本日の出張:社長?からの呼び出し
私が小学校の頃。
母は浮気をして家を出て行ったと聞いた。
『女遊び』はよくないと学んだ。
私が中学生の頃。
父は酒に溺れて飲酒運転で亡くなった。
『酒の飲み過ぎ』はよくないと学んだ。
私が高校生の頃。
祖父は賭博や夜遊びで膨れた借金で首を吊った。
『金の浪費』はよくないと学んだ。
ここまで育ててくれた祖母は私によく言っていた。
『人様に迷惑はかけちゃいけないよ』、
『汗水たらして働くことこそ、正しいことなんだよ』と。
・・・だから私は思ったのだ。
『・・・働けば、いいんだな』
『・・・他にやることないしな』
・・・これが正しいのかどうか、今になってもよくわからない。
ただ、楽しいとか、悲しいとか、そういうことは感じなかった。
〜〜〜・〜〜〜・〜〜〜・〜〜〜・〜〜〜
「まずは幹部二人。先日の騒ぎを起こしたことに対し、何か申し開きはあるか?」
『ございません。いかなる処罰も甘んじて受け入れます』
休日明け出勤日。
周りに剣や槍で武装した魔物娘兵に囲まれる中、パルン・メルディアの2名は、凄まじいオーラを放つリリムの前で土下座していた。
その二人の後ろでは、サリアとマーリィ、黒田が正座させられており、サリアとマーリィはぎこちない笑顔のままガタガタ震えており、黒田だけがキョトンとしていた。
(・・・サリアさん、あの方はどなたですか?)
(おにー様、ホントに周りの人しか覚えないのはやめた方がいいです。ホントに。あの方は魔王様です。ここのトップです。社長みたいなものです!)
(・・・あぁ、はい、なるほど)
ボソボソと小声でサリアに確認をとった黒田は、納得して魔王『アーリア』を見た。
この世界の魔王。魔王城のトップであり、六芒会議出席者の幹部たちに唯一命令を出す上司。
最高峰の美貌を持つ彼女は今笑ってはおらず、静かに怒るオーラを出しながら幹部二人を見下げていた。
「まずパルン。此度の騒動の原因は貴様の部下が引き金だと聞く。己の部下の話に振り回され我を忘れるとは情けない。減俸とする故、深く反省せよ」
「はい、肝に命じます」
「ならびにメルディア。貴様、最近職権乱用にて深く注意されたのちにこの騒動。反省の色なしと見なされても仕方あるまい。本来なら謹慎を命じられてもおかしくないが、今までの功績を持って情状酌量とし、減俸と、しばらくの間、件の男との交流を慎むことを命ずる」
「・・・はい、了解しました」
「・・・最後に、後ろの三名」
アーリアが目を向けると、サリアとマーリィはピーンと背筋を伸ばし、黒田は小さく「はい」と答えた。
「此度は幹部両名の処罰で止めるつもりであるが、貴公らに責任が一切ないとは言うていない。事情は知らぬが、再び同様の騒動を繰り返すようならば、相応の処罰が降ると思え」
「はひぃ・・・」
「ははははははいわかりましたマーリィわかりましたハイ」
「・・・あぁ、はい」
「・・・(チラッ)」
「・・・護衛兵、並びに親衛隊。部屋から払え。魔王様の命である」
最後に、アーリアが自分の脇に佇む黒いローブを着込み、フードをがっつり被った者に目をやると、その黒ずくめからくぐもった声が発せられた。
その声に応じ、武装した魔物娘たちはきっちりと隊列を組んで扉へと向かう。ガチャリガチャリとなる鎧の音の中、黒田は小さく首を傾げていた。
そして、最後の兵が出て行き、扉がバタンと閉じた瞬間であった。
「・・・もーーーーーーっ!パルンちゃんもメルディアママもなにがあったの!?」
「いやあの・・・すまん・・・それしか言えないんじゃ」
「アーリアちゃん・・・これには私の口から言えない深い事情があるんだけど・・・うん、私には説明できない」
「どゆこと!?私昨日のテレビ見てめっっっちゃびっくりしたんだからね!!?パルンちゃんはなんか吐いてるし、メルディアママはなんか叫び散らしながらそこの人の頭撫で回してるし・・・」
