第九話:武闘大会【決勝戦】
未だ姿を見せてもいないのに、【コロッセオ】内の観客は既に昂っており、石造りの通路内に控えているココ迄歓声が響いて来る。
深呼吸を何度かして気持ちを落ち着かせ、身体の強張りをほぐすが、どうにも上手くいかない。
人前で刀を振るうのには御前試合で慣れているが、人数が違い過ぎるのと、相手があの【始原の魔法使い】の1人であるせいで、否が応でも気持ちが昂ってしまう。
【始原の魔法使い】は、人の身でありながら、【魔術】に対する技量は、上級の【魔物】に匹敵し、【魔法】の域に迄到達してしまった者達、っと御前様がお話しされていたのを覚えている。
その上、あの【金氣のアイゼン】は剣の扱いにも長けているため、1人の武士としても楽しみである相手だ。
手甲を嵌めている両手を何度か握り、身体の調子を確認する。
ふと、斜め左後ろに気配を感じ、顔を向けずに声だけを掛ける。
「……どうしたんだい? 揚羽」
「一磨様、もしお許しを頂けるのなら、共に宜しいでしょうか?」
「うん? 揚羽は常に僕と共にある。今更だよ」
「いえ、そうではなく、このままの姿で共にありたいのです」
「……顕現した状態でかい?」
はい――っとハッキリとした意思を含んで応えられた。
確かに、昨夜の交わりの際に、揚羽に【門】を作り、僕が【アゲハ】を励起せずとも、顕現出来る様にしたから、自由に顕現と解除を出来る様になったけど、顕現している間は常に【氣】を消耗するし、【氣】の消耗が激しくなれば身体の維持が出来なくなってしまうのに、どうしたのだろうか?
肩越しに揚羽を確認すると、【ゴースト】であるため、儚げではあるが、生前のままの凛々しさを携えており、僕から何を云われ様とも、自分の意思を曲げない強さをその瞳に宿していたるため、深呼吸を1つして顔を前に戻した。
「……解ったよ。僕に付いて来て。タダ僕が合図を送るまでは姿を隠していてね」
「っ! ありがとうございます」
僕の半歩後ろに近寄ると、その場で立ち止まり、幻術にて姿を隠しながら静かに佇む。
「コレより、ブリュンヒルデ武闘大会、決勝戦を開始するのじゃ! 両選手は、闘技場に入場するのじゃ!」
暫く2人で静かに待っていると、【魔術】による拡声で独特の響きをもった声が聞こえたため、ゆっくりと歩みを進める。
【ゴースト】であるため、揚羽からの足音は聞こえないが、気配でちゃんと付いて来ているのは解るので、振り返らず、そのまま石造りの通路を抜ける。
薄暗い通路から眩しい日差しの下に出たため、一瞬視界が奪われるが、耳だけでなく、身体全体に迄響く程の大歓声に思わず歩みを止めてしまう。
視線だけを動かして観客席を確認するが、人が座っていない席は見当たらず、通路に迄ハミ出した人々が居る程で、中には【コロッセオ】の外壁に座って望遠の【魔術】か何かでこちらを【視ている】人も居る程だ。
先日の本戦で使われていた石造りの円形の巨大な闘技場の上に立ち、ゆっくりと中央付近に近付く。
僕と相対する側からは、見覚えのある黒外套を翻し、【始原の魔法使い】が同じくこちらに歩みを進めていた。
視線が合わさり、互いに口元に笑みを浮かべる。
相手と6間程の距離で立ち止まり、相手を見据える。
「西の門より入場したは、【魔術】を修める者ならば、決して知らぬ者がいないと云われる、【始原の魔法使い】が1人、【金氣のアイゼン】こと、アイゼン=グスタフ!!!」
地を揺るがす程の歓声と共にシルクハットのつばを手に軽く持ち上げて観客に応えるアイゼン。
「対する東の門より入場したは、遙か東国――【ジパング】の騎士である【武士】が1人、数多の強者を1刀の下に打ち倒してきた、新城 兵頭 一磨!!!」
最早声として認識出来ぬ程の歓声に応えるべく、刀をゆっくりと引き抜き、天へと大きく掲げ、細く吐き出す息と共に納刀する。
波が引く様に歓声が収まり、何事であるかと思い、観客の視線の先へと顔を向けると、テラス状の貴賓席の奥から、右手側にクスィーさん、左手側にルーンさんを従え、獅子を模した金の刺繍が特徴の身頃のみの外套を羽織った、ブリュンヒルデ国王が姿を見せていた。
祭り事がある場合、多種多様な国の人や【魔物】が訪れ、通常よりも警備を強化していても、良からぬ事を企てる輩が入国する危険が高くなるため、国王程の方がこの様な衆人観衆の前に姿を見せるのは、余り感心出来ぬと思っていたが、あの2人と剣を交え、言葉を交わした今なら解る。
国王陛下は奥方の部下であるあの2人に全幅の信頼をおき、あの2人もそれに応えるべく、イザとなればその身すら喜んで差し出すからだろう。
タダ、本気で国王陛下の命を狙ったとしても、奥方がリリム種であり、【デュラハン】と【バフォメット】の【魔物】の中でも上位の存在を相手にしなくてはならず、更に国王陛下自身も【魔界】帰りの元【英雄】ならば、あの腰に差している剣も飾りではないため、ローズさん位の手練れでなければ、近付く事すら出来ずに終わるだろうな。
国王陛下は両腕を広げ、【コロッセオ】内の全ての存在へと自らを注目させる。
「皆腕に覚えの在る者達であったが、この最後の試合に残ったのが、東西を代表する存在である所だけでも、此度の大会は実に興味深い内容である。【武闘大会】を開催し、かなりの歴史を重ねているが、【魔物】でなく、人間同士の決勝戦は初となる。共に腕に覚えの在る者達。存分にその業を振るうが良い!!」
声と共に高々と腕を上げ、観客の興奮は最高潮に達し、結界で遮られているのも関わらず、闘技場に立っている僕達に迄熱気が届いてる錯覚に陥る。
「ブリュンヒルデ武闘大会、決勝戦、始め!!」
開会式で打ち鳴らされた巨大な銅鑼の轟音が響き、僕とアイゼンは疾駆する。
左手で鯉口を切り、柄に添えた右手の親指と小指の付け根で軽く刀を押さえ、走っている勢いを利用して抜刀。
互いに払い抜けを放つが、獲物同士が擦れて火花を散らし、その場で急停止を掛けて背後へと向き直り、返す刀で袈裟斬りを掛ける。
黒外套の中から姿を見せたアイゼンの獲物に一瞬瞳が大きくなるが、構わず励起していない状態の【神威】を打ち合わせ、鍔迫り合いへと持ち込み、大歓声の中でも互いの声が届く範囲へと顔を近寄せる。
「刀も扱えるんですね」
「【ジパング】のこの剣は非常に優秀だからな。機能面だけでなく、美術品としても一級品だ」
「乱れ刃紋に浮かぶ油脂……そんな美術品で、人だろうが人外だろうが、一切の区別なく、只々斬る事のみを考慮されて打たれた僕の【神威】を受け切れますかね?」
「安心したまえ。この刀――カネサダ参式改は、扱う者によっては、鋼鉄すらもバター宜しく斬り分けるぞ?」
「成る程……」
「それよりも、私個人としては――」
鍔迫り合いに持ち込んでいる刀からアイゼンの腕に力が篭もり、僕を押し退けようとしてきたので、こちらも体を落とし、地を踏み締めて対抗する。
「幻術で姿を消したまま、立ち位置から動かず、こちらを伺っているあの【ゴースト】の方が気掛かりだ」
やはり見えていたか……。
流石【魔法使い】といった所だ。
思わず苦笑してしまうと、相手も口の端を持ち上げる。
「気付いていましたか」
「伊達や酔狂で【始原の魔法使い】に名を連ねておらんよ」
「なら、これは提案なんですが……良いですか?」
何かね? ――っと僕からの提案にある程度の予想をつけながらアイゼンは応える。
「此処からは互いの従者を加えた2対2での勝負にするのはどうでしょうか?」
ほぉ――っと【魔法使い】は感嘆の声をあげる。
「何故私に従者が居ると思うのかね?」
「……昔、貴男以外の【始原の魔法使い】を見掛けた際に、割烹着とは違う、家事をする際に西洋で使用するえぷろんどれすとめいど服と呼ばれるモノに身を包んだ【キキーモラ】を従者にしていたからですよ」
「……マデラの莫迦者か……アイツめ、【狐】が居る【ジパング】に、それもその側近である存在に姿を見られるなぞ、一体何をしに……」
「飄々とした掴み所のない方で、真意は解りませんが……やはり、知り合いでしたか」
非常に不本意だがな――っとアイゼンは苦虫を噛み潰した様な表情となる。
「【木氣のマデラ】――【魔術】に関するセンスだけは認めるが、アイツは器が矮小過ぎる。我々【魔法使い】は、その特異性故に果たさねばならぬ責務があるのだが、アイツはその責を果たさず、自らの欲のためにのみ動き、勝手が過ぎる」
「確かに、貴男とは正反対の雰囲気をしていましたね。まぁ、それは今は良いです。僕の提案を受けますか? 受けませんか?」
そうだな――っと僕から視線を外し、アイゼンは考える仕草をする。
だが、答えは出ている様で、思考するには余りにも短い時間で視線を戻して来た。
「後悔はするなよ?」
「その言葉はもう聞き飽きました」
互いに鼻白み、後方へと飛び退く。
揚羽の隣に飛び退いた僕は、視線をアイゼンに固定させたまま腕を軽く振るい、幻術を解くように指示を出す。
僕や【魔法使い】からは最初から見えていたが、【魔術】に詳しくない一般の観客達には、何もない空間から徐々に姿を現した様に見えたのだろう、どよめきが走った。
同じく後方へ飛び退き、僕と距離を取ったアイゼンは、短く何かを詠唱すると黒外套を翻しながら腕を振るい、自らの斜め後ろの地に魔法陣を描く。
若干くすんだ白色に発光すると、魔法陣の中から徐々に何かが姿を現す。
姿形は僕達人の女性に似ているが、身体の所々に【魔物娘】特有の違いが見られ、魔法陣から姿を現した【魔物娘】は、とても整った顔をしているが、表情が一切読み取れぬ無表情で、耳に何やら変わったカラクリが付けられているし、首にも金属製の輪っかの様なモノが装着されている。
隣に立っているアイゼンから測れるに、約5尺6寸……女性にしては高めの身長を、他の【魔法使い】の従者が着ていためいど服と呼ばれるモノで包んでいた。
外見的特徴からして【ゴーレム】の一種だと思われるが……【魔法使い】が【ゴーレム】か……。
「彼女は自らの身が保たぬ程の屈辱に耐え、【魂】の消失を招いてしまう責め苦にすら屈せず、それほど迄に強烈な望みを果たした今も私に付き従えてくれている才女だよ」
「えっ……? それって……」
「どうしたんだい? 揚羽」
「い、いえ……何でもありません……」
肩越しに表情を確認すると、明らかに何か云いたげであったが、顔を伏せたまま僕と視線を合わせようとしないため、前を向き、アイゼンへと対峙する。
「マスター、エルゼが相手をするのは、あの【ゴースト】ですか?」
「話が早くて助かる」
控室で視ていましたので――っと端的に応え、【ゴーレム】は頭を垂れる。
面を上げると、【ゴーレム】はこちらに視線を向けて来たが、微妙に外れている所からして、僕ではなく、斜め後ろで静かに佇んでいる揚羽へと注がれているのだろう。
【ゴーレム】からの視線に気付き、揚羽がそちらに顔を向ける。
暫し無言で見詰め合っていた2人だが、ややあり、揚羽が口を開く。
「……貴女ではわたしに勝てませんよ? 実力も、自らの主を思う気持ちも、です」
「御託は良いので、サッサと来たらどうですか? 【教会】のエクソシストよろしく、貴女を浄化し、貴女によって呪われてしまっているそこの人間を――にん……げん……??」
僕を正面から捉えた【ゴーレム】が双眸を見開き、言葉を失う。
一瞬にして僕の【本質】を見抜くなんて、流石【魔法使い】の従者だけあるね。
「マスター……アレは――」
エルザ――っと名を呼び、従者の続く言葉を遮る【魔法使い】。
「アレを直視してはいかん。我々は因果因縁を調律し、均衡を保つモノだが、アレは最早別物だ。調律しようとしてはいけない。【気に食わない】っという理由だけで、【神族】達に真っ向から喧嘩を売り、傷一つ負わずに虐殺の限りを尽くした化け物達が、何千年という途方も無い期間を掛けて編み出した【呪い】がアレには施されている。当の本人達以外での解除は不可能だ」
