読切小説
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物語と結末と証明と
あるところに、盲目の少年とリャナンシーが住んでいました。
リャナンシーは少年のことが好きだったのですが、中々言い出せません。
控えめな性格が起因して、自分の本音を言えなかったのです。
もちろん、少年がそこまで察してくれるはずもありません。
果たして、二人の仲はどうなるのでしょうか。
                                恋泡沫/レイラ・著









 山奥にある小さな小屋。その小屋が私の世界の全てだった。私にとってはそれで十分で、他に何か望むなんて、過ぎたものだと思っていた。
 窓から差し込む木漏れ日をうけて、木製の椅子に腰掛けながら、机の上にある無垢な羊皮紙をインクで汚していく。始まりが何の変哲もない羊皮紙なのは、どこも同じだ。そこから、そっと自分のペンで、インクで、語彙で羊皮紙を汚して、自分の世界を作っていく。
 そう思うと、じわりとペンの先からインクが滲んでいく瞬間も、好きになれた。誰でも等しい可能性を与えてくれる、汚れていない羊皮紙を汚した瞬間に、自分にとって、他人にとっての名作ができるのか駄作ができるのかが決まる。
 その瞬間が、好きになれた。
 旅商いの想いも眠っていた楽譜も、どんな荒唐無稽な話も自分次第で彩ることができる。そう、首のお高い筆の先が走れば。
 恋も。
 恋だって。
 自分の翅を少しだけ動かして、体に張り詰めている緊張をほぐす。自分の背中にあるから、昆虫のような翅が動くのを今まで見たことがないのが、少し残念だった。見ることができればきっとなにか物語を書くきっかけになると思うのに。
 もっとも、見れたところでどんな話になるかは決まっているのだけれど。
 そんなとき、背後で微かに気配がした。
 ぐっすりと眠っていたのが、ゆっくりと覚醒して、穏やかな目覚めを迎えたようなそんな気配。本当は気配だけでそこまでわかるはずはないけれど、そんな気がした。

「う〜ん、・・・おはよう、レイラ」
「お、おはよう、シン」

 レイラ。私の名前だった。元々名前なんてなかった私に、ベッドから上半身だけを起こしている少年――シンがつけてくれた名前。
 でも、シンの今にも消えそうな儚さをブレンドさせた声に、私の心臓は跳ね上がった。
シン。シン。目の見えない、盲目の少年。私の、大好きな人。
 シンとの最初の出会いは、普通かどうかわからない。私は普段どおり、あちらこちらをうろついていたのだけれど、その時に、精を感じた。私たちリャナンシーが感じる、作品に込められた精。私はその精に誘蛾灯に誘われるようにして、シンの小屋に忍び入った。そこで目にしたのは、ベッドに腰掛けてぶつぶつと独り言を呟く少年――シンの姿だった。
 私に気づいたシンは、私を招き入れて、物語を聞かせてくれた。目が見えなくて、文字が書けないからと、思い浮かべては泡沫のように消えていく欠片のような物語を。
 それだけで、私の心はもうシンしか見えなくなっていた。網膜には、シンしか映らなくなってしまった。
 ううん。
 もっと簡単に説明すれば。
 通り一遍の建前なんて消し炭にして言えば。
 一目見て、好きになった。

「レイラ、昨日は物語が書けたら寝るって言ってたけど、結局ちゃんと眠れたの?」
「うん。大丈夫、ちゃんと眠ったから・・・」
「そう。楽しみだなあ、レイラの物語を聞くの」
「私の物語なんて、面白くないんじゃない・・・?」
「そんなことないよ。僕にとってはどれも新鮮で、とっても面白いよ。嘘じゃない。なんなら、僕が物語の証明になってやる」

