出会い
盗みを覚えたのは五つの頃だった。その時にはもう産んでくれたお袋も育ててくれた親父も死んじまって、わずか五歳で早くも天涯孤独の身の上となった。そんな状況で当時小童だった俺が生き延びる術と言えば、そりゃあもう盗むしかねえ。悪事に手を染めるしかねえ。いや、悪事なんて言いかたはちと大げさかもしれねえ。自分を棚に上げて言わせてもらえば、これはどれも生きるためには仕方のねえことだった。
なんせ、一寸先は闇なんて言葉が本当に思えたくらいだ。だから盗んで盗んで。
盗んで盗んで盗んで盗んで。
気がつけば、俺が小童から立派な二十歳をちょいと越えたときには、盗めないものはなくなっていた。
そして、十八歳のあたりから俺の行動は変わる。単に盗むだけではなく、盗んだもんの幾つかを、貧しいやつらに与えるようになった。ようするに、義賊ってやつだ。一応、俺の名誉のために明記しておくが、こいつあ下心があってしているわけじゃあねえ。俺と同じような境遇の奴らをほっとけねえだけだった。
そんな訳で、俺ぁ今日も。
「あっはっはっはっは！！！大漁大漁！！！！」
「てめえ待ちやがれ！今日こそお縄につけてやる！！！！」
屋根から屋根へと飛び移り、韋駄天のように走り抜ける。既に辺りは暗いが、それで足元をとられるなんてヘマはするはずがない。伊達に盗みだけを何年もやってるわけじゃあねえからな。
下では見回りの奴らが今日こそ俺をひっ捕らえようと追いかけているが、まあいつものことだ。これも、もうお約束のような光景になっていた。
小脇に風呂敷を抱えて逃げる俺と、それを追う無数の提灯の灯火。だが、その距離は次第に開いていく。当然だな。余裕の笑みを浮かべて完全に見回りを撒こうと思っていた、その時だった。
「いつもと同じではないぞこの大泥棒！」
なんと屋根の上にまで見回りの奴らがいた。なるほど、少しは学習しているらしい。だがこちらとしても捕まってやるつもりなんぞ毛頭ない。なにより捕まったら貧しい奴らはそのまま野垂れ死ぬだけだからな。そいつだけは、御免だ。
「おいおい、言ってるだろう、俺は義賊だ。間違えんじゃねえ！」
「どっちも同じだろうが！盗んでることに変わりはない！」
「かぁ〜、頭の固ぇ奴だなあおい！そんなんだからいつまで経ってもいい相手が見つからねぇんだろが」
そう言って、俺は千両箱を抱えている方とは反対の袖から、そっとそれを取り出す。それは乾いた紙で幾重にも包まれているが、そこからは確かに仄かにツンとくる刺激臭がした。いつだって逃げるときには一つは持ち合わせている、頼もしい相棒だ。
それを目の前に立ちふさがる奴に堂々と見せ付けて俺は叫ぶ。
「ほうれ爆薬だ！早くしねえと吹っ飛んじまうぞ！」
「な、馬鹿よせやめろ！！！」
「そらっ！」
当然爆薬なんかじゃない。そんなことしたら俺が今踏んでる屋根の下はいい迷惑だろうからな。いや、盗みもじゅうぶん迷惑だろうっつう声が聞こえそうだが、そいつは違うと言わせてもらおう。
俺が勢いよく投げたその球体――煙玉――は特別製だった。包んでいる紙は特別火が付きやすい。そして、その煙玉に向かってちょいと火種もぶつけるように投げつければ。
一瞬だけ暗闇に火花がその明かりで存在を強調したのもつかの間、次の瞬間には暗黒と表現しても生ぬるいほどの黒煙が辺りを包んだ。この煙の中で目の自由が利くのは俺だけだろう。・・・とは言え、これってやっぱり下の家にも煙いくよなあ・・・。やっぱりここら辺でこの相棒とはおさらばして、もっと奇天烈で見栄えのいいもんにするべきかもしれねえ。
そんなことを考えながら、俺は文字通り煙に巻いて、撒いてその場を後にした。
さて、見回りを撒いたところで早速盗んだもんを貧しい奴らに与えるのかと言えば、そうじゃあない。なんせ盗んだブツがブツだし、見回りも目を光らせている時からまた姿を現すのは、自分からお縄につきたいと言ってるもんだ。だから、盗んでも数日は貧しい奴らには我慢してもらうことになる。その間、俺が何をやっているのかと言うと。
「よお！ゆきめ、抱きにきたぜ！」
ある遊郭にぶらりと遊びに行く。いや、これは男ならわかってもらうと思うが、正義を貫くためには多少の遊びくらいしたいもんだ。な？・・・俺だけだろうか。
「相変わらず別嬪さんだなあ。今日こそ抱かせてもらえるんだろ？」
「お帰りくださいな」
「いや早えよ！せめてもうちょい悩もうぜ！」
「あなたがもう少し好みでしたら悩みましたね」
「なんなら煙管の煙を俺の顔にかけるだけでいい！」
「可愛がってくれなんて合図をあなたにするくらいなら、この格子を蹴り飛ばして逃げます」
この遊女なのに客への扱いがなってない奴はゆきめと言う。容姿だけなら傾城すら容易いほどだろうと思うが、なにぶんその性格がきつい。何度会っても抱かせてくれねえ。これはきっと俺だけじゃないはずだ。きっとそうだ。そう思わないと少し心が折れそうだ。もしくはゆきおんなならではの、冷たさというもんだろう。いや、あれは体温の話だったか？・・・これ以上考えるのはよそう。甲高い音を立てて心が壊れそうだ。
