読切小説
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キミへ贈る物語。あなたを想う涙


 声が聞こえる。
 しくしくと涙を流す女の声だ。

 僕は目を覚まして緩慢に身を起こした。部屋の中は薄暗く、窓から差し込む白い月の光だけがぼんやりと世界を照らしている。
 今夜も月が綺麗だ。僕は腰を曲げベッドの上に座り治す。

「げほっ、ごほっ。ぐっ……、はぁ、はぁ……!」

 それだけのことで僕は激しく咳き込んだ。
 喉の奥が痛む。息が苦しい。前よりもずっと身体は重くて、疲れるようになってきている。
 僕はひたすら咳をする。それしか知らない赤子のように、病んだ肺腑から空気を吐き戻す。

 その丸まった背中に、冷たく柔らかいものが触れた。
 この感触は知っている。彼女が背中を擦ってくれているのだ。
 ゆっくりと丁寧に、痩せた背中を寝間越しに指が這う。
 なんともまあ、心地よく甘美な刺激なのだろうか。

「ごほっ……がはっ。……はぁ。あ、ありがとう、マルグリットさん。おかげで随分楽になったよ」

 喋れるようになった僕は、ベッドの脇に佇んでいた彼女に目を向ける。
 夜の闇のような黒いドレスに、烏の尾羽根に似た長い黒い髪。銀月を思わせる美しい白い肌、細い指先を僕からそっと離して、マルグリットさんは目を伏せた。

「……いえ。私にはこのくらいしか、できませんから」

 閉じた彼女の瞳から涙が零れ落ちる。
 ガラスの窓から差し込んでいた月の光が涙の中に入り込む。
 すると雫はキラキラ輝いて、まるで金剛石のような光を放った。思わず見惚れてしまう、目を惹く美しさだ。

「そんな謙遜をしないでくれ。貴方には本当に感謝しているんだ。貴方に出会わなければ、貴方が僕のこの部屋に来てくれなかったら。僕はもっと早く退屈で死んでしまっていただろさ」

 冗談めかしてそう言うと、マルグリットさんはぽろぽろ泣き出してしまった。
 大粒の涙が頬を伝って零れ落ちる。しまった、ジョークにしては品が無かったか。
 いやそもそもジョークに聞こえなかったのかも知れない。僕は自分のセンスの無さにため息を吐いた。

「……ごめん、変なことを言った。許してくれ。僕はあんまり冗談を言うのが上手くないんだ」

「うぅ、ぐすっ。ああ、違うのです。この涙は、その嬉しくて。私のような女に会えた事を、あなたが感謝してくれたから……」

 涙を流しながらマルグリットさんが言う。
 なるほど、嬉し泣きだったらしい。大層な事は言ってないのだが。やはり彼女は随分と涙脆い性格のようだ。

「ははは……。僕の言葉にそこまで感激してくれるとは。嬉しいよ、マルグリットさん」

「……ああ、また、そのようなことを……。うぅ、うぅぅ……。ごめんなさい。あなたの前だと、どうしても堪えきれなくて……」

 マルグリットさんは啜り泣く。
 科をつくり指先で涙を拭う彼女の姿はなんとも色っぽかった。こんな身体じゃなかったら、押し倒してしまっているかも知れない。

 マルグリットさんは目が覚めるような美人であった。
 悩ましげに下がった目尻。薄い色の唇。
 長く細い手足と、しかして豊満な女性の魅力に満ちた身体つきは、見る男すべての視線を奪うことだろう。
 彼女はとても素敵で、愛らしく。美しい女性だ。

 僕は、彼女のことが好きだった。
 その全てを愛していた。できれば、彼女を独占したかった。
 この部屋で一日中、その身体を抱き締めていたい。ずっとずっと離れずに、側にいて欲しい。

 けれど、それは。抱いてはいけない願望だ。こんな身体じゃ、彼女を幸せにしてあげられない。彼女にいらぬ不幸を背負わせてしまう。
 だから僕はそんな気持ちを押し殺して、彼女に笑顔を向ける。

「ああ、そうだ。マルグリットさん。またキミに話したい物語があるんだけれど……。よかったらいつものように聞いていってくれないかい?」

 僕が尋ねるとマルグリットさんは静かに頷きを返してきてくれた。
 あの日。あの満月の夜。
 彼女と出会った日から続いている朗読劇。僕がただ拙い語りをするだけの、粗末なもの。
 けれど彼女はたいそう喜んで、毎回真剣に聞き入ってくれる。
 僕はそんな彼女を見て、心がじんわりと温かくなる。いい気になって話を続ける。

