥は彼女の体であり彼女自身であるため、装備品についていた泥はきれいさっぱり取り除かれている。
「今日はごめんね。怖い思いさせちゃって……でもすごく可愛かった。また遊びに来てね。グリネちゃん」
彼女は別れの言葉を告げて、どこへ行くのか背中を見せる。魔物は人を襲う。だから倒さなきゃいけない。そう思って生きてきたグリネは今日目の前の彼女に出会って初めて神父様が言っていたことが真実ではないのではという疑念が芽生えた。彼はこれからのことを考えた。施設に帰っても今まで通りの生活なんてできるはずもなく、なによりシスターにはもう二度と顔を向けられない。しかし彼には身寄りもなく他に行く当てもないので――グリネは遠ざかりつつあった泥沼に飛び込んだ。
数日後、グリネと同じくらいの年代の女の子がシスターに連れられて森の道を進んでいた。そして彼と全く同じ具合にアルラウネのツタに絡めとられた。その様子を見てシスターは“またか”といった顔でその場から引き返した。
「シスター様」
その声に、修道衣の彼女は振り返る。彼女はその声をもちろん覚えていた。ついこの間この森に来たばかりなのだ。忘れるような歳でもない。しかし、彼女はもう聞くこともないと思っていたのかひどく驚いた表情で武術の構えを取った。教え子であるグリネに対して。
「シスター様。どうして見捨てたんですか」
「グリネ。残念だけどミィは、あの女の子はもう助からないわ。貴方と同じように、魔物の仲間になってしまう」
「どうしてそんなこと」
「……教団の過激派は、貴方のような孤児を拾って、優秀な戦士として育て上げることを目的に各地に養護施設を作ったの。教団員試験と称して魔物を殺させるのは過激派を増幅させるためだけど、そんな歳で魔物討伐なんてできるはずないのよ……でも私はここでしか生きられない。神父様の言葉は絶対なの。だから出来そこないの貴方には、ここで消えてもらう」
シスターは飛び上がり、グリネの顔めがけて蹴りを放つ。しかし彼の体は地面の下に沈み消えてしまった。着地した彼女がさっと振り返れば、泥の中から彼女とよく似た姿の女体が湧き上がり、その内側にグリネの目が光っているのが見えた。
「これは、ドローム!? エレメントのなりぞこないがどうしてこんな子供に」
ドロームはムッとした表情を見せると内側にグリネを含んだまま泥中に潜り、シスターの脚を捉えて持ち上げた。
「しまった!」
「“こんな子供”は無いんじゃないの? ヒトの旦那に向かって」
シスターを捉えた巨大な“手”は、空高くそして遠くへ彼女を投げ飛ばした。どこへ落ちたかなんて、ドロームは気にしない。ただただ旦那となったグリネを内側から取り出し抱きしめて恍惚の表情を浮かべるばかりだ。
「待って、お姉ちゃん、さっきの女の子助けなきゃ」
グリネは言うが、手遅れだと分かった。遠くに聞こえる二人分の女の子の嬌声。すっかり甘えた声で“お姉様ぁ”と鳴けば“ミィちゃんよろしくねぇ”ともう一人が返している。そんな会話とともに漂ってくる甘い蜜の香りにグリネとドロームはそれぞれに異なった笑みを浮かべ体を重ねるのだった。
「うーん……」
投げ飛ばされたシスターは、大木の幹に体をぶつけていた。身体中の痛みに眉をひそめながら、グリネとドロームのことを神父様に報告する他ないと考えていた。立ち上がり、土を払い、そして女の子と目が合ってしまった。銀色の髪に黒い翼飾り、とがった耳にハートのピアス、赤い瞳に悪魔の象徴たる怪しい青白の肌。男を誘う幼児体型は教団にとって最も忌むべき存在。なのに、なぜか足は動かない。
「ふぅん、このフォルちゃんの目の前に飛び込んでくるなんて……運命の出会いってやつかな? それともその身なり、もしかしてそーいう背徳的なプレイに目覚めし者かな?」
幼気でありながらその声はシスターの中にあった信仰を打ち崩していく。このままではマズい。早く逃げなければ。しかしそう考えているのに、なぜか少女の瞳から目が離せない。
