色にあざる
これは私が恋、いえ、快楽というものに掌の上で転がせられた、滑稽極まりないお話です。
私は夕焼け美しい地上に降りてきていました。もちろん地上にいるということは、決して不真面目に俗世に染まろうなどという考えからではなく、忠誠を誓った主神様の命によるものです。
地上を染める毒である魔物を討伐する勇者。その素質を持った者を育てよとの命令でした。私は従順に、地上に降り立ちあらかじめ指定されていた場所へとやってきました。
そこは、ほぼ何もない小高い丘でした。ほぼ、というのは、実はそこに一軒だけ小屋が建っていたのです。煙突からもくもくと白い煙を天へと伸ばしています。主神様の仰っていた通りであれば、そこに勇者の素質を持った青年が一人住んでいるとのことでした。このような辺鄙な場所に勇者がいるものかと、疑問符を声音に乗せる方もいるかもしれませんが、素質は場所などに限らずどこにでも、誰にでもあるもの。それが偶々辺鄙な場所で暮らしている青年にあったとしても、なんら不思議ではありません。
それよりも不思議であったのは、命令を下した主神様の方でした。いえ、忠誠を誓ったのに猜疑心を抱くとは、戦乙女の風下にも置けぬやつだと罵られても仕方ないのですが、それでも変だったのです。
『仝§×Γ£Θ◇』
と、いつものように心が洗われるような美しい声で、精神に直接命令を下さった主神様だったのですが、いつもと違うことが一つだけありました。
その勇者の素質を持つ者を、男にしてやれ、とも言うのです。おや、と私は思いました。主神様はそういった行為は毛嫌いしていたはずなのですが、それを私に命じるとは思ってもいませんでした。だから感じた違和感だったのですが、それもすぐに雲散霧消。塵芥と化しました。主神様のことです、きっと何か考えがあるのでしょう。まだ顔も知らぬ男と交わるのはいささか不安ではありますけれど、それが命令とあらば仕方がありません。
私は煙を吐き続ける家のドアをノックしました。
しばらくして、中から青年が出てきました。ジパングの血が混じっているのでしょうか、夜の闇を溶かしたような黒髪が印象的です。青年は怪訝な視線で私を見つめ、どちらさまかと問いました。まあ当たり前のことなので大して動揺しません。私は努めて義務的に自身の役目を話しました。勇者の素質があることを。
赫々云々。
間をはしょったりもしましたが、それでも伝えるべきことは粗方伝えきったと思ったのですが、そこで一つ私が予想だにしていなかった事態が起こったのです。
「それ、俺じゃないとだめなのか？」
そう。青年は、勇者になることに積極的ではありませんでした。これは私としては考えもしていなかった事です。勇者になることは人間にとっては名誉なことで、誰もが喜んでその役目を引き受けるものだと思っていたので、そんな返事をもらった私としては大いに戸惑うほかありませんでした。
そんな事を言わずに、やりがいのあるお役目だからと青年を説得する私は、下界で言うところの怪しい勧誘のように青年の目には映ったことでしょう。ですが私とて承った役目は遂行しなければなりません。一騎当千の勇者に育て、魔物を蹴散らしてもらわなければ私の立つ瀬も無くなってしまいます。
そこで私は青年に勇者の素晴らしさや魔物のおぞましさを語って聞かせる作戦に出ました。己に与えられた役目、いえ責務とも言えましょうか。兎も角その重要さをしっかりと意識させる魂胆です。ところがその青年は、私の幼稚な腹の底を見透かしたかのように馬耳東風の体を貫いていました。終いにはどうしてそこまで拒絶するのかと問いかけ、そこから搦め手で勇者としての意識を芽生えさせようとしたのですが、やれ生活には困ってないだの、やれ身に余るものは受けないのが信条だのと言って、のらりくらりと私の搦め手を躱してしまいました。
暗澹たる表情を浮かべそうになるのを必死で堪え、根気強く説得をしていた最中、主神様の声が響きました。
当然それは青年には聞こえることはないので、私だけがその声を聞いていたのですが、それは耳を疑うような命令でした。
その身体を使って、青年を籠絡してしまえと言うのです。
私は思わずあな恐ろしやと呟きそうになりました。おそらく、あまりにも焦れったくしている私に、主神様は腹をぐつぐつと煮立たせてしまわれたのでしょう。しかしそれは成程確かに頷けるような明暗をわける名案でもありました。
下半身の下世話な御世話をすれば、きっとこのような場所で一人暮らしの青年は女日照りもいいところでしょう。容易く餓えから満たされる感覚に骨抜きになってしまうはずです。ですがそれでは荒んだ魔物となんら変わりがないようにも思えてしまいます。
「……まあ、わざわざ地上まで来てもらった天使様を手ぶらで返すのも悪いし………。今日は泊まっていくといいよ。それで、できれば俺よりも勇者に向いてるやつを探してくれ」
私はよほど暗い顔をしていたのか、はたまた先ほどの暗澹たる表情を浮かべそうになっていたのを、堪え切れていなかったのか。どちらかは定かではありませんが、私の顔色を窺って、青年はそう口にしました。
私といえば、青年を悦ばせる算段を頭の中で描き続けていました。夕焼けは私の影を濃く地面に文字通り投影し、まるで己が複雑な心境を反映させているかのようです。
情景ですら私を皮肉ることに、涙を流したい気持ちになりますが、そこで泣いてしまうようでは戦乙女の名折れというもの。私は毅然とした態度を貫きながら、青年の家にお邪魔しました。
中に入ると、そこは雪国だったわけではなく。至って平凡な生活感あふれる空間が広がっていました。庶民万々歳と声高々に名乗りをあげているようなその場所に、私はどこか落ち着きを覚えました。まるで、帰ってくる場所がここであったあのような感覚です。手放したくない感覚、とも言えるものでした。
