おやすみなさい、あなた
「行くな!行かないでくれ!」
私の痩せ衰えた体を抱き上げながら泣き叫ぶ愛しい人の言葉が聞こえる…
でも私は、病に冒された私の体は、もう瞼を開けることさえも辛いほど弱った体は、もう持たない。私の体は私が一番わかるもの。
「ありがとう、ペレット。でも…もう…眠いの。ごめんなさい、あなたを、残して」
「いやだ、エリーゼ、ッグ、俺を、一人にしないっで…」
ごめんなさい、ペレット。でもそんなに泣かないで。
私が死んでも、あなたには笑っていて欲しいの。
幸いなことに私たちには子供もいる。どうか、私の代わりにジェス、あなたが彼を見ていてあげて。
あぁ、まだ、伝えたいことが、あるのに、口が、動かない。
瞼が…閉じる………
ゴーン… ゴーン……
教会の鐘の音と神父様の祈り、親しい人たちの鳴き声が聞こえる。
私が死んでから、私が体を失ってゴーストになったと気づいた時にはもうすでに彼は抜け殻のようだった。
お義父さんに怒鳴られ、ようやく葬儀が始まったというのに。未だに彼は上の空。
このままでは、彼は、ペレットはきっと立ち直れないと思う。それなのに、今の体をもたない私には彼を励ますことも、抱きしめることも、できない……
神さま、私が何か意にそぐわないことをしたのでしょうか?
なんで?どうしてこんなに酷い仕打ちを?
私が夫を見ていて欲しいと息子に願ったせいでしょうか?
息子の見ていない時にも見守れるようにしてくださったのでしょうか?
だとしたら…あんまりです。触れ合えないことがこんなにも寂しいなんて。一方的に見るしかできないことがこんなにも苦しいなんて。
そう嘆いているうちに、私の棺に土が被せられてゆく。
「なぁ、ペレット。いい加減そんなに飲むなって。そんなんじゃ奥さんも安心して眠ることもできねぇぞ?」
彼の友達が、何かを振り切ろうかとするように飲む彼の肩に手を置き、諭すような声で告げる。
しかし、彼は置かれた手を振り払い、座っている椅子を倒しながら勢いよく立ち上がり、怒鳴り声で言い返した。
「うるせぇ!おまえが、おまえにあいつの気持ちがわかるってのかよ!?」
「わかるわけねぇだろ!でもな、エリーザベトさんが飲んだくれてるおまえを見て安心できるとでも思ってんのか?!」
酔っていたことで一気に沸騰した彼らの激情はにぎやかな声に包まれていた酒場に響き渡り、一瞬で場に静寂をもたらす。
片隅で飲んでいた彼らに興味をひかれたのか、ただ単に煩わしかったのか、ほかの男たちの視線が集まり始めてしまったみたい。
「……すまん。でも、そう簡単に、割り切れないんだよ」
「……いや、俺も感情的になっちまった。すまねぇ」
「あー…おまえら、騒がしくしてすまなかったな。ほら、ペレット、おまえも頭下げろ」
視線に気づき、バツの悪そうに謝った彼と彼の友達は椅子を元の位置に直し、居心地が悪そうに座りなおす。
そうこうしているうちに周りの男たちもいつものことだから気にするなと言い各々の酒に目線を戻し、またガヤガヤと各々の話に帰る。
そして、酒場の空気にまた活気が戻ってゆく。一つのテーブルを置き去りにして。
「じゃあ、気をつけて帰れよ?」
「おーおー。すまんな。じゃあな」
「転ぶんじゃねーぞー」
また飲みなおしてしばらくした後、彼らは帰路に就く。
どうやらだいぶ友達に心配されているようだ。
ごめんなさい…本当は私がそのおぼつかない体が転ばないように、あなたのことを支えたいのに。
ごめんなさい…見守ることしかできない私をどうか許して……
彼が家に着いた時にはもうすでに日が移り変わっていた。
「なぁ、エリーゼ。おまえが死んでからどのぐらいたった?」
こうしてまた、毎日繰り返されている懺悔が始まる。夜風に当たり、誰もいない家を見渡すうちに酔いが醒めたようだ。
「ゾンビでも、スケルトンでもなんでもいい!お願いだ神さま!もう一度、もう一度だけでも妻に合わせてくれ!」
だんだん彼の言葉と手振りが勢いを増してゆく。このままでは今日もまた悪夢を見るのだろう。
せめて、安らかに眠ってほしいのに、今夜もまたうなされる彼を見たくはないのに。
「エリーゼ、せめて、せめて夢の中だけでもっ………」
どうやら泣き疲れて眠ってしまったようだ。涙で濡れ、腫れあがった顔が私の心を抉り、また申し訳ない気持ちになる。
でも、それ以上に最後の彼の言葉に何か引っかかる。夢の中?そんなこと無理だと思うのに。
いや、でもいままで試したことが無い。
もううなされるあなたは見たくないの。悪夢に苦しむあなたは見たくないの。
もう、苦しんでほしくないの。
一縷の望みを胸に、寝息を立て始めた彼の額と私の額を重ね合わせた。
………あれ?意識が、溶けて、ゆく…
「エリーゼ、エリーゼ!」
私の名を呼ぶ声に私は飛び上がった。あれ?飛び上がる?私は死んでから眠りにつけた事すら無いのに。どうして?