 今宵もそれは変わらない。
 僕は立っている彼女をベッドの縁に座らせて、咳払いをする。
 頭の中に詰まっている読んだ本の中身を反芻して、彼女が楽しんでくれそうなものを探す。
 と、一つ。良さそうなものを思い出した。
 僕は涙を拭う彼女に少しだけ近づいて、話を始めた。

「ではでは。今宵も一席、お付き合い頂きたましょう。これはとある男女の、心温まる恋の話。誰もが羨む大団円。ハッピーエンドなお話にて。夜の無聊を慰めたいと思います──」

 朗々、語り始めた僕の顔を、彼女の潤んだ瞳がじっと見据える。
 僕もまた、彼女の顔を見つめながら、空想の世界に想いを馳せた。

 物語はありきたりなラブストーリーだ。
 一人の男が美しい女に恋をして、女もまた男の純心に惹かれて恋に堕ちる。
 想いが通じ合った二人には、沢山の障害や厳しい現実、時に邪悪な魔物ですら壁となって立ちはだかるが、彼らは決して折れず、諦めず、戦い続ける。
 そうして最後は、温かな光の中で結ばれる。という筋書きだ。

 以前暇を潰す為に読んだ恋愛小説の内容を、僕はつらつら彼女に語る。

 マルグリットさんはその物語に驚いたり、涙したり、結末を心から喜んでくれたり、聞き手として百点満点の反応をしてくれた。

「──と、いうところで。この物語はおしまいとなります。長い時間ご静聴、誠にありがとうございました」

 はぁ、と身体にこもった熱を吐き出す。
 疲労が身体に溜まっている。けれどその倦怠感も心地よい。

 マルグリットさんはぽろぽろと、感動の涙を流していた。

「うううっ……! よ、よかったです。ほんとうに、二人が幸せにしてなれてぇ。うう、ううぅ……」

「いやぁ、そこまで感動してくれるなんて。本当に語り甲斐があるね、マルグリットさんは」

 ハンカチで涙を拭うマルグリットさんの姿を僕は温かな気持ちで見守る。それは僕の数少ない至福のときだ。

 ああ、ずっと。
 こうしていられたらいいのに。
 でも、それは叶わぬ夢だ。窓越しの白んできた朝の空を見て、僕は言う。

「……そろそろ、夜が明けるみたいだ」

 マルグリットさんは顔を上げ、涙を拭いながら答えた。

「……そう、ですか。では、今宵はこれで失礼します」

 彼女は立ち上がると窓辺に向かって歩き出す。
 マルグリットさんは夜がふけた頃にやってきて、朝が明ける前に去っていく。その理由はわからない。僕も引き留めることもしなかった。

「マルグリットさん。また、来てくれるかい?」

 僕は尋ねた。マルグリットさんは微笑をたたえて振り返り僕を見た。

「ええ、必ず。またマイロ様のお話を聞かせてください」
 
 ふわりと開け放たれた窓から風が吹き込む。
 白いカーテンが舞って、その後ろに隠れた彼女の姿は、いつの間にか消えていた。
 最初から世界に彼女など存在しなかったかのように、あっさりと静かにいなくなった。
 
 まるで夢でも見ていたようだ。彼女の全ては僕の脳内から生み出された幻想なのかも知れない。
 まあでも、細った身体の病人が最後に見る夢が彼女であるなら上等か。

 僕は一つ咳をする。口元を押さえた手のひらには、いつものように赤い血が広がっていた。

「……夢ならば最後まで、覚めないで欲しいもんだね」

 どうやら、もう。
 永く夢を見ていることすら、僕には難しいようだ。
 ハッピーエンドは、夢想の中にしか無いのだから。




 ●●●



 僕は幼い頃から身体が弱かった。
 物心ついたときにはもう起きて遊んでいるよりも、ベッドで寝ている時間の方が長かった記憶がある。
 両親はそんな僕を心配して、その病弱を治そうと色々尽くしてくれた。
 高い薬を飲ませてくれたり、名医と呼ばれる先生のもとに足繁く通ったり、時には回復魔法を使ってみたり、彼らは必死に僕を助けようとしてくれた。

 けれどその全ては徒労に終わり、僕の身体はついに、動くことすらままならなくなった。
 少しでも運動すれば肺が悲鳴を上げ咳き込み、酷いときには吐血するまで終わらない。そんな身体じゃベッドの上から動けるはずもなく。僕はとうとう一日を寝床の中で過ごすしかなくなってしまった。