青年に促されるまま、椅子に腰かけているとすぐに美味しそうな匂いが家の中に立ち込めてきました。実に食欲を促進させ、口の中に唾液を分泌させる悪魔的な匂いでしたが、私の頭の中にはまだあの主神様の声のことがぐるぐると渦を巻いていました。
そう、身体を使って青年を籠絡させることです。
主神様の命令は絶対であることに違いはありません。ですがそれでも私にも意思というものは確かに存在しえるので、どうにもずれているような感覚を覚えてしまいます。機械であれば、与えられた命令を淡々と事務的にこなすのでしょうが、どっこいそうはいきません。
果たして今までそんな経験がまったくない私が、そう易々と床上手になれるものかという疑問もあるのですが、それより先に青年に貞操を捧げるという行為に対する漠然とした不安が、さながら暗雲のように胸を覆っていました。
さて、私が様々な想いを交錯させていることは知らず、青年はできたての手料理を次々と私の目の前に運んできました。
「地上の飯が天使様の口に合うかどうかはわからないが、それなりの自信作だよ」
青年の言葉には謙遜しながらも、唸らせてみせるといった自信の色も確かに含まれていました。
出された皿を平らげぬのは無礼だと思い、その義務感を半ば誘惑への言い訳として私は一口その料理を食べてみました。
いえ、本音を言えば懊悩の炎がとぐろを巻きかけていた気持ちを誤魔化すための材料が、欲しかったのです。なんと浅ましい天使かと、口さがない人々は言うかもしれませんが、貞操を捧げる覚悟はそれほどまでに重たいものでした。いえ、実際には命令というだけで捧げる事を前提に考えの歩みを止めもしない私の覚悟を重いとは言えませんが。
ですが、緊張が全くないわけではありません。
むしろ、緊張していました。
その緊張が一瞬にして料理に対する感動に変わるあたり、青年の先ほどの自信が見え隠れする発言にも頷けました。
あっという間に料理を平らげてしまった私を一瞥し、青年は得意げな笑みを浮かべます。それを見た私は急に気恥ずかしさに襲われ、顔を覆いたくなりました。別段恥じるところは何もないのですが、なぜか私は自身が手の平の上で転がされている気がしてならなかったのです。
何が、という主語の正体はわかりませんが。
「ベッドは悪いが俺のを使ってくれ。寝心地悪いだろうけどさ」
ベッド。
その響きに私の脳内は急速に熱を帯びてしまいました。もつれ合った感情が細胞すら犯してしまったのでしょうか。
私は熱で定まらない瞳に鞭打ち、視線を青年の身体に這わせてみました。精錬された鉄のように無駄のない身体…とはいきませんが、程よくついた筋肉。凡庸を絵に描いたような顔立ちですが、どこか人当りのよい優しさを感じさせるその瞳。
あの身体が一糸纏わぬ私を抱き、そして荒々しい肉の槍が私の中へと入ってくるのでしょうか。あの瞳の色は、獣じみた野蛮な色に変わるのでしょうか。
そんな想像が自分を追い込んでいることに気づき、慌てて私は頭を振り、ふしだらな妄想を振り払いました。
ですが、あの青年に抱かれることは最早最初の命令でも義務付けられていることです。それをふしだらと言ってもいいのでしょうか。そんな疑問が過ぎりましたが、それを追求していけば堂々巡りの思考を弄ぶことになりそうなので、私はそれには終止符を一旦打つことにしました。
この時点で、私はもう抱かれる前提で考えを進めていることに自身で気づけなかったのは、一種の滑稽な図でしょうか。
ええ、魔に浸食されていた私が勇者を育てるなど、撞着の極みだということには、まだ気づいていませんでした。気づけませんでした。
気づけない私は、自分の思考が狂狂と廻っていることに溺れ、青年と寝ることばかり考えていました。
立派な勇者に青年を育てあげることは二の次になり、どうやったら青年を誑かす…もとい、男の快楽を教えてあげられるかどうか。
まず私の脳中に浮かんだのは、強引に押し倒す作戦でした。有無を言わさず肉体の悦びを教えて、骨抜きにする作戦です。ですがそれをしてしまえば、なんだか。
なんだか戻れなくなってしまう予感がしました。
いえ、予感ではなく、直感。
他人の不幸は蜜の味と、卑しい人物が口にするのはそれに甘美な中毒性があるからです。人を堕落せしめんとする魔物との行為にも同じような甘美な快感があり、中毒性を孕んでいます。それを知ってしまったならば。
果たして私は私でいられるのでしょうか？
人ではない私はそれなりの精神強度を持ち合わせてはいると自負しています。ですが、いくら主神様の命令とはいえ、それを遂行しきった時に、溺れていない保障はどこに転がっているのでしょう。
そんな、ある種の恐怖が、私の背筋を撫でました。仄かに寄せられたその恐怖の色は、怪しくも美しい色でした。
どうしたことかと自分の神経を疑うようですが、確かにその色は、魅力的に私の瞳に映ってしまったのです。一瞬のことでしたが、それが永遠にも思えるほどにそれは印象的でした。
明瞭にならない、綿雲のようにあやふやで戸惑っている心だったからそう映ったのかもしれません。ですが私はそのとき、仲間が言っていた好奇心が一番下界の人々を殺しているという言葉の信憑性を、身をもって体感しました。
顔を出したのは刹那ほどです。
しかし、その刹那ほど顔を出した好奇心で、私の心は大きく揺さぶられていました。
「なあ、あんた」
「は、はいっ！？」
「い、いや声かけただけでそこまで驚かなくても…。その、大丈夫か？さっきからぼ〜っとしてるけど」
