恋味
1
初めてのキスは、甘酸っぱい。レモンの味。アルコールと煙草が混ざった味。物語によってキスの味なんて様々で、それは時に嬉しさを含んだり悲哀であったりと色々な表現をされている。でも、自分には一生縁のないものだろうと思う。
夏、真っ盛り。
そんなことを考えたりしないと、また頭は暑い暑いと愚痴を吐き出してしまう。僕の住んでいるところは見渡す限り田んぼと畑しかなく、遠くには山が見えるような絵に描いた田舎ではある。それでも道路には人の手が加えられ、きちんとアスファルトに舗装されているからタチが悪い。空を仰げば色は青。腹立たしいほどにその占める割合は大きい。放射熱と反射熱の板挟みというのは予想以上に生き地獄だ。
ガリガリ君の一つでも咥えながら、どうせならこの道を歩きたい。そうすれば風情の一つでも生まれるだろうと、隣を向くとそこには一人の少女が溶けていた。
もちろんそれは比喩で、ぐったりと座り込んで項垂れているだけ。熱されたアスファルトはそうとうな温度のはずなのに、熱くないのだろうかと思えば途端に飛び上るあたり、やっぱり熱いらしい。
「ねえゆーちゃん、夏ってどうしてこう暑いんだろう？」
少女は言った。
「そりゃみーちゃん、暑くないと夏って感じがしないからじゃない。だから太陽だって頑張ってるんだ」
「でもさあ、太陽だっていつかは死んじゃうんだよ？なら今頑張らなくたっていいのにね」
「それは太陽にでも聞いてよ。僕は知らない」
ぶーぶーと隣の少女は文句を言うが、今は一刻も早くこの暑さから逃れたかった。当然ながらゆーちゃんとは僕のこと、みーちゃんとはこの少女のことだ。
蝉の大合唱は命を燃やし続けても構わないとばかりにその共振を肥大化させ、ノイローゼにでもなりそうな予感すらする。少なくとも、この季節は人間なら外に出るべきではないだろう。
それでも外に出ている理由は単純明快で、僕らは川を目指していた。
一時間ほど前、みーちゃんから電話があった。
『ねえゆーちゃん！川へ泳ぎに行こう！』
そんな内容で。涼むためという目的はあれど、僕はクーラーの利いた部屋から抜け出すつもりはさらさらなかった。誰が好き好んで一時の清涼感のために地獄を味わうものかと思ったけど。
ピンポーン、と。
「川に行こうよ！」
この炎天下の中、ご丁寧にお菓子の入った袋をぶら下げて既に我が家の玄関の前にいたみーちゃんを見捨てるほどの外道は、僕の心にはいなかった。
そして現在、徒歩二十分ほどかかる泳げる川を目指して僕らはこの地獄にいる。言いだしっぺのみーちゃんすら若干挫けかけているのだから、まったく夏というのは大したヤツだ。それでも気力を振り絞って尻尾を振り、復活するみーちゃんにはもう軽く感動すら覚える。
そう、尻尾を揺らして。
「そんなこと言うんだから。ゆーちゃんは性格悪いんだ」
「まっとうな意見なだけだろう？」
牛と同じ尻尾がピンと直立した。器用なものだ。蠅とかが寄れば同じように追い払うのだろうか？
「ぜったい他人の不幸は蜜の味だねとかいつか言っちゃうんだ」
「言わないよ。僕には恋の味とか、蜜の味なんてわからない」
「え〜」
会話をし、少しでも歩くたびに彼女の胸はゆさゆさと揺れる。耳は嬉しげに上下に動くし、本当にこんなくだらない雑談でも楽しいのだろう。それが少し羨ましい。
みーちゃんが普通の女の子ではないと僕の中で理解が追いついたのは、今よりもちょっと前、身長が十センチほど小さかった頃だ。彼女が魔物だということを知って、そして他の女性よりもよっぽど蠱惑的な生き物に分類されるものなんだと知った。世の男性が探し求めるような、そんな存在と。
そんな事実を知った当時の僕は、薄情なだけかもしれないが、何も思わなかった。別に驚きも戸惑いもしない。ああそうなんだね、と。
いつもと同じようにみーちゃんと接し、遊んだ。彼女がちょっと特別な存在になったからといって、こんな田舎で異変が起きるはずもなかった。現実は残酷なほどにあっさりと通り過ぎ、季節が過ぎるような剣呑な緩やかさで僕らの日常を育むことしかできなかった。
「逆に恋なんて、どんな味なのか知りたいね」
「え、えぇぇ……えっと、その、う〜ん」
急に赤面してもじもじとし始めるみーちゃん。素直に僕はどんな味なのか気になっただけなんだけど、この返しはかなりのアッパーカットだったらしい。
「そ、そんなことよりもお菓子食べない？はいっ」
一挙手一投足を観察しているだけでも結構楽しかったけれど、僕の視界を遮るようにしてお菓子で満たされたビニール袋を押し付けられてはそれもままならない。逃げたな。
