読切小説
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ある少年の葛藤
 宗教国家『リンセット』主神を信仰する教団国家の一つで、小規模の国家ながらも何度か魔物の侵攻を防ぐという、軍事的には力を持った国家だった。当然、その主な力は兵達によるもので、みな日頃の訓練を欠かさずやっていた成果とも言えよう。
 そして、そんな国家の市場を一人の少年がぶらりと街中をうろついていた。暗黒を溶かしたような黒い髪に、全体的に細身の体躯、そしてその少し気だるげな半眼は、不健康とは言えないが健康そのものであるとも言い難い。そんな少年は好物なのだろうか、市で袋一杯に買った林檎を一つ、大胆に歩きながら噛り付いていた。ただそれだけの行動を咎める者など、誰もいないだろうと思われたが、何事にも例外はあるようだ。

「フーリ!」

 そう、咎めるように、叱責するように。
 突然少年の前に仁王立ちで立ちはだかった翡翠色の髪の少女は、顔を真っ赤にしながら少年へと詰め寄る。

「げ、フラン」

 自分の身に危機が迫っていると感じたのか、少年は素早く身を翻し、その場を立ち去ろうとしたが、しかしそれは少女が少年の腕を掴むことによって阻止された。
 少年はしばしその手を振り払おうとしたが、しっかりとした力が伝わってくる手の感触から、抵抗は無駄だと悟ったのか、大げさに肩を落した。
 この世の憂いの全てを凝縮させたような溜息を一つ吐き、フーリと呼ばれた少年は少女――フランと相対した。
 翡翠色の髪と同じ色の瞳に、少し大きめの胸。そしてくびれた腰に大きく出た尻。健康的な女性そのもののような体つき。
 そんな少女はむすっと頬を膨らませて、フーリを睨んでいた。

「なんだよフラン」
「とぼけないで、今日は訓練の日でしょ。あなた、いつまでもサボってると教官から兵を止めろって言われるかもしれないのよ!?わかってるの?あなた、身寄りもないんだからちゃんと――」
「ああわかったよ。わかったわかった。ちゃんと出るって」

 このまま口を開かせておいては奔流のように止まることのない説教を受けると思ったのか、フーリは林檎をフランの口に突っ込むことでその止まることのない説教を封じた。
 いつもそうだ。とフーリは思う。いつもいつも自分に付きまとってきて、心の中に妙な感覚を感じずにはいられなかった。頭の中では自身で、それを思春期特有のものだと理解はしていても、それでも煩わしさからは解放されない。
 解放されたところで、その感覚の全貌を知るのは、まっぴらごめんだった。知ってしまえば、身体の中から熱いものがせぐり上げてきそうで。
 その感覚には蓋をするに限ると、フーリは心の中で思っていた。

「もぐもぐ・・・ごくん。あなたいっつもそう言ってサボるんだから、今日は私もついていくわよ!」
「・・・参ったねえ」

 世話焼きも、度が過ぎると中々毒だった。フーリが訓練に顔を出さない理由の大半は剣も魔法もからっきし駄目だという、つまるところ役に立たないのなら顔を出さない方が迷惑をかけないという、彼なりの気の遣い方だったのだが、どうやらそれはこの口うるさいフランには通用しないらしい。
 考え方が違うのだ。
 フランは良くも悪くも真面目で、規律を重んじる。それは当然サボり癖のあるフーリを見逃さないことに直結し、毎度毎度フーリを探しては訓練に連れ戻すということが日常茶飯事だった。
 一方のフーリはと言うと、こちらはこちらで正反対、柔軟な、言い方を変えれば小賢しい少年だった。何かと理由をつけては訓練をサボり、好物の林檎を齧りながらあちこちを散策する。それが日課だった。おまけにサボる理由も単なる、「だるい」「めんどくさい」等ではなく、「自分が行っても足を引っ張るだけなのでこちらは情報収集に努めます」というような一応、しっかりとした(本人にとっては)理由をつけてサボっていた。
 水に油。相容れないような二人だったが、だからこそ通じ合うものがあるのか、

「隊長、なんて言ってた?」
「今日こそは剣を仕込んでやるって。やる気まんまんよ」
「あの隊長、わからないところで親切心出すんだよなあ」
「あのね、わざわざ呼びに行かされる私の身も考えてよ」
「だったら来なきゃいいだろ?」
「・・・馬鹿」
「はぁ?」

 考え方は相容れずとも、仲はそこそこのようだった。

「あ〜あ。今日はいい天気だから絶好の昼寝日和だと思ったんだけどなあ」

 未練がましそうに青空を見上げるフーリだったが、隣で悪鬼も慄いてしまうのではないかと思うほどの表情でこちらを睨むフランを一瞥して、すぐにその未練は引っ込んだようだった。
(仕方ない、か)
 自分に言い聞かせるように心中で呟きながら、自分の代わりと言わんばかりに気持ちよさそうに昼寝をしていた猫に向かって、林檎を一つわざとらしく落とし、わざとらしく遅い足取りでフーリは訓練場に向かって行った。
 向かっていく、と言うよりはフランに連行されて、と言い換えた方がしっくりくるような光景だったが、それもいつものことらしい。遅い足取りではあったが、フーリにはもう抵抗する気力も消えていた。