でも、そんなことより
「ペレット?あなた、私が見えるの?」
「あぁ、見えるとも、聞こえるとも!」
思わず声を掛けてしまう。どうせ聞こえているはずも見えているはずもないのに。
しかし、最愛の夫は私の望む最良の答えを返してくれた。
なぜ?どうしていきなり会話ができるようになったの?今まではいくら叫んでも無駄だったのに
行く手をさえぎっても気づかれず、すり抜けてしまっていたのに。
でも、そんなことはいい。それより今はあの人の暖かさを感じたい!
「ペレット、あなたに、会いたかった!抱きしめたかった!」
「俺もだよ、エリーゼ!例え夢の中でも君に会えたことがこんなにも嬉しいなんて!」
ぎゅっと、抜け殻だったことを忘れさせるほどたくましい腕で抱かれただけで涙腺が緩み、頬を濡らしてしまう。
あぁ、たった二週間ぶりなのに、彼がこんなにもあったかいなんて。思わず胸板に顔を埋めてしまいそうになってしまう。
でも我慢しなければ、彼に想いを伝えなければ!
「ねぇ、ペレット、私あなたに伝えなくちゃいけないことがあるの」
「私の事は、忘れてほしいの」
言ってしまった。唖然とした夫の顔がみるみる泣きそうな顔に変ってゆく。
その表情に私の心もまた、曇ってゆく。ごめんなさい。でも、これだけは貴方に伝えないといけないから。
彼が口を開く、その前に私は続きの言葉を口にする。
「死んでから今までずっと貴方の事を見ていたの。それで、ずっと悔しかった。
貴方は私の死に引きずられているのがわかるぐらいだったから」
「でも、エリーゼ、俺は」
「聞いて。貴方は私が死んでからずっと泣いていた。ずっと苦しんでいた。そんなあなたを見ていたくなかった。あなたは夢を見るたびにうなされていたんだから」
「そんなあなたを見て、私は貴方を慰めたかった。でも、体のない私は貴方に触れることさえできなかった。でも今は触れられる。会話ができる。だから今のうちに伝えなきゃならないの」
一旦間を置き、彼の腕から離れる。あっと声を漏らす夫の声とともに暖かいものが遠ざかることは寂しいけれど、こうでもしないときっとあなたは立ち直れな
いから。
「最後の時に伝えられなかったことを言うね。
はじめて声を掛けてくれた時、恥ずかしそうにしていた私を引っ張ってくれた笑顔は大切な宝物です。
お産のとき、仕事を抜け出してでも駆けつけてくれた貴方を嬉しく思いました。
初めて子供を抱き上げてくれた時、あのおっかなびっくりした感じと慈愛のこもった笑顔は忘れられません。
子育ての中、調子の悪くなった私を担ぎあげて病院へ駆け込んだ時は愛されているんだと実感しまし……グスッ…た。
子供たちが家を出るとき、ぐずっ、どこか寂しそうでしたが、、誇らしげに語ってくれたこともいい思いっ出でず
他にも、グスッ…いっぱいいっぱい思い出はありますが……えぐっ……私は貴方にたくさん愛されて幸せでした」
「貴方はっ……私が死んでっいろいろと後悔す、るかもしれませんが…ズッ…どうか引きずらないでっ下さい!
