読切小説
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深度
1

 ふと何かを考え始めると止まらなくなるタチだった。頭の中でぐるぐると思考が堂々巡り…をすればどれだけよかったか。妄想癖、というか、どうも僕はきっと世間で言われる精神の病の気がちょっとばかりあるのかもしれない。かもしれない、というのはもし本当にそうだった人達と比べた場合、あまりにも僕の抱えている悩みなんてお粗末かもしれないからだ。
 なんせ、彼女に抱かれている最中はそんな悩みもあっさりと消えていくのだから。
 濃い、匂いだった。甘く、強く、身体の芯をぎゅっと掴んで離さない。ひょっとすれば身体のどこか大切な部分を握られてしまっているのかもしれない。……だからどうしたというのだろう。何も考えなくていい、それだけで僕は幸福になれた。何も考えられない快感にじゃなく、何も考えられない状況で幸福になれたのだ。
 歪んでいると、笑うだろうか。
 あるいは、女性の方が可哀そうだと僕を批難する声があるかもしれない。
 きっとそのどちらもが正しいのだと思った。
 一縷の希望に縋っているように見える、かもしれないけれど。僕たちにとってはこれが愛し合う形で、きっとこれから、主に僕が変わっていく棘のある道程だった。

「おい」

 と、ぶっきらぼうに僕を呼ぶ声が聞こえて、意識は途端に目の前――正確には僕に跨って腰を振っている彼女にピントがあった。
 豊満と言って差し支えない男受けする身体が、僕の上で跳ねている。上下運動が繰り返される毎に身体の稜線は砂丘を思わせて艶めかしく、それが蠱惑的に揺れる光景は、きっと情欲を煽るためだけにあった。舌なめずりをしながら肉棒を貪る姿は性行為というよりかは、雌獅子が獲物を食べるときのそれのような。

「おい」

 と、再度僕を呼ぶ声とほぼ同時に下半身に訪れた強烈な収縮に唇から思わず情けない声が出た。
 今まで繰り返してきたようなものに、明らかに怒りの感情を込めたそれに、僕はたまらず「ごめん」と謝った。ごめんの次はすぐに快楽による呻き声が出てしまうあたり、なかなか男らしさとは程遠い自分だと思ったのに、彼女はそれで満足そうに口の端を吊り上げるとにっかり笑って、

「よし、それでいい」

 とだけ言って、また短い喘ぎを断続的に洩らしながら腰を動かし始めた。
 こういうことは、僕らの間では度々あった。身体を重ねている最中でも、僕の精神の天秤がぐらぐらと揺れてはおかしな方向にすとんと落ちてしまう。そうなると、行為の最中でもぼんやりと考え込むことがあった。
 やはり彼女はそれが面白くない(いや彼女だけでなく、大半の女性がそう)らしく、僕がぼんやりとし始めれば声をかけ、おしおきとばかりに苛烈な快感で僕を夢中にさせる。喘がせる。それが、僕にとっては幸せだった。
 吸い寄せられるように量感たっぷりの双丘を鷲掴みにすると、指の間から乳肉が零れてその掌に収まりきらないボリュームをいやでも実感させてくれる。下手をすれば、たぷんと音すら聞こえてきそうだった。
 それだけで、もう憂さは溶けてなくなってしまう。