「いや実際に吐いたわけじゃないんじゃが・・・生きてきた常識が覆って脳がオーバーフローしたと言うか、狂い散らかしたというか・・・」
「正気を失っちゃって、とりあえず我が子の頭を撫でないといけない義務感に狩られちゃったの・・・理由は言えないんだけど」
「アタシの城下町のデパートでなにがあったの・・・」
アーリアが二人をいきなり抱き込み、頭や肩をポンポン叩きながら心底心配した顔で話しかけた。
対する二人はバツが悪そうに視線を合わせず、しどろもどろに答える。アーリアはさらに心配そうな顔になってオロオロした。
なお、その様子を見た黒田は目を丸くして驚いていた。
「・・・なんか、一気に人が変わりましたね」
「魔王様は幹部と一部の方々の前ではあのフレンドリーモードです。普段は威厳のあるカリスマモードですけど」
「・・・これ、アタシたち帰っちゃダメかな・・・」
いつもの小悪魔オーラを全く無くした借りた猫状態のマーリィがポツリと漏らすと「あっ」と小さく声を出したアーリアが黒田たちに目を向けた。
「サリアちゃん、マーリィちゃんと、新人くん、ちょっと待って。貴方達、とくに新人くんに会いたいって人がいるの」
「・・・自分に?」
「そう。ねー、だー・・・」
「俺だ」
瞬間、アーリアが向いた方向ではなく、いつのまにか黒田たちの横に、先ほどの黒ずくめがいた。
瞬間、サリアがびっくりし、マーリィが「ぎゃあ!!」と叫んで黒田の後ろに隠れた。盾にされた黒田は、フードで隠れて見えない黒ずくめの顔あたりを見つめた。
「・・・どこかで会いましたでしょうか?」
「あぁ、会ってる。というか、『会う予定だった』」
そう言った黒ずくめはフードを脱ぎ、その下にしていたマスクを取った。
フードとマスクから現れた顔は、恐ろしい顔だった。
ひどい火傷があるとか、醜悪すぎてSAN値削れそうとかではない。いや、少しある。
スキンヘッドに薄く細められた目。頬には切り傷の跡がいくつかついており、口はへの字に曲がっている。
とても簡単にいうなら、『ヤのつく職についていそうな人』だった。
その目はまっすぐ黒田を見つめているのだが、顔を見たサリアは口元をひくつかせ、マーリィは涙目で「ひぇぇ・・・」と声を漏らした。
対して黒田は、キョトンとした。
「・・・なにしてるんだ。古宮」
「こっちの台詞じゃボケカスゥ!!!」
瞬間、黒田の頭の上に拳骨が落ちた。
ゴンっという低い音ともに黒田は目をパチクリさせ、一度首を左右に振ってから、改めて『古宮』と呼んだ男の顔を見た。
「・・・えっと、怒ってる、のか?」
「なんでだと思う?」
「・・・・・・・・・あっ、引っ越しの準備、もういらない」
「そっちじゃねーよヴァーカ!!!」
再度黒田の頭上に拳骨を落とした古宮は、今度は黒田の襟首を掴んで立ち上げてガクガクと揺さぶった。
「おっま!!!ふっざ!!!昨日俺がどんだけ心配してお前を探したと思ってんだ!!ケータイには出ねーし家財丸ごとねーし会社の方は民事事件になってるしテメーの周りの住人みんな『あぁ、やっぱり亡くなりましたか』って諦めムードと興味なしムードの塊だし俺は足を棒にして探したんだぞコラ昨日一日の俺の時間と精神的ダメージ返せ無事でよかったな黒田ァァァァァァ!!!」
前後に、左右に、上下に黒田を揺さぶったあと、疲れ切って肩で息をしながらへたり込んだ古宮に、黒田は眉をひそめて困った顔をしながら肩にポンと手を置いた。
「・・・えっと、ごめん?」
「ぜってぇわかってねぇ・・・こいつぜってぇわかってねぇよ・・・げほっ、げほっ」
困った顔で古宮の背中をさする黒田。
背中をさすられながら黒田をペシペシ叩く古宮。
その周りにいる魔物娘たちは、ポカーンとした顔で二人を見ていた。
「・・・えっ、おにー様、『マモル』様とお知り合い・・・?」
「ウッソでしょ・・・何者なの・・・魔物娘キラーの『マモル』様とどういう経路で出会うことがあるの?」