「もう五回も会ってるんだぜ、ちったあ愛想よくしてくれたっていいじゃねえか」
「ええ、『夜』に会うのは五回目ですね。・・・あなたは昼は格子の外からずっと私に声をかけていますけどね」
「そいつぁ俺の愛の深さってもんだ！」
「その愛のお陰で私を名指してくれる殿方が減っているんです。少しは遠慮なさってください」
「俺の愛も罪深いな・・・」
「罪深いですね。いつになったら閻魔様に会ってくださるんでしょう」
さすがゆきおんな、返す言葉も冷たい。
「それにしたって、どうして私なんです？他にも綺麗な人はたくさんいると言うのに。たとえば、ほら、お密とか、おくらとか」
「ぬれおなごのお密か？いやだってあいつの部屋、畳が・・・濡れてるし」
「ああ・・・・・・・・。でもおくらは違うでしょう？」
「ジョロウグモのおくらは裏表がありすぎだろ・・・」
「はあ、選り好みをしすぎな気もしますね」
呆れ顔で溜息を吐くゆきめ。
少し空気が淀んだ気がするので、俺はすかさず話題を変えた。
「しっかしどうだ？こうして間近で見てみると、なかなかどうして俺も結構な色男じゃねえか？」
「・・・まあ、容姿はそこらの殿方よりはいいのでしょうね」
「だろう！よし、そうと決まればさあ床に――」
「お帰りください」
本日二度目のお帰りくださいに、若干心に木枯らしが吹いた気がした。いやだがしかし、こんなところで諦める俺ではない。盗めるのは何も物だけじゃない。乙女の心だって盗んで見せるのが一流の義賊ってもんだ。
「今、乙女の心だって盗んで見せるなんて思ってませんでしたか？」
「ままままままままままま、まっさかそんなわけ、ねねねねねぇだろぃ！？」
「はぁ・・・。あなたなら、もっと良い人も見つかるでしょうに」
「いや、確かに抱いた女は数知れずだが、どうもなんかこう・・・違うと言うかなんというか。この気持ちわかるか？」
と言ったところで、ゆきめの目はなんだか汚物を見るような眼になっていた。・・・何かまずいこと言ったか？
「この節操なし。色欲魔。鼻の下伸ばし。変態。ヒモ。ジゴロ。逸物が三寸ほど縮んでしまいなさい」
「いやまてまてまてまて！！！！そこまで言うか！？」
「抱いた女が数知れずで、私のところにまで通っていると言うことはいったい何人捨ててきたんですか、さあさっさと白状しなさい。すぐにその下半身のきかん坊を凍らせてやります」
ゆきめの目が完全に据わっていた。それだけで本当に下半身の息子は縮み上がった気がする。心なしかいつもより元気が無い。いやそんなことは今はどうでもいい。なんとかしてこの窮地(主に下半身の)を脱しなければならない。
「待ってくれ、こいつあ語ると涙も禁じえない深〜い訳があるんだ！！！」
「・・・本当でしょうね？」
「ああ！勿論だ！まず第一に俺は義賊な訳だ。悪名高い奴らの屋敷に忍び込み、金目のものを盗んでは貧しい奴らに分け与える。そういうことをしていると、当然そういった貧困に苦しんでいる奴らの中には俺を羨望の眼差しで見る奴も出てくる。例えばガキ共なんてのが一番の例だ。俺の真似をしては親に叱られ、とぼとぼと家に帰る。微笑ましい光景じゃねえか。そんな時に実際に俺が目の前に現れてやった時のキラキラとした目と言ったらもうそれを拝むだけで生きていて良かったと感じるくらいだ。
そして次に俺をそんな眼差しで見つめてくるのが、女だ。俺にはひとっっっっつも下心なんてないが、時折俺をあつ〜い熱の篭もった目で見てくる奴がいる。そいつらは大抵親が病気で、俺が撒いた盗んだ財宝で薬を買えたり、あるいは借金を返すことができたりして、俺に恩を感じているような女なんだ。そんな女とふと出会って、求められた時にはもう男としての性には逆らえねえ！そのまま布団に入って汗ばむ夜を過ごして、ああんもっと、凄ぉい、太ぉいなんて声を聞きながらお互い気持ちよく汗を流すわけだ。そうして一時の夢を過ごして俺はさっそうとその場を去っていくんだ。所詮夢は夢、溺れることすら叶わないと言う訳だ。
どうだ、涙も流れてくる、もう垂れ流しになるような話だろ！？」
「垂れ流しになっているのはあなたの子種でしょうがああああああああああああ！！！」
「うごぉおおぉぉおぉう！！！！！」
ゆきめに股間を思いっきり蹴り上げられ、内臓がぐるぐると渦巻くような痛みが俺を襲う。あまりの痛さに俺はしばらく蹲ってその場で湯をかけられた芋虫のように蠕動を繰り返した。こ、こいつこれでも遊女か・・・。
「お、おまえ、遊女でしかも魔物娘ならここだけは狙っちゃいけねぇ場所だろうが・・・」
「死にはしませんし、手加減はしてあげました。あなたにはいい薬です」
「う、うぉおおお、世界が回る・・・・・・・」
実際は二、三人しか情交はしていなかったのだが、それも、どれもかなり真剣な色恋だったのだが、話を盛りすぎたか・・・。