「……承知致しました……では、エルザはあの口の減らない【ゴースト】を滅殺致します」
そうしてくれ――っと返し、【魔法使い】は僕へと視線を向けて来た。
「出来れば、互いに全力で相手をしたい所であるが……私達がそれをした場合、幾ら上級の【魔物】が幾重にも【結界】を張り巡らせていたとしても、この国が保たぬ。そこで、君の提案を飲んだ私からも提案があるのだが、良いかな?」
どうぞ――っと片手を差し出し、続きを促す。
「この闘技場の位相をズラすから、協力してくれるかな?」
「その程度の事なら、【魔法使い】である貴男なら1人でも十分過ぎますよ?」
「私が施すのならば、な」
「……あぁ、成る程……解りました。本当の意味で互いに【全力】を出すのですね」
そうだ――っと【魔法使い】は口元に笑みを浮かべて頷く。
揚羽――っと僕の従者の名を呼ぶ。
「今回は大盤振る舞いだ。君の本気を見せてやれ」
「……良いのですか?」
「構わないよ。今回は力を惜しんで戦える相手じゃないからね。幸いにも相手は【ゴーレム】だ。コアは駄目だけど、手足の1、2本を吹き飛ばした所で、彼の手にかかれば、直ぐに完治するさ」
「……畏まりました……」
何かを詠唱しながら前へと躍り出た揚羽が、その言の葉を口ずさみ終えると同時に術者を中心に突風が吹き荒れ、色素の薄い身体が徐々に色と実体を持ち、背中の中程迄在る見事な黒髪の頭頂部辺りに御前様と同じ狐耳が姿を見せ、臀部からは中程が膨れた尻尾を生やした【狐憑き】へとその姿を変化させた。
風が止み、溢れ出る【氣】が揺らめく蒼き炎となって揚羽の身体に纏わり付く。
僕や御前様以外には揚羽の耳や尻尾は視えないが、【ゴースト】である身が実体を持ち、身に纏う雰囲気だけでなく、【氣】の質自体も変わったため、アイゼンの眉根が寄り、険しい顔付きとなる。
「……タダの符術士ではない、っという事か……」
「タダの符術士程度が、御前様の勅令の共を任される訳がないじゃないですか」
「全く……【ジパング】は【向こう側】に連れて行かれるのを何とも思わぬモノばかりなのか?」
「護国の為なればこそ、皆喜んで修羅にすらなるのです。それに……それ程迄に度し難い存在でなければ、國を護る事なんて、不可能なんですよ……揚羽、始め」
僕の言葉を合図に揚羽が腕を軽く振るうと袖口から鉄杖ではなく、錫杖が飛び出し、それを握って地を突く。
シャン――っと遊環が音を立てると、円形の巨大な闘技場を囲う様に観客席との間に地響きを立てながら地から巨木と見紛う程の十柱の御柱が姿を現した。
十種神柱――神宝に擬えた十柱の御柱に囲われた内側と外側との位相をズラし、内側を時空ごと別物へと変えてしまう大規模結界。一度発動してしまえば、例え術者の命が尽きようとも、地脈を流れる【氣】を利用し、【解呪】されない限り延々と発動し続ける五行八掛の粋を集めて作られし強烈な呪い。しかも、この結界は、発動させた当人よりも強力な術者でなければ【解呪】する事は不可能であり、揚羽程の実力者が発動させた場合、その複雑過ぎる魔術機構により、【魔法使い】ですら数日を要する位難解なモノへと変貌する。
揚羽が錫杖で地を突く度に遊環が、シャン、シャン――っと小気味良い音を立て、耳に残る独特な響きで空間自体に反響していき、それに伴い、御柱が淡い光を放ち出す。反響音同士が重なり合い、徐々に音が大きくなるに従い、神柱の光が強くなり、【コロッセオ】内全体を照らす程眩い光を放つ。
閃光と取れる程の光量になるも、僕もアイゼンもお互いのみを視界に捉え、光が収まると、見た目こそ何の変化もないが、闘技場と観客席は御柱を堺に違う位相となり、如何なる魔術も何も通さず、視えぬ境界線が引かれる事となる。
もしこの境界線を無視して、互いに影響を与えようとするならば、御前様やあのローズと名乗った【ヴァンパイア】位の実力者でなければ不可能だ。
アイゼンが右手を顔の高さに持ち上げると、パチン――っと鳴らし、それを合図にエルザと名乗っている【ゴーレム】が右手を高々と持ち上げ、その前腕部に幾筋もの切れ込みが入り、展開する。
展開された【ゴーレム】の前腕から幾本の細い管の様なモノが伸び、高速回転させながら魔力を循環加速させ、溜まりきった所で上空へと魔術を放つ。
打ち上げられた魔術は、十分な高さ迄上昇し、十個に弾け、神柱へと着弾。
神柱の破壊ではなく、より高効率の魔力の循環を促すための助力魔術を施したのか……瞬時に相手の魔術の構造を理解し、それに合わせた魔術を施工するとは、恐ろしい限りだ。
「――さて、これで闘技場と観客席は完璧に別位相となった……準備は良いかね?」
「それはこちらの言葉ですよ」
外套の中から2振りの肉厚な剣を取り出し、交差させて地へと突き立てるアイゼン。
左目の眼帯に手を掛ける僕。
アイゼンの口元が動き、詠唱を始めると、地へと突き立てた2振りの剣を中心に光が走り、幾何学的な紋様を刻みながら、巨大な法陣を描く。
封の役目を担っている御前様謹製の眼帯を外し、【禁呪眼】を開放。
【門】を通して御前様の力が流れ込み、爆発的に膨れ上がった【氣】が突風となって顕現し、人の身である僕の身体をその出鱈目な【氣】に耐えれる様に瞬時に作り変えられる。
それでも尚、溢れる【氣】が蒼き炎となりて身体を覆い、一種の結界の役割を果たすため、この状態の僕に傷を与えるためには、溢れ出るこの【氣】を超える一撃を加えれねばならず、並大抵のモノでは武器が折れ、拳が砕ける事となる。
アイゼンからは白き神主の姿へとなった僕だが、【門】から更に力を引き出し、力の象徴である中程が膨れた尻尾を創り出し、頭頂部には耳が形作られる。
今回は僕がこれまで相手をしてきた中でも最大の火力を有する相手であるため、更に懐から【金色狐の白面】を取り出して顔へと付け、宝刀【神威】を右手に、妖刀【アゲハ】を左手に握り、それぞれを励起させ、【神威】の刀身が淡い光を放ち、短刀程しかない【アゲハ】は【氣】によって太刀程の長さの刃を形成する。
現在の僕が出来る最大の武装を施し、アイゼンを見据える。
僕の武装が完了すると同時に法陣が組み終わった様で、闘技場の半分近くを専有する程の巨大な法陣が淡い色を光を放ちながらゆっくりと旋回しつつ、中から金属独自の光沢を放つナニカが徐々にその姿を見せて来た。
「な、何だ、ソレは……」
「っ……!」
敢えてだろうが、ゆっくりと転送魔法陣から姿を見せているソレを確認し、思わず声が漏れてしまった。
観客席からも息を呑む音が聞こえる程の静寂の中、魔法陣から全身を現したソレは、10間を超える程の高さを有し、全身を甲冑で包んではいるが、女性特有の丸みを帯びたフォルムをしており、大陸の女性騎士を思わせる姿形をした巨大な――。
「――カラクリ……人形……??」
「【偶像神ユースティティア】――我が一世紀以上の生涯と金氣の粋を結集して創造せし女神だ。タダの機工人形と一緒にされては困るよ」
【ユースティティア】と名のついた【偶像神】は、背に佩いしていた身の丈程もある大剣を両手で握ると、そのまま大振りに上から下に叩き付ける様に大剣を振るって来た。
余りにも見え見えな行動に、思わず反応が遅れてしまったが、僕は何の感慨も持たず、励起させた【神威】を円を描く様に振るい、大剣の軌道を逸らせ、数間隣に激突させる。
質量相当の重さと威力を有した大剣は、轟音と地響きを伴い、圧縮された空気が暴風を巻き起こし、開放された凄まじい衝撃と【氣】は闘技場を沸騰した液状に変化させる。
足元の闘技場が消失したため、僕と揚羽は一旦飛び上がり、【偶像神】が大剣を引き上げ、肩に担いだ所で、タダの砂利と土砂に変化した地へと降り立つ。
幾ら巨大とはいえ、タダ振り下ろしただけの一撃で数千貫を優に超える石造りの闘技場を液状化させて、砂利と土砂に変化させるとは、恐ろしい限りだ。今の状態の僕でも、それなりに【氣】を込めなきゃ不可能な所業を一振りで可能とするなんて、本人が云っていた通り、タダのカラクリ人形って訳じゃないね。
「力とは、これ見よがしに誇示するモノではないが――」
声がした【偶像神】の肩の辺りを仰ぎ見て、【魔法使い】の存在を確認する。
「相手に対して、立ち向かうべき存在ではない、っと伝えるためには必要な行為である。そうは思わないかね?」
「その理屈ですと、僕に対してこのカラクリ人形を見せたのは、貴男は立ち向かうべき存在ではない、っと知らしめるためって事になりますね」
そうだ――っと首肯するアイゼンに僕は思わず鼻白んでしまった。
ご冗談を――っと若干の嘲笑を込めて返す。
「むしろ、ココまでの呪具の並行励起をしてる僕の方が、貴男に対して、立ち向かうべき存在でない、っとあんに伝えていると思いますが?」
「……未だ、残っている筈だ……」
「……はい?」
「【狐】と【門】にて繋がっている君ならば、【その程度で済まないモノ】を持っている筈だ。それを励起せずにいるのは、【始原の魔法使い】に対する挑戦状であると私は判断させてもらう」
「……自殺志願者ですか?」
「君程ではないよ」
アイゼンが腕を振るった瞬間、僕と揚羽の周囲に魔法陣が一瞬にして形成されたため、揚羽は札を飛ばし、僕は刀を振るって剣が転送される前に魔法陣を消滅させる。
「面倒だ……揚羽、一気に行くよ」
はい――っと揚羽は応え、錫杖にて地を突くと、遊環が音を立て、僕と揚羽の足元に直径4尺程の法陣が展開される。
若干の浮遊感の後、一気に加速される身体。
瞬時にアイゼンとその従者である【ゴーレム】の傍迄飛び上がり、互いの手にしている獲物を振るう。
2度、3度――刀を振るう度に【氣】を込められた刃同士が衝突し、青白い火花を散らす。
揚羽の錫杖が、振るわれた軌道にそって符術による法陣を形成させ、法陣から光を放つが、【ゴーレム】の前腕が文字通り開き、中に存在する機工が起動すると、幾つもの魔法陣を展開させ、揚羽の符術が無効化される。
……悔しいけど、従者の力はほぼ互角。
ならば――。
敢えて大振りな一撃を放ち、アイゼンに防がせ、【偶像神】の肩から弾き出す。
中空に投げ出されたアイゼンだが、別段慌てる事もせず、魔法陣を至る所に出現させ、射出せずに転送だけさせて、空中に留まる形で姿を見せた剣を足場にして僕と対峙する。
僕の方は、足元に生成させた法陣によって風氣を繰り、風を掴んで空中で留まる。
「まるで【ジパング】特有の【魔物】である【天狗】だな」
「ならば、大団扇でも呼び出しましょうか?」
それは遠慮しておくよ――っとアイゼンは口の端を持ち上げて拒否する。
「木気を引き出せば、相生相剋の関係上、瞬きの間に勝負がつくぞ?」
「面白い事を云ってくれますね。幾ら【魔法使い】でも、【人間】の身程度で扱える【氣】では、御前様の――」
「君も……一磨も【人間】の身だ」
決して声量が大きかった訳でも、身を凍らせる殺意を放たれた訳でも無い。
なのに、何故、僕はアイゼンのあの言葉に動けなくなってしまったんだ?
「ならば、如何に無尽蔵とも取れる魔力を【門】から持ってこようとも、それを発露するのが【人間】の身であるのならば、より優れた【翻訳機】を所持している方が上という事だ」
「……貴男の【偶像神(ソレ)】が、僕の【禁呪眼(この目)】や【金色狐の白面(面)】、そして、この2刀よりも上であると云うのですか?」
そうだ――っとアイゼンは絶対なる自信を持って頷く。
「ふっ、ふふっ……ははっ……はははっ……は〜っはっはっはっ!!」
アイゼンが余りにも可笑しな事を云うので、思わず腹を抱えて笑ってしまった。
普段、この様な声を上げて笑う事がない僕なので、揚羽が何事かと不安に思い、戦いの手を止め、コチラを注視して来た。
――巫山戯るな!!!