私はそこで初めて、自分が間の抜けた顔で不動だったことに気づきました。そして、初めて穴があったら入りたいという気分を味わいました。
夜の帳が深くなった頃、家の中の明かりはすでに燭台のものだけになっていました。頼りない光が陽炎のように揺らめき、自然が見せる幻影のような妖しさを部屋に漂わせます。
すでに青年は床に転がって粗末な毛布をかぶり、すやすやと寝息をたてておりました。勇者になることに積極的ではないこの少年を、身体を使って籠絡せよ。なぜでしょう。
いつもなら何ら疑問を抱くことなく遂行したその主神様の声が、歪に捻じ曲がっているように感じてしまい、私の判断を鈍らせていました。
本当にそうしていいのか。それは正しいのだろうか、と。
ですが、いくら思考を遥か彼方へと飛ばしてみても、返ってくる答えはただ一つでした。しょせん疑問を持とうとも、現場に与えられるのは素直に従うことだけ。
私は青年のもとに近寄り、そっと布団を取りました。
温かな癒しを強奪され、何か物足りなさを感じたのか青年は目を開きました。
「ん………む？」
寝ぼけ眼で私を見つめるその顔を、不覚にも可愛いと思ってしまった私は、既におかしくなっていたのかもしれません。
「起きましたか。まあ、起きなければそのまましていたのですが」
「…？」
まだ青年の意識は暗い淵にあるようで、頭がはたらいていないようでした。ならば好都合と、私は手早く青年のズボンを剥ぎ取ります。
「えっ……ちょ、アンタ！？」
青年はそこでようやく何が起こっているのかを理解したようでした。
「何してるんだよ！」
そう言われても、私は主神様の命令を実行しているだけですから、どう答えたものかと内心困ってしまいました。きっと人間はあれこれと理由がないと納得しないだろうとは、夕刻にあった埒のあかない押し問答で学んだ事です。悩んだ挙句――といってもわずかに数秒のことですが、私はそれらしく説得力のある言い訳を口にしていました。
「あなたのためになることです」
「は？」
「これはあなたのためです。勇者になれば名声を得ますが、それに群がる様に様々な者が取り入ろうとしてきますから、こうして慣れておかないと」
「い、いやだから俺は勇者になるつもりなんて……」
まだぐずる青年のパンツを剝き、あっという間に下半身を隠すものは無くなりました。口では嫌々と言いながらも下半身の青年は正直者のようでした。天を衝かんと雄々しく屹立しているペニスは皮が剝け、その凶悪な姿を自慢げに晒していました。資料でしか見たことがなかったそれを実際に見、迫力に少しばかり私は気勢を削がれました。が、次の瞬間には私は躊躇うことなく少年に抱き付いていました。
書物で得ただけの知識が果たして、青年に通用するのかどうか心配ではありましたが。
「うわっ、ちょっ……っ」
漏れ出る声を聞く限りでは、その心配はどうやら杞憂に終わりそうでした。
「我慢しなくていいのですよ。これは勇者になるための過程なのですから」
「け、けど……俺は勇者には」
「では……やめますか？」
その一言で、青年の顔はまるでこの世の終わりの光景でも目撃してしまったような色に染まりました。目の前に人参をぶら下げてお預けを食らった馬の気分を味わっていることでしょう。浅ましきかな、人の低俗な肉欲よ。
しかしそれは私にも当てはまっているように思われて、自分で勝手に複雑な心境になってしまいました。
自身でも理解の範疇を超えてしまっているのですが、この青年の生殖器を目にしてから、私の下半身に甘い疼きが広がっていました。それはまるで未知の感覚で、全身を擽られているような形容し難い煩悶の波に、私は囚われてしまったのです。
「………あぁもうわかったよ」
青年は何かが吹っ切れたように、身を起こして私を押し倒しました。あっという間に私が下になり、正常位の体勢になります。驚くべきことに、青年は私を組み敷いたようでした。息をする間もないほどの早業です。
青年は私を抱きしめると、その肉棒を私の入り口にあてがってきました。書物と耳学問でしか会得していない知識で、これから起こるであろう事象を私は身構えて待っていました。
結論から言えば、その様な心構えなどはあっさりと瓦解してしまったのですが。
「っ……」
「〜〜〜〜！？」
熱い鉄塊を身体に撃ち込まれたような衝撃が、私を貫きました。脳髄まで痺れさせる甘い感覚が際限なく広がり、理性だとか常識だとかいう観念を足下からぐずぐずに腐食させていくのがわかります。
私は魚がそうするように大きく口を開き、必死に空気を求めました。そうでもしないと、私という存在が壊れてしまうと直感したからです。
ですが青年はそんな私のことなどお構いなしといった風に、律動を始めました。では私はと言えば未知の感覚に身体を震わせることくらいしかできません。気持ちいいとは確かにわかるのに、それが強烈過ぎて快楽の享受が追いついていないのかもしれませんが、今はそんなことに思考を裂く余裕はありませんでした。大きく張った傘が肉の襞を掻き分け、快感を絶え間なく送ってくるのですから、それに壊されないようにするので精一杯です。
初体験は激痛を伴うと書物には記されていましたが、不思議なことに痛みは全くなく、ただ呑み込まれて自分を見失ってしまいそうになる快楽だけが確かに私の身体を蝕んでいました。
「………！」
少しゆっくり。
そう青年に訴えかけようと試みても、私の口から出ていくのは肺から絞り出された二酸化炭素くらいです。言葉になっていない言葉が青年の耳に届くはずもなく、律動がさらに激しさを増しました。
射精される。
夥しい子種が、私の子宮に注がれる。