中にあるものはこれまた懐かしい香りがする駄菓子ばかりだったが、これを食べるとおそらく喉が渇いて余計に辛いことになるとみーちゃんは思わなかったのだろうか。しかし差し出されたものを断る残酷さはなく、僕は幾つかの駄菓子を頂戴した。
ミントバジル味、鮭味、珈琲味。選び取ったのは普段なら怖いもの見たさで買い求めるようなものばかりだが、珈琲味が一番まともに見えるのは感覚が麻痺しているせいだろう。
ビニール袋を返すと、みーちゃんはよりにもよってそれを選んだのかと言いたげな顔をしていた。そっちから押し付けておいて、理不尽な。
試しに全てを口の中に押し込み、ハムスターよろしく頬を膨らませて幾度かの咀嚼の後、飲み込んでみせる。特に口の中で奇々怪々な異変が起きるわけでもなく、胃袋が拒絶反応を起こしたわけでもない。それを見てみーちゃんはさらに訝しげな視線を寄越すので、僕はちょっぴりいたたまれない気持ちになった。
「ゆーちゃんってさ、絶対に味オンチだよね」
「失礼だな」
「だってそんなもの食べられるなんて、特に鮭味とか」
「食べられる食べられないはその個人個人の嗜好によるものだろう？とやかく言われる筋合いなんてありゃしないさ。それを言ってしまえばみーちゃんだって、すごく辛いって言われるカレーとかが好きなんでしょ？」
「あれは美味しいからいいの！」
女の子の理屈というのは、きっと男には一生をかけて迷宮の出口を探すものなのだろう。僕は絶賛迷走中だ。みーちゃんは味覚の好みがどうも刺激的なものに傾倒しているらしく、彼女自身が手ずから作ったカレーを食べたうちの母親はひーひー言っていた。辛いものでもある程度は食べられる母が辛そうな表情をするのだから、よっぽどだ。ちなみに僕はそんな危険物に手を出してはいない。味に興味もない。
歩きながらもくだらない雑談はまだまだ続いた。
「ゆーちゃんそういえば食べ物に関しては好き嫌いがないよね」
「食べ物自体が命だよ。なんだろうと手を付けたなら最後まで食べきらなきゃいけない」
「言うことは正しいのに、ゆーちゃんが言うとなんだかすごく薄っぺらく感じるね」
「好き嫌いがないってのはいい事じゃないの？」
「そうかもしれないけど」
ある意味、食べ物に好みがあるみーちゃんが羨ましいとは、言わなかった。
そんな他愛もない話をするうちに、僕たちは川に到着した。これだけ気温が高くてもやはり川の傍はいくらか空気が違う。おまけに木陰も多く、一休みできそうな大きな岩もたくさんある。絶好の避暑地だ。
僕たちがいるのは川原だが、対岸の方はそこそこの深さがあり、僕とみーちゃんの身長なら肩から下は水の中だ。きっと気持ちいいに違いない。
ちょっぴりワクワクしながらも、まずはほっと一息ついて、そこで僕はあることに気が付いた。
川で遊ぶのはいいとして、僕たち二人はいったいぜんたいどうやって川で遊ぶのだろう？肝心なものが僕たちから欠落していることに、さっさと気づけばよかったのかもしれないが、この暑さは正常な思考力まで奪っていたらしい。普段の僕なら絶対に疑問に思うことを今の今まで完全に忘れていた。
みーちゃんは目を輝かせ、ちびっこのような無邪気さをこれでもかと見せつけてくれている。それは大変微笑ましい図であると同時に、それを壊すのは疑問を見つけてしまった僕なのかと思うと、凄く申し訳ない気持ちになる。それでも言わないわけにはいかないだろう。
「ねぇみーちゃん」
「なになに！？」
やたらと元気のいい発音で返事をしてくれるだけに、ずきりと心に楔を打たれた。しかし僕は宣告者のごとく無慈悲に告げなければならないだろう。心を鬼にして、僕は言う。
「着替えもないのにどうやって遊ぶんだい？」
そう、僕たちは着替えを持ってきていなかった。まさかこのまま水遊びに興じるわけにはいかない。濡れて服が肌に張り付くあの不快感は形容し難いし、なにより濡れたまま帰路につき、帰ったらいつの間にか服が乾いていたなんてのはゴメンだ。下着だけになるという手もあるにはあるが、それは僕の人としての尊厳が許さない。
「…………えっ？……………………あっ」
そこからの彼女の表情の変わりようといったら怪人二十面相も諸手を天に放って降参しそうなほどの千変万化。やろうと思えば一人福笑いくらいできるんだなと、場違いな感動を覚えるくらいだった。それでも瞳にはまだ諦めていないぞ、と希望の灯を燃やしているのだから恐れ入る。こういう時のみーちゃんはなんとかしようとしてとんでもないことを言うものだけど、さてどんな発言が飛び出すのかと身構える。
「ねえゆーちゃん！」
