第七話 登校初日
「やばいっ、初日から遅刻なんて冗談じゃないっ!」
今日は大学の最初の授業の日。先日歓迎会が行われた後も連日のように何かと理由を付けてアパートの住人達がどんちゃんと大騒ぎし続け、レンは今日も二日酔いでまだ痛い頭を押さえて学校へと自転車を急がせていた。
幸い大学までは近くの商店街を通って坂道を下るとすぐの所にあるため、新しく買った自転車がギシギシと軋むのも構わず、通勤していく人波を横目に駆け抜けていくとやっと大学の門が見えてきた。
これならなんとか間に合いそうだ。そう思い自転車を指定の位置にとめて急いで教室へと向かおうとするが、急いでいたせいで教室の場所を把握していなかったために何棟もある講義棟のどこでやるかまで覚えていない事に気づく。
「まずいな、この前見に来た時大体の位置は確認したつもりなのに…。」
こんなことなら昨日の宴会を無理にでも断っておくべきだった。まぁ断ったとしてもそれがあの人たちに聞き入れられるかどうかは怪しいが。
「あの…すみません、もしかして教室探してます?」
ふと我に帰ると、後ろに長い黒髪をした清楚な雰囲気の女性が遠慮がちに立っていた。見た目からして上級生だろうか?それならば教室の場所を聞くにはちょうど良い。
「はい、新入生なもので場所が分からなくて…。よければ教えていただけませんか?」
「そうだったのですか。大丈夫ですよ?えっと授業は――」
「え〜確か基礎微積Tです。」
「あっ、それなら私と同じですね。こちらです、急ぎましょう。」
同じ授業というのに少々驚きながらも二人で目標の講義棟に駆けこむと、時間が遅いだけあって席はほとんど埋まってしまっていた。仕方なく空いていた後ろの方の席に滑り込むと同時に教授の演説が始まり、ガヤガヤとしていた教室が静まりかえり授業の開始を告げた。
「ありがとうございましたっ。ホントに助かりました。」
「いえ、私も教室に一人で入るのがちょっと心細かったので、こちらこそ一緒に授業受けてくれてありがとうございました。」
先の授業が終わり昼休みに入ったので、せっかくだからと校内の食堂に入った二人は、安い昼食にほどほどに満足をしながら先ほどの事を話していた。
「それにしても同じ学年だったんですね。」
「年上に見えました?」
「あっ、ごめんなさいっ。なんか雰囲気が大人びて見えたというか何というか…。」
「ふふっ、構わないですよ?よく言われるので。」
彼女――成田桜さん――は少し微笑んで言った。見た目通りの落ち着いた物腰でそう言われると、失礼だが本当に同学年かと疑ってしまう。
「そうだ、あの、もし良かったら次の授業も一緒に受けてくれませんか?やっぱり一人だと心細くって。」
そんなレンの考えを余所に、彼女は下を向いてはにかみながら聞いてきた。傍から見てもとても美人なのにこんな仕草で言われては断る者など居るはずもない。
「ええ、全然っ大丈夫です。さっきの事もありますし僕でよければ。」
と、内心彼女と入学当初から知り合いになれたことを神様に感謝しつつ表情だけは至極まともで返した。
夕方になり、授業が終わった学生達がそれぞれに帰り始めた頃、先ほどサクラと校門で別れたレンは上機嫌で自転車をこいでいた。急な坂道もその場のテンションで無理やりこぎ登り、夕食の食材を鼻歌交じりに買って行くが、魔窟のアパートに近づくに従って連日の大騒ぎを思い出し、着いた頃にはガックリと肩を落としていた。
流石に何度も宴会を開かせるわけにはいかないので、アパートの階段をできるだけ住人の誰にも見つからないようにこそこそと登る。早くしないと最悪酒瓶を抱えた本物の鬼や茶碗を持ったスーツの男に絡まれることにもなりかねない。
何故自宅に帰るのにこんなにも苦労せねばならないのかと自問しつつ気配を最小限にして自室のドアについてみると、半透明の女の子がドアをすり抜けて飛び出してきた。
「おかえりっ!大学どうだった!?」
ヒナはレンの肩を前後に揺さぶりながら興奮した様子で聞いてきた。