「あのリュグレスですら恐れ慄いた『マモル』様に心配されてる・・・じゃと・・・?」
「実は我が子は危険な仕事すら請け負っている・・・?」
「えっ、ダーリン、その血色悪い新人くん、本当に友人?もっとヤンキーぽい人とかじゃないの?」
「魔物娘キラーって精神年齢幼い系の奴らが俺の顔見て泣くだけだし!俺の顔から危険な仕事を連想するんじゃねぇ!てかアーリアぁぁぁ!?俺をどういう風に見てんのゲホゴホォ!?」
魔物娘たちのコメントに逐一ツッコミを入れた『古宮 衛』はさらに咳き込み、黒田は少し困った顔をして古宮の背中を撫で続けた。
〜〜〜・〜〜〜・〜〜〜・〜〜〜・〜〜〜
「・・・行方不明?」
「そう。お前、『元の世界』では過労による失踪だのなんだの言われてる」
「・・・もとの、せかい???」
古宮の発言に黒田が大きく首を傾げたのを見て、パルンが目をパチクリした。
「・・・え?いやお主、まさかとは思うがまだここがお主のいた世界だと思っておったのか?」
「・・・違う世界とは・・・?」
「いやあのお主の世界に魔物とかおらんかったじゃろ?それが城内で跋扈してるのを見て普通はおかしいと思っとったじゃろ???」
パルンが畳み掛けた質問に、黒田ではなく古宮の方が「・・・あー」と呟いた。
「・・・それ、なんとなく理由わかるわ」
「へっ、マモル様?」
「ダーリンどゆこと?」
「それは・・・」
〜〜〜・〜〜〜・〜〜〜・〜〜〜・〜〜〜・〜〜〜
『・・・じゃあ、引っ越し手伝い、頼む』
『おぅ、今日はサクサク進むと思うぞ』
『・・・そうなのか?』
『おーい、頼むわ』
『『『ハーイ!マモル様!』』』
(ぞろぞろ)
『・・・誰だ?あの人たち』
『あー・・・俺の嫁の部下。女の子ばっかりだが、力仕事は俺らよりできる』
『・・・なんか尻尾とか角とかあるけど』
『え・・・あー・・・ま、細かいこと気にすんな・・・人間変装はしろっつったんだが・・・』
『・・・いろんな人がいるんだな』
『お前適応力高いよな・・・ちなみに!あの子たちの中で好みの子はいないか?紹介してやるぞ?』
『・・・引っ越し準備しないと』
『アッソウデスカ』
〜〜〜・〜〜〜・〜〜〜・〜〜〜・〜〜〜・〜〜〜
『・・・今回も頼む』
『おぅ。よし!お前ら頼んだ!』
『『『承知しました!マモル様!』』』
(ぞろぞろ)(ずるずる)
『・・・なんか羽あったり、足ない人いるけど』
『今回はちょっと特殊な子達だからな。ラミア種とかビー種とか。あとお前はテンパらないみたいだから変装は解いていいって言ってある』
『・・・よくわからないが、いろんな人がいるんだな』
『お前それもしかして現実逃避?・・・ちなみに、好みの子は・・・』
『・・・じゃ、俺これから出勤してくる』
『ウッソだろお前!?』
〜〜〜・〜〜〜・〜〜〜・〜〜〜・〜〜〜・〜〜〜
『お前転勤のスパン早すぎんだろ・・・まぁいいや、お前ら!やっておしまい!』
『『『イエス!ダッド!』』』
(ぞろぞろ)(にゅるにゅる)(ふわぁ)
『・・・』
『・・・あれ?リアクションなし?・・・あっ、流石にスライム種とかゴースト種はきつかったか・・・』
『・・・古宮』
『お、おぅ』
『・・・最近のコスプレってすごいんだな』
『あ、そっち?そう解釈したのお前?マジかよホントにお前どういう思考してんの?』
『・・・じゃ、今日は夜勤だから、帰らないから戸締り頼む』
『だからお前よぉ!!!』
〜〜〜・〜〜〜・〜〜〜・〜〜〜・〜〜〜・〜〜〜
「・・・ということがだな」
「な〜るほど、そうでございましたかってならないわ!!お主どんだけ思い込みが過ぎるんじゃ!!!」
古宮の思い出話を聞いた後に、真っ先にパルンが黒田に飛びかかってガックンガックン揺さぶった。
「・・・違ったんですか?」
「なんで他人の引越し作業にコスプレしていく女がいるんじゃ!!!」