そらきた。
「裸んぼで行こう！」
ずっこけた。真顔になるでもなく、聞き返すでもなくずっこけた。幸い身体を打撲することはなかったけど、僕は呆れた声を出さずにはいられなかった。
「みーちゃん……」
「だってだって！せっかくここまで来たんだよ！？」
「気持ちはわかるけど」
それはさすがにまずい。野外ですっぽんぽんはまずい。見る人がいるいないの問題ではなく、倫理的な問題だ。みーちゃんは魔物だからこういうこともお構いなしなんだろう。しかし僕には理性というものがある。いや、こういう言い方はみーちゃんの名誉にも関わるから厳密には違うとはわかっていても、僕の中の少ない語彙辞典には他に上手い言葉が見あたらない。
うまいことみーちゃんを説得しようとして彼女と目が合うと、その気持ちはあっさりと霧散してしまったが。最後の最後で僕は非情には徹しきれなかった。その代償に倫理を捨て去るとはなんとも支払うにしてはダメージが少々過大ではないだろうか？
まあ、それでも。
喜んでいるみーちゃんを見れるなら、それでもいいとちょっとでも思う僕は立派に馬鹿やっている。
ただせめてものお情けとして遊ぶのは水位が深い所ということになり、僕はその有情に危うく涙がこぼれるところだった。
「えっへへへ」
「嬉しそうだねまったく」
「うん」
そう屈託なく言われると、満更でもない気になる。実際肩まで冷たい川の水に浸かると、ここに来るまでに暑い暑いと汗を流していた僕は生き返った気分になった。流れが緩やかなのもありがたい。しかし本当にありがたいのは彼女の胸が浮いているその光景だろう。前々からみーちゃんの胸は年相応の女子が持っているものと比べると反則的な量感を誇っているとは、常々思っていたけれど。
浮くとなるとあらためてその破壊力を思い知らされる。この光景を拝むことができたのなら、きっと他の男子は生きて本望と立ったまま死ぬのだろう。
欲望含んだ視線を察知したのか、みーちゃんは慌てて胸元を手で隠し、恨みがましい目で僕を見た。
「……えっち」
「あ、ごめん。つい」
きちんと僕は謝ったのだが、下半身に突然訪れた狼藉者に僕は変態と批難の声を浴びせた。犯人は一人しかいない。息子にそっと手を這わせたみーちゃんは悪戯っぽい笑みを浮かべていた。その笑みの中に、魔物が、好色さが隠れようともしていないことにたまらず苦笑いをこぼす。視線だけで発情したのなら、それはそれで魔物らしい。みーちゃんらしい。
いいようにされるのは癪なので、彼女の背後に回ると後ろからその豊かな胸を下から掬うように掴む。
こんな淫行が当たり前になったのはいつからだろう。切っ掛けはきっとあったはずだけれど、もう記憶の海から引き揚げることすら面倒になってしまって、久しい。
浮力の助けを得てもその重量感はたまらず生唾を飲み込むほどで、強く力を入れれば指が沈むその様は見ているだけで興奮する。理性が溶けていく中、僕はたまらず愚息を彼女の股下から通した。下から見上げれば彼女に男性器が生えているような風に見えるだろう。その意図を察して、彼女は両手で肉槍を扱き始める。ゆっくりと焦らすように、これが好きともうばれてしまっているせいで。
腰から微弱な電流が流れてくるのに負けず、僕は彼女の乳首をきゅっと摘む。短い嬌声と同時に、先端から白い乳が噴き出すと川と混じり、なかなかに愉快な光景だった。
くっくっと悪い笑みが知らぬところで洩れるが、ばっちり聞かれて抗議の代わりとばかりに鈴口を指の先で圧迫され、今度は僕が嬌声をあげた。
「む〜」
「ごめんごめん」
不満げに首だけこっちを向く彼女にそっとキスをすると、なんとかおさまってくれた。と思ったのが不意打ちだった。片方の手がすっぽりと亀頭を包んだと思うと、もう一方は竿を激しく扱きあげ、じれったい快感ばかりだった僕は妙な声を出して呆気なく射精した。
「仕返し！」
「……やられた」
にかっと笑うみーちゃん。その双眸からは、また色情の灯は消えていない。むしろさっきの行為で余計に燃え盛っているようにうかがえて、僕らは仕方なく近くの浅瀬へと移動した。そこに寝転んでも大丈夫なことを確認すると、僕は足を広げて座る。心得たように間髪いれずみーちゃんはその豊かな双丘で僕のペニスを挟みこんだ。
両側から襲ってくる柔らかい感覚。それはもう視覚の要素も込めて一種の暴力に近かった。みーちゃんが両手でぎゅっと胸を寄せればそれだけで圧迫感が下半身を襲い、胸の中でびくんと肉棒が震える。亀頭がまるまる谷間から顔を覗かせている光景もひどく淫らで、背筋を背徳感が走るのに恍惚とせずにはいられない。