私が愛したあなたはずっと笑顔でしっ…た。なの、でどうっ…か、その笑顔を曇らせるのならば、私の事は忘れて下さい。これが私の貴方に残すことができる
最後の言葉です!!」
「……それが、エリーゼの言いたかったことなんだね?」
彼が顔を涙で濡らしながら訪ねてくる。かくいう私も涙できっと酷いことになっているだろう。最後は涙を堪える為、叩きつけるかのように言ってしまったし
、もう頷くことでしか意思表示ができないほどになっている。
「おいで、エリーゼ。」
彼に呼ばれまた抱かれる。暖かい。けど、おそらくこれが最後だろう。夫もそれがわかっているのか、まだ涙の流れる目を閉じ脳裏に焼き付けるかのように腕
の力を少しずつ強めてゆく。
あれからどのぐらいたっただろうか?私も落ち着きを取り戻した時、彼は私にポツリポツリと話しかけてくる。
「エリーゼ、愛してるって言ってくれてありがとう。それと死んでも心配をかけさせるふがいない夫で申し訳ない……でも、いい加減気持ちが晴れた気がする
。
重ね重ねありがとう。これからは多分、いや、きっと前を向けると思う。だけど君の事はきっと忘れられない。それでも、満足してくれるかい?」
私は髪を撫でられ、胸の中で温もりを感じながらただ無言で頷く。何か心残りが取れたような気がする。この感じはきっと彼と同じものだろう。
そう、考えるうちに…なんだか、眠くなってきた。
でも本当に、眠ってしまう前に、もう…ひとつだけ。
「ねぇ…貴方。私の事が忘れられないなら、ひとつだけお願いがあるの」
「もう一度だけやさしいキスをして」
そういう私に彼は眼を閉じ、顔を傾けて そっと唇と唇が触れあう。
なんでだろう?生前ではこんなにもキスで心が満たされることは無かったのに。
甘い。そう、舌を絡めることもないやさしいキスなのにとてもとても甘い。
もっと、味わいたくなってしまう。けれど、ここまで。
こんなにやさしいキスができるならきっと彼はもう大丈夫。
そう、思うと、とても、とても、眠くなってきてしまったから。
もう眠るのかい?そっと唇を離し、耳元でそう囁く彼に軽く身を揺すって肯定の意を示すところで、私の、意識は、閉じそうに、なる。
「また、君と逢えてうれしかった。お休み。エリーゼ。」
そう、最期に、聞こえた…気が…し……た………
私の痩せ衰えた体を抱き上げながら泣き叫ぶ愛しい人の言葉が聞こえる…
でも私は、病に冒された私の体は、もう瞼を開けることさえも辛いほど弱った体は、もう持たない。私の体は私が一番わかるもの。
「ありがとう、ペレット。でも…もう…眠いの。ごめんなさい、あなたを、残して」
「いやだ、エリーゼ、ッグ、俺を、一人にしないっで…」
ごめんなさい、ペレット。でもそんなに泣かないで。
私が死んでも、あなたには笑っていて欲しいの。
幸いなことに私たちには子供もいる。どうか、私の代わりにジェス、あなたが彼を見ていてあげて。
あぁ、まだ、伝えたいことが、あるのに、口が、動かない。
瞼が…閉じる………
ゴーン… ゴーン……
教会の鐘の音と神父様の祈り、親しい人たちの鳴き声が聞こえる。
私が死んでから、私が体を失ってゴーストになったと気づいた時にはもうすでに彼は抜け殻のようだった。
お義父さんに怒鳴られ、ようやく葬儀が始まったというのに。未だに彼は上の空。
このままでは、彼は、ペレットはきっと立ち直れないと思う。それなのに、今の体をもたない私には彼を励ますことも、抱きしめることも、できない……
神さま、私が何か意にそぐわないことをしたのでしょうか?
なんで?どうしてこんなに酷い仕打ちを?
私が夫を見ていて欲しいと息子に願ったせいでしょうか?
息子の見ていない時にも見守れるようにしてくださったのでしょうか?
