読切小説
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郭籠の鳥
○月×日

 私は遊女の中で、異端かもしれない。そんなことを情事の最中に考えていた。
 遊女の身分でありながら、出会ったらすぐさま情交に入ることを易々と許し、身体を殿方へと委ねる私は、三度も出会いを重ねるほかの遊女と比べて、普通とは言い難い。
 でも、私はこれくらいしか理想の殿方を見つける術を知らなかった。
 何度目かの熱い精が私の膣中に放たれる。どっぷりと私の子宮を満たした子種は、たらたらと秘裂から溢れるようにして零れ、淫靡な光景を作り出していた。でも、まだまだ私は満たされない。遊郭の仕事を知った時に、私はすぐにそこを訪ねた。満たされないこの感覚をいつか満たしてくれる、素敵な人がいるんじゃないかって、魔物娘ながらになんとなく思って。
 今の所、そんな人はいなかったけれど。今、私を抱いている人も残念ながら、私を満たしてはくれなかった。
 ただ、それはそれ。
 お仕事はお仕事。
 抱かれることを拒否することもできるこの仕事で、それをしなかった以上は、この殿方にはしっかりと楽しんでもらわないと。
 そう思っていた矢先、私の中で脈打っていた男根が、急速に萎えていくのがわかった。どうやら、この殿方の精力はここいらで終いらしい。
 腰を上げると、ずるりと萎えた男根が吐き出されるようにして、私の女性器から顔を出した。幾度も吐き出された精液と、私の愛液がまぶされたように付着して、てらてらと光を反射するそれを、躊躇うことなく口に含んだ。
 口いっぱいに広がる、とろりとした舌触りの精の味。それを口の中で何度か聞かせるように咀嚼して、音を鳴らして嚥下した。

「なんだか物足りなさそうな顔だな・・・。おいらじゃあ満足できなかったかい?」
「いいえ、そんなことはございません。私も久方ぶりに昂ぶってしまいました」

 こうして私は何度目かの客の相手をした。いつか素敵な殿方が現れる日を待ち遠しく焦がれながら。私を曝け出せる相手を待ちながら。
 ・・・この遊郭は、鳥籠なのだろうか。ふとそんなことをらしくないけど、思う。だとしたら、皮肉なものだ。
 サンダーバードである私が篭もっているのだから。


○月■日

「ふうん。で、その理想の殿方に心当たりはないかと」
「ええ、あなたならご存知ではないですか?」

 もてなしの演舞を尻目に、私とその殿方は情事に耽るでもなく、ただ淡々と会話をしていた。私の遊女としての名誉にかけて言っておくと、決して抱かれるのが嫌で拒否したわけではなく、この人は、この殿方はいつもそうなのだ。
 この遊郭で女性を抱いたという話を耳にしたことがない。

「いや、俺は義賊ってだけだぞ。そりゃあ名はちっとばかし知れ渡ってるかもしれねえが、顔はだなあ」
「あら、顔なら張り紙に描いてあるじゃありませんか」
「そりゃ人相書きだ。そうじゃなくて、俺が言いたいのはおまえが期待してるような交友はないってことだよ」
「使えませんね」
「おいちょっとまて客に吐いていい言葉か!?」
「あなた限定で」
「ここの遊郭はどいつもこいつも俺に対してちょいと遠慮ってものが無さすぎるんじゃねえのか!?」
「遠慮がないのはふぐりへの打擲だけです。ご安心なさってください」
「安心する要素はどこだ!?どこにある!」

 やはりこの人を戯しくからかうのは楽しい。案外、この人が理想の人なのかとも思ったけれど、どうも臭いが違う。なんだか他の女の臭いがする。具体的にはドラゴン辺りの。
 私はまた少し、からかいたくなって、問うた。

「それはそうと、最近ゆきめさんに会っていないそうですね。幽艶な姿を見ることが罪深くでも感じはじめたのですか?」
「いや、ゆきめに会ってないと言うかあいつは遊郭やめただろ・・・」
「あらそうでしたかしら。それでは私のところへやってきているということは、今度は私を口説くおつもりで?」
「お前を口説ける奴がいるなら拝みたいもんだ」