 物語の証明になってやる。シンがよく口にする言葉だった。きっとシンなりの、面白いって感想の言い回しなんだと思う。そんな言葉を耳にするたびに、私は嬉しい気持ちでいっぱいになる。他にあらわす言葉なんて知らない。そうとしか言えないものが、胸から溢れてくる。
 私はシンのことが好きだった。好きで、好きで、好きだった。許されるなら、私の体を貪って欲しい。唇の柔らかさも、胸の弾けるような肌触りも、何もかも求めて欲しかった。抱きしめて欲しい、キスして欲しい、慰めて欲しい、寄り添って欲しい。きっと女の子なら抱く思いを、けれど私はシンに言い出せないでいた。
 理由は純粋なもので、ただ恥ずかしかった。
 それを友人に話すと、大笑いされた。余計に恥ずかしさが増してしまったけれど、でも仕方が無い。だって、できないものはできないんだから。シンが私を求めてこない以上、私が積極的になるしかないのはわかってる。痛いほどわかっているけれど。
 けれど、できなかった。
 自分とシンとのそんな光景を思い浮かべるだけで心臓がドキドキする。脈がやけに早くなって、体中から汗が出てきて。頭がまともな思考を許さなくなって、結局自分の中に閉じこもってしまう。
 そんな日が続いていた。決心して、告白しようとしても、失敗する日々。目が見えないから、古風に恋文を認めるなんてことはできず、想いを伝えるには、私が直接口で伝えるしかなかった。
 それは、私にとってあまりにも重い、重くて潰れそうになるようなものだった。

「レイラ?本当に大丈夫?」
「え、あ、ああ大丈夫!ちょっと考え事してただけだから」
「急に黙っちゃうんだもん、びっくりしたよ」
「ごめん・・・」

 どうやら、色々考えすぎて、現実が疎かになっていたようだ。

「それにしても、レイラは凄いよね」
「え?ど、どうして?」
「だって書くもの書くもの、どれも面白いから。僕もそんな物語が書けたらいいなあ」
「・・・・・・・・・」

 シンは目が見えない。ただ、目が見えないと物語が書けないということは、決してイコールではなかった。
 目が見えなくても、たとえたどたどしく乱雑であっても、文字は書ける。そう、シンは、盲目でも物書きだった。作品に思いを、精を込められる人だった。
 ただ、問題は。
 どこまで自分が物語を書いていたのか、それを忘れてしまうことだった。
 目が見えないということは、確認ができないということで、確認ができないということは、休止ができないということ。

「本当に、レイラがいてくれて助かったよ」

 それが、そのシンにとっては致命的な欠点が、私にとっては関係を保つ唯一の鎖のようなものだった。
 ・・・ううん。鎖なんて強固なものじゃない。今にも切れてしまいそうな、ほつれた糸のような繋がりだった。

「別に、私は何もしてないよ・・・」

 そう、何もしてない。
 ただ一緒にいたくて、だから。
 出会った時に、招き入れられた時に、悟った。物語の主人公のような聡明さと賢しさで、シンの傍にいられる方法を見つけた。たぶん、シンはそんな方法なんて使わなくても、きっと傍にいさせてくれたと思う。でも、それじゃあ私が、私自身が納得できなかった。引っ込み思案で、臆病な私自身が納得をしなかった。
 だから。
 私はシンに提案をした。
 シンの物語を音読して、どこで終わったのか、物語の続きはどこから始まるのかを伝えるということを。そして、その代わりに私が書く物語の感想を聞かせて欲しいと。
 図々しい。
 きっと理解されないだろうし、もし理解されたとしてもおかしいと軽蔑されるかもしれない。でも、そんな私の提案も、シンは。

「ううん。すっごく助かってるよ。前はどうしても確認ができなかったからさ、途中で諦めるしかなかったんだ」
「そんな・・・・・・・」

 今、私の本心を打ち明ければシンはどうなるんだろう。
 ただ傍にいたいだけでこんなことをしてるんだと話したら、私に愛想をつかせてしまうだろうか。
 ・・・できもしない行動なのに、その想像にだけは、嫌なリアリティがあった。それがたとえ私の小心から来ているものだとしても。焦心から来ているものだとしても。