「頑張ってね、応援してるから」
「口だけ、だろ」
「そんなことないわよ」
「じゃあ見逃してくれないか?」
「それは無理ね」
「林檎やるからさ」
「却下」
「・・・」

 苦虫を噛み潰したような顔をするフーリだったが、そんな顔もフランは見慣れているらしい。特に気にする様子もなく、フーリを連れて訓練所へと向かう足取りは、軽いものだった。



 極々一般的な兵舎の隣にある訓練場。その中では兵達が何度もお互いに剣撃を交わしており、日頃の訓練の厳しさが窺えた。怒号も混じりながら、皆挙って真剣に訓練に取り組んでいるあたり、この国の兵達の練度の高さもわかる。
 皆が屈強な身体を持つ兵達の中にフーリのような華奢な少年の姿が混じると、それはどこか異質で、場違いな感覚を抱いてしまうが、それはフーリ自身もそうだった。
(どう考えても場違いだろこれ)
 そう思う異質のフーリよりも、さらに一際異質な雰囲気、異様な雰囲気を放つ者がいた。頑強な兵士達よりも一回り身体が大きく、大男と形容するのが相応しいそんな体躯。フーリと比べればその差は歴然として示され、もしフーリが飛びかかられようものなら一瞬にして倒されてしまうであろう、そんな体格差。
 強面な顔も相俟ってまさに貫禄を備えた戦士と呼ぶのが相応しい人物だった。
 そんな戦士は、フーリに似合わない笑みを浮かべながら、ずんずんと轟足で近づいてくる。その一歩一歩は本当は巨人が歩いているに違いない。見慣れた光景ながらも、フーリはそんな感想をいつも抱いていた。

「よぉフーリ、やっときたか!」
「腹が痛くなったんで帰ります、隊長」
「おっとそうはいかんぞ、ここまで連れて来てくれたフランの苦労を水の泡にするわけにはいかんからな!」

 がっはっはと笑いながらしっかりとその太い腕がフーリの身体を捕まえる。

「そうよ、みっちりしごかれてらっしゃい」
「それ洒落になってねえよ」
「なあにおめえさんもすぐに剣を自分の身体の一部みてえに使いこなせるようになるさ!」

 そう笑いながらダガーをフーリの手にしっかりと握らせる大男。

「筋力が不足してても使える武器ってのもしっかりあるからな、今日は日が暮れるまでとことんつきあってやるぜ!」
「帰っていいですか隊長」
「隊長なんて固っ苦しい呼び名はよせって言ってんだろ、俺はロウガでいいんだよ」
「ロウガ・・・・・・・・・さん」
「がっはっはっは!それでいい!!」

 バンバンと満足そうにフーリの背を叩くロウガだったが、一回叩かれるごとにフーリの身体は激しく揺れ、それだけで体力を消費したのではないかと思うほどのものだった。
 嫌嫌とは言っても、最早ここまで来ると抵抗も逃走も無駄だと悟っているのか、フーリも軽口は叩くものの逃げようとはしていなかった。渋々といった様子でダガーを構え、ロウガと向き合う。
 その様子は傍から見ればコロシアムの見世物かと思われても仕方がないほどに、言ってしまえば無謀とも言うべき光景だった。
 まず体格差からして絶望的な差がある。おまけに向こうは隊長であり、フーリは単なる一兵に過ぎない。基礎体力、運動神経、剣捌き、どれをとっても敵うわけがないとわかりきったものだった。だが、それでも逃げれないとなれば立ち向かうしかない。
 フーリは覚悟を決めたのか、ダガーを逆手に構え、ゆっくりとロウガとの距離を保つ。姿勢を低く、常に相手から視線を逸らさずに、かつ周囲のどんな位置からの奇襲にも対応できるように五感全てを鋭敏に。
 ロウガに毎度毎度飽きるほど聞かされてきた戦闘の基本を頭の中で反芻しながら、フーリは現実にもその行動を反映させる。
 だが、できるのはそこまでで、そこからの行動に移せない。

「どうしたどうした!かかってこねえのか!?」

(いや、どう考えても先手をとってもやられるだろ・・・)
 ここは賢しいフーリの判断が正しいだろう。下手な挑発に乗って自分の軽い攻撃を繰り出せば、それをあっという間に片手で捌かれて捻じ伏せられるのが目に見えていた。
(かと言って、ロウガさんの攻撃を捌けるはずがない・・・)
 丸太のような腕から繰り出せられる攻撃をまともに受ければ、訓練といえどただでは済まないだろう。受け流すにしても、攻撃を受け流すこと自体にかなりの技術が必要で、フーリ自身まだそこまでの技術を会得していない。
(となると・・・)