 こうやって軽口を叩き合うのは、悪くない。私を含めて、ささやかな安らぎの時を与えてくれる存在・・・は言いすぎなので、まあご近所さんとの会話のようなものだろう。
 内容は中々辛辣なもの(主に義賊さんが痛めつけられる点で)だけれど。
 まあ、私を口説ける人がいるなら、満足させてくれる人がいるのなら、その人こそきっと私が待ち焦がれた殿方なのだろう。
 いったい、いつになったら逢えるのだろうか。遊郭の格子の隙間から見える満月が、やけに寂しげに見えた。


○月△日

 今日日、めったに会うことのない人に出会った。もっと詳しく言うなら、めったに会うことのない職業の殿方に。
 その殿方は私を指名したので、てっきり私は抱くために指名したと思っていたのだけれど(私が面倒な手順を踏まずに抱けることは、そこそこに知られている)。
 その殿方は私を抱こうとはせず、延々と話を続けていた。こういった殿方は珍しかったので、私の興味は自然とその殿方へと引き寄せられた。
 理想の殿方を探す方法が情事しかない私にとって、それを行使するための身体に見向きもせずに、語り続けている殿方は滔々と澱みなくその弁舌を揮い、私に話しかけていた。

「着の身着のままここまでたどりつきましてね、地獄の中に仏を見た気分です」
「あら、地獄ならどうやってここまで辿り着いたのです?」
「閻魔様も騙したのですよ」

 詐欺師ですから、と彼は言っていた。なんでも、嘯き唆し、掠めて陥れ、騙って担いで誑かし、暗まし糊塗して釣るのが仕事らしい。ろくでもない。
 ろくでもない人であるのには違いないのに、どうしてこうしてへらへらと笑っているのだろう。悪人は誰もがそうなのだろうか。そう思って訊ねてみると、予想外の答えが返ってきた。
 なんでも、笑顔はとても難しい顔の一つなんだそうだ。へんに張り付いたような笑顔だと相手を警戒させ、また、過ぎた笑顔は相手を苛立たせる。だから、心の底からへらへらと笑っているのが、一番相手を油断させやすいのだそうだ。
 あなたも僕の話に警戒もなにもしていなかったでしょう?と、得意げに言う詐欺師に腹が立ったけど、その通りだった。私は警戒もなにもせず、抱かれることすらせずに話しに聞き入っていた。

「相手を見抜くことは意外かもしれませんが、誰にでもできるんです。問題はどうやって相手の中に這入るかですよ」

 そう言って詐欺師は杯に注がれた酒を呷っていた。
 相手の中に這入る。それは、私にもしているのだろうか。少しだけ気になった。
 結局詐欺師は、私を抱くことなく去っていった。なんだか胸の中に小さな穴を開けられた気分だ。あの笑顔を見ていると、本当の私が曝されてしまいそうで。それにほんの少しの恐怖と、僅かな期待が混ざった。遊郭に来て遊女を抱かないで帰る客は、今後も増えるのだろうか。
 そんなことを思慮する私の頭に、あの笑顔はしばらく染み付いたままだった。


○月○日

 昼間、格子の外から私の名を呼ぶ声が聞こえて、ふと外を見ると、例の詐欺師の殿方がいた。
 なんでも大名をつい先ほど騙し、追いかけられている最中なのだと言う。それにしては、やけに余裕に満ちていた。こんなこと日常茶飯事、潜り抜けてきた場数が違う、ということなのだろうか。

「どうして義賊の方にしても、あなたにしても危ない橋を渡ろうとするのですか?素直に大人しくしていればいいのに」
「義賊と言うと、あの天下の義賊の?」
「ええ」
「・・・まあ、向こうの立場とかは置いておくとして、僕は、私はこういう生き方しかできないのですよ」
「そんなにお辛い過去があったのですか?」
「嘘です」