兎も角、この日俺はゆきめの蹴りの苦痛から解放されることなく、一日を過ごしたのだった。魔物娘の力を考えると、使い物にはなっていないあたり、本当に手加減はしてくれたのだろう。そういうところも含めて可愛い奴だ。どうも俺に振り向いてくれることはなさそうだが。
さて、そんな一日が過ぎ去り、次の日。俺は千両箱を抱え、屋根から屋根へと猿のように飛び移り、ある地域を目指していた。ある地域ってのは、勿論、貧困街だ。
そこに辿り着くと、俺は高々といつものように口上を口にする。この口上も必要なことだ。なんせ向こうからしてみれば、俺はいつ現れるかもわからない、神出鬼没の義賊だ。自分達に恵んでくれるものがあると言っても、そいつがいつかわからなくちゃその価値は値千金にもならねえだろう。その機会を逃した時の絶望感は、生半可なものではない。だから、俺はこうして自分が財宝をばら撒く時には大声でそれを知らせる。
「さあさあおめえら、ぼおっと突っ立ってねえで聞きやがれ！！！ここにいるのはいったい誰だ！！？そう、天下の義賊様だ！！！さあさあおめえら、これでぱぁ〜っと美味いもんでも食いやがれい！！！！！貧しいもんが夢を見ちゃいけねえか！？いやそんなことはねえ！！」
口上は長い方がいい。その分騒ぎを聞きつけたやつらが集まって、金銀財宝を手にする機会がほぼ全員にわけられる。遅れる奴を、俺は見放さない。
「貧しい奴にだって夢は必要だ！！！借金があるだあ？シケた面してんじゃねえ！山吹色の菓子なんていやらしい言いかたはしねえぞ！そうらおめえら、受け取りやがれ！！！！」
そう言って、俺は千両箱の中身をぶちまける。弾き出されるようにして飛び出るのは勿論、大判小判！金銀財宝もあるかと思うだろうが、残念ながらそういったものはない。いつまで経っても千両箱の中から飛び出てくるのは大判小判ばかりだった。まあ、これは当たり前だ。俺が全て盗んだ金目のもんは大判小判に換えてある。いや、これはなにも俺の小賢しい悪巧みとかそんなもんがあるんじゃなく、もっと、言うなら夢のない現実味で固めたような理由がある。
もし俺が盗んだ金銀財宝、果ては巻物に壷、掛け軸なんてもんをそのままばら撒いたらどうなる？金銀財宝はまあ、まだ回収する余裕があるかもしれねえが、壷やら掛け軸、巻物なんてもんは酷く手間がかかる。ついでにそういったもんを置く場所にも困るし、なにより、これが一番の理由だが、そういったもんは全部『一度金に換えなきゃ』ならねえ。それは手間でしかねえし、何より貧しい奴がいきなりそんなもんを金に換えてくれときたら怪しいことこの上ねえ。そういった意味で、大判小判なんてのは実に都合がいい。大きさもたかが知れているから持ち運びに苦労なんてしねえし、そのまま使える。
そして、不審に思われても対処のしようがない。財宝、壷、掛け軸みてえなもんは大抵高名な職人が手がけたもので、それを所持する持ち主の名は貧困層は兎も角、金に換えてくれる奴らには知れ渡っていることも少なくない。だが大判小判は話が別だ。
わかりやすい話、わざわざ大判小判にご丁寧に自分の名前を記しておくやつがどこにいるって話だ。
こうしてみると義賊するにも中々それ相応の苦労がいるってもんだから、少しはゆきめの奴も俺を慮ってくれてもいいもんだと思うんだが・・・。
少し虚しい気持ちになりながらも、俺は千両箱の中身をぶちまけていた。
「おう、お邪魔したな」
「また来い。いい話をくれてやるよ」
暖簾を潜り、再び外に出ると、もう夜の帳は深くなっている頃だった。今しがた、無精髭の情報屋から新しい獲物の情報を買って、俺は早くもその情報の中から候補を絞っていた。
こうして自分の行動を省みてみると、つくづく見た目の派手さ、華やかさとは裏腹に、細かい仕事が多いもんだ。実際、盗みよりもそれ以外にするべきことが多すぎる。まあ、だからといって盗みが重要じゃないなんてことは、当然そんなわけないがな。
改めて手渡された紙切れに目を向ける。
俺が聞いたのは勿論のこと、盗まれるような悪事をはたらいている家と、その警備の状況だった。
お代官様の家から武士まで、見ていて世も末と言いたくなるようなもんだ。
そう思いながら、紙切れを眺めていて。
ふと、目が留まった。
「洞窟？悪龍の財宝？」
自分で口にして、さらに続ける。
「何々、龍がこのところ金品財宝を狙っては寺などに襲撃を繰り返し、塒としている洞窟に財宝を溜めている？まあ、これも確かに悪いっちゃあ悪い奴だろうが・・・。おかしいな。龍ってあの龍だよな？」
いくら知識に疎い奴でも、龍くらいは知っている。ここジパングでは神として崇められているような、そんな神聖視されるような魔物だ。雨乞いもしてくれて、水不足の時には特にその有り難さを感じる魔物だが、しかし。