 父はそれでも諦めず、治療の手を探し回ってくれた。
 母はやせ細る僕の手を握って、励まし続けてくれた。
 二人は僕の病が治るようにと、毎日神に祈ってくれた。

 でも、彼らの祈りは届かなかった。
 僕の病は日に日に悪くなり、命は少しずつ削られていった。
 もう長くは無いだろう。僕の主治医は肩を落としながらそう言った。

 父は静かに涙を流し、僕の身体を抱きしめた。
 健康に産んであげられなくてごめんなさい。と、母は一層咽び泣いた。

 僕は二人の手を握った。
 こんな自分に尽くしてくれて、ありがとう。恩を返してあげられなくて、ごめんなさい。そう言って二人を労った。

 その時、僕の目から涙は出なかった。
 二人に対する感謝と負い目はあれど、悲しくは無かったから、だと思う。
 僕の身近にはずっと死の影があった。だからいつか、そう遠くない内に終わりは来るだろうと感じていた。

 絶望には慣れている。苦痛も、悲しみも、僕は親しみすら覚えるほど、嫌というほど味わっていた。

 僕の涙はとうに枯れていた。
 悲しみも喜びも、僕の目を潤ませることは無い。意味が無い。僕はこのまま、なにも出来ないまま、死ぬのだから。

 絶望と倦怠の中。僕は覚めぬ眠りが来る日を、ただじっと待っていた。
 そんなある日、僕は彼女に出会った。

 何よりも美しく、儚く、愛しい彼女に。
 僕は、瞳を、心を。奪われた




 ●●●



 
 月が、窓の外に浮かんでいる。
 薄っすらと光を放つ、爪の先のような細い三日月だ。もうすぐ新月の夜が来るらしい。

 きい、と音を立てて窓が開いた。
 冷たい夜風が頬を撫でる。薄らぐ意識で視線を向けると、そこにはマルグリットさんがいた。

「やぁ、こんばんは。今日も、来てくれたんだ、ね」

 言葉を紡ぐ、そんな事すら難しい。
 僕はベッドに横たわったまま、彼女の白い顔を見上げる。

「はい、マイロ様。……今宵伺うのは迷惑と思いましたが、どうしても貴方に会いたくなってしまって」 

 僕の名前を呼びながら、マルグリットさんは手を握ってくれた。
 いつもはひんやりと冷たい彼女の肌が、今日は妙に温かかった。

「それは、嬉しいね。僕もマルグリットさんに、会いたかったんだ」

 動きの鈍い顔の筋肉をなんとか動かし、笑顔を作る。
 マルグリットさんはいつものように涙の雫を目に溜めていた。
 
「……マルグリットさん、僕はね。どうも、長くないらしい」
 
「…………」

「お医者様が言うには、あと三日保つかどうか、だって」

 僕は自分の命が尽きそうなことをマルグリットさんに伝えた。
 たぶん、僕は次の朝日を見ることはできないだろう。なんとなく、わかってしまう。
 これが彼女との最後の時になる、と。

 だからお別れを言わなくちゃいけない。
 僕は震える唇を開いた。蚊の鳴くような細い声しか出ないけれど、それでも彼女に届くように、命を込める。

「マルグリットさん、ありがとう。僕は、キミと出会えて。本当に、幸せだった」

 言葉は、嘘偽りの無い僕の本心だった。
 痛みと悲しみと退屈しかなかった僕の世界を彼女が壊してくれた。
 あの夜。閉じられていたガラスの窓が開いて、夜風になびくカーテンの間から、袖幕を飛び出す歌姫のようにマルグリットさんは現れて、僕の心を虜にした。

 一目惚れだった。
 美しい彼女の姿は、涙は、僕に生きる喜びを与えてくれた

「僕の話を聞いてくれて、ありがとう。僕の手を握ってくれて、ありがとう」

 声が生まれる度、彼女との短い思い出が蘇る。
 最初は、流石に僕も困惑した。突然現れて、しくしく枕元でただ泣いているだけなんだもの。気がおかしくなった人にしか見えなかったし、ちょっと怖かった。

 けれど段々、彼女の涙が僕の為に流されているのだと、その細い声を聞いている内に理解が及んできた。
 彼女は僕の境遇を知って、側で見守る為に来てくれた。僕の話し相手になってくれる、そんな優しい人であるとわかった。

 だから僕は色々な話をした。
 外を出歩いた経験は殆ど無いけれど、本を読み物語を得る機会は多かった。
 日がなベッドの上で過ごさねばならない僕の退屈を慮って、両親は本をよく買ってくれて、僕はそれを読み漁って終わりのない苦痛の日々を耐えていた。

 僕は今まで読んだ物語を思い出し、その内容を朗読した。時には詩歌を諳んじたり、取り留めのない会話をしたり、僕は持っているものを全部吐き出すように、マルグリットさんへ言葉を浴びせた。

