読切小説
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眠る楽曲大全
「ん?なんだこの本?」

 親魔物国家ウツロギの書庫番をしていた少年はふと疑問の声をあげた。それも当然で、いつもなら閉まっているはずの書庫の扉が開いていたのだ。まさか自分が鍵をかけ忘れたのか。なら大変だ。司書のジョロウグモに何を言われるかわかったものではない。そんな焦りに駆られ、慌てて書庫の扉を閉めようとした時だった。
 少年、シタールは書庫で一冊の本を見つけた。

「眠る楽曲大全・・・?なんだこれ?」

 書庫の番をしているからには、シタールは書庫にある本はだいたいは把握している。どこの辺りにどんな本があるかとか、自分の興味がある本ならぴったりと何列何番目まで具体的に。だが、そんな少年の記憶に、今見つけた本はなかった。
 怖いもの見たさの好奇心に負け、少年はその本を手に取り、開く。


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 本書は残念ながら、魔物娘らしい退廃的な過ごし方や、愛するべき旦那様とさらに淫楽に満ちた生活を送るための指南書ではない。それを期待して手にとってしまったとすれば、著者としては深くお詫びするばかりである。
 だが、少し考えて欲しい。魔物は魔王が交代してから、麗しい姿を持ち、知性を持ち合わせるようになった。その知性は単に人間と理解し合うだけでなく、芸術に興味を寄せるまでに及んでいる。王魔界には美術館もあるくらいだ。絵画、彫刻とどれも魔物娘らしい淫靡で退廃的なものだが、それでも芸術を嗜むという点で、確実に進化を遂げたのだ。
 ならば、その嗜みの中に、音楽が入っていても不思議ではないだろう。
 本書は、音楽を嗜む魔物娘たちの曲を記させて頂いたものである。彼女達は彼女達なりの考えで作曲し、想いを持ち、それを楽譜に形にしていた。
 と聞くと、楽譜表かと思われてしまいそうだが、そんなことはない。あくまで本書は、読んでいる読者の興味を惹くためのものなのだ。
 なので、楽譜ではなく、曲名と作者、そして一言のコメントを寄せてもらうだけのかなり異質なものとなっている。
 だが、私はそれでいいと思う。彼女達のコメントを呼んでもらって、少しでも読者諸君が興味を抱いてくれれば、もう本書は役割を果たしたと言えるのだから。
 さて、前置きが長くなってしまったが、それでは次々と紹介させていただくとしよう。


曲名:蜜蜂の飛行
作者:アルパ『ハニービー』
コメント:この曲は弾いてるととっても楽しくなる楽曲なんだよ!おすすめは森の中で色んなお友達と弾くこと!そうすれば自然と私たちが集まってきて巣までお持ち帰りしちゃうからね♪あ、でもたまに紛れ込んでる目つきの悪い蜂さんには注意してね!絶対についていっちゃだめだよ!



曲名:手を伸ばせと呼ぶ声が聞こえ
作者:テノール『サハギン』
コメント:・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・好き。
(彼女のために一応追記しておくが、これでも三時間粘ってやっと発してくれた言葉である。決して手抜きではない)



曲名:欠片割人形
作者:アルル『リビングドール』
コメント:おままごとで遊んでいるような軽やかな曲にしてみましたの。誰だって心の中には少女趣味が隠れているものですわ。これはそんな心の中を曝け出してくれるような素敵な曲になってますの。これを聞けばどんな女性でも殿方でもあら不思議。懐かしかった子供のころの無垢な気持ちになって気持ちよくしっぽりと交われることができますわ。私も旦那様との交わりの時にはこっそりとかけるようにしていますの。そのときの旦那様の可愛さといったらもう(以下三十行ほど続くので省略)



曲名:小さな欲紡ぎ娘
作者:シルタ『バフォメット』
コメント:ふっふっふ。この曲を男の前で流せばやっと念願のお兄ちゃんが――っておいなぜコメントを消そうとしておる。おいちょっと待てまだ話は少ししか、おい、おい、待って!待ってお願いじゃか――