「ち、違っ」
「じゃあ、目覚めさせてあげるよ。ようこそ、魔物娘の世界へ」
反魔物姿勢を掲げるネーベガルフの街には教団が運営する養護施設があり、グリネは物心ついた頃からの多くの時間をそこで過ごしてきた。彼は両親の顔を知らない。包み込むような優しい顔が印象的なシスターと、穏やかな神父の分け隔てない愛情を受けて育ち、彼はもうすぐ九歳の誕生日を迎えることとなった。
誕生日と言っても、本当の誕生日ではない。施設の前に捨てられシスターに拾われた日。言うなれば入所日。便宜上の誕生日。しかしそんなことなどグリネ自身気にしたこともなかったし、さらに言えば彼は今誕生日どころではなかった。明日に控える教団員試験に向けて、勉強と鍛錬の真っ最中なのだ。
「グリネー! あそぼーぜー!」
「やめとけよ。あんなつまんない奴」
庭で剣の素振りをしているグリネに、通りがかった男の子達が去っていく。彼らも同じ孤児だが、少年時代を少年らしく謳歌しているという点でグリネとは大きく異なっていた。他の誰かと遊ぶことのないグリネに彼らは様々な陰口を叩いたが、そんなものに耳を貸さない技術はとうに身に着けている。
教団員になって両親の仇を取る。それがグリネの夢だった。神父様の言葉は絶対。グリネの両親は魔物に襲われ、最後の力を振り絞って彼を守ったという神父の話を信じ、魔物への復讐の念を練り続けてきた。しかし彼は魔物を見たことはない。神父に聞いても具体的な話はなく、書庫の文献には旧魔王時代の魔物の情報こそ載っているものの挿絵はなく、少年の想像は愛玩動物と昆虫を混ぜ合わせ邪悪に歪めた姿を魔物と仮定するしかなかった。心の中に浮かべる神父の話。顔も分からない父と母が、猫か豚かわからない架空の魔物から幼いグリネを逃がす様子はいつしか彼自身が経験した記憶として焼き付いていた。
日が落ちかける頃になって武術の鍛錬を終えたグリネは自室に戻り、用意された夕食をとった。トレイに乗せられたパン、チーズ、サラダ、ミルクに向かい、頭の中で祈りを捧げてから一つ一つ平らげていく。やがて食事を終えると本棚から魔物図鑑を取り出し、古の魔物たちの特徴と立ち回り方を復習した。
不意に部屋の扉が開いた。シスターがトレイを下げに来たのだ。修道衣に身を包んだ彼女はスラリと背が高く端正な顔立ちで、偉大な芸術家が造りあげた彫刻のように美しい身なりをしていた。その頃のグリネは不思議と彼女に甘えたくなる気持ちが体の中心からふつふつと湧き上がってくるのを感じていたが、彼にはそれが教団の一員として恥ずべきことであり皆に幻滅される要因と考え、それを知られぬようぐっと抑えて隠さなければならなかった。
「グリネさん。いよいよ明日が教団員試験本番です。準備はできていますね?」
シスターの透き通った声に頷き、本を棚へと戻す。それを見たシスターは躊躇いがちに一度俯き、程なくして頭を起こしてグリネを見つめた。
「念のため、試験の内容をもう一度確認しますね。グリネさんは私と一緒に街の外の森へ入って、一人で魔物を退治する。その証として、魔物から切り取った体の一部を用意した袋に入れて持ち帰る」
旧魔王時代ならいざ知らず、魔物=魔物娘となった今の時代では野蛮なしきたりだが、この施設は依然旧体制で動いていた。むしろ魔物娘となったことで純粋な人間の数が減っていくとのことで、必要以上に魔物娘を敵視している。どの組織にも過激派というのは存在するのだ。
現代の魔物を全く知らないグリネは力強く頷いた。鳶色の瞳には決意の炎が揺れている。シスターが去り際に残した表情はどこか不安げだったが、彼は気にせず箪笥の中から明日使う道具を取り出し点検しはじめた。身軽な軽装の鎧に敵を叩き切る本物の剣。温度調節用のローブに魔物の体を入れる袋。その他の道具を一つ一つ手にとっては、布で几帳面に磨き上げていった。