 それは殆ど一方的な、自慰行為のようなものだったと思う。
 僕の両親ですら辟易しそうな言葉の洪水を、マルグリットさんは静かに、そしてとてもきちんと聞いてくれた。

「僕は、とっても楽しかった。僕の語った物語にキミが涙して、聞き入ってくれたから。すごく、嬉しかったんだよ」

「私はマイロ様のお話が大好きですよ。もっともっと、聞いていたいと。そう、心から思っいます」

「はは、それは。うれしいなぁ……」

 ぽつり、とマルグリットさんの黒い瞳から涙がこぼれた。温かな雫が、僕の頬も濡らす。
 
「それならもっと、色々聞かせてあげたかった。砂漠を旅する、冒険譚。勇者が世界を救う、希望に満ちたお話。聞いたら思わず吹き出してしまう、愉快な寓話。もっと、もっと、キミに。楽しんで、ほしかった」

 喉の奥が痺れ、ぜえぜえと喘ぐような呼吸になってきた。声が出ない。息を吐く度、胸に痛みが走る。
 こんな時くらい、言うことを聞いてくれればいいのに。自分の身体に苛立ちを覚える。

 そんな僕の手をマルグリットさんの指が優しく包みこんだ。
 あたたかくて、やわらかくて、とても気持ちが安らぐ感触だ。

「マイロ様。どうか、焦らずに。ゆっくりで構いません。私はずっとあなたのお傍にいますから。ですから、どうか。心ゆくまであなたのお話を、私に聞かせてください」

 涙で濡れた顔でマルグリットさんは笑った。その顔はとても綺麗で見惚れてしまう。
 痛みはすっかり無くなっていた。
 僕は霞む視界で彼女の顔を見上げながら言葉を続ける。最後まで、悔いが残らないように。

「僕は、キミともっと一緒にいたかった。一緒に外に出て、湖畔を散歩して、街の喧騒に耳を傾けて、静かな夜に語らいたかった」

「ああ、それはとても。とても楽しいでしょう。聞いているだけで、胸が躍ります」

「二人で、旅行にいくのも、いいかもね。竜王国、水の都、霧の大陸、火の国。行きたい場所は、たくさんある。見たい景色も、いっぱいだ」

「ええ、ええ。あなたと二人なら、どこへでも。ずっと離れずお付き合いしますよ」

「……父さんや母さんにも、恩返ししないと。僕のためにお金も、時間も、労力も。たくさん、使ってくれた。だからお礼に僕もお金を稼いで、時間使って、たくさん親孝行をしなくちゃ。キミのことも、紹介していいかい?」

「もちろん。マイロ様のご両親なら、とても良い方々なのでしょうね。……お会いするのが楽しみです」

 意識が、薄らいでいく。
 痛みはない、恐怖も無い。ただ深い闇の底へ身体が、心が、魂が。ゆっくりと落ちていく。

「マルグリット、さん」

 僕は、最後に残ったモノを吐き出すように。言葉を紡いだ。

「僕は、キミが。──ずっと、好きだった。初めて見た、あの日から。ずっと」
 
 それは、言わないで逝こうと思っていた言葉だった。
 黙って、一人で死ぬつもりだったのに。
 最後まで夢を見て、消えていくつもりだったのに。
 気づけば僕は、偽らざる想いを口に出していた。

「──私も。あなたが、好きです。一目見た時からずっと、ずっと。お慕いしておりました」

 マルグリットさんが、僕の頬を撫でた。
 温かい。ならばきっと夢じゃない。

 よかった。僕の人生は最後まで、しあわせだった。
 いろんな人に想われて、一番好きな人に見送られるのだから。

 どんな不幸も、苦痛も。これで全て、報われてしまった。勝手ながらそう思う。

「ああ、そうか。それは、とっても。うれしいよ、マルグリットさん。キミのことを、愛してる」

 重い目蓋を閉じて。
 僕は深い眠りについた。
 その唇にそっと、温かなモノが触れた。

「マイロ様。どうか、安らかにお眠りください。私が、わたしが……──」

 もう、なにもきこえない。
 なにも、かんじない。

 ああ、ぼくは。
 しんだ、のか。

 ああ、ちくしょう。かみさまの、ばか。
 ぼくはもっと、生きて、いたかったのに。





 ●●●




 あたまが、いたい。
 からだが、あつい。


「──ああ、ああっ。……やって、しまった。けれど。でも、……だって! あんなの、無理です……! あんなっ、言葉を残して! 私の心を、こんなに熱くさせて! 死ぬなんて……。そんなの、いけませんよ、マイロ様」

 ぼくは、だれだ?
 ここは、どこだ?