「それじゃあ、今日もよろしくね、レイラ」
「うん」

 言って、私はシンのすぐ傍にあった羊皮紙を手に取り、物語を読み進める。読み進めるといっても、当然これは私のものではなく、シンの物語だから、要所要所を纏めてどこでどんな展開で今のところはこういう展開で終わっているということを、伝えるだけなのだけれど。けれど、その時間は。
 私にとって、とても満ちた時間だった。
 満たされる時間だった。
 シンの物語を読み進めながら、なんだか体がふわふわと浮いているような感覚にとらわれる。まるで、海の底――深海から浮かび上がっていくような、そんな浮遊感。
 こう感じるのも、一度や二度じゃなかった。
 シンの物語は、どこか儚くて、掴もうとしても掴めないのがわかっているのに、それでも手を伸ばしたくなるような惹きつける雰囲気がある。
 蛍の光のような、消えるとわかっていてもずっと見ていたいと思う、ジレンマがある。
 何度目かわからないそんな雰囲気に、感慨に浸りながら、やがて私は物語の事の侵攻途中の顛末をシンに伝えきった。

「ありがとう。そっかあ。放浪してからまだそんなものだったんだ」
「うん、もう少し・・・」
「旅の要素を入れてもいいかもね」
「うん」

 私が言い淀むと、シンはその言葉の先を拾うようにして私の思いを代わりに続けてくれる。情けないったら、ありゃしない。
 本当に情けない。
 シンに頼りっぱなし、依存しっぱなし。
 依存。
 自分から。

「そういえばレイラ」
「ん、なあに?」
「僕、今度恋の物語にも挑戦してみたいって思ってるんだ」
「へぇ・・・」
「ほら、僕って冒険譚とか、手記の形式とかそういうものが多かったでしょ?だから新しいことにもチャレンジしてみようかなって」
「うん、いいと思う。シンなら書けるよ」
「だからさ」
「?」
「×の××を書いてもいいかな?」
「え?」

 シンの声が消え入りそうなのはいつものことだったけれど、いつも以上にその声は聞き取り辛くて、断片的な部分しか私の耳には届かなかった。それも、かなり重要そうな部分が抜けて。
 思わずもう一度確認を取ろうとする私に、シンはやっぱりいいやと、なんでもないような風にあっさりと前言撤回をしてみせた。その前言の中身を私が知らないまま、シンは羊皮紙を手にとって、物語の続きを綴り始めた。
 言っていた言葉は、なんだったんだろう?
 そんな疑問もが私の頭でしこりとして残っているのは、朝食をシンに提供するまでのことだった。反芻しようとしても妙な靄がかかったようにして、その言葉を反芻することはできなかった。いや、聞き取れていなかったんだから、当たり前なんだけど。
 そこからは、またいつも通りなんて単語を切り取って絵にしたような時間が過ぎ去っていった。昼までのんびりと読書をして、シンの呼びかけに答えて物語を読み進め、昼食を準備して、昼からもほぼそれと似たようなもの。違うことと言ったら、私の読書が物語を書き進めることに変わったくらいか。
 そんな時間が進み、消費されて、やがて時間は夜になっていく。


■                  ■                  ■


 夜。無い木漏れ日に明かりを頼るわけにはいかず、夜は自然とランプに頼ることになる。仄かにゆらめく光が、私とシンの影法師を壁にうつしていた。胞子のようにあやふやで頼りない影がゆらめくたびに、なぜか心が落ち着く。
 私は自分の影を一瞥して、机に向かった。
 やることはただ一つ。物語を書くことだけだ。自分のやるせない暗い渦をぶつけるように、物語にぶつけて、物語を進めさせる。
 ひたすらペンと羊皮紙がぶつかり合って、硬質な音がする。じっさいにぶつかっているのはペン先と机なのだろうけれど、ひたすらその音しかしないというのは、悪くなかった。カリカリと削れていくような音が、耳に心地いい。
 自分の負の感情も、全部ひっくるめて物語の中で浄化できる。浄化、なんて言いかただけど、決してストレス発散とかにしているわけではなくて。
 ただ、感情が篭もる。それだけなのだけれど。
 けれど、――この場合のけれどの続きは。