一頻り笑い終えた所で、溜め込んでいた【氣】を一気に開放し、周囲の環境を突風逆巻く低気圧の中心部へと一変させる。
【偶像神】に幾つもの稲妻が走るが、魔術機工だけあり、一切の支障が無い様で、微動だにしない。
「貴男がこれまで目にしてきた玩具と僕の【呪具】を一緒にするな! 良いだろう、そこまで云うのなら、見せてやろう! 【魔法使い】!!」
「一磨様!!」
「揚羽、ここらで1つ、遥か極東の島国である【ジパング】の【侍】が、あの【始原の魔法使い】に格の違いを思い知らせてやるのも面白いとは思わないかい?」
口の端を持ち上げ、隣に移動して来た揚羽に提案をすると、一度だけ目を瞑り、瞼を上げた時には、その瞳に闘志の炎を宿していた。
「わたくしの主は一磨様です。 主の覚悟を持っての言葉ならば、従者であるわたくしが、何を云えるとお思いですか?」
「済まない、揚羽……君にはいつも無理を強いてしまう……」
「ふふっ、それだけ一磨様から信頼されている証で御座います。 恐悦至極です」
従者である揚羽も覚悟を決めた所で、僕は両手に握っている2刀を中空に発生させた円陣に突き刺して固定し、単と下襲を開けさせ、上半身を露わにする。
「むっ……?!」
「………………」
【魔法使い】と【ゴーレム】が同時に反応する。
それもその筈。 今の僕の腹部には、陰陽太極図とそれに重なる様に五芒星が描かれているからだ。
「喜べ、【魔法使い】。 これの開放をして相手をするのは、貴男で3人目だ。 前回、前々回は僕が未熟だったが故に、意思に反する開放だったけど、今回は違う。 確実なる僕の意志の下で開放する」
「それは光栄な事だ。 ならば、勿体振らずに早く開放したらどうかね? 少年」
その言葉を合図に僕は内丹で練っていた【氣】を右手へと集中し、五指それぞれに対応する五行を発露させる。
「っ?! そ、それは!!」
「漸く気付いた様だね。 通常、人間の様な小さな器には、1つの身体に1つの【属性】が限界だ。 機によって【属性】を切り替える、もしくは同時に発露させるなんて、不可能な所業なのさ。 なのに、僕は【五行】を全て操れる。 それは、詰まる所――」
五行を発露させた五指を腹部の五芒星に合わせて突き立てる。
――ズブリ……。
肉が貫かれ、異物が進入してくる感覚のみがあり、腹部に五指が突き立っているのに、痛みは全く感じない。
――カチッ……。
ある程度の深さまで指が進入した所で、何かに【噛み合う】感覚がしたので、手首を回して【解錠】する。
――ゴグン……。
【解錠】が完了した感覚が頭に直接届き、腹部から指を引き抜く。
腹部に描かれていた五芒星だけでなく、陰陽太極図も回転しており、陰陽が上下になっていて、指を引き抜いたのにも関わらず、自動的に回転しながら、中央の境目から裂けていき、僕の腹部に【虚】を作り上げる。
だが、その【虚】から突然極光と共に刃長約7尺、全長約10尺の大太刀が徐々にその姿を見せ、光が落ち着く頃には、大太刀はその全貌を現して、中空に浮いていた。
柄を握り、軽く一振りしただけで豪風が巻き起こり、幾重にも亘って結界が展開されている【偶像神】の装甲に幾筋もの裂傷を与える。
「僕の身体が既に人間の【ソレ】で無い、っという事さ」
【魔法使い】が険しい表情となり、頬を一筋の汗が伝う。
「インキュバス……」
「概ねは、そう捉えてもらって結構だけど、細かな所じゃ全然違う。 例え、いんきゅばすになったとしても、【五行】を全て操る事は不可能さ」
「【禁呪眼】の開放と同時に、その出鱈目な魔力に耐えれる様、身体を根本から【創り変えた】のか……」
「御名答。 そして、この大太刀は、【妖狐】の尻尾と同じく、御前様の力を大太刀という形に凝縮して顕現させたモノ。 貴男なら解る筈だ。 この大太刀に秘められている力がどれ程のモノであるのか」
「勿論だとも。 もし今の状態の君がその気になって暴れれば、こんな国なんぞ数分と保たずに地殻ごと地図から消し去る事が可能な事位な。 故に――」
【魔法使い】が腕を振るうと、【偶像神】の胸部が開き、人一人が乗せれる空間が現れた。
「こちらも一切のリミットを解除させてもらう」
【ゴーレム】が剣の足場から飛び上がり、【偶像神】の胸部に乗り込むと、展開されていた胸部装甲が閉まり、目の部分に光が宿った。
関節部や装甲の隙間から、余剰魔力が蒸気の様に噴出され、その巨体に見合う、今の僕にも対抗出来るだけの甚大な【氣】の発生を感じ取れる。
「【ソレ】がその人形の最後の鍵でしたか……」
「そうだ。 エルザと【ユースティティス】は2つで1つ。 故にどちらか1人だけでは、本来の力を発揮出来ぬのだよ」
「では、此処からは貴男の本当の力とやらを見れる――っという訳ですか」
「驚くなよ?」
アイゼンの隣で微動だにせずに立っているだけであった【偶像神】のその姿が掻き消え、豪風と共に何かが凄まじい速さで僕と揚羽に迫って来る。
最早壁としか認識出来ぬ程の大剣を大太刀を軽く振るって弾き返す。
衝撃点を中心に突風が吹き荒れ、続く切り返しに再び大太刀を振るって弾く。
「……確かに、この大太刀を開放していなければ、今頃僕の身体は――」
「云った筈だ。 気を引き締めておけ、っと」
単調な剣撃の応酬に飽きてきた頃、耳に届いたアイゼンの声に、ふと、【偶像神】が振るっている大剣に視線を向けた瞬間、僕は揚羽を抱え、短距離転送法陣を展開し、後方へと一瞬にして移動する。
僕達を肉体だけでなく魂ごと消失させるのに十分な【氣】を纏った大剣が僕達が居たであろう空間を高速で通過し、風が逆巻く。
「………………成る程、これは驚きました……」
「流石は【魔法使い】――っといった所です。 世界を巻き込む程の大戦に於いて、その存在の有無が戦局を左右すると云われているのも納得出来ます。 けれども――」
「御前様には遠く及びません」
僕は大太刀を隣で浮いている揚羽の腹部に突き立てる。
「なっ?! 血迷った――」
「お見せしますよ。 貴男程の存在ですら、その御姿、その御力を文献でしか確認した事のない、御前様を……」
揚羽の身体が、竜巻状になった溢れ出る【氣】によって包まれ、如何なる攻撃すらも弾き返す鉄壁の結界を発生させる。
【十種神柱】による結界を施しておいて良かった……もし、結界を施していなかった場合、ココを中心に、半径数百キロという広大な範囲が一瞬にして【魔界】へと転化してしまう程の【氣】だ……。
今、竜巻内部では、今の状態の僕ですら、制御不可能な程に膨れ上がった【氣】によって、破壊と再生を繰り返しながら、凄まじい早さで揚羽の身体が創り変えている。
荒れ狂う竜巻と雷鳴、青き炎により、【魔法使い】であるアイゼンですら、一歩も動けずに、只々事態を眺める事しか出来ない。
最も、今の状態の揚羽に何かしようにも、この竜巻状の結界によって、全て弾かれてしまうけどね。
「目在るモノは見よ! 耳在るモノは聞け! 我が故郷である極東の島国【ジパング】を護りし伝説の大妖怪にして、その神性故に神族へと名を連ねる【魔物】!!」
そして、唐突な竜巻の収束と共に姿を現す、巨獣。
「こ、これは……っ?!」
「……っ!!」
陽の光を反射して、金色に輝く全身。
極東に於いて、絶対なる【死】の象徴である白き面。
4足歩行が主であるが、今は後ろ足2本で器用に立ち上がり、10間を優に超える巨躯。
何よりも、この巨獣をどの化け物であるのか特徴付ける、ゆらりと揺れる中程が膨れた一尾。
「金色白面一尾の狐」
僕は、巨獣となった揚羽に近付き、流れる様な毛並みをひと撫でする。
「【魔物】へと転化した揚羽ですら、御前様の力は大き過ぎるため、一尾を顕現させ、大きさも本来の十分の一以下を再現するのが限界だけど――」
アイゼンへと視線を向け、口の端を持ち上げる。
「君達を完膚無き迄に叩きのめすには十分だ」
「それはどうか、な!」
アイゼンの指示に従い、【偶像神】が突貫して来る。
その突進力と質量に【氣】を乗せた、まさに必殺の一撃。
多分、あの凄まじい【氣】には、【加速】と【強化】の魔術が込められていて、その早さ故に、タダの閃光としか認識出来ず、もしアレを直撃した場合、確かに御前様に――
「毛程の疵を負わす事が出来るかもね」
「何を――」
アイゼンにとっては必殺の一撃。
けれども、今の揚羽にとっては、タダの鈍い一撃。
揚羽の一尾が揺れたと思った刹那、【偶像神】の大剣が甲高い音を立てて、唐突に動きを止める。
「受け止めた……だと……??」
「驚くのはこれからですよ」
「くっ……未だだ!」
【偶像神】は、その巨躯に似合わぬ程の高速で大剣を縦横無尽に繰り、【氣】によって淡く光っているため、幾筋もの閃光を描くが、その場を一歩も動かずにその尽くを一尾を振り回すだけで弾く揚羽。
「ぐっ……ならば!」
アイゼンは中空に法陣を展開させ、転送させた剣を足場に、僕へと一気に飛び込んで来るが、空間に固定させていた【神威】と【アゲハ】を引き寄せて両手に握り、こちらからも飛び込んで距離を詰める。
互いの獲物を己の最大加速にて振るい、甲高い音と火花を散らし、確かな重みを腕に感じる。
この状態の僕ですら、腕が痺れて骨が軋む程の衝撃。 この人は、【魔法使い】であるのは確実だけど、それを疑ってしまう程の剣術の腕だ。 もし、これまでの魔術の行使をみていなかったら、【魔法使い】であるのを疑ってしまう程だよ。
素直に尊敬に値する。 一世紀以上のもの間、只々己の研鑽のためだけに費やし、魔導の果てに到達し、境界の存在になって尚、自らに課した特異なモノが背負うべき責務を全うするなんて、この人も、ある意味正気を疑うね。
けれども――
数合の衝突により、遂にアイゼンの刀でない方の両手剣が砕け、後ろに飛び退き、新たな剣を手にするべく、腕を振るった所で、動きを止める。
「……【魔法使い】である私を魔術にて出し抜くとは、やるな……」
「僕も内心いつ気付かれるか、気が気じゃなかったですが……まぁ、揚羽達の方もそろそろ勝負が決まりますし、頃合いかと思いましてね」
凄まじい破砕音と共に【偶像神】が結界の端へと吹っ飛ばされ、御柱と御柱の間で、視えぬ力場に寄って内部へ弾かれて、何度か蹌踉めくが、肉厚で強大な大剣を地に刺し、膝を砕くのだけは耐える。
中空に浮いている僕の隣に巨獣となっている揚羽が、その巨体に似合わぬ程の身軽さで移動して来た。
「――勝負あり、ですね?」
「残念だが、【魔法使い】は諦めが悪いモノなのだよ、少年」
パチンッ――っとアイゼンが指を鳴らすと、【偶像神】の足元に巨大な法陣が形成され、流れ出る途方も無い【氣】によって、破損箇所が淡い光とともに修復されていく。
更に【氣】自体の補充も行ったのか、関節部や隙間から灰色の余剰の【氣】が溢れ出ていて、溜息を零してしまった。
「……流石、魔導器に関しては、一日の長がありますね」
「地脈があり、コアである私が滅びぬ限りは、我が【偶像神】は不滅。 地脈によって得られる魔力で延々と修復する事が可能だ」
「そのくせ、戦闘能力も結界に少しの綻びが出来ぬ様に、手加減してそれですから、もしその気になれば、大陸を分断する事も可能なんじゃないですか?」
「少々溜めが必要になるが、その気になれば、な」
「……僕よりも、貴男の方が余程危険じゃないですか……」
「君があの【狐】からの力を抑えずに開放すれば、この大陸全てを【魔界】に転化させる事も容易であるくせに、良く云うな」
「御前様が良しとせぬ事を僕はしない」
良く訓練された狗だ――っとアイゼンは眉根を寄せて、憐憫を含めた視線を向けて来た。
狗で悪いか? ――っと僕は若干の侮蔑もある言葉に、犬歯を見せる笑みで返す。
「ふむ……最早、言葉は意味をなさぬな」
突然、アイゼンは刀を収めると、黒外套の中にしまった。
【侍】であれば、降参の意味での行動であるが、【魔法使い】である彼が武器を収めて【両手を自由にする】というのは、別の意味を持つ。
僕は内丹に込めている【氣】を内環させて、いつでも術の発露と身体操作が可能な様に構える。
アイゼンが両腕を組み、聞き取れぬ程の小さな声で何かを詠唱しだすと、僕を囲む様に四方八方に数百ではきかぬ程の大小様々な法陣が瞬時に形成された。 空間が水面の様に歪むと、文化や国境を無視した、ありとあらゆる武器がその姿を徐々に現す。
アイゼンの隣に移動してた【偶像神】も、手にしてる大剣を両手で握り、上段に構えると、刃部が眩い光を纏い出す。
「おいおい、本気か……? あんな出鱈目な【氣】を内包している武器や大剣を振り回したら、幾ら位相をズラしているとはいえ、結界自体が保たないぞ……」
「……それが目的なのではないでしょうか?」
人間の発声器官を保たない故に、揚羽が若干篭った感じの言葉を発する。