「マイロ様。マイロさま。ああ、私の大好きなあなた。愛しいあなた。私はここです。ここにいますよ」

 だれか、いる。あれは、マル、グリット。
 ぼくの、すきなひと。あいしてる、ひと。
 また、ないている。なみだを、こぼしている。

「私は耐えられなかったのです。あなたのいない世界など、そんなものに意味はありません。だから私はあなたの墓を暴き、涙を流しました。ずっと、ずっと一緒にいられるように。願いました。──それがあなた方の禁忌に触れると、知っていたのに」

 ぼくは、かのじょに、あるいてく。
 どんどん、ちかづいて、いく。

「どのような罰でも受けましょう。あなたに嫌われようと、憎まれようと、構いません。ですからどうか、もう一度。あの声で、あの優しい声で、私に話しかけてください」

 ぼくは、かのじょに、てをのばした。
 ゆびが、やわらかい、はだにくいこむ。

「──はぁ、んっ。ああ、そう、です。そうやって強く、握って、噛みついて。んっ、んん……」

 ゆびが、くちが、かってにうごく。
 どんどん、からだが、あつくなる。

「あぁっ、はぁ……。私は、罰を受けなくては、ならないのに……。あなたに触れられると、昂ってしまいます。子宮が疼いて、熱くなって……あっ、ぅんっ」

 ぼくは、かのじょを、おしたおした。
 からだにのっかって、きすを、する。

「んんぅ……、ちゅっ、んむぅ……。ぷっ、はぁ、はぁ……。……さあ、どうぞ。あなたの、怒りを。私にぶつけてくださいませ」

 おんなのゆびが、きもちいい。
 くちゅりと、ぬれたところに、さきっぱがあたる。

「ああ、懺悔します。私は、この日を、あなたと繋がれる瞬間を、ずっと待ち望んでいました。あの日、あの窓辺で物憂げな顔をしていたあなたを見た時から、私はずっと。こう、したかったのです」

 ずぶずぶと、しずんでいく。
 あたたかくて、とても、きもちがいい。

「これぇ、はぁ……、マイロさまへの生贄。反魂の儀式、なのにっ……あっ、あああっ……♡ マイロさまのぉ、逞しいペニス。オスの、硬いのがぁ……♡ はぁっ、あんっ。はいってぇ、くるとぉ……♡ あたまが、蕩けてしまい、ますぅ……♡」

 かのじょの、いちばんおくまで、はいりこむ。
 かのじょと、ふかく、つながった。

「すっ……きぃ……♡ マイロさま、マイロさまっ。ずっとずっと、すきでしたぁ……♡ 私はあなたにぃ、夢中でしたぁ……♡」

 がつんがつんと、こしがうごく。
 そのたびに、せなかに、ふるえがはしる。

「あなたの、声がすきですぅ……♡ 優しいこえ。その声で名前をっ。あっ、ん。私のぉ、名前を呼ばれるとぉ……、それだけでえっ、イってしまいそうでしたぁ……♡」

 かのじょの、かたをつかんで、おかす。
 マルグリットは、なみだを、ながしていた。
 かなしみ、ではなく。きっと、よろこびのなみだを。

「んっ、ぁああっ……! ま、マイロさまぁ、マイロさまぁっ……♡ ああ、夢にまで見たぁ、マイロ様の、お肌。私に、マイロさまが、密着してる……♡ 白くて、美しい。あっ、くぅうっ……! 襟元からぁ、見えるうなじ。物語をぉ、口ずさむ時に動く、のどぉ……♡ 私を掴む、ゆび。ぜんぶ、ぜんぶ、愛おしい。きもち、いぃぃ……♡」

 ぼくは、うごくこしを、ふかくかのじょにうちつけた。
 マルグリットは、ぶるぶる、ふるえて、それをよろこぶ。

「いっ、いぃぃぃぃっ……♡ あ、あぁぁっ。んぅぅ……、んっ、むぅぅっ……♡」

 ぼくは、マルグリットに、くちづけをした。
 くちびるのすきまから、したをいれ、かのじょを、なめまわす。

「ちゅぅ、んぅ……♡ ちゅっ、れりゅぅぅ……♡ んっ、ふぅぅっ」

 とても、きもちがいい。
 だから、もう、げんかいだった。
 ぼくは、マルグリットを、だきしめて、そのいちばんおくに、だすことにした。

「ぷっ、はぁぁっ、あっ。マイロさま、もう、マイロさまもぉ、昇天なさるのですねぇ……♡ でしたらぁっ、はぁっんっ。私のナカでぇ、私の子宮にぃ……♡ ぜんぶ、出してください。マイロさまの子種を、精液を、残さず飲み込んで見せますからぁ……♡」