「おいおい、いつまでも手をださねえでいると、恋もなにもかも乗り遅れるぞ」
「待て!恋は関係ねえ!」

 素で突っ込んだ。
 一瞬、視界の隅にフランの姿が映る。途端に、眉間に熱いものが迸り、フーリはあからさまに動揺した。
 その隙をベテランのロウガが見逃すはずもなく、一気にフーリとの距離を詰めてくる。

「動揺するなって教えただろうが」
「かかったな!」
「何!?」

 ロウガが肉迫したその瞬間、フーリは自分の足元を思いっきり蹴り上げた。訓練場の踏み固められていた地面からは、幾つもの礫が蹴り飛ばされた勢いそのままに、ロウガの顔面へと襲い掛かる。
 咄嗟に目を閉じた瞬間を逃すことなく、フーリは飛び込むようにしてロウガの股下を潜り抜けた。そして、そのまま背後からダガーを構えて飛び掛る。
 動揺は、いわばこのための布石だった。
(今回こそやってやった!)
 フーリがそう勝利を確信したのは、まだまだ若いからだろう。その油断は、横から襲い来る丸太に――ロウガの腕に対応できなかった。瞬時に状況を判断し、背後へと身体ごと振り回されたロウガの腕に。

「!!!!」

 横腹にもろに打撃を食らい、重力に逆らわずフーリは地面に突っ伏した。もう何度目からわからないような砂の味が口の中に広がり、じゃりじゃりと砂を噛む感覚に不愉快さが身体に染み渡っていく。

「う〜ん、おめえは戦うセンスはあるのにちっとも剣のセンスはねえよなあ。かと言って魔法はからっきしだし、いつになったらぱぁっと開花するんだ?」
「戦うセンスと剣を扱うセンスは別物ですよ・・・・・・・・」

 これが、フーリの日常だった。
 戦うセンスはあれども、剣や魔法を扱うセンスはからっきし。なので基本的に器用貧乏という損な役回りで、いざ戦闘になってもそれが足を引っ張る。

「よし、後はフランと一緒に素振りだな」
「隙を見て逃げ出してやる・・・」
「その時は隊長に報告するから」
「さて、今日も素振り頑張るか」
「がっはっは、その調子だ、いざ魔物が攻めてきた時に、国を守れるのは俺たちなんだからな!」

 既に満身創痍のフーリは、その言葉に苦笑いを返すくらしかできなかった。
 その後のフーリの素振りの結果を、彼なりの言葉で述べると、「途中までは好調だった」と言えた。実際、百回までは強制的にロウガとの訓練につき合わされている成果か、苦になるほどではなかった。問題はそこから先の領域だろう。おおよそ二十回感覚で腕に感じる重み、疲労がどんどん重くなってくる。単調な動きを繰り返すだけの素振りだが、それだけに腕は確実に悲鳴を上げ、次第に剣を持ち上げることも苦痛に感じてくる。そして素振りが二百四十を超える頃には、フーリは額に汗を流し、そこから更に十回後には、その身体は地面に伏していた。
 横着に顔だけを動かしてフランの様子を見ると、フランはまだまだ粘れるようで、黙々と素振りに打ち込んでいた。
(フランって、本当に女なんだろうか)
 言葉に出すと間違いなく殴られるので、心の中でそっとそんなことを思うフーリだったが、その視線に気づいたフランはずかずかとフーリの元へ歩いてくると、

「この馬鹿」

 と、思い切りフーリの腹を踏んづけた。

「いたぁ!!!」
「またろくでもないこと考えてたんでしょ」
「ぬ、濡れ衣だ!」
「嘘、そういう目をしてたわ」

 どんな目だ、と危うくツッコミそうになるのをフーリはぐっと堪える。ここでまた容易にツッコミを入れて、五月蝿くしていてはきっとロウガが黙っていないだろう。お互いに意地を張り合って、それを聞いていたロウガが「なんだまだそんなに元気じゃないか」と訓練の量を増やす、そんな展開まで持っていくのは、いくらなんでも馬鹿すぎる。

「ああそうですそうです。そういうことを考えてたんだよ」
「な、何急に開き直ってるの・・・?」
「なんでもない。さあ、さっさと訓練の続きでもしててくれ。こっちももうちょい休んだらすぐに再開するから」
「変なものでも食べた・・・?」
「林檎」