 嘘らしい。なんなんだろう。人が折角心配していたのに。・・・早く捕まってしまえばいい。そう思った。
 それではまた、と言って詐欺師の殿方は颯爽と去っていった。その後しばらくして、何人かの用心棒らしき人がうそ臭い男を見なかったかと聞いてきたので、詐欺師の殿方が去った方とは逆方向を教えておいた。
 ・・・私も嘘つきだ。
 どうしてそんなことをしたのか、自分でもわからなかった


△月□日

「今日も来たのですね」
「ええ、まあ詐欺師も暇なのですよ」

 それを言うなら暇じゃない、ではないのだろうか。この言葉遣いもきっと、この詐欺師が嘯くための武器になっているのだろう。

「今日もまた誰かを騙してきたのですか?」
「そうですね、中々気骨のある相手なので、こちらも骨が折れますよ」

 いったい誰なのか、それが気になるところだった。まあ、聞いたところできっとこの詐欺師はそのことを煙に巻いてしまうのだろう。それくらいは私でも想像がついた。
 早く捕まった方が世のためになるとも思うのだけれど、本当に、悪が滅びたためしはないのだと、この詐欺師を見てつくづくその言葉の信憑性を感じる。

「それでは私はこれで。またいつかお逢いしましょう。その時にはあなたも素直になれているといいですね」
「私が素直に・・・?」

 意味深な言葉を残したあと、詐欺師はまた颯爽と去っていった。
 その直後に。

「おい!この変に詐欺師いなかったか!いかにも優男みたいな!」
「あら、義賊さん。どうしたんです?」
「あの野郎財宝は山分けと言いながら猫糞しやがった!俺の財宝を!」

 気骨のある相手・・・。
 気骨のある相手?
 あの詐欺師は、ひょっとして人を見る目だけはないのではないのだろうか。だから私にも見当違いで無意味に意味深な言葉を吐いたのだろう。私が素直でない部分なんてどこにもないのだから。
 なのに。そのはずなのに。
 なぜだろう。あの詐欺師の言葉が嫌に胸にしこりのような感覚を残した。どくどくと鼓動を始めるしこりが、苦しい。あの笑顔が、私の頭から離れない。


■月○日

「そりゃあおめえ惚れてんじゃねえか?」

 結局あの後、猫糞ぶんの財宝を取り返すことができなかった義賊に、詐欺師に対する私の違和感を打ち明けたところ、このような返事が返ってきたので。

「馬鹿なことを仰らないでくださいな」

 私は冷たくそう言い放ち、鋭い鉤爪の一つで義賊のふぐりを思いっきり突いた。蛙が潰されたような声を上げながらごろごろの床をのたうちまわる義賊にしばらく、冷ややかな視線を注ぐ。
 まったく、人が真剣に相談しているのになんてことをぬかすのだろう、この義賊は。これは遊郭にとっても由々しき事態だと言うのに。詐欺師が出入りしている事実は、それだけで客足を落としかねないのだから。そうなってしまうと、私の殿方探しは続けられなくなってしまう。それどころかそれで店を畳むようなことになれば、他の遊女たちが路頭に迷うことになってしまう。ほとんど魔物娘の遊女だけれど、中には人間の女性もいるのだから、彼女達からすればたまったものではない。
 違和感はきっとそんな不安から来ているに決まっているのに。そこまで考えての相談だったのに、まったくこの義賊ときたら。
 しばらく床を這いずり回るのがお似合いだ。それくらいの罰はあっていい。
 やがて痛みが治まったのか、肩で息をしながら義賊は震える声で、

「ここの遊郭の娘は本当に魔物娘か・・・・・」

 そう言って再び地に伏した。
 惜しい人を亡くしたものだ。最後ばかりは、黄泉への餞の言葉でも贈ってあげるのがせめてもの礼儀だろう。さて、なんと言ってあげようか。
 せめて義賊らしい、狭義に満ちた言葉がいいだろう。無頼の徒のような浪漫溢れるものでもきっと、気に入ってくれるに違いない。