 マルグリットが、みみもとで、ささやいた。
 ぼくは、かのじょにさそわれるまま、からだのなかのねつを、かいらくを、ぜんぶ、そそぎこんだ。

「おおおぉぉぉっ♡ あっ、ぁぁぁぁぁっ、イくぅぅぅぅぅぅっ……♡」

 びゅるびゅると、ぼくからせいが、でていく。
 マルグリットの、おなかのなかに、はきだされる。

「しゅごい、しゅごいぃぃっ♡ マイロしゃまのぉ、種付けぇ。マイロのせーえき、ぜんぶ、わたしにぃ、入ってくるぅぅっ……♡ ひっ、いいぃぃぃっ、きもちいぃぃぃぃぃぃっ♡」

 マルグリットは、ぽろぽろ、ないていた。
 ぼくは、そのなみだを、なめた。あまくて、おいしい。
 ぼくは、たねをはきだしながら、またこしを、ふりはじめた。

 だって、もっと。マルグリットと、つながっていたいから。

「ああ、ああっ♡ まだぁ、足りないのぉ、ですねぇ……♡ 種を、吐き出したいのですね、マイロさまぁ♡ とっても、素敵ですよぉ、マイロさま。だから、どうか。遠慮なさらず。私をぉ、マルグリットをぉ……、貪ってくださいませぇ……♡」

 ぼくは、マルグリットにだかれながら。
 ひたすら、かのじょがよろこぶように。
 ぼくが、きもちよくなるように。
 こしを、ふりつづけた。




 ●●●



 小鳥の囀りが聞こえてくる。
 頭が重い。身体も少し痛む。
 いつも寝ているベッドの感触とは違う。柔らかいモノが、僕の胸に触れていて、その違和感に寝ぼけ眼は覚めていく。

「……あつつ。ふあぁっ。なんかすっごい身体の調子がいい、……な?」

 目の前にマルグリットがいた。
 しかも全裸だった。何やら白い汁がいっぱいかかっている。

「おわぁっ!?」

 驚いた僕はカエルのように飛び跳ねた。
 寝ている彼女から距離を取る。そして辺りを見渡すと、更に謎は増えてしまった。

「……あれ? 部屋じゃない? しかもここは……墓地?」

 辺りに整然と並ぶのは白い墓石たち。
 どっからどう見ても現在地は墓地である。そして何故か僕も、マルグリット同様全裸であった。さらにめっちゃ元気である。さっきまで死にかけていた人間とは思えない俊敏性を、僕は何故か持ち合わせていた。

「……ダメだ、全然わからん」


 頭を悩ませてみても答えは出そうに無かった。
 僕は呆然とその場に立ち尽くす。と、土の地面に寝ていたマルグリットが、瞼を開いて起き上がるのが見えた。

「……あ、おはようございます、マイロさま」

「お、おはよう、マルグリット。……端的に、いや色々たっぷり聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」

「はい、私にお答えできることであれば。……すべて、お話させて貰います」

 マルグリットは座したまま、僕に言葉を返してきた。
 僕も彼女に目線を合わせる為、その場に座る。

「……じゃあ、その。いきなり、なんだけど。──なんで僕、生きてるの?」

 僕は一番の疑問を口に出した。
 あの時触れた死の感触。あれはきっと夢ではない。僕は確かに死んだ。
 なのにまた、息をしている。言葉を交わせる。マルグリットを見つめる事ができる。
 その理由をマルグリットは知っているようで、少し逡巡する様子を見せたが、その唇をゆっくりと開いた。

「それは、私があなたを蘇らせたからです。人間ではなく──アンデッド、として」

 彼女の返答は驚くべきものだった。
 アンデッド。その言葉が意味するものは動く死体、禁忌の魔術の産物。死者を蘇らせるという、魔物のチカラ。
 彼女の言葉を信じるなら、それが今の僕らしい。
 僕は、生きる屍という魔物になってしまったようだ。

「……なるほど。じゃあやっぱり、あの時僕は死んでたんだね」

「……はい。あの夜、私の目の前で。……マイロさまは、息を引き取りました。その後、ご両親が見に来られて、お医者が最後の検診に訪れて、お葬式が行われた後に。ここへ埋葬されたのです」
 
 淀みなく紡がれる彼女の言葉はにわかに信じ難い。
 死の実感は嫌というほど感じたが、未だに生の実感が湧いてこないからだ。いやアンデッドなら死んだまま、なのかも知れないけど。

「私は、どうしても。マイロさまに会いたかった。またあなたの声を、お傍聞いていたかったのです。あなたに、触れたかったのです。……だから、あなた達の神の教えに背いて、禁忌を犯しました。私の力を使って、あなたを人間では無く魔物へと、転生させたのです」

