摩訶不思議譚
不思議の国と云う、奇妙奇天烈な場所に自分は来ていた。今の兎の耳を生やした、端から見れば奇っ怪であろう妻と結ばれ、幾年月を経たかは定かではないが、ついこの間、急に妻が自分の故郷に行ってみないかと云い出したのだ。常日頃、昼も夜も世話になっている妻の我が儘の一つや二つ、まあ聞いてやっても善いだろう。そう思い、二つ返事で聞き入れた己が軽薄さに、ほとほと呆れるばかりである。人成らざる者である妻の故郷が、どうして我我人と大差ない都合の善い場所であると考えたのか。懊悩焦慮に苛まれるばかりである。
が、其れは其れ。此れは此れ。この様な出来事は、戸惑う事はあれども、慣れっこである。今まで散散複雑怪奇な出来事にばったりと出くわしてきた身で、今更何を躊躇する事があろうか。
此処が妻の故郷であるならば、善い所に違いはあるまい。思う存分に、愉しむとしよう。
然しこの不思議の国は、コケティッシュな魅力に溢れ過ぎてはいないだろうか。喩えるならば、艶福家の豪遊譚の一部を垣間見ている様だ。淫らな光景に彩られていて、目のやり場に困ると云うものである。先程から小脇で流れている胡桃色の川は、どうやら紅茶らしい。妻に云われてから、おっかなびっくりだが口に含んでみれば、成る程確かに芳しい茶葉の香りが鼻腔に纏わり付いた。お一つ頂戴と云う妻にも掬って飲ませてやると、頬を綻ばせている。矢張り、幸せな生活を送っていても、望郷の念に駆られる事はあるのだろう。今は存分に愉しんでくれると善い。
そう思いながら、再び妻と二人歩いていると、妖姿媚態な猫に出遭った。最初、魑魅魍魎の類が化けた者かと思ったのだが、妻曰く、此の猫が不思議の国の水先案内人らしい。この様な艶姿の猫に案内されるとなると、幾許かの不安は在ったが、其れと同じ程度の期待も在った。摩訶不思議な此の国は、如何にも退屈とは無縁そうではないか。
私は妻と腕を組むと、猫に案内されて不思議の国の奥地へと更に歩みを進めた。
存外懇切丁寧に案内をする猫に、少少面食らう事もあれども、不思議の国では森羅万象総てが現ではお目にかかれない物ばかりであった。其の幾多もの出来事総てが現とは余りに差異がありすぎている。お飯一つにしても、効能は淫らで頽廃したようなものばかり。つい先程飲んだ紅茶の川には、交わりの際に不要な諸諸の情緒を消し、お互いの姿しか目に這入らなくなると云う。
此処では博学才穎で在ろうが無知蒙昧で在ろうが、関わりが無いらしい。拘わりも無いらしい。理其の物が通じないのだ。
傾城傾国の、然し異形を何処か備えている美女が方方で意中の夫君と仲睦まじく手を繋いでいるか、若しくはまぐわっている。
ふと気になり、若しも私が独り身の儘、此の不思議の国へと足を踏み入れていればどうなったのかと、妻に訊いてみると、虎視耽耽と狙撃手のように機会を窺う他の魔物娘によって、あっという間に組み敷かれている事だろうと教えてくれた。私はその事実よりも、久方ぶりに妻との会話が成立した事に驚いた。青天の霹靂である。驚天動地、とも云う。
矢張り、故郷という物には、何かしらの得体の知れぬ力が有るのか。そう感慨に耽らずにはいられなかった。
逆しまに枝からぶら下がる猫は、けらけらと笑いながら私達夫婦に一つの飴玉を手渡した。お天道様を溶かしたような色合いの飴玉である。
だがしかし、やれやれと溜息の一つでも吐きたくなる。余韻に浸る暇も無い程に、せっかちな猫である。猫曰く、どちらか一人がその飴玉を口移しすると、それはそれは面白い事が起こると云った。何も人生の分水嶺に成る程では無いとの事なので、遠慮もせずに私がその飴を口に含んだ。
