稲荷なり
「ん……」
まだ朝靄も完全には晴れていない時刻、女は目を覚ました。衣類は身に着けておらず、その絹糸のような滑らかさの肌に、柔らかい布団の感触が直に伝わる。自分を優しく包み込むその抱擁にも似た安堵感から、もう少しだけ心地いい微睡みに沈んでいたい欲求が、女の中で芽生えるが、それを必死に振り払い、女は身体を起こした。春とはいえ、まだ朝は肌寒く、少し冷え切った空気が女の肌を撫でた。
まだ起きない方がよかったのではないか？そう囁く怠惰な心に鞭打って、女はそっと布団から抜け出した。隣には、愛すべき男がまだすやすやと幼子のように眠っている。
すでに契りを交わし、お互いに夫婦となってからは、女は毎晩愛しい男の腕のなかに収まる悦びを味わっている。昨夜も情熱的にまぐわい、何度子宮に熱い精を注ぎ込まれ、果てたかわからない。まだ己が身体を両腕で抱きしめれば、情交の余熱が心を火照らせているようで、思わず女は身震いした。
「……ふぅ」
和服をきっちりと着こなし、物音を立てずに部屋を抜け出すと、女は洗面台の前に立った。鏡に映し出される自分の姿は、まだしつこく淫靡な炎に炙られているようで、しまらない顔をしていた。
そんな顔でも、あの人は愛しいと囁いてくれるのだろうか。ふと脳内をよぎった想像に、必ず返してくれるだろうと、独り呟きながら、女は乱れた髪を櫛で直し始めた。
頭部に生えた特徴的な耳に、自分の背後でゆらゆらと陽炎のように揺らめく尻尾。
稲荷という、人ではない、人外の身である自分を好いてくれた男の朝食を作るべく、女は一人台所へ向かった。
包丁が食材を刻み、小気味良い音を響かせ、台所を少しずつ食欲をそそる芳しい匂いが満たしていく。味も夫好みに拵え、納得のいく出来に仕上がった料理を食べさせるべく、部屋へと向かおうとした女だったが、台所にはいつの間にか、すでに男がいた。
「あら、いつの間に起きていたのですか……？」
「ついさっきだよ。美味しそうな匂いがしたから」
「もう……」
男の寝ぼけ眼を見るという、自身の密かな楽しみの一つを奪われた気分になった女は、不満げに頬を膨らませた。その少女のような仕草に、男は微笑みながら、ごめんごめんと上辺だけの謝罪をする。
無論、それで男も妻の不機嫌が改善されるとは思ってはいなかった。拗ねてしまった女の機嫌を直すのは、
「んっ……」
口づけと、男は何よりわかっていた。
心の底から添い遂げると誓った女の背中に手を回すと、やや強引に己の唇を重ねる。柔らかく、まさに女そのものである感触に、男の胸の中が多幸感で満たされる。口づけ一つでこれなのだから、ここからさらに進んでしまえばどうなるのだろうか。
まだ朝だが、荒波を立て始めた己の性欲に、半ば苦笑いしたい気分になりながら、男は舌を女の口中に挿し入れた。途端、それを待ちわびていた女の舌が、男の舌を搦めとり、唾液を塗りたくる。
何度も何度も、所有物であるのを証明するように。
このまま朝の情事に耽りたい。そんな素直な欲求が男の中で鎌首をもたげたが、女は男の身体をゆっくりと引きはがすと、首を横に振った。
「いけません。ご飯が冷えてしまいますから……」
そうは言いながらも、女の目にも確かな情欲の火が灯っているのを男は見逃さなかった。どれだけ表向きには平静を装おうとしても、魔物娘としての性には逆らえない。どうしようもなく火照り、世界でただ一人の愛しい人のぬくもりを求めてしまうその性。
じりじりと身を炙られるような焦燥感と、夫の前では貞淑に振舞おうとするその二つの感情に板挟みになり、悶絶しそうになりながらも女は努めて表層にはそれを出そうとはしていなかった。
が、それを自分の知らぬ内に漏らしているのは、長年寄り添っていた男ならば手に取るようにわかるもので。
「大丈夫。時間はかけないから」
「あっ……」
右手で女を再び抱き寄せ、左手で美しい曲線美を描く尻に手を回す。それだけで、女は頬を染め、やや拗ねたような、非難するような複雑な視線を男に寄越した。だめと言っているのに、そう言いたげだったが、その表情が覗いたのも一瞬のことだった。
