読切小説
[TOP]
二人っきりのお茶会
不思議の国。
実際の世界の常識が一切通用しない世界の木陰で、独り紅茶を嗜んでいる魔物マッドハッターに入国者として相応しくない血糊の付いたボロボロの白服を着た男が歩み寄って来る。
「おや、珍しい客人だ。何か御用かな?」
「……喉の渇きを癒したくてな」
マッドハッターは笑みを浮かべ指を鳴らすと、テーブルを挟むようにキノコの椅子が出来上がった。
余程客人が嬉しいのか、十字架の首飾りをしている男の素性も気にせずにカップに紅茶を注ぎ、椅子に座った男に紅茶をふるまう。
「感謝する」
その言葉は紅茶を出してくれたことに対するものか、それとも教会の人間と知って分け隔てなく接してくれたことに対するものか。
そんなことは彼女にはどうでもいいことだった。
「君は運がいいね。今日の紅茶は選りすぐりの茶葉を選んだ物だ。きっと舌鼓を打つだろう」
媚薬の可能性しかないのだが、余程喉が渇いていたのだろう。何の躊躇いもなく紅茶を口にした。
「……うまい」
「しかし残念だ。客人が来ると分かって居たら秘蔵の媚薬を持ってきたのに」
どうやらこれは普通の紅茶らしい。
しかし、仮に媚薬だとしても男が紅茶を飲むことに変わりはなかった。
血糊の付いたボロボロの服、怪我はしてなさそうだが武器は持っていない。
十字架を首に下げているにも関わらず魔物に物乞いをした。
「……何も聞かないんだな」
「聞く必要がないよ。君は私と紅茶を嗜んでいる、それだけじゃないか」
不思議な国を脅かすような人間は本来入国すら出来ない。教会の人間なら尚更だ。
この男は招待された理由は一つ、戦いに敗れた敗兵だからだ。
武器を持っていないのは、男が一度拘束されたと考えれば何もおかしい所はない。
「そうか……」
何も聞かれない。それが男には何よりも有難かった。
所属していた教会が攻め落とされ、玉砕覚悟で戦い、死ぬこともできず捕虜にされた。
兵士として戦いの中で死ねぬことがどれ程惨めなことか。死して魔物に変異することがどれ程の屈辱か。
生きても魔物に犯される。死ねば自身が魔物になる。
生死を問わず神への信仰を踏みにじられることに耐えきなかった男は逃げ出し、そしてここに来た。
偶然か必然か、どの道ここに来た時点で男は悟っていた。
「……もし――誰かに見捨てられたら……お前はどうする」
「唐突だね。そして意味深だ」
紅茶を飲み干したマッドハッターは立ち上がると、男の隣に移動するとその場に膝まづき、男の手をとった。
「縛るものがなくなり自由になった、まずそう考える。そしてまた縛ってくれる相手を探す。それだけだ」
「……やっぱり魔物なんだなお前」
半分呆れたような物言いをするが、男はその言葉で踏ん切りがついた。
諦めとも捉えられるかもしれないが、そんなことはもう関係なかった。
「ありがとう。お陰で決心がついたよ」
「私こそ、君と飲む紅茶はとても美味しかったよ」
テーブル越しに握手を交わし、男が立ち上がる。
そのまま立ち去ろうと後ろを向くと、マッドハッターから頭に何かを被せられた。
「その帽子は私から礼だ。また来てくれると嬉しいよ」
男は何も言わずに首飾りをとり、テーブルに乗るように後ろに投げた。
「それは今日の礼だ。また来るよ」
その瞬間、不思議の国が自ら男を出してくれたのかその場から消えた。
再び独りになったが、どこか満たされた表情をして十字架の首飾りを手に取る。
そしてそれを首にかけると、再び紅茶を注ぎ男の居た場所を眺めながら独り笑みを浮かべた。
「次のお茶会が楽しみだ」
13/12/31 22:59更新 / 天パ王

■作者メッセージ
マッドハッターさんがドストライクで即興で書いて久しぶりで何かもうごめんなさい。

TOP | 感想 | RSS | メール登録

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33