みーちゃんの舌はその亀頭を見逃さず、妖艶に動いて男の泣き所も攻めてくる。
「これ好きだよね」
「ロマンみたいなものかな」
「へ〜え」
言いながらみーちゃんは涎を谷間に溜め、潤滑剤代わりにしてさらなる奉仕をしてくる。胸を寄せるのはそのままに、それを上下に動かすだけで腰が抜けそうになる。胸を使った、疑似的なセックスに近い。現に僕なんかもう彼女を犯している気分になっている。いや、犯されている、か。
ちゃぷちゃぷと水音が聴覚すら愉しませ、その中に少しだけ粘質な音が混じっていることに気づくと余計なものが全て吹っ飛んだ。じわじわと快感は尿道からせぐり上がり、それが我慢汁になって彼女の谷間の涎と混ざり合いべとべとになっていく。それでも嫌な顔一つせず、むしろ嬉しそうにしてパイズリの手を早めるみーちゃんに、僕はもう白旗を揚げた。
「ごめん、限界だっ」
「い〜よ〜。出して出してっ」
その言葉を引き金として、彼女の谷間から亀頭が覗いた瞬間、噴水のように射精は起こった。凄まじい迸りの量と勢いで彼女の顔には幾らかの精液が付着し、谷間もどろどろになり、それが重力のままにゆっくりと垂れていくのはこの世のものとは思えないほど淫靡だった。これだけでも普通なら満足するだろうが、僕もみーちゃんもまだまだ若い。
近くの大きな岩にみーちゃんは手をつき、お尻を突き出す恰好になる。後ろから入れて、と言わんばかりに。自分のモノが萎えていないのを確認してから、僕はそっと彼女の入り口にそそり立つ肉塔をあてがった。既にしとどに濡れた彼女の秘所は男を迎え入れる準備は整っていて、これから起こるであろう快感を待ちきれない様子でいた。
躊躇いなく挿入すると、みーちゃんはたまらず声をあげる。そこではっと僕らは外にいることを思い出した。
「みーちゃん、もうちょっと声おさえて」
「むり、むりぃ」
嘘ではないのはわかっている。彼女の膣内は別の生き物のように蠢いて、律動のたびに収縮を繰り返して子種を搾りとろうとしてくる。奥へ進む時には緩まり子宮まで届くように、抜こうとすれば一気に締まりはキツくなって駄々をこねる。肉襞の一つ一つが竿に絡みつき、万遍なくとめどない愛撫をしてくることからもそれは嫌というほどわかる。声を抑えさせるのも可哀想になった僕は仕方なく折れ、がむしゃらに腰を動かした。
当然ながらみーちゃんの嬌声はよく響き、結合部からは愛液が垂れて川へと落ちていく。また胸へと手を伸ばして乳首をきゅっと摘めば、喘ぎ声は悲鳴に近いものになり、牛乳が噴出すると同時に千切れそうなほどの締まりに僕も喘ぐ。
声の心配をしていたのもほんのわずかなことで、お互いに呂律が回らないくなるとただ貪り合う獣になっていた。一度彼女の子宮口にぴったりと先端を押し付けて射精すると、それだけで得も言われぬ充足感が身体に降り注ぎ、それでも満たされずに射精しながら腰を動かす。それを喜んで受け入れるみーちゃんも僕も、獣以外の何物でもなかっただろう。
避暑地で汗ばむ肌を晒しながら、獣の性行為はひぐらしが鳴くようになるまで続いた。お互いに本当に限界になり、場所はいつの間にか川原へと移り、体位も騎乗位へと変わり。
下からみーちゃんを貫く勢いで腰を突き上げると、彼女のお腹の辺りが少しだけ盛り上がり、がくがくと身体を震わせた。僕もおそらく似たような顔をしていたと思う。満足そうな顔をして彼女の膣に精を放ち、倒れ込んでくる彼女をしっかりと抱きしめてあげた。
この後の帰り道を考えると億劫にはなったけれど、それでも満たされたこの感覚を嫌いになんてなれなかった。
2
どうせ近くに川があるからと、お互いに身体を洗っている最中、僕はふと自分の手についている液体に気づいた。みーちゃんの牛乳だ。
その時の僕は何を思ったのかは自分でもわからない。そういえば、彼女の乳というものを未だ口に含んだことがなかったと。それだけのふとした思い付きだったかもしれない。
ただ、それをぺろりと、舐めてみて、思わず笑ってしまった。
今まで味わったことのない味。いや、そもそも初めて味らしい味を味わった。
味覚に異常がある僕が。
濃厚で、噎せ返りそうで、それでも嫌じゃない味。
「どうしたの？ゆーちゃん」
「なんでもないよ」
なんでもないんだ、と。
これが彼女の味なら、恋の味はどんなものなんだろうか。変なゆーちゃんと言い放って一人着替えるみーちゃんを見て、僕はまだ夏が長いと実感した。
「ねえみーちゃん」
「ん、なあに？」
行為の熱もようやくひいて、大人しい顔になったみーちゃんに。
「今度はいつ遊ぼっか」