「……あぁ、成る程……僕等に【避けるな】って事か……」
「はい、多分、そうでないかと……」
「面白い事をしてくれるね。 その挑発、乗った!」
僕は両手に握っている刀を両側に開く形で構え、揚羽は、尻尾を大きく振るうと、僕の身体から取り出した、大太刀の刃部と同じ形へと尻尾を変貌させた。
地脈を流れる【氣】を巻き上げ、練り込み、円環加速させる事で、人間が扱える【氣】を遥かに超えるモノへと増大させる【魔法使い】。
あんなモノを僕達が避けて結界に衝突した場合、豆腐を斬るかの如く、結界は容易く切り裂かれ、その先に存在する何万という人達が巻き込まれる事になる。
全く、参っちゃうな……まっ、もし、万が一にも、僕達が避けたり、先ず在り得ないけど、撃ち抜かれた場合は、ローズさんが何とかするだろうからのこの暴挙なんだろうけどさ。
僕達の【氣】の内環も終えた所で、向こうの準備も完了したらしく、詠唱の声が止む。
「……さて、少年……結界と観衆がいるが故に、些か抑えはするが、それでも、今の君達にとっても、致命傷になりうる一撃だ。 ――心して掛れよ?」
「是非も無い」
アイゼンが僕達を指差した瞬間、僕達を囲む様に展開されている法陣から、音を超える早さで無数の武器が射出される。
右手の【神威】と左手の【アゲハ】にて、音を立つ早さでそれらを打払い、斬り裂くが、その度に、内包されている【氣】が【爆発】へと変換されて、僕の体力を徐々に削っていく。 揚羽を一瞥するが、【偶像神】を視界に捉えたまま、互いに一歩も動かずに只々相手の一撃をジッと待っている。
ふむ……では、こちらも、反撃をさせてもらおうか……。
【神威】と【アゲハ】に僕の内環させた【氣】を送り込み、刃長を一気に伸ばした所で、高速でそれらを振るい、僕を囲んでいたアイゼンの法陣を全て破壊しつつ、印を切って先のアイゼンとの衝突の際に結界内を飛び回り、施した道術を発動させてもらう。
「乾坤艮兌、四方良し!」
アイゼンの四方に雷が落ちて、中空に方陣と梵字を刻む。
「巽震離坎、八掛良し!」
それら四方の間に再び、雷が落ちて、都合8つの梵字が中空に刻まれ、上空に超局所的な低気圧と濃密な雲が発生する。
「爆ぜ翔べ、神鳴る怒槌!!」
【コロシアム】の方位を利用した中規模方陣による道術で強化され、竜巻状に練り上げられた【氣】がアイゼンの周囲を取り囲み、逃げ場を無くした所で、1つに束ねられ、直撃すれば、踏鞴様が吟味に吟味を重ね、選びぬかれた鋼を使い、人の身では決して叶う事の出来ない、気の遠くなる期間を掛けて鍛え上げた【神威】ですらも消失させる程の威力を内包する雷による一撃。
更に彼は【金氣】であるが故に、雷は他の如何なる存在を無視して、【魔法使い】に直進する。
幾ら鍛え上げられていたとしても光の速さで自分に向かってくるモノを避ける事は不可能。
耳を劈く轟音と閃光が走り、僕の術が完成して、【魔法使い】に放たれたのを確認する。 余りの光量に一瞬掌で庇を作り、瞳を護るが、直ぐに閃光は収まり、アイゼンを閉じ込めるために発生させた竜巻は雷の衝撃で吹き飛ばされ、直撃したであろう【魔法使い】の末路が視界に入った所で、僕は思わず息を呑んでしまった。
「っ?! ………………僕よりも、余程化け物じゃないですか……」
「魔力による強化をされている雷では、正面からぶつかった場合、私でも防ぎ切れぬが、如何に強力な魔術であろうと、自然現象の1つに過ぎぬ。 原理さえ解っていれば、後は理に則って動くだけでこの通り――」
アイゼンの身体を囲う様に組み込まれた無数の武器であったモノ達が、その身を犠牲に主を護った証拠に、黒く炭化した状態になっており、彼が軽く手を触れただけで、それらは音もなく、風に乗って粉々に砕け散った。
「対応出来るというものだ。 まぁ、その代償に、貴重な魔法銀の剣や、水晶銀の杖、玉鋼の刀を数百本単位で失う事になってしまったがな」
「成る程……流石、大陸の魔法使いですね。 これで仕留めるつもりでしたが――」
僕は隣で大太刀に変化させた尾を構え、避けた場合、【十種神柱】で張った結界ですら豆腐の様に容易く斬り裂けてしまう程の【氣】を纏わせた大剣を上段に構えている【偶像神】と退治している揚羽に視線を向ける。
「仕方ありません、互いの従者で決しましょう」
「そうだな……そのために、お互いの従者を睨ませたままだったのだからな」
そして、僕は印を切り、アイゼンは詠唱を始める。
揚羽の尻尾の大太刀に僕の身体では、余りの量に制御しきれず、身体が四散してしまう程の【氣】が集まり、今の状態の揚羽ですら、余剰となった【氣】が白色の煙となって刃から立ち上る。
対する【偶像神】も、鈍色に輝く刀身の光が更に強烈になり、今ならば大陸を分断する事も可能ではないかと思わせる程の【氣】をその大剣に纏わせている。
互いの従者の【氣】は十分。
今の2人は、極限に迄引き絞られた剛弓だ。
後は――
僕とアイゼンがゆっくりと腕を持ち上げる。
揚羽と【偶像神】が上体をやや倒し、前傾へとなる。
息を細く、長く吐き出して、気持ちを整える。
呼び寄せた低気圧によって、嵐が発生し、雨粒が僕達に降り注ぐ。
一瞬だけ合わさる視線。
一気に振り下ろされる腕。
地を揺るがし、駆け出す2つの巨影。
「オオォォォーーーーーン!!!」
「はあああぁぁぁーーーーーーっ!!!」
下段から大地を斬り裂きながら、遥か上空へ進む大太刀。
上段から空を裂き、極光と共に振り下ろされる大剣。
後ほんの数瞬で勝負が決する一撃が衝突する刹那。
「「「「っ?!!!?!?」」」」
円形闘技場に結界内に居た僕達は全員動きを停めて、雲が渦を巻き、太陽が確認出来ない上空へと顔を向けた。
突然、雲が円形に割れ、何かが高速で此方に向かってくるのが視えた。
徐々に姿が確認出来る様になるにつれ、心臓を鷲掴みにされ、存在そのものを圧し潰してくる様な、吐き気を催す殺意が濃厚になり、思わず口元に手を添えてしまった。
円形闘技場の結界内に存在する他の人達に目を向けると、こちらも同じ状態であり、アイゼンに至っては、血涙を流し、小刻みに震えてた。
再び上空に視線を向けると、この殺意の元であるナニカは、既に結界の直前に迫っており、案の定、ガラス細工の様に容易に砕かれ、後ろに飛び退いた揚羽と【偶像神】の丁度間に大量の砂煙を巻き上げながら着地した。
翼を広げる際の風圧によって一気に砂煙を払ったソレは、全身を漆黒の鱗に覆われ、その巨体に見合う翼を持った、爬虫類独特な骨格を持った化け物の様だ。
その重厚な鱗は、鍛え上げられた剣すら弾き、その鋭い牙と爪は、鋼鉄すらも易易と斬り裂き、その衝撃とも取れる咆哮は、大地を揺るがす。
まさに書物に記載されている通りの姿に、僕は息を呑んだ。
タダ、一点だけ、僕が知っている書物では、【ドラゴン】は翠色をしていた筈だが、何故か目の前の【ドラゴン】は漆黒に限りなく近い色をしている。
そう、まるで拭い切れない血が乾いて固まった時の様な、黒さだ。
「アレは……【ドラゴン】……??」
「せ、【世界喰らい】……っ!!」
アイゼンの苦悶に歪む声に、思わず顔を向けた。
「世界……喰らい……? ……【世界喰らい】?!! アレが……あの【ドラゴン】が【御前様】の怨敵!!!」
「ま、待て! 一磨!!」
アイゼンの制止を無視し、風を蹴り、身の回りで遊ぶ風にも身体を押させ、音すらも後にする程の加速で一気に【ドラゴン】に駆け出し、無防備に持ち上げている頭部へと、【神威】を振るう。
相手の命を刈り取るためだけに振るわれる一撃。
僕の【氣】と相手の【機】を合わせた、逃れ得ぬ必殺。
だが――
甲高い音を立て、衝撃全てが自分の手に帰って来たため、思わず、手から【神威】が離れそうになってしまった。
「つぅっ!!」
「あ〜ん?? ……おっ、な〜んか、痒いと思ったら、羽虫がついてらぁ」
人の頭部よりも大きな瞳が動き、僕の姿を確認した瞬間、全身が異様な冷たさに襲われ、咄嗟に後ろに退いたが、何気なく【ドラゴン】が伸ばした指先は、その純粋な速さで僕を捉え、軽い衝撃と共に、腹部に軽い違和感を覚えた。
「……ん……??」
何故か風が泥濘み、掴めなくなってしまったので、身体が重力に引かれるが、腹部にある何かによって地面に落ちなかったたため、不思議に思って、視線をゆっくりと下に向けた。
鈍色に輝き、僕の全力の一撃を弾いた鱗に覆われた【ドラゴン】の巨木程もある指に沿って視線を動かすと、そのまま、僕の腹部へと続いており、漆黒に染まる爪に紅い筋を作り出していた。
「………………えっ……??」
「か、一磨様!!!!」
「少年!!」
「一磨!!」
動く影は4つ。
一番先に駆け出した揚羽だが、振るった大太刀は翼で弾かれ、続く一撃を放つ前に口から放たれた、岩すらも蒸発させる灼熱を直撃されて、後方へと大きく吹っ飛ばされる。
続いて駆けたアイゼンと【偶像神】だったが、法陣からの剣の投擲と、巨体に見合った【氣】を纏った神速の大剣の一撃は、これまた翼で弾かれ、【偶像神】がよろけた所に人ならば、触れただけで身体が爆ぜる程の強靭な尾撃によって、装甲が拉げる音と共に吹き飛ばされ、それに巻き込まれる形で、アイゼンもその姿が掻き消える。
最後に忽然と僕の目の前に現れたローズさんは、僕の腹部に突き刺さっている指先を手刀で切断し、支えを失って落下していく僕の身体を抱き止めると、【ドラゴン】から距離を取りつつ、ゆっくりと地面に降り立ち、僕を地へと寝かせた。
遅れてやってくる激痛と、呼吸困難。
生暖かく、粘り気のある何かが喉を逆流して来たため、吐き出すと、地面に紅い染みを作り出した。
ローズさんは、腹部に突き刺さっている指先を引き抜いて、乱雑に投げ捨てると、その端正な顔を歪ませ、僕の顔を覗き込んで来た。
逆立つ鱗によって傷口を抉られる痛みに顔が歪み、血が吹き出すが、手を当てるだけで精一杯だ。
「か、一磨!」
「はぁ……くっ……だ、大丈夫、です、よ……はぁはぁ……僕には、御前、様、の……はぁはぁ……うっ……御加護が、あり、ますか――」
「莫迦者! アヤツの一撃には、【呪文病毒(スペル・ウイルス)】が仕込まれておる!! 己の異様な再生能力か、出鱈目な魔力で弾かぬ限り、魂を直接繋げた内部から治癒する魔術以外は、全て瞬時に解呪してしまう厄介な代物じゃ! 今直ぐワシとの【門】を強化するか、玉藻に直接対応してもらわなければ、その疵は癒えぬぞ?!」
「な、何を、云っているん……あ、あれ……?」
……可笑しい……普段ならこの程度の疵、今の状態の僕なら、直ぐに治るのに、何故か未だに血が流れ続けているし、痛みも退かない……。
「だから云っておるじゃろうが! 早う玉藻を呼び寄せよ!!」
「な、何で……なん、で……??」
だ、駄目だ……視界がボヤケて、身体が重い……。
「くっ……! 玉藻め、何をやっておる!! こうなってしまっては、無理矢理でも――」
印を切ろうにも、手が震えてしまって、全然動かせないし、何だかとても眠い……。
「こ、こら! 一磨!! 聞いておるのか?! 早う――っ??!」
ローズさんが今にも泣きそうな顔で僕を肩を持って揺すってくるけど、瞼が重い……。
それに、凄く暖かくて、痛みも退いて来た……。
あぁ、そうか……これが――
これが……【死ぬ】って事なんだ……。
深呼吸を何度かして気持ちを落ち着かせ、身体の強張りをほぐすが、どうにも上手くいかない。
人前で刀を振るうのには御前試合で慣れているが、人数が違い過ぎるのと、相手があの【始原の魔法使い】の1人であるせいで、否が応でも気持ちが昂ってしまう。
【始原の魔法使い】は、人の身でありながら、【魔術】に対する技量は、上級の【魔物】に匹敵し、【魔法】の域に迄到達してしまった者達、っと御前様がお話しされていたのを覚えている。
その上、あの【金氣のアイゼン】は剣の扱いにも長けているため、1人の武士としても楽しみである相手だ。
手甲を嵌めている両手を何度か握り、身体の調子を確認する。
ふと、斜め左後ろに気配を感じ、顔を向けずに声だけを掛ける。
「……どうしたんだい? 揚羽」
「一磨様、もしお許しを頂けるのなら、共に宜しいでしょうか?」
「うん? 揚羽は常に僕と共にある。今更だよ」
「いえ、そうではなく、このままの姿で共にありたいのです」
「……顕現した状態でかい?」
はい――っとハッキリとした意思を含んで応えられた。
確かに、昨夜の交わりの際に、揚羽に【門】を作り、僕が【アゲハ】を励起せずとも、顕現出来る様にしたから、自由に顕現と解除を出来る様になったけど、顕現している間は常に【氣】を消耗するし、【氣】の消耗が激しくなれば身体の維持が出来なくなってしまうのに、どうしたのだろうか?