 訝しげな視線を寄越しながらも、フランは渋々と素振りを再開する。その様子を見てフーリはほっとした。どうやらあまりに馬鹿すぎる展開は回避できたようだ。
 自分ももう少し休んだら素振りを再開しよう、そう思いながらフーリは目を瞑る。乱れていた心臓の鼓動と呼吸が、次第に元に戻りつつあることがはっきり自覚できる。自分の身体中を血液が巡っていく、生きている感覚。
 太陽の日差しは目を瞑っていても、白い光を容赦なく浴びせてくる。その光を腕を顔に乗せることで遮って、視界を閉ざす。
 訓練の規則正しい声だけが響く。それがまるで子守唄のようで、その声に誘われるように、暗澹の底へとフーリは歩みを進める。そこには、真っ暗な中でもぼんやりと輝くフランの姿があった。
(・・・)
 ただ、一糸纏わぬ姿のフランが。
(なんであいつの裸なんか・・・)
 消えろ。そう念じてみてもフランは消えることなく、ただ片手で乳房を、片手で秘部を隠してこちらを見ていた。
 その視線が、自分を哀れむような、責めるような視線に感じられて、視線を逸らそうにもフーリは逸らすことができなかった。服の上からだとなんとなく身体つきがいいとしか思わなかった、フランの身体が、生まれたままの姿になったことでそのラインがしっかりとわかる。
 今まで、意識していなかったと言えば嘘になる、その身体。素肌を隠していた衣服が全て消え去ったその姿はあまりに扇情的で、まだ少年のフーリの欲望に波を立てるのには十分すぎるものだった。
 にっこりと微笑むその顔が、ひどく淫靡に思えて、フーリは咄嗟に目を逸らす。が、すぐにまたフランの姿が視界に入る。
 一歩、一歩。フランとフーリの距離は近くなり、そして、気づけばお互いの吐息を感じるほどの距離にまで近づいていた。
 いたずらにしなだれかかってくるフランの体温が、服越しに伝わり、下半身に嫌な熱が集まるのをフーリは知覚した。そして、フランの手が下腹部へと伸びて――

「うわあぁああぁぁあぁああああぁあ!!!」
「きゃっ、ちょ、だ、大丈夫?」
「え?フラン?なんで・・・あ、夢・・・・・?」

 思わず叫んで飛び起きたフーリの視界に飛び込んできたのは、既に夕焼けになっていた背景に映えるフランの姿だった。一瞬、その光景に夢か現かの区別がつかなくなる。
 が、すぐに固い地面の感触を感じ、自分は今現実にいるのだとすぐに我に返った。
 フランはと言うと、突然飛び起きたフーリに怪訝な視線を寄越していた。

「もう、魘されてたと思ったら突然飛び起きて。どんな夢を見てたの?このお寝坊さん。なんだかさっきの言い方だと、私が出てきたみたいな感じだったけど」
「あぁぁ、いやなんでもない」
「本当に?」
「本当だって。大丈夫。ちょっと悪い夢見ただけだから」
「ならいいけど・・・」

 まさか本人に向かって「裸のお前が出てきた」など口が裂けても言えるわけがなく、フーリは必死になって誤魔化した。
 しかし、当然あの強烈な夢を一瞬にして忘却の彼方へと飛ばせるはずもなく、フランの姿が夢と重なって見えるのを、フーリは何度も目を擦ってその残像を振り払った。それでも、自然と夢のシルエットが現実のフランと重なり、夢よりもさらに卑猥なものに思えてしまい、フーリはしばらくの間、居心地の悪い時間を過ごさなければならなかった。



 ある日のことだった。
 フーリの非番の日(と言ってもサボりのせいでちょこちょこと彼の『非公式』な非番は多いのだが)に、いつものように林檎を袋一杯に買い溜めて市場を散策していた時の事だ。

「あら?フーリ」
「・・・なんで休日にまで会うんだよ」

 予定外の遭遇に、フーリは眉に皺を寄せたくなった。
 フーリとしては、これから馴染みの場所へと顔を出してそのまま心地いい昼寝の時を過ごそうと思っていたのだが、フランに遭遇してしまった時点でその望みは薄くなってくる。それも普段のサボリからなので、ほぼ自業自得なのだが、それをわかっていてもどうにか回避したいのが、フーリの年頃だ。

「あなたまた林檎買ってるの?・・・いったい給料の何割をその林檎に使ってるのか気になるわ」
「ほっとけ。こっちの好みだ。なんなら食うか?」
「いいわ。流石にあなたの楽しみを奪うほど残酷ではないし」

 それなら普段のサボりも見逃してと思うフーリだが、そこはそこ。話が別なのだろう。

「ねえ、あなたこの後の予定とかあるの?」
「昼寝」
「ふぅん」
「なんなら一緒に寝てみるか?案外気持ちいもんだぞ。日差しを浴びながらの昼寝って。退廃的な魅力がたまらない」

 無論、フーリに本気で誘うつもりなどなく、真面目なフランの性格を考慮して、そしてその提案を断ってどこかへ行くだろうという目算で言った言葉だったのだが、当のフランは、