初めてのキスは、甘酸っぱい。レモンの味。アルコールと煙草が混ざった味。物語によってキスの味なんて様々で、それは時に嬉しさを含んだり悲哀であったりと色々な表現をされている。でも、自分には一生縁のないものだろうと思う。
夏、真っ盛り。
そんなことを考えたりしないと、また頭は暑い暑いと愚痴を吐き出してしまう。僕の住んでいるところは見渡す限り田んぼと畑しかなく、遠くには山が見えるような絵に描いた田舎ではある。それでも道路には人の手が加えられ、きちんとアスファルトに舗装されているからタチが悪い。空を仰げば色は青。腹立たしいほどにその占める割合は大きい。放射熱と反射熱の板挟みというのは予想以上に生き地獄だ。
ガリガリ君の一つでも咥えながら、どうせならこの道を歩きたい。そうすれば風情の一つでも生まれるだろうと、隣を向くとそこには一人の少女が溶けていた。
もちろんそれは比喩で、ぐったりと座り込んで項垂れているだけ。熱されたアスファルトはそうとうな温度のはずなのに、熱くないのだろうかと思えば途端に飛び上るあたり、やっぱり熱いらしい。
「ねえゆーちゃん、夏ってどうしてこう暑いんだろう？」
少女は言った。
「そりゃみーちゃん、暑くないと夏って感じがしないからじゃない。だから太陽だって頑張ってるんだ」
「でもさあ、太陽だっていつかは死んじゃうんだよ？なら今頑張らなくたっていいのにね」
「それは太陽にでも聞いてよ。僕は知らない」
ぶーぶーと隣の少女は文句を言うが、今は一刻も早くこの暑さから逃れたかった。当然ながらゆーちゃんとは僕のこと、みーちゃんとはこの少女のことだ。
蝉の大合唱は命を燃やし続けても構わないとばかりにその共振を肥大化させ、ノイローゼにでもなりそうな予感すらする。少なくとも、この季節は人間なら外に出るべきではないだろう。
それでも外に出ている理由は単純明快で、僕らは川を目指していた。
一時間ほど前、みーちゃんから電話があった。
『ねえゆーちゃん！川へ泳ぎに行こう！』
そんな内容で。涼むためという目的はあれど、僕はクーラーの利いた部屋から抜け出すつもりはさらさらなかった。誰が好き好んで一時の清涼感のために地獄を味わうものかと思ったけど。
ピンポーン、と。
「川に行こうよ！」
この炎天下の中、ご丁寧にお菓子の入った袋をぶら下げて既に我が家の玄関の前にいたみーちゃんを見捨てるほどの外道は、僕の心にはいなかった。
そして現在、徒歩二十分ほどかかる泳げる川を目指して僕らはこの地獄にいる。言いだしっぺのみーちゃんすら若干挫けかけているのだから、まったく夏というのは大したヤツだ。それでも気力を振り絞って尻尾を振り、復活するみーちゃんにはもう軽く感動すら覚える。
そう、尻尾を揺らして。
「そんなこと言うんだから。ゆーちゃんは性格悪いんだ」
「まっとうな意見なだけだろう？」
牛と同じ尻尾がピンと直立した。器用なものだ。蠅とかが寄れば同じように追い払うのだろうか？
「ぜったい他人の不幸は蜜の味だねとかいつか言っちゃうんだ」
「言わないよ。僕には恋の味とか、蜜の味なんてわからない」
「え〜」
会話をし、少しでも歩くたびに彼女の胸はゆさゆさと揺れる。耳は嬉しげに上下に動くし、本当にこんなくだらない雑談でも楽しいのだろう。それが少し羨ましい。
みーちゃんが普通の女の子ではないと僕の中で理解が追いついたのは、今よりもちょっと前、身長が十センチほど小さかった頃だ。彼女が魔物だということを知って、そして他の女性よりもよっぽど蠱惑的な生き物に分類されるものなんだと知った。世の男性が探し求めるような、そんな存在と。
そんな事実を知った当時の僕は、薄情なだけかもしれないが、何も思わなかった。別に驚きも戸惑いもしない。ああそうなんだね、と。
いつもと同じようにみーちゃんと接し、遊んだ。彼女がちょっと特別な存在になったからといって、こんな田舎で異変が起きるはずもなかった。現実は残酷なほどにあっさりと通り過ぎ、季節が過ぎるような剣呑な緩やかさで僕らの日常を育むことしかできなかった。
「逆に恋なんて、どんな味なのか知りたいね」
「え、えぇぇ……えっと、その、う〜ん」
急に赤面してもじもじとし始めるみーちゃん。素直に僕はどんな味なのか気になっただけなんだけど、この返しはかなりのアッパーカットだったらしい。
「そ、そんなことよりもお菓子食べない？はいっ」
一挙手一投足を観察しているだけでも結構楽しかったけれど、僕の視界を遮るようにしてお菓子で満たされたビニール袋を押し付けられてはそれもままならない。逃げたな。