突如、噎せ返る様な甘さが口の中に広がり、何故だか急に妻の事が愛らしくなってきた。別段、普段からけんもほろろな態度を妻に対して取っていた訳では無いのに、だ。その衝動その儘に、妻の唇を強引に奪うと、その飴を飲み込ませた。
猫は其れを見、尻尾から徐徐に虚空へと消えてしまった。
粗目を胸に溶かし込まれた様な感覚が広がり、妻への確かな深い愛が、更に腹の底に沈んでいった。
只只管に妻との記憶が脳髄から溢れ返ってくるせいだろう。成る程、面白い事であると云っていたのにも、頷けた。これは夫婦同士、愛情を再確認するにはうってつけの代物であろう。夜郎自大であった私を救ってくれた妻の事を忘れる訳が無いが、振り返ると云う意味合いでは此れ程迄に適した物は無い。猫に礼を述べたかったのだが、既に消えてしまっているので云えなかった。まああの手の類の物の怪は、何れ姿を現すだろう。
真、善い機会だった。つまびらかに、具に不思議の国を見て回りたいのは山山だが、何時までも家を留守にしていては、勾引かされたのかとご近所様に思われてしまう。
其れは流石に不味いだろう。
が、妻を慕う気持ちが再確認する事が出来ただけでも、善い一日だった。此れからも妻を愛して生きよう。
そう決意を固めた矢先、妻が何やらそわそわとし始めた。
本より紅顔可憐なその顔が、殊更朱に染まっているのを見、私は事を察した。どうやら、先程の口移しで性欲を催したらしい。特に驚く事では無かった。何時とて妻はこうである。時も場所も選ばずに、己が欲求には逆らう事など出来はしない。こう云うとまるで卑しい痴女の様だが、決してそうでは無い事を私は知っている。この性に激しい気性も、まるで娼婦の様な色欲も、総て愛しいが為のものなのである。荒々しく互いの身体を貪るのも、愛していればこその事だ。こんな事を云っていると、愛妻家にも程があるとでも友人達に云われてしまいそうだが、それでも愛しいのだから仕方があるまい。
もう我慢の限界と抱きついて来る妻を、私は丁度善い茂みに押し倒した。押し倒されながらも、始まるであろう行為を想像し、早くも股から蜜を滴らせる妻の姿は、ぞっとする程に淫靡だった。
先ずは、その可愛らしい唇にそっと接吻をする。直ぐに唇の隙間を縫うようにして、舌を入れると、其れを撫でるように妻の舌が迎えた。ざらざらとした舌触りながらも、必死に此方を求めるその動きに悪戯心を擽られた私は、熱い接吻を交わしつつ、そっと片手で豊満な乳房を直に揉んだ。元元破廉恥であった妻は、一瞬身体を強張らせたが、直ぐにその身をくねらせていた。
綺麗に整った歯茎の舌触りを愉しみながら、胸を揉む力を少し強くする。愛撫をしている指が沈んていくその心地良さに、惚けてしまいそうだった。もう一寸、妻を悦ばせたかったのだが、私の肉欲も既に限界までせり上がっていた。身に着けていた物を総て脱ぎ去り、お互いに生まれた儘の姿に成ると、妻は黙って貫かれ易い姿勢をとった。
仰向けになり、股を開いた妻の其処は、既にその媚肉をちらつかせ、己が身を貫く欲望を未だか未だかと待ちわびていた。妻の魔力にあてられた私は、人間の処女であれば壊れてしまいそうな程に肥大化した其れを、そっと押し当てる。