翌日、すっかり戦士の装いをしたグリネは、シスターとともに街はずれの森へと入った。二人は一切口を開くことなく、目で合図を送りあいながら森の奥へと進んでいく。普段人の通らない道は綺麗とは言い難く、途中蜘蛛の巣が張ってある箇所などは避けて通らなければならなかった。そして二人は、ようやく魔物と対面した。
「?」
そのあどけない顔の少女は、一糸纏わぬあられもない姿で穢れを知らない純粋な目を二人に向けており、グリネは目を覆いながらも指の隙間から目を離さずにはいられなかった。自分と同じ年頃の女の子が裸でいるというのも衝撃だがその娘こそ、緑色の肌に桃色の髪を持ち、大きな白い花の中から様子を窺っているその娘こそ、アルラウネという魔物なのだ。
「気を付けて。魔物は姿を私達に似せて油断させようとする。決して気を抜いちゃダメ」
グリネは初めて見る魔物の異形さに、そして不自然なまでに人間に近い外見に戸惑いながらも、シスターの言葉に頷いて剣を構えた。対するアルラウネの少女は花の蜜がついた指を咥えながら首をかしげている。こんな幼気な少女に剣を向けることにグリネ自身罪悪感を感じなかったわけはなく、むしろ施設にいた同年代の女の子と姿が被ってやりにくいことこの上なかったが、彼は意を決して剣を振りかぶって少女の下へと駆けた。
ずるっと、グリネの足が引っ張られ、彼は勢いよく顔を地面にぶつけた。どうやら植物のツタに躓いてしまったらしい。しかしいくら人の通りが少ないとはいえ通り道にいるのだ。ツタなど何処にも這っていなかったし、仮に張っていたとしてグリネが見逃すはずはない。
立ち上がろうとするグリネが支えにしようとした木には既に、先ほどまではなかったはずのツタが巻き付けられていた。ツタはグリネの手首をつかむとするりと持ち上げ、太い枝から宙ぶらりんにつりさげたその様子を見てアルラウネの少女はケラケラと笑っている。
しかしグリネが耐えられないのは、鎧や顔についた土の汚れだった。彼は自由な方の腕でポケットからハンカチを取り出すと、不安定に揺れながら汚れを拭った。それは突然のことで混乱のあまり行動の優先順位が前後したと言ってもいいかもしれない。ただ、とにかく彼には身の汚れというものが気になって仕方がなかった。死に物狂いで胸当てを拭う間にも、下から伸びてくるツタは彼の足首を捉えた。
「うっ」
少年は、ズボンの裾から己の脚を蛇のように這うツタの感触に思わず声を上げる。ゾゾゾとした感触が彼に今まで感じたことのない刺激を与える。それは教団員ならば“気持ち悪い”“汚らわしい”という言葉で表現されるべきもので、彼もその言葉は知っている。しかし初めての感触はそういった知識とは簡単に結びつかなかった。
「この『ツタ』、アイツが!」
気づいたところで、剣は転んだときに既に手元から離れてどうしようもない。足を這っていたツタがズボンを内側から突き破り、もがく少年の腰へと徐々に延びていく。そして――ツルンっ。まるでブドウの皮をむくようにズボンがズリ降ろされ、グリネの股間が露わになる。
恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にしてもがくグリネだったが、諦めたような顔でこちらを見るシスターに気づいてしまったからには顔から血の気が引いていかずにはいられなかった。いままで家族のように育ててくれた彼女の恩に報いるためにも、自分は立派な教団員にならなければならない。今日の試験はその初めの一歩でしかないというのに、そこでみっともない姿を見られているのだ。
ふいと去っていくシスターの背中を必死に呼び止める彼は涙を流しながらもがき続ける。しかしその様は腰回りの感触に身悶えているようにも見えて、その下でアルラウネの少女は楽しそうに笑って見上げている。幼さゆえの無邪気あるいは知的好奇心が少女に嗜虐の扉を開かせてしまったのかもしれない。彼女の笑みにはそんな意地悪さが宿っていた。