すぐに自分から情熱的に唇をねだり、その豊満な身体を男に押し付けていた。一度火がついてしまえば、止められない。それをわかっていても抑えていた理性が崩れ去った瞬間だった。
「んっ、んんんっ、んむっ」
短く声を漏らしながら、必死にキスをするその姿はどこか生娘のように初々しくも、手慣れた娼婦のような妖しさも纏い、結果としてそれだけで男の本能を燻らせる官能的なものになっていた。
愛から愛までひっきりなしに循環する熱が、二人の理性を脳髄を焦がして視界を眩ませる。
柔らかな唇が触れ合う感触にいちいち、びくっ、と可愛らしく身体を震わせる女の手が男の背に回り、豊かな乳房が服越しに男の胸板に押し付けられた。全ての異性を虜にするためにあるかのようなその魅力的な胸を男は優しく鷲掴む。
指がゆっくりと沈み込み、服越しからでも十二分にわかるその弾力が微かに男を心地良く押し返す。今度は少しだけ、胸を愛撫する手に力を込めると、んっ、と女が短く声をあげた。
微弱な電流を流されているようなじんわりとした快感が、乳房の中で滞留し女の中で官能の波を次第に荒立てる。
「やっ、はぁっ、んんっ……」
身体をくねらせ、自分を静かに追い詰めていく快感から逃れようとするも、男の手はするりと和服の間を縫い、女の豊満な乳房に直に触れた。
「んんんんっ！！！」
触れられただけで愛しさが胸から溢れ、それに溺れるかのように女は身悶えした。愛する夫に直接性感帯を触られた。それだけでも魔物娘にとっては理性の枷を粉みじんにする程度の効力はある。だが、淑女であろうとする気概だけが女をぎりぎりのところで留めた。
女は自分の下半身が淫靡な疼きを孕んだのを知覚した。子宮の奥から、女の本能が滴になって自身の身に着けている下着を湿らせ、その気恥ずかしさに頬を朱に染めた。
(やだ、はしたない……)
両手で顔を覆いたい衝動に駆られながらも、それよりもさらに夫の熱を求めたい獣じみた本能の方が上回り、唇の感触を愉しむことに女は集中してしまった。密着した粘膜同士が摩擦する快感が何物にも代えがたく、口が内部から融解してしまいそうな感覚に襲われる。ぬめつく舌がお互いを求める感覚。愛する男と女という単純な関係になる、自分が原始に落ちている感覚が、情欲をさらにふつふつとたぎらせた。
着物一枚で隠された女の裸体を拝んでしまえば、間違いなく男は獣になるだろう。そんな何度も逢瀬を交わしたからこそわかる確信を頭の隅で弄びながら、女は男の下腹部を撫でた。
生々しく、間近に感じる異性の臭い。決して不快ではない――むしろ昂揚すら覚えてしまうその臭いが次第に台所に充満していく。
「むっ、んぐっ、あぁぁっ………あっ」
やがて、とても自然な流れで女は床に押し倒された。
犯される。
気恥ずかしさと期待が入り混じり、自分の瞳を潤ませるのを感じた女は短く、お手柔らかにとだけ囁いた。
その言葉がまるで合図であったかのように、男は乱暴に女の着物と下着を剥ぎ、その艶めかしい裸体が晒された。柔らかさの中にもきちんとしたハリの良さがうかがえる豊満な胸に、程よく括れた腰、そして安産型の臀部。世の男性が求めるそれを身に宿したその身体を前に、男の本能ががらがらと五月蠅く鐘を鳴らす。
とっくに勃起していた愚息を取り出すと、男は女の股を優しく開かせた。
淫蜜をたらたらと股の間から垂らしているその光景がひどく淫靡で、男は生唾を飲み込み、一方で女は恥ずかしさのあまり顔を鬼灯のように真っ赤に染めていた。
臍の辺りまで反り返った性器を掴み、男は女の入り口のところで念入りに己の砲身に愛液を塗りたくる。それだけも思わず腰が浮いてしまうような快感が尿道を走り、さっさと挿入してしまいたい衝動が喉のすぐそこまでせり上がっていた。
肉に溺れ、互いが互いの快感に陶酔を極める官能的な時間が、すぐそこまで迫っている。
「……」
「……」
そして、男の愚息が、ゆっくりと女の身体の内側へ侵入を果たした。
「あっ、くっ…」