肩越しに揚羽を確認すると、【ゴースト】であるため、儚げではあるが、生前のままの凛々しさを携えており、僕から何を云われ様とも、自分の意思を曲げない強さをその瞳に宿していたるため、深呼吸を1つして顔を前に戻した。
「……解ったよ。僕に付いて来て。タダ僕が合図を送るまでは姿を隠していてね」
「っ! ありがとうございます」
僕の半歩後ろに近寄ると、その場で立ち止まり、幻術にて姿を隠しながら静かに佇む。
「コレより、ブリュンヒルデ武闘大会、決勝戦を開始するのじゃ! 両選手は、闘技場に入場するのじゃ!」
暫く2人で静かに待っていると、【魔術】による拡声で独特の響きをもった声が聞こえたため、ゆっくりと歩みを進める。
【ゴースト】であるため、揚羽からの足音は聞こえないが、気配でちゃんと付いて来ているのは解るので、振り返らず、そのまま石造りの通路を抜ける。
薄暗い通路から眩しい日差しの下に出たため、一瞬視界が奪われるが、耳だけでなく、身体全体に迄響く程の大歓声に思わず歩みを止めてしまう。
視線だけを動かして観客席を確認するが、人が座っていない席は見当たらず、通路に迄ハミ出した人々が居る程で、中には【コロッセオ】の外壁に座って望遠の【魔術】か何かでこちらを【視ている】人も居る程だ。
先日の本戦で使われていた石造りの円形の巨大な闘技場の上に立ち、ゆっくりと中央付近に近付く。
僕と相対する側からは、見覚えのある黒外套を翻し、【始原の魔法使い】が同じくこちらに歩みを進めていた。
視線が合わさり、互いに口元に笑みを浮かべる。
相手と6間程の距離で立ち止まり、相手を見据える。
「西の門より入場したは、【魔術】を修める者ならば、決して知らぬ者がいないと云われる、【始原の魔法使い】が1人、【金氣のアイゼン】こと、アイゼン=グスタフ!!!」
地を揺るがす程の歓声と共にシルクハットのつばを手に軽く持ち上げて観客に応えるアイゼン。
「対する東の門より入場したは、遙か東国――【ジパング】の騎士である【武士】が1人、数多の強者を1刀の下に打ち倒してきた、新城 兵頭 一磨!!!」
最早声として認識出来ぬ程の歓声に応えるべく、刀をゆっくりと引き抜き、天へと大きく掲げ、細く吐き出す息と共に納刀する。
波が引く様に歓声が収まり、何事であるかと思い、観客の視線の先へと顔を向けると、テラス状の貴賓席の奥から、右手側にクスィーさん、左手側にルーンさんを従え、獅子を模した金の刺繍が特徴の身頃のみの外套を羽織った、ブリュンヒルデ国王が姿を見せていた。
祭り事がある場合、多種多様な国の人や【魔物】が訪れ、通常よりも警備を強化していても、良からぬ事を企てる輩が入国する危険が高くなるため、国王程の方がこの様な衆人観衆の前に姿を見せるのは、余り感心出来ぬと思っていたが、あの2人と剣を交え、言葉を交わした今なら解る。
国王陛下は奥方の部下であるあの2人に全幅の信頼をおき、あの2人もそれに応えるべく、イザとなればその身すら喜んで差し出すからだろう。
タダ、本気で国王陛下の命を狙ったとしても、奥方がリリム種であり、【デュラハン】と【バフォメット】の【魔物】の中でも上位の存在を相手にしなくてはならず、更に国王陛下自身も【魔界】帰りの元【英雄】ならば、あの腰に差している剣も飾りではないため、ローズさん位の手練れでなければ、近付く事すら出来ずに終わるだろうな。
国王陛下は両腕を広げ、【コロッセオ】内の全ての存在へと自らを注目させる。
「皆腕に覚えの在る者達であったが、この最後の試合に残ったのが、東西を代表する存在である所だけでも、此度の大会は実に興味深い内容である。【武闘大会】を開催し、かなりの歴史を重ねているが、【魔物】でなく、人間同士の決勝戦は初となる。共に腕に覚えの在る者達。存分にその業を振るうが良い!!」
声と共に高々と腕を上げ、観客の興奮は最高潮に達し、結界で遮られているのも関わらず、闘技場に立っている僕達に迄熱気が届いてる錯覚に陥る。
「ブリュンヒルデ武闘大会、決勝戦、始め!!」
開会式で打ち鳴らされた巨大な銅鑼の轟音が響き、僕とアイゼンは疾駆する。
左手で鯉口を切り、柄に添えた右手の親指と小指の付け根で軽く刀を押さえ、走っている勢いを利用して抜刀。
互いに払い抜けを放つが、獲物同士が擦れて火花を散らし、その場で急停止を掛けて背後へと向き直り、返す刀で袈裟斬りを掛ける。
黒外套の中から姿を見せたアイゼンの獲物に一瞬瞳が大きくなるが、構わず励起していない状態の【神威】を打ち合わせ、鍔迫り合いへと持ち込み、大歓声の中でも互いの声が届く範囲へと顔を近寄せる。
「刀も扱えるんですね」
「【ジパング】のこの剣は非常に優秀だからな。機能面だけでなく、美術品としても一級品だ」
「乱れ刃紋に浮かぶ油脂……そんな美術品で、人だろうが人外だろうが、一切の区別なく、只々斬る事のみを考慮されて打たれた僕の【神威】を受け切れますかね?」
「安心したまえ。この刀――カネサダ参式改は、扱う者によっては、鋼鉄すらもバター宜しく斬り分けるぞ?」
「成る程……」
「それよりも、私個人としては――」
鍔迫り合いに持ち込んでいる刀からアイゼンの腕に力が篭もり、僕を押し退けようとしてきたので、こちらも体を落とし、地を踏み締めて対抗する。
「幻術で姿を消したまま、立ち位置から動かず、こちらを伺っているあの【ゴースト】の方が気掛かりだ」
やはり見えていたか……。
流石【魔法使い】といった所だ。
思わず苦笑してしまうと、相手も口の端を持ち上げる。
「気付いていましたか」
「伊達や酔狂で【始原の魔法使い】に名を連ねておらんよ」
「なら、これは提案なんですが……良いですか?」
何かね? ――っと僕からの提案にある程度の予想をつけながらアイゼンは応える。
「此処からは互いの従者を加えた2対2での勝負にするのはどうでしょうか?」
ほぉ――っと【魔法使い】は感嘆の声をあげる。
「何故私に従者が居ると思うのかね?」
「……昔、貴男以外の【始原の魔法使い】を見掛けた際に、割烹着とは違う、家事をする際に西洋で使用するえぷろんどれすとめいど服と呼ばれるモノに身を包んだ【キキーモラ】を従者にしていたからですよ」
「……マデラの莫迦者か……アイツめ、【狐】が居る【ジパング】に、それもその側近である存在に姿を見られるなぞ、一体何をしに……」
「飄々とした掴み所のない方で、真意は解りませんが……やはり、知り合いでしたか」
非常に不本意だがな――っとアイゼンは苦虫を噛み潰した様な表情となる。
「【木氣のマデラ】――【魔術】に関するセンスだけは認めるが、アイツは器が矮小過ぎる。我々【魔法使い】は、その特異性故に果たさねばならぬ責務があるのだが、アイツはその責を果たさず、自らの欲のためにのみ動き、勝手が過ぎる」
「確かに、貴男とは正反対の雰囲気をしていましたね。まぁ、それは今は良いです。僕の提案を受けますか? 受けませんか?」
そうだな――っと僕から視線を外し、アイゼンは考える仕草をする。
だが、答えは出ている様で、思考するには余りにも短い時間で視線を戻して来た。
「後悔はするなよ?」
「その言葉はもう聞き飽きました」
互いに鼻白み、後方へと飛び退く。
揚羽の隣に飛び退いた僕は、視線をアイゼンに固定させたまま腕を軽く振るい、幻術を解くように指示を出す。
僕や【魔法使い】からは最初から見えていたが、【魔術】に詳しくない一般の観客達には、何もない空間から徐々に姿を現した様に見えたのだろう、どよめきが走った。
同じく後方へ飛び退き、僕と距離を取ったアイゼンは、短く何かを詠唱すると黒外套を翻しながら腕を振るい、自らの斜め後ろの地に魔法陣を描く。
若干くすんだ白色に発光すると、魔法陣の中から徐々に何かが姿を現す。
姿形は僕達人の女性に似ているが、身体の所々に【魔物娘】特有の違いが見られ、魔法陣から姿を現した【魔物娘】は、とても整った顔をしているが、表情が一切読み取れぬ無表情で、耳に何やら変わったカラクリが付けられているし、首にも金属製の輪っかの様なモノが装着されている。
隣に立っているアイゼンから測れるに、約5尺6寸……女性にしては高めの身長を、他の【魔法使い】の従者が着ていためいど服と呼ばれるモノで包んでいた。
外見的特徴からして【ゴーレム】の一種だと思われるが……【魔法使い】が【ゴーレム】か……。
「彼女は自らの身が保たぬ程の屈辱に耐え、【魂】の消失を招いてしまう責め苦にすら屈せず、それほど迄に強烈な望みを果たした今も私に付き従えてくれている才女だよ」
「えっ……? それって……」
「どうしたんだい? 揚羽」
「い、いえ……何でもありません……」
肩越しに表情を確認すると、明らかに何か云いたげであったが、顔を伏せたまま僕と視線を合わせようとしないため、前を向き、アイゼンへと対峙する。
「マスター、エルゼが相手をするのは、あの【ゴースト】ですか?」
「話が早くて助かる」
控室で視ていましたので――っと端的に応え、【ゴーレム】は頭を垂れる。
面を上げると、【ゴーレム】はこちらに視線を向けて来たが、微妙に外れている所からして、僕ではなく、斜め後ろで静かに佇んでいる揚羽へと注がれているのだろう。
【ゴーレム】からの視線に気付き、揚羽がそちらに顔を向ける。
暫し無言で見詰め合っていた2人だが、ややあり、揚羽が口を開く。
「……貴女ではわたしに勝てませんよ? 実力も、自らの主を思う気持ちも、です」
「御託は良いので、サッサと来たらどうですか? 【教会】のエクソシストよろしく、貴女を浄化し、貴女によって呪われてしまっているそこの人間を――にん……げん……??」
僕を正面から捉えた【ゴーレム】が双眸を見開き、言葉を失う。
一瞬にして僕の【本質】を見抜くなんて、流石【魔法使い】の従者だけあるね。
「マスター……アレは――」
エルザ――っと名を呼び、従者の続く言葉を遮る【魔法使い】。
「アレを直視してはいかん。我々は因果因縁を調律し、均衡を保つモノだが、アレは最早別物だ。調律しようとしてはいけない。【気に食わない】っという理由だけで、【神族】達に真っ向から喧嘩を売り、傷一つ負わずに虐殺の限りを尽くした化け物達が、何千年という途方も無い期間を掛けて編み出した【呪い】がアレには施されている。当の本人達以外での解除は不可能だ」
「……承知致しました……では、エルザはあの口の減らない【ゴースト】を滅殺致します」
そうしてくれ――っと返し、【魔法使い】は僕へと視線を向けて来た。
「出来れば、互いに全力で相手をしたい所であるが……私達がそれをした場合、幾ら上級の【魔物】が幾重にも【結界】を張り巡らせていたとしても、この国が保たぬ。そこで、君の提案を飲んだ私からも提案があるのだが、良いかな?」
どうぞ――っと片手を差し出し、続きを促す。
「この闘技場の位相をズラすから、協力してくれるかな?」
「その程度の事なら、【魔法使い】である貴男なら1人でも十分過ぎますよ?」
「私が施すのならば、な」