「そんなありがてえ神さんみてえなのが、強奪、襲撃ねえ・・・？俺の今まで耳にしてた話じゃ、温和で献身的で、まさに理想の女房みてえな性格って聞いてたんだが。・・・性格には多少同じ種族でも差が出るって聞いたことはあるが、それにしたってこうも違うもんかねえ？」
奇妙な違和感を感じずにはいられなかった。
「ん？そういえば西方の地じゃあ財宝を集める龍がいるって話があったよな・・・。あれはなんて名前だったっけか・・・」
結局それを思い出すことなく、俺は結論を出した。その洞窟へ向かうという結論を。
もし、財宝がなかったとすればさっさと引き上げればいいだけだし、もし俺を誘き寄せるための罠だったとしても、切り抜けられるだけの準備はしていくつもりだ。
何よりも、もし本当なら人間様が敵いっこない魔物に一泡吹かせてやれるかもしれないと言うのが、面白そうだった。
そうして、好奇心に従順に、洞窟へと繰り出すのだった。
情報屋の情報は正確で(そうでないと困るんだが)すぐに洞窟の場所まで辿り着くことはできた。そう遠くない山の中腹にある場所で、俺はすぐに洞窟を見つけることができた。山登りも大した苦にはならないし、・・・まあ、これは普段見回りの奴らから逃げ回ったりしている日頃の逃走劇のたまものと言える。
洞窟は中々の大きさで、夜の帳もまだまだ深い頃だったので、人を食らおうとする怪物の口にも見えた。その口の中に入るのに怖気づく・・・。なんてことはない。
暗闇は確かに恐怖を感じるだろうが、伊達に義賊をやっちゃいねえ。多少の闇でも俺は目が見える。
そんな訳で、堂々と洞窟に入り、言葉を失った。
「・・・・・・・・」
しばらく進んだ頃だっただろうか、やけに洞窟の中が明るくなってきて、そろそろお天道様が顔を出したのかと思っていたのだが、その明るさはお天道様のものなんかじゃあなかった。
己の存在を誇示するかのように煌く、財宝の数々が放つ光だった。
「こいつぁあ、たまげた」
山のように積み重なる、夥しいほどの財宝に思わず目が眩む。長年義賊をやっていたが、これほどまでの量は滅多にお目にかかれるもんじゃない。
「こりゃあ情報屋の旦那、仕事のしすぎだぜ！！！」
俺は嬉々として風呂敷に財宝をせっせと詰め込むのだった。
そして、気づくべきだった。
財宝がここにあるということは、財宝の持ち主もここにいてもおかしくないということを。そして、その持ち主に出会っていないということを考えるほどの余裕は、この時の俺の頭からは消えていた。さらに気づくべきだったのは、西方の地の魔物の名前だろう。
こうして、俺の運命は決まってしまったようなものだった。
遊郭で豪遊を満喫した俺は、少し千鳥足でふらつきながら夜の道を散策していた。見慣れた場所だが、こうして酔いながら歩くとまた違った風情が見えてくる・・・気がする。
まあ、それよりも別の問題があるからこうして夜道を一人ぶらついているんだが。
言うまでもなく、親が子にしっかりと聞かせているように、夜道は危険だ。暗がりってのは人目につきにくいし、いざ悪漢に襲われ助けを求めたとしても、人目につかなくては意味がない。駆けつけてくれる奴がいたとして、そいつが場所を見つける頼りにするのは声だけだ。あとは精々、提灯の明かりくらいか。
だから、こうして夜道を歩くのは、襲ってくださいと言っているものに近い。
ひっくり返して考えると、悪漢を誘き出すのにも丁度いい。
もっとも、漢かどうかはわからないんだが。
そう、洞窟に盗みに入り、財宝をあらかた盗んで大判小判に換えた次の日から、何か背後に刺し殺してやるという思惟が込められたような視線を感じる。いや十中八九視線の主には心当たりがある。面識は全くないが、心当たりだけはある。
あの財宝の主だろう。
恨みの篭もった視線を浴びながら過ごす日々に堪えかねた俺は、だからこうして少し危うい方法をとっていた。要するに、視線の主を誘き出して、迎撃、もしくは姿を確認して逃げる。
お天道様が出ている天下の大通りで騒ぎはおこせないだろうが、夜ならば話は別だろう。
その目論見通り、背後から不意に声がかけられた。
「おい、そこのお前」
「そいつぁ俺のことかい？ずいぶんと凛々しい声じゃねえか。惚れちまいそうだ」
「減らず口はどうでもいい。おまえ、私の住処から財宝を盗んだな？」
「人違いじゃあねえのかい？」
「空から少しだけ見えたんだよ、洞窟から出て行くお前が。・・・逃げ足の早いやつめ。まさかと思って洞窟を確認して、すぐに追いかけようとしたらもう姿をくらまして」
「義賊が逃げ足遅くてどうすんだよ。長年逃げおおせてきたこの足は伊達じゃねえぜ」
そう言って、俺は声の方向へと振り向く。勿論、突然の一撃を警戒しながらだったが、幸か不幸かそんな攻撃はなかった。
そして、俺はそいつと相対する。
頭部から生えた、やや反り返ったような角。爬虫類のような大きな尻尾に、広げられた翼。そして、甲殻を幾重も重ねて形成されたような、有機的な形の巨大な手足。そして、そんな異形な部位を備えていても美しいとさえ思えてしまう、その姿。