「まーそんな感じでこいつはガチで元の会社からこっちに配属されたと思ってたみたいだなー・・・さて、ちなみにこいつを攫ったのは誰だ?」
一瞬で声色をドスの効いたものに変えた古宮のセリフに場が一瞬凍ったのち、パルン、マーリィがサッと目をそらす。
そして正座していたサリアが『ビタン!!』と音を立てて土下座に移行した。
「ごめんなさいごめんなさいしょうがなかったんですだって強硬手段使わないとおにー様が過労死すると思ったんですあれこれ堕とす手段を講じてはみたんですが魅了の魔術は効かないしセクシーなアプローチも気にしてくれないしラッキースケベに見せかけたサービスもガン無視されるしもうあぁするしかなかったんですごめんなさいどうか懲罰だけはお許しをぉぉぉ・・・」
ノンブレスでガタガタ震えながら言い訳をしたサリアに、仁王立ちしていた古宮は、ふぅ、とため息をついた。
「・・・あぁ、うん。こいつを知ってる俺としては、そうだな、しか言えないのが辛いとこではあるんだが、規則は規則だな・・・アーリア?」
「うん、減俸❤」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
とてもいい笑顔で言い放たれたアーリアの言葉に、サリアは頭を抱えて絶叫する。それを見た黒田はちょっと困った顔をしながら古宮の肩を叩いた。
「・・・なにか、不手際があったのか?自分にも非があるなら、責任を被るが・・・」
「あー、不手際っちゃあ不手際だが、お前に責任はねぇ。こっちの世界に連れてくる場合、『元の世界で問題が発生しないようにする』ってのが規則でな・・・簡単に言うと、会社の退職手続きとか家族に挨拶とかそんなのだ。つまりお前の場合は会社の退職手続きが不十分で、失踪扱いになったりしたわけ。それをさせずにこっちに呼んできたサリアの責任だ」
ため息を吐きつつ説明した古宮に、黒田が続けた。
「・・・だが、可哀想だ」
瞬間。古宮の目がカッと開かれた。
「・・・自分の減俸と合わせて、軽くしてやれないか?」
「待て。今お前なんつった」
「・・・自分の減俸と、」
「いや違うその前だその前。今お前サリアに対してなんつった???」
「・・・可哀想、だって・・・」
目を見開いて黒田の肩を掴み、鬼気迫るものすら感じる剣幕にたじろぎながら、黒田が口を開いた。
そして次の瞬間、古宮が膝から崩れ落ち、「うぉぉぉ・・・!」という、とても低いうめき声をあげた。
「だ、ダーリン!?」
「・・・苦節十数年間、他人にまっっったく興味を示さなかったお前が・・・仕事の進捗にしか興味なかったお前が・・・他人を!見て!可哀想だって!!!マジかぁぁぁぁぁぁ・・・そうかぁぁぁ、お前にも人の部分が残ってたんだなぁ・・・」
「・・・なんかバカにされてるか?」
ガバリと立ち上がった古宮は、びくびく震えるサリアに近づくと、がっしりと肩を掴み、「ひっ」と叫び声が上がるくらい顔を近づけた。
「サリア、お前に特別給与をやる。俺のポケットマネーから出す。それで減俸分を補え」
「えっ???」
「ちょっとダーリン!?」
「頼むぞぉ、仕事辞めません死ぬまでは無感情アンドロイドの黒田を人間に戻せるかもしれないんだ。とりあえずその可能性を作ったお前には、超!期待するからな。頼むから、頼むからなんとかしてくれ・・・」
疑問と恐怖に顔をひきつらせるサリアに、ブツブツと話しかける古宮。そして「ダーリンどーゆーこと!?私にも説明してー!?」とポカポカ叩くアーリアを見て黒田は首を傾げた。
「・・・自分、何か変なこと言いましたかね?」
「・・・お主は普段から周りの魔物達に精神異常をきたす発言しかしないから、ある意味いつも通りじゃろ」
「・・・あぁ、はい?」
「だからその安易な相槌をやめい」
パルンにベシッと引っ叩かれ、黒田はさらに首をかしげるのであった・・・
母は浮気をして家を出て行ったと聞いた。