「……あぁ、成る程……解りました。本当の意味で互いに【全力】を出すのですね」
そうだ――っと【魔法使い】は口元に笑みを浮かべて頷く。
揚羽――っと僕の従者の名を呼ぶ。
「今回は大盤振る舞いだ。君の本気を見せてやれ」
「……良いのですか?」
「構わないよ。今回は力を惜しんで戦える相手じゃないからね。幸いにも相手は【ゴーレム】だ。コアは駄目だけど、手足の1、2本を吹き飛ばした所で、彼の手にかかれば、直ぐに完治するさ」
「……畏まりました……」
何かを詠唱しながら前へと躍り出た揚羽が、その言の葉を口ずさみ終えると同時に術者を中心に突風が吹き荒れ、色素の薄い身体が徐々に色と実体を持ち、背中の中程迄在る見事な黒髪の頭頂部辺りに御前様と同じ狐耳が姿を見せ、臀部からは中程が膨れた尻尾を生やした【狐憑き】へとその姿を変化させた。
風が止み、溢れ出る【氣】が揺らめく蒼き炎となって揚羽の身体に纏わり付く。
僕や御前様以外には揚羽の耳や尻尾は視えないが、【ゴースト】である身が実体を持ち、身に纏う雰囲気だけでなく、【氣】の質自体も変わったため、アイゼンの眉根が寄り、険しい顔付きとなる。
「……タダの符術士ではない、っという事か……」
「タダの符術士程度が、御前様の勅令の共を任される訳がないじゃないですか」
「全く……【ジパング】は【向こう側】に連れて行かれるのを何とも思わぬモノばかりなのか?」
「護国の為なればこそ、皆喜んで修羅にすらなるのです。それに……それ程迄に度し難い存在でなければ、國を護る事なんて、不可能なんですよ……揚羽、始め」
僕の言葉を合図に揚羽が腕を軽く振るうと袖口から鉄杖ではなく、錫杖が飛び出し、それを握って地を突く。
シャン――っと遊環が音を立てると、円形の巨大な闘技場を囲う様に観客席との間に地響きを立てながら地から巨木と見紛う程の十柱の御柱が姿を現した。
十種神柱――神宝に擬えた十柱の御柱に囲われた内側と外側との位相をズラし、内側を時空ごと別物へと変えてしまう大規模結界。一度発動してしまえば、例え術者の命が尽きようとも、地脈を流れる【氣】を利用し、【解呪】されない限り延々と発動し続ける五行八掛の粋を集めて作られし強烈な呪い。しかも、この結界は、発動させた当人よりも強力な術者でなければ【解呪】する事は不可能であり、揚羽程の実力者が発動させた場合、その複雑過ぎる魔術機構により、【魔法使い】ですら数日を要する位難解なモノへと変貌する。
揚羽が錫杖で地を突く度に遊環が、シャン、シャン――っと小気味良い音を立て、耳に残る独特な響きで空間自体に反響していき、それに伴い、御柱が淡い光を放ち出す。反響音同士が重なり合い、徐々に音が大きくなるに従い、神柱の光が強くなり、【コロッセオ】内全体を照らす程眩い光を放つ。
閃光と取れる程の光量になるも、僕もアイゼンもお互いのみを視界に捉え、光が収まると、見た目こそ何の変化もないが、闘技場と観客席は御柱を堺に違う位相となり、如何なる魔術も何も通さず、視えぬ境界線が引かれる事となる。
もしこの境界線を無視して、互いに影響を与えようとするならば、御前様やあのローズと名乗った【ヴァンパイア】位の実力者でなければ不可能だ。
アイゼンが右手を顔の高さに持ち上げると、パチン――っと鳴らし、それを合図にエルザと名乗っている【ゴーレム】が右手を高々と持ち上げ、その前腕部に幾筋もの切れ込みが入り、展開する。
展開された【ゴーレム】の前腕から幾本の細い管の様なモノが伸び、高速回転させながら魔力を循環加速させ、溜まりきった所で上空へと魔術を放つ。
打ち上げられた魔術は、十分な高さ迄上昇し、十個に弾け、神柱へと着弾。
神柱の破壊ではなく、より高効率の魔力の循環を促すための助力魔術を施したのか……瞬時に相手の魔術の構造を理解し、それに合わせた魔術を施工するとは、恐ろしい限りだ。
「――さて、これで闘技場と観客席は完璧に別位相となった……準備は良いかね?」
「それはこちらの言葉ですよ」
外套の中から2振りの肉厚な剣を取り出し、交差させて地へと突き立てるアイゼン。
左目の眼帯に手を掛ける僕。
アイゼンの口元が動き、詠唱を始めると、地へと突き立てた2振りの剣を中心に光が走り、幾何学的な紋様を刻みながら、巨大な法陣を描く。
封の役目を担っている御前様謹製の眼帯を外し、【禁呪眼】を開放。
【門】を通して御前様の力が流れ込み、爆発的に膨れ上がった【氣】が突風となって顕現し、人の身である僕の身体をその出鱈目な【氣】に耐えれる様に瞬時に作り変えられる。
それでも尚、溢れる【氣】が蒼き炎となりて身体を覆い、一種の結界の役割を果たすため、この状態の僕に傷を与えるためには、溢れ出るこの【氣】を超える一撃を加えれねばならず、並大抵のモノでは武器が折れ、拳が砕ける事となる。
アイゼンからは白き神主の姿へとなった僕だが、【門】から更に力を引き出し、力の象徴である中程が膨れた尻尾を創り出し、頭頂部には耳が形作られる。
今回は僕がこれまで相手をしてきた中でも最大の火力を有する相手であるため、更に懐から【金色狐の白面】を取り出して顔へと付け、宝刀【神威】を右手に、妖刀【アゲハ】を左手に握り、それぞれを励起させ、【神威】の刀身が淡い光を放ち、短刀程しかない【アゲハ】は【氣】によって太刀程の長さの刃を形成する。
現在の僕が出来る最大の武装を施し、アイゼンを見据える。
僕の武装が完了すると同時に法陣が組み終わった様で、闘技場の半分近くを専有する程の巨大な法陣が淡い色を光を放ちながらゆっくりと旋回しつつ、中から金属独自の光沢を放つナニカが徐々にその姿を見せて来た。
「な、何だ、ソレは……」
「っ……!」
敢えてだろうが、ゆっくりと転送魔法陣から姿を見せているソレを確認し、思わず声が漏れてしまった。
観客席からも息を呑む音が聞こえる程の静寂の中、魔法陣から全身を現したソレは、10間を超える程の高さを有し、全身を甲冑で包んではいるが、女性特有の丸みを帯びたフォルムをしており、大陸の女性騎士を思わせる姿形をした巨大な――。
「――カラクリ……人形……??」
「【偶像神ユースティティア】――我が一世紀以上の生涯と金氣の粋を結集して創造せし女神だ。タダの機工人形と一緒にされては困るよ」
【ユースティティア】と名のついた【偶像神】は、背に佩いしていた身の丈程もある大剣を両手で握ると、そのまま大振りに上から下に叩き付ける様に大剣を振るって来た。
余りにも見え見えな行動に、思わず反応が遅れてしまったが、僕は何の感慨も持たず、励起させた【神威】を円を描く様に振るい、大剣の軌道を逸らせ、数間隣に激突させる。
質量相当の重さと威力を有した大剣は、轟音と地響きを伴い、圧縮された空気が暴風を巻き起こし、開放された凄まじい衝撃と【氣】は闘技場を沸騰した液状に変化させる。
足元の闘技場が消失したため、僕と揚羽は一旦飛び上がり、【偶像神】が大剣を引き上げ、肩に担いだ所で、タダの砂利と土砂に変化した地へと降り立つ。
幾ら巨大とはいえ、タダ振り下ろしただけの一撃で数千貫を優に超える石造りの闘技場を液状化させて、砂利と土砂に変化させるとは、恐ろしい限りだ。今の状態の僕でも、それなりに【氣】を込めなきゃ不可能な所業を一振りで可能とするなんて、本人が云っていた通り、タダのカラクリ人形って訳じゃないね。
「力とは、これ見よがしに誇示するモノではないが――」
声がした【偶像神】の肩の辺りを仰ぎ見て、【魔法使い】の存在を確認する。
「相手に対して、立ち向かうべき存在ではない、っと伝えるためには必要な行為である。そうは思わないかね?」
「その理屈ですと、僕に対してこのカラクリ人形を見せたのは、貴男は立ち向かうべき存在ではない、っと知らしめるためって事になりますね」
そうだ――っと首肯するアイゼンに僕は思わず鼻白んでしまった。
ご冗談を――っと若干の嘲笑を込めて返す。
「むしろ、ココまでの呪具の並行励起をしてる僕の方が、貴男に対して、立ち向かうべき存在でない、っとあんに伝えていると思いますが?」
「……未だ、残っている筈だ……」
「……はい?」
「【狐】と【門】にて繋がっている君ならば、【その程度で済まないモノ】を持っている筈だ。それを励起せずにいるのは、【始原の魔法使い】に対する挑戦状であると私は判断させてもらう」
「……自殺志願者ですか?」
「君程ではないよ」
アイゼンが腕を振るった瞬間、僕と揚羽の周囲に魔法陣が一瞬にして形成されたため、揚羽は札を飛ばし、僕は刀を振るって剣が転送される前に魔法陣を消滅させる。
「面倒だ……揚羽、一気に行くよ」
はい――っと揚羽は応え、錫杖にて地を突くと、遊環が音を立て、僕と揚羽の足元に直径4尺程の法陣が展開される。
若干の浮遊感の後、一気に加速される身体。
瞬時にアイゼンとその従者である【ゴーレム】の傍迄飛び上がり、互いの手にしている獲物を振るう。
2度、3度――刀を振るう度に【氣】を込められた刃同士が衝突し、青白い火花を散らす。
揚羽の錫杖が、振るわれた軌道にそって符術による法陣を形成させ、法陣から光を放つが、【ゴーレム】の前腕が文字通り開き、中に存在する機工が起動すると、幾つもの魔法陣を展開させ、揚羽の符術が無効化される。
……悔しいけど、従者の力はほぼ互角。
ならば――。
敢えて大振りな一撃を放ち、アイゼンに防がせ、【偶像神】の肩から弾き出す。
中空に投げ出されたアイゼンだが、別段慌てる事もせず、魔法陣を至る所に出現させ、射出せずに転送だけさせて、空中に留まる形で姿を見せた剣を足場にして僕と対峙する。
僕の方は、足元に生成させた法陣によって風氣を繰り、風を掴んで空中で留まる。
「まるで【ジパング】特有の【魔物】である【天狗】だな」
「ならば、大団扇でも呼び出しましょうか?」
それは遠慮しておくよ――っとアイゼンは口の端を持ち上げて拒否する。
「木気を引き出せば、相生相剋の関係上、瞬きの間に勝負がつくぞ?」
「面白い事を云ってくれますね。幾ら【魔法使い】でも、【人間】の身程度で扱える【氣】では、御前様の――」
「君も……一磨も【人間】の身だ」
決して声量が大きかった訳でも、身を凍らせる殺意を放たれた訳でも無い。
なのに、何故、僕はアイゼンのあの言葉に動けなくなってしまったんだ?
「ならば、如何に無尽蔵とも取れる魔力を【門】から持ってこようとも、それを発露するのが【人間】の身であるのならば、より優れた【翻訳機】を所持している方が上という事だ」
「……貴男の【偶像神(ソレ)】が、僕の【禁呪眼(この目)】や【金色狐の白面(面)】、そして、この2刀よりも上であると云うのですか?」
そうだ――っとアイゼンは絶対なる自信を持って頷く。
「ふっ、ふふっ……ははっ……はははっ……は〜っはっはっはっ!!」
アイゼンが余りにも可笑しな事を云うので、思わず腹を抱えて笑ってしまった。
普段、この様な声を上げて笑う事がない僕なので、揚羽が何事かと不安に思い、戦いの手を止め、コチラを注視して来た。
――巫山戯るな!!!
