読切小説
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紫色に煌めき、妙に澄める
夜空に星が煌めく深雪の中を2つの影が進む。

1つは、黒き二重廻しの外套に身を包み、黒きハンチング帽を被っている精悍な顔つきの青年。

1つは、雪に足を取られながらも、前を歩く黒き青年に懸命についていく、緋色の羽織を肩からかけている少女。

但し、少女の黒き艶やかな髪からは、一対の獣の耳――黒き猫の耳が生えており、臀部からも同じく、黒き猫の尻尾が2つ、左右に揺れていた。

手足は見た目こそ、人間のそれであるが、本来は毛に覆われ、柔らかな肉球が存在する人外のモノだ。

少女は此の国――《ジパング》で《妖怪》と呼ばれる、人ならざる存在であり、その外見的特徴等から、《ネコマタ》と云われる種族である。

けれども、人ならざる存在であったとしても、人に害をなす者は、極々一部の少数であり、此の少女はその能力からも圧倒的に多数に入る。

前を歩く青年が唐突に足を止めたため、少し空いてしまっていた距離を詰めて、青年の隣へと少女は移動した。

「……綺麗だ……」

「うん、とても綺麗……」

山紫水明との言葉以外、形容のしようがない、息を呑む程の景色に、2人は声が漏れた。

ゆっくりとした動きで、視界に広がる湖を眺めた少女は、鴇色に染まる小さな頬を歪めた。

「――ねぇ、ここがいいね……」

揺れ始めた景色を気取らぬよう、俯き、小さく言葉を零した少女に、青年は、静かに頷く。

「あぁ、そうだな……」

青年も、敢えて尋ねる事はせず、ハンチング帽のツバを軽く摘み、位置を正した。

2人は、湖べりで遊ぶ綺羅星達の間を一歩一歩確かめるように進む。

柔らかくとも、なびく風は身体に凍みるため、少女は羽織の身頃を少し強く合わせた。

少女の態度を視界の端で見ていた青年は、彼女の歩く速さに歩幅を合わせているため、陶磁器のように白く、冷たい手を取り、外套のぽけっとの中で結んだ。

滲むように昇る相思が2人の心を満たし、馳せた想いが言葉となり、青年の口が開く。

「――僕は、君との絆を想える、あの穏やかな日が続けば、それで良かったんだ」

青年は正面を向いたまま、呟くように言の葉を重ねる。

「そして、いつかは、君との事を叶える為、父上や兄上達と懸命に働き、認められる事を夢見ていた……」

「でも――」

青年の口元は、自らの内から来るナニカに耐えるように小刻みに震える。

ぽけっとの中で結んでいる手にも、僅かに力が篭った事に気付いた少女は、それに応えるよう、小さく握り返した。

「そうはならなかった! 父上と兄上だけでなく、弟達までもが、永きを共にしていたから、勘違いしているとまで……!」

青年は大きく、ゆっくりと頭を左右に振った。

「違う……! 僕の――僕達のこの想いは、決して、一時の迷いや、勘違いではない!」

「ならば、僕達が本気であるのを伝えるため、君と――」

「もう、大丈夫だよ」

呟きと間違えてしまう程小さな声であったが、少女のその言葉は青年の言葉を遮るには、十分過ぎであった。

立ち止まる2人。

口の端と眉尻を下げた青年が、壊れたブリキ人形のように鈍い動きで、少女へと顔を向けた。

少女も青年へと顔を向け、妙に澄んだ瞳と、僅かに微笑みを携えた薄紅色の唇が、白い吐息と共に想いを告げる。

「わたしは、もう……大丈夫だから……これ以上、無理を……しないで……」

霞む声。

揺れる瞳。

震える唇。

そして――

「お願い……」

溢れ落ちる紅涙。

痛みはもうないが、そこに確かに《居た》記憶までは消せず、青年と結んでいない方の少女の手が、彼女の下腹部へと移動して、抱くように軽く押さえた。

――摘まれた比翼のコトリ。

青年は、少女と対面する位置に移動すると、割れ物に触れるかの如く、彼女をそっと抱き寄せた。

「すまない……一番辛いのは君なのに、本当に、すまない……」

己を恥、これまで2人で歩んできた軌跡を心の中でだけ内観した青年の頬を、一筋の涙が伝う。