男識らずの生娘であれば怯えるであろうが、そこは幾度も肌を重ねた百戦錬磨である。いとも容易く私の分身は秘部に侵入を果たした。私の肉棒を、発情した妻の秘肉は柔らかく包み込み、まったりとした刺激を与えてくれる。ゆっくりと腰を引くと、其れに連動し、肉襞が絡み付いてくるのが堪らない。直ぐに私は精を吐き出した。びゅるりと音を立て、妻を貫いている肉棒が精液を吐露する度に脈動を繰り返す。既に私の形にぴったりと当て嵌まるようになった名器を前にして、我慢をする方が愚かしいのだ。
子宮に子種をたっぷりと注ぎ込んだ私は、直ぐに臨戦態勢を取り戻すと、再び律動を再開した。今度はその反り返った己が砲身で肉を抉るように、激しく動く。一往復毎に子宮口に亀頭をぶつけると、堪らず妻は嬌声をあげた。その唇を、亦奪う。上体を起こし、妻を膝の上に抱え、対面座位になると、その格好の儘肉棒で突き上げる。蠕動を繰り返す妻の膣によって齎される快美感が、腰を蕩けさせる。いや、もう既に蕩けてしまっているのかもしれない。だが、そこで動きを弱めてしまっては、妻に申し訳が立たぬというものだ。
妻の腰が浮き上がる程に突き上げていると、やがてその愛しい身体が一際大きく痙攣した。どうやら、イってしまったらしい。だが、この儘では収まりのつかぬ火が既にお互いに灯っていた。
私はそっと妻の臀に手をまわし、その不浄の穴に指を這わせた。途端、膣肉が甘美な収縮をし、肉棒を痛い程に締め付ける。此処が妻の急所である事は、知っていた。その口から洩れる吐息も、ぐちゃぐちゃと粘液がたてる淫らな水音も、もっと聴きたい。欲望に従順になりながら、私は必死に妻を犯した。
一突きする度に、淫肉がカリ首にまで密着し、得も云われぬ快感を与えられる。肉棒全体を緩やかに締め付けつつ、裏筋や亀頭には女の急所が出し入れする毎に当たり、心地良い刺激が与えられる。夢中になって腰を動かしていると、再び白い欲望が尿道から這い上がってくるのを感じた。睾丸に溜まっていた精子が、一気に駆け上り妻の子宮に再度放たれる。
兎耳がぴんと強張ったかと思うと、力無くしな垂れた。うっとりと蕩けた表情を浮かべる妻を見ると、矢鱈滅茶苦茶にしてしまいたいという加虐的な思念に囚われてしまいそうになる。
迂闊に囚われる事の無い様に、細心の注意を払いながら私は己が欲棒を引き抜いた。妻は茂みにぐったりと横たわったが、愛液と精液を満遍なく塗され、てらてらと妖しく光る其れは、未だ力強く屹立を保っている。吾ながら、性愛の塊の様な逸物に呆れてしまう。否、此れも熱愛故か。黴臭い輩はそれは偏愛だと、指差して我が物顔で批判するとは、思うが。
仄かに赤みが増した妻の顔は愛くるしく、その瞳には未だ燃え尽きる事の無い情欲の炎が見て取れる。最後までしっかりと妻を満足させるのが、夫たる私の勤めであろう。
だが、其の前に少少奉仕をして貰っても罰は当たるまい。そう思い私は茂みに横たわる妻の顔に、肉棒をちらつかせた。その思惟を感じ取ったのか、妻は直ぐに躊躇う事無く肉棒を咥え込んだ。血管が浮き出る程に逞しく勃起した其れを口に含む妻の姿は、淫猥でしかなく、其れだけで射精欲を掻き立てる。ぴったりと唇が肉棒の輪郭に吸い付き、その見えない部分で、妻の舌が踊る。好物の人参を舐めしゃぶるかの様に。
亀頭の周りを舌先を遣い、勿体振るように少しずつ触れては離れ、触れては離れ。微かだが確実に快感が背筋を這って行った。やがて今度は舌先では無く舌全体を遣い、わざとらしく音を立てながら亀頭を舐めまわした。ざらざらとした表面が敏感な亀頭を撫でる感覚は、其れだけで口から情けない声が洩れそうな程だ。また、張ったエラにも忘れる事無くなぞる様な愛撫を繰り返されては、私はもう腰砕けに成る他選択肢が残されていなかった。