 マルグリットは目を伏せた。
 その長いまつ毛の隙間から、一雫の涙が零れ落ちる。

「魔物、かぁ。生まれ変わったんなら、そりゃ身体が軽いわけだ。人間じゃないんだもの。……そんなことができるってことは、もしかしてキミは」

「お察しの通り、私は魔物です。種族はバンシー。死の神の『ヘル』様にお仕えする死霊の一人。人間の精を糧に生きる、……あなた方が信仰する神の敵です」

 マルグリットは大粒の涙を流し始めた。
 彼女は魔物だった。それも神の摂理に反する力と邪悪を持つ、凶悪な死霊らしい。
 彼女の様子を見るに、嘘ではないようだ。

 マルグリットの正体。魔物としての復活。
 これは厄介なことになってしまった、ようだ。
 考えれば考えるほど、ドツボにはまる。
 頭がぐるぐる色んなことを考えてしまう。

「……ごめんなさい。私のことを告げるのが遅くなってしまって。あなたの許可も取らぬまま、このようなことをしてしまって。許していただけなくても、構いません。どのような処罰でも受けます。私を恨んでも、……殺してしまっても。私はあなたを、恨みません」

 マルグリットの瞳から滂沱の涙が零れ落ちる。
 僕はその顔を見て、ひどく焦ってしまった。

 恨むだの殺すだの、やたら物騒なことを言ってくるのだから、しどろもどにもなる。
 僕としてはそんな気持ち、欠片も持ち合わせていないことを、ありのまま彼女に伝えることにした。

「い、いやいやっ。ちょっと待ってくれマルグリット。別にそんな思い詰めなくても大丈夫だって。僕はキミを恨んだり責めたりしないよ。……むしろ、感謝しているくらいだ」

「……え?」

 僕はマルグリットの白い肩を掴んだ。
 彼女の瞳が開いて僕の顔を見つめた。それだけでなんだか、身体中が熱くなってくる。アンデッドの体内にも、血は巡っているようだ。

「キミが人間だろうと魔物だろうと、どうだっていい。僕にとって重要なのはキミの気持ちだけだ。僕のことを想って、禁忌を破ってくれたんだろう? その結果、僕に憎まれるかも知れない覚悟までして、僕を蘇らせてくれた。もう一度逢いたいと、願ってくれた。……そんなキミを、僕が恨めるわけが、嫌いになれるわけがないじゃないか」

 僕はマルグリットを抱きしめた。
 肩に回した腕で、彼女の柔らかな肌の温かな温度を確かめる。ああ、温かい。

 アンデッドだろうとなんだろうと、僕達は生きている。
 マルグリットと再会できた。
 彼女を抱き締めることができた。
 それだけで僕には十分だった。

 この想いが罪になるなら、神の摂理なんぞクソ喰らえである。僕のことはともかく、父さんや母さんに応えてくれなかった主教の神様なんぞ、元からあんまり信じていなかったし。コレを気に彼女が仕えるヘル様とやらに鞍替えしてやろう。

 そう決意を固めながら僕はマルグリットに言葉を紡ぐ。
 
「あの時も言ったけど、マルグリット。アンデッドになろうと僕の気持ちは変わらない。──僕はキミが大好きだ。愛してる」
 
「──っ。は、い。はいっ! 私もあなたが、マイロさまのことが、好きですっ。愛しています。ずっと、ずっとお傍に、居させてください」

 マルグリットが涙を流す。
 僕はその顔を見て、胸の中が熱くなって。
 気がつけば彼女と同じように、涙を流していた。





 ●●●




 空は青く、雲は白く。お日様は柔らかな日差しを注いでくれる。

 旅に出るには絶好の日和だ。
 僕は重い鞄を背負い直して、長く続く道を踏みしめ歩き出す。

「あっ、マイロさま。靴紐が解けていますよ」

 と、僕の隣を歩いていた妻がそう言ってきたので、僕は視線を足元へ落とした。
 見れば確かに靴紐がびろんと解けている。

「おっと、気づかなかった。ありがとうマルグリット」

「ふふ、どういたしまして」

 マルグリットは朗らかに、僕に微笑みかけてくれる。相変わらず美しいひとだ。
 僕は胸の高鳴りが抑えきれず、彼女を背負っている荷物ごと抱き締めてしまう。

「あっ……♡ マイロさま……」

「今日もきれいだよ、マルグリット」

 気づけば僕はマルグリットとキスをしていた。
 彼女はそれを静かに受け入れて、僕達はしばしその場で立ち止まってしまう。

「……ぷは。……と、ごめんごめん。つい盛り上がってしまった。ここでするのは流石にやめよう。まだ街に近いし、人通りもそこそこありそうだ」

 僕は辺りを見渡しながら言った。
 現在地はとある街道のど真ん中。僕が住んでいて、マルグリットと出会った故郷の街は、少し遠くに見えている。
 出発してからそう時間が経ったわけじゃない。長い距離を歩いたわけでも無い。
 それでも僕はここま自分の足で歩いて来れた。誰にも頼らず、部屋から、街から出ることが出来た。
 そんなマルグリットが与えてくれた奇跡に感謝して、少々涙ぐんでしまう。