『女遊び』はよくないと学んだ。
私が中学生の頃。
父は酒に溺れて飲酒運転で亡くなった。
『酒の飲み過ぎ』はよくないと学んだ。
私が高校生の頃。
祖父は賭博や夜遊びで膨れた借金で首を吊った。
『金の浪費』はよくないと学んだ。
ここまで育ててくれた祖母は私によく言っていた。
『人様に迷惑はかけちゃいけないよ』、
『汗水たらして働くことこそ、正しいことなんだよ』と。
・・・だから私は思ったのだ。
『・・・働けば、いいんだな』
『・・・他にやることないしな』
・・・これが正しいのかどうか、今になってもよくわからない。
ただ、楽しいとか、悲しいとか、そういうことは感じなかった。
〜〜〜・〜〜〜・〜〜〜・〜〜〜・〜〜〜
「まずは幹部二人。先日の騒ぎを起こしたことに対し、何か申し開きはあるか?」
『ございません。いかなる処罰も甘んじて受け入れます』
休日明け出勤日。
周りに剣や槍で武装した魔物娘兵に囲まれる中、パルン・メルディアの2名は、凄まじいオーラを放つリリムの前で土下座していた。
その二人の後ろでは、サリアとマーリィ、黒田が正座させられており、サリアとマーリィはぎこちない笑顔のままガタガタ震えており、黒田だけがキョトンとしていた。
(・・・サリアさん、あの方はどなたですか?)
(おにー様、ホントに周りの人しか覚えないのはやめた方がいいです。ホントに。あの方は魔王様です。ここのトップです。社長みたいなものです!)
(・・・あぁ、はい、なるほど)
ボソボソと小声でサリアに確認をとった黒田は、納得して魔王『アーリア』を見た。
この世界の魔王。魔王城のトップであり、六芒会議出席者の幹部たちに唯一命令を出す上司。
最高峰の美貌を持つ彼女は今笑ってはおらず、静かに怒るオーラを出しながら幹部二人を見下げていた。
「まずパルン。此度の騒動の原因は貴様の部下が引き金だと聞く。己の部下の話に振り回され我を忘れるとは情けない。減俸とする故、深く反省せよ」
「はい、肝に命じます」
「ならびにメルディア。貴様、最近職権乱用にて深く注意されたのちにこの騒動。反省の色なしと見なされても仕方あるまい。本来なら謹慎を命じられてもおかしくないが、今までの功績を持って情状酌量とし、減俸と、しばらくの間、件の男との交流を慎むことを命ずる」
「・・・はい、了解しました」
「・・・最後に、後ろの三名」
アーリアが目を向けると、サリアとマーリィはピーンと背筋を伸ばし、黒田は小さく「はい」と答えた。
「此度は幹部両名の処罰で止めるつもりであるが、貴公らに責任が一切ないとは言うていない。事情は知らぬが、再び同様の騒動を繰り返すようならば、相応の処罰が降ると思え」
「はひぃ・・・」
「ははははははいわかりましたマーリィわかりましたハイ」
「・・・あぁ、はい」
「・・・(チラッ)」
「・・・護衛兵、並びに親衛隊。部屋から払え。魔王様の命である」
最後に、アーリアが自分の脇に佇む黒いローブを着込み、フードをがっつり被った者に目をやると、その黒ずくめからくぐもった声が発せられた。
その声に応じ、武装した魔物娘たちはきっちりと隊列を組んで扉へと向かう。ガチャリガチャリとなる鎧の音の中、黒田は小さく首を傾げていた。
そして、最後の兵が出て行き、扉がバタンと閉じた瞬間であった。
「・・・もーーーーーーっ!パルンちゃんもメルディアママもなにがあったの!?」
「いやあの・・・すまん・・・それしか言えないんじゃ」
「アーリアちゃん・・・これには私の口から言えない深い事情があるんだけど・・・うん、私には説明できない」
「どゆこと!?私昨日のテレビ見てめっっっちゃびっくりしたんだからね!!?パルンちゃんはなんか吐いてるし、メルディアママはなんか叫び散らしながらそこの人の頭撫で回してるし・・・」
「いや実際に吐いたわけじゃないんじゃが・・・生きてきた常識が覆って脳がオーバーフローしたと言うか、狂い散らかしたというか・・・」