粗方亀頭に付着していた粘液を舐め取ったのか、今度は肉棒全体を深く咥え込むようにして奉仕をしてきた。吾が妻ながらに、末恐ろしい。
兎耳が嬉しそうに揺ら揺らと揺らめくのに、何処か微笑ましい気持ちになりながら、私は妻の舌技に翻弄されていた。
頭が激しく上下に動き、厚めの唇が肉棒の輪郭を優しくなぞる。亀頭は喉の奥の狭い部分に当たり、名状し難い快感を生んでいる。強烈な動きだが、しかし細部への奉仕も忘れられてはいなかった。過激な上下運動ではあるが、その一瞬の間にも舌は裏筋への絶え間ない愛撫を繰り返し、僅かだが口を窄めて刺激に緩急をつけることも怠ってはいない。遊女顔負けの床上手な妻だった。
そんな妻の奉仕に何時までも堪えられるはずも無く、私は妻の顔を押さえると、その喉奥に三度目となる子種を放出した。肉棒が口の中で何度も跳ねるのと、妻の喉がごくりと音を鳴らすのがほぼ同時に起こり、理性の灯火が消えていく。
ちゅぷ、と小さな音を立て、妻の口から引き抜かれた逸物は、未だ萎えるどころか先程よりも一回り大きくなっているとすら思えた。
それを見て、終わることのない淫蕩な時間を予期した妻は、恍惚の表情を浮かべながら身悶えしていた。引っ切り無しにくべられる淫欲の薪が、炎によって益益燃え盛り、確かに吾が身を焦がすのを実感し、理性と意識は其処で途絶えてしまった。
優に一桁を超える数の絶頂を味わい、やっと理性が戻った私達夫婦はいそいそと後片付けをしていた。茂みで事に及んでおきながら、後片付けとは此れ如何にと思われそうだが、此処でまた誰かが交わらないとも限らない。此処は淫らで幸せで驚きに満ちた、不思議の国なのだ。後始末というのは空下手な私だが、其れでもするのとしないのとでは大きな差があるだろう。磊落な人物で在れば、拘らないのかもしれないが。
やっとの事で片付けを終え、空を見上げると星屑が空一面に散らばっていた。どうやら夜になっていたらしい。暫し妻と二人、その煌く星屑を眺めていたのだが、するとその星屑はなんと地表に降り注いで来た。此れが予予耳にしていた、隕石と云われている物かと思ったが、隕石にしては小さい。善く善く見ると隕石ではなく、飴玉だった。色取り取りの、飴玉である。思わず、これが不思議の国かと舌を巻く。
梔子色、狐色、桔梗色、鉛色、茜色。
其其が各各の色の光を発する、奇妙な飴だった。何かとこの国では、飴に縁があるらしい。合縁奇縁とは云うが、まさか人では無く物にあろうとは思わなかったが…。
妻は嬉しそうに飛び跳ねていた。兎らしいので構いはしないが、そこまで悦ばれると、矢張り此処に来たのは正解だったと思える。
飴の隕石が止むと、今度は大きな月――満月――が顔を出した。文字通り、顔をだ。
何を頭のおかしい事を云っているのかと、厳しく問質されそうだが、幾ら瑕疵の多い私でも此ればかりはそうとしか云い様が無い。月に顔が有るのだから。
その顔は、不思議な事に妻の顔に瓜二つであった。
おまけに、何事かを呟いている様に見えるのだ。
妻にあれは一体全体何なのか訊こうとすると、突如として押し倒された。何をするのかと抗議しようとした口を、その豊かな双丘を押し付けられる事で塞がれる。妻の目は、赤く成っていた。
どうやら亦、発情してしまったらしい。兎は満月の夜には狂うと云われていたが、その言説は正しかったのだろう。