肉棒が淫肉を掻き分けて子宮口まで到達したのを確認し、男は荒々しく律動を始めた。最初からそこまで激しい抽挿を受けると思っていなかった女は、突如自分を襲った強すぎる快感に思わず仰け反った。身体は正直に反応し、甘美な収縮を繰り返して絶え間ない快楽を男性器に送り込んでいるが、女の方はふるふると小刻みに身震いを起こしていた。赤い淫猥な火で炙られるような容赦のない快感が、奔流になり背中から脳髄を這いあがるその感覚に、だらしなく口から舌を垂らす。
無論、そのような扇情的な光景を見、男が興奮しないはずもない。
さらにいやらしく淫らな光景を求め、男は女の膣を穿つように自身の逞しい肉槍を出し入れした。
肉棒の先端がこつこつと子宮口にあたり、赤子の部屋を叩かれる刺激に女は口の端から涎を垂らしかけていた。それを拭う余裕もなく、どころかさらに深い感覚を求めて女は両足で男の腰をがっちりと固定した。
ぴくぴくと痙攣する肉壺が子種の放出をせかし、肉襞の一つ一つが意思を持っているかのように男性器を締め付け、愛撫を繰り返す。その快美感が徐々に男の睾丸に白濁した欲望をためつつあった。
動けば動くほどに身体よりももっと深い部分で何かがわななき、どこまでも突き抜けてしまいそうな気持ちよさが二人を包み込む。
一突きごとに女の口からは耳に心地いい喘ぎ声が零れ、男の脳漿に浸透していく。
最早そこに先ほどまでの貞淑な女の姿も、いかにも柔和そうな男の姿もなかった。
ただ欲に溺れ、魔物の夫婦としての幸せを全身で味わう姿だけが、そこにあった。
しとどに濡れる――とはまだ控えめと思えるほどに、水たまりさえ作ってしまいそうなくらい欲棒が出し入れされる度に愛液が水音をたて、鼓膜までをも桃色一色に染め上げる。
やがて、リズムよくも荒々しかった抽挿から、男の動きが少し変わった。
「……？」
神経を焼き切らんとばかりに強烈だった快楽が収まり、女は快感に耐え切れず零していた涙を拭いながら首を傾げた。
疲れてしまったのだろうか。それとも急に萎えてしまったのだろうか。どちらにしても魔物娘としてはぞっとしない想像だったが、少なくとも自分の中で打たれた鉄のように熱く脈動している肉棒を感じるところ、そうではないらしい。
急に行為が中断された不安を隠しきれず、口を開きかけた瞬間に女の口から洩れたのは歓喜の声だった。
男の動きが、今度は女の急所を焦らすような動きに変わったのだ。先端で僅かに擦るような、明らかに女を焦らす思惟を感じさせる動き。男の意図を察した女は、自らも腰をゆっくりと男を舐るように動かした。
先ほどよりは苛烈でもない、しかしじわじわと確実に頂点へと達するための動きが、二人を一つにしようとしていた。
僅かに触れるばかりの性感帯同士の接触に、次第に熱塊が肥大化するのを感じた女は、それの放出を強請るようにして、一際強く男の肉棒を締め付けた。
針でつつかれた風船のように、一気に破裂した欲望は、凄まじい勢いで女の子宮に注がれていく。
一度、二度、三度と脈動を繰り返し、その度に濃厚な白濁液が子宮を満たす。
「うっ……あっ、すご………いっ」
受け止めきれなかった子種が膣から漏れ出す感覚を、女は味わった。一度の射精を経てもなお、鋼のような堅さを保つ肉棒が、次の絶頂を求めて動き出す。
「あっ………」
次の悦楽の時を予感して、女は蕩けた笑みを浮かべた。
「もう……すっかり冷えてしまったじゃありませんか」
「その…申し訳ない」
結局あの後続けて三度もまぐわい、淫臭と体液に塗れた台所の後片付けを終えた頃には、愛妻が作った朝食はすっかり冷え切っていた。
ジト目で男を射抜くと、男はびくりと身体を震わせて申し訳なさそうに苦笑いを浮かべるしかなかった。
もっとも、後半は自分からも求めていたぶん、男のことばかりを非難できるわけでもないのだが。
「今度からはきちんと夜にしてくださいね」
「善処するよ」
「きちんとしてくださいね」
「はい」
「あと…」
少しだけ声音を変え、女は言う。
「子供、できるでしょうか？」
それに男は答えることなく、ただ微笑をその顔にたたえていた。