そう直感した瞬間に、青年のペニスは私の子宮口にキスしていました。身体全体に雷でも流れたのでしょうか。そんな勘違いをしてもおかしくないくらいの衝撃が、私のつま先から脳天までを走り、その反動で私は大きく弓なりに仰け反りました。
目の前で白い火花がパチパチと爆ぜては消え、爆ぜては消えを繰り返して身体を宙に浮かせました。筋肉が痙攣し、やがて弛緩して私の身体は床に崩れてしまいました。これが、人間が味わう絶頂時の快感なのでしょうか。
だとしたら。
だとしたら。
人が堕落してしまうのも、無理もないのかもしれません。私は碌に働かない回路の隅で、ふとそんなことを思いました。
先ほど注がれた青年の精液が穴から洩れ、滴る感覚に身を捩る暇もなく私の目の前にずぃっと槍が突き出されました。いえ、それは槍ではなくて、未だ堅く臍まで反り返っていた青年の生殖器でした。
私の愛液と先ほど吐き出した精液とが混じり塗されたそれは、燭台の頼りない光を反射してぬらぬらと妖しくグロテスクな光を放っていました。噎せ返るような淫臭を漂わせる青年自身に、私はそっと舌を這わせました。肉棒の裏筋をなぞるように舐めると、気持ちいいのかぴくぴくと脈動するそれは、間近で見れば圧倒されんばかりの凄味がありました。
出っ張ったエラの部分も舌先で丁寧に愛撫をし、付着していた体液を舐めとります。なんだかよくわからない味がするそれをこくりと音を立てて飲むと、私の下半身からまたあの痺れが身を焦がすのがわかりました。
ですが、それでも自分に快楽を与えてくれるこの逞しいペニスへの奉仕を蔑ろにするわけにはいきません。私は片手で竿の部分を掴むと、先走りの汁を滲ませている先端を咥えこみました。そのまま舌全体を使って、時計回りに撫でるように亀頭の表面を舐めまわします。口の中でさらに膨張し、硬度を増していく逞しさに、青年の底知れぬ欲を感じながら、私は必死に奉仕をしました。
片手で竿を扱き上げるのも忘れずに、ほどよい力加減で上下に擦ると、それに連動するようにして口中で亀頭が暴れます。
きかん坊の暴力に思わず私は亀頭を解放してしまいました。
咳き込みながらも、青年の顔を窺うと、そこに青年はいませんでした。
では何がいたのかと問われるとその答えは明瞭で実に簡潔に明文化できます。
そこには、瞳に情欲の炎を滾らせた獣が一人いました。
「その……悪かった。えと、や、やりすぎて」
ようやく行為が終わった頃には、私は股に淫靡な水たまりを作り、肩で息をしていました。夜光虫でも乱舞しているのかと疑いたくなるほどに、眼前で火花を散らされ、天使を孕ませんとするように幾度も子宮に精を浴びた私は、もはや呂律も回ってはいませんでした。
外はすでに仄かに明るく、どれほどの間ぶっ続けで生命の営みをしていたのかを思い知らせてくれます。
傍にいる青年も長時間の性行為は中々に堪えたのか、言葉の節々に疲れの色がありました。私はせめて手を上げて大丈夫だという思惟を伝えようとしたのですが、どうやらそれも叶わないようでした。全身を疲労感が支配し、動く気力すら湧きません。
ですが、なかなかどうして。
その疲労感をきっぱりと嫌いとは言い切ることができませんでした。正体不明の思念が私を誑かしているのでしょうか。それは定かではありません。
「……………」
私は何か言葉の欠片らしきものを吐き出そうとして、咽喉までせぐり上がっていたそれを臓腑まで押し戻しました。今言葉でも吐き出そうものなら、それはきっと形を成していないただの感情だと思ったからです。
「その……勇者とか、俺にはまだ実感がないけど、その………頑張って、みるよ」
青年から比較的前向きな発言が聞けたあたり、私が主神様からの命令を無事遂行できたことを物語っていました。そのことに安堵する暇もなく、しばらく聞いていなかったように思える主神様の声が、私の精神を震わせました。いえ、実際には久しぶりでもないのですが、感覚的にはもう久しぶりと言っていいほどの気分でした。
主神様曰く、『ｋ＠＃ｙ＆！ｓ』
忠誠を誓っていようが誓っていまいが、その命令を私は無視する気など毛頭ありませんでした。
青年と睦まじい仲になる。
それはきっと勇者になる上でとても重要なことです。いつその力を悪用せんとする輩が、青年を唆すとも知れません。あるいは魅力的な身体を使って、ハニートラップでも仕掛けてくるやもしれません。後者はなんだか皮肉のようにも感じられましたが、それはまあ置いておくとして。ついでに記憶の海の底にでも葬っておくとして。
私は、次はどんなことをして青年と一緒にいようかと、蜘蛛の巣のように思考を張り巡らせていきました。
ですが、策を色々と考えるよりも先にするべきことがあります。
私は疲労で悲鳴を上げる気力すら失っている身体に鞭を打ち、傍にいる青年の顔を両手で固定しました。
「え、……んっ」
私の所有物であるように、いえ、私と対等であるようにと。そんな口上で自分の気持ちをあざりながら、私は青年にキスをしました。
自分にあざりあざられ。
そして私は、生まれて初めて芽生えた感情に一つ、色をつけることにしました。その色はどうやらいかがわしい色も何もかもない交ぜにしているようですが、しかし。
悪くないと思える色でした。
やがて、暫しお互いの唇の感触を味わい尽くし、どちらからともなく離れていきました。銀のアーチが重力に引かれて崩落し、水たまりの一部となります。
情事に夢中になって後回しとなったキスの味は――。
語ることは無粋ですが、きっと私はキスをする度にこの事が脳裏を過ぎるのだろうと、そう思いました。
さて、これから私が青年と過ごす日々は、どんな色でしょうか。
できれば、それは私にとって永久とも言える色になって欲しいです。