まだまだ不思議の国には知らない事象で溢れているようだ。が、先ずは其れよりも妻の相手をする事で暫くは忙殺されそうだった。
如何やら、今夜は眠れそうに無い。
朧気ながらも確かな直感を胸に、私は愛しい妻を抱き締めた。
が、其れは其れ。此れは此れ。この様な出来事は、戸惑う事はあれども、慣れっこである。今まで散散複雑怪奇な出来事にばったりと出くわしてきた身で、今更何を躊躇する事があろうか。
此処が妻の故郷であるならば、善い所に違いはあるまい。思う存分に、愉しむとしよう。
然しこの不思議の国は、コケティッシュな魅力に溢れ過ぎてはいないだろうか。喩えるならば、艶福家の豪遊譚の一部を垣間見ている様だ。淫らな光景に彩られていて、目のやり場に困ると云うものである。先程から小脇で流れている胡桃色の川は、どうやら紅茶らしい。妻に云われてから、おっかなびっくりだが口に含んでみれば、成る程確かに芳しい茶葉の香りが鼻腔に纏わり付いた。お一つ頂戴と云う妻にも掬って飲ませてやると、頬を綻ばせている。矢張り、幸せな生活を送っていても、望郷の念に駆られる事はあるのだろう。今は存分に愉しんでくれると善い。
そう思いながら、再び妻と二人歩いていると、妖姿媚態な猫に出遭った。最初、魑魅魍魎の類が化けた者かと思ったのだが、妻曰く、此の猫が不思議の国の水先案内人らしい。この様な艶姿の猫に案内されるとなると、幾許かの不安は在ったが、其れと同じ程度の期待も在った。摩訶不思議な此の国は、如何にも退屈とは無縁そうではないか。
私は妻と腕を組むと、猫に案内されて不思議の国の奥地へと更に歩みを進めた。
存外懇切丁寧に案内をする猫に、少少面食らう事もあれども、不思議の国では森羅万象総てが現ではお目にかかれない物ばかりであった。其の幾多もの出来事総てが現とは余りに差異がありすぎている。お飯一つにしても、効能は淫らで頽廃したようなものばかり。つい先程飲んだ紅茶の川には、交わりの際に不要な諸諸の情緒を消し、お互いの姿しか目に這入らなくなると云う。
此処では博学才穎で在ろうが無知蒙昧で在ろうが、関わりが無いらしい。拘わりも無いらしい。理其の物が通じないのだ。
傾城傾国の、然し異形を何処か備えている美女が方方で意中の夫君と仲睦まじく手を繋いでいるか、若しくはまぐわっている。
ふと気になり、若しも私が独り身の儘、此の不思議の国へと足を踏み入れていればどうなったのかと、妻に訊いてみると、虎視耽耽と狙撃手のように機会を窺う他の魔物娘によって、あっという間に組み敷かれている事だろうと教えてくれた。私はその事実よりも、久方ぶりに妻との会話が成立した事に驚いた。青天の霹靂である。驚天動地、とも云う。
矢張り、故郷という物には、何かしらの得体の知れぬ力が有るのか。そう感慨に耽らずにはいられなかった。
逆しまに枝からぶら下がる猫は、けらけらと笑いながら私達夫婦に一つの飴玉を手渡した。お天道様を溶かしたような色合いの飴玉である。
だがしかし、やれやれと溜息の一つでも吐きたくなる。余韻に浸る暇も無い程に、せっかちな猫である。猫曰く、どちらか一人がその飴玉を口移しすると、それはそれは面白い事が起こると云った。何も人生の分水嶺に成る程では無いとの事なので、遠慮もせずに私がその飴を口に含んだ。
突如、噎せ返る様な甘さが口の中に広がり、何故だか急に妻の事が愛らしくなってきた。別段、普段からけんもほろろな態度を妻に対して取っていた訳では無いのに、だ。その衝動その儘に、妻の唇を強引に奪うと、その飴を飲み込ませた。