「やっと、わたしの前で泣いてくれたね。強がり屋さん」

「僕が強がり屋さんなら、君は泣き虫屋さんだ」

「いいの、わたしは。だって、わたしには、涙を拭いてくれる強がり屋さんがいるからね」

「そうだな……」

「それに、わたし達の事を認めてくれていた道貴様を含めてしまっては失礼だよ」

あぁ――っと青年は何かを思い出す様に、顔を上空へと向けると、頭を振った。

「そうだったな……アイツだけは――道貴だけは、僕達の事を認めてくれて、協力してくれたな……」

「うん……わたし達がこうしてココにこれたのは、道貴様のおかげだもんね……」

「最期に大きな貸しも作ってしまったし、アイツには、本当に申し訳無いな……」

実る事のない比翼の芽は、どちらともなく離れると、互いの一方の手を強く握り締めた。

迷いなく進む2人の先には、湖畔から湖心に伸びる桟橋と、薄氷に浮かぶ1艘の小舟。

煌めく迷い星の中を進む2人の顔には、涙の跡が残るが、一切の憂いはなく、笑みを浮かべていた。

「あなたと出会えて、わたしはとても幸せだったよ」

「それを云うのなら、僕も君と同じで、これまで感じた事も、考えた事もなかった気持ちを知れて幸せだったさ」

あんな事があった、こんな事があったと、少女は雪へと視線を向け、青年は此処ではない、何処か遠くへ視線を向け、幸せを指折り数得ながら話し続けた。

「――あっ……」

何かに気付いた様に少女が思わず上げた声に、青年は足を止めて、愛しき存在へと顔を向けた。

「あなたとの幸せを数得ていたら、指が足りなくなってしまったの……」

「そうでなくては、僕が困ってしまうよ」

青年は若干屈んで少女の目の高さに合わせると、2人はどちらともなく苦笑し、頬を寄せ合わせた。

「温かいね……」

「あぁ、温かいな……」

名残惜しげに頬を離した2人は、歩みを再開させ、桟橋に泊めてある1艇の小舟の前に辿り着いた。

薄氷で若干固定はされているが、揺れる船体に先に乗り込んだ青年は、少女へと手を伸ばす。

伸ばされたその手を支えに、小舟へと少女も乗り込み、仕切り板に腰を下ろした。

少女が座ったの確認した青年は、ゆっくりと小夜の波間を湖心に向かって小舟を進ませる。

家を抜け出し、追手から逃れるため、街から街へ渡り、人気を避け続けて、遂に辿り着いた終の場所。

ふと、小舟に相席していた、小さくなる光の点滅に少女が触れ、ゆっくりと立ち上がった。

青年も腰を上げると、瞬く度に映る2人の影が映り、光の明滅に合わせて静かに瞼を閉じた。

風もなく、音もなく、先程まで瞬いていた小さき光もなくなり、細く吐き出した白い息に合わせて開いた瞳には、月明かりに照らされた、互いの最愛の存在のみが映された。

青年と少女は、手を取り合い、決して離れぬよう、固く、強く握り、一度、唇が触れるだけの口吻を交わす。

名残惜しげに唇を離し、2人は同時に小舟の縁へと足を掛けた。

揺らぐ小舟。

傾く視界。

全ての柵から開放された様な、晴れやかな笑みを浮かべる2人。

――星が廻る。

飛んでいく影法師。

舞い上がる飛沫に消える星の光。

水面を揺する波紋に月は踊り、薄氷に鏤められた光る星々がささめき、季節外れの糠星の川を船が昇る。

凍える湖は、水漬く2人の体温を奪い、暗く、深い水底へと誘う。

月と共に遠のく意識の中、決して忘れ得ぬ想いを胸に、2人は結んだ手を握り締め、抱き合った。

「あなたに会えてよかった」
18/01/30 08:54更新 / 黒猫

■作者メッセージ
初めましての方は初めまして、
久し振りの方は、かなりお久し振りです。
黒猫です。

今回は私が好きな音楽のイメージを元に、こちらに調整して作成したショートストーリーになります。


では、ココまで読んでいただき、
ありがとうございます。
今後共よろしくお願いいたします。

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