「ちょっと、帰ってきて早々に何なんだよっ。」
非現実的な出迎えに多少慣れながらも部屋に入って鞄を下ろす。
「ごめんね、ちょっと興奮しちゃって。それで、どうだった?」
何故そんなにも急いて聞くのか疑問に思ったが、彼女も生前は同じ所に入る予定だったのだ、聞きたがるのも無理はない。無碍にするのは良くないと考えて思いつく限りの話をしてあげることにした。無論、出会ったサクラの事は伏せておくことにする。なんとなくだがそういう気がしたのだ。
「何もかも規模が全然違っててとても新鮮だったよ。講義も扇状の教室で大勢で受けるのとかね。」
「うん、それでそれで?」と、興味津々に聞かれるのでついつい饒舌になっていく。
「――あと、あんまり広いんで今朝は教室を迷っちゃったよ。もしあの子の助けがなかったら今頃どうなっていたか――」
と、ここまで言いかけて思わず口を噤むと、
「?あの子って だあれ?」
と表情があからさまに不機嫌になった彼女が一言一言を怖いほど丁寧に発してきた。
「いや、別にそういうんじゃなくって、その、教室の場所を教えてくれてそれで――」
冷静に喋るつもりが思わず言葉がどもってしまう。
「――ふふふっ冗談だよっ。それよりもありがとうねっ。聞いててとっても楽しかったっ。」
「そっか、ならよかった。」
「うん、今度お邪魔するつもりだけどまた機会があったら話してね。」
「ああ、そうするよ…って今度?」
「ええ、ようやくここからも自由に出られるようになったからね。さっきの事も確かめたいしっ。よろしくね!」
と、ヒナは腕組みをして何故か自慢げに言った。
「よろしくって、ちょっと待てよ!もし見つかったら…。」
「そこはレン君が見つからぬようになんとかしてくれるってことで。」
と、ニコニコ顔でのたまうヒナを眺めながら、レンはこれからの素晴らしい大学生活に一抹の不安を感じるのであった。
今日は大学の最初の授業の日。先日歓迎会が行われた後も連日のように何かと理由を付けてアパートの住人達がどんちゃんと大騒ぎし続け、レンは今日も二日酔いでまだ痛い頭を押さえて学校へと自転車を急がせていた。
幸い大学までは近くの商店街を通って坂道を下るとすぐの所にあるため、新しく買った自転車がギシギシと軋むのも構わず、通勤していく人波を横目に駆け抜けていくとやっと大学の門が見えてきた。
これならなんとか間に合いそうだ。そう思い自転車を指定の位置にとめて急いで教室へと向かおうとするが、急いでいたせいで教室の場所を把握していなかったために何棟もある講義棟のどこでやるかまで覚えていない事に気づく。
「まずいな、この前見に来た時大体の位置は確認したつもりなのに…。」
こんなことなら昨日の宴会を無理にでも断っておくべきだった。まぁ断ったとしてもそれがあの人たちに聞き入れられるかどうかは怪しいが。
「あの…すみません、もしかして教室探してます?」
ふと我に帰ると、後ろに長い黒髪をした清楚な雰囲気の女性が遠慮がちに立っていた。見た目からして上級生だろうか?それならば教室の場所を聞くにはちょうど良い。
「はい、新入生なもので場所が分からなくて…。よければ教えていただけませんか?」
「そうだったのですか。大丈夫ですよ?えっと授業は――」
「え〜確か基礎微積Tです。」
「あっ、それなら私と同じですね。こちらです、急ぎましょう。」
同じ授業というのに少々驚きながらも二人で目標の講義棟に駆けこむと、時間が遅いだけあって席はほとんど埋まってしまっていた。仕方なく空いていた後ろの方の席に滑り込むと同時に教授の演説が始まり、ガヤガヤとしていた教室が静まりかえり授業の開始を告げた。
「ありがとうございましたっ。ホントに助かりました。」
「いえ、私も教室に一人で入るのがちょっと心細かったので、こちらこそ一緒に授業受けてくれてありがとうございました。」