これが、俺と
「この私、ユノから盗みをはたらくとはいい度胸だ。今すぐ私の財宝を返せ」
ユノと名乗るドラゴンとの出会いだった。
なんせ、一寸先は闇なんて言葉が本当に思えたくらいだ。だから盗んで盗んで。
盗んで盗んで盗んで盗んで。
気がつけば、俺が小童から立派な二十歳をちょいと越えたときには、盗めないものはなくなっていた。
そして、十八歳のあたりから俺の行動は変わる。単に盗むだけではなく、盗んだもんの幾つかを、貧しいやつらに与えるようになった。ようするに、義賊ってやつだ。一応、俺の名誉のために明記しておくが、こいつあ下心があってしているわけじゃあねえ。俺と同じような境遇の奴らをほっとけねえだけだった。
そんな訳で、俺ぁ今日も。
「あっはっはっはっは！！！大漁大漁！！！！」
「てめえ待ちやがれ！今日こそお縄につけてやる！！！！」
屋根から屋根へと飛び移り、韋駄天のように走り抜ける。既に辺りは暗いが、それで足元をとられるなんてヘマはするはずがない。伊達に盗みだけを何年もやってるわけじゃあねえからな。
下では見回りの奴らが今日こそ俺をひっ捕らえようと追いかけているが、まあいつものことだ。これも、もうお約束のような光景になっていた。
小脇に風呂敷を抱えて逃げる俺と、それを追う無数の提灯の灯火。だが、その距離は次第に開いていく。当然だな。余裕の笑みを浮かべて完全に見回りを撒こうと思っていた、その時だった。
「いつもと同じではないぞこの大泥棒！」
なんと屋根の上にまで見回りの奴らがいた。なるほど、少しは学習しているらしい。だがこちらとしても捕まってやるつもりなんぞ毛頭ない。なにより捕まったら貧しい奴らはそのまま野垂れ死ぬだけだからな。そいつだけは、御免だ。
「おいおい、言ってるだろう、俺は義賊だ。間違えんじゃねえ！」
「どっちも同じだろうが！盗んでることに変わりはない！」
「かぁ〜、頭の固ぇ奴だなあおい！そんなんだからいつまで経ってもいい相手が見つからねぇんだろが」
そう言って、俺は千両箱を抱えている方とは反対の袖から、そっとそれを取り出す。それは乾いた紙で幾重にも包まれているが、そこからは確かに仄かにツンとくる刺激臭がした。いつだって逃げるときには一つは持ち合わせている、頼もしい相棒だ。
それを目の前に立ちふさがる奴に堂々と見せ付けて俺は叫ぶ。
「ほうれ爆薬だ！早くしねえと吹っ飛んじまうぞ！」
「な、馬鹿よせやめろ！！！」
「そらっ！」
当然爆薬なんかじゃない。そんなことしたら俺が今踏んでる屋根の下はいい迷惑だろうからな。いや、盗みもじゅうぶん迷惑だろうっつう声が聞こえそうだが、そいつは違うと言わせてもらおう。
俺が勢いよく投げたその球体――煙玉――は特別製だった。包んでいる紙は特別火が付きやすい。そして、その煙玉に向かってちょいと火種もぶつけるように投げつければ。
一瞬だけ暗闇に火花がその明かりで存在を強調したのもつかの間、次の瞬間には暗黒と表現しても生ぬるいほどの黒煙が辺りを包んだ。この煙の中で目の自由が利くのは俺だけだろう。・・・とは言え、これってやっぱり下の家にも煙いくよなあ・・・。やっぱりここら辺でこの相棒とはおさらばして、もっと奇天烈で見栄えのいいもんにするべきかもしれねえ。
そんなことを考えながら、俺は文字通り煙に巻いて、撒いてその場を後にした。
さて、見回りを撒いたところで早速盗んだもんを貧しい奴らに与えるのかと言えば、そうじゃあない。なんせ盗んだブツがブツだし、見回りも目を光らせている時からまた姿を現すのは、自分からお縄につきたいと言ってるもんだ。だから、盗んでも数日は貧しい奴らには我慢してもらうことになる。その間、俺が何をやっているのかと言うと。
「よお！ゆきめ、抱きにきたぜ！」
ある遊郭にぶらりと遊びに行く。いや、これは男ならわかってもらうと思うが、正義を貫くためには多少の遊びくらいしたいもんだ。な？・・・俺だけだろうか。
「相変わらず別嬪さんだなあ。今日こそ抱かせてもらえるんだろ？」
「お帰りくださいな」
「いや早えよ！せめてもうちょい悩もうぜ！」
「あなたがもう少し好みでしたら悩みましたね」
「なんなら煙管の煙を俺の顔にかけるだけでいい！」
「可愛がってくれなんて合図をあなたにするくらいなら、この格子を蹴り飛ばして逃げます」
この遊女なのに客への扱いがなってない奴はゆきめと言う。容姿だけなら傾城すら容易いほどだろうと思うが、なにぶんその性格がきつい。何度会っても抱かせてくれねえ。これはきっと俺だけじゃないはずだ。きっとそうだ。そう思わないと少し心が折れそうだ。もしくはゆきおんなならではの、冷たさというもんだろう。いや、あれは体温の話だったか？・・・これ以上考えるのはよそう。甲高い音を立てて心が壊れそうだ。
「もう五回も会ってるんだぜ、ちったあ愛想よくしてくれたっていいじゃねえか」
「ええ、『夜』に会うのは五回目ですね。・・・あなたは昼は格子の外からずっと私に声をかけていますけどね」