私は夕焼け美しい地上に降りてきていました。もちろん地上にいるということは、決して不真面目に俗世に染まろうなどという考えからではなく、忠誠を誓った主神様の命によるものです。
地上を染める毒である魔物を討伐する勇者。その素質を持った者を育てよとの命令でした。私は従順に、地上に降り立ちあらかじめ指定されていた場所へとやってきました。
そこは、ほぼ何もない小高い丘でした。ほぼ、というのは、実はそこに一軒だけ小屋が建っていたのです。煙突からもくもくと白い煙を天へと伸ばしています。主神様の仰っていた通りであれば、そこに勇者の素質を持った青年が一人住んでいるとのことでした。このような辺鄙な場所に勇者がいるものかと、疑問符を声音に乗せる方もいるかもしれませんが、素質は場所などに限らずどこにでも、誰にでもあるもの。それが偶々辺鄙な場所で暮らしている青年にあったとしても、なんら不思議ではありません。
それよりも不思議であったのは、命令を下した主神様の方でした。いえ、忠誠を誓ったのに猜疑心を抱くとは、戦乙女の風下にも置けぬやつだと罵られても仕方ないのですが、それでも変だったのです。
『仝§×Γ£Θ◇』
と、いつものように心が洗われるような美しい声で、精神に直接命令を下さった主神様だったのですが、いつもと違うことが一つだけありました。
その勇者の素質を持つ者を、男にしてやれ、とも言うのです。おや、と私は思いました。主神様はそういった行為は毛嫌いしていたはずなのですが、それを私に命じるとは思ってもいませんでした。だから感じた違和感だったのですが、それもすぐに雲散霧消。塵芥と化しました。主神様のことです、きっと何か考えがあるのでしょう。まだ顔も知らぬ男と交わるのはいささか不安ではありますけれど、それが命令とあらば仕方がありません。
私は煙を吐き続ける家のドアをノックしました。
しばらくして、中から青年が出てきました。ジパングの血が混じっているのでしょうか、夜の闇を溶かしたような黒髪が印象的です。青年は怪訝な視線で私を見つめ、どちらさまかと問いました。まあ当たり前のことなので大して動揺しません。私は努めて義務的に自身の役目を話しました。勇者の素質があることを。
赫々云々。
間をはしょったりもしましたが、それでも伝えるべきことは粗方伝えきったと思ったのですが、そこで一つ私が予想だにしていなかった事態が起こったのです。
「それ、俺じゃないとだめなのか？」
そう。青年は、勇者になることに積極的ではありませんでした。これは私としては考えもしていなかった事です。勇者になることは人間にとっては名誉なことで、誰もが喜んでその役目を引き受けるものだと思っていたので、そんな返事をもらった私としては大いに戸惑うほかありませんでした。
そんな事を言わずに、やりがいのあるお役目だからと青年を説得する私は、下界で言うところの怪しい勧誘のように青年の目には映ったことでしょう。ですが私とて承った役目は遂行しなければなりません。一騎当千の勇者に育て、魔物を蹴散らしてもらわなければ私の立つ瀬も無くなってしまいます。
そこで私は青年に勇者の素晴らしさや魔物のおぞましさを語って聞かせる作戦に出ました。己に与えられた役目、いえ責務とも言えましょうか。兎も角その重要さをしっかりと意識させる魂胆です。ところがその青年は、私の幼稚な腹の底を見透かしたかのように馬耳東風の体を貫いていました。終いにはどうしてそこまで拒絶するのかと問いかけ、そこから搦め手で勇者としての意識を芽生えさせようとしたのですが、やれ生活には困ってないだの、やれ身に余るものは受けないのが信条だのと言って、のらりくらりと私の搦め手を躱してしまいました。
暗澹たる表情を浮かべそうになるのを必死で堪え、根気強く説得をしていた最中、主神様の声が響きました。
当然それは青年には聞こえることはないので、私だけがその声を聞いていたのですが、それは耳を疑うような命令でした。
その身体を使って、青年を籠絡してしまえと言うのです。
私は思わずあな恐ろしやと呟きそうになりました。おそらく、あまりにも焦れったくしている私に、主神様は腹をぐつぐつと煮立たせてしまわれたのでしょう。しかしそれは成程確かに頷けるような明暗をわける名案でもありました。
下半身の下世話な御世話をすれば、きっとこのような場所で一人暮らしの青年は女日照りもいいところでしょう。容易く餓えから満たされる感覚に骨抜きになってしまうはずです。ですがそれでは荒んだ魔物となんら変わりがないようにも思えてしまいます。
「……まあ、わざわざ地上まで来てもらった天使様を手ぶらで返すのも悪いし………。今日は泊まっていくといいよ。それで、できれば俺よりも勇者に向いてるやつを探してくれ」
私はよほど暗い顔をしていたのか、はたまた先ほどの暗澹たる表情を浮かべそうになっていたのを、堪え切れていなかったのか。どちらかは定かではありませんが、私の顔色を窺って、青年はそう口にしました。
私といえば、青年を悦ばせる算段を頭の中で描き続けていました。夕焼けは私の影を濃く地面に文字通り投影し、まるで己が複雑な心境を反映させているかのようです。
情景ですら私を皮肉ることに、涙を流したい気持ちになりますが、そこで泣いてしまうようでは戦乙女の名折れというもの。私は毅然とした態度を貫きながら、青年の家にお邪魔しました。
中に入ると、そこは雪国だったわけではなく。至って平凡な生活感あふれる空間が広がっていました。庶民万々歳と声高々に名乗りをあげているようなその場所に、私はどこか落ち着きを覚えました。まるで、帰ってくる場所がここであったあのような感覚です。手放したくない感覚、とも言えるものでした。