まだ朝靄も完全には晴れていない時刻、女は目を覚ました。衣類は身に着けておらず、その絹糸のような滑らかさの肌に、柔らかい布団の感触が直に伝わる。自分を優しく包み込むその抱擁にも似た安堵感から、もう少しだけ心地いい微睡みに沈んでいたい欲求が、女の中で芽生えるが、それを必死に振り払い、女は身体を起こした。春とはいえ、まだ朝は肌寒く、少し冷え切った空気が女の肌を撫でた。
まだ起きない方がよかったのではないか？そう囁く怠惰な心に鞭打って、女はそっと布団から抜け出した。隣には、愛すべき男がまだすやすやと幼子のように眠っている。
すでに契りを交わし、お互いに夫婦となってからは、女は毎晩愛しい男の腕のなかに収まる悦びを味わっている。昨夜も情熱的にまぐわい、何度子宮に熱い精を注ぎ込まれ、果てたかわからない。まだ己が身体を両腕で抱きしめれば、情交の余熱が心を火照らせているようで、思わず女は身震いした。
「……ふぅ」
和服をきっちりと着こなし、物音を立てずに部屋を抜け出すと、女は洗面台の前に立った。鏡に映し出される自分の姿は、まだしつこく淫靡な炎に炙られているようで、しまらない顔をしていた。
そんな顔でも、あの人は愛しいと囁いてくれるのだろうか。ふと脳内をよぎった想像に、必ず返してくれるだろうと、独り呟きながら、女は乱れた髪を櫛で直し始めた。
頭部に生えた特徴的な耳に、自分の背後でゆらゆらと陽炎のように揺らめく尻尾。
稲荷という、人ではない、人外の身である自分を好いてくれた男の朝食を作るべく、女は一人台所へ向かった。
包丁が食材を刻み、小気味良い音を響かせ、台所を少しずつ食欲をそそる芳しい匂いが満たしていく。味も夫好みに拵え、納得のいく出来に仕上がった料理を食べさせるべく、部屋へと向かおうとした女だったが、台所にはいつの間にか、すでに男がいた。
「あら、いつの間に起きていたのですか……？」
「ついさっきだよ。美味しそうな匂いがしたから」
「もう……」
男の寝ぼけ眼を見るという、自身の密かな楽しみの一つを奪われた気分になった女は、不満げに頬を膨らませた。その少女のような仕草に、男は微笑みながら、ごめんごめんと上辺だけの謝罪をする。
無論、それで男も妻の不機嫌が改善されるとは思ってはいなかった。拗ねてしまった女の機嫌を直すのは、
「んっ……」
口づけと、男は何よりわかっていた。
心の底から添い遂げると誓った女の背中に手を回すと、やや強引に己の唇を重ねる。柔らかく、まさに女そのものである感触に、男の胸の中が多幸感で満たされる。口づけ一つでこれなのだから、ここからさらに進んでしまえばどうなるのだろうか。
まだ朝だが、荒波を立て始めた己の性欲に、半ば苦笑いしたい気分になりながら、男は舌を女の口中に挿し入れた。途端、それを待ちわびていた女の舌が、男の舌を搦めとり、唾液を塗りたくる。
何度も何度も、所有物であるのを証明するように。
このまま朝の情事に耽りたい。そんな素直な欲求が男の中で鎌首をもたげたが、女は男の身体をゆっくりと引きはがすと、首を横に振った。
「いけません。ご飯が冷えてしまいますから……」
そうは言いながらも、女の目にも確かな情欲の火が灯っているのを男は見逃さなかった。どれだけ表向きには平静を装おうとしても、魔物娘としての性には逆らえない。どうしようもなく火照り、世界でただ一人の愛しい人のぬくもりを求めてしまうその性。
じりじりと身を炙られるような焦燥感と、夫の前では貞淑に振舞おうとするその二つの感情に板挟みになり、悶絶しそうになりながらも女は努めて表層にはそれを出そうとはしていなかった。
が、それを自分の知らぬ内に漏らしているのは、長年寄り添っていた男ならば手に取るようにわかるもので。
「大丈夫。時間はかけないから」
「あっ……」
右手で女を再び抱き寄せ、左手で美しい曲線美を描く尻に手を回す。それだけで、女は頬を染め、やや拗ねたような、非難するような複雑な視線を男に寄越した。だめと言っているのに、そう言いたげだったが、その表情が覗いたのも一瞬のことだった。