少年は息を荒げながらぶるっと体を震わせた。それは絶え間ない刺激がようやく“快感”として認識されたという合図でもあった。力の抜けた彼の手からひらりと落ちるハンカチ。それをパッと受け止めた少女は興味深そうに眺めて、一瞬だけツタの力を緩めた。今しかない。グリネはツタの拘束を振りほどき地面に尻もちをつくと、一目散に森の中へと逃げ出した。勝てる相手ではない。再び挑んでも拘束されるのは目に見えている。剣もズボンもハンカチも、もう構ってなどいられなかった。背後に聞こえる草のざわめきはツタが追ってきていることを意味し、その音が徐々に距離を詰めていることに背筋の寒気を感じながら、ただただ走り続けて――
彼の脚は土を蹴って、その体は宙を舞った。地面まではるか十数メートル。彼は意図せず崖から飛び出してしまったのだ。ああ残念。グリネの冒険はここで終わってしまった――
しかしグリネは生きていた。身体中に痛みを感じるものの、特に傷などは見当たらない。彼は安堵の笑みを浮かべたが、それもつかの間。みるみる恐怖に顔を歪めていった。彼が落ちたのは茶褐色のぬるぬるとした軟泥の中。うまくクッションになってくれたようだが、その汚れは彼にとって到底許容できないものであった。
グリネは必死になって体の泥を払おうとしたが、すればするほど泥を塗りたくっていく形になって余計に汚れてしまい、彼はついに泣き出してしまった。泥の中にいることが耐えられないのもそうだが、泣けば泣くほどシスターに見放されたことやツタに襲われたことなどの記憶がよぎり、悲しみを増幅させた。そして何より、彼はもう教団員の一員になって両親の仇を取ることも出来なければ、一目散に逃げ崖から降りたために施設へ帰る道も分からない。万事休すとはまさにこのことだ。
「そう。もっともがいて。もがけばもがくほど、私の中に沈んでこれるよ」
その声は、彼の背後から聞こえた。そして彼は悟った。コイツも魔物だ。しかも泥の魔物。人間の真似をして油断させようとしているんだ。やがて彼の背後に大きな泥の塊が現れた。グリネの体の両脇から巨大な泥の手が伸び、軽装鎧を泥に染める。突然のことに喚いてもがくグリネはしかし、包み込むような泥の柔らかさに言葉を失った。
「泣かないで。私がついててあげるからぁ」
彼は混乱する頭を無理に回転させて考えた。声は言っていた。“もがけばもがくほど沈む”しかしじっとしていてもじわじわ沈んでいく。動くなら効率よく動かなくては。そして彼は先ほどのアルラウネとの戦闘を思い出した。ひらひらと落ちたハンカチ、あれに気を取られ一瞬ツタの拘束が緩んだことを。
彼はローブや軽装鎧を脱ぐと、それを自らの目の前、泥沼の表面に置いた。背後の泥の塊に動きがないところから察するに、相手は突然の行動で戸惑っているようだ。その間に彼は鎧とローブの上を這うことで辛くも泥に呑まれることなく、普通の地面に足をつけることができた。
「はぁ、やっと、これで」
振り向けば、そこにいたのは彼の想像通り、泥の魔物がいた。しかしその姿は立ち去ったシスターを彷彿とさせる包み込むような、それでいて蕩けるような笑みの女性だった。胸は大きく、艶やかな太ももはむっちりとしてその表面を伝う泥がなんともいやらしい。少したるんだお腹は見ているだけでもクッションのように柔らかいであろうことがわかる。そして驚くべきはその体全てが泥でできていることだ。グリネはシスターの修道衣の下を見たことはないが、決してこういう身体ではないと確信を持てる。しかしもし仮にシスターがこういう身体だったならと思うと、何だか胸がドキドキしてくるのであった。