猫は其れを見、尻尾から徐徐に虚空へと消えてしまった。
粗目を胸に溶かし込まれた様な感覚が広がり、妻への確かな深い愛が、更に腹の底に沈んでいった。
只只管に妻との記憶が脳髄から溢れ返ってくるせいだろう。成る程、面白い事であると云っていたのにも、頷けた。これは夫婦同士、愛情を再確認するにはうってつけの代物であろう。夜郎自大であった私を救ってくれた妻の事を忘れる訳が無いが、振り返ると云う意味合いでは此れ程迄に適した物は無い。猫に礼を述べたかったのだが、既に消えてしまっているので云えなかった。まああの手の類の物の怪は、何れ姿を現すだろう。
真、善い機会だった。つまびらかに、具に不思議の国を見て回りたいのは山山だが、何時までも家を留守にしていては、勾引かされたのかとご近所様に思われてしまう。
其れは流石に不味いだろう。
が、妻を慕う気持ちが再確認する事が出来ただけでも、善い一日だった。此れからも妻を愛して生きよう。
そう決意を固めた矢先、妻が何やらそわそわとし始めた。
本より紅顔可憐なその顔が、殊更朱に染まっているのを見、私は事を察した。どうやら、先程の口移しで性欲を催したらしい。特に驚く事では無かった。何時とて妻はこうである。時も場所も選ばずに、己が欲求には逆らう事など出来はしない。こう云うとまるで卑しい痴女の様だが、決してそうでは無い事を私は知っている。この性に激しい気性も、まるで娼婦の様な色欲も、総て愛しいが為のものなのである。荒々しく互いの身体を貪るのも、愛していればこその事だ。こんな事を云っていると、愛妻家にも程があるとでも友人達に云われてしまいそうだが、それでも愛しいのだから仕方があるまい。
もう我慢の限界と抱きついて来る妻を、私は丁度善い茂みに押し倒した。押し倒されながらも、始まるであろう行為を想像し、早くも股から蜜を滴らせる妻の姿は、ぞっとする程に淫靡だった。
先ずは、その可愛らしい唇にそっと接吻をする。直ぐに唇の隙間を縫うようにして、舌を入れると、其れを撫でるように妻の舌が迎えた。ざらざらとした舌触りながらも、必死に此方を求めるその動きに悪戯心を擽られた私は、熱い接吻を交わしつつ、そっと片手で豊満な乳房を直に揉んだ。元元破廉恥であった妻は、一瞬身体を強張らせたが、直ぐにその身をくねらせていた。
綺麗に整った歯茎の舌触りを愉しみながら、胸を揉む力を少し強くする。愛撫をしている指が沈んていくその心地良さに、惚けてしまいそうだった。もう一寸、妻を悦ばせたかったのだが、私の肉欲も既に限界までせり上がっていた。身に着けていた物を総て脱ぎ去り、お互いに生まれた儘の姿に成ると、妻は黙って貫かれ易い姿勢をとった。
仰向けになり、股を開いた妻の其処は、既にその媚肉をちらつかせ、己が身を貫く欲望を未だか未だかと待ちわびていた。妻の魔力にあてられた私は、人間の処女であれば壊れてしまいそうな程に肥大化した其れを、そっと押し当てる。
男識らずの生娘であれば怯えるであろうが、そこは幾度も肌を重ねた百戦錬磨である。いとも容易く私の分身は秘部に侵入を果たした。私の肉棒を、発情した妻の秘肉は柔らかく包み込み、まったりとした刺激を与えてくれる。ゆっくりと腰を引くと、其れに連動し、肉襞が絡み付いてくるのが堪らない。直ぐに私は精を吐き出した。びゅるりと音を立て、妻を貫いている肉棒が精液を吐露する度に脈動を繰り返す。既に私の形にぴったりと当て嵌まるようになった名器を前にして、我慢をする方が愚かしいのだ。