すぐに自分から情熱的に唇をねだり、その豊満な身体を男に押し付けていた。一度火がついてしまえば、止められない。それをわかっていても抑えていた理性が崩れ去った瞬間だった。
「んっ、んんんっ、んむっ」
短く声を漏らしながら、必死にキスをするその姿はどこか生娘のように初々しくも、手慣れた娼婦のような妖しさも纏い、結果としてそれだけで男の本能を燻らせる官能的なものになっていた。
愛から愛までひっきりなしに循環する熱が、二人の理性を脳髄を焦がして視界を眩ませる。
柔らかな唇が触れ合う感触にいちいち、びくっ、と可愛らしく身体を震わせる女の手が男の背に回り、豊かな乳房が服越しに男の胸板に押し付けられた。全ての異性を虜にするためにあるかのようなその魅力的な胸を男は優しく鷲掴む。
指がゆっくりと沈み込み、服越しからでも十二分にわかるその弾力が微かに男を心地良く押し返す。今度は少しだけ、胸を愛撫する手に力を込めると、んっ、と女が短く声をあげた。
微弱な電流を流されているようなじんわりとした快感が、乳房の中で滞留し女の中で官能の波を次第に荒立てる。
「やっ、はぁっ、んんっ……」
身体をくねらせ、自分を静かに追い詰めていく快感から逃れようとするも、男の手はするりと和服の間を縫い、女の豊満な乳房に直に触れた。
「んんんんっ！！！」
触れられただけで愛しさが胸から溢れ、それに溺れるかのように女は身悶えした。愛する夫に直接性感帯を触られた。それだけでも魔物娘にとっては理性の枷を粉みじんにする程度の効力はある。だが、淑女であろうとする気概だけが女をぎりぎりのところで留めた。
女は自分の下半身が淫靡な疼きを孕んだのを知覚した。子宮の奥から、女の本能が滴になって自身の身に着けている下着を湿らせ、その気恥ずかしさに頬を朱に染めた。
(やだ、はしたない……)
両手で顔を覆いたい衝動に駆られながらも、それよりもさらに夫の熱を求めたい獣じみた本能の方が上回り、唇の感触を愉しむことに女は集中してしまった。密着した粘膜同士が摩擦する快感が何物にも代えがたく、口が内部から融解してしまいそうな感覚に襲われる。ぬめつく舌がお互いを求める感覚。愛する男と女という単純な関係になる、自分が原始に落ちている感覚が、情欲をさらにふつふつとたぎらせた。
着物一枚で隠された女の裸体を拝んでしまえば、間違いなく男は獣になるだろう。そんな何度も逢瀬を交わしたからこそわかる確信を頭の隅で弄びながら、女は男の下腹部を撫でた。
生々しく、間近に感じる異性の臭い。決して不快ではない――むしろ昂揚すら覚えてしまうその臭いが次第に台所に充満していく。
「むっ、んぐっ、あぁぁっ………あっ」
やがて、とても自然な流れで女は床に押し倒された。
犯される。
気恥ずかしさと期待が入り混じり、自分の瞳を潤ませるのを感じた女は短く、お手柔らかにとだけ囁いた。
その言葉がまるで合図であったかのように、男は乱暴に女の着物と下着を剥ぎ、その艶めかしい裸体が晒された。柔らかさの中にもきちんとしたハリの良さがうかがえる豊満な胸に、程よく括れた腰、そして安産型の臀部。世の男性が求めるそれを身に宿したその身体を前に、男の本能ががらがらと五月蠅く鐘を鳴らす。
とっくに勃起していた愚息を取り出すと、男は女の股を優しく開かせた。
淫蜜をたらたらと股の間から垂らしているその光景がひどく淫靡で、男は生唾を飲み込み、一方で女は恥ずかしさのあまり顔を鬼灯のように真っ赤に染めていた。
臍の辺りまで反り返った性器を掴み、男は女の入り口のところで念入りに己の砲身に愛液を塗りたくる。それだけも思わず腰が浮いてしまうような快感が尿道を走り、さっさと挿入してしまいたい衝動が喉のすぐそこまでせり上がっていた。
肉に溺れ、互いが互いの快感に陶酔を極める官能的な時間が、すぐそこまで迫っている。
「……」
「……」
そして、男の愚息が、ゆっくりと女の身体の内側へ侵入を果たした。
「あっ、くっ…」