「・・・そうね。たまにはいいかも」

 なんて言ってしまうので、誘うつもりのない誘いをかけたフーリは押しのけようにも押しのけることができずに、結局フランと昼寝を堪能することになった。
 馴染みの店に顔を出し、いつものように屋根のちょっとしたスペースを借りる時に、「なんだとうとう女を連れ込むようになったのか」という店主のからかいでやけにむず痒い気持ちになりながらも、フーリはいつものようにごろりと身体を地面にあずける。
 フランもそれに倣い、普段は拝めることの無い珍しい姿を晒した。
 燦々と降り注ぐ日光が二人の身体を心地いいまどろみに誘い込む。真に適度な温かさと、時折吹くそよ風の誘惑は抗い難いもので、フランはすぐにすやすやと寝息を立てていた。
 が、フーリは違う。
(くそっ・・・)
 小さな苛立ちに邪魔され、眠れないでいた。
 すぐ隣ではフランが無防備な姿を晒して早くも眠りに入っている。その寝息がオーケストラのように壮大な音に聞こえ、フーリの耳朶をうった。
 その寝息だけで、身体の中でなにかがざわめく。その欲求に身を任せて、フランに触れたい衝動に駆られるが、それがどこか越えてはならない禁忌のようなものに感じて、フーリは目を閉じた。
 が、渦巻く衝動がそう簡単に静まるわけもなく、悶々とした時間を暫く過ごした後、フーリはいたたまれなくなってその場を後にした。背後から聞こえるフランの寝言は、やけに色っぽく、後ろ髪を引かれながらの退場だった。

「なんなんだよ・・・」

 焦燥にも似たそれは、フーリの中から消えることはなかった。



「近隣の森の偵察任務?」
「ああそうだ、お前とフランとでな」

 ある日のこと。突然ロウガに呼び出されたフーリとフランはロウガに突然の偵察任務を言い渡されていた。無論、偵察任務自体は珍しいことではない。警邏、警備、警護、哨戒に並んで兵の重要な仕事の一つであるのは言うまでもないことだし、他の兵達も粛々とこなしている任務だ。だが、ここでフーリが疑問に思ったことは、

「どうして俺たちなんです?偵察なら、もっと腕利きの人の方が向いてると思うんですけど」

 偵察任務は主に非戦闘の要素が多いとは言え、それは無事偵察が終わればの話だ。万が一の事態があれば対敵即戦闘といった事態も有り得る。そんな事態に貴重な人員を減らしてしまうのは得策とは言えない。そのため、専ら偵察任務は万が一が起きても帰還できるような腕利きの者がツーマンセル、或いは一人で赴くのが一般的と言える。
 だが、フーリはセンスが見え隠れしているとは言っても、腕利きとはお世辞にも言い難く、フランもそれなりの訓練を積んではいるが腕利きにはまだほど遠い。
 そんな二人で偵察任務に行く、と言うのがフーリには不可解だった。

「お上の命令でな、魔物に怪しい動きが見られるんで、先手を打って近々侵攻作戦を開始するらしい。で、なるべく腕利きを温存しておこうって話だそうだ。・・・俺としても不本意だったんで、抗議はしたんだが、上の連中、揃いも揃って石頭でな。一兵の言うことなんざ耳に入れようともしねえ」
「・・・」
「失っても補充ができる安い駒を使うってことですか」
「ちょ、フーリ!」
「いいさ。否定はできねえ。・・・すまねえな」
「別に構いませんけど・・・フランは外せないんですか?」
「どうしてだ?」
「俺は天涯孤独の身ですから、いなくなっても悲しむ人もいませんし、大した損害にもなりませんけど、フランは違うでしょ。家族もいるし。だったら、俺一人で行った方が」

 フーリの言うことは筋が通っていた。物凄く乱暴な言い方をすれば、使い捨ての駒を使うなら何も二人使うより、一人の方が損害も少なくて合理的、ということだ。

「・・・おまえは妙なところで気を回すよなあ」
「・・・そうですかね」
「だが、そいつは却下だ!」
「・・・隊長、損害を抑えるためにわざとフランと組ませましたね?一人でいるよりも、損害を――」
「おい、みなまで言うな。とにかく、これは決定事項だ。準備ができ次第、すぐに出発してくれ」
「・・・了解」
「了解しました」
「注意を怠るんじゃねえぞ。なんでも新種のスライムが度々目撃されてるからな」
「・・・」
「はい」

 まだ不満が残っているフーリと違い、フランは潔く任務を受け入れているようだった。二人は一礼すると、すぐに偵察のための準備に向かう。
 なにせ、偵察する場所が場所だ。
 近隣の森は特に複雑に木々が入り組んでいる、というわけではないが、なにぶんにも広い。木々は点綴する程度で見通しは良いのだが、その広さは小規模の国家ほどある。本来なら小隊を組んで偵察に向かうのが正しいが、それをたった二人に押し付けなければならない辺りに、リンセットの思惑が見て取れた。露骨な侵攻作戦に備えた経費削減。
 そのしわ寄せはフーリとフランの二人の肩にのしかかっていた。