「いや死んでねえよ!」
「まあ大変」
「かける言葉が逆だ!」
「まあ変態」
「いやそういう意味じゃなくてだな」

 危ない危ない。もう少しで勝鬨の声まで上げるところだった。

「俺だって本気で考えてやったのにこの仕打ちはひでぇんじゃねえのか!?」
「どこが本気ですか。私があの詐欺師に惚れているだなんて」
「だってそうじゃねえのか?捕まって欲しくないから嘘の道を教えたんだろ?」
「・・・」
「無言は肯定だぞ」
「・・・違います。私はあくまで顧客としてまた来ていただけるかもしれないと思って」
「ほれ、同じことだ」

 なんなのだろう。この嫌な湿度。この身体の内側にこびりついている、湿度。いや湿度と言うよりこれは空気、と言うべきか。身体よりも重い空気で内側を満たされたような感覚。でも空気と言い切ってしまうには、質量が大きすぎて。
 得体の知れない何か。漆黒に身を浸したような、と言えばしっくりくるような。
 それほどにあの詐欺師を意識してしまっているということなのだろうか?・・・馬鹿らしい。詐欺師に恋なんてしたら、火傷どころで済むはずないのは、わかっているのに。


■月×日

 またあの詐欺師がやって来た。飄々とした態度も笑顔も変わることがなく、少し、血が巡る速度が上がるのを自覚する。おかしい、おかしい。普通の殿方相手なら、こんなことはないのに。

「いつ来てもここのお酒は美味しいですね」
「お酒だけなら、別の子でもいいのではありませんか?」

 客に対して取るべき態度ではないとわかっていても、自然ともう口にしまっていた。けれど、詐欺師はそんな私の態度に憤るわけでもなく。

「そうはいきませんよ。この遊郭で嘘つきなのはあなただけなんですから」

 そう言った。

「嘘つき?」
「ええ、嘘つきです」

 いったいぜんたいどういう意味なのか、私にはまったくわからない。いや、詐欺師の言うことを鵜呑みにするのもどうかとは思うのだけれど。
 なにせ、向こうは騙すことが本職だ。

「職業柄、嘘をついている人はよく見抜けるんですよ。この遊郭の中で、あなただけが嘘つきなんです」
「あら、私がどんな嘘をついていると?」

 そう言った直後。
 詐欺師はいきなり私の身体を抱き寄せた。思っていたよりも強い力に引っ張られ、私は抵抗する間もなく詐欺師の腕の中におさまってしまう。温かい詐欺師の体温が、じわりじわりと身体に染み渡り、私はこれから起こることを予感して少しだけ身体の力を抜いた。
 そうだ。なんだかんだと言っても、男が遊郭に来てすることなんて、一つ。

「自分に嘘をついているじゃないですか」
「自分に?」
「ええ。隠そうとしているんでしょうけど、無駄ですよ。僕の好奇心が疼きます」
「・・・」
「閨事でなら、きっと曝け出してくれるんでしょう?」

 秘密。嘘。私が隠していること。そんなもの、あるはずないのに。
 なんだろう、この詐欺師を見ていると、私が何かを隠しているような、そんな気持ちになってしまう。まだ数回しか会っていないと言うのに。
 それに、好奇心だけでここまで嬉しそうな顔をできるものなんだろうか。それとも、これも演技なんだろうか。
 どちらにせよ、逃げられない。それだけは確かなことに思えて、私は詐欺師に押し倒された。


 身体をまさぐられる感覚には馴れているはずなのに、この詐欺師に触られた部分がやけに熱い。触れられた部分から、切なくなっていく。じれったい熱。その熱が、身体の芯にとどく前に消えてしまい、生殺しもいいところだった。指先が、子宮が、苦しい。
 命の鼓動がいやにうるさくて、初夜を迎える生娘みたいに私は上ずった声を上げることしかできない。なんでだろう。
 この詐欺師の愛撫は、むず痒くて、焦れるようなものなのに、なぜか落ち着く。根っこの部分でしっかりと支えられているような、この身を羊水に委ねているような安心感があって。
 羽根の揺れる擦れる音がする。ぴちゃぴちゃと私の蜜を掻きまわす音がする。微かに鼻腔を擽るのは、部屋に充満している淫靡そのものの空気と、詐欺師の髪の臭い。
 不思議な臭いだった。確かに男性だと思える臭いなのに、どこか落ち着く優しい臭い。