肉棒が淫肉を掻き分けて子宮口まで到達したのを確認し、男は荒々しく律動を始めた。最初からそこまで激しい抽挿を受けると思っていなかった女は、突如自分を襲った強すぎる快感に思わず仰け反った。身体は正直に反応し、甘美な収縮を繰り返して絶え間ない快楽を男性器に送り込んでいるが、女の方はふるふると小刻みに身震いを起こしていた。赤い淫猥な火で炙られるような容赦のない快感が、奔流になり背中から脳髄を這いあがるその感覚に、だらしなく口から舌を垂らす。
無論、そのような扇情的な光景を見、男が興奮しないはずもない。
さらにいやらしく淫らな光景を求め、男は女の膣を穿つように自身の逞しい肉槍を出し入れした。
肉棒の先端がこつこつと子宮口にあたり、赤子の部屋を叩かれる刺激に女は口の端から涎を垂らしかけていた。それを拭う余裕もなく、どころかさらに深い感覚を求めて女は両足で男の腰をがっちりと固定した。
ぴくぴくと痙攣する肉壺が子種の放出をせかし、肉襞の一つ一つが意思を持っているかのように男性器を締め付け、愛撫を繰り返す。その快美感が徐々に男の睾丸に白濁した欲望をためつつあった。
動けば動くほどに身体よりももっと深い部分で何かがわななき、どこまでも突き抜けてしまいそうな気持ちよさが二人を包み込む。
一突きごとに女の口からは耳に心地いい喘ぎ声が零れ、男の脳漿に浸透していく。
最早そこに先ほどまでの貞淑な女の姿も、いかにも柔和そうな男の姿もなかった。
ただ欲に溺れ、魔物の夫婦としての幸せを全身で味わう姿だけが、そこにあった。
しとどに濡れる――とはまだ控えめと思えるほどに、水たまりさえ作ってしまいそうなくらい欲棒が出し入れされる度に愛液が水音をたて、鼓膜までをも桃色一色に染め上げる。
やがて、リズムよくも荒々しかった抽挿から、男の動きが少し変わった。
「……？」
神経を焼き切らんとばかりに強烈だった快楽が収まり、女は快感に耐え切れず零していた涙を拭いながら首を傾げた。
疲れてしまったのだろうか。それとも急に萎えてしまったのだろうか。どちらにしても魔物娘としてはぞっとしない想像だったが、少なくとも自分の中で打たれた鉄のように熱く脈動している肉棒を感じるところ、そうではないらしい。
急に行為が中断された不安を隠しきれず、口を開きかけた瞬間に女の口から洩れたのは歓喜の声だった。
男の動きが、今度は女の急所を焦らすような動きに変わったのだ。先端で僅かに擦るような、明らかに女を焦らす思惟を感じさせる動き。男の意図を察した女は、自らも腰をゆっくりと男を舐るように動かした。
先ほどよりは苛烈でもない、しかしじわじわと確実に頂点へと達するための動きが、二人を一つにしようとしていた。
僅かに触れるばかりの性感帯同士の接触に、次第に熱塊が肥大化するのを感じた女は、それの放出を強請るようにして、一際強く男の肉棒を締め付けた。
針でつつかれた風船のように、一気に破裂した欲望は、凄まじい勢いで女の子宮に注がれていく。
一度、二度、三度と脈動を繰り返し、その度に濃厚な白濁液が子宮を満たす。
「うっ……あっ、すご………いっ」
受け止めきれなかった子種が膣から漏れ出す感覚を、女は味わった。一度の射精を経てもなお、鋼のような堅さを保つ肉棒が、次の絶頂を求めて動き出す。
「あっ………」
次の悦楽の時を予感して、女は蕩けた笑みを浮かべた。
「もう……すっかり冷えてしまったじゃありませんか」
「その…申し訳ない」
結局あの後続けて三度もまぐわい、淫臭と体液に塗れた台所の後片付けを終えた頃には、愛妻が作った朝食はすっかり冷え切っていた。
ジト目で男を射抜くと、男はびくりと身体を震わせて申し訳なさそうに苦笑いを浮かべるしかなかった。
もっとも、後半は自分からも求めていたぶん、男のことばかりを非難できるわけでもないのだが。
「今度からはきちんと夜にしてくださいね」
「善処するよ」
「きちんとしてくださいね」
「はい」
「あと…」
少しだけ声音を変え、女は言う。
「子供、できるでしょうか？」
それに男は答えることなく、ただ微笑をその顔にたたえていた。
15/11/11 22:01更新 / 綴