「ねぇ、フーリ」

 と、偵察のための準備を整えながらフランはフーリに話しかける。

「なんだよ」
「どうして私を外せなんて言ったの?」
「・・・近隣の森を二人だけなんて無茶だ。もっと人員がいる」
「それなら仕方ないこと・・・って、それじゃあ、あなたがしてたこと反対じゃない。人数を減らしてどうするのよ」
「一人しか人員を出せないとなると、上も不安になるだろ。その不安を交渉材料にすればいい」
「あなたってしたたかね」
「別に。・・・それに」
「ん?」
「いや、なんでもない」

 そう言ってフーリは口を噤んだ。フランは「それに何よ」と暫くフーリを問いただしていたが、口を割るつもりはないフーリを見ると、溜息を吐いて再び偵察の準備を着々と進めていく。
(何言おうとしたんだ、俺)
 必要な道具を揃えながら、フーリはちらりとフランの横顔を見る。健康的な肌艶に、時折白い歯がその姿を覗かせる。翡翠色の髪が宝石のような煌びやかさを帯びながらたゆたい、動きの一つ一つに微かな色香が放たれていた。

「・・・ッ」

 危うくその色香に呑みこまれそうになり、慌ててフーリは目を逸らす。途端に顔に熱が集まっていくのを知覚し、自身の意思とは関係なく心臓の鼓動が早くなっていく。
 普段は鈍重なはずの自意識が粘膜のような敏感さで感情を惑わし、頭の中を犯していくような感覚を感じながらも、フーリはひたすら偵察用の道具を揃えていく。
 好きという言葉の重さが、どれほどのものなのか。ロウガに帰ったら相談してみようかと、場違いにフーリはそんなことを考えて、

「さて、準備も整ったし、行きましょ、フーリ」
「わかった」

 崩れそうな情動を必死に支えながら先行くフランの後を追った。



 木々からもたらされる利益と言うのは馬鹿にできず、その用途は加工すれば家を建てる柱となり、室内を飾る家具となり、また兵士の訓練のための木剣にもなる。さらに例を挙げていけば食器に補強材とキリがないのだが、そんな木々の恩恵を存分に受けているのが、リンセットという国の特徴だった。
 そのリンセットの近隣の森はまさにその恩恵を与えてくれる一番の場所で、点綴する程度の木々しかないものの、その木の大きさはどれも大木と言って差し支えないほどのもので、一本切るだけでも膨大な利益をもたらす。
 それが小規模国家の領地ほどの土地にあるのだから、そこに資源を頼るのも頷ける話だった。
 もっとも、その小規模国家の領地ほどの土地を偵察させられるフーリとフランにとっては、その広さだけで堪ったものではないのだが。

「わかっちゃいたけど、広いな・・・」

 まだ森の入り口を入ったばかりだと言うのに、フーリは早速愚痴を零していた。それを諫めようとしないところを見ると、フランも口には出さないが同じ気持ちのようである。

「ん?」

 と、フーリの視界に一瞬。ほんの一瞬だが、大木の陰に隠れるように消え去る人影が見えた。
 白いと言うよりは銀。銀糸がそのまま髪になったようなそんな銀髪がすぐに影へと隠れる。

「どうしたの?」
「いや、いまそこの大木の陰、だれかいなかったか?」
「・・・そう?私は何も見えなかったけど。念のためね、行っておきましょう」

 そう言って二人は大木を挟むようにして回り込むが、そこには人っ子一人いなかった。おかしいなと首を捻るフーリだったが、すぐに幻でも見たのだろうと自分を納得させると、「何もいないじゃない」と頬を膨らませるフランに平謝りしながら偵察を再開した。
 結局その日、それ以外に変わったことなどなく偵察は終わり、夜。二人は焚き火を起こして二人向き合うようにして座っていた。焚き火の中央では干した魚――簡単な保存食がパチパチと音を立てながら香ばしい臭いを辺りに漂わせていた。闇夜の焚き火の明かりが二人の顔を照らし出し、無言の空気の中、枝が爆ぜる音が響く。
 なんとなく、居心地の悪さを感じて、フーリは口を開いた。

「魔物ってさ」
「?」
「どうして女性の姿なんだろうな」
「いきなりどうしたの?」
「いやなんとなくなんだけどさ。こう、面と向かった時に、相手にし辛いって言うか」
「なによ、相手にできないって言うの?」
「そうじゃない。ただ、もっと化物じみた図体の方が、相手にできるって思ったことないか?」
「それは・・・」
「おまけにどいつもこいつも綺麗でさ」
「・・・なによ、私は綺麗じゃないって言うの?」

 若干不機嫌になるフランの変化に気づき、フーリは慌てて弁明する。

「いやそうは言ってないだろ」
「暗に言ってるわよ」
「いや言ってない」
「・・・馬鹿」
「はぁ?」

 拗ねたようにそっぽを向くフランに、罪悪感が湧くフーリだったが、フーリはフーリで素直に謝る気になれない。フーリとしては、単に息苦しい空気をほぐすために言い出したことだったので、なぜそこまで拗ねられなければいけないのかと、わけがわからなかった。
 結果としてフーリの気遣いは空回りし、さらに居心地の悪い空間が出来上がる。
 どこかぎこちない空気が漂う中、急に、或いは突然に。
 その空気を壊すようにして、