子宮に子種をたっぷりと注ぎ込んだ私は、直ぐに臨戦態勢を取り戻すと、再び律動を再開した。今度はその反り返った己が砲身で肉を抉るように、激しく動く。一往復毎に子宮口に亀頭をぶつけると、堪らず妻は嬌声をあげた。その唇を、亦奪う。上体を起こし、妻を膝の上に抱え、対面座位になると、その格好の儘肉棒で突き上げる。蠕動を繰り返す妻の膣によって齎される快美感が、腰を蕩けさせる。いや、もう既に蕩けてしまっているのかもしれない。だが、そこで動きを弱めてしまっては、妻に申し訳が立たぬというものだ。
妻の腰が浮き上がる程に突き上げていると、やがてその愛しい身体が一際大きく痙攣した。どうやら、イってしまったらしい。だが、この儘では収まりのつかぬ火が既にお互いに灯っていた。
私はそっと妻の臀に手をまわし、その不浄の穴に指を這わせた。途端、膣肉が甘美な収縮をし、肉棒を痛い程に締め付ける。此処が妻の急所である事は、知っていた。その口から洩れる吐息も、ぐちゃぐちゃと粘液がたてる淫らな水音も、もっと聴きたい。欲望に従順になりながら、私は必死に妻を犯した。
一突きする度に、淫肉がカリ首にまで密着し、得も云われぬ快感を与えられる。肉棒全体を緩やかに締め付けつつ、裏筋や亀頭には女の急所が出し入れする毎に当たり、心地良い刺激が与えられる。夢中になって腰を動かしていると、再び白い欲望が尿道から這い上がってくるのを感じた。睾丸に溜まっていた精子が、一気に駆け上り妻の子宮に再度放たれる。
兎耳がぴんと強張ったかと思うと、力無くしな垂れた。うっとりと蕩けた表情を浮かべる妻を見ると、矢鱈滅茶苦茶にしてしまいたいという加虐的な思念に囚われてしまいそうになる。
迂闊に囚われる事の無い様に、細心の注意を払いながら私は己が欲棒を引き抜いた。妻は茂みにぐったりと横たわったが、愛液と精液を満遍なく塗され、てらてらと妖しく光る其れは、未だ力強く屹立を保っている。吾ながら、性愛の塊の様な逸物に呆れてしまう。否、此れも熱愛故か。黴臭い輩はそれは偏愛だと、指差して我が物顔で批判するとは、思うが。
仄かに赤みが増した妻の顔は愛くるしく、その瞳には未だ燃え尽きる事の無い情欲の炎が見て取れる。最後までしっかりと妻を満足させるのが、夫たる私の勤めであろう。
だが、其の前に少少奉仕をして貰っても罰は当たるまい。そう思い私は茂みに横たわる妻の顔に、肉棒をちらつかせた。その思惟を感じ取ったのか、妻は直ぐに躊躇う事無く肉棒を咥え込んだ。血管が浮き出る程に逞しく勃起した其れを口に含む妻の姿は、淫猥でしかなく、其れだけで射精欲を掻き立てる。ぴったりと唇が肉棒の輪郭に吸い付き、その見えない部分で、妻の舌が踊る。好物の人参を舐めしゃぶるかの様に。
亀頭の周りを舌先を遣い、勿体振るように少しずつ触れては離れ、触れては離れ。微かだが確実に快感が背筋を這って行った。やがて今度は舌先では無く舌全体を遣い、わざとらしく音を立てながら亀頭を舐めまわした。ざらざらとした表面が敏感な亀頭を撫でる感覚は、其れだけで口から情けない声が洩れそうな程だ。また、張ったエラにも忘れる事無くなぞる様な愛撫を繰り返されては、私はもう腰砕けに成る他選択肢が残されていなかった。
粗方亀頭に付着していた粘液を舐め取ったのか、今度は肉棒全体を深く咥え込むようにして奉仕をしてきた。吾が妻ながらに、末恐ろしい。