「うん」

 一人出来上がっていく物語に頷きながら、少しだけ背後の様子を窺う。シンは既にぐっすりと寝入っていて、穏やかな呼吸に連動して胸が上下しているのが少しだけ確認できた。
 今、こっそりとキスしても気づかれないだろうか。ふと、そんな邪な考えが頭に浮かんだ。
 ダメだ。それだけは。絶対に。
 卑怯でずるくて、どうしようもないくらいに酷い考えだ。そう思って、頭を振って考えを消そうとしたけど、どんどん合理的(そんな言葉、自分が欲しい免罪符なのだけれど)な意見が頭の中で飛び交ってきた。
 いつもいつも私が告白しようとして失敗するのは、大胆になろうとして失敗するのは意識のあるシンの前で実行しようとしているからで、意識が無い、私が何をしているかわからない状態のシンの前でなら、あるいは。
 あるいは、手間取ることはあっても、言えるかもしれない。自分の気持ちを。そっと囁くようにでも、言えるかもしれない。
 たとえそれが本人の意思を介さないものであったとしても、私の思惟など伝わるはずがないとしても。練習くらいには、本番の練習くらいには、なるはずだ。

「だめ」

 そもそも、なんでこんな簡単なことが思いつかなかったのか。人と話す時にだって、人の目を、人の態度を見て会話をするから緊張するのであって。

「だめ」

 シンは――

「あ・・・・・・・・・・」

 私の体が一歩、シンの寝ているベッドへと近づく。

「あ・・・」

 一歩一歩。
 そして、手を伸ばせば届く距離にまで近づいて――

「・・・ねぇ、レイラ、起きてる?」
「ッツ!!!」

 突然のシンの言葉に、心臓が止まりかけた。寝ていたと思っていたシンはまだ、起きていた。それだけのことなのだけれど、後ろめたいことがあった私は、こっそりと家屋に忍び込んで見つかった泥棒の気持ちを味わった。

「なんだか寝付けなくってさ」
「そ、そうなの、の?」
「????レイラ、大丈夫?」
「う、うん大丈夫」
「そう。ならちょっと付き合ってくれないかな」
「へ?」
「いや、朝に話したあれ」
「あ、ああ・・・・」

 そこで私の記憶は今日の朝の時間帯まで巻き戻される。確か、恋愛の話を書くとシンは意気込んでいたけど、そのことだろうか。

「僕さ」
「うん」
「あの話に」
「うん」
「君を書こうと思ってるんだ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」

 沈黙した。いきなりで、突然で、唐突で。思考の処理が追いつかない。

「ほら、僕の身近な女の子ってレイラしかいないからさ。レイラの恋の体験談とか参考にして、君が主人公の話を書こうかなって」
「わた、わた・・・し?」
「うん、君」

 シンの言葉に、迷いは感じられなかった。私が承諾すれば、もう夜だけれど、そんなこと関係なくすぐに作業に入ってしまいそうな。
 そんな潔さに似たものを感じた。
 そういえば、あの時、シンは。『×の××を書いてもいいかな?』なんて言っていた。そう、聞こえなかったんじゃなくて、聞き取れなかったんじゃなくて、私がただ。ただ信じられなかったというだけで。
 君の物語を書いてもいいかな?
 そう言っていた。
 すぐにでもシン協力したいと思ったけれど、少し私は躊躇った。だって、私の体験談なんて、ないんだから。
 シンしか、いないんだから。
 どうすればいいんだろう。この手で触れたらすぐにでも消えてしまいそうな、そんな言葉の断片を集めて、綴ってしまえばいいんだろうか。
 それとも、ぼやけて視界の端が滲みそうなこの感情をぶつければいいんだろうか。シンに。私の恋を。好きなんて、真っ直ぐとは言えれない曲がっちゃいそうな気持ちを。

「どうかな?」

 訪ねるシンに、しかし私は答えられないでいた。自分の気持ちに、迷っていた。ダムにせき止められた水のように、行き場を失った奔流がうねってとぐろを巻いて、気持ち悪い。吐き出さなきゃいけない。吐き出さなきゃ、苦しくてどうにかなってしまいそうな気がする。ごめんと断ればいい。流石にそれは無理よ、なんて言ってしまえばいい。
 そうすればきっと、シンも退いてくれるだろう。だってそもそもシンは参考にしたいだけで、私に告白を迫っているわけじゃないんだから。だから、断ったってシンはきっと傷つかない。
 私が。
 私が荒野に取り残されたような寂寞を感じるだけだ。