 びちゃん。

 と、まるで最初からそこにいたかのように、何かがいた。フーリの背後に。

「!?」
「えっ」

 突然の謎の物体の襲来に、二人は完全に不意をつかれてしまい、結果その遅れた反応は一人の犠牲を生むことになった。
 その物体はまるで襲いかかるようにして、粘液状の塊となりフランへと襲い掛かったのだ。

「きゃぁっ!?」
「フラン!?」

 咄嗟に懐からダガーを取り出しフランの元へと向かい、すぐさまその粘液状の物体を切り裂こうとするが、何度試みてもダガーの刃は粘液に包まれては虚しい空振りのような感覚をフーリの手に伝えるだけだった。

「くそっ、こいつ切れない!」
「やっ、なにこれ・・・んんっ」

 艶かしい声を上げるフランの手を掴み、今度は粘液状の塊から引っ張り出そうと試みるも、その塊はフランをしっかりと捉えて離さないでいた。それどころか、引っ張れば引っ張るほどに内側へとフランの身体は引きずり込まる。
 生きた底なし沼。そう表現するのが相応しいと思えてしまう。
 だが、底なし沼よりもその塊はさらに性質が悪かった。フランの身体を徐々に内側に取り込みながら、塊の一部は器用にフランの服の隙間を縫って、肌へと触れ始めたのだ。
 全身を愛撫されるその感覚にフランは悶え、そしてその声を聞いたフーリはさらに焦る。
 そして――



「ん・・・」

 ゆるやかな覚醒を迎え、フーリは目を開けた。頭に霞がかかったように、何があったのかを思い出せないでいたが、しばらくしてフランがスライムに襲われていたことを思い出し、慌てて周囲を見渡すと、そこには既に目覚めていたらしい、変わらないフランの姿があった。
 何も変わった様子もなく、ただこちらを見て微笑んでいるフランは朝日に照らされ、美しい。
(夢・・・だったのか)
 嫌な夢だ。そう呟きかけたフーリはしかし、あることに気づいた。いや、気づくというよりは、感じた。何か、この場がどこかずれているような違和感。もっと言えば、フランがどこか違う雰囲気を纏っているような違和感。
 先ほど見た夢のせいか?自問しつつ、何かが違うと本能が警鐘を鳴らすが、その警戒すべき対象がわからずに、フーリは動けないでいた。
 そんなフーリを追い詰めるように、フランは少しずつ距離を詰め、そして。

「えいっ」
「なっ」

 フーリを押し倒した。

「ふ、フラン、なにを・・・んんんっ!?」
「♪」

 有無を言わさずに唇を強引に押し当てられ、フーリはさらに混乱する。唇同士が触れ合う柔らかな感触を味わう余裕もなく、ただ現状に理解が追いつかないでいた。
 自分が何をされているのか。これはいったいなんなのか。それを考える間にもフランはフーリの口に舌を押し込み、強引に唾液を絡ませてねっとりとしたキスを続ける。
 何するんだ。こんなことしてる場合じゃないだろう。早く任務を終わらせないと。次々と頭の中に浮かぶ言葉はしかしキスの快楽の残滓に押しつぶされて呱々の声を上げることすら許されなかった。
 どろりとした甘い味が口一杯に広がり、至福で胸が満たされていくような酷い廃頽が頭に響き、そして中毒になってしまいそうな余韻を残して消えていく。
 その過程の一つ一つが甘美なもので、フーリの思考を奪っていく。
 次第に下半身に熱が集まるのを知覚したフーリだったが、腕がいつの間にか拘束され、身動きがとれなくなっていた。そして、自分を拘束しているモノを見て、理性は途端に劈くほどの警鐘を鳴らした。
 フーリの腕を拘束していたのは、どろりとした、粘液状の、あの夢に出てきた塊だったのだ。いや、ここにある、ということは。
 ・・・。

「フラン!すぐそこにアイツがいる!とりあえず離れないと」

 フーリのもっともな意見はしかし、

「離れる?どうして?」

 まるで本当に言っている意味が理解できないといった様子で首を傾げるフランによって遮られた。

「ど、どうしてって」

 そんな理由は、口にする間でもないはずだ。魔物がいるということは、この森は既に魔物の手中にあるということで。自分達の身にも危険が及ぶ。だから早く逃げてこのことを報告する必要がある。
 そんな当たり前のことをわからないほどフランは馬鹿ではなかったはずだ。それなのに、今はその理由が演技でもなく、本当にわからないでいる。
 その理由が、フーリにはわからなかった。
 が、すぐにその答えは示されることになった。