中にあるものはこれまた懐かしい香りがする駄菓子ばかりだったが、これを食べるとおそらく喉が渇いて余計に辛いことになるとみーちゃんは思わなかったのだろうか。しかし差し出されたものを断る残酷さはなく、僕は幾つかの駄菓子を頂戴した。
ミントバジル味、鮭味、珈琲味。選び取ったのは普段なら怖いもの見たさで買い求めるようなものばかりだが、珈琲味が一番まともに見えるのは感覚が麻痺しているせいだろう。
ビニール袋を返すと、みーちゃんはよりにもよってそれを選んだのかと言いたげな顔をしていた。そっちから押し付けておいて、理不尽な。
試しに全てを口の中に押し込み、ハムスターよろしく頬を膨らませて幾度かの咀嚼の後、飲み込んでみせる。特に口の中で奇々怪々な異変が起きるわけでもなく、胃袋が拒絶反応を起こしたわけでもない。それを見てみーちゃんはさらに訝しげな視線を寄越すので、僕はちょっぴりいたたまれない気持ちになった。
「ゆーちゃんってさ、絶対に味オンチだよね」
「失礼だな」
「だってそんなもの食べられるなんて、特に鮭味とか」
「食べられる食べられないはその個人個人の嗜好によるものだろう？とやかく言われる筋合いなんてありゃしないさ。それを言ってしまえばみーちゃんだって、すごく辛いって言われるカレーとかが好きなんでしょ？」
「あれは美味しいからいいの！」
女の子の理屈というのは、きっと男には一生をかけて迷宮の出口を探すものなのだろう。僕は絶賛迷走中だ。みーちゃんは味覚の好みがどうも刺激的なものに傾倒しているらしく、彼女自身が手ずから作ったカレーを食べたうちの母親はひーひー言っていた。辛いものでもある程度は食べられる母が辛そうな表情をするのだから、よっぽどだ。ちなみに僕はそんな危険物に手を出してはいない。味に興味もない。
歩きながらもくだらない雑談はまだまだ続いた。
「ゆーちゃんそういえば食べ物に関しては好き嫌いがないよね」
「食べ物自体が命だよ。なんだろうと手を付けたなら最後まで食べきらなきゃいけない」
「言うことは正しいのに、ゆーちゃんが言うとなんだかすごく薄っぺらく感じるね」
「好き嫌いがないってのはいい事じゃないの？」
「そうかもしれないけど」
ある意味、食べ物に好みがあるみーちゃんが羨ましいとは、言わなかった。
そんな他愛もない話をするうちに、僕たちは川に到着した。これだけ気温が高くてもやはり川の傍はいくらか空気が違う。おまけに木陰も多く、一休みできそうな大きな岩もたくさんある。絶好の避暑地だ。
僕たちがいるのは川原だが、対岸の方はそこそこの深さがあり、僕とみーちゃんの身長なら肩から下は水の中だ。きっと気持ちいいに違いない。
ちょっぴりワクワクしながらも、まずはほっと一息ついて、そこで僕はあることに気が付いた。
川で遊ぶのはいいとして、僕たち二人はいったいぜんたいどうやって川で遊ぶのだろう？肝心なものが僕たちから欠落していることに、さっさと気づけばよかったのかもしれないが、この暑さは正常な思考力まで奪っていたらしい。普段の僕なら絶対に疑問に思うことを今の今まで完全に忘れていた。
みーちゃんは目を輝かせ、ちびっこのような無邪気さをこれでもかと見せつけてくれている。それは大変微笑ましい図であると同時に、それを壊すのは疑問を見つけてしまった僕なのかと思うと、凄く申し訳ない気持ちになる。それでも言わないわけにはいかないだろう。
「ねぇみーちゃん」
「なになに！？」
やたらと元気のいい発音で返事をしてくれるだけに、ずきりと心に楔を打たれた。しかし僕は宣告者のごとく無慈悲に告げなければならないだろう。心を鬼にして、僕は言う。
「着替えもないのにどうやって遊ぶんだい？」
そう、僕たちは着替えを持ってきていなかった。まさかこのまま水遊びに興じるわけにはいかない。濡れて服が肌に張り付くあの不快感は形容し難いし、なにより濡れたまま帰路につき、帰ったらいつの間にか服が乾いていたなんてのはゴメンだ。下着だけになるという手もあるにはあるが、それは僕の人としての尊厳が許さない。
「…………えっ？……………………あっ」
そこからの彼女の表情の変わりようといったら怪人二十面相も諸手を天に放って降参しそうなほどの千変万化。やろうと思えば一人福笑いくらいできるんだなと、場違いな感動を覚えるくらいだった。それでも瞳にはまだ諦めていないぞ、と希望の灯を燃やしているのだから恐れ入る。こういう時のみーちゃんはなんとかしようとしてとんでもないことを言うものだけど、さてどんな発言が飛び出すのかと身構える。
「ねえゆーちゃん！」
そらきた。
「裸んぼで行こう！」