「正気を失っちゃって、とりあえず我が子の頭を撫でないといけない義務感に狩られちゃったの・・・理由は言えないんだけど」
「アタシの城下町のデパートでなにがあったの・・・」
アーリアが二人をいきなり抱き込み、頭や肩をポンポン叩きながら心底心配した顔で話しかけた。
対する二人はバツが悪そうに視線を合わせず、しどろもどろに答える。アーリアはさらに心配そうな顔になってオロオロした。
なお、その様子を見た黒田は目を丸くして驚いていた。
「・・・なんか、一気に人が変わりましたね」
「魔王様は幹部と一部の方々の前ではあのフレンドリーモードです。普段は威厳のあるカリスマモードですけど」
「・・・これ、アタシたち帰っちゃダメかな・・・」
いつもの小悪魔オーラを全く無くした借りた猫状態のマーリィがポツリと漏らすと「あっ」と小さく声を出したアーリアが黒田たちに目を向けた。
「サリアちゃん、マーリィちゃんと、新人くん、ちょっと待って。貴方達、とくに新人くんに会いたいって人がいるの」
「・・・自分に?」
「そう。ねー、だー・・・」
「俺だ」
瞬間、アーリアが向いた方向ではなく、いつのまにか黒田たちの横に、先ほどの黒ずくめがいた。
瞬間、サリアがびっくりし、マーリィが「ぎゃあ!!」と叫んで黒田の後ろに隠れた。盾にされた黒田は、フードで隠れて見えない黒ずくめの顔あたりを見つめた。
「・・・どこかで会いましたでしょうか?」
「あぁ、会ってる。というか、『会う予定だった』」
そう言った黒ずくめはフードを脱ぎ、その下にしていたマスクを取った。
フードとマスクから現れた顔は、恐ろしい顔だった。
ひどい火傷があるとか、醜悪すぎてSAN値削れそうとかではない。いや、少しある。
スキンヘッドに薄く細められた目。頬には切り傷の跡がいくつかついており、口はへの字に曲がっている。
とても簡単にいうなら、『ヤのつく職についていそうな人』だった。
その目はまっすぐ黒田を見つめているのだが、顔を見たサリアは口元をひくつかせ、マーリィは涙目で「ひぇぇ・・・」と声を漏らした。
対して黒田は、キョトンとした。
「・・・なにしてるんだ。古宮」
「こっちの台詞じゃボケカスゥ!!!」
瞬間、黒田の頭の上に拳骨が落ちた。
ゴンっという低い音ともに黒田は目をパチクリさせ、一度首を左右に振ってから、改めて『古宮』と呼んだ男の顔を見た。
「・・・えっと、怒ってる、のか?」
「なんでだと思う?」
「・・・・・・・・・あっ、引っ越しの準備、もういらない」
「そっちじゃねーよヴァーカ!!!」
再度黒田の頭上に拳骨を落とした古宮は、今度は黒田の襟首を掴んで立ち上げてガクガクと揺さぶった。
「おっま!!!ふっざ!!!昨日俺がどんだけ心配してお前を探したと思ってんだ!!ケータイには出ねーし家財丸ごとねーし会社の方は民事事件になってるしテメーの周りの住人みんな『あぁ、やっぱり亡くなりましたか』って諦めムードと興味なしムードの塊だし俺は足を棒にして探したんだぞコラ昨日一日の俺の時間と精神的ダメージ返せ無事でよかったな黒田ァァァァァァ!!!」
前後に、左右に、上下に黒田を揺さぶったあと、疲れ切って肩で息をしながらへたり込んだ古宮に、黒田は眉をひそめて困った顔をしながら肩にポンと手を置いた。
「・・・えっと、ごめん?」
「ぜってぇわかってねぇ・・・こいつぜってぇわかってねぇよ・・・げほっ、げほっ」
困った顔で古宮の背中をさする黒田。
背中をさすられながら黒田をペシペシ叩く古宮。
その周りにいる魔物娘たちは、ポカーンとした顔で二人を見ていた。
「・・・えっ、おにー様、『マモル』様とお知り合い・・・?」
「ウッソでしょ・・・何者なの・・・魔物娘キラーの『マモル』様とどういう経路で出会うことがあるの?」
「あのリュグレスですら恐れ慄いた『マモル』様に心配されてる・・・じゃと・・・?」