一頻り笑い終えた所で、溜め込んでいた【氣】を一気に開放し、周囲の環境を突風逆巻く低気圧の中心部へと一変させる。
【偶像神】に幾つもの稲妻が走るが、魔術機工だけあり、一切の支障が無い様で、微動だにしない。
「貴男がこれまで目にしてきた玩具と僕の【呪具】を一緒にするな! 良いだろう、そこまで云うのなら、見せてやろう! 【魔法使い】!!」
「一磨様!!」
「揚羽、ここらで1つ、遥か極東の島国である【ジパング】の【侍】が、あの【始原の魔法使い】に格の違いを思い知らせてやるのも面白いとは思わないかい?」
口の端を持ち上げ、隣に移動して来た揚羽に提案をすると、一度だけ目を瞑り、瞼を上げた時には、その瞳に闘志の炎を宿していた。
「わたくしの主は一磨様です。 主の覚悟を持っての言葉ならば、従者であるわたくしが、何を云えるとお思いですか?」
「済まない、揚羽……君にはいつも無理を強いてしまう……」
「ふふっ、それだけ一磨様から信頼されている証で御座います。 恐悦至極です」
従者である揚羽も覚悟を決めた所で、僕は両手に握っている2刀を中空に発生させた円陣に突き刺して固定し、単と下襲を開けさせ、上半身を露わにする。
「むっ……?!」
「………………」
【魔法使い】と【ゴーレム】が同時に反応する。
それもその筈。 今の僕の腹部には、陰陽太極図とそれに重なる様に五芒星が描かれているからだ。
「喜べ、【魔法使い】。 これの開放をして相手をするのは、貴男で3人目だ。 前回、前々回は僕が未熟だったが故に、意思に反する開放だったけど、今回は違う。 確実なる僕の意志の下で開放する」
「それは光栄な事だ。 ならば、勿体振らずに早く開放したらどうかね? 少年」
その言葉を合図に僕は内丹で練っていた【氣】を右手へと集中し、五指それぞれに対応する五行を発露させる。
「っ?! そ、それは!!」
「漸く気付いた様だね。 通常、人間の様な小さな器には、1つの身体に1つの【属性】が限界だ。 機によって【属性】を切り替える、もしくは同時に発露させるなんて、不可能な所業なのさ。 なのに、僕は【五行】を全て操れる。 それは、詰まる所――」
五行を発露させた五指を腹部の五芒星に合わせて突き立てる。
――ズブリ……。
肉が貫かれ、異物が進入してくる感覚のみがあり、腹部に五指が突き立っているのに、痛みは全く感じない。
――カチッ……。
ある程度の深さまで指が進入した所で、何かに【噛み合う】感覚がしたので、手首を回して【解錠】する。
――ゴグン……。
【解錠】が完了した感覚が頭に直接届き、腹部から指を引き抜く。
腹部に描かれていた五芒星だけでなく、陰陽太極図も回転しており、陰陽が上下になっていて、指を引き抜いたのにも関わらず、自動的に回転しながら、中央の境目から裂けていき、僕の腹部に【虚】を作り上げる。
だが、その【虚】から突然極光と共に刃長約7尺、全長約10尺の大太刀が徐々にその姿を見せ、光が落ち着く頃には、大太刀はその全貌を現して、中空に浮いていた。
柄を握り、軽く一振りしただけで豪風が巻き起こり、幾重にも亘って結界が展開されている【偶像神】の装甲に幾筋もの裂傷を与える。
「僕の身体が既に人間の【ソレ】で無い、っという事さ」
【魔法使い】が険しい表情となり、頬を一筋の汗が伝う。
「インキュバス……」
「概ねは、そう捉えてもらって結構だけど、細かな所じゃ全然違う。 例え、いんきゅばすになったとしても、【五行】を全て操る事は不可能さ」
「【禁呪眼】の開放と同時に、その出鱈目な魔力に耐えれる様、身体を根本から【創り変えた】のか……」
「御名答。 そして、この大太刀は、【妖狐】の尻尾と同じく、御前様の力を大太刀という形に凝縮して顕現させたモノ。 貴男なら解る筈だ。 この大太刀に秘められている力がどれ程のモノであるのか」
「勿論だとも。 もし今の状態の君がその気になって暴れれば、こんな国なんぞ数分と保たずに地殻ごと地図から消し去る事が可能な事位な。 故に――」
【魔法使い】が腕を振るうと、【偶像神】の胸部が開き、人一人が乗せれる空間が現れた。
「こちらも一切のリミットを解除させてもらう」
【ゴーレム】が剣の足場から飛び上がり、【偶像神】の胸部に乗り込むと、展開されていた胸部装甲が閉まり、目の部分に光が宿った。
関節部や装甲の隙間から、余剰魔力が蒸気の様に噴出され、その巨体に見合う、今の僕にも対抗出来るだけの甚大な【氣】の発生を感じ取れる。
「【ソレ】がその人形の最後の鍵でしたか……」
「そうだ。 エルザと【ユースティティス】は2つで1つ。 故にどちらか1人だけでは、本来の力を発揮出来ぬのだよ」
「では、此処からは貴男の本当の力とやらを見れる――っという訳ですか」
「驚くなよ?」
アイゼンの隣で微動だにせずに立っているだけであった【偶像神】のその姿が掻き消え、豪風と共に何かが凄まじい速さで僕と揚羽に迫って来る。
最早壁としか認識出来ぬ程の大剣を大太刀を軽く振るって弾き返す。
衝撃点を中心に突風が吹き荒れ、続く切り返しに再び大太刀を振るって弾く。
「……確かに、この大太刀を開放していなければ、今頃僕の身体は――」
「云った筈だ。 気を引き締めておけ、っと」
単調な剣撃の応酬に飽きてきた頃、耳に届いたアイゼンの声に、ふと、【偶像神】が振るっている大剣に視線を向けた瞬間、僕は揚羽を抱え、短距離転送法陣を展開し、後方へと一瞬にして移動する。
僕達を肉体だけでなく魂ごと消失させるのに十分な【氣】を纏った大剣が僕達が居たであろう空間を高速で通過し、風が逆巻く。
「………………成る程、これは驚きました……」
「流石は【魔法使い】――っといった所です。 世界を巻き込む程の大戦に於いて、その存在の有無が戦局を左右すると云われているのも納得出来ます。 けれども――」
「御前様には遠く及びません」
僕は大太刀を隣で浮いている揚羽の腹部に突き立てる。
「なっ?! 血迷った――」
「お見せしますよ。 貴男程の存在ですら、その御姿、その御力を文献でしか確認した事のない、御前様を……」
揚羽の身体が、竜巻状になった溢れ出る【氣】によって包まれ、如何なる攻撃すらも弾き返す鉄壁の結界を発生させる。
【十種神柱】による結界を施しておいて良かった……もし、結界を施していなかった場合、ココを中心に、半径数百キロという広大な範囲が一瞬にして【魔界】へと転化してしまう程の【氣】だ……。
今、竜巻内部では、今の状態の僕ですら、制御不可能な程に膨れ上がった【氣】によって、破壊と再生を繰り返しながら、凄まじい早さで揚羽の身体が創り変えている。
荒れ狂う竜巻と雷鳴、青き炎により、【魔法使い】であるアイゼンですら、一歩も動けずに、只々事態を眺める事しか出来ない。
最も、今の状態の揚羽に何かしようにも、この竜巻状の結界によって、全て弾かれてしまうけどね。
「目在るモノは見よ! 耳在るモノは聞け! 我が故郷である極東の島国【ジパング】を護りし伝説の大妖怪にして、その神性故に神族へと名を連ねる【魔物】!!」
そして、唐突な竜巻の収束と共に姿を現す、巨獣。
「こ、これは……っ?!」
「……っ!!」
陽の光を反射して、金色に輝く全身。
極東に於いて、絶対なる【死】の象徴である白き面。
4足歩行が主であるが、今は後ろ足2本で器用に立ち上がり、10間を優に超える巨躯。
何よりも、この巨獣をどの化け物であるのか特徴付ける、ゆらりと揺れる中程が膨れた一尾。
「金色白面一尾の狐」
僕は、巨獣となった揚羽に近付き、流れる様な毛並みをひと撫でする。
「【魔物】へと転化した揚羽ですら、御前様の力は大き過ぎるため、一尾を顕現させ、大きさも本来の十分の一以下を再現するのが限界だけど――」
アイゼンへと視線を向け、口の端を持ち上げる。
「君達を完膚無き迄に叩きのめすには十分だ」
「それはどうか、な!」
アイゼンの指示に従い、【偶像神】が突貫して来る。
その突進力と質量に【氣】を乗せた、まさに必殺の一撃。
多分、あの凄まじい【氣】には、【加速】と【強化】の魔術が込められていて、その早さ故に、タダの閃光としか認識出来ず、もしアレを直撃した場合、確かに御前様に――
「毛程の疵を負わす事が出来るかもね」
「何を――」
アイゼンにとっては必殺の一撃。
けれども、今の揚羽にとっては、タダの鈍い一撃。
揚羽の一尾が揺れたと思った刹那、【偶像神】の大剣が甲高い音を立てて、唐突に動きを止める。
「受け止めた……だと……??」
「驚くのはこれからですよ」
「くっ……未だだ!」
【偶像神】は、その巨躯に似合わぬ程の高速で大剣を縦横無尽に繰り、【氣】によって淡く光っているため、幾筋もの閃光を描くが、その場を一歩も動かずにその尽くを一尾を振り回すだけで弾く揚羽。
「ぐっ……ならば!」
アイゼンは中空に法陣を展開させ、転送させた剣を足場に、僕へと一気に飛び込んで来るが、空間に固定させていた【神威】と【アゲハ】を引き寄せて両手に握り、こちらからも飛び込んで距離を詰める。
互いの獲物を己の最大加速にて振るい、甲高い音と火花を散らし、確かな重みを腕に感じる。
この状態の僕ですら、腕が痺れて骨が軋む程の衝撃。 この人は、【魔法使い】であるのは確実だけど、それを疑ってしまう程の剣術の腕だ。 もし、これまでの魔術の行使をみていなかったら、【魔法使い】であるのを疑ってしまう程だよ。
素直に尊敬に値する。 一世紀以上のもの間、只々己の研鑽のためだけに費やし、魔導の果てに到達し、境界の存在になって尚、自らに課した特異なモノが背負うべき責務を全うするなんて、この人も、ある意味正気を疑うね。
けれども――
数合の衝突により、遂にアイゼンの刀でない方の両手剣が砕け、後ろに飛び退き、新たな剣を手にするべく、腕を振るった所で、動きを止める。
「……【魔法使い】である私を魔術にて出し抜くとは、やるな……」
「僕も内心いつ気付かれるか、気が気じゃなかったですが……まぁ、揚羽達の方もそろそろ勝負が決まりますし、頃合いかと思いましてね」
凄まじい破砕音と共に【偶像神】が結界の端へと吹っ飛ばされ、御柱と御柱の間で、視えぬ力場に寄って内部へ弾かれて、何度か蹌踉めくが、肉厚で強大な大剣を地に刺し、膝を砕くのだけは耐える。
中空に浮いている僕の隣に巨獣となっている揚羽が、その巨体に似合わぬ程の身軽さで移動して来た。
「――勝負あり、ですね?」
「残念だが、【魔法使い】は諦めが悪いモノなのだよ、少年」
パチンッ――っとアイゼンが指を鳴らすと、【偶像神】の足元に巨大な法陣が形成され、流れ出る途方も無い【氣】によって、破損箇所が淡い光とともに修復されていく。
更に【氣】自体の補充も行ったのか、関節部や隙間から灰色の余剰の【氣】が溢れ出ていて、溜息を零してしまった。
「……流石、魔導器に関しては、一日の長がありますね」
「地脈があり、コアである私が滅びぬ限りは、我が【偶像神】は不滅。 地脈によって得られる魔力で延々と修復する事が可能だ」
「そのくせ、戦闘能力も結界に少しの綻びが出来ぬ様に、手加減してそれですから、もしその気になれば、大陸を分断する事も可能なんじゃないですか?」
「少々溜めが必要になるが、その気になれば、な」
「……僕よりも、貴男の方が余程危険じゃないですか……」
「君があの【狐】からの力を抑えずに開放すれば、この大陸全てを【魔界】に転化させる事も容易であるくせに、良く云うな」
「御前様が良しとせぬ事を僕はしない」
良く訓練された狗だ――っとアイゼンは眉根を寄せて、憐憫を含めた視線を向けて来た。
狗で悪いか? ――っと僕は若干の侮蔑もある言葉に、犬歯を見せる笑みで返す。
「ふむ……最早、言葉は意味をなさぬな」
突然、アイゼンは刀を収めると、黒外套の中にしまった。
【侍】であれば、降参の意味での行動であるが、【魔法使い】である彼が武器を収めて【両手を自由にする】というのは、別の意味を持つ。
僕は内丹に込めている【氣】を内環させて、いつでも術の発露と身体操作が可能な様に構える。