曲名:雷鳥の湖
作者:ムート『サンダーバード』
コメント:あ〜これ曲っつうかどっちかってえとアタシが歌うためだけに作ったんだけどなあ。まあいっか。あ、そうだこの本読んでるやつもし暇ならアタシと一緒に刺激に溢れた日々を過ごさねえか?なぁに損はさせねえ。音楽も気持ちいいこともちゃんと充実させた日々を送らせてやっからよぉ。そんじゃそこんところ頼んだぜ!え?メンバー募集みてえな目的じゃあねえの?・・・いいだろう、表出ろ。



曲名:超絶技巧練習曲『篝火』
作者:ユノ『マンティコア』
コメント:ん?この曲弾けるかだって?いや弾けるわけねえだろこんなもん。そんな曲に馬鹿正直に挑戦する奴を笑うために作ったに決まってんだろ?指腱鞘炎になりかけるくらいになって、挫けそうになったところにアタシが優しく声をかけて篭絡するってわけだ。まぁこんな曲を弾ける奴がいるならいるで面白い見世物になりそうだけどな。くっくっく。



曲名:夫よりおそく
作者:ミーク『アントアラクネ』
コメント:弾くのめんどいから旦那に弾かせるために旦那に書かせた。



曲名:海の挨拶
作者:マリル『クラーケン』
コメント:海の中でも芸術を嗜む心くらいはあるんですよ。ふふふ、この曲はまるで海の中にいるような錯覚すら起こしてしまう幻想的な音運びが特徴です。聞けばうっとり癒し効果あり。リラックスしたいときにはもう打ってつけの曲です。我ながらとてもいい曲を仕上げることができました。ところで、海の中でどうやって楽器を演奏すればいいんでしょうか?



曲名:番犬のワルツ
作者:ピノ『アヌビス』
コメント:ファラオも目覚めた今、主を退屈させないためには娯楽が必要だろうと思って私が作った。狂いなきリズムに統率された演奏。これぞ荘厳なピラミッドの主に相応しい楽曲!きっと主も満足してくださるだろう。あ、主、丁度いいところに。この楽曲を――え?雌犬のワルツの方が似合ってる?い、いくら主でも無礼ですぞ!私はそんな節操なしでは突いちゃらめぇ。



曲名:堕落神の午後への前奏曲
作者:ウィルム『ダークプリースト』
コメント:私が信仰する堕落神へ捧げるために作曲させていただきました。これでも魔物になる前は少しは名の知れた作曲家でしたのよ。でも、最近は曲を作る機会もめっぽう減ってしまいましたわねえ。まぁそれよりももっと楽しいことがあるからいいのですけれど♪あぁ、きっとあの人も待ち焦がれていますわ。早く私が迎えに行って差し上げないと。うふふふふふ。



曲名:迷いもなく
作者:シノン『リリム』
コメント:あら?意外そうね?王女たるもの、実はこれくらいできるのよ♪他のお姉さまは知らないけどね。少なくとも私は曲を作ることって大好きよ。自分の感じていることを存分に表現できるじゃない。基礎知識は必要になってくるけどね♪この曲はそんな私の、私らしい曲。迷いもない。ただただ単調に展開されていく曲なの。でも、それがなぜか耳に残っちゃうそんな雰囲気が出るように頑張ってみたから、興味が湧いたらその時は是非私の元へといらっしゃい。色々ともてなしてあげるわ♪



曲名:性は魔術師
作者:クロス『リッチ』
コメント:この曲にはありったけの魔力を込めたから、きっと聞いた人はもれなく全員発情してセックス以外何も考えられなくなる。アタシも今から試してみる予定。きっと旦那様も喜んでくれるはず。そうじゃなかったら・・・また新しい実験を考えよっと。



曲名:なつかしい過去の思い出
作者:フィン『ダンピール』
コメント:彼が音楽が好きだって言ってたから、お近づきになるために私も少し音楽をかじってみたんだけれど、中々どうして面白いね。最初は楽譜を見てもおたまじゃくしがくたばってるようにしか見えなかったんだけれど、理解するともう面白い。面白くてたまらない。そうしてどっぷり嵌ってしまった私が彼と二人で作り上げた楽曲だから、できれば二人っきりでひっそりと聞いていたいなあ。誰かに聞かせるっていうのはねえ。おや、惚気話になってしまったかな。これは失敬。わざとだよ。



曲名:ただ妄想を知る者だけが
作者:モノノ『ゴースト』
コメント:うわああああああああああああああん!!!せっかく曲が浮かんだのに物に触れないです!!!!触れられないです!!!早くしないと忘れちゃうううううう!!!誰か妄想して妄想!レッツ!妄想!!!!!!!!!早くぅぅううぅぅうううう!!!