その魔物はローブを泥の中に飲み込むと、本体であろう女体に羽織って見せた。子供用のそれは彼女には少し小さく、主張の大きい胸は収まりきらない。やがてローブをマフラーのように首に巻くと鼻まで覆い、クンクンと匂いを嗅いで幸せそうに目を細めた。
肌着一枚のグリネは困惑しきりだった。目の前の魔物は敵を前にしながら、脱ぎ捨てた装備品に夢中になっている。倒すなら――あるいは逃げるなら今を逃さない手はない。しかし眼前の初めて見る隠微な光景に、彼は硬直していた。女の人の体ってこうなってるんだ等と呑気なことを考えていたのか、彼が立っていた足場が泥に変わるまで全く動かなかった。
「つーかまえたぁ」
彼の足が泥に沈む。驚き尻もちをつけばその勢いと重みでお尻も泥にはまっていく。立ち上がろうと泥に手をつけばそのまま飲み込まれてしまう。泥沼自体が移動していると気づいた頃には彼はその中心にいて、自分から股間を彼女に晒してしまっていた。
「だいじょうぶ。心配しなくていいから、ね?」
その女体は少年の体に覆いかぶさるように伸び、放漫な胸を少年の顔の前に近づけた。今グリネの頭の中では汚い泥に塗れて嫌だという思いが少なからず渦巻いていたが、それを凌駕する勢いで“この胸に触ってみたい”という思いが溢れていた。それを証明するように、彼の股間のモノは硬直したままだ。
「えへへ……興奮、してくれてるんだね。嬉し」
彼女の太ももが剥けたばかりの亀頭に触れる。強すぎる快感に頭を仰け反らせ、頭を起こせばより近づいていた胸に顔を埋めてしまう。美しい泥の女体に抱き込まれながら、グリネは泥沼の中に姿を消してしまった。
一切光の差し込まない泥の中にいて、グリネは彼女の姿を“見る”ことができた。着ていた肌着はドロドロだが、全身泥に塗れてしまった今ではもう気にならなくなっていた。ぬるぬるとした不思議な感触の中で、彼女が体を撫でる度にびりびりとした電気のようなものが身体中を駆け巡る。ドキドキしながらもまったりと心は落ち着いて、まるで心まで泥になって蕩けていくような気持ちよさ。声を上げるしかない彼の体に、彼女が跨る。ちょうどグリネのおちんちんが彼女の股の間に呑み込まれる。残念。グリネの貞操はここで終わってしまった――
「君、なまえは?」
「……グリネ」
彼の瞳に燃えていた炎は生温く柔らかい泥を被せられ消えている。蕩けた顔で名前を言うと、彼女は更に蕩けるような表情を浮かべた。
「グリネちゃん。えへへ、私のグリネちゃん」
彼女が身をよじるたび、彼に新たな快感が迫る。やがて彼女が本格的に腰を動かせば、脳天を突き抜ける快楽が彼の神経を支配する。
「あっ、ああっ! なに、これっ、ふあっ」
「グリネちゃん、もっと、モット気持ちよくなろうねぇ、あんっ」
息を荒げながら、時として呼吸困難に陥りそうになりながらも、少年と泥の彼女は快楽を貪り続ける。
「やっ、だめっ、何かへんっ、おちんちん変なのっ、くるっ」
「いいよぉ、きて。たくさんきてぇ。出しちゃっていいよぉ。お姉ちゃんにぜーんぶ、んはぁっ、出してぇ」
茶褐色の泥の中に、白く濁った微量の液体が放出される。それは泥とは異なったぬめりをもって、彼女の体の内側を登っていく。やがて胸元の宝石のような部分に到達すると、彼女は艶やかな絶頂の嬌声を上げて少年の体の上に倒れ伏した。
「そっか。君も教団の子なんだね」
グリネが落ちた場所で、彼女はグリネの体を赤子のように抱きかかえ、グリネは赤ん坊のように彼女の胸に顔を埋めて頷いた。
「この季節になると、子供が私たちを襲うようになるの。だから私達もずっと備えていたんだけど、原因がわかれば後はどうとでもなるわ。ありがと」
彼女は少年の体を普通の地面の上に戻し、装備品も彼の足元へ返した。泥は彼女の体であり彼女自身であるため、装備品についていた泥はきれいさっぱり取り除かれている。
「今日はごめんね。怖い思いさせちゃって……でもすごく可愛かった。また遊びに来てね。グリネちゃん」