「んむっ、ちゅ、あむ」

 詐欺師の舌が、優しく私をいたわるようにして口中を這い回って、蹂躙する。優しく、けれど逃がさないという思惟を確かに感じさせる舌使い。あらかじめ飴玉でも口に含んでいたのだろうか。とろとろと流し込まれた唾液がやけに甘くて、私はそれをお返しとばかりに詐欺師の歯茎に塗りたくった。
 ざらざらとした舌の感触が心地いい。ずっとこうしていたいくらいに。普段の態度とは違い、女を抱くときにはここまで優しく、情熱的に抱くなんて思ってもいなかった。でも、それが。
 私に向けられていることに、奇妙な昂揚を感じずにはいられなくて。
 自分の身体を擽るような嬉しさがこみ上げてくる。
 詐欺師はいそいそと袴を下ろし、肉棒を露出させる。既に臍まで反り返って、びくびくと雄らしい力強い脈動をしている肉棒は、挿入の時を待ちわびる獣のようだった。
 あれが、私の中に入ってくるのだろうか。荒々しく、乱暴に。若しくは――。
 その想像が終わる前に、私は股を開いて準備ができている秘部を晒して詐欺師を誘った。いつも客相手にしていることなのに、なぜか気恥ずかしさを感じながらもこうしたことを平然とするあたり、私も遊女の仕事から抜け切れていない。
 ・・・抜け切れていない?そもそもこれは遊女としての仕事の一環なのに、私はどうして私事でこの詐欺師に抱かれようとしているなんて錯覚をしたのだろう。
 あの義賊の言葉がふと脳裏を過ぎり、まさかと曖昧な感情を振り払ったのと、詐欺師が私の中に入ってくるのは同時だった。

「〜〜〜〜ッツ!!!」

 不意打ちに近い突然の挿入に、私の下腹部から快楽が子宮を貫いて五臓まで殺すように走る。逞しい肉棒の先端が、私の子宮口を小突き、ぱちぱちと視界に白い火花を散らす。その肉棒がゆっくりと運動を始める。
 身体を隅々まで確かめるように、ゆっくりと引いては押され、引いては押されを繰り返す単純な運動は、けれど確かな快感を私の脳髄に送り続けていた。粘膜が擦れ合う感触に、女の泣き所を突かれる悦楽。そして想像以上に熱を帯びた肉棒の温かさ。全てが鴉片のようで、

「大丈夫ですか?息も絶え絶えになってますよ」
「・・・世迷いごとで――んんっ」

 軽口を叩く余裕もない。どうしてだろう。他の殿方を相手にしているときにはこんなことなかったはずだ。ここまで情事で昂ぶったことも、心の底から湧き出てくる温かさも。
 それがなんなのか、理解をする前に私は大きすぎる快感に屈服し、意識を手放した。


■月□日

「ん・・・・・・・・」

 格子の隙間から差す日の光で目が覚めた。気づけば私は何も身に着けておらず、隣には既に衣服を身に着けた詐欺師がいた。
 途端に、その姿を切っ掛けに昨晩の情事を思い出す。確か私は、あの後意識を失ったはずだ。まだ一度も詐欺師が達しないまま。

「あ、ぇと」
「大丈夫ですよ」

 と、詐欺師は意味ありげな顔をして

「しっかり愉しませていただきましたから」

 なんて言った。
 言われてから、私の中にある夥しい精を知覚して、顔に熱が集まる。あの後、私はいったいどうなったのかが、まったく記憶がないぶん、余計に恥ずかしかった。淫婦か、売女とでも思われていないだろうか。いや、遊女にそんなことを言う資格はないとわかっていても、そればかりは、気にせずにはいられなかった。

