読切小説
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ベイビーアイオンチュー
1

 目を覚ますと隣に愛しい人がいた。どうやらエッチが終わってからずっと今まで、私はぐっすりと寝てしまっていたようで、切り落とされた意識が頭蓋骨の中にすっぽりとおさまるのをしばし待つ必要があった。
 まだ激しく私を求めてくれた彼の微熱が身体に残っている。内股には未だ女の幸せの残滓が垂れ、心地よい違和感で私を擽る。
 昨夜――もとい昨朝も、うんと彼に愛してもらったのをしっかりと覚えている。今も目を瞑れば、普段は大人しくて優しい彼が理性を蕩けさせ、情欲をその瞳に湛えて身体を貪ってきた事実がしっかりとした輪郭を保ってそこにある。
 日常も忘れ、不満も忘れ、些細な事も忘れてただ目の前の牝を孕ませるためだけに何度も何度も私を絶頂に導いて、声にならない声を互いに吐き出しながら求めあった。彼は眼前の牝が己の所有物に成り果て、卑しくいやらしい腰の動きにただ嬌声をあげることに原始の感情を刺激され。私は夥しいほどの子種を子宮に注ぎ込まれ、女としての――魔物娘としての――最高の快楽に溺れる幸福に酔い痴れる。
 大人の手と足をそのまま肥大化させたような私を一目見て、可愛いと言ってくれた彼が熱心に身体を求めてくれれば、心が歓喜の声をあげて彼を受け入れてしまうのも当然と思えた。
 優しい手が肌をなぞるような愛撫を繰り返し、緩急をつけて官能の火に薪をくべられて身を焦がす感覚を、私は何度も味わった。最初は優しい彼の手つきも、私の「臭い」にあてられてしまえば途端に荒々しい乱暴なものへと変わっていく。
 優しくされるのも乱暴にされるのも好きな私は、どちらにせよ魔物の本能によって淫水を股から滴らせることになる。
 疲れ果て、突かれ果て。獣となった彼に手のとどかない場所などあるはずもなく、口も手も胸もお尻も大切なあそこも。吐き出された真っ白の欲望によって匂いが染みついてしまった。もちろん、それは何ら嫌なことではないなんて、言うまでもなくて。魔物ならきっと嬉しくて身体を弛緩させ、だらしない笑顔を浮かべてしまうくらいに、幸せな事。嬉しい事。彼との濃密な時間はいつも私の胸を高鳴らせてくれて、そしてその期待を裏切らずに途方もない快感で白い火花を私の視界に散らしてくれる。
 とても魔物らしい、ありふれた生活。退廃的で、淫靡で、淫猥で、愛に満ちていて。そして傍には愛しい人がちゃんといて、毎日愛してくれる。
 そんな素晴らしい日々を送っている私だけれど、ただ一つだけ、困ったことがあった。
 まだ私たち夫婦の間には、子どもがいないのだ。

2

 子ども。
 愛の結晶。
 赤ちゃん。
 目に入れても痛くないもの。
 それをまだ授かっていないことへの焦りは、きっと私と同じ魔物娘ならば共感してくれる人は多いと思う。別に、そんなにも焦ることはないのはじゅうぶん理解している。私たち魔物の寿命は長いのだし、夫である彼もすでにインキュバスになっているからお互いにちょっとやそっとのことで命を花弁のように散らすことはない。時間はたっぷりあるのだから、焦らずじっくり子作りをすればいいとは、頭の隅でわかっている。
 それでも早く、自分たちの子どもの顔が見たいのは我儘だろうか。大切な人、大好きな人がいるだけで胸が溶けてしまいそうな多幸感に包まれるのに、その人の間に出来た子どもがいれば、どうなってしまうのか。
 想像するだけで温かい気持ちになれる。女のもう一つの悦び。母である悦び。
 とはいえ、魔物らしく毎日することはしているので子どもが欲しいとねだる訳にもいかなかった。彼にはいつも頑張ってもらっているし、気を失ってしまうまで犯し続けられているのに子どもができないのは、もう運が悪いとしか言いようがないからだ。
 でも、妊娠し難いから仕方ないと自分を誤魔化しつつ、心のどこかで我が子を見たいと思う気持ちが強くなっていくのも確かで。私は幸せと焦りに板挟みにされていた。
 子どもを、授かりたい。
 日に日に濃さを増していく自身の気持ちに収集がつかなくなり、とうとう私は彼に子どもが欲しいと訴えかけてしまった。彼は嫌な顔一つせずに私の思いの丈を受け止めてくれて、ああこの人を選んで良かったと再度私に実感させてくれた。
 顎に手をあて、真剣に考え込んで数分。彼は口を開いた。

「じゃあ、子宝宝樹とかどうかな」
「子宝宝樹?」
「うん」

 神妙な顔をして、彼は言う。
 子宝宝樹。触手の森の最深部にあると言われている、触手の大樹。なんでもその大樹の触手が分泌する粘液を飲んでから性交すると、確実に子を孕むことができるのだという。彼の図書館並の知識量に感心しながらも、私は不安に思うところがあった。
 最深部ということは、そこまでの道のりは決して容易いものではないはずだ。私も彼も、荒事は苦手だった。誰かにそこまでの護衛を頼もうにも、お互いにそんな頼もしいツテは存在しなかった。果たして、こんな私たちが幾度も魔物の夫婦を返り討ちにしている最深部にたどり着けるのかどうか。思わずぞっとしない想像が脳内を過ぎり、慌てて顔を伏せてしまった。