だとしたら…あんまりです。触れ合えないことがこんなにも寂しいなんて。一方的に見るしかできないことがこんなにも苦しいなんて。
そう嘆いているうちに、私の棺に土が被せられてゆく。
「なぁ、ペレット。いい加減そんなに飲むなって。そんなんじゃ奥さんも安心して眠ることもできねぇぞ?」
彼の友達が、何かを振り切ろうかとするように飲む彼の肩に手を置き、諭すような声で告げる。
しかし、彼は置かれた手を振り払い、座っている椅子を倒しながら勢いよく立ち上がり、怒鳴り声で言い返した。
「うるせぇ!おまえが、おまえにあいつの気持ちがわかるってのかよ!?」
「わかるわけねぇだろ!でもな、エリーザベトさんが飲んだくれてるおまえを見て安心できるとでも思ってんのか?!」
酔っていたことで一気に沸騰した彼らの激情はにぎやかな声に包まれていた酒場に響き渡り、一瞬で場に静寂をもたらす。
片隅で飲んでいた彼らに興味をひかれたのか、ただ単に煩わしかったのか、ほかの男たちの視線が集まり始めてしまったみたい。
「……すまん。でも、そう簡単に、割り切れないんだよ」
「……いや、俺も感情的になっちまった。すまねぇ」
「あー…おまえら、騒がしくしてすまなかったな。ほら、ペレット、おまえも頭下げろ」
視線に気づき、バツの悪そうに謝った彼と彼の友達は椅子を元の位置に直し、居心地が悪そうに座りなおす。
そうこうしているうちに周りの男たちもいつものことだから気にするなと言い各々の酒に目線を戻し、またガヤガヤと各々の話に帰る。
そして、酒場の空気にまた活気が戻ってゆく。一つのテーブルを置き去りにして。
「じゃあ、気をつけて帰れよ?」
「おーおー。すまんな。じゃあな」
「転ぶんじゃねーぞー」
また飲みなおしてしばらくした後、彼らは帰路に就く。
どうやらだいぶ友達に心配されているようだ。
ごめんなさい…本当は私がそのおぼつかない体が転ばないように、あなたのことを支えたいのに。
ごめんなさい…見守ることしかできない私をどうか許して……
彼が家に着いた時にはもうすでに日が移り変わっていた。
「なぁ、エリーゼ。おまえが死んでからどのぐらいたった?」
こうしてまた、毎日繰り返されている懺悔が始まる。夜風に当たり、誰もいない家を見渡すうちに酔いが醒めたようだ。
「ゾンビでも、スケルトンでもなんでもいい!お願いだ神さま!もう一度、もう一度だけでも妻に合わせてくれ!」
だんだん彼の言葉と手振りが勢いを増してゆく。このままでは今日もまた悪夢を見るのだろう。
せめて、安らかに眠ってほしいのに、今夜もまたうなされる彼を見たくはないのに。
「エリーゼ、せめて、せめて夢の中だけでもっ………」
どうやら泣き疲れて眠ってしまったようだ。涙で濡れ、腫れあがった顔が私の心を抉り、また申し訳ない気持ちになる。
でも、それ以上に最後の彼の言葉に何か引っかかる。夢の中?そんなこと無理だと思うのに。
いや、でもいままで試したことが無い。
もううなされるあなたは見たくないの。悪夢に苦しむあなたは見たくないの。
もう、苦しんでほしくないの。
一縷の望みを胸に、寝息を立て始めた彼の額と私の額を重ね合わせた。
………あれ?意識が、溶けて、ゆく…
「エリーゼ、エリーゼ!」
私の名を呼ぶ声に私は飛び上がった。あれ?飛び上がる?私は死んでから眠りにつけた事すら無いのに。どうして?
でも、そんなことより
「ペレット?あなた、私が見えるの?」
「あぁ、見えるとも、聞こえるとも!」
思わず声を掛けてしまう。どうせ聞こえているはずも見えているはずもないのに。
しかし、最愛の夫は私の望む最良の答えを返してくれた。
なぜ?どうしていきなり会話ができるようになったの?今まではいくら叫んでも無駄だったのに
行く手をさえぎっても気づかれず、すり抜けてしまっていたのに。
でも、そんなことはいい。それより今はあの人の暖かさを感じたい!
「ペレット、あなたに、会いたかった!抱きしめたかった!」
「俺もだよ、エリーゼ!例え夢の中でも君に会えたことがこんなにも嬉しいなんて!」
ぎゅっと、抜け殻だったことを忘れさせるほどたくましい腕で抱かれただけで涙腺が緩み、頬を濡らしてしまう。
あぁ、たった二週間ぶりなのに、彼がこんなにもあったかいなんて。思わず胸板に顔を埋めてしまいそうになってしまう。
でも我慢しなければ、彼に想いを伝えなければ!