「そいつぁ俺の愛の深さってもんだ！」
「その愛のお陰で私を名指してくれる殿方が減っているんです。少しは遠慮なさってください」
「俺の愛も罪深いな・・・」
「罪深いですね。いつになったら閻魔様に会ってくださるんでしょう」
さすがゆきおんな、返す言葉も冷たい。
「それにしたって、どうして私なんです？他にも綺麗な人はたくさんいると言うのに。たとえば、ほら、お密とか、おくらとか」
「ぬれおなごのお密か？いやだってあいつの部屋、畳が・・・濡れてるし」
「ああ・・・・・・・・。でもおくらは違うでしょう？」
「ジョロウグモのおくらは裏表がありすぎだろ・・・」
「はあ、選り好みをしすぎな気もしますね」
呆れ顔で溜息を吐くゆきめ。
少し空気が淀んだ気がするので、俺はすかさず話題を変えた。
「しっかしどうだ？こうして間近で見てみると、なかなかどうして俺も結構な色男じゃねえか？」
「・・・まあ、容姿はそこらの殿方よりはいいのでしょうね」
「だろう！よし、そうと決まればさあ床に――」
「お帰りください」
本日二度目のお帰りくださいに、若干心に木枯らしが吹いた気がした。いやだがしかし、こんなところで諦める俺ではない。盗めるのは何も物だけじゃない。乙女の心だって盗んで見せるのが一流の義賊ってもんだ。
「今、乙女の心だって盗んで見せるなんて思ってませんでしたか？」
「ままままままままままま、まっさかそんなわけ、ねねねねねぇだろぃ！？」
「はぁ・・・。あなたなら、もっと良い人も見つかるでしょうに」
「いや、確かに抱いた女は数知れずだが、どうもなんかこう・・・違うと言うかなんというか。この気持ちわかるか？」
と言ったところで、ゆきめの目はなんだか汚物を見るような眼になっていた。・・・何かまずいこと言ったか？
「この節操なし。色欲魔。鼻の下伸ばし。変態。ヒモ。ジゴロ。逸物が三寸ほど縮んでしまいなさい」
「いやまてまてまてまて！！！！そこまで言うか！？」
「抱いた女が数知れずで、私のところにまで通っていると言うことはいったい何人捨ててきたんですか、さあさっさと白状しなさい。すぐにその下半身のきかん坊を凍らせてやります」
ゆきめの目が完全に据わっていた。それだけで本当に下半身の息子は縮み上がった気がする。心なしかいつもより元気が無い。いやそんなことは今はどうでもいい。なんとかしてこの窮地(主に下半身の)を脱しなければならない。
「待ってくれ、こいつあ語ると涙も禁じえない深〜い訳があるんだ！！！」
「・・・本当でしょうね？」
「ああ！勿論だ！まず第一に俺は義賊な訳だ。悪名高い奴らの屋敷に忍び込み、金目のものを盗んでは貧しい奴らに分け与える。そういうことをしていると、当然そういった貧困に苦しんでいる奴らの中には俺を羨望の眼差しで見る奴も出てくる。例えばガキ共なんてのが一番の例だ。俺の真似をしては親に叱られ、とぼとぼと家に帰る。微笑ましい光景じゃねえか。そんな時に実際に俺が目の前に現れてやった時のキラキラとした目と言ったらもうそれを拝むだけで生きていて良かったと感じるくらいだ。
そして次に俺をそんな眼差しで見つめてくるのが、女だ。俺にはひとっっっっつも下心なんてないが、時折俺をあつ〜い熱の篭もった目で見てくる奴がいる。そいつらは大抵親が病気で、俺が撒いた盗んだ財宝で薬を買えたり、あるいは借金を返すことができたりして、俺に恩を感じているような女なんだ。そんな女とふと出会って、求められた時にはもう男としての性には逆らえねえ！そのまま布団に入って汗ばむ夜を過ごして、ああんもっと、凄ぉい、太ぉいなんて声を聞きながらお互い気持ちよく汗を流すわけだ。そうして一時の夢を過ごして俺はさっそうとその場を去っていくんだ。所詮夢は夢、溺れることすら叶わないと言う訳だ。
どうだ、涙も流れてくる、もう垂れ流しになるような話だろ！？」
「垂れ流しになっているのはあなたの子種でしょうがああああああああああああ！！！」
「うごぉおおぉぉおぉう！！！！！」
ゆきめに股間を思いっきり蹴り上げられ、内臓がぐるぐると渦巻くような痛みが俺を襲う。あまりの痛さに俺はしばらく蹲ってその場で湯をかけられた芋虫のように蠕動を繰り返した。こ、こいつこれでも遊女か・・・。
「お、おまえ、遊女でしかも魔物娘ならここだけは狙っちゃいけねぇ場所だろうが・・・」
「死にはしませんし、手加減はしてあげました。あなたにはいい薬です」
「う、うぉおおお、世界が回る・・・・・・・」
実際は二、三人しか情交はしていなかったのだが、それも、どれもかなり真剣な色恋だったのだが、話を盛りすぎたか・・・。
兎も角、この日俺はゆきめの蹴りの苦痛から解放されることなく、一日を過ごしたのだった。魔物娘の力を考えると、使い物にはなっていないあたり、本当に手加減はしてくれたのだろう。そういうところも含めて可愛い奴だ。どうも俺に振り向いてくれることはなさそうだが。