「ま、マイロさま? どうなされました? どこかお加減が優れませんか……?」

「ああ、いや。体調は万全だよ。ただちょっと、色々思い出しちゃって」

 僕はマルグリットが差し出してくれたハンカチで涙を拭いながら、あの日の事を思い出す。

 マルグリットに蘇らせてもらったあの日から始まった僕の第二の人生は、そりゃあもう波乱万丈だった。
 まず全裸二人で墓場から移動する必要があったし、体液まみれの身体を清めて衣服を調達する事になった。
 幸いにも通りかかった親切な淫魔のお姉さんが、服やら色々便宜を図ってくれたおかげで何とか家まで辿り着けた。


 父さんと母さんは帰って来た僕を見て言葉を失い、大層驚いていた。
 何せ死んで葬儀も終わったはずの息子が、生きて彼女連れで帰って来たのだ。
 驚かない方が無理だろうし、正直あの時は『化け物』と誹られ家から蹴り出される事も覚悟していたのだが。

 父さんと母さんはただ、僕が生きていることに。
 再会できたことに、喜んで涙を流してくれた。
 僕もまた、彼らに再会できたことが、嬉しくて涙を流した。マルグリットがくれたこの身体は、彼女のように涙脆いようだ。

 そうして暫く再開の言葉とハグを交わして、僕はマルグリットのことを父さん母さんに紹介した。
 彼らはマルグリットとの仲をあっさりと認めてくれた。
 なんなら早く孫が見たいとせっつかれるようになった。
 一応主神教徒なのに魔物娘を受け入れるのが早すぎるのでは? と流石に不安になった俺に、彼らは笑顔でこういった。
 
 息子を助けてくれた人を、嫌いになれるわけがない、と。

「……お父様とお母様にはとても良くして貰えましたから。お二人の元から離れるのは、少し寂しいですね」

 マルグリットは遠くの街を見ながら言った。
 僕は彼女の横顔を見ながら頷く。

「そうだね。でも彼らの元へいつでも帰ってこれるし。それに僕はやっぱり広い世界を見たい。ベッドの上で読んだ物語よりも、キミに聞かせた冒険譚よりも、素晴らしい景色を。キミと二人で、見に行きたいんだ」

 いつか病床で呟いた言葉。儚く叶わぬ夢。
 死にゆく身体では夢想することしかできなかったけれど、今の僕達はどこへだって行ける。
 マルグリットがくれたアンデッドの身体は強い不死性を持っており、頑丈で病気知らず。広い草原を駆け回ることも、閨で一日中彼女と愛し合う事もできる。
 ベッドに起き上がることすらままならなかった僕が、今では青い空の下をこうして自分の足でどこまでも歩いていけるような体力を身に付けたのだ。

 まあ不死の代償として定期的に魔力の補給、つまり男女のまぐわいをしなければならないのだが。僕にはマルグリットがいる。マルグリットも僕に応えてくれる。
 だから実質デメリットは無い。死の女神様々である。

「マイロ、さま……」

「日雇い仕事や冒険者ギルドで路銀は貯めた。父さん母さんにも挨拶はしてきた。心残りはあるけれど、ここで帰ったら父さんに蹴り出されちゃう。だから」

 涙を浮かべるマルグリットの頬をハンカチで拭って、僕は彼女に手を差し伸べる。
 マルグリットの白い指は、僕の手をきゅっと掴んだ。指を絡ませ、その手を繋ぐ。
 決して彼女を置いていかないように。はぐれないように。離さないように。
 
「──行こう、マルグリット。二人で、どこまでも」
 
「──はい、マイロ様。どこまでも、いつまでも。私は、あなたのお傍にいます」

 僕達はゆっくりと歩き出した。

 目的地は無い。宝の地図も、辿らねばならぬ筋書きも、僕達の旅路には存在しない。

 けれど二人でなら、どこに行っても、何をしても。
 ──きっと、素敵な物語になるだろう。


24/09/16 16:14更新 / 煩悩マン

■作者メッセージ
はじめまして。
最近図鑑世界の事を知り、素晴らしい先駆者様たちの作品を読んで、自分も書いてみたくなったのであくせく書き上げてみました。
このサイト様には初投稿ですので、至らぬ点、間違いなどございましたら教えていただけると幸いです。

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