曲名:傲慢なワルツ
作者:ブラック『ダークエルフ』
コメント:私が弾くんじゃないわ。下僕に弾かせるのよ。



曲名:はげ山の位置や
作者:クヌギ『刑部狸』
コメント:この曲を名曲と騙って物好きに売捌けばひい、ふう、みいと・・・うっへへへへ。こんな楽な商売あるんならもっと銭が転がってきそうな予感。どうせならもっと大々的に宣伝すればいいかも。どうせ私が作ってないことなんてわかんないだろうしね。え?ちょっと待ってこのコメント本に載るの?あ、ちょい待って編集を、おいこら待て、待って。ちょい逃げるな待てこの馬鹿!!!!!



曲名:愛の舞踏
作者:レイラ『リャナンシー』
コメント:私の中での最高傑作ができたの。ぜひ好きな人と一緒に奏でて欲しい一曲よ。もちろん、誰かにお願いして弾いてもらって、二人で踊る、なんてのも素敵よね。舞踏のための曲だから、パーティにも使えるし普通に聞いていてもよし。なるべく耳にすっと入ってくるような軽い音階を選んでみたから、きっと誰もが気に入ってくれると思うわ。もちろん、軽いだけじゃなくちゃんと余韻は残るようにしてあるから、素敵な余韻を楽しむなんて粋なこともできるの。なんにせよ、私の想いが詰まったこの曲を、まずは彼に聞かせてあげなきゃね。そうでしょ?



曲名:詩人と毛布
作者:モロモロ『ワーシープ』
コメント:zzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzz



曲名:お静かに、おわめきなさるな
作者:キーク『グラキエス』
コメント:何よ、私がこんな曲作っちゃおかしいって言うの?ふん、笑えたものね。私だって本当ならもっと騒がしい曲を作りたかったわよ。でも彼が静かなほうが君のイメージに合ってるなんて言うから仕方なく・・・。って何にやにやしながら見てんのよ!もうインタビュー終わったでしょ!あっち行きなさい!べ、別にツンデレなんかじゃないわよ!勘違いしないでよね!



曲名:虚しきワルツ
作者:クゥエル『ハーピー』
コメント:おいそこでなぜ私の胸を見る。



曲名:ドラゴンの宝石
作者:リル『ドラゴン』
コメント:まったく・・・どうして私が曲なんぞ書かなければならないんだ。そもそもあいつが珍しい楽器を手に入れたからって、どうしてそこから弾くための曲がなければ勿体無いという話になるんだ。私は集めるのが好きであって、決して弾くことが好きではないのに。いや、でもあいつの喜ぶ顔が見れるのならたまにはこういうのも悪くはないのかな。い、いかん何を考えてるんだ。これではもうあいつの思うつぼのようではないか。わ、私は決してあいつのためになれない作曲をしたわけではないぞ!



曲名:サバトの結婚
作者:シルタ『バフォメット』
コメント:曲を演奏する前にみんな逃げていった。もう故郷に帰りたい。


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「へぇ・・・魔物って色んな想いで作曲してるんだなあ」

 シタールは感慨深くその本を閉じた。今彼の心の中にある感覚が何なのかは、誰も知ることはできない。ただ。
 後ろで額に青筋を浮かべるジョロウグモの心情は察することができた。
15/11/11 22:36更新 /

■作者メッセージ
 そんなわけで、小ネタのような感じですが、楽しんでいただければ幸いです。
 愛しい夫とイチャイチャするのが大半の魔物娘たちの本質ですが、設定に美術館もあるくらいなんですから、きっと音楽を嗜む魔物たちがいても、そしてその中には曲を作る魔物がいてもおかしくないはず。
 そんな妄想から産まれたネタです。本当は長編予定だったんですが、ネタ集にした方が面白そうだったのでこういう形式に。
 ちなみに曲名はどれもクラシックが元ネタだったり。

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