「ねぇ、ペレット、私あなたに伝えなくちゃいけないことがあるの」
「私の事は、忘れてほしいの」
言ってしまった。唖然とした夫の顔がみるみる泣きそうな顔に変ってゆく。
その表情に私の心もまた、曇ってゆく。ごめんなさい。でも、これだけは貴方に伝えないといけないから。
彼が口を開く、その前に私は続きの言葉を口にする。
「死んでから今までずっと貴方の事を見ていたの。それで、ずっと悔しかった。
貴方は私の死に引きずられているのがわかるぐらいだったから」
「でも、エリーゼ、俺は」
「聞いて。貴方は私が死んでからずっと泣いていた。ずっと苦しんでいた。そんなあなたを見ていたくなかった。あなたは夢を見るたびにうなされていたんだから」
「そんなあなたを見て、私は貴方を慰めたかった。でも、体のない私は貴方に触れることさえできなかった。でも今は触れられる。会話ができる。だから今のうちに伝えなきゃならないの」
一旦間を置き、彼の腕から離れる。あっと声を漏らす夫の声とともに暖かいものが遠ざかることは寂しいけれど、こうでもしないときっとあなたは立ち直れな
いから。
「最後の時に伝えられなかったことを言うね。
はじめて声を掛けてくれた時、恥ずかしそうにしていた私を引っ張ってくれた笑顔は大切な宝物です。
お産のとき、仕事を抜け出してでも駆けつけてくれた貴方を嬉しく思いました。
初めて子供を抱き上げてくれた時、あのおっかなびっくりした感じと慈愛のこもった笑顔は忘れられません。
子育ての中、調子の悪くなった私を担ぎあげて病院へ駆け込んだ時は愛されているんだと実感しまし……グスッ…た。
子供たちが家を出るとき、ぐずっ、どこか寂しそうでしたが、、誇らしげに語ってくれたこともいい思いっ出でず
他にも、グスッ…いっぱいいっぱい思い出はありますが……えぐっ……私は貴方にたくさん愛されて幸せでした」
「貴方はっ……私が死んでっいろいろと後悔す、るかもしれませんが…ズッ…どうか引きずらないでっ下さい!
私が愛したあなたはずっと笑顔でしっ…た。なの、でどうっ…か、その笑顔を曇らせるのならば、私の事は忘れて下さい。これが私の貴方に残すことができる
最後の言葉です!!」
「……それが、エリーゼの言いたかったことなんだね?」
彼が顔を涙で濡らしながら訪ねてくる。かくいう私も涙できっと酷いことになっているだろう。最後は涙を堪える為、叩きつけるかのように言ってしまったし
、もう頷くことでしか意思表示ができないほどになっている。
「おいで、エリーゼ。」
彼に呼ばれまた抱かれる。暖かい。けど、おそらくこれが最後だろう。夫もそれがわかっているのか、まだ涙の流れる目を閉じ脳裏に焼き付けるかのように腕
の力を少しずつ強めてゆく。
あれからどのぐらいたっただろうか?私も落ち着きを取り戻した時、彼は私にポツリポツリと話しかけてくる。
「エリーゼ、愛してるって言ってくれてありがとう。それと死んでも心配をかけさせるふがいない夫で申し訳ない……でも、いい加減気持ちが晴れた気がする
。
重ね重ねありがとう。これからは多分、いや、きっと前を向けると思う。だけど君の事はきっと忘れられない。それでも、満足してくれるかい?」
私は髪を撫でられ、胸の中で温もりを感じながらただ無言で頷く。何か心残りが取れたような気がする。この感じはきっと彼と同じものだろう。
そう、考えるうちに…なんだか、眠くなってきた。
でも本当に、眠ってしまう前に、もう…ひとつだけ。
「ねぇ…貴方。私の事が忘れられないなら、ひとつだけお願いがあるの」
「もう一度だけやさしいキスをして」
そういう私に彼は眼を閉じ、顔を傾けて そっと唇と唇が触れあう。
なんでだろう?生前ではこんなにもキスで心が満たされることは無かったのに。
甘い。そう、舌を絡めることもないやさしいキスなのにとてもとても甘い。
もっと、味わいたくなってしまう。けれど、ここまで。
こんなにやさしいキスができるならきっと彼はもう大丈夫。
そう、思うと、とても、とても、眠くなってきてしまったから。
もう眠るのかい?そっと唇を離し、耳元でそう囁く彼に軽く身を揺すって肯定の意を示すところで、私の、意識は、閉じそうに、なる。
「また、君と逢えてうれしかった。お休み。エリーゼ。」
そう、最期に、聞こえた…気が…し……た………
12/01/08 20:48更新 / ごーれむさん