さて、そんな一日が過ぎ去り、次の日。俺は千両箱を抱え、屋根から屋根へと猿のように飛び移り、ある地域を目指していた。ある地域ってのは、勿論、貧困街だ。
そこに辿り着くと、俺は高々といつものように口上を口にする。この口上も必要なことだ。なんせ向こうからしてみれば、俺はいつ現れるかもわからない、神出鬼没の義賊だ。自分達に恵んでくれるものがあると言っても、そいつがいつかわからなくちゃその価値は値千金にもならねえだろう。その機会を逃した時の絶望感は、生半可なものではない。だから、俺はこうして自分が財宝をばら撒く時には大声でそれを知らせる。
「さあさあおめえら、ぼおっと突っ立ってねえで聞きやがれ！！！ここにいるのはいったい誰だ！！？そう、天下の義賊様だ！！！さあさあおめえら、これでぱぁ〜っと美味いもんでも食いやがれい！！！！！貧しいもんが夢を見ちゃいけねえか！？いやそんなことはねえ！！」
口上は長い方がいい。その分騒ぎを聞きつけたやつらが集まって、金銀財宝を手にする機会がほぼ全員にわけられる。遅れる奴を、俺は見放さない。
「貧しい奴にだって夢は必要だ！！！借金があるだあ？シケた面してんじゃねえ！山吹色の菓子なんていやらしい言いかたはしねえぞ！そうらおめえら、受け取りやがれ！！！！」
そう言って、俺は千両箱の中身をぶちまける。弾き出されるようにして飛び出るのは勿論、大判小判！金銀財宝もあるかと思うだろうが、残念ながらそういったものはない。いつまで経っても千両箱の中から飛び出てくるのは大判小判ばかりだった。まあ、これは当たり前だ。俺が全て盗んだ金目のもんは大判小判に換えてある。いや、これはなにも俺の小賢しい悪巧みとかそんなもんがあるんじゃなく、もっと、言うなら夢のない現実味で固めたような理由がある。
もし俺が盗んだ金銀財宝、果ては巻物に壷、掛け軸なんてもんをそのままばら撒いたらどうなる？金銀財宝はまあ、まだ回収する余裕があるかもしれねえが、壷やら掛け軸、巻物なんてもんは酷く手間がかかる。ついでにそういったもんを置く場所にも困るし、なにより、これが一番の理由だが、そういったもんは全部『一度金に換えなきゃ』ならねえ。それは手間でしかねえし、何より貧しい奴がいきなりそんなもんを金に換えてくれときたら怪しいことこの上ねえ。そういった意味で、大判小判なんてのは実に都合がいい。大きさもたかが知れているから持ち運びに苦労なんてしねえし、そのまま使える。
そして、不審に思われても対処のしようがない。財宝、壷、掛け軸みてえなもんは大抵高名な職人が手がけたもので、それを所持する持ち主の名は貧困層は兎も角、金に換えてくれる奴らには知れ渡っていることも少なくない。だが大判小判は話が別だ。
わかりやすい話、わざわざ大判小判にご丁寧に自分の名前を記しておくやつがどこにいるって話だ。
こうしてみると義賊するにも中々それ相応の苦労がいるってもんだから、少しはゆきめの奴も俺を慮ってくれてもいいもんだと思うんだが・・・。
少し虚しい気持ちになりながらも、俺は千両箱の中身をぶちまけていた。
「おう、お邪魔したな」
「また来い。いい話をくれてやるよ」
暖簾を潜り、再び外に出ると、もう夜の帳は深くなっている頃だった。今しがた、無精髭の情報屋から新しい獲物の情報を買って、俺は早くもその情報の中から候補を絞っていた。
こうして自分の行動を省みてみると、つくづく見た目の派手さ、華やかさとは裏腹に、細かい仕事が多いもんだ。実際、盗みよりもそれ以外にするべきことが多すぎる。まあ、だからといって盗みが重要じゃないなんてことは、当然そんなわけないがな。
改めて手渡された紙切れに目を向ける。
俺が聞いたのは勿論のこと、盗まれるような悪事をはたらいている家と、その警備の状況だった。
お代官様の家から武士まで、見ていて世も末と言いたくなるようなもんだ。
そう思いながら、紙切れを眺めていて。
ふと、目が留まった。
「洞窟？悪龍の財宝？」
自分で口にして、さらに続ける。
「何々、龍がこのところ金品財宝を狙っては寺などに襲撃を繰り返し、塒としている洞窟に財宝を溜めている？まあ、これも確かに悪いっちゃあ悪い奴だろうが・・・。おかしいな。龍ってあの龍だよな？」
いくら知識に疎い奴でも、龍くらいは知っている。ここジパングでは神として崇められているような、そんな神聖視されるような魔物だ。雨乞いもしてくれて、水不足の時には特にその有り難さを感じる魔物だが、しかし。
「そんなありがてえ神さんみてえなのが、強奪、襲撃ねえ・・・？俺の今まで耳にしてた話じゃ、温和で献身的で、まさに理想の女房みてえな性格って聞いてたんだが。・・・性格には多少同じ種族でも差が出るって聞いたことはあるが、それにしたってこうも違うもんかねえ？」
奇妙な違和感を感じずにはいられなかった。
「ん？そういえば西方の地じゃあ財宝を集める龍がいるって話があったよな・・・。あれはなんて名前だったっけか・・・」