「あの・・・・・・・・ね」

 どうしてここまで言葉が喉につっかえるのか、私自身よくわかっていた。
 またとない、チャンスだからだ。恋の話にかこつけてこじつけて、告白してしまえばいい。もし失敗しても、いくらでも誤魔化しがきくんだから。だから、言ってしまえばいい。
 そんな単純な理由で、だからこそ、私は踏み出せないでいた。
 失敗したらだとか、そんなことを怖がって。シンとの関係に亀裂が走ることが怖くて。笑わせる。何が魔物だ。恋をしてしまえば、結局、人並みなんじゃないか。

「あの・・・」
「うん」

 シンはひたすら答えを待ってくれていた。きっとこのまま、私がいつまでもぐずねていれば、シンは諦めてくれるだろう。若しくは、いつまでも答えを待ってくれているか。シンはそういう性格だ。そんなシンを待たせるわけにはいかないのはわかっている。頭で体で脊髄で脳髄で、痛いほどわかっているけれど。

「あの・・・・・」

 急速に周りの色彩が失われていく。セピア色に侵食されていく風景にシンまで蝕まれていくような幻視を見た気がして。
 私はほとんど突発的に言っていた。

「私・・・・・・・シンが好き」

 言ってしまっていた。

「好きなの。一目見たときから好きになって、それからずっとずっとずっと好きで好きで好きで。もうどうにかなっちゃいそうで。あの、あの、だからね、私、ぇと・・・」

 感情の掃き捨て場がわからない。何を言えばいいのかわからない。言ってしまったのに、私が思っていることはこれだけじゃないはずなのに。小さな言葉の群れだけが飛び出すようにして、断続的に紡がれるだけだった。

「ぇと、だから、あの・・・私」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
「あのね・・・えっとね」

 もう自分でも何が言いたいのかすらわからない。何を言えばいいのかわからないならまだしも、もう何が言いたいのかすら。
 わからない。

「わかったよ」

 そんな私の言葉の欠片を拾ってくれているような、そんな優しい声がした。その次の瞬間には、私の唇に、何か柔らかいものが触れている感覚がした。柔らかい、この世のどんなものよりも気持ちいいものに包まれる感覚がした。
 私の背中に、細い腕が回る。きゅっと抱きしめるように抱きとめるようにして、私はシンの重力に逆らわずに引き寄せられた。
 影法師が重なっている。
 でも、そんなことがどうでもよくて。
 ただ、わけのわからないままに、私は精一杯シンの体を抱き返した。
 温かい、けれど力強い心臓の鼓動が伝わってくる。血管を通して、私の掌を通して、私の心臓の音と重なっていくようで。
 世界が広がっていくような感覚がする。私とシン、二人の世界が。確かに広がっていく。
 お互いに唇を離しても、呼吸がすぐ傍で聞こえる。いつもの距離じゃない。お互いが限りなく近くて、限りなく傍にいて、限りなく一緒にいることがわかる。そんな距離に私たちは今、いる。
 嬉しさのあまり泣きそうだった。
 自分でもわからない感覚を噛み締めていたかった。
 シンのぬくもりが、本当に温かいものだと初めてわかった。
 どれもこれもいっぺんに感じて、もう許容量なんてとっくに越えてしまっていたけれど。
 それでも。
 この嘘みたいな現実の証明は、結末の証明は、きっとシンがしてくれる。

「レイラ」

 私の世界に、シンの声が確かに木霊した。
その木霊に負けないように。

「大好き」

 ようやく言えた私の言葉も、世界に確かな色を蒔きながら、木霊した。









僕は知っている。
見えなくたって、人並みの幸せはある。
楽しいこともある。
それを教えてくれたのは君だったよね。
忘れるもんか。
×××。
                                 現泡沫/シン・著
15/11/11 22:35更新 /

■作者メッセージ
そんなお話でした。楽しんでいただければ幸いです。
また焦らしてるとかいやそんなわけ、あ、ちょ、やめて石投げないで!
書こう書こうと思っていたシャイで奥手なリャンシーが書けたのできっと嫁に来てくれるはず。いつものように砂糖多目なのでコーヒーブレイクのお供にどうぞ(適当)

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