「実は我が子は危険な仕事すら請け負っている・・・?」
「えっ、ダーリン、その血色悪い新人くん、本当に友人?もっとヤンキーぽい人とかじゃないの?」
「魔物娘キラーって精神年齢幼い系の奴らが俺の顔見て泣くだけだし!俺の顔から危険な仕事を連想するんじゃねぇ!てかアーリアぁぁぁ!?俺をどういう風に見てんのゲホゴホォ!?」
魔物娘たちのコメントに逐一ツッコミを入れた『古宮 衛』はさらに咳き込み、黒田は少し困った顔をして古宮の背中を撫で続けた。
〜〜〜・〜〜〜・〜〜〜・〜〜〜・〜〜〜
「・・・行方不明?」
「そう。お前、『元の世界』では過労による失踪だのなんだの言われてる」
「・・・もとの、せかい???」
古宮の発言に黒田が大きく首を傾げたのを見て、パルンが目をパチクリした。
「・・・え?いやお主、まさかとは思うがまだここがお主のいた世界だと思っておったのか?」
「・・・違う世界とは・・・?」
「いやあのお主の世界に魔物とかおらんかったじゃろ?それが城内で跋扈してるのを見て普通はおかしいと思っとったじゃろ???」
パルンが畳み掛けた質問に、黒田ではなく古宮の方が「・・・あー」と呟いた。
「・・・それ、なんとなく理由わかるわ」
「へっ、マモル様?」
「ダーリンどゆこと?」
「それは・・・」
〜〜〜・〜〜〜・〜〜〜・〜〜〜・〜〜〜・〜〜〜
『・・・じゃあ、引っ越し手伝い、頼む』
『おぅ、今日はサクサク進むと思うぞ』
『・・・そうなのか?』
『おーい、頼むわ』
『『『ハーイ!マモル様!』』』
(ぞろぞろ)
『・・・誰だ?あの人たち』
『あー・・・俺の嫁の部下。女の子ばっかりだが、力仕事は俺らよりできる』
『・・・なんか尻尾とか角とかあるけど』
『え・・・あー・・・ま、細かいこと気にすんな・・・人間変装はしろっつったんだが・・・』
『・・・いろんな人がいるんだな』
『お前適応力高いよな・・・ちなみに!あの子たちの中で好みの子はいないか?紹介してやるぞ?』
『・・・引っ越し準備しないと』
『アッソウデスカ』
〜〜〜・〜〜〜・〜〜〜・〜〜〜・〜〜〜・〜〜〜
『・・・今回も頼む』
『おぅ。よし!お前ら頼んだ!』
『『『承知しました!マモル様!』』』
(ぞろぞろ)(ずるずる)
『・・・なんか羽あったり、足ない人いるけど』
『今回はちょっと特殊な子達だからな。ラミア種とかビー種とか。あとお前はテンパらないみたいだから変装は解いていいって言ってある』
『・・・よくわからないが、いろんな人がいるんだな』
『お前それもしかして現実逃避?・・・ちなみに、好みの子は・・・』
『・・・じゃ、俺これから出勤してくる』
『ウッソだろお前!?』
〜〜〜・〜〜〜・〜〜〜・〜〜〜・〜〜〜・〜〜〜
『お前転勤のスパン早すぎんだろ・・・まぁいいや、お前ら!やっておしまい!』
『『『イエス!ダッド!』』』
(ぞろぞろ)(にゅるにゅる)(ふわぁ)
『・・・』
『・・・あれ?リアクションなし?・・・あっ、流石にスライム種とかゴースト種はきつかったか・・・』
『・・・古宮』
『お、おぅ』
『・・・最近のコスプレってすごいんだな』
『あ、そっち?そう解釈したのお前?マジかよホントにお前どういう思考してんの?』
『・・・じゃ、今日は夜勤だから、帰らないから戸締り頼む』
『だからお前よぉ!!!』
〜〜〜・〜〜〜・〜〜〜・〜〜〜・〜〜〜・〜〜〜
「・・・ということがだな」
「な〜るほど、そうでございましたかってならないわ!!お主どんだけ思い込みが過ぎるんじゃ!!!」
古宮の思い出話を聞いた後に、真っ先にパルンが黒田に飛びかかってガックンガックン揺さぶった。
「・・・違ったんですか?」
「なんで他人の引越し作業にコスプレしていく女がいるんじゃ!!!」
「まーそんな感じでこいつはガチで元の会社からこっちに配属されたと思ってたみたいだなー・・・さて、ちなみにこいつを攫ったのは誰だ?」