アイゼンが両腕を組み、聞き取れぬ程の小さな声で何かを詠唱しだすと、僕を囲む様に四方八方に数百ではきかぬ程の大小様々な法陣が瞬時に形成された。 空間が水面の様に歪むと、文化や国境を無視した、ありとあらゆる武器がその姿を徐々に現す。
アイゼンの隣に移動してた【偶像神】も、手にしてる大剣を両手で握り、上段に構えると、刃部が眩い光を纏い出す。
「おいおい、本気か……? あんな出鱈目な【氣】を内包している武器や大剣を振り回したら、幾ら位相をズラしているとはいえ、結界自体が保たないぞ……」
「……それが目的なのではないでしょうか?」
人間の発声器官を保たない故に、揚羽が若干篭った感じの言葉を発する。
「……あぁ、成る程……僕等に【避けるな】って事か……」
「はい、多分、そうでないかと……」
「面白い事をしてくれるね。 その挑発、乗った!」
僕は両手に握っている刀を両側に開く形で構え、揚羽は、尻尾を大きく振るうと、僕の身体から取り出した、大太刀の刃部と同じ形へと尻尾を変貌させた。
地脈を流れる【氣】を巻き上げ、練り込み、円環加速させる事で、人間が扱える【氣】を遥かに超えるモノへと増大させる【魔法使い】。
あんなモノを僕達が避けて結界に衝突した場合、豆腐を斬るかの如く、結界は容易く切り裂かれ、その先に存在する何万という人達が巻き込まれる事になる。
全く、参っちゃうな……まっ、もし、万が一にも、僕達が避けたり、先ず在り得ないけど、撃ち抜かれた場合は、ローズさんが何とかするだろうからのこの暴挙なんだろうけどさ。
僕達の【氣】の内環も終えた所で、向こうの準備も完了したらしく、詠唱の声が止む。
「……さて、少年……結界と観衆がいるが故に、些か抑えはするが、それでも、今の君達にとっても、致命傷になりうる一撃だ。 ――心して掛れよ?」
「是非も無い」
アイゼンが僕達を指差した瞬間、僕達を囲む様に展開されている法陣から、音を超える早さで無数の武器が射出される。
右手の【神威】と左手の【アゲハ】にて、音を立つ早さでそれらを打払い、斬り裂くが、その度に、内包されている【氣】が【爆発】へと変換されて、僕の体力を徐々に削っていく。 揚羽を一瞥するが、【偶像神】を視界に捉えたまま、互いに一歩も動かずに只々相手の一撃をジッと待っている。
ふむ……では、こちらも、反撃をさせてもらおうか……。
【神威】と【アゲハ】に僕の内環させた【氣】を送り込み、刃長を一気に伸ばした所で、高速でそれらを振るい、僕を囲んでいたアイゼンの法陣を全て破壊しつつ、印を切って先のアイゼンとの衝突の際に結界内を飛び回り、施した道術を発動させてもらう。
「乾坤艮兌、四方良し!」
アイゼンの四方に雷が落ちて、中空に方陣と梵字を刻む。
「巽震離坎、八掛良し!」
それら四方の間に再び、雷が落ちて、都合8つの梵字が中空に刻まれ、上空に超局所的な低気圧と濃密な雲が発生する。
「爆ぜ翔べ、神鳴る怒槌!!」
【コロシアム】の方位を利用した中規模方陣による道術で強化され、竜巻状に練り上げられた【氣】がアイゼンの周囲を取り囲み、逃げ場を無くした所で、1つに束ねられ、直撃すれば、踏鞴様が吟味に吟味を重ね、選びぬかれた鋼を使い、人の身では決して叶う事の出来ない、気の遠くなる期間を掛けて鍛え上げた【神威】ですらも消失させる程の威力を内包する雷による一撃。
更に彼は【金氣】であるが故に、雷は他の如何なる存在を無視して、【魔法使い】に直進する。
幾ら鍛え上げられていたとしても光の速さで自分に向かってくるモノを避ける事は不可能。
耳を劈く轟音と閃光が走り、僕の術が完成して、【魔法使い】に放たれたのを確認する。 余りの光量に一瞬掌で庇を作り、瞳を護るが、直ぐに閃光は収まり、アイゼンを閉じ込めるために発生させた竜巻は雷の衝撃で吹き飛ばされ、直撃したであろう【魔法使い】の末路が視界に入った所で、僕は思わず息を呑んでしまった。
「っ?! ………………僕よりも、余程化け物じゃないですか……」
「魔力による強化をされている雷では、正面からぶつかった場合、私でも防ぎ切れぬが、如何に強力な魔術であろうと、自然現象の1つに過ぎぬ。 原理さえ解っていれば、後は理に則って動くだけでこの通り――」
アイゼンの身体を囲う様に組み込まれた無数の武器であったモノ達が、その身を犠牲に主を護った証拠に、黒く炭化した状態になっており、彼が軽く手を触れただけで、それらは音もなく、風に乗って粉々に砕け散った。
「対応出来るというものだ。 まぁ、その代償に、貴重な魔法銀の剣や、水晶銀の杖、玉鋼の刀を数百本単位で失う事になってしまったがな」
「成る程……流石、大陸の魔法使いですね。 これで仕留めるつもりでしたが――」
僕は隣で大太刀に変化させた尾を構え、避けた場合、【十種神柱】で張った結界ですら豆腐の様に容易く斬り裂けてしまう程の【氣】を纏わせた大剣を上段に構えている【偶像神】と退治している揚羽に視線を向ける。
「仕方ありません、互いの従者で決しましょう」
「そうだな……そのために、お互いの従者を睨ませたままだったのだからな」
そして、僕は印を切り、アイゼンは詠唱を始める。
揚羽の尻尾の大太刀に僕の身体では、余りの量に制御しきれず、身体が四散してしまう程の【氣】が集まり、今の状態の揚羽ですら、余剰となった【氣】が白色の煙となって刃から立ち上る。
対する【偶像神】も、鈍色に輝く刀身の光が更に強烈になり、今ならば大陸を分断する事も可能ではないかと思わせる程の【氣】をその大剣に纏わせている。
互いの従者の【氣】は十分。
今の2人は、極限に迄引き絞られた剛弓だ。
後は――
僕とアイゼンがゆっくりと腕を持ち上げる。
揚羽と【偶像神】が上体をやや倒し、前傾へとなる。
息を細く、長く吐き出して、気持ちを整える。
呼び寄せた低気圧によって、嵐が発生し、雨粒が僕達に降り注ぐ。
一瞬だけ合わさる視線。
一気に振り下ろされる腕。
地を揺るがし、駆け出す2つの巨影。
「オオォォォーーーーーン!!!」
「はあああぁぁぁーーーーーーっ!!!」
下段から大地を斬り裂きながら、遥か上空へ進む大太刀。
上段から空を裂き、極光と共に振り下ろされる大剣。
後ほんの数瞬で勝負が決する一撃が衝突する刹那。
「「「「っ?!!!?!?」」」」
円形闘技場に結界内に居た僕達は全員動きを停めて、雲が渦を巻き、太陽が確認出来ない上空へと顔を向けた。
突然、雲が円形に割れ、何かが高速で此方に向かってくるのが視えた。
徐々に姿が確認出来る様になるにつれ、心臓を鷲掴みにされ、存在そのものを圧し潰してくる様な、吐き気を催す殺意が濃厚になり、思わず口元に手を添えてしまった。
円形闘技場の結界内に存在する他の人達に目を向けると、こちらも同じ状態であり、アイゼンに至っては、血涙を流し、小刻みに震えてた。
再び上空に視線を向けると、この殺意の元であるナニカは、既に結界の直前に迫っており、案の定、ガラス細工の様に容易に砕かれ、後ろに飛び退いた揚羽と【偶像神】の丁度間に大量の砂煙を巻き上げながら着地した。
翼を広げる際の風圧によって一気に砂煙を払ったソレは、全身を漆黒の鱗に覆われ、その巨体に見合う翼を持った、爬虫類独特な骨格を持った化け物の様だ。
その重厚な鱗は、鍛え上げられた剣すら弾き、その鋭い牙と爪は、鋼鉄すらも易易と斬り裂き、その衝撃とも取れる咆哮は、大地を揺るがす。
まさに書物に記載されている通りの姿に、僕は息を呑んだ。
タダ、一点だけ、僕が知っている書物では、【ドラゴン】は翠色をしていた筈だが、何故か目の前の【ドラゴン】は漆黒に限りなく近い色をしている。
そう、まるで拭い切れない血が乾いて固まった時の様な、黒さだ。
「アレは……【ドラゴン】……??」
「せ、【世界喰らい】……っ!!」
アイゼンの苦悶に歪む声に、思わず顔を向けた。
「世界……喰らい……? ……【世界喰らい】?!! アレが……あの【ドラゴン】が【御前様】の怨敵!!!」
「ま、待て! 一磨!!」
アイゼンの制止を無視し、風を蹴り、身の回りで遊ぶ風にも身体を押させ、音すらも後にする程の加速で一気に【ドラゴン】に駆け出し、無防備に持ち上げている頭部へと、【神威】を振るう。
相手の命を刈り取るためだけに振るわれる一撃。
僕の【氣】と相手の【機】を合わせた、逃れ得ぬ必殺。
だが――
甲高い音を立て、衝撃全てが自分の手に帰って来たため、思わず、手から【神威】が離れそうになってしまった。
「つぅっ!!」
「あ〜ん?? ……おっ、な〜んか、痒いと思ったら、羽虫がついてらぁ」
人の頭部よりも大きな瞳が動き、僕の姿を確認した瞬間、全身が異様な冷たさに襲われ、咄嗟に後ろに退いたが、何気なく【ドラゴン】が伸ばした指先は、その純粋な速さで僕を捉え、軽い衝撃と共に、腹部に軽い違和感を覚えた。
「……ん……??」
何故か風が泥濘み、掴めなくなってしまったので、身体が重力に引かれるが、腹部にある何かによって地面に落ちなかったたため、不思議に思って、視線をゆっくりと下に向けた。
鈍色に輝き、僕の全力の一撃を弾いた鱗に覆われた【ドラゴン】の巨木程もある指に沿って視線を動かすと、そのまま、僕の腹部へと続いており、漆黒に染まる爪に紅い筋を作り出していた。
「………………えっ……??」
「か、一磨様!!!!」
「少年!!」
「一磨!!」
動く影は4つ。
一番先に駆け出した揚羽だが、振るった大太刀は翼で弾かれ、続く一撃を放つ前に口から放たれた、岩すらも蒸発させる灼熱を直撃されて、後方へと大きく吹っ飛ばされる。
続いて駆けたアイゼンと【偶像神】だったが、法陣からの剣の投擲と、巨体に見合った【氣】を纏った神速の大剣の一撃は、これまた翼で弾かれ、【偶像神】がよろけた所に人ならば、触れただけで身体が爆ぜる程の強靭な尾撃によって、装甲が拉げる音と共に吹き飛ばされ、それに巻き込まれる形で、アイゼンもその姿が掻き消える。
最後に忽然と僕の目の前に現れたローズさんは、僕の腹部に突き刺さっている指先を手刀で切断し、支えを失って落下していく僕の身体を抱き止めると、【ドラゴン】から距離を取りつつ、ゆっくりと地面に降り立ち、僕を地へと寝かせた。
遅れてやってくる激痛と、呼吸困難。
生暖かく、粘り気のある何かが喉を逆流して来たため、吐き出すと、地面に紅い染みを作り出した。
ローズさんは、腹部に突き刺さっている指先を引き抜いて、乱雑に投げ捨てると、その端正な顔を歪ませ、僕の顔を覗き込んで来た。
逆立つ鱗によって傷口を抉られる痛みに顔が歪み、血が吹き出すが、手を当てるだけで精一杯だ。
「か、一磨!」
「はぁ……くっ……だ、大丈夫、です、よ……はぁはぁ……僕には、御前、様、の……はぁはぁ……うっ……御加護が、あり、ますか――」
「莫迦者! アヤツの一撃には、【呪文病毒(スペル・ウイルス)】が仕込まれておる!! 己の異様な再生能力か、出鱈目な魔力で弾かぬ限り、魂を直接繋げた内部から治癒する魔術以外は、全て瞬時に解呪してしまう厄介な代物じゃ! 今直ぐワシとの【門】を強化するか、玉藻に直接対応してもらわなければ、その疵は癒えぬぞ?!」
「な、何を、云っているん……あ、あれ……?」
……可笑しい……普段ならこの程度の疵、今の状態の僕なら、直ぐに治るのに、何故か未だに血が流れ続けているし、痛みも退かない……。
「だから云っておるじゃろうが! 早う玉藻を呼び寄せよ!!」
「な、何で……なん、で……??」
だ、駄目だ……視界がボヤケて、身体が重い……。
「くっ……! 玉藻め、何をやっておる!! こうなってしまっては、無理矢理でも――」
印を切ろうにも、手が震えてしまって、全然動かせないし、何だかとても眠い……。
「こ、こら! 一磨!! 聞いておるのか?! 早う――っ??!」
ローズさんが今にも泣きそうな顔で僕を肩を持って揺すってくるけど、瞼が重い……。
それに、凄く暖かくて、痛みも退いて来た……。
あぁ、そうか……これが――
これが……【死ぬ】って事なんだ……。
14/02/01 08:00更新 / 黒猫
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