「この子とってもいい子だよ♪いろんなことを手伝ってくれてね♪フーリを逃がさないようにもしてくれたの」
「ふ、フラン・・・?」

 自分の上で微笑むフランは確かにフーリの記憶にあるフランの姿だった。だが、フーリの記憶に、ここまで見る者をぞっとさせるような淫靡な笑みを浮かべたフランの姿はない。目の前にいるのは誰なのか、そんなわかりきったことさえわからなくなってしまいそうで、フーリは唾を飲み込んだ。

「ねぇ、フーリ」

 フランの顔が耳元に近づき、そっと擽るような囁きが鼓膜を震わせる。

「私のこと・・・好き?」
「なっ」
「フーリのおちんちんはもうカチコチになってね、私のこと好きって言ってくれてるけど、フーリは?・・・フーリは私のこと、好き?」

 なぞるようにして下腹部を撫でられ、むず痒い快感がフーリの背筋を走る。溺れてはいけない。そう理性が声を張るも、既にフーリの脳内は重い液体で満たされ、ぐるぐるとフランとの日々が走馬灯のように駆け巡っていた。
 いつもサボる自分を見つけては構ってくれる。負けるとわかっている勝負でも応援してくれる。五月蝿くて、煩わしくて、それでも。

「・・・嫌いじゃ、ない」
「・・・・・嬉しい♪」

 喜びの言葉を口にすると同時に、フランは素早くフーリの肉棒を露出させると、自分の腰にあてがい、落下するように一気に腰を下ろした。

「んんんんっっ♪」
「ッツ」

 フーリにとって初めて味わうフランの身体はただひたすらに気持ちよく、快感で頭を白く染めるには十分なものだった。肉襞の一つ一つが執拗に肉棒に絡みつき、きつく締めて精液を求めようとする。少しフランが腰を浮かせれば、肉棒を逃さないように締め付けは圧搾と表現するのが相応しいほどの膣圧で肉棒を扱き上げる。どろどろとした粘液に突っ込んでいるような感覚に、フーリは今さらながらにフランの身体が人ではなくなっていることを痛感したが、もうそんなことはどうでもよくなっていた。
 夢にまで出てきた、葛藤をせずにはいられなかった肉体を目の前にして、少年の心は貪ること以外を考える余裕を残してはくれなかった。ただひたすらに腰を動かして快楽を求め、格好悪くてみっともない自分を忘れるようにフランの身体を抱きしめ、フランの髪の香りを、肌の感触を、快楽の味を求めた。
 無茶な動きはフーリの肉棒に許容外の快楽を与え、やがて睾丸の奥から孕ませるための種が尿道を這い上がっていくのを自覚するのと、フランの膣に精を放つのはほぼ同時だった。

「ひゃあぁぁああんっ♪」
「うぁっ・・・くっ」

 繁殖するためだけの獣のように、骨盤同士が音をたてそうになるほどに腰を密着させながら、奥へ奥へとひたすらにその腰をフーリは押し出す。夥しい量の種を子宮に送る感覚が、フーリを獣にしていた。
 それがフランにとってもたまらないらしく、喜悦の表情を浮かべながら少年少女は地に伏した。
 お互い汗だくになりながらも、不快ではないらしくどこか達成感にも似たものを感じながらフランは満足げにしていた。

「ふふふふ♪」
「・・・なんだよ」
「フーリ、魔物の私としちゃったんだ♪いけないんだから」
「・・・」

 無言を返事としたフーリに、フランはその心中を察したらしく、のそのそと再びフーリの身体へ登頂を始めた。
 一度の射精を迎えても尚、逞しく隆起している肉棒を目にして、フランはうんうんと一人頷き、自分の中に再びフーリを招き入れた。
 今度は先ほどまでのような貪るような動きではなく、ゆっくりとした、じれったいと感じるような動きだった。そしてフランは愛しそうにフーリを抱きしめ、ゆっくりと腰を動かす。

「・・・かっこ悪いな、俺」
「どうしたの?」
「・・・結局なにもできなかった」
「・・・・・・・・♪」

 フランは返事を返すことなく、ただゆっくりとした交わりを延々と続けていた。
 彼女にとってかっこ悪いかどうかは、諦めても負けても、それでもフーリらしくいられることだと、本人が気づくのはまだ当分先のようだったが。

「ふふふふ♪」

 幸せそうな笑みを浮かべるフランに、フーリはせめてもの意地で、今度はいつか不意をついてこっちが口付けを交わしてやろう、そんな小さな決心を胸に秘めた。
 この後、二人はリンセットへ帰還することなく消息を絶った。
 仲睦まじい二人の姿が度々森で目撃されているが、それも人は幻だろうと言う。だが、幻でもない、どうしようもない現実の、どうしようもない不器用な少年と、ひたすらに恋に従順な少女の恋がそこにはあった。
15/11/11 22:08更新 /

■作者メッセージ
そんなお話でした。楽しんでいただければ幸いです。
少年少女のなんてことはない恋のお話でした。

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