一瞬で声色をドスの効いたものに変えた古宮のセリフに場が一瞬凍ったのち、パルン、マーリィがサッと目をそらす。
そして正座していたサリアが『ビタン!!』と音を立てて土下座に移行した。
「ごめんなさいごめんなさいしょうがなかったんですだって強硬手段使わないとおにー様が過労死すると思ったんですあれこれ堕とす手段を講じてはみたんですが魅了の魔術は効かないしセクシーなアプローチも気にしてくれないしラッキースケベに見せかけたサービスもガン無視されるしもうあぁするしかなかったんですごめんなさいどうか懲罰だけはお許しをぉぉぉ・・・」
ノンブレスでガタガタ震えながら言い訳をしたサリアに、仁王立ちしていた古宮は、ふぅ、とため息をついた。
「・・・あぁ、うん。こいつを知ってる俺としては、そうだな、しか言えないのが辛いとこではあるんだが、規則は規則だな・・・アーリア?」
「うん、減俸❤」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
とてもいい笑顔で言い放たれたアーリアの言葉に、サリアは頭を抱えて絶叫する。それを見た黒田はちょっと困った顔をしながら古宮の肩を叩いた。
「・・・なにか、不手際があったのか?自分にも非があるなら、責任を被るが・・・」
「あー、不手際っちゃあ不手際だが、お前に責任はねぇ。こっちの世界に連れてくる場合、『元の世界で問題が発生しないようにする』ってのが規則でな・・・簡単に言うと、会社の退職手続きとか家族に挨拶とかそんなのだ。つまりお前の場合は会社の退職手続きが不十分で、失踪扱いになったりしたわけ。それをさせずにこっちに呼んできたサリアの責任だ」
ため息を吐きつつ説明した古宮に、黒田が続けた。
「・・・だが、可哀想だ」
瞬間。古宮の目がカッと開かれた。
「・・・自分の減俸と合わせて、軽くしてやれないか?」
「待て。今お前なんつった」
「・・・自分の減俸と、」
「いや違うその前だその前。今お前サリアに対してなんつった???」
「・・・可哀想、だって・・・」
目を見開いて黒田の肩を掴み、鬼気迫るものすら感じる剣幕にたじろぎながら、黒田が口を開いた。
そして次の瞬間、古宮が膝から崩れ落ち、「うぉぉぉ・・・!」という、とても低いうめき声をあげた。
「だ、ダーリン!?」
「・・・苦節十数年間、他人にまっっったく興味を示さなかったお前が・・・仕事の進捗にしか興味なかったお前が・・・他人を!見て!可哀想だって!!!マジかぁぁぁぁぁぁ・・・そうかぁぁぁ、お前にも人の部分が残ってたんだなぁ・・・」
「・・・なんかバカにされてるか?」
ガバリと立ち上がった古宮は、びくびく震えるサリアに近づくと、がっしりと肩を掴み、「ひっ」と叫び声が上がるくらい顔を近づけた。
「サリア、お前に特別給与をやる。俺のポケットマネーから出す。それで減俸分を補え」
「えっ???」
「ちょっとダーリン!?」
「頼むぞぉ、仕事辞めません死ぬまでは無感情アンドロイドの黒田を人間に戻せるかもしれないんだ。とりあえずその可能性を作ったお前には、超!期待するからな。頼むから、頼むからなんとかしてくれ・・・」
疑問と恐怖に顔をひきつらせるサリアに、ブツブツと話しかける古宮。そして「ダーリンどーゆーこと!?私にも説明してー!?」とポカポカ叩くアーリアを見て黒田は首を傾げた。
「・・・自分、何か変なこと言いましたかね?」
「・・・お主は普段から周りの魔物達に精神異常をきたす発言しかしないから、ある意味いつも通りじゃろ」
「・・・あぁ、はい?」
「だからその安易な相槌をやめい」
パルンにベシッと引っ叩かれ、黒田はさらに首をかしげるのであった・・・
18/01/04 02:22更新 / みきりお
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