彼女は別れの言葉を告げて、どこへ行くのか背中を見せる。魔物は人を襲う。だから倒さなきゃいけない。そう思って生きてきたグリネは今日目の前の彼女に出会って初めて神父様が言っていたことが真実ではないのではという疑念が芽生えた。彼はこれからのことを考えた。施設に帰っても今まで通りの生活なんてできるはずもなく、なによりシスターにはもう二度と顔を向けられない。しかし彼には身寄りもなく他に行く当てもないので――グリネは遠ざかりつつあった泥沼に飛び込んだ。
数日後、グリネと同じくらいの年代の女の子がシスターに連れられて森の道を進んでいた。そして彼と全く同じ具合にアルラウネのツタに絡めとられた。その様子を見てシスターは“またか”といった顔でその場から引き返した。
「シスター様」
その声に、修道衣の彼女は振り返る。彼女はその声をもちろん覚えていた。ついこの間この森に来たばかりなのだ。忘れるような歳でもない。しかし、彼女はもう聞くこともないと思っていたのかひどく驚いた表情で武術の構えを取った。教え子であるグリネに対して。
「シスター様。どうして見捨てたんですか」
「グリネ。残念だけどミィは、あの女の子はもう助からないわ。貴方と同じように、魔物の仲間になってしまう」
「どうしてそんなこと」
「……教団の過激派は、貴方のような孤児を拾って、優秀な戦士として育て上げることを目的に各地に養護施設を作ったの。教団員試験と称して魔物を殺させるのは過激派を増幅させるためだけど、そんな歳で魔物討伐なんてできるはずないのよ……でも私はここでしか生きられない。神父様の言葉は絶対なの。だから出来そこないの貴方には、ここで消えてもらう」
シスターは飛び上がり、グリネの顔めがけて蹴りを放つ。しかし彼の体は地面の下に沈み消えてしまった。着地した彼女がさっと振り返れば、泥の中から彼女とよく似た姿の女体が湧き上がり、その内側にグリネの目が光っているのが見えた。
「これは、ドローム!? エレメントのなりぞこないがどうしてこんな子供に」
ドロームはムッとした表情を見せると内側にグリネを含んだまま泥中に潜り、シスターの脚を捉えて持ち上げた。
「しまった!」
「“こんな子供”は無いんじゃないの? ヒトの旦那に向かって」
シスターを捉えた巨大な“手”は、空高くそして遠くへ彼女を投げ飛ばした。どこへ落ちたかなんて、ドロームは気にしない。ただただ旦那となったグリネを内側から取り出し抱きしめて恍惚の表情を浮かべるばかりだ。
「待って、お姉ちゃん、さっきの女の子助けなきゃ」
グリネは言うが、手遅れだと分かった。遠くに聞こえる二人分の女の子の嬌声。すっかり甘えた声で“お姉様ぁ”と鳴けば“ミィちゃんよろしくねぇ”ともう一人が返している。そんな会話とともに漂ってくる甘い蜜の香りにグリネとドロームはそれぞれに異なった笑みを浮かべ体を重ねるのだった。
「うーん……」
投げ飛ばされたシスターは、大木の幹に体をぶつけていた。身体中の痛みに眉をひそめながら、グリネとドロームのことを神父様に報告する他ないと考えていた。立ち上がり、土を払い、そして女の子と目が合ってしまった。銀色の髪に黒い翼飾り、とがった耳にハートのピアス、赤い瞳に悪魔の象徴たる怪しい青白の肌。男を誘う幼児体型は教団にとって最も忌むべき存在。なのに、なぜか足は動かない。
「ふぅん、このフォルちゃんの目の前に飛び込んでくるなんて……運命の出会いってやつかな? それともその身なり、もしかしてそーいう背徳的なプレイに目覚めし者かな?」
幼気でありながらその声はシスターの中にあった信仰を打ち崩していく。このままではマズい。早く逃げなければ。しかしそう考えているのに、なぜか少女の瞳から目が離せない。
「ち、違っ」
「じゃあ、目覚めさせてあげるよ。ようこそ、魔物娘の世界へ」
18/05/18 07:07更新 / 小浦すてぃ