ずっこけた。真顔になるでもなく、聞き返すでもなくずっこけた。幸い身体を打撲することはなかったけど、僕は呆れた声を出さずにはいられなかった。
「みーちゃん……」
「だってだって！せっかくここまで来たんだよ！？」
「気持ちはわかるけど」
それはさすがにまずい。野外ですっぽんぽんはまずい。見る人がいるいないの問題ではなく、倫理的な問題だ。みーちゃんは魔物だからこういうこともお構いなしなんだろう。しかし僕には理性というものがある。いや、こういう言い方はみーちゃんの名誉にも関わるから厳密には違うとはわかっていても、僕の中の少ない語彙辞典には他に上手い言葉が見あたらない。
うまいことみーちゃんを説得しようとして彼女と目が合うと、その気持ちはあっさりと霧散してしまったが。最後の最後で僕は非情には徹しきれなかった。その代償に倫理を捨て去るとはなんとも支払うにしてはダメージが少々過大ではないだろうか？
まあ、それでも。
喜んでいるみーちゃんを見れるなら、それでもいいとちょっとでも思う僕は立派に馬鹿やっている。
ただせめてものお情けとして遊ぶのは水位が深い所ということになり、僕はその有情に危うく涙がこぼれるところだった。
「えっへへへ」
「嬉しそうだねまったく」
「うん」
そう屈託なく言われると、満更でもない気になる。実際肩まで冷たい川の水に浸かると、ここに来るまでに暑い暑いと汗を流していた僕は生き返った気分になった。流れが緩やかなのもありがたい。しかし本当にありがたいのは彼女の胸が浮いているその光景だろう。前々からみーちゃんの胸は年相応の女子が持っているものと比べると反則的な量感を誇っているとは、常々思っていたけれど。
浮くとなるとあらためてその破壊力を思い知らされる。この光景を拝むことができたのなら、きっと他の男子は生きて本望と立ったまま死ぬのだろう。
欲望含んだ視線を察知したのか、みーちゃんは慌てて胸元を手で隠し、恨みがましい目で僕を見た。
「……えっち」
「あ、ごめん。つい」
きちんと僕は謝ったのだが、下半身に突然訪れた狼藉者に僕は変態と批難の声を浴びせた。犯人は一人しかいない。息子にそっと手を這わせたみーちゃんは悪戯っぽい笑みを浮かべていた。その笑みの中に、魔物が、好色さが隠れようともしていないことにたまらず苦笑いをこぼす。視線だけで発情したのなら、それはそれで魔物らしい。みーちゃんらしい。
いいようにされるのは癪なので、彼女の背後に回ると後ろからその豊かな胸を下から掬うように掴む。
こんな淫行が当たり前になったのはいつからだろう。切っ掛けはきっとあったはずだけれど、もう記憶の海から引き揚げることすら面倒になってしまって、久しい。
浮力の助けを得てもその重量感はたまらず生唾を飲み込むほどで、強く力を入れれば指が沈むその様は見ているだけで興奮する。理性が溶けていく中、僕はたまらず愚息を彼女の股下から通した。下から見上げれば彼女に男性器が生えているような風に見えるだろう。その意図を察して、彼女は両手で肉槍を扱き始める。ゆっくりと焦らすように、これが好きともうばれてしまっているせいで。
腰から微弱な電流が流れてくるのに負けず、僕は彼女の乳首をきゅっと摘む。短い嬌声と同時に、先端から白い乳が噴き出すと川と混じり、なかなかに愉快な光景だった。
くっくっと悪い笑みが知らぬところで洩れるが、ばっちり聞かれて抗議の代わりとばかりに鈴口を指の先で圧迫され、今度は僕が嬌声をあげた。
「む〜」
「ごめんごめん」
不満げに首だけこっちを向く彼女にそっとキスをすると、なんとかおさまってくれた。と思ったのが不意打ちだった。片方の手がすっぽりと亀頭を包んだと思うと、もう一方は竿を激しく扱きあげ、じれったい快感ばかりだった僕は妙な声を出して呆気なく射精した。
「仕返し！」
「……やられた」
にかっと笑うみーちゃん。その双眸からは、また色情の灯は消えていない。むしろさっきの行為で余計に燃え盛っているようにうかがえて、僕らは仕方なく近くの浅瀬へと移動した。そこに寝転んでも大丈夫なことを確認すると、僕は足を広げて座る。心得たように間髪いれずみーちゃんはその豊かな双丘で僕のペニスを挟みこんだ。
両側から襲ってくる柔らかい感覚。それはもう視覚の要素も込めて一種の暴力に近かった。みーちゃんが両手でぎゅっと胸を寄せればそれだけで圧迫感が下半身を襲い、胸の中でびくんと肉棒が震える。亀頭がまるまる谷間から顔を覗かせている光景もひどく淫らで、背筋を背徳感が走るのに恍惚とせずにはいられない。