青年に促されるまま、椅子に腰かけているとすぐに美味しそうな匂いが家の中に立ち込めてきました。実に食欲を促進させ、口の中に唾液を分泌させる悪魔的な匂いでしたが、私の頭の中にはまだあの主神様の声のことがぐるぐると渦を巻いていました。
そう、身体を使って青年を籠絡させることです。
主神様の命令は絶対であることに違いはありません。ですがそれでも私にも意思というものは確かに存在しえるので、どうにもずれているような感覚を覚えてしまいます。機械であれば、与えられた命令を淡々と事務的にこなすのでしょうが、どっこいそうはいきません。
果たして今までそんな経験がまったくない私が、そう易々と床上手になれるものかという疑問もあるのですが、それより先に青年に貞操を捧げるという行為に対する漠然とした不安が、さながら暗雲のように胸を覆っていました。
さて、私が様々な想いを交錯させていることは知らず、青年はできたての手料理を次々と私の目の前に運んできました。
「地上の飯が天使様の口に合うかどうかはわからないが、それなりの自信作だよ」
青年の言葉には謙遜しながらも、唸らせてみせるといった自信の色も確かに含まれていました。
出された皿を平らげぬのは無礼だと思い、その義務感を半ば誘惑への言い訳として私は一口その料理を食べてみました。
いえ、本音を言えば懊悩の炎がとぐろを巻きかけていた気持ちを誤魔化すための材料が、欲しかったのです。なんと浅ましい天使かと、口さがない人々は言うかもしれませんが、貞操を捧げる覚悟はそれほどまでに重たいものでした。いえ、実際には命令というだけで捧げる事を前提に考えの歩みを止めもしない私の覚悟を重いとは言えませんが。
ですが、緊張が全くないわけではありません。
むしろ、緊張していました。
その緊張が一瞬にして料理に対する感動に変わるあたり、青年の先ほどの自信が見え隠れする発言にも頷けました。
あっという間に料理を平らげてしまった私を一瞥し、青年は得意げな笑みを浮かべます。それを見た私は急に気恥ずかしさに襲われ、顔を覆いたくなりました。別段恥じるところは何もないのですが、なぜか私は自身が手の平の上で転がされている気がしてならなかったのです。
何が、という主語の正体はわかりませんが。
「ベッドは悪いが俺のを使ってくれ。寝心地悪いだろうけどさ」
ベッド。
その響きに私の脳内は急速に熱を帯びてしまいました。もつれ合った感情が細胞すら犯してしまったのでしょうか。
私は熱で定まらない瞳に鞭打ち、視線を青年の身体に這わせてみました。精錬された鉄のように無駄のない身体…とはいきませんが、程よくついた筋肉。凡庸を絵に描いたような顔立ちですが、どこか人当りのよい優しさを感じさせるその瞳。
あの身体が一糸纏わぬ私を抱き、そして荒々しい肉の槍が私の中へと入ってくるのでしょうか。あの瞳の色は、獣じみた野蛮な色に変わるのでしょうか。
そんな想像が自分を追い込んでいることに気づき、慌てて私は頭を振り、ふしだらな妄想を振り払いました。
ですが、あの青年に抱かれることは最早最初の命令でも義務付けられていることです。それをふしだらと言ってもいいのでしょうか。そんな疑問が過ぎりましたが、それを追求していけば堂々巡りの思考を弄ぶことになりそうなので、私はそれには終止符を一旦打つことにしました。
この時点で、私はもう抱かれる前提で考えを進めていることに自身で気づけなかったのは、一種の滑稽な図でしょうか。
ええ、魔に浸食されていた私が勇者を育てるなど、撞着の極みだということには、まだ気づいていませんでした。気づけませんでした。
気づけない私は、自分の思考が狂狂と廻っていることに溺れ、青年と寝ることばかり考えていました。
立派な勇者に青年を育てあげることは二の次になり、どうやったら青年を誑かす…もとい、男の快楽を教えてあげられるかどうか。
まず私の脳中に浮かんだのは、強引に押し倒す作戦でした。有無を言わさず肉体の悦びを教えて、骨抜きにする作戦です。ですがそれをしてしまえば、なんだか。
なんだか戻れなくなってしまう予感がしました。
いえ、予感ではなく、直感。
他人の不幸は蜜の味と、卑しい人物が口にするのはそれに甘美な中毒性があるからです。人を堕落せしめんとする魔物との行為にも同じような甘美な快感があり、中毒性を孕んでいます。それを知ってしまったならば。
果たして私は私でいられるのでしょうか？
人ではない私はそれなりの精神強度を持ち合わせてはいると自負しています。ですが、いくら主神様の命令とはいえ、それを遂行しきった時に、溺れていない保障はどこに転がっているのでしょう。
そんな、ある種の恐怖が、私の背筋を撫でました。仄かに寄せられたその恐怖の色は、怪しくも美しい色でした。
どうしたことかと自分の神経を疑うようですが、確かにその色は、魅力的に私の瞳に映ってしまったのです。一瞬のことでしたが、それが永遠にも思えるほどにそれは印象的でした。
明瞭にならない、綿雲のようにあやふやで戸惑っている心だったからそう映ったのかもしれません。ですが私はそのとき、仲間が言っていた好奇心が一番下界の人々を殺しているという言葉の信憑性を、身をもって体感しました。
顔を出したのは刹那ほどです。
しかし、その刹那ほど顔を出した好奇心で、私の心は大きく揺さぶられていました。
「なあ、あんた」
「は、はいっ！？」
「い、いや声かけただけでそこまで驚かなくても…。その、大丈夫か？さっきからぼ〜っとしてるけど」
私はそこで初めて、自分が間の抜けた顔で不動だったことに気づきました。そして、初めて穴があったら入りたいという気分を味わいました。