「最初から諦めたら何も始まらないよ。まずは二人だけでも、どこまでいけるか試してみよう」

 優しくそう言われると、勇気が湧いてくる私は単純だろうか?もしトロールではなくワーウルフであったならば、尻尾は今頃千切れそうなくらいにぶんぶんと振っていると思った。
 もっとも、後日彼の言葉通りにまずは二人だけで触手の森に足を踏み入れたものの、奥地に生息していたマン・マリオネットによって操り人形と化した彼によって、私は丸一日鳴かされ続けることになった。いつもとは違う多様な攻め手に、私が降参してむせび泣くだけだったことは言わずもがなであろう。
 何か新しい扉が開きかけたのは、気のせいであってほしい。

3

 さて、しかし現実問題として子宝宝樹までの道程が果てしなく険しいものだと身をもって実感した私たちは、頭を抱えることになった。実際にはそう急かしたところで子どもを授かるわけでもないのに。これは、日頃溜まっていた子どもへの欲求が発露した結果かもしれない。触手が老い朽ちるはずもないので、結局私たちはいつものように夫婦の営みに励んでいた。
 情事に淫する私たちをきっと誰も愚かだとは言わないだろう。
 慰めという空しいものではなく、子宮から指先にまで微弱な電流を流される快感が続く、幸せなセックスだった。
 こうして身体を重ねているときに、どうしようもなく私は快美感にほだされ、自覚してしまう。魔物としての性と幸せを。彼の熱が、私の肌に染み込み、内側からもじわりじわりとほぐしてくれる。こうしている時の私はきっと、だらしのない表情をしていて、鏡で自分を見たならば刹那で手の平を顔に被せることだろう。でも彼はそんな私を綺麗だと言ってくれて、夢中で身体を求めてくれる。がっつくように腰を動かして、奈落へと落とす。私の輪郭をどろどろに溶かして別の何かに変える奈落に。
 夜光虫にも似た淡い煌めきが視界を覆い尽くして、絶頂の階段を一気に駆け上がった。頭の中枢が馬鹿になる感覚。何度味わっても飽きる事のない彼の手による絶頂。ただ、これだけで終わるはずもない。一度の射精を終えてすぐに彼の律動が再開し、私は身体を弓なりに仰け反らせる。全身が許容量を超えた快楽によって痙攣し、それでも魔物の本能は子種を求めて私の膣内を細かく蠕動させる。無意識のうちに足を彼の腰に絡ませて、ぐっと腰をひきつけ最奥まで彼を導いていた。大きな両手を彼の背中にまわし、精一杯抱き付く。ぬくもりが、どこまでも切なく温かい鋭利さを孕んで、私の心臓に突き刺さった。
すっかり発情し、牝になった私は日が沈むまでひたすらに喘ぎ続けた。
 心が溶け落ち、自分の腹から下腹部を撫でる。いやらしく精を啜った子宮が、自らの中に注がれた子どもの元素を感じ取り、孕もうと懸命に細かく収縮を繰り返しているのがわかる。
 ふと、私の鼻につんとする臭いが刺した。
私の体臭よりもさらに濃い、男女の臭気。
 その濃厚な臭いが鼻腔にまとわりつき、眩暈がした。

4

 嫌いではない倦怠感に身体をとらわれ、私はベッドから一歩も動けないでいた。動けないどころか、指一つ動かせない。荒々しい息を断続的に吐きながら、未だ身体に余韻を残す交わりの微熱が私を怠惰にさせている。このまま睡魔の淵に引きずり込まれ、昏々と眠ってしまいたい。それが一番だと囁いてくる悪しき心に抗いたかったけれど、横でたおやかな笑みを浮かべる彼と目があってしまって、私の抵抗する気力は削がれてしまった。鼓膜にしんしんと積もる雪のように彼の呼気がたまり、安心感を与えてくれる。
 ああ、今日も私を抱いてくれたんだ。へとへとになるまで、精根尽き果てるまで愛してくれたんだという、安心。どこまでも永久に続くように思える情交の時間も好きだけれど、こうして体力を限界まで消費して、互いにぐったりと身体を近くに横たえるのも好きだった。

「ふふふ……」

 なぜだろう。自然と笑いが零れてしまって、胸が徐々にぽかぽかとしてきて。

「ねえ、子ども、欲しい?」
「……うん、欲しいかな」

 額に球の様な汗を浮かべながら問う彼に、迷いなく答える。彼はゆっくりと目を閉じて、少しだけ腹の底から息を吐いた。

「なら、頑張ろう」

 その言葉だけで、病熱を胸に孕んだ私は、夢の世界へ旅立とうとしている彼の頭をそっと撫でた。
 そうだね、頑張ろうね。
 その答えを口に出さず、胸中で呟くだけに留めた私は、大きな手の平で彼を抱き寄せた。そう遠くない未来に、この大きな手で可愛い赤ちゃんを支え、抱きしめることができるのだろうか。まだ見ぬ未来に、私は一人頬を染めた。
15/11/11 21:59更新 /

■作者メッセージ
そんなお話でした。楽しんでいただければ幸いです。
前回が長く少し重い話だったので、今回は短く軽く、温かい話になったと思います。

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