みーちゃんの舌はその亀頭を見逃さず、妖艶に動いて男の泣き所も攻めてくる。
「これ好きだよね」
「ロマンみたいなものかな」
「へ〜え」
言いながらみーちゃんは涎を谷間に溜め、潤滑剤代わりにしてさらなる奉仕をしてくる。胸を寄せるのはそのままに、それを上下に動かすだけで腰が抜けそうになる。胸を使った、疑似的なセックスに近い。現に僕なんかもう彼女を犯している気分になっている。いや、犯されている、か。
ちゃぷちゃぷと水音が聴覚すら愉しませ、その中に少しだけ粘質な音が混じっていることに気づくと余計なものが全て吹っ飛んだ。じわじわと快感は尿道からせぐり上がり、それが我慢汁になって彼女の谷間の涎と混ざり合いべとべとになっていく。それでも嫌な顔一つせず、むしろ嬉しそうにしてパイズリの手を早めるみーちゃんに、僕はもう白旗を揚げた。
「ごめん、限界だっ」
「い〜よ〜。出して出してっ」
その言葉を引き金として、彼女の谷間から亀頭が覗いた瞬間、噴水のように射精は起こった。凄まじい迸りの量と勢いで彼女の顔には幾らかの精液が付着し、谷間もどろどろになり、それが重力のままにゆっくりと垂れていくのはこの世のものとは思えないほど淫靡だった。これだけでも普通なら満足するだろうが、僕もみーちゃんもまだまだ若い。
近くの大きな岩にみーちゃんは手をつき、お尻を突き出す恰好になる。後ろから入れて、と言わんばかりに。自分のモノが萎えていないのを確認してから、僕はそっと彼女の入り口にそそり立つ肉塔をあてがった。既にしとどに濡れた彼女の秘所は男を迎え入れる準備は整っていて、これから起こるであろう快感を待ちきれない様子でいた。
躊躇いなく挿入すると、みーちゃんはたまらず声をあげる。そこではっと僕らは外にいることを思い出した。
「みーちゃん、もうちょっと声おさえて」
「むり、むりぃ」
嘘ではないのはわかっている。彼女の膣内は別の生き物のように蠢いて、律動のたびに収縮を繰り返して子種を搾りとろうとしてくる。奥へ進む時には緩まり子宮まで届くように、抜こうとすれば一気に締まりはキツくなって駄々をこねる。肉襞の一つ一つが竿に絡みつき、万遍なくとめどない愛撫をしてくることからもそれは嫌というほどわかる。声を抑えさせるのも可哀想になった僕は仕方なく折れ、がむしゃらに腰を動かした。
当然ながらみーちゃんの嬌声はよく響き、結合部からは愛液が垂れて川へと落ちていく。また胸へと手を伸ばして乳首をきゅっと摘めば、喘ぎ声は悲鳴に近いものになり、牛乳が噴出すると同時に千切れそうなほどの締まりに僕も喘ぐ。
声の心配をしていたのもほんのわずかなことで、お互いに呂律が回らないくなるとただ貪り合う獣になっていた。一度彼女の子宮口にぴったりと先端を押し付けて射精すると、それだけで得も言われぬ充足感が身体に降り注ぎ、それでも満たされずに射精しながら腰を動かす。それを喜んで受け入れるみーちゃんも僕も、獣以外の何物でもなかっただろう。
避暑地で汗ばむ肌を晒しながら、獣の性行為はひぐらしが鳴くようになるまで続いた。お互いに本当に限界になり、場所はいつの間にか川原へと移り、体位も騎乗位へと変わり。
下からみーちゃんを貫く勢いで腰を突き上げると、彼女のお腹の辺りが少しだけ盛り上がり、がくがくと身体を震わせた。僕もおそらく似たような顔をしていたと思う。満足そうな顔をして彼女の膣に精を放ち、倒れ込んでくる彼女をしっかりと抱きしめてあげた。
この後の帰り道を考えると億劫にはなったけれど、それでも満たされたこの感覚を嫌いになんてなれなかった。
2
どうせ近くに川があるからと、お互いに身体を洗っている最中、僕はふと自分の手についている液体に気づいた。みーちゃんの牛乳だ。
その時の僕は何を思ったのかは自分でもわからない。そういえば、彼女の乳というものを未だ口に含んだことがなかったと。それだけのふとした思い付きだったかもしれない。
ただ、それをぺろりと、舐めてみて、思わず笑ってしまった。
今まで味わったことのない味。いや、そもそも初めて味らしい味を味わった。
味覚に異常がある僕が。
濃厚で、噎せ返りそうで、それでも嫌じゃない味。
「どうしたの？ゆーちゃん」
「なんでもないよ」
なんでもないんだ、と。
これが彼女の味なら、恋の味はどんなものなんだろうか。変なゆーちゃんと言い放って一人着替えるみーちゃんを見て、僕はまだ夏が長いと実感した。
「ねえみーちゃん」
「ん、なあに？」
行為の熱もようやくひいて、大人しい顔になったみーちゃんに。
「今度はいつ遊ぼっか」
15/11/11 21:52更新 / 綴