兎耳が嬉しそうに揺ら揺らと揺らめくのに、何処か微笑ましい気持ちになりながら、私は妻の舌技に翻弄されていた。
頭が激しく上下に動き、厚めの唇が肉棒の輪郭を優しくなぞる。亀頭は喉の奥の狭い部分に当たり、名状し難い快感を生んでいる。強烈な動きだが、しかし細部への奉仕も忘れられてはいなかった。過激な上下運動ではあるが、その一瞬の間にも舌は裏筋への絶え間ない愛撫を繰り返し、僅かだが口を窄めて刺激に緩急をつけることも怠ってはいない。遊女顔負けの床上手な妻だった。
そんな妻の奉仕に何時までも堪えられるはずも無く、私は妻の顔を押さえると、その喉奥に三度目となる子種を放出した。肉棒が口の中で何度も跳ねるのと、妻の喉がごくりと音を鳴らすのがほぼ同時に起こり、理性の灯火が消えていく。
ちゅぷ、と小さな音を立て、妻の口から引き抜かれた逸物は、未だ萎えるどころか先程よりも一回り大きくなっているとすら思えた。
それを見て、終わることのない淫蕩な時間を予期した妻は、恍惚の表情を浮かべながら身悶えしていた。引っ切り無しにくべられる淫欲の薪が、炎によって益益燃え盛り、確かに吾が身を焦がすのを実感し、理性と意識は其処で途絶えてしまった。
優に一桁を超える数の絶頂を味わい、やっと理性が戻った私達夫婦はいそいそと後片付けをしていた。茂みで事に及んでおきながら、後片付けとは此れ如何にと思われそうだが、此処でまた誰かが交わらないとも限らない。此処は淫らで幸せで驚きに満ちた、不思議の国なのだ。後始末というのは空下手な私だが、其れでもするのとしないのとでは大きな差があるだろう。磊落な人物で在れば、拘らないのかもしれないが。
やっとの事で片付けを終え、空を見上げると星屑が空一面に散らばっていた。どうやら夜になっていたらしい。暫し妻と二人、その煌く星屑を眺めていたのだが、するとその星屑はなんと地表に降り注いで来た。此れが予予耳にしていた、隕石と云われている物かと思ったが、隕石にしては小さい。善く善く見ると隕石ではなく、飴玉だった。色取り取りの、飴玉である。思わず、これが不思議の国かと舌を巻く。
梔子色、狐色、桔梗色、鉛色、茜色。
其其が各各の色の光を発する、奇妙な飴だった。何かとこの国では、飴に縁があるらしい。合縁奇縁とは云うが、まさか人では無く物にあろうとは思わなかったが…。
妻は嬉しそうに飛び跳ねていた。兎らしいので構いはしないが、そこまで悦ばれると、矢張り此処に来たのは正解だったと思える。
飴の隕石が止むと、今度は大きな月――満月――が顔を出した。文字通り、顔をだ。
何を頭のおかしい事を云っているのかと、厳しく問質されそうだが、幾ら瑕疵の多い私でも此ればかりはそうとしか云い様が無い。月に顔が有るのだから。
その顔は、不思議な事に妻の顔に瓜二つであった。
おまけに、何事かを呟いている様に見えるのだ。
妻にあれは一体全体何なのか訊こうとすると、突如として押し倒された。何をするのかと抗議しようとした口を、その豊かな双丘を押し付けられる事で塞がれる。妻の目は、赤く成っていた。
どうやら亦、発情してしまったらしい。兎は満月の夜には狂うと云われていたが、その言説は正しかったのだろう。
まだまだ不思議の国には知らない事象で溢れているようだ。が、先ずは其れよりも妻の相手をする事で暫くは忙殺されそうだった。
如何やら、今夜は眠れそうに無い。
朧気ながらも確かな直感を胸に、私は愛しい妻を抱き締めた。
15/11/11 22:02更新 / 綴