「あの・・・」
「やっぱり床上手ですね。それに、抱かれているときの方が愛嬌があります」

 その言葉だけで、私が昨日、意識が途切れた後にどんな痴態を晒してしまったのかが容易に想像できて、恥ずかしさが頭髪まで染め上げる。
 それだけならよかったのだけれど、その恥ずかしさは悶々とした黒い塊を私の中に落して、さらに私を焦らせた。
 いけない。このままじゃ、誤解を生んだまま詐欺師が行ってしまう。咄嗟に私は詐欺師の袖を掴み、縋るように抱きついた。詐欺師はいきなりの出来事に驚いたようだったけど、そんなの関係ない。このままじゃ。このままじゃ誤解されたままだ。それだけは、嫌で。

「あの、私、あんなのじゃないから。もっと、もっと喜んでもらえるように・・・あ、ちが、そうじゃなくてあんなに普段は乱れな、じゃなくて、えっと・・・」

 あれ?おかしい。私は何が言いたいんだろう。今さらながらに自覚した恋慕が、遅すぎると私を罵る。
 なんで好きになってしまったのかとか、そんなどうでもいいことよりももっと、ずっと言わなきゃならないことを伝えていないだろうと囁く。
 いつからだろう。いつから私はこの詐欺師に誑かされていたんだろう。心まで入り込まれて、いつの間にか恋までしてしまっていて。詐欺師が相手なら、これは贋物の恋なのだろうかとかそんな疑問を抱く暇すらないままに、私はまだ動揺しながら口から言葉を吐き出していた。

「だから、いつもの私じゃなくなったのは、その、あなたが、・・・だから」

 伝えたいことがある。言わなければならないことがある。ただ一つの明確になっている言葉を吐き出すことがここまで難しいことと、初めて知った。
 巨大な質量を持ったそれは、私の喉元でつっかえてうまく吐き出すことができない。それどころか、その言葉が詰まったせいで、私は窒息しそうだった。それほどまでに大きく、苦しいもの。

「だから、だから・・・」
「何か言いたいことがあるみたいですけど、僕も暇じゃありません」

 ああ駄目だ。行ってしまう。これが今生の別れというわけでもないのに、なぜか酷い後悔を感じてしまって、私の唇が震える。これを逃してしまうと、もう会えないんじゃないか。そんな幻想に眩まされて。
 冷たい闇に呑みこまれる前に、この熱を伝えなきゃならない。そう思っていたのに。
 思っていたのに、詐欺師はいつもと変わらない飄々とした態度で、

「言いたいことは道中で聞きますよ。ほら、あなたも早く服を着てください。岡引も見回りも待ってはくれないんですから」
「・・・え?」
「言ってませんでしたか?情事の最中に確かに言ったはずなのですが。・・・あなたは私が身請けしました。山吹色の菓子はやはり古今東西どこでも通じるものですね。金の切れ目が縁の切れ目とはよく言ったものです」
「私が・・・買われた?」
「はい」
「あなたに?」
「ええ」

 今私はどんな顔をしているのだろう。誰か鏡を持ってきてほしい。きっと、滑稽に口を開いてぽかんとしているに違いない。

「惚れた女を手に入れたいと思うのは、男なら当然のことでしょう。それとも、汚れた金で買われたことは心外ですか?」
「・・・えと」
「どちらにせよ、このまま遊郭にはいさせませんよ。鳥籠から放てば、あとは飛び立つだけなんですから。だからほら、早く着替えてください」

 いつも飄々としている詐欺師は、またあの笑顔を浮かべている。この笑顔に私は一生のうちに、あとどれほど翻弄されるのだろう?そんなことを考えて浮かんだ未来は案外刺激的なもので。
 私は思わず笑ってしまった。
15/11/11 22:09更新 /

■作者メッセージ
そんなお話でした。楽しんでいただければ幸いです。
Q詐欺師が言ってたサンダーバードの嘘って結局何さ?
A「詐欺師」の言葉を鵜呑みにしちゃあ危ないぜby義賊

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