先の授業が終わり昼休みに入ったので、せっかくだからと校内の食堂に入った二人は、安い昼食にほどほどに満足をしながら先ほどの事を話していた。
「それにしても同じ学年だったんですね。」
「年上に見えました?」
「あっ、ごめんなさいっ。なんか雰囲気が大人びて見えたというか何というか…。」
「ふふっ、構わないですよ?よく言われるので。」
彼女――成田桜さん――は少し微笑んで言った。見た目通りの落ち着いた物腰でそう言われると、失礼だが本当に同学年かと疑ってしまう。
「そうだ、あの、もし良かったら次の授業も一緒に受けてくれませんか?やっぱり一人だと心細くって。」
そんなレンの考えを余所に、彼女は下を向いてはにかみながら聞いてきた。傍から見てもとても美人なのにこんな仕草で言われては断る者など居るはずもない。
「ええ、全然っ大丈夫です。さっきの事もありますし僕でよければ。」
と、内心彼女と入学当初から知り合いになれたことを神様に感謝しつつ表情だけは至極まともで返した。
夕方になり、授業が終わった学生達がそれぞれに帰り始めた頃、先ほどサクラと校門で別れたレンは上機嫌で自転車をこいでいた。急な坂道もその場のテンションで無理やりこぎ登り、夕食の食材を鼻歌交じりに買って行くが、魔窟のアパートに近づくに従って連日の大騒ぎを思い出し、着いた頃にはガックリと肩を落としていた。
流石に何度も宴会を開かせるわけにはいかないので、アパートの階段をできるだけ住人の誰にも見つからないようにこそこそと登る。早くしないと最悪酒瓶を抱えた本物の鬼や茶碗を持ったスーツの男に絡まれることにもなりかねない。
何故自宅に帰るのにこんなにも苦労せねばならないのかと自問しつつ気配を最小限にして自室のドアについてみると、半透明の女の子がドアをすり抜けて飛び出してきた。
「おかえりっ!大学どうだった!?」
ヒナはレンの肩を前後に揺さぶりながら興奮した様子で聞いてきた。
「ちょっと、帰ってきて早々に何なんだよっ。」
非現実的な出迎えに多少慣れながらも部屋に入って鞄を下ろす。
「ごめんね、ちょっと興奮しちゃって。それで、どうだった?」
何故そんなにも急いて聞くのか疑問に思ったが、彼女も生前は同じ所に入る予定だったのだ、聞きたがるのも無理はない。無碍にするのは良くないと考えて思いつく限りの話をしてあげることにした。無論、出会ったサクラの事は伏せておくことにする。なんとなくだがそういう気がしたのだ。
「何もかも規模が全然違っててとても新鮮だったよ。講義も扇状の教室で大勢で受けるのとかね。」
「うん、それでそれで?」と、興味津々に聞かれるのでついつい饒舌になっていく。
「――あと、あんまり広いんで今朝は教室を迷っちゃったよ。もしあの子の助けがなかったら今頃どうなっていたか――」
と、ここまで言いかけて思わず口を噤むと、
「?あの子って だあれ?」
と表情があからさまに不機嫌になった彼女が一言一言を怖いほど丁寧に発してきた。
「いや、別にそういうんじゃなくって、その、教室の場所を教えてくれてそれで――」
冷静に喋るつもりが思わず言葉がどもってしまう。
「――ふふふっ冗談だよっ。それよりもありがとうねっ。聞いててとっても楽しかったっ。」
「そっか、ならよかった。」
「うん、今度お邪魔するつもりだけどまた機会があったら話してね。」
「ああ、そうするよ…って今度?」
「ええ、ようやくここからも自由に出られるようになったからね。さっきの事も確かめたいしっ。よろしくね!」
と、ヒナは腕組みをして何故か自慢げに言った。
「よろしくって、ちょっと待てよ!もし見つかったら…。」
「そこはレン君が見つからぬようになんとかしてくれるってことで。」
と、ニコニコ顔でのたまうヒナを眺めながら、レンはこれからの素晴らしい大学生活に一抹の不安を感じるのであった。
11/03/17 21:30更新 / アテネ
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