「ン、はぁっ……やっぱ、男はこれが好きだよなあ?好きなだけ揉みな、アタシはあんたの汁をたんともらうから……ぁっ」

 ただひたすらに激しく腰を動かして、屹立しきった怒張を扱き上げられていくと何度か亀頭が丸い肉の輪に当たる感覚がした。当たる、だけならまだいい。まるで別の生き物のように鈴口にちゅうちゅうと吸い付いてきてはまだ尿道を駆け上ってすらいない精液をねだるこの肉の器官は、果たして子宮口と言っていいのだろうか?
 腰を揺らめかすだけでも幾重にも重なった襞々が満遍なく竿全体を愛撫してきて、思考が蕩けてしまいそうになる。それをぐっと堪えて半ば雄の性だけで腰を突き上げれば彼女は嬉しそうに笑った。
 熱く、そしてぬかるんだ肉壺がさざめいて裏筋を舐め上げれば、それがもっと欲しくて抉ろうとする。
 しとどに濡れた雌口が根本をきゅうきゅうと締め付けてくれば、反射的に肉棒を引き抜こうとして膣襞がざわめきを起こして、それがもっと欲しくて律動を繰り返す。
 理性が介在する余地が一片たりともない、獣じみた交尾だった。主に捕食される側とする側という意味合いで。
 強まりに強まった快感にいよいよ射精欲が睾丸から肉棒の根本へと溜まってくると、僕もがむしゃらに律動を彼女の下半身に叩きつけるしかなかった。急に激しく――彼女から言わせればようやく男らしく――なった突き上げに何も言わず、彼女はただすっと目を細めて身体を倒すと僕の唇を唇で塞いだ。噎せ返りそう、にはならなかった。何回もこうしたセックスをするうちに、僕の匂いと彼女の匂いなんて区別がつかないくらいに混ざり合ってしまっていた。
 ぬるりと唇を割って入ってきた舌を丁重にもてなして、自分からも貪欲に舌を絡ませる。どうしてキスをするときに目を閉じるのかなんて、互いにひどい顔をしているのを見ないために決まっている。そう言った友人の言葉を真に受けて、一度こっそりと目を開けたことがあった。だけど彼女の顔はいつもと変わらない彼女の顔で、貪欲で、愛しくて、こんな僕を変えようとしてくれるここにしかいない一人の顔だった。
 だから僕は、特に恐れることもなくうっすらと目を開けて、彼女の反応を窺いながら舌を絡ませる。唾液を塗し合い、時にはそのぬめりで舌をもつれ滑らせてあらぬ方向へと行きながらも、確かめ合う様にキスをする。時々、お互いに不意に気持ちいい箇所に当たった時にはびくんと舌をのたうたせて、それからまた下の口と上の口で繋がり合う。
 気持ちいい。気持ちいい。気持ちいい。射精したい。射精したい。射精したい。
 考える余裕が、力が全て原始的なそれにすり替わっていく。とても当たり前で、けれど僕にとっては……とても大きな変化で、身体が満たされた直後。

「〜〜〜!!!キ、たぁっ……あっ、やっぱ……量と、勢い、たまん、ね……」

 肉裂に深く埋没したまま、わかりやすい欲求は爆発した。尿道を伝う感覚がはっきりとわかってしまうほどの、濃密な射精。射精している、といより射精されているといった方が明らかに正しかった。
 肉棒に頬擦りされるような細やかな襞の絶頂の動きに、たっぷりと脈動を四、五回繰り返してようやく射精を終えるとぐったりとした疲労感に襲われた。さすがに肉棒も限界を迎えたのか、その硬度を萎えさせるとずるずると生々しい感覚を伴って膣道を引っ掻きながら最後には女口から抜けてしまった。
 彼女はちょっと不満そうにしているが、勘弁してもらいたいところ、と言えば怒られるだろうか。今日はもう繋がる前に口で二度、胸で一度搾られているのだからさすがにお許しを頂きたいところだった。甲斐性なしの僕にしてみれば、奮戦した方だと思う。

「まだ勃つだろ」
「限界」
「嘘つけ」

 ぴしりと人差し指で大切な愚息を弾かれた。痛い。
 抜け殻になった頭で何かを考えようとしたけれど、それも億劫に思えて彼女の身体を抱きしめた。柔らかく、けれど筋肉はしっかりついていて、抱き心地がいい。互いの素肌から感じる、相手の体温が凝り固まった何かを日向のような温度で溶かしてくれている気がして、安心したら溜め息が出た。

「モノと種はいいモン持ってんだから、もちっと粘れるといいんだけどな」
「まだ死んじゃうよ」
「……お前が変わるまでの我慢かあ」

 変わる。それは、どっちの

「両方だバカ」

 そう言って僕を抱きしめ、寝息を立て始めた。僕も彼女の腕の中で、心地よい微睡みになずんでいく。
 眠りに落ちる瞬間、言葉にできそうでできない、もどかしい何かが喉まで出かかって、消えてしまった。
 ありがとう、なんて言ったら、きっと彼女は怒るのだろう。
 なぜか自然と口元が綻んだのが、意識が消えるまでで最後にわかったことだった。
18/10/30 03:16更新 /

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