結局それを思い出すことなく、俺は結論を出した。その洞窟へ向かうという結論を。
もし、財宝がなかったとすればさっさと引き上げればいいだけだし、もし俺を誘き寄せるための罠だったとしても、切り抜けられるだけの準備はしていくつもりだ。
何よりも、もし本当なら人間様が敵いっこない魔物に一泡吹かせてやれるかもしれないと言うのが、面白そうだった。
そうして、好奇心に従順に、洞窟へと繰り出すのだった。
情報屋の情報は正確で(そうでないと困るんだが)すぐに洞窟の場所まで辿り着くことはできた。そう遠くない山の中腹にある場所で、俺はすぐに洞窟を見つけることができた。山登りも大した苦にはならないし、・・・まあ、これは普段見回りの奴らから逃げ回ったりしている日頃の逃走劇のたまものと言える。
洞窟は中々の大きさで、夜の帳もまだまだ深い頃だったので、人を食らおうとする怪物の口にも見えた。その口の中に入るのに怖気づく・・・。なんてことはない。
暗闇は確かに恐怖を感じるだろうが、伊達に義賊をやっちゃいねえ。多少の闇でも俺は目が見える。
そんな訳で、堂々と洞窟に入り、言葉を失った。
「・・・・・・・・」
しばらく進んだ頃だっただろうか、やけに洞窟の中が明るくなってきて、そろそろお天道様が顔を出したのかと思っていたのだが、その明るさはお天道様のものなんかじゃあなかった。
己の存在を誇示するかのように煌く、財宝の数々が放つ光だった。
「こいつぁあ、たまげた」
山のように積み重なる、夥しいほどの財宝に思わず目が眩む。長年義賊をやっていたが、これほどまでの量は滅多にお目にかかれるもんじゃない。
「こりゃあ情報屋の旦那、仕事のしすぎだぜ！！！」
俺は嬉々として風呂敷に財宝をせっせと詰め込むのだった。
そして、気づくべきだった。
財宝がここにあるということは、財宝の持ち主もここにいてもおかしくないということを。そして、その持ち主に出会っていないということを考えるほどの余裕は、この時の俺の頭からは消えていた。さらに気づくべきだったのは、西方の地の魔物の名前だろう。
こうして、俺の運命は決まってしまったようなものだった。
遊郭で豪遊を満喫した俺は、少し千鳥足でふらつきながら夜の道を散策していた。見慣れた場所だが、こうして酔いながら歩くとまた違った風情が見えてくる・・・気がする。
まあ、それよりも別の問題があるからこうして夜道を一人ぶらついているんだが。
言うまでもなく、親が子にしっかりと聞かせているように、夜道は危険だ。暗がりってのは人目につきにくいし、いざ悪漢に襲われ助けを求めたとしても、人目につかなくては意味がない。駆けつけてくれる奴がいたとして、そいつが場所を見つける頼りにするのは声だけだ。あとは精々、提灯の明かりくらいか。
だから、こうして夜道を歩くのは、襲ってくださいと言っているものに近い。
ひっくり返して考えると、悪漢を誘き出すのにも丁度いい。
もっとも、漢かどうかはわからないんだが。
そう、洞窟に盗みに入り、財宝をあらかた盗んで大判小判に換えた次の日から、何か背後に刺し殺してやるという思惟が込められたような視線を感じる。いや十中八九視線の主には心当たりがある。面識は全くないが、心当たりだけはある。
あの財宝の主だろう。
恨みの篭もった視線を浴びながら過ごす日々に堪えかねた俺は、だからこうして少し危うい方法をとっていた。要するに、視線の主を誘き出して、迎撃、もしくは姿を確認して逃げる。
お天道様が出ている天下の大通りで騒ぎはおこせないだろうが、夜ならば話は別だろう。
その目論見通り、背後から不意に声がかけられた。
「おい、そこのお前」
「そいつぁ俺のことかい？ずいぶんと凛々しい声じゃねえか。惚れちまいそうだ」
「減らず口はどうでもいい。おまえ、私の住処から財宝を盗んだな？」
「人違いじゃあねえのかい？」
「空から少しだけ見えたんだよ、洞窟から出て行くお前が。・・・逃げ足の早いやつめ。まさかと思って洞窟を確認して、すぐに追いかけようとしたらもう姿をくらまして」
「義賊が逃げ足遅くてどうすんだよ。長年逃げおおせてきたこの足は伊達じゃねえぜ」
そう言って、俺は声の方向へと振り向く。勿論、突然の一撃を警戒しながらだったが、幸か不幸かそんな攻撃はなかった。
そして、俺はそいつと相対する。
頭部から生えた、やや反り返ったような角。爬虫類のような大きな尻尾に、広げられた翼。そして、甲殻を幾重も重ねて形成されたような、有機的な形の巨大な手足。そして、そんな異形な部位を備えていても美しいとさえ思えてしまう、その姿。
これが、俺と
「この私、ユノから盗みをはたらくとはいい度胸だ。今すぐ私の財宝を返せ」
ユノと名乗るドラゴンとの出会いだった。
13/09/08 09:16更新 / 綴
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