夜の帳が深くなった頃、家の中の明かりはすでに燭台のものだけになっていました。頼りない光が陽炎のように揺らめき、自然が見せる幻影のような妖しさを部屋に漂わせます。
すでに青年は床に転がって粗末な毛布をかぶり、すやすやと寝息をたてておりました。勇者になることに積極的ではないこの少年を、身体を使って籠絡せよ。なぜでしょう。
いつもなら何ら疑問を抱くことなく遂行したその主神様の声が、歪に捻じ曲がっているように感じてしまい、私の判断を鈍らせていました。
本当にそうしていいのか。それは正しいのだろうか、と。
ですが、いくら思考を遥か彼方へと飛ばしてみても、返ってくる答えはただ一つでした。しょせん疑問を持とうとも、現場に与えられるのは素直に従うことだけ。
私は青年のもとに近寄り、そっと布団を取りました。
温かな癒しを強奪され、何か物足りなさを感じたのか青年は目を開きました。
「ん………む？」
寝ぼけ眼で私を見つめるその顔を、不覚にも可愛いと思ってしまった私は、既におかしくなっていたのかもしれません。
「起きましたか。まあ、起きなければそのまましていたのですが」
「…？」
まだ青年の意識は暗い淵にあるようで、頭がはたらいていないようでした。ならば好都合と、私は手早く青年のズボンを剥ぎ取ります。
「えっ……ちょ、アンタ！？」
青年はそこでようやく何が起こっているのかを理解したようでした。
「何してるんだよ！」
そう言われても、私は主神様の命令を実行しているだけですから、どう答えたものかと内心困ってしまいました。きっと人間はあれこれと理由がないと納得しないだろうとは、夕刻にあった埒のあかない押し問答で学んだ事です。悩んだ挙句――といってもわずかに数秒のことですが、私はそれらしく説得力のある言い訳を口にしていました。
「あなたのためになることです」
「は？」
「これはあなたのためです。勇者になれば名声を得ますが、それに群がる様に様々な者が取り入ろうとしてきますから、こうして慣れておかないと」
「い、いやだから俺は勇者になるつもりなんて……」
まだぐずる青年のパンツを剝き、あっという間に下半身を隠すものは無くなりました。口では嫌々と言いながらも下半身の青年は正直者のようでした。天を衝かんと雄々しく屹立しているペニスは皮が剝け、その凶悪な姿を自慢げに晒していました。資料でしか見たことがなかったそれを実際に見、迫力に少しばかり私は気勢を削がれました。が、次の瞬間には私は躊躇うことなく少年に抱き付いていました。
書物で得ただけの知識が果たして、青年に通用するのかどうか心配ではありましたが。
「うわっ、ちょっ……っ」
漏れ出る声を聞く限りでは、その心配はどうやら杞憂に終わりそうでした。
「我慢しなくていいのですよ。これは勇者になるための過程なのですから」
「け、けど……俺は勇者には」
「では……やめますか？」
その一言で、青年の顔はまるでこの世の終わりの光景でも目撃してしまったような色に染まりました。目の前に人参をぶら下げてお預けを食らった馬の気分を味わっていることでしょう。浅ましきかな、人の低俗な肉欲よ。
しかしそれは私にも当てはまっているように思われて、自分で勝手に複雑な心境になってしまいました。
自身でも理解の範疇を超えてしまっているのですが、この青年の生殖器を目にしてから、私の下半身に甘い疼きが広がっていました。それはまるで未知の感覚で、全身を擽られているような形容し難い煩悶の波に、私は囚われてしまったのです。
「………あぁもうわかったよ」
青年は何かが吹っ切れたように、身を起こして私を押し倒しました。あっという間に私が下になり、正常位の体勢になります。驚くべきことに、青年は私を組み敷いたようでした。息をする間もないほどの早業です。
青年は私を抱きしめると、その肉棒を私の入り口にあてがってきました。書物と耳学問でしか会得していない知識で、これから起こるであろう事象を私は身構えて待っていました。
結論から言えば、その様な心構えなどはあっさりと瓦解してしまったのですが。
「っ……」
「〜〜〜〜！？」
熱い鉄塊を身体に撃ち込まれたような衝撃が、私を貫きました。脳髄まで痺れさせる甘い感覚が際限なく広がり、理性だとか常識だとかいう観念を足下からぐずぐずに腐食させていくのがわかります。
私は魚がそうするように大きく口を開き、必死に空気を求めました。そうでもしないと、私という存在が壊れてしまうと直感したからです。
ですが青年はそんな私のことなどお構いなしといった風に、律動を始めました。では私はと言えば未知の感覚に身体を震わせることくらいしかできません。気持ちいいとは確かにわかるのに、それが強烈過ぎて快楽の享受が追いついていないのかもしれませんが、今はそんなことに思考を裂く余裕はありませんでした。大きく張った傘が肉の襞を掻き分け、快感を絶え間なく送ってくるのですから、それに壊されないようにするので精一杯です。
初体験は激痛を伴うと書物には記されていましたが、不思議なことに痛みは全くなく、ただ呑み込まれて自分を見失ってしまいそうになる快楽だけが確かに私の身体を蝕んでいました。
「………！」
少しゆっくり。
そう青年に訴えかけようと試みても、私の口から出ていくのは肺から絞り出された二酸化炭素くらいです。言葉になっていない言葉が青年の耳に届くはずもなく、律動がさらに激しさを増しました。
射精される。
夥しい子種が、私の子宮に注がれる。
そう直感した瞬間に、青年のペニスは私の子宮口にキスしていました。身体全体に雷でも流れたのでしょうか。そんな勘違いをしてもおかしくないくらいの衝撃が、私のつま先から脳天までを走り、その反動で私は大きく弓なりに仰け反りました。
目の前で白い火花がパチパチと爆ぜては消え、爆ぜては消えを繰り返して身体を宙に浮かせました。筋肉が痙攣し、やがて弛緩して私の身体は床に崩れてしまいました。これが、人間が味わう絶頂時の快感なのでしょうか。
だとしたら。
だとしたら。
人が堕落してしまうのも、無理もないのかもしれません。私は碌に働かない回路の隅で、ふとそんなことを思いました。
先ほど注がれた青年の精液が穴から洩れ、滴る感覚に身を捩る暇もなく私の目の前にずぃっと槍が突き出されました。いえ、それは槍ではなくて、未だ堅く臍まで反り返っていた青年の生殖器でした。
私の愛液と先ほど吐き出した精液とが混じり塗されたそれは、燭台の頼りない光を反射してぬらぬらと妖しくグロテスクな光を放っていました。噎せ返るような淫臭を漂わせる青年自身に、私はそっと舌を這わせました。肉棒の裏筋をなぞるように舐めると、気持ちいいのかぴくぴくと脈動するそれは、間近で見れば圧倒されんばかりの凄味がありました。
出っ張ったエラの部分も舌先で丁寧に愛撫をし、付着していた体液を舐めとります。なんだかよくわからない味がするそれをこくりと音を立てて飲むと、私の下半身からまたあの痺れが身を焦がすのがわかりました。
ですが、それでも自分に快楽を与えてくれるこの逞しいペニスへの奉仕を蔑ろにするわけにはいきません。私は片手で竿の部分を掴むと、先走りの汁を滲ませている先端を咥えこみました。そのまま舌全体を使って、時計回りに撫でるように亀頭の表面を舐めまわします。口の中でさらに膨張し、硬度を増していく逞しさに、青年の底知れぬ欲を感じながら、私は必死に奉仕をしました。
片手で竿を扱き上げるのも忘れずに、ほどよい力加減で上下に擦ると、それに連動するようにして口中で亀頭が暴れます。
きかん坊の暴力に思わず私は亀頭を解放してしまいました。
咳き込みながらも、青年の顔を窺うと、そこに青年はいませんでした。
では何がいたのかと問われるとその答えは明瞭で実に簡潔に明文化できます。
そこには、瞳に情欲の炎を滾らせた獣が一人いました。
「その……悪かった。えと、や、やりすぎて」
ようやく行為が終わった頃には、私は股に淫靡な水たまりを作り、肩で息をしていました。夜光虫でも乱舞しているのかと疑いたくなるほどに、眼前で火花を散らされ、天使を孕ませんとするように幾度も子宮に精を浴びた私は、もはや呂律も回ってはいませんでした。
外はすでに仄かに明るく、どれほどの間ぶっ続けで生命の営みをしていたのかを思い知らせてくれます。
傍にいる青年も長時間の性行為は中々に堪えたのか、言葉の節々に疲れの色がありました。私はせめて手を上げて大丈夫だという思惟を伝えようとしたのですが、どうやらそれも叶わないようでした。全身を疲労感が支配し、動く気力すら湧きません。
ですが、なかなかどうして。
その疲労感をきっぱりと嫌いとは言い切ることができませんでした。正体不明の思念が私を誑かしているのでしょうか。それは定かではありません。
「……………」
私は何か言葉の欠片らしきものを吐き出そうとして、咽喉までせぐり上がっていたそれを臓腑まで押し戻しました。今言葉でも吐き出そうものなら、それはきっと形を成していないただの感情だと思ったからです。
「その……勇者とか、俺にはまだ実感がないけど、その………頑張って、みるよ」
青年から比較的前向きな発言が聞けたあたり、私が主神様からの命令を無事遂行できたことを物語っていました。そのことに安堵する暇もなく、しばらく聞いていなかったように思える主神様の声が、私の精神を震わせました。いえ、実際には久しぶりでもないのですが、感覚的にはもう久しぶりと言っていいほどの気分でした。
主神様曰く、『ｋ＠＃ｙ＆！ｓ』
忠誠を誓っていようが誓っていまいが、その命令を私は無視する気など毛頭ありませんでした。
青年と睦まじい仲になる。
それはきっと勇者になる上でとても重要なことです。いつその力を悪用せんとする輩が、青年を唆すとも知れません。あるいは魅力的な身体を使って、ハニートラップでも仕掛けてくるやもしれません。後者はなんだか皮肉のようにも感じられましたが、それはまあ置いておくとして。ついでに記憶の海の底にでも葬っておくとして。
私は、次はどんなことをして青年と一緒にいようかと、蜘蛛の巣のように思考を張り巡らせていきました。
ですが、策を色々と考えるよりも先にするべきことがあります。
私は疲労で悲鳴を上げる気力すら失っている身体に鞭を打ち、傍にいる青年の顔を両手で固定しました。
「え、……んっ」
私の所有物であるように、いえ、私と対等であるようにと。そんな口上で自分の気持ちをあざりながら、私は青年にキスをしました。
自分にあざりあざられ。
そして私は、生まれて初めて芽生えた感情に一つ、色をつけることにしました。その色はどうやらいかがわしい色も何もかもない交ぜにしているようですが、しかし。
悪くないと思える色でした。
やがて、暫しお互いの唇の感触を味わい尽くし、どちらからともなく離れていきました。銀のアーチが重力に引かれて崩落し、水たまりの一部となります。
情事に夢中になって後回しとなったキスの味は――。
語ることは無粋ですが、きっと私はキスをする度にこの事が脳裏を過ぎるのだろうと、そう思いました。
さて、これから私が青年と過ごす日々は、どんな色でしょうか。
できれば、それは私にとって永久とも言える色になって欲しいです。
15/11/11 22:01更新 / 綴